ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
異次元の暑さに、ヤバい程の台風襲来が再び…。
無事に切り抜けられればいいのですが…。
今回も異様に長くなりました。
今回は灰の剣士の尋問会ですね、主に。
何とか間に合いましたので、投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第137話―闇の王としての苦悩―

 

 

 

 

 

 

錬金術の鍵(仮面の錬金術師)

 

仮面の錬金術師が作り上げた、魔力を帯びる鍵。

対魔力処理の施されていない錠前なら、どれ程に複雑怪奇な構造であろうとも開錠してしまう。

錠前の構造に合わせ、魔力を帯びた金属が形を変えてしまうという、正に言語道断の魔道具。

尤も盗みを生業とする者なら、神器にも等しい宝に違いない。

 

使用者の魔力を媒介とする。

 

古代に栄え席巻した嘗ての亡国。

今や語る者さえ亡く、空虚な繁栄の歴史。

何時しか叶えてみせん。

彼の祖国を復古させ、我が錬金術が絶対である事を証明してしんぜよう。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 時間軸は僅かに遡る。

灰の剣士と教会の狩人が、死闘を繰り広げていた時間軸。

一方別の地点、つまり冒険者ギルド裏側近くに立地する小屋には、あの仮面の錬金術師が侵入していた。

住民の大半は、冒険者ギルドや神殿といった主要な施設へと避難している。それに加え、この男が用いた使い魔を通じて投影された神殿内の映像に釘付けとなっている状態だ。

誰も彼の侵入に気付いた者は居らず、いとも容易く扉を魔法で開錠し入り込む事に成功していた。

そう――。この小屋は、現在ライザ達がギルドと契約し間借りしていた工房(アトリエ)なのだ。

 

「全く、不用心の極みだな。罠の一つでも仕掛けておくものなんだがねぇ…この場合」

 

 派手に窓ガラスを割り侵入するのも、彼にとっては品位に欠ける忌避すべき蛮行に等しい。丁寧に鍵を外し扉を開け、何食わぬ顔で小屋内を物色し始めた。

宛ら、彼自身が本来の持ち主であるかのような振る舞いで堂々と棚に陳列された小道具を検分しては元に戻す。

 

「曲がりなりにも我が子孫という訳か。素材選別の目は、確かな水準だ」

 

 棚に置かれた物品の大半は、ライザが選別し採取した錬金素材だ。植物の類に始まり鉱物や液体に至るまで、実に様々な品が棚に陳列され、他人から見ればチョットした展示品にも見えなくはない光景。

彼は、ライザリン=シュタウトという少女に一定の評価を下し納得したかのように、一人で何度も頷きを繰り返す。

 

「もう少し見物したいが、目的を果たさんとな」

 

 周囲を見渡せば、実に色取り取りの錬金道具も乱雑に置かれている。

矢張り彼自身も、錬金術師を名乗る者の一人――。ついつい関心が向いてしまう衝動を抑え、ここに来た目的を果たすため行動を起こした。

神殿では、例の二人が死闘を繰り広げている最中だが、然程の時間が経つ前に決着はつくだろう。何せ、こうして策を張り巡らせたのは、王のソウルを奪取する他にも理由がある。

自分はともかく、教会の狩人に実力では灰の剣士には勝てないのだ。策略や技術研究には長けた男だが、純粋な武勇では自分よりも数歩は劣るのが教会の狩人という人物だ。

一応、内なる獣を引き出すという目的は達成できたが、どうにも思惑通りに事は運ばなかった。単純に、理性を捨て殺戮欲という本性のみ発露させれば、()()()の王のソウルは励起すると踏んでいた今回の計画。

しかし実現させたものの、彼は理性を保ちつつも本性を受け入れるという現象に至った灰の剣士。

仮面の錬金術師が思うに、あの状態は少々都合が悪い。教会の狩人は、自信あり気に勝つ積りでいる様だが恐らく敗北するだろう。

何せ、灰の剣士は一切の躊躇いを捨てた状態だからだ。残念だが狩人は負け、王のソウルも手に入る事はない、計画は失敗だ。

それに、教会の狩人は野心旺盛で、自分以上にオスロエスを利用しようという欲も強い男だ。彼の計画が一定に差し掛かった時点で裏切る事など、オスロエス自身も看破している位なのだ。

この計画が成功すれば、オスロエスも留飲を下げてくれるだろう。だが失敗は、ほぼ確定的――。恐らく狩人が手ぶらでオスロエスの元へ戻ろうものなら、反逆者として扱われるのは自明の理。この時点で、元々暗い彼の未来は絶望に塗り潰されたと言っても過言ではないのだ。

 

「私自身も、手ぶらでは帰れんのでな」

 

 それは、この仮面の錬金術師も同じ――。オスロエスとは、互いに利用し合う関係には違いない。何らかの成果を示さねば、彼とて懲罰の対象になりかねない。

彼が此処に侵入した目的――残念だが、小屋内には目的の品は見当たらない様だ。

ここで間違い無い筈なのだ。あの剣士――灰の剣士が待ち帰った数々の品が保管されているのは。

 

「このソウル…地下から漏れ出ているのか」

 

 注意深く意識を集中させ更に隈なく小屋内を調べてみれば、地下に続く通路を探り当てる事が出来た。

目的の品は、この地下通路から漏れ出ていた。

貴重品を仕舞っているだけの事はある、入り口の扉よりも更に厳重に施錠されていた。

だが彼にとっては造作もない。

錬金術で拵えた鍵を使い、厳重な施錠すらも事も無げに開錠してしまった。この鍵は、錠前の構造に合わせ形を変えてしまうという、殆ど言語道断の魔道具だ。無論、彼自身が錬金術で拵えた代物で、自身も相当高い水準の錬金術を有す証左でもあった。

 

「随分凍り付いているな?なぜこうも…?」

 

 鍵を外し重厚な鉄扉を開きにかかれば、隙間から冷気が流れ込み彼を冷やす。確かに地下室は、外気温の影響を受け辛い条件が揃っているが、それにしても少々冷え過ぎてはいないだろうか?

だが然したる問題ではない。そう判断した彼は、冷え切った地下室へと入り込み、中でも特に凍り付いた木箱に気が付いた。

 

「間違いない、この氷漬けの木箱からだな。成程、冷凍保存していた訳か」

 

 片隅にポツンと置かれ氷漬けという中々に目立つ光景だ。目的の品は、この木箱に納められていると確信した彼は解凍すべく、弱めの火に術を起こし燃えない様ゆっくりと焙る。

少々の時間の後、無事解凍された木箱はかなり濡れそぼっていたが、彼は気にする事もなく木箱の蓋を開けた。

そして乱雑された中身をゴソゴソと物色し、早くも目的の品を見付け出す。

 

「よし…コレだ。『飛竜アギールの心臓』……出来損ないと比喩されようとも、流石は竜の生命力――。この状態で尚、生きているはな…!」

 

 彼のもう一つ目的とは、この『飛竜アギールの心臓』を手中に納める事だった。妖王オスロエスより依頼されていた任務は、これで達成できる。

希少品でもある『飛竜アギールの心臓』を素直にくれてやるのは少々癪なのだが、彼の手には余る代物だ。ここは大人しくオスロエスの意向に従った方が賢明というもの。

手に入れた心臓を魔法の布で包み、それを意識内(インベントリ)へと仕舞い込む仮面の錬金術師。さて目的を達成した以上、長居は無用というもの。木箱の中には、興味深い未知なる代物が幾つも詰め込まれ彼自身も深い興味をそそられた。

だが湧き上がる好奇心を振り切り、彼は地下室から早々に立ち去り小屋を出た。

再び野外へ出たと同時に、遠くから爆発音と振動が此方にまで浸透する。振動の規模と音の特徴で、神殿に仕掛けておいた例の爆弾が起爆したのだと断定した。

 

「アレが処理されたか…、中々やるものだ…冒険者側も」

 

 あの爆弾の威力、この規模の街なら丸々と焼け野原と化す事も出来る威力を持つ。

しかし、起爆した割に街には何ら影響はみられない。その事から、別の地点にて爆破処理されたのだと判断した方が現実的だ。

また、あの爆弾は互いの戦力者を埋める為の()()()として牽制するのが本来の役割だった。残念だが、真正面から武力で挑んだとて此方の被害は計り知れないのは分かり切っていた。

