ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

140 / 197
ドーモです。
変なサブタイトルですが、今回は単なるデート(?)回です。
無駄に長いお話となってしまいました。

またもや際どい描写もあります、苦手な方はすっ飛ばして下さいな。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第118話―彼の心、彼女達の想い––

 

 

 

 

 

 

リュ-ト

 

リュートは15~17世紀を中心にヨーロッパで広く普及した楽器で、貴族から庶民まで階層を超えて流行した。

弦楽器の一種――。

 

旅を続け立ち寄った街で演奏と唄を奏で、冒険者の英雄譚を謡う。

その唄に心を膨らませ、何時かは自分も――。

誰もが夢見る冒険者への第一歩だ。

 

値段は金貨3枚~天井知らず

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

( 推奨BGM ダークソウル ―― キャラメイク )

 

………

 

……

 

 

 日も登らぬ内に目が覚め、寝台から身を起こす。

特にぎこちない部位なども感じられず、手足は良く動く。

今日も身体の調子に不安は見られない。

まぁ、何時も通りと言ってしまえば身も蓋もないのだが。

木窓を開け外を眺めてみれば、空は朝模様に染まり始めていた。

空いた窓を伝い、新鮮でひんやりとした冷風が肌身に滲みる。

予定よりも早く起きてしまったらしい。

中途半端な時間的余裕が出来てしまうが、彼は普段通り身支度を始める。

いや、その前に洗面を済ませなくては…。

寝る前、桶には予め水を溜めておいた。

洗顔と口内洗浄の為だ。

歯木(しぼく)と呼ばれる細い木の枝の先端部を房状に砕いた物を用い、粉末状に砕いた石英の一種を研磨剤にして磨く。

因みに”焼塩、酢、蜂蜜”を合成した物を研磨剤に用いる事もあえるが、値段が高く上流階級層に広く普及していた。

一頻り磨き終えれば、粉末だらけの歯をうがいで濯ぎ、後に顔を洗う。

冷水の刺激が嫌でも意識を覚醒へと導き、洗浄と洗顔が終われば木櫛(きぐし)を使い頭髪を研ぐ。

安物だが歯の間隔は細かく、髪を整えるのに向いていた。

彼自身、容姿など気にも掛けないのだが、今日は素顔で街に出る事もあり、必要最低限にでも身嗜みは整えておかねばならない日でもあった。

 

「ふむ…まぁこんなものか…」

 

 壁に掛けられた青銅製の小さな鏡に、自身の顔を映し確かめる。

髪が少々飛び跳ねていたが癖毛では、矯正しようがない。

自分の容姿など、周りも注目する事はないだろう。

何せ、()()()()()()()()()姿()は街中に周知され、巷の流行言葉で通称『ブサメン』…しかも()()()()()()()()()として認知されているのだ。

一応身嗜みは整えたものの、やはり平均を大きく下回った感は否めない。

だが今更、生まれつきの顔立ちを嘆いても詮無き事だ。

王都や医療技術の発達した国なら、顔立ちを変える『整形術』という技術も存在するらしいが、そこまで拘ろうという気にはなれなかった。

 

「いざとなれば、生まれ変わりの母ロザリアにでも頼んでみるか?」

 

 ロスリックに流れ着いた『深みの聖堂』奥深くの寝室には『生まれ変わりの母ロザリア』と呼ばれる女神族が囚われていた。

他者から切り取った『青ざめた舌』を捧げる事で、生まれ変わりを叶える力を持つ不思議な女神だ。

自身の望む身体つきや容姿に加え、能力値まで自在に希望が叶うという。

彼もロスリック周回の過程で、幾度か利用させて貰った事があった。

(当時は、容姿ではなく主に能力値の変更を希望したのだが――。)

 

「…止そう、馬鹿馬鹿しい…」

 

 些細な考えに逸れてしまい、自嘲染みた表情が鈍い青銅鏡に映る。

そもそも四方世界の時代に現存するかどうかも疑わしい女神だ。

もし居たとしても、既に邪教徒辺りが囲い祀り上げているだろう。

 

「さて、服装だな。流石に冒険用など、着てはいけないか」

 

 洗面も終わり、次は着る衣類に気を使わなくてはいけない。

普段から鎧下や防具を纏う事が多く、私服を着るという習慣に、どうにも違和感を拭えなかった。

 

「御洒落…とまではいかずとも、普段着という習慣にはどうも…な…」

 

 とにかく仕事以外の目的で街を出歩く事など滅多にない。

念のためを考慮し、一応だが普段着を幾つか購入してはいた。

サイズにも気を配ってあるため、窮屈な思いをする事はない。

しかし単純に服を着るとはいえ、組み合わせや着こなし方が分からないのだ。

 

――オーレル卿かジークバルド辺りにでも教授して貰う…そういう手もあるな。

 

あの二人は貴族階級の身分だ。

余りジークバルドの普段着など見た事はないが、オーレル卿の着こなしは見事としか言いようがない。

気品と清潔感を兼ね備え、且つ戦闘面まで意識している絶妙な組み合わせ――。

あれこそ正に『貴族』を体現している服装だ。

彼の着こなしを真似れば、少しは気品を備えた容姿に近付けるだろうか。

 

――無理だな…。逆に彼に失礼か…。

 

顔立ちからしてオーレルとは違い過ぎる。

またジークバルドも端麗とは違った顔立ちを備えており、陽気さと親しみ易さを合わせた安心感を抱かせる印象だ。

下手に真似る愚行こそ、彼等に対する侮辱に他ならないだろう。

少なくともそう考え、結局は自分に見合った服装を選ぶ事にした。

とにかく小奇麗な衣服を選び、()()()を演出する。

これだけでも周囲に不快感を与える事はないという。

主に女性の意見だが、確かに一理ある。

人前に出るのに不潔極まりない格好など、無礼以外の何物でもない。

最低限の礼節として、弁えるべきだろう。

肌着は兎も角、インナーは無地で大人し目の色を着る。

季節は夏ゆえ、袖の短いもので良いだろう。

そして羽織るものだが、これは白を基調とし少しばかり意匠を凝らした物が望ましいか。

一応だが、外出用のジャケットタイプで質の良い(レザー)製だ。

これなら失礼は無い筈だ…多分…。

最後は下衣…ボトムスだ。

ここはジャケットと同タイプで買い揃えたスラックスを履く事にする。

羽織るものと同じ色合いなら、そうチグハグになる事もあるまい。

 

これで服装も問題は…ないだろう…と思う…恐らく。

正直、自信はない。

外に出、街の住民に目撃された瞬間、大笑いされ噂になってしまえばどうしよう…。

もしそうなった場合は、何時もの装備で出歩く事にしよう。

 

「まぁ、良いだろう」

 

 準備は整えた。

 

「…念の為持って行くか…」

 

 椅子に掛け掛けてあった、普段身に付ける外套(フードマント)が目に付く。

醜い自分の素顔を隠すのにも役立つが、何より”これ”が無いと周囲は認知してくれないのだ。

以前フードを外した状態で、ギルドの受付嬢に話し掛けた事があった。

 

『…あ、あ…あの…のぉ…ど、どち…ちら様ですか///』

 

 完全に自分だと認知してくれず、何処かの流れ者扱いされた記憶がある。

加えて、真面に視線さえ合わせてもらえず、とても応対どころではなかった。

あの時の受付嬢は、顔を真っ赤に茹で上がらせ両手で顔面を覆ていた。

余程見るに堪えない容貌という事か、外套の無い灰の剣士は――。

 

今日は必要ないと思うが、万が一緊急で出撃しなければならない事態に陥った場合、これで身元を証明できるだろう。

彼は外套(フードマント)を手に取り、腰に巻き付けた。

 

――これで、ちょっとした飾りにはなるな。

 

彼の美的基準では、そう判断した。

 

せっかく上質の清潔感ある服装に身を包んだというのに、それを腰に巻き付ける事で『田舎者丸出し』の格好に変貌したのであった。

 

「――僥倖ナリ!我ながら、()()ぞ!」

 

 完全に根拠の無い自信に溢れ、抜かり無しと断定した男――。

その間抜けた心は『小鬼』と同じじゃあないか。(by白面の虫)

 

彼は冒険者――。

本名は忘却していたが周囲からは、こう呼ばれている。

 

   ―― 灰の剣士 ――

 

余計な物を巻き付けた所為で()()()()と化した彼は、宿を出たのち待ち合わせ場所へと向かった。

 

……

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 辺境の街 )

 

更に日が昇ったという事か。

空は完全に朝の様相を醸し出していた。

だがしかし、どうにも空の模様が灰色がかり鈍く重い印象は否めない。

ここ最近、ずっとこうだ。

太陽は昇るのだ、間違いなく。

――だと言うのに、こうも空が沈みがちとなるのは何故だ。

何か不吉な前触れだとでもいうのか。

 

「……」

 

 考えても仕方のない事だ。

天候など、自分の思考が及ぶ領域でもない。

 

それにしても、早朝の空気は冷たくも澄み切っていた。

程よく冷えた空気が、彼の肺を廻り再度口から吐き出される。

些かに重い空だが、早朝の空気は何とも清々しいものだ。

 

街を歩けば、疎らだが人々の往来が目に映る。

その内、普段目にする賑わいに戻るだろう。

だが些かに早く着いてしまい、どう時間を過ごしたものかと思案に耽る。

約束の時間には、まだまだ猶予があった。

 

昨日の晩、まさか神殿の少女が押しかけて来るとは予想外であった。

殆ど無理やりに近い形だが、神殿への来訪を求められてしまう。

神殿に行く事自体は何ら問題ない。

どの道『星々の宇宙儀』の状態を確認おく必要があったからだ。

そろそろ堆積した呪いも、ほぼ消失しているだろう。

堆積した呪いが完全に消失した時点で再度回収し、錬金術を用いた強化改良を図る。

恐らくあと数回、解呪の義を行わねば『ダークリング』と『暗い穴』の呪いを解く事は出来ない筈だ。

あの二人が到着すれば即、神殿に向かうとしよう。

 

さて問題は、その後なのだ。

 

今日は、気分転換の為に休む事にした。

その旨を皆に告げた時、スイーパーと監督官も共に過ごすと言い始めたのだ。

本来一人で行動する筈が、何時の間にか女二人を連れ歩く流れとなった。

 

唯の散策の積りが、逢引(デート)と化してしまったのである。

実はライザまで参加しようと言い出したが、彼女は正錬金術士として登録された後、直ぐに仕事を請け負った状態であった。

つまり今日の彼女は、素材収集と錬金術に勤しまねばならないのだ。

昨夜の彼女の表情を思い浮かべてしまい、少々申し訳ない気持ちを抱いてしまう。

 

――意識する程の価値か、私は?

 

ライザが、何故ああも自分に感情を向けるのか、彼は未だに理解が及ばなかった。

思い当たる節があるとすれば、精々が小鬼から救出した時ぐらいだ。

しかしあれが原因なら、ジークバルドにも意識が向いていないと不自然だろう。

何せ、あの時は彼も同行していたのだから。

 

――よく分からん女だ。

 

分からない事を考察しても、埒は空かないと判断した灰の剣士。

彼は再び、神殿側へと意識を戻す。

さて、神殿に到着した時あの少女は確実に出迎えて来る筈だ。

しかも『開門と同時に来い』と強要されてしまった。

監督官とスイーパーの動向を聞いた途端に…だ。

そこから導き出される彼女の行動指針など、容易に想像できようというもの。

 

――彼女も付いている事だし、許可は下りるだろうさ。

 

監督官は、至高神の信徒にして司祭の地位を授かった女性だ。

ああ見えて…と言えば少々失礼だが、彼女は聖職者であり根は生真面目で誠実だ。

故に、見習い神官少女の動向も許可が下りるだろう。

 

――しかし、その面子で街を出歩く…、…周囲の視線と噂がな……。

 

若い男一人に、魅力溢れる女を複数連れ歩く。

どこぞの貴族様か。

いや、凡庸な貴族でさえ成し得ない状態で、彼は衆目に晒されるのだ。

 

「私は別に構わないが、彼女らに弊害が及ばないようにしたい処だな」

 

 今の彼は素顔を晒した状態で()()()()()()()()()()()()()()、多少の噂など気に掛けるほどでもない。

だが、今日同行する3人は面が割れている。

周囲の要らぬ噂や流言が原因で、今後の活動に障害が発生しないだろうか。

それだけは何としても避けたかった。

 

『ふわぁ~…、早起きは、やっぱ気持ちいいねぇ~…!』

『あたしはぁ…もうちょっと寝たかったですね…』

 

 一人噴水場で待機していた折、聞き覚えのある声が耳を打つ。

 

――何とあの()()が…。

 

彼は思わず声の方へと顔を向けてしまう。

だが女二人は、特に気にする風でもなく噴水の水を手で掬い顔を洗い始めた。

その声の主とは、ライザと銀髪武闘家だ。

 

「ふ~サッパリした。……ん?」

「一気に目が覚めましたね。…んや?」

 

「……」

――手拭い使わんのか?

 

 洗顔を終えた女二人は着ていたシャツで顔を拭いてしまい、持参した手拭いは何の為に有るのか意味を成さなかった。

シャツで顔を拭くという事は、完全に捲れがるという事でもある。

シャツが捲れ上がれば、当然ライザと銀髪武闘家の豊かな乳房が露わとなり、彼の眼前へと曝け出される事となった。

しかし二人は何ら気にする事もなく”桜色の突起物”を揺らしながら顔を拭き続け、ふと彼と目が合う形となる。

僅かに首を傾げるライザと、純粋な瞳を向ける銀髪武闘家。

それに対し無言なままの彼――。

 

――()()()()というに…。どうなっても知らんぞ、私は…!

