ネイア・バラハの冒険~正義とは~   作:kirishima13

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第4話 母

 死都と化したエ・ランテルに村人たちを連れて行くわけにも行かず、思案していたモモンガたちであったが、周囲を見回していたネイアの鋭い目が霧の中のかすかな光を捉える。カッツェ平野の青白い霧の中である。

 

「モモンさん、平野の先に明かりが見えますよ。あれ、何でしょうね」

「ほぅ、やはりいい目をしているな。ネイア」

「お、おい。あそこはアンデッドどもが闊歩するっていうカッツェ平野だぞ」

「だが、明かりがあるということはあそこに人がいるのだろう。都市に入るわけにもいかない。あそこに向かおう」

 

 村人たちが心配の声を上げるが、他に行先はない。モモンガたちは襲ってくるアンデッドたちを避けるように都市を離れ、カッツェ平野に入ろうする。しかし、そこで異変が起こった。

 地面の下から棒のようなものが飛び出したのだ。それは徐々に大きく太くなり、まるで建物のようにも見える。しかし、それは建物ではなかった。垂直に上を向いていたそれは徐々に傾いてゆく。甲板があり、マストがある。垂直に向いていた船首が徐々に傾き、全体像が見え、それがやっと船だとネイア達は気づいた。ただし、その船が普通と違う点は、向こう側が透けて見えるのだ。

 そんな異常事態に村人の一人がつぶやく。

 

「幽霊船だ……」

「幽霊船?何だそれは」

「カッツェ平野の幽霊船……それは呪われたこの地に伝わる伝説みたいなものですが、亡者たちが魂を求めて船で永遠に彷徨っていると言う話を聞いたことがあります」

 

 村人の話が本当だとすると、警戒すべき相手だ。しかし、幽霊船はネイアたちを襲ってくるようなことはなかった。

 何事もおこらない。そう思い、観察しているとエ・ランテルからの溢れるアンデッドがカッツェ平野には向かっていかないことに気づく。街道には向かって行っているのにだ。しかし、それでも都市から溢れ出るアンデッドはいるようで、後ろから押し出されるようにカッツェ平野にアンデッドが数体押し出された。

 その時である。幽霊船の横から砲台が現れ、カッツェ平野へと足を踏み入れたアンデッドたちに向けられたのだ。砲台より撃ちだされた弾によりアンデッドたちが四散する。それに満足したのか幽霊船は霧の中へと消えていった。

 

「アンデッド同士が敵対しているのか?」

「そんなことあるんでしょうか?」

「支配しているものが違う、ということかもしれないな」

 

 モモンガにそう言われてよく見るとエ・ランテルを覆う霧は黒っぽいが、この平野の霧は青みがかったものだ。真偽は分からないが向かうとしたらカッツェ平原の明かりの方向だろう。

 再度幽霊船が現れるかとしばらく様子を見ていたが、これ以上異変は起こらなかった。ネイアたちは警戒をしつつ明かりの方向へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 明りのある建物に到着してみるとそれは砦と思われる建造物であった。中から人の話し声らしきものもする。門を叩くと、恐る恐る顔を出した兵士がネイアたちが人間であるということを確認し、快く中に入れてくれた。

 

「あんたたちあの都市の生き残りか?よく今まで無事でいたな」

「いえ、私たちはあの都市ではなくカルネ村というところから来ました」

 

 現れたのは青い紋章のある鎧を着た兵士であった。突然現れたネイアたちについていろいろと質問を投げかけられる。モモンガが代表して事情を話をしているとカルネ村の村人の一人が悲鳴を上げた。

 

「きゃあああ!こ、この人たちよ!この人たちが私たちの村を襲ったの!」

「そ、そうだ!その鎧!鎧の紋章はあの時のやつらのだ!」

「は?おまえたちは何を言っている」

「お、落ち着いてください」

 

 村人たちは兵士を指さして怯えている。ネイアは落ち着かせようと村人たちを兵士から引き離した。村人からよくよく話を聞くと村を襲った兵士の格好とこの砦にいる兵士の格好が同じだというのだ。