その切り札が今失われたのなら、もはや教会の狩人に勝ち目はない。この時点で、作戦は実質頓挫したにも等しいのだ。

 

「しかし、あの剣士…どの様な手段で『飛竜アギールの心臓』を手に入れたのだ?解せんな」

 

 さて爆弾の事は、もういい。あの狩人も、間も無く不様な敗北を喫すだろう。だが、それよりも『飛竜アギールの心臓』の入手経路についての関心が勝っていた。

この心臓は名の由来通り、飛竜アギールの生命を司っていた臓器。そして飛竜アギールは、狭間の地リムグレイブのアギール湖を主な縄張りとして生息していた竜だ。

しかし、現在ロスリック不死街の下層部より発生している霧の壁――。その壁を抜ければ、例の狭間の地へと通じている訳だが、彼が調査に赴いた時には既に飛竜アギールは存在していなかった。

恐らく誰かに討伐されたか、何らかの理由で行方をくらましたか――。そう考えるのが妥当だが、灰の剣士が所持していたとは少々意外も意外だ。

彼が討伐したにしては、どうも不自然に過ぎるのだ。

とある冒険者一党がロスリック不死街に挑み探索の最中、偶然にも発見した狭間の地。その時期も、灰の剣士がロスリック不死街に挑んだ以降の出来事なのだ。灰の剣士の同行をある程度は把握しており、狭間の地が発見されて以降、彼がロスリックに赴いた記録は少なくとも皆無。

しかし彼の持ち物の中から、こうして『飛竜アギールの心臓』の入手に至る。

あの剣士、いつ狭間の地へと侵入したのだろうか?

仮面の錬金術師でも知らない手段で、侵入を果たしたのだろうか?

 

「いや、後にすべきだ。早々に引き上げるか」

 

 灰の剣士に関する疑問は尽きないが、下手な長居は任務の妨げになる。そう判断した仮面の錬金術師は、早々に街から姿を消した。

王のソウルの奪取には失敗したが、『飛竜アギールの心臓』の入手は達成できたのだ。これで多少なりとも面目は立ち、あの教会の狩人のみが負債を背負う羽目に陥るだろう。

別段、教会の狩人に()()()()の感情など抱いていないのだ、この男は。

街の誰にも悟られず、仮面の錬金術師の気配は完全に消え去った。

 

……

 

時は現在に戻る。

仮面の錬金術師と教会の狩人が率いる医療教会による、街への襲撃事件も一先ずの収束を迎えようとしていた。

思っていた以上に街や神殿の損傷は軽微で、早くも街の住民は復興に勤しんでいた。

 

それにしても奇妙な部屋だ。

街外れに向かっていたと思っていた矢先、灰屋も同然のボロ小屋へと連れて行かれた。

そして街の領主こと司祭長が、埃塗れの床の木蓋を開ければ地下へと続く下り階段が現れたではないか。

そこを降りた先が、この奇妙な部屋という訳だ。

あのボロ小屋の地下に、この様な部屋が隠されていようとは――。部屋にしては広めで、頑丈で上質な寝台に作業用の机と幾つもの腰掛け椅子、つまり必要最小限の家具が揃えられた部屋。

正に要人が潜伏するに最適な()()()()と称した方が正確だろう。

その部屋に()()は居た。

 

金剛石の騎士にして国王――。

街の領主にして司祭長――。

至高神の大司教にして剣の乙女――。

そして、灰の剣士。

 

この部屋に連れて行かれた時は疑念に駆られていた灰の剣士だが、確かに尋問するにはこれほど条件の整った場所はない。

あのボロ小屋は、いわゆる擬態だ。周囲には、長い間放置された朽ちた建物が幾つも見受けられた。

領主たる司祭長にしては些か杜撰な管理法だが、実は彼女なりの隠蔽法であり策でもあるのだ。下手な開発整備は却って住民に怪しまれようというもの。

周囲に似たような灰屋を敢えて配置させておく事で、見付かり難くするという寸法なのだろう。

周りの灰屋にも人のソウルが流れ込んできたが、恐らくローグギルド関係者である可能性が高い。

つまりこの部屋は、緊急用の潜伏場所しての役割があると判断できた。

この部屋に入室を許されたのは、この4人だけ。

国王の側近である王統府の面々は勿論、衛兵や冒険者なども途中で退去させられ特に銀鎧の騎士は不満を漏らしていたのも覚えている。

実質、この部屋の存在を知っているのは彼ら4人だけという事だ。

因みに頑丈な枷は既に外され、灰の剣士の手足は自由に動かせる。だが彼の身に付けていた防具類も全て外され、現在は衣服のみを纏った状態だ。

上座側には3人、入り口側…つまり下座側には灰の剣士が四角い机を挟み対面する形で座っていた。

 

「さて、卿も理解していると思うが、先ずは事情を説明して頂きたい」

 

 此処に連れてこられた理由、もう語るまでもないだろう。

今から行われるのは、灰の剣士に対する()()だ。

何せ、あの地母神神殿にて発現させた闇の力――。あの状態の彼を目の当たりにした住民は、総気立ち恐怖に慄いていた。

それだけなら、剣の乙女なり司祭長なりに事態収拾を任せれば事は済んだ。

しかし、彼が『ロンドール闇の王』を自称した事、これが問題なのだ。

何せ、現在進行形で王都の襲撃を許し王宮は既に制圧下にあるという。そして被害は王都外周部にも及び、徐々に波紋は広がり続けている。

その襲撃部隊が『ロンドール黒教会』なる組織、そして黒教会の統括者が『ロンドール闇の王』だというのだ。

この情報は確かなもので、この街に辿り着いた伝令兵やロロナ率いるアーランドの錬金団からの証言も加わり、非常に信憑性が高かった。

だが事もあろうに、この灰の剣士は『ロンドール闇の王』を自称してしまったのだ。王都襲撃という許し難い暴挙に奔る『闇の王』が、()()()()()()()という事実。

これは何かの冗談か?

 

「単刀直入に問う。卿は王都を襲撃したのか?」

 

「否…!」

 

「…嘘偽りはありません」

 

 長々とした前置きなど不要、国王も少々焦れていた。眼前の男は本当に、王都襲撃犯を率いた張本人なのか違うのか?本当は、道中であろうとも聞かずにはいられなかったのだ。

鬱憤にも似た思いを漸く吐き出す事ができ、彼は静かながらに息を吐く。

最も気になっていた答え、灰の剣士が王都襲撃を企てた犯人ではない。

それを知った国王は、安堵を(おくび)にも出さず軽く頷きで返した。

また隣に座る剣の乙女が『嘘発見(センスライ)』の奇跡で、証言の成否を確かめている。それに彼女ほどの実力なら、十分信頼に足る。

 

「ふむ、では何故、ロンドール闇の王と自称したのか?それについて話して頂きたい」

 

「少々長くなります」

 

「苦しゅうない」

 

 最も痞えとなっていた疑念は取り敢えずだが晴れ、国王の心は幾分かは軽い。だが、灰の剣士に対する疑念はまだ晴れた訳ではない。

更なる疑念に踏み込むべく、彼は尋問を継続する。

対する灰の剣士も何ら抵抗も見せなかったが、あの時代を詳細に話そうとすれば1日や2日では済まない可能性が高い。

聞き手側の負担も考慮するのなら、要点のみを搔い摘み且つ全容を語る必要があるだろう。

しかしそれでも長話にはなる筈だ。

だが国王自身も『問題ない』とだけ告げ、灰の剣士は嘗ての時代…特にロスリック時代について語る事にした。

助言者を通じ、最初の火より開闢したロードランの時代~ロスリックの時代までの経緯を、ある程度は周知していた国王や剣の乙女。

そして同席する司祭長にも、過去に灰の剣士が説明しており前知識としては充分に備わっている。

それ故、細々としての言及は敢えて避け要点のみを搔い摘み説明した。

 

