ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 ダークゴブリンとの決着もつき、残りは拠点の調査です。
戦闘よりも、寧ろこういった後処理の方が長くなってしまいます。
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第89話―終戦と調査

 

 

 

 

糞団子

 

瑞々しい排泄物。

生暖かい排泄物。

乾いた、排泄物。

要は大便。

乾燥した個体も、割れた内部は瑞々しい。

 

敵に投げつけ、猛毒を蓄積させるが

自分にも猛毒が蓄積していく。

 

持ち歩く事への心理的な抵抗は大きい。

だが、開き直れば案外平気なものだ。

なれど。

臭いも強く、あまり持ち歩きたくない類だが

不死人は排泄物に懐古を感じるものだろうか

いや殆どは、そんなことはないだろう。

 

彼女の事だ、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

(推奨BGM ダークソウル ―― メインメニュー )

 

 

 ダークゴブリン軍第2拠点――元は、山賊集団の砦であった場所だ。

その砦には、多数の荷馬車と冒険者たちが駐屯している。

ダークゴブリンは討たれ、残りの小鬼達は全て戦場を後にした。

だが一連の作戦が終了した訳ではない。

ダークゴブリンの討伐は言うに及ばず、彼等の拠点を調べ上げる必要がある。

何故、ここまで強大な規模にまで膨れ上がったのか?

その要因を調査しなければならないのだ。

念には念を入れ、砦に小鬼が潜んでいないかを警戒しながら隈なく捜索してゆく。

小鬼の奇襲を警戒したが、完全な杞憂だった。

砦内に小鬼の姿はなく、然したる罠も見当たらない。

安全を確保した剣の乙女軍は、治療と休養を兼ねた簡易拠点として砦に駐留する。

 

「そうだったのか。アストラのオスカー…それが彼の名…」

 

「うむ。よもや”北の不死院”で貴公と出会っていたとはな」

 

 砦の敷地で、焚火を囲む二人の男。

灰の剣士とアストラのソラール。

彼等は互いに出会った時代――ロードランでの出来事を語り合っていた。

嘗て北の不死院に幽閉されていた灰の剣士。

絶望に打ちしがれ朽ち果てるのを待つばかりだった――。

ボ~っと石畳の天井を見上げていた時、突如石蓋が開き、一人の騎士が遺体を投げ入れたのである。

その遺体には、牢獄の鍵を所持していた。

今にして思えば、アレが全ての始まりといっても間違いではないだろう。

その鍵を使い牢獄を出た灰の剣士は、暫し不死院を探索。

そこで瀕死の騎士と再会した。

力尽きる寸前の騎士は、当時の灰の剣士に使命とエスト瓶を託し、静かに息を引き取った。

終ぞ名も知らぬまま果てた、アストラの上級騎士――。

遥かな時代を跨ぎ、思わぬ処で彼の名が明らかになろうとは――。

その彼の名が、アストラのオスカー。

彼とソラールは、旧友でもあったのだ。

ロードランでの使命を果たし、ドラングレイグ、ロスリックへと使命を繰り返し続けた。

しかし、灰の剣士は北の不死院での記憶だけは、保持し続けていた。

いや、正確に言えば死を重ねる度に記憶は失われつつはあった。

だが灰の墓所にて目覚めた折、エストの灰瓶を回収した地点が存在した。

その地に何故か、アストラの上級騎士の遺体が横たわっていたのである。

進行方向の都合上どうしても視界に映ってしまい、その度に彼は北の不死院での記憶を呼び覚ましていたのであった。

心の何処かで(つか)えとなっていたのだろう。

恩人といっても過言ではない、アストラの上級騎士。

今になって判明した、オスカーという名。

今此処で、漸く僅かな(わだかま)りが取り払われた気がした。

 

「すまぬ、ソラール。果て行く彼に何もしてやれなかった」

 

「それは違う。貴公という男に出会う事で、彼も希望を抱き果てたのだ。更に貴公は見事使命を果たしではないか。それを誇らねば、オスカー殿の死が無意味となってしまう」

 

「……ソラール……そう…だな…。いや、そうだ!貴公の言う通りだ!」

 

「うむ!」

 

 果て行くアストラのオスカー。

当時、何の力も無かった灰の剣士は、ただ見守る事しか出来なかった。

その事に自責の念に駆られていたが、ソラールの言葉で自身に一区切りを付ける。

願わくば、オスカーの魂が救われん事を――。

 

「調子はどうかな、貴公?」

 

 焚火で身体を休める二人に、カタリナのジークバルドが声を掛ける。

彼は砦の調査に参加し、今しがた一段落を付けた処であった。

 

「傷の方はもう回復してるのだ、これがな。しかし如何せん身体が真面に動かず、困窮している」

 

 ダークゴブリン戦で致命傷に相当するを傷を負った。

だが、灰の剣士自身は幾多もの回復手段を有している。

エスト瓶然り、回復の奇跡然り――。

それ等を駆使すれば、大抵の負傷は忽ち回復してしまうのだ。

傷だけなら、ほぼ完治しているといっても差し支えない。

しかし、鉛のように全身が重く圧し掛かり、思う様に身体が言う事を聞かなかった。

 

『それは血を流し過ぎた所為――。意識があるだけでも不思議な位よ』

 

 旅を囲む3人の前に姿を現したのは、アーランドより遣わされた錬金団の一人――トトゥーモリア=ヘルモルト(通称トトリ)。

手には小鍋が握られていた。

 

 

(推奨BGM トトリのアトリエ ―― トトリのアトリエ )

 

 

「ヘルモルト指導員…もとい、トトリさん…!?」

 

「ちょっと待っててね…よいしょっと…フゥ…」

 

 焚火の上に金網と鍋を置くトトリ。

彼女も座り込み、彼等と共に焚火を囲む形となる。

 

「幾ら回復しても、失った血を戻すのは多くの手間と時間を要するの」

 

 トトリは語る。

治療薬にせよ奇跡の類にせよ、傷を癒す手段は多岐にわたる。

しかし流れ出た血液は、そう容易に戻る訳ではない。

人…いや、全ての生命が活動するのに、血とは必要不可欠な存在で決して切り離す事は叶わない。

一応、血そのものを充足させる方法は有るにはある。

トトリは錬金術師で、伝説級とまで称される程の実力者。

そんな彼女の腕を以てすれば、それ等の薬品も造り出す事は可能。

だが、それに関する素材は入手に困難が伴う。

単純に、生物から採取した血で造り出せると判断するのは、素人の考え方だ。

生物には血液型と言う概念が存在し、抗体と抗原の関係で違う血液を体内に入れる事は、死に直結してしまう。

故に、血液を満たす手段は実の処、単なる回復手段よりも難解で複雑極まる手順を踏まねばならない。

ロロナやトトリでも、そういった道具を造り出すには多くの時間と労力を割かねばならないのだ。

一見地味だが出血とは、それだけ恐ろしい症状とも言えた。

 

「貴方はさっき、固形物(干し肉)を吐き出してしまったでしょ?だからコレを食べて、少しでも元気になって。…ね?」

 

 トトリが持参した鍋には、流動食が満たされていた。

水分を多めにした粥の類で、具には干し鮭と米に細かく刻んだ野菜類を入れ、時間を掛けて煮込んだ物だ。

一連の戦を終えた後、食事を兼ね灰の剣士は干し肉を口に入れたが嘔吐してしまっていた。

血液不足が原因だ。

それにより、全ての身体機能が低下し真面な食事もままならない状態に陥っていた。

そんな彼を見かねたトトリが粥を煮込み、今こうして此処に訪れていたのである。

 

「何から何まで(かたじけな)い。碌な調査にも参加できず…!」

 

「…私が”このまま帰還して”と忠告しても聞かないんでしょ、どうせ貴方は…?」

 

 煮上がった粥を椀に注ぎ、それを彼へと手渡す。

 

「その通り。最後まで付き合わねばならぬ」

 

 粥をゆっくりと口内に含みながら彼は語る。

たとえ直接参加できずとも足手纏いになろうとも、意識がある限りは最後まで依頼をやり遂げる腹積もりでいた。

どういう経緯であれ、ダークゴブリンと最も深く関わった人物として当然の責務であると、彼は考えているのだ。

 

「…ハァ…。さぁ、貴方たちも召し上がって下さいな。少々薄味ですけど」

 

 それを聞いたトトリは若干呆れ顔を浮かべ、ソラールとジークバルドにも粥の入った椀を手渡した。

 

「感謝するトトリ殿。まぁこんな男だが、見放さないでやってくれ給えよ」

「全くだ!この様な可憐な乙女の言う事は素直に聞くものだぞ、貴公?」

 

「……ま、まぁ…考えておく…」

 

 トトリに同調するソラールとジークバルド。

彼等に窘められ、灰の剣士は気まずそうな表情で粥を啜った。

トトリも自身のカップに茶を注ぎ、それを一口含む。

 

「時にトトリさん。ライザ達は、あの幌馬車の中で作業を?」

 

「ええ。()使()()()錬金釜、アレしかないものだから」

 

 一通り胃を満たした灰の剣士は、ライザ達の現状を訊ねる。

トトリが応えた通り、ライザを含めた錬金術士たちは皆、ピアニャが管理する幌馬車にて調合作業に勤しんでいた。

先程の戦で本陣は壊滅し、天幕内の錬金釜は軒並み破壊されてしまった。

そういう理由があり、真面に機能する釜は幌馬車内の一つだけだった。

一連の戦闘を終えたが、負傷者は今も多数存在している。

希望する者と重傷者は優先的に、水の都へと引き揚げさせてある為、治療薬は節約できるだろう。

幸いにも必要となる素材は、砦内にも備蓄されていた。

完治は無理だが、全員分に行き渡る治療薬は、確保の目処がたっていたのである。

 

「さて、休憩終わり。私そろそろ戻るわね」

 

 小休止も兼ねていたのだろう。

トトリはゆっくりと腰を上げる。

 

「何だかライザちゃん、ちょっと不機嫌みたいなの。何か心当たりある?」

 

 幌馬車へと戻ろうとした彼女は、歩を止めライザについて尋ねる。

灰の剣士は言うに及ばず、ソラールとジークバルドも全くといって心当たりなどは無い。

男三人は、首を傾げお互いに顔を見合わせた。

 

「私が抜けたのがいけなかったのかな?」

 

 トトリも手を口に添え、少し前の出来事を思い返していた。

この砦に着いた際、錬金術士たちは忙しなく動き回わり、調合作業に追われていた。

忙しくはあったものの、その時のライザは特に不満を口にする事もなかった。

しかし彼女が気を損ね始めたのは、小休止を兼ねたトトリが粥鍋を手に幌馬車を出る時である。

簡素にだが彼女は、事の顛末を説明した。

 

「…こんな状況だ。貴女ほどの御仁に抜けられるのは、流石に痛手だったに違いない」

「やっぱりそう思う?後で謝っておかなくっちゃ」

 

――トトリの言う通り、素直に帰還した方が良かったか?こんな事で、彼女(ライザ)に塁が及んでしまうとは…。

 

トトリが幌馬車に戻った後、灰の剣士も些かの悔いを滲ませた。

 

幾許かの時が経過した後も、焚火を囲む三人。

 

「さて俺も調査を再開するか」

「貴公は引き続き休んでい給え」

 

 一頻り体を休めたソラールとジークバルドも腰を上げ、調査再開の為、その場から立ち去った。

 

”貴公、()()し給えよ”と言い残して――。

 

「……?」

 

 言葉の真意が読み取れず、灰の剣士は二人を見送る事しか出来なかった。

 

―― タァンッ ――

 

それは唐突に訪れた。

奥から聞こえて来る、奇妙な破裂音――。

ややくぐもっている辺り、敷地の奥からに違いない。

 

「何だ、銃声…?」

 

 あまり馴染みが無く、同時に覚えのある音。

灰の剣士は、それが銃声だと断ずる。

あの教会の狩人が使用した音に酷似している、間違いないないだろう。

 

――何かあったのか?

 

居ても立ってもいられなくなり、灰の剣士は銃声の方へと脚を向けた。

トトリの持ち込んだ粥に助けられたのだろうか。

相変わらず全身は重いが、早足で歩ける位には回復していた。

歩く事暫し――。

人だかりが目に付いた。

聞こえて来たのは、この場所からだ。

またもや”ダァンッ”という破裂音が耳に響く。

人だかりを擦り抜け、灰の剣士は現場に辿り着いた。

人々の視線は一組の男女に向けられている。

ゴブリンスレイヤーとエーファ=アルムスター。

彼の手には銃が握られていた。

 

(推奨BGM ルルアのアトリエ ―― 小脇に大砲を携えて )

 

「じゃあもう一度。的目掛けて引き金(トリガー)を引いて」

「ああ」

 

 エーファの指示に従い、彼は銃の引き金(トリガー)を引く。

その刹那、的に向けた銃口から派手な火花と発砲音が飛び散った。

更に的に見立てた木板には、無数の小さな孔が開いている。

銃口からは、小さな煙と独特の臭いが漂っていた。

 

「…ただの銃…じゃない…?」

 

「お前か。散弾銃(ショットガン)――というやつだ」

 

 的と銃を交互に見つめる灰の剣士に、ゴブリンスレイヤーは言葉を返す。

彼が今、試射した銃――。

それは散弾銃(ショットガン)に分類される武器であった。

 

「そんな物、一体何処で?」

 

 当然、出所が気になり、灰の剣士は訪ねずにはいられなかった。

 

「覚えてます?()()()の出来事を――」

 

 彼女は、本陣にて起こった敵の奇襲について語る。

黒教会、医療教会、そしてバンダナゴブリン率いる部隊に本陣を急襲された。

本陣の司令塔と野戦病院を兼ねた天幕は破壊され、教会の狩人と名乗る男の策謀により辛酸を舐めさせられた。

神官戦士の部隊から離反し、剣の乙女からソウルの染み付いた血を奪い取った、死灰信徒の少女。

ロンドールのヨエルが生み出した、不死の鎧ゴブリン(アーマードゴブリン)

そしてバンダナゴブリン部隊の砲撃による、本陣壊滅。

程無くして行われた両陣営の激戦。

 

その最中(さなか)、狩人による突如の凶行――。

結果、大型種であるバンダナゴブリンは獣へと変貌――。

しかし理性を残したまま、バンダナゴブリンは狩人へと憤怒をぶつける。

怒りに任せた一撃は、一人の下級狩人を巻き込み絶命させた。

その後、教会側は撤退したが、絶命した狩人の持ち物が幾つか残されたままとなっていたのだ。

 

