ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
次のお話です。
引き続きお楽しみください。
ではドゾ。( ゚ ω ゚ )


第132話―黒教会編4・王都制圧戦・後―

 

 

 

 

 

 

スモールソード

 

切先を鋭くするために先細りの形をした、刃渡り60~85センチの長さを持ち軽量で丈夫、刺突に向く片手用の剣。

刺突剣の前身という説もある。

スモールソードは地位の象徴や装身具としても用いられ、文民軍人を問わず自らの紳士性を見せつけるために日常的に帯剣する事もあり得る。

 

見栄は時に牽制にもなり戦わずして戦を納めるのも、歴とした勝利の形なのだ。

 

 

奥義・第3の型

 

フリーハンドの人差し指と中指を立てて前に突き出し、近接武器(主に剣)大きく後ろに引くという、弓を引き絞ったような独特な構えが特徴の防御重視の型。

奥義にまで昇華された防御主体の型は、並み居る攻撃を全て凌ぎ切り、時には返し技で反撃を見舞うとされる。

加えて、あらゆる飛び道具や呪文攻撃でさえ相手に打ち返せるほどの、洗練された型である。

 

この奥義を会得し是醍(ぜだい)の騎士と呼ばれる領域に至りし者は、多数の敵に包囲されたとしても有象無象の輩と成り下がるのである。

だが、それ程の使い手も今や遠い昔の話で、死に絶えたと伝えられている。

嘗て『死の迷宮』に挑んだ者が、その水準の使い手として存在したらしいが真相を知る者は絶えて久しい。

 

第3の型だけが伝承されているが、第1~7の型も存在したとも囁かれている。

なれど証明する資料も無く、あくまで噂の域は出ていない。

 

 

十文字真空波(オリジナル奥義)

 

人並外れた膂力に到達した者は、武器を振るう度に真空波を生み出したとされている。

所謂一種のカマイタチ現象、刃を触れずして斬り裂く事も可能である。

しかし真空波を編み出すにしても、並々ならぬ努力と身体能力が必須で、生半可な戦士が振るう事は先ず不可能に近い。

恐らく1発でも射出すれば、多大な疲労と消耗を強いられるのは間違いない。

 

それを、剣を片手に二刀流で繰り出す?

何発も!?

いやいや、何かの冗談でしょう?

 

 

黒騎士の剣

 

世界をさまよう黒騎士たちの大剣。

混沌のデーモンと対峙するための武器。

 

自らよりも大きな敵と戦い続けた故だろうか。

独特の攻撃は、敵の強靭度を削る力が強い。

 

戦技は「我慢」

最古の王に剣を捧げ、強靭度を一時的に増す。

また我慢中は被ダメージも軽減される。

 

さぁ、始めよう。

迷える只人に、永劫なる導きと黄金の律を。

遥か彼方の昔に犯した過ちを、二度と繰り返さんためにも。

 

安らぎを与えよう。

 

 

黒騎士の両刃剣

 

黒騎士の剣の柄頭に連結器を備え付け、2本1対に連結させた代物。

大剣の質量と両端の刃による変則的な戦術が可能となり、加えて回転を生かした重くも速い攻撃は人外の域に達するだろう。

しかし、代償に並外れた筋力と技量が要求され、熟練した騎士でさえ扱うには長期間の訓練と慣れを要するだろう。

 

時折り生者に扮し、水の称える都市部へと進出した。

そこで出会った一人の鍛冶師に頼み込み、連結器の備え付けを依頼したのである。

当時の彼は、一人の冒険者として銅等級斧戦士の姿を借りていたという。

 

安らぎを与えよう。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

( 推奨BGM antti martikainen ―― The Game Changer )

 

 宵闇の中、橙に灯る色――。その色に染まり鈍い輝きを放つ石材の大広間。広き空間を所狭しと跳ね回る金属音は、剣戟の舞踏で盛り上がる。

 

「――でぇああッ…!」

 

 上質の騎士鎧を纏い同じく上質の長剣(ロングソード)を幾度も振るうは、王宮警護を担う近衛騎士。彼は第3小隊の小隊長を務める身だ。

特に『元・冒険者』などという肩書を持ち合わせてはないが、彼は軍人としても武人としても優れた技量を持つ騎士だ。

正確で且つ鋭い剣撃が、眼前の黒い騎士へと迫る。

 

「――…!」

 

 黒い騎士は片手持ちの重厚な黒い剣で、第3近衛騎士の一撃を軽々と受け止めた。

 

「――ぐ…ッ!」

「…」

 

 両者は、鍔迫り合いの状態に持ち込む。しかし、第3近衛騎士が強引に剣を払い睨み合いを解き、連続攻撃を仕掛けた。

 

「――闇の王とやら…!玉座には近づかせんッ!」

 

 上段、下段は無論、左右からの側面をも交え高速かつ自在に剣撃を振るい、攻めの姿勢を崩さず闇の王に迫る。

彼には幾人もの部下が控えていたが、その部下達も現在、闇の王が率いる配下騎士たち相手に激戦の真っ只中だ。とても、加勢に入れる状況ではない。

また他の近衛騎士も別区画で戦闘に追われ、こちらにまで戦力を割く余裕はなかった。

勇ましい剣撃で攻め立てる第3近衛騎士だが、闇の王は黒い重厚な剣『黒騎士の剣』で全て受け切った。

刃を合わせ受ける度に、両者の剣から火花が飛び散り王宮内を彩る。

 

左右の2連袈裟斬りを仕掛け、左横薙ぎからの回転切りに繋ぎ、下段中断の切り返しの()()()を次々と仕掛ける第3近衛騎士。

 

「…」

 

 しかし闇の王には通じない。剣で受け切り、軽いサイドステップで躱し、半身を捻り軸をずらす。

彼自身、何一つ傷を負う事もなく、一見追い詰めている様に見える第3近衛騎士は、寧ろ焦りの表情を滲ませていた。

 

「もう良い…貴公」

 

 第3近衛騎士が得意としていた、連続攻撃(コンボ)なのだろう。一連の攻撃は全て防がれ、攻めの旋律(リズム)に僅かな切れ目が生じた。

その攻撃の隙間を縫い、今度は闇の王が反撃に移る。

 

「――ぐぉッ…!?」

 

 闇の王による、単純な只の振り下ろし――。

第3近衛騎士にとっては取るに足らない単調な単発攻撃――。難なく剣で受け止めた――のだが、余りの剣圧に一撃で防御が崩され数歩後退ってしまった。

 

――いかん、真面に受けてはッ…!

 

たった一撃だが防御に回れば不利を悟り、彼は回避重視の戦法に切り替えた。一撃防いだだけで、肩骨に重い痺れが迸る。

迫る闇の王の、剣筋――。黒騎士の剣から繰り出される重くも高速の太刀筋だが、意識を集中させさえすれば回避は不可能ではなかった。尤も反撃など期待出来ようもないのだが。

 

――く…まだだ…、(タイミング)を待てッ…!

 

容赦なく迫り来る、黒い重厚な刃――。橙の灯りが反射し、何とも言えない怪しい光条が彼の目に映る。

反撃(カウンター)が望めないのであれば、回避に集中し攻撃の終わりを待つまで――。

第3近衛騎士は、剣の受け流しとローリングをも総動員し、闇の王の猛攻を耐え忍ぶ。

聞けば闇の王なる黒い騎士は、不死という報が入っているが持久力が無限に続くとは思えない。

下級のアンデッドとは違い、この敵には理性と自意識が伴っている。加えて、僅かに聞こえる呼吸音――。種族はどうであれ、間違いなく人族の類だ。

闇の王が振るう、真面に食らえば上質の騎士鎧ごと切り裂かれん剣撃――。だが、剣といい甲冑といい相当の重さである事は刃を交え見て取れた。一撃振るうだけでも、並々ならぬ持久力を消費するに違いない。

敵の息切れを信じ、何とか耐える第3近衛騎士――。そんな彼に転機が訪れた。

 

――ここだッ!

