神ノ牙 -JINGA- 【ANOTHER END】   作:天野菊乃

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護りし者として、神牙は剣を手に取った。

その人生に悔いがないかと言われれば嘘になる。

だがしかし、後悔はなかった。


【神ノ牙/KAMINOKIBA】

 目を開ける。神牙はかつて家族と共に過ごしていた屋敷のソファに腰掛けていた。

 数年経った今でも、イタリアからわざわざ取り寄せた革製のソファは神牙を優しく受け止めていた。

 瞼を閉じれば今でも思い出す。かつて、神牙と刀眞はここで何ら不自由のない暮らしを送っていた。毎日鍛錬に励みホラーを斬る。あの日の事件さえなければ、今もそうして暮らしていただろうし、神牙もホラーを斬ることを躊躇することなどなかっただろう。

 

 ───だが、そんなことを考えたところでもう後の祭りだ。

 神牙はゆっくりと目を開けて、目の前に立つ青年に視線を向けた。

 

「わざわざ呼び出しして申し訳ありません、法師」

 

 神牙の目の前に現れた壮年の男───葉祐は気にするなと言わんばかりに片手を上げ、神牙の目の前のソファに座った。

 

「災難だったな、神牙」

「ええ。まさかあの日の出来事からずっと仕組まれていたなんて、考えもつきませんでしたよ」

 

 神牙はやれやれと首を振りながら、浅く座り直した。

 神牙はカップに珈琲を注ぐと、葉祐の目の前に差し出した。

 

「申し訳ありません。本当ならばもっと上等なものを出したいのですが」

「いや、気にしていないさ。たまにはこういうのもいい」

 

 葉祐は目の前の珈琲を一口啜ると、再び神牙を見つめた。

 

「神牙、お前のあの力は一体なんだったのだ?ある人間を術式を使って調べた途端にホラーになったのだが……」

「この力のことですか」

 

 神牙は右腕のグローブを外すと、傷痕を葉祐に見せつけるかのように机の上に置いた。

 

「この右腕の力は“ホラーになった人間をホラーになる前に戻す”───つまり、一時的に人間に戻すだけの能力でした」

 

 最も、今はその力はありませんがね。と言いながら神牙はコートの襟を正す。そんな神牙に葉祐は訊ねた。

 

「……神牙。お前はこれからどうするんだ?お前は魔戒騎士としての掟を破り、多くの人間を殺してしまった。寿命だってどれくらい削り取られたか───」

「それに関しては、()()()()()()()

「それはどういうことだ?」

「それは───」

 

 神牙のコートから何かが転げ落ちる。葉祐がそれを確認するべく立ち上がると───異変は起きた。

 神牙が徐に立ち上がり、葉祐に渾身の蹴りを放ったのだ。

 咄嗟に葉祐は後方に飛び退く。机が一瞬で粉砕され、木片が辺り一面に飛び散った。

 

「……神牙?」

 

 葉祐が神牙にそう訊ねると、神牙は顔をぐるりと回してコートから魔戒剣を取り出した。

 

「血迷ったか!神牙!!」

 

 思わずそう叫んだ葉祐に神牙はすかさず口を開く。

 

「血迷う?それは貴方だろう」

「何を言っている!?私は何も───」

 

 葉祐が何を言っているんだと言わんばかりに声を張ると、神牙は視線を鋭くした。

 

「あの日の夜───俺の家の周りの結界が破壊された」

「……!」

「あの結界を作ったのは父さんと葉祐法師、貴方だけだ。あの結界は破られた瞬間、危険を知らせるべく音が鳴るはずなんだ。少しでも術式を間違えたらそうなる。しかし、あの日。音もなくアルヴァが現れ、父さんをホラーにした」

「……何が、言いたい?」

 

 葉祐の顔に脂汗が浮かぶ。神牙は溜息を吐き、まだしらばっくれるのかと呟きながら、鞘から剣を抜いた。

 

「……法師。貴方しか居ないんだ。あの術式を隅から隅まで把握しているのは」

 

 明かされる真実。明かされる過去。何の理由があったかは分からないが、葉祐はホラーにその手を貸していたことになる。

 前々からずっと疑問に思っていた、アルヴァがこの屋敷に入れた真実にようやく辿り着いた神牙は切っ先を向けながら呟いた。

 

「……なぜだ。なぜ俺たちを狙った」

「……」

「答えろ!」

 

