ネイア・バラハの冒険~正義とは~   作:kirishima13

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第11話 強者

 人類の生活圏を遥かに離れたアゼルリシア山脈、その地中の大渓谷の暗闇の中へと落ちてゆくネイア。しかし、ネイアの頭で「なぜ」という疑問がぐるぐると回っていた。

 

(なんで突き落とされないといけないの? あんなに親切で……亜人とも分かり合えると思ったのに……)

 

 クアゴアたちがネイアを突き落とす理由を考えるが答えは出ない。しかし、その一瞬の『なぜ』という思考が最良の選択肢を消し去ることになる。

 ネイアは落ち続けているのだ。モモンガから滑落の際使うように渡された翼状のネックレスはあるが、それを即座に使うタイミングを逸していた。ここまで落ちてしまってはネイアでは地上まで魔力が持つかどうか怪しい。

 様々な思考が頭をよぎる中、ネイアは鋭い痛みを感じる。崖の端は完全に垂直というわけではないため、飛び出していた壁面と体が一瞬接触したのだ。

 

(痛っ……)

 

 ガリガリと服が破れ体が削られる。そしてその痛みに現実に引き戻された。今考えるべきことは現状への対処だ。ネイアはなぜという疑問の思考を断ち切る。

 周りに広がるのは完全なる暗闇だ。崖上の仄かな明りなどまったく届かない。自分の体がどこにあるのかさえ見えない。

 

(今すべきことに神経を集中しなきゃ……。レンジャーの訓練をしてくれた時、お父さんが言ってた……。パニックになりそうな時ほど心を落ち着かせないといけないって……)

 

 父の言っていたことを思い出し、心を静める。今すぐネックレスを使えば《飛行(フライ)》の魔法は使用可能だ。だが、ネイアの魔力には限界がある。国を出たころに比べれば魔力は増えている気がするが、崖上まではとても持たないだろう。しかし、早く使いすぎれば底に着くまでの魔力が持たない。

 命のタイムリミットは刻一刻と迫っている。

 

(タイミングを測らないと……底までの距離が分かれば……)

 

 ネイアは腰の道具袋に手を入れるとポーションの瓶を取り出し、下に向かって投げつけた。10秒、20秒……さらにしばらくしてパリンという音をネイアの鋭い聴覚が感じ取る。まだ早い、底までは相当あるようだ。底まで落ちるおおよその時間を予測する。

 

(あとはタイミングを……)

 

 そう考えた時、再び壁にぶつかった。今度はネイアの腰が打ち付けられる。さらに削られ、何かがはじけるような感触がする。そしてそれが何かわかったときネイアの顔は青ざめた。

 腰のベルトが切れたのだ、武器や道具、無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)も括り付けてあるベルトが。重さで腰からベルトごとズボンが落ち、道具がバラバラと散らばって空中に放り出される。

 

(道具が!? それにまたぶつかったら今度は……。もう、時間がない!)

 

 ネイアは意を決して魔法を唱える。

 

「《飛行》!」

 

 翼状のネックレスが発光し魔法が発動する。それとともに、ネイアは自分の魔力がみるみる失われていくのを感じる。

 

(あれ? 今……どっちが上?)

 

 視界がすべて闇で覆われた世界で無重力状態になったことによりネイアは上下も左右も全く分からなくなってしまった。早く下に降りないといけないという気持ちだけがはやる。

 

(こんな時は……確かお父さんが……)

 

 昔、父からレンジャーの手ほどきを受けたときのことをさらに思い出す。雪崩などにより生き埋めになった場合、脱出する方向の判断方法だ。

 

(口の中の唾液、その流れる方向で……)

 

 唾液は口の下ではなく上顎へ向かって流れる。つまり頭が下を向いているということだ。即座に頭を上に体勢を立て直す。その間もみるみる魔力が減っていくことに焦りながら、武技《領域》を発動する。

 周りに感じるのは壁のみ。他には何もないようだ。壁の出っ張りがないか慎重に確認しつつ降下しようとした、その時。

 

「えぇぇぇぇぇぇぇ……!」

 

 そんな叫びを上げながら上からネイアの横を通り過ぎ落下していくものがある。幸いネイアに衝突はしなかったが、それはモモンガの声だった。

 しばらくしてはるか下から衝撃音が聞こえる。

 

(モモンガさんも落とされたんだ……。っていうか何で普通に落とされてるの!? モモンガさん大丈夫!?)

 

 この高さから落とされて無事なのだろうか。《飛行》の魔法を使えるはずだが間に合わなかったのだろうか。強いとは思っているが、この高さからの衝撃に耐えられるかどうかはネイアには分からない。

 もしかしてネイアの助けを待っている可能性もある。ネイアはモモンガの無事を祈りつつ《領域》でわかる情報を頼りに慎重に下りていく。そして、地面の感触が足に伝わり安堵に息を吐いた。

 しかし周りは完全な闇だ。灯りを灯そうにもランプ等の道具も落としてしまった。《領域》の感覚で判断するしかないが、感じるのは地面と壁面のみだ。

 

「モモンガさーん! いませんかー!」

 

 ネイアはモモンガを探そうと呼びかけるが返ってくるのは静寂のみ。手持ちの道具は肩にかけていた矢筒と弓くらいだ。仕方なく手探りで周りを捜索するがモモンガどころか道具さえも見つからない。

 

「モモンガさーん!!」

 

 もう一度大きく呼びかける。すると動きがあった。壁面の一部に動きを感じる。しかし、それがモモンガなのかどうか判然としない。

 

「モモンガさん!?」

 

 期待に感覚を研ぎ澄ますが、それは明らかにモモンガではなかった。感じる気配が巨大すぎる。《領域》では感じられるのは大まかな大きさと輪郭くらいだが、巨大で凹凸がほとんどなく、長さもかなりある。巨大な蛇のような感じだ。

 

「……何これ!?」

 

 完全に闇に閉ざされた世界の中、向かってくる何かに恐怖を感じ、思わず避ける。

 ザザザッとその何かは地面を擦りながら領域の外へと消えていった。そしてそれがいた場所を《領域》で探ると壁には穴のようなものを感じる。

 

(……ここから出てきたの?)

