ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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新年明けましてオメデトウ御座います。

ドーモです。
2023年が始まりました。
良い一年になる事を願い努めていきたいです。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第114話―村の小鬼退治2・見切り

 

 

 

 

 

 

ノコギリ鉈

 

狩人が獣狩りに用いる、工房の「仕掛け武器」の1つ。

変形前は人ならぬ獣の皮膚を裂くノコギリとして。

変形後は遠心力を利用した長柄の鉈として、それぞれ機能する。

刃を並べ血を削るノコギリは、特に獣狩りを象徴する武器であり、酷い獣化者にこそ有効であるとされていた。

 

独特の刃を持つこの武器は、四方世界では馴染みのない武器であり使用者などほぼ皆無。

本来は、『月の啓蒙』と『血の神秘』に塗れた古き都にて誕生した武器でもあった。

 

ノコギリ槍

 

狩人が獣狩りに用いる、工房の「仕掛け武器」の1つ。

変形前は人ならぬ獣の皮膚を裂くノコギリとして。

変形後は距離をとって戦う槍として、それぞれ機能する。

刃を並べ血を削るノコギリは、特に獣狩りを象徴する武器であり、酷い獣化者にこそ有効であるとされていた。

 

獣の病は確実に這い寄る。

時空を越えて尚、獣の性は領域を侵すのだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 悪の所業 )

 

 既に事切れていた。

そう思っていた女は突然目覚め、膨れた腹を抑え激しい痙攣を繰り返す。

だがそれも束の間。

女の股座から、血と羊水に塗れた小鬼が排出される。

 

それも3体――。

 

その光景を直視したゴブリンスイーパーは、兜を乱暴に脱ぎ捨て木陰で嘔吐していた。

ゴブリンスレイヤーと灰の剣士も数多くの小鬼退治に携わってきたが、小鬼の出産に立ち会った事など今日が初だ。

流石の二人も、この光景には唖然と絶句するのみだ。

小鬼を生んだ女は、行方不明とされていた村長の娘だった。

出産した小鬼――つまり彼女は小鬼に孕まされていたという事になる。

 

「「「……」」」

 

よもや出産の現場に立ち会おうとは予想だにしておらず尚も呆ける彼等だが、事態を進展させる為にも何らかの行動を起こす必要に迫られる。

とにかく次なる行動に移さねば、状況は何も変わらないのだ。

 

「GYEE…」

「GYUI…」

「GUYU…」

 

 体外へ排出された、赤子の小鬼3体――。

これが、あの醜悪で悪辣な小鬼なのか?

そうは思えない程の、愛くるしい無垢な産声を上げている。

寝顔そのものにしてもそうだ。

これが成長すれば、あの下卑た嘲りを浮かべ悪行の限りを尽くす小鬼へと変じるのだ。

 

不謹慎かもしれないが、場違いな保護欲を抱いてしまう灰の剣士。

だがそれは彼だけではない。

幾分落ち着きを取り戻したスイーパーでさえ、同じ感情を抱いてしまったのだから…。

それ程までに小鬼の赤子は、無垢とも言える存在だった。

 

「…アァは…あは…ヒィハハハ…産んじゃったぁ…生まれちゃったぁ……、アァヒィヒ…あたしの赤ちゃぁあん…小鬼の赤ちゃぁんだぁ…ァあっハぃハハハ………」

 

 村長の娘は、狂った笑い声で産まれたばかりの小鬼を抱き寄せる。

その様は何とも愛おし気で、我が子を守る母親の表情を浮かべつつも眼は血走っていた。

 

「ァあぁ…そう…だぁ…ミルクあげないとぉ…ねぇ…、出るかなぁ…あたしぃ…ぃいッハッハハャハ…」

 

 これ以上見るに堪えない。

女は完全に正気を失い、人格崩壊を起こしている。

赤子の小鬼に乳をやろうと自らの乳房を吸わせるが、その部分から垂れ出たのは紅い液体だった。

 

「…退()け…女…」

 

 真っ先に動いたのは、ゴブリンスレイヤー。

女と3体の小鬼を無理やり引き剥がす。

 

「あぁぁあ…いぃ…やぁあ…、あたじぃのぉ…赤ぢゃぁん……」

 

 強引に小鬼を引き剥がされた女は、小鬼を取り戻そうと覚束ない手で宙を泳がせる。

彼女の乳房からは血液が滴り落ちていた。

赤子の小鬼は、母乳など飲んでいない。

血を飲んでいたのだ。

その証拠に、乳房の周囲には小さくも鋭い歯型が刻まれ、引き剥がされた小鬼の口からは、彼女の血が垂れている。

ゴブリンスレイヤーは、引き剥がした小鬼を無造作に地面へと放り投げた。

多少の自我は残っていたのだろうか。

女は、呻き声と力無い泣き声で小鬼の下へ這いずろうと足掻く。

これから成す事など分かり切っている。

 

たとえ純粋無垢な赤子の小鬼とて、人目に付いた以上放置は出来ず殺すしかない。

小鬼は長じれば、必ず人々に害なす存在へと成り下がる。

今までだってそうだ。

小鬼は皆殺しだ。

成長すれば、必ず害悪な存在となる。

ならば、純粋無垢な内に教育を施してみればどうか?

無駄に決まっている。

頭のいい奴が、とっくの昔に試した筈だ。

もし成功していたなら、こんな状況に陥ってはない。

大切な肉親である、姉さんだって殺される事はなかった筈だ。

俺自身が小鬼を殺す事など、息をするに等しく出来る。

それが、産まれたばかりの小鬼でもだ。

 

だが…アイツはどうなのだろう。

 

善良だとか甘っちょろい事を抜かしやがる、あのバカ(剣士)は――。

 

「証明してみせろ…、今此処で…!」

 

 ゴブリンスレイヤーは、灰の剣士へと向く。

そして顎でしゃくり、地面に打ち捨てられた痛みで泣き喚く赤子の小鬼を()()と要求した。

 

「お前は小鬼を殺す事が出来る。それを今この場で、示してみせろ…!」

 

「……」

 

 彼は要求する。

たとえ赤子でも小鬼を殺さなければならない、と。

 

灰の剣士に対して。

 

「……」

 

 彼はゆっくりと3匹の小鬼に近付き、鞘からシミターを引き抜いた。

横では、スイーパーがスレイヤーに対し抗議の声を上げている。

 

人にやらせるな!と。

 

…解っている。

やらねばならない事だ。

今まで小鬼に関わり、人の益になるような事例に遭遇した事など、一度でもあっただろうか。

残念だが、唯の一つも見た事がない。

出会って来た小鬼は、皆押し並べて残虐で悪辣な個体ばかりだった。

救い難い程に無根拠な自信と邪欲に溢れ、罪なき弱者に悪意をぶつけてきた。

今は無垢な赤子だが、成長すれば人々の害悪となる。

小鬼とは、()()()()種族だ。

恐らく、あのダークゴブリンに関わった小鬼達が異端なのだろう。

そうだ――。

何を迷う必要がある。

ただ刃を振るえば良いだけ。

簡単じゃあないか。

スッと一薙ぎすれば、直ぐに死ぬのだ。

それだけの事。

 

彼は静かに剣を振り上げる……。

 

………

……

 

( 推奨BGM 隻狼 ―― 荒れ寺の仏師 )

 

   ―― ただ剣を振るい敵を殺す…。余りに虚しい道よの…其処元 ――

 

……。

 

どうして今更、我が師の言葉が過る。

 

   ―― 活人剣…人を活かす為の心と道よ。……何を寝惚けた事を…そう思うだろう?…この終わりの時代に世迷言を…だからこそ()であれ ――

 

彼の時代、灰の墓所のグンダの広場にて修練に励んだ時期の事だ。

火継ぎの祭祀場で静かに佇む『達人』と呼ばれる男に幾度も敗北を重ねた、当時の灰の剣士。

ひょんな事から彼に、剣術のイロハを教わる切っ掛けを得、数々の技を叩き込まれた。

その時の記憶が、何故か今になって蘇ってきたのだ。

 

   ―― 一殺多生…一つの悪を斬り多くの善を生かす…我が東国に伝わる習わしよ。ただ殺すだけの剣など、血に酔った修羅()と何が違おうか ――

 

人を活かす為の剣、活人剣――。

 

剣とは基本、敵対者を斬り殺す為の道具であり武器だ。

だが『達人』の故郷である『東国』では、剣術を一つの『道』として捉え多くの考えを生み出してきた。

その独特の考えの一つに、人を活かす剣という思想が存在する。

剣術は確かに敵を殺す為の武術で一つの手段だ。

だが『活人剣』とは、単なる技術としてだけでなく人としての高みを目指す武道として昇華させた、一つの思想形態とも言える。

残虐な殺戮衝動だけに身を委ねず、高潔な精神を身に宿し敵を斬る。

 

