ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 明けましておめでとう御座います。
そして、お久し振りです。
長らくお待たせして、申し訳ありませんでした。<(_ _*)>
2022年、元旦祝い…という訳ではありませんが、更新致します。
楽しみにしていた方も、そうでない方も、少しでも暇潰しになれば幸いです。

ではドゾ。


第81話―ダークゴブリン軍VS剣の乙女軍4・教会の狩人―

 

 

臓活剤・霊薬《エリクサー》

 

上質の水薬(ハイポーション)を上回る回復効果を持ち

外傷を含んだ出血や骨折まで完全回復させる、非常に希少価値の高い水薬。

作成には長い時間と手間を要し、数多くの素材と手順を踏まねばならない。

必要な素材の種類などは、地域や錬金術師によって様々だが総じて作成難度が高い。

またこの国では基となる臓活剤に、更なる霊薬の術を施し初めて完成に至る。

それ故、値段も非常に高く、最低でも金貨50枚~上は天井知らずの価格を誇る。

 

伝説の錬金術師と呼ばれる一人の女性が作成したのは、急ごしらえの臓活剤。

細やかな手順を省き節約した素材での急増品である故、高い回復効果と引き換えに

強い副作用を引き起こす。

形振り構わず服用した一人の冒険者――。

目的の成就こそ全てであり、身体を厭う事など歯牙にも掛けていなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

   ―― 見るに堪えない ――

 

そうとしか言いようがなかった。

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 悪の所業 )

 

無残に横たわる、大多数の人間。

僅かに動く者。

もう動かぬ者。

その者たちは冒険者――。

呻く声を上げ這いずる。

まだ生きていた――。

 

ダークゴブリン側近の一人、大シャーマン率いる部隊が引き起こした自然現象。

それは、ダウンバースト。

その下降気流(ダウンバースト)を真面に受け、抵抗もままならず吹き飛ばされた結果が、()だ。

 

「…ぅぅ…あ…あぁ…」

「だ…れ…か…」

「タス…け…て…」

 

 ダウンバーストを受けて尚、未だ絶命には至っていない者達。

縋る何かを求め、唯々大地を這いずり回るそれは、以前のような精巧さは見られなかった。

それはあたかも人間性を失い心を壊し、只管に飽くなきソウルを求める”亡者”と何が違おうか。

 

「ぐッ……、くそったれ…がっ…!」

 

 槍を支えにし、尚も立ち上がろうとする者が一人。

西方辺境に属する冒険者、槍使いの青年だ。

彼も例外なく、気流の波に飲まれ重傷を負っている。――とは言え、こうして立ち上がろうとする意思が残っている彼は、まだ幸運と言っていいだろう。

彼の周囲は、倒れ伏したまま微動だにしない冒険者ばかり。恐らく気を失ったか、そのまま生命活動が断たれてしまったか。

 

――何だよっ…!さっきの()()はッ…!

 

彼自身努力の末、読み書き程度の学を得るには至った。

しかしダウンバーストなどと言う、気象学についての知識など当然知りようもない。

精々突風の類という認識でしかない。

息も絶え絶えに何とか状況把握に努めようとするも、全身を強打し意識がいつ途絶えても不思議では無なかった。

 

『おまえ…、無事…な…ようだな……』

 

 朦朧とする意識を引き摺り、定まらぬ視線を泳がせる槍使い。

近くから僅かな声が彼の耳に届く。

 

「…へ…ざまぁねぇな…、隊長…さんよ…」

 

 声の主は、彼の所属していた部隊長の冒険者だった。

大柄で屈強な戦士職で、強靭な肉体と強面を誇っていた男だ。

だが今は見る無残に倒れ伏し、虚ろで弱々しい視線を向けて来るのみ。そして彼の片目は赤黒く塗り潰されていた。

 

『…お前に…これを……』

 

 瀕死の部隊長に減らず口を叩く槍使いだが、彼はさして気にする風でもなく首の認識票(銅等級)とひび割れた治癒の水薬(ヒールポーション)を手渡す。

 

「あ…アンタ……」

 

 部隊長の行動で全てを悟る。

 

もう助からない。

 

お互いが、その事を理解していたのだ。

 

『……生きろよ…、チャラい…の……』

 

 それが最後の言葉だった。

それ以降、彼は微動だにせず呼吸も止まった事を、槍使いは悟る。

 

「……馬鹿野郎がッ…!」

 

 閉じそうになる目蓋を必死に開け憎まれ口で返しながら、ひび割れた水薬を一気に飲み干す。

 

――言われるまでもねぇ!勝つ為に来たんだからよッ…!

 

1分もかかる事なく、体中の痛みは殆ど消え失せ軽さと躍動感が戻る。先程受け取った水薬は、ロロナたち錬金術師が拵えた上質の水薬(ハイポーション)だった。

 

「多少の時間はあるな。今の内か……」

 

 活力が戻り彼は漸く真面に動き出す。自分以外にも生存者は居る筈だ。幸いにも小鬼達は未だ陣形を再編してはいない。

可能な限りで良い。

動ける者を救援し後方に退避せねば、せっかく拾った命を無駄に投げ出す羽目になる。

 

――アンタの死は無駄にしねぇよ、あばよ…隊長さん…!

 

既に物言わぬ彼に目をやり、多少ふら付きつつも再び歩き出す。

 

……

 

ダウンバーストの影響は、思いのほか広範囲に及んでいた。

主戦場の冒険者は、ほぼ壊滅と言っていいだろう。真面に戦闘できる者は、ほんの一握りに過ぎない。

そんな彼等でさえ満身創痍で、今襲撃を受ければ熟練者とて小鬼に後れを取る程に消耗し切っている。

 

「――なんてこった!ヤバいぞ、こいつァ!」

 

 荷馬車を駆る一人の若き戦士――同期戦士は、現在の惨状に険しい表情を浮かべていた。

 

「――まさか小鬼が天候を操るなんてね!」

「――みんな大丈夫かな…、見付からないよぉ…」

 

 荷台に乗る二人の森人――妖精弓手と少女野伏も周囲に視線を泳がす。

彼等は先程まで、遊撃手として戦場を駆け巡り機動力と射撃を駆使し、小鬼達を仕留めていた。

彼等は運良くダウンバーストの中心地から離れていた。それが幸いし、然したる被害を避ける事が出来たのだ。

 

「クソッ、見付からねぇっ!」

 

 同期戦士たちは、一党の仲間を探し求めていた。

位置関係からして間違い無くダウンバーストの影響を受けた筈だ。

彼は懸命に馬を走らせ隈なく捜索するが、一向に発見の兆しが無く次第に焦りを募らせる。

 

