ネイア・バラハの冒険~正義とは~   作:kirishima13

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第3話 剣

 王族へ無礼を働いたモモンに対して、各貴族たちは処刑すべきだという意見が大半であった。良識ある一部の者たちからの反対意見は、貴族としての自尊心を傷つけられた者たちにつぶされる。そのような中でも聖王女が何とかとりなし、冒険者としての資格剥奪及び国外追放という処分で落ち着いた。

 しかし、そこで問題となったのが聖騎士であるネイアの処分だ。己の権限を越えた発言でモモンを擁護し、聖王女に意見した。それは許しがたいことであるが、ネイアが己の非を認め謝罪すれば軽い処分にするつもりであった。だが、ネイアは一向に意見を変えず、モモンへの処分の撤回と聖戦の中止を求めたのだ。

 さすがにカルカも擁護することができず、レメディオスの怒りも手伝ってついに聖騎士を除名されることとなったのである。

 そして……

 

 

 

 今日は出立の日、城壁の門の外で旅の準備をしたモモンガとネイア、そしてネイアの両親がいる。もともと聖王国に特別な思い入れがあるわけではないモモンガだけでなく、ネイアはモモンガと共に旅に出ることにしたのだ。そしてそれを涙目で見つめる父。

 

「ネイア、今からでも遅くない。お前が謝罪さえすれば陛下はお許しするつもりだぞ」

「お父さん、いいの。私は間違ったことをしたと思ってないから」

「それにしても国まで出ることないじゃないか。聖騎士以外にも道はいくらでもあるんだぞ」

「そう言うことじゃない。そう言うことじゃなくて……私……分からなくなったの。みんなカルカ様が絶対に正しいという。カルカ様の正義を示すために戦うという。でも、正義ってそういうものなのかな」

「ネイア?」

「それが何なのか知りたいけどこの国だけにいたんじゃ分からないと思う。だから、色々なところへ行って色々な人の話を聞きたい。そうすれば馬鹿な私でも本当のことがわかるんじゃないかなって」

「ネイア……お前というやつは……モモン!貴様のせいだぞ!娘におかしなことを吹き込みおって!」

「それは申し訳なく思っています。私のせいで彼女までこんなことになるとは思いませんでした」

 

 モモンガが申し訳なさそうに深々と頭を下げる。モモンガも一人で旅立つつもりであったのだ。それがネイアが付いてくると聞いて何とも言えず申し訳ない気持であった。

 

「お父さんやめて。モモンさんはこの国のためを思って言ってくれたんだから」

「だからと言って陛下に物申すなど……」

「あなた、それくらいにしなさい」

「はい」

 

 母の一言で父が黙り込む。母はネイアの肩をつかんでその目をじっと見つめた。

 

「ネイア、本当にいいのね。正式に謝罪すればあなただけなら恐らく陛下も許してくださるわ」

「お母さん、私は自分で決めたんです。モモンさんについていきます。そうすればきっとこの国では見えなかったものが見える気がするんです」

「後悔はないのね」

「それは……少しあります。お母さん、この国は危険な賭けに出ようとしてると思う。だから……」

「分かってる。あなたからの話を聞いた限りでは法国の動きには違和感があるわ。私のほうでも調べてみるから。分かった、もう止めない。……ネイア元気でね。落ち着いたら手紙をよこしなさいよ」

「うんっ」

 

 涙目で抱き合う母娘を暗い目で見つめる父。

 

「ほらっ、あなたも」

「くぅ、仕方ない。よし、ネイアちょっと待っていろ。お父さんも準備してくるから」

「え?」

「旅の間にレンジャーの技術を教えてやろう。そうだ、昔キャンプをやったよな。お父さんの料理はうまいぞ」

「え!?一緒に来るの?」

「当たり前だろう!お前をこんな男と二人きりで……モモン貴様娘に手を出すつもりじゃないだろうな!」

「あなた!あなたには九色としての仕事があるでしょ!」

「そんなもの辞めて……ぐほぁ」

 

 母はパベルの頭を掴むとそれを引き寄せみぞおちに膝を叩き込む。哀れパベルは一撃で地面へ沈んだ。

 

「ネイア、お父さんのことは私に任せておいて。心配しなくていいからね」

「いえ、あの、心配なんだけど。お母さん、今お父さんの体がボキって……」

 

 続いてネイアの母は、モモンガへ向き直る。パベルを一撃で葬った母にモモンガがビクっと体を硬直させるが、母は手を前に合わせモモンガに一礼をした。

 

「モモンさん。娘のことよろしくお願いします」

「ご安心ください。娘さんは……ネイアはこのモモンが必ずご両親のもとへ無事に帰すことを約束します」

 

 胸を張り、自信をもって答えるモモンガに母は「ほぅ」と感心したように息を吐き、

 ネイアは安堵を覚える。必ず無事に帰す、そう言いきったモモンガの背中が大きく見える。まるで騎士に守られる姫にでもなったような気分だ。

 

「お母さん、これ……」

 

 別れ際に、ネイアは母に二つの木彫りの人形を渡す。

 

