ネイア・バラハの冒険~正義とは~   作:kirishima13

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第10話 繁栄

 バハルス帝国商業組合の組合長室。黒檀の立派なテーブルと椅子が置かれ、そこに飾られた調度品にもさすが商業組合と言えるような非常に精巧な細工が施されている。しかし、それらも目の前に座る人物を前にしては霞んでしまう。金色の髪をたなびかせながら男は席をたつと優雅に礼をする。その動きはとても洗練され流麗なものでまさに貴族の礼、いや、その風格からくるものは王者の礼とでも言うべきものであった。

 

「さて、まずは自己紹介から始めようか。私はバハルス帝国皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスという」

 

 目の前に現れた帝国の皇帝を名乗る男にネイアは目を奪われ、そして周りを見渡す。思うことは一つ、「なぜここに皇帝がいるのか」だ。立派な部屋ではあるが、ここはどう見ても商業組合の一室だ。帝城でもなければ謁見の間でもない。ネイアの動揺をよそにジルクニフと名乗った皇帝は周りに控える者に掌を向ける。そこには純白のローブを纏い、白い髭を伸ばした白髪の老人、歴戦の戦士を思わせる鎧の男女4人がいる。

 

「そして彼が主席宮廷魔術師のフールーダ・パラダイン。後ろの4人は護衛なので自己紹介は省こうか。いや、ニンブルとは面識があったかな。エ・ランテルで君たちもあっているだろう。あともう一人呼んでいるのだが何をやっているんだか……。君たちを待たせるには忍びない。話を進めよう。あなたが『漆黒の英雄』モモン殿で、そちらのお嬢さんが『き……」」

 

(き?)

 

「いやぁ、わりぃわりぃ遅れちまって!」

 

 ジルクニフの言葉を遮るように突然ドアが開くと、ネイアの後ろから一人の男の声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。そしてその声を聞くとネイアの胸がなぜか高鳴った。

 

(誰?)

 

 振り向くとそこには、ぼさぼさ髪に無精ひげの男がいた。かつて野盗としてネイアたちを襲い、返り討ちにあったあの男だ。

 

「おー、おまえらやっぱ来てたのか。久しぶりだな。闘技場の試合みたぜ。漆黒の旦那に……()()()()()

 

 エ・ランテルで帝国に犯罪者として引き渡したのになぜ自由になっているのか。気さくに話しかけてくる。ネイアは胸の高鳴りが早くなるのを感じる。

 

「漆黒の旦那はさすがだな。あの武王相手にあんな戦い方ができるとはな。しびれたぜ。まだまだ修行が足りねえわ。あんたと戦うにはもっと腕を上げなきゃな」

 

 剣こそが正義と言い張ったこの男。ひたむきに剣の道を突き進むこの男はまだモモンガに挑むことをあきらめていないらしい。ネイアは鼓動はさらに早くなる。

 

()()()()()の試合も見たぞ。腕上げやがったな。前はまぐれで負けたと思ってたんだが今やったらどうなるかわかんねえな。また闘技場でないのか?()()()()()。次は俺とやろうぜ」

 

 ネイアに向けて獰猛な笑みを向けてくる。ネイアの目をまっすぐに見つめてくるその目は真摯なものだ。顔を赤らめたネイアは胸の高鳴る理由を思い出す。

 

「ん?どうした?凶眼の射手。俺のこと忘れちまったのか?つれねぇなぁ。この俺を倒したのは凶眼の射手だって認めてんのによ。俺は敗北を認める男だぜ。このブレイン・アングラウスを倒したのは()()()()()だってちゃんと宣伝しておいたからよ。おい、顔が赤いぞ、本当にどうした凶眼の射手。なぁ、凶眼の射手よぉ」

 

 ネイアは自分の気持ちに気づく。この胸の高鳴り、赤くなる頬、その原因は……

 

 

 

―――恋

 

 

 

 ではなかった。単純な怒りである。ネイアの脳裏に走馬灯のように色々なことがよぎる。王国に凶眼の名を広められた。宿屋で凶眼と呼ばれた。その思い出が脳裏に走った瞬間、ネイアの足はその無精ひげの男に向かっていた。思い出した。次に会ったら絶対に殴ると心に誓ったのだ。

 そして右手から捻りを加えたストレートを男に向かって突き出す。

 

「うおっ!?」

 

 ネイアの突然の行動に驚くブレイン。しかし、そこは修羅場をくぐってきた男。みぞおちを狙ってきた拳の動きを武技『領域』を使って即座に把握する。そして紙一重でよけるよう体を動かすが、ネイアの拳はそれを追従するように追ってきた。

 

「何!?」

 

 そう、ネイアも『領域』を発動し、ブレインの体の動きに即座に反応していたのだ。そしてそのまま男のみぞおちを抉るように渾身の力を込めて撃ちぬいた。

 

「ぐほぉ……。な、何しやがる……」

 

 痛みに悶絶し、蹲る男。皇帝の周りの騎士が一斉に武器を構えるが、続くネイアの言葉に呆然と立ち尽くす。

 

「凶眼の射手はお父さんです!私は凶眼の射手じゃありません!」

 

 モモンガがビクビクしながら「ネイア、お母さんに似てきたな……」とつぶやいている。何を言っているんだろう。私はあそこまで怖くない。

 

 呻くブレインをよそに静まり返る室内。そんな中、この部屋のホストが涼やかな声で場をとりなす。

 

「私の部下が失礼した。バラハ嬢。勘違いなされたのかな?アングラウスは野盗から足を洗い、今では帝国に仕えているのだ。事前に説明しておくべきであったな。ともかくこれで出席者もそろったことだ。お互い顔を見せて話をさせていただけないかな」

 

 皇帝からの提案。それは顔を見せてほしいというもの。確かに顔をヘルムやマスクで隠したまま会談というのも失礼な話であろう。ネイアはチラリとモモンガを見ると頷いてそのままヘルムを外した。ネイアも同様にミラーシェードを外す。

 

「お初にお目にかかります皇帝陛下。私の名はモモン。今はしがない流浪の民です」

「ネイア・バラハです」

「これはこれはモモン殿は精悍な顔立ちをしておられるな。それにバラハ嬢も大変お美しい。しかし、その髪や目の色から察するにモモン殿は聖王国の出身ではないのかな?」

「ええ、異国から旅をしてきましてね。目立つのも困りますので顔を隠させていただいています」

 

 そう言って、モモンガはヘルムを被りなおすが、それを咎めるようなものは誰もいなかった。モモンガがアンデッドだと言うことがバレなかったようでネイアは胸をなでおろす。

 

「さて、ではお互い座って話をしようじゃないか」

 

 ジルクニフはそう言うとテーブルを回りネイアの前の椅子を引く。ネイアはまさかと思うが帝国の皇帝がネイアが座るために椅子を引いたのだ。信じられない光景にネイアはパニックになりかける。

 

「さぁ、どうぞ。お美しいレディ」

 

 ジルクニフは優し気な笑顔をネイアに向け白い歯を見せ着席を促す。紳士は女性のために椅子を引くことがあると聞いたことがあるが自分がそんな立場になるとは思わなかった。それに気になる言葉、「美しい」。二度も言われたその言葉にネイアは戸惑う。

 

(美しいって私が……?いや、まさか本当に?でも皇帝陛下にこんなことさせるわけにはいかないわ)

 

「ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス皇帝陛下に椅子を引いていただくなどとんでもございません!」

 

 ネイアが固辞するとジルクニフは寂しそうな顔をして椅子から離れる。

 

「そうかい?遠慮しなくてもいいのに。それに私の名前は長い。ジルクニフ、またはジルと呼んでくれてもかまわないよ。いや、美しい君にはそう呼んでほしいな」

 

 窓から差し入る光がジルクニフの髪や歯に当たりキラキラと輝いている。まるで物語の世界から飛び出してた王子様のようだ。

 

(光ってる……すごい美形!っていうか歯が光るのとか初めて見た!)