最初の火が熾り、名もなき小人たちが『王のソウル』を見出す事で古竜との戦争に打ち勝ち、神々の夜明け『火の時代』迎え世界は大いに繁栄した。

だが繁栄は永遠には続かず、やがて『最初の火』が陰り世界には暗雲が立ち込めた。

火が陰るにつれ、闇の力は徐々に濃密となり世界には生と死の境界が曖昧となる。

結果、世界の至る所で不死人と亡者が溢れ返り、生命という概念は死に絶えようとしていた。

それを防ぐには、誰かが薪となり最初の火に()べねばならないのだ。

そして幾多もの不死人が、最初の火を継ぐためにロードランへと旅立った。

それは此処に居る灰の剣士も同様で、当時の彼は不死人として囚われ『北の不死院』に収監されていた。世界が完全に終わるまで、半永久的に出所する事は叶わないのだ。

絶望に苛まれ、肉体のみならず精神まで亡者に変じようとしていた矢先、運命の変革は訪れた。

紆余曲折あり『北の不死院』を脱出した灰の剣士は、幾度も死にながらも過酷な旅を続け、遂には最初の火を継ぐべく大王グウィンの成れの果てを打ち破る事に成功した。

その後、迷いもあったが旅路の中で無念の最期を遂げてきた不死人達に報いる為にも、遂に我が身を薪として捧げる事を決意した。

 

「アストラのソラールと出会ったのも、ロードランの旅路ですね」

 

 現在、太陽の騎士として名高いソラール。彼もロードラン時代の不死人で、互いに協力し合いながら時には敵対しつつも最終決戦では共闘する事で使命を果たせたのである。

 

「それも存じております。彼から直接お聞きいたしました」

 

 四方世界に流れ着いたソラールは、水の都にて冒険者登録を済ませた身だ。

彼の活躍は目覚ましく、剣の乙女も彼には一目置き評価は格段に高い。

故に彼女も、ソラールの素性をある程度は把握している。

 

あの日以来だろうか?灰の剣士と剣の乙女が直接言葉を交わせたのは。

表には出さなかったものの、剣の乙女は今更ながらに心が揺れた。

 

「では続きを――」

 

 少々の会話が逸れたが灰の剣士は直ぐに話を元に戻す。

ロードランでの使命を終え、薪として燃え尽きた筈であった灰の剣士。

しかし彼の旅路は、まだ終わっていなかった。

彼が再び目覚めた時、時代は千年以上も経過した事を知る。

そして再び火が陰りを見せ、世界が死に行こうとしていた事実も含めて――。

一応、名もなき不死人が火を継ぎ世界を延命したという伝承は伝えられていた様だが、既に形骸と化し何ら意味も成さなくなっていた時代。

彼は摩耗しつつある人間性を振り絞りながら、またもや過酷な戦場へと身を投じる事となる。

死と暗闇に塗れた茨の道を行き、彼は火を継ぐために石造りの王座へと腰を降ろした。

特殊な手法ではあったが、これも火を継ぐための儀式であるらしく、世界は再び息を浮き返し延命された。

こうして2度にわたり世界を存続させた灰の剣士――否、名もなき不死人。

やはり彼の名声など、然して重要でもないのだろう。

今や完全に消失した伝承の中に、彼の存在は葬られ忘却の彼方へと追いやられた。

薄れゆく意識の中で、身を焦がす感覚に任せながら彼は意識を手放す。

 

さて――ここからが本当の試練の始まりだとは、彼自身も想像だにしていなかった。

 

まさかロスリックの時代では、使命を果たせども果たせども何度も繰り返すという、周回(ループ)を強制させられたのである。

 

現在、街の近隣に流れ着き遺跡として扱われている『灰の墓所』、その石棺の中で彼は覚醒した。

幾度も火を継いだ彼、既に己に化せられた使命など分かり切っていた。

墓所を進み、見飽きた亡者どもを切り伏せ、彼は『火継ぎの祭祀場』へと到着する。

 

「その場で私は出会いました。薪の王の資格者の一人である『クールラントのルドレス』そして『火防女』という存在に」

 

 彼は当時の内容を詳細に語り、特にルドレスや火防女の特徴を細やかに強調した。

 

「「……」」

 

司祭長はともかく、国王と剣の乙女は僅かに反応を示す。恐らくは彼等の存在に心当たりがあるとみていいだろう。

だがそれは然して重要ではなく、彼は構わず話を続けた。

ロスリックの旅路でも火を継ぐために死闘を潜り抜けながら、遂に『最初の火の炉』へと到達。

消えゆく『最初の火』を守る『王達の化身』なる、過去の自分を含めた火を継いだ者達の集合体との最終決戦に挑み見事勝利を収めた。

そして灰の剣士は、幾度も成し遂げた手順で自らを薪として最初の火を継いだのであった。

 

「しかし先ほどお話した通り、私は灰の墓所にて目覚めるという現象に見舞われたのです」

 

「…それを幾度も繰り返したというのですね、灰の方」

 

「そうです。再度目覚めた私は、困惑しつつも使命を果たし続けました。何度も、何度も――」

 

 今度は司祭長が反応を示し、彼は使命を果たした筈だというのに幾度となく、ロスリックの旅路を繰り返したのだと語った。

火を継いでは墓所へと戻され目覚めを繰り返す。それを繰り返し、いつ終わる事のない周回(ループ)を重ねるという苦痛を味わう羽目になる。

 

「本当に苦痛でしたよ。長く苦しい筈の使命でさえ、ただの作業に成り下がろうとしていた位ですからね」

 

「「「……」」」

 

彼等は絶句していたが、それも当然ともいえる反応だ。

ある程度の事情を察していた彼等だが、よもや彼が周回を繰り返していたという事実など知る由もなかったのだ。

恐らく想像すら出来ていないだろう。

死んだとしても終わりを許されず、繰り返しを強制させられ解放される事はない。

同時に死を繰り返し亡者へと近付くも、飽きにも似た変わりのない旅時に辟易し始めていた頃。

 

「私はロンドールの巡礼者『ヨエル』との出会いを思い出し、彼の誘いに乗る選択肢を取ったのです…!」

 

 使命の繰り返しはやがて作業へと置き換わり、灰の剣士は次第に変化と刺激を求めるまでに歪み切っていた。

どうせ火を継いだところで灰の墓所まで戻され、再び使命のやり直しを強制させられるのだ。

ならば飽きる程に変化の無い旅路を繰り返すより、違う結末へと辿り着いてみたい。

渇望にも似た思いを抱いた彼は、旅路の途中で幾度も出会った一人の巡礼者の事を思い出す。

その男こそがロンドール黒教会の巡礼者『ヨエル』であり、同時に魔術士でもあった。

今まで然したる交流も持たずにやり過ごしていたが、とある周回で漸く『ヨエル』との交流を積極的に行った。

 

ロンドールのヨエル――。彼は初歩的なソウルの魔術の伝授という役割を持っていたが、真の能力は()()()()()()()()()()()()()()()()という特殊なの力を有していた。

物は試しだ。ヨエルの提案を受け入れた灰の剣士は、儀式を受け入れ不死人の証である『ダークリング』から力を引き出して貰った。

結果としてヨエルの言は正しく、そしてある意味で欺きでもあった。

確かにダークリングから力を引き出し、彼はソウルを媒介する事なく能力を増大させた。

だがそれとは同時に、ダークリングとは別個の『暗い穴』が浮かび上がっていたのである。

 

「現在、神殿にて保護下にある不死の女――。彼女に浮かび上がっているアレと同じものです」

 

 暗い穴を証明する人物が、実は一人居た。

現在、地母神神殿にて保護されている『不死の女』の事である。

ダークゴブリン戦に終止符を打ち、廃村を改造した拠点へと調査の折、とある建物から救出した女だ。

しかし不可解な事に、その女はダークリングと暗い穴を同時発症していた不死人でもあった。

様々な経緯もあり、今はこの街の神殿の保護下にあるというのが現状だ。

確固たる証拠はないのだが、彼女は生者時代にロンドール側と接触した可能性が極めて高い。

実は人為的にも、不死人へと変ずる秘術が実在していたのである。

特にヨエルは不死の秘術に長け、彼女は実験台にされたのだろうと灰の剣士は見切りを付けていた。

しかも不死の女は、あのゴブリンスレイヤーの()()である可能性が極めて濃厚なのだが、その事だけは敢えて伏せておいた。

 