 

「モモンガさーん!」

 

 ネイアは速足でその場を離れる。モモンガを探すのであればできるだけ元の場所を離れないほうがいいかもしれない。しかし、今感じ取った何かは危険すぎる感覚がある。

 移動した先でネイアは周りの異常を感じる。先ほども感じ取った壁面の穴、それは一つだけではなかったのだ。周りに複数の巨大な穴があいている。

 さらに奇妙なことには谷底の中心付近に木のようなものが生えているように感じる。二つの枝を上に向けているようだ。

 

(こんな地の底の闇の中で木!? 何なのここ……何が起こってるの)

 

 先ほどの気配が近づいてくる。穴の中からだ。ネイアは思わず弓を構えるがどの穴から出てくるのか分からない。地中をすごい速さで移動しているようだ。

 

(……左!?)

 

 ネイアは《領域》に意識を集中し敵の位置を感じ取る。急いでその穴に弓を向けようとするがとても矢を射る余裕はない。突然飛び出してきたそれを間一髪でかわす。

 

(駄目。間に合わない! だったら……地中にいる時攻撃してやる!)

 

 ネイアは武技《能力向上》《能力超向上》を使い身体能力を引き上げる。そして弓を弾き絞り属性を付与して地中へと撃ち込んだ。しかし、手ごたえが全くない。威力が殺され届かなかったのだろうか。

 

(……ダメ、相手の速度も上がってきた。次は避けられない……かも)

 

 矢による攻撃を警戒してかソレの速度が上がる。ネイアは中央にある木のようなものを背にする。それしか周囲に遮蔽物になりそうなものがないからだ。

 あのスピードとパワーでは樹木など気休めにしかならないが他に選択肢はない。そして穴の中から飛びだしたソレは樹木など無視してネイアへと襲い掛かり樹木にぶつかった。

 

―――その瞬間。

 

「GYAAAAAAAAAAA」

 

 樹木のようなものにぶつかったそれが悲鳴を上げてのたうち回っているのを感じる。そしてその樹木のようなものがのそりと動いた。ゆっくりと二本の枝が地面へと下がっていく。地へと刺さった根が引き抜かれる。

 

「あー、びっくりした。何で突き落とされたんだ?」

「モモンガさん!」

 

 そう、樹木のように感じたそれは地面に頭から突き刺さったモモンガであった。頭から刺さってたのでネイアの声が聞こえなかったのだろう。そして目の前に横たわるものに気づく。

 

「なんだこれは? 大地の長虫(アース・ワーム)か? 少なくとも60レベルを超えるモンスターだな」

「モモンガさーん! 何やってるんですか!」

 

 完全な暗闇で孤独と不安の中、敵に襲われ死も覚悟した中でやっと会えたモモンガ。地面に突き刺さったままでいるとか何を考えているんだこの骨は、とは思うが安心感からネイアはモモンガに抱きつく。

 

「ネイア、無事だったのか。安心した。いや、いきなり突き落とされて意味が分からなくてな……。しかし、このモンスターは今のネイアには厳しいか……も……って。ええっ!? ネイアその……恰好は……」

「え?」

 

 恰好と言われても真っ暗で何も見えない。モモンガの姿さえ見えないのだ。

 

(そういえばモモンガさんは闇を見通せるんだっけ)

 

「《永続光(コンティニュアル・ライト)》」

 

 モモンガが魔法の明かりを作り、周りを照らす。そこに照らし出されたもの、それは――鎧姿のモモンガ、それにぶつかった衝撃でもがいている巨大なミミズ、そしてベルトとともにズボンを失い服も破れ、半裸でモモンガに抱き着いている自分の姿であった。

 かつて全裸を見られている時とは違い、モモンガに対しては複雑な感情を持っているネイア。大裂け目の谷底に可愛らしい悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 崖下を見ていたクアゴアの氏族王、リユロは衝撃音とその後の静寂、さらに時間が経過しても何も起こらないことに安堵のため息を吐く。ドラゴンを従え、リユロの全力でも突き落とせなかった相手にまともに勝てるとは思えなかったのだ。

 

「よくやった。ヨオズ」

「はい、ありがとうございます! しかしあれは何だったんでしょうか。見たことのない種族でしたが……」

「人間と言うらしい。ドラゴンを使役していたんだ、只者ではないだろう。しかも俺の力で突き落とそうとしたのにビクともしなかった。あれはやばい……本当にやばい。あんなものがドワーフたちに付いてみろ。それこそ俺たちは終わりだった。あと少し……あと少しでドワーフどもを滅ぼせるのだ。バハルス帝国だか何だか知らんが邪魔をさせてなるものか」

「オラサーダルク様に頼むという手もあったのではないですか?」

「白き竜王か……いや、頼むと見返りがでかい。それは最後の手段だな。謁見させると称してお互いをぶつけて共倒れも狙ってみたのだが……な」

 

 それはあの正体不明の仮面のドラゴンに邪魔されていた。リユロとヨオズは渋い顔をする。クアゴアは望んでフロストドラゴンに従っているわけではない。力により強制的に支配され、貢物を搾取されている。いつかは倒そうと思っている相手だ。

 

