少しでも寒いと感じると、直ぐに鼻が詰まってしまいます。
長くなったり短くなったり、相変わらず文字数が一定しないです。
今回はやや長めです。
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )
カッコウの輝石
魔力を帯びた輝石片の塊。
カッコウの兵士たちの用いる魔術擬き。
製作可能なアイテムのひとつ。
FPを消費して、前方に投げつけ着弾地点から魔力の弾を生じる。
魔術擬きと侮るなかれ。
確実な効果を生み出し、未熟な魔術使いよりも遥かに有用なのだから。
値段は 金貨1枚~5枚。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 鼓動 )
床に敷き詰められた石畳。
その石材は丹念且つ手間と時間を掛け、念入りに磨かれている。
そんな職人技は見事に活かされ、壮麗な神殿に相応しく、うっすらと天井さえ映し出していた。
鏡の如き光沢を放つ白亜の床に相反するかの如き、紅い液体が滴り落ちる。
「――ゥッ…!」
一瞬の呻き声を漏らし、顔面を手で押さえ蹲る一人の男。
「「「「「「――……!?」」」」」」
忽然と繰り広げられた展開に、周囲は理解が追い付かず目を見開くのみだ。
「フ~ッ…!、フ~ッ…!、フ~ッ…!」
蹲る男に正対し、荒い呼吸を繰り返す一人の女。
天秤を備えた剣状の杖は、法と正義を司る至高神の威光を現していた。
その神の威厳と鉄槌が、彼に降り掛かったのだろうか。
顔元を手で庇い跪く一人の男の冒険者――灰の剣士の顔面から、鮮血が滴り落ちる。
率直に言おう――。
彼――灰の剣士は
彼女――剣の乙女に。
「ハァッ…!、ハァッ…!、ハァッ…!」
上下に激しく肩が揺れ、肉感的な肢体からは多量の汗が噴出していた。
錫杖を握る手は不規則に震え、力が過剰に籠もっている事を物語っている。
元々薄布の法衣は、肌の色と豊満な胸部の先端部さえ透けて見えている。
更に、過去の爪痕であろう残滓が浮かび上がっていた。
「善良なゴブリン…?善良なゴブリンですって…!?」
上ずり震えを滲ませた声音から汲み取れる感情の濁流――。
様々な感情が入り乱れ、剣の乙女がどの様な感情を抱いているのかは定かではない。
しかし一つだけ判明している感情がある。
―― 憤怒 ――
未だ何が起こったのか理解が追い付いていない周囲の面々。
しかし、殴打され出血している顔面を抑える灰の剣士。
その状況から、彼は剣の乙女めからの怒りを買った事だけは理解出来た。
「…ぐッ…その…通り。…善良なゴブリンの存在、貴女は信じるか?と質疑させ――ゥぐッ!?」
怒りと憎悪――。
皆まで言い切る前に、灰の剣士は再び顔面を殴打され数歩後退った。
「――お黙りなさいッ!そのような世迷言、二言は許しませんよッ!!」
「ぐッ…グ…は……!」
二度に渡る錫杖による顔面の殴打。
剣の乙女の手にするソレは、軽量の金属製だが打撃武器として十分機能する。
幾ら聖職者とはいえ、彼女は金等級冒険者だ。
人族の英雄とまで称えられた彼女が振るったのだ。
尚もその実力は健在で、真面に食らえば並の男なら一撃で絶命しかねない程の威力を誇る。
その殴打を二度も顔面に受け、灰の剣士は更なる流血を強いられた。
「――ちょッ…何してんのよアンタぁッ!!」
唖然としていた周囲も、ここまで来れば流石に現状を理解する。
剣の乙女に対し怒りの形相を浮かべたライザは、杖を手に詰め寄ろうとする。
たとえ相手が大司教に位置する、高位の聖職者であろうとだ。
今のライザは、逆上に身を任せ我を忘れていた。
立場ある大司教に殴る掛かるという暴挙――。
幾ら他国の人間であったとしても、重罪は免れ得ないだろう。
だが、激昂するライザの杖は阻まれた。
「――よせ!相手は大司教様だ!」
圧し留めた相手は、当の灰の剣士だった。
「――は、灰君ッ?ど、どうして庇うのよッ!?」
信じられないといった表情を浮かべ、ライザは抗議の声を上げる。
それも当然だ。
突如、意味も分からぬまま自分の仲間が殴打されているのだ。
元々ライザは、正義感が強く情に奔る傾向がある。
彼女には納得がいかないのだ。
文字通り命を賭け、ダークゴブリン軍との戦いで勝利に貢献した灰の剣士。
そんな彼が不条理な暴力に晒されている。
しかし、相手は大司教で六英雄に一人と謳われる剣の乙女だ。
もし怒りに駆られ暴挙に奔れば、平民の彼女ごとき如何様にでも処罰が叶う。
灰の剣士にとって、ライザの想いは正直ありがたいものだった。
だが此処で、彼女まで罪を背負わせる訳にもいかない。
ライザにも使命があり、無事に帰国させる必要があったからだ。
灰の剣士に圧し留められ、ライザは未だ納得がいっていない。
「血迷ったか灰よ。善良なゴブリンなど存在するものか」
「この件に限っては彼に賛同するわ。貴方は私以上に小鬼に関わってきた筈よ」
今まで事の成り行きを静観していた周囲の面々。
ここで、ゴブリンスレイヤーとスイーパーが見解を挟む。
二人の言は尤もだ。
そして言及されるまでもなく、灰の剣士自身がその事を理解もしている。
「覚えているな灰よ。お前と組んだ頃の、俺の言葉を――」
「…覚えているとも」
かれこれ一年以上も前になるだろうか。
冒険者に登録したての時期、灰の剣士とゴブリンスレイヤーは一党を組んだ。
其処で小鬼退治という依頼を熟す事で、ゴブリンという異形を学びもした。
そして無慈悲に刃を向け殺し続けて来た訳だが、灰の剣士は非常に徹する事に躊躇いを覚えていたものだ。
ある洞窟で
小鬼の子供が怯えていた。
巣の最奥に居たのは、まだ幼い子供の小鬼。
何の力も持たず、唯々恐怖に身を強張らせ震える無力な幼子たち。
成体の悪意ある小鬼達だからこそ、忌避感を催しながらも剣を振るう事が出来た灰の剣士。
だが、眼前に怯える子供の小鬼達に悪意は無かった。
まだ幼い子供。
生まれて間もないであろう無垢な命。
何も殺す程の事はないのでは?。
そんな情が、彼の胸中を満たす。
しかしゴブリンスレイヤーは、手慣れた動作で、幼い小鬼に刃を振り上げた。
同時に語る。
―― ゴブリンは、恨みを決して忘れん。生き残りは学習し経験を積み、更なる被害をもたらす。生かして置く理由が無い ――
居た堪れなくなった灰の剣士は、彼に疑念をぶつけた。
―― もしも…もしもだ!無害で善良なゴブリンが居たとしたら……! ――
「俺は、あの時言った筈だ」
―― 人前に出て来ないゴブリンだけが、良いゴブリンだ ――
その後、引導を渡したのは意外にも灰の剣士だった。
せめて可能な限り苦痛を与えぬよう――。
持ち前の剣技で、怯え竦む子供の小鬼達の首を一瞬で刎ね飛ばし、その依頼を終えた。
しかし、達成感など湧く事はなかった。
得体の知れぬ、やるせない感情のみが彼の心を支配していた。
(イヤーワン編 第11話参照)
「お前は未だ、その様な温い考えに浸っていたのか」
彼に向けられるゴブリンスレイヤーからの叱責。
そして、ある種の失望さえも滲み出ている。
もしも善良な小鬼なら、自身が人間社会からどの様な目を向けられているか理解している筈だ。
たとえどれだけ愚鈍であろうとも、数多くの同胞が人族に討ち取られ、その危険性を染み込ませ本能レベルで理解できる。
そして悪知恵を働かせ善意を装い人間に近付く小鬼も存在する位だ。
尤も浅知恵ゆえに直ぐに看破され、憐れな最期を遂げるのが通説なのだが。
真に善良で無害な小鬼が居たのなら、人や他種族との交流は極力避け人目の付かぬ地で密かに生息していくものだ。
ゴブリンスレイヤーは、既にその答えを見出し自身に決着を付けていたのである。
故に、彼の視界に入ったが最後――。
全ての小鬼は等しく無差別に、
「分かっている…分かっているとも…!」
「――いいえ!貴方は分かっていないわ!」
ゴブリンスレイヤーの叱責に何とか反論する灰の剣士――。
しかし今度は、ゴブリンスイーパーから追い打ちが掛けられた。
彼女の言葉には、ある種の昂りを匂わせる。
彼女からの言はこうだ。
本当に理解し答えに行き着いていたのなら、態々この場で疑問を口にしたりはしない。
こうして善良な小鬼について言及したという事は、未だ彼の中で決着が付いていない証拠でもある。
今も彼の中で
「一体どうしてしまったというの?私たちを助けてくれた時も、この戦の時も、貴方は勇猛果敢に戦ってくれていたわ!」
スイーパーの言葉、多少の怒りも含まれていたが同時に心配してくれているのだろう。
「少なくとも私は善良な小鬼なんて見た事も聞いた事も無いわ。もし居たとすれば、あんな仕打ちなんて…あんな…仕打ち…なんて…」!
