ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。

四方世界の王都って、どの位の広さを誇るんでしょうかね?
王都ローデイルぐらいあるんでしょうか?若しくは、もっと広い?
とにかく、かなり騒がしい程に賑わった都である事は間違いないようです。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第126話―赤い陽光に爛れながら―

 

 

 

 

 

 

聖水(地母神)

 

清涼な水に、神殿の聖職者達が祈りを捧げる事で生成される水。

個人差はあるものの聖性を帯びた水は、様々な用途に使用される。

特に地母神の信徒達の祈りを受けた聖水は、癒しの力に長け主に水薬や霊薬の素材として重宝され易く、それを媒介にした奇跡などは鎮静の効果を齎(もたら)すという。

 

値段は、銀貨1枚~5枚程度(地域により差がある)

 

聖灰

 

聖なる木と見なされている(主に樫の木)を燃やし、それを灰としたもの。

奇跡の触媒は元より、魔除けや魔法の素材としても活用されている。

また樹木のみならず動物の骨や石材からも聖灰としてみなされる場合もあり、それは国や宗教の思想の違いにより差異が生ずる。

 

値段は、銀貨2枚~4枚程度(地域により差がある)

 

赤いリボン

 

血の様な赤いリボン。

元は白かったと持ち主は語る。

美しい光沢、繊細なレースを伴ったそれは、やはり可憐な少女にこそ映えるものだろう。

 

あの時出会った、女狩人は咄嗟に判断を切り替えた。

その甲斐あり、少女の返り血で染まる事もなくなった白いリボン。

代償に、恩人の血で染まる羽目になったのだが。

 

浄火(呪術の火)

 

蛮族に伝わる呪術。

敵の内に火を育て、一気に発火させる。

元は生贄の穢れを祓う儀式であり、故にその火は浄火と呼ばれる。

どれだけ野蛮に見えようとも、あるいはだからこそ相応しく蛮族の呪術師は、また神官なのだ。

 

未開の蛮族と蔑む輩は数多い。

しかしてだからこそ、彼等は、気高く、雄々しく、勇ましい道を行く。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 否が応にでも気付かされる。

ふと見上げれば、頭上に浮かぶのは、血の様な赤い空と燻ぶる黒炭にも似た分厚い雲。

この世の終わりを思わせる奇怪な空の下、10台以上もの馬車群が褐色に染まった街道を走り行く。

聖黄金樹の効果範囲内では、鈍色ながらも青空が広がっていた。

だが、効果範囲外に近付くにつれ徐々に空は紅く暗く染まり行き、遂には今のような空へと変貌した。

言葉など交わさずとも、今や完全に聖黄金樹の効果範囲外へと出た事を悟るしかなかった。

 

「……」

 

 馬車群の先頭を走る一頭の馬。

その馬を駆る冒険者、灰の剣士は道中の出来事を思い返す。

 

道行く途中の街道にて、幾人かの集団と出くわし事情を尋ねてみた。

彼等は小さな村の住民で既に異常は察知していたらしく、これから街のギルドへと調査を依頼するべく向かう途中だと説明していた。

彼等の村は聖黄金樹の効果範囲内に存在していたが、やや高い標高の地形の関係上、今の不気味な空を目撃した事で居ても立ってもいられなくなり、こうして依頼に踏み切ったという訳だ。

効果範囲内に在る村は、他の冒険者たちが対応する手筈となっている。

彼等には、一旦村へ引き返すよう告げ、それでも必要と判断した場合、街へ避難するようにとも忠告した。

他にも似たような出来事に何件も遭遇し、既に混乱の兆候が現れていた事を知る。

 

――まるで、あ(・)の(・)時(・)代(・)の末期だな。

 

赤く暗い空と浮かぶ雲――。

その様相は、火の陰りが進行した空模様に酷似している。

 

天に鎮座するあ(・)の(・)太(・)陽(・)など、正にそれを証明しているかの様だ。

黒い球体に赤い血の様な火を纏う、不吉な太陽。

直視するだけで、発狂しそうになる程の不気味さを醸し出している。

 

聖黄金樹の効果範囲内では真面な姿をしていたが、範囲外に出た途端に不気味な太陽へと変貌した。

 

その事から、太(・)陽(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)は(・)何(・)ら(・)変(・)化(・)し(・)て(・)い(・)な(・)い(・)という事が判る。

これは彼の憶測だが、王都やロスリックより噴き出る火柱が空全域を染め上げているのだろう。

太陽そのものが変質していれば、たとえ聖黄金樹の効果範囲内でも空は不気味に染め上がっていた筈だ。

いわば今の空がフィルターのような役割を果たし、太陽を変質させているという意味合いでもあるのだ。

今頭上を照らす黒い太陽の光――。

何とも赤黒く、それでいて生暖かい。

これにはソラールでさえ、太陽賛美で応える事を自粛した。

 

此処に居る全員が然したる言葉も無く、只管に現場を目指す。

普段、荒事や凶事に縁深い筈の冒険者でさえ、こ(・)う(・)なのだ。

現場の村々では、大混乱に陥り崩壊していても不思議ではなかった。

 

先頭の馬に騎乗しているのは灰の剣士だが、そのすぐ後ろはゴブリンスイーパーの馬車が追従している。

彼女の馬車は乗用に適していたが、収容人数を越えており車内は少々窮屈だ。

 

「これから向かう村って、君の故郷なんだよね?」

 

「はい、一応はそうなんですけど。お父さんは、もう戻れないって言ってました」

 

 馬車内では、ライザが隣の銀髪武闘家へと話し掛ける。

今から彼等が向かうのは、銀髪武闘家の嘗ての故郷である村。

灰の剣士、ゴブリンスイーパー、そしてゴブリンスレイヤーが数日前に関わっていた村だ。

奇妙な小鬼退治と医療教会の下部組織が暗躍で、村は火災と小鬼獣(ゴブリンビースト)襲撃に見舞われ大きな被害を出した。

一応、村の壊滅だけは免れたが、彼女の生家は火災で全焼し今や見る影もない。

灰の剣士の働きにより、難を逃れた彼女の両親は止む無く村に見切りを付け、今は街の小屋を間借りしている状態に落ち着いていた。

(本編前夜編 第113~116話参照)

 

「スイーパーさん、村が物凄く発展しているって本当ですか?」

 

「そうらしいわね。私は其処の出身じゃないから、何とも言えないけど――」

 

 両親から聞いた話だが、村は飛躍的な発展を遂げ、銀髪武闘家の記憶する村の面影は微塵にも残っていないらしい。

彼女は確認の為、御者台のスイーパーに訪ねてみた。

スイーパーも記憶する限りの様子を語るが、彼女にとっては発展前の村など知る由もない。

此処は矢張り、村の元(・)村(・)長(・)や娘である現村長、そして副村長に訊くしかないだろう。

因みに、村長たちも帰還に際し別の馬車に搭乗していた。

 

「えっと、貴女って初めて見るね?冒険者…かな?」

 

 ルルアは、見知らぬ少女に声を掛けている。

淡い金髪を赤いリボンで束ねた少女――。

その少女の隣には、輝石の貴公子も座っていた。

 

「いいえ、違います。私は…神殿所属ですが、冒険者では…ありません」

 

「ええっと、彼女はちょっと…事情がありまして…。司祭長様と、その関係者から直接依頼されたんですよ」

 

 どう答えたものか。

赤いリボンの少女だが、正確には冒険者ではなく対なる存在である仕掛け人側の所属であった。

しかし大っぴらに明かして良いものだろうか。

透かさず輝石の貴公子が、それとなく此処に至る経緯を説明し執り成す。

正確に言えば、彼女はローグギルドの正式所属でさえなく、いわば見習いに近い立場だ。

自立する術を確立する為の訓練を兼ね、縁深い鳥羽の狩人と行動を共にしていた。

しかし今回はいつもと事情も違い、敢えて少女を冒険者側と共同させた。

あの血生臭い狂気の街で、悲惨な運命に翻弄された赤いリボンの少女。

何も律儀に同じ道を歩ませる必要などなく、日の当たる生き方をさせても良いのではないか。

そういう老婆心も手伝い、鳥羽の狩人は少女を送り出していたのであった。

 

「そうなんだ。何か分からない事があったら何でも言ってね♪」

 

「はい、ありがとう」

 

 少々気後れしているようにも見える、赤いリボンの少女。

彼女の経緯を聞いたルルアは気さくに話し掛け、少女も心なしか綻んだ表情で返答した。

 

「――うわッ、急に何ッ!?」

 

 多少の会話も弾む中、馬車が急停止し、中に居たライザ達は大きく姿勢を崩す。

 

「――緊急よ、小鬼が出たわッ!」

 

 何事かと認識する前に、スイーパーから小鬼出現との警告が飛ぶ。

ライザ達が慌てて外に出てみれば、多数の小鬼が道を塞いでおり、既に灰の剣士が先陣を切り小鬼を切り伏せていた。

 

「――嘘、ゴブスレ君!?」

 

 そしてライザは意外な人物を視界に納める。

その人物とは、戦闘継続も怪しい程に傷を負ったゴブリンスレイヤーの姿だった。

 

……

 

多数の小鬼に追われていたゴブリンスレイヤー。

防具の損傷具合から、かなり苦戦を強いられていたのが見て取れた。

普段から用意周到に作戦を構築し、並み居る小鬼を仕留めてきた彼にしては何とも珍しい有様だ。

戦術が失敗したのだろうか。

灰の剣士を始めとした冒険者の活躍で、多数の小鬼は全て殲滅。

現在ゴブリンスレイヤーは、治療を受けていた。

 

「君にしては珍しいな。小鬼に後れを取るとは」

 

「……」

 

 失敗は誰にでもある。

対小鬼の専門家と言っても差し支えない程の彼だが、時には危機に陥る事も珍しい話ではない。

たとえ、英雄級の冒険者とて些細な油断で死を招く状況など路頭に転がっている。

それが冒険者全てに降り掛かる、運命と偶然(サイコロの出目)の産物に他ならないのだ。

応急処置に加え回復の奇跡を、彼に施す灰の剣士。

 

――小鬼から手を引いた傍から、小鬼に関わるのか…。

 

あの一件以来、小鬼関連から一切の関わりを断つと宣言した灰の剣士。

だが今こうして、小鬼の群れを殲滅し彼(・)と再び接触するという状況。

もはやここまで来ると、小鬼に縁があるのではないかとさえ勘ぐってしまう。

つくつぐ、小鬼と彼(・)には縁があるらしい。

複雑な心境ながらも、彼(・)に回復の奇跡を掛け続ける灰の剣士。

 

「小鬼が突然凶暴化し、同時に殺した筈の小鬼が亡者化した」

 

 ゴブリンスレイヤーは今に至る経緯を淡々と口にする。

 

「凶暴化に加え、突然の亡者化…とな?」

 

「ああ。殺した筈の小鬼は直ぐに亡者と化した。…こんな事は初めてだ」

 

 物言わぬ死体と化した異形が亡者と化すのは、決して珍しい話ではない。

後始末の杜撰な冒険者の残した遺体が亡者化し近隣を徘徊するのは、よくある話で他の冒険者が尻拭いに奔走するのも、この界隈では頻繁に起こりうる事象だ。

だが仕留めた傍から亡者と化し、再度襲い掛かる――。自然環境下では、先ず起こる事のない怪現象。

その様な現象が起こるとすれば、邪悪な死霊使いや妖術師の儀式でしか成り立たない筈だ。

後は精々、ロスリック内なら話も分かる。

だが死と呪いの充満したロスリック内でさえ、亡者化するには早(・)く(・)て(・)も(・)一(・)日(・)は要する。

しかし彼の話では、実に1(・)0(・)分(・)足(・)ら(・)ず(・)で亡者化したと言うのだ。

 

「う~む、早過ぎる…!」

 

 その事にジークバルドも、怪訝な唸り声で考え込む。

 

実の処、ゴブリンスレイヤー自体は普(・)段(・)通(・)り(・)に小鬼を確殺し普(・)段(・)通(・)り(・)に依頼を完遂し、特筆する事も無い普(・)段(・)通(・)り(・)に事を進めていた。

しかし彼の予期せぬ、突如の亡者化により奇襲を受け戦況が一変――。

一気に不利となり、彼は重傷を負いながら撤退を余儀なくされた。

 

だが熟慮する必要も無いだろう。冒険者の誰もが、頭上の空を見上げていた。

あの不気味な空が原因なのは、火を見るより明らかだ。

赤黒い空と太陽の光で、異形の精神状態に作用し凶暴化を招いたという事だ。

あまり悠長に構えていては対象の村々へと被害が及ぶ恐れもあり、急がねばならない。

またゴブリンスレイヤーを放置する訳にもいかず、彼を馬車へと乗せた瞬間――。

 