「――落ち着いて!連中は、もっと前に居る筈よ!」

 

 焦る彼に妖精弓手からの叱咤ともとれる助言が飛ぶ。

銀髪武闘家を始めとした面々は、軽装歩兵部隊に配属されていた。ならば、必然的に主戦場の小鬼と接敵していた事になり、彼女の言う通り仲間は現在地よりも更に奥深くに居る筈だ。

 

「――今援護するから頑張って!」

 

 少女野伏も精霊魔法を駆使しながら彼を激励する。

半森人である彼女は、弓の腕前こそ妖精弓手に見劣りするが精霊魔法の行使が可能だ。

 

「――風の乙女(シルフ)や乙女、接吻おくれ。私らの船に幸ある為に――追風!(テイル・ウィンド)

 

 精霊魔法『追風』を発現し、荷馬車へと術を施す。この魔法は乗り物を加速させる効果があり、術の影響を受けた荷馬車は飛躍的に速度を増した。

 

「――すまねぇ!必ず助けてやるからな!」

 

 術の援護を受け、同期戦士は更に奮起する。

そして荷馬車を走らせ数刻――敗走する冒険者達の姿が視界に映った。

 

「――風の精…コッチだよッ!」

 

 少女野伏が、ある方向を差し示す。四方の精霊と通じ合える彼女は、風の精を頼りに仲間の気配を察知。同期戦士は、その方角へと馬を走らせる。

 

「――居たッ!」

 

 視力に優れる妖精弓手。彼女は、傷付き放浪する仲間を発見した。

案の定、彼等の消耗は激しくダウンバーストの影響を色濃く残している。禿頭僧侶、銀髪武闘家、鉱人斥候、鉱人斧戦士、そして見知らぬ新人らしき少女。しかし、特に消耗が酷かったのは禿頭僧侶だ。

彼はダウンバーストの気配をいち早く察知し、咄嗟の判断力で錫杖の穂先を地面に突き立て、それにしがみ付く事で耐え忍んだ。

そして仲間達にも自分に捕まるよう訴え、ダウンバーストに吹き飛ばされる事無く、その地へと留まる事が出来た。

だが禿頭僧侶は、気流の衝撃を真面に受け意識が途絶えようとしていたのだ。

 

「――おいッ!全員無事かっ!?」

「――みんな早く乗ってッ!」

「――話はあと、兎に角ここから離れるわよ!」

 

 同期戦士達は、満身創痍の彼等を荷馬車へと乗せ、すぐさま此処から離脱する。

また同期戦士達の他にも、救助を試みる荷馬車が此処へと馳せ参じていた。彼等も同様に、重傷の冒険者達を荷台へと乗せ、次々と戦場から離脱を始める。

同戦士の視界には、地に伏したまま微動だにしない冒険者達が絶え間なく映り込む。

 

「……」

 

 その光景に言葉など浮かぼう筈もなく、彼は無言のまま馬を走らせる。

そんな彼に一台の荷馬車が並走し、此方に寄せて来た。

 

『――よぅ、ソッチも救助に成功したらしいな!』

 

 隣り合う荷馬車。同期戦士と同じく若い戦士職の男が御者を担っていた。彼も同様、荷馬車を使い重傷者を優先的に乗せていた。

見知らぬ間柄だが、自分以外にも救助を優先する味方が居る事に安堵を覚える、同期戦士。

 

『――小鬼が引き起こした自然現象も脅威だが、()()()()は何をやってんだろうな!?』

 

「――…!?」

 

 戦士職の男より発せられた言葉に、同期戦士の首は彼に向く。彼の言葉は尚も続いた。

 

『金等級冒険者にして、魔神王を討った六英雄の一人。ガセだったのかねぇ!』

 

 魔神王を討ち果たし、今は至高神の大司教を務める地位に至っているのが、剣の乙女という女性だ。

仮にも金等級の冒険者が混沌最底辺である小鬼相手に、これ程にまで手を焼くものだろうか?

聞けば彼女は数々の高位の奇跡のみならず、多数の真言魔法まで精通しているらしい。

また彼女自身も魔力が極めて高く、魔法の一つでも行使すれば瞬く間に戦局を左右する事も不可能ではない筈だ。

金等級冒険者は序列第2位。

国家の難事に関わる冒険者で、並大抵の実力者では到達する事も叶わない階級なのだ。

また賄賂や不正でギルドから承認を得る事など不可能で、金等級に到達したという事は、それだけの実績と社会的信用を勝ち取り尚且つ勇者に比肩する実力を身に付けなければならない。

剣の乙女が金等級である以上、異端とはいえ小鬼の軍団に追い詰められ、敗北間近となっている。

開戦が始まって以来、戦ってきたのは此処に集まった冒険者ばかりだ。

剣の乙女が総指揮官の筈だが、彼女は本陣に陣取るのみで何一つ音沙汰がなかった。

実質指揮していたのは、彼女の部下である神官戦士長なのだが。

しかし、ここまで追い詰められておきながら、剣の乙女からは何の援護も寄せられる事はなかった。

 

『全くだ…!』

『呪文の一つでも寄越しやがれってんだ…』

『これじゃ話が違うじゃねぇか…』

『自分だけ逃げてたりしてね……!』

 

 戦士職の男だけではない。彼の馬車台に乗っていた冒険者達も、口々に彼女に対し不信感を露にしていたのである。

同期戦士は彼等に目をやる。彼等の認識票は、青玉や翠玉の等級が示されていた。もし彼等が白磁や黒曜の駆け出しなら、単なる愚痴や不満を吐露していると解釈できただろう。

しかし、彼等はそれなりの実績と実力を有した経験者。つまり彼らなりの判断基準に基づいての言動なのだ。

同期戦士自身、剣の乙女に対し特に心酔する理由は無く、然したる感情も秘めてはいない。正直、味方を疑うのはどうかという思いもあったが、彼等の不信感を全否定する気にもなれなかった。

 

「…今は、退避する事だけに集中しようぜ」

 

『……そうだな、また会おうぜ!』

 

 不平、不満、愚痴など生き残った後で嫌というほど吐き出す事が出来るのだ。今やるべき事は、味方を後方へ送り届ける事だ。

同期戦士は話を半ば強引に切り上げ、並走していた戦士職の男も、それ以上不満を口にする事なく自身の荷馬車を加速させ離れていった。

 

「……」

 

 複雑な思いを胸に、彼は無言で荷馬車を走らせる。

一方小鬼側は、余裕着々で陣を再編しつつあり間も無く進軍再開の目処がたとうしていた。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 闘争への咆哮 )

