今回で錬金教室は終わりです。
夜は思ってたより冷えますね。
キーボードを打つ手が冷たい…。
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )
ヘルバ
薄っすらと光を放つ常緑の葉。
アイテム製作に用いる素材のひとつ。
広く分布する薬用植物。
茂みの中などに見られる。
ハーブの別称でもあり、様々な薬用効果を持つ。
その利用価値は幅広く、調合のみならず錬金術の素材としても欠かせない。
また調味料や香としても利用される。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
形も大きさも其々が違った特徴を持つ釜。
それ等複数の釜の役目は、調理に使われる為ではない。
常人には想像も付かない色取り取りの素材を混ぜ込み、融合させ、未知なる道具を生み出す技術――。
(推奨BGM ライザのアトリエ ―― 果てなく続く道 )
『錬金術』の為に在る。
「次は、ちょっとした応用編に移りましょうか」
錬金術師トトゥーリア=ヘルモルトは、一組の男女と向き合う。
彼女に相対していたのは、南国に在るクーケン島からやって来た錬金術士の少女――ライザリン=シュタウト。
西方辺境に所属する冒険者――火の無い灰(通称:灰の剣士)。
錬金術の基礎を学ぶにあたり、灰の剣士は『中和剤』の作成に取り掛かった。
悪戦苦闘しつつも何度か作業を繰り返したものの、初期の頃に出来上がった代物は非常に低品質だった。
形だけは何とか完成の体を保っている、と言ってもいい程度の出来栄え。
初見で完成させただけでも、純粋な錬金術士としての素養は備わってはいる。
しかし、余りに低品質な中和剤では正直使い物になるかどうかも怪しいレベルで、使い道に困窮していた。
使用法が見出せないのなら、止む無く廃棄するしかない。
灰の剣士は、そう判断していたのだが、此処でトトリから”待った”が掛かり今に至る。
トトリが教えるのは、その中和剤の活用法だ。
低品質の中和剤を調合素材としたところで、大した品質の道具を造り出す事は叶わないだろう。
「今から実践するのは、低品質を高品質へと変える方法よ。ライザちゃんは、もう知ってるのよね?」
「あ、はい、勿論です。素材の選定?それとも”ループ調合”?」
ライザから聞き馴れない単語を耳にした灰の剣士。
「そう。流石にライザちゃんは知っていたわね、エライエライ。今からループ調合について説明するわね」
「あたしって、まだまだ子供なんですね…」
幼児をあやす様な言葉を掛けられ、ライザは複雑な反応を見せる。
見た目で言えば、ライザとそう変わらない若々しい容姿を保っているが、実際のトトリはそれなりに年齢を重ねた大人の女性だ。
彼女にとってライザは、快活な妹分といった印象なのだろう。
高品質な道具を造り出すには、幾つか方法が存在する。
先ずは、素材そのものの選定だ。
道具には品質が存在するように、それを生み出す為の素材も、また然り。
即ち、素材自身の品質でも完成品の精度は大きく左右される。
元々高品質の素材で調合すれば、誕生する品も質の良い物が出来易い。
――とは言え、素材の善し悪しを見極める為の知識と眼力が必要不可欠となる。
(素材の品質を見抜けない様では、選定段階で問題が生じてしまうのだが)
そしてもう一つが、ループ調合と呼ばれる技法だ。
「口伝だけじゃ伝わり難いと思うから、図を使って説明するわね」
複雑な仕組みなのだろうか。
トトリとロロナは共同で、木板へと用紙を張り付ける。
予め準備したであろう高級なパピルス紙には、図解と簡潔な説明文が記されていた。
「いいなぁ、トトリさんみたいなお師匠様に教わりたかったなぁ、あたしも…ブツブツ」
口を尖らせ、何やら不満気な声と表情を浮かべるライザ。
殆ど愚痴に近いが、ライザの師であるアンペルから教わったのは初歩の初歩だけだった。
錬金術士となり、多少の助言を受けはしたものの、大半は独力で難関を乗り越え錬金術士としての腕前を磨いてきた。
今の灰の剣士の様に、態々図解まで持ち出し講義する事など極めて異例な事なのだ。
母国のアーランドでも、一般人の生徒相手ここまで念入りに指導する事など無かった。
「その人、きっと素晴らしいお師匠様よ。敢えて荒波に放り込む事で、ライザちゃん独自の発想力を養わせようとしたんだと思うわ」
確かに多くの困難に遭遇してきたライザ。
接触は必要最小限に抑えようと務めたアンペル。
それにより真に行き詰った時以外、ライザは自力で問題を解決してきた。
その甲斐あって、自身には独特の発想と閃きが養われ、同時に男顔負けの行動力も磨かれた。
多少暴走する事もあるが、それは彼女の幼馴染たちが穴埋めし支えてくれた。
もしも、アンペルが付きっ切りでライザに指導していたとしたら、彼女の故郷は違った結末を辿っていた可能性もあり、ライザ自身は依存心の強い人物に変貌していたかも知れないのだ。
(多数ある平行世界線には、そんなライザも存在するかも知れない)
今のライザが在るのも、そんなアンペルが施した教育の賜物とも言えるだろう。
(当のアンペル本人が、放任主義という見方も出来なくはないのだが)
