ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

100 / 177
 どーもです。
大変長らくお待たせ致しました。
文字数が多いと、読み返しや確認作業だけでも数時間を要してしまいます。
もう少し文字数を短く出来ればいいのですが、更新速度大幅に落ちている自覚はあります。
矢張り、短くすべきでしょうか?

それはさておき、投稿致します。


第80話―ダークゴブリン軍VS剣の乙女軍3・小鬼戦争―

 

 

 

 

 

 

降霊(グレート・ゴースト・ダンス)精霊魔法

 

大人数で儀式を行い、地震や津波といった大災害を引き起こす程の自然現象を引き億す精霊魔法。

 

高位の精霊魔法に位置し、希少な触媒と約1000人規模の精霊使いが、原則として必要となる。

非常に難度の高い魔法で、国によっては禁呪に指定される程。

それ程までに大自然の力は、人知を遥かに凌駕し、精霊こそが神の顕現と謳う者も存在する位だ。

 

精霊は彼処に在り、また格も存在する。

意志を持つ者、持たざる者。

彼等もまた、生きているのだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 時の傷跡 )

 

「――最後の一つ…、良しっ…!」

 

 自然と、ピンセットを摘まむ手に力が籠る。

細やかな金属片を取り除き、全ての破片は除去された。

その間、全神経を集中させていたのだろう。最も集中力を伴う作業に一段落が付き、地母神を信仰する森人僧侶は息を大きく吐く。

森人僧侶の施術を受けていた冒険者――ゴブリンスレイヤーは、膝に爆裂矢を受けてしまい片脚は使い物にならなくなっていたのだ。

それだけならば治癒の奇跡で直ぐに復帰させる事は可能だ。

しかし、破片は膝部に残留したままの状態だ。そのまま下手に傷口を塞いでしまえば神経に悪影響を及ぼし、不自由な片脚のまま生活を余儀なくされてしまうだろう。

それ故に、先ずは内部の破片を取り除く必要があった。

局部麻酔のお陰で、彼は痛みに悶える事はなかった。

破片は全て取り除かれたのだ。後は彼の傷を塞ぎ、治療を完成させればいい。それだけなら、奇跡なり水薬なりを与えれば事足りる。

 

「大変だったでしょう?お疲れ様です」

 

「それには及ばんが、我が技術を活かす事が出来た事は、誇るべきだな」

 

 エーファが労いの言葉と茶を勧め、森人僧侶も茶を受け取り一息つく。

だが負傷者は、ゴブリンスレイヤー一人だけではない。周囲には治療を待つ冒険者達が次々と運び込まれている。野戦病院と化した天幕は、早くもスペースを圧迫しようとしていた。

 

「奇跡、中回復!」

 

 破片を取り除かれたゴブリンスレイヤーに対し、灰の剣士は『中回復』の奇跡を行使する。この奇跡は対象者だけでなく、周囲の味方にもある程度の回復効果を及ぼす。程無くして苦痛に喘いでいた負傷者たちは、幾分安らかな表情を浮かべていた。

効果的に作用したのだろう。奇跡を受けた彼の呼吸は落ち着きを取り戻し、寝息を立てている。そう…それでいい。彼は十二分に役割を果たしたのだ。ゆっくりと休養を取るに値する程の――。

 

「白教の奇跡――ですわね。噂には聞いておりましたが、本当に周囲の味方まで回復してしまうとは驚きです」

「先程の『家路』…でしたか?見事なものです。お陰で命拾い致しました、灰の剣士さん」

 

 彼の行使した奇跡を目の当たりにした剣の乙女と女司祭。これ等の奇跡は西方辺境より既に伝えられており、水の都は言うに及ばず、女司祭の所属している戦女神の神殿にまで情報が伝達されていた。

一週間ほど前だろうか。法の神殿には、白教や深みの奇跡などを記した書物が行き渡っている。無論それ等の書物は、灰の剣士が魔術師の世界から持ち帰った代物である。

 

「何名かの聖職者が、これ等の奇跡を会得しております。願わくば、良き未来の為に役立てられん事を――」

 

 伝えるべきか沈黙するべきか、あの当時は正直迷っていたものだ。しかし、あの時代(ダークソウル)の住人が大勢蔓延っている以上、沈黙は意味を成さないだろう。ならば、彼等に抗する為にもある程度の情報を開示する選択肢に踏み切る事にした。灰の剣士は、善意の下で役立てられる事を切に願った。闇術師『カルラ』は、こうなる事を予期しつつ彼に書物を託したのだろう。

ゴブリンスレイヤーの治療は完了し、今は寝息を立てている。完全とはいかずとも、彼は巨人化による奮戦で役割を果たしたのだ。休ませてやるべきだろう。灰の剣士は静かに天幕を出た。

別の天幕では、ロロナ率いる錬金術士達が治療薬の調合に精を出しているが、予想以上に消耗が激しく在庫が足りるかどうかは疑わしい状態だ。

 

――前線はどうなっている?

 

彼は遥か前方へと視線を向けた。ゴブリンスレイヤーの活躍で、野戦兵器を壊滅させる事には成功したのは間違いない。しかし、敵は直ぐに態勢を整え、総攻撃に出るという情報を耳にしていた。現に小鬼は集結を終え、攻撃指示を待つばかりといった状況だ。

前線にはソラールやジークバルドといった信頼に足る仲間が、陣取っている。それ故に、ある種の安心感はあったが同時に不安感もこびり付いていた。

 

――合流すべきだろうか?

 

家路の奇跡で、味方本陣へ転移するという前例を作る事が出来た。これを応用すれば、戦場を自由に移動する事も不可能ではないだろう。だが、本来は帰還を目的とした奇跡で、篝火すらも熾していない状態での使用は拒否感が拭えない。あの時の使用は一種の賭けに近く、ゴブリンスレイヤーの協力と銀等級戦士の面々が帰還を願っていた故に成功したのだと彼は踏んでいた。

 

――馬か馬車を借りよう。

 

多少の迷いはあったが、馬ないし馬車を借り前線へ合流しようと試みる。あの二人(ソラール ジークバルド)だけではない。西方辺境で苦楽を共にした仲間達も、前線に配属されているの筈だ。そんな彼等を余所に、自分一人でのうのうと後方で燻ぶる事など灰の剣士には出来なかった。

戦線の情報は、使い魔を利用する冒険者達が提供してくれている。状況を確認しようと移動を始めたが、同時に声を掛けられ彼は歩を止めた。

 

(推奨BGM ロロナのアトリエ ―― Falling, The Star Light )

 

「灰の剣士君、君も此処に残る事を進言する」

 

 声の主は、ステルケンブルク=クラナッハ――ステルクの愛称で呼ばれている他国出身の男性だ。

”何ゆえに?”無論ながら聞き返す灰の剣士。

 

「率直に言おう。私が敵の指揮官なら別動隊を用意し、本陣急襲を狙う」

「――ッ!?」

 

 回りくどい言葉は却って疑念を増大させ、意図が伝わり難くなる。特に疑心暗鬼となる戦場では尚の事。ステルクは結論のみを述べた。

 

「大軍を囮とし、陽動を誘うのは戦の常道。あのダークゴブリンとやら、それだけの知性も有しているのは間違いない」

「……」

 

 他国出身とはいえ、ステルクも軍人としての経験を豊富に有している。これまで対峙して来た魔物は、大半が愚鈍な存在だった。だが稀に、心無き武装集団や国家転覆を狙う組織とも戦った過去がある。その中には悪辣な策略を用い、本陣急襲を許す場面が幾度かあったものだ。

対する灰の剣士――。

数え切れない程の年月をかけ火継ぎの旅を繰り返した訳だが、こういった軍団戦など経験した事は無かった。

時に白霊などを召喚し多人数戦を繰り広げた経緯は有っても、軍団同士の戦は今回が初である。

故に、彼は軍団戦の基礎というものには疎かったのも事実だ。

 

――そうだ。彼等は翼竜も所有していた。あれ等の強襲も十分にあり得る。

 

翼竜の連携攻撃――彼は先程の戦闘を思い返す。あの時は撤退するにも、随分手こずらされたものだ。

 

「多数の冒険者の中でも取り分け実力を有している君だ。前線に出たい気持ちは分かるが、此処は堪えてくれないか」

「…ステルク公…」

 

 本音で言えば、ステルク自身も前線で戦いたかった。経験豊富な自分は後方で高みの見物、対し経験の浅い新人冒険者は戦場にて危険に身を晒している。今直ぐにでも飛び出したい気分だ。他国の見知らぬ若人たちだが、少しでも手を貸したやりたかった。

しかし、連れ添った錬金術士達を守護(まも)るという役割が彼には存在し、おいそれと軽率な行動に出る事は許されない。ステルクも耐えているのだ。

 

「……承知」

 

 些かに腑に落ちない灰の剣士。

しかし英雄に比肩する程のソウルを秘めた、彼の言葉だ。絶対ではないにせよ、彼の予見は概ね正しいのだろう。

思うところはあるが、灰の剣士は承諾の意を示す。

しかし、ただ待機するのも彼の性分ではない。野戦病院を兼ねた天幕では、衛生担当が負傷者の治療に当たっている。幸い彼の奇跡なら、複数人を纏めて治療する事も出来る。ここは治療の手助けに出るべきだろうか。

 

「君はソウルの感知が出来るのだろう?差支えなければ、それを使って敵軍の動向を探れないかな?」

 

 今後の行動指針を思案していた最中(さなか)、ステルクから案を示される。

ソラール、ジークバルド、剣の乙女、灰の剣士――。彼等は総じてソウルを察知する術に長け、相手の位置を探知する事が出来る。その中でも灰の剣士はソウルの感知に最も鋭敏であった。恐らく長きに渡る火継ぎの使命に携わり、順応してしまった結果であろう。

 

「確かに――それも必要か――」

 

 治癒作業を助成し、再度戦力を整えるという選択肢も有用ではある。だが、今回の主目的は小鬼軍の討伐だ。討伐するにあたり敵軍の動向を把握するのは、味方の治癒以上に最重要案件とも言えた。

 

「貴方の言は理に適う」

 

 その案を受け入れ、彼はステルクと共に指揮用の天幕へと歩を進めた。

 

……

 

(推奨BGM Thomas Bergersen ――  Fearless (Sun) )

 

 敵味方共に、主力部隊の集結は完了していた。

両陣営、進軍の合図を示す陣太鼓やラッパが戦場に鳴り響く。

 

『――GROOV!!』

(――全軍攻撃開始ッ!!)

