ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 ドーモです。
異様に早い今年の梅雨明け。
しかし何故か、梅雨が明けてから雨が多く振り出すという異常な天候が続いています。
今年も波乱の年になりそうです。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第101話―黄金樹に集う異邦人たち―

 

 

 

 

 

虫除けの香

 

炊いて使用する焼香に分類される代物。

木片やハーブといった植物を主原料に生成される。

香の歴史は古く、錬金術に頼らずとも多くの手法で幾つも生み出されてきた。

精神を落ち着かせる効果や、宗教的な儀式で使用される事も多い。

 

虫の嫌う匂いを含ませた数種類の野草と、中和剤(緑)を用いて調合する。

調合難度も比較的低く一定の需要もあるため、錬金術士たちにとっては

貴重な収入源ともなっている。

 

矮小で獲るに足らない虫の類。

しかして、彼等の跋扈は人類に挑戦するかの如し。

 

値段は銀貨 1枚~金貨2枚。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 西方辺境街の一区画に門戸を構える、一軒の民家。

家の看板には、錬金術を扱う店を表す文字が記されていた。

その家に住まう数人の家族の中に、一人の年老いた女の錬金術師が居る。

 

(推奨BGM ライザのアトリエ ―― 水彩色に跳ねる日々 )

 

「お~、済まないねぇ。これで仕事に取り掛かれるもんさね」

 

 年老いた女――老婆の錬金術師は、荷物の搬入に勤しむ数人の若者たちに礼を述べた。

 

「良いんですって!あたし達は仕事を熟しただけですから!」

 

 作業の手を止めた一人の少女が、老婆の錬金術師に応じた。

ウサギの耳に似た黒いリボンの白い帽子の少女――名をライザリン=シュタウトという。

とても快活な少女で、遥か南国の地からやって来た。

彼女も錬金術士を志しており、目下修行中の身だ。

 

「じゃがアンタと…そっちの銀髪嬢ちゃんは、まだ()()しとらんのじゃろ?」

 

 老婆の錬金術師は、ライザとルルアを指し()()について言及した。

登録と言うのは、何も冒険者ギルド唯一つを指すのではない。

この街は無論、全国各地に職業に応じた組合(ギルド)が存在する。

錬金術士の組合(ギルド)もまた然り――。

原則として錬金術ギルドに登録し査定に合格した者だけが”正錬金術士”として認められ、造り出した道具の売買が許可される。

治癒の水薬(ヒールポーション)や強壮の水薬《スタミナポーション》が冒険者ギルドや店頭にて並ぶのは、全て正錬金術士や正調合士が作成した物に限られた。

それ等は全てに一定の品質が保証されているのは、その制度の恩恵によるものと言ってもいい。

万が一、粗悪品や模造品などが流通してしまえば、ギルドの信用問題に直結してしまうからだ。

そんな体たらくでは、組織として機能不全に陥ってしまう。

故に、老婆の錬金術師は、ライザとルルアが未だに登録を済ませていない事に憂慮した。

ライザは、この国で――。

ルルアも、故郷にて冒険者ギルドには登録を済ませてある為、()()()としては活動が可能だ。

しかし二人の生業は錬金術士で、基本は道具を造り出す事が主になる。

個人差と環境に左右されるが、錬金術の行使は基本的に多くの資金が掛かる。

錬金術に縁のない人々は、儲かる職業だと誤解されがちだが実態はそうではない。

錬金術のみで生計を立てるのは非常に困難が伴い、大抵は質素な暮らしを強いられてしまうものだ。

それこそ裕福に暮らそうとするなら、有力貴族の支援を得るか、王宮に抱えられる程の実力が要求される。

況してや錬金術ギルドに登録していないライザやルルアでは、造り出した道具を売る事さえできないのだ。

それが、この国での法律であった。

 

「まぁ、お前さん等には見所があるからの。ワシが話を通しといてやるわい、安心せぇ!」

 

「ホント!?有難う、お婆ちゃん!」

「依頼、受けといて良かったね、ライザ!」

 

 便宜を図ってくれる旨を聞いたライザとルルアは、喜びの声を上げた。

二人の腕前と人格なら、難なく査定には合格できるだろう。

老婆の錬金術師は、二人の実力を見抜いていた。

彼女も齢を重ね、近い内に引退を控えている。

年若い次世代に託す事が出来るなら、何の憂いも無く後進に道を譲る事ができる。

 

「それじゃあ、お婆ちゃん。元気でねぇ!」

 

「困った事があったら、いつでも訪ねて来るとええ!」

 

 一通りの作業を終え、ライザ達は別れの挨拶を済ませる。

依頼された素材を全て納品した一行は、冒険者ギルドへ戻る事にした。

老婆の錬金術師から納品証明書を貰い、後は受け付け嬢に渡し成功報酬を受け取るだけだ。

 

「お帰りなさいませぇ!依頼の遂行ご苦労様です!」

 

 ギルドに到着したライザ一行。

三つ編みの受付嬢に出迎えられ、今回の頭目であるライザは先程の証明書を提出し依頼時の状況を説明する。

素材採取は順調だったものの途中で賊徒に襲われ、牧場でも同様の襲撃を受けた事も含めて報告した。

 

「――ええッ!?そうだったんですか!牧場でもッ!?」

 

 ライザからの報告を受け、驚愕する受け付け嬢。

確か件の牧場には、彼――ゴブリンスレイヤーと、その幼馴染である牛飼い娘が住んでいた筈だ。

思いもよらぬ報を聞き動揺したものの、其処へルルアからの補足説明を受け大事には至っていない事を知った受付嬢は、安堵を覚える。

彼女らの声は周囲の冒険者たちにも届いていたらしく、ギルド内が俄かに騒がしくなった。

 

「やっぱり増えてやがるぜ、賊ども!」

「俺たち一党の方でも襲われた。まぁ、追っ払ったけどな!」

「だとしても、ちょっと現場が近いわよ!?」

「ゴブリンが極端に減ったのは聞いていたわ、何か関係があるのかしら?」

「北の地方はかなり荒れてるからな。魔神軍との最前線になるんじゃないかって噂だ!」

「そこから流れて来たって線が濃いわね!」

 

 一見何気の無い会話だが、要所要所に重要な情報が含まれている。

 

――北の地方か。聞けば『ファランの不死隊』も、北の荒野で壊滅したらしいな。

 

彼等の話に聞き耳を立て、過去の情報を整理する灰の剣士。

時々だが、この街にも北方から流れて来る人々が居る。

別段偏見を抱いている訳ではないが、どうにも北方からの流れ者は道徳心に欠ける輩が多い様に思えるのだ。

最初は単純に、北方という厳しい気候と環境が粗野な人格を形成してしまうのだろうと踏んでいた。

しかし周囲の会話が本当だとすれば、最も魔神軍に近しい土地である故に人々の心が荒んでしまった可能性が高い。

以前、幼夢魔が話していた事を思い出す。

幼いながらもサリヴァーンの居城の方角を示していた。

(本編前夜編 第51話参照)

確証は持てなかったが幼夢魔の話が真実なら、必然的に北方の地域が主戦場になるだろう。

王都の軍も、主力を北へと回し防備を固めている報を入手していた。

 

――ファランの不死隊と言えば、どうしているだろうか彼は?無事だと良いのだが。

 

魔神軍との戦で壊滅したとされるファランの不死隊。

その部隊には、嘗て『暗黒の塔』で遭遇した『深淵の監視者』が所属していた筈だ。

あれ以来、彼とは何の音沙汰もない。

だが過度な期待は止した方が良い。

最悪彼もサリヴァーンの手にかかった可能性も否定できないのだ。

 

「……」

 

 懐から『狼血の剣草』を取り出し、何気なく視線を落とす。

乾き色褪せた血が、刃の如き葉に付着している。

今の自分には何も出来ないが、監視者の無事を秘かに願った。

 

「灰く~ん!?ボ~ッとしてないで工房(アトリエ)に戻るよ!後これ報酬ね、はい君の分!」

「――ん、ああ。確かに」

 

 感傷に耽っている間、ライザは報告を済ませたらしく彼女から報酬を受け取る。

今回の報酬は総額で金貨8枚分、参加者は7人。

頭目であるライザが2枚で、彼女以外のメンバーは一枚という配分となった。

 

「さて夜まで時間もあるし、少しでも君の修業に割り振らないとね?まぁ、無理をしない程度にだけどさ」

 

 指名付きの依頼だが、灰の剣士は夜間に再び神殿に赴かねばならない。

その上で彼には少しでも錬金術の練度を引き上げる必要がある。

幸いまだ夕方前の時間帯だ。

先日冒険者ギルドと契約し、空きの作業小屋を借りる事が叶い、ライザ達は錬金術用の工房(アトリエ)として活用していた。

既に必要最小限の加工道具は備わり、いつでも錬金術に取り掛かる事が出来る環境だ。

必要とあらば、後から家具や道具類を追加すれば更ならる環境改善が叶うだろう。

早速工房(アトリエ)へと向かう事にしたライザ一行。

これまで、少し控えめに事の経緯を見持ってきた灰の剣士だが、確かにライザにはリーダーとしての素養が備わっていた。

判断力や知識云々よりも、決断し実行できる能力が無ければ皆を導く事は出来ない。

故郷の島で、皆を導き問題解決に貢献してきたのは間違いないという事が証明された。

 

――認めよう、ライザリン=シュタウト。君こそが頭目に相応しい、私以上にな。

 

言い様の無い頼もしさを感じながら、彼女の背を見つめ後に続く。

 

……

 

(推奨BGM ルルアのアトリエ ―― 草原のフリクセル )

 

冒険者ギルドからやや離れた一画に、その小屋は在った。

小屋の煙突からは、水蒸気が黙々と立ち昇っている。

人が居る証拠だ。

利用する者が居なくなり、かれこれ一年は経つだろうか。

ただの作業小屋だが、今こうして人の手が入り再び息を吹き返した。

 

「――違うって!この素材は、最低品質なの!何度言えば分かるの、このニブちんッ!」

 

「……すまん」

 

