ネイア・バラハの冒険~正義とは~   作:kirishima13
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第7話 忠義

 リ・エスティーゼ王国の王城、ロ・レンテ城の前に、数十人の男女が手足に縄をかけられ跪いていた。その多くが、煌びやかな服装をしており、指や首に一目で高級とわかるアクセサリーをつけているものもいる。上流階級の人間や貴族たちだろう。

 そしてその前には全身鎧の漆黒の戦士とミラーシェイドで顔を隠した元聖騎士。その二人に告げられたことに衛兵は困り果てていた。八本指なる犯罪組織の犯罪者を捕縛した、証拠の書類等も揃っているので引き渡しをしたいという。衛兵一人の判断でどうこうできることではない。さらに困ったことには……。

 

「おい!早く縄をほどけ!私を誰だと思っている!第一王子バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフであるぞ!」

「私を六大貴族のブルムラシュー侯と知ってのことか!」

「この私にこんなことをしてただですむと思うなよ!」

 

 そう、この中には王族や貴族、その中には六大貴族さえも含まれている。衛兵は縄を解くことも連行することもできず上官へと伝令に走った同僚の到着を祈って必死に待っていた。その時間は同僚が全力で走って行ったことからも、それほど長い時間ではないはずであるが、衛兵は太陽が沈むほど時間が経っているのでないかと思えた。

 そして現れた人物を見てさらに緊張が高まる。国王ランポッサに加え、第二王子ザナック、第三王女ラナーまで現れたのだ。咄嗟に膝を折り頭を下げる。

 ランポッサは健康的でない痩せた体、ほつれた白髪に暗く落ちくぼんだ目をしており、憔悴している様子であった。王国戦士長が行方不明になってからずっとこの様子である。それに比べ他の二人は健康そうであった。第二王子のザナックは小太りで緩んだ肉がついているほどだ。

 だが、その中でも目を見張るのが第三王女のラナーである。黄金の髪は長く後ろに艶やかに流れて、唇は微笑を浮かべた桜の花の如く健康的な色合いをしている。彼女が現れただけで周りの色が変わって見えるほどだ。膝を折る衛兵たちだけでなく、捕縛されている者たちさえその美しさと可憐さにすべてを忘れて感嘆する。

 しかし、そんな王族たちを前に目の前のワーカーは膝を折るどころか会釈をするのみであった。しかし憔悴しきったランポッサはそれを咎めることさえしない。

 

「そなたが、犯罪者を捕らえたというワーカーか」

「いかにも、そのとおりです。この者達は八本指と言う組織を使い、この国に麻薬をばらまき、人を攫い、己の欲望の限りを尽くしていた元凶と呼べる者たちになります」

「父上、犯罪者の中によく知った顔がおりますね」

 

 顔をニヤつかせながら第二王子ザナックが犯罪者たちの中から第一王子バルブロを見やる。

 

「父上!これは濡れ衣です!おい!貴様ら!この国の王であらせられる父上を前に頭が高いぞ!膝を折らぬか!」

 

 バルブロの言葉に、上からの叱責に慣れたネイアは思わず膝を折ろうとしてしまうが、モモンガがそれを止める。

 

「我々はこの国の民ではありません。ゆえに膝を折る必要はないと考えます」

「なんだと!?」

「よい、それよりも話を聞きたい。この者たちが八本指の関係者というのは本当か?」

「それはそちらに積まれた証拠を見て判断してもらえば構わないでしょう」

 

 怒るバルブロをよそに、王は落ち着いた様子でザナックとともに書類をペラペラとめくる。

 

「なるほど、証拠は精査しなければなりませんが、疑うだけに十分な証拠でしょう。父上、これが本当であれば連行して処刑すべきです」

「な、なにを言う!兄を処刑しようというのか!」

「それはご自分の胸に聞いてみればよいのではないんですか?兄上。事実無根であればそれを証明すればよいこと。これだけの証拠があってそれが言えるのであればですが」

「ぐぅ……」

 

 反論できないほどの証拠が揃っているのか一部の犯罪者たちは項垂れるが、貴族たちは王を睨みつける。そして王は一つため息を吐くと頭を振った。

 

「ザナック。証拠ありと言えどこれらは精査せねばならぬのであろう」

「はい、これだけの量がありますればそれは必要ですが……」

「ならばそれが分かるまで犯罪者として扱うのはやめておこう。王子と貴族たちの拘束は解いてやれ」

「はっ!」

 