 

ダークゴブリンを筆頭に、全小鬼が一斉突撃を開始。

 

『――弓隊構えぃッ!』

 

 対し冒険者側は、迎撃の構えを見せる。

最前衛は大盾を装備した重装部隊で固め、中列を軽装戦士部隊、後方を弓や呪文使いといった陣形だ。

長弓を装備した冒険者達は弓を引き絞り、小鬼軍が射程距離内に収まるのを待つ。

瞬間、物見専門の冒険者が手を振り上げた。

 

『――放てぇッ!』

 

 隊長職の男が叫び声を上げながら矢を放つ。

その男に続き、弓隊全員が上空に矢を射かけた。

弦の反発力で矢が解き放たれ、やがて重力に捕まった矢は曲射弾道を描き大地を目掛ける。

 

『GROOV!』

『GOV!』

『GRO!』

『GROV!』

 

 正確な狙いなど不要。

数を揃え大軍を成す状況は、小鬼にとって仇となったのだ。

矢は次々と小鬼に突き刺さり、運悪く急所を射抜かれ絶命に至る個体も多かった。

大半の矢は剣の乙女が取り寄せた支給品だが、低コストながらも鏃は鉄製の実用品だ。

幾ら装備の優遇された小鬼と言えども、全ての防具が金属製などではない。

矢張り数を揃えるとなれば、それなりに資源(リソース)が必要となり下っ端の鎧は布製と革製を組み合わせ、それを竹や樫で補強した量産品だった。

その程度の防具なら、支給品の矢で充分貫く事が叶い、数多の小鬼が矢の餌食となった。

第一射目だけでも20近くの小鬼を仕留め、それを3連立て続けに矢を射かけた。

弓隊の一斉射撃は効果的に機能し、実に計70前後の小鬼が戦闘不能に至らしめる。

その中には戦車隊も含まれ、小型戦車を曳く魔狼と小鬼も矢に射抜かれていた。

 

「流石に大型の戦車は無理かぁ…」

「矢が通らないんじゃぁねぇ」

 

 弓隊に参加していた、半森人の少女野伏と上森人の妖精弓手――。

彼女らは森人特有の高い視力と視野を有しており、自らの矢が何処に飛来し何を仕留めたのかまで把握している。

小型はともかく堅牢な大型戦車には、矢が通らず効果は見込めなかった。

 

――これ以上は味方に当たるわね。

 

妖精弓手としては、まだまだ射撃を継続したい処ではあったが小鬼軍が味方部隊に迫りつつある。

下手に矢を射掛ければ、最前衛の味方を誤射しかねない状況だ。

 

「彼の所に行きましょう」

「そうね――!」

 

 二人は秘かに移動を開始する。

すぐ近くには一党を纏める同期戦士が馬車で待機していた。

 

「――よぅ、来たか!」

 

 走り来る森人二人を見付け、軽く声を掛ける同期戦士。

 

「――遊撃戦に移行するわ、お願い!」

「隊長さんには、許可を貰ってるから心配いらないよ!」

 

 二人も彼に応え、森人特有の身軽さで難なく荷台へと乗り込んだ。

結果的には弓隊から離脱する事にはなるが、彼女らの役割は移動しながらの射撃戦という難度の高い弓騎兵の役割を担っていた。

故に、弓隊の隊長には予め了承を得ていた為、何もお咎めはなかった。

無論ながら荷馬車を使った射撃戦は同期戦士達だけではなく、同様に高い技量を持つ弓使いが何人も所属している。

彼等に続き、数台の荷馬車が馬を走らせていた。

 

「――さぁて、とばすぞッ!」

 

 同期戦士が声を掛け――。

 

「どんどん仕留めるわよっ!」

「練習の成果、見せてやるんだから!」

 

 彼に呼応した妖精弓手、少女野伏も士気を高める。

 

「――ハァッ!」

 

 同期戦士が手綱を叩き、甲高く馬が鳴くと同時に蹄が地を蹴った。

 

……

 

雑草の切れ端が幾つも宙を舞い、その脇を走り抜ける群を成す小鬼。多少の矢傷など物ともせず只管に直進する。狙いは人族が群れる冒険者だ。打ち崩し、叩き壊し、踏み潰す。

 

『――来るぞッ!備えよッ!』

 

 最前衛に陣取る、大型の円盾を装備した重装歩兵部隊。隊長職を務める、大柄な男冒険者が号令を投げ掛ける。

 

小鬼軍の先陣を切ったのは、悪魔犬(魔狼)に跨った小鬼――小鬼の乗りて(ゴブリンライダー)だ。

四足歩行動物である狼は最早語る迄もなく、機敏にして俊足だ。更に魔狼は混沌に属する獣で、野生の狼に比べ優れた脚力を誇り、群を抜いて機動性が高い。

身体能力も獰猛性も小鬼より遥かに高く、本来小鬼如きが気安く使役できるものではない。だが、側近の一人――大シャーマンの使役呪文により、忠実な僕と化していた。

軽鎧を着込み手槍と小盾を持ち、冒険者へと突撃するライダーたち。その数は、実に50騎を超えていた。俊敏な面を加味し見方を変えれば、翼竜や野戦兵器よりも脅威度は上ともいえるだろう。

疾風の如きライダーの突進が、冒険者達に迫る。

 

『――今ッ、構えぃっ!!』

 

 同時に隊長からの怒号が飛ぶ。

 

重装部隊は、円盾と同時に槍を前面に押し出し幾重もの槍衾を形成。

多重の列から成る幾多もの槍の壁は、ゴブリンライダーたちを見事に仕留めた。

魔狼の突進に、半ばカウンターで槍が突き出されたのだ。

魔狼は無論、訓練された小鬼すらも反応出来るものではない。大半のライダーたちは、槍衾の餌食となり次々と串刺しの醜態を晒す。

中には後列に居たライダー数騎が槍衾を擦り抜け、重装部隊の頭上を乗り越えた者も居た。

 

「――クソ、数匹逃しちまった!」

 

 重装部隊に参加していた槍使いが苛立たし気に舌打ちし、後方へと走り去るライダーへと視線を向ける。

 

『後続の歩兵部隊に任せよッ!――小型戦車が来るぞ、気を張れっ!』

 

 そんな彼に隊長からの檄が飛ぶ。過ぎ去ったライダーに構っている場合ではない。重装部隊の眼前まで迫り来た、戦車部隊に備えねばならないのだ。ライダーに劣る速力とはいえ、軽量の車体と数体搭乗した小鬼を引き摺る2匹の魔狼。

車体を支える車輪の横からは、斬撃用の(ブレード)が備え付けられていた。軽装の歩兵部隊が対応するには些か困難で、装備の忠実した重装部隊が迎え撃つ必要があった。

 

『――一台も逃がすな、大盾構えぃッ!!』

 

 ブレード付きの小型戦車には、弓を装備した小鬼弓手(ゴブリンアーチャー)が搭乗している。

ブレードの斬撃に加え、機動性を生かした飛び道具は後々脅威となるのは必至。ここで食い止めねばならない。

隊長の号令と共に、重装部隊が円盾を前面に突き出し、或る者は頭上に円盾を構える。所謂ダイヤモンド陣形を形成し、小鬼戦車に備えたのだ。

 

馬鹿な奴等だ。

戦車の威力が分からんのか。

新たな我等の力を思い知れッ!

踏み潰してやるっ!

 

そんな思考をも隠そうとせず、小鬼達の表情はサディスティックに歪む。このダークゴブリン軍に入るまでは、碌な装備も待遇も与えられる事はなかった。それが今はどうだ。上質の装備に、歩兵共とは違う戦車を与えられたのだ。忌々しい冒険者など粉砕し、踏み潰してやろう。

一台の小鬼戦車は、手綱を叩き更なる加速を促す。

冒険者の盾ごと蹂躙してやると言わんばかりに、重装部隊へと乗り上げた。

 

それが重装部隊の策とは知らずに――。

 

乗り上げた瞬間、戦車が大きく揺らぎ宙に浮く。気が付けば、車体から放り出された小鬼は落下し勢い良く地面へと叩き付けられた。

当然、小鬼よりも重量のある車体がバランスなど保てよう筈も無く、呆気無く大地へと激突し転がりながらも、やがては動かなくなる。

 

『――手の空いた奴は誰でもいい!止めを刺せ!』

 

 地面に落下し叩き付けられとはいえ、未だ小鬼は存命中だ。必死に起き上がり体勢を立て直そうと藻掻いていた。だが、ソレを見逃す程甘い重装部隊ではない。隊長の命で、最寄りの重戦士が藻掻く魔狼と小鬼達に止めを刺した。

 

『――その意気だ!戦車部隊を殲滅するぞ!』

 

 突撃して来る戦車は一台だけではない。次から次へと絶え間ない、小型戦車が迫っているのだ。

重装部隊は幾つかの分隊に分かれ、各々で戦車相手へと陣形を形成する。

大型は無理だが、小型の戦車相手なら現状の装備で対応できる事が実証されたのだ。重装部隊は自信を付け陣を形成する。

後へと続く戦車部隊は、盾を構えた重装部隊に乗り上げ、皆例外なく空中でバランスを崩し落下する。

地面へ激突したが最後――。其処で戦車は機能を喪失し、呆気無く止めを刺され小型戦車部隊は壊滅した。

 

「――よっしゃ!素早いライダーや戦車は粗方片付けたな!」

 

 盾を構えながらも、重戦士は確かな手応えを感じ取っていた。

 

「後は、デカい戦車とホブの軍団が厄介だな!」

 

 槍使いも警戒を解く事なく、前方から迫り来る群れを見据えた。

機動性に富むライダーや小型戦車を排除したとはいえ、未だ残る大型戦車やホブゴブリンから成る前衛部隊に対処しなければならない。

 

『――大型戦車はどうにもならねぇ!後方の呪文部隊に対応を任せる!俺達はこれより、敵軍にぶち当たるぞ!――覚悟はいいかッ!!』

 

『『『『『『――おぅッ!!』』』』』』

 

 大型戦車に真正面から拮抗するのは無謀極まりない。何も力だけで対応する必要はなく、武器で出来ない事は呪文で実現すれば良いだけだ。重装部隊は奮起し、ホブを前衛に出した歩兵部隊との激突へと備える。

重装部隊は再度集結し、横列を何重にも重ねた変則横陣で迎撃態勢に移る。

彼等の直ぐ後方では、最も数の多い軽装歩兵部隊が位置に就いていた。最も数が多い故に経験の浅い新人が殆どが、この歩兵部隊に属していた。

先程、数騎のライダーが重装部隊を突破したが、幸いにも別の班が対応してくれている様だ。

 

そして遂に、両軍の歩兵同士が激突を開始――。最前衛は乱戦状態へと移る。

敵味方、双方が入り乱れ、互いの刃が肉を引き裂き骨を削り取る。

ホブの体躯に圧倒され、吹き飛ばされる冒険者――。

得意気なホブの隙を突き、首元に圧し掛かり刃を突き立てる新人冒険者――。

弩を装備した小鬼が、新人冒険者の頭部を貫き討ち取る。

お返しとばかりに誰かが投じた火炎壺が、小鬼に命中し炎上させた。

最早新人も熟練者も関係ない。

敵か味方か――。

只それだけに分かれ、両軍とも命と鎬を削り合った。

 

「――オラぁッ!」

 

 重戦士の槍が小鬼の首を貫き絶命させる。

 

「――全く槍は使い難いぜ!」

 

 普段使う事のない支給品の鉄槍――。

訓練は受けたものの、慣れない武器での戦闘を強いられ彼はつい本音を漏らす。

 

「――なんだぁ?槍を馬鹿にすんのかぁ?」

 

 傍では、槍使いが二匹同時に小鬼を貫いていた。

彼にとって槍は本職といってもいい。

しかし、空いた手には支給品である円盾を所持しており、彼自身も盾とは無縁の生活を送っていた。

 

「――俺だって、盾なんざ性に合わねぇんだよ!」

 

 彼の本音だろう。慣れない武具に、いっそ放り投げてやろうかと考えが過っていたが、一応は捨てないでおく。

それと言うのも、何度かホブの突進や飛び道具を受け流す事に成功し、盾としての機能を果たしていたからだ。

口とは裏腹に、彼は盾の有用性を認めていたのだ。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 闘争への咆哮 )

 

「――小鬼めぇっ!」

 

 首には白磁等級の認識票をぶら下げている、一人の新人冒険者。

安物だが買ったばかりの片手剣を小鬼へと振り下ろす。

 

「――ぐッ!?」

 

 だが拙く素人同然の剣術は容易く受け流され、新人は大きく体幹を崩す。

体幹を崩した新人――成人したばかりの少女は、その無防備な隙を曝け出した。

相手は軽装ながらも完全装備を纏い且つ充分に訓練された小鬼だ。雑兵階級とはいえ、鋼鉄等級冒険者の戦士職並の戦闘力を誇る。只人の――況してや成人したばかりの少女如きに後れを取ろう筈も無い。

肩には黒い鳥を彩った肩当を装備し、いわばダークゴブリン軍の正規兵に相当する。さしずめこういった小鬼は小鬼兵士(ゴブリンソルジャー)と呼ぶのが妥当であろうか。

 

「――GUUB!」

 

 その隙だらけの彼女を見逃す小鬼ではない。

胴体部はともかく、下半身のミニスカートが捲れ上がり何日も履き替えてないであろう下着が、小鬼兵士の目に付いた。

これが通常の小鬼なら、すぐさま飛び掛かり少女を凌辱したであろう。

だが、この小鬼は訓練と充分な待遇を受けた個体種だ。任務を終え拠点に帰れば、定期的に性欲も食欲も満たす事が出来るのだ。

そんな少女の汚れた下着など目も暮れず自らの役割を果たさんと、手にした舶刀(カトラス)を少女に振り下ろす。あまり高品質とは言えない普及品だが、刃毀れや折れた剣などとは違い歴とした真っ当な武器だ。これらは全て、あの廃村を改造した彼等の住処で拵えられた代物だ。