「――ぐぁ、クソ!コイツ離しやがれッ!」

 

 槍使いの声だ。

仕留めた筈の凶暴化した小鬼――。

それが今この場で亡(・)者(・)と化し、彼の腕に噛み付いていた。

 

「――ジッとしていろ、浄火ッ!」

 

 振り解こうとする彼の腕を掴み、灰の剣士が呪術の火『浄火』で小鬼亡者を内部から焼いた。

 

「遺体を焼く、誰でもいい手を貸してくれ!」

 

 このまま小鬼の遺体を放置はできず、亡者化を防ぐ為にも周囲に焼却の指示を出す灰の剣士。

それを聞いた冒険者たちは手早く動き、残りの遺体を一ヶ所に集め火を放った。同時に油も掛け、文字通り火に油を注ぐ。

 

「ねぇ、灰君…。ロスリックって言う所でも、こんな事が起きてるんだよね?」

 

 赤黒い陽光で街道は赤褐色に染まり、何とも不気味な色合いをしている。そんな街道に熾る橙色の火は、見る者に安堵感さえ与えていた。

皆が火を見守る中、ライザが灰の剣士へと話し掛けて来る。

しかし、普段勝気で快活の彼女からは想像もつかない程に、弱々しい振る舞いと声音をしていた。

尤も彼女だけではなく、大半の冒険者が不安に満ちた表情を浮かべているのだが。

 

「この状況、ロスリックより酷い…」

 

 いくらロスリック内でも、ここまで早く亡者と化す事はない。

犠牲となった冒険者の亡者と遭遇した事はあったが、それも数日の時を経た後の亡者だ。

仕留めた傍から亡者化するなど、今まであり得なかった。

 

「急いだ方がいいな。亡者化するのは何も――」

 

 最後まで言い切る事のないソラールだが、誰もが容易に想像がついていた。

そう――。

亡者化するのは、小(・)鬼(・)だけではない。

不慮の事故に遭遇した旅人や、他の異形とて其処彼処に生息しているのだ。

そんな彼らとて何ら例外ではないのだ。

 

「皆、歩みを再開するぞ!」

 

 集めた小鬼の遺体が燃え尽きたのを確認し、灰の剣士は皆に指示を出し出発を再開する。

この世の終わりを彷彿させん空模様に、降り掛かる血に似た色合いの陽光――。宛ら、血(・)色(・)の(・)炎(・)を彷彿とさせた。

気の所為だと思いたいが、皮膚に触れただけで焼け付き爛れる様な感覚を覚えてしまうのだ。

そしてスイーパーの馬車に乗り込むライザ達の足取りは重かった。

 

「済まぬ…ライザリン=シュタウト…」

 

 今の状況、他国にも波及しているのは疑いようがない。

恐らく港湾施設を備えた全ての街は、機能停止に追い込まれていると観た方がいい。海難事故を避ける為、全て休航措置を執らざるを得ない筈だ。これでライザの帰国は絶望的。

いや、彼女だけではない。ルルアを始めとしたアーランドの錬金団にも同じ事が言える。

影を落とすライザの背を見ながら、灰の剣士は密かに謝罪した。

 

……

 

銀髪武闘家が嘗て住んでいた故郷、それは山岳近くの麓に存在していた。

ただでさえ赤く暗い空模様は、山々の影で更に暗く周囲を染め上げる。

 

「――あっ、見えてきました。あたしの故郷…!」

 

 車体の木窓から顔を出す銀髪武闘家。

 

「……ホントに様変わりしてる……」

 

 しかし思い出深い故郷の姿は、影も形も見当たらない程に変貌していた。

発展により得た豊かな生活水準――。

そして失った代償は、穏やかな思い出。

赤黒い陽光が変わり果てた村を照らし、その様は魑魅魍魎(ちみもうりょう)の住処なのかと錯覚させるほどに不気味だ。

直視にも堪えぬ異様な輪郭を目にした彼女は、複雑な心境で近付きつつある故郷を見続けた。

 

程無くして一団が村へと到着する。

村の入り口には、数名の屈強な男達が守りに就いていた。

それも当然だ。

真っ当な感性の持ち主なら、今のような状況に警戒感を抱かない方が可笑しい。

端から見れば異質染みた、冒険者の馬車群――。

守衛の村人たちは異様に警戒し、槍を突き付けながら威嚇した。

この警戒感――。強引に入り込もうものなら、戦闘状態になりかねない。

数日前の件もある。

此方を野(・)党(・)集(・)団(・)か何かだと思い違いしているのだろう。

このまま通して貰うのは無論、説得にも骨が折れそうな雰囲気だ。

しかし、ここで彼(・)等(・)の出番となる。

 

村長含めた3人――。

 

元村長、娘である現村長、副村長の3名。

 

彼等が馬車を降り、守衛の前へと姿を見せた。

あれ程警戒していた守衛たちが嘘のように警戒を解き、冒険者一団は村へと入る事が叶う。

 

数日前の騒動が片付いた後、村中が総出で復興に従事していた。

幸いにも産業を支える重要施設は、殆ど損傷しておらず何時でも稼働再開の目処が立っていた。

しかし、突如として変容した赤黒い空。

とても稼働再開どころではなく、村人たちは殆ど外出する事も無く家に引き籠る有様。

空が変容し数時間しか経過していないのだが、既に精神に変調をきたす村人たちが続出しており暴れ回る者さえ出る始末。

村全体が、今後の展望に頭を悩ませていたのである。

困窮していた村人達だが、まとめ役の村長たちの帰還に、村は取り敢えずの安堵を浮かべる。

だが自体は何一つ好転していない。

此処から何らかの対策を講じねば、異形の襲撃を待たずとも村自体が自戒する危険さえ孕んでいた。

 

先ずは現状を通達する現村長たち。

元村長の娘が、長の立場を引き継ぎ現(・)村(・)長(・)へ就任した事――。そして件の事件の片棒を担いでいた副村長は引き続き続投、彼女のを公私に渡り支え続ける。

これには村中から賛否両論の声が上がったが、領主の命令であるため逆らう事はできない。完全に納得はしていないが、村人たちは決定事項に従わざるを得なかった。

さて、現状を認識させる段階は済んだ。次は村の立ち回りを決めねばならない。

 

一言で言えば、この村は聖黄金樹の効果範囲外に位置する。

このまま放置すれば、間違いなく魔物や賊徒の襲撃に晒される。

しかし聖黄金樹を移植した後、この村は効(・)果(・)範(・)囲(・)内(・)に納まる事が判明した。

地図を照らし合わせた結果、この村は森人勢力の住まう『西方樹海』の近隣に位置していたのである。

聖黄金樹の移植予定日は、早くても1週間。

つまり負担をかけてまで街へと非難せずとも、村を守り切れば自然と聖黄金樹の加護が得られる事が明らかとなったのだ。

だが頭上に浮かぶ今の空――。

たった数時間で、精神に変調をきたす村人が現れている現状。

このまま無策で1週間~10日を守り切れものだろうか?

恐らくだが、聖黄金樹の移植が済むまでに村(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)が(・)自(・)滅(・)す(・)る(・)危険性の方が、遥かに高かった。

ただ護衛の冒険者を村に駐屯させるだけでは、何の解決にもなりはしない。

皆経験を積んだ実力者揃いだが、下手をすれば守りに就く筈の冒険者でさえ発狂する恐れもある。

 

このまま村人全員を街へ避難させるべきか、此処に留まらせるべきか。

 

何せ数多の村々の中でも、珍しい位の発展を遂げ産業まで備えた村だ。

可能ならば、廃墟にはさせたくない。

然したる有効策も見出せず時間ばかリが過ぎ去る。

しかし此処で、ある人物の対応案が浮上した。

 

その提案者とは、赤(・)い(・)リ(・)ボ(・)ン(・)の(・)少(・)女(・)。

そして彼女が示した案とは、結(・)界(・)で(・)村(・)を(・)覆(・)う(・)という策である。

 

結界で村を覆う。

 

その策に、どれ程の効果が見込めるのか定かではない。

赤いリボンの少女は、地母神神殿に属していたが実は指折りの実力者でもあり、同年代では唯一結界を自力で展開できる逸材でもあったのだ。

一人前には程遠い彼女だが、聖黄金樹の移植まで村が守り切れれば取り敢えずの平穏は帰ってくる。

司祭長と鳥羽の狩人の要望で、彼等に同行していた赤いリボンの少女――。

実は、そういった理由が存在していた。

これは大きな収穫だ。

方針が決まった事で、さっそく冒険者と村中が総力を結集し彼女を補佐する事となる。

 

……

 

「よぅし、此処だな!?」

 

 重戦士が、地面に聖水を撒く。

 

「それにしても驚いたな。あの見知らぬ少女、よもや結界の展開が可能とは」

 

 地面へと染みた聖水の跡に、聖木を燃やした聖灰を撒く女騎士。

重戦士の一党は、結界構築の為の下準備として村の一画を任されていた。

 

「しかし突然の鳴り響いた、あの鐘の音。アレには度肝を抜かれましたよ」

 

 頭上に浮かぶ不気味な空を見上げた半森人の軽戦士は、今朝の出来事に言及した。

いつも通り依頼を受ける為、重戦士の一党はギルドへと集っていたのだが、何の前触れもなく耳を劈くような音量で鐘の音が街中に鳴り響いたのだ。

彼等は元よりギルド中でも大騒ぎとなり、冒険者だけでなく一部の職員でさえ外へと出た位に混乱状態へと陥っていた。

そして気が付けば今の赤黒い空、そして王都制圧の凶報――。

唐突に変異した日常の来訪に、彼等は今も信じられないといった様子だ。

 

「――ッたく、見るだけで嫌な気分になるぜ、あの空…!」

 

 毒付きながらも指定された一画に、聖水と聖灰を撒く槍使いと魔女。

 

「王都、が、制圧…なんて、認め、たくないわ、ね」

 

 赤黒いい空を視界に入れるだけで気が滅入りそうになる。

妙齢で豊満な肢体を持つ魔女も、不安げな表情を隠せないでいた。

せっかく祭りを楽しもうとしていた矢先である。

あの鐘が鳴り響き、王都制圧の報が寄せられたのは。

その後、ギルドにて全員が招集されたのだが、あの立派な鎧を纏った騎士は何者だったのだろうか。

 

「さぁな、まぁ国関係の貴族には違いねぇだろさ…!」

 

 にべもなく応えた槍使いは、結界構築の下準備を終える。

 

「頭目たちも大変だったんだな」

 

「ああ全くだ。流石に勝てる気がしなかったぜ…」

 

 別の一画では、同期戦士の一党が結界の下準備に取り掛かっていた。

振り注ぐ赤(・)爛(・)れ(・)た(・)陽(・)光(・)――。

どうにも浴びているだけで、皮膚が爛れる様な不快感に見舞われ、どうにもチリチリと痒く痛い。

気の所為で片付けるには、些かに無理のある現象だ。

昨夜遭遇した刺客と、正体不明の捻じれ杖の男たち。

鉱人斥候に応える同期戦士は、説明の傍ら作業を進めている。

あの時居たのは、彼と妖精弓手を含めた数名だけだが、一党全員が揃った処で結果は変わらなかっただろう。

 

「この空…何らかの儀式によるものと推察できますな」

 

「話によれば、例のロスリックと王都中央区が怪しいとか…?」

 

 眼鏡を手に添えながら空を見上げる獣人魔術師と、考察を深める禿頭僧侶。

 

「ええい奇怪な…!邪教の類に違いない…!」

 

「これじゃあ真面に暮らせないよう…」

 

 不快感を隠そうともしない森人僧侶と、怯える様に見上げる半森人の少女野伏。

 

「しかし面妖じゃの?黄金の騎兵に黒い騎兵、それを束ねたのが見すぼらしい杖の男とな?」

 

「間違いないわ。現にア(・)イ(・)ツ(・)等(・)は(・)一方的に皆殺しにされたのよ」

 

 鉱人斧戦士と妖精弓手も昨夜の事について言及し合っている。

あの捻じれ杖の男率いる騎兵集団に、老森人一派は成す術もなく全滅した。

とにかく異質な事象が立て続けに起き続けている、今の状況――。

今思えば、ダークゴブリン戦を終えてから徐々に変化の兆しは見えていたような…妖精弓手は漠然と肌身で感じていた。

この段階では故郷である『西方樹海その中心部』にまで、聖(・)黄(・)金(・)樹(・)の(・)加(・)護(・)は及んでいない。

 

「……」

 

 彼女はふと周囲の植物に目を向けてみる。

気の所為だろうか。

心なしか、植物も悪影響が出始めている様な気がしてならないのだ。

一刻も早く、聖黄金樹の加護が故郷にも届くように――。

彼女は心底、故郷を案じた。

(因みに、昨夜行動を共にしていた半森人女剣士は、二日酔いと未だ冒険者ではない為、離脱していた)