 

「ごほんっ」

 

 そんな素直な感想を心に描いて見惚れていると、ネイアの気をそらすように咳払いがした。それも喉に何かが引っかかることなどありえない骨、モモンガからだ。そしてそのままモモンガは不機嫌そうに椅子を引くとドカリと座る。ネイアも前に出て椅子を引こうとするが、その前にジルクニフが椅子を動かし座らされてしまった。

 全員が席に着くと商業組合の職員と思われる女性がお茶をいれ、それぞれの前にカップを置いて去っていた。ドアが閉まるのを確認するとジルクニフはホストとして話はじめる。

 

「さて、まず君たちには礼を言わねばなるまい。エ・ランテルでのアンデッド討伐本当に感謝している。あれは帝国で解決するつもりではあったが犠牲なしには都市を解放することは難しかっただろう。そうなれば帝国兵にも相当な数の犠牲が出たはずだ」

「あれは受けた依頼をこなしたまでのことです。報酬もいただきましたのでお気になさらずに。それよりも我々はこちらの商業組合で依頼を受けに伺ったのですが、なぜ皇帝陛下がここへ?商業組合長はどうされたのですか?」

 

 モモンガが一番聞きたかったことを聞いてくれる。商業組合から依頼を受けに来たらそこには皇帝がいた。意味が分からない。依頼主の組合長はどこへいってしまったのか。皇帝は何のために目の前にいるのか。疑問は尽きない。

 

「商業組合長に急用ができてね……っといったごまかしはなしにしようか。商業組合も帝国の組織の一つであるし、依頼を代理として私からすることにはさして問題はないだろう。私が来た理由の一つは、君たちに直接お礼を言いたかったこと、そしてもう一つは情報交換をできないかと思ってね」

「情報交換?」

「今の私は商業組合長の代理としてきている。商業の原則に従い、ギブアンドテイクで行こうではないか。私は君たちの持っている情報が欲しい。君たちが聖王国を出てここに来るまで何があったのかを教えてほしいのだ」

「ほぅ、商業の原則とは面白いですね。それで私たちは何をいただけるのですか」

 

 モモンガの楽し気な問いかけにジルクニフはニコリと笑うとモモンガを、次にネイアを見つめる。そして彼は自身の言葉どおりネイアが欲しい情報を提示した。

 

「聖王国……そして王国の現状を知りたくはないかね?」

 

 ネイアは聖王国に残してきた両親を思い出す。そしてあの狂気のリ・エスティーゼ王国第三王女を。現状は非常に気になるが戻って確かめるわけにもいかなかったところだ。あの後どうなったのだろうか。訴えかけるようにモモンガを見つめるとネイアに向けて頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 ジルクニフの要望に従い、モモンガからこれまでの説明することとなった。もちろん幽霊船での出来事などアンデッドであるとわかる部分は省いている。法国の陰謀によりアベリオン丘陵への侵攻が始まったこと。ブレインとの出会い。死都となったエ・ランテルでの戦い。王国での戦いやラナー王女からの勧誘などすべてを語り終えるとジルクニフは難しそうな顔をする。

 

「なるほど、聖王国が亜人討伐に出兵したのは法国の後押しがあってのことか。そして王国の第三王女は君たちに王国を明け渡そうとしたと」

「ええ、断りましたが」

「ふむ。では次はこちらの番かな。まず、聖王国の現状について教えよう。亜人討伐については今のところ順調にいっているようだ。豚鬼(オーク)藍蛆(ゼルン)等の複数の亜人族を滅ぼし、まだ遠征を続けているという。これが聖王国が我が国に援軍の要請をしてきた際に確認している。特に聖騎士団長が鬼神のような強さで数多の亜人を討伐しているという話だ。これは恐らく君たちの話の中で出てきた王国の神剣が渡ったためなのだろう」

 

 聖王国が今のところ無事そうでネイアは安心するが、複数の亜人が滅ぼされたというのは喜んでいいのかどうか今では分からない。

 

「ラナー王女が法国へと流した王国の神剣ですか。それは興味深いですね」

「剣士としては興味は尽きないだろうね。ちなみに援軍の要請については断った。自国の防衛だけで精いっぱいだからね。だが、聖王国はこのままでは危険かもしれないな。引きどころを知らないと見える」

 

 ネイアの脳裏にレメディオス団長の顔が思い浮かぶ。猪突猛進という言葉がよく似合う彼女がいたらよほどのことがない限り撤退はしないかもしれない。

 

「それでは王国についても教えていただけますか」

「ああ、いいだろう。王国については……まず国王ランポッサⅢ世が亡くなった。第一王子、第二王子もだ」

「え」

「処刑されたといった言い方が正しいか。第三王女ラナーは君たちに断られた時の次善の策も用意していたのだろう。恐ろしい女だな。レエブン侯という人物がいるのを知っているかい?王国の六大貴族の一人だ。彼が国王、そして第一・第二王子、そして王国で暗躍していた犯罪組織、そう、君たちが捕らえた八本指の関係者の粛清を行った。恐るべき早さだったと聞いている。事前に準備していたのだろう。もちろん、君たちが断らなかった場合のことも考えてだろうが……そして、関係していた貴族たちを犯罪組織との間者として世間に晒し、そして国王や王子はそれを容認していたとして粛清し、王女とレエブン侯で新しい体制を作り治めると発表したのだ」

「国民や貴族たちからの反発は?」

「驚くほど少ない。もともと第三王女は国民に優しく、国民から非常に高い支持のある人物。レエブン侯も統治下では王国の国民の中では税も少なく豊かだった。反発するような者は国民から搾取を続けていた八本指の関係者の貴族たちくらいだろうが粛清されてしまったからな。いや、あの王女のことだ。むしろその中に反発しそうな連中を巻き込んでいたということも考えられるか。とにかく統治は迅速で驚くほど反発が少なく完了したらしい。だが、国としては悪い方向には進まないかもしれないな。そうそう、エ・ランテルが帝国領となった件についても住民を救ってくれた帝国による支配を認めると感謝状まで贈ってくる始末だ」

 

 そう言ってジルクニフは困ったように笑う。あの王女はモモンガたちに統治権を渡す話をしながらその裏で断られた際の準備もすでに終わっていたということか。これにはネイアも苦笑しかでない。しかし、気になることが一つあった。それを察したのかモモンガが聞いてくれる。

 

「今後、帝国は王国との戦争はどうなるのですか?」

「私が王国と争っていたのは王国の民を憂いてのことだ。愚策により塗炭の苦しみに嘆く人々を救いたかった。重税に、暴力に、麻薬に苦しむ人々をな。あの国に自浄作用は期待できない。そんな理由だ。それらがなくなるというのであれば今のところ攻め入る理由はないな。エ・ランテルの住民たちから王国に戻りたいという声がない以上都市を返還するつもりはないがね」

 

 まるで当たり前のように民のためだと言い切るジルクニフ。

 ネイアは思う。この皇帝は本当に国民のことを考えている。しかし優しいだけでなく判断力も決断力もある。カリスマというのだろうか。人を引き付ける魅力に溢れていた。モモンガに代わりネイアは尋ねたいことを口にする。

 

「それが……それが皇帝陛下の正義ということですか?」

「私の正義?そうだな……正義か。私にとって正義は……繁栄というところかな」

「……繁栄?」

「国の豊かさ、国民の笑顔、そう言ったものを含めて国としての繁栄。帝国皇帝としては繁栄こそが正義ではないかな」

「……誰も泣かない国を作るということですか?」

「誰も泣かない国?そんな国ができればいいとは思うが、不可能だ。少なくとも私にはね。人は自分を誰かと比較しなければ生きていけない。その中で意見の相違は必ず起きる。私が正しいと思ったことに反するのであればそのものには泣いてもらわねばならない。残念なことだがな」

 