 工房(アトリエ)に響き渡る、ライザの甲高い怒鳴り声。

その声を直に受け止めるのは、灰の剣士。

彼は目下、ライザから素材の選定について指導を受けていた。

素材そのものの品質でも完成品に大きな影響が生じる為、決して無視できない要素の一つだ。

何一つ不純物の無い純粋な素材など、ほぼ自然界には存在しない。

環境の変化や周囲の刺激の受け、何かしらの影響を孕んでしまうものだ。

そんな僅かな含有物から生じる特性を見極め、素材を選定するのも錬金術士としての重要な役割である。

例によって灰の剣士は”ソウルの感知”を禁じられていた。

純粋な知識と技術の目を養うための訓練で、能力を使ってしまえばソウルの波長の違いで簡単に見分けが付いてしまう。

それでは、何の訓練にもならず純粋な知識と技術の成長が見込めないのだ。

 

「ライザ、ちょっと落ち着いて!そんなに怒っちゃ駄目だって」

 

「…申し訳ない。もう少し時間をくれないか、ライザ?」

 

「…ご、ごめん。灰君もルルアも」

 

「少し休憩して。貴女も知らず知らずの内に疲弊してるわ」

 

 自身が思っていた以上に、感情が篭っていたらしい。

ルルアに態度を窘められ、ライザは灰の剣士とルルアに謝る。

疲労が蓄積しているのだろう、本人が自覚しない間に。

スイーパーに休憩を勧められ、ライザは一旦外す事にした。

疲労が溜まれば、知らず知らずの内に余裕が損なわれ感情的になり易い。

況してや彼女は唯でさえ感情で動く性格だ。

彼女自身、決して怒りに駆られている積りはない。

だが想定外に事が進まず、彼女はつい灰の剣士に鬱憤を吐露してしまったのである。

 

「う~ん、結構難しいなぁ…教えるのって」

 

 ライザに代わり、今度はルルアが灰の剣士に対し指導していた。

自分に比べ、ルルアの方は怒鳴る事なく彼に対し励ましの声を掛けている。

対する灰の剣士も、何度も頷ながら素材の仕分けに集中していた。

心なしか、彼の口元も綻んでいる様に見える。

 

――ちぇ、そんなにルルアの方が良いんだ。あたしだって、君の事を想って…!

 

「お疲れです、ライザさん」

 

「ライザで良いって。カッコ悪いとこ見せちゃったね」

 

 釜から離れた所で椅子に座り、ルルア達の様子を窺っている処に銀髪武闘家が声を掛けて来た。

不機嫌な心情と表情を見られただろうか。

ライザは、なるべく自然な形で平静を装う。

 

「これでも、ちゃんと教えてる積りなんだけどなぁ。上手く伝わってないって事だよねぇ」

 

 ライザの教えに問題があるのか、灰の剣士の要領が悪いだけなのか、はたまた両方なのか。

予想以上に成果が上がらない事に、ライザは早くも壁に直面してしまった。

 

「あたしも、結構お師匠様の手を焼かせてましたよ」

 

 銀髪武闘家も故郷の村に居た頃について語った。

彼女も冒険者に成る前は、父や師より武術の指導を受けていた。

特に最初は兎も角、慣れ始めた頃が最も怒鳴られた気がする。

指導の内容が理解出来ず、何度も同じ失敗を繰り返す度に厳しい言葉を投げ掛けられたものだ。

今思えば、よく自分を見捨てずに最後まで指導してくれたものだ。

もし立場が逆転していれば、彼女は誰かに対し最後まで面倒を看れていただろうか。

正直自信がない。

 

「大成は一日にして成らず…だったかな?あんまり焦っても良くないから、一つ一つゆっくりと重ねていこ、ライザちゃんも貴女(銀髪武闘家)も」

 

 そこにエーファも加わり、二人に対し励ましの言葉を掛けて来た。

大事なのは小さな積み重ね――それの継続。

 

「アイツの言葉を借りるなら、何とかなるなる…で済ますんだろうけどな」

 

「アハハ、それ言えてるかも♪」

 

 オーレルも会話に参加し、ルルアの口癖を借りてみた。

オーレルとエーファの言葉で場が和んだのか、ライザも元の調子を取り戻す。

 

「ライザ!少し確認して貰えないだろうか?」

 

 不意に、灰の剣士から呼び掛けられた。

自分基準だが素材の選定に一区切りが付いたらしく、ライザに成否を確かめて貰いたいとの事だ。

 

「///そ、そんなにあたしが必要なの?」

 

「頼めるか?」

 

「///し、しょうがないわねぇ♪」

 

 頼られている事を知ったライザは気を良くし、平静を取り繕いながらも彼の下へと戻った。

ライザとルルアの指導を受けつつも、彼は精進を続けてゆく。

 

こうして素材の選定に始まり基本的な調合を繰り返す間に、辺りはすっかり日が暮れていた。

 

「――あ、いけない!もうこんな時間!?」

 

 ふと外に視線を送ったライザは、既に夜が迫っている事に焦りの声を上げる。

 

「まだお仕事にはちょっと早いと思うけど、剣士さんには準備する時間も必要だよね?」

 

 灰の剣士には、司祭長からの依頼を遂行しなければならず、夜間より神殿にて行う事になっていた。

まだ多少の時間的猶予はあるものの、ルルアの言う通り若干の準備は必要となる。

 

「さっき君が造ったコレ試してみる?」

 

 ライザはある道具を彼に手渡す。

それは、灰の剣士自らが作成した『虫除けの香』だった。

ライザとルルアの指導を受けながら、実践を兼ねて調合した代物だ。

どうせ造るなら使い道のある物を造ろう。

ライザの主旨だったが、彼は夜通し外にて仕事に取り掛かるのだ。

夏の季節は気温と共に湿度も高く、藪蚊や羽虫の類が多く飛び回る。

調合ついでに効果を実証するには、またとない機会と言えるだろう。

 

「三つ造っていたな、どれにするんだ?」

 

 オーレルの指摘通り、灰の剣士は『虫除けの香』を3個造り上げていた。

だが同じ効果を有すものの、一つ一つどれもが効果に差が見られた。

 

最初に造った物は、持続時間は長いが効果の度合いが弱い。

次に出来た物は、その真逆。

三つめが、両方の利点を併せた物。

 

「なんて言いますか、此処まで差が現れるもんなんですか?」

 

 銀髪武闘家の言う通り、用途は同じながらも効果に大きな差があった。

灰の剣士が調合した二つは、ソウルの感知を用いず純粋な知識と技術だけで造り上げた。

だが、効果に一長一短が見られ安定性に欠けていた。

最後の3つ目は、ソウルの感知を行い安定性に長けた代物が出来上がったのだ。

見本にとルルアが造り上げた代物のソウルをなぞり、それを参考に造り上げた物は実用水準に達する物だった。

 

「いっその事全部持って行って使い切った方が、良いかも知れないわね」

 

「そうするか」

 

 ゴブリンスイーパーの案を受け入れようとした灰の剣士。

それと同時に、扉のノック音が皆の耳に届く。

 

「あ、私が行きますね」

 

 来客だろうか?

応対する為、エーファが扉の方へと向かう。

 

『――お~ッ、やってるな!』

「えっと、この人――」

 

 扉を開け姿を現したのは、同期戦士。

エーファにとっては、あまり面識のない冒険者だが、確か銀髪武闘家が所属する一党の頭目を務めていた人物だった筈だ。

 

「あれ、頭目さん?どうしたんですか?」

 

「ちゃんと居てくれて良かったぜ。なぁに、明日、山賊退治に出撃するから遅れるなよ…と、報せに来ただけだ」

 

「――…!は、は…い。が…んばり…ます…!」

 

 明日、出撃する旨を報せに来た同期戦士。

今は彼も平服姿だが、今日の内にギルドで依頼を受けたらしい。

だが『山賊退治』という言葉を聞き、銀髪武闘家は身震いと覇気の萎えた様子を見せた。

 

「ああそうだ。折角だから、これを使ってくれないか?」

 

「ん?これは何だ?」

 

 彼女の様子に些かの疑念を抱いた灰の剣士だが、沈みがちな空気感を一変させるべく、先程造った『虫除けの香』を同期戦士に手渡す。

勿論、最も効果と持続時間の両立した物を彼に渡した。

 

「まぁ、いざって時は必要になるかもな。悪いな、幾ら払えばいい?」

 

「金は良い。個人の間とはいえ、現時点では売買は禁止されるからな。有効活用してくれればそれで構わぬ」

 

 ライザやルルアは言うに及ばず、実は灰の剣士も錬金術士の仲間入りを果たしていた。

そして例の如く、彼も錬金術ギルドには登録しておらず売買行為は認められていない。

故に、金を受け取る事は出来ず、代わりに効果を確かめて欲しいと要求した。

 

「金はいいんだな?何か悪いな」

 

「気にしなくていい。有効活用してくれ」

 

「しっかし剣士のお前さんが、錬金術なんてな。話のネタになりそうだ」

 

 話のネタになる…と同期戦士に振られ、小屋に笑い声が溢れた。

 

「それじゃ、俺はこれでな。君も、明日は頼りにしてるぜ!」

 

「……」

 

 伝えるべき事を伝え、同期戦士は工房を去る。

 

「さて、風呂に入ってから私も出るとするか」

 

 同期戦士に続き、灰の剣士も昼間の汗を流すべく入浴してから仕事に取り掛かる事にした。

 

「行ってらっしゃ~い。明日迎えに行くからね~!」

 

 ライザから見送りの声を受け、彼も工房を出た。

小屋に残ったのは、ライザたち一行と銀髪武闘家。

だが、どういう訳か彼女は口数が極端に少ない。

 

「山賊…ね。緊張するのは分かるけど、貴女一人で戦う訳じゃない。あの戦士さんも、素晴らしい頭目よ。元気を出して?」

 

「あ、そうだ!ついでだから、気分の落ち着く物を造ってあげる。大丈夫、きっと何とかなるなる!」

「ルルア待って、あたしも手伝う!」

 

 不安がちな銀髪武闘家に、ゴブリンスイーパーを始めルルアとライザも彼女を励ました。

ルルアとライザは、例の如く錬金術で落ち着く物を造ろうと早速調合作業に取り掛かる。

二人とも困窮した仲間が居れば、手を差し伸べられずにはいられない性分なのだ。

 

「え、あ、あの…有難う御座います!うぅ…!」

 

「良いって良いって、気にしないで!あたし達は仲間でしょ?」

 

 困惑気味だが、周囲の厚意に感謝の意を述べ涙ぐむ銀髪武闘家。

たとえ違う一党だとしても、ライザ達にとって彼女は既に大事な友人となっていた。

夜にも拘らず、工房(アトリエ)は賑やかな盛り上がりを見せる。

 