「これは?」

「お守り。昔お父さんに作ってあげて、新しいの欲しがってたの思い出したの。お母さん、お父さん、きっと帰ってくるから元気でいてね」

「ネイア……」

 

 母の目に涙が浮かぶ。母とネイアは白目を剥いて気絶している父の前で、いつまでも別れを惜しみ抱き合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 両親との別れをすませ、街道へと出たネイアとモモンガ。いよいよ門出だと言うところでそれを邪魔するように魔法詠唱者らしき集団が待ち構えていた。大会議に出席していたニグンとその部下たちである。丁寧な一礼をすると二人ににこやかに話しかけてくる。

 

「こんなところでお会いするとは奇遇ですな。お別れは済みましたかな」

「あなたは……ニグンさん!?」

「またお会いしましたな。バラハ嬢、モモン殿」

「待ち伏せしておいてよく言う」

「ふふっ、大会議の時といい、今といい、モモン殿は何もかもお見通しですか」

「それで?国を追われた我々に何か御用ですか?」

 

 ニグンは大会議で作っていたニヤついた笑顔を捨て、鬼気迫るような真剣な顔となる。こちらの方が本性なのだろう。片膝を地について頭を下げる。

 

「モモン殿、議場では失礼いたしました。あなたのご慧眼お見事です」

「ご慧眼って、やっぱりモモンさんの言ってたことは正しかったの!?」

「モモン殿のおっしゃる通り、あの愚かな王女が上に立つ限りこの国は駄目なのです。今は外部からの亜人侵攻により団結しておりますが、誰にでもいい顔をするあの王女では遠からず内部から腐敗する。それでは駄目なのです!例え少数を犠牲にする苦渋の選択をしたとしても人類が団結せねば本当の正義は為せません!」

「本当の正義?」

「真なる人類圏の確立です。今のように周りを恐ろしい亜人や異形に囲まれ綱渡りのように生きているのではなく、本当の人類の安住の地を作り上げること、そのためには人類同士で争っているわけにはいかないのです」

「だから王女には退場してもらってより強い指導者により国を作り直すということか」

「さすがはモモン殿。そこまで分かっておいででしたら私が言いたいこともお判りでしょう。モモン殿!ぜひ法国へお越しいただきたい。あなたのお力は法国でこそ発揮されるものです」

 

 ネイアはモモンガを見つめる。法国からの申し出は国を追われた身からすれば飛びつきたくなるものだろう。もしモモンガが誘いに乗ってしまったら自分はどうするのだろう。モモンガとともに法国へ行くのか。それとも自分の道を歩いていくのか。しかし、ネイアの迷いをモモンガは一瞬の迷いもなく吹き飛ばす。

 

「お断りします。私はこれから彼女と一緒に旅に出ようと思っていますので」

「旅……ですか?」

「この先には大森林があるみたいですね。そこにはどんな生き物がいるのだろうか。周辺にいくつかの国家がある、そこにはどんな人たちが住んでいるのだろうか。あそこの山脈にはドラゴンが棲むという、そしてその向こう側には何があるのだろうか。どうです?ワクワクしてきませんか?」

「はぁ……説得は無理ですか。残念ですが致し方ない、分かりました。でも、もし気が変わりましたら法国へお越しください。歓迎しますよ」

 

 モモンガは頷くと、ニグンたちを無視するかのようにその脇を通り抜ける。ネイアはその後を追うのみだ。それを見つめるニグンはまるで近い未来必ず法国へとモモンガが来ることを確信しているかのような表情をしていた。

 

 

 

 

 

 

 ニグン達のもとを立ち去った後、ネイアはモモンガとともに地図を広げ、行き先を確認していた。ニグンの言葉は気になったが、モモンガを追放したあの国の誰もネイアたちの言葉など聞いてくれないだろう。それにどちらが正しいのかも今のネイアには分からない。ならば先に進むのみだ。

 特に行く宛てのない旅路であるが、モモンガの言う通り未知の地への冒険というのは胸の躍るものがある。小さな胸をドキドキさせながらネイアはモモンガに行き先を尋ねる。

 

「モモンガさん、これからどこに行くんです?」

「まずあの森を抜けよう。その先にリ・エスティーゼ王国という国があるはずだ。とても肥沃な土壌を持った国家らしい。まずはそこを目標としてみよう」

「ところで、あの、道中はモモンガさんが守ってくれるんですか?」

 

 ネイアはチラリとモモンガを見上げながら先ほどの発言の真意を探る。自分の騎士として守ってくれるつもりなのだろうか。しかし、モモンガの反応は正反対であった。

 

「え?基本守らないつもりだが?」

「え?」

「ああ、そうそう。いい機会なので旅の注意点を言っておこう。敵が現れたら基本的にはネイアに戦ってもらおうと思う」

「え?」

「ああ、大丈夫大丈夫。死んでも蘇生できるアイテムを持ってるから。安心して死んでいいぞ。それに全部俺が倒してはネイアに経験値がはいらないだろうしな」

「え?さっき国に無事に帰すって……」

「最終的に死んでなければ無事じゃないか?ああ、蘇生魔法を使ったとき蘇生を拒否はしないでくれよ。もし蘇生を拒否されたらアンデッドとして蘇らせるしかなくなってしまうかもしれん」

