ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
GWという事もあり、何とか出来上がりました。
少々短いですが、お楽しみくださいませ。
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第123話―領主館の夜―

 

 

 

 

 

 

輸血液

 

血の医療で使用される特別な血液。HPを回復する。

ヤーナム独特の血の医療を受けたものは以後、同様の輸血により生きる力、その感覚を得る。

 

故にヤーナムの民の多くは、血の常習者である。

 

血にはソウルが宿り易いと言われているが、真実は曖昧で立証する術はない。

しかし狂気を孕んだ血は、血管を伝い細胞を経てやがて他者へと侵食するだろう。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

   ―― 残念だが彼等の物語りは此処までだ ――

 

『器に見合わぬ醜悪な野心の炎に焦がれるか。分を弁えぬ輩が黄金の輝きを擁こうなど、傲慢の極みよ…!』

 

 紺碧よりも更に深い濃紺の夜空に響き渡る不気味な声。

彼等の高笑いなど一瞬で掻き消すには、充分過ぎるほどの迫力を帯びていた。

 

「――えぇいッ何奴!?姿を見せよ、無礼者ぉ!」

 

 何処からとも分からぬ声に、森人の一人は激昂しつつも周囲を見渡す。

また、他の森人達も倣う様に周囲を探り始めた。

 

「――ぬぅ…貴様ら…何の用だ…!?」

 

 やがて老森人が目に映ったのは、浮かび上がる光を帯びた魔法陣と、その中から現れた複数の人影。

見た事もない人物像だ。

数は少数、計5体居る。

 

黒い甲冑に全身を覆った騎兵が2騎。

同じく黄金の全身甲冑の騎兵も2騎。

そして中央に一人の男が立ちはだかり、此方を見据えていた。

中央の男だけは、4騎の騎兵に見合わぬ見窄(みすぼ)らしい出で立ちだが、形容し難い威厳を備えている。

ボロボロの外套のみを纏い、手には捻じれた螺旋状の長杖を所持していた。

 

「貴様ら、見ない顔触れだな?評議会の回し者か、それともロスリック妖王一派の工作員か!?」

 

 初めてお目にかかる集団だ。

5人と少数だが、4騎の騎兵は全身甲冑に加え見事なまでの軍馬に跨っている。

外観だけでも相当の戦力なのは明白で、秩序側の勢力ではないと本能的に判断出来た。

警戒を維持しつつも、彼等の素性を改めて問い詰める老森人。

 

「聖黄金樹…。あの神々しいまでの聖性を、貴様らごときの濁り水で汚すなど看過に堪えぬ恥辱…。愚かしい野心の火ごと消えて貰うぞ…!」

 

 老森人の戯言に貸す耳など持ち合わせてはいない。

中央の男の台詞を皮切りに、両脇を固めていた騎兵たちが悠然と動き出す。

 

「お、おのれ!我等を高貴な森人と知っての狼藉かぁッ…!?」

 

 正体不明の集団は完全に敵対していた。

連中が何者かなど判別も付かないが、完全に仕留める気で動きを始めている。

しかし森人一派も黙って受け入れる気など毛頭なく、各々が武器を引き抜き戦闘体制に移行した。

 

……

 

「…ちょっと嘘でしょ…!?一方的すぎるわ…!」

 

 森人一派を尾行していた妖精弓手は、岩場に身を潜めながら慄いていた。

彼等を尾行していた妖精弓手を筆頭とした同期戦士たち――。

だが尾行している内に突如として出現した、正体不明の集団。

会話の内容も全て耳に入れていた彼女だが、いまいち要領を得ない内容ばかりだ。

だがハッキリとしていたのは、尾行対象であった森人一派は()()()()()()()()()()()という事実に限る。

森人達は碌な抵抗も出来ぬまま、余りに一方的な虐殺で終わったのである。

4体の…否…単騎だけでも事足りた程の殺戮劇を見た妖精弓手は、ガクガクと全身を強張らせていた。

何もそれは彼女だけでなく、同期戦士たちにも当て嵌まるのだが…。

 

「お、おい、アレは洒落になんねぇって…!早く逃げようぜ…!」

「そうよ…、見付かったら一巻の終わりよ、あたし達…!」

 

 とても太刀打ちできる相手ではない。

真正面は言うに及ばず、奇襲した処で返り討ちに遭うのは目に見えていた。

同期戦士と少女野伏は、早期撤退を妖精弓手に促す。

 

「まだ駄目よ…!アイツ等が去ってからでないと、逆に見付かるわ…!」

 

 ここで半森人女剣士が意見を挟む。

尾行する傍ら都合よく小さな岩場を発見し、身を潜めるには打って付けだった。

だが正体不明の集団と自分達の相対距離が、些かに近い気もする。

下手に動きを見せ岩場から姿を晒せば、直ぐに追い付かれてしまうのは確実。

何せ、相手側は騎兵だ。機動力が違い過ぎる。

 

「クッソ、早く行ってくれないかしら…!」

 

 岩場の影で妖精弓手は、集団が立ち去るのを只管に待つ。

 

しかし事は思うように運ばないものだ。

 

見窄(みすぼ)らしい外套の男が、黄金に輝く短剣を召喚したかと思えば、妖精弓手の隠れている岩場へと投射した。

その岩場は見事に崩壊し、妖精弓手たちはその身を無防備に曝け出してしまったのだ。

 

「…あ…ヤバ…」

「「「……」」」

 

何とも間の抜けた声を出す事しか出来ず、彼等は唯立ち尽くすだけ。

 

「か…囲まれちまった……」

 

 見付かった事に呆然自失としている間、4騎の騎兵により包囲されてしまった同期戦士たち。

これで退路は完全に断たれてしまう。

誰か一人でも逃げ果せれば状況を伝える事も出来たのだが、それも絶望的だ。

 

「こ…こうなったらやるしかねぇ……!」

「そ…そんな…どうやって勝つの…!?」

「嘘…此処で終わり…まだ冒険者にも成ってないのに…」

「…呆気ないわね…終わる時って……」

 

 同期戦士、少女野伏、半森人女剣士、そして妖精弓手――。

其々が、勝ち目のない絶望的な戦いへ身を投じようと武器を抜く。

勝ち目どころか生き残る事さえ絶望的な状況下だ。

 

「…ハッ…ハッ…ハ…フッ…フッ…フ……」

 

 余りの緊張感と精神的負担に過呼吸を起こし、半森人女剣士は気を失い倒れ伏した。

彼女の意識は完全に途絶え、戦う以前より一人が脱落――。

寧ろ彼女は幸せなのかも知れない。

敵に向かい合うだけで、発狂したくなる程の恐怖を味合わずに逝けるのだから。

 

「…ヒ…ひィ…ヒグ…あぁ…アアァぁぁぁ……」

 

 そして恐怖とは伝染するもの――。

彼女に釣られ、少女野伏も小水と軟便を垂れ流しながら恐怖を隠し切れずにいた。

同時に可憐な素顔も、涙と鼻水と涎塗れとなり歯をガチガチと鳴らし、もはや戦う以前の状態だ。

 

「お…おい…覚悟…決まった…か…?」

「決ま…る…わけない…でしょ…け…ど…」

 

 恐らく真面に動けるのは、同期戦士と妖精弓手の二人だけ――。

たとえ勝ち目など無かろうとも、生き残るには戦うしか手は残されていない。

妖精弓手に覚悟の有無を問う同期戦士――。

しかし彼の脚は震えに震え、戦えるかどうかも疑わしい。

それは妖精弓手も同じで、抗議の声と涙目で彼にか細い言葉を返す。

ふだん勝気な彼女からは、想像もつかない程に弱々しい態度だ。

 

「い…行くぜ…」

「…ええ…」

 

