ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
今回は3話分まとめて全弾発射だ。(狂い火発症中)
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )



第131話―黒教会編3・王都制圧戦・中―

 

 

 

 

 

 

錬金キャンディー

 

錬金術で着色されたアメ玉。

色によってそれぞれ違った効果が得られる。

ただ色の方は、辛かったり舌がしびれたり泥臭かったりするので、口に入れるには結構な勇気が必要。

しかし、それも昔の話。

今や改良に改良を重ね、味付けは一種の頂点を極めたり。

 

調合素材の調整で、様々な味付けや効果を扶養できるのが錬金術の強み。

なれど、飴玉は庶民の身近な菓子として広く親しまれ、その製法は既存の技術から生み出された。

 

 

クレイモア

 

1メートルほどの刀身を持つ、真っ直ぐな大型の剣。

重量が重く、両手持ちが基本となるが、筋力に優れる者はこれを片手で振るう。

重い刀身を大きく振る攻撃に加え力を込めた刺突攻撃も可能で、戦術の幅が広い。

 

戦技は「構え」

構えからの通常攻撃で、盾受けを下から崩し、強攻撃で踏み込みからのかち上げ突きと状況に応じ使い分けられる。

 

この得物で断てぬ者は無かった。

我が得物は正に手足も同然。

人外すら…鉄の人形さえ、断ち切ったわが愛用の剣。

それを覆したは、美しくも(あや)しき女の魔神。

 

値段は、金貨6枚~15枚(地域や品質により差異あり)。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 王宮の周囲各地では、所構わず暴れ回る異形に近衛部隊が対応に追われていた。

 

「――報告!弩砲(バリスタ)部隊、抱え大筒(ハンドカノン)部隊、攻撃準備完了ッ!」

「――宜しい、射撃はじめぇッ!」

 

 3体のロックイーターに加え、更なる巨躯を誇るカーサスの砂ワーム。

これ等の異形に、生半可な近接武器で抗するのは非効率に過ぎる。

巨体の群れが織り成す暴力の波に、観賞用の立木や彫像が無残に薙ぎ倒されてゆく。権威と気品の象徴でもある中央区は今、その尊厳を崩されつつあった。

対大物用の兵器を構えた近衛部隊は、一斉射撃を開始――。大量の大ボルトと砲弾が、異形の群れへと吸い込まれた。

弩砲の大ボルトが、ロックイーターの外皮を貫き体組織を破壊。抱え大筒の砲弾は、ロックイーターの脚部を吹き飛ばし無抵抗も同然へと追い詰めた。

 

「――よし、今が好機っ!止めを刺せッ!」

 

 隊長職を務める近衛騎士が、止めを指示する。

強固な外皮に覆われたロックイーターとて、攻城を目的とした兵器を真面に受けては一溜りもない。動きを止め曝け出した弱点へ総攻撃を仕掛ける、近衛兵たち。

巨大な顎と口部を持つゆえ誤解されがちだが、実は上部に頭部らしき部位が存在し同時にそれが急所でもあるのだ。その部分を上手く破壊できれば、凶暴なロックイーターは呆気無く絶命できる。尤も、巨体に似合わず俊敏な異形だ。狙うにも、並大抵の難易度では済まないのだが。

何はともあれ3体のロックイーターは全て仕留められ、この地域に残るのは巨大なカーサスの砂ワームだけだ。

勢い付いた近衛部隊は、次弾装填を急ぎ敵へと備えを進める。

 

「まぁアイツだけでも暫く、もつでしょ?タフだし…問題は――」

 

 近衛部隊の戦いを空中から静観していたのは、ロンドール4騎将の一人で『深き夢』と呼ばれる女魔神。

眼下では、1体の異形に数十名の近衛兵が戦いを仕掛けていた。

数だけで鑑みればロンドール側が圧倒的不利に見えるのだが、カーサスの砂ワームは非常に打たれ強く巨人用の弩砲でもない限り易々と斃れたりはしない。

恐らく近衛部隊は、この異形相手に釘付けとなり現場を離れる事は出来ない筈だ。つまり陽動という点では、未だこの地域は機能しているとも言える。

寧ろ懸念すべきは、別地点で交戦している小組織の集団の方だ。彼等は、数も質も黒教会には大きく劣る。現に、彼等が用意した石人形《ストーンゴーレム》は全て仕留められ、彼ら自身も徐々に討ち取られていたのである。

それでも彼等は不死人と化した為、何処かの篝火で復活する。多少人間性を喪失してしまうが、たった1度の死で亡者化する事はないだろう。

 

「援護してあげますか」

 

 それでも、いたずらに戦力を削られるのは面白くない。

深き夢は、この場を飛び去り別地点の援護を目指す。

 

……

 

『正門の守りを固めよ!『王』不在の間、何としても王宮を守り抜くのだ…!』

 

 一方、王宮内では近衛兵たちが慌ただしく動きを見せている。

この国の政務を担う、重鎮でもあり国王側近を務める年老いた男は、声を張り上げ各部署に指示を飛ばしていた。

突如として何の前触れもなく姿を見せた、異形の群れと得体の知れない武装集団――。

気が付けば、結界塔から全ての結界も展開されている状態だ。

結界展開を指示した覚えは無い筈だが、現場の判断で咄嗟に決行したのだろうか。

それならば、増援である防衛部隊が駆け付けて来る筈なのだが、その気配は一向に見えない。

 

「えぇ~い、これはどういう事か!?こうもあっさりと奇襲を許してしまうとは…!」

 

 国王の側近でもあり重鎮でもある年老いた男――。嘗て冒険者時代からの国王と親交のある人物で、現在は主に国政を担う宰相の役割に就いていた。

あまりに唐突ともいえる敵襲――。この感触だと、中央区に忽然と姿を見せた事になる。もし外周部から攻めて来たのなら、事前察知が可能な体制で構えていたのだ。

対空監視は抜かりなく、強いて言うなら地中からの襲撃が最も有力か。

 

――ぬぅ、数日前の反応…もう少し入念に調べておくべきだったかッ…!

