ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

120 / 180
 ドーモです。
異常な暑さの中、集中力が途切れがちの状態で執筆致しましたので、変な内容になっているかも知れません。

水と氷の消費量が、半端じゃないっス…。(_□_:)

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第99話―聖黄金樹と烏羽の狩人―

 

 

 

 

 

 

エストの欠片

 

エストの染み付いた破片。

祭祀場の鍛冶屋に渡すことで、エスト瓶の使用回数を増やす。

 

古来エスト瓶は不死と共にあり、これは砕かれた希望なのだろう。

 

エスト瓶は、火防女の魂が元となり構成されているという。

なら、砕かれた欠片には何が宿るのか?

その魂は今も何かを想い続けているのだろうか?

今や解き明かす術はない。

 

 

 

遺跡石

 

遺跡の降った地で見出される小片。

アイテム製作に用いる素材の一つで、そのまま投げ付ける事もできる。

 

それは空にある神殿の一部であるといい、光を帯びやすい性質を持つ。

 

これの加工品の種類はそう多くはないが、数多くの冒険者や人々の助けとなっている。

また古びた遺跡から頻繁に採取できるが、価値の分からない無知な冒険者は見逃す事が多い。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 まだ日も登り切らぬ早朝――。

人だかりも疎らな路地を、一人の剣士が歩き出す。

彼は冒険者で、周囲から灰の剣士と呼ばれていた。

彼は一路、地母神神殿へと向かう。

神殿の最高指導者、司祭長から招致を受けていた為だ。

すれ違う人は少なく、何処かで鶏が朝の到来を告げている。

人々が本格的に活動するのは、これからだろう。

 

「ライザの事だ、きっと眠気まなこを擦って起きるに違いない」

 

 異国からやって来た錬金術の少女――ライザリン=シュタウトの朝模様を思い浮かべ、つい口元を緩めてしまった。

銀髪武闘家から聞いた話だが、ライザは早起きと寝坊する時の落差が激しいらしい。

ならば、特に急ぎの用事でもなければ彼女はきっと、昼近くまで寝ているのだろう。

少々失礼な憶測を立て、寝惚ける彼女を想像してしまった。

しかし、やけに彼女の乱れた服装が脳内から離れない。

いけないと知りつつも、彼女の扇情的な肢体を思い浮かべてしまうのだ。

 

「……いかんな、意識し過ぎだ」

 

 普段から薄着のライザだ。

故郷での普段着だとしても、彼にとっては情欲そそる出で立ちなのだ。

更に彼女の身体は、豊満そのもので非常に肉感的。

先日の軟膏を塗る件で、彼女とルルアの身体を()()()()()()に触れ合ってしまった。

昨日の今日ごときで、その記憶が薄れる事など先ず無い。

今も、彼の指先には強烈に感触が残っていた。

 

「よそう、気持ちを切り替えないとな」

 

 既に神殿は目の前だ。

邪な考えを振り切り、一旦の深呼吸を挟んだ後、彼は神殿の主門前に到着する。

主門には守衛の衛兵が待ち構えていた。

灰の剣士を見るなり、彼等は緊張した面持ちになる。

 

「「おはようございます!どの様なご用件で?」」

 

「司祭長様より招致を賜った。お目通りを願いたい」

 

 衛兵の一人に、一枚の書面を見せ滞りなく通して貰えた。

 

「くれぐれも粗相のない様に!」

 

 何時も通りだ。

剣の乙女との確執は、この神殿にも伝わっている筈だ。

多少の難癖を吹っ掛けられると予想していたが、特に変わった反応は見られなかった。

軽く一礼だけを済ませ、灰の剣士は主門を潜り敷地内へと歩を進める。

 

「「……」」

 

 灰の剣士を見送る衛兵たち。

一見何事もないかのように振舞っていた彼等。

しかし――。

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 女神官と慈悲深きその手に )

 

「どの面下げて、ここに来たんだ?薄汚い背教者め…!」

 

「あの大司教様から見限られるような奴だ。俺は最初から怪しいと思っていたんだ」

 