―― お言バ、です、ガ…師よ…モはや、消え、ゆくコの、世界、に…心なド、何ノ意味も、ありま…セぬ ――

 

何もかも終わろうとしていた彼の時代――。

その時代に相応しく、自身の心さえ喪失しようとしていた亡者寸前の(灰の剣士)

全てが消えゆき希望さえ燃え尽きんとしていたあの世界に、人を活かす高潔な精神など宿した処で意義など見出せようもない。

何れは自分も亡者へと成り果てよう。

掠れた言葉を必死に絞り出した彼は、達人に疑念をぶつけた。

 

   ―― 意味は、あるとも。其処元の内に潜む『獣』と向き合う為にもな…。心とは…時空をも凌駕する神秘の遺伝子(ミーム)なのだ ――

 

たとえ最初の火が燃え尽き世界が死と闇に満たされようとも、心は世界に溶け込み時空をも越え新たな世界へと宿る。

活人剣の教えも時代を跨ぎ、何時の日か新たな誰かへと伝染し、心の遺伝子に宿り芽吹くだろう。

その時の達人は僅かに微笑み、彼を諭していた。

 

――そうとも…一つの悪(ゴブリン)を斬り、多く()を活かす。

 

それが活人剣の…我が師の教えだ。

こうして時代を跨ぎ四方世界に流れ着いた今も、その精神は自分の中で生き続けている。

赤子であろうとも小鬼を斬る。

これは必然だ。

迷う必要など何処にもない。

 

しかしだ――。

 

これまでも邪悪なソウルを宿す小鬼なら、何の躊躇いもなく斬り殺す事が出来た。

最初遭遇した時は多少の罪悪感も抱いたが、判り易い程に邪悪な彼等には敵意を持って剣を振るえた。

 

だが眼下に居る3体の小鬼はどうだ?

邪悪とは程遠く、純粋で無垢なソウルを宿している。

 

先程ゴブリンスレイヤーが、ぶっきらぼうに地面へと投げ捨て、その痛みで赤子の小鬼は皆挙って今も泣き喚いていた。

泣き叫び苦痛に喘ぐ様を見ていると、とてもではないが居た堪れない気持ちを抱いてしまう。

頭では分かっている。

これは()()()()()なのだと――。

何れ人に仇なす異形なのだ。

 

( 推奨BGM 隻狼 ―― 強者 )

 

「…フゥ…フゥ…ハァ…ハァ…ハァッ!戦技…嵐脚…!」

 

 息が詰まるように重く、今にも窒息しそうだ。

次第に荒くなる呼吸と共に意を決した灰の剣士は、戦技『嵐脚』で横たわる3体の小鬼を宙へ打ち上げた。

弱めの嵐脚だが、赤子の小鬼など軽々と宙に巻き上げる。

そして嵐脚という戦技は衝撃と斬撃を備え、弱めとはいえこの時点で小鬼の赤子は皆絶命していた。

だが灰の剣士は、敢えてシミターを一閃――。

赤子の小鬼の首は、3体とも胴から離れる。

 

「……!」

 

 しかし何を思ったのか、またもや一閃で切り返した。

 

「――いぃやあぁぁあ…やめてぇ…あだしのぉ…子供…赤ぢゃぁぁんがァ……」

 

 村長の女は、彼の足元へと這いずりながら泣け叫んだ。

そして更なる一閃――。

 

「――ごめんなさいッ…ごめんなさいッ…ごめんなさいッ…ごめんなさいッ…ごめんなさいぃッ……!」

 

 慟哭する彼女をスイーパーが抱き締め、涙ながらに謝罪する。

スイーパーも歯を食いしばり目を閉じながら、彼女を強く抱き締めていた。

スイーパーも小鬼に捕まり蹂躙された過去がある。

彼女自身、幾度も小鬼から凌辱を受け、その尊厳を嫌と言うほど踏みにじられた。

幸いにも小鬼の子を孕む事はなかったが、女の辛さは痛いほどに共感できる。

 

本当は産みたくもない小鬼の子を産まされた。

これ程にまで人格を破綻させたのだ。

初めての出産に違いない。

しかし小鬼とはいえ、望まぬとはいえ、初めて自らの子宮から誕生した小さな生命――。

スイーパー自身は母になった経験など無いが、やはり生まれた子供に幾許かの愛情が湧くのかも知れない。

それが女としての本能なのかは分かりかねるが。

 

それにしても彼は一体どうしてしまったのだろうか。

灰の剣士は尚も途切れさせる事なく()()を繰り返し、その度に小鬼の身体が細切れへと変じてゆく。

彼がシミターを薙ぐ毎に、四肢が離れ、胴が別れ、頭部が割かれ、もう完全にバラバラの状態だ。

もう原形も留めていないというのに、彼は剣を止めようともしなかった。

 

「――…!」

 

 一閃――。

 

四方世界に流れ着いた光景が、脳裏に浮かぶ。

 

「――…!」

 

 一閃――。

 

神殿での生活が記憶に蘇る。

 

「――…!」

 

 一閃――。

 

あの少女の笑顔が鮮明に映る。

 

「――…!」

 

 一閃――。

 

初めて小鬼の子供を切り伏せた事を思い出した。

 

「――…!――…!――…!――…!――…!――…!――…!――…!――…!――…!」

 

一閃――。

一閃――。

一閃――。

一閃――。

一閃――。

一閃――、一閃――、一閃――一閃、一閃、一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃一閃……。

 

………

 

……

 

 

( 推奨BGM ダークソウル3 ―― 火守女の瞳 )

 

「――ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…ハァ…」

 

 気が付いた時には剣は空振り、斬る物など()うに消え失せていた。

赤子の小鬼は完全な小粒と化し、地面には紅い僅かな小雨が点々を跡を記すのみだ。

 

「…灰の…剣…士…」

「…あ…あ…ああ…」

 

 肩で息をする灰の剣士――。

紅く染め上がった彼のシミターを見たスイーパーと格闘村民は、動揺と戦慄を覚え唯々()()()しか出来なかった。

 

「…ハァ…ハァ…ハァ…ぐッ…!」

 

 程無くして息を切らせた彼は、両手を突き蹲る姿勢を取る。

 

「……」

 

 そんな彼に、ゆっくりと近付くゴブリンスレイヤー。

そして徐に背中の幅広剣(ブロードソード)を引き抜き、彼の目の前の地面へ思いっ切り突き立てた。

 

「……!?」

 

 ドンッと僅かな振動が地面を伝い、灰の剣士も面を上げ彼の方を見上げた。

ゴブリンスレイヤーは構わず手甲を外し、『呼気』以外の全ての指輪を地面へと投げ捨てる。

…剣や指輪だけではない。

その他の多種多様な小道具類も含めてだ。

今投げ捨てられた道具類には、全て見覚えがある。

それ等は、灰の剣士が彼に手渡した道具類の数々だった。

 

「お前という人間が、よく分かった。俺は、小鬼を殺し続ける…俺のやり方でな」

 

 灰の剣士から譲渡された道具を、全て彼に返却する。

そして今の台詞。

これが何を意味するのか。

 

灰の剣士は察した。

 

彼との関係は、絶たれたのだ。

今、この場で。

 

「……」

 

 返す言葉も見付からず、灰の剣士は彼に視線を向け続ける。

 

「…お前は…小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)には、成れない…!」

 

「……」

 

 彼はそう告げ、その場から立ち去ろうと背を向けた。

だがその矢先、突如静観していた格闘村民が在らぬ方へと指を差す。

彼の差した先には、遠間だが煙が上がっている事を発見した。

 

「あの方角は…我々の村だ。村に、火の手が……!」

 

 彼の言葉に他の3名も、立ち昇った煙へと視線を向ける。

昇る煙は複数で、かなり勢いも強い。

唯の火事にしては少々異常にも思える。

ここから村まで、さほど離れてはいない。

今から急行すれば、事態の収拾も叶うだろうか。

 

「…原因は分からないが、村から小鬼らしきソウルを感じる…幾つもだ。此方の隠し通路、奥の方からだが微弱な人らしきソウルが流れ込んで来る」

 

 手を突き打ち拉(うちひし)がれていた灰の剣士だが、ヨロヨロと立ち上がり小鬼の存在と人の存在を仄めかす。

 

「そうか。……俺は村の小鬼を殺す。灰よ、お前は其処の隠し進入路を調べろ。使えんお前でも、ケジメを付ける事位は出来る筈だ」

 

「――スレイヤー!彼は貴方とは違うの…!誰もが貴方と同じ立ち位置に居ると、思い上がらないで…!」

 