 衛兵たちが弾かれたように縄を解き始める。縄を解かれたバルブロと貴族たちは途端に薄ら笑いを浮かべた。

 

「さすがは父上。ご安心ください。私は四大神に誓って八本指等との関係はございません。その書類の精査は私もお手伝いしましょう」

「賢明なご判断ですな。陛下。ふふふっ我々もお手伝いいたします」

「うむ……。頼む……」

 

 王子に続き、貴族たちも賢明な判断をしたと王を褒めたたえる。第二王子は憎々し気な目でそれを見ていた。

 それをさらに冷めた目で見つめる目が複数。第三王女ラナーとモモンガ達だ。

 

「モモンとやら。そなた達も同行してもらおう。八本指の関係者たちを捕らえたことは評価するが、もし無実の者たちまで捕らえたとすればそれは問題だ」

「……よろしいでしょう」

 

 モモンガはそう冷たい声で答えるとボソリと呟いた。

 

「愚かな……本当に愚かな……」

 

 聖王国に引き続き、リ・エスティーゼ王国でも貴族や王族は自分たちの特権を第一に守ろうとする。この場で解放したということはそういうことなのだろう。蒼の薔薇が言った王国の腐敗。それを目の前で見せつけられ、それを愚かだと断ずるモモンガの気持ちがネイアには痛いほどわかった。

 

 

 

 

 

 

 王城の一角にある質素な一室。倉庫と言われてもおかしくないような狭い部屋でモモンガとネイアは待機させられていた。証拠の品を検めるまで待つようにとのことだ。大量の書類を見るのに長時間待たされることを覚悟していた二人であったが、わずかに待つこともなく扉が開き、一人の人物が入ってきた。第三王女ラナーである。

 

(本当に綺麗な人……)

 

 近くで見るとその美しさがひしひしと伝わってくる。キラキラと輝く青い瞳、バラ色の唇、サラサラとした黄金の髪。比べること自体がおこがましいが子供はおろか時に大人にさえ怖がられるネイアとしては羨ましくも自分にないものをすべてもつ嫉妬の対象として見てしまう。

 

「モモン様、バラハ様。このような部屋しかご用意できなく申し訳ございません」

「いえ、お気になさらず。それで、我々が捕縛した者たちはどうなる予定ですか?」

「あら、私にそれをお聞きになるのですか?それを決めるのはお父様ですわ」

 

 ラナーの言うとおり決定権は国王にあるだろう。ラナーは困ったように微笑んでいるが、モモンガはそうは思わなかったようだ、

 

「なるほど、報告通りまったく考えていることが分からないな。すべてがその手の上にあると言うのに表情でも言葉でもそれを悟らせない。恐れ入るよ。いや、恐ろしいと言ったほうがいいか?」

「あら?何のことかしら?」

 

 ラナーは心底分からないといった表情でキョトンとしている。その可愛らしい仕草にネイアはモモンガのほうが何か勘違いしているのではないかと思ってしまう。

 

「モモンガさん、彼女は何か知ってるとは思えませんよ?」

「いいや、知っている。すべての元凶とも言っていい。ネイア、我々さえも操られていたんだ」

「私たちも?」

集眼の屍(アイボールコープス)からの報告によると我々をこの場に呼ぶためにいろいろやっていたらしいな。いつからだ?戦士長がやられたのを知った時からか?それとも私が聖王国にいるのを知った時からか?いつまでその作り物の笑顔をしているつもりだ?」

 

 モモンガの問いにラナーは頬に人差し指を当て、可愛らしく「うーん」と考え込んだ末、その表情が一変する。今までの自然な笑顔が顔に張り付けたような作り物の笑顔へと変わった。あの可愛らしい仕草はすべて演技であったのだ。ネイアはあのような邪気ない笑顔を演技で作れる人間に寒気を感じる。

 

「うふっ、うふふふふっ。まさかそこまでご存じだなんて。喜ばしいですわ。私と同じ視点に立って話せる方にお会いできる何て生まれて初めてです。あいぼーるこーぷすさんと言う方は存じ上げませんが、それは貴方の仲間かしら?それともそれは貴方の頭の中にだけいるのかしら?」