「彼が手にしている銃が、()()なんです」

 

 ゴブリンスレイヤーが手にし試射している銃は、その狩人が残した品であった。

 

「散弾銃…だったか?という事は――」

「ああ。複数同時に仕留める事が出来る」

 

 短筒にしては幾分大型な造りだが、それは散弾銃という分類に起因していた。

発砲と同時に、散弾が後半に散らばり範囲内を攻撃する事が出来る。

また強力なストッピングパワーで、対象を行動不能に追いやる確率も非常に高い。

弾丸にもよるが散弾銃の特性上、有効射程距離は短い傾向がある。

しかし彼の生業は、あくまで小鬼退治だ。

そして大半の小鬼は、洞穴や洞窟といった閉所を好む。

余り長大な射程距離は、必要としていなかった。

 

「君が試射しているという事は、使用に踏み切ったという事か。…あれほど銃器を疎遠していたのに良く決心したな」

 

 火の秘薬(火薬)の力で弾丸を撃ち出す武器…『銃』

その殺傷力は極めて高く、有効活用すれば脆弱な素人でも恐るべき戦力を発揮するだろう。

しかし、制約も非常に多い武器でもあった。

 

弾薬の確保、整備や運用に必要な知識と技術、何よりそれに連なる資金源の確保。

射撃時の発砲音、弾込め時の隙、銃以外の戦闘手段、実に多くの課題を乗り越えねばならない。

また、矢除け(ディフレクトミサイル)という真言呪文の存在で、銃が普及しない要因に一役買っていた。

それ等を加味すれば、彼が銃を疎遠する要素ばかりが目立ち、正直デメリットの方が多いのも頷ける。

そして何よりも、万が一敵に奪われた時を想定し、彼は徹底的に低品質の武器や使い捨て式の道具を優先してきた。

 

「そうだな。これを主兵装にする気はない」

 

 淡々と彼も応える。

彼が言うには、弾薬も可能な限り低コストな物を用意する算段でいた。

一応、西方辺境の工房にも銃器の類は扱っている。

工房店主やアンドレイは極めて高い技術力を備えた人物だ。

先ずは、これを持ち帰り二人に検分して貰えば、整備や維持のノウハウを学んでくれるだろう。

 

「幸いにもこの銃。発砲は兎も角、安全装置(セーフティー)や装填にも専門の知識と技術が必要となりますから、敵に奪われても容易に扱い切れる代物でもないんです」

 

 仮に彼が斃れ、小鬼が銃を奪ったとしても、安全装置を解除しなければ引き金は作動しないように設計されていた。

更に弾込めも専用の手順を要し、何も知らない小鬼が資料や教導も無しに扱える程、単純な造りではない。

極め付きは、弾丸の確保と製作だ。

如何に低コストで簡素な弾薬を徹底したとて、作成にも専門知識と技術、そして専用設備が必要不可欠となる。

ダークゴブリン程の知性があれば、いざ知らず。

なれど唯の小鬼集団が、そうそう準備できる程、容易い技術ではないのだ。

もし簡単に模倣出来る位なら、一般人側にも銃が浸透していた事だろう。

 

「しかし、俺が銃の使用に踏み切った最大の要因は、もう一つある」

「――?」

「これ…試してみます?」

 

 ゴブリンスレイヤーが銃の使用を決心した理由――。

その本音は別の処にあった。

よく見れば様々な種類の銃が複数、棚の上に置かれていた。

エーファが一つを手に取り、疑問に包まれた灰の剣士へと手渡す。

 

「……」

「引き金を引く位は…できますよね?流石に」

 

 手渡された銃に目をやる灰の剣士。

銃には全くといって造士の無い彼だが、引き金を引けば弾が出る位は知っている。

彼女に促されるがまま、彼は的に狙いを絞り引き金(トリガー)を引いた。

そして発射されたのは――。

 

フックショットだった。

 

「――!?」

 

 弾丸が発射されるという先入観があったのだろう。

意外な物が射出され、彼は驚きの表情を見せる。

命中したフックショットの先端部は、木板の的にめり込む形となり威力の高さを物語っていた。

 

「次は銃握(グリップ)の部分にある突起物を押し込んでみて」

「ん、これか?」

 

 エーファから次の指示を受け、銃把部分下部の突起物を小指で押し込んだ。

 

「――むッ!?」

 

 その瞬間、握っていた手から引き寄せられる感覚が伝わる。

いや、間違い無く引き寄せられていた。

 

「…これは…」

 

 何かを思い付いたのだろうか。

灰の剣士は銃を手放した。

同時に銃は手から離れ、的の方へと引き寄せられ飛んでしまった。

 

「……」

「……」

 

『『『『『……』』』』』

 

 その様子に彼等を含め、野次馬も無言で成り行きを見守ったままだ。

 

「攻撃用…ではないのか、これ…?」

 

 暫し呆けていた灰の剣士。

的にぶつかった銃が地面に落ちる。

 

「そうですね。多分これは目標物を引き寄せる、或いは此方から()()()()()()()ための道具だと思われます」

 

 試射を含め多少は予想が付いていたが、彼女の言葉で確信へと変わった。

 

「使い道はありそうだが、些かに張力も射出力にも不足が感じられるな」

 

 これを上手く使いこなせれば、移動手段や変則的な機動にも活用できるだろう。

だが、彼自体を支え引き寄せるには力不足だと感じた。

 

「ゴブリンが使用する事を想定しているからな、当たり前と言ったら当たり前か」

「――!?」

 

 不意に後方から声を掛けられる。

振り向いた先には、銀等級戦士が佇んでいた。

野次馬に混じっていたのだろう。

 

「――まさか…それは!?」

 

 銀等級戦士の言葉に彼は聞き返す。

 

「コイツは鉄索(ワイヤーロープ)と呼ばれる代物でな、この砦至る所から見付ける事が出来た」

 

 彼は懐から鉄状の紐を取り出し、灰の剣士へと手渡す。

この戦が始まる以前、銀等級戦士はダークゴブリンの本拠地偵察の依頼を請けおった。

本拠地は此処とは違う山奥に所在しているが、道中幾つもの罠が仕掛けられ解除しながら進行していた。

その罠の内、幾つかは鉄状の紐が使われていたのである。

彼の言によれば、ワイヤーロープの普及率は低く、王都以外では精々大都市に留まるのみであった。

 

「もう分かるよな?俺が何を言いたいのか」

「まさか、さっきの銃は小鬼が造った物だと…!?」

 

 そう――。

彼の持つフックショットの先端部を繋ぐ紐は、金属製のワイヤーロープで構成されていた。

 

「間違いないみたいだぜ。俺達も調査に参加にしてたからよ」

 

 銀等級戦士の言葉に驚く灰の剣士。

そんな彼に、別の冒険者が言葉を付け加えた。

 

彼が休養している間、動ける冒険者たちは砦を隈なく探索。

残存する小鬼の奇襲に警戒しながらも、建物内を探索途中で様々な品を押収できた。

それ等は多岐にわたり、フックショットや銃も、その内の一つである。

この砦、元々山賊の拠点として使われていた施設だ。

人に扮したダークゴブリン軍と山賊は、密に物資の取引を行っていたが、やがて見切りを付けたダークゴブリンの襲撃により壊滅。

小鬼側の第二拠点として機能するに至った。

ならば、フックショットを始めとした品々は山賊側が造り上げた物ではないのか?

普通なら、そう判断するのが自然だ。

しかし調査の末、金属加工に適した製造施設を発見。

しかも施設には未だ火が灯っており、溶鉱炉は赤々と燃え上がっていた。

更に加工途中であろう工程の名残が其処彼処に散見され、開戦寸前まで稼働していた事が明らかとなった。

人族の労働奴隷の件も考察してみたが、虜囚となっていたのは10数人の女達だけである。

言うまでもなく、彼女等は孕み袋として砦に囚われていた。

つまり、これ等の施設は完全に小鬼が運用していた事が証明され、灰の剣士が試したフックショットや残された品々も、全て小鬼が作成した代物であった。

 

「……」

 

 言葉も無く、灰の剣士はフックショットを拾いに行く。

 

「俺が銃の使用を決心した真の理由は、正に其処だ」

 

 続いてゴブリンスレイヤーは、銃を手にした本当の理由を語る。

小鬼は既に、銃の運用技術の取得に目処が立っていたのだ。

後もう少しダークゴブリン軍の攻略が遅れていれば、小鬼は間違い無く”銃”を戦線に投入してきただろう。

もしそうなれば、敗北していたのは冒険者側であった可能性も否定し切れない。

否、今回でさえギリギリの辛勝であったのだ。

下手をすれば、西方面は小鬼の軍勢に滅ぼされていただろう。

よくよく考えてみれば、バンダナゴブリンの部隊は抱え大筒(ハンド・カノン)と呼ばれる火砲を運用していた。

既に予兆は存在していたという事だ。

 

「通常の小鬼が、銃を所持しているかどうか分からん。だが、此方も備えは必須だ」

 

 ゴブリンスレイヤーの言う通り、ダークゴブリン以外の群れや部族が、銃を運用できる程の知性があるかどうかは疑わしい。

しかし慢心や油断が小鬼に敗北するという事例は、決して珍しくはないのだ。

いつ如何なる時も最善を尽くし備え、小鬼を皆殺しにする。

それが彼――ゴブリンスレイヤーなのだ。

 

「…そういう事か」

 

「欲を言えば、先端部下方にナイフでも取り付けたい処だな」

 

「それは自分でやって下さいね♪」

 

『『『『『ハハハハ……』』』』』

 

 ゴブリンスレイヤーとエーファのやり取り。

周囲に笑い声が起こり、和やかな雰囲気に包まれる。

 

「なら、このフックショットとやら。私が持ち帰って構わないか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 灰の剣士も何かを見出したのだろう。

フックショットの有用性を模索し、持ち帰る事をエーファに訊ねる。

無論これは押収した代物で、似た様な品は複数に登る。

資料にせよ戦利品にせよ、エーファに断る理由はなかった。

 

「それにしても君、顔に似合わず凄いね。どうだい?俺と交際してみないか?」

 

 野次馬を決め込んでいた、一人の冒険者がエーファを口説きにかかった。

 

「おい、テメェ!抜け駆けすんじゃねぇよ!」

「そんなヤツほっといて、俺なんてどうよッ!?」

「僕の方がイケてるって。なぁ…お嬢さん!?」

 

 それに釣られたのか、次々と男達がエーファに群がって来た。

まぁそれも至極当然ではある。

 

(推奨BGM ルルアのアトリエ ―― 入れすぎスパイス )

 

エーファ=アルムスター。

 

彼女は孤児院出身という肩書だが、実際は貴族という出自を持っていた。

それ故なのか定かではないが、極めて高い身体能力を誇り体術や様々な分野に対しても幅広い知識を備える。

その中でも銃器に関する造士は特に深く、ゴブリンスレイヤーに銃を扱いを指導したのは他でもない彼女だ。

そして彼女の魅力は何よりも外面に表れていた。

独特の可愛らしい容姿と、凹凸に富んだグラマクスな体型を併せ持ち、周囲の男性陣は魅了されていたのだった。

実は出撃前にも多くの男性冒険者からは目を付けられていたのだが、ステルク率いる屈強な男性陣たちの目もあり中々行動に移せないでいたのだ。

そして今を好機(チャンス)と踏んだのだろう。

余程飢えていたのか、一人の男性冒険者が彼女の豊満な胸を触ろうとした。――が、瞬時に手を掴まれ、彼女の得意技である”ジャイアントスィング”が炸裂。

憐れな下手人は投げ飛ばされ、近くの樽に激突。

樽は粉砕し、男は気を失った。

彼女はこう見えて気も強く、腕力も金等級の筋力戦士並みだ。

その様を目にした野次馬の男性陣たちは、そそくさと場を後にしたそうな。

 

――血の混じった水銀の弾丸…、教会の狩人とは一体…?

 

そんな騒動など気に掛けず、灰の剣士は棚の上に置かれた水銀弾に意識が向いていた。

幾つもの銃器が並べられた傍らに、複数の水銀弾が陳列されている。

中には、溶けかかって半ば液状化した物も見受けられた。

水銀弾から漏れ出るソウルを感知し、これ等が、教会の者が使用していた物だと判別が付いた。

水銀の融点は異様に低く、常温下では液体化してしまうのが自然である。

持ち主から離れたのだろう。

維持する為の魔力を失い、液状化を始めたに違いない。

ソウルの魔術(竜の隠密の魔術)である『致死の白霧』を通じ、水銀の毒性は彼も認知している。

それ故、液状と化した水銀の弾丸には触れようともしなかった。

 

「フゥ…めんどくさい連中が居なくなってスッキリしたわ♪」

 

 エーファのジャイアントスィングが、予想以上の迫力を与えたのだろう。

彼女に群がっていた男性冒険者は軒並み立ち去った。

残っているのは、ごく少数だけだ。

 

「えっとこれ。約束の説明書と、弾丸のレシピよ」

 

 パンパンと手を払ったエーファは、再びゴブリンスレイヤーへと向き直る。

そして数枚のパピルス紙と弾丸の入ったケースを手渡した。

用紙には散弾銃の設計図や整備の手順が記載され、ケースには複数種類の弾薬が詰められていた。

散弾銃の設計図は、エーファ自らが一度分解し描いたものである。

彼女は散弾銃の構造を分析し、整備の手順までも把握した上で用紙に記載していたのだ。

そしてケースの弾薬はあくまでサンプルではあるが、特殊弾やスラッグ弾を始めとした様々な弾薬が詰められていた。

武器工房で解析して貰えば、量産が叶うだろう。

 

「…アンタ…本当に何者だ?」

 

 彼――ゴブリンスレイヤーの反応は、尤もである。

 

「それだけ銃器に精通しているという事は、アーランドという国は高い文明を誇っているという事になるな」

 

 疎らに残った野次馬には、銀等級戦士も混じっていた。

明らかに国としての文明水準に違いがみられ、彼も思わず尋ねずにはいられなかったのだ。

 

「確かに機械文明に関しては、此方より高い水準にありますね。けど全てに於いてという訳でもないと思いますよ」

 