 

「――ひっ…!」

 

 少女はか細い悲鳴を上げ、目を見開き恐怖に身を強張らせた。

 

「――GUB!?」

 

 だが小鬼兵士の武器は少女に振り下ろされる事はなく、短い悲鳴を上げ倒れ伏す。

 

「…えっ…?」

 

 突如として小鬼兵士が顔面から血飛沫を噴出させ倒れ込んだ事に、少女は理解が追い付いていない。

既に絶命しているであろう小鬼兵士の顔を、恐る恐る覗き込んだ。よく見れば小鬼の顔面には、小型の(ハチェット)らしき武器が減り込んでいる。

一体何が起こったのだろう?と思考を混濁させる少女に、後ろから声が投げ掛けられた。

 

『おぉ~いッ!生きてるかぁ!?』

 

 若い女の声だ。

声の方角へと少女は振り返る。

周囲には乱戦中の敵味方。そんな彼等を余所に、数人の男女が駆け寄って来た。

 

「ふぃ~っ…、間に合って良かったぜ…!」

 

 先頭を陣取っていたのは、鉱人の少女だ。彼女の傍らには、戦斧を担いだ同じく鉱人の戦士に、只人の男女二人。禿頭の僧侶と長い銀髪を後ろに束ねた武闘家らしき少女だった。

 

「…あぁ…あの…ありが…とう…ございます…」

 

 余りに唐突だったのだろう。少女は、ぎこちないながらも礼を述べる。元々彼女は寒村育ちで、同年代の知り合いも殆ど居ない身だ。それ故、支度金も少なく、今回の依頼で資金を一気に稼ごうと踏んでいたのである。

 

「勇ましいのは結構ですが、先ずは生き残る事を念頭に置きなさい」

 

 禿頭僧侶が念の為、少女に小癒(ヒール)の奇跡を掛ける。

 

「生き残らんと報酬も意味を無くしちまうわな!」

 

 鉱人斧戦士が少女の前へと躍り出て、数匹の迫り来る小鬼兵士を粉砕した。

 

「このゴブリン、ホントに強いから一人で戦っちゃ駄目です!――いやぁッ!!」

 

 鉱人斧戦士の攻撃を食らいながらも絶命に至っていない小鬼兵士へ止めを刺す、銀髪武闘家の少女。

トゲ付きの手甲を嵌めた正拳を顔面へと打ち込み、今度こそ確実に仕留めた。

 

「――どうしても戦いたいんなら、あたし等の傍を離れんじゃないよッ!」

 

 鉱人の少女――鉱人斥候は先程投擲した鉈を小鬼の顔面から抜き取り、慄く少女に発破をかける。

手慣れた感のある4人の冒険者達と、膝が笑う新人冒険者の少女――。だがそれも無理はない。少女は今回が初の戦闘となる新人も新人の白磁等級。比べて彼等は、全員が鋼鉄等級の冒険者だ。

 

「――おぅ!飽きもせずにゾロゾロとやって来おるわッ!」

「――ハッ…任せな!おっちゃんっ!」

 

 鉱人斧戦士と斥候が、続々と迫る小鬼兵士の群れへと備え武器を構え直す。

 

「――よ~し!稽古の成果、お見せしますよ!」

「――其処の貴方は私の後ろへ…!」

 

 続いて銀髪武闘家と禿頭僧侶も警戒しながら、新人少女を背に退()がらせた。

迫る小鬼兵士(ゴブリンソルジャー)の中に小鬼の乗り手(ゴブリンライダー)が数体存在し、その内の一体が我先にと襲い掛からんとしていた。

事前情報では通常の狼に騎乗していたと報告を受けていたが、実際には異界の魔狼と呼ばれる生物を駆り、通常の狼に比べ凶暴性も膂力も高い。そんな魔獣に加え、訓練を受け装備に優れた小鬼兵士が操っている。1体だけとはいえ非常に侮り難い存在だ。先程も、戦士職の冒険者が喉笛を食い千切られ、若い命を落としたばかり。

 

「――うわわっ、コッチを狙ってますよ!」

 

 予想以上の敏捷性で迫り来る小鬼の乗り手、銀髪武闘家は機敏に対応出来る様、小刻みに軽くステップを踏む。

 

「――私にお任せを……蝋燭(ろうそく)の番人よ…知の防人よ…どうか闇よ落ちるなかれ…」

 

   ―― 聖光(ホーリーライト) ――

 

突撃するライダーに禿頭僧侶が立ちはだかり、奇跡を発現させる。発言と同時に錫杖の矛先から、眩いばかりの光が迸る。初見だったのだろう。魔狼もろとも小鬼は、その光を直に網膜で受け止め、体幹を大きく崩したライダーは横倒しに地面へと転がり落ちた。疾走中の勢いと相まって、地面を滑りながら転倒の勢いを殺せないでいる。

 

「――ようやったッ!」

「――今の内だぜッ!」

 

 転倒してしまっては、魔狼も小鬼も彼等にとって唯の的。鉱人斧戦士と斥候の二人は即座に動き、魔狼の頭部に武器を振るい仕留める。

 

「――貴方も手を貸して!経験積まないとッ!」

「――うっ…は…はいッ!」

 

 転倒し無防備な今が最大の好機。単体でも優れた戦闘力を誇り、真面に戦えば白磁の冒険者では歯が立たないのが、小鬼兵士の戦闘力だ。この新人少女の将来性などハッキリ言って未知数。しかし銀髪武闘家にとって、今の少女は自分に劣る新人そのものでもある。今や彼女も鋼鉄等級で、経験を積んだ冒険者として位置づけられているのだ。

見知らぬ新人少女とて守るべき後輩であり、今の銀髪武闘家は先達者――。

隙だらけの今の内に少しでも経験を積ませようと、戸惑う新人少女に声を掛け追従させる。

 

「――おりゃぁッ!!」

 

 仰向けに転倒した小鬼兵士の腹部に、真上から正拳を叩き込む。

 

「――よし、急所を狙って!」

「――…う…うわぁあっ!!」

 

 手甲付きの正拳を真面に叩き込まれ、白目を剥く小鬼兵士。しかし革鎧の上からでは未だ絶命には至っておらず、銀髪武闘家は止めを新人少女に託す。

現時点の実力なら銀髪武闘家でも止めを刺す事は容易であるが、敢えて彼女に任せる事にした。

寒村を飛び出し冒険者と成り、今回が初の実戦。幾ら安物の片手剣を所持しているとはいえ、この素人同然の彼女に急所など判別しようもない。しかし、首元なら生物関係なく急所には違いない。読み書きは疎か世間の一般常識すら疎い彼女だが、叫び声を上げながら無我夢中で小鬼兵士の喉笛に剣を突き刺した。

切っ先が肉を抉り紅い液体の吹き出す感触が、柄を通して伝達する。彼女は顔を顰めながらも、柄を握る手に力を込め剣を押し込んだ。

細やかな痙攣を起こしながら絶命する小鬼兵士。

 

「――……あ…ァ…」

 

 初の体験だったに違いない。

冒険者なら誰しもが通る道だが、彼女は生まれて初めて生物の命に手を掛けた。

その言い様の無い感触に愕然とし、突き入れた剣と骸となった小鬼に目をやるのみ。

だが、そんな少女の立ち直りを待ってやる様な、生易しい戦場など世界中何処にも存在しない。

後続の小鬼兵士が此方に狙いを付け、集団で迫り来る。

 

「――新人の嬢ちゃんは退いてな、後はあたし等に任しとけ!」

 

 未だ呆け呼吸を荒く乱す新人少女に、鉱人斥候が声を掛ける。

4人の冒険者達は次に備えるべく、へたり込む彼女の前に陣取った。

 

――…こ…これが…戦い…冒険者……。

 

震え覚束ないながらも彼女はゆっくりと立ち上がり、数歩を距離を置きつつ自分なりに武器を構える。

彼女の冒険も戦いも始まったばかり。

新人少女の前に陣取った4人の冒険者は、迫り来る小鬼集団を迎え撃った。

 

……

 

戦場の至る所で激闘が繰り広げられ、犠牲となった命が積み上げられてゆく。

機動力に優れた小鬼部隊は軒並み撃破されたが、堅牢な装甲を有す大型戦車は未だ健在だ。

幾人のも冒険者が、弓矢を始めとした飛び道具で牽制射撃を試みたが、まるで堪えた様子がない。

矢弾は、金属製の壁に阻まれ空しく跳ね返されるのみで、大型戦車の進撃を踏み留めるには至らなかった。

効果が無い事を悟った指揮官級の冒険者は、敢えて道を開け渡す。

下手に抵抗した処で余計な反撃で、死者が増えるだけだ。車輪を狙い擱座させるにせよ、何らかの手段で進撃を止めるにせよ、魔法の力を借りる必要があるだろう。

多数の小鬼を収容する大型戦車――。

それが複数存在しているのだ。

粗末な道具しか造れない筈の混沌最弱の異形――小鬼(ゴブリン)

後方に陣取る、呪文使いの部隊に託すしかない。

指揮官級の冒険者は、小鬼の歩兵中心へと狙いを定め部下達に指示を飛ばした。

 

幾つもの大型戦車――。その中で特別製の戦車に搭乗し、猛威を振るうホブゴブリンが居た。

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ――  戦慄の時 )

 

「GYERRVU!!」

(オラぁッ!吹っ飛びなぁッ!!)

 

筋骨隆々の体躯を持ち、従来のホブゴブリンとは明らかに違う特徴を有したホブゴブリン。

ダークゴブリン軍の中でも異彩を放つ、格闘術を行使する小鬼――格闘ホブである。

彼の指揮する戦車は、車体上部に旋回式の弩砲を備えている。

乱戦を繰り広げる冒険者の群れに照準を合わせ、弩砲の引き金(トリガー)を引いた。

野戦用の弩砲に比べれば幾分小型だが、この位なら格闘ホブ個人で扱う事が可能で取り回しも良好だ。同胞から放たれた、太矢(ボルト)の先端部には爆薬が仕込まれ、着弾した後、数秒後に爆発する所謂爆裂ボルトを採用していた。

小型大砲並みの威力を持つ爆裂ボルトだ。乱戦中の冒険者の足元に撃ち込み、数人が纏めて爆発に巻き込まれ宙を舞った。巻き込まれた冒険者は、何が起こったのかすら認識出来ず地面へと叩き付けられる。

その際、味方の小鬼が若干巻き添えを食った様だが、格闘ホブは大して気にも掛けず次弾装填へと移る。

そして前進させながら弩砲を何発も放ち、その度に冒険者達が吹き飛ばされた。

 

「GRRVU!」

(実に愉快痛快!スカッとするぜぇッ!)

 

当初、翼竜が廻される事がない事に不満を露わにした格闘ホブ。しかし、代わりに回されたのが、この弩砲付きの大型戦車だった。

鉄壁の装甲を持ち、何にも阻まれる事なく蹂躙し進軍する、戦車なる代物。その圧倒的な力の象徴は、今こうして冒険者に遺憾なく発揮されていた。冒険者の貧弱な飛び道具など正に無きに等しく、目に付いた連中は弩砲で纏めて吹き飛ばす。

最早止められるものなど、何処にも存在しない。

爆裂ボルトの威力の前に、中途半端な防具など何の意味もない。吹き飛ばされ地面へと落下した冒険者は、皆例外なく絶命しているか戦闘続行不能に陥っていた。後は適当な歩兵どもが止めを刺してくれるだろう。

すっかり御満悦となった格闘ホブは、下層の部下に命じ進軍速度の引き上げを要求する。

 

「GYEVO!」

(攻撃速度っ!!)

