とにかく、花粉所には弱く一発でやられてしまいます。
特に目が。( ゚ ω ゚ )
少し日にちが経ってしまいましたがどうぞ。
倒れていた男神官を介護しながら街へと辿り着いた、灰達。
冒険者ギルドは、普段とは別の意味で喧騒に包まれた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
蜂の巣をつついた様に大騒ぎになる冒険者ギルド。
瀕死の重傷を負った地母神の男神官を連れ、ギルドに駆け込んだ二人の冒険者。
何事だ?と騒ぎ出す、見ているだけの無責任な周囲の冒険者達には目もくれず、火に無い灰と鎧戦士は待合用の長椅子に彼を横たわらせた。
依頼内容の報告は、後回しだ。
監督官候補の受付嬢が、慌てて彼の傍に駆け寄る。
どうやら彼は、ロスリックの調査に挑んだ、青玉等級の一党の冒険者の一人だった。
彼の惨状を見て、彼女は察した。
恐らく彼以外は、もう……。
普段のギルドの賑わいは完全に沈黙し、奇妙な静寂と緊張感が施設全体を支配していた。
他の冒険者達も、瀕死の男神官の周りに群がっていた。
完全な、物見遊山気分だが。
少しして男神官が意識を取り戻す。
「……こ…此処、は……?」
掠れ掠れに声を絞る神官。
「辺境西の冒険者ギルド」
灰が、答える。
彼の表情が、心成しか和らいだのか笑みを浮かべ、血の滲んだクシャクシャのメモを灰に渡した。
「……ロスリックの遺跡の調査内容を記した物です。こ、これを今後の役に、立て…て下さい……」
彼の呼吸は荒く、重い。
メモには、ロスリックの踏破状況や敵の配置、地図等が細やかに記されていた。
かなり解り易く、丁寧に記されている、学の無い者でも瞬時に理解出来る様に。
これを記した、斥侯は相当優秀だったのだろう。
彼は、少ない体力を振り絞り、自らの体験を語った。
身の毛もよだつ、亡者が徘徊していた事。
他の辺境ギルドの冒険者達も参加していた事。
巨大なドラゴンは、自分達の知るドラゴンとは、桁違いの強さを誇っていた事。
ドラゴンのブレスで、鎧ごと溶かされた者。
自分の見た限り冒険者達は、ほぼ一方的に虐殺された事。
生きたまま、亡者犬に食い殺された者。
全方位から死ぬまで、滅多刺しにされた者。
大した事も出来なかった自分は、只命辛々(いのちからがら)逃げるしか出来なかった事。
自分の一党のメンバーは、黒い亡者の様な騎士に、殺された事。
――黒い亡者の様な騎士。
その言葉を聴いた灰は、瞬時に理解した。
――ダークレイス!
灰は、火継ぎ時代の旅を思い返す。
― ダークレイス ―
最初の火の恩恵によって栄華を極めた国、ロードラン。
そのロードランに属する国、小ロンド。
小ロンドには人間でありながら非常の優れた指導者、4人の公王達が居た。
しかし世界の蛇、『闇撫でのカアス』に唆された彼等は闇に堕ち、ダークレイスとなった従騎士達と共にロードランに災厄をもたらした。
闇、即ち深淵に墜ちた彼等は、人間を殺害し、人間の持つ『人間性(残り火)』や『ソウル』を奪う。
その後、彼等の力が危険視され、三人の封印者たちによって住民もろとも大量の水で水没封印された。
だが、深淵に墜ちた彼等は滅ぶ事無く、ロスリックの地に点在し徘徊していた。
火継ぎを繰り返す度に、灰はダークレイスを殲滅していたが完全に滅んでなかった様だ。
現にダークレイスの餌食になった、犠牲者が出てしまったのだから。
灰は駄目元で、男神官にダークレイスのその後を尋ねてみる。
男神官は、震えながらも答えた。
恐怖に駆られ無我夢中で逃げ出した為、詳しい事は解らないが、地下牢の昇降機が作動したのを確認した。
その答えを聞いた灰は、ある懸念が沸き上がる。
奴がロスリック内で徘徊しているならまだしも、最悪ロスリック外へ出た場合は……。
フードの下で、顔を歪ませ歯を食い縛る灰。
そうなった場合、無抵抗の村人や旅人に多大な犠牲が出る事は想像に難くない。