 

「それはおかしい。我々はバハルス帝国の兵士だが、王国の村を襲うなど我らがするはずがない。王国の村を襲ったとしたら、どうして我らがこうして王国の人々を保護しているというのだ」

 

 そう、ここはバハルス帝国のカッツェ平野における砦である。毎年リ・エスティーゼ王国とバハルス帝国は戦争を繰り返しており、その主戦場はこのカッツェ平野。そしてその前線基地としてバハルス帝国により築かれたのがこの砦だ。

 王国の兵を殺すために築かれたこの砦の中に、今は王国民であるエ・ランテルの人々が保護されていた。

 エ・ランテルの生き残りの人たちの話によると、突然墓地からアンデッドが溢れ、あっという間に都市中に広がってしまったらしい。

 生き残ったのはカッツェ平野周辺にいた者たち、そして冒険者組合周辺にいた者たちが主であった。逃げ場がなくなり、アンデッドの闊歩するカッツェ平野に逃げざるを得なかったのであるが、なぜか都市のアンデッドたちはカッツェ平野に立ち入ろうとしなかった。

 冒険者たちは組合長の指示で戦闘より避難を優先させたため、最低限のアンデッドを討伐しながら組合周辺の人間を連れ出すことに成功したのである。そして、敵国とは言え、そこしか逃げる先がなかったため帝国の砦へと身を寄せたのだ。

 ネイアたちは兵士や人々から事情を聴くと同時に、自分たちの事情も話す。そして村人たちの保護と野盗の引き渡しについてもお願いする。

 

「事情は分かった。村人たちは我々が保護しよう。野盗についても預かろう。それで君たちはどうする?あのブレイン・アングラウスを倒すとは、さすが聖王国に聞こえしアダマンタイト級冒険者漆黒のモモン殿だ。帝国に来るというのであれば歓迎するが?」

「いえ、あの男を倒したのはネイア……彼女ですよ。それより今はあの都市をどうにかすべきでしょう。王国は何をしているんですか?」

「王国にもエ・ランテルの実情は伝令により伝えているが、王国はあの都市を見捨てるつもりらしい。住民の保護も都市奪還のための兵の派遣もしないとのことだ。それどころかこうして住民を保護している我々を犯人扱いだ」

「帝国としてはどうするつもりなんですか?」

「帝都から兵がこちらに向かっているところだ。だが、都市の奪還は難しいかもしれんな。あれほどのアンデッドの大群はみたことがない。それよりも住民を帝都に移動することになるかもしれん」

 

 それを聞いてモモンガは腕を組んで何かを考えているようだったが、思いついたように一つの疑問を投げかける。

 

「ところで、別の質問なんですがここにあの都市の冒険者組合の方はいらっしゃいますか?」

 

 モモンガの質問に兵士は怪訝な顔をするが、すぐに壮年の男性があらわれた。かつては屈強だっただろう肉体と目つきをしている。

 

「私がエ・ランテルの冒険者組合長アインザックだ。噂のアダマンタイト級冒険者の漆黒のモモン殿に会えてうれしいよ」

「すみませんが、今は冒険者の資格をはく奪され、国外追放された身です。もうアダマンタイトではありません」

「そ、そうなのか」

 

 アインザックは驚きを隠せない。アダマンタイト級冒険者の資格をはく奪して国外追放にするなど国家戦力がどれだけ落ちると思っているのか。聖王国は何を考えているのだろうかと。

 

「それで聞きたいのです、この国でもう一度冒険者になることはできるのでしょうか」

「それは無理だ。国家間の取り決めで冒険者の資格や階級は各国共通だ。一度資格をはく奪されたものをもう一度冒険者にすることはできない」

「そうか……」

 

 残念そうなモモンガの声を聞き、アインザックは心を悩ませる。本来であればエ・ランテルの冒険者としてぜひ登録して欲しいところだ。それにこれほどの力を持ったものが不遇に扱われるというのは実に勿体ない。そう思ったアインザックは次善の策を提案する。