 彼の姿が見えなくなった瞬間に、衛兵たちは顔を顰め陰口を叩き始めた。

衛兵とはいえ彼等も信徒の端くれ――。

聖職者繋がり、若しくは剣の乙女の影響力による賜物か。

灰の剣士の噂は、瞬く間に街全域に及んでいた。

彼に対する評価は奇妙な事に、嫌悪だけでなく好意も入り混じり曖昧な境界線を築いている。

そしてそれは、彼が神殿内に踏み入れても続く事になる。

まだ朝早く活動している信徒は少数だが、神殿内の起床時刻は他と比べて早い様だ。

灰の剣士が姿を見せた途端に、信徒達の眼が一斉に向けられた。

周囲からの小声が僅かに彼の耳を打つ。

 

「来たわよ、あの冒険者さん」

「大司教様を敵に回したんでしょ?」

「なら私たちにとっても彼は、敵と言う事じゃない?」

「司祭長様も神官長様も何考えてんだか?」

「それよりもホラ、あの子と親しかったでしょ?あの剣士」

「そういえばそうね。襲われないか、ちょっと心配だわ」

「でも実績のある人だし、一括りには出来ないわよ?」

 

――矢張り歓迎されていないか。

 

陰口の内容までは、細部まで聞き取る事は出来なかった。

しかし彼女等の態度で、嫌悪や不信感といった悪感情が大半であるのは容易に把握できる。

改めて思い知らされる、剣の乙女という存在感。

だが、こういった結果を招いたのは、他でもない自分自身の所業によるものだ。

どういう経緯であれ、受け止めねばならないだろう。

彼は平静を装い、奥へと歩を進める。

暫し廊下を進むと、見覚えのある二人の少女が視界に映る。

二人とも彼の良く知る顔ぶれだ。

一人は葡萄に似た肌を持ち、太陽の様な快活さを持った少女。

そしてもう一人は――。

 

「地母神の神殿に、ようこそ御出で下さいました。どの様なご用件でしょうか、()()()()()?」

 

 見習い用の法衣と錫杖を手にし、長く淡い金髪と可愛らしい顔立ちの少女だ。

そろそろ彼女とも、それなりの付き合いとなる。

良く彼女からは”お兄さん”と呼ばれ慕われていたものだ。

共に湯浴みや寝食を共にする程に良好な関係を築いており、神殿内からは半ば公認の間柄として認知されていた位だ。

しかし今、そんな彼女本人から”冒険者さま”と呼ばれるに至る。

普段の”お兄さん”呼びではなかった。

見知らぬ来客を見るかのような硬い表情で、ただの社交辞令ではない事は容易に分かった。

彼女の眼とソウルが、それを物語っている。

 

――だろうな、それが正しい。

 

明らかな不審と困惑が、彼女から向けられている。

例に漏れず、見習い神官の少女までもが彼に対し不信感を抱いていたのであった。

やけに形式染みた礼儀作法が、彼女との距離感を示していた。

 

「司祭長様より招致が掛かった。お目通り願おう」

 

 本音で言えば、彼女に対し一種の寂寥感さえ覚える。

だが、その様な態度は(おくび)にも出さず、彼は証明となる書面を開示した。

 

「…確かに嘘偽りはありません。司祭長様は正面の執務室です、どうぞお通り下さい」

 

「……」

 

 もう二度と、あの時の様に接してくれる事はないのだろう。

見習い神官の少女とは、様々な形で関係を積み重ねてきた。

それだけに彼女の声音は、酷く冷淡に感じられる。

まるで彼の事など、最初から()()()()()()かの様な振る舞いだ。

しかし、彼は無言で執務室へと向かった。

 

「灰の剣士、入室いたします」

『どうぞ、お入りください』

 

 扉をノックし、執務室へと入った灰の剣士。

姿が見えなくなるのを確認した見習い神官の少女は、ここで漸く大きな息を吐いた。

 

「ふあぁ~……、緊張したぁ……」

 

 まだまだ小柄な体躯に見合わないであろう錫杖を支えに、少女は脱力する。

 

「そう、それで良いの。今後一切、()()()()に近付いちゃ駄目よ?」

 

 彼女よりは幾分、年上に当たる葡萄肌の少女。

脱力し姿勢を崩す見習い神官を諭す。

 

灰の剣士が、如何に怪しく得体の知れない男である事を――。

 