「質問に答えてくれないか」

「そうですねぇ、いつからと言う質問への答えはあなたの予想通りですわ。聖王国にアダマンタイト級が現れた。それも話を聞く限り誰も理解してないようですが……本当に理解に苦しみますね、なぜ誰も理解できないんでしょうね。それは人類を超越する強さ、評議国の竜王にも匹敵する強さを有している。これはぜひお越しいただかねばと思いましたね。

 そして戦士長の死、これはスレイン法国によるものでしょう。あの国は王国を帝国へ合併させるために王国の戦力を削ごうとしていましたから。そしてあなたの聖王国での亜人討伐。聖王国を攻めあぐねた亜人たちは他の国へと矛先をかえるでしょうね。しかし、法国としてはそれは非常に困る。聖王国と亜人の戦争を長引かせようと画策するでしょう。しかし、聖王国を吊るにも餌がいる。そのために王国の至宝の一つでもあればいいのではないでしょうか。私はそれが法国に渡るように少しお父様や貴族の方とお話ししただけですわ。

 するとどうでしょう。王国の至宝を得て聖王国は戦争を始める。話に聞くあなた方がそれにどう対応するか。そしてどこへ向かい、この国に来た後はどうするか。少し考えれば分かることですよね?度を越した愚者は予想もできない行動をしますが、それはないと確信しておりました。私のしたことは大したことではありませんよ?貴族やメイドにちょっとしたことをお話しするだけですもの。ほんの少しの蝶の羽ばたきが世界を変えることもあります。少しずつ少しずつ未来が変わった結果が今なのです」

 

 この女は何を言っているのだろうか。そんなことは神の視点を持つものにしかわからないことなのではないのか。王国という国の城にいる一人の人間がどうしてそこまでの情報を得ることが出来るのか。目の前の存在は……。

 

「なるほど、話通りの化物だ」

「まぁ酷い。それはお互いさまでしょうに。それよりこれからの話をいたしましょう。このままではバルブロお兄様や貴族たちは無罪として開放されることになってしまいますわ。八本指の関係者たる各都市の重役たちも同様でしょう。あれだけの証拠があるのですから全員は無理でしょうが八本指の幹部の一部は残るでしょうね。そして変わらない明日が訪れます」

 

 なぜこの王女は笑いながらそんなことを言えるのだろうか。王国の黄金と称えられる彼女の評判は民に優しい政策を行う聖女のように言われてる。それがなぜ。

 

「ネイア、驚くことはない。蒼の薔薇を雇ったのも、八本指に情報を流して我々とぶつけたのもすべて彼女だ。それよりお前の目的を話したらどうだ」

「あら、ご存知でしょうに。その前に、この度のことは本当に感謝しております。お礼を申させていただきますわ。お父様やザナックお兄様にもう少し意気地があればモモンさんにお願いするまでもなかったかもしれませんのに。本来はお父様かお兄様があそこでバルブロお兄様たちを処刑してこの国の膿をすべて洗い流してくださるのが理想でしたが子煩悩なあの頭じゃ無理ね。せめてザナックお兄様があそこでお父様を斬り捨ててでも正義を成してくださればよかったのに残念です」

 

 父や兄を殺すと言う話を平然と笑顔で淡々と語る王女。そんな態度にネイアは吐き気を催す。

 

「あっ、あなたは肉親がどうなってもいいとでも言うのですか」

「肉親と言えどもこの国を腐らせるのであれば必要ありません」

 

 そう断言するラナー。これこそ国民を想う本当の王族なのだろうか。肉親よりも多くの人のことを想う真の為政者とはこのような人のことを言うのであろうか。ネイアは分からなくなる。

 

「お父様でも駄目、お兄様でも駄目、そこであなた方にお願いがあるの。この国の王になってくださらないかしら?」

「は?」

「この国はこのままでは駄目です。決断力のない王や王子、放置される犯罪組織、国民からの度を越えた搾取を続ける貴族や権力者たち、それを解決するには強い王が必要です。そして今はその絶好の好機、お父様やお兄様たち、そしてこの国を汚す貴族や権力者たちが集まっていますから犠牲は最小限。私が後押しをしますからここで始末してくださいませんか?報酬はこの国のすべてです」

「なるほど、国民からの人気の高い黄金の姫君の後押しがあればそれも可能ということか」

「はい、あれだけの証拠がございますのでしたら、私が全面的にバックアップさせていただけば問題ありません」

「なるほどな。概ね集眼の屍(アイボールコープス)から聞いていた通りだ。あれもこの国を統治し、世界を支配するのは私が相応しいとか言っていたな」

「まぁ、私と同意見ですね。ぜひその方とはお会いしてみたいものですわ」

 