……

 

 入浴と身支度を済ませた灰の剣士は、街明かりも疎らな大通りを伝い地母神神殿へと到着していた。

 

「「……」」

 

「……」

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 女神官と慈悲深きその手に )

 

 正面門にて守衛の衛兵たちに依頼書を見せ、神殿内へと通して貰う事が出来た。

最早交わす言葉すらなく、お互い無言でやり取りを済ませた。

既に自身が、どういう扱いを受けているのか位は把握している。

余計な言動など無用だ。

正面門の両脇に設置された灯りに照らされた衛兵たちの表情は、明らかに犯罪者を見る目に変わっていた。

だが特に何をするでもなく、彼はそのまま現場へと向かう。

 

   ―― 早く居なくなれ ――

 

背に陰口と蔑みの声を受けながら――。

 

「案外、此処には居られなくなるかもな…」

 

 誰に向けるでもなく一人ごちりながら、聖黄金樹の下へと到着した。

今回の依頼の現場は此処だ。

 

「確かに、夜間の輝きは格別だな」

 

 昼間では分かり辛かったが、夜なら黄金色が一層際立ち淡い輝きを放っていた。

幹から木の葉、そして樹皮に至るまで柔らかな黄金色の光が見る者を魅了する。

これを間近で目にすれば『聖黄金樹』と改名したくなるのも頷ける話だ。

 

「おっと、早速仕事に取り掛からなくてはな」

 

 何時までも見惚れている場合でない。

確かに魅了するには充分な光景だが、夜通し見張り朝露を採取するという重要な任務を拝命したのだ。

況してや、領主でもあり司祭長でもある指名付きの依頼だ。

不備は許されない。

剣の乙女より見限られ、その影響を直に受ける灰の剣士だが、不思議と司祭長の信頼度は変わる事がなかった。

ならば、この仕事を完遂し見事期待に応えなければならないだろう。

もしも、剣の乙女と司祭長から同時に依頼を寄越されれば、彼は間違いなく司祭長側を優先するだろう。

それ程彼女に対し、絶大な恩義と恭順の姿勢をみせていたのである。

 

「この辺りか?…いや、複数設置した方が良いな」

 

 朝露を採取するにあたり、受け皿となる小瓶を複数設置する事にした。

恐らく朝露は木の葉に付着する可能性が高い。

小枝から木の葉を経由し、葉の先から露が滴り落ちる公算だ。

細い弦紐で小枝と幹に括り付け、若干地面に向け撓る(しなる)様に仕掛けを拵える。

これなら葉に付着した水滴が重力に従い、小瓶に落ち易くなる。

勿論、小枝を負ってしまわない様、細心の注意を払って…だ。

聖黄金樹を傷付けてしまえば元も子も無い。

彼は慎重に注意を払いながら、小瓶と仕掛けを施してゆく。

 

「こんなものか」

 

 一通り仕掛けを施し終えた灰の剣士。

後は、予定通り事が運ぶ事を祈ろう。

此処から先は、夜通し見張るだけの極めて退屈極まりない作業が待っている。

何かをするでもなく、唯々夜明けを待つだけの辟易する程に単調な時間を過ごすのだ。

 

常人なら、この境遇に天を仰いだ事だろう。

 

そしてそれは、彼とて同じ。

常人よりは遥かに忍耐強い彼だが、人間である事に変わりはない。

眼前に『篝火』でもあれば、悠久の時間をも過ごせる自信はあるが、此処で熾す訳にもいかない。

だが今の彼には、この時間を利用し()()()()()が残されていた。

 

修練である。

 

彼は剣士だが、何もこの時間に剣を振り回すというのではない。

今や真っ当な生者とはいえ、嘗ては『火の無い灰』と呼ばれた不死人でもあったのだ。

そして当然のように宿る能力として『ソウルの感知』という技能がある。

だがこの能力にも、精度に個人差があり感知力に直結する。

この四方世界で、ソウルの感知を成せる存在が、どれ程居るのかは定かではない。

しかし彼の感知能力は、全体で鑑みても間違いなく上位に食い込む水準だ。

だが今の段階を以てしても、僅かな動揺や感情の揺らぎで敵の気配を察知し損ねる状況が多々あった。

過去にロスリック不死街にて銀髪武闘家が、深みの教導士率いる集団の奇襲を受け危機に陥った事があった。

彼等は気配を極限まで減らし、見事奇襲に成功していたのだ。

戦闘真っ只中とはいえ、灰の剣士でさえ敵の襲来直前まで察知する事が出来なかった。

(本編前夜編 第59話参照)

もう二度と、あの様な失態を繰り返さぬよう、彼は己の未熟さと不甲斐無さを恥じ今もひっそりと修練を繰り返していたのである。

一見退屈極まりない時間だが、この時間を利用しない手はない。

今一度、自身に対し過去に対し猛省と戒めを施し心を律する意味でも、この時間帯は打って付けの条件下であった。

 

「すぅ~…、ハァ~……」

 

 数度の深呼吸で心を落ち着け、ジェスチャー『古竜への道』の姿勢を以て『聖黄金樹』の下に座り込んだ。

彼にとってはこの体勢が最も心を落ち着ける事が叶い、周囲に対し鋭敏に感じ取る事が出来る。

10秒と経たない内に、眼前の聖黄金樹から特有のソウルが流れ込む。

 

それは、黄金の輝きを放ちながらも淡く柔らかく包み込み、温もりと癒しを与えてくれるかの様な感覚に見舞われた。

暫くの間その感覚に身を委ね、周囲の自然物と共に呼吸を同調させる。

単に感覚を研ぎ澄ませ、ソウルの探知能力を磨くだけが目的ではない。

周囲の自然物と呼吸を同調させ気配を溶け込ませる事で、相手側に察知され難くする修練でもあるのだ。

これから先、無用な戦闘を避ける状況も生まれるだろう。

隠密行動には、それなりの心得があるものの、気配察知に長けた敵も存在する筈だ。

そういった敵に対抗する為にも、より静粛性に磨きを掛けねばならなかった。

何も直接的な戦闘力を磨くだけが、修練ではない。

相手に動きを悟らせず、此方は敵の動きを読む事に長ければ、更なる勝利と生存性に大きく寄与できる。

彼にとって、この修練は大きな意義があった。

 

「……」

 

 そうする事暫くの後、数時間が経過。

一つ目に炊いた『虫除けの香』の効果が切れる頃合いであった。

 

何者かが此方に近付いて来る。

 

彼にとっても覚えのあるソウルが、此方に訪れつつあった。

しかも、かなり距離が近い――にも拘らず、意識を集中させねば感知も困難な程に隠密に長けている様だ。

足音すら立てずに傍ら迄やって来たソウルは動きを止め、そこでただ佇んだ。

 

(推奨BGM ブラッドボーン ―― 狩人の夢 )

 

「貴女が司祭長様の仰っていた、鳥羽の狩人?」

 

「そうさね」

 

 灰の剣士は向く事もせず、そのままの体制で彼女に話し掛けた。

今朝がた、司祭長の執務室にて感じ取っていたソウルに間違いない。

彼は一旦ソウルの主へと視線を向ける。

言葉短く応えた声の主――。

全身黒ずくめで烏を模したマスクで頭部を覆った、異様な出で立ちだ。

明らかに表の世界で生きる住人ではない事を、容易に悟らせる風貌と佇まい。

そして只ならぬソウルの波長。

彼女こそが、司祭長の話していた鳥羽の狩人なのだろう。

 

「別に邪魔しに来た訳じゃあないさ。火継ぎを終わらせた『薪の王』ってのを観ておきたくてね」

 

「そう珍しいものでもあるまいに」

 

「まぁ、そう言いなさんな。こうして顔を会わせるのは、初めてかねぇ?」

 

 こうして始まった、灰の剣士と鳥羽の狩人との奇妙な談話――。

両者とも他愛の無い話から始まり、次第にかの時代へと移り変わってゆく。

言うまでもなく、火継ぎの時代に関しての話題だ。

灰の剣士が使命を果たさんと尽力している間、彼女を含めた狩人と呼ばれる人種は別の世界線で動いていた。

――とは言え、火の陰ったあの時代は容易に時空が歪み幾つもの世界線が並行する、歪みに歪み切った世界だ。

真っ当な法則など、あってないようなもの。

文明水準も、文化も、生活様式も大きく異なり、且つ並行しつつも存在していた幾多もの世界。

何もかも異なり、尚且つ似て非なる世界通。

だが一つだけ共通していたのは、栄光輝く未来など絶望的に閉ざされた世界だという事だ。

彼の居た次元だけでなく、彼女のいた次元でも、数多の命が犠牲となり哀しみと冒涜が振り撒かれた。

天体、火、血、意志、生命、死…数多くの共通項を孕みながらも全く別の世界と運命に、彼等は翻弄され続けてきた。

いつ終わるとも知れぬ絶望の連鎖と螺旋階段――。

そして彼――当時の灰の剣士が最初の火を完全に消した時、その連鎖は唐突の終局を迎えたのである。

 

「司祭長様も仰っていたが”獣の病”というものは聞いた事がなかった」

 

「――だろうね。アンタの舞台では殆ど関係なかった事象さね」

 

 司祭長から聞き及んでいた獣の病――。

症状自体は亡者と酷似していたが、細部では隔たりが見られた。

しかし、ロスリックの『血の営み』という研究自体は、次元を越え別の世界線にまで波及していたのだと語る。

つまり彼女――鳥羽の狩人も、ロスリックという存在に些かの知識を備えていた。

 

「それは、お互い様だ。あたし等の世界線も何らかの形でアンタの世界に影響を及ぼしていた筈さ」

 

「今改めて考えてみれば、とんでもない世界で活動していたのだな、我々は」

 

 火の無い灰の世界(ダークソウル)鳥羽の狩人の世界(ブラッドボーン)――。

この二つの世界は、互いに多くの要素で影響し合って存在していたのだと、鳥羽の狩人は語る。

だが四方世界に流れ着いた彼等の影響は、計り知れないほどに多くの影を引き連れていた。

 

流れ着いたロスリック。

蔓延る不死人と亡者。

暗躍する医療教会と狩人。

獣の病と獣。

 