トトリと同じく、ロロナもアンペルを高く評価している様だ。
――今頃どうしてるかな、アンペルさんとリラさん。
一時的にとはいえ、クーケン島の脅威は去った。
その後、アンペルたちは島から去り再び旅立ってしまった。
石造りの天井を見上げ、ライザは過去に想いを馳せる。
「ふふ、じゃあ続けるわね」
そんな彼女を微笑ましく見つめ、トトリは講義を続ける。
中和剤に使った素材は、清涼な水とナナシ草だ。
そして出来上がったのが、中和剤(緑)。
その素材に備わる特性のみを選別し、再び中和剤を造り出す。
つまり、最初に造った『中和剤(緑)』を再び調合素材として使ってしまうというものだ。
低品質の中和剤(緑)を複数個素材とし、ナナシ草とを調合させる事で、品質を上乗せされた中和剤(緑)が完成する。
これを繰り返す事で、最終的には最高品質の中和剤に至る事になる。
しかし、品質向上の特性を有す素材を使わなければ無意味だ。
逆にどんな低品質でも、品質向上の特性があればループ調合の素材としての使い道が存在する。
結局は、それ等の特性を見極める観察眼、知識、経験と多用な能力が必須となってしまうが、修得が叶えば素材の有効活用に大きく貢献できる。
「では実践ね。先ずはライザちゃんが、お手本を見せてあげて」
「はいは~い、お任せあれ!」
一通りの説明を終えたトトリは、ライザに実践して貰う事にした。
「んじゃ、君が最初に造った
「失敬な…!」
灰の剣士が最初に調合し造り上げた中和剤(緑)は、色褪せた鈍い緑色に染まっている。
もはや品質など最底辺だが、幸いにも品質向上の特性が宿っていたらしい。
ライザの物言いにトゲを感じながらも、彼女の作業を見守る事にした。
しかしそこは錬金術士――。
手慣れているのか、次々とリズム良く工程を熟してゆく。
灰の剣士が初期の頃に造った幾つかの中和剤を釜の中へ放り込み、ナナシ草と清涼な水を足しながら掻き混ぜ始めた。
そう時間を置く事も無く、釜の中が再び発光を始める。
やがて緑一色に染まり中身を掬い上げれば、中和剤(緑)が再び姿を現した。
「お、出来上がったな」
「やっぱ現職なだけあるぜ」
「手際よく造っちまった」
少年斥候、槍使い、鉱人斧戦士は、ライザの腕前に感心する。
過去に何度も繰り返し、独力で経験と知識を磨いてきた賜物である。
初歩的な応用技術だが、ライザの才覚が遺憾なく活かされた結果とも言える。
「よく見て、ホラ」
生まれ変わった中和剤は、フラスコの中で強い輝きを放っている。
「おお。確かに変わったな…!」
先程、自分が造った物は淀んだ色付きで見た目にも悪印象を抱くものだった。
しかしライザが見せた物は、更に強い輝きを放っており、素人目線でも品質が向上したのが理解出来る。
生まれ変わった中和剤を目にした灰の剣士は、唯々それに見入っていた。
「ホラホラ何時までも見とれてないで、君も挑戦しないと――」
「おっと、そうだった」
この授業も、灰の剣士の錬金術向上が本来の主旨だ。
彼が実践しない事には何も始まらない。
本来にはない予定に、ロロナたちは態々時間を割いてまで協力してくれたのだ。
灰の剣士が成果を見せねば、彼女達の助力も無駄となってしまう。
ライザに急かされ、灰の剣士が実践を開始する。
彼自身が作成した中和剤は、まだ幾つか残っていた。
その中から、品質向上の特性を有した物を選び出す。
「自信はないが、これで良いか確認してくれないか?」
「どれどれ?」
ソウルの感知を抜きにして、品質向上の特性を有した代物を看破する。
こればかりは、知識と観察眼を駆使しながら経験を培っていかねばならない。
まだまだ経験の浅い彼では確信が持てず、ライザに確認を求める。
こういった過程も本来なら自分で調合し結果を確かめた方が、自分の糧になる。
実際自分で試し、仮に失敗を重ねたとしても、そこから学び取り新たな発想や想像力の構築に繋がる。
正直彼の行動は”甘え”としか言いようが無い。
しかし今回は人助けが絡んでいる上に、普段とは事情が異なる。
ロロナやトトリは、敢えて口を挟む事はしなかった。
「う~ん、コレとコレは要らないかな?後は概ね正解…ね」
ライザは二つだけを抜き取り、後は使える旨を彼に伝える。
彼は礼を述べ、素材投入の工程へと移った。
彼に必要なのは経験だ。
状況と時間が許す限り、素材を搔き集め、調合し、失敗と成功を積み重ねてゆく。
そして様々な体験を繰り返し多くの見聞を広め、錬金術士としての腕前を磨き上げる。
尤も彼自身が、錬金術士として生きていく意思があればの話なのだが…。
必要な素材を投入し、掻き混ぜる作業に移る。
――掻き混ぜ方にも注意を払わないとな。
(推奨BGM ライザのアトリエ ―― 静寂の島 )
必要以上に力んでいた事を意識し、剣士としての感覚で肩の力を一気に抜く。
剣士として戦う際も余計な力を込めていたのでは、真面な戦闘力を発揮できる筈もない。
力を発揮する間際、脱力状態から瞬時に力を込める事で莫大な瞬発力を生み出す事が出来る。
そもそも非力な女性でも釜を掻き混ぜる事が出来るのだ。
大した腕力など必要ない。
一定の間隔を維持しつつ必要な力だけで釜を混ぜる。
一度大きく息を吐き出し、一定の速度で釜を掻き混ぜ始めた。
……
――ぬ?これは…!