――放置は出来ん!。
ダークレイスに対話等まず不可能。
更に戦闘力にも優れている為、尚性質が悪い。
男神官の報告を聞き、殆ど野次馬同然の冒険者達に戦慄と恐怖感が伝達し始めていた。
皆が皆、顔を引きつらせ恐怖に怯えている。
お宝、富、名声、武勲、興奮、冒険……、そんな生易しい天国めいた栄光など全く口にしなかった瀕死の神官。
彼の言葉を形容するなら、地獄。
ただ只管(ひたすら)に地獄、或いは絶望。
そんな言葉しか出てこなかった。
無残に殺され、殺戮と混沌に支配された地。
ロスリック――。
青ざめ、後ずさる者まで現れていた。
誰一人言葉を発する事無く、沈黙と無音がギルドの空間を満たす。
他のカウンターに居た受付嬢達も、自然と手が止まり仕事が進まない。
「ぼ…、僕は……」
その停滞した時間を進めたのは、横たわる神官だった。
「僕は、皆の…。誰かの助けに…支えになりたくて、地母神の教えに従って来ました……」
結局は、素行の悪い仲間の一党に所属した為、自ら神殿を出る羽目になったが。
「聖職者として……、役目を果たせたの、でしょうか?」
自分を看取る見ず知らずの冒険者、火の無い灰に手を伸ばす男神官。
「……それとも、何の支えも出来ず……、死んで行くのでしょうか……?」
神官の目から涙が零れ落ちる。
自分でも気が付かない内に神官の手を取る灰。
震える彼の手から悔しさ、やり切れなさが伝わって来る。
「……貴方は、充分に役目を果たした。そしてこれからも誰かを支え続けるだろう。貴方が残した情報と意思が、我々冒険者に大きな力となり血肉と成る!確約しよう!何時の日か必ず、私はロスリックを攻略する!!」
自然と握る手に力を込め、力強く応える灰。
「貴方は立派だ!冒険者としても、人としても」
彼の目を見据え、深く頷く灰。
そして。
「ロスリックの高壁に挑む!」
監督官候補の受付嬢にを見据え、宣言する灰。
「私の説明聞いてなかったの?単独の白磁に行かせられる訳無いでしょう!」
灰を見返し、反論する。
「行くと言った!……冒険者を辞めてでもな……!」
灰も譲ろうとしなかった。
両者との間に張り詰めた空気と沈黙が流れる。
「待ちな、先約は俺達なんでな!」
ふと後ろから声が掛かった。
声の主は、高身長で体格に優れた重戦士を筆頭とした冒険者の一党だった。
重戦士、女騎士、半森人の軽戦士、幼い少年斥候、圃人の少女巫術師の5人で構成されていた。
その中の女騎士には、見覚えがある。
確か地母神の神殿で、尋問に参加していた騎士だ。
その集団は、後に辺境最高の一党と呼ばれる事になる、白磁の一党だった。
重戦士が灰と神官の元に近付いて来る。
「そんなに傷付いてまで、アンタは最後まで自分を見失わなかった。」
重戦士は、神官をじっと見据える。
そしてニカっと、白い歯を見せ神官に笑いかけた。
「辺境最有望。その肩書きは、偽りじゃなかった!」
そして膝を折り、彼と同じ目線に合わせ向き合う。
「俺達も忘れてもらっちゃぁ困るぜ?」
名乗りを上げたのは、武器工房であった槍使いの青年と女魔術士だった。
「俺達話し合ったんだ。三党分必要なら俺達で組もうって」
更に名乗りを上げる別の一党。
その一党にも灰は、見覚えがあった。
彼らも灰の墓所や武器工房で出会った、若い男の同期戦士、半森人の野伏少女、鉱人の斧戦士、禿頭の僧侶の4人だ。
同期戦士が灰に近づいて一声掛けた。
「なぁ、アンタ。臨時で良ければ俺達の一党に入りなよ?戦力は一人でも多い方が良いしな」
そう言い、灰を誘う同期戦士。
「有難う、ご厚意に甘えさせてもらう」
灰は頭を下げ、彼に礼を言う。
そして傍に居る彼、鎧戦士にも頭を下げ、謝罪する。
「申し訳ない!勝手な真似をして!」
だが鎧戦士は大して気にした様子も無く答える。
「気に病む必要は無い、ゴブリン退治は俺が勝手に始めた事だ。お前は自分の信じた道を行けば良い」