 

「だが、ワーカーであればなれるだろう」

「ワーカー?」

「国や組織にしばられないフリーの請負人(ワーカー)のことだ。冒険者組合長の私が勧めるのもどうかと思うがね」

「ワーカー、請負人ね。ふふふ、いいじゃないか。さて、ネイア。ではワーカーとして仕事を請け負うことにしようじゃないか」

「仕事?な、何のことかね」

「私とネイアの二人であの都市をアンデッドから奪還してみせよう」

 

 ネイアは耳を疑う。今二人でと言ったのだろうか。あの無数のアンデッドに埋め尽くされた都市を二人で奪還と。

 

(ちょっとーっ!モモンガさん何言ってるのー!勝手に決めないでよー!)

 

 しかし、ネイアの心の叫びは元アダマンタイト級冒険者モモンへの砦内からの割れんばかりの期待の歓声にかき消されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアはエ・ランテルの三重の城壁の一番外側の上に陣取った。そこからアンデッドを狙い撃ちする作戦だ。モモンガはその下に陣取りネイアにアンデッドが接近しないよう露払いをする。

 

「あの、モモンガさん本当に二人でやるんですか」

「あれだけのアンデッドがいるんだ。きっとレベルがかなり上がるぞ」

「言ってる意味がよく分からないんですけど!」

 

 わくわくしているモモンガとヒヤヒヤしているネイア。そうこうしているうちに、アンデッドたちはネイアに殺到するように向かってきた。この都市唯一の生者の生命を感じとって向かってきているのだろう。

 ネイアはもうやけになってそれらを弓で撃って撃って撃ちまくる。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)には入るだけの矢を砦で補給させてもらっていた。残数を気にする必要はない。

 ネイアの矢を受けると弱いアンデッドは一撃で崩れ去る。スケルトンなどの刺突属性に耐性のあるものも含めてだ。モモンガからもらった手袋に武器に殴打属性を乗せる効果があるらしい。

 壁を登ってくるアンデッドや遠くから触手を飛ばしてくるアンデッドなどはその都度モモンガが対処してくれている。気の遠くなるほど矢を射っていると手もしびれ、力もなくなってきそうなものであるが、ネイアはアンデッドを倒すたびに力が沸き上がるような感覚がしていた。

 

(私……強くなってる?)

 

 実際に矢の威力も上がっているような気がする。これがモモンガの言っていたれべるあっぷなるものなのだろうか。

 しかし、湧き上がるような力とは別に、不思議な感覚をネイアは得ていた。アンデッドたちのことだ。アンデッドは生命を憎むとされている。そのアンデッドを倒し続けているうちにそのアンデッドの気持ちが何となくだが感じられるようになっていた。

 彼らは生命を憎んでいると言われるがそうではない。無理やりアンデッドにさせられて悲しく苦しいのだ。そして生者であるネイアが羨ましいのだ。羨ましくて妬ましくて襲ってきているのだ。心の中で泣きながら。

 そんな気持ちが伝わったネイアは1秒でも早くアンデッドたちをその苦しみから解放してやろうと弓を引き絞る。ネイアのそんな想いが矢に仄かな光を宿そうとしたその時、下にいるモモンガから声がかかる。

 

「ネイア、おかしいぞ。これだけ倒しても一向に数が減らないというのは異常だ」

 

 確かにその通りだ。ネイアの倒した数でも100や200ではない。目に見えて数が減ってもいいはずだが都市に入ってから数が減っているようには見えない。

 

「おそらくどこかでアンデッドを召喚し続けているのではないだろうか」

「そういえば砦での話は墓地からアンデッドがあふれてきたと言っていましたね」

「おそらくそこだ。数を減らしてからと思っていたが、埒が明かない。発生源を叩くぞ」

 

 

 

 

 

 