 はにかみながら笑う皇帝は非常に魅力的だった。皇帝の周りの部下たちもうなずいている。皇帝の正しさについていくと決めているのだろう。綺麗事ばかりを言うカルカとは明らかに違う。これが本当の王者というものだろうか。そんな王者にネイアは疑問をぶつける。

 

「大変素晴らしい考えかと思います。ですが……エルフたちはその中に入るのでしょうか」

「エルフ?何のことだい?」

「奴隷として売られているエルフたちのことです。酷い扱いを受けているのをこの国でみました。そんな彼女たちは泣いてもらうものたちなのでしょうか」

「ああ、バラハ嬢があの闘技場で勝ち取ったエルフたちのことか。ふむ、確かにエルフたちに人権はない。だが、虐待を認めているわけでもない。何というか……法の不備だな」

「法の不備?」

「要するにこの国にエルフが来ることを想定していないわけだ。今までにも来たことなどほとんどないし国交ももちろんない。だから法も整備されていないというわけだ」

「そんな!でもエルフの奴隷たちは確かにいます!」

「禁止をしているわけでもないから商人が他国から仕入れているのだろう。恐らく法国だな。エルフ国と戦争中と聞くから戦奴として我が国の商人に売りつけたか……」

「あの……何とかなりませんか。彼女たちはこの国で何か罪を犯したというわけでもなく、害をなすわけでもありません」

「ならないこともないが……。今いるエルフたちを引き取るにも金がかかるし、商人たちの不満も抑えねばなるまい。ふむ、どうだね。今の私は商業組合長の名代。これも取引としないか。先ほどは情報の交換だったが、君たちの要望を受け入れる代わりに代価をいただきたい」

「何を……ご所望でしょうか」

「正直に言うと君たちが欲しい。優秀な人間はいくらでも欲しいからね。または優秀な人物を紹介してくれるというのでも構わないが」

 

 ネイアはちらりとモモンガを見る。

 

「それは……人間でなくても構わないのでしょうか」

「どういう意味だい?」

「闘技場ではトロールが武王として出場していました。ウサギ顔の亜人が歩いているのを見たこともあります。ですので種族を関係なく陛下は受け入れてくださるのかどうか知りたいのです」

「ああ、武王か……彼は昔勧誘したことがあるくらいだ。断られたがね。帝国に有益な人物であれば種族は問わないつもりだよ」

「そう……ですか。ですが、我々は今のところどなたかに仕える気はありません」

「そうか……。ではどこかでいい人物がいたら紹介してくれたまえ。対価は払おう。だが今回は……そうだな。商業組合の依頼の報酬とするのはどうだ?」

「依頼?」

「もともと君たちは商業組合の依頼を請け負いに来たのだからね。その報酬としてエルフの件は便宜を図るということでどうか。それであれば釣り合いが取れるだろう」

 

 報酬に金銭をもらうつもりだったと言ってもジルクニフの提案は破格のものだ。ネイアは迷わず提案を受け入れる。

 

「ありがとうございます。皇帝陛下」

「喜ぶのはまだ早い。報酬は成功してからだよ。では、依頼の内容を説明しよう」

 

 皇帝から以来の説明が始まった。要約するとドワーフ国との国交が数年前に滞ったとのことだ。原因は不明。アゼルリシア山脈は危険地帯のため、冒険者を雇いたいが、冒険者組合は危険と判断して例えアダマンタイト級冒険者であろうとこの依頼を受けさせなかった。それほど危険な仕事と言うことだ。だが一つだけ問題があった。

 

「ドワーフの王都の様子を確認してくる。それだけでよろしいのですね。それでその都市の名前と場所を教えていただけますか」

「王都の名前だけはわかっている。フェオ・ベルカナという都市だ。だが、この情報は数百年前のもので場所は分からない」

「場所が分からない?それはどういうことですか」

「彼らは行商に来るのみでこちらからドワーフ国へ赴いたことはないからだ。そして都市の名前は数百年前にドワーフの王が来たという伝承のもの……だったな、じい。それ以外に情報はあるか」

「はい、間違いございません。確かアゼルリシア山脈のふもとの地下に都市があると聞いた覚えがあります。ですので地上から見つけるのは至難の業かと」

「っというわけでこの依頼を達成した人物は今までいないというわけだ。どうだい?君たちならば請け負うことができるのではないかね?」

 

 ジルクニフが試すように見つめてくるが断るわけにはいかない。モモンガとネイアは力強くうなずき依頼を請け負うことに決めた。

 

「もちろん請けますとも。ではすぐにでも出発します」

 

 

 

 

 

 

 モモンとネイア・バラハ。二人のワーカーが立ち去り、周りに誰もいないことを確認すると四騎士の一人バジウッドが口を開いた。雷光の異名を持ち、がっしりとした体に顔には顎髭を蓄えている。

 

「陛下。よかったので?エルフを買わなくなったら法国との関係が不味くなるんじゃないですかい?」

「ふんっ、構わない。どちらにしろあの闘技場でエルフたちが助けられた美談は既に噂になり始めている。いずれエルフたちの解放を叫ぶ声があげられるだろう。それだったらむしろ恩を売った上、こちらから積極的に動いたほうが利益は大きいというものだ。エルフの解放の準備をしておけ。売却先をすべて洗っておくように。頼みごとは聞いてやったのだ。そのうち折を見てこちらに引き込んでやろう」

 

 モモンガ達と話していた時とは一転して優し気な笑顔は狡猾なそれに変わっていた。

 

「彼女の話に同情したのかと一瞬思いましたが、やっぱり陛下は陛下ですな」

「ふん、誉め言葉として受け取っておこう。それで……。おまえたち。やつらの実力。どう見えた?じい」

「そうですな。戦士としての強さは四騎士の方々にお任せするとして、魔法詠唱者としては、まぁあのバラハと申すものについては多少は才能がありそうですが気にするほどではありますまい」

「ほんじゃ俺からも。あのバラハってのは戦士としては俺ら並かもしれねえ。戦いを見た限りじゃ負ける可能性もあるな」

「なるほど……。それでモモンのほうはどうだ。じい」

「それが……全く見えませんでした」

「見えない?」

 

 フールーダは白く長いひげを撫でまわしながら首をかしげる。彼には一つの才能(タレント)があった。それは人から出る魔法のオーラを見ることができるというものだ。それによりその人物が第何位階まで魔法が使えるかわかる。だが、どんな人間でもまったくオーラが0というのは珍しい。それもあれほどの力を持っているものならなおさらだ。しかし、そんな彼が何も見えなかったという。

 

「恐らくは探知阻害魔法、またはそれに相当する魔法道具(マジックアイテム)により強さを隠しているのでしょう。これは勘にすぎませんが……非常に危険かと」

「ああ、俺はそれも感じたぜ。気配がまったくねえんだよ。そこにいるのにまるで誰もいないような奇妙な感覚だった」

「じいとバジウッドの意見は分かった。他のものも……同じ意見のようだな。隠す必要があるほど強いということか」

「あ、それから陛下。聞きたかったんですけど、あんなにポンポン情報渡しちまってよかったんですかい?」

「かまわん。あの程度の情報はそのうち市井にも出回るようなものだ。それに比べて彼らの情報は他では聞けない貴重な話が多かった。特に王国のことはな」

「王国……といえばどうするつもりなんですかい?貴族も減っちまったし、今なら簡単に叩けるのでは?」

「ははっ、お前の考えは単純だが嫌いではないぞ。今まで通り腐敗した王国であれば簡単であっただろうが……今は不味いな。それもあの王女は理解したうえでこちらに感謝状など贈ってきたのだろうがな」

「どういうことで?」

「今まではエ・ランテルの所有権を主張して戦争をしかけていたが、その都市は既に帝国領となった。腐敗した王国から帝国領に変わったことに対して住民たちは好意的に受け止めている。まぁあれだけ腐れ切った国に戻りたいと思う者はいないだろうからな。だが、王国の中でただ一人、ラナーだけは違う。あの王女の人気は別格だ。腐敗した王が倒れ、犯罪組織ともども民衆に憎まれていた貴族たちは粛清された。今やラナーとレエブン侯は王国の救世主だ。聞くにエ・ランテルの中でそれを聞いた住民が王国へ帰順したいという者もいると聞く。ここで力ずくで王国を併呑することは簡単だが、国民はそれを受け入れまい。どこかで反乱でも起こってくれればその鎮圧を理由に侵攻するという策もあるが……今は様子を見るしかないな。まったく忌々しい」

