ツキカゲによるエモ・パチーノのアジトへの襲撃作戦は、結論から言うとつつがなく完了した。
連中がパーティーに興じている時、まずは先行した忍動物・アライグマのラッパがブレーカーを落として視界を暗闇に包む。
そうして電源が回復するまでの僅かな間、敵の迎撃態勢が整うまでの間隙を縫って最大戦力にて電撃的に強襲。奇襲作戦の基本にして奥義とも言える手法である。
加えてこのアジトに配置されていたのはそれなりの場数を踏んではいようが所詮はチンピラぱかりで、専門的な訓練を受けた戦闘のプロフェッショナルが居なかった事も幸いした。視界が暗転し打撃音や悲鳴から襲撃があったのを察した所で、あろう事か銃を弾いたのだ。敵よりも味方の方が多く、しかも視界が利かない状況で撃てば同士討ちになる事も分かっていない素人ばかり。
明かりが復活すると、そこにはマフィアの黒服達が累々と倒れていた。
「五右衛門は玄関を固めてたとして、私と百地が同じくらい倒したか。良い動きするじゃないのよ」
少しだけ悔しそうな楓が、モモに賞賛を送る。
「やり遂げた!!」
「暗闇でもくっきり見える眼鏡を作った、局の功績ね」
「いえいえ」
初芽が謙遜気味に微笑する。
暗視装置に加えて、光量の変化には敏感に反応して光の増幅率を調節、急に明るい所に出ても目が眩まないスグレモノである。
「なんかもう、ここで百地の誕生会やれそうじゃない?」
敵戦力を無力化したとは言え、未だ敵地に居るとは思えないような気軽さで命が言う。
「え?」
「なに驚いてるのよ」
「今日が百地の誕生日なら、みんなで祝わないと」
「師匠がスペシャルカレーを作りながら待っていますよ」
「えっと……」
モモは少しだけ上目遣いになって、雪に視線を送った。
「スパイでもお目出度い事は、祝って良いのよ」
弟子の視線の意味を正確に把握して、雪は許した。
「みんな……ありがとう!!」
「それじゃあ……」
命がテーブルに置いてあったワイングラスを取って、高く掲げる。
勿論彼女は未成年だし、流石に敵地にあってしかも敵地で用意された飲食物を口にするほど不用心ではない。これはあくまでも気分だけでも味わおうというものだ。
「ふふ……」
雪も同じように、ワイングラスを掲げる。ちらりと、部屋の隅にあった柱時計を見ると時刻は午後11時55分。モモの誕生日が終わるまでには、ギリギリ間に合ったかと内心で少しだけ安堵する。
楓、五恵、初芽、そしてモモも同じようにワイングラスを手にしたのを見て取ると、命が音頭を取った。
「百地の誕生日に、乾」
ゴーン、ゴーン……!!
「杯」
「なっ!?」
「はっ!?」
「え? あれ? ええっ!?」
柱時計が、電子的に再現された鐘の音を鳴らして午前0時を告げる。
先程までの、緊張感こそ保っていたがしかし和やかだったムードは、一瞬にして雲散霧消した。
反応が早かったのは、やはり雪、命、初芽の師匠格の3人だった。手にしていたグラスを放り出すと、得物を構える。構え終わった時に、やっと落ちたグラスが床に当たって割れて、中身が飛び散った。モモ、楓、五恵は状況の把握が十分ではなかったが、しかしそれぞれ自分の師匠がただならぬ警戒を示しているのを見て、自分達も警戒態勢に入った。
「気付きましたか?」
「うん。日が変わるまでには、後5分はあった筈。なのにいきなり、鐘が鳴った」
「私は見たわ」
雪に、視線が集中する。立ち位置の関係で、彼女は柱時計が視界の中に入っていた。
「11時55分を指していた筈の時計の針が、いきなり12時に飛んだの。そう見えたわ」
弟子達3人の表情が凍り付く。
「じゃあ、私達は5分ほども眠っていたって事ですか?」
「……ガスか、何かでしょうか?」
「いえ……少し違うかも知れません」
初芽の視線が、先程投げ出されて割れて、床に転がっているグラスの破片に動いた。