幾許かの時が流れ、釜の中身が緑を帯びた光に包まれる。
先程ライザが見せた現象と同じだ。
――ここで気を抜いてはならぬ。
釜の変化に気を取られ集中力を乱せば、完成間際で失敗などという笑えない結果に繋がる。
必要以上に力む事なく更に掻き混ぜ作業を継続する。
「……ここだ!」
そして頃合いを見計らい手を止め、釜の中身をフラスコ瓶へと移し替えた。
中和剤(緑)が再び姿を見せる。
その中身は微かだが光を帯びていた。
「ご確認を、お願い致します」
外観からして、恐らく成功しているだろう。
しかし今の彼では判断材料が乏し過ぎる。
まだまだ熟練者に評価を仰ぐ必要があった。
中和剤を手渡され、トトリが具にソレを注視する。
「……。うん、合格よ。品質は向上しているわ」
「「「「「おお~…!」」」」」
周囲から湧き上がる称賛の声。
トトリの評価に、取り敢えず胸を撫で下ろす灰の剣士。
さりとて、これはほんの序の口。
此処から更なる反復を繰り返し、最高品質に近付ける事で、漸くループ調合の意義を見出せるのである。
後は自身で何度も繰り返し、感覚と技術を磨き上げる事が今後の課題となるだろう。
実の処、ロロナやトトリといった熟練の錬金術師とて、まだまだ全容を解き明かしている訳ではない。
彼女らも目下、研究と実践を繰り返し研鑽を重ねる日々を送っているのであった。
残念だが、錬金術は万能でも完全無欠でもない。
全ての難事や事象に対応する事は到底不可能だ。
もしそれが叶う位なら、灰の剣士が存在そのものを賭して火を消す必要など無かったのだから。
しかしそれでも世界は廻り歩み進んでゆく。
そんな世界と向き合い生き抜いていく事こそ、此処に住まう彼等の真の使命なのかも知れない。
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― ギルド )
「上手くいったようだな」
緊張を解す灰の剣士に、ゴブリンスレイヤーが話し掛けて来た。
彼も丁度、調合術に一区切りを付けた段階だ。
「ん、それは…『毒紫の苔玉』ではないか!?」
ゴブリンスレイヤーが手にしている物には見覚えがあった。
多少色は違うものの、それは灰の剣士が何度も世話になった、毒紫の苔玉であった。
しかしそれは、ロスリックにて群生していた筈だ。
彼自身が密かに回収していたのだろうか?
それとも、誰かが持ち込んだ物だろうか?
気になった彼にゴブリンスレイヤーが答える。
「純粋な『毒紫の苔玉』ではない。苔をベースに調合した派生品だ」
「あ~、あたしが説明してあげるね」
些か驚く彼にピアニャが解説する。
洞窟や多湿な地域で採取できる”苔”を擦り潰し、各種
ゴブリンスレイヤーが手にしているのは、解毒作用のある『毒の苔薬』と呼ばれる代物だ。
効果のほどは『毒紫の苔玉』と何ら変わりなく、あらゆる毒の蓄積を打ち消してくれる。
寧ろ素材さえあれば現地で用立てられる分、態々ロスリック内で調達する必要もない。
しかし経口摂取の必要があり味などは”最悪”の一言で、口へと放り込むにはある種の勇気と決意が試されるだろう。
アンチドーテを常備させておくのが、無難かもしれない。
また『毒の苔薬』の他に『干し肉』や『獣の肝』を加工させた物や、魔力を帯びた石『輝石』を調合した物が紹介された。
低質の『屑輝石』や『カッコウの輝石』といった結晶石の一種は、握り砕いたり地面に投げ砕く事で魔力弾を発生させる事が出来る代物だった。
多少、自身の
素材の確保が少々面倒だが所持さえしていれば、ちょっとした牽制や護身用としても使い道がある。
「凄いな、通常の調合でも、これ程の物を造り出せるものなのか?」
「ふふん、驚いた?」
「良ければ後で、レシピを筆写させて頂けるだろうか?」
「いいわよん。でも先ずは錬金術を覚えなさいな。ライザちゃんが、ちょっと膨れてるわよん。クフフ…」
つい調合術の方に関心が向いてしまった灰の剣士。
ピアニャに諭され振り向いてみれば、不満気なライザが彼を睨んでいた。
『浮気は駄目よ、剣士さん❤』
端から見ていたメルルにからかわれ、よく見てみればトトリやロロナの表情も些かに硬い気がする。
「あ~コホン…!授業の続きを…だな…!」
それを目にした彼は慌てて取り繕い、講義を再開する事にした。
「お前さん、硬い割にはモテるからな」
「やっぱり女たらしだわ、貴方は――」
更にに重戦士やスイーパーを始め、周囲からも笑われてしまう始末である。
その後、更に時間は経過し、地平線は明るみを帯び始めていた。
結局、解呪を施す為の道具を造り出す段階には至れなかった。
しかしそれは無理もない。
そもそも必要な素材が、全て揃い切っていないのである。
現状のままで調合し、段階的に必要な素材を追加していくか。
必須となる素材を揃えてから調合に移るか。
この二つの案が提示された訳だが、ロロナは後者を推奨する。
それと言うのも錬金術士としての灰の剣士は、未だ駆け出しの域は出ていない水準だ。
焦るあまり生半可な状態で調合し万が一事故でも起こせば、それこそ悲惨な結果を招きかねない。
素材そのものも、今後手に入るかどうかも分からない特殊な物ばかり。
それなら素材収拾と練度向上を兼ね、条件が揃い次第、調合作業に移った方が成功確率が増すと判断したからだ。
なれど、灰の剣士とライザリン=シュタウト。
現状この二人だけで、高難易度の錬金術の行使には些か不安が残るのも事実。