「そうか、ならお前は女を診ていろ。……。小鬼を殺すのに、()()()()する奴など俺には必要ない」

 

「――スレイヤぁーッ!!」

 

 小鬼の存在を聞いたゴブリンスレイヤーは、単身村へと向かおうとする。

やはり見切りを付けていたらしく、灰の剣士を同行させる素振りを見せようともしない。

寧ろ共闘されては迷惑だと言わんばかりの態度で、傍に所在する隠し通路の探索を命じる。

ゴブリンスレイヤーの態度が癇に障ったのか、スイーパーが怒気を強めた口調で彼に反抗した。

しかし彼は行動を改める事もせず、そのまま村へと走り去ってしまった。

 

もう灰の剣士と組む気など微塵も無い――。

 

そんな意味合いの言葉を残して……。

 

…暫く立ち尽くしていた3人――。

しかし気持ちを切り替えたのか、灰の剣士は彼が投げ落とした武器や道具類を回収する。

彼に見限られた灰の剣士。

確かに、動揺に値する難事だろう。

彼自身どう思っていたのかは推し量れないが、少なくとも灰の剣士は彼を信頼していた。

そんな彼の信頼を裏切ってしまった結果に心が揺れるも、何時までも呆けてはいられない。

まだ依頼は完遂出来ていないのだから。

 

「…私は、この進入路を探索する。二人はどうする?」

 

 火の手が上がった村も気になるが、小鬼が出現した進入路も放置はできない。

彼は、この進入路を調べる旨を告げ、他二人の行動指針を問う。

 

「私は村に向かうね。…彼を一人にするのも少々危険だわ」

 

 村長の娘を抱えたままになるが、スイーパーは村へ向かう事にした。

ゴブリンスレイヤーは確かに、小鬼殺しの専門家だ。

その事自体に何の異論もない。

小鬼に固執する行動理念を彼女なりに見てきたが、放置は出来なかった。

これまでの依頼でも、細やかな部分で補佐が必要になる場面が多々見受けられたからだ。

 

「無闇に、突き進まない方がいい。副村長派の徘徊も警戒した方がいい」

 

 灰の剣士は彼女に忠告する。

被害者の一人である村長の娘が、どういう形であれ息を吹き返した。

今は気を失っているが、治療を施した状態なら目覚めた時に正気を取り戻している可能性もある。

もしかしたら彼女は、何らかの内情に通じているかも知れない。

だが副村長派に見付かれば、証拠隠滅のためにスイーパーごと殺害に至る危険性が高い。

 

「心配しないで、私の裁量で上手くやるわ。…貴方の方も心配よ」

 

 女性とはいえ彼女も、中堅冒険者の端くれだ。

自分に出来る事出来ない事の、区別ぐらいは承知している。

寧ろ、動揺している今の灰の剣士の方が危険な状態だと、彼女は案じていた。

 

「分かっている、極力慎重に事を成す。……さて、貴方はどうする?」

 

 二人の方針は決まった。

だが格闘村民は、どう動くべきか。

彼は冒険者ではなく村の住民で、自警団に所属している身だ。

そして今は、村に火の手が上がっている異常事態――。

ここは村に戻るのが賢明だと思われるが、意外にも格闘村民は灰の剣士に同行すると言い出した。

 

「…宜しいのですか?貴方は既婚者、他にご家族は…?」

 

 彼の妻は行方知らずだが、既婚者である以上、息子なり娘なりを村に残しているのではないのか?

灰の剣士は、彼の子供について尋ねた。

 

「もちろん居る、娘がな」

 

 格闘村民には一人娘が居るらしい。

その娘は既に成人を越えており、冒険者をやっているとの事だ。

娘は冒険者に憧れており、当時の彼と妻は猛反対したそうだ。

しかし、娘も頑なに意見を変えようとせず、仕方なく彼が格闘術の基礎を手解きした。

そして基本を学んだ娘は、当時村を訪れていた流浪の格闘家に師事する事で実用水準の武術を身に付けたとの事。

運動神経に優れた娘だったが、如何せん一般常識が欠如しており識字や数式には全くの順応性を示さなかったという。

また赤の他人にも無警戒に接する純粋さも併せ持ち、少々村の外に出す事には抵抗を覚えていた。

 

「だが今は、外に出して正解だったと思っているよ。この状態の村に残していたら、あの娘の事だ…今頃きっと――」

 

 副村長派が台頭するまで、何の変哲もない村だが平和そのものだった。

今でこそ冒険者へと至り外で活動している身だが、もし普通の”村娘”のままなら高確率で何らかの事件に巻き込まれていた筈だ。

何せ、好奇心旺盛の無防備に加え一般常識にも疎い。

時々は手紙を寄越し、仲間と共に忠実した日々を送っているとの連絡が届いていた。

 

「西方辺境街で主に活動しているらしいから、もしかしたら君達も見掛けた事があるんじゃないかな?」

 

「…そうでしたか。なら貴方は、私と同行して下さい」

 

 格闘村民の言う娘には一応心当たりはあるものの、そろそろ行動を起こすべきだろう。

3人は、それぞれ動く事にした。

ゴブリンスイーパーは、村長の娘を背負い村へとゆっくり慎重に進む。

灰の剣士と格闘村民は、傍らの進入路を探索する事にした。

近くには多数の遺体が積み上げられていたが、今は人手が足らず後回しだ。

 

………

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 討伐作戦 )

 

草むらに隠れた木蓋を外し、二人は進入路の中に潜り込む。

当然だが中は暗闇に覆われ、灰の剣士は松明を灯し視界の確保に努めた。

内部は荒れた岩肌で、小鬼が住むような洞窟を彷彿させた。

頻繁に目にする、何時もの小鬼の巣といった風情だった。

 

「君は『気』というものが読めるらしいね?」

 

 中を慎重に進む灰の剣士に、格闘村民が何気なく尋ねた。

 

「気…?ああ…私はソウルと呼んでいますが、仰る通りです」

 

「俺は、そこまでの領域には達していないのでね。さっき聞いた話では、この穴から人の気配を感じ取ったらしいけど――」

 

 基礎的な武術は会得していたが、格闘村民はソウルの感知など出来ようもない。

だが先程、灰の剣士は人のソウルを感知していた。

かなり微弱で弱々しいソウルだが、間違える筈もない。

 

「小鬼が通った割に、小鬼の存在は感知できません。だが罠には警戒して、慎重に行きましょう」

 

「そうだな、何があるか分からん。それにしても、この方角…このまま続けば、村に繋がってるんじゃないのか?」

 

「……」

 

 不思議と小鬼のソウルは感じない。

しかし侵入者に対し、万が一の対策を用意している事も考慮しなければならない。

ゆっくりとだが、確実に歩を進める二人。

しかし格闘村民は、この穴は村へと続いているという疑いを持ち始めていた。

この分だと、副村長派と小鬼の繋がりが更に怪しくなる。

 

――なんだか似ているな、この剣士。手紙に書いてあった人物像と…。

 

先を進む灰の剣士に続く、格闘村民。

前に届いた娘の手紙の内容を思い返していた。

お世辞にも綺麗な文字ではなかったが、必死に内容を伝えようとする努力が、手紙には滲み出ていた。

手紙の内容は、一党の仲間達と活動していた事が殆どを占めていた。

娘は頻繁に手紙を寄越していたが、次第に一人の剣士について細かく記される様になっていた。

 

――山賊に似た外套の剣士……まさか…な…。

 

手紙に書かれていた剣士と、前を歩く灰の剣士とを照らし合わせるものの、彼は頭を振り改めて気持ちを切り替えた。

 

周囲を警戒しながら注意深く進んでみたものの、然したる罠も見当たらず小鬼と遭遇する事も無かった。

 

「唯の脱出路だろうか?しかし小鬼が通ったのは事実だしな」

 

「微弱な例のソウルは近い。この扉…だな」

 

 肩透かしを食らうほどに何事もなかった唯の通路。

だが小部屋らしき区画を見付け灰の剣士は、簡素な木の扉へと手をかけた。

その扉は施錠されておらず、容易に開く事が出来た。

扉を開け小部屋の中を確認した二人は、表情を強張らせた。

 

小部屋の中には、全裸の若い女が磔にされていたのだ。

若いと言っても、30台そこそこは迎えているだろうか。

だが非常に肉感的で豊満な肢体を有しており、長い銀色の髪が身体中に纏わり付いている。

そして女の全身至る箇所に『白いべたつく何か』が付着し、部屋中を異臭で満たしていた。

 

「…小鬼じゃない、恐らく”人”を相手に…――」

 