あの外套の奥底で、どの様な不埒な考えを巡らせているのか分かったものではない。

葡萄肌の少女は、最初から灰の剣士に対し一種の警戒感を抱いていた。

経歴も素性も一切合切が怪しく、況してや野党紛いの格好で剣を振り回しているのだ。

普通は、これを好意的に接する方に無理がある。

そもそも、この後輩が奇特すぎるのだ。

何処をどうしたら、あのような剣士相手に仲を深める事が出来たのか。

今まで見習い神官と灰の剣士は、密着と言えるほど接近していた様に思える。

一緒に食事するだけならいざ知らず、裸体を晒し入浴や就寝まで共にしていたのだ。

 

――よく今日まで手籠めにされなかったわね。神殿も何も言わなかったのが不思議な位よ。

 

見習い神官は、11~12歳で身体つきも明らかに女の特徴が芽生えていた。

そういう性癖持ちの男なら、間違いなく押し倒す程の魅力ある少女に成長していたのである。

もしもあの剣士が、後輩でもある彼女に狼藉を働く積りなら、自分の身体を差し出してまで守り抜く覚悟も決めていた。

だが幸か不幸か、灰の剣士自らが不祥事を働いてくれたのだ。

これで大切な後輩が、あの男に近付く事も汚されるも無くなるだろう。

 

「もう一度念を押すけど、二度と話し掛けない事。向こうから来ても極力無視する事、いいね?」

 

「……」

 

「返事は?」

 

「……は…い…」

 

「…ま、良いでしょう。急に変われと言うのも無理があるか」

 

 もう心配はいらないと思うが、向こうから近付き接触を働く可能性もある。

葡萄肌の少女は、もう一度念を押す様に後輩へと釘を刺した。

見習い神官の反応は何とも歯切れが悪いものの、時間と共に灰の剣士への関心も薄れ行き、何れは忘却の彼方へと追いやるだろう。

大切な後輩を守るためだ。

彼女が一人前となるまで、私が見守ろう。

葡萄肌の少女は、暫く見習い神官と行動を共にする事にした。

その間も、見習い神官は執務室に目を向けている。

そして小声で、こう呟いた。

 

「…お兄さんのバカ…」

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 過去からの呼び声 )

 

 執務室にて向かい合う、灰の剣士と司祭長。

 

「医療教会に狩人…ですか」

 

「はい」

 

 二人は医療教会についての、情報交換を行っていた。

ダークゴブリン戦の最中、後方に本陣を構えていたにも拘らず、容易に侵入を許してしまった。

更に剣の乙女は、内通者により血とソウルを奪われ負傷する事態に陥ってしまう。

決して神官戦士たちが怠慢だった訳ではない。

敵側が一枚上手であったと言う事だ。

(本編前夜編 第・81話参照)

 

「接近されるまで、存在に気付く事も出来ませんでした」

 

 当時の状況を、思い出せる限り語る灰の剣士。

彼はソウルの感知で、遠方の敵や対象物の存在を探り当てる技能を有す。

加えて相当鋭敏な感覚を誇り、ソラールやジークバルドをも大きく凌いでいた。

しかし結局は、接近を許すまで存在を看破するが出来なかったのである。

憶測の域は出ないが、敵側には転移の技術に精通しているだろう事が予想される。

 

「此処も標的にされないという保証はありません。どうにか対策を講じないと――」

 

 教会の狩人は、神出鬼没に加え不死の存在だ。

彼の最終目的など知る由もないが、剣の乙女の件を鑑みるに、生き血とソウルの奪取を目論んでいる公算が高い。

それも聖職者を優先する傾向にある。

水の都に比べ規模も防備も遥かに劣る、この西方辺境の街。

侵入など容易い筈だ。

恐らく、この地母神神殿を標的とするだろう。

早急な対策を講じねばならないが、教会の狩人自身が常識外れの手練れで銃や組織という力も有している。

先日討ち果たしたダークゴブリンとは、別ベクトルの脅威度を誇っていた。

真面に対抗できる人材が、この街に存在するのかどうかも怪しい限りだ。

直接刃を交えた灰の剣士だからこそ分かる。

教会の狩人は、未だ”力”の全容を明かしてはいない。

まだまだ未知なる手札を隠している筈だ。

 

(推奨BGM ブラッドボーン ―― 失敗作たち )

 

「狩人という存在は、何も医療教会だけを指すものではありません。()()()にも存在しております、灰の方」

 