「はぁ!?それちょっとおかしくないですか。私死にたくないんですけど!」

「大丈夫だって。どうせ生き返るんだから」

「だからその考え方おかしい!」

 

 けいけんちとは何だろうか。死んでも生き返ればそれでいいとか、モモンガは時々わけのわからないことを言う。この骨は自分を守る騎士などではなかったらしい。

 よく考えればこれは骨だ。男も女も騎士も何もないだろう。ネイアは頭の中の妖精枠の隣に愉快な生き物枠を作りそこへモモンガを放り込んでおく。

 

「旅に必要なアイテムも渡しておこう。まずはこの短剣だ。ブルークリスタルメタルでできている。弓が得意なようだが、それだけでは敵が接近したときに対処できない。近接戦も頭に入れておくべきだ」

 

 蒼く澄んだ水晶のようなものでできた短剣を渡される。

 

「それから怪我を負った際の回復手段も必要だ。このネックレスは《重傷治癒(ヘヴィリカバー)》の魔法を使えるようにする。今のネイアでは1回くらいが限度か。魔力の枯渇に気を付けるようにな」

 

 非常に細やかな細工が施されており、緑色の宝石を手にした女神を象っているようなネックレスを首にかけられた。

 

「あとは滑落した時の対策だな。落下の危険があるような場合はこれを使うといい。《飛行(フライ)》を使えるようになるアイテムだ」

 

 羽の形の飾りをつけたネックレスをさらに首にかけられる。この骨は何でも持ってるなぁと思って黙ってなすがままになっていたネイアだったが最後のアイテムだけは非常に興味を掻き立てられた。

 

「《飛行(フライ)》?これを使うと空を飛べるんですか!?」

 

 空を飛ぶことに憧れる人間は多い。ネイアもそんな一人だ。だが、普通の人間には空を自由に飛ぶなど夢のまた夢だ。《飛行》の魔法は第3位階の魔法であり、一流といった魔法詠唱者でもないと使えない魔法だ。

 そんな魔法が使える。空が飛べる。ネイアが迷わず魔法を唱えるのも無理はなかった。

 

「《飛行》」

「お、おい。ネイアの魔力量ではすぐ枯渇するだろうから落下したときに一時的に使う程度に……」

「すごい!私……私飛んでる!」

 

 ネイアの体が地面から浮き上がり、どんどんと高度を上げていく。

 

「すごいすごいすご……あ、あれ……眩暈が……きゃああああああああああ!」

 

 もともと少ない魔力をあっという間に使い果たしたネイアは頭から地面へと落下する。それを間一髪で両腕で抱き留めたモモンガが呆れた調子でつぶやいた。

 

「だから魔力量が足りないと説明しているのに……はぁ、仕方ないなぁ」

 

 魔力がなくなり薄れゆく意識の中でモモンガに抱えられながらネイアの冒険が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアは時々襲ってくる野生動物やモンスターをモモンガに見守られながら倒しつつ森を進んでいた。モモンガからもらった装備のおかげか、この森にいる程度のモンスターはほとんどネイア一人で対処できている。モモンガ曰く、聖王国で多くの亜人と戦いレベルが上がったのだろうと言っていた。

 順調に進んでいるが、まだまだ森は続いており、やがて夜も更けてくる。

 

「モモンガさん、そろそろ野営の準備をしましょう」

「ああ、そういえばもう夜なんだな。気がつかなかった」

「いや、もう真っ暗ですよ。気が付かなかったってことはないでしょ」

「アンデッドなので夜の闇の中程度なら昼間とそう変わらず周りが見えててな。疲れるということもないし、時間の感覚が曖昧になってしまっているな」

 

 ネイアはよく忘れそうになってしまうが、そう言えばモモンガはアンデッドだった。夜だろうと平気で活動できるだろう。

 

「このあたりにテントを立てましょうか」

 

 ネイアが荷物を降ろし、テントの設営を始めると、モモンガがそれを止める。

 

「その必要はない。泊る所は魔法で用意するから大丈夫だ。《要塞創造(クリエイト・フォートレス)》」

 

 モモンガが腕を一振り、魔法を唱えると高さ三十メートルを超える巨大で重厚感のある塔が出現する。本当に何でもありな骨だ。だが、そんな魔法があるなら最初から言ってほしい。知っていればわざわざこんな重い野営の道具を持って来なくても済んだであろう。それを慮ったのかモモンガは自分の荷物を探る。

 

「重い荷物を持たせて悪かった。では、これを使うといい。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)だ」

 

 ネイアが片づけを始めるとモモンガが一つの袋を渡してきた。ただの袋のように見えるが、試しに野営の道具を入れてみるとどう見ても入りきらないのにそこに収まってしまう。

 

「500kgまで入るから荷物はそこに入れておくといい」

 