鎧越しに全身を震わせ、言葉を詰まらせるゴブリンスイーパー。
彼女たちが囚われていた、あの遺跡での惨劇を思い出しているに違いない。
不利な地形での奇襲を受け小鬼の虜囚となり、凌辱と拷問を受け続けてきた。
風前の灯火となった彼女達の前に、そんな彼等は現れ救われたのだ。
ゴブリンスレイヤーは無論、彼女の目の前にいる灰の剣士も、当時は勇猛果敢に戦っていたのを今でも鮮明に覚えていた。
(イヤーワン編 第35話参照)
今こうして冒険者に復帰できたのも彼等のお陰である。
それ故に、今の灰の剣士の馬鹿げた言葉が受け入れらなかった。
「どうやら其処な御二方は、現実というものを理解してらっしゃるようですね。流石はゴブリンスレイヤー様にスイーパー様」
剣の乙女は満足そうに頷き、二人の考えに深く同調する。
そして灰の剣士に再び向き直り、こう告げた。
「今からでも遅くはありません。その愚昧な御考えと言葉を撤回なさい!」
ゴブリンスレイヤーとスイーパーの言葉により、激昂していた剣の乙女は幾分平静を取り戻したようだ。
灰の剣士に、先程の思想を捨て去るよう要求する。
「……拒否いたします!」
「――っ…!?」
しかし灰の剣士は要求を拒み、剣の乙女は呆気にとられる。
そして悠然と彼女の傍へと歩み寄った。
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 闘争への咆哮 )
「くッ…、近寄らないで下さいませ!薄汚い剣士風情が、汚らわしいッ!!」
立場は完全に此方が優位に立っている筈だ。
しかし、この得体の知れない奇妙な圧力は何処から来るものだろうか。
恐怖と敵意の入り混じった感情をぶつけ、剣の乙女は後退り距離を保つ。
尚も近付く灰の剣士に、複数の神官戦士たちが立ち塞がり割って入った。
「お言葉ですが、小鬼の善意で事無きを得たのが今の貴方様で御座いましょう?」
「――ッ!な、なんですってッ!?」
指摘と圧力――。
灰の剣士に気圧される、剣の乙女。
外套に覆われていたが、下半分露出した顔面からは尚も血が止まらず滴り落ち、白亜の床を紅く染め上げる。
彼は更に言葉を続けた。
あの廃村にて起こった、ダークゴブリン残党軍との小競り合い。
小鬼と夢魔達の奇策に嵌り冒険者たちは分断され、剣の乙女は囚われ人質の憂き目に遭った。
小鬼側にとって、あくまで撤退が完了するまでの時間稼ぎが目的ではあった。
だが主力の男性陣は、夢魔の術により精神を支配され残る女性陣へ襲い掛かった。
女性陣も応戦せざるを得ず、残ったのは灰の剣士を含めたライザと幼夢魔のみ。
しかも灰の剣士は、ダークゴブリン戦で消耗に消耗を重ね、戦う事もままならなかった。
頼みの綱であるソラールとジークバルドは、不死人である狂女イザベラを討伐する為、此処には居ない。
主導権は完全に敵側が握り、彼等は悠々と時間を稼ぐ事が出来た。
そして全ての撤退が完了し、剣の乙女は最早用済みとなる。
事が済めば後は彼女を解放するだけだ。
しかし相手は混沌勢の住人。
しかも際限なく欲に忠実な小鬼。
そして人質は、秩序側でも英雄視されている剣の乙女だ。
このまま無事に返す筈がない。
ダークゴブリンの妻で魔神将でもある上夢魔は、剣の乙女の殺害を小鬼へ命令する。
この状況にライザや幼夢魔は取り乱すだけで、灰の剣士も賭けに似た作戦で切り抜けようとしていた。
だが此処で事態は意外な方向へと流れる。
ダークゴブリンの側近で大型種という進化を辿った、長弓小鬼。
あろう事か彼は、上夢魔の命令を無視し剣の乙女を無傷で解放してしまったのだ。
これには灰の剣士も上夢魔も驚愕してしまう。
あの悪辣で残虐極まりない小鬼が、無傷で女を放した。
剣の乙女――。
大司教や六英雄の一人という肩書を抜きにしても、豊満な肉体と若い年齢を備えた極上の女だ。
小鬼にとっては垂涎ものの獲物に間違いない筈。
灰の剣士も数多く小鬼に関わり、辟易する程に習性を吟味してきた。
故に、長弓小鬼の行動に理解が追い付かなかった。
最後に残った長弓小鬼と上夢魔の去り際、灰の剣士は思わず訪ねずにはいられなかった。
何故、剣の乙女を無傷で解放したのか。
律儀な事に長弓小鬼は答えを返す。
―― 貴様ほどの男だ。私が切り裂くほんの一瞬の隙を突き、私を討ったのだろう? ――
―― …或いは私のプライドが、それを許さなかったか… ――
あの時の言葉が彼の胸中を過った。
長弓小鬼の本心通りの言葉かどうかは、疑わしいものがある。
しかし、灰の剣士には分かっていた。
否…”解ってしまった”というべきか。
言葉と共に流れ出た、長弓小鬼のソウル。
何時も感じる従来の小鬼とは一線を画していたのである。
邪悪で欲呆け、蕩けたヘドロを這いずり回るに等しい”汚水ムカデ”の如きソウル。
それが従来の小鬼が抱くソウルであった。
だが長弓小鬼から流れ出るソウルは、分別を弁えた”人”に近しいものだった。
まるで秩序側に生きるソレと何ら変わらなかったのである。
(本編前夜編 第89話)
それからだ。
意識の奥に仕舞い込んでいた燻ぶりが、再び息を吹き返したのは――。
今まで出会えど出会えど遭遇するのは、邪悪な小鬼ばかり――。
何時しかソレが当たり前となり、小鬼に対する常識とさえ化していた。
無傷で剣の乙女を解放した、長弓小鬼――。
そして彼の言動――。
それが皮切りとなり、あの時の考えが灰の剣士に再度去来する。
―― 善良な小鬼は
「……」
「……」
一頻り言葉を終える灰の剣士。
神殿内は静寂に支配され、灰の剣士と剣の乙女は無言で互いを見据える。
張り詰めた空気感――周囲もそれを感知したのか余計な言葉を挟む者は皆無だ。
「……言いたい事はそれだけですか?只人の剣士」
周囲が勝手に突けた渾名だが、彼は『灰の剣士』と呼ばれている。
それは一種の敬称(蔑称を込める者もいる)でもあり、彼が評価されている事の証左でもあった。
しかし剣の乙女は、その呼称すら使わず敢えて彼を
もはや語るまでもない。
彼女の声音は、凍てつき侮蔑さえ滲ませていた。
眼帯に覆われ目視は出来ないが、彼女の瞳はゴブリンを見据える視線へと変貌していたのである。