意識を取り戻した時、全員がグラスを持ったままだった。つまり、倒れたりしていなかったどころかワインを零しさえしていなかった。それに、意識が遠のくような感覚も息苦しさも、何も無かった。それどころか気を失ったという自覚すらも無く、シームレスに時間を飛び越えたようにすら感じた。それほど、眠気や目眩を感じて徐々に意識が遠くなるのではなく100から0に意識が無くなって、また0から100にいきなり回復したのだ。
「何の自覚症状も無く……体の筋肉が弛緩してバランスが崩れる暇さえ与えずに、意識を飛ばされた……? しかも6人同時に、そんな事が……!?」
「モウリョウの、新兵器でしょうか?」
言いつつ、モモは雪と背中合わせになって互いの背後を警戒する。
「いえ、それはないでしょうね」
と、雪。命や初芽もその分析に頷いた。
もし、これをやったのがモウリョウだったとしたら雁首揃えてしかも5分間も無防備状態であったツキカゲを放っておく筈が無い。その場合は今頃、良くて全員が囚われているか悪ければ皆殺しにされていただろう。これをやったのは、モウリョウではない。
そこで、楓がはっとした顔になった。
「師匠、これ、あれですよ!! 前の港で、会社が壊滅させられていたあれ!!」
「ん? あ、そうか!!」
命も、弟子の言葉を理解した。
きっとあの時、自分達が襲撃する前に何が起こったのかと思っていたが……謎が一つ解けた。
殴り込んできた侵入者を取り囲んだ密輸会社の社長と社員は、その侵入者へ向けて一斉射撃を加えようとして……そうして、今の自分達と同じようにいきなり意識を飛ばされた。そして棒立ち状態になった所を、ふん縛って動けなくされたのだ。
「……と、いう事は……」
そしてそれは、同時にもう一つの事も明らかにしていた。
あの港で起きたのと同じ事が、今ここで起きているという事は……!!
下手人は、今ここに来ている?
「まさか……!!」
雪が弾かれたように駆け出すと、この大広間に幾つかある扉を蹴破った。そして……
遡る事、数分前。
「師匠、データの吸い出しがまもなく完了します」
エモ・パチーノのアジトのコンピューター室では、テレジアが素早くキーボードを叩いて情報を手持ちの端末に流し込んでいた。
背後では、いつも通りのシスター服に身を包んだ鳳凰が、バイオリンを弾いていた。しかし彼女が手にする楽器からは何の音も出てはいない。弓毛は弦の上を往復するだけだ。部屋に響くのは、テレジアがキーボードを叩く音と機械の動作音のみである。
「どうですか、テレジア。今回の首尾は……?」
「ええ、どうやら今回はアタリのようです」
ここのボスであるエモはモウリョウに加盟してまだ日が浅く、低ランクの権限しか与えられてはいなかったがそれでも末席とは言え幹部クラス、前の会社の社長のような末端の末端とは訳が違ってそこまで深い所までは潜れないが、ある程度の秘匿情報を閲覧する事は出来た。その中に、モウリョウが最近雇った傭兵の情報があった。
「どうやら、白虎の他にも雇っていた傭兵がいたらしいですね。えっと……これについては、戻ってから精査しましょう。よし、100パーセント吸い出しが完了しました」
「よろしい」
鳳凰が演奏の構えを解いて、何の音も奏でていなかったバイオリンを顎から放した。
「ではテレジア、予定通り別々のルートで脱出します。後で落ち合いましょう」
「分かりました。師匠、お気を付けて!!」
「あなたもね」
テレジアは、音を立てない走り方でコンピューター室から駆け出していった。
後に残った鳳凰は、盲目ながら杖も必要とはしないしっかりとした歩き方で帰路を進んでいく。
そうして、大広間にさしかかった時だった。
バン、と音を立てて部屋の扉が開け放たれる。
「!!」
間髪入れず、鳳凰には見えないが中から人影が飛び出してきた。
ギィン!!
金属音が響く。
「!! お前は……!!」
「む……」
雪の刀と鳳凰の弓。
二つがぶつかり合って、空間に火花を散らせた。