そして、金貨の入った小袋を渡す。
「報告は既に済ませておいた。これはお前の取り分だ」
小袋を渡し、ギルドを後にする鎧戦士。
彼は今後もゴブリン退治を続けていくのだろう。
そしてふと立ち止まる。
「死ぬなよ、灰よ」
短くも確かな言葉を残し、ギルドを去って行った。
――君もな。
灰は既に去った彼に、一礼で応えた。
「これで決まりだな。受付さん、条件は満たした筈だ。挑ませてもらうぜ!」
重戦士が監督官候補の受付嬢に参加の意思を示す。
「はぁ…、止めても無駄のようですね。分かりました、ただし!」
監督官候補が、念を押す。
「この調査を最後に、参加条件を最低翠玉等級にまで引き上げます!成功失敗に関らず。良いですね?!」
真顔で、参加意思のある冒険者達を見据えた。
仮にも至高神の神官位を授かっているだけの事はある、何処と無くその顔には威厳と迫力があった。
「どうやら、僕の役目は、終わった…ようですね……」
男神官は、意識を失い起き上がる様子は無かった。
灰は、彼の頚動脈に指を当てる。
……どうやら、息はあるようだ。
大きく息を吐き、とりあえず安堵する。
予想以上にエスト瓶が作用したのだろう。
程無くして衛兵が到着し、彼を神殿まで運んで行く。
助かるかどうかは彼の生命力次第か。
ギルドは徐々にいつもの活気を取り戻していく、一段落着いたのだろう。
調査依頼の参加手続きを済ませた、重戦士が3党全員を集め声高らかに宣言する。
どうやら彼が、今後の指揮を執るのらしく、特に反論する者は居なかった。
「いいか皆!出発は明日の早朝!移動は馬車を使う、各自可能な限り準備と英気を養っておけ!」
全員の顔に緊張が走る。
何せ複数の党で構成された初の調査だ。
大冒険と言っても良い。
まともに帰って来た者が殆ど居ない、高難度な古代の遺跡を探索するのだ。
更に規格外のドラゴンが存在している事は確定済み。
先程の男神官の報告も相まって、平常心で居る事の方が難しい。
火の無い灰以外は。
「各自解散!!」
重戦士の号令と共に、各々が旅支度に移る。
灰も準備の為に行動に移す。
「よぉアンタ、これから宜しく頼むぜ!」
同期戦士が、親しげに握手を交わしてきた。
「此方こそ世話になる」
灰も握手で応える。
「火の無い灰だっけ?俺達これから工房に顔を出すつもりだが、アンタはどうする?」
「私も工房に用があってな。装備を新調したい」
どうやら目的は同じだった様だ。
灰は彼等と武器工房に向かう事にした。
ギルドに併設されている施設、武器工房。
小気味良い金属音が工房地下から鳴り響く以外の音が無く、ある種の静寂が工房を支配する。
数人の冒険者とカウンター店主が対峙し、終始無表情で無言を貫く。
正確には冒険者側の一人、火の無い灰が。
灰以外の冒険者達は、何事かといった表情で両者を見やる。
正直彼等も戸惑っているのだ。
普段目にする武器工房の店主が、違う人物だったからだ。
豊かな長い白髪と白髭、何時も威圧して来る店主と真逆の陽気で豪快さを纏った、筋骨隆々の体格の良い老人だった。
「ほれ、何か買いに来たんだろ?黙ってちゃ、何も分からんぜ!」
工房の新たな店主は、気さくに話しかける。
灰は観念した様に深い溜息を吐く。
「分かった。訊きたい事は山程有るが、それは別の機会にするよ。アンドレイ」
新しい店主は、アンドレイという。
嘗て、火継ぎの世界で不死人達のありとあらゆる装備を作成し鍛え続けてきた、鍛冶職人である。
火の無い灰も彼に幾度となく世話になり、使命を果たす為の助けとしてきた。
武器工房に入った瞬間、灰は硬直した。
暫くの間何が起こっているのか分からず、沈黙したままだった。
だがアンドレイの言う通り、沈黙し固まったままでは何も進まない。
どうやってこの世界に来たのか?
火を消した後どの様な世界になったのか?
貴方は、不死人のままなのか?
火の祭祀場は、どうなったのか?
