リリスパ PHOENIX   作:ファルメール

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第02話 Wasabiにて

 

「着いたよ。あ、ここ段差があるから気を付けてね」

 

「……良い匂いですね。カレー屋さんですか? ここは……」

 

 命が紳士の如く手を引いてファンをエスコートした先は、彼女の推察通りカレー屋だった。

 

 表の看板には「Wasabi」とある。

 

「さ、入った入った」

 

「あ、命ちゃん。いらっしゃい」

 

 出迎えた店主のカトリーナに、命は(盲目なので見られる心配は無いがそれでも一応)ファンから死角になる位置で目配せをする。カトリーナも晴眼者が見ても不自然でない程度に、軽く頷いて応じる。

 

 実はこのWasabiというカレーショップ、地下に存在する私設情報機関ツキカゲの秘密基地への入り口の役割も果たしているのである。当然そういう場所なので、ツキカゲのメンバー達の活動拠点の一つでもある。そして何を隠そう命もまた、ツキカゲに所属するスパイの一人なのだ。

 

 駅前での弾き語りは勿論趣味もあるが、スパイとしての情報収集も兼ねていた。

 

 そしてファンが心当たりは無いかと差し出してきた写真。そこに写っていた少女は、先の任務で遭遇、交戦した傭兵の白虎だった。彼女は現在はツキカゲの手によって拘束され、摂取していたらしい特殊な薬物による後遺症の有無などを調べる為に秘密基地内で軟禁状態、雑用係として基地の掃除をさせられている。

 

 白虎から得られた情報では彼女は村人が丸ごと戦士という傭兵集団「桃源村」の出身であるとの事だったが……

 

 このタイミングで、白虎を探しにやって来るという事は……ファンもまた、桃源村の戦士もしくは関係者なのだろうか?

 

 命がそう考えるのは必然の推理と言えた。

 

 ここへの道すがら、こっそりツキカゲのメンバーに連絡を入れており、店の一角にある奥まった席ではファンと命のやり取りを、既に集まっていたメンバー達がじっと注視していた。

 

「さ、どうぞどうぞ」

 

「ああ、大丈夫ですよ。お気遣いなく」

 

 命が引いた椅子に誘導しようとするが、しかし目が見えていないとはとても思えないような滑らかな動作で、ファンは着席した。

 

「さて、何を頼みますか? あ、命はドライカレーで」

 

「私は……」

 

「あ、ごめん、命がメニューを読み上げるから好きなのを……」

 

「大丈夫ですよ。メニューはこれですね?」

 

 そう言ってファンは立てかけてあった献立表を手に取ると、文字にそっと指を這わせた。

 

「……ベーコンカレーにハンバーグカレー……じゃあ、私はカツカレーをお願いしますね」

 

「「…………」」

 

 目を丸くして、驚いた様子の命。カトリーナも「まあ」と同じような反応を見せる。

 

 表情は見えないが、会話の流れが途切れたので何かおかしいと感じたのだろう。

 

「命さん?」

 

 ファンが首を傾げて尋ねてくる。

 

「ん? あ、あぁごめん。でもちょっとびっくりしっちゃって。ファンさんは指で文字が読めるの?」

 

 点字を読む人は時々見るが、印刷された文字を指先で読む人は初めて見た。

 

「ええ、私は目が見えない代わりに他の感覚が鋭くてね。インクを吸っている所は、紙の厚みや感触が変わっているからその違いを指先で読み取るのですよ」

 

「はぇ~」

 

 感心した表情になる命。しかしすぐに、面白い悪戯を思い付いた子供のような表情になった。

 

「じゃ、じゃあこれは?」

 

 サインペンを走らせた紙ナプキンを差し出す。ファンはそれに指を走らせた。

 

「丸印の中に、命と書かれていますね」

 

「あ、当たった……つ、次!! これは?」

 

 興奮した命は今度は持っていた鞄から漫画本を取り出して、開いたページを差し出した。

 

「……野球漫画、それも見開きで……これはホームランを打っているシーンですね。背番号は31、選手が右ページで左ページは放ったバットが描かれていますね」

 

「当たった……凄いですね、ファンさん……」

 

「ふふ……まぁ、日々の鍛錬の成果ですよ。今は電子書籍で同じ事が出来ないかと、練習している所です」

 

 そんな風に話し込んでいると、カトリーナがオーダーしたカレーを運んできた。

 