ある種の敵意――いわゆる”敵対関係”となったに等しいだろう。
灰の剣士は間違いなく秩序側の陣営だ。
そんな彼に対し、同じ陣営である剣の乙女が敵対の意思を向け、更に言葉を加える。
「善良な小鬼が実在したと仮定しましょう?その上で今後は”小鬼を見逃せ”…そう要求しているのですね?」
「――!?い、いえッ…!そのような事は…!私はただ、善良な小鬼が実在するのでないか?という疑念を…!」
「フッ……全く以て、無計画で浅ましい。礼節を知らぬ”賊”でさえ罪の軽減を画策し、言葉を選びと言うのに」
「……」
幾らか優位を保っていた灰の剣士。
しかし今や完全に立場が逆転し、剣の乙女に対し言葉を返す事が出来ないでいた。
彼女は口元に笑みさえ浮かべ落ち着きを取り戻す。
普段と変わらぬ自愛に満ちた微笑み――。
傍目に見れば平常時と何も変わらない。
しかし彼女の内面は、ドス黒い憐憫と侮蔑に塗れていた。
それは嘲笑――。
灰の剣士に対し、嘲り哂っていたのである。
「…はぁぁ~…これ以上は…時間の無駄ですね」
その後、剣の乙女は当て付けるかの様に大きな溜息を吐く。
いや、実際そうのだろう。
今や隠そうともせず、灰の剣士に対し失望感をぶつけてきたのである。
「只人の剣士。私は今までお前に対し、ある種の期待感と信頼、そして好意さえ抱いていました」
突如の告白。
既に過去の感情だが、剣の乙女は灰の剣士に対し多大な期待と淡い恋慕を寄せていた。
そして、灰の剣士は現実にダークゴブリンを討ち果たし、勝利に大きく寄与した。
それは曲げようない彼の功績だ。
「しかし此度の馬鹿げた発言と思想、私は真に失望しております。正直、お前には裏切られました。誠に残念です」
「……」
「今後、私と関わる事は許しません!金輪際この神殿は無論、この都市にも立ち入る事を禁じます!」
厳しくも慈愛と公正さに基き、西方の民の為に尽力してきた剣の乙女。
また、英雄と大司教という地位も合わさり、女としても魅力溢れているのが彼女という人物像だ。
そんな彼女が敵意を隠そうともせず、思いつく限りの皮肉と侮蔑の言葉を投げ掛けた。
それに加え今後一切は、法の神殿及び水の都の立ち入り禁止という処遇を言い渡す。
「……。謹んでお受けします、大司教様」
対し彼は、特に反論するでもなく大人しく跪き処遇を受け入れた。
「……何か言及したい事でもあるのですか?せめてもの慈悲です、最後くらい耳に入れて差し上げましょう」
とにかく
今では灰の剣士の一挙一動が不快に映り、今にも殴打で黙らせたくなる。
本音で言えば今の彼は、法で裁く罪人よりも憎々しい存在と化していたのだ。
しかし、そんな不快な思いをするのもこれで最後だ。
ならば最後の慈悲で、この下賤な剣士の戯言くらいは聞き入れてやろう。
別段そのような義務もないのだが、今の彼女は虫の居所が悪く暗い感情が渦巻いていた。
眼前の剣士から滲み出るソウル――。
それを肌で感じる度に得体の知れない衝動と下腹部からの熱が上り詰め、舐め回す様に全身を愛撫するのだ。
加え暗闇部分からは、熱を帯びた粘性の液体が染み出ていた。
その黒い熱を帯びた彼女の感情を察知してか知らずか、灰の剣士も静かに口を開く。
「私も些かに残念だ。貴公自身それだけの気概と精神性、そして早期に力を振るい小鬼対策の枠組みを構築していれば、これ程の犠牲者を出さずに済んだものを…。俺も残念だよ、剣の乙女よ」
在野第2位。
それは人の英雄と称され、混沌勢と対峙する主力としてみなされる金等級の冒険者。
現在は活動を休止しているとはいえ、剣の乙女も紛う事なき金等級の冒険者で、英雄の一人なのだ。
当然それに見合う実力を彼女は有しており、決して伊達や酔狂で今の地位を手にしてはいない。
彼女は聖職者だが、奇跡と真言魔法の両方を会得し行使する事が出来る。
また地味ながら身体能力も高く、並の追い剥ぎ程度なら肉弾戦でも凌げる実力を誇っていた。
そして、大司教の地位と政治力――。
神は二物を与え給う。
正に彼女は神々に祝福されし、英雄の一人なのだ。
そんな彼女が奮励し躊躇いなく力を振るえば、これほど大仰染みた人員と物資を揃えてまで戦を仕掛ける必要はなかった。
精々数名の一党を組み、それで対処する事も不可能ではなかったのである。
更に、彼女の地位と立場を駆使すれば、小鬼対策への組織作りも不可能ではなかった筈だ。
しかし、今の剣の乙女にそれを強いるのは酷というもの。
駆け出し冒険者の頃、最初の冒険で彼女は小鬼に敗北し一党は壊滅。
自身は小鬼に執拗な蹂躙を受けた身なのだ。
それ以来、彼女は小鬼に対し過剰な恐怖心を抱き悪夢にさえ苛まれる様になった。
現在の彼女は、大司教の地位に就き人生を謳歌しているように映っていたが、実際は心の最奥から徐々に破綻と歪みが侵食しているのである。
挑発にも似た、灰の剣士の言葉――。
それが起爆剤となり、目下侵食中の歪みが一気に発露した。
「――ゲスがぁぁぁ~ッ!!」
破綻は殺意となり、歪みは情欲となり、彼に降り注ぐ。
生の感情を丸出しに手にした錫杖を振り上げ、跪く無防備な彼の頭上へと振り下ろした。
今の彼女に何の躊躇いも後悔もない。
仮にこの場で殺害したとて、侮辱罪なり不敬罪なり適当にでっち上げ処理すればいいだけの話だ。
幸い今の自分には、それだけの地位と権限が備わっている。
理性と激情が別々に切り離され、同時に肉体へと混在するという奇妙な感覚に見舞われていた。
そして下腹部の暗闇から滲み出ていた体液は、大腿部を伝う程に分泌量を増している。
それ程までに今の彼女は、生まれ持つ
灰の剣士に向けて――。
しかし錫杖は、彼の頭頂に届く事はなかった。
「……」
「……」
灰の剣士に剣の乙女。
時間にして数秒程度だが、互いに沈黙が奔る。
「…何の真似です、戦士長?」
彼女が側面を向いた先には、神官戦士長が錫杖を掴み止めていた。
その結果、灰の剣士に錫杖が届く事はなかった。
静かだが忌々し気な気配を滲ませた口調で、傍らの戦士長を見据える。
「知れたこと、此処は清らかな神の聖域。ご自重下さい」
何を言わんや?