「まぁ、どんなやつらでもこの崖下のアレから助かるとは思いませんが……。しかし、リユロ様……あいつら……気のいいやつらではありましたね」

「まぁ……な。確かにあいつらは何も悪くない。だが、俺たちが生き抜くための必要な犠牲だ。ドワーフも倒す。フロストドラゴンもいつか倒す。俺たちクアゴアの繁栄のためにな」

 

 リユロの力強い言葉にヨオズは胸が熱くなる。クアゴアは確実に力をつけてきた。そして繁栄への道を向かっている。バラバラだった氏族たちに力を示し、説得し、束ねてきたこの男こそ王の中の王。誰一人まとめることの出来なかったクアゴア氏族すべてを率いるにふさわしい王者だ。

 

「なるほどな……それがお前たちの選択か」

 

 リユロとヨオズの二人しかいない空間に突如声が響き渡った。周りを見回すが誰もいない。

 

「種族として繁栄を望むのは間違ってはいないだろうし、弱肉強食は世の常。まぁ、だからといって滅ぼされる方はたまったものでないがな。今回の依頼上それは受け入れられないな」

「だ、誰だ。どこにいる」

「ここだ」

 

 リユロの後方、何もない空間から二人の人物が現れる。モモンガとネイアだ。

 

「お……おまえたちは確かに谷底に落ちたはず……それがどこに隠れていたのだ」

「崖下には落ちたが、転移で戻ってきただけだ。不可視化の魔法を使ってお前たちの話は聞かせてもらっていた。さて……どうしてやろうか。お前たちのせいでなぁ……」

 

 モモンガの声に黒いものが混じる。それを感じ取ったのかリユロとヨオズは震えながら後ずさるしかなかった。

 

「モモンガさん待ってください。あの……聞きたいことがあるんです。なんでドワーフたちを滅ぼす必要があるんですか」

「……」

 

 リユロは押し黙ってネイアの言葉を聞く。表情は分からないが驚いているようだ。そんなことを聞かれるとは思っていなかったのだろう。

 

「私にはあなたたちがそんなに悪い人に見えませんでした。望んで人を害そうとするような人たちには見えませんでした。それが何でドワーフと争うんですか」

「お前たちはドワーフたちと手を結ぶため人間の国から来たのだろう。我々とドワーフは不倶戴天の宿敵。そんなドワーフにドラゴンを従えるほどの力を持つお前たちが付いたらどうなるか。クアゴアは滅ぼされる。そんなことを黙ってみているわけにはいかない」

「だからどうしてそんなにドワーフといがみ合ってるんですか」

「……鉱物だ。鉱物は我々クアゴアにとって食糧であり、それにより肉体を作る。生存に絶対に必要なものだ。それをあのドワーフどもは道具を作るために掘りつくす。このままでは我々の食料がなくなる。だから、やつらを野放しにはできん」

「それで相手を切り捨てるということですか。私たちもそれが理由で谷に落として切り捨てたと」

「……そうだ。必要な犠牲だ」

 

 必要な犠牲。それは大義のために大を取り、小を捨てること。国として、王としてそれは正しい判断なのかもしれない。

 

(でも……切り捨てられる方は……)

 

 力なき少数派は淘汰される。帝国でエルフたちも世の中から切り捨てられ迫害されていた。ここではネイアたちがその立場になったということだ。

 

(……クアゴアたちの立場で言えば仕方のない事……これが切り捨てられる人たちの気持ち……)

 

 世の中に必要ないとされることの悲しさをネイアは感じる。

 

「……この事はあのクアゴアの子供たちや奥さんたちは知っているんですか」

「いや……これは我々戦士の仕事だ。女子供には関係がない」

 

 これはクアゴア全体の意思というのではなく、二人のクアゴアが汚れ役を引き受けたのだろう。

 

「ネイア、もういいだろう。やってしまおう。こいつらのせいで私はまたネイアの裸を見たと怒られて……」

 

(怒ってた理由それなの!? いや、恥ずかしくて怒ったけど……)

 

「くっ……来るか!」

「リユロ様御下がりください! ここは私が!」

 

 リユロが鋭い爪を構える前にヨオズが飛び出る。

 

「ヨオズ!?」

「私が少しでも時間を稼いでみせます。その間にリユロ様はお逃げください!」

 

 ヨオズの体は震えている。勝てないと分かっているのだろう。それでも王のため、一族の誇りのために体を張っている。ネイアには部下から、そして一族からこれだけ慕われているリユロと剣を交える気にはなれなかった。そもそもその理由もない。

 

「……モモンガさん、もう行きましょう。この先にドワーフの国があるんでしょう」

「いいのか? ネイアはもしかしたら死んでいたかもしれないんだぞ」

「……それでもお父さんを殺して、一緒にご飯を食べたあの子に嫌われるのは何だか嫌です」

「そうか……。まぁ、一宿一飯の義理はあるか。命拾いしたなクアゴア」

 

 モモンガは指を指して警告すると、背を向けて歩き出した。ネイアもそれに続く。

 

「……何なんだ。何なんだ! おまえたちは! ドワーフの味方ではないのか!」

「ドワーフの味方じゃありません。帝国の味方でもありません。ただ……思うんですけど。リユロさんは殺しあってた氏族同士をまとめあげたんでしょう? だったら……ドワーフとだってそれができるんじゃないですか?」

「なっ……」

「さようならリユロさん。キノコのスープ美味しかったですよ」

 

 ネイアとモモンガがつり橋を渡っていく。その背は隙だらけだ。今なら背後から襲うこともつり橋を壊しもう一度渓谷に落とすこともできるだろう。しかしリユロはあれほどの裏切りを受けながら、敵対しながらもそれを許したネイアの言った言葉の意味を考え、一歩も動けないのであった。