そこでロロナは、二人に一つの案を指し示した。
(推奨BGM ロロナのアトリエ ―― 困ったときは相談してね )
「――そこでね、貴方達の支えになる誰かを同伴させようと思うんだ」
錬金術士としてはまだまだ発展の余地がある、灰の剣士とライザ。
その二人を補佐する為、更なる錬金術師を派遣させるという案だった。
「おおぅ!?コッチ迄ついて来てくれるのかい?」
「これはまた、賑やかになりますね」
「結構大胆ね、この女の人」
ロロナの案に、同期戦士、禿頭僧侶、妖精弓手は各々の反応を見せた。
「誰か来てくれるんだ、う~ん誰が良いのかなぁ~…?」
当然ライザも反応を見せ、ロロナたち錬金術師に視線を這わす。
「――派遣とは言え、立場も限定されている筈です。誰でもという訳にはいかないのでは?」
「はい。仰る通りです、大司教様」
剣の乙女の意見に、ロロナは相槌で返す。
誰かを派遣するにしても、ロロナたち錬金団には本来の役割が存在する。
ある程度の自由は保障されているが、全てに於いて勝手気ままに振舞う事は出来なかった。
一団の総責任者であり統括する立場にあるロロナは、当然除外される。
彼女は、外交大使としての役目も併せ持ち、あと数日で王都に戻らねばならない。
その後、各種報告や宮殿の重役たちとの会合など、多くの仕事が残されているのだ。
そしてトトリも、西方辺境に赴く事は出来ない立場にあった。
ロロナを補佐する役目を持ち、また実質の指導役は寧ろ彼女が担っていた。
ロロナと同じく王都に戻った後は、賢者の学院にて錬金術の講師として取り組まねばならないのだ。
「本当は行ってあげたいんだけど、御免なさい二人共」
申し訳なさ気に謝罪するトトリ。
「綺麗で可愛い、お嬢さんとのお別れは辛いぜ」
軽く残念そうな槍使いの足甲を、魔女はハイヒールで踏み付けた。
しかし彼の足防具に阻まれ、何一つ堪える素振りは見られなかった。
無言で無表情だったが、灰の剣士も内心は落胆していた。
実の処、彼本人もロロナやトトリに支えて貰いたかったのが本音である。
今回の講義を通じて、多少は練度を向上させる事が叶った。
しかし、熟練者である二人が居ないのでは、どうにも不安感が拭えなかったのである。
残る候補は、メルル、ピアニャ、ルルアの三名。
順当にいけば、ここはピアニャに白羽の矢が立つ。
彼女はルルアの師でもあり、錬金術士としても冒険者としても一流の水準を誇っていた。
だが、彼女は
「――となると、後は此方のお二方ですか?」
半森人の軽戦士の視線には二人の女性――メルルとルルアが映っていた。
「行ってあげたいのは山々なんだけど、実は先約があって…ね…」
作り笑いを浮かべるメルル。
彼女自身も過去に、錬金術士として活動し高い知識と技術を併せ持つ。
しかしメルルはこの国の王都で、親交を深めた人物が存在していた。
その人物も高い身分に位置し、彼女と同じく王族の少女だった。
その少女は好奇心旺盛で、冒険というものに強い憧れを抱いている。
メルルは少女に、王都に戻れば冒険譚を聴かせるという約束を交わしていたのである。
流石に少女との約束を反故にする訳にもいかず、ライザと灰の剣士に頭を下げ謝った。
そして消去法だが、最後に残されたのはエルメルリア=フリクセル。
ロロナの娘である。
「ええ~っ、わ…わたしぃ!?つ…務まるかなぁ…!?」
成り行き上とは言え、いざ自分に回ってきてしまった事でルルアは驚きと動揺を混在させた。
確かに錬金団の中で、ルルアが最も若い部類に入る錬金術士だ。
ロロナたちに比べれば、彼女自身まだまだ教わる側の立場かも知れない。
それ故、ルルアは不安を口にした。
しかし彼女も多くの冒険を潜り抜け、その度に錬金術士としての知見を磨き上げてきたのも事実。
その道中、少々苦い別離も経験もしたが、ルルアの腕前も熟練の域に達している。
「大丈夫よルルアちゃん、私も一緒に行ってあげるから!」
「ほ、ホント、エーファ!?一人じゃ不安で不安で…!」
普段のルルアは、快活で
だが、そこは彼女も年頃の娘。
独り見知らぬ国で生きていくなど、大の男でも不安を覚えようというものだ。
幼馴染で親友でもあるルルアと、常に行動してきたエーファ。
ルルアを一人にしておく事など容認出来ようもない。
水の都に到着して早々、軽薄な男から声を頻繁に掛けられて来たのだ。
辺境でも、その危険性は充分に考えられる。
エーファの申し出に、ルルアは諸手を挙げて受け入れた。
「やったぁ!ルルアが来てくれるんなら心強いよ!一緒の頑張ろうねッ!」
「うん、きっと何とかなるなる!」
「ライザちゃん、改めて宜しくね!」
同年代で最も親しくなったのがルルアだ。
彼女が同行する事が決まりライザは大喜びで歓迎し、ルルアとエーファも同様に応え、三人はお互いに手を取り合った。
「ふふ、貴方も宜しくね。剣士さん!」
「貴公の知見、アテにさせて頂く。ルルア嬢」
「そういう時は、もっと砕けた方が良いよ、灰君?」
にこやかな表情を浮かべ、傍らに控える灰の剣士にも挨拶を交わしたルルア。
些か硬い態度だが彼女に応え、ライザには少々窘められてしまった。
「ねぇ、オーレルはどうするの?」
「…しょうがない。女だけだと不安だしな、僕も同行してやる」
アーランドで出会った王侯貴族の剣士――クリストフ=オーレル=アーランド。
気が進まない素振りを見せているが、実際は彼女たちの身を案じていた。
だが自分を高めたいという願望も手伝い、オーレルも同行を申し出た。