 普通、旅というものは多くの荷物を持ち、野営をしながら進むものである。手ぶらで旅をする旅人がどこにいるというのであろうか。この骨には本当に常識というものがない。

 

 

 

 

 

 

 出来上がった要塞の扉を開くとそこは外の禍々しい雰囲気とは打って変って白を基調とした奇麗な空間が広がっている。リビングにはテーブルに細かな刺繍がなされた純白のクロスがかけられており、柔らかそうなソファーが設置されている。2階への階段の上には扉が複数あり吹き抜けのエントランスから上を見ると5階以上はあるものと思われた。

 

「ふぁあ……」

 

 ネイアは女の子にあるまじき大口を開けて驚く。さっきから驚きっぱなしだ。モモンガはいつの間にか鎧姿からローブ姿の骨へと戻っている。

 

「ああ、そういえばネイアは別に野営する必要もないか。もし、家でゆっくり休みたいなら言ってくれ。転移の魔法で家に送るから。朝になったらまた転移でこちらに来ればいいし」

「あの……何ですか、その日帰りの旅みたいなのは。プチ家出じゃあるまいし、あんな別れ方しておいて、今日のうちに帰ったりしたら私お母さんにボコボコにされちゃいますよ」

「ああ、確かに。やりそうな気がするな……ならここは自由に使ってくれ。寝室やトイレや大浴場もあるぞ。俺は寝る必要もないからここに残っている」

 

 モモンガの言葉に甘え、2階の1室に入ると大きなベッドや調度品が並べられている。しかし、ネイアにはそれよりも気になるものがあった。

 『大浴場』である。町の公衆浴場にしか行ったことのないネイアであるが、ここにはモモンガと自分しかいない。そしてそれを使うのは自分くらいだろう。

 つまり大浴場を一人で使える。ネイアはわくわくしながら浴場に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 モモンガがリビングでアイテムの整理をしていると、ペタペタと歩いてくる音が聞こえてくる。モモンガ以外にここにいるのはネイアしかいないので警戒する必要もなく、アイテム整理を続けていた。

 

「あ、モモンガさん。部屋に着替えを忘れちゃいまして。あはは」

 

 振り向くと、そこには首からバスタオルをかけたネイアがいた。しかし、それを見たモモンガは骨の顎が落ちるくらい開け、悲鳴を上げることとなる。

 

「ちょーっ!な、なんで裸なんですかー!きゃーっ!」

 

 そう、ネイアはバスタオルの他何も身につけていないのだ。大切なところはかろうじてバスタオルにて隠れている。ペロロンチーノの言う絶対領域であろうか。水に濡れた金色の髪がキラキラと輝いている。

 

「いえ、だから着替えを忘れたから……」

「そうじゃなくって、俺も男なんだからその前でそんな恰好っていうのは困るっていうか!」

「えっ……モモンガさんが男?」

 

 ネイアの頭にクエスチョンマークが躍るが、やがてその言葉の意味を理解する。

 

「あっ……」

 

 モモンガが自分を男と認め裸のネイアを見て目を逸らしている。それを見てネイアは急に顔が真っ赤になるのを自分で感じる。

 

「~~~~~~~~~~!」

 

 モモンガはネイアの頭の中で愉快な生き物枠に入っていたため男女という概念自体がなかったのだ。骨に見られてもなんともないと。しかし、それを本人から自分は男だと言われたら意識せざるを得ない。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 急に恥ずかしくなりネイアは2階の部屋に向かって入ってドアを閉める。急いで服を着ると布団の中に入り枕で頭を押さえた。

 

(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。何やってるの私はもー!)

 

 これから一緒に旅をしていくというのに最初から大失敗だ。全裸を見られたなんて父が知ったら自殺しかねない。

 

(でも見ないようにしてくれてたし、モモンガさんって意外と紳士?)

 

 恥ずかしく思いつつもモモンガの気遣いに感謝するネイアだった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアはふと目を覚ます。昨日は恥ずかしくて布団に突っ込んだまま寝てしまったようだ。窓がないので正確な時間はわからないが、ネイアの感覚ではもう朝のはずである。

 

(もう昨日のことは忘れよう、モモンガさんもきっと忘れてくれるはずよ)

 

 そう思って階段を下りていくとそこに居るはずのモモンガはいなかった。

 

「あれ?モモンガさーん?」

 

 呼びかけるも返事はない。もしかして昨日の件でモモンガさんも恥ずかしがっているのだろうか。できれば忘れて欲しいが、恥ずかしいのはお互い様だ。

 

「モモンガさんいないんですかー!」

 

 大声で呼びかけるが返事がない。ネイアの心に若干の不安がよぎる。

 

「モモンガさーん!」

 

 呼びかけながら1階から順番に部屋を見回っていくが、結局すべての部屋を探してもモモンガはいなかった。

 

(もしかして……私のことに幻滅して出て行っちゃったの?)