疑問は尽きないが、それを今問い質(ただ)すべきではない。
彼、アンドレイは自分なりの新たな人生を歩んでいるのだから。
冒険者となって、第2の人生を歩んでいる自分と同様に。
「装備を新調したい」
「おう!そう来ないとなぁ!」
アンドレイは待ってましたと言わんばかりに張り切る。
「まず紅の盾が破損してしまってな、金属製の小盾に買い換えたい」
灰の使っていた木製の小盾、紅の盾はホブゴブリンの一撃により、木板部分が砕けてしまっている。
「金属の小盾は、幾つかの種類があるが、もう決めてあるのか?」
灰は、バックラーを求めた。
「金属製で丈夫且つ軽い。更に取り回しに優れ、中央の膨らみはパリィングに向く」
「あいよ!但し、小型である以上、防御は必要最小限だ。金属製故、魔力にも弱い」
アンドレイは、棚の奥からバックラーを取り出しカウンターに置く。
「勿論承知の上だ」
紅の円盾を引き取ってもらい、バックラーに付け替え代金を払った。
引き取った紅の円盾を差し引き、金貨1枚と銀貨3枚分の値段だった。
連続3件のゴブリン退治を成功させた為、報酬額は鎧戦士と折半して金貨10枚分だった為、懐に少し余裕がある。
灰は引き続き、胴防具の皮の胸当て、武器のシミターも注文した。
皮の胸当ては心臓部分を重点的に防御する為、そこだけハードレザー、他の胸部はソフトレザーで作成された、軽防具だ。
本来は弓手や斥侯、野伏といった機動性を重視する職種向けの防具だが、灰にとっても機動性は命綱であり胸当ては打って付けの防具であった。
既に装備している、布の戦闘服と重ね着出来るのも灰にとって大きな利点となっていた。
そして、武器のシミター。
非常に刃の薄い湾曲した片刃の刀身を持ち、一般に曲刀と呼ばれる代物である。
軽量小型で取り回しも良く、連続攻撃に向く。
一般に断ち切るタイプの直剣とは違い、切り裂く斬撃に適した特徴的な武器でもある。
但し頑強さではやや劣り、硬い甲冑や鱗を持つ敵には効果が薄い欠点もある。
だが、断ち切るよりも切り裂く剣術と相性の良い灰は、前々から曲刀に目を付けていた。
胸当てが金貨2枚、シミターが金貨3枚、合計5枚の金貨を支払った。
「毎度あり。他に何か入用かね?」
灰は細々とした物を購入し、一通り工房での買い物は済んだ。
次は他のメンバーの番だ。
僧侶、斧戦士、半森人の斥侯が買い物を終えていく。
「おっ?!お嬢ちゃん可愛いねぇ。俺が若かったら放っとかないぜぇ?」
「やだ、おじさんたらお上手!褒めても何も出ないよ」
斥侯の少女と他愛無い会話を楽しむ、アンドレイ。
普段の強面の老爺とは違い、陽気で気さくな彼とは相性が良いのだろう。
アンドレイは新たな人生に馴染み溶け込んでいる様だ。
そんな様子を見る灰の表情も、自然と笑みが零れていた。
最後に一党の頭目である、同期戦士の出番だ。
次々と装備を新調していく。
そこで灰は、ある事に気付いた。
やはりと言うか同期戦士は、頭防具を購入していない。
彼なりの判断基準があるのだろう。
それでも今回の依頼、ロスリックの調査は生半可な危険度ではない。
念の為忠告しておく灰。
「頭防具を装備した方が良いと思う。今回の旅は非常に危険だ」
因みに彼以外は、全員頭防具を購入していた。
鉄兜や帽子の類を何らかの防具を身に着けている。
「平気だって。俺はいずれ有名になって、英雄になるんだ!今の内に顔を売っとかないとな!」
灰は忠告した。
しかし効果が無かった。
「本当に大丈夫?わたしでも、帽子は買ったよ」
半森人の少女も心配そうに、彼に尋ねる。
「まっ!見とけって、俺が今回の調査を成功に導いてやるからよ!」
自信たっぷりに胸を張る同期戦士。
その根拠は何処から来るのか、灰には理解出来なかった。
――まぁいい、私が可能な限りフォローすれば良いか。
灰は諦め、アンドレイにひと声掛けてから工房を後にした。
「世話になったなアンドレイ。今度ゆっくり話をしよう」
「おう!簡単に死ぬんじゃねぇぞ。鍛えた武器が無駄になっちまう、ガッハッハ!」
豪快に笑い飛ばし、一党を見送るアンドレイ。
灰の胸中には、言い様の無い安堵が拡がっていた。
――私以外にも居た!
