ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
続けて投稿致します。
ではドゾ。( ゚ ω ゚ )


第130話―黒教会編2・王都制圧戦・序―

 

 

 

 

 

 

石堀の杖

 

結晶坑道の輝石掘りたちの杖。

杖自体が石掘りの道具であり、石突にも硬い輝石が埋め込まれている。

 

石掘りの魔術を特に強化する。

 

当初、黒教会を疎ましく蔑んでいた幾多の邪教団組織。

時に挑み完膚無きまでに叩きのめされ、彼等は、その強大さを思い知った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

   デエェェ ―― 深みの聖堂 ―― ェェェエン

 

大広間の壇上中心部に設けられた祭壇――。

その祭壇から、赤黒い火柱が天井へと昇り行く。

今は些かにか細く頼りない火柱だが、後ほど手を加えれば更なる肥大化が見込めよう。

火柱の起点でもある『深みの螺旋剣』を囲む数人の人物――。

 

「さて、儀式第1段階は成った。掘削の進捗状況はどうか?」

 

 全身漆黒の重甲冑を纏い、濃紺の法衣を纏う僧侶風の男へと話し掛ける、一人の騎士らしき大男。

 

「大方の掘削が完了しております。現在、王都手前まで到達を確認…()()()()にて一時待機をさせております」

 

「宜しい。例の障害を排除した後、掘削作業は『岩喰い虫(ロックイーター)』へと変更せよ」

 

「仰せのままに。それにしても、地中からの奇襲とは奇策を思い付きなさる」

 

「王統府を侮るなかれ。既に()()なのだからな」 

 

 魔神軍は未だ北の辺境にて留まってはいたが、王国軍主力は陣を展開し迎撃態勢にて待ち構えていた。

幾ら王都に脅威が及んでいないとはいえ、平時の体勢で居られる筈もない。

外部からの物流もある為、全ての結界を展開は出来ないものの、王都周辺への警戒体制は強化されていた。

 

ロンドール黒教会の全戦力は、精々が一個大隊規模。

総力を結集したとて、真正面から王都防衛部隊と激突すれば磨り潰されるのが目に見えていた。

加えて魔神軍に抗する為の結界設備――。

これを全力展開されては、突入する術は失われてしまう。

 

故に奇襲を敢行し、結界塔の制圧が最優先とされた。

だが王都付近は既に、厳正な警戒体制に移行中。

地上は言うに及ばず空からの奇襲も困難とされ、黒教会は生者に扮した間者やローグギルドを通じ情報収集を徹底させていた。

その甲斐あり、地中の防備が比較的手薄である事を知る。――とは言うものの、地中から奇襲など容易に実施できるものではない。

幾重にも折り重なる分厚い岩盤層を掘り進まねばならず、その労力たるや想像を絶していた。

当初は、岩喰い虫(ロックイーター)の使役が検討されたが、制御に困難が生じ早くも計画は頓挫。

試行錯誤の繰り返しで漸く極少数ながら使役に成功したのだが、今度は王都の地下水路施設にて罠が張り巡らされていた。

鋼索(鋼製ワイヤーロープ)の濃密な網罠(ネットトラップ)が全周囲に張り巡らされ、更に触れた者に対し高電圧を流し込むという2重の策で対処されていた。

この罠は対岩喰い虫(ロックイーター)に最も効果を発揮し、如何に獰猛な岩喰い虫(ロックイーター)と言えども鋼索を破るのは容易ではなく、高電圧で脳組織を破壊されれば呆気無く感電死してしまう。

更に仕掛けの持続性も高く、1度や2度作動した所で劣化する事がない。

つまり岩喰い虫(ロックイーター)による掘削にて地中から奇襲すると作戦は、完全に行き詰まりを迎えてしまったのである。

掘削能力を持つのが岩喰い虫(ロックイーター)だけに限定されるのであれば――。

 

確かに一時的な障害は生じたものの、岩喰い虫(ロックイーター)以外の掘削能力有す生物は他にも存在する。

 

   ―― カーサスの砂ワーム ――

 

カーサスの地下墓、その更なる下層に『燻ぶりの湖』と呼ばれる地域が存在する。

其処に件の生物は徘徊していた。

絶対数は1体のみだが、岩喰い虫(ロックイーター)以上の巨躯と掘削能力を誇り全身を常に帯電させていた。

またカーサスの砂ワームだが、非常に硬いヤスリ状の凹凸に富む外皮を備えていた。

この構造は地下を掘り進むのに都合がよく、すぐさま目を付けられる事となる。

しかし個体能力が異常に高く容易に使役できる存在ではない。寧ろ捕獲を試みた傍から被害者が続出するという始末。

どうしたものかと頭を悩ませていた折、然る人物より解決策が提示される。

 

   ―― 傀儡の精薬 ――

 

ごく最近だが、協力関係を申し出た人物と接触――。

その男が所持していた不可思議な秘薬――。

黒教会には無い素材と製法で生み出された秘薬は、『カーサスの砂ワーム』を易々と傀儡化させ使役に漕ぎ着ける事が叶う。

()()()()より来訪したという正体不明の男――。

黒教会は男の功績に報いる為、反政府組織『評議会・議長派』の新議長へと彼を据えた。

この措置は男が望んだ事で、評議会側からは反発の声も上がったが黒教会は強引に意見を押し通す。

新議長の座に就いた男の働きは目覚ましく、当初反発していた者達も彼の実力に納得せざるを得なかった程だ。

その日を皮切りに、評議会側から有用な情報が次々と寄せられ計画は大きな飛躍を遂げる。

短期間に、岩盤層の掘削は大きく進み、岩喰い虫(ロックイーター)を阻む地下水路手前まで到達している段階を迎えていた。

 

カーサスの砂ワームは、常に帯電した状態で電撃にも高い耐性を有す。

また岩喰い虫(ロックイーター)以上の巨体と身体能力もあれば、あの鋼索網も容易に引き千切るだろう。

だがここで、闇の王は一時待機を通達した。

 