 

地下水路付近にも電撃入り鋼索網を幾重にも仕掛け、1体のロックイーターが見事にかかり絶命していた事があった。

それを察知した王統府は、即座に調査班を向かわせたが程無くして『異常なし』『野生のロックイーターによる仕業』との報告が寄せられた。

帰還した兵達からは若干の違和感を覚えたものの、当時は他の執務を優先していた事も手伝い、そのまま鵜呑みにしてしまった。

今思えば、もっと入念に兵達の異常に関心を寄せるべきだったのだ。あの時、罠にかかったロックイーターは決して野生などではなかった。完全に敵側が意図的に仕掛け罠の効果を精査していたに線が濃厚だ。

だが後悔先に立たず――。

現実、敵の奇襲を許し結界まで作動してしまっている。この様な出鱈目のタイミングで結界を展開するような近衛部隊ではない。恐らく結界塔は、敵側の手に堕ちているのだろう。ならば、王宮を防衛に部隊を回し突破口を見出さなくてはならない。

王宮には、王族のみならず各国の要人までもが招かれ絶対に死守する必要があるのだ。

 

「――じいさん!大半の部隊が揃ったぜッ!」

 

 焦燥を滲ませつつも防衛の指揮を執る老齢の宰相に、獣人の戦士が駆け寄り近況を告げる。彼の首には金等級の認識票が吊り下がっており、冒険者である事を示していた。

 

「――爺さんじゃなくて宰相と呼ばんかい、馬鹿者ぉッ!まぁよい、要人を例の避難室へッ…!」

 

「――おう、ヘマすんじゃねぇぞッ!?」

 

 留守を任された以上、王宮の死守は是が非でも達成しなければならないのだが、万が一という最悪の事態も想定しておく必要がある。

王族や要人を中心に緊急避難として使われる部屋へ連れ出すよう、獣人戦士へと指示を出す。

それを受けた彼も、憎まれ口を叩きながらも場を後にした。

 

「――第1小隊、到着!」

「――第2小隊、配置完了!」

「――第3小隊、準備良し!」

 

 王宮の外では、かなりの乱戦状態に陥っているという報告も飛び交う状況だ。

しかし、名立たる精鋭部隊が王宮内へと到達し、次々と配置が完了した報が寄せられる。

 

「よし、多少の猶予は出来たか…」

 

 1小隊につき、約100名前後の近衛兵が所属している。それが3個小隊、総勢300名前後――。しかも、精鋭中の精鋭揃いで元腕利きの冒険者や傭兵も所属していた。これなら然う然う敵に後れを取る事はない。

幾許かの安堵を得た老齢の宰相は、眼前に陣取る近衛兵たちを視界に納めつつ溜息を吐いた。

 

「まだ安心はできません。此処は私に任せ、貴方様も避難室へ――」

 

 突然の緊張が続き、息を乱す宰相――。そんな彼に声を掛けたのは、屈強で大柄な体躯を備えながらも宮廷魔術師の役職に就く褐色肌の男であった。彼も、国王とは冒険者時代からの交友を持ち側近の一人として重用されている。

 

「済まんな、此処はお前に任せる」

 

 大柄な宮廷魔術師に指揮を任せ、自身も避難を始める宰相。やはり寄る年波の影響もあり、どうにも呼吸と身体が重い。

それに、小隊長を務める近衛騎士は、全て王国屈指の実力者でもあり優れた軍人でもある。加えて、他の部隊も防衛準備が整い守りを固めつつあった。

過信は禁物だが、どうやら凌げそうだ。

 

「第4小隊だけ借り受けるぞ。緊急事態だ、翼竜の伝令兵も飛ばせ…!」

 

「了解、ではその様に…!」

 

 去り際、避難部屋の護衛に1小隊だけは追従させ、西方辺境街へと出向いているであろう国王一行へと伝令を飛ばす旨を宰相は告げ、現場を跡にした。

 

『――曲者だ、撃て!撃てぇ!』

 

 閉じた門扉の向こう側から、怒号飛び交う荒々しい声が王宮内にまで届く。

既に、直ぐ其処まで敵が迫り交戦状態だという事が、此処にまで伝わって来た。

 

……

 

「く、くそぉ…!何だ、この女の魔神はッ…!?」

 

 王宮外の然る一画――。

一人の近衛騎士が歯軋り混じりに、眼前の敵を睨み付けていた。

先ほどまで、優勢に戦いは進んでいた。――筈だった。

だが今はどうだ?

見知った仲間や部下は軒並み倒れ伏し、今や残り数名の部下を残すのみだ。

確かに優勢だった――つい先程までは――。

相手は、邪教徒らしき集団――。計60名ほどは居ただろうか。同時に、魔法生物である石人形(ストーンゴーレム)数体を召喚し、交戦へと移行。

正直、石人形(ストーンゴーレム)は固く打たれ強いものの、近衛部隊からすれば然程脅威にもなり得ない存在だ。

また数の上でも此方が上。邪教徒側は総勢60に比べ、この現場に駆け付けた近衛第5小隊だけでも80以上の数は揃っている。加えて兵の一人一人が、銅等級冒険者並みの実力を備えていた。

先ず押し敗ける道理もなく、現に石人形(ストーンゴーレム)数体を含め半数の邪教徒構成員を仕留めるに至っていた。

しかも此方の被害は、ほぼ皆無で軽傷者が数名という、好調ぶり――。

しかし今のザマは、どう弁明すればいい?

突如として空中から降り立った、一人の女――否、魔神。背には2枚の翼、灰色の長髪に妖艶な美貌と豊満な身体ながらも肌は青みがかった灰色、濃い紫の灯る眼――。

明らかに、只人や森人の類ではない。また闇人にも、翼の生えた人種など存在しない。

その事からも、目の前に妖艶な笑みを浮かべる女が魔神に属する者である事が窺えた。

この女魔神が降り立ってからというもの、戦局の流れは完全に逆転してしまった。

あれ程一方的に戦いを進めていた第5小隊は、目下壊滅状態にある。

 

「貴方達は、別動隊と合流なさい。より忠実な任務が通達されるわ」

 

「ふ…深き夢…様…?」

 

「此処は私が担当するわ…と言っても、もう壊滅ね」

 

 彼女の介入により、この区域の近衛部隊は実質壊滅し、半壊した邪教徒集団に別名を下した。

 