 

 ジルクニフはギリリと唇を噛みしめる。戦争を仕掛けるにも理由が必要だ。そして本当の闘いは勝利した後に始まる。力づくで支配下に入った都市の宿命として反乱の目が必ず出る。ジルクニフはそれを極力避けたかった。

 

「だが、あのモモンとバラハがこの国に来たのはチャンスだ。王国の誘いを断ったというから仕官させるのは難しいかもしれんが、この国にいてくれるだけで利益となる。それにあのモモンとか言う男、力はあるだろうが、扱いやすそうだ。何というか……冒険者やワーカーと言うより商売人のそれに近い感じだったな。メリットとデメリットをよく理解している。それゆえに考えていることも分かりやすい。この国には好印象を持っているようだったな。せいぜい恩を売って利用させてもらうとしよう」

「それも今回の依頼が達成できれば……の話でしょう?大丈夫なんですかい?」

「まぁ、失敗するようであればその程度の者たちということだ。だが、私は成功するほうにかけるね」

「でもあの広いアゼルリシア山脈を探すのにどれだけかかることか。1年や2年は覚悟してるんで?」

「あれだけの力を持つ者達だ。1年で帰ってきても驚かんよ」

 

 ジルクニフは闘技場での彼らの戦いを見て、あれはアダマンタイトを超える力を持っていると判断している。それであれば1年でも可能と予測する。しかし、それを否定する声が一つ。

 

「……3か月」

「じい?……なんだと?」

「私は彼らであれば3か月あれば戻ってくると思いますな」

 

 あの危険地帯に赴き、移動だけでも1か月以上はかかるであろう土地の調査で3か月で結果を出すとは思えない。しかし、数百年の時を生きるフールーダの予想には確信じみた声の響きがあった。ジルクニフは冷や汗を流す。

 

「……そうか。じいがそう言うのであればそうかもしれんな。ところで先ほどからレイナースの姿が見えんがどうした?」

「ああ、例の病気が発症したみたいで」

「またか。まぁいい。勝手に接触しようとするのであれば、それはそれで情報収集になる。レイナースの望みが叶えば吉報として受け取ろう。しかし、問題はあのバラハとか言う女だな」

「モモンの相棒のですね」

「ああ、まったく……あの女。なんでずっと私を睨みつけていたんだ?」

 

 

 

 

 

 

 商業組合での会談は終わった。行き先も決まり、これから旅の準備に入るモモンガとネイアであるが、商業組合を出ると二人同時に言葉を発する。

 

「いけ好かないやつだったな!」「素敵な方でしたね!」

「「えっ?」」

 

 真逆の感想がお互いから出てネイアは驚く。モモンガも驚いているようだ。誰がとはお互い言っていないが同じ人物についての感想だろう。ネイアは自分が感じたところをモモンガに話す。

 

「どうしてですか。皇帝陛下はこの国の国民のことをすごく大切に思っていましたよ」

「……そうだな」

「それにエルフ達のことだって考えてくれるって言ってました。人のことも気遣える優しい心を持っているように思いました」

「……そうだな」

「それに優しいだけじゃなく目的のためには厳しい決断も出来る王者に相応しい方に思えました」

「……そうだな」

「あ、あと……。すごく恰好よかったですね。髪も歯もキラキラ輝いてましたし、なんっていうか……すごくイケメンでした!」

「そこだ!」

「はぁ?」

「人望もあって?有能で?優しくて?金持ちで権力もあってその上イケメンだと!?ああ、憎たらしい!ペロロンチーノさんがいたら同じことを言うに違いない!リア充爆発しろと!」

「な、何をそんなに怒ってるんですか」

「あんな完璧人間見て不快に思わないわけがない」

 

 そこでネイアはモモンガの気持ちに気づく。美人を見たり、人にちやほやされてる女の子を見るとたまに感じるアレだ。ネイアはジト目をモモンガを見つめる。

 

「……ああ、嫉妬ですか」

「くぅ……。まぁ、そうだ。嫉妬だ嫉妬!あんなの嫉妬するにきまってるじゃないか。これを見るがいい」

 

 そう言ってモモンガは仮面を取り出す。たまにモモンガが顔を隠すのに使っている仮面だ。

 

「これは嫉妬マスクと言ってな。クリスマスと呼ばれる日、なぜか恋人同士が仲を深め合い、街に一人で出かけると後ろ指を指される日に一人ぼっちでいると強制的に渡されるアイテムだ」

 

(そんな日に一人ぼっちだったんだ……)

 

「この嫉妬マスクを持っている仲間たちとともにマスクを持っていないリア充をPKしたものだ。ああ……懐かしいな」

 

 PKとは何なのか分からないが禄でもないことなのは確かだろう。

 

「あの、やめてくださいね。皇帝陛下に変なことするのは」

「あ、はい。まぁ最初からやるつもりはないけど……」

「まぁ、モモンさんが嫉妬するのも分かりますけどね。私のほうはこの国じゃイケちゃってるみたいですし?」

「はぁ?」

「あの皇帝陛下も言ってましたし、お美しいとか。闘技場でも受けてましたし、私この国じゃ美人って扱い何でしょうか!?ねぇ、どう思います?モモンガさん!」

「えっ?そうなの?どうかな……俺は美的センスに自信がないんだけど……」

  

 ネイアに詰め寄られモモンガが返答に困っていると突然後ろから声がかかる。走ってきたと思われるその人物は息が整うのを待って顔を上げた。金色の髪で顔の右半分を覆っているが非常に美しい顔立ちの女性だ。そして商業組合で皇帝の後ろに控えていた一人でもある。

 

「お待ちを!」

「あなたは・・・・・・あそこにいた、何か皇帝陛下の伝言でしょうか」

「いえ、違います。今はレイナース・ロックブルズ個人として参りました。失礼を承知でお聞きしたいことがあるのです」

 

 レイナースは片膝をつき、頭を下げる。臣下が仕えるものにするような礼だ。何というか必死な感じがヒシヒシと伝わってくる。

 

「どんなご用件か分かりませんが、頭を上げてください。人が見ています」

「こ、これは失礼」

 

 自分の行動が悪目立ちしているのを把握したのかレイナースは顔を赤らめる。美しい顔が桃色に染まり非常に可愛らしい。

 

「それでご用件と言うのは?」

「はい、それだけの力をお持ち、各地を旅してきたあなた方でしたら様々な魔法道具や情報をお持ちかと存じます。そして私がお聞きしたいのは唯一つ……解呪についてご存じないでしょうか」

「解呪?」

「はい、解呪の魔法道具でもそれを行える魔法詠唱者の情報でも構いません。お礼はどのようなことでもいたします。もしご存知でしたら……このとおりです。お教え願いたい」

「誰かが呪われているのですか?」

「私が……です。これを……ご覧ください」

 

 少し躊躇した後、レイナースは髪で隠されていた顔の右半分を見せる。そこにはその美しい顔立ちからかけ離れた醜さがあった。傷というものではないだろう。後から後から膿が湧き出している。

 

(こんな……綺麗な女の人の顔に呪いを……酷い……)

 

「ある魔物から呪いを受けてこのありさまです。この呪いが治るのであれば私はどんなことでもいたします」

「それは……お気の毒です。ですが……残念ながら私たちでは力になれそうにありません」

 

 ネイアはモモンガであれば容易く治せるのではないかと思っていた。そのためモモンガの返答に違和感を覚える。だがそれを聞いてもレイナースは特に落胆した様子もなかった。

 

「そうですか……そうですよね……。そう仰ると思っていました。ですが万が一の可能性にかけたかったのです。お手数をおかけしました。もし解呪の方法をお持ちでしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ですものね」

 

(え?私?え?呪われてませんけど?)