 勝ち目のない絶望へと身を乗り出す二人の冒険者――。

 

……

 

 多少の波乱はあったものの、会合は概ね成功。

両陣営は、祭祀場の外にて会話に興じていた。

 

「――では、あの集団は、北方の部族であると?」

 

「はい。彼等の度重なる非礼の数々、どうかお許し下さいまし」

 

 国王でもある金剛石の騎士に、重ね重ね謝罪の意を示す花冠の森姫。

 

会合初頭にて、挑発交えの高圧的な言葉で牽制してきた老森人率いる一派。

元来は『北方森林』に生息する森人の部族である事が、彼女により明かされた。

この西方とは違い北方は厳しい気候に晒された地域で、北方部族は総じて気位の高い傾向にあった。

そして100年ほど前から此方に人員や貢物を送り、西方樹海の掌握を画策していた事も、花冠の森姫は感付いていた。

尤も、その当時は曖昧で確証も無かったのだが、花嫁として贈られた若い森人の女から秘密裏に告げられた事で、全容を知る事が出来た次第である。

北方部族全てが、傲慢と言う訳でもなかったという事だ。

その報で危機感を持った西方の森人勢力は一計を講じる事にした。

先ずは()()()()()()()()を通し、彼等を泳がせ動向を見極める。

だが彼等も彼等で中々尻尾を見せず、貢献度は非常に高く良く尽くしてくれたのは事実だ。

 

「そこで私たちは、この会合で彼等の本心を見極める事にしたのです」

 

 西方樹海の掌握が目的に交流を図る、老森人率いる一派。

しかし100年の間、彼等は実によく尽くしてくれた。

 

若しかしたら、心変わりを起こし此方側に寄り添ってくれたのでは?

 

花冠の森姫は、そんな淡い期待感も寄せていたのである。

しかし彼等の本心は未だ見極める事も出来ず、彼女は会合の場を利用する事に決めた。

よく尽くしてくれた彼等に権限を与え、会合へと参列させる計画を実行する。

一応は老森人の望みでもあったが、その権限を与えられた彼等は非常に喜こび更なる貢献を約束してくれた。

 

「もし彼等が穏便に交渉を進めてくれるのなら、私たちは、このまま全てを委ねる積りでいたのです。……しかし現実は…見ての通りでした…残念ながら」

 

 花冠の森姫は、濃紺の夜空を仰ぎ愁いを帯びた表情を浮かべる。

その表情も月光の色合いと奇妙に組み合わさり、神秘的な美しさを醸し出していた。

まるで彼女自身が月そのものではないかと思える程に美しく、男性陣のみならず女性陣までもが見惚れている。

 

あの森人一派が此方の方針通りに交渉を進めてくれたなら、彼女たちは全て成り行きを見守り静観を貫く積りでいた。

彼等の本心を暴き出す為に会合へと参列させたが、結果は御覧の有様。

結局彼等の本心は些かも変わっておらず、かなり酷い醜態を晒していた。

寧ろ今迄で最も見苦しい恥を曝け出していたのではないだろうか?

下手をすれば全ての森人の評価を著しく落としてしまう程に、危険極まる振る舞いにも等しい。

 

「何故あれ程にまで、醜悪な振る舞いを…?」

 

 花冠の森姫も、彼等の豹変ぶりには疑念を抱かずにはいられなかった。

そんな彼女に剣の乙女が応える。

 

「恐らくは、周到に仕組んだ計画が全て台無しとなった。それが大きな要因では?」

 

 聖黄金樹を独占し、その交渉を有利に進める為にも相当数の刺客を配置し、会合に臨んだ森人一派。

しかし灰の剣士や同期戦士たち、裏では鳥羽の狩人たちによる活躍で、刺客や工作員たちは軒並み排除された。

交渉を有利に進める為のお膳立ても全て不発に終わり、森人一派は心の余裕と均衡を崩したのではないか。

剣の乙女は、そう指摘する。

 

「此度の無礼の数々…そして貴方達を利用した蛮行、誠に申し訳ありません…!」

 

 彼女たち森人勢力にも諸々の問題は常に発生し、統括する長たちは日頃から頭を悩ませているものだ。

これは何も彼女達に限った話ではなく、他の種族や国家間でも残留し続ける頭痛の種でもあった。

 

花冠の森姫は深く何度も謝罪の意を表明する。

 

「……非公式である事が幸い致しましたな。これが公の場なら、謝罪だけでは済まされない案件でしたぞ?」

 

 この会合は公には伏せられており、多くの住民がこれを知る事はない。

故に、何が起ころうとも両陣営は内密に処理しなけらばならず、公式に声明を出す訳にもいかないのだ。

――とは言え、仮にも政治的な意味合いを持つ国家間の会合で、只人側は、まんまと森人側に利用された形であるのも事実。

これが公式の場なら()()()()と取られても文句の言えない程に、危うい状態でもあった今回の会合。

 

「重々承知しております」

 

 花冠の森姫も、事の重大さは理解しているらしく何らかの形で賠償する約束を取り付けた。

 

「女王様。あの弓使いの上森人ですが、例の一派を追跡させているという事でしょうか?」

 

「はい。一応今後の動き位は探っておく必要が御座いますので」

 

 会合の終わり際、祭祀場を早々に立ち去る森人一派の追跡を、妖精弓手に命じていた花冠の森姫。

彼らの動きなど容易に想像もつくが、念の為彼女に探らせる事にした。

そう時間を置く事なく、報告が寄せられるだろう。

剣の乙女も、森人一派と追跡する妖精弓手の動きが気になり、森姫へと尋ねていた。

 

そんな折、突如として銃声が鳴り響く。

 

「――な…銃声ッ!?」

「――あっちの方角!」

「――激しいソウルを感じる。戦闘状態だ!」

 

 空気感を瞬時に破断させるかのごとき銃声――。

かなり遠間からだが、彼等の耳を打つには充分な音量だ。

しかも一発だけでなく、今も断続的に鳴り響いている。

銃声とソウルの流れで、ソラール、ジークバルド、灰の剣士は一つの方角を見据えていた。

身軽な者だけで班を形成した彼等は、銃声の方角へと走り出す。

 

……

 

 不思議な現象だ。

大腿部にナニカを打ち込んだと思えば、次の瞬間には何事も無かったかのように振舞っている。

 

「す…すまねぇ…俺達の為に…」

 

 頭を下げる同期戦士。彼は幸いにも無傷だった。

 

「別にアンタの為じゃあないさ。余りにエゲツない気配を感じたからねぇ、好き勝手されちゃあ堪らんのさ」

 

 彼に対峙した人物は女の声をしていた。だが外観からでは性別など図れようもない奇抜な出で立ちだ。

全身黒ずくめの厚着に加え、頭部は烏の様な嘴付きのマスクで覆われている。

一瞬、鳥人を彷彿させるかのような風貌で、手には短刀と()と呼ばれる武器を所持していた。

また彼女の他に、数人の人物も連れ立っている。

 

外套で素顔を隠してはいたが、一人は禿頭の何とも怪しい男。

彼の手にも変形機構を備えた槍状の武器を携え、もう片方の手には双頭の竜が描かれた大盾を所持している。

 

もう一人は、まだ幼い少女だ。

彼女も外套で頭部を覆っていたが、淡い金髪を血の様な赤いリボンで束ね、可憐な顔立ちをしている。

神殿で時折り見掛けただろうか。聖光(ホーリーライト)の奇跡を行使していた。

 

最後に銀髪の小柄な女性――。

かなり素早く、身軽な身のこなし――。

斥候職だろうか?それも相当の手練れの。

視界に入った瞬間、あの()()()()()を思わせたが直ぐに別人だと知る。

 

実の処、同期戦士たちに目立った外傷は無い。

あの正体不明の集団に包囲はされたが、間一髪で彼女たちが駆け付け代わりに戦ってくれたお陰で事無きを得た。

しかしその代償として頭目である、鳥羽の狩人が深い傷を負ってしまったのだ。

同期戦士は、彼女の素性など知る由もないが、彼女の仲間は『鳥羽の狩人』と呼んでいたのを記憶している。

だが彼女たちは実力者揃いであった。

影の如き軽快な動きで4騎兵を翻弄し、あの捻じれ杖の男相手に肉薄――。

赤いリボンの少女が奇跡で援護し、銃槍の男と銀髪女性が4騎兵を抑え込む事で、鳥羽の狩人と捻じれ杖の男が激しい攻防を繰り広げていた。

短くも濃密な戦い――。

やがて捻じれ杖の男率いる騎兵たちは姿を消し、今に至ると言う訳だ。

彼女たちは一体何者だろうか?