だが本当に、それだけだと断言できるだろうか。

若しかしたら彼等の知らない要素が、理解を越えた範疇で流れ着いている可能性もゼロではない。

しかし、神でも上位者でもない彼等に全容を網羅する事など到底不可能だ。

彼等は人間――唯のヒトに過ぎないのだから。

 

「この地に流れ着いたのは”ロスリック”だけじゃあない。あたしが活動していた古都も流れ着いていてね。そのまま獣の病が蔓延しちまったのさ、この世界にね」

 

 鳥羽の狩人は曰く。

この四方世界に流れ着き世間を騒がせていたロスリックの地――。

しかし、人々の与り知らぬ処で別の都市も流れ着いていた。

ロスリックとは全く別の地域に流れ着いたソレは、運悪く()()()()()()()と融合を果たし、真っ当な生者と獣の病が混在する歪な都市へと変貌してしまった。

獣の病は瞬く間に拡散し、数多くの住民が新たな羅患者となり醜悪で凶悪な獣へと変貌してしまった。

 

「もう、あたし等じゃ、お手上げ。特にあの街は酷いものさ…もう誰もヒトじゃあない」

 

 流れ着いた事で異変を察知した狩人たちは、懸命に病の拡散を抑え込もうとしたが効果は限定的で短期間で断念する事になる。

彼女らの街と四方世界の街が融合したという事は、当然その地域の総人口も増すという事だ。

精々が”殺し””焼却する”という予防法しか存在しない『獣の病』の対処法。

真面な治療法も確立されてない状態で急激に拡散したのだ。

融合したその街では、爆発的に獣が増殖し次々に住民に牙をむいた。

鳥羽の狩人らの奮闘も空しく、瞬く間に真面な生者は数を減らし、残った人々は街から去り姿を消した。

同時に獣たちも他地域へと拡散してゆく。

彼女の話によれば『獣の魔神軍』は、そういった彼等の集団が母体となっているらしい。

 

「今頃きっと…流れ着いているだろうね。ロスリックに…」

 

 そんな絶望的な状態の街だ。

当然、『死』と『血』の腐臭が蔓延し、歪で冒涜的な異形の生命が芽生え闊歩している筈だ。

故郷の流れ着く地であり、同じく冒涜的な呪いが渦巻くロスリックの地。

相反する理由はない。

その地に流れ着く条件は、充分過ぎる程に整っていた。

 

「……」

 

 その事実を告げられた灰の剣士は、無言のまま耳を傾けるのみだ。

もし彼女の推察が真実なら、ロスリックは更なる混沌と死の呪いに晒されたという事になる。

彼女の言う街がロスリックの何処に流れ着いたまでは、二人にも分からなかったが。

 

「獣の病が発症したとして、未だに有効な治療法は確立されていない…と?」

 

「――だったら、あたしも領主も苦労なんてしてないさ。それに、あたしは医者じゃあない…!況してや獣を狩る使命でもなし…!狩人狩りがあたしの生業だからね…本来そういうのは、医療教会の連中が担うものだと思っていたんだが、御覧の有様さ…!」

 

「……」

 

 最早語るまでもない。

医療教会と名を謡っていた組織は、治療どころか寧ろ被害の拡散に精力的だ。

以前、何度か遭遇した教会の狩人。

彼は、小鬼を被検対象に血に似たナニカを打ち込み、獣と化した小鬼を生み出していた。

どう贔屓目に視ても、正気の沙汰とは思えなかった。

 

「未然に防ぐしか、手はないのか…」

 

「残念だが、現時点では、それが最良の手段さ。昔から言うだろ?予防に勝る治療はないってね」

 

 一度獣化した羅患者を救う方法など、完全に殺し解放する位しかない。

それが狩人の本分であり、救済方法なのだ。

 

「精々、進行を遅らせ症状を軽くする治療薬しか見付かっていないのさ。まぁその間に、誰かが有効な治療法でも見つけてくれる事を祈るしかないね」

 

 鳥羽の狩人は、獣の病の恐ろしさを次々と述べてゆく。

今の処この地域には根付いていない様だが、医療教会の介入があった時点で蔓延する恐れが爆発的に高まった。

 

(推奨BGM ブラッドボーン ―― Bloodborne )

 

「亡者も危険だが、ある意味で獣の病も、それ以上の危険性を孕んでいるのさ。もしこの地で獣化が蔓延した場合、狩人であるアンタにも動いて貰う事になる」

 

「私は火の無い灰で剣士だ。狩人とは違う」

 

 灰の剣士のを狩人だと言い放つ彼女の言葉――。

だが自分は剣士で、獣の病とは縁が薄い。

彼女に対し”否”と発す。

 

「いいや、アンタは既に獣を狩り続けているのさ。望もうと望むまいと。あの時代からずっとね」

 

「…どういう事か?」

 

「そのままの意味さ。アンタ、特に内に潜む()に抗っているだろ?」

 

「内に潜む獣?」

 

「そうさ。アンタは迷いながらも、殺戮衝動を否定し続けている。本当は生者を…人を切り殺したくて堪らない。だが、理性と本能の狭間で、アンタは今も藻掻き出口を探し求めている。違うかい?」

 

「――!!」

 

 彼女の指摘を受け、真っ白な衝撃を幻視する灰の剣士。

宛ら、額に銃弾を撃ち込まれかの如き錯覚を覚えた。

あのダークゴブリン軍との戦――。

本陣に急襲を受け、彼は教会の狩人と戦闘を余儀なくされた。

その最中、剣を交えた狩人から核心を突かれたのである。

 

   ―― 貴公の剣は快楽を恐れている ――

   ―― 生者を斬りたくて仕方がない ――

   ―― だが理性では、それを否定している ――

 

幾度と思い起こされる、彼の言葉――。

(本編前夜編 第82話参照)

あの言葉が呼び起こされる度に、彼の心は激しく揺さぶられてしまう。

 

そんな筈はない。

 

真っ向から否定しようにも、妙に心に燻ぶり居座り続ける衝動。

彼から受けたあの日以来、意識せずにはいられないのだ。

言葉を失い黙り込む灰の剣士。

その後も、鳥羽の狩人からの言葉は続いた。

 

「だが、アンタだけじゃあないんだよ、獣を飼っているのはね。あたしも、司祭長も、アンタのお友達も、あの大司教も、皆そうさ。皆等しく内に獣が巣食ってやがるのさ」

 

 何も心に獣が秘めているのは灰の剣士のみならず、自分を含めた全ての人々が皆等しく背負っている(カルマ)なのだと語る。

 

「か弱いお優しいお嬢様でも、時に悍ましい残虐性を発露するものさ。血に酔った奴、殺意に呑まれた奴、殺戮に同衾する奴、深淵の誘惑に溺れた奴、そういう輩から獣ってのが踊っちまうのさ」

 

 どんな人間にも、獣性は秘めているものである。

それは種族や国籍など関係なく、皆が平等に背負う暴虐の心の遺伝子(ミーム)

なれど、それとは真逆に、獣性を抑え常に理性を以て営みを歩む。

それが人間性というものだ。

普段から日常的に獣の如き衝動を発露させる人間など先ず居ない。

その様な人物は、どう足掻いても社会や文明に適応できず必ず破綻を迎えるからだ。

だが時に何らかの条件と要因が重なり、内に秘めた凶暴な衝動を呼び起こす事がある。

その凶暴な衝動こそが内に潜む『獣』であり、殺意や邪欲を始め暴力的な狂気に支配されてしまうのである。

それでも人間とは理性を尊び抑え込む事で、紙一重の所で踏み止まる事も出来る。

しかし、もしも、――衝動赴くまま『獣』に身を委ねてしまえばどうなるか。

それが殺戮や、残虐性に愉悦を覚え、人々の日常に暗い影を落とす事になるのだ。

そういった危険性は灰の剣士だけならず、鳥羽の狩人を含め生きとし生ける者全てに宿っている。

そして現に灰の剣士は、自身の獣に対し()()事で()()()()()()いたのであった。

自覚の有無に関わらず――。

だが万が一、彼自身が内なる獣に身を委ね全てを許した時、取り返しの付かない悲劇を招く結果となるのだろう。

 

「人は皆、獣であり狩人でもあるのさ。そしてそれは、アンタも同じさ。いいかい?くれぐれも獣に敗けるんじゃないよ!」

 

「…私は、ただ…使命を果たす為に…」

 

 鳥羽の狩人による忠告…否、激励という意味も含まれているのだろう。

だが彼女の親心とも取れる厚意にも拘わらず、彼は言い淀み迷いが生じていた。

 

「なんだい…アンタ、まさか狩人が、獣が恐ろしいのかい?いくら恐ろしくても、アンタは狩人、獣を狩るしかないんだよ。フフッ、まぁいいさ。恐れ無き狩人など、獣と何が変わろうものかね…」

 

 だが彼の迷いなど知ってか知らずか、彼女は言葉を立て続けに畳み掛ける。

どれだけ惑い慄こうとも、獣は容赦なく自身に成り代わり喰らおうと忍び寄るものだ。

 

   ―― 人類に逃げ場なし ――

 

人々は抗い続けなければならない。

内に獣が潜むという事、即ち獣は己自身に他ならないからだ。

故に生き続ける限り、心が在り続ける限り、自身の獣と向き合う宿命を背負っているのだ。

それが人類が等しく果たさねばならない『宿命』でもあった。

 

「鳥羽の狩人」

 

 ここで漸く彼は姿勢を正し、彼女の方へと真面に視線を向けた。

 

「ところで、アンタ。これは『お香』かい?」

 

 彼の足元には、既に燃え尽き僅かな煙だけが立ち昇る『虫除けの香』が残されていた。

どうやら彼女と話し込んでいる間に燃え尽き、効果時間も切れてしまったらしい。

 

「ああそうだ。昼間だが、錬金術で拵えた」

――ライザやルルアほどの出来ではないがな。

 

虫除けの香について簡潔にだが、彼は説明する。

 

「司祭長から聞いたよ。アンタ、ごく最近だが錬金術を覚えたんだって?…じゃあ、渡しておく。これは後輩に、餞別だよ」

 

「ん、これは?錬金術の、レシピと現物…か?」

 

 虫除けの香について説明を受けた鳥羽の狩人は、懐から一枚のメモ用紙と香の現物を彼に手渡す。

それは乱雑だが、錬金術に関してのレシピが記されていた。

 

「お香が造れるんなら、ソイツも難なく造れる筈だ」

 