 

以前にも彼女たちの胸部を視認した事はあったが、予想だにしない場面で晒されては心が跳ね上がってしまうものだ。

とにかくこの二人は無防備極まりない。

これでよく男達からの悪意を受けないものだと、不思議に思ってしまう。

 

「――あっ、お早うございま~すッ!今日も晴れですね♪」

「――今日は人が多くなるって聞いてますよ♪」

 

「…え、ええ。そうですね…」

 

「さ~て、お仕事頑張るぞっとッ♪」

「剣士さんに会えるかなぁ…?」

 

「……」

 

 快活な笑顔で挨拶を交わして来る女二人に、彼はぎこちない小声で相槌を返すのみだ。

だが女二人は特に気にした風でもなく、そのまま立ち去ってしまった。

彼女たちの背中を見送る灰の剣士。

少々呆気にとられた彼だが、彼女たちは普段通りの調子に見える。

 

「…以外と気付かれないものだな」

 

 目が合った瞬間、何か言われるのかと構えたが彼女たちは気にしてもいなかった。

どうやら、今の彼が『灰の剣士』だとは認識していない様子だ。

もしくは敢えて、その振りで通したのか――。

彼女たち一党は素材採取の後、調合作業に移る予定だ。

街でバッタリと出会う可能性は、そう高くはないだろう。

まさかライザと銀髪武闘家の二人と顔を会わせるとは思わなかった。

彼女達の乳房を直視してしまった事で少々動揺したが、落ち着きを取り戻した彼は再び噴水場で待つ事にした。

 

一方のライザと銀髪武闘家――。

 

「なぁんか今の人…、どっかで会ったかなぁ?声も何となく……」

「何と言うか…物静かでカッコ良かったですね♪」

 

 噴水場を後にした彼女たちは後ろを振り返り、さっきの男が灰の剣士だとも気付かず疑問符を浮かべていた。

 

……

 

噴水場から立ち去ったライザの姿は見えなくなる。

その後も噴水場で時間を潰す灰の剣士だが、日が昇るにつれ人々の往来が増え始めた。

これも何一つ変わらない日常の一コマ――。

しかし彼にとっては、物珍し気に映る風景の一つでもあった。

 

「……おはよ、火の無い灰さん!」

 

 噴水場に腰掛ける彼に、一人の女性の声が掛かる。

 

「…ああ、お早う。二人共」

 

 声の方へと視線を寄せる灰の剣士。

その視線の先には、監督官の受付嬢とゴブリンスイーパーが映っていた。

二人とも外出用の衣服に着替えており、相当気を使っている事が判る。

 

監督官――。

彼女は曲がりなりにも貴族階級の人間で、国営組織に属する役人だ。

衣服一つ一つにも細やかな気遣いと配慮がなされ、品格と洒落が表現されている。

また薄化粧を施し僅かな香水の香りが、彼の鼻腔をくすぐった。

 

そしてゴブリンスイーパー。

彼女は平民の出だが、かなり厳選したであろう衣服を纏っていた。

可能な限りの上質な女性らしい服装で、今日という日の為に着こなしている。

また普段の彼女は兜でボサボサの髪だが、櫛で丁寧に髪形を整えた事が良く分かった。

 

「「――……!」」

 

「……どうしたのだ、二人共?」

 

 だが挨拶もそこそこに二人は顔を背けてしまい無言となる。

その事を怪訝に思った灰の剣士は、二人に理由を尋ねた。

 

「///な…なんでも…ない…わよ…///」

「///貴方…そ…そん…な…お顔…して…たの…?///」

 

 二人はチラチラと視線を向けて来るのみで、真面に彼に目を合わせようとはせず言い訳をするばかり。

マグマの如く赤面させながら何とか彼に向き合おうとしているが、少しでも視線が合えば直ぐに顔を背けてしまうのだ。

 

「……申し訳ないが我慢してくれ。とある事情ゆえ、この状態でなくば劇場には入れぬのでな」

――直視に堪えぬ程、かなり酷い容貌らしいな。私という存在は…。

 

真面に視線を合わせようともしない二人に、些か申し訳ない気持ちになりながらも彼は何とか言い訳の言葉を運ぶ。

別に彼とて好んで素顔を晒している訳ではない。

今日は『劇場』に立ち寄る予定だが規定で被り物は外さねばならず、従わねば入場は認められないからだ。

 

「そうよね。そういう決まりだったわ、確か。ああそれと、持って来たんだ、それ。…それが無いと誰も貴方って認識してくれないもんね」

 

「ああ。念のためな」

 

「///……///」

 

 少し慣れたのか監督官は真面に漸く向き合い、彼との会話に応じた。

元々彼女は、地母神神殿にて彼の素顔を必然的に拝見している。

(イヤーワン編 第6話参照)

彼の腰には、何時もの見慣れた外套が巻き付けてある事に気付く。

 

しかし、ゴブリンスイーパーは未だ彼の顔を真面に見れないようで、顔を紅潮させながら俯いたままだった。

 

「ほ…ほら、何時までもそのままじゃ、逆に失礼でしょ?気持ちは分かるけど――」

「ご、ごめんなさい…。あ…あまりに…その…///」

 

 直に向き合おうとしないスイーパーを宥める監督官。

しかし彼女は顔面を手で覆ってしまい、頭を振るだけだった。

 

「…そろそろ神殿へ向かおう。開門時刻も迫ってきている」

 

「///…そ、そう…ね、何とかの奇跡で…吹き飛ばされたく…ないものね…///」

 

 何時までも此処で時間を潰す事は出来ない。

今日を過ごす内に、スイーパーも徐々に慣れくるだろう。

もう直ぐ神殿の開門時刻も迫る頃合いだ。

先日、見習い神官の少女がギルドに押しかけ、何故か開門時刻と同時に訪れるよう強要されてしまった。

しかも灰の剣士に、拒否権は存在しないのだと言う。

彼女(見習い神官の少女)の従者になった覚えはないのだが、少しでも遅れれば『フォース』の奇跡で()()()()()と脅されたのである。

(まだ修得してはいない模様)

妙な形だが挨拶を済ます事は出来た三人は、そのままの脚で神殿に向かう事にした。

 

流石にまだ早朝と言った時間帯だ。

このまま大通りを真っ直ぐ行けば神殿に辿り着くのだが、人々の往来は未だ疎らで、未知の中央に陣取り歩いても住民と衝突する心配は皆無だった。

 

「それにしても驚きね。貴方、結構真面な服装するじゃない」

 

「…その言い方だと、普段は奇抜な出で立ち…と言う風にも聞こえるのだが?」

 

「実際そうでしょ?()()()()()とは似て非なる風貌よ、普段の貴方は――」

 

 往来の途中、監督官から服装について言及された。

だが言葉の端々から、皮肉めいた意味が含まれている事を感じ取る灰の剣士。

実にその通りで、彼女から例の冒険者――ゴブリンスレイヤーと同一視されていた事を指摘されてしまった。

 

安っぽい鎧兜は小鬼の返り血と汚泥で汚れ臭いまで付着してしまった、彼の装備類――。

それが小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)と呼ばれる彼の出で立ちで、もはや常識と化してしまった。

 

一方彼――灰の剣士も、一歩間違えれば()()()()()と見紛わんばかりの服装を纏い、かなり悪目立ちしていたのである。

それでも不思議と誰一人、彼を見間違う人は皆無であった。

過去にも居たのである――。

彼の同じ装備で身を騙り、得を得ようする不届き者が――。

 

「俺は、あの灰の剣士様だ!俺の剣術は知っているな!?追加でオーガを殺した。さぁ特別報酬を貰おうか」

「吾輩の通り名は知っているであろう?ならば、それ相応の待遇で迎えて貰おうではないか?」

「全く俺様の名声は末端の村にまで届いててよ!村娘が挙って大洪水で股を開くんだわ!今夜どうだい?俺様と宿でシッポリと…、キンモチいいぜぇ…ギッヒヒヒ…!」

 

決して数は多くはないものの、灰の剣士の名声を騙り甘い汁を啜ろうとする冒険者は存在していたのは、頭の痛い問題だ。

しかもそういう輩は総じて等級の低い、実力も無い(粗製)大口(ビックマウス)が目立つ者ばかりであった。

更には詰めも甘い――。

そういう虚偽報告や不正を防ぐために、認識票《プレート》とい身分照合や嘘発見(センス・ライ)の奇跡による看破が存在するというのに。

少し考えれば直ぐに解りそうなものなのだが、彼等は総じて頭が回らない傾向が強かった。

 

「では念のため、認識票をお見せ下さい。身分を照合致しますので♪」

 

 そう切り返せば大抵の偽者は、激昂するか、直ぐバレる様な言い訳をするか、手を上げようとゴロツキ紛いの蛮行に出る。

実に解り易かった。

当然、その様な蛮行をギルド内で容認する事は以ての外だ。

完全にマイナス査定としての判断基準に追加される。

 

灰の剣士の名を騙る偽者たち――。

彼等は白磁等級だったが、やはり少しでも名声と富を得て生活を安定させたい程に追い詰められていたのであろう。

故にその様な虚構(フィクション)に奔った。

そう思えば、多少は同情の念も生まれるのだが――。

 

――意外だったのは、あの娘の方よ…。

 

……

 

以前、彼の偽者を騙る冒険者に対応した受付嬢の事を思い返す。

その受け付け嬢とは彼女も良く知る、あの『三つ編みの受付嬢』の事だ。

普段の彼女は、ゴブリンスレイヤーに対応する事が多い為、小鬼専門と瓦解されがちだが実際はそうではない。

彼が出撃した後は、当然、他の冒険者にも対応する。

その時、灰の剣士を騙る偽者が現れた。

 

俺は灰の剣士、お前も俺の名声は知ってるな。

神業の如き剣技で、昨日()()()()を討伐した。

だが村の連中はシケた貧乏揃い。

そこで()()()()()()情けを掛け、村ではなくギルドから追加報酬を頂く事にした。

だから追加報酬として、金貨50枚を貰ってやらん事もない。

 

そんな要求だった。

 

「…ホラよ、これが証拠品だ」

 

一応証拠品も用意していたらしく、腐敗の進攻したウロコらしき物を取り出しカウンターに置いた。

誤魔化せるとでも思ったのだろうか?

その鱗はドラゴンの物ではなく、大蛇の物だった。

 

三つ編みの受付嬢――。

彼女は確かに、冒険者からの評判も受けも良く、時々口説きに来る男も居る位に人気が高い。

そして柔らかな人当たりと物腰は、男を振るい立たせるのだろう。

 

その冒険者は、特別報酬だけでなく彼女まで口説きにかかった。

普段の彼女の対応ぶりから、直ぐに墜とせるとでも勘違いしたという事か。

 

しかしそこは彼女――。

 

彼女とて伊達に王都で研修を受け、厳しい試験を切り抜けた訳ではない。

専門家を呼ばずとも持ち前の知識と対応ぶりで、証拠品と冒険者自身が偽者である事を即座に看破し咎めに掛かった。

その時の彼女は、(まさ)に役人然とした顔付きをしており、女である監督官から見ても惚れ惚れするような()()()()対応ぶりだった。

 

そして灰の剣士を騙った偽者は大恥を掻く事になるのだが、偽物も素直に引き下がらなかった。

何とその男――。

バレたらバレたで、灰の剣士の悪評を広め始めたのである。

 

噂となっている小鬼以上に酷い容姿と性根、人間関係、邪教などの繋がり、権力者との不正取引――。

極め付けは、彼女との関係――。

 

流石にこれは看過に堪えぬ流言だ。

しかし彼女は取り乱す事無く冷静に対応した。

 

「あの人は()()等級、貴方は()()の駆け出し冒険者。正に白磁等級に相応しい所業ですね。今の発言と態度は、査定の判断基準として採用致しますので悪しからず。ではもう要件はありませんね、次が控えていますのでお引き取り下さい」

 

これには、偽者も絶句してしまい立ち尽くす事しか出来なかった。

だが彼女はこれだけに留まらず、まだ言葉を付け加えてしまったのである。

 

「あの人の苦しみと良さを知りもしない癖に、勝手な事を言わないで下さいッ!そこまで私と()()()()()、あの人以上の実績と人間性を証明するべきでは?先ずそこからでしょう?そんな捻じ曲がった性根だから、何年経っても昇級できないんです!野盗上がりの経歴なのも納得ですね!もしも()()()()から誘ってくれれば、喜んで時間を捧げます!…尤も、彼はその様な御仁ではありませんが…!」

 

何と彼女も、思いの丈を吐露してしまったのである。

普段温厚な彼女からは想像もつかない程に、憤りの表情に溢れていた。

 

偽者に対する怒り、そして当人を侮辱された義憤に駆られ、彼女はつい本音を晒してしまった。

 

「――調子に乗んなぁ、このアマぁッ!!」

 

三つ編みの受付嬢からの憤りを受けた偽者は、その場で怒りに駆られ舶刀(カトラス)を彼女へと振り上げた。

その事でギルド内は一瞬騒然となったが、彼の凶刃はその場で制止する。

 

()()()で揉めていた様だが?」

 

 そこに現れ彼の凶刃を掴み止めたのは、何と灰の剣士()()であった。

 

「――げぇッ…!?ま、まさか…本物…かッ…!?』

「本物も何も、私は”火の無い灰”で周りから”灰の剣士”と呼ばれている。何の相違があろうか?」

 

「――…!。連れ込み宿で乳繰り合ってやがれぇ!お、覚えてろよぉッ…!」

 

 そこからは、もう分かり切った展開だ。

恐れを成した偽者は脱兎の如くギルドから逃げ去り、灰の剣士本人は何と事か分からないといった風に疑問符を浮かべるだけだった。

そして彼の手から血が滴り落ちていたのを覚えている。

偽者の剣を掴み止めた所為だ。

 

「あ、あの…血が…」

「ん、ああこれか。回復の施し…!さて、仕事の件だが、小鬼退治でも良い…。何か余っていないか…?」

 

 彼の出血に三つ編みの受付嬢は気遣うも、然して気にした素振りも見せず即座に治癒の奇跡で回復してしまった。

 

……

 

――まさか、あの娘がねぇ…。そんな素振りなんて、これっぽっちも見せなかった癖に…。

 

隣を歩く灰の剣士に視線を向けながら、監督官は以前の事を思い返していた。

同僚でもある、あの三つ編みの受付嬢――。

いつも二言目にはゴブリンスレイヤーの事ばかり語る彼女――。

彼女が彼に向ける思いは既に分かっていた積りだ。

それ自体は別段、此方が意識する程の事でもない。

しかしあの彼女が、よもや隣を歩く()()()()()()()評価が及んでいたのは想像だにしていなかった。

 

しかも、気を許す程とは――。

 

――ホント天然の女たらしなんだから…。これは私が見張っていなくちゃね。特に今日は…!

 

「どうかしたのか?」

「べっつにぃ~?腰に()()巻いてるの変だと思ってね?」

 

 彼女の視線に気付いた彼は、どうしたのかを問う。

しかし彼女は取り繕い、彼の腰に巻かれた外套について指摘した。

 

「///も…もしお時間が余れば…、服屋に…よって…みない…///」

「ああ、それ良いかも…!予定に組み込んでおきましょ♪」

 

 未だ彼を直視するのに抵抗があるスイーパー。

彼女から服屋の立ち寄る事を提案され、監督官も賛同した。

神殿から劇場へと通い、其処から食事までを計画していた灰の剣士。

確かにそれだけでは時間はかなり空いてしまい、まだまだ余裕があったのだ。

 

「ん、まぁ考えておこう」

 

 多少予定が増える事に、特に抵抗も覚える事も無かった。

彼本人も提案を受け入れ、3人は神殿へと歩を進める。

 

……

 

『開門、開も~んッ!』

 

 3人が到着すると同時に、守衛の門兵が門を開け神殿が解放される。

 

「これは司祭様、お早うございます!早朝の礼拝ですか?」

 

「ええ、そうよ。毎朝お努めご苦労様です。貴方達に至高神様の御加護を――」

 

「「――ハッ!行ってらっしゃいませ!」」

 

 こう見えて監督官は至高神の信徒で、司祭という立場を拝命している。

毎朝という訳でもないが、彼女は定期的に神殿へと足を運び礼拝に訪れていた。

その経緯もあり、門兵達とは既に顔見知りの関係なのだ。

彼女は門兵達と軽い挨拶を交わし、すんなりと入り口を通る事が出来た。

門兵達に険悪な雰囲気は現れておらず、これが市民に向ける本来の姿勢なのだろう。

あの剣の乙女との確執以降、灰の剣士を背教者でも見るかのような目は向けて来なかった。

――というよりも、素顔を晒した男が灰の剣士だとは気付いてないだけかも知れない。

 

「やっぱり()()()()分かってなかったわね、あの兵隊さんたち」

 

「貴方の素顔って殆ど人が知らないのね」

 

「その通り。知っているのは、一部の冒険者と神殿関係者だけだ」

 

 予想以上に彼の面は割れておらず、監督官もスイーパーも意外そうな表情を浮かべていた。

実際、彼の素顔を知る者は殆ど居ない。

 

「貴方、何か確認したい事があるって言ってたけど、此処に来た以上は先ず()()()()()()()()のが常識。分かってるわね?」

 

「無論だ。私なりに幾度も通っている故な」

 

 確かに灰の剣士は、頻繁に出入りしている身だ。

しかし神殿内の立場としては、監督官の方が遥かに上なのである。

仮にも彼女は司祭で聖職者なのだ。

普段は気さくな人柄で周囲と接するが、神殿内の振る舞いは正に敬虔な信徒然としている彼女――。

ここは彼女に従った方がいいだろう。

灰の剣士とスイーパーも特に異論を挟む事なく、先導する彼女に付き従った。

 