「――おのれ、黒教会めッ!」

 

 部隊を壊滅させられ、怒り任せに大剣を振るう近衛騎士。英雄ほどではないものの、それに近い戦闘力を備えた彼の一撃は、先程の石人形(ストーンゴーレム)を一振りで両断する威力を有す。更に上質のクレイモアの剣撃だ。

真面に食らえば、鋼鉄の塊でさえ両断できる。

 

「ふ~ん…それで?」

「…な…バカ…な…」

 

 しかし彼の強力無比な一撃は、彼女に届く事はなかった。

 

「か、片手…で…――」

 

 呻くように声を漏らす近衛騎士――。彼のクレイモアは、彼女の手にする杖で受け止められていた。しかも片手持ちの細い杖で――。

今起こっている現象に、信じられないといった表情を浮かべる近衛騎士。彼は数ある近衛騎士の中でも、特に体力と筋力に優れた人材だ。彼も、冒険者時代には自慢の剣で幾多もの大物を屠ってきた歴史を持ち、最後の冒険では然る組織の切り札である『アイアンゴーレム』をも付与魔法(エンチャント)なしで切り伏せ、その功績が認められ今に至る。

だが、そんな彼の歴史を嘲笑うかのように、女魔神は息も姿勢も乱さず一撃を受け止めていた。

 

「お休み…騎士様❤」

「――ッ!?」

 

 受け止めたクレイモアごと杖を無造作に振るい、近衛騎士を吹き飛ばす。

吹き飛んだ近衛騎士は、壁面に叩き付けられそのまま動く事はなかった。叩き付けられた壁面は衝撃で脆く崩れ、微動だにしない近衛騎士を瓦礫で埋葬した。

 

「――ひ、ひぃぃい、ば、化け物ぉ……!」

「――た、助けてくれぇッ…!!」

 

 生き残った僅か数名の近衛兵たち――。眼前の惨劇に、一目散に逃走を図ってしまった。もはや彼等に戦う意思は疎か、国防の信念さえ崩壊し対面など綺麗に喪失している。

 

「あらあら、情けない兵隊さんね…。ちょっと小突いただけで…」

 

 ほぼ一方的な勝利に、小さな溜息を吐く『深き夢』と呼ばれる女魔神。

 

「まぁ、いいでしょう。本隊の援護に入らないと」

 

 既に居ない敵に寄せる興味など無い。構えを解いた彼女は、上部から王宮の侵入を試みた。

 

――あとは『凶つ斧槍』に任せればいいわね、仮にも4騎将の一人なんだし。

 

まだ幾許かの戦力が王宮外には残存していたが、4騎将の一人である『凶つ斧槍』に委任し、王宮内の区画へと降り立った。

 

「籠城の構え…からの脱出…、まぁ妥当な判断ね。只人にしては――」

 

 無人の廊下を()()()()、王宮の内装を暫し楽しむ深き夢。目標は、籠城と脱出の構えを見せているであろう、王統府含めた要人たち。

 

「流石に美しいわね、宮殿なだけはあるわ。報酬として、一区画だけでも頂こうかしら?」

 

 国の中枢を彩る王の宮――。金銀を始めとした多種多様な貴金属で拵えられた調度品が、彼女の美意識を刺激する。

 

「何とも穏やかな風景だ事。その内、魔界も同然…いいえ、()()()()()()()()()()()に変貌しちゃうのに」

 

 壁に立てかけられた巨大な額に納まった風景画に目が向いた。澄み切った青空の下なだらかな草原が何処までも広がる穏やかで美しい平和の象徴を描いた風景画。

祈る者の世界そのものを語るかの様な風景だが、それも近い内に終焉を迎えようとしている。

彼女は『魔界』と呼ばれる異界の出身であり、とにかく過酷で弱肉強食や下克上が常の世界であった。

とにかく力無き者は、いとも容易く搾取の果てに淘汰されるというのが魔界の常識なのだ。

その世界が間も無く到来し、弱き者から軒並み排除されゆくだろう。

 

「碌でもない魔界、惰弱な四方世界、しかしそれも終わりが近い。もう直ぐ変り果てる。黄金律の支配する『永劫回帰』…『2本指』の世界が到来すれば――」

 

 確かに彼女は魔界の住民で、魔神と呼ばれる眷属だ。しかし、意外にも彼女は魔界に対し見切りと嫌悪感を抱いていた。

 

そして夢見る悲願、黄金律の支配する世界の到来――。

 

深き夢なる二つ名を拝命し、ロンドール黒教会の4騎将の一人として活動していたが、特に組織に対して心酔している訳ではない。

寧ろ彼女自身は恐れてさえいた――。

 

運命の死による世界と自身の終焉に――。

 

自分という存在が終わりを迎え、何れ無に帰すという未来に過剰なまでの恐れを抱いていたのである。

 

本来のロンドールは亡者と老人の国の代表格であり、死と闇に傾倒する国である。

つまり、彼女の抱く思想とは相容れない存在でもあった。そんな彼女が、何故ロンドール黒教会に与したのか。

 

その理由が、黄金律の掲げる『永劫回帰』の世界の到来である。

 

たとえ、肉体と魂の真なる消滅である『運命の死』を迎えようとも、黄金律に導かれ新たなる肉体と魂を授かり再び存在を得る。

そして果てる事無くそれを繰り返し、永遠に肉体と魂の存在が許される文字通りの『永劫回帰』の世界。

それが彼女の真に夢見る世界だ。

神々の定めた『輪廻転生』など、彼女のとっては唾棄すべき無用の長物。歯牙にも値しない。折角、先天性の美貌や力を備え誕生したのだ。四方世界が神々の定めし『律』で歪められてたまるものか。

()()()()()()()()死を迎えようとも、同じ存在として再び新たな生を授かる。

それが真の望みでもあるのだ。

 

そしてどういう風の吹き回しか、死と闇を標榜するロンドール黒教会までもが『黄金律』の復古を望むようになる。

やはり彼等にも魅力に映ったのだろう。黄金律の永劫回帰による、永遠なる生まれ変わりという世界に。

そして黒教会の長である『闇の王』だが、どうにも『黄金』という概念に、ある種の執着と拘りを抱いているのようにも思えた。

それが起因となり、黄金律に鞍替えしたのだろうか、闇の王は?