 

 大剣を握る手は強張り、荒い呼吸が彼を蝕む。

対するは、両の拳を手甲で包み防御と運動性を優先させた装備で構える、ホブゴブリン。

西方に属する冒険者――重戦士と格闘ホブは互いに間合いを測り、睨み合いが続いていた。

密かに格闘ホブの戦車を追っていた重戦士は、やっとの思いで格闘ホブに肉薄し、今まで激しい接戦を繰り広げていた。

だが、彼が追い付く迄に多くの冒険者が格闘ホブに打ち倒されていた。

このホブゴブリンは、鍛え上げられた筋肉に覆われ、筋力のみならず柔軟性や敏捷性にも富んでいた。

また拳を中心に組み立てた『拳闘術(ボクシング)』と呼ばれる格闘術に優れ、精霊使い達は翻弄されっ放しであった。

格闘ホブだけではない。

彼に追従するホブの群れも、雑多なホブゴブリンとは違い高い戦闘力を有している。

その総合力は、平均的な小鬼英雄(ゴブリンチャンピオン)並みの水準を誇っていたのだ。

 

「クソったれっ…!攻め切れねぇ…!」

 

「オラ、ドウシタ…カカッテコイヨッ!」

 

 重戦士自慢の大剣も、格闘ホブの軽快なステップで躱され間合いを外されてしまう。

そして空振りの隙を突かれ、パンチのコンビネーションで徐々に追い詰められていくのだ。

両者の周囲では、冒険者とホブゴブリンの集団戦が繰り広げられていた。

ホブゴブリンの鉄棍が精霊使いの男に炸裂し、胸部の骨を砕かれる。

別の精霊使いが雷矢の魔法でホブを感電させ、更に剣士職の若者が首を刎ねた。

両軍とも、犠牲を出しながらの消耗戦へと移行していた。

だが、その流れは唐突に変革を告げる。

彼等の死闘を余所に、重傷を負った冒険者達が息も絶え絶えに通り過ぎていたからだ。

過ぎ去り行く多数の冒険者。

時折チラリと視線を向けて来るのみで、然したる反応も見せず虚ろに去り行く。

方角からして味方本陣へと後退しているのだろう。――尤も、敗走といった方が正確かも知れない。

 

「――チッ!さっきの妙な風の所為か!?」

 

 大シャーマンの引き起こしたダウンバースト。被害こそ受けなかったが、気流の乱れは重戦士も感じ取っていた。これだけ相次ぐ味方陣営の崩壊――。

彼も多くを経験してきた。流れからして旗色が良くない事に、焦燥感を増大させる。

 

「ムリセズ、ニゲタホウガイイインジャネェカッ!?」

 

 焦る重戦士に、格闘ホブは挑発気味に煽る。

 

「――ッ!?テメェっ!!」

 

 戦況も士気も小鬼側へと傾き、余裕が喪失していたのだろう。

重戦士はまんまと挑発に乗り、隙だらけな捨て身の一撃を繰り出そうと振り被る。

 

『――止せッ!お前らしくもないッ!』

 

 激昂した彼を諫める様な声が、他方から飛来する。聞き馴れた冷やかでいて苛烈な、若い女の声だ。

重戦士が振り返ると、馬に跨った相棒が其処に居たではないか。

 

「――お前…!?無事だったのか!」

 

 自分の一党に属する付き合いの長い相棒――女騎士。彼女は確か、騎馬隊に所属していた筈だ。

 

「話は後だ、我々も退避するぞ!」

 

 彼女の馬の背には、大腿部を負傷した軽戦士が搭乗しており、少年斥候、巫術士の二人も彼女に追従している。

一党の仲間が全員無事である事を確認し、重戦士は幾分落ち着きを取り戻す。そんな彼も退避したい気持ちは山々だったが、眼前の格闘ホブが易々と見逃がしてくれるだろうか?

 

「ニゲタキャ、ニゲテモイイゼェ?ドノミチ、ツブシテヤルカラヨ!?」

 

 意外な事に眼前の敵は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度で、見逃す素振りを見せる。

 

「……悔しいが、そうさせて貰うぜ!」

 

 小鬼の挑発は、正直耐え難いものがあった。だが冷静さを取り戻してみれば、味方陣営が明らかに不利に陥っている。

覚束ない足取りで逃げ惑う、多数の冒険者。そんな彼等に小鬼達は襲い掛かろうとするが、格闘ホブが叫び声を上げ制止――。

彼にどの様な意図が在るのかは定かではない。しかし、お陰で同胞達が追撃を受ける事無く撤退が捗っていたのも事実だ。今はその状況を存分に利用させて貰おう。

重戦士も彼女の先導に従い、味方本陣へと後退を開始した。

そして僅かに耳打つ恨み辛みの声――。

 

   ―― 剣の乙女は何をしてるんだ? ――

 

そんな声を耳にした重戦士は、そっと女騎士の表情を盗み見た。

 

「――……!」

 

 俯き加減だったが、歯を喰いしばり小刻みに震えている。手綱を握る彼女の拳もワナワナと打ち震えていた。

 

――無理もねぇ…。至高神の信徒にして聖騎士志望だもんな。

 

信徒である女騎士。敬愛する剣の乙女は、敬愛と崇拝の対象と言って差し支えない筈だ。そんな憧れの彼女が、冒険者達から鬱屈とした悪意を向けられているのだ。

内心穏やかでいられる方が困難というもの。――にも拘わらず、彼女は無言を貫いていた。

耐えているのだ。

今、成すべきを成す為に――。

後退する味方の足取りは重かった。

 

似た様な状況は、銅等級冒険者の戦域でも起こっており、周囲は夥しい骸で埋め尽くされている。

その原因は、黒き異端の小鬼――ダークゴブリン。

小鬼とは別次元の戦闘力で、並み居る熟練冒険者が悉く討ち取られていたのである。

勝ち目が無い事を悟り、彼の部下達が率先して殿を買って出る。

彼等の頭目である銅等級冒険者には、これからも生き延びて貰わねばならなかった。

半ば強引に彼を蚊帳の外へと追い出し、また生存者を逃がす為に囮となる。

まだまだ成長途中の若き冒険者も数多く生存し、未来を担ってくれるに違いない。殿の冒険者達は、次代を若者に託し捨て身でダークゴブリンへと挑んだ。

 

こうして主戦場の戦局は、小鬼側へと大きく傾く事になる。

 

そして同時刻――味方本陣では。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 鼓動 )

 