見知らぬ地での活動だ。
修練を積むというこの上ない条件に、彼は内心昂っていた。
「成り行きだが世話になる、灰の剣士」
「此方こそ宜しくお願いする、オーレル卿」
オーレルも灰の剣士と向き合い、簡素だが互いに挨拶を交わす。
西方辺境には、ルルア、エーファ、オーレルが同伴する事になった。
それからも時間は流れ、講義は終わりに差し掛かる。
一通りを学び、錬金術に関する知識と技術を向上させるに至った灰の剣士。
未だ駆け出しの域を脱してはいないが、今の彼なら村レベルの水準には達している筈だ。
初歩的な道具なら独力で造り出す事が出来るだろう。
「おう、もうこんな時間か?」
「こういう時間は、あっという間に過ぎますね」
重戦士が窓を見てみれば、空は明るみを帯び始めている。
彼等にとっては交流会に等しい、ひと時だった。
気が付いた時には夜も開けようとしている。
迫る交流会の終わり、女騎士は惜しんだ。
「それじゃ、そろそろお暇するかな」
「荷造り、も、始めない、とね」
槍使いと魔女も、席を立ち上がった。
今日の朝には街へと帰還する手筈となっている。
彼等の私物は少量だが、帰還する為の荷造りも整えねばならない。
「俺達も行かないとな」
「ピアニャさん、ありがとうございました』」
「また会う機会も訪れましょう。有意義な時間を感謝致します」
同期戦士たち一党も席を立ち上がり、それぞれが別れを惜しんだ。
調合技術の指導を受けていた少女野伏は、ピアニャに礼を述べ頭を下げる。
獣人魔術師も深い一礼で、ロロナたちへと頭を下げた。
「さて、私達も準備しないと」
「まて、頼みがある」
彼等に続き、スイーパーも席を立ち上がったと同時にゴブリンスレイヤーから呼び止められた。
「あの女の件だが、お前の馬車に乗せてやってくれないか?頼む」
彼の示す、あの女――。
言わずと知れた、例の不死の女の件だ。
彼女は西方辺境へと連れ帰り、地母神神殿へと籍を移す事になっていた。
ゴブリンスレイヤーは、不死の女をスイーパー達の馬車へと乗せて欲しいと頼み込む。
「……分かったわ」
普段、異性に然したる関心を寄せる事はないゴブリンスレイヤー。
しかし今回に限って、異様な拘りを見せている。
彼の態度の変化に些か懐疑の念を抱いたものの、敢えて理由を問う事なくスイーパーは頼みを聞き入れた。
「ねぇ灰君、ゴブスレ君ってやっぱり……」
「……」
彼の態度を見たライザは、灰の剣士にそっと耳打ちした。
不死の女は、ゴブリンスレイヤーの身内である可能性――。
本人は否定していたが、彼の態度を見る限り心の何処かで、ある種の望みを抱いているのかも知れない。
「俺は先に行く。ピアニャとやら、世話になった」
「はいは~い、ちゃんと技術を生かしてねぇ♪」
ぶっきらぼうだが礼を述べた彼も錬金棟を後にした。
こうして残ったのは僅かな人数だけとなり、錬金棟は閑散とした雰囲気に包まれる。
「――して灰剣士殿、ソウル錬成も併用すると言っていた様だが、素材となるソウルは確保できているのかな?」
(推奨BGM ダークソウル3 ―― 火継ぎの祭祀場 )
未だ錬金棟に残っていたジークバルド。
不死の女の呪いを解くには、ソウル錬成をも必要としていた。
灰の剣士は、錬金術とソウル錬成を併用する事を画策していたが、ソウル錬成を行うにはソウルを素材としなければならない。
講義の時間、灰の剣士は殆どソウル錬成については言及しておらず、気になったジークバルドは、こうして訊ねてみたのである。
「いや…、残念だが素材となるソウルは所持していない」
首を横に振り、灰の剣士は”否”と応える。
「ダメじゃん、それって。手はあるの?」
「必要となるソウルは見当がついている。だが場所が判明していない」
ルルアに、必要素材は判明していても肝心の所在場所が分かっていないと、灰の剣士は返す。
「火の祭祀場、誰か情報を持っていないだろうか?」
錬金棟に残った全ての者に、灰の剣士は呼び掛ける。
「火の祭祀場…どちらのだ?」
「ああスマン、ソラール。ロスリック側の方だ」
ソラールもこの場に残っている。
灰の剣士と違い、彼はロードラン時代のみを渡り歩いていた。
故に彼の記憶上、ロスリック時代の祭祀場など記憶に存在している筈もなかった。
尤も、四方世界に流れ着いて以来、ロードラン時代の火の祭祀場すらもソラールは見た事がなかったのだが。
「では、俺には皆目見当も付かんな。もしそんな目立つ建造物なら、何かしら情報が出回っていた筈だ」
「例の祭祀場であろう?私もある程度地域を廻って来たが、それに準じた施設は全くと言っていい程、お目に掛っていない」
「ね、ねぇ…話に付いて行けないんだけど、灰君?」
あの時代と縁が深いであろう、ソラールとジークバルド。
頼みの綱である二人が何の情報も所持していないのであれば、火の祭祀場の存在は望み薄となる。
ライザに至っては殆ど蚊帳の外だが、それは致し方がないと言えるだろう。
「助言者様から多少聞き及んでるけど、見た事ないなぁ」
「私では力になってやれそうにない、スマンな剣士君」
「昔資料で拝見した事がありますが、その様な情報は入っておりません灰の方」
ロロナ、ステルク、剣の乙女からも有力な情報を得る事は叶わなかった。
「その祭祀場が見付からねぇと、完成しねぇのか?」
「そこに存在する、あるソウルが最も有効打となる筈だ。だが無いとなれば、別の方法を模索した方が良いのか……」
ジーノに対し言葉を返す灰の剣士。
