リリスパ PHOENIX   作:ファルメール

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第10話 会談前日

 

「初芽!!」

 

「!! ……テレちゃん」

 

 一夜明け、初芽の自宅であるマンションの入り口。

 

 登校しようとしていた初芽は、そこで待っていたテレジアに呼び止められた。

 

「「あの……」」

 

 二人ともお見合いするように同じタイミングで言葉を切り出して、そして詰まってしまう。

 

 どうぞ、という初芽の仕草を受けてテレジアの方から話を再開した。

 

「昨日の私はどうかしていたよ。お前に酷い事を言ってしまって……すまなかった……」

 

 ぺこりと、頭を下げる。

 

「テレちゃん……私こそ、無神経でした。ごめんなさい」

 

 初芽も同じように頭を下げた。

 

「……初芽、もっと沢山話そう。今迄ずっと会えなかった分も、積もる話を、一緒に」

 

「そうですね、テレちゃん。じゃあ、今日は大切な用事があるので明日にでも。美味しいパンケーキを出すお店を知ってるんです。楽しみにしていて下さいね」

 

「パンケーキ……」

 

 思わずごくりと喉を鳴らしたテレジアは、はっと気付いて緩んでいた表情を引き締め直した。

 

「分かった、初芽。待ってるから」

 

 

 

 

 

 

 

 ツキカゲの秘密基地。

 

 その訓練施設の一角にある射撃練習場では、雪の監督の下モモが緊張した足取りで、空崎の町並みを再現したブースを移動していた。

 

 両手でしっかりと把持したスマホガンを構えたモモは、瞬きもせずに上下左右に気を配りつつ、じりじりと進んでいく。雪はその後ろをゆっくり歩いて付いていく。

 

 と、不意に二人の前の空間に立体的な人影が浮かび上がった。射撃目標となるホログラフだ。数は一つ。

 

「!!」

 

 モモは素早く反応して、目線とスマホガンの銃口を平行にしたが動きはそこまでだった。指が引き金を絞る事は無い。

 

 一秒ばかりの時間が過ぎて、標的ホログラフが消失する。雪は「うん」と満足そうな頷きを一つ。

 

 今、モモの前に現れたホログラムはただの一般市民であった。

 

 仮にモモがスマホガンを撃っていたら、これが実戦ならば町とそこに生きる人々を守る筈のツキカゲが、あろう事かその守るべき市民を殺傷してしまったという事になる。もしそれをやってしまったらどうしようかと思っていたが、杞憂に終わった事に内心安堵する。

 

「師匠」

 

「ほら、小さな成功にいちいち喜ばない。次が来るわよ」

 

 芸を成功させて調教師にご褒美をねだる水族館のイルカのようにモモが振り返るが、雪は落ち着いて返す。

 

 気を取り直して、訓練を再開するモモ。

 

 しばらく進んでいくと、今度は二つのホログラフが同時に眼前に出現した。

 

「!!」

 

 今度は一般市民ではない。

 

 どちらのホログラムも武器を持っている。

 

 敵。

 

 瞬時にモモは判断して、発砲。

 

 胸に二発ずつ命中させて、ホログラムが消失する。

 

「今のは55点ね」

 

「えっ……」

 

 ちょっと辛口な雪の採点を受け、モモは心外そうな表情を見せた。今のは上手く出来たと思ったのに。

 

「もう一度、今の標的を出して」

 

 雪がそう言うと、たった今消えたばかりのホログラフが再び二人の眼前に出現した。

 

「射撃は上手くなった。でも、順番が違うわよ」

 

「順番、ですか?」

 

「そうよ、良く見て」

 

 言われて、モモはホログラフへと視線を送る。

 

 数秒して、彼女は「あ……」と気付きの声を出した。雪が「そうそう」ともう一度頷く。

 

「この二人はそれぞれマシンガンと拳銃を持っているけど、モモ、あなたは拳銃を持っている方から先に撃った。順番が違うというのはこの事よ。まずは強力な武器を持った方から先に倒すこと。それに拳銃を持った方は、まだこちらに銃口を向けてはいなかった。後回しで良いのよ」

 

「はい、師匠」

 

「うん、ではもう一度」

 

 再び、訓練が再開される。

 

 十数秒の時間を置いて、再び電影が出現する。

 

「!!」

 

 モモは素早く銃を構えるが、発射はせずに標的が消えるのを待った。

 

「モモ、どうして撃たなかったの?」

 

「え……でも、師匠。武器は持っていませんでした」

 

「果たして本当にそうかしら? 今の標的をもう一度出して」

 

 先程と同じように、ホログラフが再度出現する。

 

 まじまじと、視線を送って観察するモモ。

 

 確かに武器は持っていないようだが……

 

「良く見なさい。右のポケットよ」

 

「え……」

 

 言われた通りモモが視線を送ると……ホログラムの男の右ポケットの部分に、ただ手を突っ込んでいるだけとは違う、異様な形の膨らみがあるのが分かった。

 

 拳銃だ!!