 皆の(おも)は一様に暗い。

表情の差異こそあれ、総じて悲哀、不安、憤怒、遺憾、絶望に彩られている。

指揮所を兼ね本陣に張られた一つの天幕――。中には机上演習用の机が置かれ、その上には部隊を現す駒が幾つも並べ立てられていた。

小鬼群を現す赤の駒――。冒険者側を現す青の駒――。

たった今、青い駒の大半が一人の神官戦士により払い除けられる。

 

「味方部隊、損害率60%を超過――部隊を維持し攻勢に出る余力を喪失いたしました」

 

 多くの神官戦士を束ね、法の神殿内でも重要な役職に就く神官戦士長だ。

机上の駒は小鬼の赤が大半で、青の比率は圧倒的に少数。

即ち、冒険者側の戦力が軒並み消失したのである。

大シャーマンが引き起こした()()()()()()()によって。

 

「現在、難を逃れた生存者が此方に退避しつつある状況です」

 

 犬型の獣人魔術師が、味方の現状を報告する。

部隊を形成していた冒険者の陣営は総崩れ。

対する小鬼側は悠然と部隊を再編しつつあった。

この天幕には、剣の乙女を始めとした多数の人間が座している。

彼女と神殿の上層部を含めた、複数の冒険者――。

常に空中を徘徊させていた使い魔からの情報で戦況を観測していたが、齎された報は無残なものだった。

 

「味方陣営の崩壊…負け戦…即時撤退を進言いたします、大司教様…!」

「……」

 

 他国出身だが、軍人としての経歴も長いステルケンブルク=クラナッハは、総撤退の旨を具申する。

無言の剣の乙女に、周囲の視線が集中した。

皆、言葉こそ発する事は無かったが、視線が彼女を責め立てる――決断を――と。

 

「……」

 

 彼女は僅かにだが、ある人物へと顔を向けた。

 

「……」

 

 その人物も無言ではあったが、外套に覆われた顔を彼女に向ける。

剣の乙女――。

過去に『死の迷宮』へと挑み、魔神王を討った六英雄で金等級冒険者。

だが英雄と評される彼女にも、暗い過去が存在している。

 

   ―― ゴブリン ――

 

彼女も新人冒険者だった時期があった。

最初の冒険で小鬼の群れに敗北し、心身ともに汚され切った過去を引き摺っていたのである。

それ以来、彼女は小鬼に対し過剰なまでに恐怖を抱き悪夢に苛まれていたのだ。

その小鬼が群れを成し、今此処に迫りつつある。

そう意識した途端、彼女の全身から汗が吹き出し、元々薄かった法衣は豊満な体の線をクッキリを浮かび上がらせた。

だがそれを意識する間も無く、本人の呼吸は乱れが生じ思考が追い付かなくなり始めていた。

小刻みに体が震え、剣と天秤を組み合わせた錫杖を握る手に力が籠る。

彼女は救いを求めていたのだ。

 

傍らに佇む外套の冒険者――灰の剣士に。

 

渇望に似た想いが届いたのだろうか。

不意に外套の冒険者、灰の剣士が言葉を結ぶ。

 

「このソウル――囲まれた!?」

「――灰の方ッ!どちらへッ!?」

 

 唐突に発した彼の言葉――。

紡いだ言の葉は、期待していたものとは大いにかけ離れていた。

周囲の反応を余所に彼は天幕から一気に飛び出す。

乱心にも似た彼の行動――。騒めく周囲に目もくれず、後を追う剣の乙女。彼女もソウルの感知が可能で、野外に得体の知れない気配を察知していた。

 

「――どうしたの、急にッ!?」

 

 天幕入り口の守りに就いていたゴブリンスイーパーたち。唐突な彼の出現に、スイーパー自身も驚きの声を上げた。

 

「――敵だ!もう肉薄されてる!」

「――ど、どういう事!?怪しい者は誰も――」

 

 今が有事なのは彼女とて理解している。だとしても彼の敵襲宣言は突然に過ぎ、その肝心の敵の姿は何処にも見当たらない。

 

「――灰の方ッ…!」

『『『『『何事だっ…!?』』』』』

 

 釣られて剣の乙女を含めた複数人が天幕から這い出た。

だが灰の剣士は何も応えず、無言で刀の鯉口を切る。

 

『久しいな、薪の王よ…!』

 

 木霊する声とは裏腹に、周囲に怪しい者の姿は確認できず、目に付くのは右往左往する支援班の冒険者ばかり。作業に集中しているのだろう。この異常事態に気付いていない様だ。

 

「な、なんだ?」

「誰の声だ?」

「姿を見せろ!」

 

 剣の乙女を囲むように守りを固める神官戦士たち。彼等も優秀な聖職者で、ある程度の気配を察知しているのだろう。皆一点に視線を集約させていた。

 

『流石は本陣、優秀な手練れが集っておいでだ』

 

 虚空に流れる声と共に姿を現す集団――。その中に、見覚えのある人物が数名。

 

(推奨BGM ブラッドボーン ―― 醜い獣、ルドウイーク )

 

「――貴公、小鬼獣(ゴブリンビースト)を生み出したッ…!そして…ロンドールのヨエルまでッ…――」

 

 たじろぐ灰の剣士に前に姿を見せた、茶系のローブを纏った若い男――。過去に水の都の地下水脈、そしてロスリックの亡者の穴倉にて何度も対峙した男だ。小鬼に怪し気な注射を施し恐ろしい獣をへと変貌させた、得体の知れぬ人物。”ロスリック血の営み”を標榜し深く関わっているらしい。

その当時、彼は単独で活動していたが、今は黒装束を纏った二人の人物を連れ添っている。察するに部下か同志といった処だろう。

加えて、もう一つの集団――。

 

「久しいな。ロンドールのヨエル」

 

 忘れようとも、それが叶わぬ関り深い人物を目にした灰の剣士。

 

「ほぅ…、この(わたくし)めを存じておるとは。何者かな?」

「――ッ!?私が判らぬ…と…!?」

 

 だがヨエルから発せられた言葉に、彼は僅かだが心を乱す。

 

「どうやら火の無い灰、そして薪の王のようですが、私めが崇め称えるは、闇の王と呼ばれる火の無き灰のみ。故に知りませぬなぁ、そなたの如き出来損ないなど…!」

 

――そうか、このヨエルは…。

 

まるで灰の剣士の事など記憶に無いと言わんばかりのヨエル。その対応に幾分動揺したが、彼は直ぐに原因を結論付けた。

灰の剣士は何度もロスリックを周回し、火を継ぐという使命を果たしては灰の墓所にて目覚めを繰り返している。

その終わらぬ周回の中、辟易と倦怠を覚え始めていた頃だ。亡者化寸前とはいえ、彼の精神は未だ人の体を保っており、終わらぬ絶望に光明を求めていた。

そして、とある周回で彼は初めてヨエルの誘いを受け、『黒い穴』と呼ばれる闇の施しを受け入れたのであった。

 