 道に塞がるアンデッドたちを倒しつつネイアたちが墓地へ向かっていた。モモンガも協力して排除しているため、それほど時間がかからずその中心部へと到達する。そしてそこでは明らかにアンデッドの発生源と思われる祠から続々とアンデッドが外にあふれ出していた。

 恐る恐る中を覗く二人。すると中では何やら呪文を唱える人物がいる。

 

「こいつが元凶か?ネイア行くぞ!」

「は、はい」

 

 周辺のアンデッドを掃除し、次を召喚される前に中へと突入する。そして中に入ったことをネイアは心の底から後悔した。

 

「え、ちょっと、やだ。何でこの人裸なのよおおおおおおおおおお!」

 

 周りを警戒するゆえ、目を閉じることも目をそらすこともできずソレを見つめる。そこにいたのは全裸の若い男だった。少年といってもいい年ごろで頭に額冠を乗せている以外何も衣服を纏っていない。

 ネイアは生まれて初めて見る肉親以外の異性の体をじっと見つめるわけにもいかず目をつぶるわけにもいかず混乱状態に陥る。

 

(ああ、もういや、帰りたい。お母さんごめんなさい。ネイアは汚れてしまいました)

 

「《不死の軍勢(アンデス・アーミー)》」

 

 その少年がネイアたちに気づいているのかいないのか。微動だにすることなく呪文を唱えた。すると一気に十数体のアンデッドが現れる。

 

「お前がアンデッドを召喚していたのか!答えろ!なぜこのようなことをしている!」

 

 召喚されたアンデッドを倒しつつ問い詰めるモモンガに少年は何も答えることなくゆらゆらと揺れながら立ち尽くしている。それに伴って股間のものもゆらゆらと揺れる。しかし、よく見ると両目から血が流れ落ちているのに気づく。意識もあるように思えない。

 

「この変質者は……《道具上位鑑定(オール・アプレイザル ・マジックアイテム)》。叡者の額冠?ネイア、どうもこいつは頭の魔法道具(マジックアイテム)で操られているようだ」

「本当ですか?でもなんで裸なんですか。どう見ても変態なんですけど……」

「うーん、少し勿体ないが……《上位道具破壊(グレーター・ブレイク・アイテム)》!」

 

 モモンガが呪文を唱えると少年の頭の上の輪が壊れて消える。少年は意識を取り戻すことなくそのまま倒れ伏した。

 

「ふむ、どうやら命に別状はないようだな。このままにしておいても自分の召喚したアンデッドに襲われることもあるまい。後で変質者として引き渡せばいいだろう」

「そうですね……。でもこれでアンデッドが増えることはないってことですね。これで終わりでしょうか」

「いや、こいつが黒幕ではあるまい、ということは黒幕を探さなければな」

 

 

 

 

 

 

 モモンガとネイアは街の中心部へ向かうことにした。もっとも人口が密集していた地区であろうそこは、黒い霧が濃くアンデッドも強力なものが多かったからだ。モモンガたちはそこに霧の発生源があり、黒幕もいると予想して進んでいた。

 大小さまざまなアンデッドを殲滅しながら進んで行くうちに、ネイアはあらためて自分が強くなっていくような感覚があるのだが、さすがに弓を撃ちすぎて腕のしびれも限界が近かった。あと数発射ることがやっとだろう。

 それでも中心部のアンデッドをほぼ倒し切り、広場へと出るとそこには一人の漆黒のローブを深くかぶった人物が暗くしわがれた声でモモンガたちに話しかける。

 

「お主たちか。先ほどからワシの邪魔をしている者どもは。何者だ」

「私はモモン。彼女はネイア。この都市のアンデッドのせん滅を依頼されたワーカーだ」

「モモンガさん気をつけて。後ろにもう一人いますよ」

「へぇー。気配を消してたつもりだったのに、いい目してるねー」

 

 その人物は暗闇に隠れるようにしていたが、ネイアの目はそれを看破していた。現れたのは奇妙なプレートを張り付けたビキニ状の鎧を身に着けた女だ。ニヤけた笑いを顔に張り付けている。

