ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 ドーモです。
気が付けば7月も、もう終わり。
翌日から8が始まります。
早いものです。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )



第103話―解呪の儀、再び狭間の地へ―

 

 

 

 

 

 

朝露

 

朝、降りている露。

消えやすいので、古くは、儚いもの、命などに例えた。

(つゆ)は、空気中に含まれている水蒸気が放射冷却などの影響で植物の葉や建物の外壁などで水滴となったもの。

物に露が着くことを結露(けつろ)という。

 

夜間では月の影響で月光の魔力を有し、朝方には太陽の影響で陽光の魔力を有す。

その二つの異なる魔力を帯びた露は、非常に多くの用途に利用され今も重宝されている。

時には高値で取引される事もある位に、有用な品なのだ。

 

この採取も予想以上の手間が掛かり、時には冒険者に依頼が届く事もある。

 

 

 

聖黄金樹の朝露

 

聖黄金樹から取れた朝露。

通常の朝露でさえ、特別な効果を有す。

その朝露に、神樹にも称えられる聖黄金樹が関わっているのだ。

何も起きない筈は無く、そのままでも高い癒しの効果が備わっている事が判明した。

目下研究中だが、何れは注目の的になる事は容易に想像できる。

 

聖黄金樹に注視しているのは何も只人だけではない。

森と道を共にする種族、森人(エルフ)も目を付けていた。

いずれ何らかの接触があるのは、想像に難くない。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 此処は、冒険者ギルドに併設された武器工房。

剣や槍といった武具類が壁面に所狭しと並べられ、いつもと変わらぬ見慣れた風景を演出する。

冒険者が集い、武器を、防具を揃え、冒険に出発する。

同じだ。

何の変化もない。

だが変わってゆくものもある。

この武器工房も、例外ではなかった。

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― ギルド )

 

「他地域からの、研修生とはな」

 

 今日の接客係は、武器工房の主人でもある老爺が担当していた。

 

「おう!まぁ、誰かさんを雇ってからというもの、引き抜きが凄くてな」

 

 彼の言う”誰かさん”とは言うまでもない。

武器工房の雇われ鍛冶師である、アンドレイの事だ。

火継ぎの時代を渡り歩き、太古の技術を惜しみなく発揮する彼。

楔石による武器強化に始まり、貴石を組み込む事で魔法の武具を生み出す技術力。

そして大胆にして細やかな、鍛造技術と匠の技。

アンドレイの手に掛かれば、魔法の武具さえ唯の普及品と化すのだ。

今や魔法の武具は、遺跡から発掘するものではない。

手持ちの武具から派生強化するという概念に置き換わりつつあったのだ。

それ程の技術力を有す、アストラのアンドレイ。

当然、彼の噂は冒険者を通じて王都まで広がり、数多の王侯貴族が彼を引き抜こうと躍起になっていた。

しかし、彼は全ての要請を拒否している。

だが何時までも断り続けられる訳もなく、とうとう王都直轄の使者までもが交渉の為に来訪する始末に陥っていた。

余程、彼の持つ知識と技術力を入手したいのだろう。

其処で好い加減辟易していたアンドレイも一計を案じ、技術研修生を此方に派遣するという形で手を打ったのである。

それでも一悶着あったものの、彼の妥協案を使者側も受け入れたのである。

そして現在、6名の第一期研修生が決して広くはない武器工房へと渡って来たのである。

男4人、そして以外にも女2人の研修生も居た。

彼らは全員、工房地下の作業場でアンドレイから指導を受けている状態だ。

耳を澄ます…までもない。

先程から引っ切り無しにアンドレイの大声と、威勢のいい掛け声が此処まで聞こえて来る。

彼の熱心な指導が、此処にまで伝わって来る。

 

「だが驚いた事が、もう一つある。この『鍛石』と言ったか?」

 

「おお、それか。俺も驚いてるぜ。なんせソイツも楔石と同様の効果があるんだからよ」

 

 普段強面の老爺が、珍しく得意気に口元を吊り上げた。

灰の剣士が指差す、棚の上に無造作に置かれた黄土色の石ころ。

その石は『鍛石』と呼ばれ、楔石と同じく武器防具を鍛え強化する性質が備わっていた。

この石は東方や南方を含め王都近隣からも多く採掘され、それ等は研修生から齎された代物である。

その代わり、楔石などは余り見付かってはいない様だ。

逆に楔石は、西方や北方で多く手に入るらしい。

 

「さて、お前さんの要件だったな。アンドレイから預かってるぜ!」

 

 老爺が棚から細長い桐で出来た木箱『桐箱』を丁寧に取り出し、カウンターの上に置く。

老爺のごつく太い指からは想像も付かない程の繊細さで、桐箱の蓋をそっと開け、彼の求める品が姿を現した。

 

「完成したか。螺旋の剣…!」

 

 彼も同じく桐箱からそっと取り出し、捻じれた刀身を持つ異形の剣を凝視した。

これはアンドレイが多大な手間暇と時間を掛け漸く完成に漕ぎ着けた物だ。

役目を終えボロボロ朽ち果てていた物が、今こうして嘗ての姿を取り戻している。

当然アンドレイだけでなく、彼――灰の剣士も素材やソウルを長期間提供する事で初めて成し得たのだ。

蘇った螺旋の剣には、感慨深い何かを感じ取り暫し言葉を失っていた。

実は『大王グウィン』から授かった、もう一本の螺旋剣も此処に預けてあるのだが今は必要ない。

(イヤーワン編・第48話参照)

一本あれば事足りる。

これから行う儀式の為に――。

 

「お前さんの取り巻く事情は、理解している積りだ」

 

「ああ。それでも成さねばならぬ」

 

「そうだな。これ以上余計な詮索はすめぇ、行ってきな!」

 

 工房の性質上、多くの冒険者が来訪する。

それは即ち、様々な噂が耳に入ると言う事でもある。

それ等の大半は根も葉もない唯の噂だが、ここ最近は灰の剣士の話題が多くを占めていた。

工房店主でもある老爺にも、彼の噂は嫌でも耳に届き、浮き沈みの激しい環境に身を置いている事を察していたのである。

 

ダークゴブリンとの死闘から始まり、剣の乙女との確執を含めて――。

 

だが老爺なりに、彼の為人は理解しているとの自負もある。

大した実績もない有象無象の冒険者が陰口を頻繁に叩いていたが、やはり彼の佇まいや振る舞いを見ていれば自ずと本質が理解出来るのである。

長年多くの冒険者に関わって来た、経験の賜物だろう。

アンドレイと彼が、古くからの付き合いがあるのも承知している。

しかしそれは関係ない。

老爺本人から観ても、彼は私欲で冒険者稼業を続けている訳ではない位は理解していた。

それは、年の功もしくは老婆心とでもいうのだろうか。

敢えて無用な詮索などせず、彼を見送る事にした。

 