 女にこびり付いている白い粘液だが、小鬼のものではない事を悟る灰の剣士。

余り綺麗な話ではないが、小鬼に凌辱された女を数多く見てきた。

小鬼が及んだであろう淫行の悪臭は、嫌と言うほど嗅ぎ慣れている。

そして部屋に充満する今の異臭は、小鬼ではなく人族のものであると推察できた。

かなりの回数と人数に”相手”をさせられてきたのだろう。

生きてはいるものの衰弱の様子が見て取れた。

今も女の股間からは、異臭を放つ白い粘液が零れ溢れ落ちている。

 

「ど…どうして…、どうして……俺の妻がぁぁああぁッ……!!」

 

 突然、格闘村民が泣け叫び声を張り上げ慟哭した。

 

つまりは、そういう事だ。

 

磔にされていた銀髪の女――。

彼女こそが、格闘村民の探していた妻だったのだ。

格闘村民は、磔の妻に縋りつき泣き咽ぶ。

 

………

 

縋り泣く格闘村民をどうにか宥め、女を磔から解放できた。

適当な台座へと寝かせ、灰の剣士は治癒の奇跡とエスト瓶で回復を施す。

傷自体は浅かったが、身体中至る所に裂傷が見受けられ雑菌による毒素も懸念された。

だが一通りの処置は済んだ。

少なくとも命に別状はない。

後は女の汚れを拭き取るだけだが、彼女は格闘村民の妻だ。

非常に肉感的な銀髪女に灰の剣士も劣情を催してしまうが、人妻相手に触れるのは如何なものか。

汚れを拭き取らせる役目は、格闘村民に任せる事にした。

幸い小部屋には桶に水が溜められている。

飲料水ではないにせよ、取り敢えずの汚れを落とす用途には使えそうだ。

この場を彼に任せ、灰の剣士は取り敢えず小部屋を後にする。

 

そして周囲を良く見渡してみれば、似たような小部屋が幾つも設けられていた。

案の定、小部屋には拘束された幾人もの人々を発見できた。

大半が凌辱を受けたであろう若い女達だが、中には簡素な寝台に寝かされた『男』も存在していた。

男もそれなりの人数で、みな若い。

そして男達の腕には、注射の様な器具が差し込まれており連結した管を辿てみれば、紅い血のような液体に満たされた容器と繋がっていた。

 

「何だ…?何処となく見覚えが…」

 

 この光景そのものに遭遇した経験など無い。

だが液体に詰まった容器と注射らしき器具には、何処となくだが見覚えがある。

注射に容器――。

中に詰まった紅い液体――。

まさか――。

どうするべきか――。

 

「……」

 

 些かな躊躇いもあったが、彼は男達の腕から注射針を抜き取る。

多少乱暴だが、男たちは皆気を失っており騒がれる事もない。

どの様な処置が施されていたのかは、灰の剣士には推し測れない。

とにかく好ましい光景でないのは分かる。

幸いなのは、皆がまだ()()()()()という事だ。

直ぐに意識が戻る事はないだろう。

取り敢えず男たちはこれでいい。

次に、凌辱され拘束されている女達の解放に当たった。

 

一通りの処置を済ませた彼は、格闘村民と銀髪女が居た小部屋へと戻る。

 

「…様子はどうです?」

 

「ん、ああ君か。まぁ…見ての通りだ」

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 時の傷跡 )

 

 格闘村民の献身が実を結んだのだろう。

幸いにも銀髪女は意識を取り戻していた。

流石に全裸のまま晒す訳にもいかないので、ボロ布だが胸部と陰部だけは何とか隠せてはいる。

(彼女は非常に豊満な為、胸の先端部がくっきりと浮き出ているのだが、羞恥心が薄いのか本人は然して気にもしていない)

未だ衰弱の様相は否めなかったが、会話できる程には回復している。

消耗した女から情報を得るのも些かに引け目を感じたが、今は有事で村の明暗が掛かっている。

逡巡はあったが、灰の剣士は銀髪女から経緯を聞き出してみる事にした。

 

「ハイ…!なんでも聞いて下さい…何でもお話致します……!」

 

「……え?…ええ…お願いします…」

 

 相当酷な目に合わされた筈だが、予想に反して銀髪女は快活な声音で応じた。

銀髪女の様子に既視感を覚えつつも灰の剣士は、困惑の度合いを滲ませながら聞く態勢に入る。

そんな女の隣では、格闘村民は顔に手を当て天井を仰いでいた。

 

………

 

或る日の事、小用で荷物を届ける為、副村長宅を訪ねた銀髪女。

本当に、ただそれだけの事――。

それだけで事は済む筈だった。

しかし、伝え忘れていた事を思い出し、帰路に就いていた彼女は再び副村長宅へと折り返したのである。

こう見えて彼女は様々な所で、抜けていた。

だが、先程まで応対してくれていた副村長の姿は何処にも見当たらなかった。

ここで彼女の性格が災いしてしまう。

居ないのなら後日改めればいいものを、生来の好奇心に駆られた彼女は副村長を探すついでに民家の中を少しばかり探検し始めてしまった。

いけないとは知りつつも”少しだけなら”という安易な言い訳を心の中で繰り返す内に、一歩また一歩と民家へと踏み込んでいた。

近年急激に真新しくなり豪華となった、副村長の民家。

彼女はどうしても気になり、逸る好奇心を抑えられなかったのだ。

探索している内に民家の奥から、聞き覚えのある副村長の声を聞き取る事が出来た。

彼女の居る場所は一階の筈だが、話し声は下り階段の奥から聞こえて来る。

そっと階段を下りた彼女は、声のする部屋へと辿り着いた。

僅かに空いた扉の隙間を覗けば、副村長と白い法衣を纏った男が話し込んでいたのを覚えている。

会話の内容までは上手く聞き取れなかったが聞き耳に没頭するあまり、後ろから忍び寄った自警団の男達に羽交い絞めにされてしまった。

彼女は敢え無く、副村長とその一派に確保されてしまったのである。

副村長と白い法衣の男との密談――。

内容まで聞き取れずとも、銀髪女は民家への不法侵入を犯してしまった。

当然お咎めもなく帰す訳にもいかず、彼女は”仕事”と称した、とある役割を課せられてしまった。

…そして今に至る訳だ。

 

「全くお前は、昔からこうだ…!無駄に旺盛な好奇心に加え、いつも何処かで抜けている…その上で能天気と来たもんだ……!」

 

「だ…だって、みんな”出会いがないから”って寂しいお思いをしてたんだし、私の事が”必要だ”って言ってくれたんですよ…!」

 

「それで、一週間も監禁される訳無いだろう…!そうやってお前は、子供の頃から村の男共に言いくるめられて、毎夜毎夜何人も何人も……ブツブツブツ……」

 

 銀髪女から大方の事情を聞く事は出来た。

副村長が怪しいのは、これで確定――。

だが相手側の人物が気になる。

白い法衣を纏った人物――。

先程他の小部屋で見付かった、注射針と血のような液体に満たされた容器の数々――。

寝台に寝かせられた複数の男の光景――。

 

――心当たりがあるとすれば…、()()()しか居ない…!

 

これまでにも幾度となく遭遇してきた、白い聖職服に身を纏った若い男。

尋常ならざる身体能力を有し、高い技術力と専門知識で実験と称し暗躍してきた、あの聖職者。

 

   ―― 教会の狩人 ――

 

――いや、その割にはソウルを感じ取る事が出来ん。不在なのか…?

 

女の証言と自身の記憶を照合させ、一人の人物を割り出す灰の剣士。

しかし、特有のソウルを感知する事は出来なかった。

もし件の人物が此処に居るのなら、相当距離が離れていない限り見逃す事は先ずない。

此処に居ないのか、若しくは此方の存在を察知し、悟られぬようソウルを抑え込んでいるのか。

 

――もう少し踏み込んでみるか。

 

女の目撃証言が、教会の狩人と断定するには少々情報が不足している。

口論を続ける銀髪女に、もう少し話を聞いてみる事にした灰の剣士。

だが夫である格闘村民との口論は、終わりを見せる気配がない。

どうやらこの女、副村長派や他の男達から受けた仕打ちの数々を、本当に”仕事”と認識していた様だ。

 

「そ…それはですよ、”そろそろ家に帰りたい”って言ったら皆に泣きつかれて、変な御部屋で縛られて”酷い”とも思ったけど…でもぉ…」

「そういう無防備な性分を直せと言ってるんだ!お前の()()()()()()が、あの娘にも移ったんじゃないか!」

「あ、ひどぉい…!あの娘の所為にするんですか…!?」

 

「――そこまでッ!!」

 

 何時までも埒が明かない。

強制的に二人の口論を遮った灰の剣士は、もう一度女から詳しい話を聞く事にする。

 

白い法衣の聖職者――。

それは、背の高い若い男なのか…と。

 