たったそれだけの事実だが、灰にとっては心強い支えだった。
道中灰は、地母神の神殿に寄りたいと同期戦士に要求した。
神殿に向かう途中、禿頭の僧侶からアンドレイについて尋ねられた。
「あの方とは、知り合いだったのですね」
「ああ、昔旅をしていた時に知り合ってな。まさかこんな所(四方世界)で再会出来るとは」
灰自身も若干、動揺している様だった。
あまりに唐突の再会。
だが、武器工房で働くあたり、彼らしいと言えば彼らしいか。
「ああいう気さくな店員も悪くないなぁ!」
鉱人の斧戦士もアンドレイを気に入った様だ。
彼の人柄は、この世界でも遺憾なく発揮されている。
彼には今後も世話になるだろう。
鍛冶職人アンドレイ、火の無い灰にとって彼は又と無い心強い味方だった。
「……で灰のアンタ。神殿に何の用が?」
同期戦士が質問して来た。
奇跡を行使する為の触媒を購入する為に神殿に立ち寄るのだと言う灰。
「アンタ、奇跡が使えるのか?」
同期戦士は、驚いている。
「ああ、少しだけな」
奇跡といっても今の能力では、精々初期の回復位しか使えないだろう。
とは言えこれから、あのロスリックへ挑むのだ。
これまで戦ったゴブリンとは、別の意味で脅威の対象となる、亡者共が嫌と言う程徘徊している。
自分一人だけで挑むならいざ知らず、他のメンバーを引き連れての行軍となる、回復手段は多いに越した事は無い。
正直エスト瓶だけでは心許なかった。
――途中で篝火でもあれば、話は別だがな。
ギルドで神官から託されたメモを確認した限り、地形も敵の配置も変わっている様だった。
つまり、初めて挑むに等しい。
見知った場所に篝火が存在するとは限らない。
――下手をすれば、火継ぎの時代よりも厄介やも知れん。
出来る事なら全員生還させたい所だが、犠牲者も覚悟するべきだろう。
だからと言って、何も対策を講じない訳にもいくまい。
少なくとも自分は、ロスリックの高壁を知っているのだから。
入り口の正門を潜り、神殿内の購買部へ足を向ける一行。
神殿で取り扱っている品は主に、タリスマンや魔除けの装飾品、聖水、又専門の特殊な水薬等も扱っていた。
「冒険者の方ですね?地母神様は、万民に慈悲をお与えになりますよ」
売店の若い女性聖職者が対応してくれた。
灰は、一通り商品を物色していく。
「うわぁ…、変わった物が一杯あるねぇ?」
半森人の少女が、物珍しそうな面持ちで、棚に並べられた商品に視線を向けていく。
「神殿には、神聖な魔除けの道具や水薬を扱っているのですよ。私は、知識神の信徒ですが、稀にこの神殿にも立ち寄ったりしますね」
禿頭の僧侶が曰く。
そう言えば、彼も聖職者だったな。
あまり見かけない服装をしている。
どこと無く、東国の衣装を思わせた。
「ワシは、神殿には縁が無いのう……息が詰まってしゃーないわ!」
鉱人の斧戦士がしかめっ面だ。
あまり居心地が良くないのだろう。
「すいません、聖鈴は置いてありますか?」
灰は、聖鈴について尋ねてみた。
「あ、はい。置いてありますよ」
販売員がカウンター置いたのは二つの聖鈴。
それは、祭司の聖鈴と聖職の聖鈴だった。
二つとも奇跡を行使するのに必要な触媒だった。
滑らかな創りの金属に反射する淡い光沢を放ち、神聖な輝きを醸し出している。
灰は、値段表を見た。
「金貨、10枚と15枚?!た、高ぇ……」
同期戦士が聖鈴の値段を見て、その高額さに驚愕する。
とても白磁の冒険者が気軽に手を出せる値段ではなかった。
「御免なさい。この聖鈴、特殊な技法で作られていて手間や時間が非常に多く掛るんです、それで……」
販売員が申し訳無さそうな顔で謝ってきた。
仕方なく灰は、タリスマンを購入する事にした。
実はタリスマンでも奇跡を行使する事は可能だ。
灰が聖鈴に拘っていた理由は、戦技にある。
戦技 ― 恵みの祈り ―
祈りを捧げる事で、聖なる癒しの恩恵を授かり、使用者の傷を徐々に癒す効果がある。
例え奇跡を行使出来なくとも、恵みの祈りは聖鈴自体に備わっている為利用価値が高い。
加えて消費する集中力も少ない為、状況次第では非常に有用だった。
それ故聖鈴を希望したが、値段が壁となって立ちはだかった。
灰はタリスマンの代金、金貨一枚支払い購入した。
― タリスマン ―
物によって作成される手順、材料は多種多様だが、灰の購入したタリスマンは聖なる魔除けの布を紐で束ねただけの非常に質素な物だった。
しかし聖なる力を宿しているのは確かで、このタリスマンでも白教の奇跡を行使する事は充分に可能である。
灰は、ついでに聖水を幾つか購入する事にした。
もしかしたら亡者に通用するかも知れない。
そう踏んでの判断だった。
――?。
ふと神殿の奥に視線を向ける灰。
治療室の方角から聖職者達が、忙しなく右往左往している。
その聖職者達の中から、見覚えのある幼い少女も居た。
神殿生活の中で、右も左も分からない灰の世話をしてくれた少女。
声を掛けるべきか?