 

格闘ホブの命を受け、車体内部にて増速を宣言する小鬼。それに従いペダルを漕ぐホブ達も脚に一層の力を込めた。

格闘ホブ専用の戦車は速度を上げ、更に深く進軍する。機動部隊が壊滅した今、先陣を切っていたのは彼の戦車だ。

冒険者が大型戦車を敬遠し抵抗を試みながらも道を開けていた事には、格闘ホブ自身も気づいてはいた。だがそれは、誘引の為ではなく恐れをなしたからだと誤認していた。

 

「クッソっ…!あのホブ野郎、戦車に陣取ってやがったかっ…!」

 

 敵味方入り乱れる戦場に、重戦士は格闘ホブの姿を確認する。

彼の傍には、多数の小鬼が物言わぬ死体と成り果てている。槍の特性に慣れてきたのだろう。リーチを生かし敵の間合い外から、鋭い突きを食らわせていた。

姿を見ないと怪しんでいたが、まさか戦車に搭乗していたとは自身も思っていなかった。

金鉱山の戦い依頼、何かと印象に残っており何れ自らの手で決着を付けたいと望んでいた相手だ。

 

――まず戦車から引き摺り降ろさないとな。どうするっ…?

 

だが目的の相手が戦車に乗っていたのでは、手の出しようがない。流石に兵器相手に個人の力など無に等しいのは、彼とて百も承知なのだ。

 

『――各位ッ!自由戦闘!』

 

 都合の良い事に、隊長から自由意思での戦闘が許された。

 

「――わりぃ、俺はあの戦車を追う。ここを任せていいか?」

 

 近くで槍を振るう槍使いに、重戦士は声を掛けた。

彼の近くにも、多数の骸が転がっていた。手練れの小鬼兵士だが、彼は徐々に才能を開花させつつあるのだろう。今尚、小鬼兵士に対し善戦していた。

 

「――あ?気にせず行ってこい!…死ぬなよ!?」

「――そっちもな!」

 

 つい先程、自由戦闘の指示が飛んだばかり。槍使いは特に気にする風でもなく、重戦士を送り出す。

 

――待っていやがれ!ぶった切ってやるからよッ!

 

重戦士は秘かに戦線を離れ、目標の戦車を小走りに追う。

 

……

 

(推奨BGM ダークソウル ――  鐘のガーゴイル )

 

硬くも鋭い刃の閃きが、首筋を撫でた。

 

『――!?』

 

 一瞬何が起こったのかさえ気付いていないのだろう。

不可思議な疑問にも似た短い叫び声わ最後に、小鬼の首は胴体部から旅立ったのだ。

その表情は苦痛よりも、”何故?”といった色を濃く残していた。

 

「――ハァッ、せやッ、フンッ…!」

 

 太陽の騎士アストラのソラールの長剣が幾度も振るわれる度に、確実に刎ねられる小鬼の首。

彼が指揮する騎馬部隊の機動力と、そこから生み出される突撃の前に小鬼の歩兵部隊は餌食となるしかなかった。

馬の体重とそれに伴う質量、更に馬の機動力が備わり、大質量を以ての突撃戦法だ。

幾ら訓練と装備の優遇された小鬼兵士と言えども、騎兵の突破力の前には、小鬼の歩兵ごときで碌な抵抗など出来ようも無い。

元々騎兵は戦場の花形と言われるほどの兵種で、古来から幾多の活躍と逸話を創り上げて来たのだ。また見た目の華やかさも相まって、誰もが騎兵に羨望の眼差しを向ける程である。

歩兵と騎兵が真面にぶつかり合えば、ほぼ確実に騎兵が競り勝つ。

だが騎兵に弱点が無い訳ではない。

騎兵と言えども射程距離外からの攻撃や、長槍衾の壁で討ち取られる話は何ら珍し事でない。

当然ダークゴブリンも、この事は熟知しており対騎兵用にとホブ切り込み隊による長槍部隊を配置していた。

しかし、全軍が攻撃に移った事で、この陣形と足並みに僅かな乱れが生じた。

ソウルの感知と戦術眼を駆使したソラールとジークバルドは、今や好機と判断し一瞬の()()を突いたのである。

結果、ホブ長槍部隊を難なく突破した騎馬隊は、小鬼の歩兵部隊に対し斬り込みを敢行した。

 

「ハッハ~!やりますなぁソラール殿!」

「少しは我々の分も残しておいてくれよ!」

 

「その言葉、そっくりお返ししよう。ウワハハハッ!」

 

 彼だけではない。

カタリナの騎士ジークバルド、女騎士も、ソラール同様に馬上から剣を振るい、浮足立つ小鬼集団を悉く仕留めていた。

馬の突撃で陣形を吹き飛ばし、馬上からの剣で切り裂き、彼ら率いる騎馬隊に次々と討ち取られてゆく小鬼。

また彼等の部下である冒険者達も、多数の小鬼を仕留めていた。

馬を停める事なく突撃と斬撃を組み合わせた攻撃に、小鬼部隊は大きく数を減らしつつあった。

 

――ぬっ!?来たか!

 

ふとソラールは、遠方から矢が飛来するのをソウルで感知する。

 

『――総員右へ旋回!』

 

 彼は慌てる事なく、巧みな指示で騎馬隊に回避行動を命ず。

程無くして、彼等が居た位置に夥しい程の矢が雨霰の様に飛来した。

しかし回避に成功した騎馬隊の姿は其処に無く、残された小鬼の歩兵部隊が矢の餌食となり更に数を減らすのみ。

その矢は弩専用のボルトで、歩兵より後方に位置する重弩部隊が放った矢であった。

恐らく歩兵との戦闘中を利用し、味方ごと騎馬隊を仕留めようとの算段であったのだろう。

尤もソラールの指揮で、騎馬隊の被害は皆無。代わりに味方である筈の小鬼のみに被害が及ぶ結果を招いた訳である。

だがソラールは、そんな事には目も暮れず更に指示を出す。

 

『全体に告ぐ!目標、小鬼の弩部隊!我に続けぇッ!!』

 

『『『『『『――おぉうッ!!』』』』』』

 

 彼の指揮に皆が呼応し、互いが互いを鼓舞し合い、士気は更なる旺盛を見せた。

先陣を切るソラールは馬に加速を掛け、只管真っ直ぐに目標へと突撃を仕掛ける。

今や騎馬隊は一丸となり、一種の高速弾丸と化していた。

 

「――GROORVO!?」

 

 一方指示役の小鬼は、部下に次弾装填と次なる斉射を命じるが、弩の特性上、装填には時間を要し連射には向かない武器である。

その弱点を補うため、ダークゴブリンは全部隊の一斉射撃を基本的に禁じていた。

撃ち手を各班ごとに分け、一班が射撃した後、次の班が射撃に移る。その間に、次弾装填。それを繰り返すローテンションアタックにて、装填の隙を少しでも軽減しつつ連射すら可能としていた。

しかし指示役の小鬼は功を焦ったのだ。

特別報酬を期待し自身の株を上げる為、全部隊の一斉射撃を命じてしまった。

これが凡庸な騎兵なら、矢の餌食となっていた可能性も否定できない。

だが相手はソウルの感知が出来るソラールやジークバルドといった、火継ぎの英雄達だ。

その結果、味方のみを犠牲にし、彼等騎馬隊には何の被害を齎す事も出来ず、挙句には全員次弾装填という不様な隙を曝け出してしまった。

何度も言うがここは戦場――。

そんな誤った判断を下す小鬼が抜けている。

 

―― 奴等はバカだが間抜けじゃない ――

 

過去にゴブリンスレイヤーが発した言葉だが、訓練を受けた小鬼にも拘らず全員が間抜けだったようだ。

そんな間抜けな重弩部隊が戸惑っている間に、騎馬隊が目前へと迫っていた。

残念だが、最早手遅れ。

 

「――小鬼共を蹴散らせぇっ!!」

 

 ソラールの命に、質量弾と化した騎兵が小鬼群を蹂躙する。

 

『――GORVO!』

 

 馬の蹄に踏み潰される者――。

 

『――GOV!』

 

 逞しい馬の体躯に吹き飛ばされる者――。

 

『――GRVO!』

 

 剣で切り裂かれる者――。

 

『――GOORVO!』

 

 刃で貫かれる者――。

 

「――再度、突撃ぃッ!!」

 

 騎馬隊は何度も戦場を往復し縦横無尽に駆け巡る。

騎兵が通り過ぎる度に、小鬼は蹴散らされ、絶命し、重弩部隊は機能を喪失した。

小鬼達はバラバラとなり、四方八方へと戦場から逃げ去る。

 

「「「――小鬼め、逃がすか!」」」

 

 血気盛んな若き新人達が、逃げ惑う小鬼を追撃しようとする。

 

「――追撃はならん!我等には次なる目標がある事を忘れるな!」

 

 そんな彼等にジークバルドが諫め、次の目標へと指をさす。

彼の指す方角は小高い丘、其処に小鬼の集団が待ち構えていた。

 

「……小鬼の呪文使い共か…!」

 

 女騎士は、丘に鋭い視線を向け睨み付ける。

彼女が言う通り小高い丘の上には、小鬼の呪文使い達が多く集い何やら詠唱を始めていた。

ダークゴブリン側近の一人、大シャーマン率いる小鬼呪文使いの部隊だ。

 

『――目標、丘の呪文部隊!全騎、我に続けぇッ!』

 

 隊列を立て直したソラールは、すぐさま小鬼の呪文部隊へと突撃を開始した。

小鬼の呪文部隊は幾つかの班に分かれ戦場至る所に展開し、護衛部隊に守られながら詠唱を始めている。

直ぐに呪文を行使しない辺り、大呪文の準備に移っているのだろう。その事を念頭に置きながらも、ソラールは騎馬部隊を加速させた。

騎馬部隊の接近に気付き、複数の小鬼が迎撃を呼び掛ける。呪文使い達を護衛する小鬼は一斉に矢を射ち放った。放たれた矢は束となり、騎馬へと襲い掛かる。

 

『――ぐえっ!?』

『――ギャッ!?』

『――ごふっ!?』

 

 幾人かの騎兵が、小鬼の矢の犠牲となり落馬した。

 

「――怯むなぁッ!突き進めぇ!」

 

 対するソラールも一層の奮起を促し、騎馬部隊は呪文使い目掛けて突進する。

 

『――GOR!』

『――GOVO!』

『――GRVO!』

 

 馬の速度を伴った大質量に騎兵の刃が上乗せされた突撃戦法。護衛部隊もろとも小鬼の呪文部隊を粉砕してゆく騎馬部隊。

 

「――このまま次を攻めるぞ、続けぇッ!!」

 

 ソラールの号令で、騎馬部隊は余勢を駆ったまま次の呪文部隊を目指す。だが幾つかの班は詠唱を終え、呪文を発現させてさせていた。

 

「――んッ!?分厚い雲…いつの間に…?」

 

 馬を駆りながらも、空模様の異変に気付いたのは女騎士。

ここ数日、近隣一帯の天候は良好で晴れ日が数日続いていた。だが、ふと影が差した事に気付き、空を見上げてみれば辺り一面は巨大な積乱雲に覆われているではないか。空一面、不気味なまでに灰色の積乱雲が上空を支配していたのだ。

よく耳を凝らせば所々、雷鳴が彼女の耳に届く。薄っすらとだが確実に――。

 

――自然の成り行き…ではないな…!まさか小鬼がっ…!?

 

天候が崩れる気配など微塵も無かった。先日の作戦会議でも、天候が下り坂になるという懸念は無用だった。偵察部隊の冒険者には、天候を読むに長けた魔術士が所属しており、その人物から情報が提供された。見ず知らずの間柄だが、信頼に値する情報筋だ。

急激な天候の悪化――。

自然条件下ではない事を示唆している。即ち魔法の行使によるものだろう。真言呪文か精霊魔法かは判別しかねるが、味方間で天候を操る必要などない筈だ。――となれば、これは小鬼側の仕業と判断出来る。

 

――何人か気付いている様だな。無論あの二人も。

 

呪文部隊を蹴散らしながらも、ソラール、ジークバルドを始めとし、幾人かの騎兵は天候の異常さに時折視線を傾けている。

進言しようと脳裏を過ったが、二人が勘付いたのなら心配はあるまい。

 

『――全騎!小鬼の呪文を阻止する、急ぐぞぉッ!!』

 

 女騎士の予想通り、ソラールが更なる号令を掛け、呪文部隊の早期壊滅を促す。実践を通じ慣れが生じてきたのだろうか。騎馬部隊の陣形再編速度が確実に増していた。

何時になく短時間で進軍再開の準備が整い、騎馬部隊は次の呪文部隊へと馬を走らせた。

だがこうしている間にも小鬼の詠唱は次々と完了し、その度に空模様が暗く淀みながら、徐々に風足が強みを帯び始める。蹄に引き千切られた草木の切れ端が風で舞い上がり、僅かな土煙が宙を舞う。

 

『――GROORVO!』

(我が策ッ!成れりッ!!)