「あ、いいえ、違いますよ。ちょっとうろ覚えですけど、副村長さんよりももっと背が低くて、声も結構お歳だったと思います…多分…」

 

「そうですか、有難う御座います」

 

 声音を変える事で声自体を偽装させる事は容易で、白い法衣で身を覆えば身長を誤認させる事も不可能ではない。

疑えばキリも無いが、女の話が本当なら『教会の狩人』とは別人の可能性もある。

一応『医療教会』の名を挙げてみたが、二人ともそんな名は知らないと首を振った。

だが銀髪女からは、この通路から副村長宅の地下室へと繋がっている事を聞き出す事は出来た。

 

――やはり()()()()いたか。

 

このまま行けば副村長宅を経由し、村へと辿り着く事が出来るだろう。

 

さて、此処から一人で行動すべきか二人を連れ歩くべきか。

 

村には火の手が上がっており、複数の小鬼の存在も察知できる。

間違い無く戦闘に発展する筈だ。

本音で言えば、二人を連れ歩くのは足手纏いにしかならない。

 

「此処からは私一人で行きます。事態が収束するまで、此処で待機しておいて下さい」

 

 灰の剣士はそう告げるも、二人は予想に反して同行すると言い出した。

 

「……自分の身は自分で守る。それが出来るのなら構いませぬ」

 

 戦闘が予想される以上、何が起こるかも分からない状況だ。

非力な銀髪女は、まぁ夫である彼が守り通すだろう。

だが念には念を押し、彼女には傍に置いてあった竹箒を手渡し再出発する事にした。

残念だが他の小部屋に居る被害者たちは未だ意識が戻らず、このままにしておく他ない。

多少心残りではあったが、今は事態の解明が先だ。

 

彼ら3名は、通路の奥へと歩を進めた。

通路を進める途中で先程の小部屋に立ち寄り、意識を失っている多数の男女を二人に見せ意見を求めてみた。

その姿を見た二人は思わず目を背けてしまう。

だが二人の話によれば、殆どの男女は行方不明になった住民たちで、一部は外からの人間も含まれていたと語る。

そして寝台に寝かされていた男達だが、幾人かは副村長派の若者も含まれていた。

女が囚われていたのは、まだ分かる。

彼女たちは皆、凌辱の残滓が見受けられたからだ。

しかし男が囚われている理由には、見当が付かなかった。

一体何を目的としていたのか。

やはり実験が目的だろうか。

 

……

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 鼓動 )

 

歩を進める事暫し――。

通路入り口付近は荒れた洞窟といった様相だったが、次第に人工的な内装へと変容していた。

ここまで来れば、屋敷の廊下と思わしき造りだ。

銀髪女の証言通り、副村長宅に通じている信憑性が増す。

しかしある程度進んだ所で、通路が途切れてしまった。

 

「あれぇ、上に通じる階段が有ったんですけど、見付かりませんね?」

 

 銀髪女の指差す方角を見上げれば、上の段に通路が開けているのが分かる。

しかし、その為の上り階段は何処にも見当たらなかった。

周囲を具に見渡せば、上り階段は何らかの仕掛けで巻き上げられているような構造をしている。

 

「あの上の段に、レバーが有るぞ」

 

 今度は格闘村民が、レバーの存在を指し示した。

間違い無く階段の仕掛けを作動させる為のレバーだろう。

だが肝心のレバーが上の段に備え付けられており、その為の階段が途切れている状態だ。

残念だが他に通路らしき道も見当たらず、何らかの方法で上の段に辿り着かねばならない。

余計な侵入を防ぐための措置として、一方通行式にしたのだろう。

 

「登れない事も無いが…()()を使ってみるか」

 

 このままでは立ち往生だ。

灰の剣士は壁面や内装を検分してみたが、攀じ登れない程でもないと判断する。

壁面は石造りで、金属製のナイフや楔なら充分突き刺さる硬さだ。

それに彼の身体能力なら、三角飛び(キックジャンプ)の要領で跳び移る事も出来る。

だが彼は敢えて、或る道具を腰から取り出し試してみる事にした。

 

――フックショット、上手く機能してくれよ。

 

彼が手にしていたのは、フックショットと呼ばれる銃型の鉤縄射出機だ。

これは、ダークゴブリン軍が占拠していた元山賊の砦に残されていた代物である。

かなり特殊な品だったが、小鬼用に造られており射出力が弱く、そのままでは実用に足るとは言えなかった。

(本編前夜編 第89話 参照)

フックショットを手に入れた彼は、武器工房に持ち込みアンドレイや老爺に調整を依頼したのである。

射出力や巻き上げる牽引力を始め、耐久性や保持力といった様々な性能を改良して貰った。

出来上がった品は、予め武器工房で試験運用してある。

だが、必要な場面で性能を発揮しなければ、無用の長物となり唯のガラクタと化すだろう。

この状況なら、フックショットの試験運用にうってつけだ。

銃の扱いなど素人同然の彼だが、別に何かを狙い撃つ訳ではない。

要は上の段にさえ辿り着ければいいのだ。

彼は適当な壁面に銃口を向け、引き金(トリガー)を引く。

その瞬間、銃口から鉤縄上の先端部が発射され壁面へと突き刺さりめり込んだ。

射出力は充分――。

壁面に着弾しめり込んだ衝撃で、先端部の鉤が開け返し刃の役割を果たす。

かなり深くめり込んだらしく、生半可な力では吹き抜く事もままならないだろう。

後は上の段に登るだけだ。

彼は銃身下部に備わったスイッチを押し込み、巻き上げ機構(ウィンチ)を作動させる。

先端と銃身を結んでいるのは縄でも鎖でもなく、鉄索(ワイヤーロープ)と呼ばれる金属製の紐だ。

 

「――ウぉッ!?」

 

巻き取り機構(ウィンチ)が作動した瞬間、瞬時に鉄索(ワイヤーロープ)が巻き込まれる。

その巻き込む力は彼の予想を遥かに上回り、思わず声を漏らしてしまう程だった。

銃身は彼ごと突き刺さった壁面へと一瞬で引き寄せられる。

余りに高い牽引力に危うく壁面へと激突しそうになるも、彼は何とか足を壁に着け難を逃れた。

その後、巻き取り機構(ウィンチ)を解除した彼は壁を蹴り跳躍し、上の段へと着地する。

 

――フックショットか…。まだまだ改良と私自身の修練が必要だが、これは使い道があるな。

 

少々癖の強い道具だが、様々な場面での使い道を見出す灰の剣士。

フックショットに視線を向け、何度も深く頷いた。

 

上の段へと着いた彼は、傍らのレバーを引き仕掛け階段を作動させる。

幾つもの歯車(ギア)がお互いに噛み合いガラガラと音を立て、連動した仕掛け階段が姿を現した。

 

「これで行けます、上がって下さい!」

 

「おお、こんな仕掛けが…!」

 

 仕掛け階段が下りた事で、下の段で待機していた二人は灰の剣士と合流を果たす。

念のため周囲を警戒してみたが、敵らしき存在は見受けられなかった。

 

――奥まで遠くはない。幾つかのソウルを感じる。

 

後は最奥まで突き進むだけだ。

感知出来るソウルを頼りに、灰の剣士たちは歩みを再開した。

 

漸く最奥へと辿り着く一行。

眼前には、大き目の木扉が確認できる。

だが完全には閉じておらず、僅かな隙間が空いていた。

3人は、そっと木扉の隙間を探る。

 

「あ、此処、副村長さんのお家ですよ」

 

 銀髪女はこの場所を覚えていたらしく、此処からは副村長の民家という事らしい。

彼女の談によれば、此処は地下2階だと言う。

まだ奥に続いている様で、3人は更に進む事にした。

するとまたもや大きな扉に差し掛かり、灰の剣士が感知したソウルと合致する場所でもあった。

 

『……!……!!』

 

 扉越しだが、何やら言い争いらしき声が聞こえて来る。

ハッキリとした内容は聞こえて来ないが、間違いなく副村長の声だという事は確かだ。

3人は極力静かに扉へと耳を押し当ててみる。

 

『――これでは話と違うではないか…!これ以上、子供や若者を犠牲に差し出せというのかッ…!?』

 

『その通り。よもや自力で村を発展させたと思っているのかね?全ては我が教会の、お膳立てという事を忘れるな…!』

 

『――村の発展のために、次世代を担う若者を犠牲にする意味が分からん…!本末転倒だッ!』

 

『代わりの村など幾らでも有るのだよ。既に此処は用済み…!後は被検体を運搬し、拠点へと成果を持ち帰るだけだ。現に失敗作たちを村へと放ち、今頃は食い荒らされているだろうさ…!ブゥェはハハハハ…!』