 

「そこのローブのお前はアンデッドのようだが……女のほうは反応がないな。人間か?」

「くくくっ、いかにも」

「この都市で何をやっている」

「馬鹿が。それを答えると思うてか」

「それはねー。大儀式『死の螺旋』だよー」

「おい」

 

 目的を暴露され、ローブの男は責めるように女を睨めつけるが女はまったく気にする様子がない。

 

「いいじゃん別にもー成功したんだからさー。あ、あたしはクレマンティーヌ。こっちのアンデッドはカジット。んふふふっ、よろしくねー」

「黙らんかクレマンティーヌ」

「それでね。死の螺旋っていうのはアンデッドになるための大儀式のことだよー。この町すべてに死をまき散らしてその死のエネルギーでカジっちゃんはアンデッドになったの。それにしても傑作だったなー。あたしはそんな儀式どうでもよかったんだけどね。法国から国宝盗んだ関係であたしを追ってた風花の連中も儀式に巻き込まれちゃってさー。アンデッドに飲まれてお仲間になっちゃった。あははははは、大爆笑だったよ」

「なるほど、事情は分かった。ではこの依頼はお前たちを討ち取って終わりということだな」

 

 モモンガのまるで相手を倒せることが当然のような態度にクレマンティーヌは笑顔を歪ませる。

 

「はぁ?なめてんのかてめぇ。雑魚アンデッドを掃除したくらいで調子に乗ってんじゃねぇ」

「吠えてないでかかってきたらどうだ。それともおとなしく捕まるか?」

「んふふふふ、舐めてんのかてめぇ!《疾風走破》!」

 

 モモンガの挑発に乗り武技を発動したクレマンティーヌは一瞬で間合いを詰める。速度上昇の武技だろうか。そのままの勢いでモモンガにスティレットを突き付けるが、モモンガはそれを剣で軽く防ぎつつ、その場からクレマンティーヌを離していく。

 

「お前の相手は私がしよう。ネイア、あのアンデッドは任せる。魔法詠唱者との戦闘もいい経験になるぞ」

 

 勝手に決めないでと言いたいが、モモンガとクレマンティーヌは剣とスティレットで火花を散らしながらそう言い残して離れて行ってしまった。

 残されたネイアはまずは相手の実力を確認しようとカジットと呼ばれたアンデッドを観察すべくミラーシェードを上げる。

 戦士としての強さは見られないが、そのローブの内側から恐ろしいほどの負のエネルギーを感じる。

 

(強い……私に勝てるの?無理じゃないかな……)

 

「わしもなめられたものよ。このような小娘が相手など……うおおおおっ!何という恐ろしい目をしておるのだ……なるほど、確かにわしの相手にふさわしいかもしれぬな」

 

 ネイアのミラーシェードの下の目を見たカジットはアンデッドにも関わらず動揺しているように見えた。

 

(こんな邪悪なアンデッドにまで言われた!)

 

 そんなネイアのショックを気にすることなくカジットは戦闘態勢に入った。

 

「死の螺旋によりエルダーリッチとなったワシの力を知るがよい。《魔法二重化(ツインマジック)》《火球(ファイアーボール)》!」

 

(エルダーリッチ!?うそ!?魔法の二重化!?)

 

 魔法の二重化は超高度な技術であり、通常の魔法使いでは使用などできない。聖王国でもネイアは使用できる人間を知らないくらいだ。カジットはエルダーリッチとなったことにより使用が可能となったのだろう。

 ネイアは魔法を避けるため必死で走る。しかし、放たれた火球のうち1つ目を避けることに成功するが2つ目が体を掠って地面にあたり炸裂する。吹きあれる爆風により肉が焼けこげるような臭いとともに強烈な熱さと痛みが襲ってきた。

 

「ぐぅ……」

「ほぅ、よく避けたな」

 