 数十年前までは、貧しい小国で他国との交流も限られていた。

一応この国とは国交があったらしいのだが、先王の迷走に戦や魔神王といった脅威に晒され実質の断交状態が続いていた。

しかし突如としてアーランドの古い遺跡により機械群が発掘され、それを機にアーランドの国情は一変する。

時を経たアーランドは、発掘した機械を解析しながらも技術と学問を急速に発展させ、豊かな先進国へと成長を遂げた。

その恩恵もあり、錬金術も飛躍的に発展させる事となる。

紆余曲折を得て政治形態は王政から大統領制へと変わるが、この国とはお互い定期的に使者を派遣し合っていた為、国の実情などは把握し合っていた。

そして、この国の先王が逝去し、息子である現国王が就任――。

魔神王や戦で疲弊した国力回復の意味合いもあったのだろう。

政治路線を大幅に変更し、外交や国交に大きく力を注いだ。

一方アーランドでも大きな転換期を迎え、人類未踏の大陸の調査や国交回復にも動き始めた。

この国との国交再開もプロジェクトに含まれ、ロロナたち錬金術師の派遣も計画の一環である。

この国は非常に広大な大陸を有し、未だ手付かずの資源や遺跡が数多く眠っているのだという。

更に、未知なる太古の文明や名残も、膨大に遺されている事が明らかになっていた。

実はアーランド側も、ロスリックや火継ぎの時代といった文明の遺物に興味を示していたのである。

(無論その事をエーファは伏せた)

 

「あら御免なさい。つい長話になっちゃったわね」

 

 彼女が思っていたよりも長い話になっていたらしく、エーファの周りには再び人が集まっていた。

先程とは違い、飢えた男性陣ばかりでなく、知識然とした紳士風の冒険者や女性陣も多く混ざっている。

 

「なかなか興味深い話だったぜ。アリガトな、お嬢さん!」

「ゴブリンとは関係なかったが、聞き甲斐があった」

「此処に来て、歴史の講義が聞けるとはな。面白い事もあるものだ」

 

 銀等級戦士、ゴブリンスレイヤー、灰の剣士も、エーファの話を興味深く聞き入っていた様だ。

 

「――///!い、いえ、どう致しまして。また聞きたくなったら、何時でもどうぞ///!」

 

 心からの笑顔と感謝が篭っていたのだろう。

男三人の顔も真面に直視出来ず、エーファは頬を赤らめ慌てて取り繕った。

 

――フゥ…、オーレル君といい、()()()()といい、何で好い男に限って私には寄って来ないのかしら…!

 

実は彼女、幼馴染であるルルアに若干(かなり?)危険な感情を抱いている。

しかし、決して…決して…(大事な事なので以下略――)、同性愛者ではない。

況してや、そこまで精神異常者でもない。

彼女とて”女”であり、男が嫌いという訳ではないのだ。

しかし、これまで彼女に言い寄って来た男は皆が皆、下心に満ちた手合いや口を開けば猥談ばかりを話す輩ばかり。

酷い場合は、先程の様に彼女の身体を無遠慮に触って来る者までいる始末。

彼女のいた国でも、此処でも、その境遇が変わる事はなかった。

尤も”アーキュリスの二大美人”と称される程に、魅力の詰まった女性だ。

男が群がるのも致し方がないのだが――。

彼女も、調子のいい軽薄な男より、彼等3人やオーレルの様な男性に惹かれるらしい。

(外見、人間性、両方加味した上で男を評価している)

因みにゴブリンスレイヤーの素顔は、銃の説明をする際、兜を外し姿勢を確認する必要が生じた為、目にする事が叶う。

銀等級戦士は兜を外した状態なので、素顔は現在進行形で確認済み。

灰の剣士の場合は、幌馬車にて隙間から覗く機会があった為、薄っすらとだが視認が叶った。

(ゴブリンより醜悪という噂は、全く信じていない)

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 依頼書の張り出し )

 

それから時間は更に経過する。

 

砦内の調査は一段落が付き、剣の乙女一行は状況確認の作業に入っている。

 

砦内から救出された女囚たち。

数は十数名に及んだが、驚愕すべきは彼女らの健康状態にあった。

誰一人として重傷者は存在せず、皆自力で動けるほどに良好な状態であった。

無論、真面な会話も可能な程に良好だ。

女囚たちは、当時の状況を詳しく語ってくれた。

元々は、山賊達の慰み者として飼われていた村娘や冒険者たちだ。

村から攫われた者、借金のカタに売り飛ばされた者、実に経緯は様々だ。

暫くは山賊の伽として相手をさせられていた。

その後ダークゴブリン軍の襲撃を受け、山賊は全滅。

この砦は小鬼軍に占拠された。

当然、女囚たちはそのまま小鬼の相手をさせられる。

しかし、小鬼からの待遇は驚くほどに良好で、彼女らは良い意味で裏切られる事となった。

衣・食・住…全てに於いて必要な環境を与えられていた。

山賊の支配時は、家畜同然の扱いを受けていた女囚たち。

必要最小限ではあったが、食事に清拭に着替えに、全てを取り揃えてくれていた。

また不衛生極まりないのが小鬼の常識だ。

しかし、小鬼特有の不快な臭いは漂っていたものの、それ以外では悪影響を及ぼす事はなかったのである。

それにより、女囚たちの体調は比較的良好で、若干の疲労と衰弱のみに留まっていた。

最長で2ヶ月以上も囚われ続けていた女も居たぐらいだが、その女も自意識を保っており自力で歩く事も出来た程だ。

小鬼討伐に経験のある冒険者たちにとってみれば、これは異常極まりない事実であった。

何せ普通は、小鬼から救出される人質の大半は、重傷か死の直前に瀕している者ばかりだ。

そこから保護するにしても、大抵は精神を壊され後の人生に禍根を引き摺り、苦しみを抱え続けていかねばならない。

その結果、自暴自棄となり自ら命を絶つ者や、進んで男達の慰み者に身を落とす事も少なくはない。

それが普通なのだ。

信じられなかった。

人並の待遇を与え、飼い慣らすなど――。

ダークゴブリン軍は知っていたのだ。

環境を整える事で、女が()()()する事を――。

女囚たちの話では他にも女が居たらしいが、小鬼を出産するや否や何処かに連れて行かれ二度と姿を見せる事はなかったのだと語る。

恐らくは出産のショックで自我を崩壊させたか、処分に困り囚人小鬼に振舞われたか――。

 

また建造物にも特徴が散見された。

無造作に建てられた掘っ立て小屋の様な建物は、一つも存在していない。

簡素な造りは全て山賊が建てた物であり、小鬼はそれを補修し補強していたのである。

泥や粘土を練り合わせたセメントで塗り固め、レンガや石材を積み上げ、丸太や木材で破損部分が補修されていた。

これも従来の小鬼では考えられない事例である。

実際目にしても信じる事は困難であろう。

下手な素人よりも、遥かに確立された技術力が振るわれていたのだ。

当然これらは記録される事となり、書面や絵を始め、時には記録映像として水晶に投影する者まで居た。

加えて、多くの品々が証拠品として押収された。

野戦兵器や武具の類。

食事事情を示す糧秣類。

衣類や食器といった日用品。

薬草、治療器具。

極めつけは、それ等を記録し管理する為の帳簿、開発の図面――。

もはや人族の拠点と、殆ど違いが見られない。

剣の乙女たちは、ダークゴブリン軍の高い組織力を垣間見た。

 

こうして砦の調査は一先ずの段階を終え、本命である山奥の廃村へと向かう事になる。

 

だが生存者の殆どは負傷者で動く事は困難だ。

加えて彼等を看護する人員も割かねばならない。

廃村の調査に参加できる冒険者は限られた。

 

西方辺境に所属する、ロスリック生き残り組。

剣の乙女率いる神官戦士たち。

その他の僅かな熟練冒険者たち。

ソラール、ジークバルド、ゴブリンスイーパー(女鎧戦士のみ)。

 

総数40名にも満たない戦力だった。

 

他は砦に残留する事になった。

錬金団も当然、砦に残る側だ。

負傷者の治療の為、少しでも医療薬や水薬の確保に奔走する必要があるのだ。

また現場指揮と管理の為、銅等級冒険者と神官戦士()()も残る事となった。

 

「先輩、大丈夫ですか?無理しない方が――」

「現場を直接見たのは俺だけだ。行くのは当然だろう?」

 

 乱戦の最中、銀等級戦士は頚部を切られ瀕死の重傷を負った。

剣の乙女と聖職者の奇跡で一命は取り留めたが、同期戦士は彼の容態を窺う。

だが銀等級戦士には責務がある。

喪った嘗ての仲間に報いる為にも――。

ダークゴブリンの本拠地を直接目にした冒険者は、実質彼一人だけだ。

たとえ後遺症があるとはいえ、案内と先導役も兼ねて現地に赴かねばならない。

しかし案ずる事はない。

彼の一党には、アストラのソラールが居る。

あれだけの激戦を潜り抜けながら、ソラール自身は、まだまだ動ける状態なのだ。

銀等級戦士は、一抹の安堵を覚えていた。

そして幼夢魔も、剣の乙女に同行する事になった。

彼女もダークゴブリン本拠地を知る、数少ない参考人だ。

更に飛行出来るという大きな有用性も持ち合わせている。

幼い彼女を危険に晒すというのも気は引けるが、人員が限られた今、彼女の力も大いにアテとなるのだ。

 

「貴公、無理をするなよ。危ないと思ったら直ぐに後退するのだ」

 

「大丈夫ですよ、おにいさま。今まで働けなかった分、精一杯恩返ししますからね」

 

 これから向かう先は霧深く覆われた山中だ。

付近に残存の小鬼が潜んでいる可能性もある。

灰の剣士は、幼夢魔の身を案じた。

 

(推奨BGM ライザのアトリエ ―― へじへじものへ )

 

「…まず自分の心配をしたらどう?君の場合――」

 

 そこへライザが、ジト目で言葉を挟んで来た。

 

「ライザよ。君こそ何故同行する?砦に残った方が、遥かに貢献出来ようものを」

「…誰の所為だと思ってんの、誰の所為だと…!」(# ゚Д゚)

 

 この場合、正当性はライザにある。

今の彼、灰の剣士――。

戦闘は言うに及ばず、険しい山道を歩けるのかも疑わしい限りだ。

消耗に消耗を重ねた身。

全体を鑑みれば、ライザと共に砦に残るべきなのだ。

しかし、彼は頑なに同行を申し出ている。

それが原因で、彼女と口論に発展していた。

臨時とはいえ彼とは一党を組んだ身だ。

灰の剣士一人を赴かせるなど、彼女の選択肢には無かったのである。

 

「走る事も出来ない()()()が、山道登れると思えないけど?…なんなら、あたしが”おんぶ”してあげよっか?」(・∀・)ニヤニヤ

 

「…いらぬ…!」(°Δ °╬)

――幼子か?私は…!?

 

「……何よ?」(*`ω´*)

「……何か?」( ̄ー ̄)

 

「――両方とも邪魔だ、残れ!」(ꐦ°д °)

 

 二人の諍いに割り込んだのは、ゴブリンスレイヤー。

 

「…争っている場合ではないな」

「…うん、そだね」

 

 彼の一喝で二人は冷静になり、馬車へと乗り込んだ。

頑固という点では、二人とも似た者同士かも知れない。

 

――なにイチャついてんのよ…。

 

そんな二人を遠間から見つめていたゴブリンスイーパーも、溜息を吐きながら自分の馬車へと乗り込んだ。

そして彼等は一斉に馬車を走らせ、ダークゴブリン本拠点へと向かう事になる。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 鼓動 )

 

立ち込める深い霧を抜けた一行は、山の麓に到着する。

銀等級戦士と幼夢魔の案内で、迷う事もなく円滑に辿り着く事が出来た。

 

「山のてっぺんに奴等の本拠地が――」

「油断するなよ。罠も多分残ってる筈だ」

 

 馬車を降りた一団――。

山を見上げる重戦士に、銀等級戦士が釘を刺す。

 

「山中に小鬼が潜んでいるな」

 

 山中に潜むソウルを感知し、ソラールは皆に警戒を呼び掛ける。

 

「転移のスクロール。矢張りここに行き着いていたか」

「最後の抵抗か、若しくは別の思惑があっての事か――」

 

 ダークゴブリンを仕留め、残党の小鬼は転移のスクロールで戦域から消え去った。

ある程度の予測は付いていたゴブリンスレイヤーだったが、転移の行き先は本拠地で間違いないだろう。

小鬼が潜む理由は定かではない。

しかしジークバルドを以てしても、小鬼の思惑は推し量れないでいた。

なまじ狡猾な小鬼軍なだけに、余計な警戒感が皆に募る。

だが何時までも佇んでいる訳にもいかず、一団は隊列を決め山道へと足を踏み入れる。

先導役は銀等級戦士と幼夢魔だ。

其処に斥候組と、妖精弓手も加わる。

護衛役にはソラールを含めた重戦士と槍使いの一党が脇を固める。

最も安全な中心部は当然、剣の乙女を含めた神官戦士たちだ。

灰の剣士は最後尾に陣取り、念の為バックアタックを警戒する役割を与えられた。

幾ら戦闘に参加できないとはいえ、ソウルの感知に関しては彼が最も鋭敏である。

遊ばせておく訳にはいかないのだ、参加してもらう以上は――。

剣の乙女側も消耗は激しいが、ある意味精鋭が揃った集団だ。

妖精弓手を始めとした、鉱人斥候、ソラールの相方を務める赤毛の少女斥候といった優秀な斥候が居る。

周囲を警戒しながらも一歩一歩確実に山を登り、目的地へと近付いてゆく。

 

「――みんな止まってッ!」

 

 突如、妖精弓手が進軍停止を呼びかける。

何事かと皆は脚を止めたが、彼女は脇に退避するよう指示を出す。

当然、何かが有るのだろう。

皆が警戒する中、彼女を筆頭に斥候たちが茂みに隠れたロープを斬る。

すると大きな崩落音と共に、多量の岩石が雪崩れ込み山道へと転がり落ちた。

 

「小鬼どもめ…!物騒な罠をッ…!」

「真面に受ければ、この時点で壊滅でしたね…!」

 

 麓へと転がり込む岩石群に目をやり、森人僧侶と禿頭僧侶は険しい表情を浮かべた。

山中と植物の生い茂る地形を巧妙に活かした罠。

これが並みの一党なら、見破る事もままならず全滅していただろう。

優れた視力と感覚を誇る、妖精弓手には通用しなかった。

現在の彼女は白磁等級だが、この時点で既に才能を開花させていた。

後に銀等級となる彼女――。

今此処に居るゴブリンスレイヤーと一党を組む未来など、想像だにしていなかった。

 