まぁどちらでもいい。これは彼女にとっても好機だ。

こうして紆余曲折を得、彼女はロンドール黒教会の参入と協力を決め『4騎将』という側近の地位を授かった。

あとで判明した事だが、黒教会には別の一派も存在し、現在は半ば分裂も同然の関係だというが彼女にとっては些細な問題でしかない。

今こうして計画は、着々と進行しているのだから。

 

『――いたぞッ!』

『――おのれ、魔神めッ!』

『――斬り捨ててくれるッ!』

 

 思案に耽るうちに、護衛の近衛兵が彼女に襲い掛かる。

 

「どうやら目的は近いようね」

 

 わざわざ近衛兵が出張って来たという事は、目的地が近いという事の表れでもあるのだろう。

近衛兵の剣をいなし、手首を掴み取り、半身を捻り躱し切る。そして反撃とばかりに、擦り抜け様の杖による打撃攻撃――。

 

「「「…我等が…あっさりと…?」」」

 

「お努めご苦労様❤」

 

 一合も打ち合う事なく、護衛の近衛兵部隊は床に倒れ伏し意識を寸断させた。

 

近衛兵を打ち倒し、更に歩を進めては、要所要所で新たな近衛兵の襲撃に晒される。

それを繰り返すこと5回――。

並み居る近衛兵と近衛隊長を薙ぎ倒し、地下階層へと続く階段を下り長い回廊を抜けた先、大扉の前へと辿り着いた。

 

「素敵なソウルがより取り見取り…この部屋で間違いないわね♪」

 

 大扉越しに漏れ出るソウルで、求める要因たちが籠っている事が分かる。

間違いない――。この大部屋に、王侯貴族を始めとする要人たちが居る。ならば、この扉を突破するのみ。

 

「流石に備えてあるわね。扉自身に結界、魔法の施錠に、金属製の(かんぬき)の3段構え…」

 

 しかし、追い詰められた標的とて無策な筈はない。寧ろ備えていて当然とも言えた。

扉破壊防止用の結界を施し強度を強化、魔法による施錠により容易ならざる手間で開錠しなければならず、おまけに金属製の3本閂で完全籠城の構えときたものだ。

この状態の大扉を破るのは、魔神とて相当の骨が折れるだろう。扉の纏う結界は、強度強化に加え魔法や物理攻撃を弱体化させるという半ば反則染みた効果を有していた。破壊による突破も一筋縄ではいかない。

扉の突破には、長時間を掛けねばならなかった。またあまり時間を掛けては、標的は緊急脱出口などを通り逃走されてしまうだろう。

だが彼女は、然して取り乱す事もなかった。

 

「備え自体は悪くないんだけど…もう少し頭を捻って欲しかったわね。助言者の祠のように…」

 

 何と彼女、秘かに助言者の祠をも視野に入れていた。しかし()の祠は、緊急策として空間ごと切り離し、独立した異界へと逃げ込むという手法を執っている。 

これでは、いくら彼女とて手出しは不可能だ。

だがこの大扉は、そうではない。確かに突破防止用に幾重にも備えを施してはいたが、あくまで()()()()()()()()だけだ。

そう――。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼女は杖を虚空から出現させ、杖先に魔力を収束させる。

 

「残念でした…♪」

 

 そして杖先の魔力で、()()()()()()()()を切り裂き始めたのであった。

大扉自体は頑丈に加え、結界やら施錠やらで防備を固めた。――が、大扉以外の周囲の壁面は単なる石造りに変わりなく、しかも何一つ施しも成していない。

石造りの壁面とて上質の素材が用いられていたが、流石に魔神の魔力に耐えられる程ではない。

杖先の魔力は刃の如く形状を変え、易々と壁面を抉り徐々に丁寧に突き進めて行く。それは大きな円を描くように壁面を切り裂き、遂に大扉の壁ごと円形の壁面は床へと倒れ伏した。

 

「ハァイ、こんばんわ❤初めまして、皆さん❤」

 

 倒れ伏した扉越しの壁面は、砂埃を上げながら大部屋を繋ぐ通路に充満する。

程無くして埃も晴れれば、彼女の瞳には大勢の王侯貴族や要人たちが過剰に身構えていた。

 

……

 

一方、此方は大部屋側――。

緊急用の避難室として使われる、かなり広めの大部屋だ。また暖炉奥には脱出口が隠され王都外れへと通じている。

灰色ながらに磨き上げられた石造りの壁面、四角形の大卓に上質の椅子が幾つも並べられ、一見すれば会議室に見えるだろう。

今この大部屋には、王統府の重鎮や他国からの要人が集っており複数の近衛兵たちが警護に就いていた。

 

「閂良し、施錠良し、結界良し、これにて封鎖完了…!」

 

「む、時間は稼げるな…」

 

 刺繡入りの上質なローブに身を包んだ、幾人もの魔術師が部屋と通路を繋ぐを大扉に魔術を掛け終えた事を宣言。

報告を聞いた老齢の宰相は、重い息を吐き肩からゆっくりと力を抜く。かなり焦燥していたのか、額から大粒の汗が伝っていた。

 

「わ…我々は、我々は…助かるのかね?」

 

 他国ではないが遠方はるばる足労した有力貴族の面々は、全身を震わせ恐怖に慄いていた。金細工の装飾で彩られた貴族服は小刻みに揺れ、ぶら下がった貴金属の装飾品がカチャカチャと音を立て旋律を奏でるも、誰一人意識する事はない。

…無理もない。よもや前触れもなく、敵襲などという難事に見舞われたのだ。安全と信じていただけに、心の構えには些かに厳しいものがあった。

 

「強固な防備ですから、落ち着いて下さい。良ければコレをどうぞ」

 

 青を基調としつつ桜色が各所に目立つ独創性の高い衣装を身に纏った、一人の女性錬金術師――。彼女は穏やかな言葉を掛けながら敵来襲の恐怖に慄く男性貴族に、とある固形物を手渡した。

 

「なるべく噛み砕かず口に含んで溶かして下さい」

 

「かたじけない」

 