「――あ、お早うございます!」

 

 礼拝堂入り口には、見習い神官の少女が此方に挨拶を交わして来た。

彼女の傍らには葡萄肌の少女も同伴している。

 

「おはよう。素敵な服ね」

 

「エヘヘ、有難う御座います!///」

 

 少女の服装を褒める監督官――。

今日という日の為に、神殿関係者たちが色々と融通してくれたという話だ。

しかし地母神神殿という教義上、必要以上に着飾るという事は余り奨励されておらず、少女の衣服は若干質素で飾り気がなかった。

 

「ねぇ、ちょっと。服屋の件なんだけど…?」

「……。うん、分かったわ。少々予定変更ね」

 

 少女の服装を吟味した監督官は、スイーパーに向け小声でヒソヒソと何やら話し合う。

そうしながらも少女を伴った一同は、礼拝堂へと移動した。

開門と同時に訪れた為、殆ど人が集まっておらず彼等しか居ない状態だ。

しかし僅かな時間経過と共に、堂内は次々と来訪者で溢れ返った。

 

剣の乙女が、この街に来訪する――。

 

その影響も作用しているのだろう。

いつも以上に人々の往来が激しい。

少々窮屈ながらも早朝の祈りは(つつ)なく済み、一行は一旦司祭長の居る執務室へと向かう。

 

……

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 女神官と慈悲深きその手に )

 

「…例の件ですね。続いて下さい、案内いたします」

 

「お忙しい中、お手数をお掛け致します…!」

 

 予め状況を把握していた司祭長。

執務室に着くなり、簡潔な挨拶のみを済ませた司祭長は直ぐに地下の安置室へと案内してくれた。

灰の剣士も場所は把握していたが、無許可での立ち入りは固く禁じられている。

あの安置室には、曰く付きの品が数多く保管されており、中には危険な呪物も含まれているからだ。

 

灰の剣士と司祭長以外の面々は、緊迫した面持ちで後に続く。

あの部屋は、ごく一部の関係者しか近付く事が出来ず、いわば禁域にも指定されている。

地下へと続く階段を下り、周囲の壁面はゴツゴツとした自然物に近い岩肌へと変化した。

 

「ここです。灰の方以外は、この場で待機を…!」

 

「「「……」」」

 

例の安置室前へと辿り着いた司祭長は、厳重に施錠された真鍮製の扉の鍵を開錠する。

特に用事もない限りは、滅多に人の寄り付かない場だ。

その為、壁面の灯かりも蝋燭ではなく、七色石を数個埋め込み目印の変わりとしている。

鍵を外した司祭長は、その頑丈な扉を開けると共に不気味な摩擦音が空間へと響き渡った。

 

普段慣れ親しんだ地母神神殿の地下には、この様な場所が在ったのか。

話には聞いていたが、実際訪れる事は初であった3人の女たち。

 

暗く陰湿で恐怖感を煽るかのような空間――。

 

ここは本当に、あの地母神神殿なのか?

そう思える程の異様極まりない空間に、3人の女達は息を飲んでいた。

特に見習い神官の少女は、自分でも気付かない内に脚がガクガクと小刻みに震えていた。

中に入る事は許されなかったが、此処からでも部屋の中を見る事は出来る。

司祭長の手には小さなランタンが握られているのみで、その灯りだけが安置室全体を薄暗く照らし上げた。

 

部屋全体に設けられた台座には、幾つものナニカが安置されているのが分かる。

 

「灰の方、確か…コレでしたか?」

 

「ええ、そうです。星々の宇宙儀――」

 

 部屋の奥から聞こえて来る、司祭長と灰の剣士の声。

例の品を確かめている様子が確認できる。

 

「あの二人、よく平気で入れるわね…」

「ええ。ちょっと、恐いわ…」

「……」

 

 その二人の様子を見たスイーパーの感想に監督官も相槌を打ち、少女などは無言で涙目になっていた。

 

「呪いは…殆ど消え去っていますね。これなら後1~2日で完全に消失するでしょう」

 

「そうですか」

 

 星々の宇宙儀を手に取り、中のソウルを探る灰の剣士。

彼の予想通り、大半の呪いは消失していた。

この分なら、錬金術での強化改良は予定通り進むだろう。

後はその為の素材だが、その件は司祭長が保証してくれている。

何も心配する必要はなかった。

 

「ん?…あれは、火継ぎの祭祀場で回収した物ですね?」

 

「ええ、そうです。まだ全ての解析を完了しておりませんので、此処に安置させて頂いております」

 

 安置室の片隅には、木箱に積み上げられた道具類の数々を目にする事が出来た。

灰の剣士が言う様に、それ等は数日前に『火継ぎの祭祀場』にて持ち帰った道具類だ。

確か、かなりの数を回収したと記憶している。

(本編前夜編 第98話参照)

全てを解析するには暫らくの時間を要するらしく、今日の午後にも『ヴィンハイムのオーベック』が神殿に来訪する予定だ。

 

「灰の方、例の狭間の地で得た道具類ですが、もし差支えなければ神殿で引き取らせて頂けないでしょうか?」

 

 灰の剣士に交渉する司祭長。

彼が『聖黄金樹』を通じ、狭間の地へと旅立っている事は承知している。

そして狭間の地の旅を得て、数々の道具を持ち帰っている事も含め――。

(本編前夜編 第103~106話参照)

灰の剣士達が居た時代の品々も、大変興味深い探求心に”そそられるもの”があった。

しかし狭間の地と呼ばれる異界も、四方世界の住民にとっては神秘の対象として映っていた。

 

「承知致しました。選別は此方で致しますが、それでも宜しいでしょうか?」

 

 確かに数多くの品々を持ち帰った灰の剣士。

しかしこれからの活動で、全てを所余す事無く利用する事は()()()()と言ってもいい。

それ等の中には、余り使い道の無い物も多く含まれている。

彼にとっては無用の長物なれど、他所にとっては文化的価値が非常に高い可能性もある。

下手に持ち歩き嵩張らせる位なら、素直に神殿に進呈した方が上策というものだ。

 

「感謝致します。直ぐにとは申しませんので、貴方様の都合で構いません」

 

「――ハッ!……。では戻りましょう、司祭長様」

 

 必要な要件は全て済ませた。

これ以上長居する必要もない。

司祭長との交渉を交わした灰の剣士は、安置室から出る事にした。

 

「「「……」」」

 

安置室から出て来た彼等を恐る恐ると窺う、女3人。

 

「おや、どうしました?」

「何をそんなに怯えている?」

 

 女3人を怪訝な表情で見返す司祭長と灰の剣士。

 

「だ、だって、よく()()()()を平気で入れるなって思って…」

 

 神聖な領域である筈の神殿内に、まさかこの様な不気味な場所が在ったとは――。

スイーパーのみならず他二人にとっても、安置室とその道中は不安で仕方がなかった。

 

「貴方達のお気持ちは理解出来ます。…ですが、それは大きな思い違いですよ」

 

 不安と恐怖に慄く女3人に向かい、司祭長は安置室について簡素に説明した。

 

一見不気味さと背徳さを醸し出す安置室――。

だが実のところ、この安置室が神殿内でも最も神聖で安全な場所であった。

 

「フフフ、信じられないといった顔をしていますね」

 

「と、当然ですよ、司祭長様!だって、あの礼拝堂が一番神聖な所だとばかり…」

 

 3人の中でも露骨に驚いていたのは、見習い神官の少女である。

彼女にとっては、毎日通い慣れたあの礼拝堂こそが神聖な領域だと信じて疑わなかったのだから無理もない。

礼拝堂の奥には、石造りの巨大な地母神を象った彫像が鎮座していた。

あれこそが、神殿の最大にして神聖の象徴ではないのか。

それが根本から否定されたのである。

神殿最高指導者である司祭長本人によって――。

 

「そうですね、今日は特別です。付いて来なさい」

 

 司祭長に引き連れられた3人の女は、安置室へと入室する。

部屋内は完全に暗闇で、司祭長のランタンだけが唯一の光源だ。

その頼りない光源に照らされた複数の台座と呪物らしき物体が、より一層の不気味さを演出する。

 

「これをご覧ください」

 

 司祭長はランタンを掲げ、部屋の奥へと指を差した。

その方へと釣られた3人の視界には、ぼんやりとだが小さな像らしきものが映っていた。

司祭長の小さなランタンに照らされた、女性を象った木製の像だ。

 

「あれ、これって地母神様の像?」

 

 見習い神官の少女は、それが地母神像である事に気付く。

 

「その通り。実はこれが、本来の『御神体』なのですよ」

 

「「「――ええッ…!?」」」

 

司祭長の返答に、女3人はまたもや驚きの声を上げた。

 

彼女が説明するには、元々この場所は小さな祠であったという。

今から100年ほど前、此処も街ではなく元は名も無き小さな集落であったというのだ。

そして時が経ち街が出来上がり、この祠を土台とした地母神神殿が出来上がったという歴史を刻んでいた。

この小さな地母神像は相当古びていたが、未だ大いなる聖性を宿し近隣一帯に影響を及ぼしていたのである。

 

「考えてもみてほしい。数々の呪物を安置するだけでなく、こうして呪いまで消去してしまう安置室。その様な場が、深淵に連なる筈がない」

 

 後方から灰の剣士の声が掛かる。

彼の言う通り、この安置室は単に呪物や得体の知れない魔道具を保管しておく場所ではない。

現に『星々の宇宙儀』の滞積した呪いも、日を追う毎にこうして除去されつつある。

その様な場所が果たして、只の安置室に留まるだろうか?

答えは『否』である。

今でこそ神殿は信仰の場であり教義を説く聖域であるが、実際は此処が本堂と言っても過言ではないのだ。

 

「証拠はまだある。司祭長様、お手数ですが灯りを――」

 

 更に彼は灯りを消す事を司祭長に求め、彼女も何の疑いもなく従った。

 

「――わわッ、真っ暗…!」

 

 司祭長はランタンのつまみを捻り火が完全に消えた事で、部屋内は暗闇に覆われ、少女は思わず声を上げてしまった。

 

「さぁ、もう一度、この御神体を御覧なさい」

 

 司祭長の誘導に従い、女3人は暗闇に不安を覚えながらも先程の小さな地母神像を覗き込んだ。

 

「あ…ぼうっとだけど少し光ってる?」

 

 小さな地母神像を見た監督官が、僅かに光を帯びている事に気付き言及した。

灯りが消え去った事で部屋は暗闇に覆われたが、小さな地母神像は淡い光を放っていたのである。

 

「あの聖黄金樹の恩恵でしょうかね?以前より、霊力が戻っている様に思えます」

 

 司祭長の話によれば、少し前までは殆ど光も消失しており霊力も大半は消え去っていたと言う。

しかし灰の剣士たちが『神授の苗木』を持ち帰り、この神殿に植生した日を切っ掛けに、この小さな地母神像にも徐々に霊力が戻っていたのである。

確かに注意深く見てみれば、地母神像を覆う光は何処となく『聖黄金樹』の放つソレに酷似していなくもない。

 

「この事実を知っているのは、私と神官長を含め極僅かな関係者だけです」

 

 この神殿を預かる身である司祭長は、この場に定期的に訪れ深い祈りを捧げていると言うのだ。

 

……

 

安置室を出た灰の剣士一行。

 

「あの場所が、嘗ての古い祠なのは分かったわ。けど、どうして貴方がそんなに詳しいのよ?」

 

 神殿内のとある廊下を歩く中、監督官は彼に尋ねた。

神殿関係者でも、先程の事実を知る者は極一部だと言う。

――だと言うのに、ほぼ部外者でもある灰の剣士が何故その様な事実を知り得ていたのか。

 

「――あ、あたしも気になります。教えて下さい、お兄さん」

 

 地母神の信徒でもある少女も、便乗するかのように尋ねてきた。

やはり聖職者の端くれとして、気にならずにはいられないという事か。

 

「別に、深い理由はない。私だけでなく、ヴィンハイムのオーベックでさえ知っている事だしな」

 

 灰の剣士だけでなくオーベックも安置室の事実に気付いていた。

確かに彼等は部外者そのものだが、様々な道具類を神殿に納めている関係上、遅かれ早かれ気付く内容でもあるのだ。

それにソウルの流れを読み取る術に長けている彼等だ。

あの安置室の奥に座する小さく古びた地母神像――。

そのソウルは弱々しいながらも、只ならぬ流れを帯びていた。

一度(ひとたび)それを感知してしまえば、安置室がそれだけの役割に納まらない位は漠然と理解出来るものなのだ。

 

「……」

「…どうしたの、貴方?」

 

 説明もそこそこに彼は窓の外へと視線を向け、それに気付いたスイーパーは何事かと尋ねる。

 

「……」

 

「――あ、あの人知ってます。確か、ゴブリン何とかって仰ってました」

 

 無言で外を見る彼と、視線の先に居る人物について答える見習い神官の少女。

つい数日ほど前からだが、少しづつ外の人物と言葉を交わす様になっていた。

尤も、彼の方はと言うと、『ああ』、『そうか』、『そうか?』、『そうだ』、『そうだな』位しか言葉を返さないのだが。

 

「あの人ってゴブリンスレイヤー…さんよね?神殿に何か用なのかしら、もう一人女の子を引き連れてるけど」

 

 視線の先の人物は、ゴブリンスレイヤーと彼の幼馴染である牛飼い娘。

しかし監督官には、彼等と地母神神殿の関係性がどうしても結び付かなかった。

普段から”ゴブリン、ゴブリン”と連呼しているのが彼の常だ。

そう思われても仕方がない部分はある。

 

「彼女を連れている処を見るに、墓参りだろうな」

 

「そう言えば、あの娘の御両親が葬られているのよね、この神殿に?」

 

 ゴブリンスレイヤー単身で、この神殿に訪れるのなら目的は分かり切っている。

だが牛飼い娘をも同伴させているという事なら、墓参りが目的なのは容易に想像がついた。

 

「…行こう。少し辛気臭くなってしまった」

 

「そ、そうよね。今日はお休みなんだし、目一杯楽しみましょ♪」

 

 彼の故郷の事は聞き及んでいる。

加えて、灰の剣士はロスリック不死街での光景を記憶している身だ。

滅びた直後の彼の故郷――。

(本編前夜編 第60話参照)

このまま彼等の雰囲気に引き寄せられては、休日どころではなくなる可能性もある。

灰の剣士は神殿から出発する意思を伝え、意を察した監督官も彼に賛同した。

 

……

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 依頼書の張り出し )

 

神殿から出た灰の剣士たち――。

街の大通りは、人々の往来で賑わっていた。

よく見れば、何時もより多くの人々が行き来しているようにも見える。

 

聖職服に身を包んだ僧侶らしき老人は、旅の巡礼者だろうか。

灰の剣士たちと入れ違う様に、神殿の入り口を潜り行く。

 

弦楽器…確か『リュート』と言ったか。

流れ者の吟遊詩人に違いない。

流暢な曲を奏で、唄を詠っていた。

 

何時もに比べ今日は出店も多い。

普段お目に掛かれない商品を並べ、客引きに必死だ。

 

それもその筈――。

 

明日は、水の都の大司教でもある『剣の乙女』が此処へ来訪するのだ。

六英雄の一人と謳われた彼女は、中央王都は言うに及ばず西方辺境でも屈指の人気を誇っていた。

それ故、この街では一種のお祭り騒ぎと化し人々の往来が激しくなるのも、ある種の必然といえよう。

 

「おぉ~、凄い賑わいですねぇ…!」

 

 普段目にしない露店に忙しなく目移りさせる見習い神官の少女は、初めてこの街に訪れたかのような反応を見せる。

 

「予定では明日早朝…の筈でしょ?大司教様が来訪なさるのは」

 

 剣の乙女一団が街に到着するのは、明日の朝と言うのが公の周知である。

その前日とはいえ今の賑わいに、スイーパーは若干戸惑い気味だ。

 

「収穫祭ほどじゃないけど、明日当日は更にごった返すでしょうね」

 

 歩を進める毎に多くなる人々の姿を目にしながら、監督官は秋の収穫祭と今を見比べた。

秋には様々な農作物が収穫され、その豊穣を祝い王国の一大行事でもある収穫祭。

一年を通せば、その祭りが街の賑わいが最高潮に達する行事でもあるのだ。

それと比較すれば今の賑わいなど慎ましくもあるのだが、やはり普段以上に街も盛り上がりを見せている。

そんな街の散策を楽しむ監督官は、にこやかな表情を浮かべていた。

 

「さて、劇場の開演まで時間はまだあるな。先に予定していた服屋でも寄ってみるか」

 

「それがいいわね。じゃあ私に付いて来てくれる?お勧めの店があるの♪」

 

「……特別高いのは、ご勘弁ねがうぞ?」

 

 早朝の礼拝と安置室の確認でそれなりの時間が経過したのだが、劇場の開演までは暫しの時は待たねばならなかった。

灰の剣士は、途中で予定に組み込んでいた服屋に立ち寄る旨を伝え、監督官も賛同した。

乗り気な彼女は、贔屓にしている店舗を紹介するべく皆を先導する。

しかし彼女は、貴族であり上流階級の身分だ。

その金銭感覚まで、彼ら庶民目線とは限らない。

 

変に高価な品を選ばないだろうか?