 

 言われた意味が分からず呆然とするネイアの手をレイナースがしっかりと握り取る。

 

「あなたのお気持ちお察ししますわ。そのような眼にされてもそれを隠さず闘技場で戦ってる姿には誰もが心をうたれました。お互い呪われた身。バラハさん!解呪の手段が分かりましたらあなたにもお教えします!挫けずがんばりましょうね!」

 

 握ったネイアの両手をブンブンと振り、その後抱擁をするとネイアの肩を叩いてレイナースは去っていた。

 

 残されたのはネイアとモモンガ。何とも言えない沈黙がその場を支配している。複雑な気分のままネイアはチラリとモモンガを見るとブルブルと震えている。レイナースが話している最中から震えていることは気づいていたが、まさか……。

 

「ぷふーっ!ははははははははっ!」

 

 モモンガは我慢ができなくなったのか両膝をつけ地面を叩いて笑い続ける。

 

「の、呪われた眼って……ぷはははははは。あの女何言って……くははははははは」

「ちょ、ちょっと!モモンガさん!笑いすぎ!笑いすぎです!」

 

 そう、あのレイナースという女はこともあろうかネイアのこの眼を呪いの影響と勘違いしたのだ。恥ずかしさに真っ赤になったネイアはモモンガのヘルムをバシバシと叩く。手が痛い。

 

「だ、だってそれでこの国じゃ美しいって……イケてるって言ってたのに……呪いって……ぶははははははは」

 

 まだ地面をバンバン叩いている。だんだん恥ずかしさより怒りが勝ってきた。この骨、滅ぼしたほうが人類のためなのではないだろうか。頭に襲い掛かって叩くのを短剣の柄へ変えてヘルムを叩いているとモモンガが根を上げる。

 

「悪い悪い。ヘルムを叩かないでくれ、音が響く。悪かったって。まぁ、なんだ。勘違いがとけてよかったと思おうじゃないか。」

「よかったとは思いませんけど……」

 

 ぷくーっと頬を膨らませてモモンガを睨む。

 

「うっ、いや、本当に悪かった。ごめん。それに私は別にネイアの眼は嫌いではないぞ。いや、これは本当にな」

 

 頭を下げ慰めてくるモモンガにネイアは溜飲を下げる。しかしネイアの脳裏にそこで天啓が下りる。

 

(呪い?あの人は私の眼を呪いだと思った。……ということは、そういう可能性もあるの?)

 

 もしかして、万が一、そんな言葉がネイアの脳裏によぎる。

 

「あの……ところでモモンガさん。解呪の方法は持っていたんですか?」

「ああ、《解呪(リムーブカース)》と言う呪文がある。それを使えば治せたかもしれないな。だが彼女を治す理由もメリットもないからなぁ。それに死者蘇生と同じで余計なトラブルのもとになるだろうしな」

「もし……もしですよ?私が呪われていたらその魔法使ってくれますか?」

「まぁ……それは……使うだろうな。仲間だからな」

「あ、あの念のため、念のためなんですけど、何か呪われてる可能性もありますし、試しに……そう試しに使ってみてくれませんか!?私にその魔法を!」

「え、あ、まぁいいけど。呪われてる可能性でもあるのか?何か体調でも悪いのか?」

 

 ぶつぶつ言いつつもモモンガは指輪を付け替えるとネイアに魔法をかけてくれた。そしてその結果は……。

 

 

 

(お父さん、お母さん……特にお父さんごめんなさい。この眼は呪いでも何でもありませんでした。生まれつきでした……)

 

 ネイアはモモンガに魔法をかけてもらい、急いで鏡を見ていつもどおりの自分が中から見つめているのを確認するとガックリと膝を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 アゼルリシア山脈へと向かうモモンガとネイア。目指すはドワーフの王都フェオ・ベルカナである。帝国と王国を分かつ山脈へ向け、道中の危険なモンスターと戦いながらも苦戦をすることも少なくネイアは比較的楽しんで冒険をしていた。聖王国にいた時より強くなったという実感がある。ちなみにエルフたちは役に立ちたいと言って付いて来たがったが危険だというモモンガの判断で宿屋に残してきた。

 

「モモンガさんは何でエルフ達を気にかけてくれるんですか?」

「ん?突然なんだ?」

「いえ、モモンガさんは私が言ったからとかそういうんじゃなく本当にエルフ達を助けたがってるような気がして」

「ああ、そうか。そんな顔をしていたか」

 

(顔っていうか雰囲気だけどね)

 

 モモンガは普段はヘルムで顔を隠しているし、顔を出しても表情は動かない。だが、ネイアにはそれを見ずとも段々と気持ちがわかってきた気がする。

 

「私もかつて同じような立場だったから……かな」

「モモンガさんが?」

 

 どんな敵にも圧倒的な強さを見せるモモンガが迫害されているエルフと同じような立場だったとは信じられない。

 

「奴隷では……なかったけどな。私にもかつて弱かった時がある。その時、世界では異形種狩りが流行っていてな。私はアンデッドと言うだけで何もしてなくても狩られる対象だった。斬られ……焼かれ……砕かれ……何度死んで何度蘇生したか分からないほどだ。やがてレベルが下がり、これ以上死んでは灰となって世界から消える。こんな世界ならそれもいいかとすべてを諦めたその時……」

「その時?」

「一人の聖騎士が助けてくれたんだ。困ってる人を助けるのは当たり前といってな。そう、あの時ネイアがあのエルフ達を助けたようにな。この鎧姿はその聖騎士を真似て作ったものだ。だから、エルフと言うだけで迫害される彼女らにどうしても自分を重ねてしまう」

 

 モモンガの語った聖騎士、それはネイアの国の聖騎士、少なくともネイアが見てきた聖騎士とは全く違うものであろう。ノブレス・オブリージュという言葉がある。身分の高さには責任が伴うということだ。そしてそれを体現するのが聖騎士、ネイアの思い描く本当の騎士の姿だ。モモンガの語る聖騎士は己の正義を体現するため迫害を受ける異形種たちを救い、それをまとめる組織を作ったということだ。それがモモンガの仲間たち。弱きものを助ける本当の騎士道をそこに感じる。

 嬉しそうに、そして少し寂しそうに思い出を語るモモンガに感銘を受けている中、周囲に大きな音が鳴り響いた。グー、グーっといった地面に響き渡るような音だ。

 

(何の音?敵?)

 

 警戒しつつ、その音の発生源を捉える。木々に隠れて見えないがその向こうに何かがいる。恐る恐る中を覗き込むとそこには驚くべきものがいた。ネイアも今まで見たことはないが、そこにいたもの、それは恐らくドラゴンと呼ばれる生物。無限の時を生き、生まれながらの強さに加え、その生きた年月がさらにその力を強大にする地上最強の生物だ。

 しかし、ネイアの想像していたより少し小さめのそのドラゴンは白い美しいウロコに覆われていたが一つ気になるところがあった。横に……長いのだ。要するに太っている。

 

「だ、誰?」

 

 ネイア達に気づいたドラゴンがびくりと震えると後ずさる。とても地上最強の生物には思えない。

 

「ほぅ、ドラゴンか。この世界にもいるとは嬉しいな。ドラゴンはいろいろ使い道があるからなぁ」

「ひぃ!」

 

 モモンガの言う使い道とはどういう意味かよく分からないが役に立つと言うことだろうか。その言葉から何を感じ取ったのかは分からないがドラゴンはさらにおびえている。

 その時さらに大きな音が鳴った。ドラゴンは恥ずかしそうにお腹を押さえて顔を俯ける。あのグーという音はドラゴンの腹の音だったようだ。

 

「あなた、腹が空いているの?」

 