 

小鬼言語で高らかに叫ぶは、側近の一人で呪文部隊を率いる小鬼大シャーマン。

今や空は完全に荒れ果て雷鳴が轟く。

辺り一帯は強風に見舞われ、騎馬部隊も小鬼も耐え忍ぶのが精一杯だ。

騎馬部隊の妨害はあったものの、小鬼の呪文は発動してしまったのだ。

大シャーマンは、始めから通常呪文での支援など考慮に入れていなかった。敵部隊との距離が離れている隙に、詠唱や準備に時間が掛かる大呪文にて戦局を傾ける作戦に出ていた。

敵の妨害を万が一に想定し、予め複数の班に分け呪文の行使に至っていた。

しかも呪文単体での使用に留まらず、真言、精霊、両方を駆使した作戦だった。

まず、精霊魔法に長けた小鬼の呪術士(ゴブリンシャーマン)複数共同で、天候を操り変化させる。

彼等が行使した精霊魔法――。

 

   ―― 降霊(グレート・ゴースト・ダンス) ――

 

困難な儀式と希少価値の高い触媒を用いて、高位の精霊に働きかける高等魔法である。

本来なら1000人以上の精霊使いと高価な触媒を用い、尚且つ長時間の儀式と祈りを捧げる事で初めて発現が可能となる魔法である。

しかし呪文使いは貴重な存在だ。

ダークゴブリンは長い年月を費やし、”洗礼の儀”と呼ばれるソウルの付与を呪文使い達に行ってきた。

更にそれだけではない。

魔力の器の役割を果たす『魂石』と呼ばれる道具と、彼等が捕らえた魔神達の魔力をも媒介とする事で、総数約100体前後の呪文使いで発現させる事に成功していたのだ。

 

――しかし、些か効果が弱めですねぇ。想定以上に、人族の妨害が効いていますかぁ。

 

この大呪文も、本来想定していたよりも効果は見込めてはいなかったようだ。

大シャーマンの見解通り、ソラール率いる騎馬部隊の強襲が思いのほか効いているのだろう。

荒れ狂う風も天候も、大シャーマンの期待通りとはいかなかったらしい。

 

――まぁよいでしょう、我等の役割を果たすのみですねぇ。

 

「GOV、GRO、GORVO!」

(グラキエス《氷》…、テンペタス《嵐》…、オリエンス《発生》!)

 

 だが直ぐに意識を切り替え、大シャーマンは次の真言呪文の行使に移る。

彼が発現させたのは真言魔法、吹雪(ブリザード)。先程、大魔法である『降霊』を行ったにも拘らず、続け様に呪文の発動。相当の消耗を強いられている筈だが、彼はおくびにも負担を感じていなかった。それ程までに、魔力の潜在能力(ポテンシャル)が高いのだろう。

他の真言魔法使いの班も吹雪を発動させ、大シャーマンも同時に吹雪を放つ。

しかし面妖な事に彼等は冒険者達を直接狙わず、上空へ向け、吹雪を解き放ったのだ。

 

――小鬼共の真意が読めん。だが、戦力を削るなら今を於いては!

 

天候を操り多人数の吹雪を起こしたにも拘わらず、呪文に矛先は冒険者に直接向けられたものではなかった。その不可解な行動に疑念を抱きながらも、ソラールは騎馬隊へと指示を出し更なる追撃を加えんと動き出す。

 

……

 

(推奨BGM Antti Martikainen ――  Battleworn )

 

 激闘渦巻く戦場。その上空では15体の翼竜が空を舞い、先陣を切るのは小鬼軍の長、ダークゴブリンだ。

大シャーマン率いる呪文部隊が引き起こした大呪文は、彼等の領域にまで影響を及ぼしていた。

勢いを増す強風。飛翔に悪影響は無いが、ダークゴブリンの表情は些か忌々し気だ。

 

――奴め。本性を現しおったか…!

 

天候の荒れ具合は、大シャーマン率いる呪文部隊による仕業である事は、直ぐに把握出来た。

だが予定とは違い、そのタイミングが少々早かったのだ。地上では同胞である小鬼が冒険者達と乱戦を繰り広げ、膠着状態にあるものの決して不利な戦況とは言えない。

今のタイミングで呪文を完成させ策を成せば、味方もろとも見込む事は目に見えている。

恐らくそれを見越した上で、大シャーマンは高位呪文の行使に踏み切ったのだろう。

平時は従順な姿勢を見せていた大シャーマンだったが、本人自身はダークゴブリンに忠誠を誓っていなかった。

元々彼は、外なる混沌の神『覚知神』を信仰しており、魔神軍への帰順を強く望んでいた。

今になって本性を現す。

恐らく自分の意にそぐわない同胞を、味方ごと排除する腹積もりなのだろう。

邪魔者を消し去り、自身に賛同する者を引き連れ、戦が終わった機を見計らい戦場を後にする。その後は、ゆっくりと魔神軍へと合流し帰順を果たす。そういう計画に違いない。

このままでは無駄な被害を増大させるだけだ。ダークゴブリンは側近の一人であるバンダナゴブリンへと命を下す。

 

「GROOV!」

(大シャーマン)が動いた。貴様は()の作戦に移りつつ、味方の退避を促せ!)

 

「GYERRVU!」

(御意、ボス!)

 

指示を受けたバンダナゴブリンは、部下を追従させ隊列を離れる。またバンダナゴブリン自身も部下に命じ、班を散開させた。

 

「GROO!GOV!」

(我等はこのまま、敵本陣を目指す!いいかっ!他には目もくれるなよッ!)

 

残りの味方に指示を出し、ダークゴブリンの翼竜隊は只管に敵本陣を目指す。敵本陣を一気に叩き、指揮官である剣の乙女を仕留める。六英雄の一人であり支柱ともなっている彼女させ叩けば、冒険者の騰勢は一気に崩れ去り、揺るぎない勝利が約束されるだろう。

翼竜隊は隊列を整え、速度を上げながら荒れる空を()けた。

 

……

 

濃厚な灰色の積乱雲が空全体を覆う戦場。一糸乱れぬ編隊を維持しながら、複数の翼竜が此方に迫り来る。

 

――来たわね、翼竜(ワイバーン)

 

地上から、それを見据える一人の魔術師の女性冒険者。

 

『――皆、準備は良い!?詠唱始めッ!』

 

 指示を出す彼女の周囲には、多くの魔術士たちが付き従っている。部隊長を務めているのだろう。彼女の首には紅玉等級の認識票が揺れていた。

 

『『『『『『サジタ《矢》…、ゲルタ《命中》……』』』』』』

 

「…サジタ…ゲルタ…」

 

 多くの魔術士達が彼女の指示通り、真言魔法『力矢』の詠唱に入る。

その集団には槍使いの相方を務める”魔女”も含まれていた。

彼等は翼竜に対抗する為の、対空部隊である。

指揮官役の魔術師は、直ぐに呪文を発動させる事なく投射の機《タイミング》を窺い、翼竜を睨み付けている。

 

――今っ!

「――ラディウス《射出》!!」

 

 目を見開いた彼女は、最後の真言を唱え『力矢』を翼竜隊へと投射。

 

『『『『『――ラディウスッ!!』』』』』

 

 彼女の投射に呼応し、周囲の魔術士達も一斉に力矢を解き放った。

だが、魔術士たち一人一人が放った力矢は、一人に付き一本という心許ないものだった。

此処に居る彼等は全員が、複数の矢を顕現させるほどの魔力を有する極めて優秀な冒険者達だ。

力矢の最大射程距離は、原則60メートル。

しかし高速で飛翔する翼竜に向けての投射。目標を追尾する力矢だが、翼竜相手には些か物足りない射程距離で命中する前に消滅する恐れがあった。

そこで彼等は工夫を凝らし、敢えて発射数を減らす代わりに余分な魔力を一本の矢へと集中させたのである。

これにより射線数は激減したものの力矢の質は強固なものとなり、何倍もの射程距離と弾速及び追尾性を獲得した。

総数10本ほどだが、強力で太い力矢が翼竜隊へと襲い掛かった。

 

――賢しい真似を。

 

力矢の飛来に感付くダークゴブリンは翼竜を巧みに操り、部下達もそれに倣いマジックミサイル(力矢)をやり過ごす。

魔力の矢は全弾翼竜を通り過ぎたが、追尾性能を持つそれは旋回し再び翼竜へと目指す。

 

「――GRUUB!」

(――総員、加速ッ!)

 

ダークゴブリンは更に翼竜の速度を上げ、追い縋る力矢の群れを振り切ろうと、魔術士部隊の頭上を通り過ぎる。

 

『――クソ!振り切られるッ…!』

「これで良いの、予定通りよ。機を見計らい、味方部隊と合流するわ!」

 

 その光景に若き魔術士の冒険者が悔し気な表情を浮かべるが、指揮官役の魔術師は予定通りだと諭す。

彼女の指示通り、集団は早々とこの場を後にし、味方部隊との合流を図った。

呪文部隊をやり過ごし、力矢を降り切らんばかりの翼竜隊。だが進行方向に、別の呪文使いの部隊が待ち構えていた。

 

『――対空射撃!サジタ、ゲルタ、ラディウスッ!!』

 

 指揮官役の呪文使いが力矢を発動させ、周囲の部下達も一斉に呪文を解き放つ。再び魔力の矢が翼竜部隊に対し追尾を開始する。

 

――性懲りもなくっ!

 

先程の部隊が放った力矢と今の力矢が組み合わさり、相当な射線数で翼竜を討たんとしていた。

内心舌打ちながらも、ダークゴブリン率いる部隊は翼竜を巧みに駆り回避行動へと移る。

自在に旋回と宙返りを駆使する程の卓越した技術。ダークゴブリンは無論、部下の小鬼も優れた技量を有しており、誰一人被弾を許す者は居なかった。

やがて今の集団を通り過ぎた翼竜部隊は、剣の乙女が座する本陣へと迫る。

 

『――総員、後退!これより合流に移る!』

 

 端から見れば、対空射撃は効果なしと言わざるを得ないだろう。だが指揮官役の呪文使いは、落ち着き払った様子で周囲に指示を飛ばした。

 

「…なんか怪しい雲行きだな」

 

 魔法職冒険者の一人が空を見上げ、誰に向けるでもなく一人呟く。

少し前から感じていた天候の異変。魔力の行使と知識に長けた彼等だ。これが自然の成り行きではない事を彼等は悟っており、魔法によるものだという事も理解していた。

当然、周囲の魔法使いたちも同様の反応を見せ、空の異変に苦い表情を浮かべる。

これから起こり得る事象に、ある程度の予測を立てながら彼等は退避を兼ね後退を開始した。

 

――ちっ!またかッ!

 

ダークゴブリンは隠す事も無く、イライラし気に顔を顰めた。

眼下には、またもや冒険者の集団が待ち構えていたのだ。

 

『――時は今ッ!サジタ、ゲルタ、ラディウスッ!!』

 

 年配の魔法使いが、真言魔法を放ち周囲も一斉に力矢を放つ。

新たな力矢が地上から駆け上がり、翼竜隊へと襲い掛かった。

 

――何度撃とう無駄だッ!

 

ここまで露骨に同じ戦法で攻める冒険者達。初遭遇でさえ回避に成功した手前、3度目の射撃など用意に回避し切り被弾する事はなかった。

しかし、この様な粗末な戦術にダークゴブリンの感情は、俄かに昂り憤慨を眼下にぶつけてやりたい衝動に駆られる。

『――GRUOG!GRO!』

(――各位、最大戦速ッ!このまま直進にて本陣へと迫るぞッ!)