 

「なぁ、アンタ達は…冒険者なのか?」

「あたし等の事より、あの半森人の嬢ちゃんの心配をしな。()()しちまっている」

 

 鳥羽の狩人の素性を訊ねようとする同期戦士だが、彼女から無下に断られ『半森人の少女野伏の心配をしろ』と突き返されてしまう。

あの時の絶望感でそれ処ではなかったが、少女野伏は余りの恐怖感で小水だけでなく軟便まで垂れ流している状態だ。

その証拠に彼女は地面にへたり込んでおり、排泄物の異臭が此方にも届いていた。

 

「しっかし運が良かったねぇアンタら、ありゃ相手が悪すぎらぁな。姐御さんでも負傷しちまう位だ。これからは、逃げの手段も確保しておくこった、ウヒャヒャヒャ…!」

 

「悪かったわね…!まぁ、一応は礼言っといてあげるわよ…!」

 

 歯に衣着せぬ物言いだが、どうにも癇に障る何かを感じずにはいられない妖精弓手。

助けられはしたが、素直に礼を返せる気分ではなかった。

 

――感じ悪いわね、この禿げ頭。あの坊さんとはエライ違いだわ…!

 

同期戦士の一党である禿頭僧侶と、目の前に居る禿頭の銃槍男を脳内で比べてみる。

その余りにも違い過ぎる振る舞いに、只人とはこうも違いが明確に出るものかと妖精弓手は思案に耽った。

 

「おぉッと、主賓のご登場かね?」

 

 銃槍の男が向く先には、此方に向かって来る幾つもの人影が確認できる。

 

「アイツ等…来てくれたのか…」

 

「まぁ、あれだけ銃ぶっ放しすりゃあ、流石に気付くってもんかね」

 

 幾多もの人影は、同期戦士たちも良く知る灰の剣士たちだ。

彼らの姿を目にした同期戦士は、安堵感で身体が急激に重くなるのを感じた。

今宵は普段以上に弾丸を放った事で、彼等も銃声を聞き駆け付けて来たのだろう。

鳥羽の狩人は少々らしくもないと、心の中で己が立ち回りを悔いた。

 

「私は彼等と合流いたしますが、貴方たちはどう致します?」

 

「気遣いは無用だよ。あたし等は独自で動くだけさね、じゃあねボウヤ達!」

 

 王統府に属する銀髪女性は、これを機に合流を果たす積りだ。

だが同期戦士たちは兎も角、鳥羽の狩人はどうする積りだろうか。

銀髪女性は彼女達の今後を問うが、鳥羽の狩人たちは挨拶もそこそこに素早く姿を消してしまう。

 

「は、速いわね…!冒険者…なの…アイツ等…?」

 

 瞬きする間に立ち去ってしまった鳥羽の狩人たち。現場には数枚の烏羽が舞い散るだけだ。

妖精弓手は小声で驚き、呆然と宙を舞う羽根を見つめるしか出来なかった。

 

『おぉ~い、皆の者ぉ!無事かぁ…!!』

 

 そんな彼等に呼び掛ける、ソラールの声。皆が再び合流を果たす。

 

……

 

   ―― 西方辺境街・領主の館 ――

 

子爵を授かる街の領主にして司祭長――。

地母神の信徒は、自然との繋がりと清貧の教義を旨とする者が多い。

彼女も例に漏れず、館の内装など過剰な装飾は極力撤去されている。

余計な装飾物や鑑賞具などは、全て資金に換えられ街の福祉へと回されていた。

そういった経緯もあり、子爵の館にしては一層広く且つ質素な印象を、来訪者に抱かせた。

だが決して財力に乏しい訳でもなく、客室に集う来訪者たちの前には豪華な食事が並べられている。

 

「皆様、此度の御足労、誠に感謝いたします…!ささやかですが、酒宴を用意させて頂きました。ささ、遠慮なく召し上がって下さいませ…!」

 

 大仰染みた長々しい訓示など無用。

必要最小限の挨拶のみを済ませた司祭長は、皆に食事を振舞った。

王侯貴族の社交界とは比較にもならない程の簡潔な料理群だが、ほぼ全てに火が通され温かみの感じる食事ばかりだ。

王城や国家間の社交界では冷めた料理が、どうしても多くなってしまう。

出された食事の大半は、庶民が食す物と大差はなかったが、火の通った料理類は彼等を唸らせるには充分な味付けだ。

 

「うむ、このシチュ―…!冒険者時代を思い出す…!」

 

 国王でもある金剛石の騎士は、出来立てのシチューを味わい嘗ての現役時代に想いを馳せている。

冒険の最中、野営地で食事を摂る事も多々あるものだ。

大抵は簡素な食事で済ますのだが、食材が豊富な時は決まってシチューを調理する場合が多かった。

野外にて採取できた野草や自然の芋類を主軸に干し肉や干し魚を鍋に入れ、じっくりと煮込む。

その後、持参した調味料で味を調え、自分を含めた仲間達と鍋を囲み談笑に興じる。

特に夜が冷え込む時期などは、暖かいシチューなどご馳走中のご馳走と言っても過言ではない。

冷え切った身体に熱いシチューが沁み込む、あの感覚は今でも彼の思い出を褪せる事なく彩り続けていた。

国家元首という重責に就いているが、矢張り彼の心は冒険者なのかも知れない。

 

「これは有り難い。我々森人にも配慮してくれている事に、感謝いたしますぞ…!」

 

 また此処には花冠の森姫を始めとする森人陣営も同席しており、基本的に彼等は身肉類を食す事はない。

森人達の食事情も考慮が成され、根野菜や豆類を中心とした煮込み料理も揃っていた。

普段口にしない味わいに、輝ける兜の森人も大層ご満悦だ。

森人陣営も、皆挙って食事に舌鼓を打ち笑顔を浮かべている。

 

余談だが、先ほど正体不明の集団に討たれた老森人率いる一派たちは皆、簡易的な火葬で弔われていた。

あの会合での随分高圧的な態度――。只人陣営は心象を害したが、彼等も等しく被害者だ。

野晒しにするには余りに忍びなく、また亡者化を防ぐ為にも葬られる事になったが、状況が状況という事もあり火葬にて処理された。

彼等の墓は、後に神殿墓地の一区画に設けられる事となる。

 

「灰剣士殿、あの少女…街で見かけた3人組の一人の――」

 

「ああ…、彼女な…」

 

 食事の傍ら、ジークバルドは出撃の際、街外周部の路地で見掛けた一人の少女を発見する。

それを受けた灰の剣士も、少女には見覚えがあった。

たしか鳥羽の狩人が連れ添っていた内の一人に、赤いリボンの少女が居た事を思い出す。

何処となく見習い神官の少女と似通った部分も散見されたが、赤いリボンの少女は儚げで幸薄そうな印象を抱かせた。

特に顔色や血色に問題は見られない事から、病弱と言う訳でもなさそうだ。

現に少女は食事を楽しんでいる様だが、親しい隣人が居ないのか些か孤立気味にも見えた。

 