 

 羞恥心のない女だと思われたのだろうか。確かにあり得る。モモンガはアンデッドであり、おかしな言動は目立つが基本的には常識人?だ。裸で部屋をうろうろしているような女に幻滅してもおかしくはないだろう。そう思うとネイアの心は少し傷んだ。そして次に感じたのは孤独だ。聖王国を出てこれから一人きりで生きていく。それを思うと不安が後から後から湧いてくる。

 

「モモンガさーん!」

 

 ネイアはモモンガの名を呼びながら玄関のドアに手をかけた。そして異常に気付く。

 

(開かない!)

 

「ちょっ、ちょっと!嘘でしょ!」

 

 玄関の扉は押しても引いても開かない。カギはかかっていないのにも関わらずだ。窓のないこの要塞の出口はここしかない。ネイアは押したり引いたり叩いたりあらゆる方法を試すがまったく微動だにしなかった。

 

(閉じ込められた……)

 

 もはや一人ぼっちで寂しいとかいう次元ではなく命の危険を感じたネイアは叫び続ける。

 

「モモンガさーん!モモンガさーん!開けてー!開けてよー!ううっ……」

 

 何だか涙まで出てきた。それでも泣きながら扉を叩く。

 

「モモンガさーん!」

 

 何度扉を叩いただろう。腕がしびれてもう叩けないと思ったところで扉が外側からあけられた。

 

「モ……モモンガさ゛ーん゛!あああん!」

「ただいまー……ってちょっ、ネイア!なんで泣いてるの!?」

 

 訳も分からず泣き続ける少女に抱き着かれ、モモンガは混乱して光り続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「なるほど。これ魔法の発動者しか開け閉めできなくなってるな」

 

 モモンガは扉を調べて頷いている。モモンガも知らなかったらしいが勘弁してほしい。

 

「もうここから出られないかと思ったんですよ」

「うっ……確かにそれは怖い。すみません」

 

 ペコリと頭を下げる骨。その滑稽な姿にネイアは落ち着きを取り戻す。

 

「それでどこに行ってたんですか?って泥だらけじゃないですか」

「いや、その、眠れないし暇だったんで森を散歩してたんだ」

「一晩中ですか!?」

「一晩中ソファーに座っているだけというのは辛いよ……」

 

 そういえばモモンガはアンデッドであるがゆえに眠れないのだった。寝ることもできずじっとしている、それはさぞかし苦痛であろう。

 

「さて、日も出たし、出発するか。あ、そうそう。その前にちょっとネイアに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「聞きたいこと?」

 

 昨日の夜のことだったら良くない。聞かないで欲しいと神に祈る。祈りが通じたのか、モモンガの質問はまったく予想外のことだった。

 

「ネズミは好き?」

「ネズミ?」

「ああ、飼いたいとか思ったことはある?」

 

 ネイアの頭に思い浮かんだのはドブネズミだ。不衛生で病原菌を運ぶこともあり、近寄りたくも見たくもない。

 

「普通に嫌いですけど」

 

 骨がショックを受けたように口を開けて固まっている。背後に雷でも幻視しそうだ。

 

「ええっ……あの、その……フワフワしてて丸っこくて可愛いと……」

「思いません」

「えっ……あ、はい。すみません。出発しよう……」

 

 ションボリして出発の準備を始めるモモンガ、本当にこの骨は何を考えているのかわからない。

 

 

 

 

 

 

 森を進むこと数日、ネイアとモモンガはやっと森を抜け、新たな街道に出ることに成功した。ネイアは早速周りを見渡すと方角を確認し、遠くに集落のようなものを発見する。

 

「ここはもうリ・エスティーゼ王国領でしょうね。あそこで道を聞いてみましょうか」

「さすがネイア。レンジャーとしての能力は本物だな」

 

 村へと近づいたネイアたちはその途中で異変に気付く。集落と思われたそこにあった家々は焼け落ち、人が住めそうな建物は数えるほどしかない。まさに廃村といった様子であった。しかし、その惨状の中で数人の男女が暗い顔で何かをやっている。

 村人たちはモモンガたちに気づいたのか、顔を向けると一斉に叫び声をあげた。

 

「いやあああああああああ!」

「もう!もう嫌だ来ないでくれええ!」

「助けて!殺さないで!お願い!お願いします!」

 

 頭を押さえ耳を塞ぐ男性。半狂乱になって逃げだす女性。皆、体も精神も傷つきまともな状態ではない様子だ。

 

「落ち着いてください。私たちはあなた方に危害を加えたりしません」

 

 ネイアが優しく語り掛ける。ミラーシェードで顔を隠しているおかげか、ネイアの優し気な言葉に村人たちは落ち着きを取り戻す。

 

「ネイア、ミラーシェードをとるなよ」

「モモンガさんこそ」

 

(自分たちの素顔を見られたらこの人たち怯えるんだろうなぁ……って私はいいでしょ、私は。なんで私までアンデッド扱いなのよ)

 

「いったいどうしたんです?何があったか教えてくれますか?」

 

 村人たちによると突如鎧を着た兵士たちに村を襲われ、火を放たれたということであった。彼らはその生き残りらしい。

 周りを見るとそこここに人が倒れ地面が赤黒く汚れている。ふと横を見るとモモンガがある一点を見つめていた。年頃の少女が妹と思われる幼い少女をかばうように覆いかぶさって倒れている。