若干不安に苛まれた灰の剣士は、一応彼女に念を押し後に続いた。

 

……

 

ガラス張りのショーケース内には、洒落た衣服を着せた数体のマネキンが店を飾っていた。

この店舗は、庶民向けながらも非常に見栄えのする衣服が豊富に揃えられており、特に若年層からの人気が高い。

因みに、小鬼によりボロボロにされたライザの服装も、この店舗で補填した。

 

「少し提案の変更、良いだろうか?」

 

「「「?」」」

 

店に入るなり灰の剣士から何やら考えを示され、女3人は彼の方を向く。

 

「どうしたの、急に?」

「ああ…実はな――」

 

こういった店に縁遠くも見える灰の剣士からの提案――。

珍しい事もあるものだ…と、スイーパーは彼の考えを聞く。

 

「彼女だけでなく、同年代の少年少女に服を揃えてやりたい…そう思ってな――」

 

 ここに立ち寄ったのも、見習い神官少女の衣服を購入する為だ。

少女本人は遠慮がちであったが、大通りを歩くにつれ、彼女と同世代の子供たちは随分着飾った服装に身を包んでいた。

一応今日という日の為、神殿関係者たちが彼女の為に少しでも見栄えのする衣服を選んでくれていたのだが、やはり何処となく質素で洒落っ気には程遠かった。

見習い神官の少女自身も、擦れ違う他の少女たちの服装に目が映っていたらしく、心の何処かでは意識していたのが見て取れた。

その様子を察した監督官たちが、こうして服屋に立ち寄った次第である。

 

しかし彼――灰の剣士による提案の変更――。

それは彼女のみならず、神殿内に滞在する全ての少年少女たちに衣服を揃えてあげられないか、というものであった。

彼女はまだ良い。

こうして洒落た衣服を買って貰えるのだから――。

だが、神殿内に居る他の子供たちは、どうなる?

神殿から出る際、他の少年少女たちが”物欲し気”な視線を彼女に向けていた。

灰の剣士は、その事を印象深く記憶していたのである。

確かに彼女に衣服を買ってあげる事は、彼自身も大歓迎だ。

しかし彼女のみを贔屓にし、他の子供達には『何も無し』というのは余りに惨くはないだろうか?

下手をすれば、神殿に戻った彼女へ要らぬ嫉妬が向けられる可能性も無いとは言い切れない。

この処置は、言わば彼女自身を守る事にも繋がるのではないか?

そういう考えに行き着いたが故の、提案でもあったのだ。

 

「う~ん…そうねぇ…、言われてみれば確かにそうかも……」

 

 彼の案を聞いた監督官は、顎に手を添え思案する素振りを見せた。

 

「ねぇ貴女、子供達の正確な人数分かる?」

 

 彼の案を反対する理由もないスイーパーも、少女に子供達の人数を尋ねる。

 

「え?えぇっとぉ…確か…」

 

 何やら思わぬ方向に話が流れ、少女は困惑しながら同年代の人数を思い出していた。

少女の言によれば、男は8人、女は24人との事だ…彼女本人を除いて。

 

「でも好いんですか?数を揃えるとなれば、そのぉ…お金の方が……」

 

 常日頃から神殿で学んでいるだけの事はある。

少女もこの位の計算は処理できる程の学力を身に付けており、それなりの資金を要する事は理解していた。

流石に気が引けたのか、少女は申し訳なさ気に声を掛けて来る。

 

「いいのよ。コイツが言い出した事だし、あまり気にしないで。…じゃあ貴方は、男の子用の衣服を揃えて頂戴。私たちは分担して女の子用を選ぶから――」

「承知」

 

 監督官の指摘通り、提案したのは灰の剣士だ。

そこで彼女達は女用の衣服を購入する事にし、彼には男用を購入させる事にした。

 

「あ、あの…、ありがとうございます…!お兄さんも、お姉さん方も…!」

 

 少女自身も、少額ながら小遣いは渡されている。

だが衣服を大量に揃えるとなれば、とてもではないが賄える額ではない。

この状況に彼女は、取り乱したように慌てて礼を述べた。

 

「全く、貴方ときたら…。この子が懐く訳ね……」

「そういう所が色んな村娘を引き寄せたの、よく分かったわ…」

 

「必要だと思ったから…そうしただけで、他意はない」

 

「純粋に褒めてるの、貴方を――」

 

 少女に対し少々過保護気味にも似た彼の気遣い――。

監督官とスイーパーの言葉が向けられるも、彼は他意は無い事を示す。

別に彼女達とて攻めている訳ではない。

寧ろ、彼を評価してさえいた。

彼自身意図していなくとも、こういった気遣いが妙な誤解を生んだ事で助けた村娘たちを引き寄せ縁談話に発展してしまう事態を招いてしまった。

その根本たる要因を察してしまった、監督官とスイーパー。

二人の言葉を聞いた少女も、はにかみながら俯き加減で顔を紅潮させていた。

 

……

 

「この辺りで良いだろうか?」

 

「ええ。個人のセンスはともかくとして、概ね良いと思うわね」

 

 合計で40着余り――。

子供用だが男女両方の衣服を大量に買い揃えた灰の剣士たち。

一通りの選別と購入も済み、灰の剣士たちは成果を確認し合った。

40着もの衣服を購入すれば、値段もそれなりに嵩むのは必然。

大人に比べ子供用は値段が安く、更に比較的低価格品(セール品)を選んだのだが、それでも資金は掛かった。

しかし彼女――監督官は貴族出身であり、スイーパーも豊富な資金力を有している。

金貨十数枚程度の出費など痛手にもならなかった。

もちろん灰の剣士も資金を捻出したが、彼女らの資金力に少々間の抜けた表情を浮かべ、それを見た女性陣に笑われてしまった。

寧ろ問題なのは、待ち帰る方法だ。

子供用とはいえ合計40着もの衣服――。

かなり嵩張るのは言うまでもない。

神殿まで運ぶには、複数人で持ち運ぶか台車が必要となるだろう。

しかし彼等は今から劇場に向かう予定で、とてもではないが持ち運びながらという事は出来ない。

取り敢えず一時的に店舗側で預かって貰い、帰り際に再び立ち寄る事で意見を一致させた。

 

因みに少女用にも新たに衣服を購入したが、身に付けるのは日を改めて貰う事にしよう。

 

服屋での買い物も一先ず終わり、時間も良い具合に過ごせただろう。

そろそろ劇場も開演時間が迫った頃合いに違いない。

彼ら一行は、店舗を出て劇場へと向かった。

 

……

 

元々は単独で劇場に立ち寄る事を考えていた灰の剣士。

予期せぬ同伴者と人々の来場に、指定席のチケットは既に完売していた。

それでも席に着けるだけまだマシというもので、自由席用のチケット人数分をどうにか購入できたのは幸運とも言えた。

あと少しでもチケットの購入が遅れていれば、立ちながら視聴する羽目になっていただろう。

 

この劇場は、街中の建造物の中でも巨大な部類に入る。

構造自体は単純だが、立地面積は神殿にやや劣る程度だ。

それ故、かなりの人数を収容出来るのだが、あいにく座席は然程確保できてはいなかった。

予想以上の集客率に、運営側も急遽、即席の座席を追加したのだが全来客に対応させる事は叶わなかった。

 

「席に着けただけマシか」

 

「立って聴くより、ずっと楽よ。我慢しましょ」

 

「それでも凄い人ね」

 

 ギリギリ自由席に着く事が出来た灰の剣士一行。

――とは言え、彼等が座る事が出来たのは、即席で用意された簡素な長椅子だ。

設けられた長椅子一つにつき、約3人分座る事が出来る長さを備えていた。

対する一行は4人分――。

普通に座るのではスペースが足りない。

そこで小柄な見習い神官の少女は、灰の剣士の膝上に座る事となる。

 

「…少々窮屈な思いをさせるが我慢してくれ」

 

「いえいえ、そんな事はありませんよ。エヘヘヘ…❤」

 

 3人分のスペースしかないのであれば、最悪自分が立ち退く事を検討していた灰の剣士。

少女のみ自分の膝上に座らせるという事態になってしまい、彼は気遣いの言葉を掛けた。

だが少女は不満を口にするどころか、寧ろ上機嫌な笑みで嬉々と彼の膝の上へ()()()腰掛ける。

 

「――おふぅっ…!」

「――あぅんッ…!」

 

 かなり勢い良く腰を落としたのか、その衝撃に二人ともに吐息を漏れてしまう。

更に彼の両脇には、ほぼ密着状態で監督官とスイーパーが腰掛けてた。

 

「…二人とも、些か()()ないかね?」

 

「ん?普通でしょ、これくらい」

「もしかして、()()だった?」

 

 二人の体温が腕を通して伝わって来る――。

その位に、密着している状態だ。

その事に言及する灰の剣士に、監督官とスイーパーも応じた。

またスイーパーは、彼に対し気分を害しているのかと気を使った。

もしも灰の剣士が現状に不満を抱いているのなら、自分は距離を離す積りでいた。

 

「それはない。二人とも、私から離れるなよ?」

 

 本音で言えば、スイーパーも監督官も非常に魅力溢れる女性だ。

容姿は言うに及ばず、器量と言い、人当たりと言い、どの方面から鑑みても『出来る女』と言う他ない程だ。

それ程の女性たちが、息の届く範囲に寄り添ってくれている状況――。

歓迎こそすれ拒む心理など湧く筈もない。

 

「ふぅん…言ってくれるじゃない。それじゃあ、お言葉に甘えますかね♪」

「言い出したのは貴方。自分の言葉には責任持ってよね♪」

 

「――!?」

 

 灰の剣士の反応を受けた二人は、彼の腕に自身の腕を絡ませる。

その行動に言い様のない表情を浮かべる灰の剣士。

二人とも意味あり気な視線を彼に寄せ、以外にも表情豊かな彼の様子を楽しんだ。

 

舞台上に複数名の演奏家と俳優が登場し、着々と準備を進める。

見た事もない楽器や道具が次々と並べ立てられ、その様子を目にした観客たちはザワザワと騒ぎ出した。

 

「うわぁ、何が始まるんでしょう?」

 

 見習い神官の少女も、彼等の様子に魅入り目を白黒とさせている。

そうしている間にも準備が整ったのか、合図の鐘が会場に鳴り響き殆どの灯りが消される。

その結果、会場内は当然暗くなり必要最小限の魔法灯だけが光源として残された。

いよいよ演奏が始まる事を察し、観客たちは自然と静まり返る。

会場の演奏者たちを見るに、ただ楽曲を演奏するという訳でもなく俳優を使った一種の演劇も披露する一団の様だ。

所謂、ミュージカル形式で演奏するのだろう。

 

暗い会場内が静まり返る事少し、俳優の女性が台詞を述べ始めた。

 

( 推奨BGM アーマードコア・VD ―― Day After Day )

 

『…神様は人類を救いたいと思っていた。だから、手を差し伸べた。でもその度に、人類の中から邪魔者が現れた。神様の作る秩序を、壊してしまうもの…。神様は困惑した…、人類は救われる事を望んでいないのかって…。でも神様は、人類と世界を救ってあげたかった。だから…。先に邪魔者を見つけ出して、殺す事にした。そいつは「黒い鳥」って呼ばれたらしいわ…! 何もかもを黒く焼き尽くす、死を告げる鳥――。…これは、此処(四方世界)ではない遥か遠くて近い、別世界の物語り――』

 

その台詞と共に、凄絶たる楽曲と俳優の台詞が混ざり合い、激しくも切ない物語が展開されてゆく。

舞台中央に白色無地の幕が垂らされ、記録映像用の水晶から光が幕に投影された。

水晶の光が垂れ幕(スクリーン)に映し出され、見た事もない様な世界観が展開される。

 

『――おおぉォッ……!?』

 

垂れ幕(スクリーン)に映し出された未知なる世界観に、観客たちは感嘆の声を上げながら騒然となる。

 

「これは…()()()()の残骸に似ている……」

 

 投影された世界観に、灰の剣士は既視感(デジャヴ)を覚えていた。

 

確か魔術師の世界に召喚され、大王グウィンを始めとした神々と邂逅した()()()()と特徴がよく似ている。

最初の火の炉を模した現場の外周部には、見た事もない色鮮やかな鉄塊が討ち捨てられていた。

それ等の鉄塊を注意深く観察してみれば、人の手足に似た構造物を連想させた。

あの現場には、黒い鳥の姿をした神もグウィンと共に存在し、彼の世界の一部があの場に流れ着いた結果だと語っていた。

(イヤーワン編 第45話参照)

 

今も観客たちが釘付けとなっている、垂れ幕(スクリーン)に投影された未知なる世界――。

そしてあの黒い鳥の神が語った、彼が管理する世界――。

 

奇妙な位に世界の符号が合致する。

 

会場で演出する団体が何者かなど、この際どうでもいい。

だが彼等が演出する世界観は、あの黒い鳥の神が語る世界と見事に折り重なり、灰の剣士も垂れ幕(スクリーン)に目が離せないでいた。

 

未知なる金属の巨人たちが、多数入り乱れながら縦横無尽に戦場を駆け巡る、泥臭く乾いた世界――。

ただの演出と思いたいが、妙な説得力と現実感で舗装された音楽劇に、観客たちは完全に虜となっていた。

実際現場に存在しているのではないか――そう錯覚を覚えてしまう程の没入感に溺れてしまう強烈な映像劇――。

 

『…此処が、貴方の魂の場所よ…!』

 

一人の女性俳優の台詞と共に、激しく壮絶な音楽劇は終わりを告げた。

 

まだ完全に終了した訳ではないが、一旦小休止の時間を挟み会場内が再び明るさを取り戻す。

ただ鑑賞するだけの観客側が何故か消耗しており、大半の客が大きく息を吐き出し背筋を伸ばしていた。

それ程までに、今の音楽劇は彼等の脳内と心を刺激したという事だ。

 

「機械文明…ね。何時かは、あんな世界になるのかしら」

 

「大丈夫よ、きっと。さっき違う別世界の物語りって言ってたでしょ」

 

「けど、アーランド…だったかしら?あの国では次々と機械が発掘されてるから、可能性が無いとは言い切れないんじゃ…」

 

 スイーパーと監督官の間で、ちょっとした議論が展開された。

映像付きの音楽劇の与えた影響は、彼女達の心象を揺さ振るには充分過ぎた内容だ。

 

創作物とは分かっているのだが、目を背ける事が出来ない程に現実味を帯びた世界観――。

機械が席巻し、効率と利権に侵され、国ではなく企業と呼ばれる社会体系が支配する世界――。

あの世界を見る限り、決して明るい未来など望めようもない――。

 

そんな言い様のない不安感が、見る者達の心に深く巣くってしまったのであった。

 

「機械と言っても、結局は()()()()()()()()事に変わりはない。機械云々というよりも、結局は扱う人々の魂で…世界の命運を舵取りするのだと私は思う。上手くは言えないがな」

 

 もう少し論理的に説きたいのだが、如何せん学の足らない一面を露呈させてしまう灰の剣士。

だが彼の言いたい事は伝わったらしく、スイーパーも監督官も黙ったまま耳を傾けていた。

どれだけ文明が発展し恵まれた生活に包まれた処で、貧しい(こころ)では未来永劫満たされる事は無い。

その満たされぬ欲と渇望が積みに積み重なり、更なる願望を満たさんとするあまり、世界に不幸と呪いを振りまき崩壊へと突き進む。

 

あの音楽劇には、自分達を含めた全人類に対する警鐘を鳴らしていたのではないか?