確かにカーサスの砂ワームの能力なら、鋼索網も楽々と突破が叶うだろう。

しかし地下水路施設の真上は、実質王都の中心部――。

岩喰い虫(ロックイーター)以上の巨体と質量を以て掘削を進めれば、その振動が王都にまで伝達されてしまうのだ。

その伝達された振動に、誰しもが異常を感知する筈だ。

そうなれば防衛部隊も異様に警戒し、守りを固めるか調査に動き出すのは必至。

カーサスの砂ワームは強力な分、隠密には向いてはいないのが欠点だ。

先ずは、地下水路の鋼索網だけを始末してもらい、後は岩喰い虫(ロックイーター)に掘削を引き継げば、外部に気付かれず王都地下まで到達できる。

 

闇の王は部下に命を下し、作戦の詳細を通達する。

 

「先遣隊は、既に向かっているな?」

 

「はい。地下水路付近にて待機させております」

 

「ここまでは順調か。我は後続部隊の編成の後、出撃に移る。貴公は守備隊と共に守りに就け」

 

「仰せのままに」

 

 事前工作を担う先遣部隊は、カーサスの砂ワームの掘削に合わせ地下水路施設に到達済である。

後は、闇の王自ら率いる主力本隊が現地へ向かい合流――。

作戦の本格始動はそれからだ。

残りの構成員には、深みの聖堂の守備に当たって貰う。

一応、他の下部組織とは提携関係にはあるが、留守を突かれ聖堂を占拠されるのは避けたい思惑があった。

必要最小限とは言え、守備隊を残留させておけば容易に事は起こせまい。

 

「時に、4騎将が一人『黒の僧侶』よ。ユリアは、どうしている?」

 

 守備の任を与えた闇の王は、僧侶風の男へユリアの行方を尋ねる。

この僧侶風の男だが、闇の王直属の側近として『ロンドール4騎将』の一人として名を連ねていた。

4名とも一騎当千の手練れで、この男は『黒の僧侶』という名で呼ばれており、主に儀式や奇跡の行使に長けている存在だ。

 

「此処には、お見えになられておりません。やはり――」

 

「分かっている。アレとは袂を分けたも同然…何れは粛清せねばならぬな」

 

 このセリフから、既に黒教会は2つの派閥が生じている事を示唆していた。

ロンドールのユリアという女性は、黒教会創設者の一人だが独自の思惑で動きを見せている。

ここ暫くは聖堂にも帰還していない。

計画が落ち着けば、ユリアの粛清を成し黒教会の再統一を図る。

闇の王は密かに粛清の算段を立てた。

 

「ただユリア様側にも、新たな参入者が現れたとか――」

 

「ほぅ?」

 

「詳細は分かりませぬが、策謀と魔術に長けた人物だと聞いております」

 

「……。ふ…まぁよい。今は我が計画の遂行が最優先事項だ。念の為、情報収集も怠るな」

 

「仰せのままに」

 

 闇の王側にも異界の住民が参入した様に、ユリア側も同様の事象が起きていた事を語る、黒の僧侶。

その報に暫し思案するも闇の王は任務を遂行するよう告げ、その場から去った。

 

……

 

此処は、深みの聖堂の一画に在る広間。

大広間ほどではないが、広大な造りで何かと重宝する広さを誇っていた。

 

「いよいよ黒教会が動き出しました。主、この留守に乗じてみては?」

 

 燕尾服に似た出で立ちに長い外衣――。

そして特に目を引く、道化師の如き奇妙な仮面の男。

彼は『仮面の錬金術師』と呼ばれている。

その男は、人とも竜とも呼べぬ歪な異形へと意見を具申した。

 

「そう慌てるな。先ずは、例の遺物の入手を急がねばならん」

 

 深みの聖堂は、非常に広大で拠点としても利便性が高い。

この御堂には実に大小様々な組織が流入しており、互いが共用(ルームシェア)し合いながら活動に従事していた。

中でも、ロンドール黒教会と魔神軍の2台巨頭が大半を占有している状態だ。

弱小組織などは、小部屋一つ割り当てられるのが関の山で、彼等は実に窮屈な思いを強いられているのが現状だ。

そしてそれは、妖王オスロエス一派にも当て嵌まる。

約5割の占有率を誇る黒教会の主力が、出撃の兆しを見せているのだ。

ならば彼等の留守を突き、聖堂の大半を制圧してみては?

仮面の錬金術師は好機とばかりに意見を具申したが、オスロエス本人の感心は別の部分に向けられていた。

 

(闇の王)との取引で、『竜贄教会』の居場所は掴んである。後は『竜の心臓』を揃えれば、悲願成就に更なる歩みが見られよう」

 

 確かに黒教会の留守に乗じ、聖堂の大半を制圧するという作戦も有用ではある。

特に祭壇の場は、大掛かりな儀式を行うのに不可欠な設備だ。なれど、下手な占拠に奔走し黒教会との関係悪化を招くべきではない…今は、まだ――。

だがオスロエスには、それ以上の優先事項が存在しており、それが『竜贄教会』と『竜の心臓』の確保であった。

既に『竜贄教会』の所在地は、黒教会との取引で判明していた。

後は、儀式の触媒となる『竜の心臓』を集めねばならないのである。

 

これまでの活動の甲斐あり、幾つかの『竜の心臓』は手元に有る。

その『心臓』は、四方世界に生息する竜を討ち屠り得た物だが、些かに心許ない部分も見受けられた。

 

「見給え、我が体躯を…この貧弱で脆弱な身体をッ…これが竜たる者の身体かッ…上位者たるに相応しい身体と申すかッ…!?…足りぬ…足りなさに過ぎようぞ…!」

 

 戦慄(わなな)如く震える声音を上げ、オスロエスの身体には幾多もの傷跡が刻まれていた。

これ等の傷跡は、四方世界の竜を仕留める為に負ったものだ。

オスロエス自身は、総じて高い戦闘力を有していたが()()()()ほどではない。

正気を犠牲にしてまで白竜の研究に没頭した上で変じた()()()の身体――。

確かに()()()()身体構造を成してはいたが、異様に痩せ細り貧弱な骨格を備えた紛い物も甚だしい。

オスロエスは欲して止まないのだ――雄々しく、力強く、圧倒せんばかりの、竜の身体を。

 

その主な打開策が『竜贄教会』と『竜の心臓』という二つの要素。

竜贄教会の祭壇にて行われる儀式では、竜の力を得る事が叶うとの報を入手できた。

これ等の情報だが黒教会との取引で得る事が叶い、見返りとして手駒となる『フィルフサ』を提供する。

だが基本的に竜贄教会で得られるのは、竜の力の極一部だけに限定されてしまう。

加えて得た代償として徐々に人としての身体と理性を喪失し、果てには()()()の出来損ないである『土竜』へと変じてしまうのだ。

 