それが、想像を絶する悲しみと後悔を引き起こすとも知らずに……。

 

結局、自害の果てに再び灰の墓所で目覚めた彼は、二度とロンドールに関わる事は無かった。

そして次の周回から、ヨエル…ロンドールに関わる事を全て避けたのである。

眼前に佇むヨエル――。察するに、関わる事の無かった世界線の彼なのだろう。だとすれば、彼の態度にも納得がいった。

 

「不穏なソウルを感じます。灰の方、彼等は一体…!?」

 

「……ロンドール黒教会。そして地下水脈で出会った、()()()です!」

 

 黒教会、医療教会――。彼等から流れ出る不穏なソウルに、剣の乙女は灰の剣士に問い質す。その姿勢に、先程の怯えは微塵も感じさせず大司教のソレに相応しいものだった。

彼女の問いに応える灰の剣士。

 

『なんだ、なんだ?』

『何もんだよ、こいつ等?』

『味方…じゃないわね』

『異質な気配がするわ』

 

 野戦病院を兼ねた天幕からも、冒険者達が続々と這い出て来た。彼等のみならず、ロロナ率いる錬金団も姿を見せる。

 

『――誰かと思えば、コイツか』

 

 極めつけは彼――ゴブリンスレイヤーまでもが天幕から姿を現す。

 

「――君、もう良いのか?」

「――ゴブリンスレイヤー!重傷だった筈よ!」

 

 膝部を負傷した彼は意識を失っていた筈だが、今こうして普段通りに振舞っている。そんな彼に驚く灰の剣士とゴブリンスイーパー。

 

臓活剤(エリクサー)なる薬を貰った。問題ない」

 

 彼が言う臓活剤――。

希少価値の高い素材を特殊な製法と時間を掛け、拵えた高級薬品の総称だ。服用すれば、あらゆる負傷を治療し、骨折や出血すらも完治させてしまう効果を持つ。

 

「副作用も覚悟しておいて下さい。必ず、シワ寄せが来ますよ!」

 

 錬金団が負傷者の治療の当たっている間、彼は秘かに目を覚ましていた。

その間も、続出する負傷者たち。戦況が芳しくない事を悟る彼。無理にでも起き上がろうとする彼に詰め寄るロロライナ=フリクセル。

有ろう事か彼は、彼女(ロロナ)の制止も聞かず出撃しようとしていた。それを見かねたロロナは手製の臓活剤を手渡す。

その治癒薬は、一般には治癒の水薬(ヒールポーション)に比べ遥かに高い治癒効果を有す。更に錬金術師として名高いロロナが作成した特殊品だ。その代物は極めて高い治癒効果を齎すが、それは無理やり服用者の代謝機能を増幅させるという危険な代物でもあったのだ。

治癒を引き換えに、数時間後には意識を途絶えさせてしまうという副作用を有していた。使用法を間違えれば、自ら命すら危機に晒しかねない諸刃の剣とも言えた。あくまで緊急措置としての意味合いが強い、急ごしらえの治療薬でもあったのだ。

 

「――全く、無茶するんだから!危なっかしいったらありゃしない!」

 

 遅れてライザリン=シュタウトも天幕から姿を現す。かなり厳しい表情で、怒っているのがヒシヒシと伝わる。

 

「俺はゴブリンを殺す為に参加した。それだけだ」

 

 ライザ達の心配など何処吹く風と言わんばかりの彼であった。

 

「驚きました。小鬼に与する人間…しかも不死者たちが何用で、此処まで?」

 

 彼等に問い質す剣の乙女。

彼女の問いに、ローブの男が応える。

 

「自己紹介が遅れました。私は獣の魔神軍、医療教会の属する一人の研究者であり同時に狩人で御座います」

 

 恭しく頭を垂れ、優雅な一礼で応える。品格すら漂わせる男、とても小鬼に協力しているとは思えない。

彼に続き、ロンドールのヨエルも深い一礼で応え、ロンドールの白い影たちも続く。

 

ローブの男、彼を『教会の狩人』と呼称する事にしよう。

 

教会の狩人は彼女の問いに応える。何が目的なのかを――。

 

彼はロスリック血の営みに従事する研究者であり、その組織『医療教会』に属している。

とある悲願を成就させる為、実験と研究に明け暮れていたが行き詰まりに差し掛かっていた。

彼は打開策を求め、強い聖性を持つ聖職者の『血とソウル』に着眼する。

そこで目を付けたのが、六英雄と名高い大司教『剣の乙女』であった。

彼は彼女の生き血とソウルを入手する為、ダークゴブリン軍に紛れ姿を現した。

 

「我が研究を完成させる為、ひいては世界の安定の為、貴方様の血とソウルを拝領しに参った次第です。どうかお力添えを」

 

『――アンデット風情が!魔神軍に与する貴様らに協力すると思うか!!』

『――身の程を知れッ!』

『――これだけの手練れ相手に、挑んで来るとはな!』

 

 当然そんな申し出など受け入られよう筈も無く、傍らに控えていた神官戦士達は一斉に臨戦態勢へと移る。

彼等は聖職者であり、同時に優秀な戦士でもある。冒険者ではないが卓越した戦闘力を誇る。

彼女を護る様に立ちはだかり、教会の狩人たちを睨み付けていた。

そして神官戦士だけではない。多数の冒険者も彼等に敵意を向けている。中には、負傷から回復し戦線復帰した者も多数含まれていた。

 

「それで勝ち誇った積りか?現実を教えてしんぜよう」

 

 数では冒険者側が圧倒的に有利。剣の乙女の周囲は彼等に阻まれ、重厚な防壁と化していた。

だが狩人は何ら取り乱す事無く、悠然と構えており黒教会も同様の対応を見せる。

 

「――全員伏せろぉッ!!」

 

 突如、灰の剣士が周囲に叫ぶ!