「ありがとう。アンドレイにも伝えておいてくれないか?感謝している…と」

 

 桐箱ごと『螺旋の剣』を受け取った灰の剣士は、老爺へと言伝(ことづて)を頼む。

 

「ああ。気張って来いよ、色男!」

 

 ぶっきらぼうな口調ながらも老爺は快く承諾し、去り行く彼を見送る。

彼が居なくなってからも地下の作業場からは、金属を打ち付ける音とアンドレイの大声が工房全体に反響していた。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 女神官と慈悲深きその手に )

 

 舞台は入れ替わり、此処は地母神神殿。

神殿内の一区画に、特殊な儀式に使われる大広間が設けられている。

其処を舞台とし、役者が集う。

大広間の中心部には、不死の女。

その彼女を取り囲むように、数人の聖職者が静かに祈りを捧げている。

不死の女に正対するのは、灰の剣士。

この大広間の外周部は、中心部を囲む様にテラスが設けられ眼下を一望できる構造となっていた。

テラスの中央部には、神殿最高指導者である司祭長が現場を取り仕切る。

そしてテラスを含めた外周部下層にも、多くの関係者が詰め掛けていた。

現在、灰の剣士と行動を共にしているライザたち一行。

ジークバルドとオーベック。

見習い神官の少女と葡萄肌の少女。

 

ゴブリンスレイヤー。

 

彼ら以外にも神殿関係者や立会人が寄せ集まり、解呪の儀式の行方を見守ろうと固唾を飲んでいた。

 

「――これより、解呪の儀を執り行います!」

 

 厳かながらも言葉短く宣言する、司祭長。

椅子から立ち上がり片手を掲げ宣言する様は、正に最高指導者に相応しい威厳を備え加齢を感じさせない程に力強さを醸し出していた。

彼女の一声を合図に、不死の女を取り囲む聖職者達が一斉に祈りの言葉を紡ぎあげる。

呪いより人格を破綻していた不死の女だが、彼女も静かに手を組み跪き祈りに応えていた。

この様子だけを見れば、既に呪いなど消え去っているのではないか?…と思える程に落ち着き払っている。

だが、現に彼女は呪いを発症していた。

誰が見ても明白な程に――。

彼女の胸部からは、ダークリングと暗い穴が発現している。

現在彼女は衣服を纏っていたが、特に暗い穴からは絶えず黒い霧の様な靄が漏れ出ていた。

その黒い靄は、彼女の衣服をも染め上げ外部に染み出ており、見る者に忌避感を覚えさせる。

故に、彼女への接触が許されていたのは、神殿でも限られた高位の聖職者に絞られていた。

 

祈りを終え、いよいよ本格的な儀式に取り掛かる。

外周部の人々が見守る中、聖職者の一人が不死の女の衣服を開けさせる。

開けた衣服からは、彼女の豊満な胸が露わとなり衆目に晒された。

仮にも若く肉感的な女の身体だ。

並の男は言うに及ばず神殿関係者の男でさえ、彼女に襲い掛かりたい衝動に駆られる程、不死の女の美貌と肢体は魅力に溢れていた。

 

彼女が、生者の女なら――。

 

肉感的な不死の女の身体が晒されはしたが、誰一人眉を動かす者は皆無である。

寧ろ、顔を背ける者や憐憫の眼差しを向ける者が続出していた。

不死の女の胸部が露わとなった瞬間、二つの呪いの象徴も衆目に晒されたからだ。

黒い塊の外周部は、燃える様な輪環に覆われたダークリング。

深い闇の如し底無しの円環からは、黒い靄が常に染み出し周囲に垂れ込む、暗い穴。

この様な悍ましい光景を目にすれば、彼女に劣情を抱く者など誰一人とし存在する筈がない。

 

「……」

 

 そんな群衆の中、ゴブリンスレイヤーは微動だにせず無言で眼下の光景を見守っていた。

 

上半身の肌を晒す不死の女は相変わらず両手を組み、祈りを捧げているかのようだ。

そんな彼女に対し、灰の剣士は床に置いていた桐箱から一振りの剣を取り出す。

その剣を目にした群衆は、若干のどよめきを見せた。

 

「あれは、剣…なのか?」

 

 どよめきの中、懐疑に満ちた視線を送るオーレル。

灰の剣士が手にしている剣らしき代物。

刀身は赤く染まり、しかし捻じれ、宛ら螺旋を描くが如し。

どう贔屓目に見ても、武器に適した形状とは思えなかったのである。

彼が今手にしているのは、螺旋の剣と呼ばれる代物であった。

 

「「……」」

 

 彼と同じ側の住民であるジークバルドとオーベックも螺旋の剣を目にした瞬間、僅かながら表情を固めていた。

不死の女の前には、石鉢が置かれていた。

その石鉢には、様々な固形物が無造作に詰められている。

固形物の正体は、ずばり『骨』である。

 

不死の遺骨。

帰還の骨片。

砕いた誘い頭蓋。

ソウルを満載した魂石を砕いた物。

 

ほぼ粒状にまで細やかに砕かれた物が、石鉢を満たしていた。

ここまで原型を留めていない為、周囲にはそれ等が骨だと言う事実には気付いていない。

そもそも周囲は、螺旋の剣に目が向いている為、その状況に拍車をかけていたのも要因の一つであろう。

 

灰の剣士は、石鉢に螺旋の剣を突き刺し手を翳す。

 

かの時代、初めて訪れた『火継ぎの祭祀場』の様に。

 

―― BONFIRE LIT ――

 

手を翳した瞬間、石鉢に突き刺さった螺旋の剣を中心に、突如として火が熾った。

 

(推奨BGM ダークソウル3 ―― メインテーマ )

 

「「「「「「――!?」」」」」」

 

 何の前触れもなく唐突に火が熾ったのだ。

魔法の詠唱も無く、祈祷を捧げた訳でもなく、ただ手を翳しただけ。

そして剣自体が燃えると言う不可思議な現象。

 

   ―― 篝火 ――

 

その光景を目にした群衆は騒然となり、眼を白黒させる。

 

「なんだか不思議な火…」

 

 騒めく群れの中、篝火に目を奪われ見つめる見習い神官の少女。

彼――灰の剣士とは知らぬ間柄ではない。

先日、彼から打ち明けられた本心――。

それは、自分の事など早く忘れろ、と今生の別れにも似た別離の言葉であった。

そう告げられた時、彼女は言い様の無い悲しみを覚え、自身も涙を浮かべながら彼を送り出す言葉を掛けた。

だがしかし、彼女の心は些かも離れてはいない。

剣の乙女との噂が神殿中を駆け巡った時は、彼女も戸惑いを覚えたが、寧ろ更に距離を縮めたいとさえ願っていた。

――とは言え、未だ彼の全容を把握している訳ではなかった。

 

「灰君って、ホントに何者なんだろね?」

 