「あの子…神殿で僕を診てくれた子ですね」

 

 そこで輝石の貴公子も会話に参加する。

普段の彼は卵料理に拘っていたが、今は『粗挽きウィンナー』を味わっていた。

パリッ…パリっと、ウィンナーに嚙り付く肉汁の飛び出す音が何とも心地いい。

そんな彼だが、赤いリボンの少女とは面識があるらしい。

狭間の地より流れ着いた直後の彼だが、気を失っており地母神神殿に保護される。

気を失っていた時間は僅かだが、そんな彼を診てくれていたのが赤いリボンの少女だった。

また彼が目覚めた直後、かなり喉がしわ枯れ碌な声を発する事も出来ない位に消耗していた。

そんな彼を見かね、少女が水を差し出してくれた事を今でもよく覚えている。

 

「ふむ、そうであったか。貴公の知り合いでも――って、お、おい貴公…!?」

 

 その経緯を聞き、ジークバルドが深く頷こうとした矢先、輝石の貴公子は少女の方へと歩み寄っていた。

 

「ハハ、ああ見えて積極的だな、彼も――」

「ウワッハハ、皆まで言う前に動きおったわ…!」

 

 この機会に声を掛けてみてはどうかね?

 

そう告げようとしていたジークバルドだが、余計なお節介だったようだ。

輝石の貴公子は少女に声を掛けるべく既に動いており、それを見ていた灰の剣士も思わず笑みを零してしまう。

 

「やぁ、覚えているかな?僕の事…」

 

「……うん。神殿で、会った…よね…?」

 

「……」

「……」

 

 たどたどしい会話から始めるものの、両者とも直ぐに口を閉ざしてしまう。

何を話すべきか碌に考えてもいない内に、声を掛けてしまった輝石の貴公子。

対する少女も、思わぬ所で声を掛けられ内心動揺を覚えていた。

 

「お礼を言いたかったんだ。短い間だったけど、僕の世話をしてくれた事に――」

 

「いいよ別に…。あれから調子は…どう…?」

 

「見ての通り…さ。まさか此処で会うなんて予想外だったけどね」

 

「あたし…冒険者じゃ…ないんだ…。その…別の…ギルドで…ね…」

 

 ぎこちないながらも何とか会話を繋げるが、少女の方から自分は冒険者ではない別のギルドに属している事を、それとなく明かす。

 

「知ってるよ、だけど変に意識しようなんて思ってない。君にも君なりの事情があるんだろ?…僕だってそうだ」

 

「あたしも…貴方と同じく、別の異界から…流れ着いたの」

 

 途切れがちだが会話を続ける二人。

そんな折、少女も彼とは違う異界から流れ着いた事を明かす。

それは狭間の地とは全く異なる別の世界――。

()()()()と呼ばれる怪し気な医術が存在する、古都(ヤーナム)に彼女は住んでいた。

だがあまり良い思い出が無いのか、少女は積極的に話したがらない。

元から内向的な性格なのは直ぐに理解出来たが、此処で少女は口を閉ざしてしまった。

 

「ご、ごめんよ。変に詮索する積りはないんだ。話したくなったら話してくれればいいさ…」

 

「……」

 

 少女の様子に、彼は慌てて謝るが尚も彼女は口を閉ざしたままだ。

怒らせてしまっただろうか?

輝石の貴公子は、別の話題に持って行こうと頭を働かせる。

 

「そのリボン……随分と赤いね。深い色合いが…その…君の髪に良く合ってる…」

 

 ここで彼は、少女のリボンに目が行った。

彼女の淡い金髪に血の様に深い赤のリボンは非常に引き立ち、どちらが主役なのか分からなくなる程に彼の目を引いた。

流石に『血のように赤いよ』などと発言する程、彼も無粋な男ではない。

少女が暗い過去を背負っているのは、短い会話からでも充分察する事は出来た。

そんな彼女に、()に纏わる言葉など投げ掛ければ、嫌でも心を抉る事など容易に想像できたからだ。

 

「……。このリボン…ホントは白かったんだ…。だけど…この赤は、あたしと過去を…家族の…唯一の繋がり…なの。…貴方の腕も、変わった…色をしている…ね」

 

 どうにも少女を口説く形を執ってしまった彼――。

しかし少女には響いていないのか、淡々とリボンと自身の関係を語る。

その中で、家族の事も少しばかり言及し、お返しとばかりに彼の右腕に意識を向けた。

 

「……。同じだよ、君と…。この右腕は、然る御仁と僕を繋ぐ唯一の証で遺産なんだ。あの御方が、たとえ悪行に身を染めていようとも、僕にとっては掛け替えのない恩人だ。そしてこの腕の持ち主の分まで、僕は生きなければならない。それが僕の犯した所業に対する、贖罪でもあり使命なんだ…」

 

 少女がリボンに拘りを見せる様に、少年も自身の右腕に思い入れがある。

互いの過去、そして元居た世界に対する望郷の念――。

心躍る思い出など皆無に等しいが、間違いなく二人にとっては故郷でもあり生まれ育った世界でもある。

少女はリボンに手を添え――。

少年は右腕に手を添える――。

二人は元の世界へと想いを馳せていた。

 

「……ハァ…フゥ…」

 

「ハハ…少し熱くなってきたね。窓際で少し涼もうか…?」

 

「…うん…」

 

 食事の熱気の所為か、互いの緊張感の所為か――。

熱気に当てられたかのような二人は、顔を上気させ少々赤味と汗を滲ませる。

夜風にでも当たろうか、と輝石の貴公子は提案し、赤いリボンの少女もそれを受け入れた。

さり気なく二人は窓際へと移動し、窓を少し開け新鮮な夜風を部屋へと取り入れた。

 

「…二人だけにしてあげよう」

「…そうであるな」

 

 二人の淡くも儚い関係を具に見ていた、灰の剣士とジークバルド。

此処で介入する程、彼らも野暮ではない。

彼等は敢えて口も挟まず、見守る事にする。

 

――鳥羽の狩人…そしてもう一人…。

 

灰の剣士は、鳥羽の狩人の隣に居たもう一人の男について意識する。

あのとき態度には出さなかったが、彼は()()()を良く知っている。

嘗ての時代で、幾度も遭遇したあの男――。やけに賢しく姑息、それでいて用心深く策謀にも長けた男。

一度油断すれば出し抜かれ、罠に幾度も嵌められた過去もあった。

それでいて不思議と憎みに憎み切れぬ奇妙な魅力を同時に有す、異常な聖職者嫌いのあの男。

まさか仕掛け人(ランナー)に扮していようとは――。

しかし彼は本当に何者だろうか?