その瞬間、空気を切り裂いたかの如き飛来音が、皆の耳を打つ。それは天幕の後方から聞こえてきた。

彼の声に釣られ、冒険者側は咄嗟に身を伏せる。同時に派手な爆発が巻き起こり、黒煙と多数の破片が周囲に飛散した。

煙に()せ咳き込む多数の冒険者。だが皆が体勢を立て直した時、凍り付いたかのように目を見開く。

 

『そ、そんな…』

『て、天幕が…』

『し、死んでる…』

 

 皆が目にしたもの――。それは無残に破壊され尽くした、天幕の残骸だった。

特に野戦病院の役割を担った天幕は酷い有様で、中には多数の負傷者が収容されていた。先程の爆発と天幕の崩壊に巻き込まれた彼等は無事に済む筈が無い。殆どの者が爆死し、息のある者は僅かに数名だけだった。

 

「ひ…酷い、こんな事って……」

 

 顔に手を覆い、泣き崩れるルルア。

腕が千切れ、肉片が飛び散り、頭が部分的に欠損した死体が、其処彼処に四散していたのだ。

彼女も多くの冒険を乗り越えた身だが、この様な凄惨な光景を目にしたのは人生初だ。

無論、彼女だけではない。

多くの――特に気の弱い女性陣は、ガタガタと全身を震わせ泣く事すらままならなかった。

更に野戦病院には、ロロナたちが使っていた錬金釜も設置されていた。間が悪い事に、それ等が誘爆を引き起こした事で事態の悪化に繋がってしまったのは、敵の思惑通りだったのだろうか?

唯一つだけハッキリしたのは、今の爆発で本陣が壊滅したという事実だ。

 

「ちくしょう、泣きっ面に蜂だぜ…!」

 

 彼等と共に居た銀等級戦士。彼の視界に映るのは、多数の小鬼集団――。

ホブ並みの身長だが身体つきは細身で、身軽な軽鎧と頭部にバンダナを巻いた大型種の小鬼が、多数の小鬼を引き連れ悠然と迫り来る。

ダークゴブリン側近の一人、通称バンダナゴブリンだ。

 

「全部で60も居やがる!」

「手に持っているの…アレって大砲よね?」

 

 ジーノとミミが、総数と所持している武器を目にした。

 

「あれは、抱え大筒(ハンド・カノン)!あんな物まで所持していたとは!」

 

 嘗て、賢者の学院で講師を務めていた経歴がある、獣人魔術師。

バンダナゴブリン率いる部隊全員が抱え大筒《ハンド・カノン》を所持しているのを目にし、彼は顔を顰めた。

抱え大筒とは呼んで字の如く手持ち式の大筒で、設置型の野戦砲に比べれば威力や射程は大幅に劣る。だが小型である分、持ち運びが可能で位置を変えながら砲撃を加えるという大きな利点を持つ。数と運用法さえ適していれば、今のような結果を生み出す事も可能なのだ。

これもダークゴブリン秘蔵の切り札の一つであり、戦局を左右させる一翼を担っていた。

 

――しまった!彼等に気を取られ、小鬼の砲撃に気付けなかった。

 

ソウルの感知が出来る筈の灰の剣士。

此処までの至近距離なら、小鬼の接近に感付き対応策を取る事も出来ただろう。

だが狩人を筆頭としたソウルが彼の意識を釘付けとし、小鬼の奇襲を許す結果を生んでしまった。

抱え大筒の一斉砲撃により本陣は壊滅。数の上でも冒険者側が、圧倒的不利へと追いやられる。

 

『へっへっへ…、美味そうな女がイッパイ居やすねぇ!コリャ楽しめそうですわ!』

 

 抱え大筒を手に、バンダナゴブリンは舌舐めずりしながら女性冒険者へと視線を這わす。

 

「…っ!」

 

 その視線は取り分け剣の乙女に向けられ、薄い法衣に覆われている豊満で肉感的な肢体へと集約された。

目は不自由だが、小鬼の悪辣な視線に身を強張らせる剣の乙女。

 

「これで我等が完全に有利。どれ、ここいらで駄目出しでも致しましょうか」

 

 そこへ追い打ちをかけるかの様に、ヨエルが召喚術を発現させる。

彼を中心に、禍々しき魔法陣が浮かび上がる。その魔法陣から実体を成す、一体の小鬼が浮上した。

 

『何を出すかと思えば、唯の小鬼かよ!』

 

 召喚された小鬼を目にした冒険者の一人が、拍子抜けした声を漏らす。

 

『多少、真面な装備をしてやがるが、小鬼一匹程度じゃなぁ…』

『アタシの呪文で一撃よ!』

『構うこたぁねぇ!さっさとヤッちまおうぜ!』

 

 ヨエルが召喚した小鬼――。金属製の鎧兜に、片手剣と盾を装備した戦士然とした小鬼だった。見た目は完全武装の小鬼。

鎧小鬼…名を”アーマードゴブリン”と呼ぶ事にしよう。

だがダークゴブリン軍で見慣れてしまったのだろう。周囲の冒険者達はさして驚く事なく、戦意を募らせる。

しかし血気を逸らせる冒険者達とは裏腹に、剣の乙女はジリジリ後退り歯をガチガチと振るわせていた。

 

『――お前達は手を出すな…!』

 

 突如一人の冒険者が前へと躍り出る。

鎧兜の小鬼と似た出で立ちの、鎧戦士の冒険者――ゴブリンスレイヤー。

 

「――()()()()()()()()()()

 

 兜の奥から双瞳を紅く染め上げ殺意を増大させた。既に剣を抜き、低く腰だめに構えをとる。

 

――ゴ…ゴブリンスレイヤー様…!

 

不自由な目で、闘志溢れる豪胆な戦士を見た剣の乙女。瞬間、彼女は熱く胸を焦がす。小鬼により一生涯消えぬ傷を刻み込まれたのだ。その傷痕は肉体のみならず内に秘める(ソウル)にまで深く及んでいる。

怯えに怯え切った彼女に刺し込んだ一条の光に等しい光景とも言えた。

 

―― 小鬼を殺す者 ――

 

この時を以て彼女の心は、彼と言う存在を浸透させるのである。

 

「もう一度復讐させてくれるとはな。ツイてる…!」

 

 一方彼はというと、鎧小鬼(アーマードゴブリン)に見覚えがある様子だ。

過去に、開拓を進める寒村の小鬼退治を引き受けた事がある。

(イヤーワン編、第27話参照)

当時は灰の剣士も同行しており、彼とは分担作業で小鬼を迎え撃った。

その時ゴブリンスレイヤーは、この鎧小鬼(アーマードゴブリン)と戦っていた。今も残る顔の傷跡――。それは、今は亡き姉が付けた傷だった。

小鬼の襲撃を受け、姉は自分を匿い自ら犠牲となった。だが死ぬ寸前、姉は最後の力で小鬼に抵抗を試みていたのだ。

鎧小鬼(アーマードゴブリン)の顔に残る傷痕――。それは姉が残した最後の抵抗、生き様とも言えた。

即ちこの小鬼は、姉を凌辱し弄んだ末に食い殺した張本人という事になる。以前は双方傷付き痛み分けという結果になったが、彼は鎧小鬼(アーマードゴブリン)の存在を片時も忘却した事は無かった。

だがこうして再び会う事が出来た。

予期せぬ再開、彼の心に暗く熱い篝火が熾る。

 

「気を付けろ!その小鬼は――」

 

 鎧小鬼(アーマードゴブリン)から発せられるソウルを感知した灰の剣士――。

それは明らかに生者のソレとは一線を画す、不死人特有のソウルだった。

 

――ヨエルめ!よもや小鬼に不死の秘術を施すとは…!