 極力、不安を緩和させるべく気遣いの言葉を掛け、手渡した固形物を口に含むよう彼女は求める。

彼女が手渡した物は、飴玉(キャンディー)の一種で通常の製法では実現できない鎮静作用を有していた。

 

「メルルちゃん、これ皆に配って」

 

「りょーかい、トトリさん…!」

 

 怯える貴族に声を掛けていた女性だが、彼女の名はトトゥーリア=ヘルモルトと呼ばれており、他国出身の錬金術師である。

トトリから受け取った飴玉を口に含んだ貴族の男は、少しずつ表情を和らげ落ち着きを取り戻していた。

その様子を見届けたトトリは、仲間でもあり弟子の一人でもあるメルルという女性に飴玉を配るよう求める。

 

「さ、先ずは君ね、お姫様…!」

 

 メルルは傍に居た幼い少女に、受け取った飴玉を手渡す。

 

「あ、有難う…。わぁ…何か、甘酸っぱい…」

 

 メルルに『お姫様』と呼ばれた幼い少女――。11~12歳ほどの年齢で短めの金髪に、白と青を組み合わせた動きやすい上品なドレスを纏っている。

 

お姫様…つまりは()()()()()だ。

 

彼女は国家元首である国王の実妹であると同時に『第1王女』でもあり、周囲からは『王妹殿下』とよく呼ばれている。

高貴な身分でもある王妹は、メルルから受け取った飴玉を早速口に含み強張った表情を綻ばせていた。

石ころ程度の大きさの飴玉が彼女の舌に触れ、密に似た甘さとリンゴを思わせる酸味が口内に広がる。

この味…癖になりそうだ。適うなら何時までも嘗めていた程に――。

飴玉の味と鎮静効果で和らいだ表情を浮かべた王妹は、交互にトトリとメルルを見ては笑みを送る。

 

王妹を含め、飴玉を口に含んだ王侯貴族たちも幾許かの平静を取り戻している。

 

「いつもいつも誠に感謝致します、メルル…もとい、メルルリンス=レーデ=アールズ様」

 

 王妹の世話係でもある女官が、メルルに恭しく首を垂れ感謝の意を述べた。

 

「いいです、いいです。私もう、お姫様じゃないんで…!」

 

 少々取り乱し、女官に手を振るメルル。実は彼女も、元は小国の王女という経歴を持っていた。それ故、同じ王族繋がりという事もありメルルと王妹は交流を深め合っていたのである。

 

「おい、遊んでる場合じゃないぜ!爺さん、脱出はまだかよ!?」

 

「こら、ジーノ!言葉に気を付けなさいな!」

 

 唐突に乱雑な言葉を投げ掛けたのは、ジーノ=クナープという青年の冒険者。彼も他国の出身でトトリと同郷の幼馴染という関係でもある。

そんな彼に、異を唱えるのはミミ=ウリエ=フォン=シュバルツラングの名を持つ、女性冒険者。老齢の宰相という仮にも国家の重鎮に向かって、無遠慮な言葉を投げ掛けたジーノに苦言を呈した。

 

「少し待っておれ…!全く、こんな時に限って…!」

 

 老齢の宰相は、暖炉奥に向かい何やら仕掛けの作動に手間取っている様だ。火は熾されていない暖炉だが、思いのほか塵灰が積もり仕掛け解除が難航していたのである。

普段使われる事のない緊急脱出口という事が災いし、仕掛け自体が古びていた事と、機密漏洩防止のため解除の手順を複雑化させていた事が主な原因として働いていた。

 

仕掛け解除に手間取る彼等に、突如として激しい振動が部屋全体に迸る。

 

「――不味い、嗅ぎつかれた!おい爺さん、急ぎやがれ!」

「――そうだぜ、爺さん!年寄りだからって、甘えんな!」

 

「貴様ら、覚えとけよ…!」

 

 激しい振動は、大扉から発せられた。間違いなく、外部からの強力な衝撃が加えられた証拠だ。大扉自体、然したる影響もないが、部屋全体は振動に揺られている。

 

金等級冒険者でもある獣人戦士、ジーノ=クナープという青年冒険者の二人に、悪態で返す老齢の宰相。人の苦労も露知らずの無遠慮な言葉使いに、老齢の宰相も少々苛立ちを募らせていた。

そうこうしている間にも、大扉からは激しい衝撃音が数度繰り返されるが突如として静寂が舞い戻る。

その事に、怪訝に思う彼等。しかし束の間の静寂は一瞬で過ぎ去り、大扉の周囲が魔力の様な力で徐々に切り裂かれ始めた。

 

「――ま、まさか…()()()()()()()()気かっ!?」

「――その手があったかッ…!」

「――不味い、突破されるっ…!」

「――ここは我々で、時間を稼ぎますッ!」

「――今の内に脱出をッ!!」

 

 確かに大扉には、強固な封を施し並大抵の力で開く事はない。

先ほどの数度の衝撃から察するに、相当強力な力をぶつけたのが分かる。だが、大扉自体は微動だにする事はなかった。

そして一瞬だが訪れた静寂の帳――。敵は断念してくれたのだろうか?…そんな淡い期待を抱きそうになるが現実は甘くない。

 

なんと、大扉の周囲の壁面が、円形に斬り裂かれようとしていたのである。

大扉を除く部屋自体の壁そのものは、何ら対策も講じていない無防備も同然であった。

幾ら大扉の防備が完璧でも、()()()()()()()()()()に変わりない。

つまり現在進行形で、扉以外の壁が魔力で切り裂かれる寸前に陥っているという状況だ。

そして未だ、脱出口の仕掛けは解除されていない。

 

このままでは、脱出は間に合いそうにないだろう。そう悟った、近衛兵たちは覚悟を決め戦闘体制へと移行した。

 

「覚悟を決めるしかないぜ…!」

「ミミちゃん、メルルちゃん、準備はいい?」

「当たり前でしょ!黒教会なんて蹴散らしてあげるわ!」

「金等級の実力見せてやるぜッ!」

 

 近衛兵だけでなく、ライアス、トトリ、ミミ、獣人戦士も武器を手に身構え敵襲来に備える。

 

「大丈夫、心配ないわ!これだけ人数居るんだもの…!」

 