不死の女には『ダークリング』だけでなく『暗い穴』も同時に併発している。
蓄積した呪いを一時的に取り除く術は、現時点でも幾つか存在していた。
しかし『暗い穴』そのものを癒し除去させるには、火の祭祀場に在る『穢れた火防女の魂』が必要となる。
火の陰ったあの時代、その魂を当時の火防女に渡す事で『暗い穴』を癒す術を彼女は身に付けた。
しかし今、火防女は存在していない。
ならば『穢れた火防女の魂』をソウル錬成で何らかの物体へと変換し錬金術の素材とする。
今度はソレを錬金術で調合させ、解呪可能な魔道具を完成させようと、彼は計画していたのである。
そしてソレは『火の祭儀場』の遺体へと安置されている。
しかし『火の祭祀場』が四方世界へ流れ着いていないのであれば、別の道を探らねばならないだろう。
「クソ…、行き詰ってしまったか…!」
最も肝心な素材が入手困難な状況に、灰の剣士は歯軋りする。
このままでは手に入らない可能性が極めて濃厚だ。
火の祭祀場――。
その手掛かりすら音沙汰がないのだ。
現状揃えられるだけの素材で調合するか、別の代用品を模索するか――。
既に計画段階から障害に直面してしまった。
「少し落ち着きなさいな。今の貴方は、疲労が蓄積している状態。そんな頭一杯で、考えなんて纏まらないわよ?」
あれこれ考察を張り巡らせる灰の剣士に声を掛けたのは、ミミ=ウリエ=フォン=シュヴァルツラングだ。
深夜から明け方まで数時間に渡り、講義を受け続けてきた灰の剣士。
休憩を挟んだとはいえ、座学と実技を反復してきたのだ。
本人の与り知らぬ間に疲労は蓄積され、身体は直に影響を受けていた。
疲労状態では当然、判断力も低下しようというもの。
本人は冷静を装っていたが、現に考えが纏まらず何時までも同じ疑問が脳内を過るだけだった。
ミミの言う通り、疲労によるものだろう。
「この位で切り上げ給え、剣士君。あとは街へ戻り次第、休養なりを挟み改めて考えを纏めた方が良い」
「……。そうですね…。この辺で一区切りとするか」
占めとばかりにステルクからの一声で、灰の剣士も思案を中断する。
「フゥ…、急に力が抜けてきたな…」
夜間に渡る緊張が解れたのか、一気に倦怠感が体中を駆け巡る。
全身が重苦しい感覚に見舞われ、灰の剣士は座席へドカッと腰を降ろした。
「フフ、お疲れ様。良かったらこれをどうぞ」
力無く天井を仰ぐ彼に、トトリが薬草茶を差し出してくれた。
「かたじけない、何から何まで」
ロロナを始めとする錬金団の女性陣――。
深夜に渡り灰の剣士に対し、錬金術を教導してくれた身だ。
見方を変えれば彼女達の方が疲労しているかも知れない。
遠慮がちに茶を受け取りながらも、彼は一口含んだ。
「気にしなくていいよ。私達も錬金術の傍ら、冒険者をやってたからね」
外観は細身で華奢な体躯だが、ロロナたちも錬金術と冒険者を兼任して長い年月が経過している。
実際単純な体力や持久力だけでも、新人冒険者の少年少女を遥かに凌駕しているのである。
「さぁて、あたし達も帰る準備しよっか?」
小休止も終え、ライザが灰の剣士へと声を掛ける。
そうこうしている間にも更に夜は開け、既に朝方の時間帯だ。
雀を始めとした多様な鳥が、
何時までも、こうしている訳にはいかない。
此処を発つ時間は徐々に迫っているのだ。
「えぇ~、お別れなんですかぁ~?」
そこへ幼夢魔が想いを隠そうともせず、別れを惜しむ声を上げた。
ロロナたちは後数日ここに留まる予定だが、ライザ達は今日にも水の都を発つ。
中でも灰の剣士との別れが、幼夢魔にとっては非常に堪えるのだろう。
あからさまに沈んだ表情を浮かべた。
「大丈夫よ。近い内にまた会えるわ」
そんな彼女へ、剣の乙女が慰めの言葉を掛けた。
近々、彼女たちは西方辺境へ赴く予定を立てていた。
それと言うのも、灰の剣士が持ち帰った『神樹の苗木』を視察するという名目でだ。
神樹の苗木を地母神神殿に植え、そこそこの時間が経過していたが、その成長が異常に早く成人男性の身長の2倍程度まで達していたのである。
それは最早、苗木どころか若木に分類される程であった。
そして夜間には、淡いながらも”黄金の光”に輝いているのが確認できるのだという。
持ち返った当所から高い神霊力を有していた事は判明していたが、ここ最近その兆候は更に拍車が掛かっていたのである。
それ程の樹木を、聖職者である剣の乙女が黙って見過ごせる筈もなく、是非とも自身の五感で『神樹の苗木』を確かめたいと願うのは当然の帰結ともいえた。
つまりは合法的に、西方辺境へと訪れる口実が出来た訳である。
そこへ幼夢魔も同行すれば、必然的に灰の剣士と会う事が叶うのだ。
それを聞いた幼夢魔は歓喜の声を上げ、灰の剣士へと抱き着いた。
あまりに突然の奇襲に席を立つ事もままならず、灰の剣士はそのまま転倒し、床に後頭部を強打してしまった。
そんなちょっとしたハプニングに見舞われながらも彼等は帰還の準備を終え、別れの時間が到来した。
……
冷厳なる白亜の石畳み。
法と秩序を司る巨大な彫像の眼下で、剣の乙女は多くの冒険者へ成功報酬を授けていた。
重戦士の一党から始まり、最後にライザと灰の剣士。
剣の乙女の後方側には、護衛役の神官戦士たちとロロナ率いる錬金団が控え、その様子を見守っている。
「此度の過酷な戦い、良くぞ勝利に貢献してくれました。ライザリン=シュタウト様、灰の方」
跪き頭を垂れるライザと灰の剣士は、金貨の詰まった小袋を受け取る。