 

鎧小鬼(アーマードゴブリン)には、人為的とはいえ不死と化しダークリングが浮かび上がっていた。防具に隠れ視認は出来ないが、聖職者や精霊使いなら禍々しい気配と雰囲気を察する事が出来るだろう。

だが彼にはどうでも良い事だ。

不死であろうとなかろうと、殺すだけだ。アレは肉親の仇、殺しても晴らし切れない恨みがある。いや、不死である事は寧ろ、僥倖と捉えるべきか。何せ、何度でも殺し、その度に復讐を遂げる事が出来るのだから――。

 

「さぁ、殺してやる。ゴブリンめ…!」

 

 騒めく周囲など歯牙にも掛けず、彼は憎悪と戦意を一層高めた。

 

「ミツケタゾ…!フクシュウシテ、キリキザンデヤル…!」

 

 鎧小鬼も記憶していたのだろうか。ゴブリンスレイヤーを目の前にし、口元を歪めほくそ笑む。

両者は互いに武器を構え、慎重に間合いを詰めた。

 

『雑魚の小鬼共は、俺達に任せな!』

 

 多数の冒険者は、迫り来る小鬼集団を迎え撃つべく陣形を織り成す。

 

「……」

 

「薄気味悪い連中だが、戦う時がやって来たか!」

 

 無言で武器を抜き距離を詰めるのは、ヨエル率いるロンドールの白い影たち。

彼等は、ステルクを筆頭とした錬金団が対応する。一見か弱く見える女性陣だが、彼女らは秘かに冒険者としての適性も高く、自衛程度の戦闘なら容易に熟す事が出来た。

 

「これが大型種…、ダークゴブリン配下の…!」

「強そうね、援護するわね」

「固まらない方が良さそうね…!」

「コイツも普通に喋ってるわ」

 

「おっ!?あちきの()()をしてくれんですかい?モテる小鬼は辛いですわぁ!」

 

 バンダナゴブリンには、ゴブリンスイーパー一党が相手取る事になった。

各々が倒すべき敵を見定め、戦闘態勢へと移る。

 

「「我等にお任せを…」」

 

 教会の狩人に付き従う、二人の人物。剣の乙女を護衛する神官戦士達へと距離を詰めた。

 

「馬鹿め、たった二人で我々を相手取るつもりか!」

「至高神の剣として、正義の鉄槌を下してやる!」

「大司教様には指一本触れさせんぞ!」

 

 それに反応する神官戦士達。二人に対し、彼等は10人以上。どう転ぼうとも、医療教会側に勝ち目など無い。

だが二人は平然と武器も抜かぬまま、唯々距離を詰めるのみだ。

 

「……」

「……」

 

 そして無言で交わされる視線の衝突。

灰の剣士と教会の狩人。

 

「どう足掻いても、目的は果たせん。引き上げたらどうだ?」

「子供の使いではあるまいに、手ぶらで帰ると思うかね?」

 

 教会側の戦力は軒並み抑え付けられ、剣の乙女に近付ける者など皆無であった。

 

「我等を阻んだ積りだろうが、これも予定通り」

「――!?」

 

 しかし狩人は余裕の笑みすら匂わせ、その佇まいは寧ろ無防備そのものだ。

 

   ―― パチン ――

 

突如、狩人が指を鳴らす。

その仕草に灰の剣士は一瞬警戒するが、特に変わった様子は見られなかった。

 

『――う…ぐ…うぅ…っ…!』

 

 だが彼の後方から、苦悶に満ちた女の呻き声が耳に届く。

その声に反応した彼は、咄嗟に声の方へと振り向いた。

 

「――なっ…!?」

 

 彼の視界に映ったもの――。

それは、大腿部を紅く染め血を流す、()()()()の姿だった。

 

『『『『『――だ、大司教様ぁッ!!』』』』』

 

 当然だが周囲の神官戦士や冒険者達も反応を示し、まるで”信じられないものを見た”という表情さえ浮かべている。

よく見れば、剣の乙女に()()を突き立てている神官戦士が一人。極太の注射器の様な物を彼女の大腿部へと突き刺し、容器の中は、みるみると鮮やかな紅色に染まりゆく。

彼女は血を抜き取られていた。

一人の神官戦士の手によって――。

 

『――貴様っ何を…、――ッ血迷ったかぁ!?』

 

 戦士長の妹で副長でもある女は、激昂と困惑を混在させた声音で切り掛かる。

だが怒りに任せた剣など易々と避けられ、その下手人は軽快な動作で身を翻し跳躍、やがて狩人の下へと降り立った。

その身のこなしは、神官服や鎧で武装した者とは思えない程の俊敏で流れる様な体術だ。

 

『まさかな…裏切り者が居たとは…!』

 

 神官戦士長は下手人を見据え、部下に剣の乙女の介護を命じる。

 

「裏切りとは心外です。私は最初から()()()!」

 

 その下手人は、まだ少女といった年齢で、所属している神官戦士の中でも最年少の只人だ。

少女は白を基調とした神官衣を一気に脱ぎ捨てる。

程無くして露にした少女の衣服は、黒みがかった灰色を基に所々黄色のアクセントに彩られた神官衣へと変貌していた。

頭部は王冠に似た飾りを身に付けている。

 

「その衣服…貴方…死灰神の信徒ですね…!」

 

 血が滴る大腿部を布で抑えながら、錫杖を支えに剣の乙女が問う。

 

「流石は剣の乙女様。私は偉大なる正しき絶対神、死灰神(しかいしん)の神官戦士…!」

 

 灰色の神官衣を纏い、たおやかに振舞う少女は、自らを死灰神の信徒だと名乗る。

死灰神徒の少女――。

彼女は十代半ばの年齢ながらも高い知識と身体能力を誇り、これまで至高神の神官戦士として潜入活動に従事してきた。

 

「死灰神は、我ら至高神の最たる敵対神。神殿に居ながら、結界には何ら反応は無かったぞ!?」

 