 

 

 

 

 

 

「陛下! モモン殿とバラハ殿が帰還いたしました!」

「なんだと!? まだひと月もたっていないぞ……」

 

 フールーダは三か月と言ったが、アゼルリシア山脈の調査にはそれ以上を要するとジルクニフは考えていた。しかし、それをたった一月とはどういうことなのか。一時帰還と言う可能性が第一に考えられる。いや、そうとしか考えられない。でなければ漆黒に関する情報をさらに集め、エルフたちの使い方等策を張り巡らせる計画を破棄する羽目になる。

 

(……そうだ。そうに違いない。補給物資でも必要になったのだろう。ならばそれを用意してやりさらに恩義を植え付けてやるか)

 

 ジルクニフは頭の中で計画を練り直ししつつ計算を繰り返すが、彼らの力を見くびっていたことをその場で知ることになる。

 

「そ、それで……彼らは今、ドラゴンに乗って中庭に……」

「何!?」

 

 ドラゴン。それは強大な魔力を持つこの世界最強の生物だ。評議国が数匹のドラゴンに統治されていると聞くが、ジルクニフでさえ噂でしか聞いたことがなく、この国で見たことがあるのは数百年の年月を生きるフールーダ・パラダインくらいだろう。

 急いで窓に駆け寄り、中庭を見て驚愕する。

 

「白い……ドラゴンだと!? なんだあの仮面は? 背に乗っているのはやつらとドワーフか!?」

「見たことのないドラゴンですな。しかし……ドラゴンを使役するとは……ふははははは! すばらしい! すばらしいですぞ。陛下。彼らは我らの予想を超える超越者だったようですな」

 

 フールーダが狂喜を目に宿しながら笑っている。魔法の深淵を覗くこと、そのためにはどんな犠牲も厭わないこの老人は目の前の超越者にその可能性を見出しているのだろう。

 

(何を考えている。ドラゴンとは何だ? そんな情報はなかったぞ。最初から使役していたのか? ならばなぜエ・ランテルでの戦いで使わなかった? いかん、思考が追い付かん。ともかく会って情報を引き出さねば……)

 

「分かった。まずは二人をここに呼んでくれ」

 

 モモンとネイアが謁見の間へと案内され現れる。乗ってきたドラゴンはとても中へ入れそうにないので中庭で兵たちに囲まれながら不安そうに窓の中を見上げている。

 

「陛下。お約束通りアゼルリシア山脈にてドワーフ国を発見し、国の代表の一人をおつれしました。それから中庭に無断で入ったことはお詫びいたします。街に降りられそうな場所があそこと闘技場くらいしかありませんでしたので」

「あ、ああ……それはいいが……それで……あのドラゴンはなんなんだ」

「陛下は優秀……えっと……優秀な人材を欲しているとのことでしたので連れてきました」

「人材……」

 

 どう見ても人間じゃない。人間種には拘らない、亜人種でもいいとは言ったが人間の形さえしていない者を連れてくるとは思ってもみなかった。

 

(あとなぜ優秀というところで言いよどんだのだ?)

 

「それはどういった経緯で支配したのだ? 魔法道具か?」

「いえ、違います。あのドラゴン、ヘジンマールと言いますが、何でも引き籠っていた家を怒った父親に追い出されたとかで……ぜひ働くところを紹介して欲しいと言うので連れてきました」

 

(こいつ……調べようがないからとふざけているのか!? 家を追い出される引きこもりドラゴンなどどこにいると言うのか)

 

 どうやらモモンは本当のことを言うつもりはないらしいとジルクニフは判断する。

 

(それに……)

 

 ちらりとモモンの隣の女を見る。

 

(何でまたそんなに睨んでいるんだー!? 何か? これ以上詮索するなとでも言うのか)

 

「えー……あのドラゴンが帝国に仕えるというのか?」

「ええ、食べるものと寝るところをしっかり準備してもらえれば大丈夫だそうです」

「……言うことを聞くのか? 帝国のために働くのだよな?」

「……」

 

 返事がない。不安が募る。

 

「はい」

 

(なんだ今の間は!?)

 

「陛下。我々は依頼を完了しました。それで……エルフたちの件はどうなりましたか」

 

(……来た。どうするか。糞! こんなに早く戻ってくるとは思わなかった。考える時間が欲しい。しかし、一度引き受けた以上後には引けないか……)

 

「ああ、エルフたちのことだが、奴隷として買われているものたちは調べて解放するように動いている。傷つけるものには罰則も検討中だ。ただし、市民権を与えるわけにはいかない」

「それは……なぜですか」

「その者たち奴隷ではなくなると言うこと。それはエルフ国の民として認めた上でのことだ。他国の市民権を持つものに帝国の市民権がないのは当然のことではないか?」

 

(さあ、どうする。エルフたちの数は多くはないが、市民権もなく帝国では仕事には就けない)

 

「さて、解放されるエルフの数は100名弱。今はまだ調査中でもあるので、解放したら君たちに知らせようじゃないか。それで……その後はどうするんだい? 君たちが養うのかね? 私が力になれることがあれば相談に乗るが?」

 

 言外に個人でどうこうできる問題ではないだろうということを匂わす。これでさらに貸しを作ることが出来ればこの超越者たちを鎖で縛れる。しかし、ジルクニフの予想はさらに外れる。

 

「いえ、結構です。そのエルフたちは我々が責任をもって国に返しましょう」

「なっ……」

「ご尽力ありがとうございました。あとドラゴンのこと預けますので! 後はよろしくお願います! それでは!」

「お、おい」

 

 余計な荷物を置いていくように礼をするとそそくさとドアを開けて帰ってしまった。扉の向こう側から話し声が聞こえ、玉座の間から遠ざかっていく。

 