もはや隠そうともせず、表情に出す戦士長。
法と秩序を司る女神――至高神。
規範と秩序を示し尊重する、至高神の教義――。
況してや此処は、水の都で法の神殿内だ。
いわば至高神の総本山と言っても差し支えがない。
正に神聖な聖域。
しかして、あろう事か現在繰り広げられている不毛な流血沙汰。
冷厳な神殿の床は人の血で汚れ、おぞみを振りまいている。
完全な暴力――。
否――。
もはやこれは唯の私的な激情の発露。
ただの
公正と自由意思を重んじ、規範と律を以て善悪の裁定を下す、法の聖域。
その様な神の御前で、あろう事か
しかもその張本人が、神殿を預かる最高指導者で大司教でもある剣の乙女自身。
相手が不法侵入を試みる、賊や背教者なら溜飲も下がろうというもの。
しかし相手は無抵抗を貫き且つ、功績を挙げた秩序側の冒険者なのだ。
彼から多少の心無い言葉が吐露された処で、剣の乙女による不条理で粗暴な振る舞いを容認出来よう筈もない。
仮に彼を処罰するのであれば、厳正な司法に基き裁定にかけるのが本筋というもの。
故に、剣の乙女の振る舞いは愚かしい蛮行としか言いようがなかった。
「己が立場を弁えて頂きたい。貴方様は、栄えある大司教にして剣の乙女。その様な振る舞いなど致すものではありませぬ」
掴んだ錫杖を放し、灰の剣士との間に割って入る形で跪き頭を垂れる神官戦士長。
「……。戦士長……、貴方にも負うべき責任が御座います。理由は、お解りですね?」
深呼吸の後、幾分落ち着きを取り戻した剣の乙女は、眼下の戦士長に責を問う。
「無論、承知しております。此度の失態、逃れる気は毛頭御座いません」
ダークゴブリン戦の
司令部と野戦病院を兼ねた味方本陣は、敵の奇襲を許してしまった。
其処に現れた集団の内、『医療教会の狩人』と名乗る男から、剣の乙女の血とソウルを要求された過去があった。
当然、敵側の要求など呑めよう筈もない。
剣の乙女の護衛を務める神官戦士たちは忽ち防備を固め、意見彼女の安全は確保できたかの様に見えた。
しかし突如として裏切り者が姿を現し、奇妙な器具を用いて彼女の大腿部に突き入れた。
その裏切り者とは、神官戦士部隊に所属する最年少の少女。
だが彼女は、至高神と相反する神の信徒――死灰神の信徒だった
結局、彼女のソウルが染みついた血は奪われ、裏切り者は医療教会側へと消え去った。
(本編前夜編 第81話参照)
巧妙に欺かれたとはいえ裏切り者(内通者)を見抜く事が出来なかった責任は、神官戦士を束ねる長にある。
彼もまた、例外なく責任を背負わねばならない立場なのだ。
「宜しい。期限は一週間以内。それまでに引継ぎを済ませ、早急この神殿から姿を消しなさい!」
「はッ…!」
いつになく激情に駆られている剣の乙女。
先代の大司教より仕えてきた神官戦士長だ。
長年に渡り神官戦士に身を置いて来たが、そろそろ次代に託しても良き頃合いか。
宛ら罪人に裁断を下すかの如き厳しい叱責を受けながらも、神官戦士長は眉一つ変える事無くソレを受け入れる。
……
その後、幾許かの時間が経過し、剣の乙女は狼狽える冒険者たちに再び向き直った。
「皆様、お見苦しい所を見せてしまい大変申し訳ありません。此度の働き、誠に感謝しておりますわ。今後、再び依頼をお頼み申し上げる事も御座いましょう。その時はどうか、力をお貸し下さいましね」
先程の騒動など、まるで無かったかのように普段通りに立ち振る舞う剣の乙女。
彼女の織り成す言葉と一挙一動。
全てが慈愛と尊厳に満ち溢れている。
「「「「「……」」」」」」
だが、今の騒動を目にしてしまったのだ。
彼等に言葉はなく、無言で姿勢を正し深い一礼で応えるしかなかった。
「……」
そして剣の乙女は、尚も血を流す灰の剣士を一瞥する。
「まだ居たのですか?汚らわしい血と臭いを振り撒かないで下さいませ、不快な事この上ないですね!」
最後に蔑みの言葉を吐き捨て、剣の乙女は礼拝堂へと消え去った。
取り残された冒険者一同とアーランドの錬金一団。
彼等は暫く、その場から動く事が出来なかった。
……
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― オルクボルグの日々 )
かなりの心象を害したものの、剣の乙女は何事も無かったかのように執務に励み、予定通り己が役割を熟していた。
彼女が去った後、部下に処理を託した神官戦士長は、灰の剣士を別室へと引き連れた。
彼の治療も兼ね確認したい事柄があるとの事だ。
同伴を希望するライザやソラールたちだったが、彼はそれを拒み灰の剣士だけを入室させた。
その事に若干の不満を漏らすライザ達だったが、ここで食い下がった処で埒が明く訳ではない。
仕方なく彼女たちは、部下の神官戦士たちに引き連れられ神殿の庭園で待つ事にした。
―― 法の神殿・庭園 ――
「――なぁんなのよ、あの女、ムッカつくッ!」
声を荒げ手にした杖を所構わず地面へと叩き付けるのは、ライザリン=シュタウト。
彼女の本職は、錬金術士で戦士職ではない。
だが、常日頃故郷を駆け巡り過酷な冒険をも乗り越えてきた。
思いのほか彼女は腕力にも優れ、打ち付ける度に杖先は地面を抉り減り込んでいた。
「止めな!仮にも他所様の土地だぜ!」
そんな彼女を槍使いが諫め制止する。
此処は水の都に位置する法の神殿だ。
感情に任せ鬱憤を晴らすライザの行動は、唯々モノに当たり散らす癇癪そのもの。
今のところ地面を殴っているだけだが、万が一石柱や彫像物などが損壊すれば忽ち連行されたであろう。
遠巻きにライザを静観している神官戦士たちも、心中穏やかではなかった。
「まさか、あの大司教様の怒りを買うとはな。あの男も何故あのような暴挙を…」
重戦士の一党に所属し、至高神の信徒でもある女騎士。
本来なら大司教の肩を待つはずの彼女だが、事の経緯を一部始終見てしまったのだ。
崇拝する剣の乙女が一方的に”暴”を振るう。
そして無抵抗でソレを甘受した灰の剣士。
―― 善良なゴブリンの存在 ――
その一言で剣の乙女は、あり得ない程に激昂し彼を打ち据えたのだ。
女騎士にとって小鬼など歯牙にも掛けぬ存在で、善悪の成否など正直どうでも良かった。
しかし此度の戦では、決して少なくはない数の冒険者が命を落とした。
もし彼等がこの場に入れば、忽ち暴徒と化し灰の剣士に殺到していたであろう。
とは言え、灰の剣士の一言が剣の乙女にとっての侮辱だとしても、過剰な暴力に正当性は存在するのだろうか。
法と公正を重んじる至高神の信徒なら、それこそ裁判にかけ断を下すべきではないか。
仮にも剣の乙女は信徒の長に位置する存在で、率先して教義の模範と規範を示さねばならない立場にある。
灰の剣士にも一定の”非”はあるだろう。
なれど今回ばかりは、剣の乙女に対し理不尽極まる蛮行としか捉えようがなかった。
先程の剣の乙女の暴虐振りは、今なお眼前で憤りを発露させるライザと何が違おうか。
正直、女騎士の心境は複雑で、釈然としない”しこり”を残していた。
「馬鹿な男だ、アイツは――」
そこへゴブリンスレイヤーが言葉を挟む。
しかし彼の立ち位置は剣の乙女側に近く、寧ろ灰の剣士を叱責する風潮と言っても差し支えがない。
「――どういう意味よッ!?」
当然の如くライザの怒りは、ゴブリンスレイヤーへと向く。
今にも殴り掛からんとする勢いの彼女にも臆する事なく、彼は言葉を続ける。
「安っぽいお優しい感情に駆られ、ゴブリンを見逃す。しかし奴等は恨みを忘れる事は決してない。結果、見逃し生き延びたゴブリンが失敗を学び経験を積み、更なる脅威として人々を襲う。ゴブリンとはそういう種族だ」
とある冒険者が一時の感情に
当の本人は、それで自己満足に耽るのだろう。
しかし見逃された小鬼側は、
見逃した側と同じ精神構造をしていると、果たして言い切れるだろうか?
