花騎士になる前のウキツリボクの出会いの物語

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※花騎士の過去の妄想話
※駄文乱文誤字脱字ある

以上が許せそうならどうぞ
楽しんでいただけたら幸いでございます



まだボクは恋を知らない

 

 

 

 煌びやかな光景が目の前に広がる。

 天井にはいくつものシャンデリアが並び、そこに並ぶ数多の蝋燭の火が窓の無いフロア一帯を照らす。床は高級な赤の絨毯が敷かれ、金の装飾が付いた壁際には絵画や陶器、名刀などが飾られる。

 いくつもの白い丸テーブルが室内に置かれ、その上には名産のワインやジュース、ベルガモットバレー王室が誇る自慢の料理が所狭しと並べられている。

 百人以上の人が集まっても尚、余裕のあるこのベルガモットバレー王宮室内は、選ばれた者たちのみが集まる晩餐会の立食会場となっていた。

 年に一度の、秋の収穫祭も含めた大規模な晩餐会なだけあって、集まった人々の数も多い。

 各国の王族並びに王族に準ずる者たち。国内外の貴族、リリィウッドの元老院、ブロッサムヒルの名家、バナナオーシャンの富豪、ウィンターローズの大商人、部下である新米団長を引き連れた各国騎士団の団長たち。

 この場に集まった人々は皆、笑顔で語り合い、華やかなこの場を楽しむ。

 けれど、そんなものは上辺だけ。

 一皮剥けば、誰も彼もがその醜い本性を露わにするだろう。

 社交界で行われる政争や出世争い。腹芸、二枚舌、コネ作りにご機嫌伺いと、欲望渦巻く醜い場。

 誰もが上に登ろうと野心を抱き、他の誰かを蹴落とそうと画策する。

 そんな世界をボクは心底辟易し、蛇蝎以上に嫌っていた。

 だけど、ボク自身もその中の一員。シアトリカルなこの舞台の上で、踊り、踊らされるマリオネット。

 嫌でも何でも、家のためには個人感情を抑え、我慢し、生きていく。

 騙して、賺して、したくないことをしていた。

 それがボクの、ウキツリボクの世界だった。

 

 

 

 

「それでは、皆々様。今宵の晩餐会をどうぞお楽しみ下さいませ」

 

 ベルガモットバレーの女王。その側近である女性が舞台の上で恭しく一礼をする。まばらな拍手の中、彼女が舞台上から下袖へと身を引くのと同時に、その日の晩餐会が開催される。

 一緒に来た両親は早々にボクと別れ、それぞれ別の場所へと移動した。確か、父は商圏を広くするための交渉としてリリィウッド元老院の元へ、母はブロッサムヒルの貴族や王族たちとの会合だったはずだ。

 少し前まではその二人のどちらかについていったのだけれども、ボクももういい歳だということで、最近では会場から抜け出さなければ自由な行動を許されている。

 とはいうものの、それが決して良いこととは言えなかった。

 

「さて、どうしようかな」

 

 視界内の至るところで、笑顔の人々による牽制のし合い、媚び売りが始まる中、ボクは一人呟いてみる。こういう時は誰かに話しかけられても丁重に断れるよう、何かしらの食べ物に手を付けるのが一番良いと思う。

 けれど、笑顔の裏にナイフを、お腹の中には強かさを仕込んでいる人たちは、テーブルの上の食事など見向きもしない。それぞれが持つ計画や狙いが成功した際には勝利の美酒を飲み、失敗した際に敗北のやけ食いをする。

 折角の料理もこの場においてはそれこそ晩餐会の「ダシ」になってしまうのだろう。

 そして面倒なことに、この場において他の者たちとは違う行動をすれば、悪目立ちしてしまう。

 彼らは会話の内容に集中すると同時に、周囲へ神経を張り巡らせることも忘れない。いつでもどこでも、自分の益になりそうなものがないか、目を血走らせているのだ。

 だからこそ、ここで食事をしようものなら彼らの興味はそちらに向けられる。それが政敵、好敵手であるのなら「我慢も出来ない小物」として陰言を広められ、それがコネを作りたい相手であるのなら「好機到来」と言わんばかりにすり寄ってくるだろう。