―――本当に優しくてイケメンですよねー。皇帝って

―――確かに優しいが、そのイケメンっていうのやめろ。傷つくから、俺が

―――えー、モモンガさんもイケ……メンですよぉ

―――おい、何で目をそらす

 

(何なんだあいつらは。なんて自由な奴らだ。何を考えているのか分からなくなってしまった)

 

 ジルクニフはこの国の皇帝として生まれて自由などほとんどなかった。政敵から身を守ることと排除することに心血を注いできた。国内に敵がいなくなってからは潰してしまった政敵の分まで国のために働いてきた。

 

(自由か、羨ましいな……。それに私が……優しいだと? そんなことを言われたのは久しぶりだな……)

 

 強く、頼れる、そして恐ろしい鮮血帝と言われることはある。しかし、優しいと言われるのは新鮮であった。

 

「陛下、彼らが無礼を……」

「よい。捨て置け」

 

 ドラゴンを得られるというのであれば様々な使い道が浮かぶ。移動手段、偵察任務、周辺国への威嚇等ジルクニフは頭の中で戦略を練ってゆく。

 

(面白いやつらだ。私を試しているのか? いいだろう。使える者はなんでも使う。この鮮血帝の真価をみせてやろうじゃないか!)

 

 

 しかしその後、漆黒たちが置いて行ったドラゴンは図書館に引きこもりまったく働こうとしなかった。厄介者として放り出すわけにもいかずジルクニフは頭を悩ませるのだがそれは別のお話。

 

 

 

 

 

 

 ジルクニフにニート(ヘジンマール)を押し付けてきたモモンガとネイア。特に断られなかったことにほっとしつつ、話を戻す。

 

「モモンさん。クアゴア達のことは言わなくてよかったんですか」

「ドワーフから伝わるだろう。あとはもう彼らの問題だ」

「そう……ですね」

 

 帝国がどう動くか分からないが、それはネイアにどうこうできる問題ではない。自分の力のなさを少し寂しく思いつつ帝都の街並みを二人並んで歩いていると怒鳴り声が聞こえてきた。その声には聞き覚えがある。

 

「その子たちを渡せ!」

「渡せません!」

「あれは……あの子たち!」

 

 それはネイアが救った3人のエルフたちであった。二人が武器を構え、一人は5歳ほどの小さな女の子たちを守るように抱いている。金色のサラサラした髪にあどけないその顔は天使のようであるが、顔は青ざめ気を失っているようであった。

 

「何があったんですか」

「ネイア様!」「ネイア様だわ」「ネイア様」

「いや、様はやめてって……」

 

 エルフたちはネイアを見て顔を輝かせる。その周りを見ると黒服の男たちが倒れ伏して呻いていた。そして目の前には対峙するように4人の男女。その恰好はどう見ても一般人ではない。軽装で二刀流の鎖鎧を着た戦士、弓を構えたハーフエルフ、神官と思われるわずかな顎鬚を生やした男、そして十代と思われる金髪の少女は杖を構えている。

 どう見ても冒険者かワーカーと言った感じの様相だ。

 

「この人たちが子供を攫おうとしてたんです!」

「困ってる人を助けるのは当たり前です! だから私たち……」

 

 目の前で人が攫われそうになっているのを見て居てもたってもいられなくなったらしい。ネイアは自分の想いがエルフたちに伝わっていたことに胸が熱くなる。

 

「それで衛兵にこの子たちを預けようと思ってるんですが、この方たちが……」

「私はその子たちの姉、アルシェ。クーデリカとウレイリカを返して!」

「あなたが保護者という保証がありません。衛兵にお渡します」

「いやいや、待ってくれよ。事情があんだよ。俺はヘッケランって言うんだがよ。話を聞いてくれ」

「そ、そうだ! 私たちを衛兵に引き渡したらあなたも困ることになるんですよ、フルトのお嬢さん」

「っ!?」

 

 ヘッケランと言う男の話を遮るように倒れていた男の一人が声を荒げる。衛兵に渡されて困るとはどういうことだろうか。モモンガも疑問に思ったようだ。

 

「どういうことだ?」

「私たちはフルトのお嬢さんの両親に金を貸している。だが、一向に返してくださらない。それでご両親に相談したのですよ。働いて返してもらってもいいですよ、と。お宅のお嬢さんにね、とね。それでフルト家はこの子たちを差し出したのですよ。借金のかたとしてね」

「人身売買や強制労働は犯罪ではないのか。それに人さらいもな」

「ちっ……。ああ、犯罪だがそれがどうした。このまま衛兵が来れば我々も捕まるが、我々よりもっとも罰せられるのはこの子たちの両親だ。しかも皇帝に目を付けられ、貴族位を廃された元貴族様が首謀者なのだからな。悪けりゃ縛り首だろうな」

「……だから衛兵を呼ぶのは待ってほしい。お願いする」

 

 悔しそうにアルシェという少女が頭を下げる。それを借金取りの男はニヤニヤと笑ってみていた。しかしモモンガは動じない。

 

「だが、それが事実である保証がない」

「そんな!」

「それに……なんだ。それが事実だとして娘を犠牲者とする犯罪を行った両親をかばおうというのか? 君は」

「それは……私がきっと改心させてみせる。それにこの子たちは私が連れ帰って守る。もう両親には会わせない」

 

 帝国に切り捨てられた元貴族だと言うアルシェの両親。立場の弱くなった彼らが、さらに弱い立場の自分の娘を売る。そんな両親をまだ見捨てないと言う、さらに子供たちは引き取ると言うのだ。借金取りが憤る。

 

「馬鹿なことを言うな! 私が貸した金をどうする気だ! 金も返さない! 金づるのこいつらも取り返す! そんな都合のいい話があるか!」

「確かにそんな都合のいいことが認められるはずもないな。両親か妹か選んではどうだ」

「でもそれじゃ両親が……」

「それが(カルマ)というものだ」

 

(……業?)

