今回も調子よく仕上げる事が出来ました。(クオリティが高いとは言っていない)
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )
岩喰い虫(ロックイーター)
巨大なムカデ上の多足型生物。
その外皮は岩石で覆われ、生半可な攻撃は通用しない。
また巨体の割に素早く地中を掘り進む為、洞窟内では特に注意が必要。
雑食性なのか、進路上の障害物は全て顎で噛み砕き捕食する習性がある。
たとえそれが、誘拐性の高い
その為なのか粘液性の怪物と共に現れる場合もあるが、関連性などは明確に解き明かされてはいない。
掘削能力が高い為、使役化に成功すれば存分に習性を活かす事が出来るだろう。
使役化に成功すればの話だが……。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
誰もが耳を疑った。
コイツは、なにを言っている?
口に出さずとも、皆の表情が全てを物語っていた。
それは、国王でもある金剛石の騎士とて例外ではない。
負傷から回復した、伝令兵の報せ――。
―― 王都が制圧されました ――
その言葉を聞いた瞬間、ギルド内は完全な無音となりつつも俄かに騒がしくなる。
「――静粛にッ…!まだ全てを聞いてはおらん!」
騒々しい周囲に対し、国王は一喝――。
再び周囲は静寂に包まれ、今度は国王が問い質す。
「今一度問うぞ…
王都制圧……、信じる事が出来なかった。
国軍の兵士…取り分け王都勤務の部隊は総じて任務に忠実で勤勉だ。
この伝令兵も、翼竜を任される程に優秀で与えられた役目に誇りを持っている男だ。
その様な男が虚偽など告げる筈はないのだが、今度ばかりは嘘であってほしい――。
国王は、そう願いつつも伝令兵の返答を待つ。
「…
………
……
…
今ギルド内は、嘗てない程の騒々しさに溢れ返っていた。
半ば強制的に詰め込められた冒険者たちは、皆が皆、心中穏やかではなかったのだ。
王都制圧の凶報は、冒険者たちの動揺を一気に爆発させてしまった。
ギルド内は怒号と喧騒に包まれ、それだけを見れば普段と変わらぬ日常と言えなくもない。
しかし、彼らの表情…否、振る舞いは半ば自暴自棄とも言える程に混乱の極みにあった。
「――嘘だろ、おいッ…!?」
無秩序に叫び散らす者――。
「――王都制圧だなんて…滅んじまったのか…?」
絶望に打ちしがれる者――。
「――そんな…敗けたの…?混沌勢に…」
涙に暮れる者――。
「――そんな筈…あたしの家族が王都に居るのよぉッ…!!」
「――ギィヤッはハハはぁ…!もう終わりだぁ…!!」
平常心を失い呆然自失となる者――。
――ロンドールめ、とうとう動いたか。
ギルド全体が騒然となる中、ロンドール黒教会へと想いを馳せた、灰の剣士。
これまでも度重なる介入は見られたが、よもやこれ程にまで目立つ動きを起こすとは。
この国の中枢にも等しい、王都の制圧――。大胆不敵にもほどがある。
一言で表すなら、ギルドは無秩序状態にあった。
半数以上の冒険者が冷静さを喪失し、所構わず暴れ回る者や殴り合いまで発生する始末。
一応、冷静な一部の熟練冒険者たちが、暴れ回る彼等を取り押さえるなど事態の収拾に当たっていたが、そんな彼等も実際は内心動揺を隠せないでいる。
当然、この報を外部の住民に漏らす訳にはいかない。
まだ詳細は判明しておらず、不確かな情報が外部に知れ渡れば忽ち街中が
同時にギルドの扉は完全に閉ざされ、内外の往来を完全に遮断――。
一応、併設された酒場への扉は開かれていたが、全職員にも
それでも冒険者が律儀に従っていたのは、国王でもある金剛石の騎士とギルド長の命によるものだ。
王都制圧の凶報が入ったものの、此処に召集された本来の目的をまだ聞かされていない。
―― 指示があるまで、追って待機せよ ――
不安と混乱の中にあり彼等は、次なる指示を心待ちにしていたのである。
そして、剣の乙女と領主でもある司祭長も、急遽ギルドへと召集される事となった。
……
此処は数ある談話室の中でも、特に重要な案件を取り扱う為に設けられた応接室。
部屋には、王統府を始めとした主要な人物たちが集められていた。
「どうしても受け入れるには抵抗を覚える。我が王都が制圧されたなどと――」
何度聞き返そうとも、伝令兵から寄せられた内容が変わる事はなかった。
誰もが沈んだ面持ちだが、やはり最も心を痛めていたのは国王その人であろう。
重苦しい空気感に加え、表情と吐き出す言葉に覇気はない。
「しかし事実です。私が気付いた時には、もう王宮は……」
だが、この中で最も心を痛めていたのは、ある意味でこの伝令兵とも言える。
彼は実際その現場を目にし、現に重傷を負いながらも身命を賭して報を寄越してくれたのだ。
「防衛部隊はどうなったのだ!?聞いた限りだと、即日で制圧されたようにも聞こえるのだが…!?」
「はい…詳細を話します…」
どうにも伝令兵の話だと、僅か一日で制圧されたと解釈せざるを得ない。
まるで無防備な急所を突かれたかのような電撃作戦が展開された。そうとしか思えないような、王都制圧の凶報。
やはり素直に受け入れるには抵抗が強く、国王側近の一人である『銀鎧の騎士』が更に問い詰めた。
当然だが、こういう状況に至るには経緯がある。
重く静かにだが、伝令兵が当時の様子をゆっくりと語り始めた。
確かに有事ではある。
北の辺境および東方の国境付近は小競り合いが起きていた。
しかし王都まで戦火が及ぶ事はなく、人々は普段通りの営みに精を出していた。
一応は、平和とも言えた王都――。
だがそれは余りに唐突に起こった。
異変に気が付いた時には、最早手遅れ――。
突如として、正体不明の武装集団が出現。
しかも現れた地点が、
武装集団は、電光石火にも等しい速さで部隊を展開――。
異変に気付いた中央区担当の近衛部隊と衝突、そして交戦。
だがそれは武装集団の陽動で、敵別動隊は防備の手薄となった『結界塔』へと奇襲し瞬く間に占拠する。
万が一、王都へと敵部隊が侵入した時に備えた防衛機構の役目を担っていたのが『結界塔』である。
それは複数設けられ、其々が違う効果を発揮する。
例えば、敵部隊の直接侵入を阻む
呪文攻撃や精神影響を遮断する結界――。
邪悪な存在を滅する結界――。