 

 ポケットの中の拳銃が、こちらに銃口を向けている!!

 

「っ!!」

 

 モモが反射的にスマホガンの銃口を上げるが、照準がホログラフの胸に合うよりも、すぐ後ろに立っていた雪が早撃ちで標的の胸を貫く方が早かった。

 

「し、師匠……」

 

「弟子であるあなたが、未熟を恥じる必要は無いわ。過ちの一つ一つを、糧とするなら」

 

 と、雪。

 

「良い? モモ。あなたには何百回でも繰り返し言うけど」

 

「はい、師匠」

 

 姿勢を正し、モモは雪の薫陶を聞く体制に入った。

 

「ツキカゲは、まず自分の身を守らなければならない」

 

 当然だ。自分がやられてしまったら、他人を守る事など出来る訳も無い。

 

「でも、その為に仲間を犠牲にする事は勿論、誤射や暴発もツキカゲには絶対許されない。自分と、仲間と、そしてこの町の人達を守れるようになるには、それだけの努力をしなさい」

 

 そう言うと雪はスマホガンを構えた。

 

「一秒で標的を落として」

 

 今の雪の姿勢は緊張してはいるが、しかし無駄な力は体のどこにも入っていない自然体である。

 

 いつ標的が現れるかと全身を強張らせていたモモとは、この時点で違っている。

 

 出現するホログラフ。

 

 雪は大きく前に踏み出して膝にもタメを作り、低い姿勢から正確な射撃で標的の胸に訓練弾を命中させた。

 

「まず、射撃姿勢は可能な限り小さく」

 

 続け様に標的が二つ現れるが、雪は動き回りながらも見事な射撃でホログラフの胸部を撃ち抜いた。「おおっ」とモモが感嘆の声を上げる。

 

「それとモモ、あなたの仕草や動きを見ていると、あなたは標的の手足や目線を一つずつじっと注目して、それで武器を持っているか、敵かどうかを判別、危険の有無を判断しているわね?」

 

「は、はいそうです。師匠」

 

 弟子の言葉を受け、雪は怒った様子は少しも見せずに首を横に振った。

 

「それではダメ。一点をじっと見るのではなく、ぼうっと全体を見るの。前者を中心視、後者を周辺視と言うのだけど……ことスポーツや武術に於いては、この周辺視が大切になってくるのよ」

 

 武道出身の雪には「観の目」や「八方目」という言葉の方が馴染みが深い。

 

 剣道の試合でも、上級者になれば相手の竹刀を注視するのではなく相手の目を見て、攻撃に対応するという。

 

 野球の打撃にあっては、初心者バッターほどピッチャーの手先や肩、胴体や足下など体のあちこちを一つずつ注視して、投げるボールがどう飛んでくるかを予測しようとする。一方で一流のスラッガーは、投手の肘の辺りをぼんやりと見ているという。それによって無意識の内により多くの情報を処理・理解して、ボールの速度や速さを把握し、タイミング良くバットを振るのだ。

 

「ほんのコンマ何秒かの違いだけど、この矯正で生存率が倍は変わってくると思いなさい」

 

「……はい。良く分かりました、師匠」

 

「よろしい。では、それらを頭に入れてもう一度最初から……」

 

 そう、雪が言った時だった。

 

 二人が手にしたスマホガンの通信機能が音を立てた。

 

「「!!」」

 

「はい、こちら半蔵」

 

<千代女だよ。鳳凰さんから、会談の申し入れが来た。その為の会議をするから全員集まって>

 

 

 

 

 

 

 

 一時間後、基地内のミーティングルームには現在のツキカゲのメンバー全員とカトリーヌが集結した。

 

 全員集合を確認した所で、話を切り出したのは命だった。

 

「さっき、鳳凰さんから連絡があったよ。会談に応じる準備が出来たって」

 

 既にツキカゲ側からは、鳳凰に交渉を持ち掛けている。

 

 桃源の傭兵である鳳凰へ、任務失敗してツキカゲが保護している白虎を引き渡す代わりにこの空崎から退去もしくはツキカゲと敵対しない事を約束させるというものだ。

 

 これに対して、鳳凰から持ち掛けて来た条件は3つ。

 

 1,会談場所は鳳凰が指定する事。

 

 2,ツキカゲ側は2人までで来る事。鳳凰側も2人で対応する。

 

 3,会談が終わるまで他のツキカゲは、鳳凰達の周囲500メートルまでには近付かない事。

 

 これらの条件を受け入れるなら細かい条件をすり合わせる為の会談に応じると鳳凰は言ってきて、ツキカゲ側もこれは了承した。

 