 あくまでも「憶測」に過ぎないけれど、大体は合っていると思う。故にボクは視線を少し先にあるテーブルへと向けて少し悩む。

 さて、テーブルの上に置かれているのは赤ワインや白ワインが注がれたグラス。未成年用としてグラスを変えたジュースなどが並べられている。

 飲み物ぐらいなら、手にしても何か言われることはないだろう。

 

「何が飲みたいのかな、お嬢さん」

 

 そう思ってテーブルまで向かおうかと思った時、左側から声を掛けられた。半歩前に出していた右足を戻し、声のしたほうへと視線を向けると、騎士団長と思しき格好をした男性が二人いた。

 一人はボクに声をかけてきた男性で、見た目は二十代後半。濃い藍色に近い黒髪のマッシュショート。端正な顔立ちに黒の額縁眼鏡。その奥にある目は切れ長であり、口元には笑みを浮かべている。

 細身な身長はボクよりも頭二つ程高く、服装も新調したそれであり、気品と清潔感を伺わせる。というよりも、あの服には見覚えがあった。確か、バナナオーシャンの騎士団長の正装、だったかな?

 彼の全体としては理知的であり、異性受けが良さそうな美青年という印象を受けた。

 ただ一点だけ、その瞳が笑っていないことを除けば、だけれども。

 

「えぇ。少し喉が渇いたのでジュースを、と」

「それでは私たちにお任せを。ぶどうジュースで良かったかな?」

「はい、ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせて頂きますね」

「この程度のことであれば、お安い御用ですよ」

 

 社交界において、体裁を保つためにボクが用いる繕った言葉を前に、男性は丁寧に、やや芝居がかったお辞儀をして見せる。けれど、身を屈めても頭は下げず、視線もこちらを見据えて離さなかった。

 その視線を前に、嫌悪感が表に出そうになるのを咄嗟に抑える。

 まるで採掘品を鑑定するかのような目。ボクが彼にとって有益であるかどうかを量っているのだ。

 憶測ではあるものの、それはすぐに真実だと気づく。

 ようやくボクから視線を切ったと思った男性が、彼の右後ろの似たような服装をしたもう一人の男性、恐らくは新人の団長に対して小さい声でこう言ったからだ。

 

「何をボサッとしてやがる。早く飲み物を取りに行け」

 

 表情こそ見えなかったものの、声を掛けられた人は顔を強張らせた後、「は、はい!」と慌ててテーブルのほうへと向かった。

 気の毒に、と思ったのも束の間で、男性の顔がこちらに向けられていることに気づき、平静を装う。彼の目は先ほどよりも、ボクからしたら更に嫌悪を感じるものへと変わっているように見えた。

 

「失礼しました。すぐにお持ちしますので」

 

 持ってくるのは、貴方ではないでしょう。

 そう思ったが、表情を表に出してはいけない。自身にそう言い聞かせ、ボクは自らを騙す様に笑顔を相手に見せて口を開く。

 

「いいえ。ありがとうございます」

「そうだ。折角の出会いですし、お互い飲み物を交えて、少し私と雑談など如何かな?」

 

 あぁ、嫌だ。本当に嫌だ。

 それは彼自身のことではなく、ボク自身が品定めされていることでもなく、ましてやこの雑談が長くなりそうなことでもなかった。

 

「はい。私でよろしければ喜んで」

 

 彼の誘いに対して、一人称を「私」に変えて、こうして笑顔を作って応じるボク自身が何よりも嫌だった。

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 先ほどまで話をしていた二人組の騎士団長が離れていくのと同時に周囲へ視線を走らせた後、ボクは小さくため息をついた。