 

 突然出てきた聞いたことのない言葉にネイアは首を捻る。

 

「それまでの自分たちの行いの結果だ。悪を働けば業はマイナスに傾き、善を成せば業はプラスに傾く。そしてその結果によって自分の未来は左右されるのだ。もしお前の両親が善行をなしているのであればどこからか助けが現れるだろう。だが、誰も助ける手がないのであればそれはその者の業による運命というものだ」

 

 ネイアの脳裏にクアゴア達の氏族王、リユロの姿が浮かぶ。彼はネイアたちを襲ったが、その彼を慕う氏族たち、部下がリユロを守ろうとした。その姿がなければ見逃す気にもならなかったかもしれない。ならばこの女の両親は……。ネイアはその業という考え方に共感を抱く。

 

「……分かった。両親のことは運命に任せる」

 

 悔しそうに俯いていたアルシェはそう言って杖を降ろす。武器を構えていた他の3人もそれに納得したのか、それともモモンガに敵わないと思ったのか、衛兵が来るまで何もしなかった。そして犯罪者たちは捕まり、幼女たちは保護された。

 

 その後、フルト家の家長は失踪することとなり、妹たちは姉が身元を引き受けることとなる。それが誰の仕業だったのかわからなかったというが、きっと業の仕業なのだろう。

 

 

  

 

 

 

「さあ、転移門を開くぞ」

 

 奴隷となったエルフたちを集め解放するまで数週間を要したが、約束通りジルクニフはエルフ達をモモンガたちへと引き渡した。そして今、エルフたちから聞いた国、エイヴァーシャー大森林の王国への道をモモンガが作ろうとしていた。

 帝国の町中では目立つと言うことで郊外で間諜対策を施したうえで行っている。ネイアは最初歩いて行くのかと思っていたがさすがにこの人数で旅するのは厳しいらしい。何が厳しいか聞くと「こんな美人ばかりの中で男が一人とか緊張してヤバイ」らしい。私と一緒の時はヤバくないのだろうか。今度問い詰めてみよう。

 

 

 エイヴァーシャー大森林に一瞬のうちに転移し、エルフたちの案内でエルフの王国へと向かう。そこは見たこともないほど巨大な木々で囲まれていた。恐らく百メートルは超えていると思われる針葉樹たち。樹齢の長さは想像も出来ない。その中にまるで隠れるように開けた土地があり、家々が、そして遠くには巨大な白い城の尖塔が見える。

 連れてきたエルフたちの知り合いがいたようで事情を説明すると、門番はすんなりと中へ入れてくれた。ネイアの助けたエルフたちはそれぞれの家族のもとへと走り去っていく。

 そんな中、白い鎧を来た騎士の恰好をした女エルフがモモンガとネイアの前に立ちはだかった。

 

「そこの二人。黒い鎧のあなたと、顔を隠したあなただ。城まで来ていただこうか。王がお呼びだ」

 

 剣呑な雰囲気が漂い、モモンガが何かを言おうとする前に闘技場でネイアの助けたエルフの一人がその前に立った。彼女たちだけはまだネイアのそばを離れなかったのだ。

 

「モモンガ様、ネイア様! 行ってはいけません! あの王は……危険です!」

「……おい、貴様。仮にも自分の父親によくそんなことを言えるな」

「父親?」

 

 ネイアの救ったエルフがこの国の王のことを辛そうに語る。今まで黙っていたということは恐らく何もなければ話したくなかったのだろう。

 

「王は……父は強大な力を持ってこの国を支配しています……。そして戦争に駆り出されているエルフ達はすべてエルフの王の子供たちなんです。この国の王は母を含めた多くのエルフたちと事に及び、そして子供を産ませているんです。王の力で支配されているこの国では王に求められれば拒否はできません……。そしてその子供たちを法国との戦争へ向かわせ、犠牲が出ようがお構いなしなんです……私もそれで法国に捕まって……」

 

「酷い、なんてことを……」

「王がお待ちです。お早く……」

 

 ネイアの呟きが聞こえたのか、騎士のエルフはぶるりと震えている。この騎士も好きで命令を聞いているのではないのかもしれない。

 

「行かないとあなたが罰を受けるのですか?」

「……」

 

 辛そうな表情で俯いた無言の表情がそれを肯定していた。

 

「会うだけ会ってみるか。転移してすぐだと言うのになぜ我々を察知できたのかも気になる。それに帝国のエルフたちを助けたせいでこのエルフを苦しめてたのでは意味がないからな」

「……モモンガさん」

 

 王城へと行くことを告げると、闘技場で助けたエルフは心配して後ろをついてきている。本当は危ないので外にいて欲しいのだが、彼女たちは頑として譲らなかった。

 エルフの王城へと入るとそこはまさに白亜の城と言うのが相応しいものであった。いかにして作ったのかきめ細かな細工が施された調度品が並び、床には塵ひとつなくやわらかな絨毯が敷いてある。

 玉座の間だと紹介された部屋のドアを開けるとそこには玉座に座った美しいエルフの若者がいた。左右の目の色が違い、頭には意匠をこらされた王冠を被っている。女性かと思うほど整った顔をしており、見た目ではとても先ほど聞いたような鬼畜な所業を行った者とは思えなかった。

 

「よく来たな。『アインズ・ウール・ゴウン』のギルドマスター、モモンガさん」

 

 開口一番モモンガの過去の称号を持ち出してきたエルフの王。その声は現実離れした見た目と反し、ネイアの第一印象は、『まるで一般人』である。モモンガと初めて会った時に感じた印象と近い。

 

「なっ、なんだと!? お前……プレイヤーか!」

「ああ、そうだ。私もユグドラシルプレイヤーだ。いや、だったと言ったほうが正解だな」

 

(……プレイヤー? なんの話をしてるの?)

