リリスパ PHOENIX   作:ファルメール

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第08話 ツキカゲからの申し出

 

 傭兵ドルテが何者かの手によって捕縛され、空崎市警察署に放り込まれた。

 

 空崎財団からもたらされたこの情報を受けて、すぐにツキカゲには召集が掛かった。

 

 メンバー全員が集まった事を確認すると、カトリーナは手元の機器を操作してディスプレイを起動させる。

 

 短い唸り声のような音が鳴って、空間にバストアップの映像が浮かび上がった。

 

 それを見たモモは「うわぁ」という顔になる。

 

 先日、エモ・パチーノのアジトに踏み込む前段階の仕込みとして、彼の部下であるマルコ・ネエロに盗聴器と発信器を取り付けるミッションがあった。それには雪とモモの師弟コンビで当たった。

 

 結論から言うとそのミッション自体は滞りなく成功した。

 

 が、後は脱出するのみという所で、用心棒として控えていたドルテと遭遇して戦闘に突入。

 

 モモ一人では追い詰められがちだったが、雪のフォローもあってドルテを電車から突き落として川に沈める事に成功した。

 

 その後の行方は知れなかったが……まさかいきなり警察に放り込まれるとは予想外だった。

 

「……それで、彼女を警察に運び込んだ人物は分かっているの?」

 

「いえ、それが朝になって警察署の正面玄関に、ぐるぐる巻きにされて放置されていたらしくて……監視カメラにも、それらしい人物の姿は映っていません」

 

 雪の質問には、初芽が回答した。

 

 計器の操作で監視カメラから撮影された映像が空間に出現したが、ドルテを担いでいたりあるいは不自然に大きなケースを持っていたりしている人物の姿は映っていない。車を使っている可能性も考慮に入れて探してみたが、車に彼女を運び込むようなシーンは、やはりどのカメラにも映ってはいなかった。

 

「やっぱりこれは、あの鳳凰って人の仕業でしょうか?」

 

「恐らくは、ね」

 

 弟子の問いに、雪は即答した。

 

「後で分かった事だけど、私達がマルコに発信器を仕掛けた時点で、エモ・パチーノはモウリョウの傘下に入っていた。アジトにあった情報からモウリョウは白虎と同時期にドルテを雇っていたようだし、ドルテはモウリョウから提供された戦力だと考えられるわ」

 

 ならばツキカゲ以外に今この空崎にいる人間で、モウリョウの用心棒を倒せるのは? また、モウリョウ相手に喧嘩を売るに等しいそんな暴挙と言って差し支えない行いに踏み切れる者は?

 

 そうした条件で線を引くと、残るのは一人だけだ。

 

 桃源最強の傭兵、鳳凰。

 

「彼女が宿泊しているホテル周囲に飛ばしたドローンは、全機が故障を起こして映像・音声を拾えない状態になっています。回収して分解点検してみましたが、電子機器に何らかの負荷が掛かって機能不全に陥った以上の事は分かりませんでした。しかも、銃撃や投石などの手段で、外部から物理的に衝撃が加えられた形跡は見当たりませんでした」

 

「あの時の軍事人形と同じかぁ」

 

 思い出されるのは、沿岸部工場地帯で密輸会社が所有する百体もの軍事人形が一斉に機能停止していた光景である。あの時も、軍事人形は打撃や銃撃などでダメージを与えられた形跡など何処にも無く、バカでかい金属の彫像と化していた。

 

 前後の状況から推測すると、あれは鳳凰の仕業に違いない。

 

 同じ技で、彼女が宿泊している空崎グランドホテルに近付く監視用ドローンは、全て撃墜されているのだろう。

 

「そして、先の遭遇戦で暗視眼鏡を一斉に機能不全にさせた技……」

 

「あの故障、鳳凰って人が、音の出ないバイオリンを構えた途端に起こりましたよね」

 

「つまり、あのバイオリンが何らかの秘密兵器って事でしょうか……?」

 

「更に、私達全員の意識をいきなり5分も飛ばした技もある……密輸会社の社員が無力化されたのも、同じ技を使ったからだと思われるわ」

 

 神業という言葉すら霞む超絶の技術なのか、それとも最新テクノロジーの結晶なのか。いずれにせよ恐るべき能力だと言えるだろう。

 

 電子機器を無力化されるという事は単純にデジタル制御の装備が使えなくなるばかりではなく、近代において正規戦・不正規戦を問わず大きなウエイトを占める通信・連絡手段を無力化され連携が取れなくなるばかりか応援を呼ぶ事も出来なくなる。そして意識を飛ばされて無防備状態では、どれだけ白兵戦の実力があろうと関係無い。あっさりと近付かれて煮るなり焼くなり、好きに料理されてしまうだろう。