そして、
「そういう事であったか。通りで――」
結界塔の占拠を聞き、国王は合点がいったかのように深く頷いた。
火継ぎの祭祀場の鐘楼部から目撃した、不気味な火柱と空。
異常を感じた王統府は、緊急事態用に所持しておいた転移のスクロールを展開し帰還を試みた。
だがスクロールは発動せず、こうして手を拱いている次第である。
転移術を封じる結界塔が作動したため、王統府のスクロールも発動しなかった理由が判明する。
本来、敵対勢力の転移術に備えた結界が、逆に王統府を追い詰める結果となったのは何とも皮肉な話だ。
「いかんな。物理用の結界まで展開されては、外周部の防衛部隊も援護に駆け付ける事はできん筈だ」
「はい、仰る通りです。結局、近衛部隊だけでは時間稼ぎが関の山でした」
赤毛の枢機卿は、物理用の結界について言及する。
物理用の結界は、王都へ侵攻する敵部隊を遮断するのが本来の役割。
しかし奇襲同然に王都中央区へ侵入を果たした、ロンドール黒教会。
王都外周部を主軸に駐屯していた防衛部隊の援護が入る前に、物理用の結界まで展開されては分断されたにも等しい状態だ。
それ即ち、王都中央区と外周部は結界により
「近衛部隊は、必死に奮戦し可能な限り時間を稼いでくれました。私がこうして脱出できたのも、近衛部隊の奮戦と犠牲によるものです…」
王都中央区を守備する近衛部隊は皆精強揃いで、それこそ英雄に匹敵する実力者ばかりで編成されていた。
彼等の数も決して多くはないが、総力を結集し必死の抵抗を見せる。
重傷を負いながらも、伝令兵がこうして此処まで辿り着けたのも偏に彼等の働きによるものだ。
物理用の結界だが、実は、外部からの侵入のみを遮断し内部からの通過は可能という特性を備えていた。
結界の展開に関わらず王都中央区に勤務していた伝令兵が脱出できたのは、そういった特性の為である。
「しかし近衛部隊の奮戦空しく、一人また一人と犠牲者が続出。私が状況を把握し脱出準備に移る頃には、既に王宮も占拠寸前にまで追い詰められておりました…!」
「民はどうした?都民は、何か動きを見せたのか?」
血が滲むほどに唇を噛み締めつつ語る伝令兵に、銀鎧の騎士が都民に動きについて尋ねる。
曰く伝令兵――。
王都全域に異常事態が勧告され、忽ち大混乱に見舞われた。
右往左往する者――。
混乱に乗じ、略奪や強姦に奔る者――。
家族と逸れる子供たち――。
血気盛んな王都の冒険者たちは、武器を手に自ら戦おうと勇む者も居た。
混乱の度合いは取り分け中央区が最も酷く、残存した近衛部隊や冒険者たちが率先し都民の避難誘導に当たってくれた。
「私が王都を脱出した頃、多くの都民が脱出を図っておりました。…方角からして、南方や西方を目指したかと思われます」
中央区に釣られ外周部の都民も次々と王都脱出を図り、翼竜から見降ろす彼の眼下には都民が大行列を成し、南方や西方を目指していたのを覚えている。
外周部に駐屯していた防衛部隊の一部は都民脱出の警護に割かれ、現在は此処を目指している一団も存在しているだろう。
また王都外周部に残留した防衛部隊は、結界解呪に奔走し中央区奪還を図ろうとする動きも確認された。
「王侯貴族は、どうなったのだ?」
「…申し訳ありません…。私は任務を最優先させるため詳しくは……。ですが確認した範囲では、籠城の構えを展開しておりました」
都民は元より、王統府に近しい王侯貴族の安否も気になる要項だ。
脱出を優先させた伝令兵も、詳細までは把握していなかった。
しかし彼が知る範囲では、主要な重鎮たちは王宮の一室にて籠城戦に備えていたのを覚えている。
若しくは、都民に紛れ脱出を図ったか。
「しかしロンドール黒教会は、どうやって侵入を果たしたのでしょうか?」
「確かに。転移術で侵入したのなら、近衛部隊の誰かが察知し、早急に対応できた筈です…!」
転移術防止の為の結界が展開される前とはいえ、敵部隊が空間転移に付随した術を行使すれば、その気配を察知出来る位には優秀な近衛騎士や近衛兵が揃っていた。
だが伝令兵の話では、その気配すら感知できず敵の奇襲を許してしまっている。
もし事前に感知出来れば、たとえ奇襲にせよ結界塔全ての制圧も阻止できた筈なのだ。
だが現実、結界塔は言うに及ばず王都そのもの制圧を許してしまう始末。
ロンドール黒教会は、一体どのような手法で王都侵入を果たしたのか?
赤毛の枢機卿と銀髪女性は、頭を捻らせる。
「地中からの侵入…という手法も考えられますが?」
皆が頭を抱える中、ソラールが意見を挿む。
たとえ全周囲に結界を展開させようとも、地中までを覆い尽せるような種別ではない。
しかし、国王は即座に否定する。
「それは考え難い。対ロックイータ用の、鋼索網を地下水路全域に張り巡らせてある」
地中から侵入するのなら地下岩盤を掘り進まねばならず、到底人の手で完遂できるものではない。
岩盤地層を掘削する生物、『ロックイーター』と呼ばれる異形が必要で、岩石や土を主に捕食する雑食性だ。
しかし上手く使役すれば地中の掘削に、これ程優れた生物は他に居ない。
ロンドール黒教会が、何らかの方法で『ロックイーター』の使役に成功したのであれば、結界や防衛部隊を掻い潜り中枢に肉薄するのも然程不可能とは言えないのだ。
他に類を見ない程にロックイーターの掘削能力は群を抜いており、地中から攻めるのであれば先ず無視はできない生物だ。
だが王統府を含めた国軍は、それすらも予見し予め対応策を講じていた。
王都には地下水路が張り巡らされており、地中を掘り進むとなれば必ず其処を経由せざるを得ない。
国軍は鉱人を中心とした部隊に依頼し、
正確には鉄ではなく鋼鉄を素体とし頑丈に編まれ、更に電撃を発する仕掛けを施していた。
仮に食い千切られようとも高電圧の電流が流れ込み、ロックイータの内部まで感電させ仕留める。
そういう
「恐れながら陛下、私も彼の意見に賛成です」
王統府はソラールの見解を一蹴するも、伝令兵は逆に支持を表明する。
王都脱出の際、伝令兵は目撃していた。
中央区の一画に穿たれていた、巨大な穴を。
「――馬鹿な!あれだけ頑丈、しかも高圧電流の仕掛けすら、ものともしなかったというのかッ!?」
「特別な付呪を施されたロックイーター…或いは、飽和的な数を揃えた可能性も――」