 

「なぜ私のことを知っている。いや、そんなことよりも! 俺の仲間たちを知っているか!?」

「仲間だって?」

「アインズ・ウール・ゴウンの仲間たちだ! なぁ、どこにいるのか知らないか!?」

「……知らないな。今回の100年で来たのはあんただけじゃないか? 私も情報収集していたが引っかかったのはあんただけだったからな」

「……100年? 100年とは何だ? 何の話をしている」

「何も知らないのだな。この世界には100年に1度俺たちのようなユグドラシルプレイヤーが転移してくる。500年前の八欲王しかり、200年前の十三英雄しかりな。ああ、600年前の六大神ってのもいたらしいな。だが、アインズ・ウール・ゴウンについての情報は今回が初めてだ」

「私個人のことを知っていたのはなぜだ」

「あんたは有名人だからな。あの世界最大級の悪のギルド『アインズ・ウール・ゴウン』を知らない人間は少ないだろう。そしてその『ギルドマスター』モモンガの名もな」

 

(悪? モモンガさんが悪のギルドのトップ!? 何を言っているの)

 

 モモンガの過去にまつわる話をしているのは分かる。しかしネイアは頭がついていかない。

 

「なるほどな……確かに私たちは有名ではあったな。しかし、仲間のことは知らないのか。残念だ……。それでお前はここで何をしている。なぜエルフたちを法国との戦争へと駆り立てる。何が目的だ」

「……それを私に聞くのか? 私のしてることはあんたと同じじゃないか」

「私と同じ?」

「そう、あんたと同じ……。『実験』だよ」

「実験?」

「そう。私は強者を作る実験をしている」

 

 エルフの王は玉座から乗り出すようにして両手を広げ、楽しそうに話し出す。

 

「この世界のやつらは俺たちプレイヤーと違って弱い。だが、プレイヤーとの子供はある程度の強さが得られる。しかしそれでもプレイヤーには及ばない。それは何故か。恐らくレベルキャップというものだろうと俺は思っている」

「レベルキャップだと?」

「そう、特定条件を満たさないと超えられない壁だ。この世界ではユグドラシルプレイヤーの血を受け継いだ者から神人と呼ばれる強者が生まれることがある。そのためには過酷な環境に身を置く必要がある。命の危険が存在するような過酷な戦場の中で生存本能を刺激し、力への渇望を魂に求めさせる。それが限界を超えさせるのではないかと思っているんだ。そのための戦争だ」

 

 どこかで聞いたような話だとネイアは思うが思い出せない。しかし、そのためにこのエルフの王がやっていることは許されることではない。

 

「そのためにエルフたちにしたくもない戦争をさせてるんですか! そんなことのために!」

「ああ、お前がモモンガさんのモルモットたる正義っ娘か。方々で聞いているようだから聞かれる前に答えてやろう。正義とは強者のことだ。すなわち私やモモンガさんのような強者が何が正義かを決める。モルモットは黙っているがいい」

「何で私のことまで知ってるの……」

「情報収集は基本だろう? お前たちは目立ってたからすぐ情報は入ってきたよ。召喚したしもべに命じて調べさせてな。そこで知ったのさ。お前がモモンガさんの実験動物(モルモット)だとな」

 

(実験動物? 何を言ってるの? モモンガさんが私で実験を……?)

 

 考えてみると思い当たる節はある。モモンガはネイアが新しい能力を得るたびに非常に嬉しそうにその時の状況や内容を聞いてきた。そして過酷な戦いをあえてネイアに与えていた気がする。

 

「……モモンガさん?」

「っ!?」

 

 不安そうにモモンガを見つめるが、モモンガはネイアに目を合わせようとしない。

 

(……否定してくれないの?)

 

「実験対象に人間を使おうとは私は思わなかったが……意外とよかったかもしれないな。寿命が短く使えないと思っていたが、そこまで強く成長させるとはさすがだ」

「……」

「だが、永遠を生きる俺たちと人間は違う。あまり感情移入しないほうがいい。人間はすぐに死ぬ。いくら一緒にいても死んだらまた一人ぼっちだぞ?」

「一人?」

「ああ、そうだ。よく考えてもみろ。その女はあと何年生きられる? 30年か? 40年か? 俺はビルドにより老化しない特性を有している。永遠を生きる我々にとってその時間はあっという間だ。すぐに別れることになるぞ。だが、俺は違う」

 

(私が死んだらモモンガさんが一人ぼっちで永遠に……)

 

 その言葉がネイアの胸に突き刺さる。自分はモモンガの本当の仲間にはなれないのだろうか。実験動物として見られているのだろうか。永遠の命を持つ者の気持ちが今のネイアには分からない。

 

「……何が言いたい」

「つまりだ。仲間にならないか? 私とあんたの二人だったら実験も捗る。二人で世界を永遠に支配して君臨してやろうじゃないか。きっと楽しいぞ。俺は女を孕ませ戦場に送る。あんたは死んだ兵士をアンデッドにする。レベルの高い死体のほうが強いアンデッドを創造できるだろうからな。無駄なく強者を作り出せるいいアイデアだろう。どうだ? なんなら、その女はそこそこ強くなったようだし孕ませてやってもいいぞ」

 

 ネイアはエルフの王の考えの悍ましさに眉を顰める。ここでモモンガが提案を受けようが受けまいがネイアは覚悟を決めなければならない。

 