 

焦れたと思わしき敵の挙動――。

肩口から振り下ろされる()()()()()()()()を、半身を捻る事で躱す第3近衛騎士。

大振りを躱した事で、闇の王は勢いを殺せず()()()()()()となる。

これは大きな隙で、致命的だ。

漸く待ち望んだ反撃の狼煙、逃す手はない――。

彼は長剣を握り込み、一気に踏み込んだ。

 

「――がぁッ!?」

 

 突如として襲い掛かる、腹部の重い痛打――。

彼の腹に、闇の王の踵がめり込んでいた。

実は闇の王が見せた大振りの袈裟斬りは擬態(フェイント)――。敢えて隙を誘い、まんまと掛った第3近衛騎士に、後ろ蹴りを叩き込んだのである。

闇の王の纏う甲冑は『黒騎士の鎧』で一式に相当の重量を有す。当然、脚甲も相応に重く、彼の大柄な体躯と重なり繰り出される単純な蹴りでさえ強力な破壊力を備えていた。

真面に受けた第3近衛騎士は、僅かな間だが腹部を抑え蹲ってしまう。

 

彼の命運は尽きた。

 

蹴りを叩き込んだ闇の王は、間髪入れずに黒騎士の剣で追撃――。

その一撃を真面に食らった第3近衛騎士は、目を見開いたまま絶命し床に倒れ伏す。

倒れた傍から、元の白い石床に鮮血の紅が染まり行く。

 

「安らぎを与えよう…」

 

 闇の王による鎮魂の言葉…だが彼には届かない。もう死んでいるのだから…。

手練れの騎士には違いない。しかし闇の王にとっては、然程の問題にもならない相手。何せ、全力を出すに値しない水準なのだ。

 

「……」

 

 そんな彼の下に次々と集まる、近衛兵と近衛騎士の集団――。

 

「このまま無事には帰さんぞ…!」

「お覚悟宜しいか…!?」

「不死人め、斬り捨ててくれん…!」

 

「…来たまえ。安らぎを与えよう、等しくな…!」

 

「「「「「――うぅぉおアアァ…!!」」」」」

 

 闇の王へと殺到する近衛部隊――。

近衛を務めるだけあり、彼等も名うての精鋭揃いだ。

四方八方から、近衛の殺意が舞い降りる。

その殺意に満ちた攻撃の数々を、全て受け切る闇の王――。

剣筋を躱しながらも別方向の攻撃を武器で受け流し、更に重鎧を纏いつつも、時にはあり得ない軽業で悉くを切り抜ける。

また防戦に甘んじることなく、反撃をも織り交ぜた。

 

「――当たるかよッ!」

 

 ()()()()ではないが、彼は数ある近衛兵でも特に敏捷性と軽業に長けた身軽な兵士だ。

重厚な『黒騎士の剣』は、大剣並みの質量をもつ。だが闇の王はそれを、片手剣の如き速度で振り回してくる。

大剣並みの質量を、片手剣並みの速度で襲い来る恐ろしい剣撃――。しかし、その近衛兵は持ち前の身軽さで全て躱す。

消耗の激しい月面宙返り(ムーンサルト)を難なく駆使し、闇の王の攻撃を躱しつつも注意を引き付け、味方の攻撃に貢献を果たす。

上段振り下ろしを側方宙返り(エアリアル)で避け、返しの逆袈裟斬りをサイドフリップで乗り越え、横薙ぎ一閃を後方宙返り(バク宙)で翻弄。

()()()()()()()()()()()()、闇の王を翻弄した。――つもりだった。

 

「――それだけか?」

 

 だが僅かに踏み込みを強め、振るう剣に力を込める闇の王。

一見軽業で翻弄したかに見えていた近衛兵に、神速の一撃を見舞う。

突然に桁外れの速度で振るわれた戦技『踏み込み切り上げ』にも、辛うじて反応できた近衛兵。

 

「――ギャッ!?」

 

だが軽業で躱す暇はなく、若干短めで上質の『スモールソード』で受けるも、剣ごと身体を切り裂かれ即死した。

宛ら小鬼の如き悲鳴を上げ、彼はもう動かない。

 

「――ぐぎゃッ!?」

「――ブぐぇッ!?」

「――ぎょぅッ!?」

 

 こうして次々と命を落としてゆく近衛部隊の兵士たち。たった一人の黒い騎士『ロンドール闇の王』相手に、劣勢を強いられつつあった。次第に数の方でも、不利に追いやられ始めている。

しかし、彼等も黙って状況に甘んじている訳ではない。

他の区画では、ロンドール騎士を討ち優勢を保っていた部隊も存在していた。

そして余裕の生まれた部隊が次々と、闇の王へと殺到しつつあったのだ。

 

それでも戦局は変わらないのは…どういう訳か。

 

一人の近衛騎士が、闇の王の剣を数度受け止め且つ反撃に転じた。

その騎士は女でありながら、防御に重点を置きながら隙を突く戦法を得意としていた。

太古に存在したと言われる『是醍(ぜだい)の騎士』から由来したと謳われる、防御重視の奥義『第3の型』を得意としていた。

 

「――何の、まだまだッ!」

 

 闇の王が繰り出す、高速の重撃――。

だが彼女の剣技は、それすら受け流し力の流れを制御する。

 

「――討つッ!」

 

 透かさず反撃に移ろうと、剣を振り上げた彼女だが身を見開いたまま微動だにしない。

 

「速さが足りぬ…」

 

 時に緩慢に、時に瞬速で――。闇の王は巧みに緩急を付け、掴み所の無い戦法に終始していた。

この戦法は、敵の意表を突くのに適しており、隙を見せたかと誤認した近衛兵たちは攻撃を仕掛けるが、闇の王は逆に彼等の隙を縫うかのように速度を一瞬だけ速め神速の一撃で仕留めてゆく。

先ほどから彼等は、この戦法の餌食と化していたのだ。

そして今、この女性近衛騎士も彼の餌食となり、目を見開いたまま瞳孔が停止――。僅か18年という短い生涯を終えた。

 

「「「――己ぇッ…!!」」」

 

絶え間なく、一人また一人と犠牲となる近衛兵たち――。しかし彼等は使命を果たすべく、果敢に挑み行く。

怒涛の如く攻勢の手を緩めない彼等の攻撃は次第に苛烈さを増し、()()()()()()()()()()()()()()()()した。

 

「――せぃあッ!」

 

 斬撃ではなく()()()()()だが、とにかく一矢報いた事には変わりない。

その蹴りを放ったのは、屈強な近衛騎士――。第2小隊の隊長職を務める男だ。

 

「ぬぅ…」

 

 強烈な蹴りに違いない。重甲冑に守られた筈だが、かなりの衝撃に闇の王も数歩後退り唸り声を漏らす。

蹴りを放った第2近衛騎士――。数多の近衛部隊でも指折りの実力者でもある。

だがここで攻めの勢いを崩せば、体勢を立て直されてしまう。近衛部隊は更なる追撃を加えるべく、闇の王へと殺到した。

周囲では未だ激戦が繰り広げられており、他の近衛部隊と黒教会の騎士たちの激戦が継続している。

 

「…多少は出来るか。ならば――」

 

 やはり精鋭揃いの近衛部隊、この人数を個人で相手取るにも無傷ではいかない様だ。

少々間合いを離した闇の王は、虚空から追加で一振りの『黒騎士の剣』を取り出す。

 

「空間から武器を取り出す、奇怪な能力よ…!皆の者、油断する事無く追い詰めるぞ…!」

 

「「「「「――了解っ!」」」」」

 

不死人に関し多少の情報を聞き及んではいる。今、彼が行使した『ソウルの業』と呼ばれる技術も、一応は彼等の知る処ではあったものの此方が使う事は残念ながら出来ない。

第1小隊の隊長を務める第1近衛騎士は、周囲の隊員たちに警戒を呼び掛ける。

 

改めて『闇の王』と呼ばれる騎士の強大さを痛感した近衛部隊――。

 

ある者は武器に魔力を付与させ、ある者は支援魔法の詠唱に入った。

 

「試してみるか、『両刃剣』を」

 

 対する闇の王は、二振りの『黒騎士の剣』の柄頭を互いに連結させた。

本来は備わっていない機能だが、闇の王は生者に扮し情報収拾の傍ら然る街の鍛冶師に頼み込み、柄頭に連結器を備え付けを依頼した時期があった。

そういった経緯もあり、両端に刃を備える形に変貌した二振りの黒騎士の剣は、『黒騎士の両刃剣』と化す。

そして再び繰り広げられる激戦――。

 

両刃剣を振り回す闇の王は、先ほどとはまるで違う動きで近衛部隊へと躍り掛かった。

両端に備えた刃を縦横無尽に振り回し、時には回転を活かし刃を返し、時には受けた攻撃を回しながら往なす。

重甲冑にも関わらず速度に優れた体術を活かし、闇の王は両刃剣で並み居る近衛部隊を切り伏せ続けた。

ただでさえ重厚な黒騎士の剣は、回転を活かした技量よりの武器と化し更なる凶器へと変貌する。

 