彼は”否”と断言する。
小鬼という種族は、屈辱と恨みを忘れる事がなく絶えず自らを被害者だと妄想するのが常なのだ。
そして生き延びた小鬼は学び、経験を積み、成長を果たし、さらに上位種へと跳躍する。
そうして成長したゴブリンが学んだ経験を生かし、積み重ね抱き続けた恨みと鬱憤を晴らすために近隣の集落なり人々なりを襲撃するのである。
即ち”ちっぽけ”な自己満足の結果が更なる状況の悪化を招き、人々を悲劇へと追い詰め負の連鎖を構築してしまうのだ。
「故に、視界に映ったゴブリンは
「……」( ̄д ̄)
完全に言い切った彼に対し、ライザは唖然とするしかなかった。
こうも断言されては、流石に”ぐうの音”も出ない。
「ライザリン=シュタウトよ、お前も身を以て知った筈だ。ゴブリンの脅威を…!」
「も、勿論よ!ゴブリンなんて大っ嫌いだけど…でも…それでもぉ……」
ゴブリンスレイヤーの指摘に、ライザは言葉を詰まらせ言い淀む事しか出来ない。
杖を握る手は何時しか力が弱まり、彼から視線を外し項垂れてしまう。
「ねぇライザちゃん、あの廃村で何があったの?教えてくれないかな」
「おぉ、そうだぜ。俺達その時の状況を詳しく知らないんだよ」
「情けない話だが、あの女魔神将に操られたらしくてな」
彼女自身、腑に落ちない部分が残っているのだろうか。
言い淀みながらも何かを伝えようとする気配を滲ませていた。
”何か”を知っているに違いない。
その事を察したトトリは、ライザへと尋ねる。
彼女ら錬金団は、砦に残留しており事の詳細を知らないのだ。
そして廃村に居ながらも冒険者の男性陣は、元魔神将でもある上夢魔の術にかかり女性陣へと襲い掛かる痴態を招いてしまった。
我ながら不甲斐無いと感じてはいたが、彼等も事の全容を把握し切れてはいなかった。
トトリに続き、重戦士や同期戦士も同調する。
廃村へと残った長弓小鬼と書記小鬼の策に嵌り、加えて上夢魔の術で冒険者側の戦力は分断され、剣の乙女は隙を突かれ人質の憂き目に遭った。
その時自由に動けたのは、消耗を重ね碌に戦えない灰の剣士と、ほぼ戦力外のライザと幼夢魔の三人のみ。
頼みの綱であるソラールやジークバルドは、未だ合流していなかった。
「俺にも聞かせて貰えぬか、クーケンのライザよ」
「状況が状況なだけに、全てを聞かされてはいなかったからな。頼めるかな?」
思わぬイザベラとの戦闘により合流が遅れた事に対し、些かの責任を感じていたのだろう。
ソラールとジークバルドも、事の真相を望んだ。
先程遠間から静観を決め込んでいた神官戦士たちも距離を詰め、聞く態勢に入る。
彼等も知りたいのだろう。
「う、うん。そうだね、みんな知っておいてもらった方が良いよね!分かった――」
周囲に詰め寄られる事で、同調圧力にも似たものを感じながらもライザは意を決す。
「あの時、あたしと
剣の乙女が人質となった当時を、ライザはポツポツと語り始めた。
……
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 過去からの呼び声 )
贅沢な家具が至る所に陳列された部屋は、来客用なのだろう。
神官戦士長に連れられ入室した灰の剣士は、その部屋に見覚えがあった。
過去に幼夢魔を引き連れ、この神殿へと来訪した際、神官戦士長より宛てがわれた部屋だ。
(本編前夜編 第51話参照)
「先ずは治療だな。まぁ、楽にしてくれ給えよ」
剣の乙女の数度に渡る殴打を受け、彼の顔面からは未だに出血状態が継続し、彼の後に続くちいさな血痕がそれを物語っている。
神官戦士長の勧めで、ソファーに腰掛けた灰の剣士。
「いえ、自力で治療できます故」
戦士長が治療を施すまでもなく、彼は回復の奇跡で忽ち傷を完治させた。
「フ…ハハハ…、そうだったな」
次の瞬間、彼の顔面は元通りとなり水を含ませた布切れで、こびり付いた血糊を拭き取った。
その様子を見た戦士長は、何とも言えない表情で苦笑いを浮かべる。
そもそも灰の剣士には、白教の奇跡を始めとした回復手段を幾つも確保している。
それこそ生半可な聖職者よりも遥かに優れていると言えよう。
「手間が省けたな、では本題に移るとしようか」
治療に費やす時間を節約できた事で、戦士長は彼を此処に招き入れた目的を果たす事にした。
彼の治療はあくまで口実で、真の理由は廃村での出来事の詳細と”善良な小鬼”についての是非である。
「戦士長の身でありながら内通者の暗躍を許し、廃村で魔神将とやらの術中に陥ってしまった。最早戦士長としては無能者だが、事の真相は詳細に記録しなければならん。あの場でも話していた様だが、更なる事の詳細をお聞かせ願えるかな」
剣の乙女を護衛し補佐するのが神官戦士の役割だ。
此度の戦で敵対勢力の横暴を許す轍を踏み、立場上、彼は責任を負わねばならない。
だが次の世代に引き継ぐにあたり、少しでも状況を事細やかに把握し次代に託さねば、これまでの積み重ねが全て水泡に帰す事になる。
彼等とて、ただ立場に胡坐をかき怠惰を貪り生きて来た訳ではない。
近日中に此処を去るにしても、任期満了までは己が務めを果たす責務がある。
「では、お話します」
外ではライザが事の経緯を説明している。
その同時刻、奇しくもライザと同じ説明を語り始めた。
あの廃村でのやり取り。
奇行にも似た、長弓ゴブリンの行動。
人質とした剣の乙女は、英雄と称される程に秩序側では重要な存在だ。
一方、上夢魔は混沌側の敵対勢力。
このまま無傷で彼女を返す程、温情に溢れている訳もない。
当然の如く長弓ゴブリンに、剣の乙女の殺害を命じた。
弓の両端部に刃を取り付けた特殊な武器――
彼女の首筋には刃が押し付けられ、いつでも頸動脈を掻っ切る事が出来る状態だ。
生殺与奪の権は、敵側が握っていた。
その圧倒的不利な状況に、ライザや幼夢魔は狼狽え冷静さを欠き灰の剣士に状況打破を懇願する。
しかし、どういう訳か長弓ゴブリンは、彼女を無傷で解放したのである。
先ずありえない事だった。
自らの欲に忠実で常に他者を虐げ自信を誇示する事を至上とする筈の小鬼が、大人しく剣の乙女を解放したのである。
一体どういう風の吹き回しか?