 結局のところ、騎士団長である彼は他国の貴族たちへコネを作りたかったらしく、ボクに声をかけたのも両親に紹介してもらおうと画策していたようであった。

 そして、ボクの両親が既に別のところに行っていることを知ると、自然な流れで会話を切り上げて今に至る。

 ボクに対する態度は仮に演技だとしても見事なもので、こちらに対して時間を割くほど価値がないと分かった後も、彼の言葉遣いや物腰は終始一貫していた。後は口以上にものを言う目を何とかすればこの世界でも十二分にやっていけると思えるほどだった。

 

「はぁ、何やっているんだろう」

 

 そうやって、今しがた会話していた人の批評をしてしまう自分に嫌気が差す。けれど、そんな心境とは裏腹に小さくお腹が鳴る音がし、ボクは咄嗟に周囲を確認する。

 近くには誰もおらず、その音を聞いた者はいない。そのことに安堵しつつ、いい加減何か口にしようと思い立つ。

 視界の中にも、ちらほらと食事を始めている人たちの姿も見える。流石にこの場面で何かを食べたところでとやかく言う者はいないだろう。

 

「うん?」

 

 そう思い立って、手頃な料理を見て回ろうと決めた時、少し周囲がざわついていることに気づいた。最初は普段こういう場に姿を現さないベルガモットバレーの女王がやってきたのかと思った。

 しかし軽く周囲に視線を走らせると、彼らの視線は一点に集中していることに気づき、ボクもそちらへと目を向ける。

 

「あの人は……」

 

 その先にいたのは知らない男性だった。

 正装ではあるけれど、見たことのない服。服装関係でいえばウィンターローズのアスファルが有名だ。けれど、そこの服とは違う感じがする。アスファル以外だと、服の関係はブロッサムヒルが流行に機敏だけれども、そこの出身だろうかとボクは憶測した。

 そして、それを着こなしている彼自身は一度も会ったことも見た覚えもない。

 そんな彼は、ボクを含めた周囲の視線が自身に集まっていることも気にする様子を見せぬまま、目の前のテーブルに並べられた料理を食べていた。

 お肉。お肉。お肉。たまに野菜でまたお肉。

 栄養バランスが全く採れていない食事内容。テーブルマナーも最低限守ってはいるようだけれども、控えめに言って品が良いとは到底思えない。

 けれど幸せそうに、そして美味しそうに目の前の料理を食べる彼に対し、不思議と嫌悪感は覚えず、寧ろその姿に何か惹かれるものを感じた。

 

「……」

 

 しかしすぐにボクは目を閉じて首を軽く横に振る。これは、この感情は普段の晩餐会では見ないような光景を目にして、錯覚しているだけだ。彼自身もそうすることで周囲からの注目を集めようとしているに過ぎないだろう。

 これも憶測だけれども、他の誰かがそんな彼に興味を持って近づけば、すぐにでも本性を露わにするはずだ。

 何故ならここは社交界。華々しさの裏に毒の棘を隠す一輪の造花。

 

「やあやあ、君かぁ。こんばんは。良い食べっぷりだねぇ」

 

 ほら、現に彼の元へ興味を持ったであろう一人の貴族が挨拶に向かう。その良く通る声をしたやや肥満気味の紳士が声をかけたところで、彼の手や口も止まった。

 別に何かを期待しているわけではないのに、紳士の言葉に耳を傾ける彼の姿を見たボクは失望とどこか安堵の気持ちで見つめる。

 演技としては及第点だけれども、注目を浴びるという点では十二分に合格点。きっと彼も声を掛けられてそのキョトンとした表情の裏側には、してやったりという顔が浮かんでいるだろう。

 

「……えっ?」

 

 そんなボクの憶測は、彼の次の行動によってあっさりと外れてしまった。

 声を掛けてきた紳士と一言二言会話を交わした後、彼が軽く頭を下げたかと思うと、次の瞬間にはその紳士には目もくれずに食事を再開したからだ。

 驚くボクと貴族紳士。ややざわめく周囲。それすらも我関せずといった様子で食事を続ける彼に対し、紳士は引きつった笑みを浮かべたままその場を立ち去る。

 

「こんばんは、素敵なジェントルマン」

 