尤も、そのまま受け入れる彼等ではない。彼等は彼等なりの対策法を練り計画へと着実な歩みを見せていた。

 

「強靭な竜の肉体を得るには、狭間の地の竜を討ち()()()()()()を入手せねばならん。しかし()の地の古龍は強大だ。今の私では太刀打ちできぬ」

 

「私に一計が御座います…その辺りは、お任せを――」

 

「ほぅ…良かろう…、其方の働き…期待する」

 

 狂いし妖王の命を受け、仮面の錬金術師は直ちに動き始める。其々の思惑を胸に抱きながら――。

 

……

 

巨大な大穴は、深みの聖堂外部…丁度、磔の森の『結晶の古老』が待ち構えていた広場に存在していた。

その大きさたるや、人は無論、大型の馬車でさえ楽々と侵入できる程――。

カーサスの砂ワーム単体で掘り抜いた大穴を伝い、闇の王率いるロンドール主力部隊は一路『王都』を目指していた。

彼等に運搬用の馬車など必要ない。

不死人である彼等は『ソウルの業』を使用できるため、物資をソウルに変換し意識下に仕舞う事も取り出す事も可能。

数々の物資を運び出すのに、これほど理に適った特殊能力は無いだろう。

持ち出すのに必要な軍事物資と言えば、精々が『騎乗用の馬』ぐらいだろうか。

流石の黒教会とて、徒歩で王都を目指すのは現実的ではないのだ。

それでも馬に騎乗したとはいえ、王都近域まで約1週間以上の時を要した。

余談だが、黒教会の用いている馬も不死(不死馬)である。

 

『お待ちしておりました。我等が王』

 

 唯々大穴を伝うという旅路の末、目的地へと辿り着こうかという地点――。

ただ広い空洞にて彼等を迎えたのは、見知らぬ集団であった。

 

「我に何用か?」

 

「ははぁ!我等は、黒教会に連なる――」

 

 カーサスの砂ワームが掘り抜いた巨大な空洞は、尚も奥へと続いていた。

その空洞を馬にて1週間は進んだ訳だが、予定外の遭遇に彼等も馬脚を止め素性を問う。

彼等を迎えた集団は、ロンドール黒教会を信奉する下部組織の『邪教団』であった。

組織の規模自体は然程でもなく、構成員も精々が20名を超えるかどうかの小組織である。

その『邪教団』は、『黒教会の戦力に加わりたい』という旨を告げ闇の王に懇願した。

小組織ながらも、闇の秘術や外法に長け護衛担当の構成員も実力を兼ね備え、規模の割には中々に力を備えた組織でもあった。

邪教団は、全て四方世界の生者で構成されていた。

 

「望みを申せ」

 

「ははぁ!不死の秘術を賜りとう御座います…!」

 

 跪き深々と首を垂れる邪教団の男は、不死人への変容を要求していた。

また彼のみならず、構成員の全員が不死人へ変ずることを望んでいる。

よく見れば、構成員の中には若い男や女も複数含まれており、齢を重ねる事を恐れての願望だろうか。

 

「良かろう…。王都に到着しだい、簡易的にだが儀式を執り行ってしんぜよう。これよりは、我が臣民として心血を注ぐが良い」

 

「ははぁ!有り難き幸せ…!」

 

 以外にも円滑に望みは叶い、邪教団の頭目は恭しく首を垂れ追従する事になる。

 

「宜しいのですか、我が王?」

 

「構わぬ。アレにも使い道がある、それ以上でも以下でもない」

 

 側近の重騎士が一応の懸念を表明するも、闇の王は然したる問題にもしていない。

遭遇した瞬間から、邪教団に対しソウルを探っていた闇の王。

確かに実力を備えた組織ではあるものの、それ以上という事もそれ以下というほどでもない、至って『邪教団』以外の何者でもない。

仮に裏切りを働いたとて、この組織に戦局を左右できるほどの総力は持ち合わせていなかった。

それ故、闇の王はアッサリと彼等を受け入れたのである。

駒として使い、不死を与えれば更なる働きを見せる。

彼等『邪教団』に対する認識は、その程度だった。

 

小規模ながらも邪教団を迎え入れた黒教会だが、この後の道中でも似たような小組織が次々と参入を表明するという珍事に出くわす。

それを3度繰り返し、複数の勢力を迎え入れる事態となった。

 

さて、予定外だが少々の戦力を編入させた黒教会主力部隊。

合流地点である地下水路の手前まで辿り着き、先遣隊との合流を果たす。

傍らには、巨大な芋虫状の異形『カーサスの砂ワーム』も控えていた。

辿り着くまでに、1週間程度の時を要したのだが、基本不死人で構成された黒教会には然したる問題にもならない。

 

「守備はどうか?」

 

「既に例の仕掛けは、除去に成功しております」

 

 掘削の進捗状況を確認する闇の王に対し、先遣隊の指揮役である騎士が現状を説明した。

この騎士もロンドール4騎将の一人で『凶つ斧槍』と呼ばれた、屈指の実力者でもある。

一見広大な空洞だが、これは全て『カーサスの砂ワーム』の手によるものだ。

空洞の先には、明らかなる人工物が彼等の視界に映っている。

王都の地下に位置する『地下水路』で間違いない。

つまり、目的地である王都は目前にまで差し迫ったという事を意味していた。

 

しかし王統府も対応策を練っていたらしく、地中からの侵入に備え鋼索網を広域かつ幾重にも張り巡らし触れた者には超高圧電流で仕留めるという仕掛けまで備えていた。

この仕掛けは予想以上に厄介で、試しに傀儡化させたロックイーターを嗾けたのだが、引き千切る事は疎か一瞬で黒炭化し絶命。

その効果の高さを物語っていた。

だが、カーサスの砂ワームなら容易に突破する事も叶い、粗方の鋼索網は除去された状態だ。

 

「ご苦労、此処からはロックイーターにて掘削を行う」

 

こ奴(カーサスの砂ワーム)の処遇めは?」

 

「案ずるな。使い道は、まだある」

 