 

「これでいいのかな?」

 

「ん、多分」

 

 一方別区画では、ライザ達が共同で結界の下準備を終えていた。

ライザが聖水を撒き、ルルアが聖灰を撒く。

 

「この様子じゃ、アーランドもきっと…。大丈夫だといいけど、あの子たち」

 

 赤黒い空を見上げたエーファは、孤児院に残した子供たちの身を案じる。

あの孤児院には、創設者である元冒険者の院長が留守を預かっている為、然程の心配はない。

しかし、この様な事象に遭遇した事など人生初である。

今迄も魔物の襲撃に晒された事はあれど、人の精神性に影響する世(・)界(・)規(・)模(・)の(・)異(・)変(・)など前代未聞だ。

 

この村に辿り着き、まだ間もないエーファだったが、幾つかの民家から絶え間ない狂気染みた笑い声や狂わんばかりの絶叫を耳にしていたのである。

正確には今現在でも、狂気を孕んだ叫びが聞こえて来る。

正直、耳を覆いたくなる。このまま聞き続けては、こちらまで頭がおかしくなりそうだ。

赤黒い空が発現してから数時間しか経過していないというのに、早くも幾人かの人々は精神に異常をきたしていた。

この様子では、故郷に残してきた子供達に悪影響が及んでいても何ら不思議ではない。

大親友と認めるルルアを助ける為、大陸を隔てた他国にまで足を運んだエーファだが、若干の後悔の念が湧き上がってもいた。

 

「ジタバタしても何も始まらない。僕らに出来る事を積み重ねるしか道はないさ、エーファ」

 

 沈みがちなエーファを励ますオーレル――。彼の言う通りだ。

この状況下では真面に船さえ出せるかも怪しい。

無理に出向したとて、真面に帰国が叶うかも怪しい程の異常事態に見舞われている。

それに幸か不幸か、今は成すべき道筋が示されているのだ。ならば、今成すべき目的を全力で果たすべきだろう。

 

「そうだよね、きっと何とかなるなる!がんばろ、皆!」

 

 皆を励ますべくルルアも声を掛けたが、彼女が今平静を保っているのは周囲に人が居るお陰だ。

これが彼女単身なら、もはや途方に暮れ精神崩壊を起こしても不思議ではない程に、頭上の空と雲は冒涜に満ちていたのである。

敢えて皆は口に出さないが、ルルアの目は恐怖の色を孕ませていた。

 

「ふむ、手間自体は単純だな」

 

 更に別区画――。

ソラールとジークバルドを筆頭した集団も、下準備を終えたばかり。

実際は指定された地点に、聖水と聖灰を設置するだけの単純作業。

手順さえ踏まえていれば、素人でも出来る内容だ。

 

「しかしまぁ何だ…、様々な事象が立て続けに押し寄せてくれる」

 

 聖水を撒き終えたソラールは、空を見上げ呟く。

忌々しい程の赤黒い空だが、何よりも黒く染まった太陽に意識を引き込まれてしまうのだ。

 

「ロスリック、王都…。激戦が予想されるな」

 

 同時に聖灰を撒き終えたジークバルドも、空を見上げ兜奥では鋭い眼光へと変貌していた。

ロンドール黒教会による、王都制圧の凶報――。

そしてロスリックにも、不気味な火柱が上がっている。

今の怪現象、この二つが鍵を握っているのは先ず間違いない。

王都奪還を目指すにも、多大な犠牲者を覚悟しておかねばならないだろう。

そして彼――ジークバルドの盟友にして薪の資格者の一人『巨人の王・ヨ―ム』が、魔神軍に囚われている。

黒い手のカムイから灰の剣士を経由して寄せられた、ある意味で凶報。

もう一度嘗ての盟友と見(まみ)える。

ジークバルドにとって、それこそが真の目的でもあった。

 

「この空、まるで『ケイリッド』みたいだ」

 

「ふむ。既視感があると、狭間の少年?」

 

「ええ。今の空と同様、ほぼ終わった地域でしたがね」

 

 今や誰もが赤黒い空を見上げ、各々の思考を思い浮かべていた。

それは輝石の貴公子も同様で、彼は狭間の地のケイリッドを思い出していた。

ケイリッド…?初めて耳にする名だ。

疑念を浮かべるソラールとジークバルドに説明する輝石の貴公子。

詳しく話せば長くなるため、破砕戦争と赤(・)い(・)腐(・)敗(・)を中心に説明する。

彼ら二人の騎士も、ソウルの感知と操作に長けた英雄だ。

灰の剣士以外で聖黄金樹を通じ狭間の地に行けるとすれば、この二人が最有力候補となるだろう。

 

「……」

 

 或いは無言で耳を傾けている彼、ヴィンハイムのオーベックも該当するだろうか。

彼も輝石の貴公子と同じく、魔術や学識の高い人物で『魔術学院レアルカリア』については取り分け高い興味を向けていた。

ケイリッドについての説明を交えながら、輝石の貴公子はオーベックにも視線を向けていた。

 

結界展開の下準備だが、何も冒険者を総動員する程でもない単純な作業だ。

手の空いた冒険者は、村の外周部の歩哨や地図の再確認などの作業に従事している。

そんな彼等の中、一人の少女と剣士は村の一画にて佇んでいた。

 

「此処が、あたしの家だったんですよ」

 

 銀色の髪を後ろで束ね身軽な軽防具を纏う武術に秀でた冒険者、銀髪武闘家。

撤去された瓦礫の跡には、黒焦げた燃え滓が残留している。

その土に手を添え、この場には彼女の生家が在った事を剣士へと告げた。

 

「済まぬ。我々の力不足で、火災を防ぐ事に手が回らなかった」

 

 愁いを帯びた彼女に対し、謝罪の意を示す灰の剣士。

数日前、灰の剣士たちは小鬼退治を依頼を受け此処に訪れていたが、医療教会の陰謀で村は火災に見舞われた。

一応最悪の事態だけは免れたが、銀髪武闘家の家は結果的に全焼してしまい今に至るという事だ。

 

「怒ってなんかいませんって。剣士さんのお陰で、あたしのお父さんとお母さんは助かってるんです。物凄く感謝してましたよ、二人とも。勿論あたしだって――」

 

 家は全焼したが、彼女の両親は今も健在だ。

村の一件と家が全焼した事も重なり、彼女の両親は街へと住居を変えていたのであった。

全焼した彼女の生家には確かな思い出も詰まっており、それ自体は悲しむべき惨事でもある。

しかし家族は助かり、今の彼女は宿ではなく家族と共に寝食を共にしているのだ。

今現在この様な不吉な事象の真っ只中だが、銀髪武闘家は灰の剣士に対し感謝の意を述べる。

 

「でも…何かちょっと、怖いですね。今の村……」

 

 彼女は立ち上がり、変わり果てた村の周囲を見回す。

今も至る箇所に火災の跡が見受けられたが、主要な施設は未だ健在で再稼働の目処が立てば忽ち村は勢いを取り戻すだろう。

しかし今の村に、彼女の知る面影は微塵にも残っていなかった。

そして不気味な空と陽光が拍車をかけている事も手伝い、この村には何処となく歪な気配が漂っている。

彼女は漠然と、そう感じ取っていた。

歪んだ形とは言え、この村は発展を遂げそれに伴い総人口も増した。

だが心無い輩も大勢に流入していた為、彼女の知る、何も無いが長閑(のどか)で平和な村は、もう無かった。

周囲を見回す彼女の表情は、どこか寂し気だ。

 

「聖黄金樹の加護化に入れば、幾分は心象も変わるだろう。時と共に事象は変わり行く、我々も含めて…な」

 

「剣士…さん」

 

 徒にも角も、赤黒い空の元では真面な思考など働こう筈もない。

普段、快活が取り柄の彼女だが、今は真逆と言えるほどに委縮してしまっている。

村の変化もそうだが、やはり最も大きな要因は赤(・)黒(・)い(・)空(・)が頭上に浮かんでいる所為だ。

聖黄金樹の移植には少々の時間を要す。

その為の繋ぎとして、この村に結界を展開し今を凌ぐ手法が執られたのだ。

彼女は嘗ての平穏な村の姿を望んでいたが、時代が進めば何時かは変革の時期が到来する。

現に、副村長や村長娘の判断がなければ、この村は医療教会の完全支配下に置かれ更なる悲惨な目に遭っていた筈なのだ。

彼女には申し訳ないが、この現実は受け入れてもらうしかない。

結界が展開されれば、彼女の心も少しは和らぐだろう。

 

「一刻も早く、この空をどうにかせねばな。貴(・)公(・)の(・)沈(・)ん(・)だ(・)顔(・)を(・)見(・)る(・)の(・)は(・)、(・)些(・)か(・)に(・)心(・)苦(・)し(・)い(・)」

 

「――ッ!あ~、あたし知ってます…!それって、口(・)説(・)い(・)て(・)る(・)って言うんですよね!?」

 

「ん、そうなのか?思った事しか言わんのでな、私は」

 

 少々小難しい言葉を並べた灰の剣士だが、要は『銀(・)髪(・)武(・)闘(・)家(・)の(・)笑(・)顔(・)が見たい』、という事を意味しているのだ。

彼女は確かに一般常識には疎いのだが、彼が何を言わんとしているのかは直感(女の勘?)で察する事が出来た。

別段、彼に他意はない。ただ本心を伝えただけなのだ。

沈んだ銀髪武闘家など、魅力が半減したも同然。早く、活動的な彼女に戻ってほしい。

彼は、そう告げただけなのだが、彼女からは口(・)説(・)か(・)れ(・)た(・)と思われた様だ。

 

「あ~あ、剣士さんに口(・)説(・)か(・)れ(・)ち(・)ゃ(・)っ(・)た(・)ぁ(・)…。どうしよっかな~?あの頭目(同期戦士)さんでも、ここまではしませんでしたよ~?これは責任重大ですねぇ~?まぁ、あたしはぁ大歓迎ですけどねぇ~ウッヒッヒッひィ…///」

「……。口説いてはいないと言うに…。まぁいい、少しは調子を取り戻してくれたなら、それで良き」

 

 思わぬ方向に話は流れたが、少しばかりは調子を取り戻してくれた銀髪武闘家に、彼は一先ず安堵を覚える。

 

……

 

不気味な空が尚も広がる中、赤いリボンの少女による結界が展開される。

村の周囲を五角形で覆う様に展開される仕組みだ。

聖水と聖灰を撒いた下準備は、その為の処置。

 

「いと慈悲深き地母神よ、その御手にて、どうぞこの地をお清めください…!」

 

 村の中心部に立つ赤いリボンの少女。

声高々に言葉を紡ぎ、天へと祈りを捧げる。

彼女が行使したのは『聖域(サンチュクアリ)』と呼ばれる類の奇跡。

皆が固唾を飲み見守る中、村に撒いた聖水と聖灰の地点から光の膜が沸き上がった。

 

「「「「「お、おお…!!」」」」」

 

その光景に、村人たちが声を漏らし釘付けとなる。

だが結界展開の儀式に、もう一つの措置が加えられた。

 

「花が咲き誇り、実なれば、二度の星夜で、愛しい人と、夜明けの鐘に、森の鳥…」

 

 この儀式には、同期戦士の一党に属する『森人僧侶』も参加していたのである。

彼の奏でる美しくも気高い声音は、展開された結界に作用し聖(・)性(・)に(・)更(・)な(・)る(・)拍(・)車(・)をかけた。

 

森人僧侶が行使したのは『聖歌(ヒム)』と呼ばれる奇跡の一種だ。

 

これは聖なる歌を捧げる事で、儀式の成功率を高めるという効果を持つ。

赤いリボンの少女は、地母神の所属。森人僧侶も地母神の所属。

両者の間に特筆すべき接点はなかったが、同じ地母神に属する者同士。

普段、頼りになるかならないか少々冴えない部分を持つ森人僧侶だが、曲がりなりにも彼は司祭の地位を授かる高位の聖職者。

あまり表には出ない部分で、彼の奇跡と知識は皆を支えていたのである。

 

「ほぅ、やるのう…。あの森人」

 

 その様を見ていた鉱人導師は、思わず感嘆の声を漏らす。

 

「ふふん、それはそうよ。この私が所属する一党、これ位出来て同然よ!」

 

 その言葉を耳した妖精弓手は、誇らし気に平坦な胸(金床)を張った。

 

「お主には聞いとらんて耳長の。…てお主、上森人(ハイエルフ)なんじゃろ?参加せんでいいのか?」

 

「あらあら、幼いお髭の鉱人らしい見解だわ。私は弓使いで聖職者じゃないのよ」

 