 そして、その紳士と入れ替わる形で一人の、胸元を大きく開けたドレスを見に纏った貴婦人が手にした煌びやかな扇子で口元を隠しながら彼へと近づく。

 声を掛けられた彼は再び手にした料理をテーブルの上に戻し、それらに名残惜しそうな顔をしつつも貴婦人と向かい合う。

 

「この晩餐会に呼ばれる方ですもの、とても素晴らしい御方だとお見受けしますが、貴方様はどちらのご出身で? 家柄は?」

 

 豪華さよりも相手を誘惑するのを意識したようなドレス姿で、彼女はその胸元を強調するかのようにやや前かがみに彼へと質問を投げかける。

 相手が異性だからこそ出来る、女性特有の武器を活かした言動。彼も男の人だろうから、この手の誘惑には少なからず弱いはずだ。こちらから貴婦人は背中側しか見えないけれども、彼女自身の目はやはり笑っていないだろう。

 この誘惑が効くかどうか。ボクだけでなく、彼らのやり取りを見ていた人たちも事の顛末が気になるであろう中、彼の視線が動く。

 

「……え?」

 

 強調していただけあってか、彼の視線は貴婦人の胸元、それから顔へと動く。しかし、彼の顔は誘惑された男性特有の顔ではなく、やはり二言三言会話を挟んで軽く頭を下げた後、再び食事へと戻っていった。

 残された貴婦人は少し茫然とその場に立ち尽くしたかと思うと、周囲に誤魔化すかのように「それではこれで失礼しますね!」とやや声量を上げて彼に軽く会釈した後、そそくさとその場を立ち去った。

 

 

 

 

 その後も、何人かがあの人に声をかけたものの、彼の態度は終始一貫していた。媚を売ることもなく、自身を売ることもなく、ただ来た人に挨拶をし、少しの会話の後、食事に戻る。

 そして、皿の上に乗せた料理を全て平らげた後、彼は本当に幸せそうに微笑み、赤ワインの入ったグラスを傾け、中を空にした。

 

「さて……」

 

 満足そうな彼を遠目で見つめながら、ボクは一人小さく頷く。これで彼の目的が果たされたとは到底思えない。

 ……いや、美味しい料理を食べる、という目的は果たされているだろうけれども、それだけで終わるはずがない。現に彼は何かを探す様に周囲を見渡している。目的の、媚を売る相手でも探しているのだろう。

 

「うん? ……うん?」

 

 しかし、その憶測すらも彼の次の行動によってあっけなく敗れ去る。ボクは彼が向かう先を見て、思わず二度見した。

 彼が向かった先、それはこの部屋と宮廷内廊下を唯一繋ぐ扉。一度出てしまえば、仮に晩餐会の参加者といえ戻っては来られない。この部屋自体には扉が三つあり、その内の二つは……紳士淑女の用を足すところへと続いている。

 つまり、彼が用を足すつもりであればそちらの紳士用の扉へと向かえばいい。そして、彼にもし、そのつもりがないのであれば……にわかには信じられないけれども、このまま料理だけを食べて帰るつもりなのだ。

 そんなまさか、とボクは彼に気づかれない位置を意識しながら、その後を追う。

 

「……え? もうお帰りになられるのですか?」

 

 扉の両端にそれぞれ一人ずつ立つ衛兵の内、向かって左側の衛兵が近づいて話す彼の言葉に驚きの顔を見せる。けれど、彼はそれに対して頷くだけであった。

 

「わ、分かりました。一応念のために申し上げますが、一度この部屋を出られますと、本日はその、もうお入りになることができませんが……よろしいようですね」

 

 確認を取る言葉にも短く返事をする彼に、衛兵は変わり者を見るような顔をしつつも、ゆっくりと部屋の扉を開ける。

 扉が開かれることに何人かの者たちが「なんだ、なんだ」とややざわめくが、彼はそれすらも気にする様子はなく、扉が再び閉まるまで一度も振り返ることなく部屋から退出した。

 その様子を見たボクは全身に衝撃が走った。

 なんて、なんて格好良い人なんだろう、と心の底からそう思った。

 