だがしかし、現に王都は制圧されており、つまりは仕掛けも全て徒労に終わったという事だ。
あれ程、莫大な資金と労力を注ぎ込んだ結果が、今という状況。
その結果を受け止める事が出来ない銀鎧の騎士と、ロックイーターに何らかの細工を疑う銀髪女性。
「私からも一つ。掘削能力を備えた異形、なにも
白熱している様で進展の見えない議論。
灰の剣士も意見を口にした。
「……灰の剣士、卿の見解を聞こう」
「有難う御座います。ロスリックの地下深くに、『燻ぶりの湖』と呼ばれるデーモンの住まう遺跡が存在します。其処にとある
「――なに、ロスリックに…だと!?」
此処で出てきたロスリックの名に、王統府の面々は顔色を変え耳を傾けた。
ロスリック高壁から不死街へ、その不死街からファラン城塞へ、ファラン城塞から更に進めばカーサスの地下墓があり、其処から更なる最下層部に『燻ぶりの湖』と呼ばれるデーモンの遺跡が流れ着いていた。
その一区画に、規格外な巨躯を誇る『カーサスの砂ワーム』と呼ばれる蟲が生息していたのである。
余りの巨躯を誇る上、雷を纏いそれを利用した
また常に一定区間を高速で動き回り帯電を伴った巨躯に、下手な接近戦で仕留めるのは至難の領域――。
結局は、高台に設置された巨人が操る『3連弩』の鉄柱の如き巨大矢で仕留めた経緯を、彼は語った。
その『カーサスの砂ワーム』だが、本来は『砂の国カーサス』にて生息していたらしく、当時のカーサスの墓守たちが総力を結集し地下へと追いやったという歴史が存在していた。
地下に追いやる際、このワームは地中移動の特性が有る事から、掘削能力を保持していると推察できる。
また常に帯電しているワームなら、電撃付きの
灰の剣士自身、ロックイーターの実物大を見た事がない為、双方の比較を示しようはなかったがワームの大きさだけは提供できた。
「かなり巨大だな。下手な火竜の体躯をも越えるぞ」
全幅や全高はともかく、特筆すべきは全長だ。
命一杯引き延ばせば、数百メートルは下らない長さを誇っている。
更にロックイーターと同じく、『カーサスの砂ワーム』も幾重にも生え渡る鋭い牙を備えていた。
加えて、複雑なヤスリ状の外皮に覆われており、突き進むだけで巨大口径の
仮に、使役または傀儡化に上手く成功すれば、地中を自在に掘り進める掘削機として活用できるだろう。
『カーサスの砂ワーム』程の体躯があれば、人型の戦力など悠々と進める
「少し待ってくれ。それ程の巨大生物で掘り進もうなら、王都深部に到達した時点で察知できるのではないか?」
此処でジークバルドが待ったをかけた。
確かに『カーサスの砂ワーム』は巨大な体躯を誇り、誰にも気付かれず地中を掘り進むのは少々無理があるのではないか?
巨大生物が地中を掘り進もうものなら、相当の振動が地面に伝導する筈だ。
よほど鈍感な者でもない限り、そんな振動をみすみすと見逃がし奇襲を許す愚鈍な近衛部隊とは思えなかった。
だが現に王都中央区は、敵の奇襲を許してしまっている。
ジークバルドには、どうしても納得がいかないのだ。
「単純な話だ。一定の深度までワームに掘削させ、恐らくだが其処から人の手で掘り進んだか地下水路を直接利用したんだろう。それなら隠密を維持しつつ進軍できる。後は、王都内部の組織と同調させ、気付かれぬよう工作を図りつつ中枢へと侵入を果たした。…私が指揮官ならそうする」
「ふむ…、確かにその様な戦略なら、不可能ではないか」
「問題は、王都に潜む反政府組織がどれ程力を残しているかにもよる。確か…有力貴族や組織は一網打尽に成功したと、そうお聞きしましたが?」
あくまで憶測でしかない仮説を語る灰の剣士。
しかし妙に説得力のある手法に、ジークバルドも不詳ながらも溜飲を下げる。
だがこの手法も、反政府を標榜する内部組織の隠蔽なしでは成功しない手法だ。
あの会合で王統府が語っていた『評議会・議長派』なる反政府組織。
組織の長たる『議長』は既に逮捕され、表立って動ける幾多もの有力組織は王統府や冒険者たちに軒並み排除された。
灰の剣士は、そう記憶している。
「その通り。…しかし弱体化した組織とて、進入路の確保と隠蔽工作ぐらいなら可能かも知れん。……若しくは、議長に代わる
この部屋に居る王統府以外の面々は、評議会・議長派なる組織の直接的な関りなどは無い。
それ故、詳細までは解りようもないのだが、混沌勢と繋がりを持つ組織であるという事はよく理解した。
だが力を失い表立った動きを制限されたとしても、裏工作で支援する事ぐらいなら難しい話でもない。
況してや上流階級の貴族で構成された組織。財力も発言力も備え社会的な影響力も強い。
寧ろこういった組織は、水面下の暗躍こそ細心の注意を払うべきだろう。
外よりも内に潜む敵――。
王統府や国軍の苦心には頭の下がる思いで、出来得るなら
「くッ…、俺は…妻と息子を…置き去りにしてしまった……ううぅぅぅうう…!」
伝えるべき事項を伝え終えた伝令兵は、王都に残してきた家族を想い号泣する。
彼にも愛すべき家族が居り、それでも職務と与えられた任務を優先させた。
家族の安否不明と引き換えに――。
「良くぞ任務を果たしてくれた、まこと大儀である…!卿は、ゆっくり休むといい」
「――ぅぅううううう…!陛下ァッ…!!」
……
王都制圧――。
実行部隊は、ロンドール黒教会――。
そして評議会・議長派との関連性――。
この事実を否定する事はできない。
しかし、国そのものが解体された訳でも無い。
国軍は未だ滅びておらず、大陸各地で魔神軍や隣国と交戦を繰り広げている。
そう――。
しかし、それを達成するには幾つもの障害を乗り越えねばならなかった。
「――故に、我等は王都を奪還しなければならない。だがその為には、是非とも諸君らの協力が不可欠となる…!」
成すべき指針も決まり、国王こと金剛石の騎士は再びギルドに集う冒険者たちに事実を告げた。
王都奪還が最終目的だが、その礎を築く為には多くの積み重ねが必要となる。
そして、その土台となるのが今此処に集う数多の冒険者なのだ。
やはり王都は制圧されてしまった。
しかし国そのものは未だ潰えず――。
その事実を告げられ、冒険者たちは俄かにざわついた。
王都奪還――。
果たして可能なのか?
国の中心部、いわば首都が占領されたのだ。
実質もう混沌勢に敗北したのではないか?