「誤解なされているようですね戦士長様。私は、至高神様も敬っておりますの…!」

 

 死灰信徒の少女は、至高神をも信仰の対象としていた。それ故、神殿内の結界には反応する事も無く、彼女は信徒として認められ正体が露見する事は無かったのだ。

死灰神は、自らの教えと思想を絶対無二の正義と説き、それを他者へと強要し時には実力行使すら厭わない。

公正と秩序を重んじ自由意思を尊ぶ至高神とは、決して相容れる事は無い。

だが彼女自身は、秩序と公正の寛容さも理解し受け入れていたのである。

 

「至高神様の導きも誠に素晴らしき教え。ですが、それを説くのが貴女がたでは少々役不足かと判断致した次第ですわ」

 

 死灰神の教えは、それこそが唯一の正しき道と説き、異を唱える者こそ絶対悪だと断ずる。

その教えを他者に遵守させ、時には武力や破壊さえも平然と行使する。やがての行き着く先は白く燃え尽きた灰のみが残されると言われ、この国では邪教と断定し禁忌とされていた。

長くしなやかな灰色の髪と黒味がかった灰色の神官衣を纏いし少女の姿は、その結末を物語っているのだろうか。

一頻り語り終えた彼女は、紅く染まった容器を狩人へと手渡した。

 

「ご所望の品で御座います、狩人様」

 

「長きに渡る潜入任務(スニーキング・ミッション)、大儀であった」

 

 剣の乙女の血液が満たされた容器。

それを受け取り、狩人は労いの言葉と感謝の意を示す。

 

「本日を以て、死灰神の教会を我が連盟に加える事を確約しよう。その上で貴公に我等が血の施し、『輸血』の拝領を――」

 

「有難き幸せに御座います、狩人様…!」

 

「貴公ら、何を言っている!?」

 

 狂気さえ滲ませる二人に狼狽し、灰の剣士は踏み込む事に躊躇している。

剣の乙女の血を使い、何を成さんとしているのか。

既に周囲では激しい戦いが繰り広げられていた。

 

「一生理解出来んよ、貴公の如き出来損ないではな。だが些かに時間が余ってしまったか、暇潰しに少々戯れるとしようか?」

 

 灰の剣士に悠然と振り向く教会の狩人。茶のローブを脱ぎ捨て露わとなる清き白色の法衣は、聖職者に相応しい出で立ちで何処となく医療関連の雰囲気も併せ持っていた。

狩人は背中から銀の剣を抜く。だが、一際目を引いたのは背の鞘部分で、外周部には刃が取り付けられていた。

 

――何だ、あの剣?鞘も武器として機能するのか?

 

教会の狩人が使用する武器は一般には認知されていない特殊な機構を持ち、仕掛け武器と呼ばれている。

 

――更に腰の武器、あれは()なる代物か。

 

狩人の腰に装着されている武器に気付く灰の剣士は、それが銃である事を見抜く。

 

――幾度もロスリックに関わり熟知してきたつもりだったが、これでは無知の極みではないか。

 

狩人なる人物から『ロスリック血の営み』という言葉を耳にした経緯があり、彼がその関係者である事は疑いようがない。

だが、その裏で何が行われてきたのか。

彼はそんな実状など知る由もなく、答えの出ない無駄な思考を泳がせ連鎖を繰り返すのみ。

 

「狩人様は大事な身。ここは私が――」

「それには及ばん。生者である貴公は退いていたまえ」

 

 死灰信徒の少女は戦う意思を示すが、狩人がそれを制し自ら前へと出る。

 

「来るか…!狩人とやら…!」

「本音で言えば、剣の乙女による援護を危惧していたのだが、その女どうやら小鬼に慄いているな」

 

 仮にも金等級冒険者である剣の乙女。聖撃(ホーリースマイト)一つとっても、その威力は周囲の異形を消し炭にさせる程の威力を誇る。彼女がその気にさえなれば小鬼の軍勢ごとき、単身で対処が叶うのだ。

それは狩人にとっても同様で、彼女が実力を発揮すれば彼とて無事では済まない。悠然とした佇まいとは裏腹に、彼女の実力を警戒していたのである。

(実は、ビビっていた)

しかし見ての通り、剣の乙女は必要以上に小鬼に怯え視線すら合わせようともせず、恐怖に振るえるばかり。

そこに大司教としての威厳など微塵も感じさせず、宛ら幼き少女と何ら変わりなかった。

 

「それなら却って好都合。来たまえ出来損ない、遊戯に興じてしんぜよう」

 

 銀の直剣を向け、狩人はゆっくりと間合いを詰める。

 

――純銀は硬度が低い筈だ。だとすれば、あれは銀合金の剣だな。

 

居合の構えで狩人に備える、灰の剣士。

銀は展性や延性に富むが、加工次第では大幅に高度を増大させる事も可能。

恐らく武器として実用水準に到達した剣なのだろう。

 

「さぁ、掛かって来たまえ!」

「――いざ、参る!」

 

 両者の脚が大地を蹴る。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

抱え大筒《ハンド・カノン》

 

持ち運び可能な可搬式の砲兵装。

短筒とは異なり隠し持てない為、冒険者の所持が許されている。

いわば、携帯式の無反動砲に例えられるだろうか。

大口径の野戦砲に比べれば威力などは大きく劣るが、個人での運用は非常に優位だ。

運用法が的確であれば、巨人や魔神に対しても有効となり得る。

しかし、砲弾一発を撃ち出すのに非常に高い費用が(かさ)むのが大きな欠点でもある。

更に、火薬や砲弾に浪費される費用対効果や整備作業の手間、挙句には矢避けの呪文の台頭により

弩や弓矢といった原始的な武器が冒険者には好まれ、一般的にはならない。

 

値段は、本体 金貨60枚。砲弾・装薬込みで10発分20枚。

 

長所と短所は使いよう。

知を活かし数を揃え弾幕を浴びせる事で、小規模な拠点など瞬時に壊滅させる事も不可能でない。

 

 

 

 

 

 




 今まで少々書き溜めをしていた為、此処まで更新が奥てしまいました。
まぁ、ただの良い訳ですが、これから微調整を加えながら更新してまいります。

今回は少々、ブラッドボーン要素が表に出てきました。
あの作品も、ソウルシリーズ特有の奥深い設定と世界観に溢れています。
近い内にエルデンリングも発売されるみたいなので、楽しみです。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

では改めて、新年明けましておめでとう御座います。
拙い作品ですが、今年度も宜しくお願い致します。m(_ _)m

デハマタ。( ゚∀゚)/
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