「……」

 

 告げられた事実に、灰の剣士は司祭長の後方をそっと盗み見る。

彼に視界には、窓際に設けられた赤いカーテンが映っていた。

 

「…狩人とは、一体どういう存在なのです?」

 

 灰の剣士を含め世間一般の常識では、狩人という職業は、猛獣や鳥などを文字通り狩る事を生業としていると認知していた。

糧食とする為、或いは生態系を維持する為――。

あの教会の狩人の様に、血やソウルを求め小鬼を実験台にするなど前代未聞だ。

況してや僧籍に身を置く聖職者が狩人を名乗るなど、あまりに既存の狩人像とは、かけ離れすぎている。

 

「無論、貴方がた一般的な認識で間違いありません。しかし私の語る狩人とは、従来の存在とは大幅に隔たりがあります。今から、それをお教えしましょう」

 

 司祭長の語る『狩人』なる存在――。

灰の剣士は姿勢を正し、改めて聞く態勢に入った。

 

――此処ではない辺境の地にて多発している、奇妙な『病』が存在する。

それは『獣の病』と呼ばれ、羅患者たちを苦しめ続けていた。

一度発症すれば、理性と自制心を失い見境なく真っ当な生命に襲い掛かり、その血肉を貪る獣と化す。

羅患者の瞳は蕩け、全身に体毛が生え揃い肥大化を促す――。

 

「獣の病…まるで亡者に似ている」

 

「ええ。ですが、不死とは似て非なる症状」

 

 羅患者は自我を失い、只管に人々を貪り啜る。

確かに症状や行動理念は、彼も良く知る亡者達をなぞるものだった。

しかし不死ではない。

単純に獣の病の羅患者は絶命させる事が可能で、これは不死とは異なる点だ。

 

「…中には、不死と獣の病の同時発症者も存在致しますがね」

 

 ため息交じりに司祭長は、皮肉めいた表情を浮かべる。

確かに、凶暴な獣の膂力と不死が組み合わされば、これほど厄介極まる存在は居ない。

獣と化した小鬼達――。

幾度か対峙した獣化した小鬼――通称ゴブリンビースト。

桁外れの膂力と生命力を誇り、討伐に相当骨を折ったものだ。

あれらは人為的に生み出された存在だが、不死まで組み合されようものならどういう事態を引き起こすのか。

正直、思考を放棄したくなるほどの難題である事は間違いない。

諦観にも似た、ため息交じりの表情の司祭長。

随分頭を悩ませてきたに違いない。

 

「ロスリックの血の営み…でしたか。獣の病は、その時代から存在していたようですね」

 

「あの時代から…?」

 

「ええ。医療教会なる組織も、貴方の居た時代より設立された組織だと言う事です」

 

「……司祭長様、その様な情報を何処から入手したのです?貴方は間違いなく四方世界側の住人だと言うのに?」

 

 神殿統括者であり領主でもある聖職者、司祭長――。

ある意味、自分よりも多くの情報を取得している。

これで気を向けるな、という方が無理な話だ。

当然、情報の出所を尋ねる灰の剣士。

 

「単純な事ですよ。此方に所属する狩人から、(もたら)された情報です」

 

 狩人と呼ばれる人種――。

その起源まで、彼は知る由もない。

しかし、ロスリックの血の営みに連なる情報を持ち込んだというのなら、彼等は四方世界側の住人ではないのだろう。

間違い無く、()()()の世界についても造士が深い筈だ。

 

「しかし、ギルドには怪しい人物など見た事もありません」

 

 この街に流れ着き、ある程度の帰還は経過していたが、未だに怪しい気配すら掴めていない。

もし()()()()()()()()()が冒険者ギルドに所属しているのなら、それらしいソウルを感知できたはずだ。

この街に所属している狩人、一体何者なのだろう。

目立たぬよう住民に扮し、街の何処かで潜伏しているのだろうか。

先程から妙に気になる司祭長の後方に設けられた、紅いカーテン。

それと関係しているかも知れない。

 

「ローグギルド…貴方も名ぐらいは耳にした事が、おありでしょう」

 

「ローグギルド…ですか…では、貴女の指す狩人という人物は――」

 

「ええ。彼女は、ローグギルド側に所属しております」

 