どうやら予定にはなかったのだろう。
長弓ゴブリンの行動に、殺害を命じた上夢魔でさえ驚愕し問い詰めていたのを、今でも覚えている。
「……」
一頻りを語り終える灰の剣士。
戦士長は無言で耳を傾けていた。
「そうであったか。ありがとう、灰の剣士よ」
深く何度も頷き、彼は礼を述べる。
「これで決心が着いたよ、少し寛いでいてくれ給え」
「…?」
首を傾げる灰の剣士を暫し待たせ、戦士長は作業机に向かいペンを書面に走らせた。
机に向かう戦士長の手の動きは、かなり忙しなく見える。
灰の剣士からは詳しく確認できないが、殆ど走り書きに近い様子だ。
「…すまん、待たせたな。この書面を貴君側のギルド長に届けると良い」
「…これは…?」
封筒に入れた一枚の書面を受け取る灰の剣士。
封筒に入っている為、彼が中身を確認する事は叶わない。
しかしギルド長宛てに書かれた内容だ。
粗末な書面だが、軽々しい物ではないのは理解出来た。
「安心し給え。貴君を
「――!」
戦士長の言う
もはや語るまでもない、剣の乙女の事を指していた。
「確かにあの女は、英雄に足る武勲を立て大司教という地位に就き、それに恥じぬ役割を果たし続けている。それはこの小生…否、全ての民が認めるところ…しかしだ――」
何時になく強い口調で、剣の乙女について言及を始める神官戦士長。
しかし
剣の乙女は偉大な英雄だ。
しかし彼女自身も最初から、
やはり彼女も新人で未熟だった時代が確かに存在する。
そして完全無欠な人間など、この世には存在しない。
「アレには歪んだ精神が渦巻いていてな。それもこれも皆、ゴブリン共に起因している訳だが」
戦士長は更に語りを継続する。
大司教の地位に就任する以前から、彼女には子供染みた身勝手さと鬱屈した想いが宿っていた。
今は鳴りを潜めているが、彼女は時折子供染みた癇癪を起し従者たちを困窮させてきた過去が幾度かあった。
それも全て、彼女が最初の冒険で小鬼の集団に敗北し、数か月に渡る凌辱を受け続けた事が原因だ。
そして冒険者に救出されはしたものの、彼女は小鬼の戯れで両目を焼かれ、失明に近い後遺症を背負ってしまった。
――……
両目を焼かれた。
戦士長からの独白で、灰の剣士は一つの答えを結び付ける事が出来た。
この都市に来て以来、毎夜の様に苛まれる奇妙な悪夢。
小鬼の集団に嬲られ弄ばれる一人の、か弱き少女――。
感覚を共有し少女の苦しみを常に受け続け、最後には両目を焼かれる苦痛を味わい悪夢から覚めるのだ。
心折れた少女は最後まで抵抗する事はなかった。
もうこの世に存在していないだろうと踏んでいたが、ここで漸く少女の正体が判明したのである。
あの少女は、過去の剣の乙女ご本人。
彼が見る、あの悪夢――。
それは、剣の乙女が背負う黒き歴史でもあったのだ。
恐らく現実に存在したであろう誰かの出来事である事は、漠然と理解はしていた。
しかし小鬼に嬲られ責め苦を受け続けていた少女が、よもや剣の乙女であったとは――。
「それ以来、あの女は毎夜の様に悪夢にうなされ続ているのだよ。…ただ、どういう訳かここ最近は、悪夢から解放されている様だがね」
戦士長の語りによれば、最近は悪夢から解放され心身共に良好な状態を保っている様だ。
そのお陰なのか、彼女はより一層、大司教としての責務に邁進し人々の生活を支えてきた次第であった。
――私が彼女の代わりに悪夢を見続ける事で、部分的でも救われているなら決して無意味ではない…そう信じたい。
灰の剣士が剣の乙女の悪夢を代替えする事で、彼女自身は甘美な夢に包まれていた。
彼にとっては忌々しい悪夢そのものだが、逆に彼女が少しでも救われるなら、それ自体に意義が存在する。
だがしかし、どの様な要因が重なり、彼女の悪夢を代替えする結果に陥ったのか。
肝心な原因は、結局分からず仕舞いだ。
――クソッ、なんという事だ!彼女の絶望も知らず、俺は何と軽挙な発言をッ!
言葉を続ける戦士長を余所に、灰の剣士は更に俯き自責の念を増大させていた。
今なら彼女が怒りを爆発させた理由も頷ける。
度重なる小鬼に尊厳を踏みにじられたのだ。
否、剣の乙女だけではない。
彼女を含め、小鬼に蹂躙された女性たち――そしてゴブリンスイーパー。
今考えてみれば、小鬼に対し憎悪と憤りを募らせるのは当然の帰結と言える。
しかし、その様な事情があったとも露知らず、灰の剣士は”善良な小鬼”などと口走ってしまったのだ。
小鬼の凌辱を受けた女性にとって、彼の発言は正に小鬼側に与した暴言や侮辱も同然だ。
それは、敵対を宣言し女性に対する、いわば宣戦布告にも値する行為なのである。
剣の乙女が暴走した理由――。
ここで漸く腑に落ちた。
自責と後悔の念に駆られ、彼は秘か歯を食いしばり拳を握り締める。
しかし戦士長の視線は、それに気付く事もなく独白は尚も続いた。
「あの女、何れは貴君を我が身に囲い拘束し続けるであろうな」
「……」
「それ故、今の書面を託したのだ」
戦士長の見解によれば、剣の乙女の悪夢は一時的に解放されたに過ぎないと分析していた。
もしも、真に解き放たれていれば、あのような暴挙に出る事も無く然るべき手順に基いた対応をとっていた筈である。
未だ、彼女に宿る歪んだ精神は燻ぶりを続け、徐々に心を破綻させ続けているのではないか。
そして灰の剣士を虜囚とし、せめてもの”慰み”に起用する可能性について危機感を抱いていたのであった。
万が一それを許してしまえば、彼は身柄を拘束され行動を大きく制限されてしまうだろう。
それでは彼自身の背負う使命が遠くばかりなのは、想像に難くない。
神官戦士長が
幸いにも剣の乙女は、執務に従事している。
つまり戦士長は先手を打ったのである。
しかし、見方を変えれば、これは彼女に対する裏切り行為に値するのではないだろうか?