「――ぐブェッ!」

 

 一人の近衛兵が、身体を両断された。

 

「――がぇぁ…!?」

 

 また一人の近衛騎士が、首を刎ねられる。

 

重厚な黒い刃で斬り裂き、即座に手首と腰を活かし、刃を返しながら回転攻撃を繰り出す闇の王。

既に近衛部隊は半数以下へと戦力が削られ、敗北も濃厚となりつつあった。

鎧ごと身体を引き裂かれ、盾受けの上から腕が圧し折れ、兜ごと頭をかち割られ、留まる事なく美麗な王宮内は彼等の鮮血で無秩序の絵画を描いてゆく。

壁際に備え付けられた幾多もの灯りが、死にゆき物言わぬ彼等の残骸を照らし続け、血染めの鎧は灯りを反射した。

今や闇の王に対抗出来ていたのは、精鋭中の精鋭である一握りの猛者たちだけだ。

 

闇の王の後方に回り込み、渾身の唐竹割りを仕掛けるべく魔力を帯びた剣(エンチャント済み)を振るう近衛騎士。

 

「――ぐッ、がッ、ぎぇっ…!」

 

 だが、その攻撃も虚しくカウンターで裏拳からの後ろ蹴りで返され、崩れた体勢に両刃剣が炸裂――。その猛者である近衛騎士も命を落とす。

こうして倒れ行く近衛部隊も、残りは数える程となり、屈指の実力者である第2小隊の近衛騎士が落ちた剣を拾い二刀流で対抗。

闇の王の両刃剣、第2近衛騎士の双剣が激突した。

 

「――フッ、ハッ、セァッ…!」

 

終盤まで生き残っただけの事はある。

回転を活かした両刃剣の連続攻撃をも、双剣の手数で圧し留め互角の戦いを繰り広げていた。

片刃だけでも大剣の質量をもつ『黒騎士の両刃剣』だが、第2近衛騎士も片手で大剣を易々振り回す事の出来る腕力を持つ、部隊内でも1、2位を競う程の手練れ。

重くも変化に富む両刃剣の連撃を、受け流し、反らし、往なす。

第2近衛騎士は粘り強く攻撃を掻い潜りながら癖を見抜き、とうとう反撃を加え始めた。

 

「…ほぅ」

 

 繰り出される怒涛の反撃を受け止め、感嘆の域を漏らす闇の王。

第2近衛騎士は、連携の締めとばかりに双剣を交差させ十文字の真空波を繰り出した。

 

「――ぬッ!?」

 

 即座に反応した闇の王も、両刃剣を高速回転で前面に展開。

真空波を防御したかに見えたが、第2小隊騎士は何と十文字の真空波を連続で投射――。振り下ろしの交差で投射、透かさず刃を返し振り上げの逆交差で投射――。

それを交互に幾度も繰り返し自身の消耗を省みず、可能な限り十文字の真空波を連射し続けた。

その数、実に20発を超える。

 

「――ちッ…!」

 

 これには流石の闇の王も防戦に徹しせざるを得ず、とうとう真空波に圧し敗け防御ごと後方へと吹き飛ばされ痛痒(ダメージ)を負った。

だが、ただ甘んじる闇の王ではない。

吹き飛ばされるも宙返りで受け身を取り、転倒する事なく床へと踵を着けた。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

「……」

 

 真空波を飛ばすという芸当――。並の身体能力では実現など不可能で、一発繰り出すだけでも多大な消耗を強いられる。その上で、何発も繰り出したのだ。尋常ならざる体力を要した筈だ。

近衛部隊でも屈指の実力者である、第2近衛騎士気も重い呼吸を繰り返しつつ闇の王と正対する。

暫し睨み合いが続くも、突如、闇の王の元へ一人の男が姿を現し耳打ちした。その男は、幾多もの()()()()()()()()()()()()を纏っていた。

 

「…ほぅ…そうか」

 

 何を話したかは此方からは判断できず、第2近衛騎士は警戒を緩めず油断なく武器を構えたままだ。

 

( 推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 闘争への咆哮 )

 

「フフフ、貴公等にとっては凶報、我等には朗報。只今を以て、王侯貴族たちは我が制圧下に入った。間も無く、彼等は儀式の『贄』として捧げられるであろう!」

 

「「「「「――ッ…!?」」」」」

 

 前触れもない唐突なる通告――。

劣勢ながらも激戦を繰り広げていた近衛部隊たちは動きを止め、闇の王へと一斉に振り向いた。

 

「バ…バカな…」

「そん…な…筈…」

「あ…ありえん…」

「まさ…か…敗けた…?」

 

 数秒も経たぬうちに動揺が広まり、近衛部隊の至る所で戦意喪失者が続出。

あれ程の激しい戦いは一瞬で静まり返り、精強を誇る近衛部隊は顔面蒼白となりつつ闇の王へと集まり始めた。

これは勝利宣言を発す彼にとって好都合――。一堂に集ってくれるなら、通告し易くもなる。

 

「――栄えある精強な近衛諸君、今聞き及んだ通りだ。諸君らが守り通すべき王侯貴族が我等の手中に堕ちた以上、もはや戦う意味はあるまい。この戦…我らロンドール黒教会の勝利を、宣言する。大人しく軍門に下るなら良し…!しかし、まだ抵抗するのであれば、貴公らは亡者へと身を墜とすだけだ…!さぁ選ぶがよい、従属か?死か?」

 

「「「「「……」」」」」

 

 闇の王による一方的な勝利宣言――。流石に信じられないと言った面持ちで、困惑しながらも睨み付ける近衛部隊の隊員たち。

 

「ククク、まだ信じられるぬか。…良かろうて…。……我らロンドールは、これより『掃討戦』へと移行する…!今此処で動ける者全てを皆殺しにせよ…!女子供とて一切の容赦は不要っ…!!繰り返す、これより『掃討戦』に移行する!」

 

 未だ事実を受け入られない近衛部隊に最後の通告を発す闇の王。

兜奥で冷徹な笑い声と共に、彼は『掃討戦』を発令した。

()()()――文字通り、残敵を全て徹底的に排除する戦法である。

その発令を聞いたロンドール騎士のみならず、僅かに生き残った近衛部隊も飛び跳ねるかのように動きを再開した。

 

「――総員、撤収!撤収ゥッ!非戦闘員を避難誘導しつつ、生存を最優先せよ!繰り返す、非戦闘員を避難誘導しつつ、生存を最優先せよぉッ!」

 

 第1小隊の隊長職を務める、壮年の近衛騎士が声を張り上げ目一杯に叫ぶ。

それは、王宮に残る非戦闘員と生存を最優先させた、いわば敗走にも等しい撤収作戦であった。

これは本来課せられた任務を放棄するに等しい、ある意味で背信行為ともとれる。国王の留守を預かり、死守しなければならない筈の王侯貴族と王宮が、今こうして制圧下に置かれたのだ。

 

それがどうした?このまま敗北を甘んじて受けるのが騎士たるものの務めか?

 

そう非難するのは容易く、誰でも出来る。しかし、事態の好転も望めずこのまま無駄な抵抗を続け、無益な犠牲を出し続ける事に何の意味がある?何が残る?ただ、無残な屍を王宮で晒し死血塗れに汚すだけではないか?