一団は更に山中を進む。

今度は、樹木の枝に陣取り狙撃を試みる小鬼に遭遇した。

 

「ぬぅ…!高所からの狙撃とはな…!」

 

 弓ではなく弩による狙撃。

更に入り組んだ環境を活かし、身軽に位置を変えながらの狙撃だ。

鋭いボルトを円盾で防ぐソラール。

しかし、それは爆裂ボルトだった。

着弾の瞬間、小規模だが爆発を引き起こし、彼は防御に専念せざるを得なかった。

樹木の合間には、天然の弦が垂れ下がっている。

小鬼共はそれを駆使し、撃っては移動を繰り返す一撃離脱(ヒントアンドアウェイ)を繰り返し巧みに翻弄していた。

戦士職が防御に専念する中、灰の剣士やジークバルドがソウルの感知で敵の位置を報せる。

妖精弓手や少女野伏が反撃に移るものの、小鬼はシールド付きの弩を装備していた。

彼女らの射撃はシールドで防がれ、効果の程は薄い。

だが小鬼は過度に攻め込む事はせず、狙撃の頻度も決して濃密ではなかった。

加えて時間経過と共に、彼等は撤退してしまう始末。

 

「――野郎っ!奴ら、おちょくってやがるッ!」

 

 挑発にも似た小鬼の行動に、槍使いは憤怒を滾らせる。

 

「仕留める事が目的ではないようですね」

 

「時間稼ぎか…!」

 

「彼等のソウルを複数感知した。今も慌ただしく動いている様だ」

 

 小鬼の行動に疑念を抱く獣人魔術師に、ゴブリンスレイヤーは時間稼ぎだと判断する。

そこへ灰の剣士もソウルを感知し、小鬼残党軍の動向を探り当てた。

 

「…報復ではなく、生存を目的とした小鬼達。何から何まで通説を覆してきますね」

 

 今まで見聞きした小鬼の特徴が違い過ぎる事に、剣の乙女も内心動揺していた。

多少の恐怖感は残っていたが、今は彼等が傍に居る。

今の彼女なら、平静さを保つ事が出来た。

長であるダークゴブリン以外にも、知性に長けた小鬼が間違い無く存在する。

剣の乙女は、そう結論付けていた。

早期に調査を済ませたい処だが、予想異常に狡猾な小鬼の残党。

登頂を続けるにつれ、更なる罠や奇襲が彼等の進軍を阻んだ。

それ等も冒険者の活躍で突破には成功したが、小鬼が時間稼ぎに固執しているのは明らかだ。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 闘争への咆哮 )

 

 場面は切り替わり、小鬼の本拠点。

廃村を改造した、小鬼本来の住処だ。

僅か50程だが、全ての小鬼が慌ただしく動いていた。

 

「GROOV!」

(物資の搬送急げぇッ!)

「GRUUBO!」

(退路の確保、完了ッ!)

「GYEVO!」

(全てを持ち出す事は不可能ですッ!)

 

彼等は撤退準備を進めていた。

生存を賭け、各々が独立の道を歩む為に――。

 

「GROOV!」

(隊長!冒険者が直ぐ其処まで迫っております!)

 

「GUUV!」

(主門に閂を掛け、例の武器で牽制せよ!時間を稼ぐだけでいい!)

「GOA!」

(御意!)

 

部下からの報告を受け、長弓小鬼が陣頭指揮を執る。

大急ぎで撤収準備を進めていたが、冒険者側の接近に焦りを滲ませていた。

 

――正直時間が足りん。主門も長くはもつまい。

 

主門の脇、分厚い防壁には連射型の弩が搭載されている。

しかし、それだけでは冒険者の進軍を阻む事は不可能だ。

これ以上、同胞に犠牲が及ぶ事を彼は望んでいない。

 

「GROOV」

(一つ策が有ります)

 

頭を悩ませる彼に案を提示したのは、書記小鬼であった。

彼は策を提示する。

 

「――GRUUBO!」

(――それでは意味が無い。奴等はボス…いや、黒き同胞と同じくソウルの感知とやらが出来る)

「GUUV」

(ご心配なく。()()を駆使すれば、欺く事も不可能ではないかと――)

「GROOV」

(…四の五の言っている暇はなさそうだな。試す価値はあるか…)

 

書記小鬼の案には前例が無い。

その事に一抹の不安を覚えたが、同胞を逃がす為だ。

背に腹は代えられないと判断した長弓小鬼は、直ちに行動を開始する。

 

……

 

(推奨BGM ダークソウル3 ―― キャラクタークリエイション )

 

「――お、戻って来たな!」

「見てきましたよぉ~!」

 

 再び場面は移り変わり、剣の乙女一行。

幼夢魔が偵察から戻って来た。

幼いとはいえ彼女は魔神の眷属で、飛行能力を有す。

山道中原に差し掛かった頃、別の獣道が見付かった。

方角からして、目的地と関りはないだろう。

しかし剣の乙女を含め、ソラール、ジークバルド、灰の剣士全員が、険しい表情で脇道の先を注視していた。

4人共、脇道の先に不穏なソウルを察知していたのである。

そこで飛行能力を持つ幼夢魔に先行させ、様子を探らせていたのであった。

 

「ご苦労様、危険はなかった?」

 

 まだ幼い彼女だ。

無事に帰還した幼夢魔を労う剣の乙女。

 

「え~っとね。穴の開いた大木と傍に焚火が見えました。あと、変な女の人も」

 

 尤も空中で遠方から目視するだけだ。

森林や障害物の多い山中なら、余程の事がない限り危機に晒される事はない。

幼夢魔は見てきた内容を詳細に報告する。

 

「やはりそうか。覚えのあるソウルだと思っていたが――」

「貴公も。――なら間違いない、貴奴だな…!」

 

 灰の剣士とジークバルド。

二人は、女に心当たりがあるらしい。

 

「何だ、知ってんのか?」

「それにしても不自然だろ?小鬼の巣窟の傍に女だぜ?」

「小鬼を束ねる闇人、黒幕だったりしてな」

 

「…闇人ではない…不死人だ!」

 

 重戦士、槍使い、同期戦士の言葉に、灰の剣士は否定の意を示す。

 

「…不死人なら、この不自然さにも納得がいく。どうする?」

 

 彼の言葉を聞き、ソラールは方針を訊ねる。

幾ら不自然とはいえ、敵対してもいない不死人なら放置し、このまま目的地へと向かうべきだろう。

だがもし敵対していたら――。

 

「放置は推奨できん。彼女は、狂った人食いだ…!」

「女人の名は、狂女イザベラ!」

 

 灰の剣士とジークバルドに、放置という選択肢はなかった。

 

「――はぁっ!?人食い!?」

「灰君、マジなの!?」

 

 鉱人斥候とライザが、素っ頓狂な声で反応する。

そもそも人を解体して食すという文化自体、忌避され、禁忌とされてきた。

森人は無論の事、ライザ達の故郷でも、人肉を食すという事など狂った奇行そのものでしかない。

ここに食人を理解する者など、誰一人として存在しなかった。

 

狂女イザベラ。

 

元々はロスリック不死街に居を構えていたらしい食人鬼。

肉断ち包丁を手に問答無用で襲い掛かって来る、文字通りの狂人だ。

豊満な肢体と美貌を持つ若い女だが、妖艶な容貌に誘われ餌食となった犠牲者は数知れず。

幾多もの山賊が、彼女の狂気に晒され食料と成り果てた。

ダークゴブリンとの直接的な接触はなかったが、暗黙の了解で互いに不干渉を続けていた。

欲呆けた小鬼も不死人には嫌悪を抱き近付く事はなく、彼女自身も小鬼を食す性癖は存在しなかった。

 

しかし彼女も不死人――。

此方が察知しているという事は、逆もまた真なり。

イザベラも、此方側の存在に気付いている筈だ。

このまま放置し、背後を突かれる事は極力避けたい。

狂気に支配された彼女が、情に駆られ加減してくれるなどあり得ないのだ。

 

「私とソラール殿だけで行こう。諸君は、そのまま目的を果たされよ」

 

 ジークバルドはソラールを指名し、二人だけで対処する案を提示した。

 

「ホントに大丈夫かい騎士さん?」

「バディ、あたしだって多少は役に立てるよ!?」

「ソラール様……」

 

 女部族、赤毛の斥候、女司祭が彼等に対し不安を募らせる。

 

「不死人の対処には我等が最適!任せよ!」

「貴公等は、大司教様を支えてくれ!」

 

 彼女らの気持ちだけを受け取り、二人の騎士は脇道へと歩を進める。

 

「貴公等の事だ。心配ないと思うが相手が相手だ。慎重にな!」

 

 灰の剣士が言葉を投げ掛け、背を向ける彼等を見送った。

 

「あれだけの戦を潜り抜けた猛者だ。二人を信じ、俺達の役割を果たそう!」

 

 銀等級戦士が言葉を締め括り皆を纏める。

去り行く二人を見やり、一行は登頂を再開した。

 

 

 

……

 

 

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― Encounters with the Goblin Slayer )

 

 

 

デエェェ ―― 異端小鬼の本拠点 ―― ェェェエン

 

 

 

「見ろ、此処だ!」

「うん!間違いない…です!」

 

 先頭の銀等級戦士と幼夢魔。

彼等に先導に従い辿り着いた先には、巨大な主門が鎮座していた。

主門の両脇には櫓が門戸を構え、其処には数匹の小鬼兵士が待ち構えていた。

 

「これが、ダークゴブリンの本拠地」

「流石は異端の小鬼。根本からして違うぜ!」

 

 小鬼とは思えない建築技術。

彼等の目に映ったのは、主門と櫓、そして居住区を囲っているであろう防壁のみだが、それだけを見ても頑丈且つ精度の高い技術力である事が窺えた。

ゴブリンスレイヤーに槍使いは、その造りに息を呑む。

従来の小鬼といえば、廃家を利用するか洞穴に住み着くのが一般的だ。

しかし眼前には、感嘆に値する程の技術力が披露されているのだ。

 

「さて、着いたは良いが、どうやって門を突破するかだな」

「あの様子では間違い無く閂を掛け、籠城戦の構えを見せていますね」

 

 主門は木造製だが相当分厚い構造をしている。

主門を破壊するにしても、相当の労力を要するのは想像に難くはない。

重戦士も禿頭僧侶も、主門の破壊策に思案を巡らせる。

廃屋や山小屋程度なら、火責めが有効となる。

しかし大規模な村に生半可な火を放ったとて、退避箇所は幾らでも存在し、却って時間ばかりを浪費するだけだ。

更に小鬼の拠点を調査するという、本来の趣旨を無視する危険性もある。

小鬼の殲滅に固執するゴブリンスレイヤーは火責めを推奨したが、大多数が反対の意を表明――彼の意見は通らなかった。

 

「――ハイ!あたし…ライザリン=シュタウトにお任せ!」

 

 ここで名乗りを挙げたのは、錬金術士のライザリン=シュタウト。

 

「これよ、これを使うの!」

 

 彼女が肩掛けの鞄から取り出したのは、フラムという爆弾だった。

 

「それはフラム…まだ残っていたのか」

「まぁね。予備だけど。ちゃんと実用水準よ!」

 

 3つほどだが、これも歴とした爆弾だ。

破壊するという役割において、これほど理に適った道具はないだろう。

 

「限りある道具。むやみに仕掛けてはなりません」

「効果のある個所に集中配置する必要がありますね」

 

 剣の乙女と獣人魔術師が、フラムの特性を最も活かせる箇所を検討する。

真正面から無計画に仕掛けた処で、あの主門の破壊には至らないだろう。

3つの限られた、貴重な爆弾だ。

慎重ながらも確実な成果を上げなければ意味がない。

 

「門の弱い部分…」

 

 女司祭が主門を眺めながら考え込む。

 

「付け根…そこに集中配置すればいい。例え完全破壊できなくとも損傷個所を重点的に攻めれば、何れは破壊が叶う筈だ」

 

 女騎士が有効箇所を示す。

門の付け根を司る蝶番部分を損壊させれば、後は力自慢たちが武器で破壊出来るという案だ。

何も門全体を破壊する必要はない。

要は、人が突破出来るだけの空間さえ確保できればいいのだ。

 

「その案でいきます。それで構いませんね?」

 

 女騎士の提案を採用し、剣の乙女は周囲に同意を求める。

無論誰一人として反論する者はおらず、早速行動に移す事にした。

 

「仕掛ける役ならアタシが適任ね!」

 

 そこで名乗りを挙げたのは、ソラールの相棒である赤毛の少女の斥候――。

彼女は只人だが、身軽さと敏捷性なら圃人や森人にも引けを取らなかった。

彼女の他にも、妖精弓手や銀髪武闘家といった身軽な冒険者は居る。

しかし、赤毛の斥候が最も消耗が少なく機敏に動けることから、彼女が抜擢された。

妖精弓手と少女野伏は弓使いという事もあり、櫓の小鬼を牽制する役割を与えられる。

 

「櫓の小鬼…恐らく連射型の弩(リピーティング・クロスボウ)を装備しているな。半自動(セミオートマティック)式か」

 

 森人僧侶は、櫓の小鬼が連射型の弩(リピーティング・クロスボウ)を装備している事を看破した。

通常の弩は、次弾装填に多大な手間と時間を費やし連射には向かない。

しかし連射型の弩(リピーティング・クロスボウ)は、その欠点を補い連続発射が可能となっている。

そんな装備を戦線に投入してこなかった事を推測するに、数を揃える事が困難であったからだろう。

幾ら生産技術を習得したとて、人間社会にすら、ごく少数しか市場に出回っていないのだ。

もし大量生産が容易に叶うなら、とうの昔に勢力図が小鬼に傾いていた筈だ。

彼がセミオートティック製と称したのは、射撃後にレバーを引き次弾を装填させるという半手動式を見抜いた為である。

 

「厄介だ、けど、矢除け、が効くわ」

 

 ただし、ボルトを射出する弩である事に違いは無い。

つまり矢避け(ディフレクトミサイル)の魔法が有効となる訳だ。

 

サジタ()サイヌス(湾曲)オッフェーロ(付与)

「有難う、行ってくるわね!」

 

 魔女が矢避けの呪文を唱え、赤毛の斥候に付与する。

矢避けの加護を得た彼女はフラムを受け取り、主門目掛け疾走した。

彼女以外は皆、小鬼の射程外へと引き退がる。

 

『GRUV!』

『GYOA!』

 

 当然、櫓の小鬼がそれを見逃す筈もなく即座に反応。

手にした連射型の弩(リピーティング・クロスボウ)を作動させ、赤毛の斥候に対し矢を射かけた。

たった4体の小鬼から放たれたボルトは、十数本にも及び彼女に殺到する。

しかし矢避けの加護が機能し、彼女を傷付ける事はなかった。

そんな小鬼の隙を狙い、妖精弓手と少女野伏は櫓に向け矢で応射――!