「この香、虫除けの香とよく似ている」

 

「ソイツは『獣除けの香』と、そのレシピさ。まぁ、予防策の一種として機能するだろうさ」

 

 手渡したレシピには、香についての作成法が記されている。

彼女の言う通り、獣が嫌い寄り付かなくなる『香』が『獣除けの香』だ。

完全な対策法ではないが、香から立ち込める煙と匂いで獣を追い払う効果を有している。

相当強大で上位の獣なら打つ手はないが、下級の獣なら容易に侵入を阻む事が出来る。

嘗て鳥羽の狩人が居た時代では、当たり前の様に街の民家至る所に設置されていたものだ。

過信できる効果でもなかったが、そのお陰で幾許かの住民は、獣の侵入から自身と民家を辛うじて守り抜けていた。

これから近い将来、この街でも必要になる筈だ。

 

「あの嬢ちゃん二人なら、より精度の高いものさえ生み出しそうだね。…それじゃあ、あたしはそろそろお暇するよ」

 

 鳥羽の狩人は、ライザやルルアの存在に言及する。

確かに彼女二人なら、今の自分が調合するよりも遥かに高精度の道具を造り出してくれるだろう。

用が済んだとばかりに、彼女は聖黄金樹の下から立ち去ろうとした。

そしてふと足を止め、再び彼の方へと向き直る。

 

「しっかりするんだよ!誰もが獣を抱えてる。言うなれば、もう誰も人じゃあない。人を食らう獣だからね。…コイツは…言うべきか迷っていたんだが…これもアンタの為になるか…」

 

 彼女から矢継ぎ早に告げられた衝撃の事実の数々――。

彼女の言動一つ一つには、確かな根拠と自身が備わり、有無を言わせぬ説得力が滲み出ていた。

だがそんな彼女も、迷いの感情があるらしい。

少々言い淀みながらも、言葉を続ける。

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 闘争への咆哮 )

 

小鬼(ゴブリン)共も等しく獣だ。邪悪だろうが無かろうが、そんな事はどうだっていい。あたしが少々危惧しているのは、()()()に固執するあまり、()()()を少々疎かにしているボウヤが一人居るだろうって事さね。どんなに外の獣を狩り続けても、内の獣から目を背けている様では何れ、自身の獣に侵食されちまうだろうね。呆気無いほどに」

 

「――…!」

 

 突如指摘された、小鬼と小鬼を狩り続ける者への忠告。

もはや言わずもがな――。

その様な人物など、この街には一人しか居ない。

 

「獣の病は()からでも発症するものさ。姿形は人間のままでも、理性も自我も崩壊し見境なく人を襲っちまう。そんなヤツを、あたしは何人も見届け同時に送って来た」

 

「……」

 

 何か遠いものでも見るかのように、彼女は紅い月を見上げる。

嘴のマスク越しでは表情は分からず、また彼女のソウルも上手く読み取る事は出来なかった。

月を見上げている様だが、その視線は宙を泳いでいたのではないか。

そう勘繰る程に、彼女の首は揺れていた。

恐らく正気を失い血に酔った発狂者を、彼女は何人も見届けて来たのだろう。

その過程で、時には彼女自身が引導を渡して来たのかも知れない。

正直この狩人の事は未だに解らない部分が多い。

しかし、彼女もまた多くの哀しみと狂気の中で足掻いてきたのは間違いない。

強さの中に何処となく空虚な弱さが、一瞬だが垣間見た気がした。

二つの異なる色の月光と聖黄金樹の光に照らされた、鳥羽の狩人。

無機質なまでに彫像染み、異様極まりない出で立ちの女。

しかし彼女からは、何故か言い様の無い温かみと人間性が滲み出ているのだ。

出会って間もない素性も知れぬ人物に、不可思議な親しみすら感じ取れた。

 

「ちょいと長話になっちまったね。お仕事頑張りな、薪の王…いや、()()()()

 

 そう言い残し、鳥羽の狩人は軽やかに身を翻す。

気が付いた時には、もう何処にも彼女の姿はなかった。

だが現実に彼女は確かに存在していた。

それを証明するかのように、彼女が去った後には黒い羽が数枚舞い散っていた。

漆黒の羽は、聖黄金樹の光を反射させ鈍い光沢に彩られている。

 

「獣…鳥羽の狩人…」

 

 地に舞い落ちる羽根に視線を落とし、誰に向けるでもなく彼は一人呟いた。

だが次の瞬間には意識を切り替え、再びジェスチャー『古竜の頂き』の姿勢で聖黄金樹へと向き合う。

勿論、効果の切れた虫除けの香を新しいものへと切り替える事も忘れない。

その場に静寂が再び舞い戻り、幾許かの時間が流れ行く。

 

……

 

(推奨BGM エルデンリング ―― リムグレイブ )

 

 ここは何処だ。

気が付いた時には、見知らぬ大地に一人放り出されていた。

見た事も無い光景が視界に拡がり、困惑に拍車をかける。

中心部以外は暗闇に覆われているのは、被り物の所為だろう。

慣れた感触が頭部から伝わる。

頭頂部から首元に掛けて伝わる確かな重量感。

決して軽くはないが、そう重いものでもない。

被り物の正体は、鉄兜――それも騎士兜の類だろう。

更なる現状を確認しようと、彼は四肢に視線を送る。

頭と同様に、腕部と脚部には金属製の防具が装着されていた。

しっかりとした造りの様で、動きを阻害しない配慮が成されている。

これも騎士系統の防具に違いない。

そして胴体部にも、金属製の鎧が装着されていた。

手には幅広の直剣(ブロードソード)騎士盾(ヒーターシールド)を所持している。

武具全体を見るに、かなり上質且つ実用的な装備類だ。

一体いつの間にこの様な武具に着替えたのだろう?

そして、ここは一体何処なのか?

引っ切り無しに吹き荒ぶ、全方位からの強風――。

強風に煽られる事で、雨脚がより鮮明に視界に映り込んでいる。

薄暗いが時間帯は恐らく昼間なのだろう。

だが強風と雨の天候で、空は灰色に覆われていた。

その空模様に得体の知れない不吉さを感じ、忌まわしい記憶が蘇る。

 

――まるでロスリックの…火継ぎの時代の再来ではないか?

 

騎士鎧の人物は、降りしきる雨と強風の中、剣の柄を握る手に思わず力を込めてしまう。

だが、此処がロスリックではない事だけは確定していた。

草木だ。

地面に鬱蒼と生い茂る草や木は、瑞々しいほどに緑に彩られ未だ生命が息づいていたのだ。

もしも騎士鎧の人物が知るロスリックの地…或いは火継ぎの時代ならば、既に草木は枯れ果て死が蔓延する重く苦しい空気に支配されていた筈だ。

しかし周囲に気を配れば、若干の荒廃は見られるも未だ生命の躍動は終わりを迎えていない。

故に、火継ぎの時代ではない。

 

「私は確か…地母神神殿にて、聖黄金樹の調査を遂行中だった筈だが…?」

 

 違和感だらけの現状ながら、彼は記憶を呼び起こした。

そう――。

彼は『灰の剣士』と呼ばれる冒険者で、司祭長からの依頼により聖黄金樹を調査するという任を帯びていた。

だが気が付けば、御覧の有様――。

強風と雨に晒され呆然と嵐の中で立ち尽くすのみ。

更に見知らぬ装備に、見知らぬ地。

一体何をどうしたら、この様な状況に陥るのか?

全く原因が掴めないのである。

 

「この声…私の身体ではないな。誰ぞの身体か?」

 

 先程呟き、自分の声ではない事を悟った灰の剣士。

若い男である事は間違いなかったが、若干自分よりも年上だろうか?

疑念を抱きつつも、試しに少々動いてみる事にする。

簡単な素振りを数度繰り返し、中盾を構え、軽くバックステップとジャンプ、そしてローリングで動作を確認する。

結論から言って、別段不自由はない。

今迄の感覚が、そのまま通用する。

だが手にした直剣に、些かの違和感を覚えた。

 

戦技だ。

 

剣に備わった戦技は、彼の知るソレとは大きな違いが見られたのだ。

今の彼なら武器種問わず、多用な戦技を行使する事が出来る。

しかし、剣から流れ出るソウルが教えてくれる。

彼の知るブロードソードなら、戦技『構え』が備わっていた筈だ。

だが今手にするブロードソードには、全くの未知なる戦技が備わっていた。

前の持ち主の戦技だろうか?

手にする剣の入手経路など今の彼に走る由もないが、前の持ち主の戦技が染みついているなら一定の説明も付く。

 

「まぁいい、試せば分かる」

 

 吹き荒ぶ嵐の中、彼は適当な樹木に狙いを定め、剣に備わった戦技を試す事にした。

既に剣より流れ込むソウルで、ある程度の特徴は知り得ている。

どうやらこの戦技、飛び道具の類らしい。

だが実地で試さない事には、全容を理解する事は出来ない。

こういう武具に身を包んでいるのだ。

間違い無く、戦いに向かっているのだろう事は容易に想像が付く。

 

「――フンッ!」

 

 剣を構え、樹木に狙いを定め、彼は戦技を放った。

剣を振ると同時に、刀身から嵐を纏った衝撃波が樹木目掛けて投射された。

刀身から離れた衝撃波は、樹木に衝突し幹に損傷を与えながら消失する。

 

「――これはッ…!もう一度、フンッ、ハァッ…!」

 

 効果のほどを確かめた彼は、数度同じ動作を繰り返す。

やはり刀身から嵐を纏った衝撃波が放たれ、樹木に傷を付けていくのだ。

 

「まるで、ジークバルドのストームルーラーみたいな技だな」

 

 彼の今放った戦技は、カタリナの騎士『ジークバルド』の大剣『ストームルーラー』から放たれる、『嵐の王』や『嵐の螺旋撃』を彷彿とさせるものだった。

だが今放った戦技は、遥かに威力も範囲も大きく劣っていた。

しかしその分、消耗と連射が効き汎用性と応用には活かせるだろう。

そして剣より流れ来るソウルで、戦技の名も明らかとなる。

 

   ―― 嵐の刃 ――

 

武器より放たれる、衝撃と斬撃の弾丸。

速射性と消耗率の軽さから、気軽に放つ事が可能で使い道に幅がもてそうだ。

 

「後は道具類だな」

 