「すみませんっ」

「ん? どうか、したのかね? お嬢さん」

 

 そして同時に、彼の正体が知りたくて近くの人に声をかけた。ボクと同じように退出する彼の様子を見ていたその紳士は、奇しくも最初に彼へ声を掛けていた人だった。

 

「あの、今帰っていった人は誰なの?」

 

 普通は、それこそ少なくともこの場においては礼節を持って質問をすべきだろうけれども、一刻も早く彼のことを知りたいと思っていたボクは、それこそ捲し立てるようにその紳士へと質問を投げかけた。

 けれど、そんなボクの様子を気に留めることもせず、その紳士は彼が去っていった扉を一瞥した後、苦笑いを浮かべて口を開いた。

 

「あぁ、彼は騎士団長をやっている者だよ。所属はブロッサムヒルだったかな?」

「ありがとうございます」

 

 気前良く答えてくれた紳士に頭を下げて礼を言い、ボクは今一度、彼が去っていった扉へと視線を向けた。

 騎士団長。正直に言えば、直接政治とは関係のない立場の人だ。けれど、あんな風に誰にもなびかず、毅然とした態度を取り続けられる人。

 ボクは生まれて初めて、両親以外に心から尊敬できる人に出会えたような気がした。

 

 

※※

 

※※※

 

 あの衝撃的な出会いから季節は廻り、丁度丸二年の月日が流れた。

 出会いと言っても、ボクが一方的に彼のことを知っているだけであり、彼自身はボクのことを見たこともないだろう。

 けれど、ボクは彼が騎士団長であると知ってから、すぐにでも花騎士になって彼の騎士団へ配属されたいと願うようになった。そして同時に、あの時、あの場において毅然とした態度を取れる彼に尊敬の念も覚えるようになっていた。

 幸いなことに、ボクはそれなりの地位にある家の生まれであるため、その地位や両親の立場を利用してブロッサムヒルの騎士学校に入学することは容易かった。

 いくら世界花の加護があり、花騎士への適正もあったとはいえ、いきなり花騎士になりたいと言い出したボクに対して、父親はあまりいい顔をしなかった。しかし、今までにないぐらいにお願いするボクに母親は何かを感じ取ったようであり、彼女の口添えの元、許可がおりることとなって今に至る。

 騎士学校は原則三年の実戦を含めた勉学に励まなければならない。しかし、それなりの才能があり、花騎士としての実力を認められたボクは、先に行われた実戦の結果、次に行われる筆記試験に合格すれば特例として晴れて花騎士として認められる。

 配属先も既に願い届を提出しており、合格さえすれば彼の指揮する騎士団への入団が決定している。

 ようやく、ようやくだ。

 ようやく、尊敬しているあの人に会える。

 それを思うと、こうして一人学校内の図書館で行う試験勉強も全く苦にならなかった。

 

「……ふう、こんなところかな?」

 

 ある程度、目途が付いたところで手からペンを離す。周囲を見渡し、軽く伸びをしてからもう一度書いた羊皮紙を手に取って内容を確認する。

 

「うん。大丈夫だね」

 

 それから、本の内容と羊皮紙に書かれた内容に相違がないことを見比べたところで、図書館の入り口付近からボクの名前を呼ぶ声がした。視線をそちらへやるとそこには二人の花騎士がこちらを見つけて、笑顔を浮かべたまま傍へやってきた。

 二人の内、少し奇抜な格好をした花騎士の名前はホオズキさん。もう一人の、こう言ってしまっては本人に失礼なのだけれども、雪女のような恰好をしている花騎士の名前はハツユキソウさん。

 どちらもこの騎士学校にて友達になった人たちであり、ボクよりも先に入学し、そして一足先に花騎士となってこの秋に卒業する二人だ。

 ボクも次の試験に受かれば、彼女たちと一緒に卒業できるだろう。

 

「また試験の勉強きぃ? ウキツリボクちゃんの実力なら、よゆーで受かるきぃ!」

「その通りです。ウキツリボクさんは心配のし過ぎです。もっとこう、どーんと構えてですねぇ……」

 