 葉祐はその神牙の言葉に耳を貸さずに、地面に落ちたそれを拾い上げるとそれを握りしめた。それは神牙の父、御影瑞人から刀眞へと受け継がれた御影家代々伝わる形見の勾玉であった。

 葉祐は数秒ほど目を閉じた後、口を開いた。

 

「……仕方がなかったのだ。あの時、私の家族が人質に取られていた……」

 

 葉祐はその表情を変えぬまま淡々と語り始めた。

 

「あの女ホラーは私の持つ法力を上回っていた。私では勝てなかった。だから家族を守るために私はあの女ホラーに協力したのだ」

「……」

「ずっと言えずにいた。すまない……」

 

 神牙は数秒ほど目を閉じた後、口を開いた。

 

「ならなぜ刀眞の記憶を封印した」

「それは、刀眞がお前を恨まないように───」

「ならなぜ。刀眞は俺の姿を見てホラーだと言った」

 

 すかさず言う神牙にぐうの音も出ない葉祐。神牙は魔戒剣の切っ先を突きつけながら、葉祐の周りを歩く。

 

「あの時、俺は父さんを斬ろうとする俺の姿を見て刀眞は俺の事をホラーだと言ったのだと思っていた。しかし、違った」

「……違った、だと?」

「刀眞は動揺していたんじゃない。本当に俺の姿がホラーに見えていたんだ。そう見えるように術式が施されていた」

「そんなこと、あるわけ───」

 

 ない。そう叫んだ瞬間、葉祐の目の前に赤が飛んだ。そして、何かが宙を舞い、ごとりと音を立てて倒れた。

 葉祐が音のした方に視線を送ると、そこに落ちていたのは左腕だった。

 呆然としながら、自分の左の方に視線を向けると肘から先が無くなっていた。

 

「───あ、ああ!?」

 

 神牙はこびり付いた血を振り払うと、血濡れの魔戒剣を葉祐の胸元に突きつけた。

 

「惚けたって無駄だ。もう証拠は集まっている」

「なに!?」

「狼斬」

 

 神牙がそう言うと、物陰から槍を携えた青年───狼斬が現れた。

 

「神牙が言う通り、この場所には数個ほどの術式が施されていた。諦めろ、法師」

「……くそぉ!!」

 

 葉祐は最後の足掻きで術式を発動しようとしたが、それより早く動いた神牙が葉祐の胸に、魔戒剣を突き刺した。

 

「……終わりだ、法師───さよなら」

 

 神牙の言葉に葉祐は眼球を動かしたが、白目を向いて力なく項垂れた。

 

「俺もすぐ、そちらに行くので」

 

 

 

「終わったな、神牙」

「ああ。ようやく終わっ、た……」

 

 神牙がそう呟いた瞬間、神牙は膝を着いた。

 

「神牙!?」

 

 狼斬が神牙に近づこうとすると、神牙は手を上げて狼斬を静止させる。

 

「……いいんだ、これで」

「何を言っているのだ、神牙!」

「そうか、狼斬……あんたは知らないのか」

 

 神牙は続ける。

 

「俺はもう長くない」

「番犬所への出頭命令はどうした!?まだ果たしていないだろう!?」

「いや───」

 

 神牙はゆっくりと首を振る。

 

「神官に頼んで、狼斬にも言わないようにしてもらっていた」

「なぜだ!」

「俺はあんたからも大切なものを奪った。だから───」

 

 ケジメをつけた。神牙の言葉に青筋を立てながら狼斬は神牙の襟を掴み、持ち上げた。

 

「巫山戯るな!ケジメだと!?なら俺に殴られろ!!」

「……それでお前の気が晴れるなら、俺は構わない」

「この大馬鹿者が!!気が晴れるわけないだろう!!お前の償いは多くの人間を救わなければならない!それだけだ!!」

「……」

 

 神牙は狼斬を突き放すと、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……狼斬。俺はホラーだ。そして、お前は魔戒騎士……ならやるべき事は分かるだろ」

「何を言っている、巫山戯るな!」

「巫山戯なんていない。俺の前世はホラー、そして噛まれたことによってホラーの因子が徐々に覚醒しつつある。俺がホラーになる前に、お前は俺を殺す必要がある───ホラーは喰うか、斬るか、だ」

 

 神牙は腰を低くして、地面を蹴ると狼斬に容赦なく魔戒剣を振り翳す。

 狼斬は槍で神牙の魔戒剣を弾き上げると、槍の柄で神牙を突いた。

 血反吐を撒き散らしながら壁へ激突し、咳き込む神牙。

 