さて、暗い穴を穿たれた灰の剣士。

実は『火の無い灰』という存在だが従来の不死人とは差異も見られ、基本的には亡者化する事はない特殊な不死人でもある。

幾度死のうとも、亡者の特性を発露せず生者の姿のままでいられ加えて生者の名残も色濃く引き継げたのである。

しかし『暗い穴』を穿たれた火の無い灰は、従来の不死人の特性が発症し死を繰り返す内に亡者へと変貌してしまうのだ。

丁度、5回目の儀式を終えた頃合いだろうか。

ヨエルからの儀式でダークリングの力を引き出す度に、彼の身体に宿る暗い穴は5個に増加していた。

その儀式を終えた直後、ヨエルから奇妙な言葉を送られていた。

 

―― ああ、貴方様はもう、十分に力を得ておいでです。何れ全てお分かりになる、我らの王よ…いってらっしゃいませ、我らの王よ… ――

 

そう――ヨエルから『我らの王』などと言葉を送られたのである。

当初、この言葉の真意を知る事は出来なかった灰の剣士。

しかしこれを皮切りに、奇妙な旅路の変化が確かに訪れていた。

 

あれはイルシールに到達した辺りだろうか。

いつも通りに『カーサスの地下墓』を抜け、『冷たい谷のイルシール』へと辿り着き、彼はふとした気まぐれで『火継ぎの祭祀場』へと帰還した。

そして懐かしむように再び訪れたヨエルの居た嘗ての場所――。其処には見知らぬ人物が佇んでいたのである。

 

その人物とは、『ロンドールのユリア』と名乗る女性。

全身を黒に近い濃紺の甲冑に身を包み、外套代わりに美麗な黒いドレスを纏っていた。

その女は疑念に駆られた彼に、こう告げたのだ。

 

―― …やあ。貴公、ヨエル殿の主だな。私はロンドールのユリア、ヨエル殿の友人だ。貴公は、彼の魂を救ってくれた。ありがとう。友人として、礼を言わせてくれ。そして、もうひとつ……貴公、既に王なのだろう?暗い穴を穿たれた、我ら()()()()だ。貴公がソレである限り、我らロンドール、貴公に従い尽くすだろう。勿論、私も貴公のものだ… ――

 

彼を『亡者の王』と称し、仕える素振りさえ見せたのだ。

選ばれたのだ、灰の剣士は――。亡者を、ロンドールを導く『闇の王』として。

これを機に彼は意識を変化させつつあった。

 

火を継ぐのでなく、火の簒奪(さんだつ)を是とする。

 

即ち、衰え消えゆく『最初の火』を奪い()()()として亡者の――真なる()()()()を到来させる。

 

ユリアから様々な情報を入手した彼は、次第に迷いを捨て闇の王としての道を歩む。

 

「灰の方……」

 

「俺ハ…揺ル…ガぬ…」

 

 闇の王として邁進を決意した彼は、火防女との関係も冷え切ったものへと変わり果てていた。

その短い会話を最後に、彼女との交流は完全に途絶えたのであった。

あの時の孤独感に包まれた火防女の表情……今の時代でも忘れる事は出来ず心を締め続けている。

 

今までとは全く目的の異なる旅路――。相も変わらず過酷には違いなかったが、得体の知れない高揚感も満たされていた。

イルシールの支配者『法王サリヴァーン』を討った彼は、真に闇の王の資格を得る為に『アノールロンド』へと向かう。

その目的とは、()()()()()()()()との婚礼を済ませ『暗い穴』を引き継ぐ事にあった。

 

「婚礼…?灰の方、貴方…妻帯者なのですか…?」

 

 アンリとの婚礼に言及した途端、剣の乙女が食い気味に聞き返す。今まで無言に近い形で耳を傾けていたが、ここに来て少々感情を露わにしている様だ。心なしか呼吸も荒いのは、気の所為だろうか。

 

「貴女の想像している婚礼とは根本的に概念も意味合いも違う。そもそもあの儀式の真の目的とは――」

 

 彼女の想像など手に取るように分かる。きっと、華やかな祝福の儀式を思い描いていたに違いない。

その様な祝福に満ちた儀式なら、どれ程に心が救われ人間性を取り戻せていただろうか。

生命の営みが途絶え終焉を迎えようとしていた終わりを迎えた、()の時代――。少しでも光と温かみに満ちた()()が存在しても良かったではないか。

殆ど人間性を摩耗していた彼でさえ若干の期待さえ抱いていたが、当然その様な惰弱な発想は、見事に底無しの深海へと水没させられた。

 

ロンドール形式の婚礼の義。

 

それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という何とも悍ましい儀式であった。

 

「そんな馬鹿げた婚礼がありますかッ!?正に生命の冒涜…いえ、反逆ですわッ!!」

 

「落ち着いて下さい、大司教様。まだ途中ですよ」

 

「――ご…御免なさい…つい…」

 

 ロンドール式の婚礼を耳にした剣の乙女、その冒涜的な内容に声を荒げ噴出した激情を吐露してしまう。

御門違いは分かっていたが灰の剣士へと感情をぶつけ、司祭長に窘められるという形で落ち着きを取り戻した。

 

「話を続けます。その儀式は夫婦の契りを交わすというよりも、闇の王をより確固たる存在へと成り立たせる意味合いが強い」

 

 アンリに宿った『暗い穴』は3つ。それを伴侶となる灰の剣士へと移す事で、彼は闇の王たる真の資格を得るに至った。

これにより儀式は完了し、後は『最初の火』を奪う事でロンドールの標榜する『人の時代』の第1歩を生み出す準備は整った。

その後も手慣れた作業感覚で残りの強敵を屠り、幾度となく繰り返し見慣れた『最初の火の炉』へと到達する。

今まで、最初の火を守護する『王達の化身』には単身で立ち向かっていたが、この周回ではロンドール勢が加勢してくれた。

その甲斐もあり、然したる苦戦もなく勝利を収め、彼は遂に『最初の火』を奪う事に成功した。

 

消えかかる弱々しい赤と橙の火は、『冷たい黒火』へと変貌を遂げ時代の変革を告げたのである。

冷たい黒火を反映するかのように、太陽にも次第に変化が生じようとしていた。

元々が火の陰りの影響で、黒く赤い外縁部が血のように滴る不気味な太陽ではあった。

だが最初の火を簒奪した事で、黒い太陽は姿をそのままに白くも冷たい外縁を纏う天体へと変容を果たし、空は暗く得体の知れない何処となく死を連想させる陰鬱な時代が幕を開けたのであった。

 

神々が熾した火の時代はとうとう終わりを告げ、其処から始まる闇に塗れた人の時代。

新時代が齎す新たなる世界が、いま芽吹いたのだ。

そして灰の剣士は名実と共に『闇の王』として就任し、亡者を、ロンドールを導く至高なる存在に昇りつめた。

そんな彼に多くの亡者と不死が集い頭を垂れ跪く。

当然ユリアも例外ではなく、彼に恭順の姿勢を見せた。

 

今までに無かった展開だった。

ただ『王達の化身』を屠り、自らを薪として『最初の火』へ捧げ世界の延命を図る。

自己犠牲にしては何とも味気の無い誰にも称賛される事のない、孤独に満ちた偉業。

あの空虚な感覚など比較にならない達成感を、当時の彼は味わい闇の王であるにも関わらず意識が高揚していた。

 

運命は変わり世界の変革は成った。

これが正解だったのだ。

これで火の陰りに怯えなくとも、永遠に存在が確約され人々は繁栄の時代を歩むだろう。

 

………

……

 

「――などと本気で考えていた、当時の私の姿は御笑いでしたよ…本当に…」

 

「「「……」」」

 

話しを一区切りさせた彼は当時の姿を思い出し頭を振りながら自嘲し、他の3名は言葉もなく見つめている。

火の簒奪を果たしロンドールを導く為に、暗く冷たい闇の時代を到来させた灰の剣士。

これで新たな時代は開けたが、果たして本当に繫栄など起こり得るのか?

空は一面に暗く暖かさの一欠片もない。

その空を支配する黒くも白い外縁を纏う『冷たい太陽』などに、生命を育む力など備わっているようには見えなかった。

まだ闇の王に就任し、間もない故であろうか?

それにより、未だ火の時代の住民であった頃の感覚が色濃く残留している故であろうか?