 静謐な空間が二人によって賑やかになることにボクは少し笑いつつ、それでもそんな二人に真面目な顔を向ける。

 

「ありがとう、二人とも。でも油断は禁物だからね。ボクもその、二人と一緒に卒業したいし」

「きゅ、きゅぴぃ~、嬉しいきぃ。ウキツリボクちゃんがそこまで思ってくれるなんて感激ぃ!」

「そうですね、その通りですね! パパパッと合格して、三人で肝試しでもしましょう!」

 

 こちらの言葉に今にも涙を流しそうなぐらい全身で感動を表しているホオズキさんに、「あ、最近私の中で熱いのは『ガルデの亡霊』っていう怪談話でしてぇ」と一人で話を続けるハツユキソウさんに苦笑しつつ、ボクは机の上にある今しがた書き写し終えた羊皮紙や本たちを一瞥する。

 

「ごめん。この後のお誘いについてだったら、ちょっと片づけなきゃだから先に部屋で待っていてくれないかな?」

 

 すると二人はボクに気を遣ってくれて、宿舎のほうで落ち合うことに二言で了承するとそのまま図書館から廊下へと出て行った。

 賑やかな二人が退出し、その足音が遠ざかり聞こえなくなるのと同時に、再び静寂が訪れる。あの二人とワイワイ楽しむのも好きだけれども、こういう静かな空間もやはり好きだ。趣味、に近い夜間の散歩にも似た雰囲気を感じられるから。

 

「っと、いけない」

 

 しかし、あの二人を待たせている以上、のんびりするわけにもいかない。

 ボクは机の上に広げた羊皮紙やペンなどを片づけ、隣の椅子に置いた鞄の中へとしまう。それからその鞄を肩にかけた後、本を元の場所へ戻そうと本棚へと向かう。

 図書館は騎士学校内にあるだけあって、それなりに広い。勉強に使った本も、元の場所に戻すには机のある場所から見えないほど奥の本棚に並んでいたものだ。

 

「っしょ、と。これでいいかな? ……ん?」

「……おや?」

 

 そうして目的の本棚を見つけ、本を戻したところで、ボクは近くに一人の少女がいることに気が付いた。こちらの視線に気づいたのか、彼女は読んでいた本を閉じて、ボクのほうへと顔を向けた。

 頭頂部に少し跳ねた癖毛が特徴的な、燃える赤い髪をツインテールにした彼女は、同性のボクから見ても端正な顔立ちをしていた。

 見た目の年齢はこちらと同じか少し上。身長はボクよりもやや高いけれども、その体つきは女性のそれであり、着ている服装がかっちりしたものでなければかなりスタイルが良いと感じられる。

 そんな彼女の右肩に乗っている卵の殻を被ったヒヨコ、のような動物がこちらを見て鳴く声を聞き、彼女は「大丈夫だよ、パスコア」とその動物に声をかけ、手にした本を閉じて笑顔を見せつつ右手を差し出した。

 

「初めまして、かな? 僕の名前はホシクジャクだよ。ここの騎士学校の生徒なんだ」

「初めまして、だね。ボクの名前はウキツリボク。同じくここの生徒だよ。よろしく」

「こちらこそよろしく。……君も何か、恋愛について悩みでもあったのかい?」

 

 握手をしてお互いに自己紹介をする中で、ホシクジャクと名乗った少女は同志を見つけたかのように嬉しそうな声で尋ねてくる。その質問の意図が分からずに視線をふと彼女の持つ本へと向けると、そこには花騎士の恋物語的なタイトルが書かれていた。

 なるほど、とボクは一度本棚へと視線を移す。

 ここは間違いなく、花騎士とそれに関する歴史の書物が並ぶコーナー。花騎士の恋物語も、まあ歴史と言えなくもないけれども、少なくともここに並べられるものではない。

 憶測ではあるが、大方該当する場所で読めない彼女がわざわざここにきてその本を読んでいたか、もしくは同じような人がここで読み、悪い言い方をすればこの本棚に隠した本を彼女が見つけて読んでいたかのどちらかだろう。