 その少女の背中と地面は赤く塗れており、妹を庇って背中から刺されたのだろうと思われた。モモンガが拳をミシミシと音を立てて握りしめているのが分かる。

 

「……不快だな」

「ええ、なんでこんな酷いことを」

「すみません……この村の私たちにも分からないんです。突然来てそして何も奪わず消えてしまいました」

「この国の兵士たちは守ってくれなかったのですか?」

「いえ、王国戦士長の一行が来てくれたのですが、その時にはもう賊は逃げてしまっていたんです」

「それで王国戦士長は今どこへ?」

「それが……周辺を捜索すると行ったきり帰ってきません」

 

 帰ってこなかったということは賊にやられてしまったのか、またはこの村を見捨てて帰ってしまったのか。いずれにしてもこの村を助けてくれる者は誰もいないということだ。

 そんな捨てられた村人たちが何をしているかというと、亡くなった者を埋葬するための穴を掘っていたのだった。

 モモンガとネイアはそれを手伝うことにする。村人たちより遥かに力のあるモモンガとネイアによって埋葬は日が暮れる前に完了した。

 ネイアは手を組んで亡くなった村人たちのために祈りを捧げる。元聖騎士と教えたところお願いされたのだ。

 

「この者達に、安らかな眠りの時を与えたまえ」

 

 村人たちがネイアと同じように手を組み合わせ祈りを捧げる。モモンガは両手を合わせ合掌をしていた。

 

 日が暮れてしまったため、モモンガとネイアはここに一泊させてもらうことにする。

要塞創造(クリエイト・フォートレス)》はさすがにこんな人前で使えないので、まだかろうじて家の形を残している建物の一つを借りることにした。

 ぼろぼろの建物の中でネイアはモモンガに尋ねる。

 

「あの、モモンガさんは蘇生の魔法を使えるんですよね?」

「ん?ああ、使えるがこの村の人々を蘇生させるつもりはないぞ?」

「ちなみにどうしてか……教えてもらえますか?」

「どうしてか……か。ちなみにあの聖王国では蘇生魔法を使えるものが聖王女の側近にいるんだったな」

「はい、ケラルト様ですね」

「彼女は誰かが死ぬとお金さえあれば誰彼構わず蘇生させていたのか?」

「いえ、基本的には蘇生魔法は本当に必要な人間にしか使いませんでした」

「それはなぜだと思う?」

「あの……昔父に聞いた話ですが、ある貴族が息子を事故で亡くしてカルカ様に子供の蘇生をお願いしたことがあるんです」

「ほう」

「最初はカルカ様は断りました。しかし、貴族はカルカ様の前で泣き崩れ自分はどうなってもいいので息子だけは助けてほしいと頭を下げ続けました。カルカ様はその姿に同情し、ケラルト様に蘇生をお命じになったんです。そして……」

「聖王女が糾弾された。そうだろう?」

「はい……。カルカ様にその後私の子も私の夫もと蘇生の懇願がされ、断るとなぜあの貴族だけだと罵られ、ずいぶんと心を痛められたと聞きます。それで依頼されての蘇生は一切断ることにしたらしいです」

「では、私が断る理由も分かるかな?」

「はい……でもそれじゃあどうして私のことは蘇生させてくれるんですか?」

「それは、まぁ……ネイアは特別だからな」

 

 特別と言われネイアは少しドキドキしながら嬉しく思う。骨とは言え、異性にそんなことを言ってもらったことはない、おそらく友達という意味だろうが。気をよくしたネイアは聞こえないふりをしてもう一度言ってもらおうと思った。

 

「え?なんですって?」

「なんでもない!あー、そうだ。あいつに餌やらないとな。おやすみ!」

 

 恥ずかしさを誤魔化すためだろうか、モモンガは訳が分からないことを言って家を出て行った。

 

(餌?)

 

 

 

 

 

 

 翌日、村人たちは焼けた家々からまだ使えそうなものを集め、近くの都市へ行くという。そこで、モモンガたちは旅のついでとそこまでの護衛を買って出ることとした。

 この村の名前はカルネ村というそうだ。だが、本日をもってその村の名はこの国からなくなるのだろう。

 村人たちは荷車に詰めるだけの荷物を積んで移動を開始する。直近の都市の名はエ・ランテル。村人たちが前を歩き、モモンガが軽々と荷車を引いて後ろからついてきている。

 モンスターに襲われることもなく、順調と思われた街道での移動であったが、そこに大声が響き渡った。

 

「おい!お前ら死にたくなかったら荷物を置いて消えな!」

「へへへ、命までは取らねえからよ!」

 

 典型的なセリフとともに出てきたのは見ただけでゴロツキと分かる薄汚い恰好をした数名の武装した男たちであった。手にもった剣を振りまわし、こちらを威嚇している。村人たちを守るためネイアが前へと飛び出すと、男たちの後ろから声がした。

 

