前回の仮面の錬金術師と同様に、何処ぞの某ゲームキャラのようなセリフを吐きまくります、教会の狩人も。
今回、少々ショッキングな出来事が起こりますので、苦手な方は読まない事をお勧めします。
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )
獣という感情は、非常に御し難く同時に発露に易い。
故に危険でもあり、時には魅惑的な本性を暴け出す。
子供だ、大人だと、御高説たれたとて一皮抜けば人間の本性など誰しもが等価なのさ。
どれだけ綺麗ごとや理想論を語ったとしても、心の奥底では誰かを妬み、貶め、排他の念が湧く。
確かに我々が構築した錬金術は、他国を圧倒し席巻したのは事実だ。
しかし結局は、他者からの悪意に塗れ、同時に愚かな破綻にも目を背け、衰退と滅びの道へと転がり落ちた。
正に愚か、正に滑稽にして矮小。
だからこそ、我らが再び復古を叶え栄光を取り戻さねばならないのだよ。
過ちを下賤なる者へと指し示し乗り越える事を証明するは、我らの果たすべき使命なのだ。
その理想と思想を忘却した末裔などに、尊い使命の成就など務まるものかよ。
(蘇りし太古の、然る錬金術師より抜粋)
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これ程にまでに弱々しい彼など見るに堪えなかった。
いい様に痛め付けられ追い詰められ、肉体も精神も摩耗させられる灰の剣士。
彼女にとって彼は命の恩人でもあり、人生を共にしたいと思える程に意識する存在だ。
これ以上、苦しむ彼など見たくない。自分が苦しむよりも、親しき隣人の苦しむ様を見る方が、遥かに苦痛を覚えるのだ。
「灰君…今から――」
「――私は行くわッ!彼を放ってはおけない…!」
錬金術士ライザが動くより先に、ゴブリンスイーパーが武器を手にギルドを出る素振りを見せる。
村から引き連れた子供達の安全は、取り敢えずだが確保は出来た。それにギルドには大勢の冒険者が、こうして屯している状況だ。これなら、守備に不安は無いだろう。
ならば、やるべき事は一つしかない。
「――待って、私も連れて行ってッ!」
ギルドを出ようと勇む彼女を引き留めたのは、ライザではなく監督官の受け付け嬢だった。
「――私だって、彼が心配なの…!あんなに苦しむ彼なんて初めて見た……そんな事も知らず私は…」
「…残念だけど、それは出来ないわ。貴方はギルドの職員。でも…貴女にしか出来ない事がある。…彼が何時でも帰って来ていい様に、この場所を守ってあげて…」
監督官にとっても彼は大事な存在だ。今まで見た事もない、彼の苦しむ姿に平静を保つ事ができずスイーパーに同行しようとした。
受付カウンターを乗り越えんばかりの勢いを見せる彼女だ。それ程にまで彼女は動揺し、いても立ってもいられなくなっていた。そこにギルド職員としての姿は無く、完全に一人の女としての彼女が在った。
しかしスイーパーは、そんな彼女を諫め制止する。
このギルドは、冒険者たちの集う重要な拠点であり言わば家も同然な大切な場所だ。その家を守れるのは、ギルドを管理運営する職員達を除いて他には居ない。そしてそれは、監督官である彼女にも言える事なのだ。
半ば暴走気味な彼女の行動は、ギルド職員としての資質が問われかねない程に常識を逸脱していたと言える。
況してや彼女は、監督官というギルド職員でも特殊な立場に身を置く存在だ。今は緊急事態とはいえ、彼女まで身勝手な行動を見過ごす事は出来ない。
「…御免なさい、ちょっとどうかしていたわ…私…。スゥ~ハァ~、彼を…どうかお願い…!」
「任せておいて、ギルドを宜しく頼むわね…!」
「ええ、貴女も気を付けてね…!まだ敵が潜んでいるかも知れないわ」
スイーパーに諭された彼女は、一旦深呼吸を繰り返し冷静さを取り戻す。スイーパーの言う通り、職員である自分までもが暴走すればギルドの秩序に大きな乱れが生じてしまうのだ。その様な失態を招くのは、職員としても上流階級の人間としても示しがつかなくなる。
灰の剣士の事は、スイーパーに託し、自分は職員としてギルドにて役割を果たす。追い詰められ傷付いた彼を笑顔で迎え、暖かい労いの言葉を掛ける為に――。
「みんな、私は神殿に向かう!彼を助けたいのは勿論だけど、神殿はギルド以上に危険な筈よ!この街に住む住民として、冒険者として見過ごす事は出来ないわ!同行したい人は私に付いて来て!」
監督官にギルドを託したスイーパーは、周囲に声を張り上げ神殿に向かう事を宣言する。
危険に晒された神殿を救援する為に――。そして何よりも大事な存在と化した、灰の剣士を助ける為に。
彼女だけではない筈だ、彼を助けたいと願う者は――。
「ハイッ、あたし行きます、行かせて下さいっ!」
真っ先に挙手で名乗りを上げたのは、銀髪武闘家。彼女は、心無い賊徒は疎か生者相手にも攻撃を躊躇う癖が染みつき、克服するのは時間を要すだろう。しかし、その短所を差し引いてでも灰の剣士に少しでも恩返しがしたかった。
「もう止めたりしないわ、貴女も成人したんだし。だけど、気を付けて行って来てね」
「あの剣士は、折り合いを付けられないでいる。傍で支えてあげる人が必要なんだ。自分の信じた道を行きなさい。そして無事に帰って来ておくれ」
「ハイッ!お父さん、お母さん、行ってきます!」
彼女と同じくギルドに避難していた両親、格闘村民と妻である銀髪の女が快く送り出し、彼女も勢いよくそれに応えた。
それは宛ら、冒険者を決意し村を出た日にも似ていた。
「ボクだって行くよ…!どっちみち行くって決めてたもんッ…!」
続けて立ち上がったのは、『アンリの直剣』を背負った長い黒髪の少女。
彼女は終始、灰の剣士と行動を共にしたかったが状況が状況なだけに、仕方なくこうしてギルドにて待機していた。
だがスイーパーや銀髪武闘家が、彼を救援する為に神殿へと向かうのだ。村の子供たちは、ギルドへの避難が完了し安全は確保された。
予てより決めていた、灰の剣士の下に向かう――。
彼女も同行の意志を告げた。たとえ周囲が反対しようとも、強引に付いて行くか若しくは一人でも向かう積りで覚悟を決めている。
「私も行きます…!まだ未熟ですけど、呪文だって使えるんです…!」
「――同じく、私もッ!我が剣技、今度こそ剣士様のお役に立てる時ッ…!」
黒髪の少女に続き、見習い賢者、見習い剣士も名乗りを上げた。あのロスリックで別れて以来、秘かに再開を願っていた二人の少女。今それが叶おうとしており、この機会を逃す手はなかった。