 声に気が付き振り向けば、ライザが隣で呟いていた。

自分と同じ思いをライザも抱いているのだろう。

以前から、彼の得体の知れない部分は神殿内の噂で耳にしていたが、聖職者の中にも忌避感を露にする者達も確かに存在している。

先輩である葡萄肌の少女からは、これ以上近付かない様にと釘を刺されつつ付き纏われるようになったが、実は少し判る様な気もしていた。

本来なら一定の距離を置くのが常識的な対応なのだろう。

大半の聖職者が彼に対し悪感情を寄せる中、普遍的な対応を取っていたのは司祭長と神官長といった一部の関係者だけだった。

そして今の自分も、彼に対し更なる仲を深めたいのが本音である。

灰の剣士に対し複雑な感情が入り乱れる中、再び眼下へと見降ろす見習い神官の少女。

彼女の視界には、火が灯った篝火を不思議そうに見つめる不死の女に対し、灰の剣士が懐から球体に似た道具を取り出している光景が映っていた。

 

彼が手にする黒い球体らしき物――。

その中に瞬く星が幾つも散りばめられ、まるで宇宙の縮図を模したかの様だった。

 

   ―― 星々の宇宙儀 ――

 

先日、灰の剣士がライザ達と協力し錬金術で造り上げた物だ。

失敗に失敗を重ねたものの、確実に効果があると彼は確信している。

 

「いよいよだね。頼んだよ剣士さん…!」

 

 大勢が見守る中、今度はルルアが胸に手を当て祈りに似た声を秘かに上げる。

星々の宇宙儀を手にした彼は、不死の女の眼前まで歩み寄り、ソレを静かに掲げた。

 

「――星々の宇宙儀よ!宇宙は空にあり!我が声に耳を傾け、忌まわしき深き不死の呪いを解き放ちたまえッ!」

 

 そして不死の女に向け、高らかな叫びをあげる。

この道具を使えるのは、恐らく彼一人だけであろう。

ソウルの感知による流れと特性を把握する事は無論、その流れを操作するという技術も必須となる。

残念だが今のライザ達では、手にした処で単なる観賞用の道具になり下がるだけなのだ。

彼は、星々の宇宙儀を掲げながらソウルを読み取り流れを意識内で操作する。

ほんの数秒後には、不死の女の胸から黒い靄の様な機体が、星々の宇宙儀に向け流れ込んだ。

 

「「「「「「――お、おお…!」」」」」」

 

 その光景を目の当たりにした群衆は、声を上げ固唾をのむ。

 

「何とも、摩訶不思議な現象よ」

 

 群衆の中にはジークバルドも参加しており、眼前の現象に腕組みをしつつも驚嘆の声を漏らした。

そうしている間にも、不死の女から星々の宇宙儀へと黒い靄が引っ切り無しに流れ出て行く。

まるで限界も底も無いかのように、黒い靄は尽きる事無くダークリングと暗い穴から流れていた。

その間、不死の女は特に苦痛を訴える事も無く静かに目を閉じ感覚に身を委ねている。

然程多くの時を要した訳ではない。

時間にすれば、凡そ数分に過ぎない。

 

しかし灰の剣士は突如、作業中断を宣言した。

 

あまりに唐突な出来事に、静寂を保っていた広間の群衆は再び騒々しくなる。

 

……

 

(推奨BGM ダークソウル3 ―― 火継ぎ祭祀場 )

 

結論から言おう――。

解呪の儀は、ある意味で失敗――ある意味で成功とも言えた。

そう――。

途中までは順調であった。

なれど、灰の剣士は『解呪の儀』を中断した。

その理由は『星々の宇宙儀』にあった。

不死の女の『ダークリング』と『暗い穴』から、呪いの象徴とも呼べる黒い靄が『星々の宇宙儀』に向け流れ出た。

その黒い靄は、流れる様に『星々の宇宙儀』へと吸い込まれた。

しかし、その度に『星々の宇宙儀』の中にある星々は徐々に光を失い、最終的には唯の黒い球体と化してしまった。

加えて球体の周囲は、淡い光で覆われていたが、その光の膜さえ黒く淀んだ靄に変貌してしまう結果となった

つまり、彼はこう結論付けた訳だ。

 

星々の宇宙儀が、()()を迎えてしまった…と。

 

輝きを失い黒い靄に覆われるだけとなった、星々の宇宙儀。

その状態となったソレは、最早ただの塊に過ぎず呪いが滞留するだけの代物と化した。

ソウルの流れを感知した彼は、これ以上無意味と判断し作業中断に踏み切った次第である。

 

「――以上が、私の見解です。司祭長様」

 

 彼を含めた主要な面々は、司祭長の執務室に集っていた。

司祭長に、事の経緯と自身の見解を述べる灰の剣士。

彼の言葉に目を閉じ無言で受け止める司祭長。

そして固唾を飲み、二人のやり取りを見守るライザ達。

 

「解呪の継続は可能ですか?灰の方」

 

 一連の説明を聞き、概ねの事情を理解する事は出来た。

しかし肝心なのは、継続が可能か否かという点だ。

確かに解呪の効果は有った。

儀式の中断には至ったものの、不死の女のダークリングと暗い穴は僅かだが薄れており、星々の宇宙儀が機能した事が証明されたのである。

だが、唯の一回限りでは何の意味を成さないのも事実だ。

多少の効果があったとて、彼女の不死性が消え去った訳ではないのだ。

司祭長からの質疑に応える灰の剣士。

 

「可能です。ただ多少の時を要するでしょう」

 

 現在進行形だが、星々の宇宙儀に滞留した呪いは、僅かずつではあるが消滅しつつある。

だが、滞留した呪いが完全に消滅し次の使用に足るまで、最低でも一週間の時が必要だと、彼は説明を付け加えた。

 

「一週間ですか…。少々かかりますね」

 

「ねぇ剣士さん。その一週間の間、何もできないの?」

 

 短い様で長くも感じる、一週間という微妙な期間。

司祭長は微妙な難しい顔で呟き、ルルアも不安げな表情で、灰の剣士に対し質問を投げ掛けた。

 

「改良を視野に入れてるが、堆積した呪いが消え去らない事には手の出しようがない」

 

 灰の剣士も、ただ無為に過ごそうなどとは考えていない。

星々の宇宙儀を改良し、更なる効果増大を画策していた。

だが呪いの蓄積状態で錬金釜に放り込む事は危険性が高過ぎる。

何はともあれ、一週間は待つしかないのが現状であった。

 

「改良する為の素材については?」

 

「既に選定済みだ。その為には司祭長様、是非ともお力添えを願えないでしょうか?」

 

「…私に出来る事なら、最善を尽くしますよ」

 

 改良する為には、再び錬金術を行使する必要があり、ライザから素材の選定について尋ねられる。

当然、必要となる素材には、ある程度の目星が付いている。

しかし、それには司祭長の力が必要だ。

灰の剣士は着席したまま頭を深く垂れ、司祭長へと頼み込み彼女も快く承諾した。

必要となる素材は、数日前『火継ぎの祭祀場』で回収した道具類が主を占めていた。

(本編前夜編・第98話参照)