そんなメッセージ性を、彼は感じていた。

 

「……」

 

 見習い神官の少女は、無言で耳を傾けながら背を預け彼に撓垂れ掛った(しなだれかかった)

彼女も幼いなりに不安感を募らせていたに違いない。

角度的に彼からは見えないが、実際に彼女は不安に満ちた表情を浮かべているのだろう。

彼の首元へ腕を回す。

彼個人としても、彼女の頭を撫でてやるなりして少しでも落ち着けてやりたいのだが、幸か不幸か両腕とも女二人が腕を絡ませ動かす事も出来ない状態だ。

更に二人とも密着状態で半ばしがみ付いているような恰好であり、女二人の豊かな乳房が押し付けられていた。

 

( 推奨BGM ガンパレードマーチ ―― 艶乱舞踏 )

 

加えて質の悪い難事がもう一つ――。

 

スイーパーと監督官が乳房を押し付け擦り付けるものだから、彼の下半身の()()()()()()()()()しまった。

それは見事、膝上に座っている()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

「――!?アぅ…ン…❤…ァハ…ハァ…ハァ…///」

 

 その瞬間、僅かだが身を仰け反らせる。

そして、あろう事か少女は身を捩らせつつも、腰を小刻みに前後左右に揺らし始めてしまった。

また少女は止める処か動きを加速させる始末。

そういった知識が備わっているのかどうかは分からないが、行為自体を覚えてしまっている可能性は高い。

 

――止せ…!…ええいッ、これでは動けん…!( ̄□ ̄;)

 

抗い難い下半身からの刺激に溺れそうにもなる。

しかし、下手に動こうものなら余計な刺激を少女に与えてしまい、その影響で声を上げさせてしまう恐れがある。

そうなれば、周囲に見苦しい痴態を披露してしまう事にもなりかねない。

とにかく彼女達の気が済むまで、迂闊な動きを見せる事は出来なかった。

 

表向き真面目な会話に興じてはいたが、監督官もスイーパーも胸を押し付けながら、どさくさに紛れて擦り付けるかのように体を揺らしている。

彼女らの柔らかい肉の感触が、彼の上腕部に嫌と言うほど伝わる。

決して不快ではなく寧ろ心が躍るかのような心地だ。

そして見習い神官の少女はというと、不覚にも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ふと女たちに視線を向けてみれば、女3人の頬は紅みを増し恍惚とした表情で上気している。

好意を寄せられているのは分かるが、何も誘惑する必要まであるのかは疑問符が浮かぶ。

(少女は無自覚ではあるが)

 

――絶対ワザとだな、この3人。いつか覚えておき給えよ…!( ゚Д゚)

 

流石に、これほどあからさまに誘惑されれば、彼とて考えはする。

何時の日か真に使命を果たし自由の身になった暁には、この3人に()()()()()()()()()()()()()()と密かに考えを巡らせた。

 

……

 

悪戦苦闘しつつも、静かなる獣の衝動を乗り越えた灰の剣士。

 

さて、小休止も終わり会場は再び暗くなる。

第2部を開演するのだろう。

先程の過激な音楽劇は鳴りを潜め、今度は落ち着きと温かみのある曲が次々と演奏された。

 

――やっと落ち着けるな…。

 

本来は、荒ぶる心を落ち着ける為に劇場へと足を運んだ灰の剣士。

先程の音楽劇では、落ち着ける処か却って暗い影が纏わり付くだけだ。

だがここにきて漸く、荒波が静まり返る様に静寂な湖面が心を満たす。

時に楽曲、時に唄が奏でられ、劇場は終演を迎えた。

 

……

 

「ふぅ~…暑い暑い…」

「のぼせた感じだわ…」

「ムワッとしますね…」

 

「…貴公ら…」( ̄△ ̄)

 

 ごった返す劇場から脱出するかのように這い出た灰の剣士一行。

劇場内は想像以上に人々で溢れ返っていた影響もあり、彼等の身体には汗がびっしりと纏わり付いていた。

しかし女3人は、衣服内に籠もった汗気を逃がそうと胸元やスカートを捲り上げていたのである。

そんな彼女たちの仕草に灰の剣士は、複雑な表情を浮かべるしかなかった。

 

「あら、や~ね~。そんなに見たいのぉ?」

「貴方が望むなら、私は別に…///」

「おにいさぁん、見てないで拭いて下さいよぉ…!」

 

 監督官とスイーパーは、ボタンを幾つか外し胸元を開け何度も衣服を幾度も揺らす事で外気を取り入れている。

その度に彼女らの乳房が露出され中央部の谷間が不規則な形を変えながら、彼の視線と意識を掻き乱すのだ。

扇情的な女二人が故意に誘っているのではないか?…という思い違いまで起こしそうになる。

一応人目の付き難い場所に移動していたが、とても公衆の面前に晒せる状況ではなかった。

極め付けは、少女の方だ。

彼女はロングスカートを捲り上げバタバタと開けさせていたのだが、必要以上に捲っている為、白い下着までが見えていた。

白い下着の中心部分が必要以上に染みていたのは、汗の所為だと思いたい。

 

「普通こういう時は、視線を逸らすか後ろを向くものではなくて?」

「私は貴方になら幾らでも……///」

「お兄さん、早くぅ…!」

 

「…何時の日か、徹底的に、可愛がって、進ぜよう。楽しみに、しておき給えよ、貴公ら、全員なぁ…!」(ーωー)

 

 からかう様に口端を吊り上げながら煽る監督官、頬を赤らめ意味あり気な視線を向けるスイーパー、未だスカートも降ろさず内股を拭けと求める見習い神官の少女。

しかし灰の剣士も黙って翻弄されっ放しではない。

彼は彼で、応じるかのような言葉で女3人に反撃した。

 

「――な…何よ…、も…もしか…して…()()…の///?」

「…何時の日か…って何時…?私は別に、()()()でも…ゴニョゴニョ///」

「…?ん?可愛がる…?どういう意味でしょうか?」

 

 思惑とは外れていたのだろう。

彼の言動に、彼女たちは困惑の反応を見せた。

なお少女だけは言葉の意味を理解していなようだが。

 

「…もしかして使命を果たした後ってやつ…?」

 

「…そうだ。それを果たし抜くまで、誰とも()()()()を築く気はない。無論、そこの貴公に対してもな」

 

 スイーパーの言葉に彼は答え、己が使命について少しだけ言及した。

そしてそれを終えるまで、誰とも関係を結ばないという旨を告げたのである。

特に見習い神官の少女に対して――。

 

「…むぅ~…!」

 

 かなり不服そうだ。

彼の言葉を受けた少女は、睨み付けるかのような視線を向け頬を膨らませる。

 

「…いいから早急に服装を直さぬか、下品な…!」

「ブ~…お兄さんが拭いてくれないから、汗退いちゃいました…!」

 

 まだスカートを捲っていた少女に、彼は服装を正すように要求。

彼女は不満気に渋々と衣服の乱れを正す。

 

「この際だから聞いてもいい?…貴方の使命って何なの、魔神皇…とかいうのを討つ事…?」

 

「…まず飯にでもしようか。そこで話そう」

 

「そうね。もう、お昼時だしね」

 

 実は前々から気になっていた、彼の語る使()()というもの。

聞くなら今しかない。

そう判断したスイーパーだが、彼は食事を提案する。

(はぐ)らかされたような気もしなくはないが、監督官の言う通り時刻は正午を迎えていた。

 

「多分今日は何処も人が多いと思いますよ?どんな店にするんですか?」

 

「う~ん、私の判断基準では繁盛しているお店しか知らないし……」

 

「私に任せて。そこは人が少ないから、恐らく待たされる必要もないと思うわ」

 

 少女の懸念通り、今日は人の来訪も激しく正午という時間も手伝い、大半の食事処は人々で溢れ返っている筈だ。 

監督官も休日は繁盛店を優先的に選ぶ傾向が強く、どれを選んでも待たされるのは目に見えていた。

だがスイーパーが穴場を知っているらしく、一行は彼女の案内に従い付いて行く事にする。

 

「あの劇団…、神さまが遣わしたのかもな」

「――ん…?」

 

 ふと口にした彼の言葉に、少女が反応する。

 

「…いや忘れてくれ、独り言だ」

 

 にべもなく応え、一行は食事処へと向かう。

 

彼が意識した劇団員たち――。

彼等の演出は、確かに『黒い鳥の神』が管理する世界(アーマードコア)に酷似していた。

何れ文明が進めば、あのような管理と荒廃が加速するのだろうか?

約束された繁栄の裏に巣食う、束縛の統治と階層社会――。

 

以前魔術師の世界で接触した彼の神の真意など、灰の剣士に推し測れようもない。

原則として神々の直接介入は”禁忌”だと彼等の間で暗黙の(ルール)が設けられていた筈だ。

だが直接とはいかずとも、生命体を創造し一住民として四方世界()に介入させるという手段は残されている。

黒い鳥の神は自身の世界に(うれ)いを抱き、あの様な世界を見せる事で何らかの形で四方世界に警告を報せようとしているのではないか。

 

私見だが灰の剣士には、そう思えて仕方が無かった。

 

……

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 仲間との食事〜甘露!! )

 

主な食事処は繫華街に集中していたが、スイーパーが案内したのは外れに在る小さな店だった。

決して繁盛していない訳ではないが、彼女の勧めた店は独特の特徴を備えており客層を選ぶ食事処だ。

 

「それでも人が多いわね…、普段は空いているのに…」

 

 改めて人が多い事を思い知らされたスイーパー。

特殊な食事処とはいえ今日に限って人が入り浸っており、空いた卓は一つしかなかった。

小さな卓だが、何とか4人分の席は残っている。

 

「ギリギリだったわね、早く座りましょ」

 

 スイーパーの勧めで、一行は早々に席へと着く。

 

「それにしても特殊な文化を感じるわ。備品と言い調度品と言い――」

 

「フフ、そうでしょう?でもメニューを見れば更に一目瞭然よ♪」

 

「うわぁ…何か知らないお料理ばかりですねぇ…」

 

「彼等の食している料理…、何となく見覚えがあるのだが…」

 

 席に着いた一行は店の造りや調度品に、其々の感想を述べ反応を寄せた。

この店は明らかに他国の文化に基き、来客に対し門戸を開いていたのである。

そして灰の剣士と少女は、周囲の客たちが口にする料理に視線を送っていた。

また彼は、店の料理の特徴に見覚えがある事を述べる。

 

「それはそうよ。ここは()()()()()()を模した店なのよ」

 

「――なんと…!?…道理で…」

 

「そっか、貴方は確か…『東国人』だったわよね」

 

「――え!?そうだったんですか?」

 

「…ああ。だがあくまで()()()がそうなだけで、物心ついた頃には、別の国で生活していた」

 

 スイーパーが示す様に、この食事処は東国式の料理を扱う店だった。

改めて周囲に視線を送ってみれば、客たちが口に運ぶ料理は『米』や『魚介類』が主だ。

そして東国独特の『箸』と呼ばれる細い二本の枝を器用に使い、料理を口内に運ぶ様が見受けられた。

 

「私は時々ここに立ち寄るから、メニューは――」

「――ええ、お願いできる?」

 

 スイーパー以外は、この店に立ち寄ったのは初めてであり、どれを頼むべきなのかも分からない。

そこで経験のある彼女に、料理を注文して貰う事にした。

 

「すいませ~ん、お願いしま~す!」

「ハイハイ、ちょっと待ってておくれよ!」

 

 料理を注文するべく店員に呼び掛けるスイーパーに、肉付きの良い壮年の女性が快活に応じる。

店員と言っても彼女一人で切り盛りしており、接客は無論、調理も彼女一人で対応していた。

尤も今日が特別なだけで、普段は客がそれ程多い訳ではないので致し方がないと言えるのだが。

 

時々立ち寄っている事もあり、スイーパーは慣れた仕草で料理を注文してゆく。

 

「ちょっと時間が掛かるかも知れんから、そこは我慢しておくれな?」

「大丈夫よ、気にしないで」

 

 これだけ客が多いと、今から取り掛かるにしても時間を要するのは必然だ。

予めそれを伝える店員に、スイーパーも承知した。

 

「…それじゃあ、聞かせて貰える?貴方の使命というのを…?」

 

 食事が出来上がるまで幾許かの時間が掛かる。

その間は手持ち無沙汰となるのは必至で、スイーパーは予てより気になっていた事を訪ねる事にした。

 

「――あ、それ、あたしも気になります!」

「私も同感。いい機会だから聞かせて?」

 

 スイーパーに同調するかのように、少女と監督官も僅かに身を乗り出した。

彼女らも同様に気にはなっていたのである。

灰の剣士は、何かとソレを口癖のように連呼している。

そこまで頻繁に口にされては、気にするなという方が無理というもの。

彼女たちは挙って、彼の言葉を待つ。

 

「……。なに、そう複雑な話ではない。…『輪の都』…其処に在る『フィリアノール教会』へと赴き、真の巡礼を果たさねばならない」

 

「「「輪の都?」」」

 

「そう、輪の都…。だが所在も解らず、苦慮しているのが現状だ」

 

「「「……」」」

 

突如として彼の口から出て来た『輪の都』という名に、彼女たちは言葉を詰まらせた。

 

灰の剣士に課された真の使命――。

それは何処に在るのかも、いや、若しかしたら実在するのかも怪しい『輪の都』へと巡礼を果たさねばならないのだ。

 

「その『輪の都』って所で、貴方は何をするの?」

「巡礼って事は、お祈りするって事ですか?」

 

 監督官と少女は、仮にも聖職者の端くれだ。

彼の言う『巡礼』という言葉には、非常に縁が深い。

しかも『フィリアノール教会』という名まで告げられては、尚のこと訊かずにはいられなかった。

 

「詳細までは言えぬ…。だが其処へ辿り着き、とあるメッセージを届けよ。……今はそうとだけ明かしておこう…済まぬ」

 

 流石に全容まで明かす義務はない。

細やかな部分は誤魔化し、抽象的に簡潔に説明した。

 