「しょうがねぇ、アイツには助けられっ放しだもんな…!」
「何が出来るかは分からんが、見届ける位なら俺でも――」
「この前は打たれ強いと思ってたが、意外な所でメンタル弱めだなアイツ…行ってやるか…!」
「俺も行く、アイツの他に少年も心配だ」
「…俺もだ。無事を確かめねば…
彼女らの名乗りを皮切りに、槍使い、重戦士、同期戦士たちも次々と席を立ち上がり同行の意志を示す。彼等も幾度となく、灰の剣士と共に苦楽を共にした間柄で知らぬ仲ではない。
彼等に加え、オーベック、ゴブリンスレイヤーも同行に加わった。二人にも神殿に向かう理由は存在していたのだ。
「……」
そんな彼等に圧倒されたライザは、言葉もなく見る事しか出来ないでいた。それを見かねたのか気遣ったのか、スイーパーから声が掛かる。
「黙ってたって分からないわよ?…置いて行くけど、それでいい?」
「――んなッ!?いい訳無いでしょッ!行くわよ、行きます、あたしだってあの子助けたいのッ!」
半ば煽りにも似たスイーパーからの言葉に、ライザも感情を露わにしながら同行する旨を告げた。
密かに、スイーパーは嫉妬の念を抱いてもいたのだ、ライザに対し――。灰の剣士とライザリン=シュタウトが出会い、然して日も経過していない。――だというのに、昼夜問わず彼に対し距離を詰める毎日。
スイーパーでは、どう逆立ちしてもライザの様に構い倒す真似など出来なかった。小鬼に蹂躙される以前のスイーパーなら兎も角、今の彼女は女としての自信を完全には取り戻していない。それ故、自分を押し殺すことなく明け透けに振舞うライザに対し、場違いな羨望と妬みの感情が心の何処かで芽生えていたのは否定し切れなかった。
だからと言って、ライザを蔑ろにしようという気持ちなどはない。できる事なら今後も彼女とは、親交を深めていきたいという願望も存在していたの確かなのだ。
「…決まりね。皆、準備はいい!?敵に対応しながら、神殿まで向かうわ!」
概ね、神殿に向かう面子は決まった。
今回は珍しくスイーパーが仕切り、皆を先導する。尤も、一時的にとはいえ彼女も一党の頭目を務めた経験もある。号令をかける位は、難しくなかった。
「ほぇ~、いい女っぷりじゃのう…!」
「そりゃそうでしょ、ああ見えて強いわよ。あの子」
「ありゃあ、女のあたしから見ても惚れ惚れするさ!…減に他の男共の注目も集めてるみたいだしね」
特別なナニカをした訳でもなく、単に皆を纏め上げただけのゴブリンスイーパーという女鎧戦士。だが未だ少女と大人の間を行き来する年齢ながらも毅然とした立ち振る舞いに、感嘆の声を上げる鉱人導師。そんな彼に反応を返す妖精弓手は、彼女とも共闘した経緯があり為人を認めていた。そして女部族も、スイーパーの凛とした佇まいに女としての魅力を感じていた。
その証拠に、周囲の冒険者…特に男性陣は、スイーパーに対し特別な感情を抱きつつあった。彼女の過去を知る者は多いが、やはり女の魅力に溢れているのも事実。そう遠くない内に、声が掛かる可能性もあるだろう。
あとは神殿に向かうだけだ。スイーパーは彼等を引き連れ、ギルドを出る。
……
頭上からは雨粒が、絶えず彼の外套を叩き付けた。
二人の少年少女に付き添われながらも、漸く神殿へと辿り着いた灰の剣士たち。
彼等の視界に広がるのは、大勢の人々。大半が街の住民だが見知った顔も多く認められ、医療教会の衣装に身を包んだ構成員も複数見受けられた。
神殿は制圧されていた――そう判断するのが妥当であろうか?だが不思議な事に目立った損傷は見られず、然したる抵抗の跡がないのどういう事か。
数々の疑念が湧くも、灰の剣士の視界には、あの因縁深き『仮面の錬金術師』と『教会の狩人』が佇んでいる。
「気になるかね?…これだよ、彼等が手出しできない理由は」
抱く疑念を察したのか、教会の狩人が傍にある備品に指をさした。今まで神殿の惨状と人々に意識が向き、気にも留めていなかったが確かに狩人たちの傍には見た事もない物体が設置されている。
只人の半部程の柱の上に、鈍くも光沢のある黒い球体が乗せられていた。一見何の変哲もない唯の鑑賞物にしか見えないのだが、アレの所為で誰もが抵抗できないとでも言うのだろうか。
「爆弾だ…!この街を丸々吹き飛ばす威力が込められている。裏庭に輝く『聖黄金樹』と言ったか?どうやらお前達にとって、重要な存在であるらしいな」
「――…ッ!そういう事だったかッ…!」
狩人の傍にある奇妙な物体だが、強力な爆弾であると知らされた。しかも街は疎か聖黄金樹をも跡形もなく吹き飛ばす威力が込められているという。
これで納得がいった。
金等級の英雄たちが複数控えていたにも拘らず、呆気なく制圧を許してしまった状況――。聖黄金樹を含め街ごと人質にされてしまえば、無闇な抵抗は控えねばならない。
街は無論だが、聖黄金樹は只人と森人勢力を結ぶ象徴として、約定を結んだばかりなのだ。現に、何も出来ない森人勢力も苦々しい表情を浮かべている。特に『花冠の森姫』など、弓まで手にしつつも射る事を許されてはいなかった。
「では改めて。私は、医療教会を主導せし者、人は私を『教会の狩人』と呼ぶ」
「何が…教会よ…。街を焼く事しか出来ない、獣の病にも殺す事でしか対応出来ない、貴方たちは…只の人殺しよ…!」
教会の狩人に反応したのは、意外にも赤いリボンの少女である。灰の剣士たちと行動を共にしてまだ日も浅いが、感情を発露させたのは初めてではないだろうか。
少女は銃を抜き、狙いを教会の狩人の頭部へと定めていた。彼女の手は全くブレていない。
彼女の両親は、獣の病に殺されたようなものだ。その頼みの綱である血の医療を司る医療教会という組織。しかしいざ蓋を開けてみれば、ただの殺戮集団と何が違うというのか。
鳥羽の狩人に連れられ生き延び、徐々に明かされる真実――。血と狂気に塗れたあの都市で出来る術など、彼女には備わっていなかった。
力が必要だ。何かを成す為の力、障害に抗う力、自分を貫き通す為の力。まだ発展途上だが、徐々に叶いつつある。鳥羽の狩人と地母神神殿のお陰で。
この少女も人に武器を向けるなど、禁忌と捉える側の精神の持ち主だ。だが教会の狩人に対し銃口を向けるのは、微塵にも抵抗が湧かなかった。
「ククク、それにしても不様な格好だな、出来損ない」
少女の怒りなど涼風の如く受け流し、動きの鈍らせた灰の剣士へと歩み寄る教会の狩人。