 司祭長が口にした『ローグギルド』という名。

曰く、件の狩人はローグギルド側に籍を置いていると語る。

そして狩人と言うのは、どうやら女性の様だ。

 

ローグギルド――。

あまり陽の目を浴びる組織ではない。

別名『ならず者の組織』などと比喩されており、それは概ね正解なのである。

表沙汰には出来ない、非合法な裏稼業を請け負う組合。

主に諜報活動や裏工作を代表とするが、時には、誘拐、盗品の売買、警護、私娼、…暗殺。

決して公に出来ぬ後ろ暗い仕事を請け負う者たちを、仕掛け人(ランナー)と呼ぶ。

また接触するには、彼等のみに通ずる独特の作法(エチケット)が存在し、それを知らぬ無知な愚者は、ぞんざいに扱われ相手にはされないと聞く。

 

「通りで、関わらなかった訳だ」

 

 ある種の納得がいき、灰の剣士は疑問に区切りをつける。

確かに”表”ではなく”裏”稼業を生業とするローグギルドなら、これまで接触が無いのも頷ける話だ。

 

「下手に接触しようなどとは思わない事です。必要なら彼女自らが関わってくれます」

 

「そうですね。作法も知らず、ローグギルドから目を付けられたくはありません」

 

 司祭長の言う通り、独特の作法も知らず扉を開く愚行を犯せば、最悪敵対関係に陥る危険がある。

ただでさえ、特殊な立場に追いやられているのだ。

何も不必要に敵を増やす理由などは存在しない。

それに領主でもある司祭長が仄めかす程の人物だ、相当の実力者なのだろう。

 

「…医療教会。実はごく最近、この神殿への介入がありました」

 

「――!」

 

 司祭長の唐突な告白――。

並み居る冒険者たちがダークゴブリン討伐へと出撃し、結果的に、この街の防備は非常に手薄となった。

灰の剣士たちがダークゴブリン軍と激戦を繰り広げている間、地母神神殿に医療教会の介入があった。

黒衣を纏った複数の構成員で、一人一人かなりの実力を有していた。

当然、警備の兵では太刀打ちできず彼等は重傷を負った。

だがここで、此方側の狩人が立ちはだかり、並み居る侵入者を全て撃退し事件は内密に処理されたのである。

その狩人の証言によれば、侵入者は教会製の武器を所持していたと言う。

医療教会の仕業と断定できた。

 

以前は、この街外れにも『深みの主教』が侵入した前例がある。

確か、小川外れの小屋――。

現在は、オーベックの住処――当時は『孤電の術士』の家であった場所だ。

あの時は、灰の剣士が対応したが、まさかこうも容易く外敵に侵入を許すとは。

(イヤーワン編 第・39話参照)

比較的平穏とされていた西方辺境だが、幾度も侵入され後手に回っている事実が露呈してしまった。

今後の防備策も検討する必要があるだろう。

 

「しかし医療教会は何を求めて、この神殿に?」

 

 彼等が此処に侵入したと言う事は、それに見合う()()を求めていると言う事だ。

今のところ、あの教会の狩人は”血”と”ソウル”を求めていた筈だ。

やはり、聖職者の血とソウルの選定だろうか。

 

「それは、これから告げる本題へと関係があります」

 

 頭を悩ませる彼に、姿勢を正した司祭長は告げる。

実は彼を招いたのは他でもない、仕事の依頼に関してだ。

 

過去に小鬼禍(ゴブリンハザード)がロスリックにて発生した。

その原因と元を断つ為に、灰の剣士と多数の冒険者たちがロスリック不死街へと挑み断絶した。

その際『呪腹の大樹』を討伐し、強い神聖を宿した『苗木』

 

を持ち帰り神殿へと植え替えたものだ。

その苗木は強い聖性を宿しながらも異常な成長速度を誇り、現在も成長を続けている。

持ち帰った当初はまだ苗木だったが、異常な成長速度で今は若木と言っていいほどに育っていた。

 

(推奨BGM エルデンリング ―― メインテーマ )

 

「灰の方。貴方には件の神樹…改め『聖黄金樹』を調査して貰いたいのです」

 