牽制と反撃を兼ねた一撃だが、小鬼側も訓練を受けた精鋭だ。

すぐさま反応し、身を屈める事で彼女等の矢をやり過ごした。

予め退路を確保していたのだろう。

櫓の小鬼は身を翻し、拠点内へと引き揚げてしまった。

 

「これ程の引き際、厄介だな」

 

 その様子を注視していたゴブリンスレイヤーは、内心穏やかではない。

まるで計画されていたかのような撤退行動。

あの長弓小鬼といい、今の小鬼といい、被害を被る事なく鮮やかに身を引く。

何れこういった小鬼が増え続けるのではないかと、寧ろ危機感を増大させていた。

 

「良しっ!設置完了!」

 

 矢の雨を潜り抜けた赤毛の斥候は、速やかにフラムを設置した。

そして瞬時に仲間の元へと退避。

彼女の退避が完了し、起爆役は森人僧侶が名乗りを挙げる。

 

「衝撃を与えれば起爆するのであろう?私に任せ給え!」

「お前、本当に地母神の信徒か?」

 

 櫓の小鬼が居なくなった事で、取り敢えずの危機は去った。

迎撃の危険性は無くなり、強気に出る森人僧侶と頭を抱える鉱人斥候。

森人僧侶がダートガンを構え、フラム目掛けて矢を発射。

フラムに衝撃を与え爆発を引き起こす。

3つの爆弾が一ヶ所同時に起爆した事により、頑丈で分厚い主門に大きな破損個所が生まれた。

 

「よし、これだけ破壊出来れば、あとは俺等に任せな!」

 

 余程頑強に造られていたのだろう。

完全破壊には至らず、主門は未だ原型を留めていた。

だが、重戦士を始めとした力自慢が、破損部分を追撃すればカタは付く。

重戦士、女部族、斧戦士、銀髪武闘家が次々と門に対し攻撃を加えた。

一度崩れた部位は案外脆いものである。

破損個所は瞬く間に拡大し、人が通れる程の破孔へと変貌する。

 

「――皆、これより本拠点へと乗り込みます!」

 

 それを確認した剣の乙女が号令を掛け、一行は彼女に従い破孔より侵入を開始した。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

(推奨BGM ダークソウル3 ―― 結晶の古老 )

 

 彼等の目に映る――間違いない、あれは篝火だ。

あの幼夢魔には、焚火との区別がつかなかったのだろう。

大木の傍らに灯る懐かしい火――。

その篝火に寄り添う女が独り――。

女性の象徴や恥部すら隠れていないボロボロの布切れを纏い、古びた作業帽を被る不気味で妖艶な女だ。

しかし彼女の宿すソウルは真っ当なものではない。

 

「これ程分かり易いソウルも、そうそうお目に掛れるものでもないな」

 

 アストラのソラールは、既に抜刀済みだ。

いつでも対応出来る様、警戒を決して緩めない。

女から流れ出るソウルは、不死人特有の波長をもつ。

ソラールはロードラン時代の人間だが、不死人特有のソウルは間違えようが無い。

 

「狂女イザベラ…よもやあの人食いを此処で見るとはな…!」

 

 そしてもう一人――。

カタリナの騎士、ジークバルド。

彼はロスリック時代の人間だ。

今や生者だが、彼の世界線でもイザベラに襲われた経緯がある。

火の陰った時代、”生贄の道”半ばで彼女に襲撃され、返り討ちにした。

 

篝火に当たりながらもイザベラはゆっくりと立ち上がり、獲物である肉断ち包丁を出現させる。

彼女は不死人だ。

体内のソウルを物質化させ、それを武器に変換する術を持ち合わせている。

刃が欠け、色褪せた血の付着する武器を手に、ゆっくりと歩み寄る。

顔の上半分は作業帽に隠れていたが、口には歪んだ笑みが零れていた。

そして事もあろうか、イザベラはボロ布を捲り上げ乳房や陰部を二人に晒し誘惑を試みる。

何度も言うが彼女は不死だ。

年を取る事もなく若い容姿と美貌を保ち、その肢体は魅惑的な女そのもの言っていい。

これが並みの男なら、彼女の誘惑に抗う事は難しい。

状況からして明らかに怪しいにも関わらず、彼女の躰は魅力に溢れているのだ。

 

だがしかし――。

 

「品性の欠片も無い」

「願い下げだな」

 

 二人は心乱す事はない。

依然と臨戦態勢のまま、構えを解く事はなかった。

 

「……!」

 

 恐らく何人もの男が、彼女のやり方で餌食とされたのだろう。

イザベラの周囲には、人骨や頭蓋骨が散乱していた。

一体どれだけの人間が、彼女の凶刃に斃れ伏したのか。

誘惑が効かないと悟った刹那、イザベラはいきなり大地を蹴り二人へと襲い掛かった。

当然、対峙する二人も反応。

だがイザベラが接近しながら、”糞団子”を投げ付ける。

撹乱でも画策したのだろう。

排泄物の塊は二人の足下に着弾し、割れた中身が飛び散った。

飛散した排泄物は、芳しい香りを漂わせる。

無論、ソラールもジークバルドも”糞団子”に愉悦を覚えるような性癖は持ち合わせていない。

汚物が命中する前に、両名はローリングで左右に別れていた。

 

「下品の極みよ!」

 

 兜の奥でジークバルドは、臭い立つ排泄物に不快感を露わにする。

イザベラは、彼に狙いを定めた様だ。

ローリングの隙を突き、ジークバルドに肉断ち包丁を振り下ろす。

しかし彼自身も意図を読んでいたらしく、ストームルーラーで受け止めた。

 

「――やはり途轍もない腕力よのッ!」

 

 重厚な刃を愛用する位だ。

イザベラの腕力は凄まじいの一言に尽きる。

互いの武器が激突し、激しい火花を散らす。

 

「……!!」

 

 余程飢えているらしい。

単純な力任せで、ストームルーラーを押し切ろうとする。

しかし相手は百戦錬磨の騎士、カタリナのジークバルド。

その様な稚拙な技など通用する筈もない。

刃を傾け、肉断ち包丁を流す。

先程まで拮抗していたのが嘘の様に崩れ、流された肉断ち包丁は地面にめり込んだ。

これはジークバルドの作戦だ。

彼女の性格を利用し、力任せの一太刀を受け流す事で隙を作らせたのだ。

 

「イザベラ、()()()()何も学んでおらぬな――ソラール殿ぉッ!!」

 

 地面を抉った肉断ち包丁を足で踏み付け、更にストームルーラーで抑え込む。

これで肉断ち包丁を手放さぬ限り、彼女は身動きを取る事が出来ない。

しかしイザベラは狂気に支配された食人鬼だ。

愛用の獲物を手放す事など、あり得ない。

ジークバルドは確信を以て、ソラールに呼び掛けを行う。

 

「――せいやぁッ!」

 

 呼応するかの様にソラールが動いた。

彼の愛用する太陽の直剣が、イザベラの背面を貫く。

無防備なイザベラの背面に致命攻撃が決まったのだ。

彼女の背面から一気に心臓を貫き通し、ソラールは剣を上段へと斬り上げる。

彼の剣は、イザベラの心臓部から頭部までを切り裂いた。

 

「――…!?」

 

 これだけ体組織を破壊されれば、生きていられる人間など先ず居ない。

人ならざる声を上げイザベラは絶命し、塵灰となって消滅する。

不死人特有の死に方だ。

 

「大丈夫か、ジークバルド殿?」

「案ずるなかれ、貴公のお陰で楽に討てた」

 

 ジークバルドの手を取り、ソラールが助け起こす。

イザベラの単純な腕力なら蜥蜴人(平均的な蜥蜴人)にも匹敵するが、凡そ技とは呼び難い程に単調な型だ。

ジークバルドの初歩的な策にまんまと掛かり、然したる苦労も無くソラールに止めを刺して貰う事が出来た。

二人とも武器を納め、周囲に目を配る。

其処彼処(そこかしこ)に人骨が散乱していた。

 

「心無い山賊の末路。悪逆とはいえ、憐憫の念を禁じ得ぬよ」

 

 どの様な流れで、犠牲に至ったのかは知る由もない。

しかし、悪行の末に果てたとはいえ、彼等も歴とした生者。

ソラールからすれば、死を悼むに値した。

 

「狂人は討った、それで弔いとしよう」

 

 騎士である彼等――。

犠牲者を葬りたい気持ちは山々だが、二人には目的がある。

後顧の憂いを断った以上、剣の乙女と合流しなければならない。

凶刃を振るい続けた異常者(狂女イザベラ)は討てた。

形はどうあれ、仇は討ったのだ。

これを供養とし、ジークバルドは再出発を促す。

 

――しかし悲劇が襲った。

 

「――後ろだッ!!」

「――ッ!?」

 

 突然ジークバルドが叫ぶ。

ソラールに向かって。

何事かと意識した時には、もう遅かった。 

 

「――ぐぶぁッ!?」

 

 突如、ソラールの背中を重い衝撃が襲う。

衝撃と斬撃――。

いや、斬ると言うより断つと言った方が正確だろう。

彼の背中は深く抉れ、同時に吹き飛ばされた。

 

「――ごぶぉぅッ!?」

 

 かなりの衝撃だった。

彼は派手に吹き飛び、地面をゴロゴロと転げ回る。

背中からは、夥しい量の紅い鮮血が噴き出ていた。

 

「しまった…、篝火か…!」

 

 ソラールの背後を襲った人物を睨み付け、ジークバルドは再度ストームルーラーを構える。

彼の前には、先程討ったばかりの”狂女イザベラ”が佇んでいた。

狂いし人食い女は、血濡れの肉断ち包丁に舌を這わせている。

こびり付いた、ソラールの鮮血――。

久々に味わう生血に恍惚とした表情を受かべ此方を睨み付けていた。

間違い無く絶命させた筈のイザベラが、またもや立ちはだかる。

原因は既に判明していた。

篝火だ。

討たれたイザベラは、篝火の力で再び蘇生したのである。

ダークリングの呪いを発症した不死人は、命を落とせば篝火の近くで復活する。

彼女も漏れなくダークリングの不死人だ。

ボロ布は捲れ乳房が露出していたが、彼女の胸にはダークリングが浮かび上がっている。

忘れようもない、かの時代《火継ぎ》の象徴――。

 

「――!!」

 

 前触れもなく、イザベラが再び襲い掛かった。

先程までの恍惚とした表情は綺麗さっぱり消え失せ、あからさまな憤怒を滲ませジークバルドに飛び掛かる。

相変わらず型自体は単純明快だが、彼女は逆上していた。

焦点の定まらぬ瞳を泳がせ、口からは臭い立つ涎を撒き散らしながら、肉断ち包丁を闇雲に振り回す。

大斧に似た鉈が、凄まじい速度で襲い掛かって来た。

真面に食らえば、重厚なカタリナの鎧とて無事では済まないだろう。

 

――厄介な女だ!

 

力任せの連続攻撃――。

先程とは比較にならない程の速度を以て、怒り任せに振り回すイザベラ。

無論、ジークバルドも黙っている訳ではない。

単調な連続攻撃など物の数ではなく、全てストームルーラーで受け流す。

しかし予想以上に彼女の腕力と憎悪は凄まじく、防御に専念せざるを得なかった。

 

「ぐッ…おのれ…!」

 

 背に致命攻撃を受けながらも、ソラールは何とか立ち上がる。

 

「奇跡…中回復…!」

 

 腰のタリスマンを握り締め、奇跡での回復を図った。

完治までいかずとも、戦える程度には傷を癒す事に成功。

再び剣を抜き、ジークバルドに加勢を試みる。

 

「――ソラール殿ぉっ…!篝火の中心だ!螺旋剣の破片を回収しろ!篝火が消える筈だッ!!」

 

 そこへジークバルドが必死に声を投げ掛ける。

彼は先に篝火を消せと言うのだ。

此処で再びイザベラを討ったとて、何度も篝火の力で復活してしまう。

その分、亡者には近付くだろうが、狂人の彼女が亡者に変貌したとて然したる差異はない。

理性が消失する分、時と場合によっては更に危険度が跳ね上がる可能性も否定し切れないのだ。

しかし篝火を消せば、少なくとも此処で復活する事は出来ない。

 

「――ジークバルド殿っ…、分かったッ!」

 

 ジークバルドも歴戦の猛者だ。

そう遅れを取る事はないだろう。

彼への加勢は取り敢えず後回しだ。

彼の指示通り、ソラールは篝火へと近付く。

 

「篝火の中心…これかッ!?」

 

 見れば見るほど、懐かしさの込み上げる篝火だ。

このまま身を委ねたい衝動に駆られながらも、グッと堪え燃え上がる中心部へと手を入れる。

生命を癒す篝火とはいえ、火には違いない。

手を入れれば当然、火傷しようというもの。

しかし、そんな些事を気に掛けている場合ではない。

手甲越しに焼かれる痛みに耐えながらも、ソラールは中心部から金属物を探り当てた。

それを手にし、透かさず篝火から抜き取る。

すると、篝火の火は急速に衰え間も無く鎮火してしまった。

 

――よし!