「何のつもりだ……お前らしくもない……」

「……ああ。そうだな」

「あんな見え透いた手、俺に通用すると思っていたのか?」

「……いいや。だが、あんたならこう来ると思っていた」

「……なに?」

 

 神牙は魔導ライターで火を起こすと、床に投げ捨てた。

 瞬間、一斉に火が燃え上がる。

 突然のことに動揺する狼斬。

 

「なんのつもりだ、神牙!!」

「この屋敷に予め発火の術式を施しておいた。この屋敷は数分後に灰塵に還る。俺諸共な」

「何馬鹿な事を言っている!?……ちっ!!」

 

 狼斬は神牙を担ぎ上げると、屋敷の外へと目指す。

 数歩歩いたところで、神牙が狼斬の背を蹴り飛ばし、屋敷の外へと放り出した。

 

「神牙!?」

「……狼斬、これを」

 

 神牙は魔戒剣と魔導ライターを狼斬の元に放り投げると、小さく笑った。

 

「───」

 

 神牙が何かを言った瞬間───屋敷は、大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上が、私の報告になります」

「……そうでしたか」

 

 神官、ケルスは目を伏せながらそう言った。

 

「……すみません、太師。あなたに御影神牙が来たことを黙っていて」

「……奴は、ここに何をしに来たのです?」

「彼は死んだら話してもいいと言ったので、話しましょう」

 

 ケルスはその小さな口をゆっくり開いた。

 

「神牙は私にすべてのことを話した後、自分の残りの寿命をすべて没収しろと言いました」

「な!?」

 

 なら、神牙が長くないと言っていたのはそういう理由だったのか。

 

「しかし、神牙はもう長くなかった。彼は意図的に作り出された存在だったから」

「意図的に……?」

「彼が言っていたホラージンガ。彼の前世とも呼べる存在のホラーに残った人間の魂を使って、この世に生まれ落ちたのが神牙だった。しかし、作り出されたが故に彼はあと数年という時でしか生きれなかった」

 

 御影神牙という人間はホラーという前世を持つイレギュラー因子。それ故に普通の人間より短い時でしか生きれず、そして忘れられる。

 

「彼はその事を知った時、驚いていましたがどこか納得したような顔をしていました」

「……」

「だから彼は、残りの人生を多くのホラーを斬る事に費やし、そしてあの事件の真相を探るために調べていました」

「……だから、俺を頼ったのか。あの男は」

「本当に申し訳ありません。何がなんでも、話しておくべきでしたね」

「いえ……真実を知れて、良かったです」

 

 狼斬はそう言うと、コートの裏から神牙の魔戒剣と魔導ライターを取り出した。

 

「これは最後に奴が…御影神牙が私に託しに来たものです。どういう意図で渡しのかはわかりませんが……預かって貰えませんでしょうか」

「……わかりました。これはいつの日か影煌騎士になれるものが現れ次第、その者に託します」

「では、私はここで……」

 

 狼斬はそう言い、番犬所を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ───夜空には星が瞬いていた。

 

 狼斬は完全に燃え尽きた御影邸の前に立ち、残留思念を読み取っていた。

 

 脳裏に映し出されるのは幸せそうにしていた御影家の人間と、神牙。

 稽古に励みながら、汗を流すその姿はあの悲哀に充ちた神牙とは想像もつかない。

 狼斬は二度とこの悲劇を繰り返してはならないと胸に誓うと、森の中に足を運ぶ。

 

 

 

『───ありがとう。お前のお陰で、俺は俺に戻れた』

 

 

 

 最後に呟いた神牙の言葉が再び聞こえた気がして、後ろを振り返ったが、そこには誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───青年は言った。死んでいく人を見たくない。

 

 救えるものなら苦しむ人々全てを助けることはできないか、と。

 

 青年が斬り伏せたのは過去の自分自身。これから信じていくもののために剣を振るった。

 

 戦いは終わった。宿命も運命も、今の俺には何もない。

 

 だが、俺は答えを得た。 やり直しなんてものは望まない。

 

 闇の存在であるホラーが、光を掴み取れることを知ることが出来た。

 

 この結末を、俺は心のどこかで望んでいたのだろう。

 

 御影神牙(あの男)は闇の存在であるこの俺に光を見せた。あいつなら何度だって、光を掴み取るだろう。

 

 ───そうだよな、道外?




神ノ牙
-JINGA-
TRUE END
完結
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