 ネイアが優しく問いかけるとドラゴンは顔を赤らめ、静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンはフロストドラゴンという種族で名前はヘジンマールと言うらしい。働きもせず部屋に引きこもって書物を読み漁っていたところ父親に勘当され、家を追い出されたと言うことだ。ネイアの与えた肉を美味しそうに頬張っている。

 

「この世界にも引きこもりとかいるんだなぁ。あの世界じゃ引きこもりが出来るのなんてアーコロジー住みの富裕層くらいだったなぁ」

 

 モモンガがしみじみと意味不明のことを口走りながら感慨深くドラゴンを見ている。

 

「しかし、それでもドラゴンはドラゴンだろう?見たところそれほど弱いとも思えないし、いくら何でも肉くらい穫れるんじゃないか?」

「あの……運動は苦手で……狩りなんてしたことないし……」

 

 両親に養われて狩りの一つもしたことがなく、自分よりはるかに弱い野生動物を捕まえることさえできなかったそうだ。そして途方に暮れお腹を空かせて泣いていたところにネイアたちが通りかかったらしい。確かにこのドラゴンは太りすぎていて獲物を狩るには不向きにも思える。

 

「ネイア……こいつどうする?野生に帰そうにも最初から野生を持っていないみたいだぞ」

「どうしましょう?」

「うーん、ああ、そういえば皇帝が役に立つ人材を欲しがっていたな。種族は問わないとか言ってたし……おい、ヘジンマール。働く気はないか?」

「えー……働きたくはないなぁ。むぐむぐ」

「こ、こいつ……」

 

 露骨に嫌そうな顔をしながらネイアの与えた肉を頬張るドラゴン。これは助けないほうが良かったのだろうか。甘やかせすぎた両親に説教したい気分だ。

 

「それでもお前に何かできることあるだろう。何か得意なことはないのか?」

「部屋でずっと本を読んでいたから知識はあるかなぁ。あー、でも。ずっと部屋でごろごろしていたい」

「おまえな……」

 

 モモンガが頭を抱えているが、ネイアはヘジンマールの言った知識という言葉で思いつく。

 

「ねぇ、ヘジンマール。知識があるっていったわね。じゃあ、この辺りの地理にも詳しい?」

「外に出たことがないから分からない」

 

 引きこもっていたそうだから聞いたネイアが馬鹿だった。何だか腹が立つが、ダメもとでもう一つ聞いてみる。

 

「じゃあ、フェオ・ベルカナって都市を知らない?」

「それなら知ってる」

「「えっ」」

 

 モモンガとネイアは顔を見合わせる。探しても探しても見つからなかった都市の情報がこんなところに転がっているとは思わなかった。

 

「本当!?ねぇ、ヘジンマール。そこまで案内してくれないかな」

「それは無理」

 

 フルフルと頭を振るドラゴン。食べている肉を取り上げてやろうか。

 

「ネイア、やっぱりこういう甘えた奴は力ずくで何とかしてしまおうか」

 

 モモンガのヘルムから漏れ出る赤い眼光がヘジンマールを見据えると肉を咥えたまま怯えてしまったようでわずかに震えているのが分かった。

 

「モモンさん、もうちょっとだけ辛抱してください。ねぇ、なんで無理なの?」

「だ、だって……それ追い出された家のあるところだから。追い出された身で今更戻って顔を見られたら父上に殺される」

 

 項垂れるヘジンマール。確かに故郷を追い出されたと言うのは少しかわいそうな気がしないでもない。自業自得という気もしないでもないが。

 

「そうかそうか、ならば顔を見られなければいい。これをくれてやろう」

 

 そう言ってモモンガはあの嫉妬マスクを取り出す。笑っているような泣いているような表情の仮面だ。

 

「お前は引きこもりでぼっちだったということは恋人も友達もいなかっただろう。お前にだったらこれをやってもいいかもしれない」

 

 モモンガがヘジンマールの顔に嫉妬マスクを当てると一応は魔法道具であるらしく、顔の形に合わせて仮面の大きさが変わる。縦に長くなったそれは仮面と言うより新種のドラゴンの模様のようであった。

 

「顔を隠せば本人だとはバレまい。私もネイアもそしてお前も顔を出せない身。さらに非リア充だ。言わば顔に傷持つ仲間同士と言うわけだな。ははははは」

 

 だから私をその中に入れないで欲しいとネイアは思うがモモンガは満足そうだ。こうして顔を隠した二人と一匹は目的地、ドワーフの王都フェオ・ベルカナへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 ヘジンマールにより案内された地。アゼルリシア山脈の麓では高い木が茂っており、森林限界により徐々に低い木に変わっていく。山脈を横から見ると鋭い牙のような連なりが見てとれる。そのような地で案内なしでその場所を見つけることはほぼ不可能だっただろう。そこは山脈の途中にぽっかりと空いた空洞。そして、その中は地下へと続く広く長い洞窟のようであった。簡易な建物らしきものが入口にあるが使われている形跡はなく誰一人、見張りさえいなかった。

 

「本当にここでいいのか?中へ入ってみるか」

 

 モモンガたちは中へと入っていく。地下へと続く道は壁についた光る苔のようなものによって真っ暗ということはなかった。しばらく進むと、広い空間へと出る。そこでネイア達は感嘆の声を上げる。

 

「ほぅ、これは……。すごいな」

 

 モモンガの言葉にネイアも目を見張る。それは地下の大空洞。都市ひとつ丸ごと入る大きさを誇る広さは天然のものか、それとも人工のものか。高い建物はないもののその広大な空間に整然と四角い建物が並んでいる。そして最奥には巨大な城。このような地下にどうやって巨大な城を築いたのか。

 

「あそこが私が住んでいた家です」

 

 ネイアたちの声に気付いたのか、それともヘジンマールの大きさに気付いたのか。城を見つめる一行に向かってくる影があった。

 

「おまえたち、何者……えっ……ド、ドラゴン!?あ、あの……オラサーダルク様の関係者でしょうか!?」

 

 声をかけてきたのはまるでモグラのようなずんぐりとした体格をし、全身を体毛に覆われた亜人だ。茶色の毛の中にわずかな赤色の毛が見え、その手には鋭い爪が伸びていた。気になってヘジンマールを振り返ると必死に頭を振っている。言わないでくれということだろう。

 

「いえ、違います。オラサーダルク様とはどなたですか?」

「あ、そ、そうなのか。オラサーダルク様はこの都市フェオ・ベルカナを支配されているフロストドラゴンの王だ。それでお前たち……いや、あなたがたは……エルフか?どのような用件でここへ?」

「エルフではなく人間です。用件はドワーフに会いに来たのですが……」

「なっ、ドワーフ!?ちょ、ちょっと待っていろ」

 

 ドワーフの名前を出した途端、亜人は言うが早いか、一目散に奥へとかけていった。モモンガとネイアの頭にクエスチョンマークが躍る。皇帝からはドワーフの王都フェオ・ベルカナを目指せと言われた。そしてここは確かにフェオ・ベルカナと言うらしい。だが住んでいるのは見たこともない亜人とフロストドラゴンだ。

 

「おい、ヘジンマール。ここはドワーフの都市ではなかったのか?」

「は?そんなこと言ってないけど。ここはフロストドラゴンとクアゴア……えっと今の亜人の都市。数百年前はドワーフの都市だったらしいけど」

 

 これは確認を怠ったネイアたちのミスだ。ここはドワーフの都市ではなく、今は別の亜人の都市になっていた。この場合依頼はどうなるのだろうか。この情報を持ち帰ったからと言ってドワーフとの交易の役に立つとは思えない。

 

「困ったな……。ドワーフはどこへ行ってしまったんだ?」

 

 モモンガもネイアと同じことを思ったのか頭を振っている。すると先ほどのクアゴアが立派な服を着たクアゴアを連れて走ってくる。服を着ているほうは先ほどのクアゴアより体格がよく、体毛に赤に加え、青いラインも入っていた。そのクアゴアはモモンガたちの前まで来ると頭を下げる。