神殿に向かう道中で、散々に精神を責められ今や弱体に弱体を重ねた灰の剣士も、虚勢を張りながら狩人を睨み付けていた。敵に対する憎悪や怒りが、彼に幾許かの奮起を取り戻させたようだ。
「誓約者たちにも、それぞれの人生がある。貴様は、その真実から目を逸らし、奴等を斬り殺してきた。そしてあまつさえ、そのソウルを啜り、自らの糧として生き続けている…!」
「…彼等を利用をし続けているのは誰だ…?彼等の人生を弄んでいるのはッ…!?…他人の弱みに付け込み、どれだけ搾取する気だッ…!」
あの村の一件など、氷山の一角。医療教会のみならず数々の関連組織は、立場の弱い人々の隙間に入り込み利用を続けている。
灰の剣士に対し指摘する教会の狩人だが、彼も負けじと言葉で反抗を示した。先ほどはかなり心を掻き乱していたが、睨み付ける彼の瞳には活力が戻っている。
「いい言葉だ、出来損ない。…搾取は…人類種の
仮面の錬金術師に代わり今度は教会の狩人が、灰の剣士へと揺さぶりをかける。負けじと反抗の言葉をぶつけた灰の剣士だが、教会の狩人は悪びれる様子もなく受け止めた。
「だが私とて、望んで生きてきた訳ではない。…殺さなければ殺される、そんな世界で生きてきたのだ。…ヤーナム旧市街のキリングフィールドで、私はこの世界が…人類という種が、腐り切っている事を悟った。…いいか、出来損ない?人間の意志は、周囲の環境から創られる。場所が人を創るのだよ。自由意思など存在しない。意思を支配するのは『ミーム』と呼ばれる、心の遺伝子…。意志とは無関係に、ミームは文化を伝える。利己主義、絶望、憎悪、復讐心、殺意…。そうした負のミームも伝染する。殺戮に晒され続ければ、自らもまた殺戮に奔るようになる。そして殺戮のミームは、際限なく拡散してゆく…」
「…全ては…ミームの所為だと…?」
自由意思など唯のまやかし、意志よりも深い底に根差すミームに全ては左右されると語る教会の狩人。邪悪な男に変わりないのだが、目と耳を逸らす事ができなかった灰の剣士。
「全ては…自然の成り行きだ。季節風が吹き、雨が降り、愚かな人類種が殺し合う…同じことよ…。貴様の活人剣とやらも、所詮はミームによる伝達…ミームは心の隙間に入り込む。人を活かす剣とは、大層心地良いお題目だったろう?そして貴様は、相手の心の重みから目を逸らし殺戮に興じる。その重みを見せられて戸惑うのが、その証拠だ…!」
「――ッ……!」
神殿に辿り着く道中、刺客たちの本心を露わにされた事を思い出し、返す言葉も見付からないまま灰の剣士は打ちひしがれた。そのまま俯き、とうとう彼は膝を折ってしまう。一度戻りかけた活力は、今ここで完全に潰えたのだ。
「灰く~んッ…!」
「剣士様ぁッ…!」
後方でライザ達の呼ぶ声がする。取り敢えずの安全は確保できたのだろう、大勢の仲間達がギルドから駆けつけてきた。
「…いかんな」
「完全に折れちまってるね」
しかし膝を突き俯く灰の剣士を視界に入れたジークバルドと鳥羽の狩人は、完全に心が折れた事を悟ってしまった。
彼は、人形の様に力無く項垂れ、言葉を発する事がない。
そんな彼を見た教会の狩人と仮面の錬金術師は、更にほくそ笑み言葉を加え続けた。
「恥じる事はない、全ては自然の成り行きなのだ。意志も判断も存在しない、故に自己責任もない。だが自然の成り行きとして、活人剣による貴様のミームは…ここで消える…貴様の命と共にな…!」
ミームの伝達…しかしそれも、全ては自然の成り行きで人々は歴史を刻んできたのだと、彼は語った。
彼等が医療教会なる組織を立ち上げ、弱き人々が誓約者となるのも全ては自然の成り行き。
その誓約者たちを斬り伏せた灰の剣士も、自由意思などではなくミームの伝染という自然の成り行きによって起されたと言うのだ。
全てを語り終えたのか狩人は、背より銀の剣を抜き、言葉もなく項垂れる灰の剣士の頭上へと振り被った。
このまま振り下ろせば、灰の剣士は一刀の下に両断される。味気ない程に、彼は最後を迎えるのだ。
「――ヤベェッ、アイツ何やってんだッ…!?」
「――トットと立ち上がらんかいッ!」
「――貴方しっかりして、ここで終わる気ッ…!?」
重戦士、鉱人斧戦士、ゴブリンスイーパーが必死に彼に呼び掛けたが反応が無い。
このままでは本当に死んでしまうという危機的な状況にも関わらず、彼は茫然自失とした態度を崩さなかった。
「――ボクが助けるからね、お兄ちゃん…!」
痺れを切らした黒髪の少女が剣を抜き、灰の剣士を助けるべく駆け付けようとした――その瞬間である…!
『――それは違いますッ…!そんな事ありませんッ…!!』
あらぬ方角から突如として声が周囲へと響き渡った。その声に誰もが反応し、声の主の方へと視線を向ける。
大声で叫んだのは、あの
敵側は元より味方陣営の視線が集中する中、彼女は張り裂けんばかりの大声で尚も叫び散らかした。
「何がミームですかッ!?何が自然の成り行きですかッ!?そんなの、何も考えてないだけじゃないですかッ!…ミームだかムーミンだか知りませんけど、みんな…みんな…一生懸命
「ほぉぅ…!?」
「……」
彼女は建物入り口付近に佇み、目一杯に想いを主張した。教会の狩人が発した言葉自体、彼女は殆ど解ってはいない。しかし彼等が思考放棄も同然に独善を語り、少女が心より慕う灰の剣士を根底から否定している事は瞬時に悟り、同時に許せなかったのだ。
ここで漸く灰の剣士も面を上げ、涙目の少女へと向く。
そして教会の狩人と仮面の錬金術師は完全に虚を突かれる形で、年端の行かぬ少女の介入に思わず感嘆の息を漏らした。
「よもや君のような子供が、我が主張をアイデンティティーを否定されるとは夢にも思わなかった」
「フン…だッ!自分で考えるのを捨てて、それでよく神官なんて務まりますねッ!あたしのお兄さんは、このあたしが守りますッ!」
精一杯の抵抗を見せる、見習い神官の少女。怖じ気付くどころか虚勢を張りつつも、灰の剣士の下へと駆け寄ろうと動いた瞬間…
「――ッ……!」
あまりに信じられない光景に、目を見開き息を呑んだ灰の剣士。
「「「「「……」」」」」
周囲も咄嗟の出来事に理解が追い付いていないのか、唖然と傍観するだけだ。
先に結果から述べよう。
―― 見習い神官の少女は、片腕を斬り落とされていた ――
「……え!?」
当の本人も自身の身に何が起きたのか自覚さえ出来ず、もう無い片腕に視線を泳がせていた。
斬り落とされた彼女の腕が、綺麗に宙を舞っていた。大して血飛沫が噴出していないのは、一瞬で切断された為だろうか?
