神ノ牙 -JINGA- 【ANOTHER END】 作:天野菊乃
「全ては俺が招いたことだ。俺自身の手で終わらせてもらう」
刀身を撫でながら言う。それを見たアルヴァは口許に笑みを浮かべながら答えた。
「いいわ。お前を今度こそ闇に堕とし、ジンガの糧になってもらう」
身動きの取れない骸の騎士を爪で貫き、捕食したアルヴァは舌舐めずりするとその姿を変えた。アルヴァは段々と人ならざるものへと姿を変えていく。
豊満な胸は強固な鎧に包まれ、漆黒の輝きを放つ。柔らかそうな四肢は鍛え上げられた装甲と骨に包まれる。妖艶なその顔は骸の騎士の顔の中に消えていく。
アルヴァから放たれるオーラが以前とは全く別のものへと変わり、神牙は思わず眉を顰めた。
「……気味が悪いな」
『あら、あなたもこうなるのよ?神牙』
瞬間神牙が地面を蹴り、勢いに任せた拳がアルヴァの腹に突き刺さる。
『その程度?』
神牙が舌打ちをつくと同時に、ホラーと魔戒騎士の戦いが、この崩れかけの大地で始まる。
軽口を叩きながら神牙と打ち合うアルヴァだが、まだ慣れぬ身体のせいか、本来の力を発揮出来ずにいた。
この戦いは、単純なパワーに関してはアルヴァの方が上だった。しかし、戦局は神牙が優勢に進んでいる。
長い年月をかけて磨きあげた神牙の戦いの技巧が、アルヴァが喰らった力を上回っていたのである。振り下ろされた剣を魔戒剣の鞘で受け流し、空いた胴に魔戒剣を振る。黒い鮮血が飛び散り、神牙の顔に降り注いだ。
神牙は右手のグローブでそれらを拭うと距離を取る。
「その言葉、そっくりそのままお前に返させてもらおう。その程度か?」
『ちょこまかと……!』
そこから先はアルヴァの防戦一方だった。
数多のホラーを喰らった骸の騎士を自らに取り込み、かつてないほどの力を手に入れた。その筈なのに、神牙には攻撃という攻撃が一切入らない。それどころか、遊ばれてすらいる。
「次にお前は『なぜ当たらない』と言う」
『なぜ当たらない……ッ?!』
「答えは簡単だ。アルヴァ、お前は元々近接格闘に向いていない。それはお前が俺をサポートしていた時から気づいていたことだ。何とか経験で補っていたらしいが、裏目に出たな」
そして、神牙が地面を蹴り、魔戒剣を振りかざそうとした瞬間───異変は起きた。
『ぐっ……!?なぜ!?』
アルヴァが途端に苦しみ出したかと思うと、途端に手に持つ剣を出鱈目に振るった。神牙は鍔迫り合いになったが、体勢のためか大きく吹き飛ばされ、壁に激突した。壁の一部が剥がれ、崩れ落ちて瓦礫を作る。
土煙がたちこむ中、神牙は瓦礫を魔戒剣で切りとばし、脱出すると目を細めた。
「……なぜ太刀筋が変わった?」
アルヴァは動きを完全に止め、一点を見つめていた。神牙が埋もれた瓦礫のみを見つめていて───アルヴァは途端に雄叫びをあげると、身体を霧散させて神牙に肉薄して剣を叩き下ろした。
神牙は目を丸くし魔戒剣で剣を弾き、距離を取った。
振り返り、神牙を睨みつけてくるアルヴァを見て、神牙は思わず眉を顰めた。
「しかも、この太刀筋は───」
有り得ない、完全に消滅したはずだ。
しかし、そうでないと辻褄が合わない。神牙は確信を得るために再びアルヴァに近づいた。剣を振り下ろし、巨体だというのにも関わらず細かい動きをこなすアルヴァ。ぎこちないながらもその巧みな動きは将来を感じさせるものだった。
「……刀眞、お前なのか?」
アルヴァ───刀眞は神牙の問いに雄叫びで答えると、神牙の腹を容赦なく蹴飛ばした。咄嗟にコートの裏地から魔戒剣の鞘を取り出して直撃は免れたものの、刀眞から受けた痛みは途轍もないものであった。
空中で二、三回転してから勢いを殺し地面に着地。瞬時に地面を叩き切りながら、魔戒剣を振り上げる。
「……俺が憎いか、刀眞」
神牙の言葉に、刀眞は咆哮で答える。一瞬目を瞑った神牙だったが、見開いたその目にはもうなんの迷いはなかった。
「それもそうだな。俺はお前の目の前で大切な人を奪い続けた」
逆袈裟に繰り出される刃を飛び越え、刀眞の肩に魔戒剣を刺突する。しかし、強固な鎧に阻まれ、火花を撒き散らすだけだった。
刀眞は神牙の魔戒剣を掴むと、真横からへし折らんとする。
それに勘づいた神牙は神牙の横面を蹴り、魔戒剣の鞘で腕をへし折る。堪らず悲鳴をあげ、魔戒剣を離す刀眞に逆風で斬る。