たとえ戦士長が何れ去り行く身だとしても、灰の剣士は思わず尋ねてしまう。
「案ずるな。あの女の暴走を止めるのも任務の一環だ」
神官戦士長は、先代の大司教から今日に至るまで仕えてきた。
先代に比べ、剣の乙女はまだ年若く外面よりも幾分幼い精神を孕んでいる。
そんな彼女が、立場と権威を濫用しないとは言い切れないのである。
出来得る事なら彼女の暴走は、杞憂であって欲しい。
しかし、眼前に居るこの剣士は、実に多くの可能性を秘めている事を戦士長は認めていた。
たとえ六英雄の一人と言えど、将来有望なこの剣士を私物化させるのは、どうしても避けたかった。
ダークゴブリン戦での奮戦ぶり――。
その凄まじい激戦は、彼も
最近は、魔神軍の活動が勢いを増している事を頻繁に耳にする。
間違いなく、灰の剣士は有用な戦力として徴用されるであろう。
それ程の逸材を、一聖職者などの自由にさせる事を良しとはしていなかった。
「度重なる配慮、感謝の念に堪えませぬ。戦士長殿」
「良い!これで漸く、先代に報いる事が出来たのだからな。さて…もう一つ、伝えておかねばならぬ事がある」
「――?」
告げる戦士長の言葉に、疑問符を浮かべる灰の剣士。
「率直に言おう……善良なゴブリンは……
「――ッ!!」
「貴君の見解は、何も間違ってはおらんよ」
「……!」
灰の剣士は絶句した。
唐突に告げられた、善良なる小鬼の実在――。
「実のところ、小生も元は冒険者をやっていたのだ。…かれこれ十数年前にも遡るか」
今度は、過去を語り出した戦士長。
どうやら彼も、冒険者として活動していた時期があったらしい。
―― それは何の事はない、唯の小鬼退治という依頼だった。
小鬼の集団が村近辺で目撃され被害が増しつつある状況を解決してほしいという、極ありふれた内容だ。
こういった依頼は元来、新人や駆け出しの一党が処理するのが相場である。
しかし、運悪く後回しにされ痺れを切らした村人達の懇願で、彼が止むなく動く事となった。
彼は基本、
余程の悪条件が重ならない限り、小鬼に後れを取る事はないだろう。
そして案の定、村付近の小鬼を壊滅させる事に成功し、後は小鬼の巣穴を叩き潰すだけとなる。
道中、立ち塞がる小鬼を処理しながら巣穴を進軍している内、奇妙な現象に遭遇する。
それは、小鬼同士の争いに直面したのである。
一体の小鬼と複数の小鬼が互いに睨み合い、隙を窺っている。
付近には小鬼の死体が散乱していた。
状況からして、一体の小鬼が仕留めたのだろう。
欲深い小鬼同士が仲間割れを起こす事は、そう珍しい事ではないのだが。
手にした松明に感付き、複数側の小鬼は此方に警戒心を向ける。
しかし、一体の小鬼は隙を突いて別の抜け道から脱出を図った。
小脇には荷物を抱えていたのを今でも覚えている。
しかし思案している暇はない。
先ずは複数側の小鬼を始末し、生き残りが居ない事を確認した彼は、逃走を図った一体の小鬼を追跡する事にした。
この時点で依頼は達成できていたのだが、あの一体の小鬼は何処となく手練れに見えたのだ。
ああ見えて小鬼は学習能力が高く成長が早い個体も居る、放置するには些か危険だ。
持ち前の奇跡と知識を動員し、彼は小鬼の逃走先を着き止めた。
先程逃走を図った一体の小鬼だ。
付近には他の小鬼は確認できない。
精々小鬼の後方に、粗雑な造りな天幕らしき建物があるだけだ。
恐らく小鬼の子供でも匿っているのだろう。
身勝手な小鬼が家族を養う。
珍しく殊勝な小鬼が居たものだが、見逃す道理はない。
後の禍根を生まぬ為にも、彼は剣を抜いた。
当然小鬼側も彼の存在には気付いていたが、一向に臨戦態勢に移る気配がない。
それどころか、何やら喚き散らし身振り手振りを駆使し、立ち去るように要求するではないか。
だが小鬼特有の言語など理解出来ようもない。
彼は教養も備えていたが、小鬼と意思疎通する趣など微塵もなかった。
攻撃の意思がない小鬼に対し、些か疑念を抱きはしたものの依頼を完遂するのが役目だ。
尚も向かってこない小鬼に剣を振り下ろし、アッサリと処理が完了する。
多少変わった小鬼だとは思ったが、それ以上の感情を抱く事はなかった。
後は粗雑な天幕を確認するだけだ。
念の為、警戒を怠らず彼は天幕の中を確認する。
しかし、天幕に居たのは子供の小鬼ではなく――。
一人の”老婆”だった。
僅かな間だが、彼は思考停止に陥ってしまう。
彼の眼下には、病魔に侵され今にも息絶えようとしている”只人の老婆”であった。
時折り咳き込み、呼吸にも苦慮している容態だ。
これは一体どういう事なのだろう?
何故、小鬼が老婆を匿っていたのか。
もしや、小鬼を操っていた混沌勢の輩か?
それにしては、活力に乏し過ぎる。
残念だが、この老婆は数日中に息絶えるだろう。
彼は混乱しながらも天幕を見回す。
かなり荷物が散乱していた。
衣類や食べ掛けの食糧、そして数々の薬草類。
あの小鬼が調達していたのは間違いない。
其処へ老婆がゆっくりと起き上がり、彼に向かって言葉を吐く。
息も絶え絶えで、かなり無理をしているのが分かる。
彼は無理をせぬよう老婆を気遣うが、彼女の眼は憎悪に満ち此方を睨み付けるではないか。
そしてありとあらゆる暴言を撒き散らす。
―― 何故あの子を殺した?この悪魔めがぁッ! ――
他にも罵りを受けたが、その言葉だけは今も明確に記憶している。
自らの体力の限界も気の留めず、老婆は力の限り暴言を吐き出し涙すら流していた。
無理が祟ったのだろう。
その老婆は程無くして、事切れた。
それから数時間、彼は茫然とその場に留まる事しか出来なかった。
だが何時までもこのままにはしておけない。
老婆の事を含め事後処理を施す必要がある。
況してや彼は、冒険者でもあり至高神の信徒だ。
老婆と小鬼に、どういう事情があったにせよ只人である彼女を葬らねばならない。
事切れた老婆を背負い、彼は村へと戻る。
だが村人の対応は冷たいものだった。
事切れた老婆を見るなり、村人たちは態度を一変させたのである。
村長から事情を聴く事が出来た。
どうやら老婆は嘗て、この村の住民であった。
しかし余りに可笑しい言動が目立ち、村人達からは敬遠されていた。
以前から小鬼の被害が相次いでいる村であった。
しかし度重なる小鬼の襲撃にしては、村は長期的に耐え忍んでいた。
それも数年に渡ってだ。
そして老婆は、こう発言するようになった。
―― 善良な小鬼が、村を守っている ――
当然、その様な世迷言を村人が聞き入れる筈もない。
日を増すごとに老婆は、善良な小鬼について言及するようになり、とうとう彼女は村から追放されてしまう。
この時すでに病に侵され、不自由な身体を引き摺り追い出されたのであった。
此処からは単なる憶測だが後に老婆は、あの小鬼と出会ったのだろう。
老婆は小鬼に介護されながら、今日まで生き延びてきたに違いない。
恐らく足りぬ物資は、村からではなく同族の小鬼から奪い調達していたと推察できる。
それによく考えてみれば、受けた村の被害と小鬼の規模が合わないのも不自然だった。
何故なら小鬼の総数は、70を超えていたのである。
そんな小鬼達から数年に渡り襲撃を受け続けてきたのだ。
普通ならとっくの昔に、滅んでいても何ら不思議ではない。
村人から更なる情報を引き出す事が出来た。
時々村の敷地内でも、小鬼同士で仲間割れを起こす事が目撃されていたとの事。
それ等の状況と情報を統括してみれば、老婆の言も唯のホラではない事が窺えた。
極論かもしれないが、善良な小鬼は実在したという事になる。
だが、この老婆を葬る事は拒否されてしまった。
相当忌避されていたのだろう。
仕方なく彼は老婆を背負ったまま、街の神殿を訊ね葬って貰う事にした。
結局
しかし彼の心には、老婆の罵りと小鬼の件が何時までも重石となり残留しているのである…今も――。
惑いと疑念を抱いたまま、冒険者活動など続こう筈も無い。
程無くして彼は冒険者の道を引退し、神官戦士の道を歩む事になった。 ――
「……」
神官戦士長の話が此処で終わりを告げ、灰の剣士は黙って耳を傾けていた。
「結局、あの時の小生は正しかったのかどうか、未だに答えを出し切れてはおらんよ」
ソファーに深く凭れ掛かり天井を仰ぎながら戦士長は、遠いナニカを見つめている様だった。
「もし貴君が同じ状況に出くわした時、どう出る…?」
「…………」
答える事が出来なかった。
どう行動を起こすべきなのだろう。
もし善良な小鬼と遭遇したとして、それを討った処で人間社会から非難される事は恐らくは無い。
しかし、善良な小鬼と交流を深めた人物が居たとしたら?
仮にその人物が、小鬼に味方し庇い立てすれば?
そして、それ等が討伐対象に指定されていたとすれば?
彼は――灰の剣士は、剣を振るう事が出来るのだろうか?
自信がなかった。
彼は俯き加減に、戦士長から視線を外してしまう。
もしもゴブリンスレイヤーならどうだろうか?