『『『『『――GOA!!』』』』』

 

 最早苛立ちをも隠そうとせず、激昂しながら部下に指示を飛ばすダークゴブリン。こうなれば、小細工抜きの最高速で本陣を目指すのみだ。回避ではなく、速度を以て追い縋る力矢を振り切る作戦へと切り替えた。

 

――人族共め。どう言うつもりかは知らんが、本陣に到達した時が貴様等の最後よっ!

 

繰り返し行われた対空戦術に、ダークゴブリンは辟易と憤慨を同時に抱き憎悪の念を滾らせる。

翼竜隊は、唯々直進を描く最短コースで本陣を目掛けた。

そこに巧みな技術など不要だ。ただ翼竜の躍動に身を委ねればいいのだ。その飛翔速度は先程の比ではなく、瞬く間に本陣との直線距離が縮まる。

 

   ―― 眼下の本命に気付かぬまま ――

 

「――!」

(――見えたッ!)

『――斉射ぁッ!!』

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ――  戦いの衝動 )

 

 ()()は同時に起こった。

歓喜と困惑、二つの感情が()い交ぜとなり彼の胸中に混沌を描く。

速度を上げた事により、追尾していた力矢は魔力を失い消滅。その後、目標である本陣を視界に捉え勝利を確信したダークゴブリン。

だが時を同じくして、地上から放たれる運河の如き太矢(ボルト)の洗礼。

ほんの僅か時間だが、彼には何が起こったのか思考が追い付かなかった。

気が付けば、部下の駆る翼竜が次々と矢の餌食となり撃ち落とされてゆくではないか。

ダークゴブリンのみならず部下の小鬼も、碌な回避行動も対応策も執れずに矢の奔流に晒されていたのである。

 

『――GOB!』

『――GUB!』

『――GOV!』

 

 地上から間断無く放たれる矢の嵐。だが唯の弓矢に此処までの威力は出せない筈だ。この高度なら大抵の矢は失速し、翼竜が墜とされる事は先ず無いのだ。

その間にも、部下の小鬼と翼竜が矢に貫かれ地上へと叩き落され絶命する。翼膜を穿たれ、胴体を突き破り、脳幹に穴が空く。

 

――何だッ!?あの兵器はッ…!?

 

運が良いのだろうか。未だ矢に捉えらる事のないダークゴブリンは、地上から矢を放つ見た事も無い代物を凝視した。

よく見れば、大型の台座の様な箱形から矢が連続して撃ち出されていたのである。

 

「…ふむ、手応えあり…だ!」

 

 口髭を整え小奇麗な上質の武具を纏い首には銅の認識票を下げる、銅等級冒険者は確かな手応えを感じ取った。彼が対空部隊の指揮官でもある。

対空射撃に使用した兵器。それは世間一般に『連弩』と呼称されている兵器である。文字通り、弩の太矢を広範囲かつ連続に射出できる兵器で、主に多数の敵や集団戦で効果を発揮する。

 

(推奨BGM Antti Martikainen ――  Overkill )

 

「――続いて第2班、第3班、斉射始めッ!完全に仕留めよッ!!」

 

 作戦を完全にすべく、彼は部下に命を下す。彼の周囲には、幾つもの連弩が設置されていたのだ。

彼の指示に従い、幾つもの連弩が一斉に火を噴いた。それにより夥しい数の太矢が、満身創痍の翼竜隊へと殺到する。

全ては彼の作戦だ。

先程の呪文部隊は、いわば擬態と言っていい。

飛翔する翼竜に対し、通常の弓で仕留める事は困難を極め、余程の技術を要すだろう。ならば、有効策として真言魔法の力矢が挙げられる。この魔法は動く敵に対し、矢が消失するまで追尾し続ける特性がある。非常に使い勝手が良く、状況を選ばない極めて汎用性の高い呪文であり、命中率を重視するのであれば力矢が有効というのが、世間一般の通説であった。

その通説は小鬼側には伝達されており、ダークゴブリンも力矢を放つ呪文部隊が対抗策だと認識していた位だ。

しかし銅等級冒険者は、その通説と心理を逆手にとっていた。

先ず力矢での対空射撃を試み、意識をそれへと向けさせる。その戦法を繰り返す事で、次第に慣れと苛立ちを芽生えさせ冷静な判断力を奪い去る。そして最後に意表を突き、見慣れないであろう連弩にて斉射を浴びせる作戦だ。

だが幾ら連弩と言えども、闇雲に飛翔する翼竜を狙った処で命中は期待出来ないだろう。

呪文部隊による繰り返す力矢での牽制は、飛翔コースを限定させる役割も併せ持っていた。コースを限定させ、合計10台もの連弩にて面制圧での斉射。充分に引き絞られた弩なら、失速させる事なく翼竜の胴体へと突き刺す事が出来る。その上で予め決めておいた空域へ、広範囲の一斉射撃。それなら、ほぼ確実に捉える事が可能。

結果、その試みは見事に的中し現に翼竜部隊は壊滅寸前となっていた。

今日この日の為に、銅等級冒険者は資金と人脈を駆使し連弩と作戦を用意していた訳だ。

合計10台から成る連弩による広域斉射。

翼竜は軒並み墜とされ、運よく絶命を免れた処で地上の冒険者が止めを刺し確実に仕留めてゆく。

 

「――一矢報いたぞ、ダークゴブリン!」

 

 銅等級冒険者は灰色へと変貌した空を見上げ、あの時の雪辱を果たした事を感じ取る。

 

「GYEVO!」

(おのれ人族め!謀ったかぁッ!)

 

矢の雨に晒される中、辛うじて落下から免れていたダークゴブリンと翼竜。だが、数本の太矢が遂に翼竜の翼を捕らえた。

 

『――GYEGYE!!』

 

 片方の翼膜と脚部に矢が突き刺さり、悲鳴を上げながら大きくバランスを崩す。

 

「GYEVO!」

(もう良いッ!『アルド』、帰れッ!)

 

 アルド――翼竜の名前なのだろう。

名を付ける程に情を注ぎ、苦楽を共にして生きた相棒であったが、傷を負い失速寸前だ。

相棒の死を恐れたダークゴブリンは、翼竜に帰還を命じ自身は地上へと飛び降りた。

主人を失い傷を負ったままの翼竜は叫び声を上げながら、彼方の方角へと飛び去った。恐らく、あの離島へと向かったのだろう。

自由落下に身を任せ地上の冒険者を睨むダークゴブリン。

 

――この代償は高く付くぞ、人族共っ!

 

憤りと嘲りに端正な表情は醜悪に歪む。報いを受けさせなければ。

目には目を――()には()を――。

 

「俺の力矢は一味違うぞ。サジタ《矢》…、ゲルタ…《命中》、ラディウス《射出》!」

 

 先程の力矢を思い返し、自身も真言魔法『力矢』を発動させ、地上へと解き放った。

 

『――呪文が来るぞ!総員、防御態勢ッ!』

 

 ダークゴブリンの呪文を察知し、防御を呼び掛ける銅等級冒険者。

その命を受け、各々が盾や遮蔽物に身を隠す。

しかし、ダークゴブリンから放たれた力矢は、人族の()()とは大きくかけ離れていた。

どんな熟練者でも、現状4~6本を同時に放つのが関の山である。

だがダークゴブリンから射出された力矢は、”()()本”を越えていた。

文字通り桁違いの射線数である。

 

「――な、あり得ねぇッ!」

「――どういう事だ!」

「――コイツ、ホントに小鬼なのか!?」

 

 尋常ならざる怪現象を目の当たりにした呪文使い達は、驚愕の声を上げながら迫り来る力矢に釘付けとなっている。

本数だけではない。一本一本の力矢が、桁違いの追尾性と弾速を有し威力も申し分なかった。薄い木製の盾程度なら、容易く貫通してしまう程の威力だ。

 

『『『『『――ぐぎゃあぁぁっ…!!』』』』』

 

 粗末な防具しか有していない呪文使いは忽ち力矢の餌食となり、絶命する者、重傷を負う者が続出した。

 

「ぐぅぅっ…、何という威力だ…!」

 

 現場の指揮官である銅等級冒険者も、自前の盾で何とか防いだものの魔力の余波が防具を通し身体に到達していた。余波だけでも激痛が全身を覆うが、彼は歯を喰いしばり耐え抜く。

ダークゴブリンの放った力矢、半数の呪文使いが戦闘不能に追い込まれた。

 

「うぅぅ…」

「あ…あぁ…」

「こ…こんな…」

 

 大地に横たわり藻掻き苦しむ呪文使い達。呻き声を漏らし、立ち上がる事もままならない状態だ。

未だ自由落下中のダークゴブリンは、愛用の黒い剣『ダークソード』を引き抜き、勢いのまま連弩の一つを叩き割った。

剣の衝撃と彼の膂力が組み合わさり、連弩は見るも無残に砕け散る。もう機能する事はないだろう。

 

「連射型の弩砲とはな。なかなかどうして面白い物を造るものだ、人族よ!」

 

「…ぬぅ…ダークゴブリン…!」

 

 着地したダークゴブリンは連弩を叩き切りながらも興味を持つ。対する銅等級冒険者を筆頭に冒険者側は、武器を構え警戒する。

 

「さぁ、どいつから死にたい?」

 

 漆黒の剣を翳し、包囲されているにも拘らず余裕の表情で冒険者達に睨みを利かせる。

 

「――小鬼如きがッ!」

「――叩き切ってやるっ!」

「――仲間の仇よッ!」

 

 腕に覚えがあるのだろう。魔法職とはいえ、接近戦の心得がある冒険者達が複数、ダークゴブリンへと殺到する。

 

――遅いな!

 

一瞬の出来事だった。

瞬時に冒険者の間を駆け抜け脚を止めたと思えば、数人の冒険者は声もなく倒れ伏し以降、動く事はなかった。

ダークゴブリンの桁違いな瞬発力に、冒険者側の反応は追い付かず、一瞬で切り裂かれていたのだ。

ダークソードには、彼等の返り血がこびり付き滴り落ちている。

彼等とて手練れの冒険者であり、本来なら小鬼如きに後れを取る事など決してない。そんな彼等が瞬きする間に討ち取られたのだ。

僅か一瞬の出来事だったが、たったそれだけでダークゴブリンの強さが味方内に伝達してしまった。

 

「――ば、馬鹿な…?」

「手練れを容易く…」

「何が起きたの…?」

 

 圧倒的な実力を誇るダークゴブリンを前に、部隊に動揺が走り脚が竦んでしまった。

 

「ククク、次は誰だ?」

 

 剣を手元で弄びながら、次の獲物を求めるダークゴブリン。

 

「私が出るしかあるまい」

 

 銅等級冒険者が上質の細剣を構え、前へと出る。

金鉱山での戦いでダークゴブリンの強さは熟知していたつもりだったが、その強さの前に熟練者の彼と言えども緊張を隠せないでいた。

 

「銅等級か。良かろう、遊んでやる!」

 

 不敵な笑みを浮かべ、彼に対するダークゴブリン。

 

『――ご無事ですか!』

『――加勢します!』

『――これだけ居れば!』

 

 覚悟を決める彼の下へ、他の魔術士部隊が合流を果たした。彼等は先程翼竜隊を牽制した集団である。

 

『こいつがダークゴブリン…!』

『本当に黒いわね!』

『これだけの呪文、受け切れるか!』

 

 合流した魔術士達は、一斉に呪文の詠唱する。

一気に味方戦力が増え、銅等級冒険者は含め周囲の士気は再び盛り返しを取り戻す。

 

「ふむ、これだけ居れば或いは――」

 

 犠牲者は多かったものの、多数の味方に囲まれれば安心感も増そうというもの。

銅等級冒険者も心が安定し平静を取り戻す。慎重に構えながら、位置取りを変えダークゴブリンの隙を突こうとした。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ――  危機との遭遇 )

 

 弾頭に仕込んだ火薬が炸裂し爆発を引き起こす。

専用の大型戦車に設置された旋回式の弩砲が、猛威を振るっていた。格闘ホブと複数のホブゴブリンが搭乗する小鬼戦車(ゴブリンチャリオット)