 その上で、追って会談の方法を連絡すると言っていたのだが……

 

「その方法について、連絡があったという事ね」

 

「うん。これを」

 

 命が、ポケットから携帯電話を取り出した。

 

 同時にカトリーヌが端末を操作して、モニターに空崎の地図を映し出した。地図上にはそれぞれ離れた場所に3つの輝点が表示されている。

 

「日は明日。1時間前にこの携帯電話に連絡を入れて、この3つの地点のどこかで話をするってさ」

 

「まどろっこしいですね? 場所ぐらい一つに絞れば良いのに」

 

 不満そうに言うのは楓だ。

 

「いえ、これは敢えて場所を3つ指定して、こちらの戦力を分散させようという狙いね」

 

 場所を一カ所に絞るなら当然そこやその周辺を重点的に警戒するだろうし、指定しない場合は戦力分散の愚をツキカゲ側は避けるだろう。

 

 鳳凰とてツキカゲを完全には信用していないのと同様に、ツキカゲも鳳凰を一から十までは信用していていない。

 

 会談の場所に何らかのトラップを仕掛けている可能性もある。それを考えると、ツキカゲ側としては鳳凰の狙い通りだと分かっていても、3つのポイント全てを警戒しない訳には行かない。

 

 ……と、そういう狙いが鳳凰にはあるのだろう。

 

「それに、テレちゃんの事も気になります」

 

 今度は初芽が発言した。

 

「昔に誘拐事件で足取りが掴めなくなった友人と、何年も経って今、この時期に再会する……偶然にしては出来すぎている」

 

 雪の疑問は当然と言える。

 

 既に、ツキカゲ側に誰か内通者が居て、モウリョウへ情報が漏れている可能性が上がっている。

 

 もしテレジアが、内通者から初芽がツキカゲであるという情報が流れていて、それを確かめる為にモウリョウから送られたエージェントだったとしたら……?

 

「私はテレちゃんを信じます。彼女は悪い子じゃありません。万が一モウリョウの一員になっていたとしても、きっと正しい道に戻れます。私が戻してみせます」

 

「師匠……」

 

「……確かに初芽なら出来るかも知れない」

 

「命も初さんを信じるよ」

 

「差し当たっては、私達も明日に話をする事になっていますから。良く話し合ってみます」

 

「任せるわ。では、他の3カ所の警戒だけど……私と百地、千代女と風魔、五右衛門がそれぞれ行なう事にする。ただし五右衛門は、危険を避ける為に遠巻きの監視に留める事」

 

 これは初芽がテレジアに会う為に五恵が単独行動になるので、尤もな条件である。五恵にも異存は無かった。

 

「分かりました」

 

「では全員、明日に備えるように」

 

 

 

 

 

 

 

 翌日早朝、空崎グランドホテルの最上階スイートルーム。

 

「あの、師匠……」

 

「テレジア」

 

 この日、テレジアは鳳凰に何時間かの自由行動の許可をもらうつもりだった。前日に初芽と待ち合わせの約束をしたからだ。だが、鳳凰と言葉が重なってしまう。しかしここはテレジアが、弟子という立場の遠慮もあって鳳凰に譲った。

 

「今日、ツキカゲと会談を行ないます。あなたは私の供をしなさい」

 

「え……」

 

 これはお願いではなく、鳳凰からの決定事項の通達だった。

 

 元々、鳳凰はその為に空崎へ来たのだ。白虎を救出して、桃源に連れ戻す為に。

 

 テレジアが初芽という旧友に会えたのはあくまで偶然であり、彼女個人の都合でしかない。その為に、師匠である鳳凰の目的を邪魔する訳には行かない。

 

「……それとも、何か用事でも?」

 

「……あ、いえ……大丈夫です師匠」

 

「…………ふうん、そうですか」

 

 視覚が欠如している鳳凰は他の4感が発達していて心音で嘘を見抜く。もう何年も寝食を共にしてきているテレジアだが、ついついそれを忘れてしまう時がある。ことに、隠し事などをしたい場合はそうだ。今回もそうだった。

 

「では30分後に出発しますから準備をして下さい」

 

「あ、はい。分かりました師匠……」

 

 鳳凰が別の部屋に行ったのを見届けると、テレジアは肩を落とす。

 

 初芽と話し合う事を、彼女も楽しみにしていたのだ。

 

 だが、弟子として師匠の意向に逆らう事は出来ない。

 

 それに鳳凰はそれなりに自分の意を汲んでくれる人だという事も、テレジアは知っている。白虎の引き渡しが終わった後でなら初芽と話す時間ぐらい作ってくれるだろう。

 

『初芽には悪いが、話すのは次の機会にさせてもらおう』

 

 テレジアはそう考えて、交換していた初芽の連絡先へと電話を掛けた。

 

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