今や『冷たい黒火』と化した嘗ての最初の火へ振り返り視線を落とす灰の剣士は、今も頭を垂れるユリアへと疑念を投げ掛けた。

 

「ユリア…よ、こレで…世界は…安定する…ノか?俺…二は、少々疑問…ではある…のダが…?」

 

 やはり自分の身体は、亡者の特性が濃い様だ。もう慣れ切ってしまったが、呼吸も意識も重く口調も途切れがちだ。

まぁ、亡者を導く存在と化したのだ。これはある意味で腑に落ちる現象なのか。

彼の質疑を受け、ユリアは立ち上がる事なく見上げる形で返答した。

 

「そう思われるのも無理はありません。最初の火を確かに簒奪したものの、未だ消えかかる風前の灯には変わりないのです。先ず成すべきは、簒奪した火の存続が為に薪を()べねばならないのです。悠長している暇はなく、直ぐにでも薪となる者を討ち薪として捧げるのです。それが『闇の王』たる最初の役割。さぁ、ご決断の時です、我等が王よ…!」

 

 ユリアの言は一理あった。

確かに最初の火は奪えたものの、消えかかる寸前で成し遂げたのだ。つまり火が変質を遂げたのであり、()そのものの勢いを取り戻せた訳ではない。

そして人の時代は産声を上げたばかりの、いわば赤子も同然の状態だ。

安定期を迎える為にも、これから多くの所業を成し遂げなばならない。

周囲から背中を押されたとはいえ、彼は闇の王として最初の火を奪い世界変革を到来させた。

仮にも新たな時代の夜明けを齎した存在であれば尚の事、安寧に向け身を粉にする権利と義務が生じるのは世の道理。

 

「承知…シた、情報を授け…ヨ。準備ヲ…整え次第、俺は…直ぐにデ…も動こウ…」

 

「頼もしきお言葉、では早速ですが――」

 

 王の就任式など不要。

最初の火の簒奪こそが、寧ろ『闇の王』として唯一無二の盛大な就任の義でもあるのだ。

現に跪き頭を垂れる亡者達こそが、紛れようもない証を立てているではないか。

 

   ―― 王に玉座なし ――

 

ユリアから情報を受け取った灰の剣士は、瞬時に新たな武具を纏い新たな戦いへと旅立った。

 

……

 

「…そうであったか。繰り返す周回の過程で、卿は『闇の王』へと就任し、その力の一端を先程の戦いで見せた。そういう事だな」

 

 全てではないが、区切りの良い所で話を切り上げた灰の剣士。

それを聞いていた国王は、腑に落ちたかのように簡素な椅子に凭れ掛かりながら石造りの天井を見上げている。

 

「では灰の方。貴方は、王都襲撃犯である『ロンドール闇の王』とは別人。そう判断して宜しいのですね?」

 

「そうです。あの男とは、最後の周回で初めて邂逅し一度は打ち勝った相手です」

 

「つまり、今の『闇の王』と貴方(灰の剣士)は敵対している…そういう事でしょうか?」

 

「ええ。でなければ、私自身が黒教会の刺客に襲われたりはしませんよ」

 

 国王に続き、司祭長や剣の乙女からの質疑にも応える灰の剣士。

結論から言って、王都を襲撃した闇の王と灰の剣士は()()()()()である事が確定した。

そもそも灰の剣士自身も、最終周回にて初めて邂逅を果たした身だ。

(序章 参照)

また当然の如く敵対状態にあり、辛くも勝利を収めた身である。

あれ以来、全くと言っていいほど接触はなかったが、この四方世界に流れ着いていた事は既に承知している。

彼の語ったロンドールと、今のロンドールは全く違う周回の別組織と言っても過言ではない。

だが周回違いとはいえ、浅からぬ因縁のある立場だ。

遅かれ早かれ、ロンドール黒教会とは再び相まみえるだろう。

 

さて、この時点で灰の剣士と王都襲撃の主犯格である闇の王とは別人である事が判明したが、国王は再び口を開く。

 

「折角だ、闇の王としての、その後の経緯なども教えてはくれんか?」

 

「…いいでしょう。あまり面白い話でもありませぬが…」

 

 この四方世界に流れ着いて以来、誰にも話した事はない闇の王就任以後の灰の剣士の所業。

ここまで話したのだ。

ならばいっその事、今話した周回までは全て明かしてしまおう。

あまり気は進まなかったが、国王の求めに応える形で再度語り始める灰の剣士。

 

一言で言えば、()()()()()()()()()

最初の火を奪い『冷たい黒火』へと変容させた灰の剣士。

過酷な闘いの日々は決して終わる事はなく、()()()()を得るため様々な勢力へ襲撃を繰り返す。

近隣の武装組織に始まり、周辺の敵国に至るまで。

実に数多くの敵性勢力に対し宣戦を布告し、時には単身で、時には兵を率い、動く敵全てを皆殺しにした。

そして敵の遺体とソウルを薪として、か細い『冷たい黒火』へと捧げ徐々に勢いを取り戻す事に成功する。

しかし、殺戮の日々が終わる事はなかった。

 

「争いが無くなる?それはまだ先の未来に御座います」

 

 尽きる事のない殺戮の日々、飽くなき闘争の連鎖に灰の剣士は湧き上がる疑念をユリアへとぶつけるも、帰ってきた答えは実に淡白なものであった。

どうにも単に都合よく利用されているだけではないのか、実のところ。

そもそも提示された情報は、このユリアが全てを担っていた。

自分はと言えば、ユリアの情報に従い剣を振るうだけの()()を続けているに過ぎないのだ。

それにここまで戦いを繰り返し敵を殺し続けるという事は、敵の減少を意味していた。

そう、既に周辺には敵対勢力と呼べる組織は消失していたのだ。

斃すべき敵が居なければ『薪』は手に入らず、あの『冷たい黒火』は徐々に衰え行くのは目に見えていた。

何も変わっていないのだ。何も――。

何れ陰り衰え行く『最初の火』と状況は何一つ変わってはいない。

単に、火の質が変わるも成した所業は()()の二文字のみ。

 

これが本当に『人の時代』なのか?

 

珍しく灰の剣士は、感情を露わにした。半ば亡者になり掛けた精神でありながら――。

 

「……そう激昂せずとも、対策は出来ております」

 

 彼の疑念と態度に、ユリアの思惑があったのだろうか。

多少の動揺を見せた彼女だが、敵の居ない状況は想定していたらしく案を提示した。

 

   ―― 敵は内にも居る ――

 

外の敵は確かに居ないも同然な現状だ。

だがロンドール内にも獅子身中の虫が存在している事を、ユリアは指し示す。

彼女の言う通り、ロンドール内にも敵対勢力は存在していた。

この冷たい闇の時代を良しとせず、再び生命溢れる時代を取り戻すべく最初の火を再生させようと藻掻く、小さくも強力な組織であった。

 

「さぁ、存分に剣を振るい、王の尊厳を見せつけるのです…!」

 

「承知…シた」

 

――生命の再来……、間違っているのはどちらだ…?

 

組織の拠点を難なく看破し、抵抗する敵を次々と切り伏せた。

 

「愚かな者共です。死と闇こそが生命の本質、それこそが人たる真の姿。間違いは正さねばなりません」

 

「そう…ダ…な」

 

――彼等こそが、真に正しいのではないのか?

 

敵兵の実力だが予想以上に高く、また数も多い。

本当に自分達の行いは、正しいと断言できるのか?

 

「まさかな…貴様が首謀者だとは驚きだ。所詮はアストラの亡霊か…()()()よ」

 

「こんな時代に未来はない。僕は、そう気付いただけだ…!」

 

「……」

 

――アンリ…お前の心は今も生者なのだな。

 

内に潜む敵対組織の首謀者とは、アストラのアンリであった。

闇に塗れたロンドール主導の時代に未来など見出せず、アンリは水面下で計画を練り徐々に味方を増やしていた。

そして生命ある時代の再来に未来を繋げ、最初の火に代わる何かを生み出さんと尽力していたのである。

しかし灰の剣士は闇の王であり、たとえ伴侶であるアンリと言えども処断は免れ得ない。

契りを交わした間柄だが、ロンドールでは従来の夫婦間など全く無意味に等しい。しかも、あの儀式は闇の王たるに真なる資格を与える為に意味を成すものだ。

 

「伴侶と言えども躊躇う事は無用。闇の王の名に懸けて、全て不義に鉄槌を…!」

 

「アンリ…」

 

――思えば、俺を闇の王へと仕向けたのはユリア…貴公であろう?