幾度も火継ぎの使命を果たしてきた灰の剣士だが、行く先々の世界で彼とは出会ってきた記憶がある。

別人物だと思いたいが、同じ容姿に同じ名前を持ち幾度となく関わってきた。

極め付けは『狭間の地』でさえ邂逅し、再び罠に嵌められてしまった。

また性格や行動指針も似通っており、同一人物ではないかと勘繰ってしまう程に奇妙な共通点を持つ男だ。

 

――いや止そう。()()()だ…。

 

あの禿頭男に対する思考を止め、再び彼は少年と少女へと視線をやった。

 

少年と少女は言葉を交わす事もなかったが、互いに微かな笑みを浮かべている。

 

「それじゃあ先輩は、もう仕事に就いていると?」

 

「ええ。新婚生活もそこそこに、ギルドの補助業務に従事しながら勉学に励んでいるようです」

 

 別の卓では、同期戦士とソラール一党に属する女司祭が話し込んでいた。

同期戦士が『先輩』と呼ぶ人物――。それは、女司祭の先代頭目である『銀等級戦士』の事である。

同期戦士は、彼の近況についてを聞いていた。

彼はダークゴブリン戦の後、冒険者を引退し、婚約していたギルド職員と入籍した。

だが彼の性格上、ジッとしていられなかったのだろう。

結婚早々に、彼は新たな仕事に就いてしまったのである。

今や妻となったギルド職員の仕事の補助をしつつ、職務について目下勉学中との事だ。

 

「っか~…、先輩らしいぜ…」

 

 その報を聞き、同期戦士は呆れ半分感心半分といった表情で天井を仰いだ。

 

「ウワッハハハ、全くだ。先代頭目の心意気は、まだまだ現役という事だな…!」

 

「少しは、のんびりしてくれよなぁ~…」

 

 元・銀等級戦士――。

彼は最後の戦の後、重傷を負い後遺症を残す結果となった。

それが原因となり、現役時代の様に戦う事は出来ず引退した訳だが、彼の精神は未だ健在で意気揚々としている。

だからこそ、彼は直ぐに職に就いたのだろう。

若しくは心の何処かで、未だ冒険に対する未練を引き摺っていたのか。

何はともあれ、彼の近況にソラールは豪快に笑い、同期戦士は尚も呆れ顔を続けていた。

 

「ねぇ~、男ばっか相手してないでさぁ…あたしに付き合いなってぇ…❤」

「んもぉ~、今夜はとことん付き合わせてやるんだからぁ…♪」

 

 そこへ半森人の少女野伏と女剣士が、同期戦士へと絡み付いて来た。

 

「――うぉ!?酒くせぇ…!お前ら、かなり飲んでやがるな!?」

 

 少女二人は相当出来上がっているらしく、半目で寄り掛かり吐息からは酒の匂いが彼の鼻を突く。

 

「分かってんのか、お前ら!?明日も護衛任務で、仕事はまだ終わってないんだぞ!?」

 

 泥酔い寸前の二人に対し、これには同期戦士も苦言を呈した。

 

「くぉらぁ~…!貴方はコッチぃ…さぁ行くわよぉ…ウェへへへ…♪」

 

 今度は妖精弓手まで加わり、森人3人は同期戦士を連れ出してしまった。

 

「おい、離せ!本当に大丈夫なんだろな、お前ら!?二日酔いは認めんから、覚悟しとけよ…!」

 

 抗議の声を上げながら彼は部屋の片隅へと連行されてしまう。

 

「ほ~、あの男。やたら森人に人気あるのぉ…」

「俺も、あんな風にモテたいです…」

 

 その様子を見ていた鉱人導師と男槍の徒――。

特に男槍の徒は、同期戦士に羨望の眼差しを向けていた。

 

……

 

彼等にとって真っ先に思い浮かぶと言えば、水の都の神殿に設けられた大浴場に違いない。

あれ程の大施設を日常的に利用できるとなれば、やはり王侯貴族や高官に絞られる筈だ。

あの時の大浴場と比較すれば、領主館の浴場は少々見劣りする造りだ。

だが庶民階級が大半の冒険者たちにとっては、贅沢を謳歌できる事に変わりはない。

 

「黒甲冑と黄金甲冑の騎兵、そして捻じれ杖の男…?」

 

「ああ、俺はちゃんと見たんだ。一体だけでも破格の強さでな、あの森人連中は一方的に殺された」

 

 身体の洗浄も済ませ、ゆっくりと湯船に浸かる灰の剣士と同期戦士。

森人一派を襲撃した、正体不明の集団について語り合っていた。

とにかく途轍もない戦闘力を誇っていた騎兵たち――。その騎兵たちに、成す術もなく蹂躙される森人一派。

同期戦士たちは妖精弓手の頼みで尾行していたが、あの時の光景を忘れる事はないだろう。

彼等は近くの岩場に身を潜め状況把握に努めたが、唯々恐怖に慄く事しか出来なかった。

 

「だが捻じれ杖の男だけ、何で物乞いみたいな恰好をしてたんだろうな?その割に、あの騎兵より偉い立場だったみたいだし」

 

 いかにも百戦錬磨と言った風情の騎兵たち。

正に戦場の強者に相応しい迫力を備えていたが、長杖の男だけは不釣り合いなほどに見窄(みすぼ)らしい格好だった。

その事に同期戦士は若干の違和感を覚える。

 

「けど、弱そうって感じはしなかったなぁ。何も無い所から黄金の剣を召喚して、コッチに投げ付けて来たんだ…!」

 

 騎兵の中心に佇んでいた捻じれ杖の男は、確かに貧相な出で立ちではあった。

だが虚勢とは違う、確かな存在感を放ち、場違いながらも気品さえ纏っているようにも思えた。

また初めてお目にかかる、黄金に輝く短剣を召喚し瞬時に投射――。

同期戦士たちが隠れていた岩場は、いとも容易く粉砕されてしまった。

 

「いやぁ…あの時はもうダメかと本気で思ったぜ…。狩人だっけ…?あの人達が来てくれなければ、どうなってたことやら…だ」

 

 岩場も破壊され無防備な姿を曝け出してしまった同期戦士たち。

動揺する彼等を余所に、騎兵たちは早急に動き退路を塞いでしまう。

逃げ場を失った同期戦士たちは、絶体絶命の窮地に立たされた。

だが彼らの危機に颯爽と駆け付けたのは、鳥羽の狩人たち――。

彼女らの奮闘で持ち堪え、騎兵たちと捻じれ杖の男は撤退。

後に彼女たちは狩人と呼ばれ、冒険者ではなく対極に位置する仕掛け人である事を知った。

 

「気の所為かなぁ…?あの連中、何か()()()()()()()()様にも見えたんだが…違うよな、流石に…?」

 

 少々のぼせたのか半身浴に切り替える同期戦士。

あの時は、確かに騎兵たちに包囲され退路を断たれた事に変わりはない。

だがどうにも()()()()()()()()()様に思えて仕方がないのだ。

森人一派には躊躇なく攻撃を仕掛け、忽ち皆殺しにしてしまった。

しかし同期戦士たちに対しては、威嚇に徹し攻撃の様子は見られなかった。

当時、恐怖に支配され冷静さを欠いていたが、今なら多少の分析も叶う。

ただの楽観主義と言われれば身も蓋もないが、捻じれ杖の男の集団に然程の悪意は感じられなかったのだ。

 

「…そうか――にしても災難だったな」

「全くだぜ…。幾らお前さんでも、あれ等の相手はキツイと思うぜ?」

 

 同期戦士たちよりも、明らかに洗練された戦い繰り広げていた鳥羽の狩人たち――。

だが彼女達の実力を以てしても持ち堪えるのが関の山で、鳥羽の狩人も傷を負ってしまう程だ。

あの捻じれ杖の男率いる騎兵集団相手では、灰の剣士でも厳しいのではないか?

 

「そうだな。それ程の手練れ揃いなら、真正面から当たりたくはない」

 

 同期戦士の問いに何気無く相槌を打つ灰の剣士。

 

――…まさか…な…?