「おいおい、勘弁してくれよ。農民から搾り取る悪領主じゃあるまいしこんな仕事に俺をつきあわせるなよな」

 

 出てきたのはボサボサの髪に無精髭を備えた鋭い目をした男だった。腰には南方でしか手に入れることが困難という刀という武器を提げている。

 

「へへへっ、いえ。旦那が暇そうでしたんでいい獲物でもいねえかと思いやしてね」

「獲物ったって農民いじめても大した金にならねえだろう。強いやつなんてめったに……」

 

 そう言ってぼさぼさ髪が村人たち向けていた視線をネイアとモモンガに移す。

 

「……いるじゃねえか。面白そうなやつらがよ!おい、俺の名はブレイン・アングラウス!そこの鎧のやつ!ただもんじゃねえな!名乗りな」

「私はモモンと言う」

「モモンだと!?聖王国のアダマンタイト級冒険者!大物がかかったな!はははは!」

「今はもう冒険者ではないんだがな……」

「そんなことは関係ねえ!よう、モモン。俺と立ち会いな!」

「ふむ……なるほどなるほど……ちょうどいいかもな」

 

 モモンガはブレインと名乗った男をじろじろと観察したと思った次の瞬間、ブレインの前にいた男たちが倒れ伏していた。

 

「殺してはいない。この国の犯罪者はこの国で裁いてもらわねばならないからな」

「マジか?ほとんど見えなかったぞ……そんで次は俺ってわけか」

「それではつまらないな。そうだ、私と立ち会いたいのであれば私の仲間に勝ってからにする、というのはどうだ?」

「仲間?もしかしてそこの女か?」

「えっ!?ちょっと!モモンさん!?」

「ブレイン、お前の相手などは信頼できる私の仲間、ネイアで十分だ!」

「なんだと!この俺に女と戦えだと!?」

 

 侮られたと怒りに燃えた目でブレインがネイアを睨んでいる。

 

(いやいやいや、私悪くないし!っていうかモモンガさん本当に私を戦わせるんだ!)

 

 ネイアは仕方なく、弓を取る。そしてミラーシェードを上げてブレインを確認した。ネイアの感覚では自分よりも強く感じる。正面から戦えば負けるだろう。しかし、そんなネイアの心配を他所にブレインが一歩後退していた。

 

「顔こわっ!くっ、確かに女と侮って悪かった。その凶悪な目……どれだけ人を殺してきたんだ?なるほど……お前か!お前がそうなんだな!聖王国の《狂眼の射手》!」

 

(初対面で酷い!それにそれお父さんだし!)

 

「漆黒のモモン!この女を容易く屠るところを見ているがいい。さあ、どこからでもかかってきな」

 

 ブレインは刀を鞘に納めたままそれに手を添えて動かなくなった。お先にどうぞということだ。モモンガに自分が戦うに値する相手だと認識させるためだろう。ネイアにとってはチャンスだ。弓に矢を番え引き絞る。

 ネイア自身、モモンガと会ってから強くなったとの自負はある。武技はまだ使えないがこの弓と自分の成長した力でこの距離から撃てば避けるのは至難の業だろう。

 十分に狙いを定めネイアはブレインへ向け矢を放つ。しかし、それはブレインの目前で斬り飛ばされていた。避けたのでもない。防いだのでもない。点で迫ってくる矢を斬り飛ばしたのだ。

 

「そんな!」

 

(ありえない!何かの武技でも使ってるの!?)

 

 続けて二度三度と射るがことごとく斬り飛ばされる。

 

「さて、じゃあこっちから行くぞ」

 

 ブレインがネイアへと迫る。ネイアは弓をしまうと腰の短剣を抜き放つ。モモンガからもらったブルークリスタルメタルの短剣だ。近接戦は苦手だが、モモンガからは遠距離攻撃が得意だからと言って弱点をそのままにしておいていいわけではないと言われている。

 ブレインが大上段から刀を振り下ろすが、それをネイアは何とか短剣で防ぐ。

 

「ほぅ、とてつもない剣を使っているな!なまくらだったらその剣ごと真っ二つなんだがな」

 

 次にブレインが放ってきたのは突きだ。ネイアは初撃を短剣で防ぐが、間髪入れずに二撃目が飛んでくる。二段突きだ。それを必死に体を前方に回転させて避ける。身軽なネイアだからできる芸当だ。前方に避けたことにより図らずもブレインの背後をついたネイアはそのままブレインの刀を持つ腕を斬りつけようとするが、後ろを振り返ることさえなくそれをあっさり避けられた。

 

「そんな!目が後ろにでもついてるの!?」

 

 まったく後ろを見ることなく見事に避けたことにネイアは驚く。その秘密はブレインの使った武技であった。その名は《領域》。自分の周囲の空間を目の見えない範囲まで把握できる武技だ。ネイアの動きがブレインには目で見ずとも手に取るように分かるのだ。

 

「さぁてね。しかし意外とやるなぁ」

 

 このブレインと言う男、自分を遥かに超える感知能力でも持っているのだろうか。それにこの男の剣の腕は本物だ。だが、だとすると疑問が残る。なぜこれほどの剣の腕がありながら野盗などをしているのか。士官の口などいくらでもあるだろうに。