そんな不安と恐怖感が蔓延し、圧し潰されそうになる冒険者たち――。
彼等の
「――確かに、現状で王都奪還は厳しく困難を極める。しかしだ!このまま手を拱いていては、何れ
王都が制圧された時点で、混沌勢の脅威が直ぐ其処まで迫っている現状を嫌でも思い知らされ、冒険者たちの士気は委縮の極みにあった。
吟遊詩人が謡う英雄譚では、こういう世界滅亡の危機にこそ『伝説の勇者』が降臨するものと相場が決まっていた。
しかし現時点では、勇者降臨の兆しすら匂わせる報など耳にする事はなかった。
「諸君…!勇者の誕生が待ち遠しいか!?…そうであろう?私も
世界の危機にこそ『勇者』と呼ばれる
それが古今東西で語られる、英雄譚であり王道物語りでもあり、歴史でもある。
―― 勇者が、きっと何とかしてくれる ――
彼等は、そう信じて疑わなかった。
常日頃、当たり前のように吟遊詩人が謡う耳障りの良い勇者の物語り――。
そんな数多の物語りを聞く内に、何時しか
小さな野心と期待を胸に込め、遺跡探求や邪悪を滅ぼす冒険者と成り英雄の仲間入りを果たす。
自分こそが、
身の丈に似合わぬ野心を秘めた彼等だが、今、此処で、唐突として『国家解体』の危機に瀕している状況に、彼等は挙って恐怖に慄いていた。
自分こそが勇者候補の一人ではなかったのか?
国を滅亡の危機から救い、英雄に名を連ねる。
最大の好機なのだ。
今こそ憧れの
その筈だった…。
余りに唐突だが、秩序側の敗北が今目前へと迫っている。
ならば、今此処で立ち上がらずして何時立ち上がるというのか?
世界を救う絶好の機会が、目の前にぶら下がっているというのに。
所詮、現実は
根拠の無い野心を抱き大口を叩きながら、同業者たちと
その傾向が強い者ほど、いざ現実に危機を叩き付けられれば恐れ戦き前を見据える事も出来ない醜態の諸相。
自分こそが
「現実を直視し給え!勇者など此処には居ない、そして誕生さえもしていない!これが事実だ…!」
「「「「「……」」」」」
金剛石の騎士の言葉に、誰一人として声を上げる冒険者は居なかった。
―― 勇者など此処には居ないのだ ――
「甘ったれるなよ、悠長に勇者の誕生を心待ちにする気か!?そんな事をしている間に、近しい隣人が、村が、町が、故郷が滅びる!…魔神に、悪魔に、異形に、心無い賊徒に、小鬼に…何もかも奪われ失い破壊し尽くされ、全てを無くしてしまう…!それで満足か、諸君!?」
「――…ぐッ!」
金剛石の騎士が叩き付ける容赦のない現実に、歯軋りし拳を握り締める冒険者が続出していた。
「どうした恐いか、
「「「「「――…!!」」」」」
挑発にも似た、金剛石の騎士の言葉――。
実際、挑発しているのだ、この男は。
皆、何らかの理由で冒険者と成り、大なり小なり野心や理想を胸に抱いていた筈だ。
中には実際、武勲を上げ功績を上げようと藻掻いていた冒険者も居るだろう。
しかし――。
世界救世の好機が目の前に転がっているにも拘らず、いざ現実を突き付けられた彼等は挙って怯え慄く輩ばかリ――。
そんな彼らの神経を逆なでするかの如き、金剛石の騎士の挑発――。
次第に冒険者たちから、沸々と怒りが込み上げていた。
「さっきからウルセェぞ、偉そうに!」
「テメェは何もんで何様だぁ!」
「俺等をナめんじゃねぇぞ、あぁ!」
「辺境の冒険者だからって、馬鹿にしないで!」
「等級は低いけどヤル時はヤルわ、アタシ達だって…!」
抑えていた感情が爆発したのか、黙って聞いていた冒険者たちが次々と反発し声を上げる。
中には階段を駆け上がり、詰め寄ろうとした冒険者も居た位だ。
尤もそういった輩は、銀鎧の騎士たちに阻まれてしまうのだが。
「ほぅ…、少しはマシな顔になったなぁ、貴様ら。ならば教えてやる。私が何故、勇者など誕生しないと言ったのか」
憤怒に駆られた冒険者たちは、鋭い視線を金剛石の騎士へと向けている。
彼らの目に、満足そうな笑みを浮かべる金剛石の騎士は、畳み掛ける様に言葉を加えた。
「――勇者なぞは誕生しない…!理由は単純明快!…勇者は今、
「「「「「……!?」」」」」
彼の言葉の真意とは――。
先ほどまで昂っていた冒険者たちが瞬時に静まり返る。
ギルド内は再度静寂に包まれたが、金剛石の騎士の言葉を受けた彼等には、その意味に薄々と気付いていた。
「――そうともッ…!!」
―― 諸君らこそが『勇者』そのものなのだッ ――
「…そ、そりゃ、あり得ねえって!?」
「そうだぜ…、俺まだ、黒曜等級だぜ?」
「俺なんて、小鬼の巣潰したばかりの駆け出しもいいとこだ」
「私は情報担当だし、呪文だって情報系ばかりよ」
「アタシなんて、その日暮らしの貧乏人…。身体売ろうかと本気で考えた事もあるわ」
目の前に居る君達こそが
振り下ろされた言葉の剣に、冒険者たちは狼狽え自身の境遇を吐露し合う。
確かに王都在籍の冒険者と比較すれば、辺境の彼等の質は低いと言わざるを得ない者ばかり。
いざ
「等級なぞ然して関係ない。幾ら高かろうが低かろうが、行動を起こさぬ者は一生前には進まん!だが今も昔も、己を見据え前進した者だけが、栄光を掴み英雄に名を連ねる事が許されたのだ。過去の英雄や勇者たちも、最初から何もかも持ち合わせていた訳ではない。皆が等しく、最初は『持たざる者』であった!…諸君らも皆同じ、
先ほどの挑発から一転しての激励とも言える発破――。
彼の言葉は尚も続いた。
今や王都が制圧され、混沌勢による侵攻も増し、人々の日常が消えつつある。
このまま何もせず唯々静観と諦観を貫き、混沌勢の暴挙を見過ごすのか。
しかし此処に居る者たちは冒険者――戦い抗うだけの力を有した勇者の候補たち。
そう――。我々は、戦える。
まだ負けても滅びてもいない。
奪われた王都は取り戻せばよい。
我々
「――そ、そうだ…!」
「俺達は、まだ負けてねぇ…!」
「混沌勢が何だ!俺達は戦える!」
「此処だけじゃないわ、冒険者ギルドは…!」
「隣町にも、冒険者は多く残っている筈よ!」
僅かづつ、そして確実に――。
ギルド内で次々と己を鼓舞する冒険者たち。
先ほどまで通夜も同然な空気感は、真逆なまでに一変し、今や血気に逸る冒険者で埋め尽くされていた。
―― 我々は冒険者。勇者なんだ! ――