 いよいよ壁も切り裂かれる寸前、更に覚えを見せる王妹を安心させるメルル。彼女も腰の剣を抜き、刀身に魔力を込める。

脱出に手間取る大部屋の彼等は、確かに『袋のネズミ』も同然に追い詰められていた。

だがこの大部屋には、近衛騎士を筆頭に近衛兵が数十人以上も控えた第4小隊。

そして他国とは言え屈指の実力で名をはせた『錬金団』の面々――。

彼等の総力を結集すれば、かなりの戦力が集っているとも言える状況でもあるのだ。

 

そして遂に壁面ごと大扉が破られ、円形の壁は部屋側へと前倒しに崩れ落ちたのだが、砂埃越しに見える輪郭と気配は一つしか見当たらない。

どうやら襲撃者は、たった一人という事になる。それに対し此方の総戦力は、実に70名以上――。質も数も此方が有利と判断できる。

油断は禁物だが、敵が一人なら過剰に恐れる必要もない。第4小隊と連携すれば、難なく撃退ないし討伐も叶うだろう。

程無くして砂埃も晴れ、一つの人影が鮮明となる。

 

『ハァイ、こんばんわ❤初めまして、皆さん❤』

 

 大部屋への侵入を果たす、深き夢。彼女を見据える集団へと、陽気な軽口で挨拶を送る。

しかし、軽やかな空気など欺瞞も欺瞞――。

 

数々の魔法が、深き夢へと殺到。

 

「――危ないわね…」

 

 火や雷を始めとした魔法が飛来するも、彼女に届く前に消滅する。

火は掻き消え、雷は霧散し、冷気は届かない。

奇襲だ――。

大部屋の面々は、眼前の敵が強大な存在である事を見抜いていた。真正面から堂々と当たった処で、此方の消耗が増すだけだ。

それ故、出会い頭の隙を突き全力の飽和攻撃を加える。そういう作戦で臨んだのであった。

 

「まだまだ…!」

 

 牽制の魔法は通用しなかったが、それは想定済み。敵の気を少しでも逸らせるためだ。

立て続けにトトリが手にしていた魔導書を開き、魔力で生成した剣を敵目掛けて射出する。

高速ながら小回りの利く複数の魔力剣が、深き夢に襲い掛かった。

 

だが深き夢は、難なく姿勢を変えるだけで暴れる魔力剣を躱し続ける。

状態を捻り、首を傾け、片脚を上げ、時には身体をその場で回転。ただ、それだけの単純動作。

位置を変える事すらせず、高速で宙を舞う魔力剣は虚しく彼女を通り過ぎるのみだ。

 

「――隙だらけよッ!」

 

 しかしそれも想定内。当たれば良し位の牽制交えの攻撃で、隙さえ生まれれば良いだけだ。

躱し続ける事で、深き夢の意識は宙を舞う剣に向いている。

そこへ、ミミが付け入るように槍を構え高速突進――。

 

「――この動き、見切れるかしらッ!?」

 

 柔軟な体裁きを織り交ぜた、槍の連続攻撃で敵を攻め立てた。

極端なまでの低い体勢から襲い来る槍の斬撃――。それでいて連続で繰り出される多方向からの斬撃――。

彼女の得意とする連続攻撃は、これまで幾多の強敵を屠ってきた。

 

「…掠りもしないわね」

 

 だが、深き夢に一撃さえ有効打を与える事はなかった。

 

「――く、どうしてッ!?」

 

 この技を受け耐える敵は在れど躱し切る敵など、今の今まで殆ど存在する事はなかった。

更なる上位技も体得しているミミだが、一撃は疎か掠める事さえままならない事実に焦りを滲ませる。

 

「――退け、ミミっ!」

 

 だが攻めの流れは未だ継続中で、敢えて流れを崩し、仕切り直しを敵に与える道理など無い。

若輩ながらも長年培った冒険者としての勘を働かせ、今度はジーノとライアスが連携攻撃で攻める。

 

「――くらいなっ!」

「――一気に決めてやるッ!」

 

 両手持ちながら素早い剣技を誇るジーノ。連続攻撃を得意とするライアス。

二人とも得意な間合いを図りつつも、互いが邪魔にならないよう注意を払いながら見事な連携攻撃を仕掛けた。

ジーノの鋭い剣閃が空を走り、深き夢は軽いバックステップで躱す。その隙を縫うかのごとく、ライアスが肉薄し手に嵌めた杭打ち状(スラッシュパイル)の武器と格闘術の連続攻撃を組み立てる。

 

「…フゥ…」

 

 それでも当たらない。

深き夢は、ため息交じりに目を閉じるも、相変わらず細やかな体裁きで難なく躱し続ける。

ジーノにせよライアスにせよ、銀~金等級冒険者に比肩する実力者だ。

しかしそれ程の力を有す二人の連携攻撃でさえ、未だ真面な有効打を与えるには至っていない。

 

「――クソ、どうなってるッ!?」

 

 回避先を読み、その座標に剣を置くという感覚で連撃を仕掛けていたジーノ。

それでも敵に躱されてしまうのだが、それならそれでライアスが追撃を仕掛れば当たる筈なのだ。

少なくとも彼等の国では、その戦術が強敵にさえ通用していた。

だが隙を突いたライアスの連撃でさえ、見事に空振り彼女を捉える事は叶わない。

 

「――ダメだ、当たらないっ!?」

 

 次第に、ジーノもライアスも焦りを滲ませ攻撃が単調に偏り始めた。

 

「――一旦代われ、俺達がやるッ!」

 

 此処で金等級冒険者の獣人戦士を筆頭とした、近衛兵たちが一斉に攻撃へと参加した。

それを察したジーノとライアスも、一旦退き息を整える。

 

槍、剣、爪、等々――。多様な装備の近衛兵たちが素早い動きで攻めを継続し、敵に休む暇も与えず持久力(スタミナ)切れを狙っていた。

 

「ドンドン攻め立てろ!休む間を与えるなッ!」

 

 小隊長を務める近衛騎士が指示を出しつつ、自身も攻撃に参加。敵は回避に専念している様だ。

追い詰めているのだろうか。近衛部隊の攻撃は更に激しさを増す。

 

「――よっしゃッ!」

 