 

相槌を打ちながらも彼は、捻じれ杖の男と黄金と黒甲冑の騎兵たちに意識を寄せる。

同期戦士が語る特徴――。何処となく心当たりがあった。

しかし確証がないのも確かで、彼もそれ以上意識する事を控え湯船に身を委ねる事にする。

 

……

 

 此処は領主でもある司祭長の私室。

 

「貴女ほどの方でも、手こずる相手…ですか?」

 

 部屋の主である司祭長は、もう一人の女に語り掛ける。

 

「手こずる…?冗談言うんじゃないよ。終始劣勢、アレは普通じゃない…!」

 

 その女は、黒い縮れ気味の長髪を掻き揚げ頭を振りながら言葉を返す。

彼女の脇には、鳥の嘴を模した被り物が抱えられていた。

そう、彼女は『鳥羽の狩人』である。

今こうして、司祭長に事の顛末を伝えていた次第だ。

元々彼女達の世界は、この四方世界よりも技術水準が発達していた。

彼女たちが扱う仕掛け武器や銃と呼ばれる代物も、その技術の結晶とも言える。

そして彼女たちは狩人と呼ばれ、獣を狩る事を生業とする人種だ。

(彼女本人は少々違う経歴を持つが)

更に戦いも洗練され、人外の獣を狩る事に長けている。その戦闘力は、常人を遥かに凌駕するものだった。

そんな彼女たちが総力を挙げ戦いを挑んだ訳だが、あの捻じれ杖の男率いる騎兵集団には分が悪く自身も傷を負う羽目になった。

 

「貴女達の世界の住民ではないと?」

 

「見た事も無いねぇ。若しかしたら、獣の狩人…おっと灰の剣士と言った方がいいかね?そいつらの世界から流れ着いて来たんじゃないのかい?」

 

 鳥羽の狩人が苦戦する程の相手だ。

それ程の手練れ…況してや人型となれば、四方世界では然う然うお目にかかれる存在でもない。

彼女たちが知らないとなれば、後は灰の剣士たちの時代より流れ着いた位しか説明のつけようがないのだ。

 

「いえ、灰の方達も知らないと申しておりました」

「それじゃあ、手探りで着き止めるしかないって訳だ」

 

 件の集団だが、灰の剣士を始めとするソラールやジークバルドも面識が無いと表明している。

尤も、灰の剣士は心当たりがあったのだが、自身の目で見ていないのでは確証が持てず『知らない』と通すしかなかった。

鳥羽の狩人の言う通り、この件に関しては完全な手探りで調査を進めるしかないだろう。

 

「そうですね。今の件に関しては、一先ず置いておきます。……それはそうと、これが成功報酬です。どうぞお受け取り下さい」

 

「……」

 

 重要課題でもある『聖黄金樹を巡る会合』は成功を収めたのだ。

例の集団に関する情報を得るのは、後回しでも良いと判断した司祭長。

一先ずの段落を付けた彼女は、鳥羽の狩人に成功報酬の小瓶を手渡した。

かなりの造形美を誇るガラス瓶で、冴え渡る職人技が見て取れる。

しかし鳥羽の狩人の反応は、少々苦めだ。

 

「あまり歓迎してはいないようですね」

 

「当たり前だろ?()()()()()()()()って意味なんだ。本音は直ぐにでも引退したいんだ、あたしはね」

 

 殆ど愚痴に近い形で本音を漏らす鳥羽の狩人。

彼女には、小瓶の中身など既に分かり切っている。

小瓶の中身は、錬金術で拵えた秘薬で『若返り』の効能を有していた。

鳥羽の狩人は確かな手練れで、ローグギルド内でも実質トップを独走する程の貢献度を誇る。

しかし彼女自身は若々しいとは言い難い程に、肉体は齢を重ね衰えていた。

彼女の居た世界は現実と夢の区別も曖昧な空間で、時間の流れなど然したる意味など無い。

だが四方世界に流れ着いた事で、彼女の停滞していた肉体年齢は更なる時間を進める結果となる。

それ故に、彼女の肉体年齢は既に()()()()を迎えていた。

実は本人も身体能力の低下は自覚しており、現役に拘るよりも次世代への引継ぎを意識し引退さえ考えていた。

だがこうして、彼女の目には『若返りの秘薬』が映っている。

即ち、『まだまだ働け』という意味だ。

洒落た小瓶には可愛らしいリボンで包装され、作り主の悪趣味さえ匂わせた。

 

「…それで、効果の程は?」

 

 彼女は秘薬の効果…つまり()()()()()()()を訊ねる。

此処まで来れば無下に断るのも無粋と言うもの。

それに彼女には、まだまだ引退できない理由もあるにはあり、秘薬を口にするのも然程抵抗感はない。

 

「ざっと、20歳は確実…!…と言うのが作り主の談です」

 

「この国の錬金術師じゃあないんだろ?創ったのは?」

 

 司祭長の話によれば、作り主は『20歳は確実に若返る』と豪語していたそうな。

しかし、この国の錬金術はまだまだ発展途上で、かのアーランドなる国とは比較にもならない水準だ。

20歳も若返る。

正直眉唾物だが、もし真実なら国宝級に値する程の秘薬に違いない。

下手をすれば戦争の火種にもなりかねない程に、危険極まりない代物とも言えるのだ。

そんな伝説級の代物を生み出す錬金術師など、この国には先ず存在しない。

現在、国交正常化を再開したアーランド共和国から錬金術の技術供与を受けている状態だ。

この秘薬の作り主は、十中八九他国の錬金術師という事になる。恐らくは、アーランドに関係した人物であろう。

 

「ええ、その様です。私も詳しく存じ上げませんが、彼女は世界中を旅していると仰っておりました。何でも未知なる領域を楽しむ為だとか」

 

「…やれやれソイツ、とんだ女狐さね…きっと。…まぁ良いさ、あたしにもまだまだ引けない理由はある。気が変わらん内に頂く事にするよ」

 

 軽い溜息を吐きながらも彼女は意を決し、小瓶の蓋を開け秘薬を喉へと通す。

 

「…おや?半分残っておいでですよ?」

 

 だがここで彼女は不可解な行動を取る。

彼女は半分のみを口にし、その残りを司祭長へと突き返したのである。

 

「…アンタも飲みな!…あたし以上に老いたアンタ…まだまだ、くたばれやしない…そうだろ…!?」

 

「…気付いておいででしたか…」

 

 鳥羽の狩人、彼女が若返りを受け入れた理由――。

それは、赤いリボンの少女の事だ。

あの古都(ヤーナム)で何とか少女を守り切る事には成功し、現在こうして地母神信徒として保護下にはある。

だが彼女は、まだまだ幼い身で社会的立場も低いのは否めない。

一応は身を守り生きる術を学ばせるため、ローグギルドに仮所属と言う形を執ってはいた。

しかし未熟な面も目立ち、一人で行動させるのは非常に危険極まりないのも事実。

冒険者ギルドでさえ心無いゴロツキ紛いの冒険者も居るというのに、ローグギルドは更なる悪意が渦巻くならず者の巣窟も同然。

何れは自立の道を歩んでほしいが、まだまだ目を離す事は憚られた。

引退するのは、少女が本当の意味で一人歩きするのを見届けてからでも、遅くないのではないだろうか。

形はどうであれ、鳥羽の狩人は少女を引き取った保護者でもある。

これは彼女の願いだが、少女には日の当たる人生を歩んで貰いたかった。

そういった親心も手伝い、鳥羽の狩人は秘薬を受け入れたのだ。

 

そしてそれは司祭長も同じで、彼女も次世代に家督を引き継ぐという役目も残っていた。

尤も、夫には先立たれ、頼みの綱の息子夫婦は、栄養士として診療所勤めに没頭――。

とても引き継ぎは期待出来ず、仕方なく孫世代へと託すしかなかった。

幸い、息子夫婦は子沢山に恵まれ候補はそれなりに揃っている。

だが教育と育成には多大な時間と労力を割かねばならず、司祭長の身体は負担が増大しており健康状態にも悪影響が出ていた。

彼女は善良な貴族だが、次世代が同じ魂を引き継ぐ保証は何処にもない。

孫世代にも善良な精神を引き継がせる為、彼女にも若返りは必要――。

そう判断した鳥羽の狩人は、敢えて秘薬を半分残し司祭長へと渡したのである。

 