 地下とは言え既に王都の領地内にまで侵入した状態だ。

このままカーサスの砂ワームで掘削を継続すれば、流石に振動で察知されてしまう恐れがある。

此処からは慎重に事を進める必要に迫られた。

障害となる電撃付きの鋼索網は、軒並み除去され愁いはない。

若干小型のロックイーターにて掘削を行い、進軍経路を確保。

予定地点まで掘削が完了すれば、後は人の手でどうとでもなる。

また王都の奇襲に際し、カーサスの砂ワームとロックイーターは陽動に使えばいい。

この段階で、王都軍や冒険者の妨害が無いという事は、王統府側も軽い警戒で済んでいるのだろう。

若しくは、魔神軍の侵攻に意識を割かれているかのどちらかだ。

何にせよ、この状況は好機に違いなく、この為に計画を練り反政府組織とも繋がりを継続してきた。

 

「ロックイーターを出せ…!」

 

「ハッ…!」

 

 闇の王の指示に従い、部下達が虚空から水晶に似た物体を取り出す。

その水晶は黄土色に染まっており、ロックイーターの外皮に似ていた。

部下の一人が念を込めれば、忽ち水晶が発光しロックイーターに変ずる。

傀儡化に成功しているのだろう。

獲物と見るや無差別に捕食に奔るロックイーターだが、騎士の指示通り地下水路の掘削を開始した。

より慎重に、より静寂に、王都に気付かれる事無く徹底しながら――。

 

ロックイーターによる掘削を始め、幾許かの日が経過――。

これ以上は、振動で察知されてしまう。

ロックイーターを停止させ、此処からは人の手で通路の確保に当たった。

たが、わざわざマトックやツルハシなどで掘り進んでは悪戯に月日を浪費するだけだ。

一応だが、下部組織には生者も含まれており食料の備蓄も尽きかけている。

別段、歯牙に掛けるに値しない要項だが、折角の戦力を無駄に消費させるのは求心力の低下に繋がる。

此処で黒教会は、ある物を彼等に提供した。

 

一見、槍状の道具だが実際は杖であり、先には青緑色の輝石が嵌め込まれた代物。その輝石に魔力を込めれば発光する特性を備えていた。

魔力を込め発光した水晶が、螺旋状の力場を発生させ回転衝角(ドリル)にも似た現象を引き起こす。

これを使えば、硬い岩盤など砂糖菓子の如く容易に砕く事が可能となるのだ。

実は道具の出自だが、狭間の地から寄せられた代物で『石堀の杖』と呼ばれていた。

 

本来、数ヶ月は掛かる作業を僅か一日で完了し、目的地の通路にまで到達。

 

「諸君、長きに渡る軍務、まことに大儀である」

 

 これにて掘削作業は完了を迎え、闇の王は部下と下部組織に言葉で労い作業を中止させる。

後は、歩を進めるだけだ。此処で暫しの休息を取らせ、下部組織には報酬として生活物資を提供、作戦開始の英気を養わせた。

 

……

 

王統府中央区――。

 

国の中核である首都であり、中でも王宮と国家運営に関わる王侯貴族が住まう中心区である。

その中央区の一区画に立地された大屋敷の『中庭』にて、黒教会は地下より姿を現した。

しかし近衛部隊に、視認される事はない。

何故なら、大屋敷は四方を囲むように設計されており、余程の高角度でもない限り外部からの視界は遮られてしまうからだ。

また『中庭』の周囲を囲む大屋敷は5階建てという異様な高さを誇る為、精々翼竜や鳥人でもない限り全容を窺い知る事は出来ない。

加えて今は、夜間の時間帯。空には紅と緑の月が二つ天に浮かんでいる。

これなら見付かる危険性も少なく、黒教会は評議会・議長派との対面を果たした。

 

「我が屋敷へようこそ同志よ、()()()に共感する者よ」

 

「少しぶりだな同志よ。永劫を求める者『百智卿』よ、いや『新議長』とお呼びした方が良いかな?」

 

 数人の貴族を引き連れた、一人の人物と言葉を交わす闇の王。

その人物も奇抜な出で立ちで、知識層の佇まいとは思えない奇妙な鎧と兜を身に纏っている。

鎧兜の至る箇所に、無数の目や耳を模した装飾が彫られていた。

発する声は男のもので、ごく最近に評議会の新議長に就任した男でもある。

尤も、王統府が公式に認めた訳ではないが…。

 

「同志『闇の王』よ、作戦展開は何時でも可能だ」

 

「暫し待たれよ、先ずはこの者たちに不死の儀式を執り行う」

 

「…確かに、予定にはない集団よの。まぁ良かろう」

 

 既に状況開始の準備は整っており、いつでも事を起こせる状態だと新議長でもある『百智卿』は告げる。

それを受けた闇の王も同調したいのだが、複数の小組織が参入するという予定外の事態が道中で発生していた。

また彼等の殆どが生者で構成されており、挙って不死の存在に成る事を望んでいる。

闇の王は、この機会を利用し『不死の儀式』を施す旨を伝えた。

折角の戦力だ。此処で不死にしておけば、余計な消耗を防ぐ事に繋がり彼等の要求に応えたという証明にもなる。

多少の時間を要するが、そこまで切羽詰まった状況でもない。百智卿も反対する事は無く、直ぐに儀式が執り行われる事となる。

 

中庭には幾つもの松明が設けられ、簡易的だが祭壇も設置された。

 

「あの男、『ヨエル』と言ったか?姿が見えぬようだが、問題ないのかね?」

 

 不死の儀式を執り行うに適した人材、『ロンドールのヨエル』が居ない事を指摘する百智卿。

殆ど接点のない間柄だが、彼もヨエルの存在は認知している。

 

「アレか、古き倫理にしがみ付くあまり、ユリア側に付きおったが問題はない。アレが無くとも儀式自体は可能故な」

 

「ああ、例の女――。しかし油断するなかれ。あの一派は、()()()()()に魅入られんとしている」

 

「…()()()…」

 

「左様…。我ら不倶戴天の敵ぞ」

 

「…肝に銘じておこう」

 

 ユリアに付いたヨエル、その一派は『生命の坩堝』…即ち『3本指』に傾倒せんと、百智卿は忠告した。

その言葉に耳を傾けながらも、闇の王は部下である深みの主教の手を借り儀式を執り行う。

 