「ジークバルド殿ぉッ!篝火を消したぞぉッ!」

 

 ソラールが声を張り上げ、ジークバルドに向け叫んだ。

彼からの返事はなかったが、無言の頷きで返す。

これでイザベラが復活する事はないだろう。

少なくとも()()()()――。

 

「では悪党退治といこうか!」

 

 未だ戦闘中のジークバルドを援護するべく、ソラールは手に雷を発生させる。

 

「――退がれぇッ!」

 

 それは雷の槍――。

ソラールが得意とする太陽の奇跡だ。

しかし何を思ったか。

ジークバルドに退避を勧告し、至近距離まで疾走。

イザベラに直接ソレを叩き込んだ。

 

「――ッ!?」

 

 雷の槍は彼女の奥深くまで浸透し、電撃と刺突の相乗効果で攻め立てた。

 

「――勝機、果てたまえッ!」

 

 後方から真面に受け、イザベラは隙だらけだ。

それを逃す事無く、ジークバルドのストームルーラーがイザベラを両断する。

脳天から真っ二つに割れ、人食いの狂人は再び塵灰と化し消滅した。

狂いし不死人――狂女イザベラ。

彼女が熾したであろう篝火は消え、此処での復活は不可能だ。

だが世界の何処かで復活し、再び人肉を求め徘徊しているかも知れない。

完全に脅威が去った訳ではないものの、この近隣でイザベラが闊歩する事はないだろう。

   

   ―― VICTORY ――

 

散乱している犠牲者の遺骨――。

彼等を丁寧に葬ってやりたいが、彼等にも目的があり悠長に構えてられない。

ソラールが手にしている金属片は、螺旋剣の破片。

不思議そうに眺める彼に、ジークバルドが道具と篝火の熾し方を説明した。

先程イザベラの熾した篝火跡には、未だ燃え尽きていない”不死の遺骨”が残されている。

それは篝火の燃料にもなる、重要なアイテムだ。

ジークバルドの勧めで遺骨を回収するソラール。

 

「待ち侘びたぞ、この瞬間を――」

 

 久方振りに目にした、ソラールのエスト瓶。

使命を果たし、四方世界に流れ着いて以来、空のままだった。

しかし、今は橙色の液体で満たされ、彼は感傷に耽りながら目を細める。

やはり彼も、あの時代の人間なのだ。

決して切り離す事の出来ない、篝火とエスト瓶。

空虚な心が満たされた瞬間でもあった。

 

「さて、長居してしまったな」

「うむ、先を急ごうかジークバルド殿」

 

 準備を整えた二人は、仲間と合流するため直走る。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 悪の所業 )

 

 欺かれた。

ダークゴブリンの本拠点。

堅牢な主門を爆弾で突破した剣の乙女一行は、遂に拠点内へと侵入を果たす。

当然、小鬼側も無抵抗でいる筈もない。

建物の屋根や物陰に陣取り、執拗なまでに射撃で牽制を繰り返す。

接近戦では勝ち目がないと判断し、射撃戦を徹底していた。

だが、それだけなら何も問題は無い。

結論から言おう。

 

剣の乙女が人質に取られた。

 

大型種の小鬼、長弓小鬼の手によって。

冒険者は総勢40名の戦力。

消耗を重ねていたとはいえ、剣の乙女や周囲の彼等がそう簡単に後れを取る事はない。

彼等は実力者揃いだ。

しかし、小鬼側もそれは充分に認識している。

真正面から当たれば、確実に全滅の憂き目に遭うのは明白。

其処で小鬼側は策を講じ、今こうして剣の乙女を人質に取る事が出来た。

小鬼側の策――。

 

――やられたッ…!()()()()を使うとはッ…!

 

進入時、剣の乙女や灰の剣士は即座にソウルの感知で敵の位置を割り当てた。

その位置情報を頼りに、各冒険者たちは各地へと分散する。

それにより、剣の乙女に対する防備は手薄となった。

それこそが小鬼の罠でもあったのだ。

ソウルの感知で割り当てたのは、随所に仕掛けられた”誘い頭蓋”だった。

それも特別濃いソウルの染み付いた個体で、二人はソレを察知してしまったのである。

冒険者が小鬼を探し回っている間、隙を突いた小鬼部隊が動きを開始。

防備が手薄となった剣の乙女に対し、襲撃を仕掛ける。

だが彼女の周囲は神官戦士たちが立ちはだかり、容易に接近する事は出来ない。

しかし予期せぬ事態が彼等に降り掛かる――。

()()()()()()()が援護に駆け付け、小鬼側を支援したのである。

妖艶な容姿と肢体を持つ、魔神の眷属。

複数の夢魔たちであった。

彼女たちは、ダークゴブリン側に与した女性系の魔神である。

その中でも取り分け強力な個体種であり、嘗て魔神将の地位に就いていた上夢魔が居た。

彼女はダークゴブリンの妻でもあった。

元は女系の魔神軍所属でもあり、高い魔力と戦闘力も兼ね備える。

しかし彼女の神髄は、精神干渉にあった。

夢や意識下に干渉する事こそ彼女の土俵――。

特に男に対する精神干渉はお手の物で、神官戦士たちを瞬く間に支配下へと置く。

彼女の僕となった神官戦士たちは当然、上夢魔の意のままに動き剣の乙女を拘束してしまう。

剣の乙女の訴えも通じる事はなく、容易に囚われる事となった。

 

そして今に至る訳だ。

屋根の上に陣取り、剣の乙女の首筋に弓を突き付ける長弓小鬼。

安易な手出しは出来ない。

灰の剣士は、険しい表情で長弓小鬼を注視する。

今の消耗し切った身体では、長弓小鬼の反応速度を上回る動きは取れない。

逆に敵側を刺激する羽目になる。

更に仲間達の救援もアテには出来ない状況だ。

何故なら、彼等(特に男性陣)は軒並み操られ、いま女性陣達へと襲い掛かっているのだ。

これも夢魔達の精神干渉によるものだ。

上位の魔神でもある”夢魔”たる存在。

その本領は精神攻撃にこそある。

更に彼女等は『女』であり、種族は違えど異性である『男』に対しては特に力を発揮する。

まるで呼吸に等しい動作で、男を操る事が可能なのだ。

仲間の男性陣は実質、敵対状態――。

対する女性陣は絶賛、応戦最中――。

今自由に動けるのは三人だけだ。

 

ライザ、幼夢魔、灰の剣士。

 

幾ら魔神の眷属とはいえ、幼い子供同然の幼夢魔に戦闘力は皆無。

ライザリン=シュタウトは錬金術士で、豊富な道具も有する筈だが、先の戦で殆ど使い切ってしまっていた。

そして頼みの綱の灰の剣士は、真面に戦える状態ではない。

しかも相手は、実力派の長弓小鬼と複数の上級魔神だ。

戦力差は歴然としていた。

 

「しかし驚いたわ。貴方には効かないのね」

 

 長弓小鬼の傍らに立ち、拘束した剣の乙女の顎筋を撫でながら上夢魔は、眼下の男――灰の剣士へ語り掛ける。

冒険者全ての男性陣を支配下へと置いた訳だが、灰の剣士だけは自意識を保ったままだ。

 

「――まぁ()()()のようだから、逆に助かってるんだけれどね」

 

 もし灰の剣士が万全の状態なら、今のままで済む筈はない。

十八番である精神干渉が効かない事に、若干の焦りを見せたが上夢魔は内心、胸を撫で下ろしていた。

 

「――おねえさま、大司教さまを放してあげて!」

 

 上夢魔に訴えかける幼夢魔。

 

「生きていてくれてたのね、また会えて嬉しいわ。だけど駄目よ、味方が撤退するまで大人しくしてなさい」

「そ、そんな…」

 

 元は同じ陣営の二人だ。

しかし今の上夢魔は、ダークゴブリンの妻で混沌側。

幼夢魔は、至高神神殿に属する秩序側。

両者は今や敵同士なのだ。――とは言うものの、お互いに敵対意識はなく寧ろ親愛すら抱いていた。

感動にも似た再会――。

なれど、幼夢魔の願いを聞き入れる気はなかった。

 

「そういう事だ。大司教の命が惜しければ、馬鹿な動きを見せぬ事だ。仇よ」

 

 上夢魔に続き、長弓小鬼も手にした弓に力を込める。

剣の乙女の首筋に添えているのは、弭槍(はずやり)と呼ばれる特殊な構造の弓だ。

接近戦にも対応する為に、弓の両脇に刃を取り付けてある。

僅かながらに、刃は彼女の首に食い込んだ。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 危機との遭遇 )

 

「ゴブリンは…皆殺しだ!」

「――アンタッ、好い加減にしなさいよ!」

 

 別地点では、戦闘が繰り広げられていた。

夢魔の影響を受けたゴブリンスレイヤー、その殺意に晒されていたのは上森人の妖精弓手だ。

精神干渉を受け、今の彼には見るもの聞くもの全てが小鬼に連なってしまうのだ。

それ即ち、面前が嘗ての同業者だろうと、彼には皆等しく小鬼なのである。

明確な殺意を発し、妖精弓手に切り掛かる。

 

「――ちょこまかと。大人しく死ね、ゴブリン!」

「――何度言ったら分かるのよ!あたしは上森人(ハイエルフ)!アンタは小鬼を殺す者――オルグボルグでしょう!?」

 

 彼の剣を躱しながらも、説得を続ける妖精弓手。

しかし、彼の反応は相変わらずだ。

凄まじいまでの殺意を向け連続攻撃を仕掛けて来るが、妖精弓手は軽快な動きで全て躱し続ける。

 

「あんまりやりたくないけど、仕方ないわね…!」

 

 いつまでも避け続けるだけでは自身の身が危うい。

味方相手に矢を向けるのは気は引けたが、相手は敵意を露にし全力で殺しに来るのだ。

妖精弓手は意を決し、彼に向け矢を番える。

 

「――ぐッ!?げほっ!?な、なにっ!?」

 

 しかし矢を番えた瞬間、喉が詰まり激しく咳き込んでしまった。

更に眼球に鋭い痛みが走り、彼女は咳き込みながら蹲り動きを止めてしまう。

彼女が矢を番えた瞬間を狙い、彼は煙玉を投擲したのである。

妖精弓手は白煙の効果を直に受け、体勢を立て直す処ではなくなった。

 

「――死ねッ!ゴブリン!」

 

 そんな彼女に、ゴブリンスレイヤーの剣が迫る。

身動きの取れない彼女は、満足な防御もままならない状態だ。

しかし彼女に殺意の刃は届かず、それは鈍い金属音と共に何かに阻まれた。

 

「――退がって、妖精さん!」

「――うッ…ゴホ…任せたわ…」

 

 その声に従い妖精弓手は、一旦距離を置き退避する。

彼女を助けたのは、彼に似た装備を纏うゴブリンスイーパー。

彼の剣をスパイクシールドで防ぎ、更に肉薄を試みる。

 

「ちッ…新手かッ!」

「――させないわ!」

 

 やはり小鬼として認識しているのだろう。

彼にはスイーパーでさえ敵として捉え、別の道具を使う素振りを見せた。

だが彼女は彼と組んだ経験があり、ある程度の行動指針は把握していた。

彼が次なる動作に映る前に、先に彼女が動く。

 

「――せぁッ!」

「――ぬぐッ!?」

 

 彼の隙を突き、下半身目掛けて渾身のショルダータックルを仕掛けた。

意表を突かれたのか、彼は真面に食らい彼女もろとも転倒してしまう。

 

「――ゴブリンめッ…!」

「――他に言う事はないのっ!?」

 

 転倒しながらも小鬼に対し憎悪を募らせ、彼は尚も抵抗を試みる。

しかしそれも彼女の予測通りで、彼の手を取り押さえ付けた。

 

「――妖精さん、手伝って!彼を縛り上げるわ!」

 

 彼と揉み合いになり地面を何度も転げ回る。

上手く両手を封じる事は出来たが、逆に彼女の両手も費やした為、自由に動かす事が出来ない。

今離せば、彼はナイフを取り出し彼女を殺すまで刺し続けるだろう。

スイーパーは取っ組み合いの姿勢のまま、妖精弓手に援護を呼び掛けた。

 

「オッケー!根性あるじゃない、気に入ったわ貴女!」

 

 視界も呼吸器官も回復した妖精弓手は、急いでスイーパーの元へと向かう。

尚も暴れるゴブリンスレイヤーへと二人がかりで押さえ付ける。

そしてスイーパーが所持していた、投げ分銅(ボーラ)で彼の手脚を縛り上げた。

 

「…フゥ…。彼の変貌ぶり、一体どうしたって言うのかしら?」

「分からないわね。他の男共もこんな感じだし、援護した方が良いみたいね」

 

 縛り上げた事で、取り敢えずは大人しくなったゴブリンスレイヤー。

彼はスイーパーに任せ、妖精弓手は他方面の援護へと向かった。

 

――全く、敵に回すと厄介な事この上ないわね、この人は…!

 

手脚を拘束した事で真面な行動は起こせない筈だ。

しかし底知れぬ恐怖感が彼女を苛む。

ゴブリンスレイヤーとは、そういう男だ。

どんな苦境に立たされようとも眼前に小鬼が居れば、あらゆる手段を講じてでも殺しにかかる。

味方にすれば頼りになるが、敵対すれば彼ほど恐ろしい戦士は居ない。

過去に小鬼から助けて貰った恩義もある。

スイーパーは油断なく、彼を見張る事にした。

ほとぼりが冷めるまで。

動けぬ身体を引き摺り、ゴブリンスレイヤーは彼女を睨み続けていた。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 危機との遭遇 )

 

援護も期待出来ぬまま、時間ばかりが過ぎ去る。

剣の乙女は人質に取られたままで、周囲の神官戦士までもが此方に剣を向けていた。

 

――二人の到着には、もう少しかかるか。

 

此方に向かい来る二つのソウル。

ソラールとジークバルドで間違いない。

どうやら無事、イザベラを討てたようだ。

しかし二人が辿り着くには些か距離が離れている。

 

「魔神とやら!憎いのはこの私の筈だ!大司教の代わりに私が人質となろう、どうだ?」

 

 このままでは事態は好転しない。

一種の賭けだが灰の剣士は上夢魔に、ある種の取引を持ち掛ける。

つまりは、人質の交換という単純明快な案なのだが。

どういう経緯があったのかは知らないが、上夢魔はダークゴブリンの妻で正室だ。

よもや小鬼の社会に夫婦間が成立するとは、予想だにしていなかったがダークゴブリンを討った張本人は灰の剣士である自分自身。

ならば上夢魔にとっては、夫の仇という事でもあり憎悪すべき対象に違いない。

そう踏んだ彼は、上夢魔に人質の交換を持ち掛けたのである。

 

「灰君やめてよね、そういうのは!心配するコッチの身にもなりなさいよ!」

「お願い、おにいさま迄行かないで下さい!」

 

「私は平気です、灰の方。安易に自分を蔑まないで下さいませ」

 

 当然ライザや幼夢魔からは反感を買い、剣の乙女からも気遣われてしまう。

そして上夢魔の返答は――。

 

「いやよ。消耗しているとはいえ、私の術が効かない貴方は油断ならないわ。それに勘違いしている様だけど、私は別に怒ってなんかいないわよ?」

 