「拒否は許さないよ、無理にでも飲ませるからね…!」

 

「乱暴な方ね…。…ハァ…分かりました、逃げはしませんよ…」

 

 強引にでも勧める鳥羽の狩人に、司祭長も観念したのか抵抗する事なく静かに秘薬を飲み干す。

 

時間が経過する事暫し、双方の身体に変化が訪れた。

 

「ほぅ…こいつは…本物だねぇ…」

 

「おやおや…何時の間にか老いていたのですね…」

 

 備え付けの鏡に身を映し、効果の程を実感する二人の女性。

秘薬の効果は、20歳残後の若返り――。

二人は半分ずつを服用した事で、単純計算だが10歳は若返った事になる。

両者とも40前後の身体つきとなった訳だが、それでも体の軽さを実感するには充分過ぎる効果の表れだった。

シワが目に見えて減り、ほうれい線もかなり短くなったのが分かる。

厚化粧をすれば更に10歳は誤魔化せる程に、二人の顔付きが活性化した。

元々鍛えていた鳥羽の狩人は、劣化も緩やかであったため秘薬を飲む以前からシワの少ない顔立ちではあったのだが。

司祭長は加齢による影響で足腰が弱っていたのだが、10歳の若返りも侮れず然したる痛みもないまま思う通りに身体が動く。

 

「まさか、ここまで若返りを果たすとは……」

「これは期待以上だ。唯もんじゃないねぇ、秘薬の作り主は…」

 

 両者は秘薬の効果に驚きを隠せず、尚も鏡に映る自身の顔を見つめ続けていた。

 

……

 

就寝の時刻も迫り、割り当てられた部屋にて彼等は集っている。

此処は、灰の剣士を始めとする男性陣の冒険者たちに用意された部屋だ。

因みに王統府側には、別室が割り当てられている。

流石に各自の個室まで用意できる程、領主館には部屋も規模も備わってはいない。

しかし彼等に用意された部屋は比較的広く、簡易用だが寝台も追加で設けられていた。

 

「ん、貴公、まだ寝ないのかね?」

 

 皆が寝台へと身を預ける中、灰の剣士だけは作業机に向かい何やら(ペン)を動かしている事に気付くソラール。

 

「ああ、少々事情があってな。私は朝方まで起きておく事にする」

 

「…まさか貴公…例の件(悪夢)か?」

 

 ソラールに対し、灰の剣士は朝方まで眠りに就かない旨を告げ、ソラールは直ぐに理由を察した。

 

「何…、この人…どうかしたんですか?」

「何じゃ、気になるのぉ」

 

 その話を聞いていた、輝石の貴公子と鉱人導師も興味深そうに耳を傾けてきた。

 

「ん、ああ、話してよいか?」

「構わない」

 

 掘り返してしまったのはソラール自身だが、事情を話す事に許可を求め、灰の剣士も特に反対はしなかった。

 

「…実はだな――」

 

 ソラールはボツボツと彼の事情を語りだす。

 

ダークゴブリン戦に備え、数多の冒険者たちが水の都に集合した時期。

灰の剣士は、原因不明の悪夢に苛まれてた。

当時、ソラールやジークバルドも同席していた為、彼の事情を知るに至る。

そして早朝…つまり日の昇る時間帯なら、眠りに就いたとしても悪夢から幾分回避できる術を知った。

彼の見る悪夢だが、本来は水の都近辺に限定されていた。

だがその夜、出撃前に仮眠を取っていた彼はまたもや悪夢を見たのである。

(本編前夜編 第75、76話参照)

その事情もあり、彼は朝方まで眠りに就かない事に決めていた。

 

「根本たる原因は、未だ明確ではない。だが回避する術がある分、まだマシだ。よし出来た…!」

 

 何かを書き留めていたのだろう。

筆を止めた彼は、一枚の書面を手にしていた。

そして呼び鈴を鳴らし、使用人の一人を呼び出す。

 

「誰かへの言伝か?」

「ああ。私以外、もう一人居るのさ…これがな」

 

 一枚の書面に目が行くオーベック。

使用人を呼び出したという事は、何かを伝える為に書き記したという事だ。

彼の問いに答えた灰の剣士。悪夢に苛まれる者が、もう一人居る事を仄めかすも詳細までは明かさなかった。

 

部屋まで訪れた使用人に書面を手渡し、然る人物の下に届けてほしいと伝える灰の剣士。

使用人も深く頭を下げ、すぐさま部屋を後にする。

 

「さて、あの気難しい御仁が、読まずに食べてしまわない事を祈るばかりだ」

 

「何じゃヤギか、その御仁とやら?お主、冗句の類も言えたんじゃの?もっと堅苦しい奴かと思っとったわい…!」

 

 拙いながらも冗句を口にする灰の剣士に、鉱人導師も笑いで返した。

相変わらず外套で目元は隠れていたが、彼の口には幾分砕けた笑みを浮かべているのが分かる。

その表情を見るに、とても悪夢に悩む男とは思えない程に余裕を感じさせた。

 

「「「「「ハハハハ……!」」」」」

 

一時的にだが彼等の部屋は、笑い声で溢れ返る。

 

……

 

「――ぶぇえぇぇっくショイヤァアアッ……!!!」(≧з≦)

 

「「「「「――ッ!?」」」」」( ̄□ ̄;)!!

 

静寂なる空間に()()が炸裂する…!?

 

そう思われても仕方がない…程の、くしゃみが部屋中を駆け巡る。

それが人の()()()()だと気づくのに、数秒は要した。

 

「――なっ…!?何だ今のは!?若しかして、くしゃみ…か…!?」

 

 神官戦士の一人が席を立ち上がり、辺りを見回す。

いや一人だけではない。

ほぼ全ての神官戦士が、敵襲来時に似た反応で警戒体制に移行したのだ。

中には武器を取り出す者さえ出る始末――。

 

此処は、大司教でもある剣の乙女一行に割り当てられた一室。

奥には暖炉も設けられ、火が灯っていた。

もう直ぐ就寝前だが、唐突の人外的くしゃみが部屋全体を迸ったのだ。

多少気の緩んでいた神官戦士たちは、一瞬で気を張り巡らせ曲者の有無を確かめる。

 

何だ、今の人外魔境の如き()()()()はッ……!?

 

「あ、ごめんなさい…驚かせたかしら…?」

 

 暖炉前のソファーで寛ぐ一人の女性から、申し訳なさ気な声が掛けられた。

 

「「「「「……」」」」」

 

そのソファーに向け、一斉に視線が集中する。

 

ソファーに腰掛けていたのは、剣の乙女だった。

 

神官戦士たちは、ただ言葉も無く立ち尽くすのみ。どう反応したものかと、思考が定まらない。

 

見た目麗しく年若い女性でもある、剣の乙女。

それ程の魅惑的な女性から、よもや轟雷にも似た()()()()が起こされようとは――。

 

暫し部屋内は無言に支配され、幼夢魔などは怯えて床に蹲ってしまう。

 

「…そ…そうでしたか…?いきなりなもので皆少々驚いただけです、どうか…お気に…なさらず…」

 

 流石に不味いと思ったのだろう。

神官戦士の一人が、何とか言葉を絞り出し取り繕う。

 

「ええ、いきなりで御免なさいね。寒くは無い筈なんですけど、どうしてかしら…?」

 

 彼女は薄着だが、部屋内は適温に保たれ風を引き起こすような環境ではない。

唐突のくしゃみに疑念を浮かべながらも、剣の乙女は再び暖炉へと向き直る。

 

――なんだなんだぁ?今時、オッサンでもやらんぞ、あんなくしゃみ…!

――やべぇ、大司教様の秘密を知ってしまったぁ…。

――これ、戒厳令出されるのかしら…?