 

『――下衆ジジイがぁッ…!』

 

 扉越しだが大声で叫んでいるお陰で、明確に内容が聞き取れた。

どうやら副村長と老年男らしき二人が言い争っている様だ。

老年男らしき声が、銀髪女の話していた白い法衣の聖職者という事を知る。

その老年男の口から『教会』という単語を聞き取れたことからも、医療教会との繋がりの疑惑は更に深まった。

会話の内容では、村の発展や若者の処遇について対立している様だが、副村長と老年男の思惑が擦れ違ったという事か。

更に老年男の口から、この村は”用済み”との発言も聞き取れた。

つまり今現在も村に火の手が上がっているのは、この男の仕業という事になる。

 

扉越しではあったが、副村長の口調で激昂した様子が分かる。

老年男に掴み掛ろうとしたのだろう。

 

『――お、おいッ…どう言う積りだ!?離さんか、お前達ッ!』

 

 副村長は拘束されたようだ。

部屋には、老年男と副村長以外のソウルも感知出来る。

先程の自警団たちのソウルだが、上司とも言える副村長を拘束したらしい。

そろそろ踏み込む頃合いだろうか。

これ以上粘った処で、有用な情報を得るのは期待出来そうにない。

扉の施錠を確かめるべく、灰の剣士はゆっくりと静かにドアノブを回してみる。

少々硬いがドアノブは確かに回り、鍵が掛かっていない事を確信した。

 

「…これより部屋へと踏み込みます…。お二方は、自身の安全を最優先して下さい…」

 

 現場に踏み込めば、ほぼ確実に戦闘へと発展する。

灰の剣士は、同行している夫婦へ安全確保の徹底を告げた。

二人も静かに頷いた後、灰の剣士は思いっ切りドアを蹴飛ばし部屋の中へと踏み込んだ。

上質の木扉がバァンッ…と音を立て勢いよく開かれ、同時に灰の剣士たちが乱入する。

 

――まるで、演劇(ドラマ)の主人公になった気分だな。

 

悪徳集団の密談に踏み込む冒険者――。

宛ら、英雄譚に出てくる主人公のような展開に、灰の剣士は小恥ずかしさを覚えていた。

 

「――な…お…お前は、さっきの冒険者ッ…!?」

 

 彼等からすれば、何の前触れもなく密談に乱入してきた形となった灰の剣士たち。

彼の姿に意表を突かれた副村長の態度は、当然とも言えるだろう。

 

「チッ…!嗅ぎ付けられたか、やはり潮時という事だな」

 

 白い法衣を纏った老年男は、忌々し気に灰の剣士を睨み付ける。

聖職者と思わしき老年男の目は何とも醜悪に満ち、彼の人柄そのものを表しているかの様だ。

この部屋には、副村長と老年男の他に13名の自警団らしき男達が佇んでいた。

13名の内の一人は、黒い聖職服を身に纏っている。

あの装備構成には見覚えがあった。

確かダークゴブリン戦の本陣奇襲の時だ。

あの教会の狩人に追従していた部下の狩人も、同様の出で立ちをしていた事を思い出す。

(本編前夜編 第81話参照)

 

「医療教会…裏で絡んでいようとはな…」

 

 灰の剣士は視線で周囲を威嚇する。

副村長を含め自警団は、彼の視線に気圧され慄いた。

だが黒い装束の狩人だけは、平然と受け流す。

 

「ほ…ほぅ…我が教会を知っているとはな、何者だ…貴様…!?」

 

 医療教会の名は、世間一般では公にされていない。

その名を口にした灰の剣士の素性を問い質そうとする、老年男。

 

「……それよりも、()()は一体何だッ!?」

 

 老年男の問いに答える義理など持ち合わせていない。

しかし真に気になったのは、彼等の存在ではない。

灰の剣士は、隅に設けられた全面ガラス張りの箱形の部屋を指差した。

箱形の部屋は全面がガラスで覆われ、中には複数の子供たちが閉じ込められていたのである。

 

「副村長…村の発展とやらの為に、罪の無い若者や子供まで犠牲にするのかッ…!?」

 

 今のところ、子供達の命に別状はない様だ。

灰の剣士は子供に対する仕打ちに、狼狽える副村長へと憤りをぶつける。

 

「――そんな訳あるかッ!私が求めたのは、発展に欠かせない資金と技術力を担う人材の育成だ!若者や子供を犠牲など望むものかよッ…!」

 

 先程も扉越しの会話で副村長は、老年男に対立の姿勢を示していた。

それに、老年男に比べれば副村長の目とソウルは幾分澄んでいる。

今の彼の言葉は、本心からの台詞だと判断出来た。

 

「…では貴公等ら医療教会の目論見という事だな?何の為に村民を犠牲にする…っと聞くだけ野暮か…!実験と研究に邁進しているのだったな」

 

「フンッ…、愚鈍な冒険者にしては分かっているではないか。我が教会に対する件と言い、貴様は少々知り過ぎている様だ。貴様には死んでもらい、その血も研究の為に待ち帰るとしよう」

 

 最初から話し合いなど期待していない。

此処に踏み込んだ時から戦闘へと発展するのは、予め分かり切っていた事だ。

老年男は自警団たちに、灰の剣士の殺害を命じる。

 

「ちょっと勿体ねぇんだよなぁ…この村ぁ」

「ああ全くだ。村娘は抱き放題、酒にも食料にも事欠かねぇ…!」

「使い物にならねぇ女やガキは、引き取り先に売り飛ばしゃぁ金も入る…。こんな美味しい境遇は然う然う無いんだけどよ」

「ま~た山賊稼業に逆戻りかぁ…?まぁ、あれはあれで自由が利くけどな!」

「なぁ…この件が片付いたら、俺等に村を管理させて下せぇよ?上手く納めてみせますぜ…!」

 

 自警団たちは、各々の武器を手に灰の剣士へと迫る。

その際、老年男に対し、報酬として村の統治権を要求した。

 

「フンッ…、欲張りな連中め!まぁ貴様らの働き次第だ。早急にその冒険者を殺し、実験台へと運び込め。そうすれば外の小鬼獣(ゴブリンビースト)共を黙らせてやる!」

 

「へへ…話の分かる雇い主で助かりますぜ!」

「オラ!時間が経てば経つ分、村が崩壊しちまうだろうが!お前は、とっとと死ねや…冒険者ぁッ!」

 

「――お、お前達ッ!何を勝手に話を進めている!?私が副村長だ。村を取り仕切る立場だぞッ!」

 

 自分の知らない領域で勝手に話が進められた事に、抗議の声を上げる副村長。

今まで自分の部下であった自警団たちだったが、ここにきて急に態度を変え副村長の声など耳も貸さなかった。

 

「もう、オメェさんに用はねぇよ…っとッ!」

 

 自警団の一人が、食って掛かる副村長の腹部を蹴り飛ばす。

中々屈強な自警団の蹴りを(もろ)に受けた副村長は、派手に吹っ飛び転倒してしまった。

 

「これから俺達が、村の支配者だ!」

「おおッ!?よく見れば、後ろに居るのはあの女(銀髪女)じゃねぇか!?」

「コイツはいい!邪魔なあの男はヤッちまって、また俺達で可愛がろうぜ!」

「へっ…今まで散々使い回したから、とっくに壊れたかと思ってたんだが、何故か回復してやがる。こりゃ都合がいいぜ!」

「早くこの弱そうな冒険者、片付けちまおうぜ!これで山賊稼業の前科もチャラだ!」

 

 自警団とは名ばかり――。

彼等の素性は、心無い山賊達だった。

一人一人が、勝手な前口上で口元を吊り上げ迫り来る。

その表情に品性の欠片も見受けられない。

また男の一人が、後方で警戒する銀髪女を発見し劣情を向けた。

ここで彼等に敗北すれば、間違いなく格闘村民は殺され、妻である銀髪女は今度こそ凌辱の吹き溜まりへと引きずり込まれるだろう。

 

悪辣で残虐な今の自警団――。

邪欲と獣性を秘めた卑しきソウル――。

理性の欠片もなく底無しのヘドロを思わせる人間性――。

数え切れない悪行の既往歴(きおうれき)――。

余りに邪悪な心無き賊徒――。

 

ガラス部屋に閉じ込められた子供達に対しても、何の関心も寄せていない。

一体何が違う――。

精々、外面の皮を被っただけではないか。

彼等…否、もはや”彼等”という言葉で評する価値もない連中だ。

()()も何ら違いない。

 

混沌最底辺と呼ばれる、邪悪で下卑た緑色の異形――。

   

   ―― 小鬼(ゴブリン) ――

 

同じだ。

彼等は…いや…奴等は、あの小鬼と何も変わらない。

 

「……全ての…。…全ての小鬼が…、()()()()()なら、何も惑う事は無かったであろうな…俺も…」

 

 尚も迫る自警団に対し、腰の鞘からシミターを抜く。

 

――小鬼…いや、全ての敵対者が奴等みたいに邪悪なら、喜んで斬れるんだがな…もはや容赦はせぬ…!