幾許かの時間も経過した後、不死の儀式は無事完了。

黒教会を支持する、邪教団を始めとした複数の小組織は晴れて不死人と化し、正式な一員に迎え入れられた。

 

「我等が王よ、まことに感謝致しますぞ。よもやあの様な簡易的な儀式で()()が叶うとは、流石は黒教会の御業…感服いたしました」

 

 不死人と化した一人の男が、深く首を垂れ闇の王へと膝を折る。

 

「では、これより働きにて応えて貰おう。我がロンドール臣民としてのな」

 

「ハハァ…!」

 

 仮にも不死人へと化したのだ。ロンドール臣民へと名を連ねた以上、それに相応しい働きにて応え忠義を示して貰う。

男は恭しく頭を下げ、恭順の姿勢を示した。

 

……

 

そして、いよいよ作戦が展開される段階へと移る。

 

「先ずは、結界塔の制圧だ。その為にも近衛部隊の注意を引き付けねばならん」

 

 王都中央区には、幾つもの結界塔が設けられており、その施設には魔神軍の侵攻に備えた結界を司っていた。

魔術に対する結界や物理に作用する結界など複数に及び、其処を占拠すれば作戦の大勢は決したも同然だ。

逆を正せば、結界塔を制圧しない限り此方が圧倒的に不利に追いやられてしまう。

特に()()()()()()()は最優先で制圧しなければならず、王都外周部に駐屯する防衛部隊を遮断しなければ数の暴力で磨り潰される危険性が極めて高い。

対物理用の結界塔さえ制圧してしまえば防衛部隊の増援の遮断が叶い、それだけでも作戦成功の成否に大きく関わるからだ。

 

結界塔の制圧だが、無策で攻めた処で直ぐに対応されるのは明白だ。

ここは陽動を行い、敵部隊の意識を分散させる必要があるだろう。

せっかく参入した小組織だ。此処は存分に暴れ、力を発揮して貰おうではないか。

小組織だが、総数は60を超える。そこそこの戦力にはなり、更に彼等も異形生成の技術を有していた。

また派手に暴れれば暴れる程、陽動は高い効果を発揮する。地下に待機させてある『カーサスの砂ワーム』をも用いれば、敵の目を更に引き付けてくれるだろう。

近衛部隊の混乱を突き、少数精鋭を以て結界塔の奇襲と制圧を図る。

 

「結界を司る神官どもは、どうなさるお積りで?…我が王様?」

 

「4騎将が一人『深き夢』か…。アレ等が協力せぬであれば、貴公の出番となろうな?」

 

 さて、結界塔の制圧だが、寧ろその後も無視できない案件だ。何せ完全制圧とは、結界さえも意のままに操作しなければ意味がない。

黒教会の望む(タイミング)で結界を展開しなければ、結局は防衛部隊の増援を許してしまう。それでは何の意味も成さないのだ。

そこでロンドール4騎将の一人である『深き夢』が意見を挿んだ。

彼女も異界の住民だが女魔神の眷属であり、狭間の地とは異なる魔界と呼ばれる世界の住民だ。夢魔とは別種の魔神でもあるのだが、非常に高い戦闘力と魔力を誇り夢魔以上の精神干渉力を備えていた。夢に介入する以外の能力は、全ての面で夢魔に勝り魔神将は疎か魔神王に迫る実力を備えている。

 

「まぁいいわ。神官どもが協力しないのなら、操ればいいだけ♪何ならアタシだけで、()()()()()して差し上げてもいいのだけれど?」

 

「驕りであるぞ?どの様な手練れが潜んでいるとも限らぬ…!」

 

「そぉ?みな大した事の無いソウルばかり…。楽勝に思えるんだけど?」

 

「……」

 

「フフ分かったわよ?作戦に従ってあげるわ」

 

 深き夢と呼ばれた女魔神。精神操作にも長けた彼女なら、神官たちを操り従わせる事も造作ない。また彼女の実力を以てすれば真正面から全結界塔の制圧も不可能ではないだろう。仮にも彼女は魔神王に比肩する魔神なのだから。

しかし、彼女が感知しているソウルで全てを判断するのは些かに危険である。実力者は、ワザとソウルを抑え気配を消す術も会得しているのだ。それは実力を隠す事にも繋がり、意表をつき隙を生ませる危険も含まれている。

いくら彼女の様な高位の存在とて、意表と油断を突かれ一瞬で討たれる事も珍しい話ではないのだ。

 

油断した熟練冒険者が、小鬼に殺される様に――。

 

闇の王の警告を受け、渋々ながら方針に従う深き夢――。

この作戦は、彼女の働きが大きく関わるという事も示唆していた。

 

「もうコレ邪魔だから脱ぐわね?ハァ暑い暑い…」

 

 漆黒の外套を脱ぎ捨て、其処には扇情的な肢体ながらも筋肉を備え肉体的にも優れた実力者である事が窺えた。

この辺りは、夢魔とは差異が見られ全く別種の女魔神である事を証明している。

 

「結界塔の制圧が成り次第、各種結界を展開せよ!特に対物理用と対転移術は最優先でな」

 

 結界塔の制圧が首尾よく成れば、早急に結界を展開し防衛部隊との遮断が叶う。

これも無視できない重要な作戦の要だ。

それが済めば、後は王宮を占拠しつつ邪魔な戦力を根こそぎ排除。

ここまでを成功させれば、後は例の儀式を執り行えばいい。

 

「それではロンドール臣民たちよ、我等の悲願成就が為、今こそ力を存分に振るうのだ。――そして世に平穏のあらん事を」

 

「「「「「――ハッ…!!」」」」」

 

闇の王の号令に応え、各構成員は一斉に動きを開始。

王都制圧への第一歩が開始された。

 

……

 

「なんか、霧が出始めたな」

 

「そう言えば。冷え込むような季節でもないんだが――…?」

 

 王宮付近の歩哨を務める二人の近衛兵は、霧が立ち込めた事に眉を顰める。普段こういう現象は起き得ないのだ。

確かに、夏も間近な季節で湿度も高い。何せ先日の雨天ともなれば尚更だ。しかし急激に冷え込む時期でもない。霧が発生するには、一定の湿度に加え、急激な冷え込みで発生し易いのが通説なのだが、今宵の霧は少々珍しい。

 

「気を付けろ、襲撃の前触れかもよ?」

 