 彼が持ち帰った当時は『神樹』と称されていたが、今は淡く黄金の光を宿しており『聖黄金樹』と改名されていた。

司祭長の依頼とは、聖黄金樹の調査という名目だ。

彼はソウルの感知という技能を有し応用次第では、未知の存在にもある程度の憶測を立てる事が出来る。

それを見込んで、聖黄金樹という存在を見極めて貰いたいとの内容だった。

 

「少し、難度が高いですね」

 

 彼は、あくまで剣士であり戦士職だ。

多少なりの教養は得ていたが、樹木の生態など素人同然に無知の領域だ。

幾らソウルの感知で、存在の概念を探れようとも神殿の期待に応えられる保証はなかった。

 

「いえ、あの樹は未だ若木。碌に調査も行き届いてはおりませぬ故、先ずは”朝露”を採取して頂ければ結構」

 

 当然ソウルの感知だけで全てを探り当てようなどと、司祭長も考えてはいなかった。

全容を識るには、長い期間を賭けて調査する必要があり時には葉や樹皮といった一部を採取する必要もあるだろう。

だが強い聖性を宿すとはいえ、聖黄金樹は未だ成長途中の若木の段階。

安易に樹木を傷付ける愚行など、極力避けたいのが本音である。

そこで彼には、聖黄金樹から滴る”朝露”の採取を告げた次第だ。

 

もともと朝露には、幾許かの魔力を帯びている事が判明している。

朝露というが正確には夜間から発生する自然現象だ。

その事により、夜では月光に晒される事で月の魔力を帯び、朝には陽光を浴びる事で太陽の魔力を帯びる事になる。

こうして月と太陽、両方を併せ持つ魔力は二面性を有し、その朝露は魔道具や錬金素材のみならず神聖な儀式でも重宝されていた。

通常の自然状況下で生まれた朝露でさえ、これだけの特性を帯びるのだ。

況してや神聖な霊力を有す『聖黄金樹』に付着した朝露は、どれ程の効果を齎すのか想像も付かない。

未知なる領域への探究――。

その知的好奇心に心躍るのは、何も知識神の信徒や学士だけに留まらない。

聖黄金樹の未知なる領域へと足を踏み込む、好奇への旅路――。

それは我々知的生命体に刻まれた、奇しくも神秘に満ちた『ミーム』なのかも知れない。

 

「承知いたしました。この名誉ある任務、有り難く御受け致します」

 

 座席中ではあったが恭しく頭を垂れ、司祭長の依頼を引き受けた灰の剣士。

だが今直ぐに取り掛かる必要はない。

朝露の採取を含めた『聖黄金樹』の調査だ。

仕事に取り掛かるのは、夜間からでも充分に間に合う。

 

「…かなり、貴方様への”風当たり”が厳しい様ですね」

 

 灰の剣士の今置かれている状況――。

剣の乙女から叱責を受け見限られた現在――。

ギルドに所属する一部の職員や冒険者は元より、神殿内の聖職者達からも白い目で見られるようになってしまった。

加えて、最も絆を深めた見習い神官の少女とも縁が断たれようとしている。

司祭長は、彼の現状に気を掛けた。

 

「これも結果の一つ。すべて私の業です」

 

 剣の乙女との確執――。

これにより、彼の取り巻く環境は一変したと言っても過言ではない。

好嫌の入り混じった周囲の評価は、瞬く間に彼に対し悪感情を抱くようになってしまった。

今のところ、彼の活動に悪影響を及ぼしてはいないが、これ以上余計な軋轢が生まれない様に配慮する必要もあるだろう。

極めつけは距離が離れてしまった、見習い神官の少女との関係。

だが彼自身は、これを好機とさえ捉えていた。

聞けば彼女は、かなり優秀な神官に育つを素養を秘めていると聞く。

聡明な頭脳、純粋な心、慈悲深い人格、礼儀作法、そして体得した奇跡。

どれをとっても、彼女は屈指の水準を誇っていた。

無論、司祭長や神官長を含めた神殿内からの期待も高く、彼女は将来有望な若者でもあった。

そんな多大な可能性を秘めた彼女が、自分の様な曰く付きの輩と深い関わりを持つべきなのだろうか?

 

   ―― 否 ――

 

少なくとも彼自身は、そう断じている。

自分と関わる事で、彼女に対し知らず知らずの内に悪影響を及ぼしてはいないだろうか?