もう戦局は覆らないのだ。

ならば少しでも生存者を確保し、敵の情報を持ち帰り明日へと繋げる。たとえ敗走の罪を問われ極刑に掛けられようとも、ほんの一握りの望みへと繋がる道を選ぶ。そして何時の日にか起死回生を図り、再び勝利を呼び込む。

第1近衛騎士は、そう判断を下し命令を出す。断腸の思いの果てに導きだした、彼にできる苦渋の決断でもあった。

 

とにかく生存し逃げ延びろ…と。

 

「――ゆけい、皆の衆!殿は我等が引き受けたぁッ…!」

 

 その命を最後に第1近衛騎士は、この場に残る事を宣言する。部下を少しでも逃げ延びさせるために――。

 

「俺も残ろう…こいつ等を圧し留められるのは、俺しか居ない…!」

 

 そこへ先ほどの第2近衛騎士も加わる。実質彼だけであった。ロンドール闇の王に、真面に肉薄できたのは。

 

「逆だ、お主こそ生き延びよ。その身で得た情報を持ち帰れ、何としてもなっ…!」

 

「――ぐ…しかし…!?」

 

「此処は我等、第5小隊にもお任せを…。もう半壊しておりますが…ね」

 

 闇の王に迫った第2近衛騎士。彼が体感し得た情報は、きっと後に活かされる。第1近衛騎士に諭され、彼は迷い戸惑う。

だが彼の代わりに殿に名乗りを上げたのは、半壊状態の第5小隊の近衛部隊であった。

文字通り半数を失い、40名足らずを残すのみだが多少の撤退時間を稼ぐ事は出来るだろう。

 

「ゆけい…!何時の日か、必ずや勝利を――!」

 

「…スマンっ…!」

 

 彼等に諭され、僅かな近衛兵を引き連れながら去り行く第2近衛騎士。

後ろ指を刺される思いで、それでも名残惜し気に王宮を目に焼き付けながら、彼は部下と共に場を後にした。

 

王宮内に残されたのは、闇の王率いるロンドール手勢と数十名の近衛部隊たち。

 

「あくまで騎士としての矜持を貫くか」

 

「さぁ、戦の続きだ闇の王とやら。そう易々と玉座に着けるとは思うなよ?」

 

 半壊した、第1、第5小隊率いる近衛部隊。皆が皆、防具の損傷も酷く、身体至る所から出血が見て取れた。同時に息も荒く、かなり体力を消耗している。だが彼等は戦意を再びに漲らせ、命を燃やし尽くそうとしていた。誇りを守る為でなく、味方を逃がし未来へと繋げる為に。

そんな彼等に、掃討戦を仕掛けんと迫り来るロンドール部隊。

両陣営が同時に床を蹴る。

 

『『『『『――ヌゥォオおぉッ……!!』』』』』

 

けたたましい程の雄叫びと剣戟音に満ちる王宮内。

殺戮の闘争が吹き溜まりへと沈み行き染め上げる、嘗ての煌びやかな栄光の王城。

只人の象徴である王都は、いま蹂躙を許そうとしていた。

 

 

 

……

 

 

 

 肉厚の金属刃が一気に振り下ろされ、剣受けと兜越しに騎士を両断する。

 

「――これで5ッ!」

 

 一人の大柄な男は、目の前の騎士を切り殺し、残敵の有無を確認するべく周囲を見渡した。

縦二つに別たれた騎士は、床に血と臓物を撒き散らしながらも塵灰となり消え去った。本来なら遺体も血肉も残る筈なのだが、綺麗に消え去り跡には何も残らない。尤もそのお陰で、部屋が汚れずに済むのだが。

 

「うわぁ…ホントに消滅しちゃったわ…」

 

「不死人…らしいからね。塵灰になって消えちゃうんだって」

 

 剣を振るった大柄な男の直ぐ後ろで、その様子に言及する二人の女性。彼女らの服装は独特の意匠が凝らされ、周りに比べ何処となく浮いていた。

それもその筈――。大柄な男を含め二人の女性は、この国の住民ではない。

 

「アーランドの騎士、ステルケンブルグ=クラナッハ様…流石の腕前です」

 

「ステルクで結構、小さき賢者どの」

 

「…小さいは余計です…!」

 

 大柄な体躯に見合う大剣の使い手、名を『ステルケンブルグ=クラナッハ』と呼ぶアーランド共和国出身の騎士(正確には警備隊長)だ。

彼の直ぐ後ろ似た二人の女性以外にも、複数人の少年少女が肩身を寄せ合い固唾を飲んでいた。皆不安と怯えの表情に満ちていたが、一人だけ平静さを保ち、彼の戦い振りを称賛する。

しかし彼自身の本名は些かに長く、称賛した一人の少女に通称の『ステルク』と呼ぶよう要求した。

一方要求された少女は、まだ11~12歳前後の成人前の年齢ながら、幼さに見合わない程の頭脳を誇る才女にして『賢者の学院』の中でも指折りの優秀さを誇っていた。

ステルクに『小さい』と言われ、その事だけには反論したが――。

 

状況から説明しよう。

 

この館は、ロンドール騎士たちによる襲撃を受けていた。

此処は、錬金術を教導する為に設けられた建造物であり、ステルクの後ろに居た二人の女性は、アーランドから派遣された錬金術師の職に就いていた。

 

一人は栗色の長髪で和やかな雰囲気を漂わせる『ロロライナ=フリクセル』と呼ばれる錬金術師長――。アーランドから派遣された一団の責任者の立場にも就いている。

そしてもう一人は薄緑の髪を留め金で束ね、掴み所の無い飄々とした人柄の『ピアニャ』という名の熟練錬金術師。

 

二人とも錬金術の指導の為、この館で指導に当たっていたのだが、今こうして敵襲に見舞われていた次第である。

 

この一室に侵入してきた、ロンドール騎士は計5名――。

彼等は卓越した剣技の持ち主だが、目下ステルクにより全て討伐されたという訳だ。

 

「この騎士たち…何処となく見覚えがあるな」

 

 残敵が居ない事を確かめ、ステルクは大剣を鞘へと一旦納めた。

 

「何か外が騒がしいね。敵襲らしいけど、突然過ぎない?」

 

 小1時間ほど前から俄かに振動と騒音に見舞われる様になり、この館でも異常は察知出来た。

一応夜も更けており授業は終えていたのだが、異常が分かるや否や生徒たちを一ヶ所に集め、こうして警戒体勢にて臨んでいた。

 

「う~ん、このまま外の様子が分からないと、動きようがないよね?」

 

 若干緊張感に欠ける間延びしたような口調だが、錬金術師長でもあるロロナも事の異常さは理解していた。このまま様子見に徹するべきか、思い切って動き状況打破に努めるべきか。

 

「うん、待て?此処にやって来る者が複数…また敵かっ!?」

 

 思案を巡らせている内に、部屋の外から慌ただしい足音が此方に迫って来るのが分かる。

この流れだと、敵増援の可能性が高い。

ステルクは、彼女らと生徒たちを部屋の奥へと退かせ、再び鞘から武器を抜きドアに向かい身構える。

 

程無くして、バァンッという派手な音と同時にドアが乱暴にこじ開けられ、複数人の兵士と騎士が部屋に雪崩れ込んだ。

 

「――来いッ、彼女らには指一本触れさせんぞ…!」

 

 部屋に乱入した兵士や騎士に対し凄むステルク。しかし先ほどの騎士たちとは、どうにも出で立ちが違う。

 

「――お、お持ちください、アーランドの騎士殿…!我々は近衛部隊の者ですッ…!」

 

「…な…何とッ…!?」

 

 敵と誤認していたステルク――。先ほどの敵襲の件もあり、かなり気が立っていたのである。

部屋に押しかけて来た複数人の人物達は、この王都中央区を警護する近衛部隊の兵士達であった。

暫し呆気に取られていたステルクたち――。突如押し掛けて来た近衛部隊の焦り様から、かなり切羽詰まった状況に置かれている事が漠然と理解できた。

 

「失礼ですが、外の状況をお教え願いますか?」

 

 普段やっては来ない近衛部隊の異質な慌てよう。外の異常を報せる為に此処まで乗り込んで来たのが分かり、ロロナは彼等に事の顛末を求めた。

何時もの間延びした口調も鳴りを潜め、ロロナは公用の言葉で語りかけた。伊達で錬金術師長の地位には就いていない。今の彼女は、凛とした佇まいと厳格な雰囲気を纏っていた。

 

「――ハッ…、実は――」

 

 隊長職でもある一人の第6近衛騎士が、これまでの経緯を説明した。この部隊も戦闘を潜り抜けたのか、全員の防具至る箇所に損傷や戦傷が散見されていた。

 

……

 

「…そういう事でしたか…、王宮は…もう…」

 

「…申し訳ありませぬ…、我々の力が至らぬばかりに…――」

 

 一通りの事情を聞き、ロロナを含めた他の面々も沈痛な面持ちで現状を受け入れた。

対する近衛部隊も、自らに力量不足を痛感し悔し気な表情を浮かべている。

この近衛騎士は、第6小隊の生き残りで王宮を脱出する際、生き残った敗残兵と合流し此処まで馳せ参じて来た。

館の外では他の兵士が守りを固めており、今の所は敵襲もなく戦況も落ち着いていてはいる。

 

しかし、王宮の制圧は最早時間の問題で、これを覆すには余りに戦力が足りない状態だ。

王都中央区の警護に就いていた近衛部隊は800弱――。だが現時点での生存者は極僅かで、今此処に集っているのは50にも満たない小戦力のみ。既に壊滅に近い有様だ。

王宮では未だに抵抗を続けている様だが、全滅するのは時間の問題だろう。

もう此処も、安全とはいかなくなりつつある。

 