 戦闘技術に関しては一先ず置いておこう。

今度は所持している複数の小道具の確認に移る。

腰の雑嚢からエスト瓶に似た2種類の小瓶に目が付いた。

緋色と藍色の液体に満たされた小瓶。

小瓶より流れ出るソウルで、大体の効果は把握できる。

じっさい口に含み効果を確認したい処だが、付近に篝火らしきものも見られず無駄使いは避けねばならない。

貴重な回復手段だ。

ここぞという場面で必ず必要となる生命線は、可能な限り温存しなければならない。

服用する衝動をグッと堪え、彼は小瓶を仕舞い込む。

他にも複数種の小道具を目にし、一通りの状況確認を終える事にした。

さて、そろそろ行動を起こすべきだろう。

見知らぬ地に立っていた彼だが、何を成すべきかは直ぐに判別がつく。

彼の眼前には、これ見よがしに頑丈な城壁が立ちはだかっていたのである。

加えて城壁には、防壁陣を展開した多数の兵士が彼を見据えていた。

武器は言うに及ばず、設置型の投射機まで此方に狙いを定めている。

明らかなる敵対状態、臨戦態勢と言っていいだろう。

何故このような状況に置かれているのかなど、彼も知る由はない。

だが、眼前の兵士を蹴散らし城壁を突破しなければならない事だけは、不思議と()()のだ。

 

――この男も使命を帯びているのか。

 

自分とは違う見知らぬ男の身体。

どういう訳か、自身が乗っ取る形でこの体を自由に行使出来る。

あの戦力を突破してまで、突き進まねばならない事だけは確かだ。

恐らくこの体の持ち主も重大な使命を帯び、今こうして戦場に佇んでいるのだろう。

尤も、自由が利くという事は、このまま引き返し更なる情報収集に走る事も可能なのだが――。

そんな考えがふと脳裏に過るが、今の彼は敵兵に向いている。

これの意味するところは一つ――。

 

突き進まねばならないという事だ。

 

「迷う必要はない、行くか…!」

 

 成すべき目標が定まった以上、此処に留まる理由もない。

思い返せば、あの時も()()だった。

 

ロードラン、ドラングレイグ、ロスリック。

 

かの地でも彼は只管突き進み、死を重ねながら目的を果たしてきたのだ。

城壁の更なる奥には、巨大な城が佇み存在を誇示しているかのようだ。

 

さぁ、ここまで辿り着いてみよ!

 

そう言わんばかりに。

 

ならば進むしかない。

嵐吹き荒れ物言わぬ巨大な城。

その挑戦状に応えるかのように、彼は大地を蹴った。

城壁の防衛部隊と、(灰の剣士)の戦いが切って落とされる。

 

突き進んだは良いが、無策で我武者羅に突撃すれば敵の良い的でしかない。

それは過去の経験から、嫌と言うほど死を以て学んできた。

今の戦場の空気感――。

この感覚は、四方世界のものよりも寧ろかの時代(ダークソウル)に近いものがあった。

一歩間違えれば、呆気無いほどの死が口を開けて待っている。

あの感覚が蘇る。

 

彼は投げナイフを取り出し、軽装の兵士へと投射。

こういった道具も手慣れたもので、今までと同じ感覚で違和感なく使用できた。

ナイフは寸分違わず軽装に兵士にヒット。

痛痒を負いながらも兵士は剣を振り翳し、彼に追い縋る。

 

狙い通りだ。

 

若しもこれが皮切りとなり、全ての兵士が一斉に襲い掛かろうものなら、誤算どころの失態ではない。

もしそうなれば、一目散に逃げ出すか兵士の追撃を掻い潜り強行突破を敢行する気でいたが、どうやら杞憂だった。

彼の目論見通り、一人の兵士を釣り出す事に成功。

追い縋る兵士に対し、自身は距離を開けながら敵を誘引する。

案の定、他の敵兵は陣を構えたままで動きを見せなかった。

 

――亡者ではないな…、正気を保っているようにも見えぬが…。

 

追い縋る敵との距離が詰まり、素顔を拝見する事ができた。

今まで見慣れた、皺だらけの死に扮した亡者の顔ではなかった。

顔そのものは生者のソレだが、敵の眼は理性を捨て本能に身を委ねた狂兵に近いものを感じる。

どのみち敵対状態で、真面な対話など期待できようも無い。

交戦に何の躊躇いも必要ない。

これは明らかな戦場だ。

殺さねば殺される状況、善悪に拘り怖じ気付くようでは無残な最期が待つのみ。

敵兵の雑多な上段切りに対し、カウンターの胴払いで一気に切り伏せた。

その一撃で、軽装の敵兵は敢え無く絶命する。

 

――全ての敵兵がこの水準なら、何も恐れる事はないのだが。

 

敵兵の練度は、そう高いものではなかった。

恐らく集団戦法に重きを置いた訓練を受けているのだろう。

相手の土俵で戦えば苦戦は必至だが、此方側の状況戦に持ち込めば勝機は充分にある。

今の敵兵個人の戦闘力も、ロスリック雑兵と然程の差はない事が明確となる。

彼は次なる目標を定め、慎重に間合いを詰めた。

そうして相対距離の近い敵兵から投げナイフで順に牽制し、此方の土俵に誘い込む事で確実に敵戦力の漸減にかかった。

装備に恵まれた敵兵の攻撃は、流石に思いのほか強力ではあった。

だが此方は、金属製の中盾(ヒーターシールド)を装備している。

今迄運用してきた小盾に比べれば、カット率も受け能力も遥かに高い。

敵兵の攻撃を完全に遮断すれば、その反動の所為か敵は一瞬だが怯む。

その隙を逃す手はない。

透かさず中盾を解き、彼は敵目掛けて逆袈裟斬りを仕掛け絶命させる事に成功した。

いわゆる『ガードカウンター』と呼ばれる技法である。

何の事はない。

盾で防御を固め、相手の攻撃を受け止めた後、隙を突いて反撃に移る。

ただそれだけだ。

――と、彼は認識しているが、実際そう容易く会得できる技術ではない。

少なくとも何の訓練も受けていない素人同然の、況してや白磁等級の冒険者が真似できる技術ではない。

相手の攻撃を受け止める筋力と、僅かに衝撃を反らす技量、そして何より敵に恐れを成すようでは押し潰されるだけなのだ。

敵の攻撃を弾く”パリィング”という技術が存在するが、それに比べれば確かに技術難度は下がる。

だが、ガードカウンターとて、歴とした(すべ)で戦場で培われ確かな技術の結晶でもあった。

彼は慎重な迎撃戦術で、敵兵の数を確実に減らしてゆく。

 

そろそろ切り込むべきか。

敵戦力は数える程しか残存していない。

ここから先は釣り出しも効果が薄く、敵も陣形を崩そうとしなかった。

このままでは時間を浪費するだけだ。

彼は思い切って攻勢に出る事にした。

だがそれが、誤りだった。

突如として、設置兵器が火を噴き彼目掛けて弾丸が投射されたのである。

 

「――!?」

 

 身体…否、彼自身に染み付いた本能的な危険予測でローリングでの回避に成功…しなかった。

投射された弾丸は、黒火炎壺で構成され着弾地点から一定の範囲に被害を及ぼす。

弾丸そのものの直撃は避けられたが、爆発の範囲から完全に逃れる事は叶わず、彼は若干の痛痒を負ってしまった。

いくら彼の反応速度が優れていたとて、投射された弾速は予想以上に速くローリングでは完全な回避は間に合わなかった。

 

「この身体では、高速体術も使えない。厄介だな、あの兵器…!」

 

 本来の彼なら体得した”カーサスの高速体術”で敵の攪乱を狙うのだが、今の身体ではそれも叶わなかった。

現在の身体――。

本来の灰の剣士に比べ、身体能力またはソウルレベルが遥かに低く未熟であったからだ。

何とか射線上の防護柵に身を屈め、設置兵器の猛攻から身を隠す。

次弾装填速度は遅い部類に入り連射性は低い様だが、他の兵士に気取られている間に撃ち込まれる恐れが高い。

黒火炎壺…つまり爆弾を高速で投射する兵器なのだ。

人間の投擲速度を遥かに超えた弾速は、途轍もない運動エネルギーと衝撃力で対象に撃ち込まれる。

加えて着弾の衝撃で可燃物と火薬が爆発を引き起こし、更なる痛痒を強いるのだ。

幾ら騎士鎧を装備しているとはいえ、直撃でもしようものなら重傷は免れない。

どうにか設置兵器まで肉薄し破壊ないし通過すれば事態は好転する。

しかし、設置武器を守るかのように複数の重装歩兵が控えているのだ。

いくら誘導を試みても、敵側は微動だにせず持ち場から離れようとしない。

近接武器しか装備していないのか重装歩兵は、此方を待ち構えるだけで仕掛けて来る様子はなかった。

もう投げナイフも使い切り、遠距離手段は残されていないかに思われた。

だが此処で、天啓にも似た閃きが彼に舞い降りる。

 

――先程の戦技、試してみるか。

 

戦闘前に試し振りした『嵐の刃』と呼ばれる戦技。

その特性を思い出し、それに活路を見出そうと試みる。

意を決した彼は屈んだ体制のまま、戦技『嵐の刃』を眼前の重装歩兵に繰り出した。

屈んだ不安定の体勢だが威力の低下は然程見られず、確実に敵に対し痛痒を与えてゆく。

敵兵に感情があるのかどうかは疑わしいものの、怒りの感情は備わっているらしい。

声にならない雄叫びを上げた敵兵は、真っ直ぐ此方目掛けて槍で突撃を試みた。

立ち上がり迎撃したい処だが、此処で身を乗り出せば設置兵器に狙い撃たれるだけだ。

彼は屈んだ体勢のまま中盾で槍を逸らし、敵兵の勢いを流す。

そして体幹を崩した敵兵に足払いで転倒させた。

こうなれば敵は無防備も同然。

即座に敵の首元目掛けて剣を突き刺し絶命させる。

絶叫を上げた敵兵の返り血が、彼の騎士兜を赤黒く染めた。

その様相は、正にあの時代(ダークソウル)の彼そのものと言っても相違ない。

彼の意識は完全に、あの時代へと戻っていたのである。

 

「コイツを使わせて貰うか」

 