今の自分と交流を深めるよりも、彼女には成すべき事が多くある筈だ。

思えば彼女には何度も負担を強いてきた。

時には悲しませた事もある。

もうそろそろ関係を断つ時が来たのではないか。

彼女は成長期、最も大事な時期だ。

 

”人”としても…”女”としても。

 

その大事な時期の過程で、未来が決まると言っても過言ではない。

それ程までに重要な期間なのだ。

あの葡萄肌の少女は、自分に警戒し不信感を抱いていた。

寧ろあれが正しい反応で、見習い神官の少女が奇特過ぎると言ってもいい位だ。

別段狙った訳ではないが、剣の乙女との軋轢により自分の悪評が少女にも伝達された。

それにより、彼女までも余所余所しい態度で接し始めた。

ならば現状に便乗し、少女との接触を極力避け続ければいい。

後は時間の経過で、自分との関係も()()()()するだろう。

そうなれば彼女の成長を妨げる事はなく、彼女の心を傷付ける心配もない。

それでいい――。

それが最善な選択肢なのだ。

それは何も少女に限った話ではない。

ライザやルルア達にも当て嵌まる。

今は良好な関係を構築しているが、いずれ何らかの方法で彼女たちとの関係も断つのが望ましい。

やはり自分には、一人孤独が合っている。

あの時代(ダークソウルシリーズ)を過ごした時と同じように。

誰かを巻き込み頼る、などという失態を犯す程に自分は弱く矮小な存在だ。

だが以前の力は、それなりに取り戻せた。

後は自身で、全ての使命に決着をつけるべきだ。

 

「では後ほど」

 

 思案を止めた彼は、席を立ち上がる。

 

「街はさておき、貴方の警護は心配なさそうだ」

 

 そう言い残した彼は深い一礼の後、執務室から立ち去った。

彼が去った後、執務室は司祭長のみとなり静寂が訪れた。

 

(推奨BGM ブラッドボーン ―― 狩人の夢 )

 

『坊やみたいな”なり”をしていても、流石は”薪の王”という訳かい』

 

 司祭長の後方に位置する窓際の赤いカーテンから、声のみが室内に響き渡る。

低く引き締まり重ねた齢を感じさせる女性の声は、窓越しの外から囀る小鳥の鳴き声と混ざり合う。

 

「貴女でしたか」

 

 司祭長の返事と共に赤いカーテンが捲れ上がり、黒装束の人影が姿を現す。

漆黒の装束は全身隈なくまで至り、頭部は嘴に似た仮面を被っていた。

端から見れば、異様な得体の知れない賊そのものである。

陽光降り注ぐ昼間には、余りに似つかわしくない格好だ。

装束に覆われ視認は叶わないが、双刀型の武器と短銃という隠密に適した装備を隠し持っている。

正に、賊或いは侵入者と称するに相応しい出で立ち。

この場に聖職者や冒険者が同伴していれば、忽ち騒ぎとなったであろう状況だ。

しかし司祭長自身は何ら取り乱す訳でもなく、息をするかに等しい平静さを保っている。

 

「医療教会の活動が、徐々に拡大しているのは間違いない。此処も以前のようにはいかなくなる」

 

 ぶっきらぼうに口を開く黒装束の女。

 

「残念だが、あたし一人で対処できる規模じゃあない。特に北方は酷いものさ」

 

 沈黙を保つ司祭長に対し、彼女は無遠慮に言葉を続けた。

礼節など無縁だと言わんばかりの振る舞いだが、司祭長は歯牙にも掛けず耳を傾けていた。

 

彼女の話によれば、医療教会は次々と各組織と連盟を築き勢力拡大を図っている。

現在は北方を中心に活動を広げ、その度に『獣』が出没し被害が相次いでいた。

冒険者や傭兵が対応に追われているが、魔神軍の活発化も相まり国は軍を派遣する事が出来ない状態だ。

彼女の見解によれば、陽動やかく乱を狙った上で動いたのだろうと踏んでいる。

だが幾ら北方中心に暗躍しているとて、此処に魔手が及ばないという保証はない。

彼等は神出鬼没で転移の秘術にも長け、地政学的距離など然して意味を成さないのだ。

いつ此処を襲撃して来るか、予断を許さない状況にまで追い込まれているのである。

ローグギルドは元より冒険者ギルドも全力で情報収集と動静を見極めているが、効果の程は限定的と言わざるを得なかった。

更に医療教会のみならずロンドール黒教会までも加わっている以上、此方側は不利に追いやられる一方だ。

一応彼女一人で対応している訳でもなく、他にも医療教会に仇なす協力者が居るには居る。

だが如何せん頭数も質の面でも大きく後れを取っており、どうしても後手に回ってしまうのだ。

 