「――なにおう!?」

「――なによ!?」

 

 上森人の妖精弓手と鉱人導師が、激しい口論を繰り広げ始めた。

 

「止めい、導師のじっちゃん!」

「止めてってば、ウチの品位を下げないで!」

 

 口論を続ける二人に、鉱人の斧戦士と半森人の少女野伏が仲裁に入る。

 

赤いリボンの少女が展開した結界を、森人僧侶の聖歌で強化。

即興ながらも二人の共同作業は功を成し、村全域が結界で覆われた。

その結果は淡くも安らぎを覚える光を帯び、見る者に安心感と落ち着きを与える。

また結界の光膜は、あの赤黒い日光を殆ど遮断し、発狂状態にあった一部の村人達も元の平静さを取り戻した。

 

「おおお…なんと安らかなる光か…」

「これだ…これが神の御威光だ…」

「感謝いたします地母神様、そして僧侶様がた…」

「これで村は守られた…」

 

 展開された結界の恩恵に、村人たちは挙って跪き祈りを捧げる。

これで一先ずは凌げるだろう。

 

「有難う御座います。貴方のお陰で儀式は大成功を納めました」

 

「ふふふ、大した事ではない。仮にも私は司祭、森人ならではの手腕よ…!」

 

「これで調子に乗らなきゃ認めてやるんだけどな…」

 

 思わぬ森人僧侶の協力で、結界の強度と聖性は予想以上に増大。これで聖黄金樹の移植時期まで、充分にもつ筈だ。

普段関りのない人物だが、赤いリボンの少女は森人僧侶に感謝を述べた。その言葉を真に受け得意気になる森人僧侶。

鉱人斥候は、相も変わらない森人僧侶を冷めた目で見ていた。

 

取り敢えずの措置は、これにて終了。

この村は自衛の道を選択する。

しかし展開された結界は地母神の特性を持ち、邪悪なる者を阻むというよりは癒(・)し(・)と(・)鎮(・)静(・)の意味合いが強い。

つまり、村自体の防衛力は未だ必須な事に変わりはない。

聖黄金樹の移植が完了すれば、この地域は効果範囲に納まるのは確定している。

それまで長(・)く(・)て(・)も(・)2(・)週(・)間(・)程(・)度(・)は守り抜かねばならないのだ。

そこで冒険者の一党が、此処の防衛戦力して残る事となった。

 

翠玉等級の冒険者を筆頭し、青玉等級2人、鋼鉄等級3人の合計6名で実力者で構成された一党が選出される。

中堅冒険者の彼等だが、堅実な任務達成率を誇りギルドからの信頼度も高い。

過信は禁物だが、彼等なら役割を充分に果たしてくれるだろう。

 

「世話になったな、冒険者たちよ…。本当に有難う…!」

 

 次の村に向かう灰の剣士たちに、見送りの言葉を掛ける副村長。

 

「村の発展と安寧を心より願っています、副村長…!」

 

 彼の言葉を受けた灰の剣士も、一度だけ振り返り言葉を返す。

暫し互いの視線が交差した後、冒険者一団はそのまま村を出発、次の目的地へ向かった。

 

……

 

疾風の如き速さで空を駆け抜ける一党の翼竜と、それ騎乗する金剛石の騎士にして国家元首。

 

「…気が滅入りそうになるな」

 

 街から飛び立ち数分と経たない間に、空は鈍い青から赤黒い不気味な色へと変化した。

視界に映るだけでも、気分が悪くなる。

これは錯覚や感覚によるものだけではなく、実際に精神に変調を来し始めている前触れなのだろう。

金剛石の騎士とて、只人には変わりはない。

余り長時間晒され続けては、彼でさえ正常な状態を保っていられるか定かではないのだ。

ならば可能な限り早く王都近域へと辿り着き、状況把握に努める必要がある。

幸い彼には『ソウルの感知』という技能を先天的に授かっており、これを基に人らしきソウルを感知した。

 

――一つは翼竜、一つは人…。わが軍の者だな!

 

ソウルの流れを頼りに国軍所属の伝令兵である事を探り当て、進路を其方へと向けた。

かなり遠い直線距離だが、翼竜の飛翔能力を以てすれば数分と経たない内に到達できる。

こういう時の翼竜は非常に有り難い。

彼は翼竜の有用さを改めて痛感し、情勢が落ち着けば更なる増強を画策する。

 

飛翔する翼竜に騎乗した一人の伝令兵は、赤黒い空に絶望を覚えていた。

これからの国の行く末――。

何処からどう考えても、明るい展望など見えてはこない。

既に王宮は占拠され王都中央区は制圧を憂き目に遭い、混沌の波が王都外周部に波及するのは最早確定的。

統制を失った王都防衛部隊は散発的な動きしか出来ず、王都脱出を図る都民を先導し護衛するのが関の山だった。

実質国は崩壊したも同然――。

これから到来する未来に、何の希望も見出せなかった。

 

「……」

 

 これからどうしたものか、と纏まらない頭を悩ませる伝令兵だが、ふと翼竜が短い鳴き声を上げる。

 

「――クソ、敵か!?」

 

 その鳴き声は、異常を報せるために訓練された成果だ。

ただでさえ絶望的な状況に、更なる追い打ちが降り掛かろうというのか。

毒付きながらも伝令兵は、周囲に視界を泳がせ警戒を厳にする。

すると遠間から、一党の翼竜が物凄い速度で迫って来るではないか。

 

「――なっ!?」

 

 伝令兵が身構える間もない程に、一体の翼竜は彼に伴走した。

 

「――卿、無事であったか!?」

 

「――ま、まさか…へ…陛下ッ!?」

 

 幸運にも一人の伝令兵と合流する事が叶う。

 

合流を果たした彼は、その伝令兵から王都に関する情報を入手した。

やはり王都制圧の報に嘘偽りはなく、彼からも同じ報が寄せられた。

これで王都陥落は確定――。

その凶報は、思考停止に陥らせるには充分な内容だが、此処で諦観する事は断じて出来ない。

更なる詳細を聞き質す国王。

 

王都中央区が制圧され幾許かの時間が経過――。異常を報せる警鐘が都中に鳴らされ、外周部全域は大混乱に見舞われた。大混乱の末、王都外周部の民は脱出を図り、現在は西方及び南方へと避難中。

これも、あの西方の街で聞き及んだ報と一致する。

しかし王宮が占拠されたのは確実で、結局、国王の身内の安否は分からず仕舞いに終わる。

また東方面にも伝令が向かっているが、現在の進捗状況までは把握できなかった。

この伝令兵は、これから北方軍に王都陥落を報せる道中であったという。

 

しかし国王は此処で『待った』をかけた。

 

王都制圧だが、それはもう否定しようがない。

だがそのまま伝達すれば、北方軍の士気は瞬時に瓦解し総崩れとなるのは必至。

そうなれば、北の要衝や街など瞬く間に魔神軍に制圧されてしまう。

今こうして辛うじてだが持ち堪えている状態だ。

北方軍及び西方軍の半数を派遣した連合軍を、むざむざ崩壊させる意味は皆無である。

 

王都は制圧なれど、王統府は健在。現在、反撃作戦を進行中。北方・西方連合軍は戦線を維持せよ。

 

伝令兵には、そう通達する。

 

「陛下は、これからどうなさるお積りで!?」

 

「何とか東方の伝令兵とも合流を果たし、現状を伝えねばならん。後は臨機応変に…だ」

 

 今から間に合うかどうかも疑わしいが、何とか東方へと向かった伝令兵とも合流を果たし、現況を伝えねばならないのは確かだ。

北方は元より、東方・南方連合軍の崩壊も絶対に避けねばならない重要な案件だ。

だが少々の楽観視できる部分もある。

隣国の軍勢は、幸か不幸か只人で構成された軍が大半を占めていた。

即ち、この赤黒い呪われた空の影響を一身に受ける可能性が高い。

まだ確定ではないが、隣国の軍勢も勢いを弱めているのではないか。

だから何だ?――と言われてしまえば身も蓋も無いのだが、多少は希望的観測を持つ要素も存在した。

 

「いいか、役割を果たした後は、卿も西方の街へと合流を果たすのだ…!」

 

「――は、ハハァ…!」

 

 貴重な翼竜と訓練の行き届いた伝令兵だ。

失う訳にはいかない。

北方・西方連合軍へと報せを届けた後、彼は西方の街へと向かうよう命を下す。

その命を受けた伝令兵は敬礼で応え、そのまま北方へと飛び去った。

それを見届けた国王も翼竜を駆り、東方へと進路を取る。

 

「…錬金術か…。こうまで偉大なものだとはな」

 

 国王の駆る翼竜だが、元来ずば抜けて高い飛翔能力を備えている訳ではない。

しかし、今の飛翔速度は従来を遥かに凌駕していた。

灰の剣士を始めとしライザやルルアが行使した錬金術――。

彼等が造り上げた薬液を食用肉に浸した事で、翼竜は瞬く間に回復した。

通常状況下かなら、ここまで瞬時に活動再開など到底望めない。

ほぼ全力に近い速度で飛翔していたが、翼竜は一向に疲労する素振りさえ見せていなかった。

また、精霊魔法の『追風(テイルウィンド)』や交易神の奇跡『旅人(トラベラー)』の重(・)ね(・)掛(・)け(・)の恩恵で、巡航速度だけでも時速600キロメートルを優に超えていた。

加えて呪文効果は、まる一日は持続する。

これなら直ぐに東方に向かった伝令兵とも合流を果たせよう。

流石に最高速を出してしまえば音速(マッハ)を越えてしまい、翼竜もろとも彼にも『音速の壁』を直に受けてしまう恐れがあった。

強化の、し過ぎも時には考えものだ。

 

数時間と経たない内に、彼の眼下には王都が拡がっていた。

彼の良く知る愛すべき故郷――。だが敢えて無視し、彼は東方を優先する。

もはや翼竜の域を越えた飛翔速度は、アッという間に王都を通り過ぎ東方に向かった伝令兵のソウルを捉える事に成功。

思っていた以上に上手く合流を果たし、彼等は互いに情報の交換する。

その後、東方担当の伝令兵とも別れ、彼は今度こそ王都へと向かった。

 

「忌々しい火柱め…!」

 

 視界に映る異質の火柱――。今直ぐにでも消してやりたい気分だ。

翼竜を減速させ、王統中央区の真上付近を旋回しながら眼下を視界に納めた。

伝令兵の報告通り、全ての結界が展開され着陸する事も不可能な状態だ。

本来なら王宮へと降り立ち、自分自身の力で打破し取り戻したい。

だが今は、それもままならない。

歯痒い思いを抱きながら、彼は王都外周部へと高度を下げた。

 

王都外周部の防衛部隊は、今も中央区へと侵入を試みようと躍起になっていた。

何とか外部より結界を解くべく思いつく限りの手を試していたが、一向に成果は上がっていない。

彼等の侵入を阻んでいる最も大きな要因、それは対(・)物(・)理(・)用(・)の(・)結(・)界(・)の所為だ。

この存在が、防衛部隊の侵入を拒んでいる。

まぁそれが対物理用結界の役割なのだが、魔神軍防衛用の結界が逆に味方を苦しめる羽目になろうとは何とも皮肉な結果と言えよう。

残念だが結界を解くには、王都中央区に各所に設けられた結界塔を制御するしかない。

若しくは、結界を真正面から破壊できるだけの火力をぶつけるかだ。

しかし『大口径徹甲弾の大砲』でさえ遮断する程の防御力を誇る結界を、破壊できるだけの兵器など防衛軍には備わっていない。

そもそも、この様な事態を招く事など完全に想定外なのだ。

彼は高度を下げつつも降下はせず、暫くは王都外周部を旋回し状況把握に努めた。

 

都民の様子は殆ど見られず、賑わいと喧騒に満ちた都は完全に様変わりしている。

 

――不気味で…面妖な美しさだ。

 

我ながら不謹慎だと憤慨したい心境だが、殆ど人の姿が消失した都は異様な程に建造物が目立ち妙に際立っている。

これも人(・)という余計な不純物が取り除かれた事が要因だろう。

この四方世界に、人類は…只人は果たして必要とされているのか?

人類史始まって以来、生活圏の拡大と開発を是とし、数々の暴虐の歴史を推し進めてきた人類種――。

その道すがら、多くの他種族は疎か同族でさえ殺戮し、数々の自然さえ思い通りに作り替えてきた人類種――。

頭上を支配する赤黒い空――。

確かに『ロンドール黒教会』の仕業のは間違いない。

だが果たして、彼等が邪悪で此方が正義、と本当に言い切れるか?

見方を変えれば、我々が邪悪と言えるのではないのか?