 

最後に残ったアンリを誅すべく、灰の剣士は剣を振るう。

しかし彼には、アンリに対する情も決してゼロではなかった。確かに両者との間に夫婦間は無く、我々の知る営みなども全くの皆無である。

だがそれでも、彼女とは幾度と協力し合い苦難を乗り越えた関係を気付いていたのも確かである。

 

「これは貴方が始めた時代。最後まで責務を果たす使命が御座います…我等が王よ…!」

 

「分かッテ…いる」

 

――そうだ、どの様な理由であれ俺が最初の火を簒奪し、この時代の礎を築いたのは他でもない俺自身。…しかしな、ユリアよ。お前は、この様な時代を望んだのかも知れぬが、他は、そうではないらしい。でなければ、この様な裏切りなど生まれよう筈もあるまい…?

 

答えなど出ているのではないか?

この裏切りと反乱こそが、全てを指し示しているではないか。

亡者や不死でさえ生命の再来を望んでいるというのに、このまま死と闇の蔓延る時代を続けるのか?

神々に反逆した『人の時代』の行き着いた先が、未来など見出せない絶望に溺れた暗い世界。

これがお前の望みか?こんな暗く冷たい安息の見えない闇の世界が、お前の目指した世界なのか、ユリアよ?

 

灰の剣士の実力はアンリを遥かに圧倒し、半ば一方的な形で勝敗は決まる。

既にアンリに抗う力は無く、彼女の頭上に剣を振り上げる灰の剣士。

 

「この者を薪として使えば、より安定した盤石な火が構築されましょう」

 

「…許せ…アンリ…」

 

「残念だよ…こんな形で終わるなんて…。…お願いだ…目を覚ましてほしい…君なら…或いは…」

 

 僅かな逡巡を見せたものの、アンリへと剣を振り下ろし引導を渡す。

そうだ――。

たとえ誘引されたとはいえ、最初の火を奪い時代の幕を開けたのは他でもないこの俺自身なのだ。

ならばケジメとして、この時代を最後まで背負うという使命がある。

それが大いなる間違いであったとしても、王たる者である以上は見届けねばならない。

既に物言わぬアンリを抱きかかえた灰の剣士は、彼女の遺体とソウルを『冷たい黒火』へと捧げた。

唯者ではなかったのだろうか?

アンリの遺体とソウルは薪として高い効果を有し、また所持していた多数の『残り火』も火の勢いを強めるのに大きく機能した。

これで暫くは、火が衰える事はないだろう。同時に争いは沈静化するという事だ、一時的にとはいえ。

 

「暫く…一人に…セよ」

 

「仰せのままに」

 

 内部の反乱は鎮圧された。

やはり身内を討つ事に、多少の動揺を覚えてしまった様だ。

次なる任務を告げようとしたユリアを制し、灰の剣士は一人小部屋へと引き籠った。

アンリの遺言が、彼の心を攻め立てる。

彼は暫くの間戦いを避け、部屋に引き籠るという行為を続けた。

 

それから時が経ち、最初の火が変質した『冷たい黒火』も衰えを見せ始める。

やはり戦いと殺戮は避けては通れない様だ。

再びユリアの要請を受け、灰の剣士は戦いの為に動く事となる。

だが敵と言えば、ロンドールの身内が目立ち始めていた。

もはや黒教会を支持する者は数える程しか残っておらず、大半の臣民は反乱に動いていたのであった。

もう戦う意味など無い。

このまま戦い彼等を薪として火に捧げる位なら、この時代ごとロンドールも滅ぶ方を選ぶ。

彼の心は決まっていた。

だが、彼は剣を振るい次々と反乱者を切り伏せてゆく。

そして彼等を薪として火に捧げ続け、もはやロンドール臣民は殆ど残っていなかった。

 

今思えば、自身の人間性は喪失していたのかも知れない。

自我がある振りをしながら、実は既に亡者と化していたのではないか?

そう思える程に彼は思考を放棄し、ひたすら無心で剣を振るい続けた。

先も未来も見えないロンド-ルと闇の時代に、完全に絶望していたのだろう。

今なら、それがよく分かる。

このまま全てを切り伏せればいい。

ユリア…そしてリリアーネ…お前達姉妹もだ。

ロンドール黒教会、その創始者としての責任を果たして貰うぞ。

これまで然したる感情も寄せなかったユリアとリリアーネという姉妹に、次第に憎悪をと不信感を募らせていた灰の剣士。

 

自分が亡者かそうでないのかなど、もうどうでも良かった。

身に映る全てを切り伏せた彼は、ユリアとリリアーネの居ると思わしき場所へと向かう。

当然、彼女ら姉妹に引導を渡す為だ。

彼女らは『冷たい黒火』の前に佇み、奇しくも彼を待っていたのである。

普段から姿を見せないリリアーネが此処に現れた事に、多少奇妙なものを感じたがどうでもいい。

彼は剣を出現させ、姉妹へと近付いた。

何も考える必要ない、切るだけだ。ある意味、彼は亡者と化していたのである。

既に心さえ無くし、切る事の欲求だけで動いていた灰の剣士。

そんな彼だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

あの忌々しい姉妹の他に、()()()()()()()()――。

 

「火防…女…?」

 

 あの火防女の姿が、彼の視界を支配する。

火継ぎの祭祀場に見向きもしなくなり、彼女との交流もほぼ捨て去り幾星霜――。

完全に冷え切った彼女との関係――。だと言うのに、この湧き上がる衝動と蘇る高揚感は、一体何なのだ?

彼女の姿を視界に納めた彼は釘付けとなり、同時に火防女も彼を見つめ返している。

そんな二人の無言の会話を遮る無粋な言葉が酷く耳障りだ。

 

「懐かしい再開は、もういいでしょう。さぁ我等が王よ、役割をお果たし下さいませ。彼女を切り、その亡骸とソウルを捧げるのです。薪としてね」

 

 珍しくユリアではなくリリアーネが言葉を発し、彼に役割を促す。

 

「貴様ラ…を…捧げレば、さぞ…面白い火に…変じヨうな…ユリア…リリアーネ…!」

 

 だが二人の声など、もう彼の耳には届かない。

たくさんだ――。死と亡者を導く『闇の王』など所詮は唯のまやかし。

単なる殺戮者と何が違おうというのか。

死と破壊に興じるだけで、新たに生み出す物など皆無も皆無。如何ほどの存在価値さえ見出す必然も見当たらない。

 

終わらせよう。

この闇に塗れた悪夢を。

 

既に抜いていた剣を二人に向け迫る灰の剣士。

 

それ程にまで、この『冷たい黒火』が愛おしいのなら――。

薪とソウルを求めるのなら、自らの身を呈し()べるが良い。

 

「……最後の最後に壊れてしまわれたか、闇の王…いえ、唯の亡者よ」

「所詮、本来の主ではない。長姉(エルフリーデ)さえロンドールを裏切らねば、こうまで衰退する事はなかったのだ」

 

 この瞬間、互いは敵対関係へと変じロンドールは組織力を喪失した。

迫る灰の剣士を壊れた亡者と蔑み、ユリアは『闇朧』なる刀剣を――。リリアーネは得意とする闇の奇跡の準備に移り、彼を迎え撃つ体勢を執った。

先ほどまで、自らの主と崇めていた彼女たちは態度を一変させたのである。

 

「下がっテ…いろ、火防女…ヨ」

 

「…灰の方…貴方様は…まだ…」

 

……

 

「――我等が王よぉッ!血迷われたかぁッ…!!」

 

 死闘などではなく一方的な殺戮にも等しい程に、呆気の無い幕切れだった。

灰の剣士の戦闘力は、ユリアとリリアーネを遥かに凌駕し一瞬で切り伏せたのである。

事切れる瞬間、何やら捨て台詞を吐いていた二人だが彼にとってはどうでも良かった。

物言わぬ二人の亡骸を抱え、相変わらず黒く燃え上がる嘗て『最初の火』へと粗雑に放り込む。

 

「…やはり…ナ…良く燃えてくレる…」

 