「別に謝らなくていいけど、何処に在るのかは判明してないのよね?」

 

「…ああ。別の国に存在しているならまだしも、下手をすれば異空間に切り離されている可能性も高い」

 

 今日まで活動してきたが、輪の都に対する情報など影も形も入り込んでは来なかった。

別の国に存在するのなら地続きな分、まだ手の施しようはある。

だが彼の時代(ダークソウル)の様に、別空間と切り離され独立しているなら、見当の付く手掛かりは『ロスリック』しかないのが現状だ。

それに、ロスリックに在るのかも甚だ疑問符は拭えない。

 

――よもや『狭間の地』と繋がっている…などというのは勘弁願いたいが。

 

まず()()とは思うが、同時に()()とも言い切れないのは何とも不安を(そそ)る材料だ。

 

「…そういう事。だから何年掛かるか分からないって言ってたのね」

 

「…そうだ」

 

「それじゃあ、魔神っていう悪者をやっつけるのは、使命とは関係ないんですか?」

 

「…無関係ではない。だが”ついで”といった趣が強い。そもそも討つだけなら、私でなくとも代役は果たせる」

 

 数日前だが、スイーパーにも使命の一部分を仄めかした事はあり、いつ果たせるのかも見当がつかないと告げた事があった。

(本編前夜編 第109話参照)

即ち『輪の都』の所在地が判明していない為、彼は手を拱いていた訳だ。

もし場所が判明していれば、彼は直ぐにでも挑んでいただろう。

 

そして魔神皇(法王サリヴァーン)の討伐だが、これは何も彼でなくては果たせないという事でもない。

討伐を主目的とするなら、彼以外の手練れなど路頭に転がっている。

 

アストラのソラール然り、カタリナのジークバルド然り――。

 

()()()って…、買い物でも済ますような言い方ね…」

 

「事実そうだからな。敢えて討伐を目的に組み込んでいるのは、思わぬ()()()()も期待しての事だ。だが、法王…もとい魔神皇の存在も放置は出来んがね」

 

 彼の言う”ついで”に、若干呆れを滲ませる監督官。

確かに”討つ”という目的が明確となっている分、魔神皇の討伐は幾らか達成し易い案件と言えるだろう。

それに魔神軍と関わる事で、思わぬ情報収集が叶うかも知れないのだ。

更に王都に座すると言われている『助言者』の存在――。

噂に聞く膨大な知識の持ち主なら『輪の都』に関する情報も期待できる。

また助言者は、この国を治める国王とも繋がりが深いと聞く。

ならば魔神軍討伐に動く『王統府』とも関わりを強くするのは、決して無意味な行動でもないのだ。

 

「……良く分かったわ。出来る事は少ないかも知れないけど、私の方でも調べておいてあげる」

 

「私も…何らかの形で力になれたらいいかな…。貴方には早く自由になって貰いたいし…」

 

「うぅ~ん、あたしじゃあ、祈る事しか出来ませんよぉ…」

 

「…その気持ちだけでも充分救われる。ありがとう…、気を使わせてしまったな」

 

 彼女たちは3者3様に、彼を支えようと思案を巡らせた。

その献身的な心遣いに、彼も表情を綻ばせ感謝の意を示す。

 

「――ば、馬鹿!女たらし!スケコマし!好色屋!そんな顔して見つめないでッ///!!」

 

「…礼を言っただけで、非難される理由が分からぬよ…」

 

 彼は純粋に感謝を意を述べただけなのだが、監督官は顔を真っ赤に染め大声で捲し立てる。

 

『はい、お待ちどう様。冷めない内に食べとくれ。いつものアレは、食後でいいかい?』

 

「ええ、有難う店員さん。食後で良いわ」

 

 こうして会話に興じている間、店員が料理を運んで来てくれた。

少々大き目の鍋には、出し汁で満たされ具には米を中心に肉と魚、そして複数種の野菜類が詰められていた。

所謂『雑炊』という料理である。

 

「それじゃあ、頂きましょうか」

 

 小椀に雑炊を盛り付け、それを皆に配るスイーパー。

彼女の手慣れた動作から、何度も足を運んでいたのが見て取れる。

皆の分を配り終えた後、各自が食事を開始した。

 

「…ふむ、矢張り『リゾット』とは少々味付けも食感も違うのだな」

 

 リゾットとは似て非なる雑炊という食べ物。

言うに及ばず灰の剣士は、東国生まれの東国人だ。

しかし、自身で調理する事はあれど本格的な『雑炊』を食した事など今まで一度もなかった。

 

この雑炊は、予め釜で炊いた米を出汁で煮込み、そこに肉や魚や野菜などの具材で仕上げた料理だ。

また出汁だが、他にも大豆を発酵させた調味料である『味噌』を追加させ、味に更なる深みを与えていた。

既に味噌なる調味料は街にも流通しており、彼も積極的に購入しては味付けに利用している。

だが、その特性を完全には引き出せていなかったのである。

浅いようで深い味わいに魅了されつつも、己が胃を満たしてゆく彼であった。

 

「神殿では、よく乾燥豆の煮物が出されますね。でも豆から、こんな味を出せるなんて初めて知りました」

 

 一方少女も、夢中で雑炊を掻き込み舌鼓を打っている。

元々流動食という事もあり、食べ易いという事も手伝っての事だろう。

少女の神殿でも豆類が献立の主役を占め、豆の味を活かした調理が多い。

だが東国特有の味噌という味付けは、実に初の体験でもあり感嘆を覚える。

若しくは東国式の味付けが、彼女の舌と見事に合致したのかも知れない。

 

「う~ん…!このピクルス、とっても酸っぱいわ…!でも雑炊に合うわね」

 

 監督官は野菜の塩漬け…つまりは『漬物』を咀嚼し、その味わいと食感に口先を(すぼ)め顔を顰めていた。

彼女が噛み砕く度にポリポリと小気味良い音が彼等の耳にも届く。

その酸味と塩味が口内に広がり、それを薄めるかのように再び雑炊で流し込む。

()()()()()の組み合わせに、彼女の心も鷲掴みにされつつあった。

 

食後の頃合いを見計らった店員が、小皿に乗せられたナニカを運んで来る。

 

「…?何でしょうか、コレ?」

 

 少女は不思議そうな面持ちで、小皿の固形物を見つめた。

濃い紫色に包まれた不可思議な固形物で、フワッとした甘い香りが皆の鼻をくすぐる。

 

「ハッハッハ、これはね『おはぎ』と呼ばれる菓子でね。まぁ、食べてごらん」

 

 気風の好い笑顔で応える店員。

スイーパーが食後の口直しにと、予め注文しておいた甘味食であった。

 

餅米やうるち米を混ぜた物を炊き(蒸す)、それを丸め餡で包んだ食物である。

東国では古くから考案され、庶民の菓子として広く親しまれてきたと言われている。

 

「この餡という甘味も、小豆と呼ばれる豆類が原料となっているのよ。まぁ餡にも色んな種類があるけどね♪」

 

 この『おはぎ』に使われていた餡は『小豆餡』と呼ばれ、小豆と呼ばれる豆類が主原料となっている事をスイーパーが補足する。

 

「…ず、随分詳しいな。東国人である私が知らないというのに」

 

「こういった店に縁が無かっただけよ。育ちが他国では無理も無いでしょ?」

 

 生まれが東国である灰の剣士――。

しかし彼以上にスイーパーの方が、東国料理に詳しいようだ。

尤も彼の場合、生まれが東国なだけで実質は別の地域で育ち文化を学んできたのだ。

それ故、東国に無知なのは致し方無しとも言える。

 

「ま、何はともあれ食べてみましょうか」

 

「フフ、楽しみね。東国の菓子なんて♪」

 

「いただきまぁ~す♪」

 

「ふむ…」

 

 スイーパーの勧めで、彼等は『おはぎ』なる食物を口に運んでみる。

相変わらず『箸』の扱いには慣れておらず、思う様に挟む事が出来ない灰の剣士。

仕方なく木製の菓子ナイフを使い、小切りにしながら口へと運んだ。

 

「オフぉ~…、何でしょう?この甘味…こんなの初めてです…!」

「うぅ~ん…、アッサリしている様で癖がない…けど、豆の味をそのまま生かしたような味わい…」

「これが東国の菓子…、それに苦い茶と良く合う」

 

「そうでしょ。クッキーやビスケットとは違った甘さがあるわね。…と言っても、砂糖や塩は使われているんだけどね」

 

 彼等は『おはぎ』の味わいの深さに感想を述べつつも、じっくりと味わった。

また灰の剣士は、甘い菓子と苦い茶の組み合わせに新たな楽しみを見出す。

そして少女は、同じ豆類でも加工具合や調理法次第で、様々な味を生み出せる事に感動を覚えていた。

 

「実はだねぇ、王都に和菓子…特に『おはぎ』作りの名人が居るのさ」

 

 先程食べ終わった雑炊鍋を下げていた店員が、王都について言及する。

彼女の話によれば、王都には『おはぎ』作りの名人が居るそうだ。

 

「驚いた事にね。その名人さんは、そこのお嬢ちゃん位と同い年の少年なのさ。そしてその少年も、そこのお客さんと同じ東国人だという話だよ」

 

 店員は更に説明を付け加え、王都に居る名人は幼子の少年で東国出身だというのだ。

今は王都剣士団の道場に身を寄せ、数人の東国人と共に居を構えているのだと語る。

 

「いやぁ…一目見たけど、女の子みたいな綺麗な顔立ちだったねぇ…。あたしがもう少し若ければ、速攻で口説いたんだけどねぇ…フェッヘッヘッヘ…///」

 

 最後に惚気交じりの感想を述べながら、店員は奥の厨房へと消えてしまった。

語尾に不気味な笑い声を浮かべていたのは、彼女の癖によるものだろう。

彼等はあまり意識しなようにし、料金を支払い店を後にした。

 

……

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 変な奴 )

 

食事も済ませ腹も充分に満たされた彼等は、適当に街を散策する事にする。

やはり街を散策するとなれば、商店が多く立ち並ぶ繁華街を於いて他にはないだろう。

これが『夜』なら彼女たちを同伴させるのは、些かに考えものだ。

だが今は『昼』で、街も表の顔を演出している。

普通に散策したところで、何ら問題にはならない筈だ。

 

「…二人とも、密着し過ぎかと思うが?」

 

 今日はいつも以上に多くの人々で賑わう繁華街の通り――。

灰の剣士は、監督官とスイーパーに指摘を呈した。

彼の指摘する通り、監督官とスイーパーの二人は、またもや彼の両脇に位置取り腕を絡ませ密着していたのである。

あの劇場と同じく、歩くたびに女二人の胸の感触が彼の腕へと擦り付けられる。

 

「――そうですよぉ…!どっちか代わって下さい…!」

 

 その二人に対し、少女までも不満顔で抗議を訴える。

彼としては決して不快ではないのだが、歩く振動により下半身が()()で仕方がないのだ。

 

「今日ぐらい好いでしょ!?譲ってよ…!」

「貴女は、しょっちゅう神殿で()()()してるんだから…。一緒に湯浴みしたり寝たり…、ズルいわよ…!」

 

「エ…エヘヘヘェ///、お兄さんと洗いっこするの凄く気持ちいいんですよ♪…特にぃ、おまt――」

 

「――それ以上は却下ッ…!!」( ゚Д゚)

 

 寸での所で、強引に会話をに切り上げた灰の剣士。 

 

「な、何よ急に?大声出して…?」

 

 突然の剣幕に、怪訝な表情を向けた監督官。

 

――全く余計な事を…。

 

かなり際どい事を暴露しようとしていた少女。

彼自身は別に非難されても構わないが、彼女に要らぬ塁が及ぶ事は避けたかった。

しかし少女の爆弾発言は、これで終わらなかった。

 

「じゃあ今度、皆で一緒に湯浴みしませんか?勿論お兄さんを含めた混浴できる場所で!」

 

「――ブっ…!」

 

 この発言には、彼も面食らい足を止めてしまった。

両脇の彼女達の反応は、どうなのだろう。

彼は女二人の表情を盗み見る。

 

「……そ…そうよね…。偶には…良いんじゃな…い///?」

「……///言えてる…。何事にも果敢に挑む…これも冒険者としての矜持よ…///」

 

 彼の視線に気付いたのか、両者とも上目遣いで彼の反応を窺っていた。

腕を込める力は一層強くなり、頬を紅潮させながら息も荒くさせている。

 

「ですよね~!お兄さんの事が好きな人…えっと、銀髪のお姉さんと、あの錬金術士さん…特に茶色い方と…えっと他に居ましたっけ?」

 

「水の都に居る、夢魔の子。あの長髪の指導役錬金術師さんは…微妙かな…?…大司教様は…あんな状態だから除外として……」

「ロスリック拠点街で出会ったって言う、王都の少女二人も怪しいんじゃなくて…?」

 

 とうとう少女の話は飛躍を増し、彼を含めた大勢の女性たちとの混浴話にまで発展してしまった。

 

「何の話をしている!?そもそも混浴できる施設など、この街に在りはせん!…特殊な店舗を除いてな」

 

「じゃあ、神殿のを使えば良いじゃないですかぁ…!」

「う~ん…それも、ちょっと厳しいわね。何より清拭になっちゃうし、季節によっては風邪を引く恐れもあるし、流石に許可が下りないと思うわ」

 

 大勢の女の中に若い男一人を放り込む図式――。

もはや言い逃れも出来ない程の()()()()()()()に発展するのは明白だ。

今まで少女との混浴に、神殿は何のお咎めもなかったが、流石に妙齢の女性複数との湯浴みなど認められる道理はない筈だ。

幾ら寛容な司祭長と言えども、一晩限りの愛(ワンナイトラブ)を許容している地母神と言えども、地母神神殿は()()()()施設ではないのだ。

その様な行為が認められる施設と言えば、夜の繁華街で花開く大人の施設に限られる。

そんな施設群に、取り分けこの少女を連れ込むのは余りに外道の所業に類すると言えよう。

何もこの少女に限った事ではない。

彼女以外にも純真な女性は数多い――。

ここに居る二人も含めて――。

 

尤も彼女の提案を拒否すらしない二人は、間違いなく彼に気を持ってくれているのが確定した。

それ自体は非常に心躍る状況だが、今はそれに応える時ではないだろう。

 

正直なところ彼が使命を果たした後、彼女たちが心変わりを経て他の相手を見付けてくれる事こそが、彼の本心ではある。

少なくとも、今の自分以上に優れた男など路頭に転がっている筈なのだ。

この四方世界には――。

否、この街にも現に魅力的な男など掃いて捨てるほど存在している。

神殿から殆ど外に出た事がない少女は兎も角、この二人の視野なら容易に見出せようというのに。

 

「……。私以上の男など、幾人でも居ように…。見よ…、あの青年とか、あの少年とか、あの屈強な壮年とか――」

 

 彼は少女を含めた女3人に対し、通りを歩く様々な男達に指を差す。

 

「…貴方の言いたい事なんて直ぐ分かるわよ。()()()()()()を一応は避けるんでしょ?何年掛かるかも分からない使命を果たすまで……。女は其処まで待てない…ってよく言うけどね。私もそれなりの年齢だし…」

「貴方の言葉…きっと私たちを想っての発言なんでしょうけど…。だとしても、ワザと何年も遅らせるのは止めてよ?私たちは、『今』、貴方を視ている…!それが本当の気持ちなの…!」

「ホラぁ…やっぱり皆、お兄さんの事が好きなんですよ…!も、勿論あたしだって…///」

 

 今の自分以上に相応しい男など、世界中に存在する。

それを諭そうと、周囲の男達を指し示した灰の剣士。

無論、見た目や雰囲気などという好い加減な基準ではなくソウルの感知を行った上で、自分なりの判断基準で選別していた。

彼女達も、彼の言わんとしている事は理解している。

いつ果てるとも知れない冒険者稼業の彼よりも、更なる幸せを運ぶ男が大勢存在する事を伝えているのだろう。

確かに彼の使命はいつ果たし終えるのかは、本当に見当がつかないのが現状だ。

若しかしたら何十年も費やすかも知れないし、一生実現できない可能性すらあるのだ。

 

そんな彼を何年も待ち望み、女として花咲く時期を無駄にしてしまうのか?