当時は、回収した物は全て依頼主でもある司祭長(領主)へ納めるという条件が設けられていた。

だがもし、必要とあらば申請し審査が通れば、晴れて冒険者側へと譲渡されるのである。

火継ぎの祭祀場で回収された道具類の幾つかは、用途不明な奇妙な物が含まれていた。

文化的価値を調べるための資料としては機能するかも知れないが、今の四方世界の住民にとってはガラクタに等しい無用の長物でもあった。

灰の剣士にとって、星々の宇宙儀の強化にとって必要なのは、そのガラクタ同然な道具類の数々に焦点が向けられていたのである。

 

司祭長の協力を取り付けた灰の剣士は、早速必要となる道具を申請用紙に記入し、司祭長はソレを受け取った。

だが彼から手渡された用紙の隅には、小さな文字で、もう一つの要求(聖黄金樹の再調査)が記されていた事に、彼女は気付く。

 

「……」

 

 司祭長は無言でその内容に目を通し、やがて何事も無かったかのように振舞った。

 

祭祀場から回収された道具類の解析は、現在オーベックと数人の知識層が推し進めているが、全容が解明されるまで数日の時を待たなければならない。

灰の剣士側に届くのは、それからという事になった。

どのみち、一週間は待たねばならないのだ。

こればかりは、焦った処で何もならないだろう。

 

問題は、星々の宇宙儀の保管場所だ。

呪いの堆積した状態で、通常の環境下に置く訳にはいかないのだ。

取り敢えずの措置だが星々の宇宙儀は、神殿の特別地下室へと安置される事となった。

その地下室は、窓もなく扉も一つしかない為、外部の出入りは非常に限定される。

更に神聖な結界が追加で施され、曰く付きの呪物などを封印するには都合が良い。

一週間の間だが、今は呪いを内包した状態で外部に晒す事は避けねばならないのである。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 過去からの呼び声 )

 

こうして最初の解呪の儀は、中断とはいえ一先ずの終わりを迎えた。

無論の事、群衆は挙って神殿から去り、灰の剣士一行も執務室から退出する。

再び普段通りの状態を取り戻す地母神の神殿。

神殿の廊下では、彼――ゴブリンスレイヤーを見付ける事ができた。

彼は、とある一室の前で佇み、閉ざされた扉の向こうを無言で見つめ続けていた。

 

「…申し訳ない。効果が有るには有ったのだが、如何せん強度に問題があった」

 

 灰の剣士が前へと踏み出し、彼に一連の流れを告白する。

 

「そうか」

 

 相も変わらずとはこの事だろうか。

聞き慣れたお馴染みの台詞で返す、ゴブリンスレイヤー。

 

「次の再開まで、あと一週間は掛かる」

 

「そうか」

 

 やはり彼は相も変わらず…だ。

必要な事だけを聞き、もう用は無いと言わんばかりに彼は廊下から去り行く。

 

「本当に不愛想な男だなアイツは」

 

 去り行く彼の後姿に溜息を突くオーレル。

 

「……」

 

 彼が佇んでいたであろう一室に、視線を寄せる灰の剣士。

部屋から漏れ出るソウルが教えてくれる。

扉は閉ざされていたが、其処は不死の女の部屋だ。

 

――今に解る、君の姉なのか否か。もう少しの辛抱だ、ゴブリンスレイヤー。いや、〇〇〇!

 

感情を表に出さず、常に平静を保っているかの様に見えるゴブリンスレイヤー。

しかし、こうして部屋の前に佇み、あまつさえ毎日のように神殿に通い続けているのだ。

今の今まで、こんな事はあり得なかった。

やはり、心の何処かで意識せずにはいられないのだろう。

彼と彼の幼馴染である牛飼い娘の故郷に訪れた、あまりに凄惨な凶事――。

その結果、彼は唯一の肉親である実姉を喪った。

 

   ―― ゴブリンによって ――

 

それ以来、異常とも言える程の小鬼に対する殺戮へと奔ったのだと聞き及んだ。

まだ確定ではないが、若しも不死の女が彼の実姉なら、彼は一定の変化を見せるに違いない。

オーレルには不快に映ったのかも知れないが、灰の剣士には去り行く彼の後姿が何処となく孤独を背負っているようにも感じたのである。

それに、最近の彼から流れ出るソウルは、徐々にだが赤黒く染まりつつあるようにも思えるのだ。

 

―― 小鬼(ゴブリン)共も等しく獣だ。邪悪だろうが無かろうが、そんな事はどうだっていい。あたしが少々危惧しているのは、()()()に固執するあまり、()()()を少々疎かにしているボウヤが一人居るだろうって事さね。どんなに外の獣を狩り続けても、内の獣から目を背けている様では何れ、自身の獣に侵食されちまうだろうね。呆気無いほどに ――

 

数日前の夜間での出来事。

あの聖黄金樹にて交わされた、鳥羽の狩人との会話が思い出される。

(本編前夜編・第101話参照)

彼女が危惧していた通り、最近のゴブリンスレイヤーのソウルは何処となく危ういものを感じさせた。

 

――彼に()()()()()が…まさかな…。

 

もう居ない彼の方を見つめながら、灰の剣士は秘かな不安を募らせるのであった。

 

……

 

(推奨BGM ルルアのアトリエ ―― 小さな国の城下町 ~for ルルア )

 

 事を済ませた灰の剣士一行――。

彼等は現在、活動拠点としている工房(アトリエ)へと集まり今後の予定を話し合っていた。

解呪の儀を終えた後、一旦ギルドの掲示板に立ち寄り依頼を物色していたのだが、これと言って目ぼしいものは見付からなかった。

一応熟せるものは有るには有ったのだが、思いのほか現場が遠く二日三日跨ぐものしか残っていなかったのである。

 

「じゃあ灰君は、ここで調合を続けるの?」

 

「ああ、空いてる時間を無駄にしたくないからな。少しでも練度を上げておきたい」

 

 灰の剣士は、工房で錬金術の調合を行う旨をライザ達に告げる。

 

「その調合が済んだら、僕と剣の稽古をする予定だ」

 

 調合の後は、オーレルと剣の修練に明け暮れると言う。

その為、オーレルは彼の調合が済むまでギルドで過ごす事にしていた。

 

「う~ん、灰君の調合も診てあげたいけど、折角時間が空いたんだし、どうしよっかなぁ…?」

 

「いろんな所まわってみましょうよ!」

 

「あ、それ良いかも。今まであまり見て回れなかったんだしさ」

 