 この二人、黒教会設立に関わった指導者だけの事はある。

火の無い灰ではなさそうだが、冷たい黒火が嘗てない程の勢いで燃え広がり、より深く、より冷厳に、周囲に影響を与えていた。

それは天に浮かぶ、月とも太陽とも判別の付かない黒い天体にも影響を及ぼし、更なる強烈な黒い陽光で地上を照り付けた。

 

「「……」」

 

此処は、ロンドール黒教会の一画に設けられた祭壇の場。

円形の広場を囲むように8角もの黒い尖塔が立ち並ぶ、ロンドールの本拠地でもあった。

これまで繰り返した、飽くなき闘争と身内の粛清が災いしたのだろう。

この黒教会に残ったロンドール臣民は、数える程しか存在していない。

天井が設置されていない祭壇の場――。時刻は昼間の筈だが『闇の時代』を迎えた影響の所為か、空は黒くも冷たい陽光に彩られている。

今や、この祭壇の場には闇の王と化した灰の剣士と、過去に彼を献身した火防女を残すのみとなる。

 

「…許せトは…言わヌ…。もう一度…やり…直そウ…火防女…ヨ…」

 

 ヨエルの誘いを受け、ロンドール側に協力すると決め、それ以降、火防女との交流は空虚な作業と化してしまった。

火が陰り、生命は死に行き、闇に侵食された冷え行く今の時代――。だが、その様な時代でさえ互いの交流は仄かな火が宿っていた。

彼が火防女との接触を避けて以降、僅かな火さえも冷え切っていたが今この瞬間を以て、再び小さな灯を取り戻す。

それは(あた)かも、彼が火継ぎの祭祀場で螺旋の剣を突き刺し『篝火』を初めて熾した時分に似ていた。

 

「こうして再び貴方様に仕える事が出来る…。これ程に満たされた日はありません、灰の方」

 

「可笑し…ナ事を…言う。私は…君ヲ…裏切った…のだゾ…?」

 

「でも戻って来てくれた。…それだけで…私は…」

 

「火防女…」

 

 火を継ぐという使命を放棄し、ロンドールに加担するという形で『人の時代』なる新たな世界と時代の到来を夢見た灰の剣士。

彼は純粋に、終わりなき使命の繰り返しと火の陰りに見切りを付け、永遠なる安寧と繁栄を願っていたのである。

だが、いざ『最初の火を簒奪』してみれば結果は御覧の有様。

想像を遥かに絶する暗闇と死に満ちた時代の幕開けに、人類種の繁栄を見出せる希望など微塵にも転がっていなかった。

唯々ひたすら繰り返される、殺戮と略奪の終着点の見えない連鎖の無限回廊。

 

とくと見よ…、ロードランの世界蛇たちよ!この悍ましい世界の絶望たるを…!こんな世界に真面な生命が流れ着くものかッ…!

 

怨嗟とも言える暗い炎を宿した想いを天へとぶつけた灰の剣士――。

黒くも怪しい空を暫し見続けた後、彼は傍らに佇む火防女へそっと語りかけた。

 

「先ズは、この火を…『最初の火』へと戻ス…」

 

「はい」

 

 元を正せば彼自身が『冷たい黒火』へと変質させた『最初の火』だ。

逆の手順を施せば、再び生命を育む火へと戻せよう。

しかし火防女の協力があれば、成功率は更に跳ね上がるのだ。

 

彼は火防女の協力の下、『冷たい黒火』を『最初の火』へと戻す儀式を執り行う。

黒く凍てつき燃え上がる奇妙な火に向け、二人は手を翳し意識を集中させた。

暫くの時間の後、黒い火は橙と赤の混じる熱い火へと変貌を遂げた。いや、()()姿()()()()()()()と表した方が正しいのだろう、この場合。

元の『最初の火』に回帰した瞬間、頭上に浮かぶ空にも変化が訪れた。

相変わらず暗いが、所々が僅かに日の『暁』を帯びていたのである。

加えて空に浮かぶ天体も、辛うじて()()()|()()()()()》を取り戻した。

火の陰りが進行した当時と同じ姿――。黒い中心部に血の様な赤い外縁部の太陽――。だが心なしか、明快な橙に縁どられていたのはユリアとリリアーネを薪としたお陰であろうか。

若干は勢いを取り戻した『最初の火』だが、弱々しく既に衰えを再開している事には変わりなかった。

直ぐにでも対処せねば火が途絶えるのは、やはり避けては通れない運命なのだ。

 

「…覚悟は出来ております…灰の方…」

 

「…うむ…。デは最後の…責任を…果たソう…ではナいか」

 

 最初の火を取り戻す段階は成功し、一応は振り出しとも言える状態を保つ事が出来た。

此処まで来れば、後の成すべき事など目に見えている。

 

火を継ぎ世界を延命させる。

 

たとえ再び例の墓所へ戻され、旅路の()()()()を強制させられようとも。

自らの不祥事が招いた結末だ。

今回ばかりは、()()として受け入れようではないか。この火防女と共に。

 

お互いの意志を確かめ合った灰の剣士と火防女。

暫くの間、二人は無言で視線を交わし見つめ合う。

何も語る必要はない。

今二人は、心をも通わせていた。

 

   ―― 言葉は不要か ――

 

二人とも…否、この過酷な死に行く時代に息づく全ての人々は、呪いにも等しい運命に囚われながらも懸命に藻掻いていた。

そして灰の剣士は言うに及ばず、この火防女も火継ぎの使命に囚われ続け死ぬ事さえ許されなかったのだ。

 

互いを見つめ合う時間ぐらい許されてもいいではないか。

 

幾許かの時間の後、寄り添う火防女の肩を抱いた灰の剣士。

二人はそのまま『最初の火』へと静かに身を投げ、薪として穏やかに燃えゆく。

 

結局の処、火の取り戻した勢いは然程の事はない。

僅かに世界が延命されたに過ぎず、そう遠くない未来にて再び火の陰りを目の当たりにするだろう。

だが――。

 

――悪くない…こういう結末も…。

 

ロンドールに加担し挙句の果てが、殺戮の終わらぬ連鎖に身を(やつ)しただけの生命に対する最大の侮辱と反逆。

恐らく今迄の旅路の中で、最も闇に塗れ絶望と苦痛を味わった()()()()()であったのは間違いない。

だがしかし――。

 

こうして半身とも言える火防女と迎える最後だけは、彼の心に温もりを与えていた。

幾度となく感じた身体とソウルを焼かれる感覚に身を任せ、彼はゆっくりと意識を手放した。

手に抱く火防女の感触を、名残惜し気に記憶に焼き付けながら……。

 

………

 

……

 

 

「――気が付けば、私は『灰の墓所』で目を覚ましました…。変わらぬ場所で、変わらぬ使命を再び胸に…」

 

 あの周回を終えれば、再び始まる絶望の世界への歩み――。

何も変わらないのだ…。

見慣れた風景、見慣れた亡者達、生命の息吹など消えうせ蔓延る不条理な世界の律。

また繰り返すのだろう――。

火を継げば戻され、闇の王に就任すれば絶望を味わい、光と生命溢れる嘗ての時代はもう戻って来ない。

何をどうしようと新たな可能性を見出せる器ではない。彼には荷が重過ぎたという事だ。

だが変わらぬ周回の中でも、刻々と変化は迫っていたのである。しかも、悪い方向へと――。

 

「以前の周回に比べ、間違いなく闇が侵食していたのです」

 

 空は確実に、()()()()()()()を増していた。

だが彼は何時も通り手慣れた手順で、旅路を続ける選択肢を取った。

この異常事態を意識しながらも――。

 

火継ぎの祭祀場に到着した彼は、真っ先に火防女との再会に臨んだ。

周回の度に増す闇の侵食など、彼には然したる問題ではなかった。

以前の周回で成した弁解しようもない愚行を、詫びる事が何よりも優先されたからだ。

 

火防女に対して――。

 

周回の記憶を引き継いでいたのは、彼だけではなく火防女も同様であった。

心の底から詫びる灰の剣士に対し、彼女は恨む事もなくただ受け入れ彼を許す。

これで全てを払拭したとは思ってはいない――。しかし肝要なのは、これから()()事を起こすかだ。

ロンドールの計画に加担したとて、待っていたのは闇に塗れた終わらぬ殺戮の日々――。

しかし手順通りに火を継いだとて、再び灰の墓所で目覚める繰り返しの日々――。

このままでは何も変わらない――。

一縷の望みを託し、博識な薪の王の資格者である『クールラントのルドレス』に知識を仰いだとて、曖昧な言葉を濁すのみ。

やはり行動を起こさない事には、何も始まらない。

だが今まで通りでは、またもや繰り返しの日々が続くだけ――。

 

「そこで私は、その周回でもロンドールの誘いを受け入れたのです」

 

「…2度も受けた…と?」

 

「…ええ」

 

 これを耳にした3名も、流石に目の色を変えた。

あれ程絶望と苦痛を味わったにも関わらず、彼はまたしてもロンドールの誘いを受け入れ『暗い穴』を穿っていたのである。

 

「ロンド-ルのやり方では、確かに生命溢れる世界など訪れはしない。しかし従来の火継ぎでも終わる事のない繰り返しを招くのみ」

 

 彼は可能性を見出そうとしていた。闇と死に塗れたロンドールの秘術をも効果的に使えば、新たな火継ぎを生み出せるのではないか?