 

兜とフード奥から橙色の眼光が鈍く灯る。

胸の奥からナニカが蠢いているが分かる。

今にも暴れ出し身体を破裂させんばかりの衝動が、全身を迸る。

そうとも、何も遠慮する必要などない。

救い難い程に邪悪な奴等を生かしておく理由など何処にもないのだ。

 

たとえ――。

たとえそれが――。

 

真っ当な『生者』であったとしてもだ。

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 戦闘開始 )

 

「――ちょっと痛いけど我慢しなぁッ!」

 

 男が剣を振り上げ襲い掛かる。

上段からの単純な型だが、それなりの場数を踏んでいる事が判る。

新人の冒険者などよりも余程速く、踏み込むタイミングも的確な一撃――。

手にしている武器は『スパタ』という剣だろうか。

いや、どうでもいい事だ。

男の打ち込みを身体を捻る事で躱す灰の剣士。

そのまま勢いを殺さず身体を一回転させ、男の隙だらけな首を一瞬で刎ねた。

そこからは男達が立て続けに飛び掛かって来たが、一方的な殺戮で幕を閉じる。

元山賊の自警団たちは、完全に急所を斬り裂かれ瞬く間に全滅した。

全員、間違いなく絶命している。

 

「――お、おい、何をしている!?あの冒険者を殺せッ!」

 

「――御意…」

 

 副村長を覗けば、残ったのは老年男と黒装束の狩人だけだ。

男12人が瞬時に全滅した事で、老年男は狼狽しつつも黒装束の狩人に命令を下す。

黒装束の狩人は、無機質に応え懐から武器を手に向かって来た。

普段目にしない変わった武器だ。

 

刃はギザギザで、所謂『ノコギリ』と呼ばれる代物に似ている。

また変形機構らしき部位も視認でき、構造上、持ち柄が折り畳まれた状態だ。

男の纏う黒い装束は階級が低いという事だが、先程の男達とは比較にならない俊敏な動きで、彼を攻め立てた。

短剣と変わらないリーチだが、彼を挽き切らんと素早い連続攻撃を繰り出す。

リーチが短い分、取り回しに優れた形態で隙も少ない連撃だ。

その全てを躱し切るのは少々難しく、幾つかは剣で受け流した。

刃同士が接触した瞬間、かなり激しい火花が舞い散る。

ノコギリ状の刃が、予想以上にシミターの刀身を削ったのだろう。

尚も責め立てる黒装束の狩人は、不意に武器をノコギリ状の鉈へと変形させながら攻撃を加えた。

 

――やはり変わった武器を使うな、医療教会の一味は。

 

教会の狩人を始めとした一味は、挙って変形武器を好む傾向にあるらしい。

多少の意表を突かれたものの、対応できない速さではなかった。

取り回しとリーチのバランスに優れた武器の様だが、教会の狩人の剣速の方が圧倒的に速かった。

ノコギリ鉈へと変形した一撃も難なく躱した、灰の剣士。

本来なら此処で反撃をお見舞いしたい処だが、彼は敢えてそれをグッと堪え様子を窺う。

何故なら黒装束の狩人は先程から、片手だけを用いて攻撃を行っていたからだ。

まだ何かある筈だ。

下手に反撃を仕掛ければ、隠し持っている何らかの手段を行使する危険性が高い。

恐らくは”銃”で隙を突いてくるだろう。

そこで彼は、誘いを兼ねた軽めの斬撃を振るう。

彼の読み通り、敵はもう一つの武器を忍ばせており、攻撃に合わせたカウンターを仕掛けてきた。

だがその武器は銃ではなく、ノコギリ状の”槍”だったのだが。

 

――ノコギリ鉈の次はノコギリ槍か…医療教会は随分ノコギリに拘るな。

 

鉈も槍も刃はノコギリ状だ。

この狩人がノコギリに拘りを見出しているのか、教会全体がそうなのかは定かではない。

そもそも、灰の剣士とは違う次元に存在していた組織なのだ、医療教会とは。

ノコギリ状の槍で鋭い刺突を放つ、黒装束の狩人。

だが彼は難なく見切り、シミターのパリィで攻撃を弾く。

黒装束の狩人は体幹を大きく崩し、隙だらけとなった。

彼は透かさずシミターの致命攻撃で、黒装束の狩人の身体を一閃に斬り裂き絶命させる。

彼の致命攻撃で黒装束の狩人は、血飛沫を上げ床へと倒れながら消え去ってしまった。

どうやら彼だけは不死の存在だという事が判明する。

不死の特徴とも言える、塵灰が床に遺されていた。

先程の男達に比べれば多少の腕は立ったようだが、彼の敵ではなかった。

黒装束の狩人を屠った彼は、シミターを突き出しジワリジワリと老年男へと迫る。

 

次は貴様の番だと言わんばかりに。

 

「――…ぬッ…く…来るなぁッ…、ブ…武器を捨て…て…大人しく投降しろッ…いぃ…今…なら、まだ、間に…あうぞ……!」

 

 この男、置かれている立場を理解しているのか?

追い詰められて尚、灰の剣士に武装解除と投降を要求する。

どちらが生殺与奪の権を握っている事など、火を見るより明らかだと言うのに。

何か奥の手でもあるのだろうか。

老年男は引き攣った表情で後退りながらも、ガラス部屋の方へと視線を向けた。

 

「フ…ふへへへ…、ガキ共がどうなっても良いのか、ええ!?」

 

 顔面全体、汗まみれになりながらも彼は、壁の小さなレバーへと手を掛けた。

その様子に灰の剣士も動きを止め、彼の動向を窺う。

無抵抗な子供たちを盾にされては、迂闊な行動はとれない。

動きを止めた灰の剣士に対し、老年男は勝ち誇ったかの如き笑みを浮かべ、壁のレバーを下げた。

それと同時に、ガラス部屋の床から突起物が迫り出し霧の様な機体が噴射される。

その霧は薄い緑色を帯びており、瞬く間にガラス内を満たしてしまった。

緑色の霧に満たされたガラス部屋の子供たちは、皆挙って咳き込み苦痛に喘いだ。

 

「――貴様ッ…!」

 

 苦しみ悶える子供達を見た灰の剣士は、怒りの形相で老年男に詰め寄ろうとする。

 

「おっと、ガキどもの命はないぞ…!このガスは、弱毒の遅効性だが、長時間吸引すれば死に至る…!」

 

 こうしている間にも、子供たちは外に助けを求めガラス壁を必死に叩く。

一刻の猶予もない。

だが、この男の要求に従った処で子供の命が助かるという保証は何処にもないのだ。

 

「――!!」

 

 灰の剣士は透かさず、シミターでガラス壁を斬り付けた。

しかし、ガラス壁は僅かに傷付くも、逆にシミターが根元から折れてしまう。

 

「――ッ!?馬鹿なッ…!」

 

 予想以上の強固なガラス壁に、灰の剣士も目を見開いた。

 

「ブェッハハハ…!無駄だよ、無駄ムダ。土下座して降伏しろ…!ガキども全員死ぬぞっ?」

 

 今や子供の命は、完全に老年男が握っている。

ならばカーサスの高速体術で肉薄し、老年男を排除。

その上で、あのレバーを元に戻せば取り敢えずのガス噴射は収まるのではないか。

そう見切りを付けた灰の剣士は、腰を深く落とし跳び込む構えを見せる。

 

「――余計な事を、レバーは完全にロックした。ワシを倒してもガス噴射は止まらんぞ…!」

「――…ッ!」

 

 行動は読まれていたらしく、老年男は壁のレバーを固定させてしまった。

仮にこの男を殺したとて、ガスが収まらない限り子供達に命は無い。

ガラス壁を砕こうと試みたが、薄刃のシミターでは傷を付けるのが精々――。

この男の言う通り、此処は大人しく従い助け出す好機を模索するしか方法は無いようだ。

 

「――この人でなしめぇッ…!」

 

 降伏する考えが頭を過った刹那、突如として副村長が怒りも露わに老年男に飛び掛かろうと迫った。

 

「――大人しくしていろッ!」

 

 だが老年男は、懐から小型のダートガンを取り出し矢を放つ。

大腿部に矢が突き刺さった副村長は、バランスを崩し再び床に倒れ伏した。

元々副村長は、村の発展を第一に考え老年男と手を組んだまでに過ぎず、子供の犠牲までは望んではいなかった。

 