黒教会…若しかしたら人々の業を見かね、神々が遣わせた審判者なのかも知れない。

 

「人類種……」

 

 彼は力無く眼下の王都を見やるのみ。

 

人の居ない都は、こうも美しいものか。

そう思えてしまう程に、彼の精神も擦り減っていたのだろう。

 

   ―― ゴブリンの姿を見るまでは ――

 

「――なに、小鬼だとッ!?」

 

 人の居ない王都…しかし代わりに住民として蔓延っていたのは、緑の矮躯な異形『小鬼』だった。

それも相当の群れを形成していた。正確に数えるまでもなく、優に3桁は越えている。

 

「アレは…、防衛部隊…冒険者たちかっ!?」

 

 更に目を凝らしてみれば、眼下では防衛部隊と冒険者が共同で小鬼の群れに抵抗を続けている。

 

「――こうしてはおれんッ!」

 

 よもや小鬼の姿が、彼の萎えかけた精神を立て直す。何とも皮肉な話だ。

先ほどの、惰弱で萎えた精神などいとも容易く吹き飛ばし、国王は翼竜を急降下させた。

 

彼は翼竜の機動性を活かしつつ次々と小鬼を仕留め、人の疎らな王都の秩序を可能な限り取り戻してゆく。

暫く戦闘は続いたが、やがて近隣区画の鎮圧は概ね叶った事で、国王は改めて防衛部隊との合流を果たした。

 

伝令兵の報告通りに偽りはなかった。

防衛部隊の報告でも、殆どの民は脱出を図った事が明らかとなる。

王都外周部に残っているのは、ごく僅かな一部の民と防衛部隊(冒険者含む)だけだ。

その防衛部隊でさえ、総数が半減している。

それを察するに、脱出した民の護衛に割かれ事も判明した。

 

「……」

 

 更なる観察を続ければ、『剣士団道場』や『賢者の学院』そして『冒険者ギルド』といった重要施設に人々が立て籠っている事も明らかとなる。

民間人だけでなく一部の軍人も、重要施設を拠点に抵抗の準備を進めている様だ。

今の処、ロンドール黒教会の部隊は外周部に攻め込んではおらず、大量の小鬼だけが外周部へと雪崩込んだという事だ。先ほどの戦闘の様に――。

だが何れは、黒教会の主要部隊が外周部にも攻め入るのは時間の問題だ。

しかし重要施設には、熟練冒険者も多数籠城している。防衛のみに徹すれば、容易に陥落する事はないだろう。

問題は備蓄された物資と脱出手段だ。

此処に居る彼等も愚鈍ではない。何の考えも無しに、籠城の構えを見せているとは考え難い。

 

――どうしたものか?

 

ここで国王は、迷いを生じさせた。

今も王都中央区に侵入を試みる防衛部隊を説得し、西方及び南方へと向かわせるか?

このまま彼等と協力し、王都奪還を直接成し遂げるか?

そして重要施設に立て籠もった人々をどう扱うのか?

あまり悠長に事を構えている暇はない。

こうしている間にも、混沌勢は着々と計画を進めているのだから。

今は少しでも戦力を温存しておきたい。

彼は意を決す。

 

防衛部隊を取り込み、西方及び南方へと向かわせる。

そして西方に向かわせた防衛部隊は一旦『水の都』へと駐屯させ、そこで軍の再編を執り行う。

南方に向かう防衛部隊は、南方要衝を徹底防御。

そして王都外周部の重要施設に籠城した人々だが、先ずは意思の確認を行う。

それでなお王都残留を固持するのであれば、厳命あるまで決して攻勢には出ない事を通達。

とにかく時期が来るまで耐え忍んでもらうしかない。

バラバラに拡散した部隊を一つに纏め再編を図らねば、現状で王都奪還など雲を掴む話に等しい。

そして王都奪還が叶ったとて、まだ魔神軍の脅威も控えているのだ。

彼等を滅ぼさねば、『国家解体』の危機を乗り切る事には繋がらない。

残念だが王都が陥落した以上、中途半端な兵力を残したとて何が覆るというのか。

悪戯に消耗させる位なら、再編させた部隊に組み込む方が余程有用に力を発揮できる。

断腸の思いで、今の王都を見捨てるしかない。近しき身内も心残りだが、国家元首としての役割はそれ以上に重く圧し掛かり、彼はその重責を全うする使命が課せられているのだ。

此処は潔く脱出を図り、残存部隊と共に西方にて再起を図る。

そして一つ一つ工作を積み重ね、何時かは王都奪還を果たし今度こそ魔神軍および隣国の脅威を排除する。

上手くいく保障は何処にもない。

寧ろ成功する可能性は、極めて低いと言わざるを得ないだろう。

だがそれでも、このまま諦観していては今迄国家の為に心血を注いできた臣民と先人たちに合わせる顔がない。

 

――フッ…俺は国王失格だな…。

 

そんな自虐染みた嘲りを浮かべながら、国王は別の防衛部たちとも合流を図る。

 

中央区付近では、幾つもの防衛部隊が今も結界の解除に苦慮していた。

一向に進展も見られず苛立ちだけが募るも、彼等は尚もあきらめずあらゆる手を尽くそうと藻掻いている。

対物理用の結界は少々特殊で、中(・)か(・)ら(・)外(・)へ(・)は(・)通(・)る(・)事(・)も(・)見(・)る(・)事(・)も(・)可(・)能(・)だが、そ(・)の(・)逆(・)は(・)不(・)可(・)能(・)な(・)構(・)造(・)となっていた。

それ故、王都中央区の様子を探るさえもままならない状況なのだ。

半ば統制を失いつつある防衛部隊だが、突如の国王の姿に皆は呆気に取られた。

赤爛れた陽光を反射するも鎧兜は優雅な輝きを放ち、それ等を纏う金剛石の騎士こと国王その人。

彼が姿を見せた事で、防衛部隊はあ(・)る(・)意(・)味(・)更(・)な(・)る(・)混(・)乱(・)に見舞われた。

 

幸いにも脱出に成功した幾人かの近衛兵から、中央区の様子を聞く事が叶う。

 

ロンドール黒教会の奇襲を許した当初、精々一個中隊程度の規模だという事が判明。

だが各個人の戦闘力は、精鋭の近衛騎士をも凌駕しており未知の異形と女(・)魔(・)神(・)まで引き連れていた。

黒教会は部隊を割き、結界塔と王宮の同時制圧を決行――。

近衛部隊が異常を察知し現場へと到着した時には、もう手遅れに陥っていた。

外周部と中央区を分断させるため全結界塔から各種結界が発動され、増援は完全に阻止される。

しかし黒教会からは間断なく増援が送り込まれ、戦況は悪化の一途を辿った。

王宮は混乱の極みに沈み、王侯貴族や重鎮たちの行方は不明。

極一部の臣下たちは、王宮の一区画に籠城した事が確認されている。

しかし、その中に国王の妹である『王妹』が含まれていたかは不明であった。

また救援しようにも対物理用の結界が展開されたため、御覧の有様だ。

 

そして幾許かの時が経過し、王宮から不気味な火柱が昇り空が赤黒く染まるという怪奇現象が起こる。

それ加え、外周部の至る所で小鬼過(ゴブリンハザード)が発生。一つの方角だけでも優に1000を超え、それが東西南北の四方へと拡散。

それを目にした王都外周部は、大混乱の極みに見舞われてしまった。

その大混乱の中でも防衛部隊は辛うじて統制を保ち、幸いにも都には大勢の熟練冒険者も協力に駆け付けてくれた事で、大半の小鬼は軒並み駆除された。

混乱に見舞われつつも殆どの民は王都からの脱出を図り、一部の部隊は民の先導と護衛に割かれた。

また脱出を拒み残留を選んだ都民と一部軍人(冒険者含む)は、重要施設を拠点に据え、今こうして中央区の結界解除に動いていた真っ最中であった。

防衛部隊師団長の話では、脱出した都民の大半は、西方及び南方へと向かったとの事だ。

 

ここまでは、これまで得た情報と概ね合致している。

さて重要なのは、此処からどう動きを展開させるのかがカギとなる。

国家元首でもある国王が、今こうして姿を見せた事で防衛部隊は再び士気を取り戻した。

だが、対物理用結界を解除する手立ては未だ確立されていないのだ。

実は、入り組んだ地下水路には、未だ敵にも知れ渡っていない通路が幾つか残っていたのだが、肝心の中央区に通じる通路(ルート)には身の毛もよだつ異形が蔓延していたのである。

何とか通路を確保できないものかと、既に数部隊を送り込んでみたのだが、殆どの隊員や冒険者が結(・)晶(・)化(・)や(・)枯(・)れ(・)た(・)木(・)々(・)と化し絶命の憂き目に遭い、あえなく断念。

今は通路を封鎖しつつ、進展の見えない状況に手を拱いていた。

つまり状況は、未だに停滞したままだ。

 

ここで国王は、敢えて王都を捨て西方面まで撤退し一度軍備の立て直しを図るという案を提示する。

 

しかし、一部の士官や部隊長は渋い表情を浮かべ、反対の意を表明する者が続出した。

予想通りの反応だ。

今日まで王都防衛に腐心してきた歴史を、こうまであっさりと見限ってしまうのか?

今此処で王都を捨ててしまえば、残りの民はどうなる?

彼ら防衛部隊の中には、家族や近しい隣人が未だ王都に残留しているのだ。

様々な事情も重なり、脱出を断念せざるを得なかったのだろう。

だが彼は国家元首にして国王であり、有事の際は国軍最高司令官として指揮に就かねばならない身だ。

そして彼の命令は絶対であり、軍部は彼に従う義務が生ずる。

ここで厳命を下し強制させる事は実に容易だが、彼は敢えて命令ではなく提案という形で師団長にも意見を求めた。

師団長は経験豊富な職業軍人だが、そんな彼でさえも即答は控えている。

彼自身も、国王と同じ作戦を視野に入れていたらしい。

 

守るべきは、民か?王都そのものか?

 

防衛部隊を率いていた師団長だが、本心では相当迷いがあった事も明らかとなる。

残念だが将兵全てを納得させるだけの案は、浮上しなかった。

 

王都を捨て、別地域で部隊を合流及び再編させ、反撃の糸口を造る。

敢えて王都に残り、中央区に居座る敵へ牽制と圧力を加え続ける。

 

誰もが同じ考えを抱いており、同時に優先順位を判断しかねていたのである。

無理もない。

何の前触れもなく、王都…正確には中央区が制圧されてしまったのだ。

対策は練られていたが、よもやこうもあっさりと敵の侵入を許してしまうとは、完全な想定外も想定外。

 

結局、部(・)隊(・)を(・)割(・)く(・)案で落ち着く。

一度王都を離れ、水の都まで退避しつつも軍備立て直しを図る部隊。

王都へ残り、重要施設を拠点とする人々と協力しながら抵抗勢力として潜伏する部隊。

主に、この二つだ。

 

どの道、中央区侵入は望めず現段階での奪還は不可能。

このまま無駄に労力を消費する必要は何処にもない。

いつ中央区から、敵部隊が攻め込んで来るかも分からない状態だ。

残留部隊は重要施設にて潜伏し、防衛に徹した方が敵側に牽制を掛け続けられる。

 

そして王都から撤収する部隊は、今も放浪する脱出民と合流しながら水の都を目指す。

そこで駐屯軍と共に軍を再編させ、反攻部隊を結成。

 

これでも完全に納得させる事はできなかったが、比較的短時間で方針が纏まった事は実に幸運だ。

不謹慎ではあるが、多くの都民が脱出してくれた事で王都外周部の混乱も最小限に済んでいる。

もし大半の都民が今も残っていれば、とても統制など不可能だった。

誰が王都脱出を先導したのか分からないが、その判断が正解であった事に今は感謝したい。

動くべき指針は決まった。

そうと決まれば、彼らの動きは速い。

 

王都残留部隊、王都脱出部隊に別れ、彼等は速やかに部隊を展開する。

王都外周部には未だ多くの物資が残されおり、特に移動に使える馬車や馬などを優先的に回収。

また残留部隊の為にも幾許かを残しながらも、脱出部隊は生活必需品などを軒並み積み込み王都をから出立した。

 

『――陛下、くれぐれも無茶をなさらぬよう…!』

 

「――卿らもな!必ず生きて王都で凱旋しようぞ!」

 

 残留部隊と脱出部隊に声を掛け、国王は再び翼竜を飛翔させる。

次に向かうべきは、近隣の街や村落だ。

恐らく報は入っているだろう。

しかし混乱の極みに陥っている事は、安易に予想が付く。

 

「暫しの別れだ、我が故郷よ…!」

 

 王都の上空を暫く旋回しながら、彼は慣れ親しんだ故郷へ別れを告げた。

近隣の街にも冒険者ギルドや、駐屯部隊が籍を置いている筈だ。

次は其処へと向かい、西方と同じ措置を施す。

こうして少しでも統制を図り反撃の足掛かりを築かねば、王都奪還は元より魔神軍に反攻など叶い様も無い。

侮ったつもりは微塵もなかったが、やはり見立てが甘かった事を彼は改めて省みる。

魔神軍を含め此度の敵性勢力は、尋常ならざる力を誇っていた。

よもや王都が制圧の憂き目に遭うなど、全く想定していなかったのだ。

更に、今も頭上に広がる呪われた赤黒い空――。

もはや不吉の極みにあり、世界が本当に終わろうとしている気にさえ駆られる。

 

――ええい、らしくない!俺が、こんなでどうするっ!