 

灰の剣士は、そう問うているのだ。

 

だが彼女達は彼の想いを汲みながらも、今は彼自身に心を寄せているのだと打ち明けた。

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 女神官と慈悲深きその手に )

 

「……。では私が、幾人もの女を囲うような男だとしても、お前達は受け入れられるのか?」

 

 彼自身、彼女達の想いを受け止めたいとさえ思っている。

寧ろ今全てを投げ捨て、彼女たちと添い遂げたい感情すら芽生えていた。

だが真に彼女達を想うのなら、今の自分に気を持たせて良いものだろうか。

 

そこで彼は最後の本心を暴露する事にした。

 

―― 自分は、複数の女性を囲い添い遂げたいという願望を ――

 

見方によっては言語道断とも言える、不道徳且つ不修多羅(ふしだら)の如き業。

一人の女のみを愛さず、複数の異性に情愛を注ぎ、愛でる。

男からすれば、夢にまで見た幸福の一つの到達点。

しかし女から見れば、彼の想いはどう映るのか?

 

どの道、彼女らと関わる限り何時かは本心を晒さねばならないのだ。

ならばこの際だ――今の内に本心を打ち明けてしまおう。

もしこれで情が冷め愛想が尽きるなら、それはそれで彼の望む結果だ。

こんな自分と早い内に縁を切れば、彼女たちは時間を自らの人生設計に回す事が出来る。

此処に居る彼女たち…いや、ライザ達も誠実で道徳心に富んだ善良な女性ばかりだ。

今の本心を聞き伝え、彼女達も愛想を尽かせてくれるなら、その分独自の道を歩み易くなるだろう。

 

「…今からでも遅くはない。こんな私など、異性として見ない方が――」

 

「――何だ、()()()()を意識してたの?もっと深刻なこと暴露するのかと身構えたじゃないの?」

 

 呆れ果て離れ行くだろう。

そう腹を括り本心を打ち明けた灰の剣士。

 

しかし監督官からの反応は、何とも呆気ない程に軽かった。

彼女は、軽い欠伸すら交え小指で耳の穴を穿(ほじく)り返している。

 

「――お、おい…!()()()()とは何だ…!?時と場合によっては――」

 

 余程の特殊な条件下でない限り、一人の男に複数の異性という関係など然う然うに成り立たないものだ。

大抵は複雑な結末を迎え、結果的に不幸を招く事が多い。

だがこの目の前の女は、心底どうでも良いといった表情で半分聞き流すかの様な態度さえ見せていた。

 

「貴方、一応それなりの学問は有してるみたいだし。知ってるでしょ?この国は、一夫多妻制も認められてる事を――」

 

「ん、ああ。知識としては…な」

 

 この王国、実は一夫多妻が認められ、(多夫一妻)もまた然りである。

明確に配偶者の人数までは明記されていないが、大抵は1~5人当たりがよく耳にする話でもある。

 

「王都の富裕層なんて逆に当り前な位よ。この街でも、割とそういう家庭も在るわね」

 

「ほ、本当に?」

 

「ええそうよ。寧ろ余り管理の行き届かない村や集落の方こそ、非公式に異性を囲っている場合が多いわ。ま、そこまで行けば、ちょっと法に抵触する可能性もあるけど」

 

「…あたしには難しくてよく分からないです…」

 

 監督官の話によれば、貴族層は言うに及ばず裕福層にはそういった体系を執っている事が当たり前なのだと言う。

また平民でも、一夫多妻、多夫一妻の家庭は存在し、極め付けは遠方の村の方が非公式に存在している可能性が高いのだと語った。

しかし相対的に観れば、やはり一人の夫に一人の妻という家庭が主流派だ。

碌な条件も満たさずで、感情や欲の赴くままに異性を囲えば複雑な結末を迎えてしまうという事だろう。

若しくは、道徳的な観念や倫理の問題、そして何よりも世間体という社会的な目が向けられるという事も、覚悟しておかねばならない。

それ故、合法として認められていても一夫一妻が主流なのは、そういった理由が主に立ちはだかるからだ。

 

「私の家もそうだし。父に対し母が二人に愛人が三人…。兄が3人で、その内の腹違いが一人…、姉が二人でこれも腹違いが一人…、愛人の子で妹が一人…、うん、結構多いわね、私の親兄弟」

 

「えっと…その、なんて言うか…、す…凄まじい家庭事情ね、貴方の家系は…」

 

 よもや今日ここで、監督官の家庭を知ろうとは想像だにしていなかった。

彼女の独白に、スイーパーは顔を引き攣らせて聞いている。

 

「このぐらい普通よ普通。特に諍いや揉め事も起こらなかったしね。私が記憶している限り王都近隣の豪商貴族なんかは、最大で40人以上の女を囲っている家も在ったわよ」

 

「――よ、40…人…以上!?」

 

 彼女の言葉に今度は灰の剣士が驚きの声を漏らす。

40人以上の女を囲うなど、通常の状況下では先ず起こり得ないのではないか。

一体どのような環境下で、生活していたのやら――。

 

「まぁ、その主人。なにが原因だったのか亡者みたいに干乾びて衰弱死しちゃってね。今は家督争いで、ややこしくなってるみたいよ」

 

「…別にそこまで聞きたくはなかった。――ん、ちょっと待て。何か話が変な方向に流れていないか?」

 

 曲がりなりにも話を流したのは彼自身だが、どうにも彼の将来設計まで話が飛躍しているようにも思え、此処で()()()をかける。

このまま行けば、彼は将来複数の妻を持つという方向性で話が付こうとしてはいないか。

 

「変じゃないでしょ?私は別に構わないわよ。まぁ、貴方の器で換算してみれば……。ざっと50人くらいは余裕かしら?」

「――無理言うな…!」

 

 一体何を基準に器として測り『50人』という人数に行き着いたのか、彼には理解が及ばず即答で否定する。

 

「フフ、冗談よ!ま、将来的に何人の女性が寄って来るのかは分からないけど、大き目な『家』…準備しないと…ね!」

 

 既に彼女は、彼の未来にまで視野を伸ばし話を進めていた。

 

「家だけじゃなくて、生活資金も今の内に溜めておかなくちゃ…。もちろん私は、働きながら支えていくわ」

 

 今度はスイーパーまでもが同調し、将来設計までを計画し始める。

 

「だったら指輪…要りますよね?」

 

 最後に少女も、話に乗り掛かり指輪について言及した。

 

「…ハァ…本当に良いのか?私の人生に組み込んでしまうぞ、貴公らの人生」

 

 彼女たちはすっかりその気になり話を進めているが、彼と共に在るという事は彼の領域へと身を寄せるという意味合いでもあるのだ。

それが一体何を意味するのか。

 

彼――灰の剣士が関わり歩んできた旅路――。

その道は、決して平坦で穏やかな道ではない――。

暗い魂で舗装された死と深みに満ちた旅路は、未だ終焉を迎えていないのだ。

故に終わらせねばならないだろう。

全ての使命を――。

 

好い加減、彼女達もそこそこには気付いている筈だ。

 

火の無い灰という存在に――。

 

「今はまだ、お互い歩むべき道がある身よ。だけど全ての旅路に決着が付いた時、その時は…宜しくお願いね…何番目でもいいから…」

 

 少々控えめだが、スイーパーは心を決めつつあるようだ。

一応彼女の心は、ゴブリンスレイヤーにも向いてはいる。

だがそれでも、灰の剣士に対しても確かな感情を抱いている事をこの場で明かした。

 

「この期に及んで第1夫人目指さないなんて、戦士職の割に控えめなのね貴女は。…そういう私も同じ気持ちなんだけど。じゃあ、これからも改めて宜しくお願い致します。火の無い灰さん!皆で幸せになるように努めていきましょうね、未来の貴方❤」

 

 あくまで本妻の地位まで望んではいないスイーパーに、監督官は苦笑いを浮かべる。

その上で自分も似たような感情を抱いている事を認め、彼に向け改めて自身の本心を打ち明けた。

仮にその時期を迎え、その時の彼女の心がどう変わっているかなど、今の彼女自身にも解りようがない。

だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、間違いなかった。

 

「あ…あの…お…おにい…さん…あたし…。……だ…大好きッ///!!」

 

 最後に見習い神官の少女。

いくら成長の兆しを見せたとはいえ、未だ幼い彼女だ。

気の利いた言葉など並べ様もない。

だが彼女は、自らの抱く想いを懸命に彼へとぶつけた。

 

「…ありがとう皆。その想い…大切にしたい。…フゥ…。これで…()()()()()()()()()()…!」

 

 彼女達の想いを受け止めた灰の剣士。

彼の表情は何とも穏やかで、今まで剣を振るい怪物を屠ってきた剣士とは思えない素顔だった。

 

しかしまだ交際するでもなく、恋人関係に発展したという訳でもない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()というだけの間柄だ。

 

これから先、彼等の関係がどう変容するかも知れないのだ。

このまま友人より僅かに進んだ関係を維持していくのか、はたまた他の誰かに心を許しその人物の下へと歩み寄ってしまうのか。

今はまだ、何とも”あやふや”で不確かな淡い関係となっただけに過ぎない。

だが、確実に何かを進めた事は大きな意味を持つ。

彼等は互いに表情を綻ばせ見つめ合い、穏やかな時間が流れ行く。

 

『――おぉ~い!大司教様の馬車がお見えになられたぞぉッ!』

 

穏やかな時間は、突然に打ち切られた。

街の誰かが、大司教来訪を叫んでいたのである。

また複数設けられた庁舎の鐘が街中に鳴り響き、俄かに住民達が騒々しくなる。

鐘の音に導かれる様に、住民の大半が中央大通りへと殺到した。

 

……

 

( 推奨BGM ダークソウル ―― キャラメイク )

 

大通りの中央を挟む様に、大勢の人々が詰め掛けている。

その喧騒の中に、灰の剣士一行も混ざっていた。

 

「嘘…もう来たの!?早過ぎるわ…!」

 

 数台の馬車に囲まれる様に、一台の豪勢な馬車が悠然と街中を移動している。

騒めく住民と共に、監督官も驚愕の表情で馬車群を凝視していた。

 

「予定では、明日の早朝って聞いてたけど――」

「――うわわ、本当に大司教様がお見えになられたんですか?」

 

 いくらなんでも早過ぎる。

聞き及んでいた情報との食い違いに疑念を抱くスイーパー。

そして前触れもない大人物の到来に、身を強張らせる少女であった。

 

「恐らく、余計な襲撃を避ける為に、時間をズラしたのだろうさ」

 

 灰の剣士は独自の見解を述べた。

仮にも六英雄の一人で大司教の地位を授かっている『剣の乙女』という大人物。

この国で彼女の名を知らぬ者は、ほぼ無いと言っても過言ではない程に有名なのだ。

彼女の存在を口にすれば、誰もが敬意と畏敬の念を抱く程の存在――。

それが『剣の乙女』という英雄である。

 

だがそれは、あくまで秩序側の見識だ。

混沌側から見れば、彼女は忌々しい敵以外の何者でもない。

実に目障りな事この上ない『敵』であり『障害』にしかならないのだ。

つまり彼女には、それだけ敵も多いという事に他ならない。

 

水の都に位置する法の神殿内なら、ほぼ安全と言っても差し支えはない。

しかし一たび街の外へと出ようものなら、彼女は忽ち心ない悪意の坩堝へと身を投じるにも等しい状況に陥る。

敵が多いという事は、彼女に危害を加えようと企む組織が手ぐすね引いて待ち構えているという事に繋がるのだ。

彼女自身、金等級という冒険者で実力者でもあるのだが、社会的地位の高い彼女を護衛も無しで送り届けるという事など以ての外だ。

そういった要因も重なり可能な限り不必要な戦闘を避ける為、敢えて時間をズラし此処まで辿り着いた次第であった。

 

一応、囮役の馬車を複数用意し、それぞれ個別のルートで解き放ってはいる。

囮役の馬車には、手練れの傭兵や冒険者一党が搭乗しており、今頃は襲撃者たちと戦闘を繰り広げている頃だろう。

 

それに非公式だが、彼女の搭乗する馬車には国王までも同乗しているのだ。

お忍びという名目上、大規模な護衛を付ける訳にもいかず可能な限り戦闘を避けねばならなかったのも、時間ズラしの理由の一つだった。

 

――最前列の馬車…ソラールか。そして剣の乙女以外にも、強大なソウルの持ち主が居る。

 

中央の馬車を護衛するように、最前列の馬車の御者台には『太陽の騎士ソラール』が手綱を引いていた。

以前見た時よりも、随分立派な馬車へと様変わりしていた。

そして中央の馬車の車体内部からは、剣の乙女の他にもう一つの強大なソウルの持ち主を感知する。

恐らくそのソウルの持ち主が、ギルドから伝達されていた『金剛石の騎士こと国王陛下』に違いないと、灰の剣士は判断した。

 

「…皆、非常に名残惜しいのだが、お開きにしよう」

 

 目の前を過ぎ去る馬車群を見届けた灰の剣士は、女3人へと遊山を切り上げる旨を伝えた。

 

「えぇ~!?、まだ、お時間あるのに!?」

 

 監督官とスイーパーは兎も角、少女は心底残念そうな声を上げた。

時刻にしてみれば夕暮れまで後数時間の猶予があり、少女の門限にはまだまだ到達していなかった。

 

だがこうして、大司教が予定を偽装してまで来訪したのだ。

灰の剣士とジークバルドには、とある重要な依頼が任されている。

予定よりも早期に出撃命令が下る可能性も視野に入れておくべきだろう。

 

「大司教様が来訪されたという事は、恐らく神殿も呼応して慌ただしくなるだろう。貴公も急いで帰還した方がいい」

 

「そうね。ちょっと残念だけど、仕方がないわね」

 

 馬車群が向かった先を辿れば、地母神神殿に向かったと推察できる。

若しくは神殿を経由し、領主でもある司祭長の屋敷に向かったかのどちらかだ。

しかしどの道、大司教来訪の影響で神殿内が慌ただしくなるのは火を見るより明らか。

この優秀な少女も人手として駆り出されるのは必然。

灰の剣士と同様に、監督官も賛同の意を示す。

 

「そ…そうですよね。あの大司教様が来られたんですから、あたしも頑張らないと――」

 

「そういう事だ。貴公等、スマンが一旦服屋に戻り、手分けして荷物を神殿まで運ぶぞ!」

 

「りょーかい。使われてあげますか♪」

 

 灰の剣士の説得に少女も直ぐに納得し意気込みを見せる。

だが立ち寄った服屋で、神殿の子供達の為に相当数の衣服を購入していた。

急ぎを要する為、灰の剣士の提案で分担で衣服を運び込む事を告げ、スイーパーもまんざらではない様子で提案を受け入れた。

 

……

 

案の定、神殿の正門は数台の馬車が立ち並んでいる。

大司教の姿は確認ないが、このまま通して貰う事は期待出来そうにない。

そこで灰の剣士一行は裏門を使う事となり、そこで少女と別れる事となる。

 