「トトリちゃんやメルルちゃんは、確かまだ…王宮に……」

 

「「……」」

 

王宮には、ロロナの弟子であり大事な友人でもある二人の錬金術師が残っていた。

だが王宮の制圧は目前へと迫り、彼女達の安否も絶望的な状況だ。

近衛部隊の話によれば、要人たちは下層の避難室へと立て籠もったらしいが、それ以上の事は解らなかった。

ロロナの不安げな様相にステルクもピアニャも、かける言葉が見付からないでいる。

 

「…避難勧告が発令されました。これより王都外周部へと先導いたします。我々に付いて来て下さい……!」

 

 ロロナの抱く仲間達への安否――。立場のある身だが、彼女自身、鋼の芯を貫けているかと言われれば実に怪しいものだ。

何とか気丈に振舞おうと努めているものの、口元が小刻みに戦慄(わなな)き目尻には小粒の涙が浮かんでさえいた。

今この他所の国で、長きに渡り苦楽を共にしてきた仲間達が死に瀕している可能性が浮上してしまったのだ。

彼女達も決して素人ではなく、冒険者としても一流の水準で自衛の手段位は心得ている。然う然う命を落とす状況に陥る事はないだろう。

だが、底から押し寄せる様な得体の知れない不安感は一体何だろう?

まるで、ドス黒い闇のような濁流が心の底から噴出するかのような不安感が、止めどなく溢れ返るのである。

正直、嘔吐感さえ覚えていたロロナ――。

 

そんな彼女の心情を察していた近衛部隊――。余計な言葉を掛ける愚は控え、必要事項だけを伝えた。

 

王宮制圧も間近と迫った以上、中央区は今や危険地帯――。加えて此処も安全ではなくなった。

そして此処には、幼い生徒たちが大勢控えている。この少年少女たちは、賢者の学院に責を置く生徒たちで上流階級の出だ。

何とか親元…は無理でも、学院には無事送り届けたい。

身内の無事を案じるの重要だが、それ以上に果たすべき使命が課せられているのだ、今のロロナたちには。

 

「――うん、大丈夫だよッ!ステルクさん、ピアニャちゃん!私たちにも、果たすべき仕事があるんだ…!」

 

 少々幼い口調だが、自らに発破をかけるロロナ――。ステルクとピアニャと共に不安に怯える生徒たちを守り通す覚悟を決め、出立の旨を近衛部隊に告げた。

 

「さぁ皆ぁ、私の跡に付いて来てねぇ…!今から出発するけど大丈夫だよ…!私たちが絶対守り通してみせるからねぇ…!」

 

 そして、今の自分たち以上に不安に押し潰されようとしているであろう子供達に、励ましの言葉を呼び掛けた。

これまで肩を寄せ合い震えていた生徒たちも、彼女の呼び掛けに幾分の元気を取り戻し、ゆっくりとだが確実に皆は歩き始める。

近衛部隊の先導に従うロロナたちは、大勢の生徒を引き連れ館を出た。

 

「トトリ君たちなら、きっと無事だ。傍にはミミ君も居るし、ジーノも居る」

 

「うんうん、そだよね。あの二人、ああ見えて息ピッタリのベテランだし」

 

「大丈夫、分かってる…!あの子たちを信じよう…!」

 

 王宮に残された彼等の無事を信じ、ロロナたちは互いを励まし合い鼓舞する。本心では、全てを放り出してでもトトリたちを助けに行きたい。だが今の彼女たちにも、守るべき子供たちが居た。彼等は、まだ幼く、か弱い存在だ。せめて王都外周部の賢者の学院にまでは、何としても送り届けなくては。

館の傍に停車してある専用の馬車に乗り込み、生徒たちは車体内部へと避難させる事にした。

馬車の周囲を近衛部隊が取り囲むように守りを固め、ステルクも完全装備へと身を固めながら軍馬に跨る。

こうして彼等は、周囲を警戒しつつ王都外周部へと目指した。

 

……

 

肉を掻き分け骨が砕かれ、赤い血肉が闇夜に舞い散る。

 

「――ぬぅんッ!」

 

 巨大な斧槍を軽々と片手で振るう度に、確実に一つの命が失われた。

 

「――ギャッ!」

「――ぎぇッ!」

「――ぐぇッ!」

 

 王宮の外でも戦闘は続いており、今も近衛の生き残りたちが命を散らしてゆく。

逞しく屈強な不死の軍馬を駆り、重厚で巨大な斧槍を手に武勇を振るう一人の重騎士――。

斧槍と同じく全身を重鎧で覆い、この葉を散らすが如く近衛兵たち駆逐していた。

王宮内はともかく野外では、未だ数百単位の近衛兵が抵抗を続けており、現在こうして掃討戦へと移行していた訳だ。

彼はロンドール4騎将の一人であり『凶つ斧槍』と呼ばれる、ロンドール屈指の実力者で武勇に優れた不死人の重騎士である。

大勢は決したも同然だが、外部ではかなりの近衛兵が抵抗を続け止む気配がない。

闇の王から掃討戦の発令された以上、徹底的に抵抗勢力を叩き潰し、置かれた立場を分からせる必要があった。

 

「――愚かなッ…!」

 

「――ぐギャッ!」

「――ぐべぇッ!」

「――ぐごぉッ!」

 

 かれこれ100近くは粉砕した筈だが、中々どうして抵抗の勢いが弱まる気配がない。やはり国の存亡が掛かっているのか、彼等も命を賭け防衛に臨んでいるという事だろう。

ならば尚の事、一人の騎士として曳いては軍人として全力で戦わねば、礼節に反するというものだ。

凶つ斧槍は、一切の加減もなく斧槍を振るい並み居る近衛兵たちを砕き切った。また彼の配下たちも馬を駆り、近衛兵を掃討している。そう時間を置く事なく、近衛部隊は瓦解し外部の制圧も完全なものとなる。

 

しかし、彼の視界に異常な光景が投影される。

 

「――ぬっ!?」

 

 馬を駆り突き進む彼の目には、次々と首を跳ね飛ばされる部下のロンドール騎士たちが映っていた。

突如として向こう側から、軍馬を駆り此方に一人の騎士が迫り来る。

大剣を自在に振るい軽めの鎧兜を纏う、白い軍服の騎士――。

今まで相手取った近衛兵や騎士とは違う出で立ちをした、大柄な男だ。加えてかなり腕が立つ様で、配下のロンドール騎士たちが容易く討ち取られていた。

此方の陣形が突破され、大剣の騎士と凶つ斧槍の距離が縮まる。

 

その後、ぶつかり合う事で派手な火花を散らす、大剣と斧槍――。

 

大剣の騎士と凶つ斧槍が、いま激突したのだ。

両者とも大柄で屈強な体躯を持つ、強者同士――。また手にした得物も、重厚感あふれる大型武器で質量に富む。それが真正面から激突すれば、互いの腕に鋭くも重い痺れが奔るのは当然ともいえる。

 

「貴様はッ…!?」

 

「アーランド共和国の騎士、ステルケンブルグ=クラナッハ…!」

「我はロンドール4騎将が一人、凶つ斧槍…!」

 

 互いが互いの出自を名乗り、暫しの睨み合いが続くも、これ以上言葉を交わす事はなかった。

両者とも実力を兼ね備えた騎士――。そして此処は戦場――。ならば、これから起こる事など語るに値せず――。

 

   ―― 一騎討ち ――

 

忽ち二人だけの特殊な領域が形成され、生き残った近衛部隊もロンドール部隊も自然と距離を空ける。

 

ステルクと凶つ斧槍の周囲に歪んだ円形が生まれ、その領域が瞬時に一騎討ちの場と化した。

 

「……」

「……」

 

 若干の睨み合いの後、両者とも馬を駆り互いの武器を振るい死闘が開始される。

 

( 推奨BGM ベルセルク ―― My Brother Lyrics )

 

凶つ斧槍の重厚な剛撃――。

ステルクの強烈な猛攻――。

両者の武器が互いにかち合い、ぶつかり合い、削り合い、刀身が磨り減る度に摩擦で赤熱化した塵が飛び散った。

そして打ち合う、何合も何合も何合も――。

お互いの馬が円を描き合い、同じ場を何周も回る。

その間にも馬に跨る二人の騎士は、激しい攻防を繰り広げ連撃を叩き込んでいた。

 

「――ぐぁッ!」

 

 ステルクの兜が、斧槍を掠め弾き飛ばされた。

 

「――ぬぉッ!」

 

 凶つ斧槍の兜も、大剣の切っ先で亀裂が奔る。

 

――……つ…強い…!