弩砲から射出されるのは爆裂式の太矢《ボルト》で、着弾と同時に爆発する特性を持つ。そのお陰で、冒険者達は見事に吹き飛ばされているのだ。

 

『クソッ!他の戦車も厄介だが、コイツを何とかせんと…!』

 

 しかし脅威となっていたのは何も、格闘ホブの戦車だけではない。他の小鬼が操る大型戦車も複数存在し、戦場を蹂躙していた。

その戦車部隊に抗するのは、精霊魔法に長けた集団だ。

堅牢な装甲を有す大型戦車を相手に、通常の歩兵では歯が立たず、敢えて後方に位置する精霊魔法部隊に対処を任されていた。

手練れの精霊魔法使いが団結し、石弾の魔法を投射――。

初心者なら小石程度の弾丸しか飛ばせないが、手練れが集結すれば大岩程の弾丸を複数まとめて放つ事も出来る。

それを車体ではなく、一つの車輪を集中的に浴びせ損壊、又は車輪の間にねじ込ませ絡ませる事で擱座を狙った。

重量の嵩む大型戦車だ。車体の支えと駆動部を司る車輪を一つだけでも破壊できれば、大型戦車はバランスを崩し使い物にならなくなる。

その戦法で約3台の大型戦車を無力化させ、残るは格闘ホブの専用戦車を含め2台を残すのみとなっていた。

 

「――よっしゃ!出来上がったぞ!」

 

 重戦士の一党に属している只人の少年斥候。味方との共同で工作を終え、伝令役に合図を送る。目標は、一台の大型戦車。格闘ホブの戦車は取り敢えず後回しにし、先ずは通常の大型戦車に狙いを絞る。

伝令から合図を受け取った精霊使いは周囲に指示を出す。

 

『『『『『清き水と汚れた水、混ざり合って濁ったならば、見通せる者などいやしない!』』』』』

 

―― 隠蔽《インビジブル》 ――

 

複数の精霊使いが共同で魔法を行使する。彼等が発動させたのは、隠蔽(インビジブル)という対象を秘匿する為の精霊魔法だ。

正攻法で大型戦車を破壊するのは困難と判断し、急ごしらえだが罠を以て無力化させる作戦に出た。

だが小鬼とはいえ、罠に気取られれば警戒し回避される恐れがある。故に、罠の存在を隠す為に精霊魔法にて隠匿した。術は滞りなく成功し、後はもう一手の成功を待つのみ。

 

『――おい来たぞ!こっちも準備は良いな!』

 

 別の精霊術士の部隊が身を屈めながら、大型戦車をやり過ごしていた。

戦車に搭乗する小鬼達は、彼等の存在にも気付かず得意気に弩を乱射している。

 

――今の内に精々調子付いていろ!目に物を見せてやる!

 

通り過ぎたのを見計らい、彼は部下達に精霊魔法の行使を命ず。その中には、重戦士の一党に属し少年斥候の相方を務める、圃人の少女巫術士も加わっていた。

 

『『『『『風の乙女(シルフ)や乙女、接吻おくれ。わしらの船に幸ある為に!』』』』』

 

   ―― 追風(テイルウィンド) ――

 

追風。彼等が行使した風の精霊魔法である。任意の対象や乗り物の移動速度を速める効果が有り、主に移動手段の一環として使用される事が多い。

だが彼等は小鬼の大型戦車へと、この術を施した。風の精霊が作用し、大型戦車の進行速度が大幅に上昇する。

 

「「「「――GROV!?」」」」

 

 登場している小鬼達には、何故速度が急激に速まったのか理解できる者はおらず、寧ろ有頂天となり阻む全てを蹂躙する意気込みさえ見せた。

速度が上がれば制御の難易度も跳ね上がり、それだけ操縦技術を要する。ただでさえ大型で重量の戦車だ。もし過剰な速度で、一度でもバランスを崩そうものなら――。

 

「「「「「――GUYEAB!!?」」」」」

 

 異常に速度を増した大型戦車は、工作部隊が設置した『落とし穴』へと見事に突っ込み、完全に身動きの取れない状態へと至る。

落とし穴そのものは比較的簡素で浅かったが、大型戦車の重量と質量の相乗効果で復元は不可能となった。これが小型の戦車なら、小鬼が力を合わせて脱出できただろう。尤も小鬼とは我先に逃げ出す生き物なのだが…。

前倒しに車体が傾き、先端部分は上手い具合に地面に引っ掛かったまま。それにより車輪は宙にを浮いたままで、大型戦車は完全に無力化された。

 

『『『『『――GOV、GOV、GOV!』』』』』

 

 同胞など構うものか!――と中の小鬼は挙って脱出を図り、車体から次々と這い出て来た。

 

「――地上へようこそ」

「――歓迎しましょう、盛大にね!」

 

 ()()うの(てい)で辛うじて脱出に成功した小鬼達。だがそんな彼等が見逃されよう筈も無く、少年斥候と半森人軽戦士を含めた幾多の冒険者達が不気味な笑みを浮かべ、小鬼達は皆殺しにされた。憐れ――。敵陣真っ只中で、罠にかかった時点で彼等の命運は尽きていた。

こうして通常の大型戦車は無力化され、残るは格闘ホブの駆る専用戦車のみだ。

だがコイツが思いの外厄介で、石弾や生半可な雷矢などモノともせず、反撃の弩砲で部隊が次々と爆発に巻き込まれる。

 

『――手に負えない!何とかしてくれっ!』

『――石弾も雷矢も殆ど効果が無いわ!』

『――祖竜術の腐食《ラスト》が有ればッ…!』

『――竜司祭は居ないのかッ!?』

『――他の手を考え…うおぉォっ!?』

 

 手を焼く冒険者に容赦なく大型の爆裂ボルトが撃ち込まれ、爆発に吹き飛ばされる。

金属物を急激に腐食させる腐食(ラスト)が存在するが、この術は祖竜術と呼ばれる系統の奇跡で、竜司祭でなければ行使する事が出来ない。

竜司祭は主に蜥蜴人に多く見られるが、この戦場には誰一人として参戦していなかった。

混乱している間にも被害は増す一方だが、別分隊の精霊使い達が駆け付ける。

 

『――土なら豊富に有る!何とか土の精霊術でっ…!』

『――どうするのっ!?穴でも掘る気?!』

 

 精霊術を行使するには大抵、触媒が必須となる。

水の精霊術なら、水や液体――。

火の精霊術なら、蠟燭や松明の火種――。

そしてこの戦場では、激戦で捲れ上がった土が散乱していた。つまり、土に準じた精霊術が最も効果を発揮する環境でもある。

祖竜術の腐食(ラスト)で、金属製の車輪を腐食ないし脆くさせる事が出来れば、脱輪や転倒が期待できたのだが、無い物ねだりしている時ではない。

今の現状で事態を打破出来ねば、自らの命が危険なのだ。

 

「”土”…そうですッ!土を盛り上げさせて車体部分を浮かせれば何とかッ…!」

 

 追い付いた少女――圃人の精霊巫術士による発案――。

精霊に働きかけ地面を局所的に押し上げ隆起させる。

隆起させた地面を戦車の真下から起こす事で、車体のみを持ち上げ車輪部分を宙に浮かせる案だ。

荷車にせよ馬車にせよ車輪が駆動せねば、その運動力を得る事も叶わず動く事がない。そして車輪は、地面に設置していなければ意味を成さないのだ。

巫術士の話を耳にした精霊使い達は、周囲に呼び掛け協力を仰ぐ。こうしている間にも、味方は次々と戦車の犠牲となり被害は増す一歩。

それに加え天候は荒れに荒れ果て、そちらにも気を向けねばならなかった。それは四方世界に根差す精霊の激動に起因し、その元凶は小鬼である事は既に承知していた。

誰よりも精霊と自然界の親和性に富むのが精霊使いという人種だ。彼等にとっては大事(おおごと)で、気が気ではないのだ。

 

『――鋼鉄等級以上の精霊使いは俺に続け!』

 

 この集団の中では、最も等級の高い紅玉等級の男性冒険者が指示を出す。

 

『――残りは戦車の引き付けと、精霊使い達の護衛だ!』

 

 この作戦が失敗すれば止める手立ては消失し、後衛部隊と本陣に侵入を許す事になる。何としてでも止めねばならなかった。

冒険者側の消耗も激しく、術も精々1~2回が限度。もう余裕が無い。戦車を食い止める為、味方は早急に動きを始めた。

 

『『『GROOV!』』』

(させるかよッ!)

 

格闘ホブの指揮する戦車には彼以外にも多くのホブゴブリンが搭乗し、その一部は車体外部に位置取り重弩を装備していた。格闘ホブの弩砲が主砲なら、重弩を装備したホブはいわゆる副砲の役割を果たしていると言える。また彼等の射撃も思いのほか正確で、幾人かの冒険者が被害を被っていた。

外部のホブが動きを見せる冒険者に、重弩で攻撃を仕掛ける。

 

『――ぐギャッ!』

『――ぐぇッ!』

『――うごっ!』

 

 弩砲ほどではないが重弩の威力も弓矢のなどは比較にならない貫通力を有し、冒険者の持つ木造性の盾などは容易に貫かれる。

 

「――ぐあぁッ!!」

 

 不運が舞い降りたのか骰子の出目が振るわなかったのか、半森人の軽戦士が重弩の餌食となった。

 

「――そ、そんな…!」

「――しっかり…!」

 

 彼の後輩でもある少年斥候と少女巫術士が駆け寄るが、自分に構うなと二人を制す。今は作戦を成功させる事が最優先事項だ。ここは戦場、不運も死も常に付き纏うものだ。それが偶々自分に回って来た――ただそれだけの話。

だが彼も経験を積んだ冒険者。むざむざ死ぬつもりなど毛頭なく、貫かれた大腿部を引き摺りながら茂みの深い場所にて身を屈める。少しでも生存性を高めようと、彼なりに足掻いた。

そんな彼等のやり取りを余所に、戦車に先回りした精霊使い達が精霊に呼び掛け術を行使した。

 

   ―― 使役《コントロール・スピリット》 ――

 

文字通り、精霊に呼び掛けその力を使役する魔法である。

術の効果は呼び出した精霊の種類に依存するが、使い方次第では事態を好転させる事も出来るだろう。

これは精霊使いの代名詞とも受け取れる術ではあるが、実力者が使えば高位の精霊や大精霊の使役――召喚を引き起こす事も不可能でないと言われている。

多人数共同の精霊使役――。高位の精霊を呼び出す必要はない。ただ、指定した地面を隆起させればいいだけだ。その程度なら下位の精霊で事足りる。

術の行使も比較的低難度で済み、直ぐにでも精霊を使役できる段階へと移っていた。

後は戦車が通り過ぎるのを待つばかり。

そんな彼等に、大型で頑強な戦車が真正面から迫る。

 

――馬鹿な奴等だ、踏み潰してやるぜ!

 

立ちはだかる彼等に対し嘲りを見せる格闘ホブ。弩砲の爆裂ボルトで吹き飛ばしても良かったが、このまま重厚な戦車で轢いてしまうのも爽快だ。

 

『GROOB!!』

(突撃速度っ!!)

 

格闘ホブの命を受けたホブ達は、全力でペダルを漕ぎ最大速度で冒険者へと突撃する。

真面にぶつかれば、生身の人間など成す術も無く引き潰されるのは必至。

しかし――。

 

『――ここだッ!!』

 

 精霊使いの一人が声を張り上げ、周囲の冒険者達も同時に術を行使。

彼等が使役したのは土の精霊で、その為の触媒も地面至る所に豊富だ。

数多の土精霊は指示通り、通過した戦車の真下から地面を持ち上げた。

隆起した地面は車体の底を押し上げ、超重量の大型戦車は完全にバランスを崩し派手に転がり回る。

重量と巨体が災いした戦車――。一度崩壊した軸は最早元に戻る事はない。最終的には横倒しとなり、車体外側のホブゴブリンは投げ出され、中に搭乗していたホブと小鬼は実質シェイク状態で混乱の極みとなる。

唯一車体上部に陣取っていた格闘ホブだけは、早期に危機を察知し脱出に成功。難を逃れていた。

 

――だらしねぇ奴等だ、この程度でオタついてんじゃねぇよ!