 もう直ぐ午後に差し掛かろうという時間帯。

この街に着くなり遺跡の調査や素材採取といった活動に追われ、ルルア達に街を案内する事は後回しを余儀なくされていた。

どのみち仕事はキャンセルとなり、午後から自由に時間を利用できる。

ならばその時間を利用し、ルルア達に街を案内するには打って付けでもあった。

ライザ達女性陣は、灰の剣士たちとは別行動を取る事にした。

 

……

 

(推奨BGM ライザのアトリエ ―― 銀の音さやか )

 

――よし、中々の安定性だ。

 

調合作業を終え、錬金釜から完成品を取り出す灰の剣士。

彼が調合していたのは『虫除けの香』である。

今宵も、再調査という名目で聖黄金樹に向かう予定を立てていた。

既に司祭長には、その旨を伝えており、一定の約束事(アポイントメント)を取り付けてある。

加えて彼女からは、秘かに手形を発行して貰い、それを神殿の衛兵に見せれば円滑に通して貰える筈だ。

台座の上には、三つの『香』が出来上がっていた。

以前調合した時よりも、効果度合いと持続性が格段に向上しており実用に足る品質を誇っている。

ライザやルルア達には及ぶべくもないが、彼の錬金術も確実に向上していた。

 

――さて、オーレルの下へ向かうか。

 

オーレルは、ギルド内で時間を潰している筈だ。

出来上がった『香』を雑嚢に納め、身なりを整えた彼は工房(アトリエ)を出る。

 

「……オーレル…卿…?」

 

 ギルドに着くや否や、眼前の光景に困惑した表情を浮かべる灰の剣士。

 

「――残念だが、先約があってな。他をあたってくれ」

 

 オーレル自身はギルドに居た。

それは、まぁ良い。

しかし――。

 

「良かったら、アタシ等と冒険に出ない?勿論、固定で一党を組んでさ」

「アーランドのお話、もっと聞きたいですわ!」

「オーレル様って、お決まりの相手は居らっしゃるんですか?…もし、お決まりでないのなら――」

「今から私たちと飲みに行きません?」

「あの女共が居ない今がチャンスよ!」

 

 彼は、大勢の女性冒険者から熱烈な歓迎を受けていた。

ギルド内の女性冒険達は、皆挙って彼との関係強化を画策し近付いていたのである。

ルルア達に付き添う形で街へと訪れたオーレルだが、実は即日で女達に目を付けられていた。

王侯貴族という身分、それに伴う立ち振る舞いや気品に出で立ち。

少々傲慢な部分は見受けられたものの、容姿端麗に加え卓越した剣技を備えた彼は、多くの女性冒険者からの熱い視線に晒されていた。

彼は大勢の女性陣に囲まれ様々な誘惑を受けるものの、何とか言葉を選び悉くを躱してゆく。

 

「――!やっと来たか、もう少し急いでほしかったな」

 

「…これでも急いだ方だが…」

 

 ギルドに訪れた灰の剣士に気付いたオーレルは、若干の愚痴を零しながら女性陣の包囲を掻き分け此方に歩み寄る。

 

「悪いな。これからコイツと剣の稽古があってな!」

 

「「「「「ええぇ~~…!?」」」」」

 

 先約の旨を告げられた女性陣は、皆一斉に落胆の声を漏らす。

 

「それ程にオーレル卿が気になるのであろう?ならば貴公等も見に来ればいい」

 

 落ち込む女性陣に今度は灰の剣士が助け舟を出す。

剣の稽古は、ギルドの裏の広場で行う手筈だ。

見るだけなら、そのまま裏手に回れば済む。

 

「「「「「――それさんせ~いっ!」」」」」

 

 彼の案に即決で快諾する女性陣。

裏手に回る灰の剣士とオーレルに、多くの女性陣が追従した。

 

「けっ…調子に乗るんじゃねぇよ…!」

「新参者の癖に、王子様気取りやがって…」

「今に見てろよ、俺だってなぁ…!」

「男は顔じゃねぇ、力でナンボよ!」

 

 普段通りな灰の剣士と溜息を吐くオーレル。

そして二人に続く上機嫌で姦しい女性陣。

だが、そんな境遇のオーレルが気に入らないのか、ギルド内に残された多数の男性冒険者たちは心中穏やかではなかった。

裏手に回る彼等に、陰口を叩きながら嫉妬の視線をぶつけていた。

 

「アンタは確か、武具を修繕に出していたんだよな?」

 

「ああ。此度の地稽古は、これを使おうか」

 

 裏手の修練所に着いた二人。

修練所とは名ばかりの唯の空き地で、お世辞にも広いとは言えず本格的な訓練を行うには些か心許ない。

若干ながら狭い修練所の脇には、木で拵えられた武具の類が並べ立てられていた。

オーレルは兎も角、灰の剣士の主な武具類は武器工房に修理を依頼しており、ショートソードしか手元に残っていない状態だ。

この武器では、彼の実力を完全には発揮できない。

故に、今回の稽古には木剣を使用する案をオーレルに提示する。

 

「そうだな。無駄に刃を合わせて痛めたくはないしな」

 

 オーレルの使用武器も”刀”と呼ばれる東国伝来の代物だが、この武器は切れ味は非常に鋭いが繊細な造りゆえ、刃毀れし易いという特徴を孕んでいる。

刀の中にも、頑強さを優先した物も有るには有るのだが、オーレルの刀は取り分け”鋭さ”に重きを置き”頑強さ”を犠牲としていた。

オーレル個人としては刀を使いたかったが、無駄に刃を合わせ摩耗させるのは極力避けたいというのが本音でもあった。

そういった思惑も手伝い、オーレルは灰の剣士の案を受け入れる事にする。

 

「基本に立ち返り、私はこのスタイルでいく」

 

「僕も幼少期を思い出し、此方の剣技で臨むか」

 

 簡潔に打ち合わせを終えた二人は、各々が木製の武器を取り出し準備を整える。

灰の剣士は、曲剣(シミター)型の木剣を手に――。

オーレルは、細剣(レイピア)型の木剣を取り出し、互いに正対する形で位置に就いた。

 

「すまぬが、誰か合図をくれないか?」

 

 お互い無駄に緊張感が高まってしまい、睨み合いが続く事が容易に予想された。

其処で灰の剣士は、周囲に集った見物人たちに稽古開始の合図を頼む。

何時の間にか修練所の周りには、オーレル目当ての女性陣だけでなく男性陣も加わり結構な人数が揃っている。

 

「よし、じゃあ俺がやってやる!」

 

 そこへ一人の男性冒険者が、開始の合図を掛けてくれた。

顎に無精髭を生やした、筋力戦士といった装備を身に纏っている。

 

「――始めぇッ!!」

 

(推奨BGM ルルアのアトリエ ―― CrossWind )

 

「「――ッ!」」

 

 合図と同時に、両者の脚が地を蹴り木剣を振るった。

 

「――せぁッ!」

 

 オーレルが手にしているのは、刺突に優れた細剣。

当然、繰り出す剣技もそれに見合った技の数々で、鋭くも速い突きが灰の剣士に襲い掛かる。

軽い浅めのステップで踏み込みつつ、素早い刺突攻撃を連続で振るった。

 