 ほんの一瞬、敵の動きに揺らぎが生じた。

獣人戦士の生まれ持った鋭い感覚は、只人を遥かに凌駕する。その優れた知覚で敵の隙を捕らえ、神速の速さで突撃を敢行――。半ば捨て身に近い渾身の一撃を、敵へと放った。

 

確かな手応えが、武器を持つ手に浸透する。

間違いなく攻撃は敵を捕らえたのだが、彼女も武器で防御――。痛痒を与える事は出来なかった。

 

「コイツ女の癖にッ……!」

 

 獣人の膂力は、大半が只人を凌駕する傾向にある。それは腕力のみならず脚力も然り。魔力はともかく、戦士職としてなら遥かに優位に立つ事が多い。

更に彼は金等級の地位に就く、手練れ中の手練れだ。

しかし彼の渾身の一撃も、敵は難無く受け止めていた。しかも片手持ちの杖という、貧弱な装備で。

 

『――よし、仕掛けは解いたぞ!今の内だッ!』

 

 そこへ老齢の宰相から脱出口の仕掛けが解け、準備が整った事が告げられた。

これで何とか、要人たちを逃がす事が出来そうだ。

 

「王妹殿下、私に続いて下され…!」

 

 先ずは王族である年端も行かない少女『王妹』からだ。

彼女を先導しようと、脱出口に足を踏み入れようとした老齢の宰相。

 

「――無駄よ…!」

 

 何と、突然と彼の目の前に姿を見せた、深き夢――。

 

「――なッ…ありえん…」

「――ひっ…!」

 

 瞬きする間も無く、敵は一瞬で此処まで移動したというのか。

老齢の宰相は無論、王妹も小さな悲鳴を上げた。

 

「…嘘…でしょ…?」

 

 恐る恐る、後ろを振り返るメルル。

彼女の視界には、困惑する獣人戦士と近衛兵たちの姿が映り込んでいる。

敵の姿は其処には無く、いま脱出口に陣取っていた。

 

「残念だけど、貴方達に逃げ場はないの。大人しくしてなさいな」

 

 透き通るかのようで深みを帯びた独特の声音が、凝り固まる彼等の耳に響く。

 

味方の攻撃は全て徒労に終わり、女魔神である彼女は未だ力の全容を見せてはいない。しかも誰一人反応する事無く、一瞬で脱出口に陣取り立ち塞がる始末。

完全に、力の差を見せつけられた状態だ。

 

「やっと、増援の御到着ね」

 

 深き夢の視線の先には、複数の人影が此方に迫っていた。

 

「――味方の増援っ!?」

 

 救援の小隊が駆け付けてくれたのだろうか。

僅かばかりの期待を込める老齢の宰相だが、それは直ぐに崩れ去る。

 

「残念だが、()()()だ。大臣殿?」

 

 複数の人影が鮮明になり、中心にいた得体の知れない人物が言葉を発した。

その声帯からして男なのは確定だが、数多の目を耳を象った鎧兜を身に纏う正体不明の人物。

 

「な、なんだぁ、コイツ?」

「「「「「……」」」」」

 

奇抜な全身鎧兜の怪しい男と、傍らに追従する鎧騎士たち。

獣人戦士を始めとした近衛兵たちも、警戒しながらも視線を彼等に向ける。

 

「待たせたかな、深き夢よ?」

「丁度頃合いよ、百智卿」

 

「――ええぃ、貴様ら一体何者ぞ!?」

 

 深き夢?百智卿?聞き慣れない言葉が飛び交う状況に、静かに感情を昂らせる老齢の宰相が素性を問う。

 

「あら言ってなかった、お爺さん?『ロンドール黒教会』の者よ」

 

「同じく、私は黒教会に属する『百智卿』と名乗る者。いやここは、評議会の『新議長』に就任したと言った方が判り易いかね?」

 

「――なにぃッ!?では貴様が、『評議会・議長派』を束ねる新たな統括者だというのかッ!?」

 

「如何にも。では改めて自己紹介を。お初お目にかかる諸侯、此度数多の声に応え新議長に就任させて頂いた『百智卿』という者だ。王統府重鎮、そして有力者たちよ、なにとぞお見知りおきを」

 

 老齢の宰相に、敢えて素性を明かすロンドール黒教会の深き夢と百智卿。大胆にも素性を明かすという行為は、勝利確信の現れであろうか。

特に『百智卿』を名乗る男に対し、老齢の宰相は意識を向けている。

 

長き時と労力を割き、一つ一つ情報を集め、反王党派組織の摘発に相当の骨を折った。

そして一つずつ確実に、有力な地下組織の数々を叩き潰し、それを繰り返す事で漸く中心人物である『議長』の逮捕が叶った。

その甲斐あり、大きな愁いの一つである『評議会・議長派』と呼ばれる、反王統府の急先鋒を排除でき、取り敢えずは獅子身中の虫は払う事が出来た。

しかし結果的には力を削いだだけに過ぎず、今こうして反王党派の組織は息を吹き返しつつある。

 

この『百智卿』なる男を新議長に据える事で――。

 

いや、下手をすれば、評議会・議長派は更なる力を増した可能性も否定できない。

何せ『前議長』は、部下に任せ切りの典型的な傀儡に等しい象徴のような()()であった。

しかし今、視界に映る鎧兜の『新議長』は、こうして自らの脚で此処まで出向いている。

これは行動力の現れを象徴しているとも解釈できるだろう。しかも、得体の知れない不気味な自信と実力を匂わせてもいた。

 

それ等の僅かな雰囲気を察し、老齢の宰相は迂闊な行動を控える方針を固める。

 

「わ、私たちをどうする気?」

 

 王妹を庇う様に立ちはだかり、メルルは問い詰める。

一見、臆せず果敢な姿勢を見せる彼女だが、分かりやすい程に声が上ずり下半身などガクガクと震えが止まらない。

 

「贄になって貰うわ。『黄金律』の復古が為に――」

 

「君達には死が訪れよう。しかして、それは一時に過ぎぬ。黄金律が四方世界に根差せば、環樹を賜り再び存続も叶う」

 

 深き夢と百智卿は応える。『黄金律』復古の悲願を――。

 

「黄金律?環樹?…何を言っている?」

「何にせよ、この子を犠牲にはさせないわ!」

 

 聞き慣れない言葉に困惑する老齢の宰相とメルル。

彼等の思惑など図れようもないが、贄として犠牲を強いられる事は確定した。

それ即ち、此処に居る最も幼い王妹でさえ例外ではないという事だ。

都合のいい事に、深き夢はメルルの間合いに入っている。

 

今此処で討たねば――。

 

剣に宿る炎の魔力を滾らせ、メルルは敵へと切りかかった。

 

「――ぐッ…!?」

「無駄な事よ、元・お姫様…」

 

 しかし彼女の剣は敵に届く事なく、寸前で制止している。深き夢は杖先で、メルルが振るう剣の切っ先を抑えていたからだ。

 

――す、すごい力…ホントに女なの、この魔神…!?