「ちょっと気張り過ぎじゃね?確かに数日前、()()()()()()()()()()()らしいが、結局()()()()()で片付いたしな」

 

 この辺りは近衛兵と言った処か。一応は警戒をしつつも、異常事態に備える気概を見せていた。これが並の駐屯兵なら、愚痴や文句を零し気を緩めていただろう。

数日前、地下水路近域にて、ロックイーターが鋼索網に掛かり絶命した事件が発生――。異常と見た近衛部隊は一班を調査に派遣した。しかし程無くして彼等は異常なしと報告し、野生のロックイーターが偶然にも網に掛かったのだと分析結果(レポート)を提出したのである。

 

「なんか、あの班の連中、ボーッとしてたみたいだったけどな?」

 

「大方、入りたくもない地下水路に行かされたんだ。不満も募ろうってもんさ」

 

 地下水路から戻ってきた際の彼等は、挙って意識が朦朧としていた事を思い出し、それついて言及する。

だがあれ以来、特に目を引く事態は発生もしていない。不本意ながらも地下水路に派遣された、あの班も不満が溜まっていたのだろうと相方の近衛兵が返答した。

 

「さて、あと一往復すれば交代の時間帯だ」

 

「そうだな。もう少し頑張りますか…!」

 

 少々味気ない歩哨任務だが、異常が無いのであればそれに越した事はない。担当地域をもう一往復すれば、別の班と交代できる。やはり夜間の任務は何度熟しても、疲労が蓄積してしまうものだ。彼等は、もう一奮起し任務を継続した。

 

「…おい、何だこの揺れ?」

 

 俄かの振動に気付く近衛兵たち。揺れ自体は微細なものだが、地震の類だろうか?そう言えば、ここ最近、度々地震が頻発している様に思える。

 

「――ちょっと待て!?だんだんデカくなってやがるッ!?」

 

「――何だってんだ一体ッ!?」

 

 揺れに気付き始め、そう時間も経つ事なく振動は激しさを増す。まだ何とか立っていられる状況だが、彼等は冷静さ欠き始めていた。

 

『――おい、何事だッ!?』

 

 振動に狼狽える彼等の下に、別の班が駆け付ける。他の担当区域でも気付く程には、揺れは激しい。彼等だけでなく、次々と別の部隊が現場に集まり始めていた。

そこへ、突如として地面が捲り上がり石畳が砕け散った。

 

「――う、うわぁああぁぁぁッ…!?」

「――ロ、ロックイーターっ…!?」

「――3体も居やがるッ!?」

「――応援だ、応援を呼べぇッ!!」

 

 捲れ砕け散る地面――。穿たれた大穴から突如として姿を見せる、巨大なロックイーターが3体――。

集合した近衛兵部隊は、忽ち取り乱すも異常事態と判断し増援を要請した。

 

「――信号弾発射っ!」

 

 筒状の末端に在る紐を引き、発行を伴う煙弾が上空へと射出された。射出する際、触れる空気に反応する事で、発光と奇妙な音を伴い周囲に異常を報せる仕組みだ。これで夜間でも、更なる増援を呼び込めるだろう。

しかし、取り敢えずの安堵も束の間――。更なる惨事が彼等を襲う。

 

「――ぐわあぁぁっ……!?」

「――今度は何だぁッ…!?」

 

 同じ大穴を更に拡大せんばかりに、再度地面が盛り上がり破片が激しく噴出――。拡大された事で、()()()()()()()()()()()()()()、地面から巨大なワームが出現した。

 

「――な、何だコイツはぁッ!?」

「――で、デカいぞぉッ、ロックイーターじゃねぇ!」

「――近寄るなぁ、電撃帯びてやがるッ!」

「――増援はまだか、俺達じゃもたねぇぞッ!?」

「――弩砲(バリスタ)も要るッ!抱え大筒(ハンドカノン)もだッ!」

 

 ロックイーターに加え、更なる巨大な虫状の異形『カーサスの砂ワーム』まで出現し、所構わず暴れ回る。

つい先程まで静寂に包まれていた王宮付近は、一瞬で大混乱に見舞われ軽装の近衛兵一分隊だけで、対処できる事態ではなかった。

縦横無尽に暴れ回る、カーサスの砂ワームと3体のロックイーターが相手に牽制するのが関の山だ。

程無くして最寄りに設置された警鐘が鳴らされ、騒ぎを聞きつけた増援部隊が現場に到着する。

 

「近衛部隊…まぁこんなもの…ね」

 

 上空では、女魔神が騒然となる現場を見降ろしていた。その表情も、何ら感情の伴わない無表情そのもので、興味なさげに近衛部隊と異形の群れを視界に納めている。

 

「ちょっと霧と異形を出しただけでこの醜態…、まぁお陰でやり易いんだけどさ…もう少し…ねぇ…」

 

 ロンドール黒教会に属する女魔神――。彼女は4騎将の一人で『深き夢』を名乗る魔神の眷属だ。

陽動の一環として、魔力で霧を広域に展開――。それに加え、地下に待機させておいたロックイーター3体とカーサスの砂ワームで更なる混乱を誘発――。

その目論見は見事なまでに的中し、近衛部隊の大半は眼下の現場に釘付けとなっている。

 

「まぁ無理もないわね。侵入部隊は、透明の秘術…『見えない体』に『隠密』だったかしら?まぁ看破されたらされたで困るんだけどね?」

 

 目下大混乱中の現場――。複数の異形相手に対応している近衛部隊を尻目に、別の個所では結界塔への奇襲部隊が行動を開始していた。

霧による視界の妨害、異形を使った現場の攪乱と陽動――。そして奇襲部隊には、透明化と無音化の術が施されている状態だ。

余程の鋭敏な感覚とソウルの感知能力を以てしても、看破するのは容易ではない。寧ろ、嗅覚に優れた『犬型の獣人』や、特殊な視覚を有す『蟲型の亜人種』なら()()()()()()が叶うだろう。

しかしそれ等の能力が発揮できるのも、かなりの集中力を要するものだ。

眼下に移る、大混乱状態の現場。誰もが意識を釘付けされ、意識を掻き乱されている。

その証拠に、奇襲部隊に対する動きを見せる近衛部隊は皆無。結界塔の守備も、必要最小限と来れば、もはや流れは此方にあるようなものだ。

 

「さて、次に移りますか♪」

 