 けれども、それらの詮索は野暮であり、ボクには関係のない話だ。

 

「いいや、違うかな。残念だけれども」

「あはは、そっかー。やっぱりこれはこの本棚じゃない場所にあった本なんだね」

 

 こちらの答えに、ホシクジャクさんはそれでもどこか嬉しそうに笑い、手にした本をこちらに見やすい位置へと持ってくる。先ほどの憶測は後者で合っていたようだった。

 しかし、改めて彼女が持つ本へと目を向けると、それが一度ここで目にして読んだ本であることに気づく。内容は確か、主に花騎士と勇者の……そう、つまりは騎士団長との恋の物語がいくつか書かれていたものだ。

 花騎士と、騎士団長の、恋の物語。

 一瞬、その花騎士がボク、騎士団長を彼とした妄想が頭の中を過ぎり、ボクはそれを掻き消すように目を伏せる。思えば以前読んだ時も、似たような妄想を思い浮かべたことがあったことも同時に思い出してしまう。

 ……違う。ボクがあの人に感じたものは「尊敬」であって、「恋」ではない。それが彼に会いたい理由であり、伝えたい真実であるはずだ。

 だから、彼を思う度に小さく高鳴るこの鼓動は、それによるものだ。そうでなければ、ボクが彼に会いたいと願って行動した今までは、まるで「恋の病」に侵された少女のそれではないか。

 

「ごめんね。いきなり変なことを聞いて」

「ぇ……あぁ、うん。気にしていないよ」

 

 黙り込んでしまうボクに気を遣ったのか、恐る恐る声をかけてくるホシクジャクさんに、動揺を悟られないように作り笑顔を見せる。

 それが社交界でよく見せていた仕草であることに気づき、彼女に少し負い目を感じた。しかし、ホシクジャクさんはどこか安堵したように笑顔を返してくれた。

 

「まるで君が、恋をする乙女のように見えたものだからちょっと気になってね」

「……え?」

「あはは。ごめん、ごめん。これも気にしないで。こっちが勝手にそう思っただけだから」

 

 こちらの考えに気づかれたのかと驚くボクに対し、「じゃあ、僕はこの本を元あった場所に返してくるよ」とホシクジャクさんは本を持った手を振りながらこの場を去っていった。

 残されたボクは、彼女が去っていた方を見つめたまま、動くことが出来なかった。

 まるで恋をする乙女のように見えた。ホシクジャクさんはボクを見てそう言った。ボク自身はそうは思わないけれども、少なくとも彼女から見て、ボクはそう見えたのだろう。

 

「……早く、二人のところに行かなきゃ」

 

 思いもしなかった言葉を前に、しばらくその場で佇んでいたけれども、ボクは宿舎の部屋で待っているであろうホオズキさんとハツユキソウさんのことを思い出し、踵を返す。

 

 

 

 

 図書館を出るまでの間、ホシクジャクさんに再び会うことはなかったけれど、彼女の何気ない一言はボクの心に小さくも確かに残り続けた。

 まだボクは恋を知らない。

 あの日、あの場所で、彼に出会って抱いた感情は間違いなく「尊敬」である。

 けれど、目的である彼のいる騎士団へと近づく度に、彼に対する思いは「尊敬」以外にもあるような気がしているのもまた確か。

 この感情が恋なのかはまだ分からない。

 ボク自身、「真実は一つ」でハッキリしないのは嫌いだから、この気持ちはそのうち自分で見定めようと思っている。

 何にしてもまずは彼に会うこと。全てはそこから始まるだろう。

 そして、あの人と再会した時にボクが抱く気持ちについて話した時、彼はきっとこう思うだろう。

 ……どこで会ったんだろう、ってね。

 

 

始まり、始まり

 




花騎士のウキツリボクを好きになって、どうぞ(ニッコリ)

これを見て好きになった人が増えたら幸いでございます

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