本来なら10枚残後の金貨が成功報酬だが、砦や廃村にて回収出来た金銀の貴金属――。
それ等は損失を補うだけでなく、彼等の成功報酬上乗せにも一役買っていた。
魔神王級の戦闘力を誇ったダークゴブリンとの死闘。
余りに激しい戦いであったが、公式には小鬼退治として認識され記録されるであろう。
無論、証拠として機能する情報は幾つも此方に用意されてはいる。
しかし、小鬼に対しての認識を改めさせる事は正直困難を極めるだろう。
況してや300を超える冒険者を募り、200以上の犠牲者を生んだ。
下手をすれば、剣の乙女の評価が下がる危険性さえある。
金貨10枚程度の報酬で納得する冒険者たちではなかった筈だが、回収できた貴金属類で報酬を上乗せする事も叶った。
その甲斐あって生き残った冒険者たちは、特に不満を露にする事も無く報酬を手に帰還していったのである。
当然、灰の剣士達の成功報酬も上乗せされており、金貨15枚が小袋に詰められていた。
「そ、そんな!あたしなんて大した働きしてませんよッ… 」
法の神殿、大司教であり金等級冒険者でもある剣の乙女の言葉に、ライザはどう受け止めて良いかも分からず慌てて両手をブンブンを振り回す。
ライザ自身もクーケン島で、目上の人物と相対する事は経験している。
しかし国家基準の役職を配した人物、況してや六英雄の一人といわれる剣の乙女が相手だ。
故郷の島と、他国とは言え国家レベルの人間とでは比較の対象にもならない。
ライザが取り乱し言葉を詰まらせるのも、無理からぬ道理といえた。
「フフ…、ロテスヴァッサ王国から遠路はるばる御出で下さった上に、命まで賭けて下さったのです。誇るべき栄誉ですわ」
「ハ、ハハァッ~…!」
誇って良いと言葉を掛ける剣の乙女に、またもや場違いに両手を床に付け平伏するライザであった。
そんな彼女に、ルルア達がクスクスと口に手を当て笑っている。
「そして灰の方…。貴方様の献身と、勇猛な戦働き。この剣の乙女…生涯忘れる事はないでしょう」
最後に灰の剣士にも声を掛ける、剣の乙女。
その言葉は何処となく熱が篭り、何かしらの感情が乗せられていた。
「
強大な力を誇ったダークゴブリン率いる小鬼軍団。
圧倒的数と質を誇る彼等に、灰の剣士一人で立ち向かうには無謀に等しかった。
未熟者が大半とはいえ、数多の冒険者たちが命を賭し活路を切り開いてくれた。
此度の勝利――。
表向きでは、灰の剣士が最大の功労者として記録される事となった。
しかし真の功労者で勇者と称えられるべきは、散っていった犠牲者達にこそ相応しいだろう。
そして灰の剣士にとっては、幾多の使命の一つを果たしたに過ぎないのである。
ダークゴブリンは討った。
しかし未だ使命は道半ば。
果たすべき使命は数多く残っている。
彼の戦いは、まだ終わってはいなかった。
――この方は、覚えているのかしら。
嘗て幼い夢魔と共に突如として来訪した得体の知れない冒険者、灰の剣士。
危険度と裏腹に報酬の安さを理由に、小鬼退治を敬遠する冒険者は数多い。
それ故、小鬼退治は何時も余りがちで、もっぱら新人が担当する依頼と相場が決まっていた。
しかし彼は積極的に小鬼退治を引き受けているというではないか。
その当時、灰の剣士に打診した事があった。
この神殿に籍を移し、自分直轄の冒険者として活動してみる気はないか?
(本編前夜編、第52話参照)
その事を思い出す剣の乙女。
灰の剣士の傍では、小鬼殺しを専門とするゴブリンスレイヤーも控えている。
更に女性でありながら小鬼退治を中心に引き受ける冒険者、ゴブリンスイーパー。
――彼等も共に…今切り出してみようかしら。
未だ水の都では、小鬼退治の依頼が後を絶たない状況だ。
幸い此処には、小鬼退治を積極的に遂行する冒険者が複数居る。
これは好機に違いなかった。
あの時の提案を此処で提示し、籍を此方側に移して貰えれば小鬼の殲滅も決して不可能でない。
――いえ、性急ですね。彼等にも役割がある。況してやこの方は…。
迷いを生じさせながらも、剣の乙女は案を提示する事を控える。
彼等の所属する西方辺境街――。
あの街の本来の役割は土地を開拓する事で、人類の活動圏を拡大する事にある。
そんな未開の辺境なら、ことさら小鬼の脅威が潜んでいようというもの。
移籍の件を打診するのは、辺境近隣が落ち着いてからでも遅くはない。
今は控えるべきだろう。
彼等に気付かれぬよう静かに頭を振り、剣の乙女は考えを脳内の隅へと追いやった。
『さぁて皆ぁ帰ろうぜ、俺達の故郷によ!』
報酬の受け渡しも終わり、重戦士が率先して帰還の号令を掛ける。
『また会おうな、アンタら!』
『今度は一緒に冒険しような!』
そんな彼等に、錬金団のジーノとライアスが声を投げ掛ける。
『ルルアちゃんもしっかりねぇ!』
『何かあったら連絡を寄越しなさいな』
彼等に同行するルルア達に、ロロナとピアニャも声を掛けた。
「じゃあ、お母さん、行ってきます!」
暫しの別れだがルルアは快活に言葉を返した。
皆、それぞれが別れを惜しむかのように言葉を掛け合い、いよいよ神殿を発つ時がやって来た。
その時である。
「大司教様!」
「――!?」
突如して立ち上がり、剣の乙女に声を投げ掛けたのは灰の剣士である。
「なんでしょう?」
不意とも言える彼の行動、剣の乙女を含め周囲は一斉に視線を向けた。
「……もしも…もしもです!」
「「「「「……」」」」」
一体何事だというのか?