 ガジットが次の詠唱の準備にはいるが、ネイアもそのままやられっぱなしでいるわけにはいかない。近接戦に持ち込めば魔法詠唱者であるカジットは不利になるだろうが、その距離を魔法を避けつつ踏破するのは不可能だろう。

 

(遠距離戦しかない……)

 

 ネイアは痺れる腕に鞭を打ち、弓を引き絞る。腕がきしみ、焼け焦げた腕から血が染み出るが何とか耐える。狙いを定め、矢を放つとなんとカジットは避けることなく体でそれを受けた。しかし、それはカジットの予想と違いダメージを食らう。

 

「ぐぅ!?何!?ダメージがあるだと!?刺突属性ではないのか!?くそ!だが、それでもこの程度ならまだ耐えられる。ワシは倒れぬ!目的を果たすまではな!」

「目的?あなたの目的はアンデッドになることじゃなかったんですか」

 

 先ほどクレマンティーヌが言っていた死の螺旋という儀式。永遠の命を得るためにアンデッドになることがカジットの目的ではなかったのだろうか。

 

「そんなわけがあるものか。誰が好き好んでアンデッドなどになるか。わしの夢……わしの信じるものを叶えるためだ!」

「あなたに自分の信じる正義があると?」

「正義?正義か……そうだな。ああ、その通りだ。わしの信じる正義、それは母を蘇らせることだ!」

「お母さんを?」

「そうだ。わしは幼いころ母を亡くした。しかし、世の中には復活魔法というものがある。わしは願った。母を復活させてくれと、それができぬなら復活魔法を教えてくれと。しかし、誰も助けてはくれなんだ。そして母は灰となった。この通りな」

 

 カジットは懐から小さな壺を取り出す。遺灰が入っているのだろうか。

 

「灰から復活させる魔法などを見つけるにはどれだけの時間がかかることか。生きている間には無理だろう。その時間!時間を手に入れるためにはアンデッドになるしかないではないか!母を蘇らせること!それ以上の正義などわしにはないわ!」

 

 ネイアは目の前のアンデッドにも信じるものがあり、そしてそれゆえに苦しんでいることに驚きを感じる。

 自分ならどうだろうか。母が死んだ、そのときそれを受け入れ諦めるだろうか。モモンガさんに復活させてくれと泣きつくだろうか。それは分からない。分からないが。

 

「それでも!それでもこの町の人たちを!無関係の人々を巻き込んでいい理由なんかになりません!」

「やかましい!説教なぞ聞きたくもないわ。知るがいい、この死の螺旋により強化されたわしの本当の力を!」

 

 カジットが再び詠唱態勢に入る。ネイアはとっさに隠れるところを探すが、広場の中心部におりどこにもそのような場所はない。

 

(もっと障害物の多いところで戦うべきだったわ)

 

 ネイアは必死に魔法を避けつつ建物の影を目指す。いくつもの火球が襲い来る中、何とか建物までたどり着く。

 

(よし!ここで……2連続で来たとしても1つ避けて2発目は《重傷治癒》で治すことを考えてあえて食らってもいい。肉を斬らせてでも反撃を……)

 

 そう思った時、聞こえてきた声にネイアは自分の考えの浅はかさを知った。

 

「《飛行》」

 

 カジットが呪文を唱えた声だ。振り返るとカジットは遥か上空からネイアを狙うように杖を構えていた。

 

「馬鹿め。物陰に隠れれば反撃できるとでも思ったか?くくくっ」

「そんな……」

「どうした。絶望したか?ならばダメ押しと行こうか。ふふふっ、見せてくれよう。三重魔法詠唱者(トライアッド)と謡われた帝国の主席宮廷魔術師しか使い手がいないと言う魔法詠唱者としての最高の力をな!《魔法三重化(トリプレットマジック)》!」

 

(うそっ!?まさか3連続で……そんなことをできる存在がいるなんて……。そんなの避けきれない!)