「俺はお前が闇と向き合う機会を奪った」
今も疼く右腕の傷痕。神牙の罪と罰の結晶。刀眞が右薙で繰り出した刃を右腕で掴むと、神牙は右手で握り潰した。飛び散る血を見つめながら神牙は小さく呟く。
「だから……これは俺とお前の問題だ」
右腕から流れる血を魔戒剣に擦り付けると、神牙は螺旋状に円を描いた。
陰と陽。光と影。天と地。白と黒の円が紅蓮に輝き、神牙を中心に複雑に交差する。
光が晴れると、そこに居たのはいつもの漆黒の鎧を纏った神牙だった。が、次の瞬間、紅蓮のヒビが漆黒の鎧全体に入り、鍍金の如く剥がれ落ちていく。
闇を纏いくすんだ漆黒は、光沢を放つ漆黒へ。紅蓮の二つの角は炎のような熱さを放ち。くすんだ金の瞳は黄金騎士に匹敵するほどの輝きを放っていた。
そして、隠されていた口元は顕になり、剥き出しになった牙が噛み合わされた。背中に現れたマントを翻し、形の変わった魔戒剣を構え、神牙は刀眞を睨みつけた。
「来い、刀眞!」
刀眞は雄叫びを上げると、神牙の動きを拘束し壁に吹き飛ばした。
が、神牙は瓦礫を吹き飛ばすと、マントを広げ、刀眞に剣を振りかざした。
そのまま神牙と刀眞は鍔迫り合いはと発展し、両者は空へと飛び上がった。
神牙は月を背にマントを広げ、刀眞は夜空を背に翼を広げて停滞した。
神牙の気迫に刀眞は雄叫びで答え、両者は再び接近、空中戦が始まった。
何度かの剣の打ち合い。神牙は地面に一度着地すると、地面を大きく蹴り、刀眞に急接近した。しかし、神牙の剣が直撃する瞬間、刀眞は自身の姿を霧散させ、神牙の背後に回ると頭を掴み、岩を何個も貫通させて岩盤に叩きつけた。たまらず喀血。
神牙が痛みに呻いていると、刀眞は腕を伸ばし神牙の首を締め上げた。
口から血が滴るのを感じながら、神牙は左手で腕を斬り飛ばすと、再び飛翔し刀眞に急接近した。刀眞の口角が一瞬上がったかと思うと、再び姿が霧散する。
「同じ手は二度も食わない!」
神牙は背後に剣を振りかざし、刀眞の胸を切り裂いた。バランスを崩す刀眞の頭に踵落としを叩き込むと、凄まじい勢いで地面に直撃、大きな土煙を上げた。
神牙はゆっくりと地面に降り立つと、鎧を解除した。どっと汗が吹き出すが、気にせず神牙は魔戒剣を構える。
刀眞は姿を変えずに神牙を睨むと、また雄叫びをあげた。
「……最後の鍛錬だ、刀眞」
手招きをして刀眞を誘き寄せる。刀眞は顔を憎悪に歪め、神牙に刃を振り下ろすも、神牙にその刃が当たることは無かった。
刃ごと剣を叩き斬り、刀眞を切り裂く神牙。神牙は茫然とする刀眞に笑いながら言いかけた。
「───悪い兄さんでゴメンな、刀眞。これで……最期だ!」
魔戒剣に銀色の魔導火を纏わせ、刀眞を完全消滅させる神牙。
自分勝手な己が招いた結果だった。
達成感も、救ったという気持ちも、何もない。あるのは喪失感と虚無感だけ。改めて瞞しの力だと理解した神牙は見事に踊らされていた自分を思い出して、苦い表情を浮べる。
神牙はいつの間にか元の銀色に戻っていた前髪を上げる。
「……まだ終わっていないようだな」
後ろを振り向き、そこで蹲る人物に切っ先を向けた。蹲っていたのは女のホラー、アルヴァであった。右足と左腕の先が消え、顔も大きく爛れていることからもう長くはないことはすぐに分かる。放っておいても、そのうち消滅するだろう。しかし、誰かの肉体に乗り移って生きながらえる可能性もある。神牙は目を細くしながら睨みつけた。
「……なんで、どうしてジンガの偽物なんかに私が───」
神牙はどう答えようか一瞬考え、そして口を開いた。
「お前は自分の戦い方をしなかった。わざわざ刀眞を取り込んでを強化を図ったのだろうが、慣れない獲物を扱ったのが失敗だったな」
「……」
アルヴァは神牙を睨みつけながら毒づく。
「お前が大人しく消されてさえいれば……これから先、罪に、罰に悩まされることなんてなかったのに。馬鹿な男ね───」
神牙はそう言ったアルヴァの首を容赦なく撥ね飛ばした。神牙のその顔にはもう、ホラーを斬ることへの躊躇は見られなかった。
「わかっているさ。そんなこと……」
神牙の呟きは朧気な月夜に吹く一瞬の風に掻き消された。
最終話【神ノ牙/KAMINOKIBA】に続く。
本日の夜に投稿します