 

弾き飛ばされた兜で擦り傷を負い、頭部から僅かに出血するステルク。

彼は今まで幾多もの魔物を屠ってきたが、これ程の強敵を相手取った事など今の今まであっただろうか。

しかも相手は不死とは言え、自分と同じ思考を持った騎士であり人間が相手だ。

これまでにない強敵に、彼は歯を食い縛り大剣を構え直す。

 

「――参るッ…!」

「――ぐッ…!」

 

 仕掛けたのは、凶つ斧槍――。

彼の並外れた腕力に加え、重厚で肉厚の斧槍による連撃――。

ステルクの大剣も質量に優れた武器だが、敵の猛攻に抗うだけでも相当の体力が削られる。

それ故、防戦一方は極めて不利だと悟り、ステルクも合間を縫い負けじと反撃を仕掛けた。

またもや両者の武器は激しい衝突を繰り返し、甲高い金属音と火花が派手に戦場を染め上げる。

 

「す…凄い…!」

「何という戦いだ…!」

 

 近衛部隊もロンドール部隊も互いが敵同士である事など忘れ去り、二人の決闘に釘付けとなっていた。

 

「――ぬんッ!」

「――グぅッ…!?」

 

 大上段から繰り出された、凶つ斧槍の振り下ろし。

その重厚な一撃に、ステルクも辛うじて防御で防いだが衝撃を完全に流す事が出来ず、落馬してしまう。

 

――しまった…!

 

騎兵相手に落馬してしまえば、形勢は一気に不利へと傾く。

実力の近しい相手なだけに、この不利を補うのは至難の業だ。

落馬したステルクは直ちに立ち上がるも、馬が何処かへと走り去ってしまった。今の彼は、非常に危険極まりない状況に置かれる。

しかし、敵は一切の容赦もなく苛烈な連撃を加え続けた。

 

『――す、ステルクさぁ~んッ!』

 

 彼方の方角からロロナの叫び声が届く。馬車から降りた彼女は、何とか此方に駆け寄ろうとするも周囲の部隊に阻まれ進む事が出来ないでいる。

残念だが、彼女の力で群衆を掻き分ける事など不可能だ。

だがロロナに反応している暇はない。

こうしている間にも、凶つ斧槍の猛攻は尚も続き、ステルクは防戦一方へと追いやられた。

敵が生者なら持久力切れも期待できたのだが、相手は仮にも不死人というアンデッドだ。無限に続くとは思えないが、あの巨躯で未だ息切れ一つ乱していない。恐らく持久力切れを待った処で、徒労に終わるだろう。

何とか隙を見出し反撃の糸口を見付けねば――。

しかしステルク自身の持久力(スタミナ)も徐々に消耗が激しくなり、次第に防具ごと痛痒を負い始めていた。

白を基調とした雅な軍服に、赤い血が滲みつつある。

このままでは、彼が討たれるのも時間の問題だ。

 

「――ヌゥォオおぉッ…!」

「――ステルク殿ぉッ…!」

「――加勢しまぁすッ…!」

「――我等が相手だッ…!」

 

 そこへ近衛の騎兵たちが乱入――。ステルクの危機に、居ても立ってもいられなくなったのだろう。彼よりも遥かに若い血気盛んな騎兵たちが、割って入って来た。

 

「――止めろぉッ…命を無駄にするなぁッ…!!」

 

 残念だが彼等の実力では、凶つ斧槍には到底届かない。とてもではないが、彼我の実力差が開け過ぎている。

 

「――ぬぅぅうん…邪魔なりぃッ…!」

 

「「「「――ぎぃぇぁあああアァぁッ……!!」」」」

 

怒りに震える凶つ斧槍は、自慢の武器を頭上で振り回し遠心力を利かした大振りの薙ぎ払いで、乱入した近衛騎兵たちを()()()()()()()()()()した。

 

バラバラとなる馬と人間の部位が真上に吹き飛び、鮮血を待ち散らしながら肉片交じりの雨を降らせる。

その返り血を一身に浴び、雄叫びを上げる凶つ斧槍――。

また飛び散った肉片交じりの雨は、地面へと降り注ぎ赤黒い色へと飾り立てた。

 

『――ひ、ひィ…!』

 

 その凄惨な光景に、ロロナは短い悲鳴を漏らし顔を背けた。

また彼女の足元には、バラバラとなった人間の眼球や馬の耳なども散乱している。

 

一騎討ちを神聖視し、戦場の華と見なす者が居る。実は凶つ斧槍も、その一人であり、互いの全身全霊を賭けた決闘は彼にとって聖戦にも等しいのである。その神聖な1対1の決闘が、いま無粋な輩の横槍で汚されようとしていた。

彼は確かに不死人でロンドールに属するが、その前に一人の高潔な騎士であり武人でもあった。

故に彼にとって、一騎打ちとは特別な意味を持っていた。

いま聖戦の場を汚そうとしている不埒な輩には、それ相応の()()を受けて貰った。

ステルクとの一騎打ちで高揚していた戦意は、一瞬で憤怒に塗り替えられ、その矛先を数騎の近衛兵たちへ向けたという事だ。

 

渾身の一薙ぎで、数騎の騎兵が犠牲となった。

だがステルク自身は、何ら臆する事無く敵を見据えていたが、そんな彼に落ちて来た『戦旗』が目に入る。

近衛騎兵の一人が握っていた物だろうか。

透かさずそれを拾い上げたステルク――。

 

「――幕だッ、アーランドの騎士よッ…!」

「――そぅるぁッ…!」

 

 邪魔者は消えた――とばかりに止めの一撃を仕掛けた凶つ斧槍。

騎乗の上から大上段へと構え、全速力で斧槍を振り降ろす――。

しかしステルクは、その一撃に合わせるかのように手にした戦旗を投擲した。

手元から離れた戦旗が拡がり、凶つ斧槍の視界をほんの一瞬だが覆い隠した。それはステルクが視界から消えたのと同じなのだが、彼は構わず戦旗ごと斧槍を全力で叩き付ける。

重厚な斧部分が地面を抉ったのだが、どうにも感触に違和感を覚えてしまう。鎧ごと肉を引き裂いた感触は無く、石畳を砕いた衝撃しか伝わって来ないのだ。

 

――なぜだ、外したのかッ!?

 

「――うぅぉおぁああッ…!!」

 

 そう判断する前に、敵であるステルクの雄叫びが耳を打つ。

次の瞬間、凶つ斧槍の首が宙を舞っていた――。軍馬の首と共に――。

そして例に漏れず、凶つ斧槍からも夥しい血飛沫が噴水のように吹き出し、血溜まりを形成しながらステルクにも降り掛かった。

 

ステルクの投げた戦旗が、凶つ斧槍の視界を遮る事で渾身の攻撃を空振らせる事に成功。その僅かな合間を縫い、ステルクは側面に移動していた。

ほんの僅かとは言え、空振りの隙は致命的だ。その小さな隙を活かし、ステルクも大剣を全力で振り下ろし凶つ斧槍の首を、馬ごと切断したという訳だ。

 

   ―― ENEMY FELLED(敵討伐セリ) ――

 

首を墜とされ絶命したロンドール4騎将の凶つ斧槍は、塵灰となり消えゆく。例に漏れず彼も不死人であるという訳だ。

 

「そ…そんな…!」

「凶つ斧槍さまが…!」

「ロンドール屈指の武人が…!」

 

「お、おぉお…!」

「勝ったぞ、アーランドの騎士が…!」

「敵将…討ち取ったり…!?」

 

 ロンドール4騎将と呼ばれる敵武将が討たれ、両陣営とも各々の反応と動揺を見せる。

ロンドール部隊には動揺が走り、近衛部隊には戦意高揚をもたらした。

つまりこの瞬間、士気が此方に大きく傾いたという事を意味している。たとえそれが一時的なものであったとしてもだ。

 

「さぁ、まだやるか、ロンドールの騎士たちよッ!?…ならば死にたい者から、かかって来るがいいッ!」

 

『……!総員、後退!一時後退しろぉッ!』

 

 凶つ斧槍という強敵を討ち、残りの敵部隊へと威圧を仕掛けたステルク。この瞬間、敵の士気は大幅に挫く事が出来た。たとえ仇討と称し敵が反撃を仕掛けたとしても、いま味方側の士気は大いに高揚している。