皆が皆、咆哮を上げ、大いに士気が盛り上がり満ち溢れる。
「――良くぞ奮起してくれた、感謝するぞ
闘争心を
嘗てない程に士気は高まるも、これから何をどう動けばいいのか、冒険者たちには判断基準がないのも確かだ。
唯々感情と勢い赴くがまま無策で動いた処で、何一つ状況など変えようがない。
士気を鼓舞する事に成功した、国王にして金剛石の騎士。
国の舵取りを担い、常に人の上に立つ事を強いられた人生――。
こうした『人心掌握』は、彼の得意とする分野だ。
人の心を利用すると言われれば聞こえは悪いが、これも為政者としての責務であり必要なら彼は躊躇いなく実行に移す。
王都制圧の凶報に狼狽える冒険者たちを鼓舞した金剛石の騎士は、一旦下がりギルド長と職員に指揮を委ねた。
此処からは冒険者ギルドの見せ所――。
どう動くかも分からない冒険者たちに、的確な役割を与え送り出す。
王都は制圧されたが、今は出来る事を成し
第一に、先ずは実状を近隣の町に伝達する必要がある。
今此処で得た情報を共有し連携を図らねば、この現実を覆すなど雲を掴む話に成り下がる。
この街だけで打破できる状況ではないのだ。
此処は、機動力と伝達力に優れた一党が適任だろう。
ギルド職員が総出で適任者を割り出し、冒険者一党同士で徒党を組ませ、各々に依頼を割り振った。
第二に、物資確保に奔走する必要にも迫られた。
王都が制圧されたという事は、国家としての機能を喪失したも同然。
秩序はより機能不全を引き起こし、人里離れた界隈では魔物や心無い賊徒が幅を利かせるのは明白だ。
そうなれば行商人や物資運搬隊が襲撃される危険性が飛躍的に増し、物資の流通が著しく滞れば街の
加えて防備の乏しい村や集落など、混沌勢の格好の的だ。
多くの避難民が街に雪崩れ込むのは、もはや想像に易い。
物資不足を少しでも遅らせ、可能な限り人々の生活を維持しなければならなかった。
第三に、街道及び交易ラインの確保と保安。
物資の安定的流通には街道を必然的に利用するのは、一般常識として広く浸透している。
その街道に賊徒が蔓延り、行商人や交易隊を襲撃するのも珍しい話ではない。
今や秩序が消失しつつある現状――。
心無い賊徒が何もしない筈はなく、必ずこの状況を絶好の機会と捕えるのは必至。
更に危険性が増すのは、誰でも想像がついた。
出来るだけ交易ラインの安全を確保し、物資流通を円滑に進めねば人々の死活問題に直結する。
ある程度経験を積んだ冒険者たちを派遣し、辺境に陣取る賊徒や魔物に対抗しねばならなかった。
第四に、この街の治安維持。
これから街の住民にも現状を伝えねばならず、混乱やそれに伴う治安低下など容易に予想できる話だ。
経験の低い冒険者たちは街に残留させ、衛兵の補佐に当たらせるのが妥当と判断された。
また難民も押し寄せて来る筈だ。
生活物資の低下と共に略奪や暴行に奔る輩は必ず発生し、また街の襲撃を狙う集団にも備えねばならない。
早急に街の防衛力強化も必要で、とてもではないが衛兵だけでは戦力が足りないのだ。
経験の低い冒険者とは言え、数を揃え衛兵の補佐ぐらいなら役割を果たせるだろう。
第五に、聖黄金樹の効果範囲の調査。
ロスリックと王都より吹き上がる不気味な火柱、そして赤黒い終末を思わせる空。
間違いなく、今を生きる生命と精神に悪影響を与える環境だ。
だが聖黄金樹の近隣は、今も日常を保っており鈍いながらも灰色染みた青い空が広がっていた。
ここで問題となるのは、その
あの様な赤黒い空に晒され真面な日常を送れる豪胆な者など、果たしてどれ程存在しようか。
魔物の活性化、賊徒の襲撃、住民の人格崩壊――。
懸念すべき材料など幾らでも挙がり、早急な対応が求められた。
住民の避難誘導、護衛。
精神に及ぼす影響。
また聖黄金樹を移植した際に変化する、効果範囲の移動。
これ等をも考慮した上で、人里に対処する必要がある。
何れ聖黄金樹は、巨木へと成長するのは確定事項だ。
そうなれば、少なくとも西方全域には効果範囲が及び、状況は多少ながら改善すると思われる。
とにかくこの任務は
これ等は王都奪還への
恐らく、聖黄金樹の効果範囲外の地域では、既に大混乱に見舞われているだろう。
世界規模で見れば、取るに足らない冒険者たちの活躍――。
しかし世界救世に繋がる、確実な歩みなのだ。
この時点で世界の命運は、この街に所属する冒険者たちの双肩にかかっていた。
ギルド職員達を総動員し、集った冒険者たちを班別に分けながら徒党を組ませてゆく。
そして選別が完了した徒党から各種任務を振り分け、それを受けた徒党は手早く準備を整える為、閉ざされたギルドから出た。
また状況を認識させるため、特別措置でギルド最上階も解放――。
その高さでも、不気味に染まった空を確認する事が叶い、それを見た冒険者たちは挙って戦慄を覚え状況の深刻さを再認識する。
徒党を組み任務を割り振られ冒険者たちは次々とギルドを後にする。
後に残されたのは、王統府を含めた灰の剣士たちだけだ。
「さて、残るは卿らのみだが、その前に
伝令兵の騎乗していた翼竜。
此処に辿り着いた当初は、兵と同じく重傷を負っていた。
その安否を把握したい金剛石の騎士は、灰の剣士たちへと安否を訊ねる。
「ハッ、傷は既に完治しております。しかし――」
「…何か問題が生じたか?」
傷を負っていた翼竜――。
街の住民に目立つという理由で、ギルド裏手の
そして運び込まれた翼竜だが、その道中で灰の剣士含めるソラールとジークバルドが、既に傷を癒していたのである。
つまり負傷という点は解決済みだ。
だが大きな課題が残留しており、翼竜は消耗状態から脱してはいなかった。
王都脱出を図る際、翼竜と伝令兵は重傷を負いながらも懸命にここまで辿り着いた。
その事による極度の疲労蓄積と活力減衰――。
いくら傷が癒えたとて、真面な活動も出来ない状態に陥っていたのである。
国王でもある金剛石の騎士は、今直ぐにでも翼竜を使い王都近域を確かめたいのが本音だ。
しかし肝心の翼竜が、この状態では話にならない。
無理に飛ばした処で、直ぐに失速を招くのは分かり切っていた。
「ぬぅ…何とかならないものか…」
彼自身も、翼竜騎乗の訓練は受けており多少の技術は習得していた。