 

西方辺境のギルドで、委縮する冒険者たちを叱咤しておきながら、自分はこのザマか。

視界に映る不気味な空を睨み付けながらも、己を鼓舞し翼竜を加速させた。

 

………

 

……

 

…

 

あれから更にまる2日が経過した。

赤黒い空は更に深みを増し、終末感の浸食を匂わせる。

 

彼等は赤爛れた陽光を浴びながらも、次なる村を目指し役割に奔走していた。

 

――かなり蓄積しているな、ここまで影響があるのか。

 

多数の馬車を先導する灰の剣士は、自身の駆る馬の様子に懸念を抱いていた。

彼の想定していた以上に、馬の消耗は激しく疲労が蓄積していたのである。

馬の呼吸も少々荒く心なしか走力も低下している様に思える。

やはり頭上の空が影響しているのだろう。

黒い太陽から降り注ぐ陽光――。

思えば出撃して以来、引っ切り無しに浴びっ放しだ。

特に昼など顕著――。

出撃日から数え3日目だが、早くも周囲の植物は萎れていたのである。

 

反対に、夜間の方が幾らかマシな位だ。

赤い空は鳴りを潜め、夜空はやや赤みを帯びながらも深く濃い紺色に覆われていたからだ。

そして2つの月は、普段と変わらず赤と緑が空に浮かび上がっていた。

 

彼は馬を駆りながら後方を見やる。

自分の馬と同様に、馬車を曳く馬も活力に乏しい。

 

「――全体ぃ、停まれぇッ!!」

 

 どうしたものかと思案する中、彼は前方の様子に違和感を覚え率いる馬車群へと停止命令を下す。

 

「……」

 

 馬車群を停めた彼は、率先して前方の違和感を探るべく馬から降りた。

 

――何だ、この枯れ果てた木々に大型の窪み(クレーター)は…?

 

彼の視界に映っていたのは、人の背丈ほどもある幾多もの枯れた木々、そして目立つように広がる大きな窪み跡(クレーター)だった。

どうにも怪しい光景だ。

枯れ果てた木々やクレーターの周囲には、人工物が散見された。

見るからに『集落跡』だと判断できる。

ほぼ朽ち果てていたが建物らしき瓦礫も散乱しており、所々に破損した柵も見受けられた。

しかし人の気配は何処にもない。

更なる詳細を調べるべく、彼は木々に近付き検分する。

 

「…血の跡…!?」

 

 一見枯れ果てた木々だが、所々に血の跡のような液体が付着していた。

そして更に注意深く観察してみれば、幾多もの木々は人の形にも似ていたのである。

 

――この木々…何処となく覚えが……そうか、思い出した!

 

付着していた赤い液体だが、血液で間違いない。

そして人の形に似た木々だが、見覚えがあり彼は直ぐに思い出す事が出来た。

 

――呪死だ!この木々は…人(・)で間違いない…!

 

彼は、幾多もの枯れ果てた木々が人(・)である事を見抜く。

嘗て人だった、幾多もの木々――。

あ(・)の(・)時(・)と同じだ。

過去に狭間の地『リムグレイブ』で、彼は夜間のみに出現する『死の鳥』と呼ばれる異形に遭遇した。

あの死を連想させる鳥の怪物から発する奇声には『死の呪い』が込められており、彼はそれを浴び続けた事で『呪死』を迎えてしまったのだ。

その時の死に様だが、身体の中心部から突如として木の枝が全身に拡がり血飛沫を上げながら絶命したのを今でも覚えている。

今眼前に在る枯れ果てた木々は、正にそ(・)れ(・)そ(・)の(・)も(・)の(・)だ。

クレーターの正体は意味不明だが、この木々は人が呪(・)死(・)したなれの果てである事が判明する。

(本編前夜編 第105話参照)

 

「どうした、灰の?」

 

 後続の馬車群から、重戦士を始めとした冒険者たちが降りてきた。

彼等にも知っておいた方がいいだろう。灰の剣士は、皆に説明する。

 

この木々は、呪死した人々である事。

此処が次の予定地の集落であり、既に滅んでいる事。

ただ、クレーターだけは説明が付けられないでいた。

 

「うげぇ…マジかよ…!」

「血が付着してる…」

 

 其処彼処に点在している枯れ果てた木々には、水分を失い色褪せた血液の跡がこびり付いていた。

鉱人斥候と少年斥候は、恐れを成し顔を背けている。

 

「そのクレーターだが、俺の担当した現場でも見たな」

 

 ソラールは、過去にクレーターを目撃している。

今の集落と同じく、依頼遂行のため現場に向かう道中で同じような現象に遭遇していた。

クレータが発生した原因までは、彼も掴んではいない。

しかし他地域でも似た現象は起きており、滅んだ人里には決まってクレーターが口を開けていたのである。

(本編前夜編 第110話参照)

 

「…生活感の跡が生々しい。滅んで間もないようだ」

 

 比較的損傷の少ない民家を検分していたゴブリンスレイヤーから報が寄せられた。

彼の話によれば、つい先日まで住民は生存していた可能性があったと言う。

つまりこの集落が滅んで、然程時間が経過していないという事だ。

 

「つまり、此処を滅ぼした敵は、まだ近くに居るって事では…?」

 

 半森人の軽戦士の反応は至極当然だ。

何者かの手により集落が滅んだ訳だが、然程の時間は経過していない。

それは襲撃者が、それ程遠くへ移動しておらず付近を徘徊している可能性も示唆していた。

 

「じゃが、人を木々に変える術なんぞワシは知らんぞ?敵は人(・)で(・)は(・)な(・)い(・)可能性が高いわい」

 

「…僕もそう思います。…と言うよりも心(・)当(・)た(・)り(・)がありますので」

 

「それは誠か、狭間の少年よ!?」

 

 人が木に変じ死亡する。

こんな事件など、今までお目にかかった事はない。

只人よりも倍の寿命を誇る鉱人導師だが、今日に至るまで実に多くの怪事に直面してきた。

しかし、上空に広がる赤黒い空といい、眼前の木々に変じた人といい、この様な奇々怪々に出会った事など人生初の出来事だった。

そんな鉱人導師に対し、輝石の貴公子は『心当たりがある』と告げ、ジークバルドは食い付くように耳を貸す態勢に移る。

 

「…『死の鳥』…灰人さんも御存じの筈です…!」

 

「…やはりそ(・)の(・)線(・)が濃厚か。あまり出会いたくない異形なのだがな」

 

 灰の剣士も知っている、そう振られ皆は彼に再び視線を傾けた。

元々は狭間の地出身である輝石の貴公子。

そして灰の剣士は、聖黄金樹を通じ狭間の地へと降り立っている実績がある。

二人は『死の鳥』について説明を始めた。

 

黒く巨大な鳥の怪物で、手には大型の鈍器を持ち怪力を誇る。

そして最大の特徴なのだが、奇声を発し聞き続ければ『呪い』が蓄積する。更に呪いの臨界を迎えれば『呪死』に至る。

呪死した末路が、今目の前に在る嘗ての犠牲者達(枯れ果てた木々)という訳だ。

この呪いは、身体の内側から『木』が身体を突き破り瞬時に全身へと伝染する。そして夥しい血飛沫を上げながら、死をもたらすのだ。

また『死の鳥』は夜間にしか姿を見せず、この集落は夜間に襲われた可能性が高い。

 

「貴方達ねぇ…ちょっと脅し過ぎじゃあ…って、嘘なんて言わないか…こんな状況で流石に――」

 

 話に聞いただけでも寒気が奔る。

特に女性陣は、両腕で自身の肩を抱き震えており、あの豪放磊落(ごうほうらいらく)な女部族でさえ恐怖に怯えていた程だ。

死の鳥について語る二人に、抗議の声を上げた妖精弓手。

しかしこの状況で冗句を言い合うような二人ではない事は、彼女も承知済みだ。

 

「残念だが真実です」

 

「弱点だが『聖性』に弱く、鳴き声さえ封じてしまえば『呪死』に怯える必要はなくなる」

 

 狭間の地の出身である輝石の貴公子が言うのだ。それは間違いない。

また灰の剣士は、既に実体験済みで実際に『呪死』を経験していた。

だが弱点も同時に存在し、彼は聖性を用いて『死の鳥』討伐に成功している。

もし出会う事があるのなら、祝福なり聖水を利用するなりして戦えば有利に立ち回れるだろう。

更に上手く泣き声を封じる事が出来れば、気を付けるのは物理攻撃だけに限定される。

恐怖の対象でしかない『死の鳥』だが、有効策が明らかとなり周囲は胸を撫で下ろした。

 

実は、狭間の地で死の呪いを使う敵は『死の鳥』だけではない。

狭間の地にも『バジリクス』は存在するが、呪いのブレスに差異が見られ呪死に至った場合、木に変質し絶命してしまう。

そして『アルター高原』には『ミミズ顔』と呼ばれる異形も徘徊し、吐き出される液体には死の呪いが付与されているのである。

しかし輝石の貴公子は、敢えて彼等の存在には公言せず『死の鳥』だけに限定した。

それは足(・)跡(・)の存在だ。

滅び去って間もない集落だが、彼は幾つもの足跡に気付いていた。

しかも彼の記憶する類の足跡で、独特の形状で『死の鳥』によるものだと断定していたのである。

 

そして彼――灰の剣士だが、クレーターについてある種の仮説を皆に説いた。

結論から言おう。

 

クレーターの正体は、ロ(・)ス(・)リ(・)ッ(・)ク(・)に(・)流(・)れ(・)着(・)い(・)た(・)痕(・)跡(・)ではないか?

 

彼は、そう判断していた。

根拠として、滅んだ人里の悉くはクレーターの跡を残している。

そして滅んだという事は、死(・)が(・)蔓(・)延(・)した事にも繋がる。

ロスリックには今も呪いが色濃く残留しており、死と殺戮が蔓延する事でロスリックの呪いに引き寄せられてしまうのではないか?

その後ロスリックに流れ着いた結果の跡が、目下ク(・)レ(・)ー(・)タ(・)ー(・)として現れている。

こうして外周部だけは残っていたのは、恐らく中心部だけがごっそりと削り取られロスリックへと転移したのだろう。

彼には、そう思えてしまうのだ。

以前ロスリック不死街にて、ゴブリンスレイヤーの滅んだ故郷が流れ着いていた。

彼の村も数年前に小鬼の襲撃により消滅したという事件、決して無関係ではない筈だ。

 

「まだ覚えてるぜ、他にも在ったな」

 

 当時は重戦士を含め多数の冒険者たちも同行しており、ゴブリンスレイヤー以外の村々が流れ着いていた事も思い出していた。

(本編前夜編 第60、64話参照)

 

彼の仮説――。

確証は無いが、ある程度の説得力は孕んでいた。

 

「確かにな…。俺が見た時も、一部だけはそのまま残っていた」

 

 彼の仮説に、ソラールも一定の理解を示す。

彼が目撃した地域でも外周部だけは辛うじて残っており、中心部は綺麗に消失していた。

そしてクレーターの断面は、見事な位に滑らかなものだった。

 

「…そろそろ次に向かうか」

 

 犠牲者には申し訳ないが、この集落は手の施しようがない。

灰の剣士たちは話を切り上げ、次の村へ向かう事にした。

幸いにも、この一団には複数の聖職者が属している。

彼らが中心となり鎮魂の歌と祈りを捧げ、犠牲者達の魂を弔った。

 

「…うぅ…風呂に入りたい…」

「早く街に帰りたいよ…」

「クッソぉ…、飯と酒が恋しいぜぇ…」

 

 次の目的地に向かう傍ら、幾人かは愚痴を零していた。

その内容も非常に自己中心的で子供染みており、普段その様な態度を奥備にも出さない重戦士や槍使いでさえ見せていた程だ。

 

「皆…気をしっかり!予定では、次が最後の村です!」

 

 一団の中では年長者である獣人魔術師が、周囲に励ましの言葉を掛ける。

 