 分かり合っているようにみえるラナーとモモンガ。ネイアは思う。モモンガほどの力があるのであればそれが相応しいのかもしれない。それにモモンガはアンデッドではあるが人間より人に優しい骨だ。もし、この国のためになるのであればそれが正しい道なのではないだろうか。

 

「そうだな。ネイア、もし私がこの国で王の座についたとしたらネイアはどうする?この国で私と一緒に王様でもやるか?」

「その前にラナー様に聞いてもよろしいでしょうか。それであなたにどんなメリットがあるのですか?玉座を他人に明け渡してどんなメリットが。もしかして正義のためですか?」

 

 この神の視点を持つ王女に正義の心があるのであればとネイアは尋ねる。

 

「私の正義……正義ですか……そうですねぇ……私の正義は犬です」

「犬?」

 

 突然の話の飛躍についていけない。

 

「はい、犬です。ワンチャンです。わんっわんっ」

 

 ラナーは両手を前で犬のように出し、可愛らしく犬の鳴きまねをする。気がふれたのかと思うが、モモンガが訳を話してくれる。

 

「彼女の言う犬とは彼女が昔助けた同い年くらいの孤児のことだ」

「クライムのこともご存知ですか。そうなんです。私はクライムと暮らせたらそれで構いません。私に忠義を誓って犬のように付き従うんですよ。あの一点の曇りもない犬の目、あの目が好きなんです。鎖で縛っていつまでも私の忠犬でいてくれたらどんなに幸せな事か」

 

 目の前の王女はその思考だけでなく、精神まで理解不能な化物だったようだ。だが、彼女の願いは確かにささやかなものではあるだろう。そのクライムという人には申し訳ないが。そして、ネイアは考える。 

 

「私は……」

 

 ネイアはこの旅に出た目的を思い出す。ここが自分の旅の終着点なのだろうか。モモンガの支配する世界にこそ正義があるのだろうか。

 ラナーとモモンガが十分焦れるだろう時間を考えた後、ネイアは結論を出す。

 

「私……馬鹿だから……そんな先のこと見通せたりしないから……もっと自分の目で確かめたい。だから……私は一人でも旅を続けます!」

 

 ネイアはモモンガを見つめる。この王女はおかしなところはあるが、この国の民たち、それに世界のためにはモモンガはここに残るべきだろうし、モモンガも玉座を前にしてそれを投げ出すようなことをするとは思わない。ネイアは別れを覚悟して唇をギュッと引き締める。

 

「そうか。ならば……」

 

 モモンガの答えを確信している王女は黄金と呼ぶに相応しい笑顔を見せている。黄金の髪、輝く瞳、美しい顔。この笑顔を得られるのであれば男はどんなことでもするだろう。それに比べて自分は幼いころから見た目でコンプレックスを持っている。

 ネイアが感じている嫉妬の感情が膨れ上がる。自分の持っていないものを持っていること、そしてそれをモモンガが選ぶだろうこと。ネイアはそれを見ていられず俯く。

 

―――しかしモモンガは……。

 

「私はネイアとともに旅を続けるとしよう」

「あら、あらあらあら、何でですの。あなた方は正義を成そうと言う心があるのではなかったのですか?この国を救っていただけないのですか?」

「分からないのか?ああ、本当に分からないのだろうなその目は。お前はクライムが大切だと言った。それはこの国のすべてより大切なものだと」

「はい、それが何か?」

「そして言った、度を越えた愚者の考えは予想はできないと。ならば私はその愚者で構わない」

 

 モモンガの言葉にラナーは怒るでもなく泣くでもなく、心底分からないという表情をしている。それとも自分と同等の頭脳を持っていると思った人物に対する失望だろうか。

 

「お前は自分の大切なもののために家族も国も差し出すと言う。もし、私が一人きりであったならばお前の提案に乗っていたかもしれない。世界征服も面白いのではないかとな。だが、そこまで大切なものがあるのが自分だけだと思っているのか?私はこの国の財や権力よりも大切なものがある。それはお前の提示したものとは比較にならないほど大切なものだ」

「モモンガさんそれって……」

 

(……私のこと?)