翼竜さえ健常なら、彼は直ぐにでも行動を起こしたいのだ。
翼竜の実情に唸り声を漏らす金剛石の騎士。
「ロード、こういう時こそ
頭を悩ませる彼に、灰の剣士からの提案が示された。
通常、活力が消耗した場合、強壮の水薬や
若しくは、月並みな方法だが、充分な食事と休養を与え確実な回復を図る。
しかし対象は
食事を与えようにも人が食す何倍もの量が必要となり、生半可な強壮の水薬で回復を図ろうにも成功するかどうかも疑わしい。
そこで彼が提案したのが、
何の事はない。
回復手段を錬金術で確保しようというだけだ。
「は、灰君?そんな簡単そうに言うけど、ちゃんと素材や調合方法の事考えた上で言ってるんだよね?」
「相手は翼竜だよ?失敗したら何が起こるか分かんないよ?」
灰の剣士による提案――。
此処で錬金術という発想に行き着いた事に、内心嬉しく思うライザとルルア。
だが彼女たちが今まで錬金術を行使してきたのは、あくまで
一応飼い慣らした状態ではあるが、翼竜と言えば下級とはいえ竜の眷属――。
即ち、危険な魔物に違いはなかった。
人相手に比べ、成功率は遥かに低下し調合難易度も飛躍的に増す事を、二人は憂慮する。
「故に、二人にも手を貸して頂く。急がねばな」
今回も難度の高い調合となる。
その事を見越しつつ、灰の剣士はライザとルルアに助成を願い出ていた。
また金剛石の騎士は、翼竜で今直ぐにでも飛び立ちたい。
王都制圧の報せを聞かされ、更に都民の大量脱出――。
気が気ではなかった。
一刻も早く状況を知りたいのだ、彼は。
「う、うん。分かった。ルルア、いける?」
「いけるよ。ちゃんと目処立ってるんだったら、指示お願いね剣士さん?」
「ではこのまま、
彼の脳内では既に
完成図は出来上がっていたが、
だからこそ熟練の技術を持つ、ライザとルルアに協力して貰いたかった。
灰の剣士は彼女たちを引き連れ工房へと移動――。
それ以外の面々も、彼の後に続く。
「私も行っちゃおうっと♪」
「――あ、ちょっと!?」
密かに
しかし冒険者は軒並み出撃してしまい、伽藍洞のギルドには職員しか居ない状態。
その中で彼女は、割り当てられた仕事を手早く済ませていたのである。
……
作業用の小屋にしては広めの造りだが、この人数で押し掛ければ少々狭いと言わざるを得ない。
「それで灰君。素材って、もう選別できてるの?」
「ああ。これらを使う」
調合するにも先ずは素材の選定が前提条件だ。
工房に着くと同時に、灰の剣士は地下室から必要な素材を持ち込んでいた。
「緑化草、強壮の水薬、薬草数種――」
既存の代物に加え、滋養強壮に繋がる複数種の薬草に水薬。
その中でも馴染みの深い『緑化草』が混ざっていた事に、ソラールは着目した。
彼等の居た時代より活躍してきた緑化草――。
かなりの苦味だが、スタミナ回復力を助ける働きがあり、今では市場でも広く流通していた。
「そして、亀首漬け…って、狭間の地由来の素材も用いるんですか?」
陳列された素材の中には、亀の首を切り取り薬液に付けた代物も混ざっており、輝石の貴公子が言葉を挿む。
その食材も滋養強壮の効果を備えているが、これは彼の出身地である『狭間の地』の由来だ。
狭間の地から密かに持ち帰った灰の剣士は、氷漬けにした木箱で保管しておいた物をこうして持ち出してきた次第である。
「うわぁ…ホントに亀さんの首だぁ…。ちょっと可哀想かな…?」
もう微動だにしない亀の首を薬液漬けにした代物――。
基本的に亀は人畜無害な生き物で、人によっては愛嬌すら感じる姿をしている。
幾許かの悲哀を込めた目で見つめる銀髪武闘家。
「だがこれだけでは、効果が弱いと思ってな。同じく狭間の地より採取した、コレを使わせて貰う」
「――それは、
一通り並べ終えた灰の剣士だが、強壮効果を引き上げる秘策として、得体の知れない葉を数枚追加する。
輝石の貴公子だけはソレを知っており、『アルテリアの葉』と呼んだ。
「ほぅ…赤く脈打つ葉…か。初めてお目にかかるな」
四方世界では馴染みのない植物に、オーベックも珍しそうに視線を寄せる。
「この葉には、血を滾らせ高揚を与える効果が有る。上手く使えば、強壮効果にも更なる上昇が見込める筈だ」
狭間の地でも、稀にしか採取の叶わない希少価値の高い葉だ。
これを素材とした道具は非常に高い効果を有し、時には戦局をも左右する。
彼が持ち帰ったのは僅か数枚だが、大半をつぎ込む事にした。
「狭間の地…か。我々の未知なる世界が広がっているのだろうな」
「見た事も無い素材が転がってるんだね。行ってみたいなぁ…」
この様子に、金剛石の騎士とライザは『狭間の地』という未知なる世界に想いを馳せた。
二人とも冒険心を
「…あまり、お勧めしませんよ?」
その二人に、輝石の貴公子は苦々し気な表情で呟いた。
「よし、調合に移る前に下拵えだ。ルルア嬢は、アルテリアの葉をハサミで数枚カットしてくれ。ライザは緑化草と薬草を細かく刻んでほしい」
「イエッサー♪」
「アイコピー♪」
必要な素材は全て揃え、ライザとルルアに指示を出す灰の剣士。
そのままでは溶け込むにも時間を要し、細やかに刻んだ方が調合効率は飛躍的に増す。
錬金術士としての腕前など二人に遠く及ばない彼だが、必要な基本的知識は既に一端の域に到達していた。
「…へぇ、ちゃんとリーダー役、出来るんだ。ギルドの評価、間違ってなかったわね」
彼らの様子を見ていた監督官の受付嬢。
冒険者登録時代から灰の剣士の事は知っており、彼の昇級審査にはいつも彼女が立ち会っていた。
今や青玉等級の中堅冒険者だが、こうして彼の活動に立ち会う事は今まで滅多になく、等級に相応しい振る舞いをしている事に一種の安堵を覚えていた。
――早くお気持ち伝えないと、独り占めしちゃうわよ。錬金術士ちゃん♪
機敏な動作で指示を出す灰の剣士の姿は、正に頭目然としており、指示を受けるライザ達は嬉々とした表情で動いていた。
特にライザは、時折り彼を盗み見ながら作業に勤しんでおり、意気揚々として様子が手に取る様に察する事が出来た。
嬉しいに違いない。彼に必要とされている事が。
ライザは未だ本心を打ち明けていない様だが、彼女の態度は非常に解り易い。
監督官は心の中で、ライザに発破をかけた。