 

「白虎ちゃんが私達とは立っている土俵が違うと言ったのも分かりますね」

 

「私達ツキカゲの技が戦術レベルのものだとすれば、鳳凰の技は戦略レベルのもの。個人でそんなものを使うのは、脅威という他は無いわね」

 

「えっと、師匠……戦術と戦略っていうと……」

 

「……簡単に言えば、目の前の敵を倒すのが戦術。もっと視野を広げて、広いエリアを制圧するとか戦争に勝つのが戦略という事よ。だから、戦闘で戦術的には勝っていても戦争で戦略的には負けているという事態は、いくらでも有り得るの。例えば相手にわざと見付かるようにオトリを出しておいて、そっちに注目を集めている間に、本命を目的地に届けるとか……」

 

 それはこの空崎を舞台としたツキカゲとモウリョウの攻防にあって、両者共に手を変え品を変えて繰り広げられてきた情報戦の、ほんの一端でもある。

 

「だから相手の狙いを正確に見抜けるように、視野を広く持つ事を心掛けなさい。ツキカゲの任務は目の前の敵を倒す事ではなく、あくまでもこの町を守る事なのだから」

 

「はい、師匠」

 

 雪の薫陶を受け、モモは深く頷くと幾度か、ぶつぶつとその言葉を繰り返した。

 

「で、これから命達はどう動くべきかな?」

 

 と、命。

 

 これまでの話はあくまでも状況確認。今回の召集は、今後どのようにツキカゲが動くかについての会議の為だった。

 

「まず状況の整理……現在、この空崎はいわゆる三すくみ状態にあると言えるわ」

 

 ツキカゲ、モウリョウ、そして鳳凰及び彼女のバックにいる桃源。

 

 今の状況ではどの勢力も鳳凰がモウリョウに仕掛けたような小競り合い程度ならばいざ知らず、迂闊に残り2つのどちらかへと本格的な攻勢に出る事は出来ない。下手に激突しては勝てたとしても、ダメージを負った所に無傷のもう一つの勢力に襲われてやられる。まして二正面作戦など論外である。

 

 とは言え、このままの膠着状態をずっと続けている訳にも行かない。これまでの調査で得られた情報から、モウリョウが何かしらの大規模な作戦を計画している事は明白。時はモウリョウに味方している。何かしらの破極点を見付けて状況を変えない限り、ツキカゲは負ける。

 

 その破極点と成り得る者は、決まっている。鳳凰だ。

 

「彼女を上手く味方に引き入れるか、少なくともこちらに敵対しない事を約束させられれば、モウリョウ側は実際には鳳凰に戦う意志は無くても、彼女にも警戒しなくてもならないから私達は圧倒的に有利になる」

 

 雪の考えは、少なくともその目はあると言える。

 

 これまで断片的に得られた情報だけだが、鳳凰に積極的にツキカゲを攻撃する意志が無い可能性は高い。ならば交渉する事は出来る。

 

 すると考えるべきは誰が交渉に当たるか、そして交渉の為の条件をどうするかだが……

 

 誰からともなく、この部屋にいる全員の視線が、たった一人に集まった。

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ファンさん」

 

「うん、あぁ命さんですか。お久し振りですね」

 

 市内で、命が歩く鳳凰を呼び止めた。シスター服で町中を歩く彼女は人混みの中でも目立つから、見付けるのに苦労は無かった。結局あの後、本人も含む満場一致で鳳凰との接触役は既に一度彼女と話している命に決まったのだ。

 

「お久し振りですね。どうですか、これからまたデュオでも……」

 

 持っていたバイオリンのケースを持ち上げる鳳凰。命もそれを見てギターケースを担ぎ直す。

 

「ええ、それも良いですけど」

 

 ここで、命の声色がほんの少しだけ低くなった。

 

「鳳凰さんと、話を付けてからという事になりますかね」

 

「!」

 

 ぴくりと、鳳凰の片眉が動いた。

 

 鳳凰の名前は、一般には知られていない桃源より与えられたコードネーム。勿論、一度会っただけの命には教えていない。なのにその名前で自分を呼ぶという事は……

 

「成る程」

 

 ふっと小さく息を吐いて、鳳凰は命に顔を向けた。

 

「あのWasabiという店で、私と話をしていたあなた達の心音の反応は、一般人の心理状態とはどう考えても違っていましたが……やはりツキカゲかモウリョウのいずれかでしたか」

 

「命はツキカゲだよ」

 

「ほう……」

 