 

「行くぞ、ネイア。これ以上ここにいると面倒ごとに巻き込まれそうだ」

 

 モモンガは呆然と立ち尽くす王女をよそに、素早く仮面とガントレットを付けた魔法詠唱者の姿へと変わると魔法を唱え、その場からネイアとともに消え去った。

 

 

 

 

 

 

 転移された先は王都の宿屋。納屋では透明化されたハムスケが大いびきをかいて寝ていた。よくバレなかったものだ。

 

「こいつ……俺らが大変な目に合ってるってのに。いや、まぁペットなんだからいいんだけどさ」

 

 モモンガの言い分は理不尽ではあるが、昨日から大変な事ばかりだった。ネイアにもハムスケに当たるその気持ちはよく分かる。

 

「おい、起きろ」

「むにゃむにゃもう食べられないでござるよぉ」

「こ、こいつ……おい、こら!」

「何でござるか。うるさいでござるなぁ。と、殿!いつの間に!」

「いいから起きろ。さっさと行くぞ」

「行くってどこへでござるか?」

「この国を出る。とりあえずは街道を通ってエ・ランテル経由で別の国に行くか」

 

 二人で話し合った結果、次の行き先はバハルス帝国にしようかと言う話になった。そのため、バハルス帝国領となったエ・ランテルを経由し、カッツェ平野を横切って帝都へ向かおうという算段だ。

 宿を引き払うと、早速出発する。さすがにラナーの手の者はすぐには追っては来られないようで、モモンガたちは難なく王都を出立する。

 しばらくは警戒をして背後を注意していたが、何事もないようなのでハムスケの透明化も解除し、ネイアは警戒を解くとモモンガに気になっていたことを尋ねた。

 

「モモンガさん、何で断ったんですか?この国の王様になれたかもしれないのに」

 

 ネイアの問いにモモンガは黙り込む。遠くを見て何かを思い出しているようである。

 

「俺には……昔仲間がいたんだ……41人の仲間が……」

 

 モモンガが語りだしたのはずっと気になっていたモモンガの仲間の話だ。

 

(モモンガさんの仲間も骨なのかな?)

 

「楽しかった……楽しかったんだ。たくさん冒険して、たくさん喧嘩もした。もし、ここに仲間がいて世界征服でもしようぜなんて言われたらあの王女の誘いに乗っていただろうな。でも、もういないんだ……恐らくもう会えることはないと思う。だから……俺は自分のしたいことをする。俺のしたいこと、それは世界征服ではない」

 

 それはモモンガにとって本当にかけがえのない仲間だったのだろう。そしてそれはどのような理由かは分からないが今生の別れであったのだろう。モモンガが仲間という言葉を聞いて寂しそうな顔をするのはもう会えない辛さ、そしていつか別れが訪れる新しく仲間を作ることを恐れてのものであろうか。モモンガの赤い眼光が悲し気に揺れている。

 

「……それにネイアとの旅は楽しいしな。今回王都の戦いは結構レベル上がったんじゃないか?いやぁ、すごい進歩だ」

 

 突然自分のことに話が変わりネイアは王都での出来事を思い出す。蒼の薔薇に襲われ、六腕に襲われた。死んでもおかしくなかっただろう。そして蒼の薔薇にも六腕にもモモンガにも色々言われたことを思い出す。この骨には色々言いたいことがあった。

 

「確かに武技覚えましたけど!もうああいう危ないのは勘弁して欲しいんですけど!」

「何を言ってるんだ。格上相手に戦わないと経験値は少ないぞ。しかし、なるほどな。それに今回覚えた武技はあの刀を使ってたやつと同じものか。なるほどなるほど……。それであるならば取得条件は……ふふふっ、今後の成長が楽しみだな。どんなビルドにするのかな」

 

 よく分からない言葉をモモンガはつぶやいている。もしかしたら自分がモモンガに大切にされているのは、観察対象としてなのだろうか。

 

(いや、そもそもそれほど大切にされてない気も……)

 

「しかし、今回は集眼の屍(アイボールコープス)に頼り切りだったな……。っというか情報収集は全部任せて何もやらなかった……。ネイアが成長しているのに私がこれでは……。今後は集眼の屍(アイボールコープス)に頼むのは控えて自分で調べるか」

「それなら私も手伝いますよ」

「そうだな、自分たちで調べてこその冒険だからな」

 

 モモンガは嬉しそうだ。そんな二人を見てハムスケが頬を膨らませる。頬袋というのだろうか、ぷっくり膨れて少し可愛らしい。

 