そう思ったが、良く見ると少女は此方に目も暮れず、お勤めに熱心だ。
邪魔する訳にもいかない。
――頑張ってな。
心の中で静かに励みを送る。
「付き合わせてしまったな。行こうか」
灰は仲間達に声を掛け、神殿を後にした。
慌しく治療室を行ったり来たり、少女は今日も忙しい。
その時、何か視線を感じ取った。
その視線の方角に目を向けると、深緑のフードマントを身に着けた冒険者らしき人物が背を向けて神殿を後にしようとしていた。
――もしかして今の人、お兄さん?
声を掛けようか迷ったが、距離が離れているうえに今は手が離せない。
地母神の神官冒険者が、急患で運ばれて来たのだ。
応急処置は施されていたが、危険な状態に変わりは無い。
少女は自分の課せられた役割を果たす為、作業に戻った。
――また会える。そう言ってたもん。
灰との別れ際に交わした言葉、少女はその言葉を忘れてはいなかった。
時刻は昼過ぎ。
「さて、必要な物は一通り揃えたし、これからどうする皆?」
頭目である同期戦士は、この後の予定は有るかと皆に尋ねる。
出発は明日の早朝。
まだまだ時間はある。
前景気に酒を飲もうとする鉱人。
静かに勉学に励みたい僧侶。
街をブラブラしたい半森人。
灰は明日に備え、早めに休みたいと申し出た。
「そうか、じゃぁしょうがねぇな!遅れるなよ」
仲間達に一礼で応え、ギルド併設の宿に向かった。
今度は1ランク上の部屋を借り、少し上質のベッドに腰を掛け、あることを試す。
腰のシミターを手に取り、静かに意識を集中させる灰。
…
……
………
特に何か変化があるわけでもなく時間だけが過ぎる。
「矢張りソウルに変換し、収納するのは駄目か……」
この四方世界で目覚め、消失してしまった不死人としての能力。
物質をソウルに変換し、収納してしまう能力。
この能力のお陰で、嵩張(かさば)る物も楽に持ち運びが出来たのだが、灰の墓所以来その能力が消失してしまったのだ。
ソウルレベルが上がった今なら再び出来るのではと、諦め切れずに試してみたのだが、結果は御覧の有様。
シミターは、ウンともスンとも言わずに灰の手に握られたままだった。
「まぁいい、これで諦めが付いた」
灰は、夕暮れになるまで道具の確認と手入れを行う事にした。
これからは、より慎重に道具の取捨選択が必要に成ってくる。
溜まってきた道具を収納する為の空間も必要になってくるだろう。
つまり自分専用の拠点、家が必要になる。
白磁の時点ではとても無理だが、等級が上がるにつれ必要性は増すだろう。
――やることは多いな。
今後の方針を大まかに決めながら、道具各種を手入れし時間が流れて行く。
夕暮れ時に食堂に下りた灰は懐に少し余裕が有る為か、やや豪勢な食事を愉しむ。
夕暮れの時間帯は、まだ人が少ない為灰はこの時間帯を選んだのだ。
夜になれば大勢の冒険者達で賑わうのだろう。
食事を採るついでに、獣人の女給に数食分の携帯食を注文しておいた。
「あいよ!ちゃんとフードを取らないと陰気臭いまんまだよ、お兄さん!」
「……」
女給の指摘に反論出来ない灰だった。
食事を終え携帯食も購入した灰は、食堂に人が増える前に宿に戻った。
大勢の賑わいを遠目に楽しむのは好きだが、その輪に加わるのは未だに抵抗があった為だ。
食後に少量の果汁水を嗜む、決して酒が飲めない訳ではないが直ぐに酔ってしまうのである。
不死人時代は、酒に酔う事が無かった為、分量を気にせず飲む事が出来たが現在は只人、冒険前に二日酔いなど絶対に避けたい。
就寝にはまだ早い、身を清める為にも灰は公衆浴場へ出向いた。
街の数箇所に点在する公衆浴場、その施設から沸かされた入浴用の湯の水蒸気が、煙突から立ち上る。
その中で最も近く値段、規模、安全性等手頃な施設を利用する事にした。
神殿の世話になっていた頃、少女から公衆浴場について聞かされ利用していた事もあった為、今回初めて自分だけで利用してみる事にした。