「無駄な手間を…クズめ…!…さぁ冒険者よ、どうする…て、貴様…何をしているッ!?」

 

 副村長の乱入も退け、再び灰の剣士へと降伏を突き付ける老年男。

だが何を思ったのか、灰の剣士は老年男に背を向け再度ガラス壁へと対峙していた。

彼は、もう一本の剣――幅広剣(ブロードソード)を鞘から引き抜く。

先程ゴブリンスレイヤーが地面に投げ捨てた物を回収し、これはもともと灰の剣士が『ロスリックの高壁』から入手した武器だ。

(イヤーワン編 第16話 参照)

 

「魔力の武器…!」

 

 そしてもう片手には孤電の杖が握られ、ソウルの魔術である『魔力の武器』を行使する。

その瞬間、刀身に蒼い魔力が宿り、もう一度ガラス壁を全力で切り付けた。

 

今度こそ頑強なガラス壁は粉々に砕け散り、充満したガスは周囲に霧散する。

 

子供達の中には意識を失った者も居たが、全員生きていた。

中身が尽きたのか、これ以上突起物からガスが噴射される事はなかった。

これで、この部屋も毒ガスで満たされる危険も皆無だ。

 

「――な…あ…ありえんッ…!銃弾すら弾く強化ガラスだぞッ……ひ…ひぃッ…!」

 

 子供の命という人質も不発に終わり、老年男はガクガクと恐怖に身を強張らせる。

魔力の付与された剣を突き出し、怯える老年男を再び追い詰める灰の剣士。

だが老年男は、足下で蹲る副村長を盾に、またもや降伏を迫った。

往生際が悪いとは、正にこの事だ。

 

「ブェッハハハ…!今度はコイツの命がないぞぉッ!?()()()()いるな、冒険者ぁッ…!」

 

 形勢逆転とみた老年男は、再び勝ち誇ったかの様な下品な表情で、ナイフを副村長の首へと突き付ける。

そのナイフも、片刃がノコギリ状に加工された珍しい品だった。

 

「ソイツのお陰で、村が危機に陥ったんだ!構う事はない、副村長ごとヤッてくれッ!」

 

 後方に居た格闘村民が叫ぶ。

確かに、副村長が主導で引き起こしたも同然の事件だ。

彼が余計な事に手を出さねば、この村は今も、のどかな()()()でいられただろう。

 

「あ、貴方、言い過ぎです!あの人だって、きっと深い事情があって…」

「――お前は黙ってなさいっ!」

 

 一方の銀髪女は、優し過ぎる性分なのだろう。

彼女は、副村長に一定の同情を向けており、夫である格闘村民と口論に発展していた。

 

「そ…その通りだ、冒険者よ…!私に構わず、この男を斬れ…ウグッ!?」

「――貴様は大人しくしてろッ!」

 

 確かに、将来を担う大勢の子供と、結果的に村を危機に陥れた副村長という男。

どちらに人質としての価値…いや、命の重みがあろうか。

ここまで事態が露見したのだ。

もはや副村長に付く者など、誰一人として居ないだろう。

迷うまでもない。

副村長ごと老年男を斬り、後は外の異形を始末すれば大体は片付く。

だが灰の剣士は、剣を振るう事はなかった。

 

「貴方は、村の内情を知る重要参考人だ。ギルドにて真相を告白する義務がある、故に斬る事は出来ない」

 

 確かに事が済めば、副村長は生き残った村人から恨み辛みをぶつけられるのは確定だ。

だが、真相に深く関わった人物だからこそ、内情を全て明るみに晒す義務が残っていた。

ここで斬り殺してしまえば、真相は闇に葬られたまま村に深い影を残す。

それではこれまで犠牲となった村人たちが、果たして浮かばれるだろうか。

事情はどうであれ、黒幕に近いであろう副村長には生きて貰わねばならない。

たとえそれが、村人達の意に反する結果であってもだ。

 

「ほぅ…この冒険者、少しは道理を弁えておるなぁ…。このままワシを逃がせ…!そうすれば、村は助けてやろう、どうだぁ!?あぁんッ?」

 

 副村長の重要度を理解している灰の剣士に、老年男は”見逃せ”と調子付く。

 

「私の事は良いんだ…。2階の私室に、これまでの経緯を記録した帳簿がある。それを証拠品として持ち帰れ…!私が、馬鹿だった…。流れ者の商人から村を守ろうと発展を願うあまり、結局は悪逆なカルト集団の口車に乗ってしまった…。最初からグルだった、商人とこの組織は…!資金と技術に目が眩み、結局は次代を担う多くの若者を犠牲に追いやってしまった。これは当然の報いだ!さぁ…私ごと、この男を斬れぇッ…!」

 

「副村長…アンタ…」

「…副村長さん…」

 

 覚悟を決めたというのか。

副村長は確かに重要参考人だが、2階の私室には全容を記録した帳簿が有ると訴えた。

仮に自分は死んでも、その記録があれば全てを明るみに晒す事は可能。

彼も彼なりに、村を守ろうと必死だったという事だ。

だが、大勢の若者の犠牲を知りながら黙認していた事に負い目を感じていたらしく、彼は死を覚悟していた。

彼の本心を知ったのか、格闘村民と銀髪女は何ともやるせない表情で副村長を見る。

 

「えぇいッ…!ベラベラと喧しい奴だ!おい、早く剣を降ろし道を開けろ!コイツは安全が確保され次第、放してやる…!」

「コイツの言う事に耳を貸すな!早く私ごと切れ、冒険者よ!」

 

「……」

 

 尚も言い争いを続け、拘束を解こうと身を捩る副村長と老年男。

追い詰められているを理解しているのか、老年男の態度にも余裕が見られない。

未だ逡巡しているのか、灰の剣士は無言で立ち尽くしたまま――。

 

「副村長…いいのか…?」

 

 だが戸惑いがちだが副村長へ声を掛ける。

 

「いいんだ。もう私の命に何の価値もない。これ以上、子供や若者の犠牲など沢山だ…!」

「黙れ、オッサン!」

 

 副村長の返す言葉に、灰の剣士は悠然と剣を構え二人に近付いた。

 

「な…や…ヤメロ…、気は確かか…!?」

 

 覚悟を決めた副村長と、訪れる運命に恐怖する老年男。

副村長の首にナイフを突き付けながらも彼の手は小刻みに震え、手元の狂った刃が副村長の首を僅かずつだが傷付けた。

 

「フッフッフッフ…ハッハッハッハ……!」

 

 そして相対する灰の剣士――。

フードから覗く口元は醜く歪み、暗い笑い声を漏らしていた。

 

―― 生者を切り殺したくて堪らない、だが理性ではそれを否定している ――

 

もう何度目かも分からない、あの声が脳裏を過る。

だが、それがどうした。

今はもう…受け入れても良いとさえ思える。

邪悪な輩とはいえ、数人の男達を…四方世界の住民である『生者』を斬り捨てたのだ。

俺は、真っ当な生者を殺した。

今更何だというのだ。

奥に隠れた双瞳は橙色に灯り、一歩また一歩と二人へと踏み入る。

 

「――ば、馬鹿な真似はヤメロッ…」

「――斬れぇッ…!」

 

 これが先程の冒険者なのか?

まるで、得体の知れない異形の恐怖さえ感じさせん迫力だ。

 

「副村長は、ああ言ってるぜ…!」

 

 一際、双瞳は光量を増す。

 

その瞬間、一条の閃光が煌めいた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ノコギリナイフ

 

ノコギリ状の刃を持つ短剣。

変形機構は備えていない。

削り切るという特性上、ナイフ形のサイズでは何かと不便が生じるのではないか。

しかし携帯性には優れ、隠し持つという意味合いなら非常に有用でもある。

 

ノコギリという刃の構造。

獣の血肉を削り切るという理念は、教会に遺された人間性の抗いなのかも知れない。

 

スパタ

 

スパタとは重装騎兵の武器で、本来は騎兵用の剣。

比較的軽いため馬上の騎兵が片手で取り扱うことができる。

形は突き刺すために、真っ直ぐで切っ先が鋭い。

グラディウスと呼ばれる刀剣が存在するが、それと比較すれば刀身はやや長い。

 

手頃な重さと長さで片手剣としては人気もあり、多くの冒険者に好まれる。

もし何らかの方法で魔力を付与できれば、非常に心強い味方となるだろう。

 

値段は、金貨 2枚~10枚。

 

 

 

 

 

 




誤字脱字報告、指摘、誠にありがとうございます。
自分でも確認しながら執筆しているのですが、長くなるとどうしても見逃す部分が多発してしまいます。
非常に助かっています。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/

元旦だというのに、仕事だぁ…!!(←発狂)
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