「…いかんな。皆、限界が近い…急がねば」

 

「しかし変ですね、ま(・)だ(・)3(・)日(・)目(・)ですよ?ここまで堪え性の無い彼等ではない筈です」

 

 予想以上に早く、周囲は心の均衡を崩しかけていた。

冒険者に身を窶(やつ)す以上、どうしても野外で過ごさねばならない状況が生まれるものだ。

そういう状況こそ、ある意味その界隈での常識とも言え、冒険者たち誰もが受け入れている。

そして此処に居る一団の大半は、経験を積んだ冒険者であり、1週間程度の野外生活でも愚痴や文句を零す者は誰一人として居なかった。

しかし今という日、たった3日で音を上げる者達が出始めていたのである。

彼らの様子に、灰の剣士や獣人魔術師も焦りが見え始めていた。

やはり、今上空を支配する赤黒い空に雲…そして極め付けの黒く不気味な太陽が影響しているのは疑いようがない。

その黒い太陽から照り付けられる、赤く爛れた暗い陽光――。

 

陽光が皮膚に触れれば、鈍い痒みと痛みが同時に襲い掛かり集中力が乱れてしまうのだ。

だがそれはまだ初期症状で、更に悪化すれば皮膚から血がゆっくりと滲み出るのであった。

特に肌が露出している女部族やライザなどは、その症状が顕著に表れていた。

そして今大地を駆ける馬も、所々に出血が見受けられる。

夜間は太陽が隠れる為、灰の剣士を始めとしたソラールやジークバルドたちが『篝火』を熾し症状を和らげていた。

陽光を浴びた皮膚に関しては、治癒の奇跡や薬などで、ある程度の改善も見られたが何れは限界が訪れてしまうだろう。

 

だが真に憂うべきは、最後の担当地である次の村だ。

村の住民達は、今の彼ら以上に悪影響に晒されているのは確実。

辿り着いたは良いが、発狂した住民同士で殺し合いに発展している可能性もゼロではない。

現に、実際起こり得ていたのである。

 

あれは、2日目の出来事だ。

担当していた村に辿り着いた矢先、村人たちが互いに武器を振り上げ殺し合いに没頭していた。

灰の剣士たちは早急に鎮圧に動いたが、今度は彼等が標的の憂き目に遭う。

村人たちが亡者なら躊躇いなく剣も振るえたが、彼等は全(・)て(・)真(・)っ(・)当(・)な(・)生(・)者(・)だ。

少々苦慮したが、何とか鎮圧には成功し事情を聞く事が出来た。

 

原因は本当に些細で、村に残るか街を頼るかで口論に発展したと言うのだ。

 

それなら何の事はない。

意見の食い違いで口論するのは、何処でも起こり得る日常の一部。

しかし殺し合いにまで発展するというのは些か過激に過ぎた。

まるで野党や山賊の仲間割れにも似ている。

だが彼等は至って真っ当で善良な村人達だ。

普段こんな事が起ころう筈はない。

結局、村は放棄させ街へと非難させる方針で意見は落ち着いた。

そして彼等の暴走だが、赤黒い空と太陽の影響なのは疑いようがない。

 

再び暴れては堪ったものではなく、聖職者――ここでも赤いリボンの少女の出番となった。

赤いリボンの少女は、地母神専用の奇跡である『和睦(ピース)』を発現させる。

これは範囲内の対象者の精神に働きかけ、鎮静化や自我の確立を促す効果を持つ。

特に敵意や攻撃的な意思には強く反応し、戦意を削ぐ事には抜群の効力を発揮した。

ここで一旦村人たちの乱れた悪意を取り払い、然る後、避難用の馬車へと乗せ街へと非難させた。

彼等の護送にも別の一党が担い、彼等は全て青玉等級で構成された5名の冒険者たちだ。

後は上手く成し遂げてくれる事を祈ろう。

 

とにかく、赤いリボンの少女の存在意義は大きく、貢献度は群を抜いていた。

彼女が居なければ状況は更に悪化の一途を辿り、最悪冒険者側にも犠牲者が出ていたかも知れない。

 

――不思議な少女だ。…そして感謝いたします…いと慈悲深き、地母神様。

 

灰の剣士は馬を駆りながら、後方の馬車へと意識を向ける。

そして一生に一度あるかないか、彼は地母神へと深い祈りを捧げた。

特に信仰している訳でもない、かの女神に向け――。

残る村は、あと一つなのだ。

彼等には辛い思いをさせるが、住民を助ける為にも堪えて貰うしかない。

彼は自身の馬にも回復の奇跡を施しつつ、少しばかり加速し最後の村を目指す。

 

……

 

陽光に照らされ赤味を帯びた街道は、火に焙られたかのごとき様相だ。

赤熱化はしてないが、どうにも足を着けるのに抵抗を覚えてしまう。加えて周囲を奔る風は、何とも生暖かく滑りをも感じさせ不快の極みだ。彼等を乗せる馬もそうなのだろうか。

 

出発を再開し奔る事暫らく、漸く最後の予定地である村が見えてきた。

この村だが、聖黄金樹の移植に関わらず恩恵には肖(あや)れない位置に存在している。

従って、村の全住民には街へと非難させるしかない。

一応は村人達の同意を得た上で避難を指示するが、村に残る者など果たして居るのだろうか。

赤黒い空と太陽の陽光は、冒険者でさえ精神に悪影響を及ぼしている。

恐らく残留の道を選ぶ者など皆無であろう。

 

「……」

 

 先頭を走る灰の剣士は、眼前の村に一度赴いた記憶がある。別の馬車に身を置く、ゴブリンスレイヤーと共に。

街から出撃する前に、司祭長から手紙を預かるついでに今の村にも言及されていた事を思い出す。

確かこの村の寺院には、司祭長の友人でもあり交易神の信徒でもある院長が居た筈だ。

彼女に託された手紙を渡せば、事情を察し避難誘導も円滑に運び易くなるだろう。

 

――あの防護柵…そうか、彼が拵えたのだったな。

 

村外周部を覆う防護柵が、灰の剣士の目に映る。

あの時は確か、小鬼退治の夜襲に備える為に設けた防護柵だ。

あれからそれなりの時が過ぎたが、こうして今も健在だという事は未だに役割を果たしているのだろう。尤も、ゴブリンスレイヤー本人が覚えているのかは未知数だが。

(イヤーワン編 第26~27話参照)

 

――やはり見張りは居ないか…無理もない。

 

村入り口付近には、見張り役の村人の姿は無く外出している村人も居ない。

ある意味当然だ。

この禍々しい陽光に晒されてまで、外で活動するような只人など考えられないのだ。

黒い太陽の陽光には、精神だけでなく肉体にも悪影響を及ぼし、周囲の植物も徐々に色褪せ始めていた。

入り口を通り抜け村の敷地内と侵入した、灰の剣士率いる一団。

見たところ村人の姿は誰一人として見当たらないが、ソウルの感知で建物に引き籠っている事は判明した。

 

――寺院だな…人が最も密集している。

 

あの時を思い出す灰の剣士。

小鬼の襲撃に備えた、あの夜も村人たちは寺院へと集い備えていた。

今回も基本的には同じだが、幾人かは別の民家に身を潜めているのが分かる。

 

「全員下馬してくれ。ここで『篝火』を設置する!」

 

 村の中心部である広場にて停車させ、彼は全員に『篝火』の設置を呼び掛けた。

篝火にもある程度の魔除けや邪気を払う効果を備えており、絶え間なく降り注ぐ陽光の影響を抑え込むことが出来た。

彼の呼び掛けに、全員がヨロヨロと馬車から降りて来る。

 

「「「「「……」」」」」

 

しかし、彼らの表情には明らかな異常が見られ、覇気の無い者や影を帯びた者、そして敵を見るかのような険しい表情を浮かべている者が続出していた。

真面な者と言えば、ソラールやジークバルドを始めとした重武装に身を包んだ者たちだけだ。

防具に包まれている分、幾らかは陽光を遮断できるため影響が少ない事が判る。

 

「うちの連中…特にガキどもは、相当参ってるみてぇだ…」

「コッチもだぜ…、特に軽装の奴な…」

 

 何処となく動きの鈍い、重戦士と同期戦士。

彼等は沈んだ表情で、一党の近況を語る。

 

「俺達もそうだ。かなり塁が及んでいるな」

 

 ソラールの一党も陽光に悩まされており、赤毛斥候や男槍の徒が喧嘩を始める始末。

しかも馬車内で武器まで抜くものだから、鉱人導師と女司祭が苦労しながら二人を縛り上げていた。

 

「篝火だけでなく、上部を覆った方がいい」

「そうだな。手分けして動こうぜ」

 

 篝火だけでは陽光の影響を完全に防ぐ事は不可能。

降り注ぐ陽光を遮断させるため、ジークバルドは上部に天蓋の設置を提案し、槍使いも賛同した。

とにかく真面な状態を維持している者が率先して動き、処置を施す。

村人への対応は、彼等の回復具合と相談しながら行動しても良いだろう。

 

先ず灰の剣士が『螺旋の剣』と燃料となる素材を設置。

他のメンバーは、木の杭と馬車の幌を利用し即席の天蓋を拵えた。

 

   ―― BONFIRE LIT ――

 

地面に突き立てた『螺旋の剣』へと手を翳し、灰の剣士が篝火を熾した。

こうして出来た簡易的な天幕内は、篝火の色に満たされ癒しの空間が誕生する。

 

「みんな、降りてきて良いぜ!」

 

 篝火を確認した槍使いは、馬車群へと呼び掛ける。

どうやら彼の声を聴き分ける位には、皆の理性は未だ維持していた様だ。

未だ幌の中に残っていた冒険者たちが、力無く篝火に集い再び腰を降ろす。

 

「ああ…落ち着く…」

「この不思議な火…ホッとするね」

「さっきから頭がおかしくなりそうだ…」

 

 オーレル、ライザ、鉱人斥候は、篝火に向きじっと目を閉じ温もりに身を委ねている。

 

「灰よ、これからどう動く積りだ?」

 

 篝火に当たっていたゴブリンスレイヤーは、彼に行動指針を訊ねる。

ここで身を委ねていたも、何時かは動きを見せねばならないのだ。

此処が最後に担当する村であり、だからこそ気を引き締め任を果たし切る必要がある。

かれこれ、8つの村と1つの町を巡って来た。

その過程でも、発狂した住民や精神に破綻をきたす住民が多数見受けられ、その度に篝火や奇跡で応急を図り避難誘導へと漕ぎ付けてきた。

残りはこの村だけだが、最後である分、時間が経過してしまっている。

それだけ赤く爛れた陽光の影響に晒されている事を示唆してもいた。

 

「先ず寺院を訊ねる。人が最も密集しているからな」

 

 寺院に赴き、預かった手紙を院長に渡す。

その上で事情を説明し、避難誘導に向け支援する。

これまでの基本方針と何ら変わりはない。

そしてこの村には、確か大(・)勢(・)の(・)子(・)供(・)が居た筈だ。

彼ら幼子は何としてでも守り切らねばならない。

 

「君は覚えているか、この村に一度訪れた事がある」

 

「…そうか?」

 

「俺は覚えているとも。此処でロンドール黒教会とやり合ったからな」

 

「そうだったか…って、ソラール!?貴公、この村に訪れた事があるのか!?」

 

 以前、ゴブリンスレイヤーと共にこの村で小鬼退治した記憶を確認する灰の剣士。

だが当の彼は、覚えているのか覚えていないのか、何とも曖昧な返答を返すのみだ。

しかし以外にも、ソラールが一度ここに訪れている事を明かし、灰の剣士は驚きの声をあげた。

(本編前夜編 第53~54話参照)

 

「それに黒教会、王都制圧の黒幕の事ですよね?」

 

「うむ…。どういう訳か、この村を襲撃していたのだよ」

 

 黒教会の名を聞き、確認するように尋ねるスイーパー。

そしてソラールも、当時の様子を端的に語った。

 

――私の時にも見たな、ロンドールの白い影。

 

ソラール時と同じく、灰の剣士もロンドール関係者と対峙していた事を思い出す。

当時、黒教会の刺客は『一人の少女』に狙いを定めていたが、ソラールの時も同様である事が明かされた。

確か、太陽の如きソウルと瞳を持つ不思議な少女だった。

大まかだが今の村を見た限りでは、特に襲撃の跡は確認できない。

それに寺院の方に意識を傾けてみれば、あの独特のソウルが感知できるのだ。

どうやらソラールの一件以来、目立った襲撃には見舞われてはいないらしい。

 

「そろそろ動く、調子の悪い者は此処に残っていて構わない」

 

 篝火と天蓋のお陰で、馬を含め各位には回復の兆しが見られる。

だが本調子には程遠く、まだまだ活気に乏しいのは確かだ。

灰の剣士は真面に動けそうな者だけを厳選し、寺院に向かう旨を告げる。

 