「おまちどおさま」

 

「さ、命の奢りだよ。遠慮しないで」

 

「いただきますね」

 

 そうしてカレーに舌鼓を打つ二人。

 

 十数分して皿を綺麗に空にして、食後のお茶を楽しんでいる所で命が切り出した。

 

「そう言えばファンさんは、空崎へは仕事で? それとも観光かな?」

 

「……ええ、仕事で。取引先との打ち合せをしに来たのですよ」

 

 当たり障りのない回答が返ってくる。命としては恐らくは桃源村の関係者であるファンからは、少しでも情報を引き出したい所ではあるがしかし会ってすぐなのにそこまで突っ込んで聞くというのも不自然である。話題を変えて白虎について聞く事にした。

 

「写真のあの子は、知り合いなんですか?」

 

「えぇ、仕事仲間の子供でしてね。少し前からこの町に来ている筈なので、仕事でこちらに来たついでに会えないかなと思ったのですよ」

 

「……」

 

 開示された情報から、背後関係を推理する命。

 

 仕事関係……桃源村は傭兵稼業が主産業。その関係?

 

 取引先……モウリョウ?

 

 打ち合せ……白虎が失敗したから、新手の傭兵を送るようにとモウリョウから要請があった?

 

 白虎が仕事仲間の子供……桃源村は村人全員が戦士だから、年齢的にも仕事仲間の誰かの子供というのは辻褄が合う。

 

 いずれにせよ、この場ではこれ以上情報を引き出すのは無理だろう。それにまだ、ファンが自分達の敵と決まった訳でもない。

 

 ここは、一旦距離を置いてじっくり様子を見る事にしよう。

 

 初芽に偵察用のドローンを飛ばしてもらうようにサインを送る。忍者の訓練を受けたカエルであるカマリを服に忍ばせる案も考えたが、先程見せたファンの敏感な触覚を思い出す。あれが指先だけでないとしたら訓練を受けた兵士が銃の重さから残弾数を把握するように、着衣の微妙な重さの変化や違和感から発見されるかも知れない。そうすれば、みすみすこのWasabiがツキカゲの関連施設だと情報を与えるようなもの。ここはこれが最適解だろう。

 

 初芽が頷いたのを目の端で捉えると、命はファンの手を引いて空崎グランドホテルへと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫ですよ。命さん、ありがとうございました」

 

「今日は楽しかったよ。命はよく駅前で弾き語ってるから、良かったらまた来てよ。また一緒にデュオでもやろうよ」

 

「ええ、その時は是非……」

 

 ホテルの入り口で命と分かれると、従業員に案内されて宿泊している部屋へと移動する。

 

 決められた回数のノックを交わすと、ロックを外す音が聞こえてドアが開けられる。

 

「ファンさ……いえ、鳳凰様。連絡をいただけたなら私が迎えにうかがったのですが」

 

 出迎えたのは、中東風の服に身を包んだ銀髪と蒼い瞳、褐色の肌をした少女だった。

 

「良いのですよ、テレジア。それに、寄り道したお陰で思わぬ情報も手に入りましたし」

 

「は……情報、と言うと白虎のでしょうか?」

 

「ええ……この街の、Wasabiというカレーショップなのですが……」

 

 テレジアはファンの言葉に素早く反応して、机の上で起動させていたノートパソコンでWasabiの情報を検索した。食べログでの評価は3.6とある。

 

「あそこは、ツキカゲかモウリョウの関連施設ですよ。どちらかは……まだ分かりませんが。少なくともあそこに出入りしている人間の中で店主を含めて7名までは、白虎の事を知っています。彼女の事を聞いた時、八千代命という方や、離れて座っていた5人、それに店主の心音に、通常とは違う反応がありました」

 

 奥の席に着いていた5人の中で一人だけは、何やら嫉妬や怒りの心音を常に鳴らしていたが、それについてはファンは言及しなかった。

 

「……では、どうします? 予定を変更して、そのWasabiという店に殴り込みますか?」

 

 テレジアの提案に、しかしファンは首を横に振った。

 

「もしあのWasabiという店がツキカゲかモウリョウの重要拠点なら、襲撃を掛けたら想定以上の戦力が待ち構えているかも知れない。ここは予定通り、末端から切り崩していきましょう。今夜、調べておいたモウリョウの関連企業に襲撃を掛けます」

 

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