彼の真意が読み取れず周囲は無言で固唾を飲む。
周囲の視線に晒される中、彼は一呼吸置き言葉を発す。
「もしも存在した場合、貴女様は信じますか?」
―― 善良なゴブリンの存在を ――
「「「「「……」」」」」
「灰剣士殿…?」
「旅人よ…」
「灰…君…?」
一体何が起こったのだろう。
彼が何を言い出したのか理解が追い付かず、周囲は唖然としている。
ジークバルド、ソラール、ライザも困惑しながら彼を見つめていた。
「……」
余りに突拍子も無い彼の言葉――。
剣の乙女でさえ無言で佇むしか出来ないでいる。
しかし、彼女は直ぐ思い質したかのように言葉を返す。
「…覚えておいでですか?あの時の私の言葉……」
彼の質問に対し、彼女も質問で返す。
剣の乙女は、移籍の件の事を問うていた。
「はい、何れここ…法の神殿に籍を移すという話で御座いましょう?」
「その通りです」
「えっ?それホントなの灰君!?」
「け、剣士さん!?」
「お、おにいさま!?」
どうやら灰の剣士も移籍の件は覚えている様だ。
しかし心中穏やかでないのはライザ達一部の女性陣。
三者三様だが、驚きの声を上げる。
ライザは言うに及ばず銀髪武闘家も、その様な話など初耳だ。
幼夢魔にとっては、ある意味朗報なのだろう。
何処となく期待を込めた視線を彼へと向ける。
その話を耳にした周囲も一斉にざわつき始めた。
「――灰君!ちょっとどういう事っ!?」
「――まだ終わってはいない、行ってはならぬ!」
自分の知らない領域で話を進められている。
ライザは語尾を強め彼へと詰め寄ろうとするが、ソラールに制止されてしまった。
彼女自身も実は良く分かっていない。
今胸中に過る感情――。
怒りなのか、嫉妬なのか、焦りなのか、孤独感なのか――。
様々な感情が
屈強な騎士であるソラールに阻止されては、勝気なライザも大人しく見守るしかなかった。
「その話……
「……」
しかし剣の乙女から返された言葉は、意外なものであった。
――……まさかな?
彼女の言葉は静かで穏やかだったが、僅かながらに感情が篭っている気配を漂わせていた。
先程は、やや熱を帯びた言葉を灰の剣士にむけていた剣の乙女。
しかし、今の彼女はどうだろう?
冷たい風のイルシール。
鋭くも冷たい氷の如き刃を、彼に突き付けているかの様な気配を匂わせている。
間違い無く悪感情を彼に向けている。
隠そうともしない彼女のソウルを感知したジークバルドは、秘かに身を引き締め静観する事にした。
「そして灰の方…いえ、灰の剣士よ。……もう二度と……もう二度と…――」
そしてゆっくりと彼へと歩み寄る剣の乙女。
しかし、聖杖を握る彼女の手は異様に力が込められているのが認識できた。
「……」
だが灰の剣士は微動だにせず、ただ彼女に向き合うだけだ。
―― 関わらないで下さいませッ!!! ――
天秤を逆しまに剣を模し、平等と法を司る至高神の象徴を体現した錫杖。
そして柄頭――。
神速の如き錫杖の先端部が――。
………
……
…
顔面に叩き込まれた。
灰の剣士に――。
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屑輝石
不安定な魔力を帯びた輝石。
結晶坑道で見られる。
FPを消費して砕き、魔力の弾を生じる。
低質で壊れやすく、魔術師はこれに見向きもしない。
なれど、魔術に疎い戦士には即席の魔法として機能する。
魔法擬きと揶揄される事はあれど、生を拾う事こそ肝要なのだ。
近年、価値が見出され、魔道具屋にてお目にかかる機会も増えた。
値段は 銀貨1枚~2枚。
大きな屑輝石
不安定な魔力を帯びた輝石。その大きなもの。
結晶坑道で見られる。
FPを消費して砕き、魔力の弾を生じる
低質で壊れやすく、魔術師はこれに見向きもしない。
なれど、屑輝石は直ぐに砕ける事を逆手に、か弱い女性でも容易に扱う事が可能。
その特性を利用し、護身用に持ち歩く女性が増えた。
女の一人歩きは、危険が付き纏う。
常備しておけば、若しもの時に役立つだろう。
値段は 金貨1枚~3枚。
最後の最後で、急展開を迎えました。
彼の運命や如何に?
剣の乙女。
仮にも金等級の冒険者。
あの金属製の錫杖が、彼の顔面に炸裂。
自分で書いておきながら想像すると、かなり痛そうです。
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/