「ネイア殿は殿のお役に立ったのでござるなぁ。羨ましいでござる!某も殿のお役に立ちたいでござるよお!」

 

 ハムスケの言葉にネイアの思考は途切れる。そういえば、旅に加わったのだ、この獣が。名前は確か……。

 

「ハム……何でしたっけ?」

「ハムスケでござる。あのアンデッドとの闘いで共闘したのに忘れるなんて酷いでござるよお!」

「アンデッド?」

 

 ネイアが戦ったアンデッドといえばエ・ランテルでもカジットだ。ネイアはカジットとの戦いで柔らかいものに突き飛ばされたことを思い出す。

 

「え?あれ、あなただったの!?」

「ふふんっ、あの時は殿のお役に立ったでござるよ」

 

 獣が得意げな顔をしているが、助けてくれたのであれば感謝しなければなるまい。ハムスケにお礼を伝えると口元のヒゲをピクピクさせて自慢げにしていた。なんだろう、少し腹が立つ。

 

「それでモモンガさん、帝都にはこのまま街道沿いに向かいますか?」

「いや、その前にカッツェ平野で幽霊船を調べたいんだがいいかな?」

「幽霊船ですか?」

 

 エ・ランテル付近でネイアも見た幽霊船。エ・ランテルから溢れるアンデッドとは敵対していたが、果たして人の敵なのか味方なのか。それはネイアにも興味はある。未知を知るための冒険と言うのはこういうものだろう。

 未知の幽霊船に迫る。ネイアは胸が高鳴るのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 王都から外れ、人通りがなくなったところでハムスケの透明化に続き、モモンガも仮面とガントレットを外して骸骨の姿を現す。

 

「はぁー。やっぱ元の姿が一番いいなぁ」

 

 肩がこったことでもあるのか、人間の時の残滓で肩をぐるぐるまわしてこりを取る動作をしている。

 

「殿!ネイア殿!❘某《それがし》に提案があるでござるよ!今度は某がお役に立つでござる!」

「どうしたんだ急に」

「お二人とも歩くのは疲れるでござろう。某の背に乗ればいいでござるよ。次の目的地までお連れするでござる」

 

 長い尻尾を振ってモモンガを見つめる獣。強大な魔獣であるが可愛くも見える。よほどモモンガに懐いてるのだろう。

 

「ハムスケって本当にモモンガさんのことが好きなんですね」

「ふふんっ、殿は某が生まれて初めて負けた殿方。そして負けても生きることを許すその度量。そしてその神々しいお姿に某は……」

「あー、長くなるからそれはいい」

「そんなぁ、殿の素晴らしさを語ったら某に勝てるものはいないでござるよぉ」

 

 ハムスケが顔を歪めているがあれは残念がっている表情なのだろうか。モモンガの子分になったという獣であるが、ふと気になったのでネイアはこの獣にも聞いてみることにする。

 

「ねぇ、ハムスケ。ハムスケの正義って何?」

「正義?初めて聞く言葉でござるなぁ。それはおいしいでござるか?」

 

 獣に聞いた私が馬鹿だった。

 

「ハムスケ。自分の信じる正しいと思う事を言ってみろ。お前には何かあるのか?」

 

 モモンガがハムスケに優しく説明してあげる。

 

「そうでござるなぁ……。某にとっての正義は忠義でござるかな!某殿への忠義ほど大切なものはないでござるよ!一生ついていくでござる」

「ふーん……」

「殿ぉ!反応が薄いでござるよぉ!某役に立つでござるから。これから移動されるのでござろう。殿!ネイア殿!某の背に乗るでござるよ。どんとこいでござる。某の役に立つことをお見せするでござるよ。さぁさぁ!」

「うーん……」

 

 ネイアとモモンガは悩んだ末にとりあえずこの獣の正義に従っておくことにする。ハムスケの背の前にモモンガ、後ろにネイアが乗ることにした。大きな巨大なハムスターの背は二人が乗ってもまだ余裕があるようで狭くは感じない。

 

「では行くでござるよー!」

 

 ふんすっと鼻息を荒くするとハムスケが走り始める。丸い背中に手の掴まるところなどほとんどなく、モモンガとネイアは必死に身をハムスケにくっつけバランスを取ることとなった。

 

「うおっ、これバランスが!?」

「あわわわっ、揺れがすごくて、わーっ!」

 

 足に力を入れてハムスケにしがみつこうとするがうまく行かない。余りの揺れにネイアはバランスを崩して落ちそうになった。

 