 鳳凰にしてみれば、白虎を連れ帰るのが目的でありその白虎を拘束している可能性が高いツキカゲとの接触は願ってもない事である。

 

 何とか接触を図りたいと思っていたが、向こうからその機会が来てくれた。

 

「ついでに言うと、あのエモ・パチーノのアジトで接触したのも命達ツキカゲだねぇ」

 

「ふむ……私は目が開いている人より物が見えていると自負はしていますが……やはりこういう時は不便ですね」

 

 やれやれと首を振る鳳凰。

 

 アジトでの接触時、もし鳳凰の目が見えていれば命の顔を見れた事と、状況や服装からツキカゲである事に気付いたろうが盲目の彼女は、咄嗟の接触である事も手伝って正確に状況が把握出来なかったのだ。

 

「さて、命さん。それで今日は私に何の御用で来られたのですか?」

 

 まさか世間話をして茶をしばきに来た訳でもあるまい。

 

「単刀直入に言うよ。今、命達ツキカゲは白虎ちゃんを保護しているんだ」

 

「……!!」

 

「モウリョウに飲まされた薬の検査とかは念入りにしたけど、拷問とかそーゆーのは一切してない、元気にやってるよ」

 

 ここで、白虎を傷付けていない事はツキカゲ側にとっても幸いと言える。こういう場合無傷でなくては、交渉の材料にならない。実際には雪が脅し半分であったとは言え溶鉱炉の上で逆さ吊りにしたりしたが、余計な事は言わないでおく。怪我の功名とでも言うべきか、モウリョウ側が仕込んだ薬か何かの作用で、白虎自身もその時の記憶が飛んでいる事だし。

 

「……続きを」

 

「それでね、命達としては白虎ちゃんを鳳凰さんに引き渡しても良いと思ってる。もし白虎ちゃんが任務に失敗したのに手ぶらで桃源に帰れないって言うんだったらある程度のお金も一緒に付ける用意もある。その代わり、この一件からは手を引いて欲しいんだ」

 

「……」

 

 僅かな時間だけ、鳳凰は黙考する。

 

 悪い条件ではない。元々モウリョウからの依頼などキナ臭い事この上無いし、第一白虎と一緒に雇われたドルテがどう見ても薬漬けにされていた事から何かが違っていれば白虎もそうされていた可能性が十分ある。となればこれはモウリョウ側の契約違反となり、鳳凰としては白虎の仕事を引き継いでツキカゲを倒すのではなく、寧ろ不実なモウリョウにこそ制裁を加えなければならない立場である。

 

 そこにツキカゲ側からのこの申し出は、彼女にとっては渡りに船とさえ言えた。ツキカゲ側とはさっさと決着を付けて、モウリョウの方に意識を集中したい所である。

 

「……良いでしょう」

 

「じゃあ」

 

「ただし、条件は良く摺り合わせたいですね。私達が持っている情報の交換も含めて、会談の上で決めたいと思いますが?」

 

 これは尤もな申し出であり、想定されていたパターンの一つであったので、命も了解を二つ返事で返した。

 

「そして会談を行うに当たって……1、場所と時間は私から指定して良い事。2、ツキカゲ側は2人までで来る事。こちらも私と弟子の2人で応対します。3、会談が終わるまでは他のツキカゲは私達の500メートル以内へは近付かない事。この条件を呑んでもらえるのであれば、会談に応じて交渉のテーブルに着きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

「師匠、気に入ってくれると良いけど……」

 

 CDが入った袋を手にしたテレジアは、ホテルへの帰り道だった。

 

 バイオリンを嗜む鳳凰は当然の如く音楽に造詣が深い。そんな彼女に師事している関係上、テレジアもまた音楽に触れる機会が多くなり、彼女は師へのささやかな慰みにと音楽CDを買って帰る事があった。

 

 そうしてホテルの正面玄関の所で、空崎高校の制服を着た二人の女生徒とすれ違った。

 

 十歩ばかりそのまま歩いた所で……テレジアと、女生徒の一人、眼鏡を掛けた方とが殆ど同時に足を止めた。

 

「「…………」」

 

「師匠?」

 

 女生徒の黒髪の方、五恵が初芽に声を掛ける。

 

 この二人は、ドローンによる監視が出来ないのなら忍鳥モノミによる偵察と後は肉眼で確認するしかないと、この空崎グランドホテルを巡回・警戒していたのだ。今はちょうど命から鳳凰と接触したとの連絡が入ったので、一度基地に戻ろうとしていた所であった。

 

「「あ、あの」」

 

 声を揃えて振り返って、言葉を失った。

 

「初芽……」

 

「テレちゃん……ですか?」

 

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