少女から聞かされた話では、街から離れた風呂場が備わっていない村の住民は、身を清める際、清拭で賄うそうだ。
神殿の聖職者達も普段は清拭で身を清める。
公衆浴場の中には、週に数度格安料金で利用できる日があるため、神殿の聖職者達はその日を利用して公衆浴場を利用するのである。
料金を払い、風呂場に入る灰。
その施設は値段の割りに、上質の大理石を使い蒸気を満遍なく行き渡らせ温度を保っていた、中々に質の良い施設であった。
この施設は多数の冒険者も利用していた為、浴場には屈強な男冒険者達の姿も見える。
掛け湯をし身体を洗浄した後、湯船の湯にゆっくりと浸かった。
特に香料を使用していた訳ではないが、清潔な水を沸かした湯は利用者の身体に染み渡り、疲れを癒してくれた。
肩まで浸かった灰は、溜まった疲れを息と共に吐き出し、湯の温かさに身を委ねた。
全身から毒気が抜け出して行くかのような感覚に見舞われる。
(ついでにソウルも抜け落ちそうな感覚に見舞われたが)
火継ぎの時代から利用していた、篝火とはまた違った感覚だ。
神殿生活で初めて風呂に浸かる事を知ったが、灰はこの風呂を非常に気に入っていた。
尤も不死人になる以前は、当たり前の様に行われていた営みだが、その記憶をとうの昔に喪失しまっていた為、少女と出会っていなければ風呂という概念を永遠に知らなかったかも知れない。
湯に浸かりながら、深く少女に感謝する灰。
(灰が清拭で体を拭く際、何故か少女は積極的に手伝おうとした事だけは、頂けなかったが。)
入浴を堪能した灰は、ギルド併設の宿に戻った。
酒場兼食堂は、大勢の冒険者や客で大いに賑わっていた。
宿の部屋に戻った灰は、就寝前に水筒に入れておいた安酒を一口含み寝床に就いた。
相変わらずランプの火を完全に消せないまま就寝する灰。
深夜を迎えても、部屋の下からは冒険者達の喧騒と賑わいの声が漏れて来た。
日が昇る前に、灰は集合場所で一人待つ。
まだ誰も来ていない。
必要な道具は揃え、武器の手入れも可能な限り万全を期した。
暫く待つと、重戦士と女騎士がやって来た。
「よお、おはようさん!」
「早いな。お前が一番乗りだったか」
二人が挨拶を交わしてきた。
「おはよう、良く眠れたか?」
灰も挨拶を返す。
「おう!少し緊張して寝つきは悪かったが、問題ないぜ!」
重戦士は、ニカっと歯を剥き出しにして好調である事を示す。
「ところでコイツと話し合ったんだが……」
女戦士が話しを切り出してくる。
何事かと首を傾げる灰。
重戦士が灰に案を提示した。
「実は、俺達はロスリックの遺跡とやらに詳しくねぇ」
二人は昨晩話し合った末、灰に助言役をやって欲しいとの提案だった。
「便宜上、俺が頭目をやるが実際は肩書きだけの頭目だ。お前さん、古文書に詳しいって聞いたんだ」
灰の素性を知っているのは、この女騎士だけだ。
どうやら女騎士が灰は火継ぎ時代の人間である事を隠し、古い文献に詳しいという形でロスリックに精通している、という事に帳尻を合わせてくれたらしい。
今回の遺跡調査は、名立たる冒険者が多数挑み殆どが帰って来なかった、極めて得体の知れない遺跡だ。
少しでも生存率上げようとする彼等なりの策だったのだろう。
「承知した。最善を尽くす!」
頼まれずともその積もりだった為、灰はその提案を受け入れた。
「わりぃな、頼むぜ」
「アテにするぞ。火の無い灰」
二人は礼を言った。
「お~~い、待ったかぁ?!」
どうやら他のメンバーも集まって来たようだ。
槍使いの一党、同期戦士の一党、そして重戦士の一党の残りメンバーもやって来た。
「大将、早過ぎますよぉ…」
息を切らせる、幼い斥侯と圃人の少女。
「おうっ、寝坊しなかったか。休んでても良かったんだぜ?」
「行くに決まってますよ!初の大冒険なんですから!」
斥侯は息を整えながらも意気込みを見せる。