彼の事だ。
迷い無く小鬼は処理し、小鬼に与する者が居た場合、躊躇なく討つだろう。
恐らくは、ゴブリンスイーパーでさえも――。
「もし答えを出せぬのであれば、”小鬼から関わりを断つ”事も一つの選択肢だ。今の貴君は、”惑い”を内包してる様に思えたのでな」
――そうだったのか。
善良な小鬼の存在を常に意識し、迷いを抱き戦い続けては真の実力など発揮出来ようもない。
そんな状態が続けば、何れは小鬼にすら殺害されてしまう危険性さえあったのだ。
そこで戦士長は自身の過去を聞かせ、”小鬼の関わりを断つ”という選択肢を提示したかったのである。
「…何から何まで誠に
「なに、気に病む事はない。有望な若者の可能性を潰したくなかった。ただの老婆心だ」
……
(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 時の傷跡 )
こうして彼等の談義は終わりを迎えた。
別室から出た灰の剣士は、戦士長に連れられ仲間達と合流を果たす。
場所は、法の神殿正門前。
神官戦士長を筆頭に幼夢魔を含めた神官戦士たち、そしてロロナを中心としたアーランドの錬金団が、見送りに来てくれた。
「お世話になりました。戦士長」
「うむ。貴君等の更なる活躍、期待させて頂こう」
灰の剣士を筆頭に、冒険者たちは互いに挨拶を交わす。
気を遣っているのだろうか。
剣の乙女の件については、敢えて誰も触れようとしなかった。
戦士長の妹である副長は、若干不振がちな目で灰の剣士を睨んでいたが何も言及して来る事はなかった。
そして浮かない表情を浮かべる幼夢魔。
何時会えるかも分からないのだ。
やはり別れは辛いのだろう。
況してや恩人であり慕うべき対象の灰の剣士は、神殿を含め水の都への立ち入りを禁じられてしまった。
これでは次に会う事は絶望的となり、今生の別れに近い。
だが、その件に関しては、戦士長が手を打つという旨を伝え、幼夢魔を安心させる。
それを聞いた幼夢魔は、少なくともこの場で悲しみに暮れるという事はなかった。
「ルルアちゃん達もしっかりね!」
「うんっ!行ってきます、お母さん!」
娘であるルルアを励まし、快く見送るロロナ。
ルルアも快活な声で応え、エーファやオーレルを引き連れ馬車へ搭乗する。
彼女らは、ゴブリンスイーパーが所有する馬車へと乗り込む事になった。
その馬車には、あの不死の女も搭乗していた。
不安定な精神状態を抱えた彼女だ。
周囲が女性なら幾許かの精神安定にもなるという、ゴブリンスレイヤーの提案でもあった。
「また会おうぞ、ジークバルド殿!」
「ソラール殿も、壮健であれ!」
ソラールとジークバルドも互いに別れの挨拶を交わす。
時代は違えど、両者の間には近しい何かを感じ取り、二人は深い繋がりを持った。
ソラールは水の都に残り、引き続き数々の依頼を解決していく予定だ。
一方ジークバルドは、一旦西方辺境の街へと立ち寄り頃合いを見計らった後、再びロスリックへと挑む算段を立てていた。
彼の傍らには、若いながらも屈強である女部族の戦士が寄り添っていた。
彼女はロスリックに挑んだ経験はない。
だが、戦闘力と胆力に長けた彼女なら必ずやジークバルドの支えとなるだろう。
その後、皆は次々と馬車へと乗り込み、最後に同期戦士たちを含めたゴブリンスレイヤーと灰の剣士が残る。
「……」
「……」
灰の剣士とゴブリンスレイヤー。
互いは言葉もなく、視線を交差させる。
語るまでもない。
剣の乙女…いや、善良な小鬼に関しての事だ。
間違いなく両者は意識しているのだろう。
あの件が境となり、ある意味で両者の思想の違いが浮き彫りとなってしまった。
時間にすれば極僅かにしか経過していない。
しかし、互いの間に設けられた空間は、見えない隔たりに遮られているかの様だ。
そして以外にも、ゴブリンスレやーの方から口を開く。
「幻想を捨てろ、灰よ。…死ぬぞ」
「……」
そう言い捨て、ゴブリンスレイヤーは同期戦士の馬車へと乗り込んでしまう。
その様子を、他の神官戦士たちや錬金団は無言で見守っている。
誰も二人に声を掛ける事が出来なかった。
冒険は成功、戦には勝利した……筈だ。
しかし、この後味の悪さは何なのだろう。
まるで国家間の戦争に敗北したかの如き、重苦しい空気感が漂っていた。
例によって、剣の乙女は見送りには来ていない。
神殿を去る冒険者たちには改めて労いの声をかけていたが、灰の剣士の前には姿すら現さなかった。
誰が正しく、誰が間違っていたのか。
そう偏重した価値観を抱き他者に押し付ける事は容易だ。
だが、価値観にせよ考えにせよ思想など人の……意思の数だけ存在する。
剣の乙女にも、ゴブリンスレイヤーにも、そして灰の剣士にも――。
彼等を攻める資格など誰にも存在しない。
恐らく答えなど永遠に出ないのだろう。
仮にゴブリンの絶滅が成ったしても、何れは別の種族を怨敵と見なし何時の日か不毛な争いが勃発する。
人間とはそういう民族だ。
そして価値観の違いが存在する以上、人族と小鬼との諍いは永久に終わる事はない。
これが
「さぁ、行こうぜ。俺達も」
「…ああ」
一人佇む灰の剣士を見かねたのか、同期戦士が声を掛ける。
彼に促され、灰の剣士は静かな足取りで馬車へと乗る。
だが、ゴブリンスレイヤーとは顔を会わせ辛い状況を作ってしまった。
御者を務めるのは同期戦士だが、灰の剣士は彼の隣へと座る事になった。
同期戦士の配慮だ。
御者台へ乗り移る途中、心配気に見つめる錬金団や幼夢魔の顔が妙に脳裏に焼き付いた。
今日も水の都は、何一つ変わらぬ日常を繰り返す。
その変わらぬ都市の大通り、数台の馬車は巨大な正門を潜り抜け辺境の街へと帰路に就いた。
ダークゴブリンとの戦は終わった。
多数の犠牲者を出したものの、彼等は辛くも勝利したのだ。
そして灰の剣士は、使命の一つを果たした。
しかし、この言いようのない重苦しい空気は何なのだろう。
乗る馬車は違えど、皆は一様に暗い表情を称えており口数は少なかった。
唯一真逆なのは、ライザ達が乗った馬車だけだ。
普段通り彼女等は、会話に華を咲かせており、ライザはルルア達に辺境の街について言及している位だろう。
……
今思えば、これが切っ掛けだったのかも知れない。
彼と私との間に溝が出来上がったのは――。
この日を境に、西方辺境の小鬼は大きく数を減らす事になる。
ダークゴブリン討伐が関係しているのは、間違い無いだろう。
それ自体は大変喜ばしい事なのだ。
私と彼…いや…”あの子”とも袂を分かつ。
だがそれは、もう少し後の
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
矢を使えないような近接戦になった時、
弓の端(弭)に15cm程の袋穂式の槍穂を付けて簡易の槍として使ったもの。
あくまで非常用の武器のため、期待する程の威力は出ない。
別名、
彼は、黒き小鬼に仕え続けた。
その最後を見届け、異端の同胞を導き続ける。
今回の騒動で、剣の乙女とのフラグは圧し折れてしまいまいました。
(正確にはちょっと違うかな?)
妨害工作はしてこないと思いますが、限りなく敵対(警戒)関係に近いです。
そして文末にもある様に、何れ彼等とは袂を分かつ形に持って行く予定です。
これで書き溜めは一旦終了です。
再び書き溜め期間に移り、次回更新は未定です。
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/