 取り敢えずの陽動は成功。だが(かなめ)は結界塔の制圧で、対物理用の結界が最優先となる。深き夢は即座に飛び去り、目標物である結界塔を目指した。

 

「――おい、増援はこれだけかっ!?」

「――もっと寄越せよ、まだ居るだろうっ!」

「――無理言うなッ!別地点でも、魔物が出たんだよッ!」

「――クソッたれめ、どうなってやがるッ!?」

 

 尚も現場は混乱中だ。増援も駆け付けはしたのだが、予想以上に少数だ。その事に憤る近衛兵だが、それには理由があった。

実は別の個所でも魔物が出現し、6体の石人形(ストーンゴーレム)が出現したのである。それだけでなく、不死と化し黒教会傘下となった邪教団組織が総出で奇襲を開始。そこでも戦闘が発生し、近衛部隊は更なる分散を強いられる結果に陥った。

あとは各種結界塔を、確実に制圧すればいいだけだ。

ロンドール黒教会の計画は、着実に進行してゆく。

 

……

 

いくら精鋭とは言え、僅かな神官戦士など敵ではない。

透明化と無音化を看破は出来たものの、接近された状態では無意味に等しい。

結界塔の警護に当たっていた神官戦士は軒並み切り伏せられ、残るは数名の聖職者だけだ。

 

「さぁ、結界と展開し給え。拒否するなら傀儡化させるだけだ」

 

「拒否する!我々は自害も辞さん…!」

 

 生き残った数名の聖職者は、皆が高位の神官や司教で編成された所謂エリートの立場だ。

また国に対する忠誠心も高く、おいそれと黒教会の要求を呑む者など皆無。また結界を展開できる術式は特殊で、誰もが行使できる訳ではない。此処で自害すれば、結果的に結界の展開は出来なくなり、黒教会の目論見は水泡と消えゆくだろう。彼等には、その覚悟も秘めていた。

 

「…確かに、中々に高い抵抗を見せるわね。私の精神干渉を跳ね除けるとは――」

 

 聖職者たちが抵抗するのは想定済みだ。現場に駆け付けた4騎将の一人『深き夢』が精神干渉で傀儡化を試みるものの、完全に抵抗され思惑通りにはいかない。

 

「もはやこれまで――」

 

 数名を束ねる老年の司教は、自害用の短剣で首を切ろうと自害を試みた。

 

「――お爺様ッ…はやまらないでッ…!」

 

 そこへ若い女僧侶が止めに入る。自害を阻止する若い女僧侶と、老年の司教は孫娘の関係だった。

 

「――ええい、止めるな!こ奴を逃がせッ!」

 

 老年とは思えない力で彼女を振り解き、部下に命を下す。しかし、部下が動き出す前に『深き夢』が瞬時に若い女僧侶を捕らえてしまった。

 

「おっと、大人しく協力なさいな、お爺さん。さもなくば()()()!」

 

「――きゃあぁぁッ…!?」

 

 捉えた彼女の法衣を一気に破り裂く、深き夢。下着は付けない主義なのだろうか、上半身のみならず下半身まで露わとなった女僧侶は、驚愕と羞恥のあまり悲鳴を上げた。女の特徴に恵まれた胸部と局部が周囲に晒され、彼女は顔を紅潮させながら目を閉じ辱めに耐えていた。

 

「――貴様、何をするっ!?」

 

 自害の為の短剣を、深き夢に向ける老年の司教。彼の意識は乱れ、使命よりも身内を辱めた女魔神へと憎悪を向けた。

 

それが深き夢の狙いとも知らずに――。

 

「――はい、そぉれ❤」

 

「――ッ…!?」

 

『待ってました!』かと言わんばかりに、深き夢は指をパチンと鳴らす。その途端、老年の司教は動きを止め先ほど見せた怒りの感情も鳴りを潜め、無表情で立ち尽くしてしまった。

 

「ハァイ、イッチョ上がりぃ♪」

 

「――お爺様ぁっ!?貴女、何をしたんですッ!?」

 

「見ての通りよ、可愛いお嬢さん♪」

 

 言葉も感情も置き忘れたかのように立ち尽くす老年の司教に、寄り添う若い女僧侶。明らかにナニカをしたであろう、深き夢に激昂し感情をぶつけた。

しかし、深き夢は飄々を逸らかすのみ――。若い女僧侶は、肉親でもあり祖父でもある、老年の司教に尚も語り掛けるが反応はなかった。

 

深き夢の、精神干渉が成功した証だ。先程は抵抗されていたが、今は完全に、彼女の支配下へと置かれている。

老年の司教と若い女僧侶が家族関係と知った深き夢は、瞬時に彼女を利用する作戦を思い付いた。

結界塔を統括する老年の司教。伊達に齢を重ねてはおらず、生半可の事では精神は揺らぎさえ見せず()()そのもの――。これでは魔神の精神干渉とて、容易に介入できるものではなかった。彼の持つ、揺るぎない国へと忠誠心と民や他者に向ける慈しみの精神。この不動かつ不屈の精神こそ、ある意味で只人最大の武器と見なす者も居る位だ。

このままでは司教が自害されてしまう。そう判断をした深き夢は、咄嗟に若い女僧侶を使う事に決め彼女を捕らえ辱めに掛かった。これには彼女も司教も、咄嗟に心を乱し精神に僅かな隙を生んでしまったのである。

こうなってしまえば、深き夢が主導権を握る事は容易い。

ほんの僅かな時間だが、精神の隙を生んだ司教に精神干渉を行い、それは成功を収めたのであった。

これで、自害される恐れはない。仮に司教の部下が殺害に動こうともロンドールの騎士たちが押さえており、その危険は皆無だ。

 

「それじゃあ司教のお爺さん、結界の展開を宜しく♪」

 

「はい、クイーン…」

 

 今や深き夢の支配下にある、老年の司教は何ら抵抗する事無く彼女の要求を受け入れた。

 

「「「――し、司教様ぁ…お気を確かにッ…!?」」」

 

従者である神官たちの声も虚空に響くのみ。彼等の声も司教には届かず、無情にも結界塔は作動し対物理用の結界は展開された。

これで、外周部との遮断は達成され防衛部隊の援護が届く心配はない。一先ず安全の確保は、成り立った。

しかし司教個人で展開した結界は些かに強度の不安も残り、完全な結界に練り上げるには部下である彼等の協力が不可欠でもあるのだ。

 