 とにかく、あの設置兵器に対処する必要がある。

まだ敵兵は複数残っていたが、此処で彼は一つの作戦を思い付く。

この見知らぬ世界、どういう訳かあの時代と共通点が似通っていたのである。

消失して久しいあの能力――。

”ソウルの業”が使えるのだ。

懐かしい感覚を覚えながらも手にした中盾をソウルに変換し、虚空へと仕舞い込む。

そうすれば片方の手は自由となる。

盾は必要に応じて虚空から取り出せばよい。

所持品をソウルに変換し、意識内の虚空へと仕舞い込む能力。

それがソウルの業だ。

自由となった片手で、先程仕留めた重装歩兵の遺体を担ぎ上げる。

かなりの重量が彼に圧し掛かるが、何も動けない程ではない。

そしてあろう事か担いだ体制のまま防護柵から身を乗り出し、設置兵器へと突撃したのである。

当然身を乗り出した彼は的でしかなく、設置兵器は彼に狙いを定める。

彼が重装歩兵を担いでいる事など気にも留めない。

既に敵兵は理性を消失し、半ば本能で役割を果たしているだけなのだ。

設置兵器が火を噴き、彼目掛けて弾丸が投射される。

だが彼は透かさず担いだ重装歩兵を盾とし、黒火炎壺の弾丸を凌いだ。

彼は最初から敵兵を盾とするべく作戦を練っていたのである。

一度撃ってしまえば、次弾装填には幾許かの時間を要する。

こうなれば後は、肉薄あるのみ。

焼け焦げ欠損した敵兵の遺体を投げ捨て、迫り来る残存兵をも無視し、彼はただ真っ直ぐに全力疾走を以て設置兵器に迫った。

更にそのまま勢いを殺す事なく、設置兵器を乗り越え無防備となった操作兵へと剣を突き刺し兵器ごと無力化させた。

 

これで脅威は去った。

 

設置兵器の射角も然程広い訳でもなさそうだ。

真後ろに旋回する事は不可能で、残りの敵兵など彼の脅威ではなかった。

再び盾を展開させ堅実な戦術で、確実に敵兵を仕留めてゆく。

最後の一兵を戦技『嵐の刃』で絶命させ、この陣地を完全に制圧した。

 

「よし、こんなものか」

 

 敵防御陣地を崩し、目指すは巨大な城となる。

だが多少の痛痒を負い精神を摩耗した彼は、此処で初めて例の小瓶を試してみる事にした。

先ずは緋色の小瓶を一口含み、見る見る間に(HP)が回復する。

そして藍色の小瓶は、消耗した精神力(FP)を回復させる効果が備わっていた。

やはり彼の予想通り、2種類の小瓶はエスト瓶と同様の効果を有していた。

しかし些か使用回数が心許ない様に思える。

無駄な使用は慎まれた。

回復作業を終え呼吸を整えた彼は、いよいよ巨大な城へと歩を進める。

城に近付くにつれ、吹き荒ぶ風量が増している様だ。

たまたま嵐に遭遇したのか、若しくは常に嵐に見舞われる地域なのかは判断が付きかねる。

とにかく不思議な地だ。

城壁には幾人かの兵士が行く手を阻んだが、癖を見抜いた彼の敵ではなく一刀の下に全員切り伏せ敵陣を突破する。

 

「変わった意匠の鎧だ、何処の国のものか?」

 

 討ち屠った敵兵の防具は、緑と赤に彩られ意匠を施された鎧を纏っていた。

しかし今までその様な出で立ちの敵など、遭遇した事がない。

嘗ての旅路でも四方世界でも、眼下の様な装備者は一人も居なかった。

だが思案したところで、答えなど出る訳もない。

時間の無駄だと判断した彼は、更に城へと接近する。

石造りの兵舎に入った所で、彼は奇妙な光に遭遇した。

 

「……。この光…篝火に似ている」

 

 揺れ動く小さな光。

その輝きは、あの聖黄金樹を彷彿とさせる淡くも輝く黄金色。

そして光の放つソウルから、これが篝火に似た効果が備わっている事を見抜く。

まるで昔から知っているかの様な慣れた手つきで、光に手を翳す。

 

   ―― LOST GRACE DISCOVERED ――

 

手を翳した瞬間、周囲に漂っていた光の粒子が中心部へと収束を始め、より一層輝きが増した。

それと同時に彼の脳内に、LOST GRACE DISCOVERED(失われた祝福発見)という意味を知る。

 

「祝福…とな?どうも私の知っている世界とは差異が見られる」

 

 篝火とは似て非なる光の集合体に取り敢えず腰を下ろし、一先ずの休息を得た。

どうやらこれも篝火の効果同様、例の小瓶の中身がみるみる満たされてゆく。

これで、回復手段の枯渇は心配しなくて良いだろう。

今居る現状に、腑に落ちない部分は多々あれど時間ばかりが過ぎ去る。

やがて彼は、ゆっくりと立ち上がり、再び前へと歩み出す。

程無くして正面には、城門らしき建造物が彼の視界を捕らえた。

 

   ―― その時である ――

 

『褪せ人よ』

 

 突如として声が響き渡る。

黄金は色褪せ、くすんだ黄色の落葉が石畳に散る。

城門が目前に迫ったと同時に、精悍な男の声が耳を打つのだ。

 

『愚かな野心の火に焼かれ。お前もまた、エルデンリングを求めるのか?』

 

 声の方角へと首を向ける。

彼の視界に映ったのは、細い塔から此方を見下ろす大柄の人影。

その人影は、眩い光を纏いながらも徐々に光は消え失せた。

光が消え去った後、鮮明となる人影の巨躯と姿。

埃塗れの薄汚れたマントを羽織り、手には捻じれた巨大な杖を所持している。

だが何よりも目を引いたのは、顔面の半分を覆う、幾つもの曲がりくねった角。

そして声質からして、その人物は壮年の男であろう。

彼は無言で、その男を見据え身構える。

自分を見下ろす男の視線と流れ込むソウル。

間違い無く敵意を向けているのだ。

 

――風貌だけではない、桁違いの強敵だ…!

 

男のソウルを感知し、尋常ならざる実力者である事を悟る。

幾度となく繰り返した使命の旅路で、似て非なるソウルの持ち主と何度も対峙してきた。

その感覚と記憶は、今も彼に深く根付いているのだ。

得体の知れない男から、人のみならず神々の眷属に似たソウルの波長を感じ取る、灰の剣士。

その後、男は宙高く跳躍し眼前へと飛び降りた。

今の跳躍力だけでも常識外れの脚力を誇り、唯者でない事を匂わせた。

外観と手にした杖だけで判断すれば、男は魔術師の類に見える。

だが、その様な先入観で判断するのは危険かつ早計だ。

今見せた跳躍力だけでも、相当高い身体能力を備えているのは間違いない。

着地と同時に地面に振動が奔り、土煙と破片が全包囲へと無造作に飛散する。

灰色と黄土色の入り混じった土煙で視界が遮られ、彼は咄嗟に盾で身を庇った。

だが周囲は嵐に見舞われ、破片混じりの煙は直ぐに四散し元の鞘へと収まった。

土煙が晴れたと同時に、男を此方を睨み付け捻じれた杖を突き出し威圧する。

 

『ならば、その火ごと消してくれよう。忌み鬼のマルギットが』

 

   ―― 忌み鬼のマルギット ―― 

 

男は自身をそう名乗り、此方に宣戦を布告する。

短いやり取りだが、男の口から聞いた事も無い言葉は幾つも語られた。

 

褪せ人――。

エルデンリング――。

忌み鬼のマルギット――。

 

どれもが聞き覚えの無い言葉だ。

 

褪せ人、恐らく自分の事を指しているのだろう。

否、正確には、自分が乗っ取っているこの騎士鎧の男に事に違いない。

自分が聞きなれた、不死人や灰人(火の無い灰)とは違う存在なのだろうか。

ふと鳥羽の狩人との会話を思い出す。

 

自分達が居た火の陰った時代。

容易に時空や位相が歪み、幾多もの似て非なる世界が存在していたという。

彼女の話を要約すれば、この地も時空の異なる似て非なる世界という事になる。

幾多もの別次元の世界線――。

この世界も、その一つなのだろう。

 

エルデンリングなどという言葉には、全くの馴染みがない。

完全な初耳で、文字通り”輪環”を指すのか、若しくは別の意味を抽象したものかは分かりかねた。

だが、今はその様な思考など頭の片隅に追いやるべきだ。

眼前には、敵意を向ける強敵が立ちはだかっている。

今にも仕掛けんばかりの流れだ。

答えの出ない自問など、脅威を退け一息ついた時にでも行えば良い。

目前の男は、忌み鬼のマルギットと名乗った。

 

”忌み”という言葉は、自分にも不思議と縁がある。

 

眼前の男とは初対面だが、忌みを名乗る割には奇襲や卑劣な戦法を使ってこない事に好感が持てた。

マルギットが着地した瞬間、思わず揺れや煙から身を庇い致命的な隙を作ってしまった。

この男の実力なら、そこを突き自分を瞬殺できた筈だ。

だがこのマルギットという男は、敢えてそれをせず正面から自分と(まみ)えている。

やや薄汚れた風貌だが、彼の佇まいには何処となく気品と高潔さが滲み出ていたのであった。

だが何時までもこうしている訳にもいくまい。

どの道、戦いを避けられそうにはない。

騎士鎧の男(灰の剣士)は、剣と盾を構え直し何時でも動ける状態へと移行する。

吹き抜ける嵐が、一瞬だが止む。

 

それが開戦の狼煙だった。

 

……

 

(推奨BGM エルデンリング ―― マルギット )

 

「――ぐぅっ!強いッ!」

 

 ただ一言…マルギットは強かった。

外観と装備に惑わされては命取りと判断し、慎重に構えていたが矢張り彼は強大だ。

長く捻じれた杖での殴打は、強力無比で盾の防御ごと腕が圧し折られそうになる。

上腕部の骨に鋭くも重い痛みが絶えず襲い掛かる。

恐らくヒビが入っているだろう。

まるで剣に見立てたかの様な、巧みな杖裁き。

突きや振り下ろしといった単調な型など、今まで容易に躱し反撃に転じてきた。

過去に培った経験は、この世界でも活かされた。

そう思っていた。

だが、マルギットの方が一枚上手であった。

一見膂力に任せた攻撃だが、細やかな動きに技量剣士の彩が見え隠れする。

灰の剣士の動きを瞬時に読み取り、マルギットはワザとタイミングを遅らせる事で揺さぶりを掛けて来たのだ。

回避のローリングの終わり際を狙い、杖の一撃を確実に当ててゆき彼に確実な痛痒を負わせる。

彼は彼で、攻撃の隙間を掻い潜り反撃を見舞うものの、3、4撃切り付けた処で戦局が変わる事はなかった。

こういう強敵を相手取った場合、とにかく慎重に立ち回り相手の癖を学ぶ事が重要となる。

マルギットの回転杖攻撃をローリングで回避し、透かさず後ろへと回り込んだ。

巨体を誇る分、小回りには難がある。

 

その考えは見事に覆された。

 

彼には尾が備わっており、背後へと手痛い一撃を放った。

完全な誤算に、灰の剣士は真面に食らい吹き飛ばされてしまう。

だが吹き飛ばされた事が幸いし、マルギットとの間合いが離れた。

 

――今の内か。

 

転倒した体勢のまま、彼は緋色の小瓶を口に含み生命力(HP)を回復させる。

とにかく一旦仕切り直さねば、完全に敵側の流れのまま苦戦を強いられる事になる。

今までもそうだったが、膂力も耐久力も完全に敵側が上だ。

手数を増やし痛痒を少しずつでも積み重ねねば、此方に勝機はない。

 

――頼むぞ、例の戦技よ…!