「これから暫くは、()()に専念させて貰うよ。『狩人狩りの狩人』…それがあたしの生業さね」

 

「そうですか。何か必要な物があれば、遠慮なく申請なさい」

 

 黒装束の女は語る、彼女は狩人を狩るための狩人で、ローグギルドからは『鳥羽の狩人』と呼ばれていた。

既に妙齢を過ぎた女性だが、その実力と身のこなしは今も若々しく、ギルドの仕掛人(ランナー)達の間でも一目置かれる存在感を示していた。

 

「だが、あたしも好い加減ババァでね。後を引き継ぐ若手が欲しくなる年頃だよ」

 

 ローグギルド内でも、ずば抜けた実力の持ち主である鳥羽の狩人。

だが彼女は決して若いとは言い難く、身体能力の衰えと次代を担う人材に頭を悩ませていたのである。

これは殆ど愚痴に近いが、この事はローグギルドのメンバーにも零していない。

それだけ彼女と司祭長は近密な間柄でもあった。

 

「若返りの秘薬でも取り寄せましょうか?」

 

「なんだい、まだまだ、このババァをこき使おうってのかい?」

 

「私も息子夫婦に家督を継がせたいのですが、あまり乗り気ではないらしく、孫世代に期待するしかありませんね」

 

「若返りの秘薬は、まぁ…期待しないで待っておくさ。いざとなりゃあ、薪の王様に協力して貰うとするかね」

 

 他愛もない話半分に、鳥羽の狩人は灰の剣士に着目している様子だ。

 

「彼は剣士、狩人ではありませんよ?」

 

「いいや。アレも同じ穴の狢。内にも、外にも、獣を狩り続けている。もう立派な狩人さ」

 

 既に立ち去った扉の向こうに視線を這わせる鳥羽の狩人。

そして再び窓に向き直り、嘴の仮面越しに空へと目を向けた。

 

「どうしました?」

 

「気の所為かね?何となく、空が鈍く重い気がするのさ」

 

 特に気にも留めていない司祭長とは対照的に、鳥羽の狩人は空を注視し物思いに耽っていた。

彼女が言うには、この数日前から空模様が徐々に色褪せ始めているのだと語る。

 

「確かに若干鈍い感じもしますが、薄曇りという天候の所為では」

 

 空全体が薄い雲に覆われた現象を薄曇りという。

もう直ぐ真夏を迎えようという季節だ。

日差しが少しでも和らぐのなら、寧ろ此方にとっては有り難くもある位だ。

 

「…だと良いがね」

 

 司祭長の言葉に、彼女は何処となく上の空だ。

確かに司祭長の言う通り、薄曇りが続いているのかも知れない。

しかし鳥羽の狩人もソウルの感知に加え、培った勘と経験が備わっている。

何処となく空模様と空気感に、既視感を覚えていた。

垂れ込めた灰色の雲、夏にしては重く冷たい空気、淀みを匂わせる気配――。

まだ”何処となく”という感覚だが、彼女に言い様の無い不安感が脳裏を過る。

 

――あの忌々しい夜が、また訪れようってのかい?

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

…なんだい、あんた狩人かい…それに、外から来たんだろう?

因果な事に巻き込まれちまったね

特に今夜は、ひどいものさ

これは後輩に、餞別だよ

…しっかりするんだよ

もう誰も人じゃあない

人を食らう獣だからね…

 

古き時代より舞い降りし、烏羽の狩人の言葉より抜粋。

 

 

 

 

 

 




 血と獣をテーマにしたあの作品のキャラクターと、ちょっぴりエルデン要素を出しました。
後、ローグギルドの存在も。
まぁ、ローグギルドはストーリの裏で活躍する思うので、あまり表沙汰にはならない範囲で今後もチョコチョコッと出す予定です。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。