「あ、灰君、あたしも行くってば…」

「あ、あたしも…」

 

 此処でライザと銀髪武闘家も同行しようと立ち上がる。まだ完全に回復し切っていないのか、二人とも動きが鈍い。

 

「……。出血具合は…もう大丈夫…か…」

 

 ライザは元より銀髪武闘家も比較的肌が露出している出で立ちだ。

それだけに陽光の悪影響も激しく、肌の部分から赤い血が染みのように滲み出ていたのである。

どうやら篝火の効果で、かなり回復している様だが、彼は二人の肌を注意深く観察した。

 

「あの、ね、剣士さ、ん。あんまり、女の子、の、肌を、ジロジロ、見る、のは、どうか、と思うの、私は?」

 

 そんな彼に横から、魔女の苦言が寄せられた。

端から見れば、灰の剣士が二人の少女の肌をマジマジと視(・)姦(・)している様にしか見えないのだ。

 

「おいおい…結構手が早いなぁ…(・∀・)ニヤニヤ」

「俺でも、もう少し自嘲する方だぜぇ(・∀・)ニヤニヤ」

「貴公の気持ちも、まぁ分からんでもない(・∀・)ニヤニヤ」

 

 その様子を見ていた周囲、特に槍使い、同期戦士、ジークバルドから揶揄(からか)いの言葉が返って来た。

皆、皮肉めいた嘲りの表情を浮かべている。

 

「~~!!茶化すな、早く行くぞ!」(`皿´ )

 

 決して他意はない。

別にそういう意味で凝視した訳ではなく、純粋な気遣いで彼女たちの身を案じただけだ。

 

「…私ので良ければ、見る?」

「――見ない!先に行くからな、フンッ!!」(`ω´)

 

 どう言う積りかスイーパーも仕掛けるが、憤慨した彼はそのまま寺院へと向かってしまった。

 

「ああ、待ってよ灰君!」

「置いてかないで下さい!」

 

 そんな彼を追い駆けるライザと銀髪武闘家。

彼女たちは凝視された事に、別段気にしてはいない様だ。

灰の剣士に続き、他の面々も後を追う。

 

「ミスマゴールったら、照れちゃって可愛い♪」

 

 妖精弓手も後に続き、慌てふためく彼の様子に笑みを浮かべている。

 

皆は自覚していなかったが、今やり取りで綻び掛けた連帯感も幾らか元に戻っていた。

 

……

 

警戒されて当然と言うべきだろう。

この異常事態に突如の来訪者――。なるべく温和な態度で門戸を叩いたが、寺院からの反応がない。

ソウルの感知で居るのは判明していたのだが、これでは時間ばかりを浪費してしまう。

灰の剣士は、仕方なく領主でもある司祭長の名を口にし彼女から手紙を託された事を口に出す。

この段階で漸く寺院の院長が扉を恐る恐る開け、灰の剣士たちを迎え入れた。

扉を潜り寺院の中に入る冒険者たち。

寺院の中には、多くの村人たちが避難しており肩を寄せ合っている。

無論、村人たちに活気はなく、皆が死人のような表情を浮かべていた。

 

「…そうでしたか、そんな事が――」

 

「ええ。あまりに突然の出来事で、国中が大混乱に見舞われています。しかも、これはまだ序の口……」

 

 司祭長から寄せられた手紙を読み、状況を理解した院長。

そして灰の剣士も、王都制圧と空に浮かぶ異常な太陽について語った。

寺院に避難していた村人の大半が、身体の彼方此方に包帯を巻いている。よく見れば薄い低品質な包帯からは、血の赤が滲んでいた。

思った通りだ。

この村も、黒い太陽から発せられる赤爛れた陽光の影響を直に受けており、村人達の顔からは生気が失われていた。

それは寺院の子供達も同様で、痛みと痒みの同時発症で喚き散らしている子も居た位だ。

また症状の軽い部位には包帯は巻かれていないが、赤い斑点が浮かび上がっている。

更に症状が進行すれば、その部位から血が滲み出る。今も降り注ぐ、赤く爛れた陽光の所為で。

 

「我々だけでなく、これまで多くの住民が同じ症状に苦しんでいます。しかし、応急とは言え回復の手段はあります」

 

 この村だけでは、治療法も対処法も見付からず、彼等は絶望に苛まれていた。

しかし今は村中央の広場にて、即席の天蓋と『篝火』が熾され症状を改善させる事が可能だ。

灰の剣士はその旨を、塞ぎ込む院長へと告げた。

 

「――えっ、本当!この子たち助かるのッ!?」

 

「…貴公…」

 

 そこへ反応を示したのは、院長ではなく一(・)人(・)の(・)少(・)女(・)だった。

長く艶のある黒髪に、今は色褪せているが太陽のような瞳の少女――。

またサイズが合っていないのか、窮屈なボロボロの薄汚れた衣服を纏っていた。

そして見覚えのある直(・)剣(・)を、背に括り付けている。

少女の顔を見た途端、灰の剣士は当時の様子を鮮明に思い出した。

あの時の少女だ。

小鬼の襲撃に備えた夜。

どういう訳か、ロンドールの刺客とアストラのアンリと邂逅する羽目になった。

そして彼女は自らの剣を置き、村から姿を消した。その時、この少女も深く関わっていたのを思い出す。

尤もこの少女が、灰の剣士の事を覚えているのかどうかは疑わしいのだが。

 

「助かるとも。本来の太陽は、あらゆる生命を育む存在なのだからな」

 

「あ、バケツの騎士さんだぁ…!」

 

――そうか、ソラールもこの少女に出会っていたのだったな。

 

この村には、灰の剣士のみならずソラールも立ち寄っていた経緯がある。その過程で、彼等は少女に出会っていたのだ。

しかし英雄級の騎士であるソラールに対し『バケツ』呼ばわりは、些かに失礼ではないだろうか?

少々苦言を呈すべきかと思案する灰の剣士だったが、当のソラールはたいして気にした風でもない。此処は流しておく事にしよう。

 

「とにかく、皆を村中央にまでお連れしましょう。これからの方針は其処で――」

 

「どうか宜しくお願い致します、冒険者の皆様方…」

 

 この様な異常事態でなければ、これほど大勢の冒険者の来訪に大はしゃぎしていた子供たち。

だが今は、この世の終わりの如く暗く活力の無い者たちばかり。真面に動ける村人でさえ、動作は鈍く重苦しい。

 

もっと早く動けないものだろうか?

 

その様子に数名の冒険者たちは、若干の苛つきを覚えていた。

もし篝火の回復がなければ、痺れを切らせた冒険者の誰かが癇癪を起していた可能性もあった位に、今は危うい状態なのだ。

 

症状の重い村人には、外套や毛布を被せ可能な限り陽光の遮断に努める。

動作は非常に緩慢だが、変に急かす訳にもいかない。

自分たち以上に、村人たちは無策のまま陽光に晒され苦しんできたのだ。

それは誰もが理解しており、彼等は丁寧に案内し支えながら老人、女、子供を篝火まで誘導する。

 

「エヘヘ、有難う、お兄ちゃん…。そんで、お久しぶり…だね…♪」

 

 村人を誘導する灰の剣士に、黒髪の少女が話し掛けて来る。

微かな笑みを浮かべているものの、空元気で無理をしている素振りが見て取れた。

その証拠に、少女の身体中至る所に包帯と赤い斑点が散見されたからだ。

やはり彼女も例に漏れず、陽光に晒され出血を強いられたのだろう。

いや、陽光の所為だけとは限らない。

他にも切り傷や打撲の跡も発見された。同時に手や指にも、裂傷の跡が見える。

そして背に担いでいる『アンリの直剣』だが、鞘が傷だらけだ。恐らくだが、鞘ごとでナニカを殴ったか、防御に使用したか――。

それだけでも、少女が何かを成し遂げるべく必死に動いてきた事が理解出来た。

その上で、同年代や年下の子供達を彼女なりに気遣い支えてきたに違いない。

無理を推してまで作った笑顔だが、その瞳までは嘘を付けず縋(・)る(・)よ(・)う(・)な(・)懇(・)願(・)に彩られていた。

 

「…今まで、頑張って来たのだろう?ありがとう…。ゆっくりと休んでいい」

 

「――…っ!…っぅう…ぅうぅうううぅ…!ぅぅウゥッ…、ウゥェああアァあぁぁあんッ……!」

 

 労いの言葉を口にした途端、少女は堰を切ったかの様に大声で泣いた。

否、泣き喚くという生易しいものではない。殆ど慟哭に等しい泣き方だ。

相当、堪えていた事が判る。

本当は誰かに頼り、縋り、甘えたかったのだ。

 

「――わぁぁアアァぁんッ…!ぁああアァぁああぁぁんッ…!!」

 

 少女は尚も泣き続けている、灰の剣士に縋りつきながら――。

 

「…後は、あたし達でやっておくね」

 

 突然の泣き喚きに周囲は唖然した様子で困惑するばかり。

また灰の剣士も対応に困窮したが、ライザが気遣いの声を掛け『後は自分達で任せてほしい』との旨を伝える。

村人たちが寺院を跡にした後も、灰の剣士と少女だけは暫くその場に留まった。

 

今も咽(むせ)び泣きを繰り返す黒髪の少女――。

 

………

 

……

 

…

 

チーン(鼻をかむ音)…!(≧ω≦)

 

「――( ̄□ ̄;)!!」

 

 世界は…残酷だ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

聖域(サンチュクアリ)(奇跡)

 

聖なる触媒、主に聖水や聖灰などを用いて結界を張り、不浄な力を遮断する領域を発生させる奇跡。

また信仰する神により、結界の効果には様々な特徴が現れる。

例えば、至高神なら不浄な者を滅する効果に長け、地母神なら精神に安寧を授けるといった効果だ。

 

この奇跡は汎用的ながら、授かる者が意外にも少ない傾向がある。

とある西方辺境の街でも、この奇跡を扱える者は数える程しか居ない。

 

聖歌(ヒム)(奇跡)

 

聖なる歌を捧げる事で、儀式や奇跡の効果を高める。

同じ系統の信徒同士の必要があるものの、複数の信徒が行使すれば奇跡の効果は絶大なものとなるだろう。

またこの奇跡には、美声と歌唱力が問われる。

 

博打に嵌ろうとも、彼は歴とした聖職者であり自然と森と共に在る。

親しき友との有限の時。

幾ら時を重ねようとも、記憶が色褪せる事はなかった。

 

和睦(ピース)(奇跡)

(いと慈悲深き地母神よ、走り続けた狩人に、待ちわびた心の平和を)

 

地母神の信徒のみが授かる奇跡。

発言者の中心とした広範囲内の対象者に鎮静作用を授ける。

この奇跡を受けた者は、攻撃性が静まり平静さを維持しながら戦意も委縮する。

また発現者の聖性が高ければ高いほど、凶悪な猛獣さえ大人しくなる現象も確認されている。

 

たとえ血生臭い汚物に溢れ返った世界とて、安らぎは誰もが欲するものだ。

それが一時とは言え、仮初であったとしても。

獣狩りの悪夢とて、夜明けの平和が優しい目覚めの先触れとなりますように。

 

旅人(トラベラー)(奇跡)

(巡り巡りて風なる我が神、我が道行きに追風を)

 

交易神の信徒のみが授かる奇跡。

対象者や乗り物の移動速度を高め、天候や悪路に対する抵抗力を高める。

また発現者の聖性が高ければ高いほど、持続効果が増す傾向にある。

 

乗り物の速度は非常に重要で、時には運命をも左右する。

常に世界は点で繋がり、故に面に変ずる。

何時かは全ての領域で繋がり結ばれるだろう。

それが交易を運ぶ風なれば。

 

アンリの直剣

 

火の無い灰の一人、アストラのアンリの愛剣。

亡国アストラにあって、最も鈍(なまく)らとされたもの。

だがそれは『本当に貴い者の剣』であり人の本質的な力、運により攻撃力が高まる。

僅かな自然治癒効果もあり。

 

戦技は「構え」

構えからの通常攻撃で、盾受けを下から崩し強攻撃で踏み込みからのかち上げ突きと、状況に応じ使い分けられる。

 

困った人たちを助けたい。

少女は決意し、やがて出会う。

一人の迷えし騎士に。

その願いは決意へと変わり、巨大な望みと化す。

解き放ってあげたいと。

 

 

 

 

 

 




また例のごとく長くなってしまった。(何時もの事)

ちゃっかりヤーナムの少女も同行しています。
今回の終盤ですが、後の勇者ちゃんとも合流いたしました。
(まぁ、彼の裾で鼻かまれてますがw)

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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