 

――私の兄でも、あんな落雷みたいな、くしゃみはしない。少なくとも兄上は、ちゃんと手で押さえる人だし…。

 

反応に困る神官戦士たち――。

また神官戦士長でもある彼女も、先代の兄の癖を思い出していた。

 

其処へドアがノックされ、神官戦士長が使用人へと対応する。

 

「…大司教様、言伝です」

 

「私宛に…ですか?」

 

 使用人から一枚の書面を受け取り、それが剣の乙女に宛てられた物だと伝える。

 

「……」

 

 それを黙って受け取る剣の乙女。

だが目の不自由な彼女、字を読む事には少々不自由が生じる。

一応インクの凹凸を指でなぞり、文字を認識する事も出来るのだが少々不便なのは確かだ。

剣の乙女宛てである為、第3者が読む事は礼節にも反するのだが、敢えて神官戦士長が朗読する事を提案する。

 

「いえ、それには及びません。気遣い感謝いたします」

 

 しかし彼女は、自分で読み取る旨を告げ神官戦士長を下がらせた。

書面のソウルから、誰が書いた物かを察してしまったからだ。

 

――何の用かしら?今更()()()したいの…?

 

多少の動揺も覚えたが、それを表に出さず彼女は書面の字を指なぞり丁寧に読み取る。

 

「皆様。私に構わず、どうかご就寝なさってください」

 

 読み終えたのか、剣の乙女は神官戦士たちに就寝を呼び掛けた。

その上で、自分は朝方に眠りに就くと伝えたのである。

その言葉に疑念を抱く神官戦士たち――。

朝方から寝るのでは、睡眠時間も限られてしまう。

だが強く反論も出来ない事情が、剣の乙女にはある。

 

「ご心配に及ばず。然る御方が対応済みとの事です」

 

 そう告げる剣の乙女。

彼女の言葉に納得のいかない部分もあるが、主でもある大司教が言うのだ。

書面の内容までを確かめた訳ではないが、恐らく送り主は彼女の事情を知る者なのだろうと推察がつく。

 

「3班交代制で見張りを付けるぞ」

 

「「「「「――ハッ!」」」」」

 

 だが無防備な体勢で臨む訳にもいかず、神官戦士長は3交代制で見張りを付けながら就寝する事にした。

 

「……」

 

 剣の乙女は一人ソファーに身を委ねながら、壁の向こう側に向き小声で呟く。

 

「…バァ~カ…///」(。-_-。)

 

 言葉とは裏腹に、はにかんだ表情が滲んでいた。

 

その頃、灰の剣士は秘かに司祭長へと陳情していた。剣の乙女の起床時間を遅らせてほしいと。

 

―― 翌朝 ――

 

各々が迎えた朝は快適と言って差し支えない。

 

今日は、剣の乙女が正式に地母神神殿に訪れ『聖黄金樹』を視察する大事な日だ。

本来の目的は昨夜の会合だが、公式では彼女の視察が周知されていた。

それ故、彼女の近辺を護衛する為にも、冒険者たちの役割はまだ終わった訳ではない。

ある意味、此処からが正念場と言っても差し支えないだろう。

本来の予定では、もう少し早く館を出る処だが、彼女の事情と灰の剣士による陳情で日は完全に登っていた。

そのお陰で、充分な睡眠を取る事が出来た彼女の体調は万全にも等しい。

 

「さて諸君!昨日の働き、誠に大儀である!だがまだ全てが終わった訳ではない。それはご理解頂けよう」

 

 皆が館の大広間へと集められ、国王でもある金剛石の騎士から訓示を賜った。

今から街へと繰り出し、地母神神殿に赴き『聖黄金樹』を視察する。

当然、街の大通りを通る事になり、其処彼処に潜んでいるであろう刺客に経過しなければならないのだ。

昨夜、鳥羽の狩人たちや王統府の銀髪女性が対応に動いてくれたが、まだまだ油断できない状態には変わりない。

加えて、花冠の森姫率いる森人勢力も同行するとなれば、より一層の警戒を厳にしなければならず、冒険者たちは改めて身を引き締めた。

 

「……」(,,・ω・,,)

「……ッ!」 (゚ε゚;)

 

 そんな中、剣の乙女は灰の剣士に向け意味あり気な視線を送る。

心なしか彼女の表情は、笑みと紅潮が含まれている様にも見えた。

彼女の視線には気付いたが、灰の剣士は瞬時に視線を逸らし国王の方へと向き直る。

 

「それでは各々方、出発致します…!」

 

 国王の訓示を終え、司祭長が出発の意を宣言する。

本来は馬車での移動を予定していたが、街の賑わいも見てみたいとの要望もあり、徒歩での移動に変更された。

国王でもある金剛石の騎士、剣の乙女、そして花冠の森姫たちの要望だ。

周囲は表にこそ出さなかったが『これだから貴族って奴ぁよぉッ…!』と、内心穏やかではないのだが。

司祭長の言葉と共に、一団は館を出ようとしたその時である。

 

穏やかな朝を一変させる怪事が起こった。

 

それは周囲の…否、館全体を揺るがさん程の大音量だ。

その莫大な音量が『鐘の音』だと認識するには、幾許かの時間を要した。

それ程に鼓膜を打つ、鐘の音が彼等の耳を貫くのだ。

圧倒的な鐘の大快音に、大半の者は耳を塞ぎ蹲る。

このまま聞き続ければ、耳に悪影響を及ぼしかねない程の音量だ。

一応言葉を発す者も居たが、鐘の音に掻き消され何を言ってるのかも聞き取れない。

規格外に響く鐘の音は約1分ほど続き、それが過ぎれば呆気ない程に突如として静寂が戻る。

 

「ハァ…ハァ…何だぁ…?今の音は……!」

 

 音が止み徐に立ち上がる同期戦士。

常識外れの鐘の音で、今も表情を歪め耳を塞いでいる。

 

「…う…鐘の音…?この街に、これ程の施設など在ったか?」

 

「いいえ。幾ら神殿の鐘と言えどもこれ程の音は……」

 

 表情を顰める赤毛の枢機卿に、同じく苦悶の表情を浮かべる司祭長が応える。

この街にある最大規模の鐘は、地母神神殿の施設以外にはありえない。

余りに現実離れした大音量の鐘の音。

こんなものを定期的に鳴らされては、失聴者が続出していただろう。

大都市でも、これ程の大音量を鳴らす鐘などは存在していない。

では一体何処から鳴り響いたというのか?

 

「――火継ぎの祭祀場からです、司祭長様!……今から、確認して参りますっ!」

 

 不意に真言してきたのは、灰の剣士。

彼の言によれば、あの鐘の音は『火継ぎの祭祀場』から来たものだと告げた。

 

「――あ、お待ちなさい、灰の方ッ!」

 

 そう言うや否や彼は即座に大広間から飛び出し、火継ぎの祭祀場へと単身向かう。

止めに入る司祭長だが、既に彼の姿は無かった。

 

 

 

 

 

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若返りの秘薬

 

服用した者に若返りを授けるという、殆ど言語道断な秘薬。

これを模した粗悪品や詐欺師は巷に溢れ返っており、王国の密かな頭痛の種として浸透している。

不老不死を忌避する者は多いが、若返りのみを望む者は後を絶たない。

それ故、実現に向けあらゆる悪行へ身を染める者も少なくはなく、悲劇の大きな要因を占めていた。

 

神の領域にも等しい伝説級の秘薬。

これを創り出せる者は、世界中を探してもほんの一握りであろう。

故に欺瞞を流布し、隠蔽するのだ。

戦争の火種にもなりかねない程に危険な秘薬を、明るみに出してはならない。

 

 

 

 

 

 




GW中、もし調子が良ければもう一話投稿できるかもしれません。
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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