今なら真正面から衝突しても、そう簡単に押し敗ける事はない筈だ。

そして此処で威圧を仕掛ける事で、敵に更なる圧力を加える意図も含め、ステルクは敵意も露わに尚も凄んだ。

対する敵部隊全体には動揺も蔓延しており、隊長職の騎士が後退を指示する。その後の動きも素早く、ロンドール部隊は速やかに現場から退避し姿を消した。

 

現場に残されたのは、近衛の生き残りと大勢の避難民だけとなった。

 

「今の内だ。総員、外周部へと退避するぞ!」

 

 ステルクが敵将を討った事で、取り敢えずだがこの場は納まった。このまま勢いを借り王宮へと転進する考えも浮かんだが、第6近衛騎士は直ぐにそれを振り払い退避命令を改めて下す。

王宮には、あの『闇の王』なる得体の知れない騎士が居るのだ。幾多の精鋭が束になろうとも敵わない、桁外れの強敵だ。今更再度侵入したとて、返り討ちに合うのが目に見えている。

第6近衛騎士は、生き残った近衛部隊を纏め上げ避難民を先導しつつ王都外周部へと移動を開始した。無論ステルクも、ロロナたちの乗る馬車へと合流し近衛部隊へと続く。

 

……

 

( 推奨BGM ロロナのアトリエ ―― 水辺の詩 )

 

 あれから幾許かの時間が流れ、地平線は暁に染まりつつあった。間も無く朝を迎える時間帯だ。本来なら、王都は人の往来で賑わい騒がしい程に生命に営みに溢れる筈だった。

 

「うむ…、落ち着いた途端に、傷は痛み出すものだな…何時もの事だが」

 

 ピアニャが所有する馬車は少々特殊で、幌の内部は異様に広い空間を備えていた。

ロロナやピアニャが指導していた生徒たちは皆、この幌に乗せられ安全が確保されている。生徒たちは幾度か彼女の馬車に搭乗経験があり、内部構造に対し然して驚く事もなくなったが、彼女達の錬金術には今も感嘆するばかりだった。

 

「大丈夫、ステルクさん?無茶をするなとは言わないけど、アレはちょっと見ている方も――」

 

 錬金術で拵えた軟膏型の治療薬で傷を癒すステルクに、ロロナが小言混じりに彼の身を案じた。

 

「時には無茶を厭わぬ状況も発生する。それが戦場なら、尚の事な。…そしてこれが本来の戦場というものだ…否、まだまだ凄惨で残酷な戦場など世界中に転がっている…!アーランドが平和過ぎたのだ、勿論それ自体は喜ぶべき事なのだがね」

 

 普段から真顔で語り冗句の類など通用しそうもない、生真面目一辺倒なステルクという男性。今度は何時にも増して険しい表情で、持論を周囲に言い聞かせた。

先ほどのロンドール部隊、そして敵将である『凶つ斧槍』との一騎打ち――。辛くも勝利を収めたステルクだが、とても華々しいものではなかった。

寧ろ幾多もの犠牲者が続出し、敵、味方、関係なく部位が欠損し血や臓物が無秩序に飛び散るという悍ましい有様だ。

その光景は余りに凄惨で残酷そのものの殺し合い――。

彼が言うには、こういった戦場が大半で世界中で繰り広げられているのだと語る。

そして自分達の母国であるアーランドが、如何に平和で誇りに値する国であるかを改めて強調し彼は熱弁した。

 

「アーランドが素晴らしい国だというのは解ってるけど、この国は、ちょっと闇が深すぎないかなって思うんだ私――」

 

「…否定はせんが」

 

 今度はピアニャが意見を述べ、この国の不安定さについて言及した。

彼女に意見に一定の理解を示すステルク。

確かにこの国は、少々波乱万丈な刺激に満ちていた。

アーランドとは比較にならない程の、多くの異形や魔物の脅威に晒され、様々な亜人種や獣人種までが存在し共存している大陸国家。

そして現在、魔神皇なる存在に率いられた魔神軍の侵攻に加え、ロンドール黒教会に王都中央区が襲撃されるという凶事に巻き込まれてしまった。

刺激という言葉で片付けるには、少々過激に過ぎる事件だ。

 

「それでも私たちは、諦める訳にはいきません。その為に日々研鑽を重ね、脅威に立ち向かわねばならないのです」

 

 場を見守っていた白いローブの少女が口を開いた。彼女は普段物静かで無口な部類だが要所要所で自身の意見を述べる事から、自我は強いという事が見て取れた。

この少女は数ある生徒の中でも取り分け優秀で、賢者の学院でも飛び級で進級する程の明晰な頭脳を持ち合わせている。

ステルクは、この少女の事を『小さき賢者』と称していたが、あと数年も経てば、彼女は紛う事なき『賢者』として世に立身するだろう。

 

此処では彼女の事を『見習い賢者』と称する事にしよう。

 

「うん、そうだよね。ここの子たちも、世のため人のためになる事を目指して勉強中なんだものね。だからこそ私、教えた錬金術を正しい事の為に使ってほしいんだぁ」

 

 見習い賢者の意見を快く聞入れたロロナ――。学院に在籍する生徒たちが将来どのような道を歩むのかは定かではないが、幼い少年少女たちは未来のために研鑽を重ね努力を惜しみなく注いでいる。

自分達が指導する生徒たちは、みんな熱心に授業に耳を傾けてくれた。ロロナたちが教えた錬金術も、きっと正しい事の為に使い、人々に幸せを振りまいてくれる。彼女は、そう信じていた。

尤も、ロロナ自身の教えは相変わらず感覚的で、彼女の意図が殆どの生徒には伝わらず、結局はトトリやピアニャが補佐に奔走するのだが。

 

「それよりも私の作った治療薬、効果の程は如何でしょうか?」

 

 実は、ステルクに施された軟膏型の治療薬だが、これは見習い賢者が作成した代物である。

論理的に言葉を組み立てる事が下手なロロナの指導だが、見習い賢者は自分なりに解釈し落とし込み吸収していた。

そんな彼女でも初見は失敗を積み重ねていたが、やはり優秀なだけあり誰よりも早く独自の錬金術を会得するに至る。

ロロナの教えを理解する数少ない生徒が、また一人誕生しようとしていた。

さて、そんな見習い賢者が錬金術で作成していた軟膏型の治療薬――。果たして実用に足る効果を発揮できたのか?彼女は改めてステルクに問う。

 

「ああ、見ての通りだ。お陰で、傷の治りも早く、これなら次の戦闘にも支障はない。礼を言うぞ小さき賢者」

 

「だから、()()()は余計です…!」

 

 ステルクを見るに傷は殆ど塞がっており、効果の程に問題は無いと告げた。見習い賢者は、『小さい』という言葉に相変わらず反発していたが。

 

「そう言えばさ。水の都でも、一風変わった生徒さんが居たよね~。彼もロロナ先生やトトリお姉ちゃんの指導受けて、あっという間に錬金術を初見で成功させちゃったんだし」

 

「ああ、例の()()()の事か。確かに、今はどうしているのだろうな?」

 

 見習い賢者は確かに優秀な生徒だが、ピアニャとステルクは水の都の出来事について言及する。

 

「…剣士…ですか、その人…?」

 

 剣士という単語に、僅かな反応を示す見習い賢者。

 

「うん、そうだよ。その子…って言ったら失礼か。その人、何時も変な格好してるけど、中々に優秀でね。ソウルって言うのを辿りながら、錬金術を成功させちゃうんだ」

 

「ソウル……確か学院でも、ソウルについては研究が続けられていた筈です。あまり進んではいませんが…」

 

 ロロナが更に詳しく述べ、その指導した剣士が『ソウル』について理解が深い事を誇らし気に強調する。

それに対し、見習い賢者もソウルが学院にて研究中である事を説明した。

 

「あの…ロロナ先生。その剣士の事ですが、どの様な出で立ちなのか、もう少し詳しく…出来れば名前など御存知であれば――」

 

 どうにも例の剣士の事が気になって仕方がない。ロロナに更なる詳細を訊ねてみる事にした見習い賢者。ロスリック拠点街で出会った()の姿が、彼女の脳裏に過っていた。

 

「え…?えぇっとね、普段からフード被りっ放しで野盗みたいな恰好した、物静かな剣士さんだよ。名前なんだけどね、確か『灰の剣士』って言ってね――ブわぁッ!?」

 

「――その人、何処に居られるか御存じなのですか!?詳しい場所を知りたいんです、教えて下さいっ!お願いしますっ!!」

 