「隙だらけね、はい終わり♪」

 

 部下である彼等も高位の神官で高い霊力を秘めていたが、長である老年の司教が傀儡化した事で完全に動揺を覚えている。それは彼等の支えが崩壊した事を意味しており、同時に揺るぎない精神に楔を打ち込まれたという事でもあった。

揺らぎに揺らいだ彼等も精神は脆く、呆気ないほど簡単に深き夢の精神干渉に堕ちてしまう。

 

「それじゃあ、お爺さんに協力してあげて♪お若いんだから、老人は助けてあげなくっちゃ…ね❤」

 

「「「はい、クイーン…」」」

 

「――い、嫌ぁぁああ…!!」

 

 ほぼ無抵抗にも等しく、神官たちも傀儡化され老年の司教の補佐へと動く。これで結界の本来の強度に到達するだろう。敵の意のままに動く彼等の(さま)に、若い女僧侶は悲痛な絶叫で泣き叫ぶ。

 

「あらあら、泣かないの♪最後は貴女ね、ハイッ♪」

 

「……」

 

 若い女僧侶の精神も完全に折れかかった状態だ。深き夢の精神干渉を跳ね除ける程の力は残っておらず、彼女も例に漏れず傀儡化と化す。先ほど泣き叫んでいた彼女だが、嘘のように静かになりただ涙を流すのみだ。

 

「それにしても、はしたない格好ね。もっと淑女らしく慎みを持ちなさいな、お嬢さん?」

 

 自分で衣服を破いておいて、この言い草である。若い女僧侶の衣服は、深き夢に破かれほぼ全裸を周囲に晒していた。尤も彼女は完全な傀儡状態だ、羞恥など覚えよう筈もないのだが。

深き夢に指摘された彼女は徐に動き始め、棚から予備の衣服を取り出し無表情で着替えを済ませる。その後、特に動きを見せる事無く虚空を見つめていた。

 

「さて。貴女の仕事は、彼等の世話よ。食事に着替えから、()()()のお世話も抜かりなくね♪」

 

「はい、クイーン…」

 

 齢若い女である彼女には、今や黒教会の為に結界を展開する彼等の身の回りの世話を命じる。

幾ら深き夢の傀儡下にあるとはいえ、彼等は歴とした生者だ。当然、食事や睡眠も必須となり体調を整えねば、結界消失に直結してしまう。

深き夢の要求にも抵抗なく受け入れた若い女僧侶は、直ぐに行動を開始。木箱から道具を取り出し、世話の為の準備に取り掛かった。

 

「見事なものですな。深き夢よ」

 

「ちょっと手こずったけど、概ね予定通りね。良かったら、あの女を()()してみる?」

 

 一部始終を静観していたロンドールの騎士たち。女魔神でもある深き夢の手腕に、賞賛の言葉を送る。

その彼女の影響下にある、若い女僧侶を始めとした結界塔の聖職者たち。

深き夢は、戯れにと女僧侶との紡ぎ合いを提案してみた。

 

「我等に、左様な欲求はありませぬ。それに無駄な時間の浪費に繋がります故、次に移りましょう」

 

「ふぅ、つまらない連中ね。良かったわ、ダークリングの不死なんて受けなくて――」

 

 不死人である彼等には、性欲や食欲という生理的欲求は希薄となる特徴がある。それ故、眼前に若く魅力的な女が居たとしても、彼等にとっては単に()が存在する程度にしか認識していないのだ。今でこそ人間性の維持のために、食事や酒などで精神安定を図る事はあれど、生者ほど執着はないのである。

そんな彼等の境遇に、退屈と忌避を覚える深き夢。彼女が何を思い、黒教会に協力しているのかは定かではない。単純に、気紛れが働いたのか。その真意は本人のみぞ知る領域だ。

なれど、時間を置けば作戦失敗に繋がるのも確かだ。彼等の言う通り、深き夢たちは次なる結界塔への制圧に動いた。

 

対物理用の結界は無事展開され、これで王都外周部の防衛部隊の増援の阻止が叶う。後は残りの結界塔を制圧するのみ。次に向かうは、転移術を封じる結界塔だ。

 

ロンドールの騎士たちだけでも結界塔の制圧は可能なのだが、ここに4騎将の一人で魔神王に近しい実力を有す『深き夢』なる女魔神まで協力している状況に、失敗などありよう筈もない。

そう時間を置く事も無く、次々と結界塔は制圧され、聖職者達は傀儡化され、黒教会の意のままに結界が展開されてしまう。

 

こうして王都制圧の足掛かりは着々と確保され、次は近衛部隊の排除と王宮の占拠の段階へと移行した。

未だ陽動部隊との戦闘状態にある、彼ら近衛部隊――。展開された結界を目にし、味方が奮起してくれたものだと思い違いを起こしている。既に結界塔が制圧下に置かれたという事実も知らないまま。

 

この異常事態だが、王宮でも既に感知され指揮官役の近衛騎士たちが慌ただしく防備体制を構築に奔走していた。

 

「くくく、ロンドールの、我の力をとくと見せてやろう。只人たちよ…!」

 

「黄金律の復古、環樹による永劫回帰の世界、邪魔はさせぬよ…!」

 

 部下である配下騎士たちを引き連れ、王宮へと迫る『闇の王』と『百智卿』は悲願成就に一歩一歩と足を踏みしめる。

ロンドール黒教会による、王都制圧作戦は佳境を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

傀儡の精薬

 

青黒く濁った精薬、小瓶に詰まっている。

ドロリとした粘液上の薬品は、静かに甘く深く染み込むのだという。

 

服用した者は、主人の意のままに従う傀儡と化す。

 

精製法は極秘で希少な素材を用いる為、誰もが扱える訳ではない。

しかし、狭間の地よりもたらされ、星に纏わる欠片を主な素材とするらしい。

傀儡士としても有名な彼は、知識を探求する男と袂を分かったのだという。

 

 

 

 

 

 




ロンドール4騎将という集団は、オリジナルです。ゲーム中には出てきません。w
二つの派閥に別れちゃったので、闇の王側にも駒が欲しいなと新たに構築いたしました。ユリア派にも何か設定が欲しいな。
魔界って、どんな世界だろう?ダクソの世界と比べて、悍ましいのだろうか?

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/

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