「――ッ!」

 

 相手の間合いを図りながら、連続突きを打ち払う灰の剣士。

オーレルは、隙の少ない軽い突きで彼を何度も責め立てる。

間合いを読み体軸をずらしつつ、彼は鋭い連続突きを次々と躱し同時に払いながら反撃の糸口を窺った。

しかしオーレルも彼の意図を読んでいるのか、簡単に尻尾を出す事は無く緩急を加えながら突きの旋律(リズム)を組み立ててゆく。

 

――流石はオーレル卿、簡単に隙など見せぬか。

 

反撃の隙を見出そうと粘る灰の剣士。

このままでは防戦に専念せざるを得ない状況だ。

オーレルの刺突を打ち払い隙を作ろうとするものの、即座に刃を引いては次の突きを繰り出すという攻めの姿勢を崩さない。

 

「やっぱり王子様は、一味違うわよね」

「灰の剣士なんて、追い詰められっ放しじゃないの」

「オーレル様が圧倒しているわ、そのままヤっちゃえ!」

 

 第三者から見れば、灰の剣士はオーレルの攻めに手も足も出ない状況に映っている。

見物していた女性陣は、オーレルの優勢ぶりに御満悦だ。

彼女達も別段、灰の剣士に対し特別悪意を抱いている訳ではないが”小鬼よりも醜悪な素顔を持つ”という評判を鵜呑みにしている為、どうしても美形で上流階級のオーレルに支持が集まってしまうのは致し方なしとも言えた。

 

「その割に彼…一歩も退いてないわよね?」

 

 そこへ、一人の女性冒険者が灰の剣士について分析する。

因みに彼女は、ダークゴブリン戦に参加し灰の剣士の戦い振りを最後まで見届けていた、生き残りの一人だ。

一見追い詰められているかの様な灰の剣士だが、実際には一歩も退く事もせず全て躱しつつ防御で凌いでいた。

更に目を凝らせば、オーレルの方が焦りの表情を滲ませ余裕を失っている様にさえ見えたのだ。

 

――何て男だ、防御を全く崩せない…!

 

実際、オーレルは焦燥を見せていた。

幾度も型を変え変幻自在の刺突を繰り出そうとも、全て躱され、捌かれ、防御を突き崩す事が出来ないでいた。

彼の王宮式細剣術は、幼少より教わり最初に会得した剣術の一つでもある。

今や刀を使った剣技に置き換わっていたが、彼の細剣術はまだまだ色褪せておらず実戦でも通用する水準を誇っていた。

だがそれでも、灰の剣士に有効打を与える事は叶わなかった。

 

「――シめたッ!」

 

 とは言え、攻め続ける限り主導権はオーレルが握っていた。

灰の剣士のほんの僅かな隙を見抜き、そこ目掛けて深く踏み込んだ鋭くも速い刺突を繰り出す。

 

「――そこぉッ!」

 

 しかしそれが、灰の剣士の策でもあった。

彼は意図的に隙を作り、オーレルの深い攻撃を誘っていたのである。

本来なら強引にでも力技で反撃に捻じ込む事も出来たのだが、失敗する可能性も低くはなかった。

そこで敢えて防戦に徹し時間を長引かせる事で、相手が焦れるのを待っていた。

そして頃合いを見計らった処でワザと隙を作り、オーレルの深い攻撃を誘引していたのである。

彼の目論見は見事的中し、オーレルの踏み込んだ攻撃を剣で受け流しつつ払った(パリィング)訳だ。

優れた曲剣使いは、盾ではなく剣自体でパリィを行う技術に長けている。

嘗ての時代(ダークソウル)でも、一部の亡者剣士や他次元の不死人達が侵入し絶妙のタイミングで使われた結果、手痛い反撃で殺された記憶が彼の脳裏を過る。

 

「――くッ、誘いを見抜けなかった…!」

 

 攻撃に専念し深く踏み込んだ事が災いし、見事に打ち払われた剣と握り手が虚空を泳ぐ。

 

「――ッ…!」

 

 攻守は完全に入れ替わり、今度は灰の剣士が攻め立て逆にオーレルが追い詰められる側となる。

オーレルが線とするなら、灰の剣士は円――。

掴み所のない変幻自在の剣技が四方八方から襲い掛かる。

右かと思えば左、上かと思えば下からの攻撃が間断なくオーレルを責め立てた。

オーレルも優れた剣士で防御の術は心得ている。

だが灰の剣士は、独特の旋律(リズム)で剣を繰り出し彼の防御に容赦なく揺さ振りを掛け続けていた。

緩やかに舞うかと思えば、次の瞬間には激しい激流の如き攻め――。

流麗にして苛烈な剣技がオーレルの守りを翻弄する。

それは嘗ての時代にて何度も殺された、カーサスの剣士や法王騎士の技を融合させ模倣した独自の剣術を編み出していた。

カーサス剣士の激流の如き剣術、イルシール法王騎士の踊りの如き流麗な剣技。

その異なる特性を独自に融合させた剣技の前に、流石のオーレルも圧倒され続けるばかりだ。

 

――剣技だけで流れを変えたいが、止むを得ないな。

 

何度か剣術で彼の攻撃を崩そうと試みたが、変幻自在の剣技の前に全く機を見出す事ができず、オーレルは仕方なく別の手段を講じる。

 

「…?魔力…、付与(エンチャント)の類か?」

 

 バックステップで一旦後退したオーレルは、剣先に魔力を集中させる。

彼の持つ刀身に、炎を冷気という相反する属性が纏わり付いた。

その現象に、灰の剣士も思わず剣を止め見入ってしまう。

炎と冷気という複数の魔力の同時使用――。

かの時代でも、然う然うお目に掛かれない極めて珍しい技法が展開されているのだ。

 

「――行くぞッ!」

 

 再びオーレルから仕掛ける。

木剣とは言え、刀身は炎と冷気を帯びた状態だ。

二つの属性を纏った状態での連続攻撃が、灰の剣士に繰り出される。

唯でさえ素早い連続攻撃に加え、二つの属性が威力を底上げしているのだ。

スピードとパワーを兼ね備えたオーレルの攻めに、再び攻守の主導権は入れ替わった。

 

「――…っ!」

 

 灰の剣士も持ち前の剣術を駆使し体軸を変えながら凌ぎを続けるものの、またもや防戦へと追い詰められた。

先程までは一歩も後退する事は無かったが、今の攻撃は威力と鋭さを兼ね備え受け流し切る事が厳しくなっていた。

 

――止む得ん、私も使()()か。

 

何とか彼の一撃を受け流しつつも体勢を入れ替え、灰の剣士は間合いを離す。

両者の間合いは離れ、再び対峙する形となった。

 

「…剣に風…?」

 

 間合いを離した灰の剣士は、刀身にソウルを込め小さな嵐を生み出す。

それは先日、聖黄金樹の影響で体験した見知らぬ世界(狭間の地)にて会得した技だ。

何処となく似通った嘗ての世界(ダークソウル)との共通項が、あの世界にも存在していた。

既にソウルの流れは、完全に把握している。

 

――よし、使えるな。

 

彼の目論見通り、この四方世界でも再現できる事を確信する。

 

「――せッ!」

 

 再び構え直した彼は、戦技『嵐の刃』をオーレル目掛けて放つ。

 

「――ぐぉッ!?」

 

 彼の刀身から放たれた嵐の弾丸が、オーレルに炸裂した。

初見とは言えオーレルは防御に成功している。

だが、衝撃と斬撃を伴った嵐の弾丸は、オーレルの防御を突き崩し劣勢へと追い込んだ。

 

――以前に見た、カタリナの騎士とやらの技に似ているな…!