 彼の提案は、あっさりと却下された。

 

「あと人質の価値としては、大司教の方が遥かに上だもの。そう簡単に応じられないわ」

 

 六英雄に名を連ね、自身も金等級冒険者である剣の乙女だ。

社会的地位も貢献度も、今の灰の剣士とは雲泥の差がある。

生憎、彼の策は通じなかった。

 

「――おっと、呪文や奇跡を使おうなんて思わないでね?魔力の流れで直ぐに分かるわよ、その位」

 

 密かに剣の乙女は術の準備に取り掛かっていたが、それも上夢魔には通じず易々と看破されてしまった。

嘗てとは言え、この辺りは魔神将の地位を授かるだけの事はある。

得物である鞭を剣の乙女に突き付け、彼女に釘を刺した。

そうこうしている内に、何処からともなく信号弾が上がり破裂音が皆の耳を打つ。

 

「ふむ、終わったか」

 

 小鬼側の信号弾に違いない。

音を耳にした長弓小鬼は、視線を傾ける事無く状況を理解する。

 

「お姉さま、小鬼の撤退が完了しましたわ!」

「――だ、そうよ?」

 

 上夢魔の部下である中夢魔が、全小鬼の撤退完了の旨を伝える。

それを確認した長弓小鬼は、待機させていた翼竜を呼び寄せる。

 

「もう充分だろう?彼女を放せ!」

 

 小鬼側が撤退の為の時間稼ぎである事は、灰の剣士も承知していた。

翼竜を呼び寄せたという事は、撤収の目処が立ったという事だ。

ならば剣の乙女に用はない筈だ。

小鬼側が素直に人質を解放するとは思えないが、なまじ人語が通じる故に彼は解放を要求する。

 

「そうはいかないわ!大司教は秩序側の英雄の一人。生かしておけば我々にとって大きな障害となる。故に、此処で果てて貰おうか!」

 

 急に重苦しい口調と雰囲気を纏い、上夢魔は人質の解放を拒み殺害の意を示す。

 

「――この卑怯者!言う事聞いてあげたでしょう!?」

「――おねえさま!お願いやめてっ!」

 

 そんな上夢魔にライザは非難の声を上げ、幼夢魔は思い直すよう懇願した。

 

「下等な秩序の徒に、貸す耳など持たん!――さぁ、恨みを晴らせッ!!」

 

 今の上夢魔は、得体の知れない威圧感すら纏い高圧的な口調で、長弓小鬼に殺害を命じる。

 

「……」

 

 長弓小鬼は無言で、手にした弭槍(はずやり)に力を込める。

剣の乙女の首元は更に刃が食い込み、うっすらか細い紅筋が浮かび上がった。

 

「あぁ…ど、どうしよう…!?あの人殺されちゃうよ、灰君!?」

「お、おにいさま…何とかしてぇ…!?」

 

「……」

 

――即死さえしなければ良い。首までは切断できない筈だ。

 

ライザや幼夢魔は完全に混乱し、灰の剣士に助けを求める。

しかし彼は無言で、長弓小鬼に視線と意識を集中させていた。

長弓小鬼の持つ特殊な構造の弓。

刃は付いているものの、剣の乙女をの首を切断できる程ではない。

彼の刃は首筋に添えられ、脳幹を狙っていない事を示唆している。

たとえ首を斬られ様とも脳幹さえ破壊されなければ、即死には至らない筈だ。

長弓小鬼が一旦刃を引けば、確かに剣の乙女は頚部を切り裂かれるだろう。

彼女は大量に出血するだろうが、敵に隙は生じる。

ならばその瞬間を突き、”放つ回復”で剣の乙女を回復させる。

そして間髪入れずに、”放つフォース”で敵側を牽制すれば良い。

多少冷徹な作戦だが、形振り構ってはいられない。

剣の乙女には我慢して貰おう。

灰の剣士は秘かに奇跡の準備に移っていた。

 

「……」

「……」

 

 灰の剣士と長弓小鬼の間に無言の睨み合いが続く。

 

「――何をしている!?殺せッ!」

 

 何を躊躇しているのか?

業を煮やす上夢魔は、感情を露わにし殺害を急かした。

 

「――あの男が、抵抗の兆しを見せている!急がぬかッ!」

 

 やはり感知していた様だ。

精神干渉を得意とする上夢魔は、灰の剣士の魔力の流れを察知していた。

 

「……」

 

 しかし長弓小鬼は動かない。

それどころか、武器を納める始末。

 

「行け、大司教よ。もう用はない」

 

 そして信じられない行動に出た。

なんと剣の乙女を解放したのである。

長弓小鬼に背中を押され、当然彼女は屋根の上から落ちる形となる。

 

「――乙女よ!」

 

 意外な結果に困惑するが、灰の剣士は透かさず駆け寄り彼女を受け止めた。

 

「――怪我はッ!?」

「///いえ、お気遣いなく///」

 

 幸いにも彼女は非常に軽傷で、首に薄っすらと紅筋を浮かび上がらせただけだ。

灰の剣士は再び見上げる。

既に長弓小鬼は翼竜に跨り、いつでも飛び立てる体勢だ。

灰の剣士は問う――。

 

「――なにゆえ…!?彼女を解放した!?」

 

 無事に返す筈はない。

それが小鬼の定石だ。

過去に何度も人質を見てきた。

皆例外なく痛痒を負わされ、心も体も蹂躙された状態だった。

中には人質を取り、身の安全を図る小鬼も居た。

小鬼の要求を吞もうと吞むまいと、人質を無条件で返す事はなく何らかの悪意をぶつけて来るのが通例だ。

ゴブリンスレイヤー程ではないが、彼も数多くの小鬼に関わってきた。

それ故に解るのだ、小鬼の性癖が――。

しかし眼前の小鬼は、剣の乙女に危害を加える事無く、ほぼ無条件で解放した。

その行動は、彼にとって理解し難いものとして映ったのである。

それ故の問いでもあった。

 

翼竜に跨りながらも、長弓小鬼は律義に応える。

 

「貴様ほどの男だ。私が切り裂くほんの一瞬の隙を突き、私を討ったのだろう?」

 

「……」

 

 無言の灰の剣士に、長弓小鬼は言葉を続ける。

 

「…或いは私のプライドが、それを許さなかったか…。だが些かに幻滅もしたぞ。貴様ほどの武人が、それ程に甘い男だったとはな。まるで村娘の如き、ぬるい精神ぞ!」

 

 そう言い放つ長弓小鬼は、徐々に高度を上げ始めた。

 

「しかしこの戦は、貴様ら人族共の勝ちだ!悔しいが認めよう!もう二度と会わぬ事を切に願わん!そして覚えておけ…貴様のような惰弱な精神が、隣人を壊死させるのだと――!!」

「――…!」

 

 その言葉を最後に、長弓小鬼を乗せた翼竜は飛び去ってしまった。

 

「…さようなら、灰の剣士。そして貴女も…精々生き延びなさいな!」

 

 それに続き上夢魔も部下を引き連れ、本拠点から飛び去った。

 

「――お、おねえさまァッ!」

 

 飛び去った同胞を見届け幼夢魔は声を張り上げる。

上夢魔なりの温情だったのだろう。

言葉自体は冷たかったが、最後まで幼夢魔を気に掛けてくれたのだ。

 

「…さようなら、おねえさま…」

 

 嘗ての同胞が去った方角を見やり、幼夢魔は別れの言葉を告げた。

 

こうして廃村を改造した本拠点に、小鬼は一体たりとも存在しなくなった。

 

「おぉ~い!」

「無事かぁッ!」

 

 遠方から聞き覚えの有る声が届く。

ソラールとジークバルドだ。

彼等も漸く追い付いたらしい。

 

「あれ?」

「俺達、何してたんだっけ?」

「お前…何で剣を向けるんだ?」

「やめろ!怖い顔で睨むな!」

 

 夢魔たちが去った事で、術の効果範囲が途切れたのだろう。

操られていた男性陣は、皆正気を取り戻す。

彼等の目の前には、鬼の形相を浮かべた女性陣が立ちはだかっていた。

当然、何事も無く済む筈なく、ちょっとした騒動に発展したのは言うまでもない。

 

「いい加減、解いてくれないか?」

 

「…信じていいのかしら?」

 

「 ()()()()()()()()()()()()() ()()()()()() ()()()()() 」

 

「……」

 

 無論、ゴブリンスレイヤーも例に漏れず正気を取り戻し、自分が縛られている事に気付く。

傍に居るゴブリンスイーパーに拘束を解くよう求めるが、彼女に勘繰られ難儀したのは二人だけの黒歴史であった。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 変なやつ )

 

其処は山の麓。

慣れ親しんだ嘗ての住処を捨て、彼等は新天地である離島を目指す。

複数の小鬼の中には、大型種である長弓小鬼や書記小鬼も混ざっていた。

そして彼等と轡を並べる、女系の魔神――夢魔の姿も。

 

「なぜ私の命令を聞かなかったの?」

 

 夢魔の長、上夢魔が長弓小鬼に語り掛ける。

後の憂いを断つ為、人質とした剣の乙女の殺害を彼女は命じていた。

剣の乙女は、秩序側でも英雄と称される程の存在だ。

捕えこそすれ、生かしておく理由などは無い。

しかし長弓小鬼は殺す事もなく、彼女を解放した。

やはり不服ではあったのだろう。

怒りこそ滲ませてはいないが、上夢魔は改めて長弓小鬼の真意を問い質す。

 

「…あのまま引導を渡せば、間違い無く一瞬の隙を突いたでしょう。灰の剣士は、そういう男です」

 

 長弓小鬼にも分かっていた。

剣の乙女に止めを刺す瞬間を狙い、灰の剣士が何らかの行動を起こそうとしていた事を――。

錬金術士や幼夢魔とは違い、彼だけは取り乱す事無く冷静に対応策を講じていた。

仮に事を起こせば、此方も無傷では済まなかった筈だ。

たとえ消耗し切ったとは言え、ダークゴブリンを討った諜報人。

決して驕るべき相手ではない。

 

「…本当にそれだけが理由かしら?」

 

「……理由なら幾らでもありますが、それを語る必要などありますまい?」

 

「ハァ…ホント、とことん変わってるわね、アンタも。秩序側みたいな精神構造よ」

 

「それ故に、この肩当てを賜ったのです」

 

 呆れた様な溜息を吐いた上夢魔は、長弓小鬼を秩序側だと称す。

しかし当の長弓小鬼は、何ら心乱す事無く自らの肩当てに視線を這わした。

彼の肩当てには、黒い鳥を象った彫りに色付きの鋲が撃ち込まれている。

色付き鋲の肩当ては、長弓小鬼だけではない。

彼に追従する小鬼全てが、同じ物を装備していた。

そう――。

これはダークゴブリンが、識別と区別の為に施した処置だ。

長弓小鬼と同じ精神構造を持つ者にのみ与えた、特別製の肩当てなのだ。

小鬼と言っても一括りには出来ない。

人間社会にも様々な文化や思想が存在するように、小鬼にも部族間でソレが当て嵌まった。

ただそれだけの事――。

しかし価値観や思想の違いで諍いが勃発するのは、人も小鬼も神々も同じ。

全ての小鬼が一つの区域で、共生共存など不可能に等しい。

況してや長弓小鬼の様な精神構造の持ち主など、異端を通り越えて例外(イレギュラー)そのもの。

そこで一計を講じたダークゴブリンは、彼等に色付き鋲の肩当てを与え、長弓小鬼を筆頭に同じ思想の同志を探す様に命じた。

そして新たに見付けた離島を新天地とし、彼等に住まわせるように計らったのだ。

無論、彼等だけを優遇したのではない。

彼等は異質極まる精神構造を有す小鬼だ。

小鬼の模範となる様な、()()()()()()()()()精神構造の小鬼も多数存在している。

そう云った小鬼にも、別の手段で区別と仕分けを用い支援を惜しまなかった。

今頃、格闘ホブや他の集団も、別の新天地と独立を目指している頃合いだろう。

負け戦ではあったが、どの様な形であれダークゴブリンは目的を達成していたのだ。

 

「奥方こそ宜しいので?去るも居座るも貴方の自由ですぞ?」

 

 長弓小鬼こそ理解に苦しんだ。

嘗ての魔神将という地位に就いていたが、上夢魔は基本自由で奔放な性格だ。

ダークゴブリン亡き今、彼女は縛られる理由がない。

更に言えば、本拠点の援護に駆け付ける事すら予定にはなかったのだ。

一体どういう風の吹き回しか?