「え、え?急にどうしたの、この子…!?」

 

 幼い年齢に似付かわしくない程の、聡明な頭脳と落ち着きを備えた見習い賢者。灰の剣士という名を聞いた途端、彼女は態度を豹変させロロナへと迫った。

その様子に、ロロナを疎か周囲の生徒たちも唖然としている。

 

「――教えて下さい、あの御方は現在いずこに…!?」

 

「――わ、分かったから落ち着いてッ…!」

 

「…すみません…」

 

 凄む見習い賢者を何とか宥めたロロナ。見習い賢者もハッと我に返り、元の落ち着きを取り戻す。心なしか少女の顔は紅潮しており、呼吸も少々荒い。

 

西方辺境の街、記憶違いでなければ其処で籍を置いていた筈だ、灰の剣士という冒険者は。また彼だけでなく、娘であるルルア達も同行させており、活動を続けている頃だろう。あれからそこそこの期間が経過したが、特に目立った沙汰は届いていない。そろそろ手紙の一つでも寄越してみようか。

 

「ありがとう御座います、ロロナ先生。…そうですか、あの御方は件の街で――」

 

「えっと、君…?あの剣士さんと何か繋がりが…?」

 

 彼の所在地を知った見習い賢者。フードを深めに被り直し、ロロナへ礼を述べた。周囲から悟られまいと努めた積りだが、はにかんだ表情を浮かべ口端は吊り上がっている。

そしてそんな彼女に、灰の剣士との関連性を問うピアニャ。

 

「…あの方とは…、ロスリック拠点街で出会い…そのまま()()()()()を交わした仲です…///」

 

 真実に脚色半分を交えた彼女は、当時ロスリック拠点街での出来事を大まかに語る。

(本編前夜編 第57、65話参照)

 

「へ、へぇ…あの剣士さんって…案外……」

 

 彼女の話を鵜呑みにしたピアニャは、何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。

 

――ルルアちゃん…変な影響受けてなきゃいいけど…。

 

目の前に居る、年不相応な落ち着きと頭脳を持つ彼女が態度を豹変させた位だ。やはり灰の剣士という男、ただならざる男と判断して間違い無いだろう。つまり見習い賢者ほどの少女でも、相当の影響を与えたという事に他ならない。

自分の弟子であるルルアも純真で心の優しい少女で、未だに世間知らずで危うい部分を持ち合わせている。あの剣士と関わり、妙な色に染まっていないだろうか。

ピアニャは、愛弟子でもあり妹分でもあるルルアの事が少々心配になった。

 

『マスター、報告。王都外周部に到達、王都外周部に到達』

 

 王都中央区から退避して暫らく――。幌馬車の管理を担う人造生命体(ホムンクルス)である『ちむどらごん』から報告が入る。

 

「ふむ、中央区からの脱出には成功したか」

 

 一通り傷の治療を済ませたステルクは、再び武器を取り馬車を出た。

 

「――な…何だこれはッ…!?」

 

「おお、アーランドの騎士殿ですか。御覧の有様です…!」

 

 この馬車を含め、此処には多くの非戦闘員を引き連れた状態だ。

そんな彼等を護衛する為、あの場で生き残った近衛部隊が先導していたのだが、全員が歩みを止め呆然と前方を傍観していた。

当然、ステルクも前方の有様に言葉を失い唖然と見る事しか出来ないでいる。

 

「…小鬼の…小鬼禍(ゴブリンハザード)だと…!?」

 

 漸くの思いで王都外周部に到達したのも束の間――。多少は安全と踏んでいた王都外周部でさえ、夥しい数の小鬼で埋め尽くされていた。

白と灰色の混じる石畳は、今や大半が暗い緑色に覆われ、小鬼特有の異臭が立ち込めている。その光景は、小鬼の()()()()で占められている。

 

「くそぉ、一体何時の間に小鬼がッ…!?」

「外周部に出れば安全じゃなかったのかよッ!?」

「何だよ、この数!?知らない間に、映画の撮影でも始まったのかよッ!?」

「中央区に居た方が安全だったかもな…!?」

「安全な場所は無いのかッ!?」

 

 王都外周部…つまり大半の王都都民が営みを送る都市の要が、いま小鬼によって埋め尽くされていた。いや、埋め尽くすだけならまだいい。こうしている間にも、小鬼は周囲の逃げ惑う人々に襲い掛かっていた。

また質の悪い事に、小鬼だけでなく心無い輩までが混乱に乗じ略奪や暴虐に加担している。

その様は、正に混沌の世界そのものだ。

 

   ―― 王都の小鬼禍《ゴブリンハザード》発生 ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

第1近衛騎士

 

近衛部隊第1中隊、第1小隊の隊長を務める。

壮年で、焦げ茶の髪と厳格な顔立ちの偉丈夫。

貴族階級で『男爵』の爵位を持ち、3人の息子と1人の娘が居る。

 

代々軍人の家系で数多くの優秀な人材を輩出してきた名家だが、加齢の所為もあり行く行くは長男に家督を譲る積りでいた。

因みに長男と次男も近衛部隊に所属しており、其々が別の部隊に配属されている。

 

武力よりも指揮と統率力に長け、長年に渡り近衛を支えてきた。

使用武器は、主に長剣と中盾。

 

ロンドールによる襲撃を受け敗走という屈辱的な判断を敢えて下しながらも、自らは傷付いた部下と共に王宮へと残り殿を務めた。

その後の生死は不明。

 

 

第2近衛騎士

 

近衛部隊第1中隊、第2小隊長を務める。

青年の、茶系の短髪と大柄で屈強な実力者。

元は平民だが、先の大戦や数々の戦働きの功績により、正式に名誉騎士の称号を得た。

 

かなりの大家族で、両親の他に10人の兄弟が居る。因みに彼は、4男坊。

 

近衛騎士の中でも、1~2位を争う程の優れた武勇を持つ。その戦闘力は白金等級に迫り、王の側近で近衛将軍でもある銀鎧の騎士に勝るとも劣らない。

普段は1本の大剣が主な使用武器だが、実は大剣2刀持ちが彼の神髄であり密かに格闘技にも精通している。

 

やや劣勢ながらも、闇の王を相手に肉薄した唯一の騎士。

第1近衛騎士に追従する道を選ぶも逆に諭され、残された僅かな部下と共に非戦闘員を引き連れ、王都中央区から脱出した。

 

 

身軽な近衛兵

 

近衛部隊第1中隊、第2小隊に所属していた兵士。

褪せた短い茶髪の青年で、少々粗野な言動が目立つ。

彼は元冒険者で、最終等級は鋼鉄。戦士兼任の斥候職を得意としていた。

 

彼は平民出だが、近衛の待遇は平民階級の比ではなく高い給金の恩恵で実家は潤っていた。

また、両親に加え弟妹が居る。

 

使用武器は、軽量で頑丈なスモールソード。

冒険者時代を活かした軽業に長け、闇の王の意識を乱す事に腐心するも防御ごと斬り裂かれ呆気無く絶命した。

 

 

第3近衛騎士

 

近衛部隊第1中隊、第3小隊長を務める。

30代前半で、濃い金髪碧眼の似合う美丈夫。

真面目な堅物だが、総合的に優れた手練れの騎士。

生まれながらの上流階級だが、実は文官の家系である。

 

主な使用武器は、長剣を両手で扱い連撃を得意とする。

 

闇の王相手に臆する事無く勇猛果敢に挑むも、実力差を埋める事は出来ず殉職した。

 

 

女性の近衛騎士

 

近衛部隊第1中隊、第3小隊の分隊に所属していた女騎士。

近衛騎士の中では、かなり若く18という年齢の女性。

薄い金色の短髪で温和な顔立ちに伴い、少々慎重な性格をしている。

父は騎士だが、病により早逝。現在は騎士を世襲し、母と2人姉妹と共に当主として家を支えていた。

 

主な使用武器は片手剣だが、防御重視から反撃に転じる『第3の型』なる奥義で戦うのが最大の特徴。

修業時代、旅の自由騎士から秘かに教わったとの事。

 

会得した『第3の型』で、闇の王の猛攻に対処するも、前触れもない神速の一撃にて短い生涯を終えた。

 

 

 

 

 

 




軍の一個小隊の規模、時代や環境によって一定ではないようです。
一応近衛部隊の1個小隊は、約80~100前後という規模で、全8小隊で2個中隊という規模です。
王都外周部に駐屯している防衛部隊は、更に大規模という設定です。
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