 

ダークゴブリン戦を思い出すオーレル。

かの戦で、カタリナの騎士ジークバルドが繰り出した戦技『嵐の螺旋撃』が、並み居る小鬼の群れを蹂躙した。

(本編前夜編・第84話参照)

いま灰の剣士が解き放った『嵐の刃』は、ジークバルドの戦技に比べれば威力も効果範囲も遥かに劣る技だ。

だが隙も消耗も軽微で、連続使用に適していた。

何発も放たれる『嵐の刃』に、オーレルは防御に徹せざるを得ない。

しかし、特性や弾道自体は単調で、直ぐに癖を掴む事ができた。

 

――此処だッ!

 

かれこれ10発以上は受けただろうか。

流石に慣れが生じ、オーレルは嵐の刃を剣で打ち払いながら肉薄を試みる。

隙が少ない戦技とはいえ、必ず付け入る領域はあるものだ。

彼の予備動作を見極めたオーレルは、刀身に一層の魔力を込め彼に切り掛かった。

しかし灰の剣士も予測していたのか、透かさず戦技を止めオーレルに対し突撃――。

両者の剣は激しくぶつかり合い、互いの木剣は破損する。

 

「……!」

「……!」

 

 灰の剣士とオーレル。

互いの首元へと破損した木剣が宛てがわれ、両者は動きを止めた。

二人は額に汗を滲ませながら暫し無言で視線を交わし合う。

だが程無くして両者は互いに距離を取り、納刀しながら一礼を以て修練を終えた。

 

「「「「「……」」」」」

 

 何時の間にか周囲も言葉を失い、ただ見守る事しか出来ないでいる。

オーレル目当てに見物していた女性陣も、野次馬根性の男性陣も唯々二人の稽古に釘付けとなっていたのである。

 

(推奨BGM ルルアのアトリエ ―― 仔猫の昼寝 )

 

「流石だオーレル卿、瞬間的な速さでは私よりも上だった」

 

「当然だ…と言いたいが、アンタの多彩な剣技には驚くばかりだ」

 

 稽古を終えた二人は互いの剣技を称え合う。

 

「今度やる時は、お互い”刀”を使おうじゃないか」

 

 両者とも今回の稽古では、本来の獲物を使う事は無かった。

もし二人が”刀”を使っていれば、違う展開と結末を迎えていたのは想像に難くはない。

次に剣を交える機会があれば刀の使用をオーレルは提案し、灰の剣士も快く引き受ける。

 

「…腹が減ったな、食事にしようか?」

 

「何とかライザ達を探して、彼女らも誘ってみようか?」

 

「いや、それは止そう。折角の機会だ、二人で”剣”の事でも語らいながら…と言うのはどうだ?」

 

「それは良いかも知れぬ。剣を話題に胃を満たす…賛成だオーレル卿」

 

「決まりだな」

 

 思っていた以上に動いたのか、空腹を告げる音が二人の胃から鳴り響いている。

オーレルが食事を打診し、灰の剣士は今不在であるライザ達を誘ってみようかと提案するが、二人だけで食事にするという旨をオーレルは告げた。

折角”剣”という共通の話題で盛り上がれそうな相手が傍に居るのだ。

オーレルにとって、今回の稽古は中々に有意義なものだった。

その事も手伝い、今回は二人で食事と共に存分に語り合う事にしたのである。

稽古を終えた二人は、呆ける周囲など歯牙にも掛けずギルドを後にした。

今回は趣向を変え普段利用する冒険者用の店ではなく、別の食事処に通う事にする。

ふだん仏頂面の多い二人だが、この時は互いに笑みを受かべ食事と会話を楽しんだ。

 

食事も過ぎ二人はライザ率いる女性陣と合流、再び工房(アトリエ)へと戻り各自自由な時間を過ごした。

そして夜が更ける前に皆と別れた灰の剣士は、風呂と身なりを整え地母神神殿へと向かっていた。

(当然この事は、ライザ達には内緒にしてある)

目的は無論、聖黄金樹――正確にはソレを通じて”あの世界《狭間の地》”へと降り立つ為である。

先程オーレルとの稽古で、あの世界(狭間の地)で得た戦技『嵐の刃』の再現に成功した。

その事実に一種の確信を持った彼は、再びあの世界へ赴こうとしていたのである。

理由など語るまでもない。

あの世界の戦技や魔術に出会い会得する事で、更なる力を得ようと画策していたからだ。

故に、彼は予め司祭長に打診していたのである。

表向きは聖黄金樹の再調査という名目だが、司祭長は意外にもあっさりと受け入れてくれた。

聖黄金樹には、まだまだ未知なる部分が大きく、灰の剣士が関われば更なる進展が望めると彼女も思案していたのだ。

そういう意味では互いの利害が一致し、灰の剣士へ通行用の手形が渡されたのである。

この手形を守衛の兵士に見せれば、殆どの手順を省き神殿へ入る事が許される。

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 変な奴 )

 

「「……!」」

 

 苦虫を噛み潰したかのような不快な表情を浮かべる守衛の衛兵たち。

本来、実績と信用を兼ね備えた者だけに譲渡される手形を、何故()()()が持っているのか。

 

「通して貰うぞ」

 

「「――チッ…!」」

 

 睨み付け舌打ちする兵士達を余所に、灰の剣士は神殿の入り口を過ぎ去った。

またもや彼の背中から、衛兵の陰口が聞こえて来るが何の関心も無い。

彼は、真っ直ぐ聖黄金樹の下へ向かう。

そしてこの前と同じく腰を降ろし『虫除けの香』を焚きながら、ジェスチャー『古竜への道』で精神統一を図った。

既に辺りは暗くなり、聖黄金樹は淡い黄金の輝きを放っている。

 

――あの巨大な黄金樹とは、違う彩を放っているか?