「よし、一気に投入してくれ」
一通りの加工も終わり、火の入った錬金釜へと素材を全て投入。
そこからは、灰の剣士が中心となり釜を掻き混ぜ始めた。
「ねぇ剣士さん。これだと、完成品は多分液体になっちゃうよ?」
既に要となる調合段階だが、ルルアが意見を差し込んだ。
先ほど用意した素材は全て植物や水薬の類で、真面な食材と言えば『亀首漬け』ぐらいだ。
この状態で調合を継続すれば、完成品は高確率で液体か粉末の類に至るだろう。
それがルルアの見解だった。
「承知の上だ。薬液を完成させ、餌となる肉は別個に用意している」
今調合しているのは、強壮効果を高める翼竜用の薬液である。
その薬液を、別に用意した食肉に浸し染み込ませ、翼竜に与える。
そういう算段でいた灰の剣士。
「そうか。翼竜は雑食性だが、基本的に肉を好む習性があるからな」
オーベックが翼竜の生態について言及した。
翼竜は総じて雑食性だが、やはり好物は生肉だ。
一応、加工肉も食すのだが相対的に血の滴る生肉を好む傾向が強い。
灰の剣士も狭間の地より入手した、干し肉各種を持ち込んでいたが翼竜が忌避してしまえば、元も子もない。
彼は、その事を考慮した上で薬液のみの調合に着手し、翼竜が好むよう生肉に染み込ませる手法を執った訳だ。
翼竜の消耗状態を回復させる。
それが今回の目的なのだから。
「ルルア…頼む…!」
「うんうん、任せて!」
途中でルルアと交代する灰の剣士。
入れ替わった彼女は、灰の剣士とは違うリズムで掻き混ぜを引き継いだ。
「お、色が変わった。仕上げはライザね…!」
「まっかせなさい♪」
釜に満たされた薬液に変色が見られ、ルルアからライザへと交代する。
ルルアから掻き混ぜ棒を受け取ったライザが、仕上げを担当した。
「…済まんな、いずれ必ず謝礼はする。暫し力を貸してくれ」
調合を静観していた金剛石の騎士は、灰の剣士たちに改めて謝意を示し謝礼を約束した。
「ロード…助言者の祠は、どうなっているのでしょう?」
此処で灰の剣士は、気になっていた助言者について尋ねた。
王都制圧の凶報が齎された訳だが、助言者の祠が王都外れに在る事は既に承知済みだ。
今は王都中心区のみが制圧下に置かれているが、何れ外周部にも波及するのは目に見えている。
そうなれば、助言者の祠も無事では済まないのではないか?
彼は、その種の懸念を抱いていた。
「案ずるなかれ。あの祠は無事な筈だ」
赤毛の枢機卿が、有事の対応について説明してくれた。
助言者の祠だが、危機が迫れば空間を切り離す防御策が構築されている。
丁度『火継ぎの祭祀場』の時と同じで、独立した空間に逃げ込む事で外部からの接触を一切合切遮断させる事が出来た。
こうなれば、魔神軍は疎かロンドール黒教会さえも安易な手出しは不可能になる。
逆に内部から外部への接触も不可能になるのだが、彼等なら無事切り抜けてくれるだろう。
それ故、一切の懸念は不要という訳だ。
因みに、空間を切り離すとい手段を王都防衛に流用すれば、今回の事態も防げたのでは?
そう言ってしまえば身も蓋もないが、流石に王都全域に影響を及ぼすのは現時点の技術では不可能であった。
「それを聞いて安心しました。私も彼等に用がありますので――」
「この場を切り抜け情勢が落ち着けば、必ず会わせよう。約束する」
口約束だが、金剛石の騎士は助言者に会わせる事を彼に宣言した。
実は助言者側も灰の剣士との邂逅を望んでおり、遅かれ早かれ彼は王都へと招く積りでいたのであった。
そして幾許かの時間が過ぎ――。
「よし、頃合いだ。ライザ、掬い上げてくれないか?」
「うん任せて…って、結構多いね…」
調合も大詰めを迎え、釜の中が更に変化する。
その変容を見極めた灰の剣士が、ライザに液体の抽出を指示した。
ライザも大匙で液体を掬い上げ小鍋の中に移し替えるが、予想以上の量と湯気に顔を顰めている。
餌となる食肉だが、既に銀鎧の騎士がギルドへ掛け合い準備を整えてくれていた。
食肉だが牛の大腿部を切断した物で、かなりサイズが大きい。
とても人が食せる量ではないのだが、翼竜にとっては、これが適量であるらしい。
食肉へ切り込みを入れ、ライザが出来上がった薬液を掛ける。
そして薬液の浸透を見計らい、外の翼竜へ与える事となった。
「ふむ、食してくれた様だな」
いくら完成したとて、肝心の翼竜が食してくれないのでは話にならない。
与えた当初、若干躊躇いがちな翼竜の様子に、一同は不安を覚えた。
だが一旦食べ始めた翼竜は、見る見る間に薬液入りの食肉を平らげてしまい、数分経過の後、元の健康状態を取り戻す。
その様子にジークバルドも安堵した。
さて、翼竜は無事回復状態へと至り、金剛石の騎士は出立の準備を進める。
先ずは王都近域へと赴き、現状を知る必要がある。
中心区へは結界が展開されている為、侵入は実質不可能。
そして『東方』と『北方』にも赴かねばならない。
そろそろ各種方面の要衝にも、王都制圧の報が届いている頃合いだろう。
しかし王統府は、
此方の現状を正しく伝達し、各方面軍の士気低下を最小限に抑えねば、一瞬で防衛戦は瓦解してしまう。
そうなれば魔神軍や隣国の蹂躙を許し、今度こそ『国家解体』の憂き目に遭う。
何としても、それだけは防がねばならないのだ。
また王都脱出を図る大勢の民を、可能な限り安全圏へと先導しなければならず、彼の負担は予想以上に多大であった。
一応切り詰めれば二人は騎乗できるのだが、この翼竜は基本的に一人乗りだ。
他の側近達には、街の防衛と未熟な冒険者たちの指揮、そして混乱に喘ぐであろう住民の鎮静化を図る役割を命じた。
「では行って来る!卿ら、後は頼んだぞ!」
「行ってらっしゃいませ、武運長久を!」
「くれぐれも御身を大事に!」
準備を整えた金剛石の騎士こと国王は、翼竜へと騎乗し飛翔の指示を出す。
甲高い泣き声を上げた翼竜は、そのまま勢い良く上昇し翼膜をはためかせながら王都方面へと一瞬で飛び去った。
流石に飛翔能力の備わった翼竜である。
馬とは比較にならない速さで、長距離を一気に駆け抜けた。
「よし、我々も出撃だ。皆、もう一度入念に確認しておいてくれ!」
翼竜が飛び去った事で、今度は灰の剣士が皆へと指示を出す。