だがほんの数秒後――。
「…あ…ぁぁ…ああ…あああ…あ…ああ…ァあぁ…あ゛アア゛あ゛ああ゛あ゛ア゛アあ゛あ゛ああ゛アァ゛ぁぁ゛ァァぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁッ……!!」
少女は断末魔の絶叫を上げ、既に無い片腕を抑えながら地面に蹲った。
そして、身に起きた状況を理解した瞬間、夥しい血が一気に噴出し白目を剥き悶絶していたのである。
「少々不愉快だ、大人しくしておけばいいものを…」
振り上げた銀の剣をゆっくりと降ろし、落ちてきた片腕を掴み取ったのは教会の狩人。
もう必要ないのだが、敢えて言おう。
教会の狩人が、見習い神官の少女の片腕を斬り落としていたのである。
腕を斬り落とされた少女は、余りの激痛に地面を転がりながら切り口から鮮血を撒き散らし、淡い金色の髪を紅に染めてゆく。
「――あ…あぁぁ…!」
頼りない声を漏らしつつも、咄嗟に少女の元へと駆け寄った灰の剣士。
「ち…治癒の…涙…」
「あ゛…あ゛…アぁ…ハッ…ハッ…ゼっ…ハッ…」
息も絶え絶えに尚も必死に酸素を求める少女へと、彼は奇跡による止血を試みる。
しかし、今の彼は心が折れ精神に歪みをきたし
つまり『治癒の涙』が発動せず、少女の出血は続いたままだ。
「ぐ……こんな時に…限って……」
「い…いやぁぁッ…!!」
少女の姉貴分とも言える葡萄肌の少女が泣き叫び、少女の元へ駆け寄ろうとするも、別方向からの銃撃で大腿部を撃ち抜かれてしまう。
「――あぐぅッ……その子だけは…その子だけはァ…!」
片脚を撃ち抜かれた傷口からは、大量の血液が止めどなく流れ出ていた。だが葡萄肌の少女は、片脚を引き摺りながらも少女の元へと這い寄ろうと足掻いている。
「ふむ…口煩く賢しいだけの少女と侮ってはみたが、中々に…この血とソウル…これは
斬り落とした少女の片腕に視線を這わせた教会の狩人は、何度も深く頷き満たされたような表情を滲ませた。
「――ぬぅ…人でなしめがッ~…!!」
神殿に追い付いていたソラールが、眼前の惨劇に激昂し剣を抜く。
「――オォット…、コイツをお忘れですかいッ!?」
詰め掛けようとしたソラールに、突然として黒い影が舞い降りた。
人よりも遥かに背丈の高い、全身が剛毛に覆われた獣人のような姿をしたナニカ。
そのナニカは明らかに、人とはかけ離れた異形そのものだが何処となく見覚えがあるような姿をしている。
「ゴブリン…か…!?」
「嘘…アイツは確か…!?」
只人の何倍もある巨躯と剛毛の異形に、ゴブリンスレイヤーとスイーパーは、それが小鬼である事を確信する。
あれだけの存在感を放ちながら、気配さえ悟らせず神殿内に潜んでいた小鬼と思わしきナニカ。
「ヘヘ…少しぶりですかねぇ、只人の皆さん方ぁ…!」
「
「ダークゴブリンの側近の一人だった筈よ、でも狩人にナニカをされて…!」
ソラールの前に立ち塞がった全身剛毛の小鬼は、嘗てダークゴブリン側近の一体である『バンダナ小鬼』と呼ばれる個体であった。
しかし本陣急襲の折、何を思ったか教会の狩人に不意を突かれ、然る液体を注入されてしまい、小鬼獣である『バンダナビースト』へと変じてしまった。
従来の小鬼獣は理性と引き換えに膨大な力を授かるが、このバンダナビーストは小鬼獣でありながら理性を保つ極めて希有な個体でもあった。
(本編前夜編 第82話参照)
「オタクらぁ、このバクダンを覚えてるんでしょうや?チョイと小突くだけで――ボンッ…!!街ごと、あの木も吹っ飛びますゼェ…!」
「ぐ…ぬ…卑劣なッ…!」
そう、今此処で下手な動きを見せ敵側を刺激すれば、台座の爆弾が起爆させられる危険が生じていた。
ハッタリと思いたいが、街全体を吹き飛ばす威力を備えているという。
万が一起爆してしまえば、街は言うに及ばず『聖黄金樹』まで粉々に粉砕されてしまう。
そうなってしまえば、この地域も例の『赤黒い空』の下に晒され、唯一の安全地帯さえ消失してしまうのだ。
改めて気付かされたソラールも、グッと堪え佇む事しか出来ないでいた。
加えて、数日前に森人勢力と盟約は交わしたばかり――。聖黄金樹には、樹木としての役割以上に重い政治的な意味合いを持つのであった。
国王や剣の乙女、花冠の森姫が揃い踏みしていながら手を出せずにいた最大の理由が、目の前の爆弾の存在だ。これさえ無ければ、そもそも神殿は制圧されてなどいない。
今や完全に、流れは医療教会側へと傾いていた。
「――そ…そうだ…アレがあった…確かッ…」
息も絶え絶えに蹲る少女を抱き起した灰の剣士。少女は、焦点の定まらない瞳で灰の剣士の姿を捕らえ何かを訴え掛けようとしていたが、口を僅かに振るわせるだけで何を言っているのか伝わっていなかった。
尚も狼狽える灰の剣士は、とある道具の存在を思い出し覚束ない震えた手で懐から
「頼む、効いてくれよ」
懐から出したそれは、小瓶に無色透明な液体が詰まった『女神の祝福』と呼ばれる特別製の聖水だ。
一度使うと無くなる消耗品だが、使用者に対し如何なる瀕死の傷も状態異常をも全快させてしまうという、殆ど神の領域の効果を及ぼす代物だ。
しかし今では完全に製法が失われ、再現する事は不可能と言われる程の希少品。
それを承知していた灰の剣士は、コアクリスタルと併用する事で無限に近い使用法を画策していたが、目下この様な危機的な状況。
見習い神官の少女が、死にゆこうとしているこの状況に躊躇している暇など無く、彼は使用に踏み切ったのであった。
先ずは、少女の口内に少しだけ含ませた。
彼女は吐血している状態で、無理に飲ませたとしても吐き出してしまう恐れもある。ここで吐き出すようなら、傷口に直接振り掛ける算段でいたが、その心配はなかったようだ。
少女も口に何かを含まされた事を自覚していた様で、血の混じった聖水を喉に飲み込んだ後、噎せて咳き込んでしまう。
――よし、どうやら飲んでくれるみたいだ。