「お前が私の仲間になるだと?」

「同じユグドラシルプレイヤーという仲間ではないか。さぁ、もうギルドの仲間のことなど忘れてしまえ。この世界に来なかったということはゲームを引退していたんだろう? もうあんたのことなんて忘れちまってるさ。そんな()()()()()連中のことなんて忘れて俺と仲間になれ」

 

 エルフの王が玉座より立ち上がりモモンガへと手を差し出すが、モモンガは微動だにしなかった。ネイアを振り返ることも意見を聞くこともなくただ一点、エルフの王を睨みつけている。

 

「その手は取れないな」

「……なぜだ。あんたにもメリットがある提案だろう」

「くだらない……私の仲間をくだらないといったな!? 教えてやろう! 私にとって仲間とはギルド『アインズ・ウール・ゴウン」の仲間たちのことだ! お前では決してない!」

「だからそいつらはもういない……」

 

 エルフの王の説得をかき消すようにモモンガはつぶやく。

 

「……もし、たっち・みーさんがここいたらお前のやっているような悪逆非道は決して許しはしないだろう」

「何?」

「……もし、ペロロンチーノさんがここにいたらハーレムを作ろうとすることはあってもエルフたちを不幸にするようなことはしないだろう」

「何を言っている」

「そして、もしウルベルトさんがここにいたらこう言うだろう。お前には『悪の美学』が分かっていないとな!」

「私の仲間にはならないと言うのか? そんな今はいないギルドメンバーたちのために」

「ああ、そうだ」

「そうか……残念だ。ならばあんたは邪魔な敵というわけだな。おい、エルフども。ここから離れろ。お前たちが巻き込まれたら確実に死ぬ。無駄な消費はもったいない。さっさと消えろ」

 

 このエルフの王はエルフたちをあくまで実験動物として見ている。まるで道具が壊れるのが嫌だから片付けておこうと言っているようだ。モモンガがどう考えているかは分からないが、ネイア個人としてこのエルフの王は許せない存在だ。

 

「モモンガさん! 私も一緒に戦います!」

 

 しかし、そんなネイアの決意をモモンガの冷たい声が消し去る。

 

「ネイア、邪魔だ。ここから離れろ」

 

 それはとてもとても冷たい声だった。そして、先ほどのエルフたちを道具として見なしたエルフの王の言葉がネイアの脳裏をよぎる。モモンガのその言葉はこう言っているようにネイアには聞こえた。『壊れたらもったいないからここから離れていろ実験動物』と。

 そして周りに冷たい気配が漂う。ネイアは思わず窓の外を見た。太陽が砕けたのではないかと思ったのだ。ネイアについて来たエルフを見ると恐怖の表情で体を震わせている。ネイアは自分の手を見るとそれもガタガタと震えていた。

 モモンガの体から漆黒のオーラが漂っているように見える。

 

(これが……モモンガさん?)

 

「ではいくぞ。《最終戦争・善(アーマゲドン・ジャスティス)》」

 

 エルフの王の周りにキラキラ光り輝く翼を持つ者達が現れる。光に導かれたそれは正義の象徴、天使と呼ばれる者達だ。ネイアの目から見ても計り知れない力を感じる。それが複数。それに対するモモンガは漆黒の鎧を消しさり、本来の姿を現す。

 

「ひぃ! ア、アンデッド!?」

 

 モモンガから溢れ出るオーラに恐怖していたエルフの女たちから悲鳴が上がる。

 

「ならばこちらもいくぞ。中位アンデッド創造『死の騎士(デスナイト)』」

 

 モモンガが呼び出したのは、フランベルジュと呼ばれる大剣と巨大なタワーシールドをもったアンデッドであった。黒色の全身鎧には、血管のような真紅の紋様があちこちにあり、鋭いトゲが所々から突き出している。顔は腐り落ちた人間の顔で、ぽっかり開いた眼窩の中には、生者への憎しみと殺戮への期待が見て取れた。

 

「上位アンデッド創造『具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)!』『集眼の屍(アイボール・コープス)!』」

 

 モモンガがさらにアンデッドを召喚する。それは先ほどのアンデッドを上回る、死を象徴するようなモンスターだ。周りに死と腐敗の気配をまき散らしている。そしてその一体の名には聞き覚えがあった。

 

(あれが……あいぼーるこーぷす……さん?」

 

 それは白濁した無数の眼を持つ直径2メートル程の浮遊するピンク色の肉塊だ。ギョロギョロと周りを見つめている不気味な眼が心を削り取っていくように周囲に不安をまき散らしている。とても妖精には見えない。

 

「私の仲間を侮辱したこと。死をもって償ってもらうぞ」

 

 そう言ってどこからともなくどす黒い赤色のオーラが揺らめく7匹の蛇が絡み合ったような形のスタッフを取り出す。

 かたや光り輝く天使たちを率いるエルフの王、かたや(おぞ)ましいアンデッドを率いる死の王。今、ネイアの目の前にいるのは愉快な骨などではなかった。黒く輝く後光をまとい、その眼窩に宿るのは血のように赤黒い炎、そして周りに恐怖と不安をまき散らす悍ましい死のオーラを纏ったアンデッド。そこにいるのは紛れのない邪悪の化身であった。

 

「ネ、ネネネネネイア様! にににに逃げましょう!」

 

 必死に恐怖に耐えながらエルフがネイアの手を引っ張る。ネイアはそれに抗ってまでこの場に残るだけの気持ちが持てなかった。そのまま手を引かれて場を離れる。そしてネイアの胸にはモモンガが否定してくれなかった一つの言葉がしこりのように残っていた。

 

(私が……モモンガさんの実験動物(モルモット)……)


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