 

「お初にお目にかかる。私はクアゴアの氏族王ペ・リユロと言う者だ。えーと……ドラゴンとエルフ……ではないという話だが……初めて見る種族だな」

「私たちは人間です。私はモモンガ、彼女がネイア、このドラゴンの彼は……えーっと、フロスケです」

 

 さすがにヘジンマールの名前を出すのはまずいと思ったのかモモンガはとっさに偽名を使う。しかし相変わらずおかしなネーミングセンスの骨である。

 

「人間?どうしてここへ?用件を詳しくお聞きしたい」

「ああ、我々はここより東方の地バハルス帝国から調査に来たものです。ドワーフ国との国交がここ数年途絶えているので状況を調べに来ました。ドワーフについて何か知らないでしょうか」

 

 モモンガの言葉にリユロは一瞬固まったように見えた。そして後ろのクアゴアに何か耳打ちするとモモンガの問いに答える。

 

「そう……か。なるほど。それだったら我々がドワーフの国まで案内しよう」

「知っているのですか!?」

「ああ、彼らとは同じ土の民。彼らとは()()()()()。この都市を数百年前に放棄して今は別の場所に住んでいるのだ」

「そうなのですか。では案内を頼めないでしょうか。お礼はさせていただきますよ」

 

 もはやドワーフの都市ではないと聞いて困っていたが、無関係ではなかったようでほっと胸を撫でおろす。モモンガは金貨を差し出すが、リユロは金貨をチラリと見るが、それを手にすることはなく、話題を変える。

 

「その前に一度この地を支配するオラサーダルク様に会ってみてはどうかな?あなた方の求める他の情報も持っているかもしれない」

「ああ、フロストドラゴンの王がここを支配しているんでしたね」

 

 リユロの提案にモモンガがちらりとヘジンマールを見ると首を振っている。それもそうだ。仮面をしててもバレるかもしれない。一緒に会わせるのは可哀そうだ。しかし、それだけの話でもなかったようだ。

 

「父う……じゃない、ドラゴンは宝物に目がない。今のそのような価値の高い装備をしたまま行けば確実に奪い合いになると思うよ」

「そう……なのか?」

 

 モモンガの誰ともなしに問いかけた質問にリユロが今気づいたとばかりに頷いて見せる。

 

「ああ……確かに。気が付かなかった。確かにその通り。俺たちクアゴアにはない習性なのでな。客人に失礼をしてしまうところだったな。申し訳ない」

 

 

 

 

 

 

 今日はもう時間が遅いということで、ネイアたちは氏族王であるリユロの家に泊めてもらうこととなった。都市の中でも一回り大きい家であるが、王と名がつくものが住むには少し質素に感じる。

 家の中に入るとリユロの妻と子供がいたが、どちらも全身が毛に覆われており男か女かの判別さえ難しい。だが、それは相手も同じことだろう。それほど違う種族であるにも関わらず彼らは快くネイア達を迎え入れてくれた。

 そして、夕食の時間。モモンガは食べられないので散歩と称して外に行ってしまった。部屋のテーブルを囲んでいるのはネイアとリユロ、そしてその妻と息子の4人だ。

 リユロの妻が用意したものはきのこのスープであったが、それがまた格別であった。洞窟内で採れた黒い茸を使ったそのスープは芳醇な香りが食欲を刺激し、そこから溢れる出汁がスープに深みを与えている。一口飲んでため息を吐き、もう一口と木製のスプーンで今度は具と一緒に口に入れ、具にかぶりつく。

 そして次の瞬間……ネイアは脳天まで突き抜けるような痛みを感じた。キーンという音が頭に鳴り響いている。

 

「いっ……痛……な、何これ……歯……歯が……」

 

 ガキンと言う音が相応しい衝撃が脳天からつま先まで突き抜ける。その原因をネイアは口の中から摘まみだした。念のため歯を触って確かめてみる。折れてはいないようだ。

 

「石?いや、これは鉱石?」

 

「あら、お口に合いませんでしたか?柔らかめの銅鉱石を入れさせていただいたのですが」

 

 リユロの奥さんがネイアの顔を覗き込んでいる。毛に覆われたその表情はよくわからないが心配してくれているのだろう。

 

「い、いや、硬くて……あの……人間は鉱石を食べないので……」

 

 種族が違えば食べ物も違うものだろうが、文化の違いと言っていいのだろうか。幽霊船で出された幽体の料理に比べればまだマシなのかもしれない。仕方ないので茸のスープだけをいただくことにする。その茸だけであれば素晴らしく美味しい食材だ。茸だけ持って帰れないかと思ってしまう。

 

「えーっ、姉ちゃん銅鉱石くらいで硬いとかいってんのー?ほらっ、俺なんて鉄鉱石でも大丈夫だよ」

 

 そう言ってバリバリ鉱石をかみ砕いて食べているのはリユロの息子だ。

 

「へぇー。すごいね。いつもそんな硬いの食べてるんだね」

「うんっ」

 

 クアゴアの子供は最初はびくびくとネイアを見ていたが、一緒に食事をして和んだようだ。頭を撫でてやると嬉しそうにしている。体毛は予想していたのと違い結構硬い。これは金属の硬さだろうか。

 

「人間って毛もほとんどないんだね。ねぇ、触ってもいい?」

「ええ、いいわよ」

「柔らかくてすべすべだ。ねぇ、母ちゃん!人間って柔らかくてすべすべしてる!」

「あらあら、すみませんね。この子ったらはしゃいじゃって」

「いえ、子供ってかわいいですね」

 

 恐る恐るネイアの顔を触ってくるリユロの息子。異種族とはいえ、未知のものに興味津々なのはどこの世界の同じようだ。それをリユロは黙って見ていた。食事中はしゃべらないタイプなのだろうか。それとも喋るのはマナー違反だっただろうか。

 

(失礼だったかな?)

 

 食事が終わると、ずっと黙ってネイア達を見ていたリユロが口を開く。

 

「あの人見知りの息子があんなに懐くなんてな。あんなに懐いたのはあんたが初めてだ」

「そうなんですか?」

「ああ。何というか、よく分からないがあんたには人を引き付ける何かがあるのかもな」

「いやいや、そんなの私にはありませんよ。ただ、普通にしてるだけで」

「違う種族相手に普通にしてるだけですごいことだと思うんだがな……。まぁいい。明日の話をしようか。明日、ドワーフの都市まで案内する。数日はかかるだろうから準備をしておいてほしい」

「ありがとうございます」

「ところで、ドワーフの都市に何をしに行くのか聞いてもいいか?」

「ええと……仕事なんです。人間の国がドワーフ国と交易をしたいらしくてですね。その調査です」

「交易……か。それは武器なんかも売り買いされるんだろうな……」

「まぁ、そうかもしれませんね。それが何か?」

「その依頼……断るわけにはいかないのか?」

「え?断ったらエルフたちが……」

「?」

「いや、何でもありません。断るわけにはいきませんね。私たちにも私たちの事情があります」

「そうか……まぁ、そうだな。誰にだって事情はあるものだ。変なことを聞いた」

「ところで、この国……とてもいい国ですね。町を見て回ってたモモンガさんがみんな笑顔で氏族王を称えてたっていってましたよ」

「まぁ……俺は変わり者だからな」

「そうなんですか?」

「ああ、これでもクアゴアって種族は氏族同士でずっと争ってきてたんだ。負けた氏族は滅ぼしてしまったりな。だが俺はそれじゃ駄目だと思った。クアゴアという種族全体として物事を考えないとだめじゃないかとな。だからすべての氏族を束ねた」

 

 種族を束ねたと簡単に言っているがそれはとても難しいことなのだろう。だからこそクアゴアたちは氏族王に敬意と尊敬の念を感じているのだろう。ネイアはいつもの質問を投げかけてみることにする。

 

「あの、リユロさんにとって正義とはなんですか」

「正義?正義ねぇ。あまり考えたこともないが……そうだな……繁栄かな」

 