飲む事自体は可能である事を知った彼は、再び少女の口内へと少しだけ聖水を流し込む。
「…ハァ…ハァ…ハァ…ん…グ…」
荒い呼吸を繰り返す少女だが、再び聖水を飲んでくれた。それを確かめ、小瓶の半分以上を飲ませた彼は少女を抱きかかえながら、今度は葡萄肌の少女へと歩み寄る。
「残り僅かだが、飲めるな?」
「…は…ぃ…」
大腿部を撃ち抜かれ夥しい出血のため、這ってでも少女の元へと辿り着こうとしていた葡萄肌の少女。
だが向こうから寄って来てくれた彼の指示に従い、虚ろな返事で応えながらも『女神の祝福』の残りを受け取り飲み干した。
――取り敢えずは、難を逃れたか…。
二人の少女へと女神の祝福を飲ませた彼は、大きく息を吐き出した。これで、そう時間を置く事もなく彼女たちは全快するだろう。
「…おにい…さん…、おにいさ…んは…間違ってなんか…いま…せ…ン…」
「――まだ喋らなくていい…!」
女神の祝福は接種できた。それは間違いないのだが、まだ効果は限定的にしか現れていない。流石に出血と激痛は納まったみたいだが、肝心の片腕はまだ再生しておらず体力自体も回復していないのだ。
ここで無理を推して喋らす訳にもいかず、少女を制止させようとした灰の剣士。しかし逆に、少女が差し伸べた彼の手を掴み返し言葉を続けた。
「お兄さんは…ずっと…困ってる人たちのために…戦ってきたんです。あんな人たちみたいに…自分勝手な理由で…色んな人々を…困らせたりなんかしてません…。ずっと…ずっと…お兄さんは…正しい事をしてきた…、あたしは…信じます…。たとえ…お兄さんが…どんなに変わろうとも…お兄さんは…ずっと、お兄さんのまま…。だから…お兄さんも…もっと…自分の事を…信じてほしいんです…。あたしが…お兄さんを、信じているよう…に…ずっと…ずっと…ハァ…ハァ…」
「き…貴公…」
見習い神官の少女は体力を振り絞り、意気消沈とする彼に命一杯の言葉を捧げる。これから先、彼の身に何が起ころうとも非難の的にされようとも彼女の心は既に決まっていた。もう忘れる事の出来ない程に――。
どう言葉を返していいか分からなかった。よもやこれ程にまで自分を信じ、慕ってくれていたとは。本当に自分などには、勿体ない程に尊い存在であったのだ――見習い神官の少女という存在は。
「――ッぅうッ…!?ぅうぅうぉおおぉぅぐぅッ……!?」
その後、突如として少女に異変が起きた。全身を小刻みに振るわせたかと思えば、次の瞬間には斬り落とされた片腕の切口が不気味に蠢き、体液まみれの身肉が盛り上がる。
「――ひっ…!?」
その様子に、葡萄肌の少女は恐怖に慄く。
しかし、実際には女神の祝福の効果が現れただけであった。
そこからは一瞬で失った筈の腕が生え、少女の身体は元通りとなった。
失った少女の片腕は再び生え、斬り落とした張本人である教会の狩人の手には、少女の片腕が握られているという何とも奇妙な現象が起きていた。
「ワシの時と同じじゃのう、カタリナの騎士さんに貰った妙な聖水と同じじゃあ…!」
同期戦士の一党に所属する鉱人斧戦士も、以前『ロックイーター』に脚を食われた過去があった。
その後、紆余曲折あり通りがかったジークバルドより女神の祝福を授けて貰い、今こうして冒険者稼業に復帰していた。
(本編前夜編 第57話参照)
「ほぅ…それが噂に名高い『女神の祝福』か。本当に再生まで可能にしてしまうとはね」
「だが却って此方には好都合。その少女、唯者ではあるまい?それ故、我が『伴侶』に至る事を許そうではないか…!」
一連の流れを見ていた、仮面の錬金術師と教会の狩人。
女神の祝福の効果で、見習い神官の少女は事なきを得る事ができた。
しかし結果的には、教会の狩人にとっても都合よく事が運んでいたのだ。少女を黙らせる為に、片腕を斬り落としたのだが、滴る鮮血より流れる神聖なソウルに感嘆を覚えていた。
これは狩人にとっても予想外であり、彼は大胆にも
「――な…なに言ってんの、この男ッ…!」
「――こ、来ないで下さい…!誰があなたなんかッ…、それに
思いもよらない教会の狩人からの狂言に、葡萄肌の少女と見習い神官の少女は敵意を露わに拒否の意思を示す。ゆっくりと不気味に近付く教会の狩人の姿に、二人の少女は敵意と怯えを混在させながら灰の剣士の後ろに身を隠した。既に二人の傷は全快し、活力も元に戻っている。
「クックック…、お前の意思表示など関係ない。必要なのは、お前の血肉と宿りしソウルがあれば事足りるのだよ…!」
「教会の狩人よ…、何を成そうとしている…!?最終目的は何だッ…!?」
「フン…まぁいい、せめてもの手向けに教えてやろう。私の悲願は、上位者の
「願い…上位者…?」
唐突とも言える狩人の告白――。あまり聞き慣れない言葉に、彼は説明を続けた。
彼の言う『上位者』とは、神に近い、または『人ならざる存在』の総称であるという。
遠い遥か彼方の外宇宙より来訪したと言われ、彼等は総じて『赤子を失い故に赤子を求めている』のだと語った。
「そこで私は決意したのだ…!彼等の哀しみを断ち切らんが為、そして彼等の喪ったものを、この私が代わりに満たさんが為に…!自らが、上位者へと至り
「「「……」」」
「ヤレヤレ…まぁた始まったか…」┐(´∀`)┌
正直、彼が何を言っているのか理解に苦しむ部分が多々見受けられた。現に灰の剣士を含めた少女たち3人は、絶句し言葉もなく硬直していた。また傍に居た仮面の錬金術師などは、心底呆れかえった様子で頭を振っている。
余りに荒唐無稽な、狩人の独白――。
「まさかこうまで求める物が、一ヶ所に集うとは私自身も思ってはいなかった。出来損ないの貴様、そこな少女の血肉とソウル…加えて本人そのもの…!何から何まで、私に運が向いている。つまり観測している上位者は望んでいる訳だ、この私の悲願成就をッ…!…クックック…、さぁ連れて行って上げよう、何ならお前も来るかね?若しかしたら、お前も上位者とは至らぬまでも眷属には辿り着けるやも知れんぞッ…!?」