 

杖を手に、悠然と迫り来るマルギット。

回復を終えた灰の剣士は、武器を構え直し戦技『嵐の刃』を中心に攻め立てる事にした。

マルギットも警戒しているのだろうか。

すぐさま追撃を仕掛けて来る事はない。

ならば好都合だ。

そのマルギット目掛けて、戦技『嵐の刃』を繰り出す。

刀身から、嵐を纏った弾丸が射出される。

矢張りマルギット自身も何かを感じ取っていた様で、巨体とは思えない軽やかな跳躍で回避した。

 

――読み通り…!

 

だが、その動きは想定内で、彼は回避地点を予測しながら数度に渡り戦技を連射。

 

「――!?」

 

 衝撃と斬撃を伴った弾丸は、見事マルギットを捕らえ確実な痛痒を積み重ねた。

その攻撃が皮切りととなったのか、マルギットが杖を構え宙高く跳躍。

杖先を彼目掛けて突き刺そうと試みる。

しかしそういった動きは、過去に旅路で何度も経験済みだ。

その経験を生かした彼は、掻い潜る様にマルギットの後方へと回り込む。

着地と同時に突き出した杖先に彼の姿はなく、マルギットは大きな隙を生み出してしまう。

着地際の瞬間なら、流石のマルギットも尾による薙ぎ払いは不可能な筈だ。

その大きな隙目掛けて、彼はマルギットの背を交差に斬り付け更に突き刺しながら背を蹴り付け三角飛び。

三角飛びの反動を活かし再び間合いを放すと同時に、彼の居た地点にはマルギットの尾が空を切る。

しかし彼の反撃は止まず、締めの一撃にと嵐の刃が数発炸裂した。

 

「フゥ、ハァ、ハァ…!」

 

 荒い呼吸を整えながらも確かな手応えを感じ取り、彼は警戒しながら敵の出方を窺った。

確実な痛痒は積み重ねた筈だ。

マルギット自身体躯に恵まれている様だが、真面防具は身に付けていない事が、切った時の手の感触で判明した。

流れが逆転したとは思い上がってはいないが、仕切り直しに戻ったと思いたい。

 

「…ほう、侮れぬものだな。やはり褪せ人は、戦士の末裔ということか…!」

 

 不敵な台詞と共に、此方へゆっくりと振り向くマルギット。

片手に杖、そしてもう片方の手には黄金に輝く戦鎚(ハンマー)が握られていた。

 

「……」

 

 魔法の類だろうか。

見た事も無い黄金色の戦鎚に、彼は一層警戒感を露に身構える。

何処となく、魔術の国『ウーラシール』の黄金の魔術を連想させた。

恐らく更なる激しい攻めが予想される。

黄金色の戦鎚を召喚したと同時に、マルギットから流れるソウルの質が変容していたのである。

敵意を向けながらも悠然としていた流れが、今や激しい濁流の如き雪崩となり此方に向けられていた。

そしてこういう場面に限り、予想は正確に当たってくれるものだ。

案の定、マルギットの動きが更なら苛烈さと機敏さを誇り、此方に迫って来た。

杖と黄金の戦鎚をそれぞれ構え、大きく振る被る。

間違い無い。

本命は黄金の戦鎚で、杖の一撃は擬態だ。

最初の杖を警戒するあまり、ローリングで回避したとて終わり際の隙目掛けて戦鎚の本命を叩き込む戦法なのは、容易に読み取れる。

その杖攻撃だけでも桁違いの威力を誇るが、何も防御出来ない程ではない。

再び腕の骨を痛めるだろうが、あの本命を食らうよりはマシだ。

内巻き気味に振るわれる重くも速い杖攻撃を、中盾で防御し次の攻撃に備える。

防御の瞬間、予想通り上腕部の骨に響く様な激痛が襲い掛かるが、彼は耐え抜く。

そして想定通りの黄金の戦鎚による、薙ぎ払い攻撃が彼に迫った。

予測が付くなら、強力無比な攻撃も脅威とはならず対応が叶うものだ。

間合いを見切った彼は、ローリングでマルギットの攻撃を避け切った。

――かに見えた。

しかしマルギットは即座に跳躍し、再び黄金の戦鎚による叩き付けを行う。

 

「――チッ!」

 

 立て続けに襲い掛かるマルギットの猛攻――。

舌打ちするもマルギットの落下地点を予測し、逃れようと距離を空ける。

彼の居た地点に、黄金の戦鎚が叩き付けられた。

叩き付けられた瞬間、地面は激しく揺れ陥没点と周囲に岩塊が捲れ上がる。

直撃だけは免れ得た。

それは確かなのだ。

しかし、彼は痛痒を負い膝を突き兜の奥で咳き込む。

 

「この振動、魔力によるものか!?」

 

 マルギットの戦鎚による叩き付け、その直撃を避ける事は叶った。

だが、叩き付けた衝撃波が全方位に拡散し、その衝撃は魔力を伴い範囲内の対象物に影響を与えるのだ。

魔力を伴った振動は、彼の身体を確かに蝕み臓腑に悪影響を及ぼしていた。

予想外の負傷――。

彼は思わず膝を突き咳き込んでしまったのである。

 

――今一度回復をッ!

 

休んでいる暇はない。

是が非でも距離を空け、再び回復の必要に迫られた。

数度のバックステップで急いで間合いを放し、頃合いを見計らい緋色の小瓶を口に運んだ。

 

「――……!?」

 

 何故だッ――!?

身体が動かないッ!?

何だ、この奇妙な違和感と激痛はッ!?

 

自身の身体に異変を感じ、回復どころではなかった。

彼の胸部から激しい痛みと異物感が襲い掛かる。

その痛みと衝撃で、緋色の小瓶を手から取りこぼしてしまった。

その激痛と違和感を確かめる様に、彼は自らの胸部へと視線を落とす。

 

「――…!?」

 

 彼の胸部には、短剣が突き刺さっていた。

黄金色に光り輝く短剣は、程無くして消失する。

 

――ま…さか…!?

 

彼は、恐る恐る前方のマルギットへと視線を傾けた。

黄金の武器を扱うなど、今対峙しているマルギットしか居ないからだ。

マルギットの手には戦鎚は消え失せ、代わりに黄金の短剣が握られていた。

此処で彼は悟る。

回復のため間合いを放したものの、マルギットはその隙だらけの彼を逃さず、黄金の短剣を召喚し投射したのだろう。

その短剣に気付かず回復に気を取られていた彼は、真面に胸に突き刺さり行動を阻害されてしまったという結果を招いてしまった。

 

それが決定打となり、彼の命運は尽きた。

 

気が付いた時には、マルギットの召喚した黄金の短剣が彼の額へと突き刺さる。

彼は回避する事もままならず、短剣を真面に受けそのまま崩れ落ちた。

痛みに悶える暇もなく――。

 

「愚かな野心など忘れる事だな」

 

 徐々に薄れゆく意識の中、マルギットの声が耳に届く。

 

随分懐かしい感覚だ。

”死”を感じる。

幾度となく、本当に幾度となく体感した死衾の揺り篭。

 

――そう言えば、久しく死んでなかったなぁ…。

 

見方によっては不謹慎極まりない事を思い浮かべながら、迫り来る死の到来に身を委ね始めた。

やがて視界の色も失い、褪せた灰色の世界が映り込む。

徐々に目蓋も重くなり体重を支える力も抜けようとする最中、彼は確かに見た。

 

「神々しい…何と巨大な……黄金樹……?」

 

 天を突かんばかりにそそり立つ、桁外れに巨大で黄金色の光を放つ樹木を――。

 

「その通り。何人たりとも黄金樹を汚す事許されぬ。野心など忘れ、お前も永遠に黄金樹を崇め称えるが良い、褪せ人らしくな」

 

 最後にマルギットの言葉を受けながら、彼の意識は完全に途絶え地に倒れ伏す。

 

「不思議な褪せ人よ。単一の身体に二つの魂とは…な」

 

 

 

   ―― YOU DIED ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

獣除けの香

 

血に酔い肉を貪るため、当てどなく彷徨う獣たち。

そんな彼等を退け寄せ付けぬよう考案された、特別製の焼香の一種。

 

特別製の粉末と香料草を混ぜ合わせ、時間を掛けて生成された高級品でもある。

 

これを焚く事で、ある程度の獣を寄せ付けなくする効果を発揮する。

主に民間で流通し、獣から身を護る予防策として重宝されてきた。

しかし効果が確認されたのは下級の獣の限られ、上級の獣には効果はない。

 

教会の周りで焚かれる特別製の焼香。

その香りは、確かにあらゆる獣さえ寄せ付けない。

なれど香の匂いは、何処かで覚えがある。

どうにも香るのだ。

 

骨に似たナニカが――。

 

 

 

 

 




 一万文字前後で締めるとほざいておきながら、早速やらかして3万文字前後という長ったらしい文になってしまい申し訳ないです。

ゲスト的な参戦ですが、マルギット出してみました。
彼が今後どういう形で関わるのかは、一応構想は練っております。
実際どうなるかは未知数ですが。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/
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