 

「あなたは!それほどの腕がありながらなぜこんなことをしているんですか!あなたに正義の心はないんですか!」

「正義?変わったことを聞く嬢ちゃんだな。そうだな、俺にとっての正義とは……剣だ!この剣こそが俺のすべて、俺の人生の目的だ!それには今の立場がいいんだよ。お前らみたいなやつらと戦えるからな!」

 

 ブレインは刀を鞘に納め、力を溜めるような構えを取る。後の先を取る迎撃の構えだろう。飛び込めば確実にやられる。ネイアの直感がそう告げている。

 

(やっぱり近接戦だけは勝てないわ。この間合い……これはあいつの間合いなんだわ……あいつの絶対に負けない自信のある間合い……。私の間合いが欲しい……弓を射るだけの間合いが……)

 

 じりじりと距離を取るネイアだったが、それが許されるはずもない。ブレインが刀を抜き放つと一気に迫る。武技を発動しているのだろうか。体がわずかに発光している。

 

「《秘剣!虎落笛!》」

 

 ブレインの刀のあまりの速さにネイアは刃を見失う。使われた武技は《神速》。剣の速度を目に見えぬほど上げる技だ。しかし、ネイアの直感が危険を知らせていた。そしてその直感に従い咄嗟に短剣で首筋を守る。

 

―――そして次の瞬間

 

 ネイアは右手首から先を斬り飛ばされていた。ブレインの刃が恐ろしいほどの精度と速さでネイアの首元を襲ったのだ。

 短剣を持ったままの右手が自分から離れていくのをネイアは右目の端に捉える。このまま武器を失っては確実に負ける。そう思った瞬間、ネイアは呪文を唱えていた。

 

「《重傷治癒(ヘヴィ・リカバー)》!!」

 

 勝負はついたと油断していたブレインは信じられない光景を目にする。斬り離されたネイアの右手が手首に戻っていく、短剣を握ったままに。

 《重傷治癒》は怪我を完治させる魔法ではない。魔力を大幅に消失した倦怠感とともに手首に酷い痛みがあるがネイアは必死に耐えて体を動かす。二度目の魔法は使えないだろう。

 

「はあああ!」

 

 ネイアが痛みに耐えてブレインの刀を持つ手を斬りつける。完全に油断していたブレインは避けきれないと判断したのだろう。何とか驚きから立ち直ると防ぐのでもなく、剣で斬りつけるのでもなく、ネイアのみぞおちを蹴り上げた。

 ネイアは痛みに悶絶しながらも諦めない。蹴り上げられたその勢いを利用して後ろへ飛び去ったのだ。ネイアがずっと欲しかった間合い、それは図らずも相手のおかげで手に入ることになる。

 

(ここしか……ない!)

 

 飛び去りながら武器を短剣から弓へと武器を変更し、弓を引き絞り間髪いれずに解き放つ。

 ブレインは最初の時と同じように《領域》を使い、矢を切り裂こうと刀を振るう。しかし、それは空を切った。

 ネイアの被るミラーシェードの効果スキル《蛇射》により矢が刀を避けるように跳ね上がり、一気に下降してブレインの腕に突き刺さった。腕の筋に撃ち込まれたことによりブレインは刀を取り落とす。

 そこへネイアは一気に距離を詰めるとブレインの眼前に矢を引き絞って突きつけた。

 

「そこまで」

 

 モモンガの静かなその言葉にネイアは自分の勝利を知った。

 

「はぁ……はぁ……か、勝ったんですか?」

「はぁー、負けだ負け。つーかそんな技持ってるなら最初から使えってんだ。あー、もう好きにしろ」

 

 ブレインは大の字に地面に横たわる。潔い男だ。ネイアとブレインが息を整えているのを見て、モモンガは興味深そうに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 野盗たちとともに捕えられたブレインは観念したのか大人しいものであった。ネイアたちは村人に加え、捕らえた野盗達を引き連れて、エ・ランテルに向かう。しかし、都市に近づくにつれて周りの様子がおかしいことに気づいた。動死体(ゾンビ)食屍鬼(グール)等が街道に現れたのだ。

 最初は1、2匹だったものが時には10匹を超える数で現れる。村人に聞くとこれまでにこのようなことはなかったとのことだ。そして、エ・ランテルに到着しようかというその時、眼前に信じられないものを見て、誰かがつぶやく。

 

「うそ……だろ……」

 

 それはアンデッドの群れだった。いや、それは群れと言うだけではおさまらないほどの数。

 そこでネイアたちが見たものはエ・ランテルの城門からあふれ出すアンデッド、アンデッド、アンデッド。

 そして町の中は深い霧に包まれもう夜になろうというのに明かりの一つもない。都市の中も完全にアンデッドで埋め尽くされているようだ。

 そこにあったものはかつて城塞都市と呼ばれ、3国の通行拠点として栄えたことなど微塵も感じさせないほど荒廃した『死都エ・ランテル』であった。


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