「――い、嫌…近寄らないでッ…!そしてこの子には指一本触れさせないわッ…!」
言葉を続けながら灰の剣士の背に隠れる見習い神官の少女へと更に近付く教会の狩人。しかも少女だけでは飽き足らず、葡萄肌の少女までをも誘いに掛けた。
対する葡萄肌の少女も、無駄とは知りつつ虚勢を張り必死の抵抗を試みる。
だが意外にも、見習い神官の少女は気丈に振舞い、灰の剣士の背から身を乗り出した。だが直ぐに、悲しみと憐みの表情を向け言葉を発する。
「…神さまに、
「……」
僅か10年そこそこに生きた少女の成せる言動か?――そう思わずにはいられない程に、余りに毅然と、高潔に、気高く、少女は真正面から狩人と対峙していた。
少女の思わぬ言葉に、饒舌な教会の狩人も閉口する。
「…やはり…不快だな…貴様ッ…!」
瞬時に憎悪を滾らせた教会の狩人は、殺意を隠そうともせず銃を引き抜いた。
そして何の躊躇もなしに、少女へと向け発砲――。
しかし、銃口より放たれた水銀弾が少女へと届く事はなかった。
「…無事…だな…?」
「あ…あぁ…お…おにい…さ…ん?」
ほぼ至近距離を外す狩人ではない。放った水銀の弾丸は、確かに少女を捉える軌道を走っていた。
だが寸での所で灰の剣士は覆い被さる形で彼女を庇い、銃弾は彼の背に命中する。尤も、鎧のお陰で皮膚を僅かに傷付けただけなのだが。
「…そのまま動くなよ、出来損ない。都合が良いのでな…!」
次弾を装填し終えた教会の狩人は、灰の剣士の頭部へと銃口を向ける。
彼自身、一応は兜を被っている身だが然程重厚ではない頭防具。この距離なら、充分脳幹を破壊させる事が可能な距離だ。
「――止し給え、我らの目的を忘れたか?」
「構わんさ。コイツを殺した後、『王のソウル』をゆっくりと摘出すればいい」
彼等の主目的は、灰の剣士に宿る『王のソウル』を奪取する事だ。だが現時点では、未熟で蕾に等しい状態。今ここで奪うのは容易いが、未熟な王のソウルでは然したる効果が見込めない恐れもあるのだ。
彼等の一応の主でもある『妖王オスロエス』は、ある程度成熟させた段階で引き出す事を命じていた。現段階で奪うのは、些かに命に反する。そう仮面の錬金術師は、狩人を諫める。
「多少予定は狂うが貴公の錬金術で、どうとでもなる。それに、コイツのソウルと王のソウルは既に一体化を果たした状態だ。どの道コイツは殺さんとな」
「……獣を引き出さない状態での摘出、如何ほどの価値があろうかな?」
医療教会と結託し街を襲撃し大掛かりな演出をも整えてまで、灰の剣士の精神に揺さぶりをかけた理由。
それも全て、彼の内なる獣を呼び覚ます事で『王のソウル』を
この様な彼から抽出したソウルなど、どれ程の有用性を見出せようというのか?予定が狂い始めた事に仮面の錬金術師は、若干の焦燥を滲ませてもいた。
尤も、余り激昂する事のない狩人が珍しい位に事を急ごうとしている要因――。
この見習い神官の少女が発した言葉が、狩人の琴線に触れたのは間違いない。
「さぁ、呆気ない幕切れだったな出来損ない。其処な少女は、私が責任を以て面倒を看てやる。安心して死ぬがいい…!」
「…待てよ…そう慌てるな」
止めを刺そうとする教会の狩人だが、ここで灰の剣士からの言葉が返された。
「礼を言わせてくれ…」
「…ん?」
「……」
低く唸るような声音を発す灰の剣士に、狩人も思わず銃口を降ろし耳を傾ける姿勢を取る。加えて灰の剣士の態度に異変を感じた仮面の錬金術師も、僅かに身構えた。
「ずっと心の何処かで迷っていた。自ら最初の火を消し、四方世界に流れ着いてから後、この娘と出会い
「フン…懺悔か」
思いもよらぬ段階で述べられた、灰の剣士の本心――。
こう見えて教会の狩人も、聖職者の端くれではある。どうせ此方が遥かに優位なのだ、ならば聖職者らしく彼の懺悔に耳を貸そうではないか。そう高を括った狩人は、若干姿勢を崩し耳を傾ける。
しかし狩人とは裏腹に、仮面の錬金術師は得体の知れない予感を抱きつつあった。
「認めたくはなかったが…、心の奥で俺は戦場を求めていた。生命の廃れた
その瞬間、彼は拳を地面に打ち付ける。今も降りしきる雨に塗れた地面に、拳大ほどの亀裂が密かに刻まれた。
殺戮を愉しんでいたという言葉を聞いた、二人は腕を組みながら神妙な顔付きへと変容させる。
「…お…お兄さん…?どうしてしまったの…?」
「――ダメよ、離れて…!何かおかしい…」
静かなる彼の豹変ぶりに、見習い神官の少女の胸中には得体の知れない不安感が込み上げていた。同時に、傍に居た葡萄肌の少女も不吉なナニカ抱き、彼に寄り添おうとする少女を無理やり引き剥がした。
無理もない、殺戮を愉しんでいた…などという言葉を聞いてしまったからには、危険を感じるのは寧ろ当然の事だ。葡萄肌の少女も、彼が邪悪な人物ではないのは既に認めていたのだ。しかし、何処となく言いようのない警戒感を拭い去る事は出来ていなかった。
そんな少女の不安感も他所に、彼の言葉は更に続く。
「我が師の教え…『活人剣』の思想は、そんな俺を救ってくれたよ…。…お陰で俺は今日まで、
「…貴様…」
どうにも、予期せぬ方向へと話が流れる気配を醸し出し始めた。その雲行きに違和感を抱きつつある教会の狩人。
「…お前の話で目が覚めた。やはり剣は人を殺す為の道具だ…」
「何を言って――」
散々灰の剣士を否定していた二人だが、思わぬ形で彼が認めようとしている展開に、特に狩人は言葉を詰まらせた。
「――いけません、剣士様ッ…!それ以上はッ――」
「…堕ちたな…灰の剣士」
遠間からだが彼の言葉を聞いていた見習い剣士は、危険を感じ彼の言葉を遮ろうと叫んだ。またオーレルは、彼が深い闇に堕ちたのだと見切りを付ける。
「…
その言葉を発した瞬間、彼の双瞳が怪しく灯る。雨水に濡れた地面は鏡の役割を果たし、フード奥に灯る眼光を映し出していた。
そのままゆっくりと立ち上がる灰の剣士は剣すら抜かず、狩人の方へと足を踏み入れる。
「――ッ!?