 

「《火球(ファイアーボール×3)》!」

 

 上空からの三連続攻撃だ。後悔するがもう遅い。ネイアは必死に走り、1つ目と2つ目は奇跡的に避けることに成功するが、まるでそこへ逃げるのを読んで狙ったかのように3つ目の火球が迫る。

 

―――終わった

 

 そう思ったその時、ネイアの体は真横に吹き飛んでいた。やわらかい毛玉にでもぶつかったような衝撃だ。

 訳が分からないが、何とか身を起こし、弓を手に取ると狙いを定める。狙うのは彼方のアンデッド。母を失い、母にもう一度会いたい、その一念だけでアンデッドにまでなった男。ネイアにあったのはそんな男に対する怒りではない、安らかに眠らせてあげたいという慈悲の心であった。

 そんなネイアの弓に番えた矢が白く輝く。徐々に徐々に増していくそれは聖なる輝きであった。

 

「お母さんとともに安らかに眠ってください!」

 

 暗い霧の中を光が一閃する。カジットはその矢に今までと違う力を感じ避けようとするが、蛇のように迫る矢は避けきれずその体に突き刺さった。

 殴打属性だけであれば耐えられる、そう思ったカジットだったがそれが間違いであるとすぐに分かる。体の内部から光があふれてくる、聖属性の光だ。

 清らかな聖なる光に全身を焼かれながらカジットは安堵を感じていた。何だか安らかな気分だ。

 

(これは……母に抱かれていたときと同じ……)

 

 ふと見ると母の位牌もキラキラと光となって消えていく。

 

(ああ、やっと会える。会えるんだ……)

 

「おかあ……さん」

 

 光となって消えていくカジットを見ていたネイアはそこに一人の少年の姿を見た。そしてその手を握る母親の姿を。手を握り合った二人はネイアに頭を下げ、そして消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ネイアは膝をつくと息を整える。危ないところであった。もし、3つ目の火球をくらっていたらやられていたであろう。あの時自分を突き飛ばしたのは何なのだろうか。そう思い周りを見回すとモモンガが広場に戻ってくる。

 モモンガの右手には何かが握られている。よく見るとあのクレマンティーヌとか言う女だ。モモンガがやられるとは思ってはいなかったが無事なようで安堵する。しかし殺してしまったのだろうか。

 

「てめぇ、この糞やろう!離せ!離しやがれ!な、なんで。なんで体が動かねえんだよおおおおおお!触っただけでこれとか反則だろ」

 

 意外と元気そうだった。

 

「ただの『麻痺』だ。死ぬことはない。ネイア、そっちも終わったみたいだな。どうだった?魔法詠唱者との戦いは」

 

 ネイアはそこであったことを正直に話す。開けた場所で戦うべきでなかったこと、運よく魔法を避けることができて反撃したこと。新しい力を得たこと、そしてその力でカジットを安らかな眠りへと誘ったことを。

 

「武技を使えるようになった?」

「はい、矢に聖属性を付与できるようになったみたいです」

「すばらしい!なるほど、スキル取得の条件はもしかしてユグドラシルに近いのか?おそらくレベルアップと倒した敵の数や種類なども影響するかもしれないな。それから……」

 

 都市を解放したことを伝えるため、帝国の砦へと向かいながらもモモンガが訳の分からないことを言っているがいつものことだから放っておくこととする。

 ふと、カッツェ平野の砦の方向を見ると都市の霧が晴れたことに気づいたのだろう。多くの人がネイアたちに手を振っていた。

 そんな中、ネイアはふと思う。あのカジットという男は母のためにアンデッドになったという。ならばモモンガにもアンデッドになった特別な理由があるのだろうかと。そしてしばらくモモンガのこれまでの言動を脳裏に浮かべたネイアは首を振る。

 

(うん、ないわね)

 

 頭の中で笑う愉快な骨を思い浮かべるとそんなことはありえないような気がする。朝起きたら骨になっていたと笑いながら言ってきても信じられるくらいだ。

 ネイアは考えることをやめ、砦に向かって手を振りながら走り出すのだった。

 愉快な骨とのおかしな冒険はまだまだ続きそうだ。


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