 

「それも私の自由よ。飽きれば去る…それだけ。…でも今は、亡き夫の義理は果たしてあげるわ」

 

 やはり彼女は自由をこよなく愛していた。

彼女は自らの意思で、あの離島に居座るつもりらしい。

それもいつまで続くか、定かではないが――。

 

「戻ったら()()をなさいね!」

 

「……私の妻でもある奥方の部下が、好い顔をしないと思いますが?」

 

 上夢魔の要求に、長弓小鬼はやや渋い顔で応える。

長弓小鬼にも3人の伴侶が居り、全員が上夢魔の部下達だ。

 

「ホント律儀ね。その程度で一々目くじらを立てる部下は一人も居ないわ、ねぇ貴女達?」

「ハイ、お姉さま!貴方…昼間(今夜)は気合入れなさいよ?」

 

 上夢魔の直ぐ傍には、部下でもあり長弓小鬼の妻でもある夢魔たちが追従していた。

 

「…お手柔らかに…」

 

 何と言えない表情を浮かべる長弓小鬼。

小鬼と魔神の混成部隊は、新たな帰るべき故郷を目指した。

 

 

 

△▼△▼△▼△▼

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 冒険者の夢の跡 )

 

 剣の乙女も無事解放され、大事には至らなかった。

夢魔に操られていた冒険者たちも元に戻り、ソラールとジークバルドも合流を果たす。

小鬼の残党には逃げられたものの、この廃村には最早脅威はない。

一行は役割分担で廃村の探索に当たる。

その中で最も怪しいのは、やはり廃坑奥深くだろう。

主力の殆どは、その探索に乗り出した。

今や見る影もない廃坑――。

栄えていた頃は、建築資材として石灰や粘土が産出されていたらしい。

廃村となり数十年――。

いつ崩落しても不思議ではない筈だが、補修が行き届いているのか、その危険性はなかった。

これも全てダークゴブリン指揮の下で行われた産物だ。

その技術力と学習能力の高さに、冒険者たちは改めて舌を巻く。

 

廃坑の奥で見付かったのは、玉座の間に黒い鳥を象った木彫りの彫像――。

作業部屋に、多くの加工道具――。

研究棟と、それらしき実験器具の数々――。

娯楽と憩いを兼ねた酒場――。

牢獄らしき間と多くの拘束具――。

そして未だ亡者として徘徊する、魔神の成れの果て――。

 

亡者を排除し、多くの証拠品を検分し、調べ上げ、回収した。

小鬼は撤収の際、全てを持ち出せなかったのだろう。

中には、高級な酒や嗜好品を始め保存途中の食糧までもが残されていた。

廃坑の奥には調理場もあり、圃人程ではないが調理の概念があった事が証明される。

そして極めつけは――。

 

金銀の貨幣やインゴットが残されていた。

 

これ等が何に使われていたのか。

それは、傍の棚に置かれていた帳面を回収した事で判明する。

物資獲得の為の売買が行われていた。

実際には物々交換に近い形だが、貴金属を代価に取引を成立させていたのである。

相手は勿論、山賊やならず者といった混沌側の人族だ。

真っ当な勢力が、小鬼を相手にする筈はない。

ダークゴブリンもそれを熟知していたらしく、取引の手順までもが赤裸々に記載されていた。

これだけの量の貴金属だ。

怪しいとは踏みながらも、山賊どもは取引に応じたであろう事が分かる。

本来、略奪民族である筈の小鬼――。

そんな彼等が貨幣価値を理解し、売買によってリスクを背負う事なく物資を獲得していた。

あれだけの戦力を整え挑んで来たのも納得がいった。

勿論、ダークゴブリンの統治能力とカリスマ性も含めてだが。

 

他の証拠品はともかく、金銀のインゴットや貨幣は、此度の損失や戦死者の弔慰金などに割り当てる事が期待できる。

優先的にでも回収し、持ち帰る必要があった。――いつの時代にも、カネの力は絶大という事だ。

計り知れないダークゴブリンの統治能力。

今後どれ程の影響が拡散するのかは、誰にも分からない。

この廃村や元山賊の砦にしても、今後の管理運用を検討しなければならないだろう。

 

一定の目処は付いた。

作業を切り上げ、廃坑担当の探索班は地上へと戻った。

 

……

 

地上の班と合流を果たし、一行は互いの情報を交換し合う。

地上組の探索班は、敷地と建物内を主に捜索。

小滝が流れる場所には、洗い場が設置されていた。

風呂や清拭といった習慣が、小鬼にも存在していたのだ。

不潔で不衛生なのが、従来の小鬼だ。

戦に必死で気にも掛けなかったが思い返してみれば、彼等からは嫌な悪臭は殆ど漂ってこなかった。

それもその筈――。

彼等は汚れた体を洗浄するという、生活様式を習慣付けていた。

更に驚く事に、敷地内のある区画には畑や菜園が発見された。

何と小鬼が、作物や薬草を育て栽培をしていたのだ。

これには、廃坑の探索班も驚きの声を上げる。

他人に襲い掛かり、奪い、破壊するしか能の無い小鬼が、まさかの農業に勤しんでいたという事実。

 

「これが、さっき収穫したやつだ」

 

 地上班を担当していた灰の剣士。

探索の折、小鬼の残した畑を見付け証拠品として幾つか収穫しておいた。

その内の一つ、プチトマトを彼等に見せる。

 

「念のために食してみたが、そう悪い物でもなかった」

 

「食ったのかよ、アンタ?」

「小鬼が造ったやつを、よく食べれたな…」

 

 彼は試しに口へと放り込んだと語り、同期戦士や重戦士が感心するやら呆れるやらだ。

 

「――少々、酸っぱかった…」

 

『『『『『ハハハハ……!』』』』』

 

 感想を語る灰の剣士に、皆の穏やかな笑い声が響き渡り、剣の乙女も口元に手を当てクスクスと笑っていた。

 

こうして小鬼が残した廃村の探索も、一通りが完了する。

小鬼の文化形態や生活様式を推し量る為の、証拠品も回収できた。

後は帰還するだけだ。

 

「少し待ってくれ。まだ、()()()()を調査していない」

 

 灰の剣士が指差した方角に、まだ一つだけ未調査の建築物が残っていた。

彼が言うには、微弱ながらソウルが感知できるとの事。

 

「私に行かせてくれないか?禄に貢献も出来てないしな」

 

 ここで彼自らが名乗りを挙げる。

今まで散々貢献を重ねてきた筈だが、未だ納得していないのか彼自身が赴くと宣言する。

 

「…供をお付け下さい。それが絶対条件です」

 

「はい。大司教様」

 

 これまでの戦いで瀕死の重傷を負った程だ。

今の彼に真面な戦闘力など残っていようもない。

当然一人で行かせるなど以ての外。

建物内とはいえ、小鬼が潜んでいる可能性さえある。

剣の乙女は彼に同行者を付けるよう要求し、彼もそれを受け入れた。

建物内での調査だ。

身軽で軽装なものが相応しいだろう。

灰の剣士に同行を申し出たのは、ライザとゴブリンスレイヤー。

彼は二人を引き連れ、件の建物へと向かう。

他のメンバーは建物の周囲を取り囲み、何かあった時に即応出来るように計らった。

 

他よりも一回り大きな建造物だ。

単なる住居用でもない様だが、詳細は分からない。

灰の剣士、ゴブリンスレイヤー、ライザの三人は、周囲に気を配りながら慎重に探索を開始する。

 

「カウンター?お店かな?」

 

 進入した矢先、直ぐに目に付いたのは番台らしき構造物だ。

ライザは念入りにカウンター周辺を見回すが、怪しい物は見当たらなかった。

視界に映った物といえば、数字の描かれた木札が数枚、壁に掛けられてある位だ。

 

「…何かしら、これ?」

 

 当然意味など理解出来ようもなく、ライザはウ~ンと唸るばかり。

 

「見たところ危険物はない…か。灰よ、ソウルはこの階ではないというだな?」

 

 特に罠なども無く、ゴブリンスレイヤーはソウルの正確な位置を訊ねる。

 

「ああ。かなり弱々しいが、3階…みたいだな」

 

 灰の剣士は階段を見上げ返答する。

一階には何も無い事を確認し、三人は3階へと脚を進めた。

 

――ゴブリンじゃない、このソウル。しかも…。

 

上る途中にも、伝わる弱々しいソウル。

幾ら微弱であっても此処まで距離を詰めれば、大方の判別が付く。

灰の剣士は言い様の無い不安を抱えながら、階段を上がった。

そして目的の3階――。

彼等の視界に映ったのは、幾つもの座敷牢らしき部屋だった。

鉄格子の中には誰も居なかったが、簀の子(すのこ)に簡素な藁や布が積まれ、複数の桶も散乱している。

 

「ゴブリンの宿屋…かなぁ?でも鉄格子なんて…ちょっと…」

 

 ライザは小鬼用の宿泊施設と推察したが、鉄格子の物々しさに言い淀む。

 

「いや。お前の判断は合ってる。ここは小鬼の宿()()だ」

「アレを見ろ、奥に誰か居る!」

 

 ゴブリンスレイヤーと灰の剣士は、通路奥に指を差し示した。

 

「――あ!女の人!」

 

 彼等に釣られ、ライザも奥の座敷牢に目をやる。

3人は直ぐに向かった。

座敷牢の中には、一人の若い女性が項垂れ座り込んでいた。

 

「まだ生きてる…けど、どうして小鬼の宿屋なんかに女の人が…?」

 

 宿屋とは基本、宿泊する為の施設だ。

当然ライザも、その位の常識は弁えている。

しかし、単純に泊まる為の施設と言っても実に多様な意味を持つのだ。

小鬼の宿に若い女――。

そして座敷牢――。

つまりは()()()()()()

此処は、小鬼専用の()()()()宿()であった。

男女の行為に疎いライザが、その意味を知る由もない。

 

「――議論は後だ!――貴公…意識はあるな?」

 

 灰の剣士が言葉を遮り、女囚へと声を掛ける。

 

「……」

 

 弱々しいが、女は徐に彼の方へと向いた。

 

「――うぇ…!何…()()…?」

 

 女が此方を向いた途端、ライザは顔を背けてしまう。

 

(推奨BGM ダークソウル3 ―― メインテーマ )

 

「…やはりな…」

 

 そんな彼女とは対照的に、灰の剣士は女囚の胸部を見る。

女の衣服は部分的に破れ、乳房が露出しており肉感的な身体つきである事が判る。

何も知らない男が見れば、忽ち劣情を沸き上がらせる程の美しい女だ。

しかし、それは女が()()な場合に限られる。

 

「ダークリング…そして…」

 

 女の胸には、不気味な環のような文様が浮かび上がっていた。

灰の剣士にも馴染みの深い、不死の呪い――ダークリング。

しかしもう一つの乳房に浮かぶ、悍ましい漆黒の穴隙《けつげき》――。

 

   ―― 暗い穴 ――

 

ダークリングとは似て非なる、底無しの円環――。

徐々に闇が漏れ出す、ロンドールの縁深き象徴。

 

生気と活力の消え失せた女の顔。

端正で温和な顔の造りで、彼女の肢体は生者のものであった。

しかし見る者を拒絶させるかのように浮かび上がる、二つの呪いの証。

ダークリングと暗い穴――。

間違いない――。

この女は不死人だ。

しかも死者と老人の国――ロンドールと関わった者だ。

 

「ああ。旦那様ぁ…。私の為に来て下さったのですね?どうか私を可愛がって下さいまし。私は逆らいません、逃げません。どんな要求でもお応え致しますわ。どうかこの卑しい女を使って下さい」

 

 彼等――取り分け、灰の剣士に向かい女が懇願する。

鉄格子を掴み生気の無い瞳と笑みを浮かべ、彼を必死に()()()()

 

――人格と理性は完全に破綻している。亡者寸前…か。

 

外観は生者のソレであったが、精神は完全に喪失している様だ。

彼女の振る舞いからソレを察した灰の剣士。

更に言えば、”暗い穴”特有の呪いが漏れ出し、周囲に若干の影響を及ぼしている。

彼女の周囲は鈍く黒ずんでおり床などは特に顕著だ。

それは宛ら、深淵に侵食された領域を彷彿とさせる。

このまま放置すれば、此処は彼女もろとも死と深みに満ち溢れるだろう。

 

「ち…ちょっと、何言ってるのこの人?おかしくなってない?」

 

 取り乱す処か突拍子も無い事を言いだす女。

寄り添っていたライザは、完全に引いてしまう。

 

「安心せよ、私は貴公を迎えに来た。牢から出してやる。其処の鍵を寄越してくれないか?」

 

 何はともあれ、女を牢から出さない事には話にならない。

敢えて女に話を合わせ、灰の剣士は女の傍に落ちている鍵を寄越すように求めた。

形からして、十中八九鉄格子の鍵だろう。

 

「はい。愛しい旦那様」

 

 恍惚とした表情と荒い息づかいで、女は彼の要求を快諾する。

その鍵は、数日前に長弓小鬼が放り投げた鍵だ。

なぜ敢えて女の手に届く所に、鍵を放り投げたのかは定かではない。

しかし、そのお陰で女は牢から解放されるのだ。

鉄格子の隙間から鍵を受け取り、灰の剣士は牢から女を解放する。

 

「ああ…嬉しい…私の旦那様ぁ…」

「――うぇ…!?何なの、この人…!?」

 

 牢から出るや否や、灰の剣士に抱き着く女。

そして血走った瞳と荒い呼吸で、彼の顔部や口部に何度も舌を這わせ、股座を彼に擦り付け腰を往復させた。

そんな女の様子に、ライザは忌避感を露わに再び眼を背ける。

 

「…――!」

 

 短い声を発し、灰の剣士は女の首後部に手刀を叩き込み気絶させた。

 

「とにかく彼女を外に連れ出そう。其処からだ」

 

「うん、そうだね。この女の人、明らかに普通じゃないもんね」

 

 昏倒した女を布シーツに包ませ、一行は脱出の準備に移った。

 

「ねぇ、ゴブスレ君はどう思う?この女の人の事――」

 

 一連のやり取りの間、一言も声を発していないゴブリンスレイヤー。

彼の意見も聞こうと、ライザは声を掛けた。

 

「ねぇ聞いてる?……ゴブスレく~ん…ちょっと~…?」

「……?」

 

 この距離だ、聞こえていない筈はない。

しかしライザの声にも全く反応を示す事はなかった。

ゴブリンスレイヤーは無言で立ち尽くし、シーツに包まった女に向くだけだ。

 

「…君…」

 

 普段口数も少なく、小鬼関連の話題しか口にしないゴブリンスレイヤー。

そんな彼でも質問すれば、彼なりに応えてくれる人物だ。

しかし今の彼は、全くの無反応で唯々其処に立つだけだった。

流石に灰の剣士も怪訝に思い、棒立ちのゴブリンスレイヤーに一声かける。

心配する二人に、漸く彼は声を絞り出す。

そして安っぽい鉄兜から漏れ出でた、驚きの言葉――。

 

………

……

 

   ―― 姉さん ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

暗い穴

 

不死人の証にも似た暗い穴。

ぽっかりと体に開いている。

その暗い穴に底は無く、人間性の闇が徐々に漏れだし

引き換えに呪いが溜まっていく。

それは決して消えぬ呪いの印であるが

かつて一人の、深淵から戻った火防女だけがその呪いを癒したという。

 

一度目の死――。

記憶を引き換えに蘇生し、アテも無く彷徨い歩く。

運悪く心無き輩に囚われ、果て行くまで弄ばれ続けた。

 

二度目の死――。

理性を引き換えに蘇生した。

再び悪意の山賊に使われ続ける。

時は経ち、小鬼による二度目の蹂躙劇。

 

三度目の死――。

心を壊し蘇生した。

蓄積を繰り返し漏れ出た人間性の闇は、周囲に垂れ込む。

彼女の涙腺と共に――。

 

 

 

 

 

 




 拠点捜索も終わり、後は事後処理のシナリオと報告イベントですね。
それが終われば、そろそろ折り返しに差し掛かると思います。
それで漸く半分かな?(長い…)

書き溜めはここまでなので、次回更新は暫く先になるかと思われます。
1~2ヶ月くらい帰還を設ける予定です。
楽しみにしている方は、申し訳ありません。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/
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