 

メルルは両手の大上段からの振り下ろし。深き夢は、欠伸混じりの片手持ちの杖でただ抑えただけ。

結局メルルの攻撃も無駄となり、断念せざるを得なかった。

 

残念だが、今の彼等に抗する術はない。力の差があり過ぎたのである。

 

「この方々をお連れせよ。丁重に…な」

 

『『『『『仰せのままに…』』』』』

 

愕然とする彼等を余所に、命を下す百智卿。『深みの聖堂』へと連行するよう部下の構成員たちに命じた。

 

「無駄な抵抗など考えない事ね。半死に留める事で、苦痛を与え続ける事も出来るのよ。何なら試してみる?」

 

 当然、素直に従う彼等ではない。確かに流れは決したが、未だ近衛兵たちは無傷のままで60名以上も健在なのだ。対する黒教会は、構成員を含め20名足らず。まだ覆せる可能性は残されていたかに思えた。――彼等の視点では。

 

「――そうしようッ!」

 

 そう言うや否や、獣人戦士が百智卿へと肉薄――。つられて近衛兵達も、部下の構成員へと切りかかった。

やはり錬度の高い兵達だ。素早い身のこなしと軽やかな跳躍、未熟な冒険者ごときでは到底務まらない。しかし現実は無情なもの。

 

「――あ、あり得ねぇ…!」

 

 俊足を誇る獣人戦士の強襲すらも、百智卿に躱された。

 

「輝石のほうき星…!」

 

「――おぐぉッ!?」

 

 そして反撃にと放つ輝石の魔術『輝石のほうき星』を真面に食らい、獣人戦士は後方へと派手に吹き飛んだ。

 

「がぁッ!?」

「ぐぇッ!?」

「ギャッ!?」

 

 また幾多の近衛兵も同じ運命を辿り、次々と負傷者が続出。しかし死者は皆無で、傷口を庇い苦しみに悶えていた。

最低でも銅等級冒険者の戦闘力を誇る、近衛兵たちの練度が全く通用しない。しかも手心を加えられるという始末に、他の兵たちは動揺を覚えていた。

百智卿の部下である構成員たちも、全員が全身甲冑の騎士ばかり。それでいて俊敏に動ける者揃いで、練度は近衛兵以上という状況。人数は此方が有利だが、流れは完全に敵側へと傾いている。

 

「これで、ご理解頂けたかな?これ以上苦しみたくなくば、大人しく従い給え」

 

 杖先に緑光を宿らせ威圧する百智卿。

 

「クッソ、こんな時に師匠が居てくれればッ…!」

 

 もはや大勢は決した。彼の師であり目標でもある『ステルク』を意識するジーノ。だが彼が、此処に駆け付ける事はないだろう。

百智卿の魔術で吹き飛ばされた獣人戦士は、トトリに治療を施されているが全快は望めないだろう程の重傷だ。

また多数の近衛兵も床に蹲り、真面な戦力は半数以下に減少していた。

 

「…皆、武器を納めよ…。我々の負けだッ…」

 

 とうとう観念したのか、老齢の宰相が敗北を宣言し皆に納刀を命じる。

その宣言に異を唱える者が続出したが、無駄である事は彼等も悟っていた。

もう流れを変える術はない。此方は余力を喪失していたが、敵側は未だ全容の一角でさえ見せていない。

よもやここまで力の差が開いていたとは――。

 

――何とか策を講じねばな、多少の時間はあるか…。

 

たとえ老い先短い自身がどうなろうとも、周囲の若者の未来だけは何としてでも守り通さなくては――。

傍らに居る王妹は無論、他国の若い錬金術師を始めとした冒険者たち――。そして身命を賭し守ろうと尽力した兵士達にも、それは当て嵌まる。

女魔神と百智卿を名乗る男は、自分達を『深みの聖堂』なる場所に連行し『贄』に捧げると発言していた。つまり直ぐに殺される事はないという解釈もでき、多少の猶予はあるという事だ。

ならば可能な限り策を練り、足掻く領域も残されている筈――。それが何処まで実を結ぶかは全く予想もつかないが、命ある限り無抵抗で心折れる気など毛頭ない。

もはや老いた身体で出来る事などたかが知れている、なれど老骨と共に歩んだ永き道にて学んだ数多の知識――。

抗してやろうではないか!命続く限り――。

 

――後は、頼んだぞ…!

 

嘗ての冒険仲間でもあり、現在は国家元首でもある若き王に行く末を託し、屈辱の敗北を甘んじて受けいれた。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ほうき星

 

魔術学院レアルカリアの輝石魔術のひとつ

 

輝石に魔力を伝え、鋭さの増した大彗星たる、ほうき星を放つ。

足を止めずに使用でき、連続でも使用できる。

また、タメ使用で強化される。

 

カロロスの教室で、最上位にあたる魔術。

それを修めた者は、歴史上ごく僅かである。

 

輝石そのものは、四方世界にも古来より流れ着いていた。

なれど、その神髄を知り得たる者は挙って四方世界を発ち、残されたのは残滓の極一部に過ぎなかった。

 

 

 

 

 

 




3話分まとめて投稿した理由ですが、特に深い意味はありません。
ただ敵側の視点が余りに長引くと、却って飽きを生じさせてしまうのではないかという考えに至った次第です。
本来なら前編後編の2話構成にするつもりだったのですが、例によって長くなってしまい小分けした結界、5話分の長さになってしまいました。
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