 その答えはバハルス帝国の皇帝、ジルクニフに聞いたことがある。そしてネイアは思う。ジルクニフとリユロ、姿形は全く異なっているが何となく似ている。聡明で王者としての風格とカリスマを感じるところなどはそっくりだ。

 

「この国、そしてこの国の民、皆が飢えず、幸せに暮らせる世界を作る。そして……いや、何でもない。それが正義といえるのではないか?」

 

 何かを言いかけたが、リユロは口をつぐむ。何を言おうとしたのか気になったが、リユロに話題を変えられる。

 

「そろそろ部屋へ案内しよう。ところで、あの鎧の男はまだ帰ってこないのか?」

 

 

 

 

 

 

 都市はある程度広く、また込み合っているのでモモンガを探すのは時間がかかるかと思っていた。だが、探しに出たネイアはすぐソレを見つける。非常に目立っていたので遠目でも丸分かりであった。複数のクアゴアの子供たちに絡まれているソレを。

 

「硬ってー。おじさん、何これ、何でできてんの?」

「全然歯がたたねえぞ、これ」

「すげー、かてー!」

「ははははは。どうした歯が立たないか」

 

 頭に、腕に、足に、ヘルムや鎧を噛みつかれている骨がいた。だが、襲われているわけではないというのは話しぶりから分かる。むしろ何だか楽しそうだ。

 

「何を……やってるんです。モモンさん」

「おっ、ネイアか。いや、このクアゴアたちは何でも金属を食べるらしくてな。知ってたか?」

「ええ、知りましたよ。身をもって……」

 

 モモンガに言われ、鉱石を噛んだ奥歯にあの時の痛みが蘇り思わず頬を押さえる。

 

「それでこのクアゴアという種族は幼少期に硬い鉱物を食べるほど強い個体になれるらしい。それで彼らは硬い鎧をつけた私に目を付けたというわけだ。なかなか面白い生態じゃないか。そういうわけだ」

「そういうわけだ!」

「わけだ!」

「くそー。硬ってー!」

 

 モモンガの口調を真似てはしゃぐ子供たち。見た目はモンスターに襲われている戦士そのものなのに平和な光景だ。

 

「ははははは、もう諦めろ。迎えが来てしまったんだ」

 

(この骨、人生楽しんでるなー……)

 

「さあ、そろそろ離してくれ。次に会うまでにもっと歯を鍛えて強くなっておくのだな。そうだな……こいつをくれてやろう」

 

 モモンガはそういうと見たこともない青く輝くインゴットを取り出す。ネイアも見たことのない金属だ。

 

「何これ」

「すっげー冷たい!」

「硬い!すげー!」

 

 クアゴアの子供たちは奪うようにインゴットを受け取ると楽し気に帰っていった。

 

「何ですかあれ」

「大した金属じゃない。だがどんな変化が起きるか楽しみではあるな。ふふふっ。ネイアも食べたら強くなるかもしれないぞ?」

「もう金属はお腹いっぱいです。さあ帰りますよ」

 

 子供たちと遊んでいたせいかネイアはまるで子供を迎えに来たような気分になってしまう。モモンガの手を引いて帰ろうと少し思ったが、何だか照れ臭いのでやめ、リユロの家で出されたキノコ料理の話をしながら帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、準備を整えたネイアたちはドワーフの都市へと出発する。地上から行くと思っていたネイアであったが、そこに至る道は地下の洞窟であった。クアゴアは太陽の光に弱く、昼間の地上を歩けないから移動はすべて地下で行われる。その洞窟は幅も狭いため、体の大きなヘジンマールはフェオ・ベルカナので外で待機することになり、働かなくていいと喜んでいた。

 クアゴアが掘ったその通路はたまに発光する苔がある程度だ。光の少ない地下での移動はネイアにはかなりの負担であったが、土の種族であるクアゴアには何のこともないらしい。

 案内を買って出たヨオズと言う名のクアゴアが先導し、なぜか氏族王のリユロも同行している。しかし、そこに不安はない。昨日話をした限りではクアゴアたちはその恐ろし気な見た目とは裏腹にとても気さくで温厚な種族のようにネイアには思えたからだ。

 

(やっぱり亜人でも良い人もいる。亜人だろうと異形だろうと分かり合えるのね……)

 

 ジルクニフの話では聖王国はすでに数種類の亜人を滅ぼしたらしい。それは本当に危険な種族であったのだろうか。分かり合える種族もいたのではないだろうか。そんな思いをつい抱いてしまうが国を捨てたネイアにはどうしようもないことであった。

 数日をかけて洞窟を進み、暗さと地下の閉鎖された環境にネイアが根をあげそうになったあたりで、やっと広い空間に出ることができた。

 そこはとても広い空間にポツンと一つ、要塞のようなものが建造されていた。そしてその先には断崖絶壁。向こう岸まで100m以上はあるであろう大裂け目が真っ黒な口を広げている。さらにその先にはつり橋が架けられていた。ここがドワーフの都市ということはないだろうから、つり橋を使い向こう岸に渡るのだろう。

 

「ここはドワーフ国との中継地点になる。いったん中で休憩しよう。ヨオズ、中で準備してきてくれ」

 

 リユロの言葉に従いヨオズが砦の中へと入って行く。

 

「準備ができるまでこれから先のことを説明しよう。こっちに来てくれ」

 

 モモンガとネイアはリユロに連れられ、つり橋まで歩く。

 

「ドワーフ国はこのつり橋の先になる。崖に気を付けろよ。この崖は深い。落ちて生きて帰ったものはいないほどだ。探索のために降りた者も含めてな」

 

 光が少ないからか、広がる裂け目を見ても中に見えるのは暗黒の空間だけ。底はまったく見えそうにない。リユロの言葉に興味を持ったのかモモンガが問いかける。

 

「深さはどのくらいあるのです?下に何かいるのですか?」

「深さは分からないが……下には何かいるかもしれないな。ほら、よく見て見るといい。あのあたりに横穴があるだろう?」

 

 リユロがモモンガから見てネイアと逆方向に指を指すが崖の下にはやはり暗黒の空間があるのみでよく見えない。そのためよく見ようとモモンガとネイアが身を乗り出すことになる。

 

―――その時

 

「危ないぞ?」 

 

―――トン

 

 それは、自然に、そして何の違和感もなく行われた。背中を軽く押されたのだ。ネイアの体が空中に放り出される。何かの間違いで自分が押し出されたのかと思うしかなかった。そして掴まるものを探して手を伸ばすが当然どこにもない。しかし、それは間違いだとすぐに把握する。向こう側を見ているモモンガはまだ気づいていないが、モモンガの背にも手が伸びていたのだ。

 

(モモンガさん!?)

 

「くっ、ビクともしねえ!」

 

 しかし、モモンガはクアゴアに突かれても微動だにしていなかった。しかし、まだ事態が飲み込めてないらしく崖の下を見ている。そしてその隙を見逃すことなくリユロが叫んだ。

 

「ヨオズ!!」

 

 リユロのその叫びに呼応するように砦の上から咆哮が上がり一匹のクアゴア、ヨオズがその屋上から飛び降りる。

 落下の勢いそのままにモモンガにその鋭い爪を向けていた。しかし、それが突き立った先はモモンガではなかった。モモンガのその立つ地面、それに爪が突き立てられのだ。さらにリユロも渾身の力を込めて地面を殴りつける。

 その瞬間、ピシリ……という嫌な音がしたかと思うとモモンガの足場は崩れ、そしてその岩とともに闇の中へと共に落ちて行く。

 

「え?ええ?ええええーーー!?」

 

 やっと事態に気付いたモモンガの驚きの声が落下により遠ざかっていく。

 ネイアに引き続き闇の中へと落ちていくモモンガ。人間の生活圏から遥かに離れた人外の地、アゼルリシア山脈の地下深く。地底の大裂け目の暗い暗い闇の底へ向かって二人は落ちて行くのであった。


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