 

脱出のままならない同胞を救助すべく、転倒で拉げた乗降用のハッチを無理やり抉じ開け味方の脱出を助成する。

周囲は冒険者が多数取り囲み、隙を窺っていた。

 

――上等だ!自慢の拳で叩き潰してやるぜ!

 

一通りの救助が終わり、不敵な笑みを浮かべながら格闘ホブは構えを取る。

他の小鬼達も多少の痛痒は負っていたものの、戦意は些かも衰えておらず武器を手に臨戦態勢に望んだ。

そうしている間にも周囲の風はますます強くなる一方で、空は荒れ狂う積乱雲で覆われ晴れ間など皆無であった。

 

……

 

濃厚な灰色を帯びる分厚い雲。雷雨を齎す積乱雲の中心部は異様な渦巻きを見せ、空気の流れに変化が生じていた。

今も主戦場では敵味方入り乱れての激戦が繰り広げられている。

 

「――ぬぅ…!よもやデーモンの亡者まで使役するとはッ!?」

 

 最前線では騎馬隊が遊撃を仕掛け、主に呪文部隊を駆逐していた。軒並み討伐には成功したが、肝心の大シャーマン率いる部隊には未だ近付く事も出来ずソラールは手を拱いていた。

大シャーマン程ではないが、高位の精霊魔法に長けた中型種の小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)が、精霊魔法『霊壁(スピリット・ウォール)』を幾重にも張り巡らし備えていたのである。

火、水、風、土――複数種類の属性による魔力の壁に加え、あろう事か魔神族の死体までもが行く手を妨害していた。既に魂は無く術による使役は知性を感じさせず、()()()()()()という状態だが、小鬼に比べ耐久力も体格も桁違いだ。

 

「――只の小鬼とは侮ったつもりはないが、相当厄介だな!」

「――いかん、これは間違い無く時間稼ぎ!ソウルが激しく脈動しておる!」

 

 長剣に祝福を施し、亡者と化したデーモンを斬り伏せる女騎士。

ストームルーラーを振るい、複数のデーモンを纏めて両断するジークバルド。

両者とも、これが時間稼ぎである事は承知していた。

 

――どうするっ!?使い処は今かッ!?

 

ストームルーラに宿る戦技『嵐の螺旋撃』なら、霊壁ごと大シャーマンの部隊を纏めて粉砕する事は可能だ。だが彼個人は今さら討伐した処で、術そのものは既に完成したのではないかと考えていた。それよりも騎馬部隊を後退させ、後方の援護に移る方が上策ではないかとさえ思い始めていたのだ。

 

進言すべきか?部隊を分けるべきか?

 

戦場――況してや戦闘真っ只中で迷いや逡巡など死に繋がる愚行。それは彼自身、嫌という程熟知している。しかし自身の心に従うか、あくまで(ソラール)に追従すべきか完全に迷いが生じてしまっていた。

なまじソラールと言う高潔な騎士が、ロードラン時代の英雄という事実が、彼の迷いに拍車を掛けていたのも要因の一つだろう。

だが時は無情。

そして、ジークバルドの懸念は或る意味正しかった。

 

『――GRUOOOOOO!!!』

 

 突如として大シャーマンが杖を振り上げ、大声を上げ天に向かい叫ぶ。

 

『『『『『――GUERAAAAAAA!!!』』』』』

 

 それに呼応した周囲の小鬼達も高らかに天を見上げ、喉が貼り裂けん勢いを以て力の限り叫び声を上げた。

同時に騎馬部隊を阻んでいた霊壁は嘘の様に消失したが、その隙を突こうとする者は誰一人居なかった。

 

驚愕しているのだ。

ソラールの指揮する騎馬隊全員が――。

 

喝采を上げているのだ。

大シャーマン率いる部隊が――。

 

だが騎馬隊が驚いていた対象は、小鬼に向けられてたものではなかった。

 

『――な、何だ…アレッ!?』

 

 若い冒険者、男槍の徒が空を指差し叫ぶ。

彼だけではない。騎馬隊全員が空を見上げて、目を見開き釘付けとなっている。

 

「雲が…落ちて来る……」

 

 兜の庇を上げ女騎士は分厚い雲を凝視していた。

元々低空を漂っていた積乱雲だが、その中央が垂れ込む様に急激に地表目掛けて落下していたのだ。

 

(推奨BGM ダークソウル3 ――  無名の王 )

 

『――な、何だッ!?』

『――そ、空が…、空が落ちて来るッ!?』

『――こっちに向かって来るぞッ!』

『――真上からだっ!』

『――皆ぁッ…!伏せてぇッ!!』

 

 その現象を目撃していたのは騎馬隊だけではない。

当然、主戦場の冒険者達も、この不可解な現象に気を取られ混乱を起こしていた。

それとは裏腹に、対する小鬼側は戦域から後退ないし離脱を始め、冒険者とは真逆に落ち着き払っている。

時折宙を飛び回っていた数体の翼竜。翼竜には、大型種の小鬼と中型種の小鬼が搭乗し、地上に向け信号弾を放っていたのを何人かの冒険者が目撃している。

今なら理解出来る。数体の翼竜率いる大型種で頭部にバンダナを巻いていた小鬼は、退避を勧告していたのだと。

 

   ―― そして”()()”引き起こされた ――

 

落下したのは積乱雲そのものではなく気流である。

その気流は地面に激突し、地形に沿って急激に流れを変え全方位へと一気に拡散した。

 

『『『『『――ぐわぁぁあああ……!!!』』』』』

『『『『『――きやぁぁあああ……!!!』』』』』

 

 絶叫を上げ拡散した気流に巻き上げられ飲み込まれる、幾多の冒険者達。

土を巻き上げ、草を克ち上げ、人を巻き込み、戦域に居たあらゆる物を問答無用に吹き飛ばす。

重装備、軽装備、戦士、魔法職、そんなものは何の意味も成さない。

()()に居たであろう全てが大気の乱流に巻き上げられ宙高く舞い散っているのだ。

異様な空気の流れ。それは紛れもなく自然現象の一種ではある。しかしこれが、小鬼によって人為的に引き起こされたのは、多数の冒険者が勘付いていた。

全て大シャーマンの策略。

多数の小鬼呪術師(ゴブリンシャーマン)たちに高位の精霊魔法『降霊(グレート・ゴースト・ダンス)』で、空に分厚い積乱雲を発生させる。

 

濃い密度の積乱雲には、常に粒子レベルの水滴が舞い降り落下している。

積乱雲下層域には、雷雨性高気圧(メソハイ、メソ高気圧ともいう)と呼ばれる局所的な高気圧が上昇気流により水粒の落下を阻止している。

だが、冷却による空気の密度上昇と上昇気流の消失で、それまで支えられていた雷雨性高気圧が地表に向けて一気に降下を開始する。

先程小鬼達が起こした真言魔法『吹雪』は、この冷却を目的とし気流を無理やり落下させる為に行っていた。

冒険者に向けて放たなかったのも、それが最大の理由だ。

更に気流の落下速度を加速させる為に幾体かのシャーマンが風の精霊に働きかけ、秘かに地表へと追風を起こしていた。

それ等の条件が重なり、凄まじい勢いで気流が地上へと激突。

流れを変えた気流は地表に沿って拡散。

暴風の如き気流の波は、多数の冒険者を軒並み飲み込み食らい尽くした。

気流に揉まれ、宙へと巻き上げられ、冒険者達は成す術も無く地表へと叩き付けられる。

先程まで激戦を繰り広げ一進一退の攻防で膠着状態にあった戦況だが、この気候現象により一気に小鬼側へと傾いた。

 

『う、ぅうぅ…』

『あ…が…あ…』

『たすけ…て…』

『だ…れ…か…』

 

 喘ぎ、呻き、悶え、勇猛果敢に戦っていた冒険者は見るも無残な姿に成り果てていた。

小鬼の介入とはいえ大自然の引き起こした現象に人の力など無力に等しく、彼等には戦う意思も術も残ってはいなかった。

 

「……ば…馬鹿な…、こんな事が……」

 

 中心地より遥か遠くに位置していた騎馬隊。ある程度の気流には巻き込まれたものの、ほぼ全員が無事ではあった。しかし主戦場の惨状を遠方とはいえ目の当たりにしたソラールは、呆然と言葉を漏らす事しか出来なかった。

 

『見ろっ…!シャーマンの奴等が――』

 

 騎兵の誰かが声を上げ、唖然としていた全員が我へと返る。

大シャーマンの部隊周辺には魔法陣が浮き上がり、彼等は忽然と姿を消してしまった。

 

「転移の術っ…!退路の確保まで抜かりないとは…!」

 

 転移の術で逃走した事を悟るジークバルド。

標的が消失した以上、最早ここに留まる意味は無い。

 

「…太陽の騎士よ、我々も後退しよう」

 

 戦いは未だ終わってはいない。女騎士はソラールへと後退を提案する。

主戦場には多くの冒険者が横たわり、このまま放置すれば陣形を再編した小鬼に蹂躙されるのは明白だ。

特に若い女冒険者も多数含まれている。抵抗する術を失った女が小鬼に殺到されれば、どういう目に合うかは皆まで語る必要はないだろう。

 

「…そうだな、貴公の言う通り。まだ戦いは続いている」

 

 このままいけば、恐らく戦は”人族の敗北”で幕を引くだろう。だが、まだ()()と決まった訳ではない。

ソラールは改めて意識を遥か後方の本陣へと向け、ソウルの流れを探る。

幸いにも本陣は無事で、多くのソウルが確認できた。大半が弱々しいソウルだが、幾つかは強大なソウルも察知できる。どうやらあの男――灰の剣士も無事らしく、例の回収作戦は成功したとみて良いだろう。

意を決すソラール。

 

『全騎!これより敗走する味方を援護し、後方部隊と合流!戦いはまだ終わってはいない、全騎続けぇッ!!』

 

『『『『『――おぉうッ!!』』』』』

 

 味方部隊の陣形も士気も実質総崩れと言っていいだろう。

だが存命し踏み止まろうとする冒険者も、主戦場にはまだ残っている筈だ。

そんな彼等を援護し救援する為に。

未だ健在で機動力に富む騎馬隊が動かずして誰が成すというのか。

ソラールの掛け声で騎馬隊の士気は再び勢いを取り戻し、一斉にその場を後にした。

 

大シャーマンの策により引き起こされた自然現象。

急激な落下気流による、大災害。

別次元の文明世界。つまり我々の現代社会では、こう呼ばれている。

 

 

 

 

 

   ―― ()()()()()()()() ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ダウンバースト

 

積乱雲からの強い下降気流。

これが地面に衝突した際に局地的に強風が四方八方に発散する現象。

ダウンバースト現象の最大風速50メートルを超えることもあり、重量物を横転させる事もある。

 

大型種の小鬼呪術師《大シャーマン》。

彼の信奉するは外なる神、覚知神。

危険な誘惑漂う知識を何ら抵抗なく受け入れる。

彼は混沌の住人。

手段は所詮手段であり、踏み台でしかないのだから。

 

(詳しくはwikiって下さいな。(・ω・))

 

 

 

 

 

 




 わざわざ、小難しい条件揃えてダウンバースト引き起こすより、竜巻起こした方が確実だった気がします。(今更ですが)

 軍団戦――登場人物が一堂に会すると書く事が多い多い。
無駄に文字数が多い原因は、主にこれかと思う次第です。
それでも上手い人は、短く濃密に纏めてしまうのでしょう。
しかし私の実力不足が露呈しているのは、読み返してみても明らか。

区切りの良い所で、本編前夜編を無理やりダイジェスト版にしようかと迷っています。
何時まで経っても本編に移れない、このままでは……。( ̄ω ̄;)

文字数の件ですが、新たなアンケートでも設けようと思っています。
因みに今のアンケートは、近日中に占め切る予定です。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

デハマタ。( ゚∀゚)/


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。