(嫌だ…!)
(死にたくない…!)
(恐いよ…!)
宛ら亡者の如く這い寄る灰の剣士に薄ら寒いものを覚えた狩人は、複数の部下に殺害命令を下した。その命を忠実に遂行する構成員たちだが、本心は尚も虚空から響き渡っていた。
そして子供の構成員の一人が、ショートソードで彼の腹部を突き刺す。
「――お兄さまぁ~ッ!」
「――い、いやぁ…灰君ッ…!?」
構成員の振るった凶刃は腹部に深く抉り込み、刃を伝いながら彼の鮮血が地面に滴り落ちる。その様子を目の当たりにした幼夢魔とライザも、思わず声を荒げ駆け寄ろうとしたが周りに阻止されてしまった。
彼女達の悲痛な叫びも虚しく、敵の刃は間違いなく彼の腹を抉っている。
「…クックック…フッハッハッハ…!」
しかし彼は場違いな程に不気味な笑い声をあげ、怯む様子を微塵にも見せてはいない。
「…!?」
「ほぅ?」
灰の剣士に起こった妙な異変――。教会の狩人も仮面の錬金術師も、思わず目を細め様子見に徹する。
「…帰れ……、さァ…帰りたマえッ…!」
「――ひっ…、う…うわアァぁああッ……!!」
彼を刺したのは、子供の構成員で間違いない。
フード奥から覗く橙色の眼光を見た構成員は、彼の姿に恐怖を覚え叫び声を上げた。その途端、虚ろ気味な瞳は忽ち正気に彩が宿り突然ながらも自我を取り戻す。
そして子供としての本来の精神状態となった少年は、一目散にその場から離れ神殿奥へと逃げ去った。
また、灰の剣士の眼光に当てられた他の構成員たちも皆挙って退散するという状況に陥った。
「ま…まさか…正気を――」
これまでの様子を具に見ていた剣の乙女は、幾人かの構成員の洗脳が解けた事を悟る。
「…これは予期せぬ事態だ…おい、お前の出番だッ…!」
まさかこの段階で、構成員たちに自我が戻るとは予想もしていなかった。このまま他の部下を嗾けたところで、同じ結果を辿るだろう。下級の狩人たちを使うという手もあるが、いま残存しているのは数名だけだ。
狩人は仕方なく、バンダナビーストに指示を飛ばし灰の剣士に殺害を命じる。獣化させた小鬼とて、嘗てはダークゴブリン側近の一角を担う程の逸材だ。更に、灰の剣士はダークゴブリンを討った張本人――。バンダナビーストにとっても、憎悪すべき仇である事に変わりない筈なのだ。
「しょうがないですわなぁ…!まぁ、仮にもお宅はボスの仇だ…!ケジメってやつぁ、必要ですわなぁッ…!」
正直なところ、教会の狩人にも一定の恨みはあるバンダナビースト。しかし眼前の剣士も、敵である事に何ら変わりない。自分の身体を勝手に実験台にした狩人は許せないが、先ずは敵討ちを果たさせて貰うとしよう。
不承ながら指示に従うバンダナビースト――。狩人より授かった異質の武器『獣の爪』を、灰の剣士目掛け繰り出した。
ただでさえ大型種という希有な進化形態で並々ならぬ膂力を誇り、その上で獣化と獣の爪という武器も合わさり、尋常ならざる速度と破壊力を備えるに至った一撃。
直撃しようものなら、金属製の軽鎧ごときでは防具ごと肉塊へと成り果てんばかりの攻撃だ。
しかし灰の剣士は微動だにする事なく、唯々佇むのみ――。
だが、一瞬の出来事だった。
次の瞬間、毛むくじゃらの腕が宙を舞っていた。
「――……へッ!?」
自身に何が起こったのか。あまりに一瞬の出来事に、バンダナビーストも理解が追い付いていなかった。振るった筈の片腕に手応えは無く、寧ろ奇妙な空虚感が彼を襲っていた。
そして攻撃を仕掛けたと同時に、自分の片腕が斬り落とされたと認識した刹那――。
バンダナビーストの全身は、文字通り
「――ゲッ、ゴッ、ガッ、ギッ、ガッ、げッ、ひ、ひゃめぇてッ?オッ、ゲッ、ゲァッ、ボゥッ……!?」
一閃――それ以外、何も語る事はない。灰の剣士による、カウンターの一閃が
気が付けば拳大ほどの肉塊に変わり果て、バンダナビーストの断割された脳幹で判断した頃には時既に遅し――。
細切れの肉塊は、降りしきる雨と同化するように地面にボトボトと崩れ落ち、バンダナビーストは呆気無く塵灰と成り果て神殿から消え去った。
従来の大型種をベースとした小鬼獣とは、一線を画したであろうバンダナビースト――。恐らく真面に戦えば、中級魔神に比肩し得る程の脅威と化していたに違いない。
それ程の難敵が、拍子抜けする程に呆気なく屠られたのである。
灰の剣士の手によって――。
「――す…凄い…これが…剣士様の…」
一切の容赦をみせない苛烈な剣筋を目の当たりにした見習い剣士は、ハッと息を呑む。彼の剣技はロスリックにて体験済みだが、あの時とは比較にならない速度を伴い目視では追いきれなかった。
先ほど心折れていた彼など微塵にも感じさせない程の変わり様。
見習い剣士だけでなく、彼を知る冒険仲間は言葉を失い静観するのがやっとであった。
「フッフッフハッハッハッハ……ヌァアっ…!」
あっさりとバンダナビーストを切り伏せた灰の剣士は、腹部に突き刺さったままのショートソードを無造作に引き抜いた。抜いた瞬間、腹部から鮮血が一気に噴き出し地面を赤く染め上げる。
「――おぉうッ!?」
バンダナビーストをいとも容易く屠った事と言い、現在の灰の剣士の変貌ぶりと言い、明らかに何かが可笑しいのは言うまでもない。仮面の錬金術師も、仮面に隠れた驚愕の表情で彼に魅入っている。
突如とした灰の剣士の豹変――。灰の剣士の様子を静観していた周囲の群衆も、俄かに騒々しくなり始めていた。
「クックックっク…痛みだ……、これでこそ……戦いだぁッ…!!」
「貴様…まさかッ…!?」
やはり先ほどとは何もかも様子が違う灰の剣士。小剣を引き抜いた腹部からは、尚も出血は続いており相当の痛みに苛まれている筈だ。しかし彼は苦痛に喘ぐどころか、不気味な笑い声さえ零していた。
想定外の事態に、教会の狩人も焦りを滲ませる。
「戦場こそが、俺の本質…、これが俺自身だッ…!」
変貌した灰の剣士――彼の全身からは、黒いソウルが靄の用に纏わり付いていた。