「あの、今日は本当に有難う御座いました!すごく楽しかったです、服まで買って頂いて…!」

 

「構わぬ。皆のお陰で、ずいぶん心も軽くなった。礼を負うのは私の方だ、有難う」

「忙しくなると思うけど頑張ってね!」

「私たちも楽しかったわ、また会いましょ!」

 

 お互い挨拶を交わし、衣服類は関係者たちが神殿内まで運んでくれる事となった。

 

「さよ~なら~、またねぇっ!!」

 

 踵を返し去り行く彼等に、少女はもう一度大声で見送った。

 

少女を神殿に戻し、彼等はそのまま帰路へと着く事となる。

そしてギルドへと戻った所で、解散となるのだが――。

 

「ちょっと短い時間だったけど、本当に楽しかったわ。ごめんね、無理矢理付いて来ちゃったりなんかして…」

 

 別れ際、監督官から礼と謝意を告げられた。

 

「そんな事は気にしていない。寧ろ私の相手をしてくれた事、深く感謝申し上げたい…有難う、改めて…!」

 

 灰の剣士も彼女に向き、改めて感謝の言葉を示した。

 

「相手…今度は最後までお誘いするかも…って、貴方の決意は変わらないわよね?」

 

 彼の『相手』という発言にスイーパーは拘りを見せている様だ。

それだけ意識しているという事だろうか。

 

「…それは分からんぞ?私とて只人の男で、性欲も否定はせん。何時の日か突発的に豹変するかもな…!?」

 

「「――なっ…!?」」

 

 彼の唐突な返しに、二人は面食らってしまった。

普段真顔で話す事が多い、灰の剣士。

しかし今の彼の表情は、笑みさえ浮かべ砕けていた。

 

「///な、なによ…!結局は()たいんじゃない…バカ!」

「だったら…変な誓いなんて立てないで、今からでも…あの子は居ないんだし///」

 

 彼の言葉に二人は、顰め面ながらも再び頬を紅く染め上げていた。

やはり何処まで行っても、彼も『男』だという事には違いなく『女』は好きだという事だ。

しかし彼女達の反応を余所に、彼は一瞬で真顔に戻り言葉を付け加える。

 

「だがこれだけは忘れないでほしい…!俺は、誰一人として『序列』など付けてはいない…!お前達は無論、あのライザ達にも神殿のあの子にも、俺には過ぎたる位に魅力溢れる女性たちだ。故に、今の中途半端な俺は、お前達を()()()()()()()。……だからこそ、果たし損ねた全ての使命に向き合い決着を付けた…その暁には…、離さぬからな…!」

 

「「――……!」」

 

本心だという事は直ぐに理解出来た。

珍しい位に砕けたかと思った矢先、瞬時に真顔へと一変させたのだ。

そもそもも普段の彼はというと、口数も少なく依頼に関した言葉しか口にしないのだ。

凡そ冗句という言葉遊びには縁遠い存在で、そういう意味では、あのゴブリンスレイヤーと似て非なる人柄を備えているという認識を持たれていた。

今の彼の言葉と態度は、普段の彼そのものとも言え、否が応にも『灰の剣士』なのだと痛感させられた。

 

「まぁ、そういう事だ。では私は、出撃に備え武器工房へ向かう。以上解散ッ…!」

 

 こうして彼は『貴人の一礼』を以て、このまま武器工房へと向かってしまった。

 

「――あ、ちょっと…って行っちゃった…」

「…んもぅ…、言いたい事だけ言うんだから…」

 

 そのまま取り残される形となった、スイーパーと監督官――。

二人は愚痴りながらも、もう見えなくなった彼の背を見つめていた。

 

「でもさ、序列を付けてないって事は、逆に誰もが()()()()って事よね❤」

 

「彼も結構難儀よね…。どうしてあんな、難しい人を好きになっちゃったのかしら…?いっそ村に残って、言い寄って来たアイツと結ばれるって選択肢もあったのに……」

 

「――え!?貴女、故郷に恋人いたのっ…!?」

 

「…恋人じゃなくて、単に迫られただけ…。どっちかって言うと私は嫌いな方だったわ。大口叩く癖に、何かあったら直ぐ他人の所為にして、あげく手柄を自分の物にするような奴よ…!…思い出したら、むかっ腹が立ってきたわ…!」

 

「…アハハハ…ご愁傷さま」

 

 スイーパーは、小さな寒村出身の孤児だ。

両親はなく村の孤児院で育ち、そこで若干の一般常識を身に付けた。

孤児院には複数の同年代と共同生活を営み、容姿に優れ快活な性格の彼女は男子から人気が高かった。

そんな彼女は、一人の少年から好意を寄せられていたのだが、彼女はその男子を嫌悪していた。

大した特技も無い割に大口で自らを大きく見せ、些細な失敗も全て他人の所為にする卑怯者だった。

それは、この街でも多数見受けられる心無い未熟な冒険者たちと酷似していた。

とは言え、灰の剣士という複雑な事情の持ち主を意識する位なら、冒険者と成らず村に残るという選択肢も良かったのではないかと今更ながらに思ってしまう。

相手は灰の剣士――恐らく平坦な人生では済まないだろう。

そんな苦労を重ねるのなら、あの毛嫌いするアイツを受け入れ、口論が絶えないながらも平和に暮らした方が良かったのではないか。

ふとそんな考えも過ってしまったのである。

まぁ、ただの愚痴にも等しいのだが…。

そんな彼女の思わぬ独白に、監督官は何とも言えない表情で受け止めるしかなかった。

 

尤も冒険者と成った時点で、平穏な人生など無縁も無縁――。

大なり小なり波乱万丈な道が用意されている。

それは彼女だけでなく、冒険者全てに当て嵌まるのだ。

 

……

 

彼女たちと別れ、武器工房を訪れた灰の剣士。

ダークゴブリン戦で損耗していた武器防具は、全て元通りに修繕されていた。

かなり損傷していた筈だがアンドレイ曰く、技能研修生の奮起が功を成したとの事。

彼直々に指導しただけはあり、研修生を称賛した時は意気高揚としていた。

既に料金は支払っており、受け取った武器防具を全てその場で着替えた彼は、そのまま宿の自室へと向かう。

 

途中、ライザ達の集まる工房(アトリエ)へと立ち寄る事も考えたが、要らぬ詮索と小言を挟まれる事は分かり切っていた。

今日は敢えて、彼女達との合流を避けた。

 

何時でも出撃できるよう、部屋内で清拭と簡素な食事を済ませ、気が付けば辺りは日が暮れていた。

また直ぐ動けることを考慮し、寝台ではなく椅子に座りながら眠りに就く事にした。

就寝には少々早いが、今の内に身体を休めておけば有事に備えておくが出来る。

この時間で眠りに就く事が出来るのかは怪しいが、思いの外すんなりと意識は沈んでゆく。

思っていた以上に、今日の出来事は刺激に満ちていた様だ。

 

………

 

……

 

 

( 推奨BGM ダークソウル3 ―― 火防女の瞳 )

 

そんな馬鹿な――!?

ありえないっ…!

そう見切りを付ける事は容易だが、それでは只の逃避に他ならない。

まただ――。

また、あの忌々しい悪夢が私の視界を支配する。

 

剣の乙女――。

 

水の都で幾度と見た悪夢は、彼女の過去に起きた惨劇だった。

当時、新人冒険者だった彼女は、小鬼の群れに敗北を喫し蹂躙され続けた過去を持つ。

あの街からの去り際、神官戦士長からソレを告げられ、漸く忌々しい悪夢の正体を知る事が出来た。

 

彼女が今も、その悪夢に苛まれ続けている事も含め――。

 

そして原因は分からないが、この私も彼女と同じ悪夢を見続けていたのである。

彼女と感覚を共有…否…一体化するという奇妙な現象で――。

何故か水の都で就寝すれば、その悪夢に責められてしまうのだ。

 

しかし、今はどうだ!?

何ゆえ、()()()で再び彼女の悪夢を見る羽目になった!?

ここは水の都とは距離が離れている筈だ。

 

やはり剣の乙女が原因なのか?

 

……

 

無関係ではないだろう。

彼女は当事者なのだから。

 

いや…考えるのは後でもいい。

問題は、彼女の悪夢がまたもや私を責め立てているという事実だ。

 

いつも体験するよりも、少し場面が進んだ状態と観て良いのだろうか。

一頻りの凌辱も済み、いよいよ松明で彼女の眼球を焼くという寸前を迎えていた。

既に展開など分かり切っている。

変えようがない残酷な現実――。

何度も視た結末――。

どれだけ私が抵抗しようとも、これは彼女の身体であり微動にする事は無い。

やはり結末を変える事は不可能なのだ。

 

諦めるしかないのか……。

これまで幾度となく足掻こうと抵抗したが、結局は無駄に行き着いてしまう。

私は静かに、結果を受け入れる事にした。

 

小鬼の下卑たニヤケ面と共に松明の火が、眼球へと迫り来る。

 

「――いぎぃやぁぁあああぁぁ…!!」

 

 聞き飽きる程に聞いた彼女の絶叫を耳にしながら、私は眼球の焼かれる苦痛を甘受した……。

 

……

 

変だ…?

悪夢から覚めない…。

まだ続いている…?

どうしたというのだ…?

 

私の記憶している限り、ここで悪夢から覚め、文字通り目覚めの悪い状態で朝を迎えるというのに。

まだ悪夢は続いていた。

 

またもや下半身に異物感が込み上げて来る。

相も変わらず小鬼達が、凌辱に耽っているのだろう。

全く、よく飽きない事だ。

あれから幾許かの時が過ぎたのだろうか?

もう彼女は微かな呻き声を漏らすのみだ。

完全に抵抗の意志を失っている。

本来なら虜囚となった女は、ここいらで絶望し死にゆくのだろう。

だが彼女が助かるのは、分かり切っている。

――でなければ、剣の乙女など存在する筈がないからな。

 

あれからも小鬼の凌辱は繰り返され、口には悍ましい物が何度も詰め込まれた。

 

この血と腐臭、そして鉄の味――。

殺された人肉や臓物に違いない。

彼女は決して呑み込もうとはしないが、滴る血は否が応にでも喉を通らざるを得ない。

この時期に差し掛かった彼女は、殆ど動きらしい動きをみせない。

もう限界が近いという事か。

 

だがここで、彼女の身体に異変が訪れた。

 

「――うぅっ…、うごぉえ…、げるぉべぁッ…!」

 

 突如として襲い来る嘔吐感と、下腹部から襲い来る痛覚――。

彼女は藻掻き苦しみながら、自らの腹部を抑えた。

 

何だ、この腹の異常な膨れようはッ…!?

いや…、彼女のこの反応…、覚えがあるぞッ…、しかもごく最近だ…!

異様に膨れた腹、そして嘔吐感に見舞われ苦痛に喘ぐ様――。

そして繰り返し踏み躙られた小鬼の蹂躙――。

 

――まさか…!?

 

私は否でも思い出す――。

つい先日、あの村で起きた惨劇を――。

村の外で起きた、村長の娘の変調を――。

 

「――いっ…いぃやぁあああぁぁッ……!」

 

……

 

何と言う事だ…。

 

……

 

よもや…貴公も…強いられたのか…。

 

小鬼を産んだ――。

 

それだけだ――。

 

何も特筆する事もない。

 

彼女――当時の剣の乙女は、小鬼を産んでいた。

 

そういう事だった。

 

小鬼を産むという異物感と苦痛が過ぎ去った後も、彼女は碌に動こうともせず静かに涙を垂らす…事もままならない。

眼球を焼かれ爛れた涙腺では涙さえ流せようもない。

それ程までに、彼女は追い詰められ肉体は痛め付けられていた。

 

全く…この状況で彼女は、よく助かったな…。

余程、運が良かったに違いない。

いや…、盤を観測する神さま…じゃなくて、例の骰子(サイコロ)の結果という奴か…全く胸糞悪くなる。

 

絶望に絶望を重ねる彼女、だが私は相反するかのように場違いな考えに耽ってしまう。

 

水の都で殴打された、あの仕打ち――。

未だ己の心に整理を付けていない事など容易に想像できる。

もう抵抗も出来ない程に擦り切れた彼女の体と心…。

 

恐らく女としても魅力も消え失せている頃合いだろう。

その証拠に、小鬼達は別の女達へと悪意をぶつけている。

焼かれた眼球では視認も叶わないが、女の悲鳴と呻き声で状況は把握出来た。

何時の間にか新しく調達したらしい。

 

……また時間が過ぎたのだろうか。

 

そろそろ小鬼の異臭も違和感なく受け入れる自分が居る……。

まだこの悪夢は続くのだろうか?

それとも彼女が助かるまでの結末を見届けろとでも?

 

好い加減、辟易としていた彼女の悪夢――。

今も彼女は地面へ横たわっていたが、私は奇妙な違和感を覚えた。

 

誰か居る…?

 

視界は効かないが、私の…彼女の傍に誰かが佇んでいるのが分かった。

しかも、二人――。

…只の思い違いか…!?

いや…、間違いなくソウルで分かる…、これは人の…女のソウルだ…。

 

助けが来たのだろうか…?

 

()()も気付いたのか、それとも偶然に身じろぎをしただけか…?

しかし変化はそれだけに留まらなかった。

 

首が動くのだ――。

僅かだが、身体の一部が動く。

今の今まで全く動かす事もできなかった身体だが、ほんの少しだけ自らの意思で彼女の身体を動かす事が出来た。

これは推察だが、彼女の精神は確実に壊れ行こうとしている。

その影響で、私の支配力が彼女を凌駕したとみていいだろう。

それ故、私の意志で身体の一部を動かす事が出来た。

 

私は首をもたげ、視線を上へと向けた。

 

……。

 

視認も叶わない私の眼前には、よく知る二人の女が佇み見降ろしているのが分かる。

 

一人は、剣の乙女そのもの――。

…随分奇妙な話だ。

いま私と一体化している彼女こそ、剣の乙女だというのに…。

よもやこの少女と貴公、別人というオチではあるまいな?

いや…まぁこれは夢だ。

夢など完全に解析しようもないが、何が起きても不思議ではない。

現在の剣の乙女、そして過去の剣の乙女、両方が存在しても『夢の中なら』という言葉で片付く。

 

それは別にいいのだ。

 

尤も不可解なのは、()()()()()()だ。

 

どうして…!?

どうして…()が其処に居る…!?

どうして…彼女と共に()が居る…!?

 

消耗し切った鈍い身体を懸命に動かし、私は彼女を見た。

どれだけ逢いたかったか。

君だけを置き去り、()()()がこの四方世界へと流れ着いてしまった。

 

本当に逢いたかった。

 

私は唯々力無く、同時に全神経を以て彼女を見つめる。

もう開かぬ、焼け爛れた瞳で――。

 

そして更に奇妙な事が起こり、彼女の方から声が掛けられる。

 

「…灰の方…」

 

 

 

 

 

   ―― ああ、火防女よ ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

おはぎ

 

もち米とうるち米を混ぜたもの(または単にもち米)を、蒸すあるいは炊き、米粒が残る程度に軽く搗いて丸めたものに、餡をまぶした食べ物。

黄な粉を用いる事もあるという。

 

東国では庶民の和菓子として広く親しまれている。

 

王都の剣士団道場に身を寄せる、東国出身の不思議な少年が居るらしい。

凛とした佇まいは幼さをを感じさせず、おはぎ作りの名人でもあるという。

彼の作りし、おはぎ――。

 

きっと、とても、うまい。

 

 

 

 

 

 




唯のデート回だというのに、やけに長く、その割にお話し自体は進んでいないという。
今回お互いの気持ちを確認し合っただけで、恋人関係に発展した訳ではありません。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。