「ネイア!」

 

 咄嗟にモモンガはネイアを腕で支えようとして、手を伸ばすがそれはネイアの胸を鷲掴みにする。

 

「ちょっ!?どこ触ってるんですか!」

「あれ?柔らかいって、おわーっ!す、すみません!」

 

 慌てて手を離してモモンガはネイアから距離を取る。そして今度はモモンガがバランスを失い落ちそうになる。

 

「モモンガさん!」

 

 今度はネイアがモモンガの腕にしがみつき引っ張り上げる。

「ネ、ネイア、胸……胸が腕に当たって……」

「~~~!?」

「殿とネイア殿は仲がいいでござるなー」

 

 走りながら後ろを振り向くハムスケ。そのせいで揺れがさらに大きくなる。

 

「前を、前を見ろハムスケ!木にぶつかるぞ!」

「おっと、木でござるな」

 

 地面を蹴って避けるのだが、ハムスケは乗っている二人のことはお構いなしのようだ。飛び跳ねるハムスケに必死に捕まるモモンガとネイア。

 

「お、おい。もっとゆっくりゆっくり走れ」

「なんでござるか?殿。風の音でよく聞こえないでござるよ。もっと速くでござるか?いいでござるよー!某の本気をお見せするでござるーっ!」

 

 ハムスケは手足を先ほどの倍ほどもある速さで動かしまくる。それにより背中の上は大混乱だ。左右に揺さぶられ跳ね上げられる。モモンガとネイアは必死にお互いの体を支えあうが、それも限界だった。

 

「とりゃとりゃとりゃああああ!でござるーっ!」

 

 ハムスケの気合の入った掛け声とともに二人はついにバランスを崩し跳ね上げられ地へと落ちるのであった。

 

 

 

 

 

 地面に落とされた二人は手を握り合い抱きついたままの恰好であった。そしてその先には二人が落ちたことも気づかずに夕日に向かって走り続けているハムスケ。

 ネイアは少し恥ずかしく思い、モモンガから体を離す。しかし、手は繋いだままだ。

 

「ぷっ……ふふふふ」

「ははははは」

「「あはははははははは」」

 

 何なんだこの冒険は。この愉快な骨といると楽しい。ひとしきりお互い笑い転げるとモモンガが呟いた。

 

「まったく、あれのどこが森の賢王だ。人を振り落としておいて気付かないとは……というかあれペットとしても別に必要ないよな」

「え?モモンガさんが連れてきたんでしょう」

「あいつが無理やりくっついてきただけだ。いや、そもそも野生動物をつれて歩くのもどうなんだ。餌付けするのも本当は駄目だっていうし、あれは森で暮らしてるのが似合ってる気がする」

「え?あれ放っておくんですか!?」

「放っておけば野生に帰るだろ、たぶん。そういえば昔動物もののアニメとかドラマがはやった時があったなぁ。あの時感じた気持ちもこんな気持ちだったかな。小さい動物を育てていくうちに野生に目覚めていく動物と一緒に過ごせなくなって、最後は森へと帰さなければいけない切ない感じ……」

「だいぶ違う気がしますけど……」

「ありがとうハムスケ……。さようならハムスケ……」

 

 モモンガはそう言うと夕日に向かって敬礼をしている。その服装はいつの間にか肩から軍服を羽織っており軍帽へ手を添えて敬礼をしていた。

 

(この骨は色々服を持ってるなぁ……)

 

 本当に愉快で奇妙な骨だ。一緒にいて全然退屈しない。ネイアはしばらく夕日に映えるモモンガの横顔に見とれていると、それを真似て自分も夕日に向かって敬礼をしてみる。少し恥ずかしくて口元をムニムニと動かしてしまう。

 二人で夕日の中に小さくなって消えていくハムスケを見ているとモモンガの言ったことが少しは分かるような気がした。人にも動物にもいつかは帰る場所というのがあるのだ。そして別れもいつかは訪れる。ハムスケとの別れの時は今ということなのだろう。

 

―――かみさま ありがとう ぼくに ともだちをくれて

   ハムスケに あわせてくれて ハムスケに あわせてくれて

   ありがとう ぼくのともだち ハムスケに あわせてくれて

 

 夕日に向かって敬礼し続けるモモンガとネイア。それはハムスケの姿が夕日の中へと消え、夜の帳が訪れるまで続くのだった。






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