教会の狩人も、もう少し部下を嗾け情報を収集したいのだが使い物にはならない状況だ。
既に幾人かは正気を取り戻しつつあり、形勢が逆転する気配さえ匂わせていた。
「ううぇぇ…何なの、あの黒い霧みたいなのッ…?」
豹変した時から灰の剣士の全身からは、黒いソウルが噴き出していた。事態は急展開を迎えたが、お世辞にも良い兆候は言えない今の彼――。
妖精弓手は、美貌溢れる顔を顰めながらも、彼の黒いソウルに目を向けていた。
「アイツ…なんという禍々しいソウルをッ…!」
またオーベックも彼の纏うソウルに、苦々しい表情を浮かべていた。彼と同じ時代を生きた彼の様子を察するに、余り宜しくない状態と見ていいだろう。
「フッフッフッハッハッハ…!次に死にたイのはどっチだ…?…貴様かッ?…それトも貴様かぁッ…?まぁどちラでも変わらんがなぁ…!」
手にした打ち刀を突き付け、教会の狩人と仮面の錬金術師を交互に挑発する灰の剣士。
この二人も既に悟っていた――。
今の彼は、先ほどとは完全に別種の存在である事を。
「…俺が行こう…!」
「下がれ…!お前は念の為、
「……ご随意に……!」
変化したのは、灰の剣士だけではなかった。
彼の挑発に当てられたのかは定かではないが、二人の口調も明らかに粗野なものへと変じていた。
灰の剣士を仕留めようと前に出た仮面の錬金術師だが、逆に手で制され教会の狩人が戦う役目を引き受ける。
そして万が一を想定し、仮面の錬金術師には別の目的に動いて貰う旨を告げた。
少々納得していないかのような仮面の錬金術師だが、仕方なく彼の要請をに従い瞬時に姿を消した。
「…どうやら貴様は、我々と同類だった様だなッ…!」
「死にたイのはお前か…?まァ不死であろウと、亡者に擦り切れるマで殺し続けるだケだッ…!」
狩人は気付いていた。
作戦は成功したのだと。
精神を萎えさせた彼から、見事に『内なる獣』を引き出せたのだと。
その事に暗い歓喜を抱き、やはり灰の剣士も自分達と
そんな彼に対し、敵対心どころか寧ろ場違いなまでの奇妙な親近感さえ湧いてもいた。
歓喜に震えた狩人は再び銀剣と銃を構え、灰の剣士へと正対する。
だがここで、灰の剣士から意外な言葉が投げ付けられた。
「クックックっハッハッハ…!俺は『ロンドール闇の王』…!『最初の火を簒奪せし者』…!」
「――何ッ!?貴様、それはどういう意味だッ…!?」
灰の剣士による意表を突く告白に、態度を一変させた教会の狩人。
現在ロンドール黒教会とは、連盟を結んだ提携関係の間柄だ。その黒教会の指導者層に身を置くのが、『闇の王』を自称する巨漢の黒騎士の筈だ。
しかし今、灰の剣士はこう宣ったのだ。
―― ロンドール闇の王 ――
彼の言葉の真意――。普段から余裕を醸し出す狩人も、この言葉には取り乱してしまう。
黒教会の指導者とも言える闇の王、確か
どういう事だ?
闇の王なる存在は
だが、眼前の男を注視してみたが全く論拠に欠く虚言とも思えない。
何せ灰の剣士に纏わり付く黒くも深いソウルは、正に闇の眷属を物語っていたからだ。
そして驚愕に彩られていたのは、何も教会の狩人だけではない。王統府や剣の乙女を含め花冠の森姫なども疑念に駆られ表情を崩していた。
「貴公ごとキには理解出来ヌよ…!況しテや、
「…貴様ッ…!」
その言葉を皮切りに灰の剣士は更に黒いソウルを激しく噴出させ、出来損ないという言葉を返された狩人は憎悪を滾らせた。
「ね…ねぇ、お母さん。前に見た
「……」
彼の様子を見に現場へと到着していたルルア――。恐る恐るロロナへと尋ねてみるも、明確な返答は得られなかった。
嘗て、灰の剣士が見せたダークゴブリン戦での
その姿は
「フンっ…面白い…。貴様を殺し、ソウルだけでなく、その肉体をも持ち帰ってやろう」
「できるカな…?残念だが貴公にくレてやるノは、王のソウルではなイ…!」
相対する両者ともに、空気が限界に張り詰めた。張り詰めた空気はやがて特殊な空間を形成し、いま戦いの火蓋が切って落とされん事を誰もが肌身で感じ取る。二人は互いに武器を構え直し、いつでも動ける体勢へと移った。
「よゥく味わうトいい…。貴公にくれヤるのは、王のソウルとは対の成すモの…。こレが俺の――」
―― ダークソウルだッ!! ――
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
容易く宿り伝染するものなのだよ、心の遺伝子であるミームというものは。
それは無意識下で行われ瞬く間に、そして知らずの内に心の隙間に入り込む。
なれどそれも自然の摂理であり、何時しかミームに染まるのは必然なのだ。
同じ事なのだよ。
負のミームが蔓延するのは…。
たとえ殺戮を否定したとてキリングフィールドに晒され続ければ、自らもまた殺戮に傾倒するようになる。
さぁ…受け入れ認め給えよ…。
内に潜む獣は、殺戮のミームに応えんと猛っているではないか。
雨が降り、季節風が吹き、血肉は土へと返る。
全ては…自然の成り行きだ。
(血の医療を標榜する、然る異端の聖職者より抜粋)
最後のセリフの後、例のバトルBGMが流れますW。
(ウィンドオブデストラクションと呼ばれた、あのサイボーグの曲です)
ダークソウルを発現させた灰の剣士ですが、過去にも一度だけ発現させています。
(イヤーワン編 第39話参照)
教会の狩人のお説教中、項垂れる灰の剣士。ふと視線を右に向けてみれば、神殿に迷い込んだヌコ様と戯れる構成員の姿がッ…!――というのもチョットしたネタでしょうかW。今にして思えば、あの作品で『ミーム』という言葉を知りました。
見習い神官ちゃん(後の女神官ちゃん)の腕が斬り落とされましたが、女神の祝福で事なきを得ていますのでご安心を。再生の様子ですが、ナメック星人の腕を想像してくれれば判り易いかなと。
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/