だが、重戦士の目は笑っていなかった。
――危険な探索になる。正直こいつ等を置いていく選択肢もあったが。
幼い彼等には未来がある、正直危険な目に遭わせたくないという願望もあった。
だが来てしまった以上、仲間である彼等を無理矢理置いていく事は抵抗があった。
太陽が出始める頃に、輸送用の馬車が到着した。
逞しい大柄な馬を2頭使った、巡航速度に優れた馬車らしい。
馬車の荷台へ乗り込む冒険者達。
12人が乗り込んでも、荷台の広さには余裕があった。
「ハァ!」
御者が鞭を走らせ、馬が走り出す。
目指すは、ロスリックの高壁。
嘗て火の無い灰が、薪の王達を王座へ呼び戻す為に何度も何度も死にながら、挑み続けた場所。
荷台の幌の中では、メンバー達が談笑していたが、灰だけは苦々しい表情をしていた。
フードに隠れている為、その表情に気付く者は居なかったが。
出来うる限り皆を生還させたいところではある。
あの男神官の報告では敵の配置や数が、灰の記憶とはかなり食い違っていた。
自分を含め、この中から何人が生きて帰えれるか分からない。
だが、灰の心は決まっていた。
――皆は、俺が守り抜く!!
馬車は、疾走する。
あらゆるモノが流れ着く、ロスリックへ。
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火の無い灰
装備品
頭:アイアンヘルム(改)
体1:皮の胸当て
胸元を覆う皮製の防具。
特に心臓部分は、ハードレザーで補強されている。
非常に軽量で戦士以外の職種にも一定の需要がある。
回避を重視した戦術なら、この防具で充分な防御効果を得られるだろう。
体2:厚布の戦闘服
腕:厚手の腕帯
足:ハードレザーブーツ
武器1:ショートソード
武器2:シミター
鋭く湾曲した刃と軽さが特徴の曲刀。
取り回しが良く、切り裂く連続攻撃に重きを置いた剣術に向く。
但し、使いこなすには相応の技量が必要。
また硬い甲冑や鱗を持つ敵には、効果が薄く刃毀れし易い。
戦技は『回転斬り』。
盾1:バックラー
金属で造られた小型軽量の円盾。
盾中央に丸い突起物があり、その丸みを生かしパリィの有効性を引き上げる。
但しその強みを生かす為にも、それなりの技量を要す。
盾2:タリスマン
清潔な布を聖水で浸し、祈りを捧げた物を紐で束ねた魔除けの道具。
他の所持者にとっては、単なる魔除けのお守りだが、灰にとっては奇跡の触媒。
戦技は『断固たる祈り』。
所持品: エスト瓶(10回)
エストの灰瓶(5回)
螺旋剣の破片
遠眼鏡
基本セット
火炎壺 ×1
火薬の詰められた素焼きの壺
敵に投げつけ、爆発して炎ダメージを与える
物理とは異なる炎属性のダメージは
生身の肉体や獣など
炎に焼かれ、恐れる敵に効果が高い
灰が一つしか所持していないのは、この世界では火薬が
非常に高価であった為。
聖水 ×2
敬虔な神の信徒が、綺麗な水に一晩祈りを捧げ作られる水。
喉を潤す以外にも邪悪な不死の存在を打ち払う効果があると言う。
不死人の成れの果て、亡者にも効くだろうか。
火の無い灰
素性:持たざる者
ソウルレベル 20
生命力・13
集中力・12
持久力・12
体力 ・12
筋力 ・12
技量 ・14
理力 ・11
信仰 ・13
運 ・10
奇跡、呪術の火、ソウルの魔術、高速体術が使用可能。
如何だったでしょうか。
ゴブスレさんとのパーティは、一旦解消し新たな一等と組む事になりました。
一応同期戦士との一党に加入する事になります。
そしてアンドレイさん登場です。
彼には手に入った、楔石や貴石でドンドン武器を強化して貰いましょう。
そして男神官ですが、ダイスを振った結果、クリティカルでした。(笑)
普通に生きてもらいましょう。
次回はいよいよロスリックの高壁編です。
どうなる事やら?
デハマタ。( ゚∀゚)/