 

以前マルギットから止めを刺され、死に瀕する直前に見た巨大な黄金樹――。

死ぬ間際であったため視界の色は殆ど褪せていたが、不思議と黄金樹の色だけは鮮明に記憶している。

あの巨大な黄金樹が放っていた光と、今の聖黄金樹が放つ光は少々趣が違うように感じられた。

あの世界(狭間の地)の黄金樹の光は、見るもの全てを圧倒せんばかりの強烈な黄金色の光を解き放っていた。

しかし今眼前に在る聖黄金樹の光は、黄金ではあるものの僅かに白色を帯び柔らかな印象を抱かせた。

巨大な黄金樹は心なしか圧し付ける様な威圧感を思わせたが、聖黄金樹は包み込むかのような安心感を漂わせている。

尤も聖黄金樹は成長途中で、今後どう変化するかは未知数でもある。

だが、夢にも似た体験で異世界へと降り立てたのだ。

何らかの繋がりはあるとみて良いだろう。

 

――少し楽しみだな。

 

知らず知らずの内に暗い笑みを浮かべた彼は、あの世界(狭間の地)へ降り立つ事に言い様の無い愉しみを覚えていた。

どの様な戦技や魔法、そして装備に出会えるのか。

そして如何なる方法で得た情報を持ち帰るかを思案しながら、聖黄金樹から流れ出るソウルと意識を同調させる。

 

………

……

 

(推奨BGM エルデンリング ―― リムグレイブ )

 

 目の前には、見覚えのある不可思議な光が床に佇んでいた。

 

「祝福…だったな。……成功したか」

 

 気が付けば、彼は覚えのある防具の重量感を感じながら『祝福』と呼ばれる光に腰を降ろしていた。

そして祝福の周囲は、石造りの壁面に覆われ此処が屋内である事を悟る。

この景色も記憶に新しく、直ぐに思い出す事ができた。

 

「このまま進めば、あの強敵…忌み鬼のマルギットだったか?彼が待ち構えている筈だ」

 

 腰を降ろしたまま視線を傾ければ、暗い黄金に彩られた霧の壁が進入路を塞いでいる。

この霧も彼が幾度となく体験したかの時代(ダークソウル)に酷似していた。

本当にこの世界(狭間の地)は、かの時代(ダークソウル)と共通点が多い。

更に今の身体も、あの時と同じく騎士鎧の男の物だった。

元の自分と比べ相変わらず身体能力に不安は覚えるが、あれから(初めてマルギットに敗北した)幾許かの時が経過した事を悟った。

このまま自分を待ち構えているであろうマルギットに挑む事も考えたが、敢えてそれを押し留める事にする。

先ずこの男のソウルと意識を同調させ、記憶を読み取らせて貰う事にした。

他人の領域を覗き見するようで、些か不謹慎にも思えるが今はとにかく情報が欲しい。

 

――確かマルギットは、私の事を『褪せ人』と呼んでいたな。

 

以前マルギットが発言していた言葉を思い出し祝福に腰を降ろしたままの体勢で、騎士鎧の男(褪せ人)の記憶を読み取ってゆく。

 

……

 

――成程な、そういう世界であったか。

 

褪せ人の記憶を読み取り、この世界の基本的な情報を得るに至った灰の剣士。

足りない情報は、ソウルの業を使いインベントリから用紙や書物などを出現させる。

それ等を読み漁り、この世界の更なる情報を得る事が叶った。

 

狭間の地と呼ばれるこの世界。

世界を支えていた『エルデンリング』が砕け”黄金律”が崩壊した事。

その事により、この地は呪いと冒涜が降り注ぐようになった。

つまりは”壊れかけの時代”を迎えていたという事。

そしてこの褪せ人は、瞳から祝福が色褪せ一度は狭間の地から追放されていたという。

だが再びこの地へと戻ってきた理由――。

それはエルデンリングへと(まみ)え『エルデの王』と成り、この世界を修復する事を使命としている事。

 

「また()か…。つくづく縁があるな」

 

 独り言とも気付かず、灰の剣士は辟易とした思いを抱きながら悪態を突く。

自ら薪となり『最初の火』へと我が身を捧げ世界(ロードラン時代)を延命させながら、最後は自ら『最初の火』を消し火の時代(ロスリック時代)を終わらせ『薪の王』へと至った。

その道半ば、心境の変化でロンドールへと協力し最初の火を簒奪し『ロンドール闇の王』へと就任した事もある。

 

「この男も気の毒だ。”王”という概念は、押し並べて()()()()()()だというのに…」

 

”王”という響きに一見煌びやかな象徴を感じさせるが、今までの体験上、碌な存在ではないのは”嫌”と言うほど身に染みていた。

今自分と身体を共有している”褪せ人”が、どの様な想いで『エルデの王』を目指しているのかは灰の剣士には解らなかった。

だがこの世界も、今まで自分が体感してきた世界と似ている部分が多分に含まれている。

恐らく”王”なる存在も、決して心地の良いものではない筈だ。

この褪せ人に、些かに同情の念を禁じ得ない灰の剣士であった。

 

「円卓…行ってみるか」

 

 さて何時までもこうしている訳にもいくまい。

いつ元の世界に戻されるかも知れない状況なのだ。

限られた時間内に可能な限り情報収集を成し自らの糧にする為、態々狭間の地へと降り立ったのだ。

褪せ人の記憶と手元に有る地図を読み取り『円卓』と呼ばれる地へと転移を開始する灰の剣士。

矢張り、あの時代と同じ感覚で転移を行使する事ができる。

懐かしくも奇妙な感覚に身を任せながら、彼は未知なる空間『円卓』と呼ばれる場所へと辿り着いた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

緋雫の聖杯瓶

 

かつて恵みの雫を受領したという、黄金の聖杯を模した瓶。

 

緋色の雫を満たし、使用によりHPを回復する。

また、祝福で休むことで補充される。

 

墓地に流れ着き、ただ死んでいくはずの体は

おそらく、これによって癒されたのだろう。

エルデンリングを求めるために。

 

茨の道と知りながら尚、褪せ人達は黄金樹を目指すのだ。

エルデの王たる使命を我が身に課しながら…。

 

 

 

藍雫の聖杯瓶

 

かつて恵みの雫を受領したという、黄金の聖杯を模した瓶。

 

青色の雫を満たし、使用によりFPを回復する。

また、祝福で休むことで補充される。

 

墓地に流れ着き、ただ死んでいくはずの体は

おそらく、これによって癒されたのだろう。

エルデンリングを求めるために。

 

他次元の王は、一人の褪せ人と共に使命の道を支えた。

たとえ思惑が違おうとも、我関せずを貫く事など出来なかった。

嘗て『薪の王』と呼ばれた彼は、王という不条理な道の果てに何を思うのか。

火の無い灰、または灰人。

褪せ人と灰人が共有する、奇妙な冒険譚が其処には在った。

 

 

 

 

 

 




 再び狭間の地へと降り立ちました。
まぁ、ある程度はサクサクと進めていくと思います。
でないと、何時まで経っても終わりが見えて来ないので。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/
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