彼等も例に漏れず役割りが課されており、その任務は非常に多岐に渡るものだった。
馬車の用意に始まり、各種物資の用意から地形と地図の照合――。
出撃準備を整えるだけでも容易にはいかないのだ。
何故か灰の剣士が仕切ってしまっていたが、彼に反発する者は誰一人居ない。
各々が忙しなく動く中、ふとルルアが不安げな表情を浮かべ王都方面に向く。
「お母さん、師匠、大丈夫だよ…ね…?」
王都にはアーランドの錬金団も滞在しており、敢えて明るく振舞っていたルルアだが実際は気が気でなかった。
ロンドール黒教会による王都制圧。
当然、滞在していた錬金団たちも巻き込まれている筈だ。
母親であるロロナを始め、ルルアにとっては掛け替えのない仲間たち。
先ほど解放されたギルド屋上から見た、あの不気味なまでの赤黒い空。
あんなものを目にしてしまえば、当然不安に苛まれようというもの。
錬金団には、頼りになる護衛役を務める男性陣も控えていたが、どうにも安心する事が出来ないのだ。
「大丈夫だよルルアちゃん!皆、私たちの居場所知ってるんだから、絶対コッチに向かって来てるって、ね?」
暗い表情を浮かべるルルアを見かね、エーファが寄り添い励ましの言葉を掛けた。
水の都で錬金団と別れ、ルルア達はこの街へと訪れた。
当然、それを見越した上で此方に進路を執っている筈だ。
仮に街まで辿り着けなくとも、水の都までなら辿り着ける可能性が高い。
「そ、そうだよね!お母さんも、トトリさんも、メルルさん含め師匠も、伝説級の錬金術師。きっと大丈夫!」
エーファの激励を受け、ルルアも幾らかの元気を取り戻す。
「ルルア、あたし達はあたし達の出来る事をしよう!ジッとしてる方が窮屈だよ」
「うん、ライザもありがとう!」
同時にライザにも励まされ、ルルア達も準備に取り掛かった。
……
予想通り、と言った方がいいのだろう。
王都制圧の報だが街中に流布された途端、住民は忽ち取り乱し混乱状態に陥った。
それを見計らい、街に残った剣の乙女を始め領主である司祭長も部下や人手を駆使し、全力で鎮静化に当たった。
聖黄金樹の加護を全面に押し出し、剣の乙女が再び祈りを捧げる事で辛うじて暴動を抑え込む事には成功。
しかし人々の不安感は拭えず、中には一旦故郷へと戻ろうと街を後にした者も出始めていた。
だが指導者層は敢えて彼等を止めはせず、ある程度の自由を与える事にした。
彼等が再び無事で戻って来る事を祈りながら。
経験の浅い冒険者たちは、衛兵や国王不在の側近たちの指揮を受けながら、交代制で街の防衛に当たる事にする。
直ぐに混沌勢の脅威に晒される事は、先ず無いだろう。
しかし時が経てば経つ程、街は襲撃の危険性が高まる。
今の内に実地訓練も兼ね、未熟な彼等に経験を積ませておきたかったのが、指導者層の思惑だ。
「全員、用意はいいな!」
ギルド前の広場へと集合した、灰の剣士を始め大勢の冒険者たち。
広場には数台の馬車が立ち並び、その様相は小規模の軍隊にも似ていた。
最後に積み荷の確認を済ませ、一党の頭目たちが準備完了を伝える。実に複数の一党が、轡を並べていた。
先ず、ソラール率いる一党。
次に、ジークバルド率いる一党。
槍使い、重戦士、同期戦士の一党。
ライザを頭目とした一党。
(輝石の貴公子、銀髪武闘家、赤いリボンの少女、ゴブリンスイーパーもライザ一党に組み込まれている)
更に、中堅冒険者で組まれた複数の徒党。
最後に、灰の剣士。
総勢60名以上の即席ながらも大徒党が結成された。
準備が整った事を確かめ、各々は次々馬車へと乗り込み街を出発。
その動きは俊敏で、皆が経験を積んだ実力者である事を伺わせた。
街を出た馬車群は土煙を巻き上げ、颯爽と街道を走り行く。
彼等に与えられた任務――。
初めに、聖黄金樹の効果範囲の調査。
そして効果範囲外に点在する、村落の調査だ。
効果範囲外の村落だが、高確率でに日常に悪影響を来している事が予想される。
状況を説明し住民の同意を得た上で、可能なら街への避難誘導と道中の護衛。
それを複数に渡り実施しなければならず、各冒険者には相当の負担が強いられる事を覚悟しておかねばならない。
また効果範囲外に出れば、魔物や異形の
ある意味で分かりやすい程に、気味の悪い空だ。
魔物の凶暴化など、誰もが容易に予想が付く。
避難民の増加に伴う物資欠乏と治安悪化という不安要素も残るのだが、何もこの街のみならず他の街にも避難先は存在する。
何はともあれ、先ずは現地に赴き自身の目で確かめねば何も始まらないのだ。
唐突とも言える、王都制圧の凶報。
そして、王都とロスリックから噴き上げる不気味な火柱と空。
「……」
日増しに色褪せた空模様――。徐々に灰色がかる青空――。
今にして思えば、あれは前触れだったのではないか。
そして聖黄金樹の効果範囲外に出れば、あの不気味な赤黒い空が頭上に広がるのだ。
単身、借りた馬を走らせる灰の剣士は無言で今迄の日常を思い返していた。
皆はそれぞれの想いを秘め、身を引き締めながら馬車を走らせた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カーサスの砂ワーム
彼方昔に存在した『砂の国カーサス』と呼ばれた独特の文化を持つ国家。
その国で存在したと言われている、遥か巨大な芋虫上の異形。
口部には幾重にも入り組んだ無数の牙を持ち、凹凸に富んだヤスリ状の外皮は非常に硬い。
ロックイータ以上の巨体に加え掘削能力とヤスリ状の外皮の特性で、通り過ぎた後は宛ら巨大口径の
この異形を討伐するのは容易な事ではなく、常に電撃を纏い帯電している事からも接近すら命懸けである。
その為、カーサスの剣士たちは『黄虫の丸薬』と呼ばれるアイテムを駆使し、この異形を地下深くへと追いやった。
この異形は、『燻ぶりの湖』と呼ばれる地下遺跡の主と化した。
まさかの王都制圧に加え、大陸全体…下手をすれば惑星規模の天変地異が起ころうとしている今の状況。
赤黒い空についてですが、エルデンリングのケイリッドの空、または地球防衛軍6の世界崩壊後の赤い空を意イメージして頂ければ分かり易いかと思います。
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/