これまでの周回では、誰かの提示した導きに従い成しただけに過ぎないのだ。

故に辿り着いた終着点は、望みの無い暗い未来ばかりであった。

 

今度は自らの思考で行動を起こし、未来へ繋げてみようではないか。

 

その為に利用できるのなら闇の力であろうとも、利用し尽くしてやればいい。

悍ましいロンドールの力とて、火の簒奪や世界の理を変える程の可能性を有していたのだ。

それは前の周回を通し、自分自身が嫌と言うほど理解している。

またもやロンドールの力を受け入れた彼に対し火防女は複雑な心境を抱いていたが、今回は心情を吐露する事で概ね納得はして貰えた。

 

後は行動を起こすのみ――。

 

「しかし現実は甘くはなかった…」

 

 従来とは違う道筋で、ロスリック内の探索に励んだ灰の剣士。

だが然したる目ぼしい成果は上げられず、新たな火継ぎに利用できる知識と技術の習得には至らなかった。

この周回でも、ジークバルドやオーベックといった協力者と出会い、知識の開拓に期待を寄せてはみた。

しかし思わしい結果を生む事はなかった。周回の記憶を引き継いではいないのだ、それも無理からぬ話だ。

時にはヨエルにさえ、新たな可能性に繋がる知識を得ようと訊ねた事さえあった。

しかし彼は筋金入りのロンドール臣民――。

 

「闇の王となり火の簒奪を成し遂げる事こそ、永遠なる繁栄を迎える唯一無二の救いなのです。何も恐れる事はありません、灰の英雄様…我等が王たる資格者よ」

 

 案の定、望む答えなど返っては来なかった。

 

「そこで私は決意いたしました。やはりロンドールの力に、未来など望めはしないと」

 

 生命溢れる世界にロンド-ルの力など不要――。

完全にロンドールとの見切りを決意した灰の剣士。

彼は穿たれた5つの『黒い穴』を消す為に動く。

 

「黒い穴…確か、その呪いを解く為の役割を貴方は帯びていた筈…」

 

「その通り。解呪の為の手段は、あの時代より存在していました」

 

 例の不死の女――。彼女は救助されて以来、ダークリングと暗い穴を同時発症しており、従来の解呪方法では成果を上げる事は叶わなかった。

剣の乙女自身その現場に立ち会っており、解呪の任は灰の剣士が引き継いでいる事は知っていた。

そして不死の女に対する解呪法は、一度試された状態で効果の程も実証済みである。

ライザやルルア達の協力の下、錬金術で拵えた『星々の宇宙儀』は地母神神殿の地下で安置されている状態だ。

その『星々の宇宙儀』も元を正せば、火継ぎの祭祀場にて眠っていた『穢れた火防女の魂』を素材として生み出した物である。

(本編前夜編 第98・102話参照)

この時代では魔道具として解呪を施していたが、あの時代では火防女から火防女へと力を引き継がせる事で『暗い穴』を癒すという形で実現していたのである。

 

数百万ソウルという莫大な代償を支払ったが、彼にとっては然程の痛手にもならなかった。

彼の身体に宿っていた5つの暗い穴は完全に消え失せ、それはロンドールとの縁を断つ事でもあった。

それは『闇の王』の資格を捨てるという事でもあり、当然の如く姿を見せたユリアは静かながらに怒りを震わせていた。

 

「…貴公、王の証を捨てたのだな。ならばもう、言葉を交わす意味もない。お別れだな、貴公。一時とて、我らの王であった者よ」

 

 武器を抜く事はなかったが、彼女の言葉には侮蔑と失望に憎悪を混ぜ彼に叩き付け、姿を消した。

その去り際、僅かに耳を打つ言の葉を聞いたのは気の所為だったのだろうか?

 

「私を…2度も裏切ったな…」

 

――気の所為だな…あの女が…まさかな…。

 

これ以来ロンドール勢が姿を見せる事はなく、彼も再び火継ぎの使命へと歩み出す。

以降も彼は使命の繰り返しを強要され、遂にはヨエルとの接触さえ避けるようになっていた。

 

そして何時しか迎えた最終周回(ファイナルループ)――。

 

「繰り返す度に確実に増大していた火の陰りと闇の浸食。どう足掻こうとも訪れる火の時代の終焉に、私と火防女は立ち合ったのです」

 

 火を継ぐため薪として自らを差し出し、ロンドールの加担で闇の時代を開闢し、それでも終わる事のない使命の無限回廊。

だが次元を超越し、やり直しの過去に戻されようとも、確実に闇の力は増し最初の火は始まる前から衰えを見せるという理不尽な怪現象に直面する。

自分以外では唯一周回の記憶を引き継いでいた火防女。

その彼女より告げられし衝撃の事実――。

 

   ―― これが最後の周回 ――

 

泣こうとも、笑おうとも、藻掻こうが、傍観しようが、確実に到来する一つの世界の終焉。

既に空は凍てつき暗闇に覆われ、亡者は比較にならない程に強力な個体と化していた。

何せ、侵入して来る筈の無い火継ぎの祭祀場へと普通に襲撃する位に、闇の力は世界を覆っていたのである。

どう動こうが最後なのだと事実を受け入れた彼は、遂に禁断の選択肢を取る事を決意した。

 

それは自ら最初の火を消し、火の時代に終止符を打つという事。

 

無論、火を消せば到来するのは闇に包まれた時代なのは言うまでもない。

それではロンドールが推し進めた、火の簒奪と何も変わらないではないか?

そう思われても仕方がないのだが、確実に違う部分も孕んでいた。

 

とある場所で入手した『火防女の瞳』を彼女へと手渡し、瞳を得た彼女はこう告げたのだ。

 

「灰の方、おかしな話をお許しください。あの瞳の見せる、火の消えた世界は、永遠に続く暗闇です…けれどそれは、瞳の無い私たちのそれとは異なり何処かずっと先に、()()()()()()()()()()()に思えるのです。それはまるで、王たちの継いだ火の証、()()()のように。だからこそ、私はその暗闇に惹かれるのでしょうか?」

 

 彼女は火の終焉――その先を幻視していた。

それは絶望の暗闇だけではなく、確かに宿る未来への微かな希望の灯火。

確証はない、根拠もない、だが二人の心に小さな未来への(しるべ)が刻まれたのである。

火継ぎを使命とする者が自ら火を消し、時代の終焉を齎す。

これは裏切りに他ならない。

幾多もの英雄たちが自らの身命を賭し継いできた世界の命を、この世代で終わらせるのだ。

どう足掻こうとも終わりを迎える世界の運命――。ならば()()()()()で迎えた結末を見届けようではないか。

 

自らの自由意思で事を成し、到来した結果を見届ける。

 

ただ運命に身を任せ導かれるままに使命を果たすのではなく、自らの思考と考えを以て未来を切り開く。

不思議な感覚だった。

もう人間性も限界を迎え、次に死ねば完全な亡者と成り果てんばかりの灰の剣士。

だと言うのに、この身に宿る熱くも柔らかい感覚は何と呼べばいいのか。

 

熱意?

高揚?

衝動?

願い?

希望?

 

そのどれもが当て嵌まり同時に何か違うようにも思える不思議な感覚だ。

この時の彼は気付いていない――。

この不可思議な感覚を抱いた瞬間、全身甲冑に包まれていた彼の身体は()()へと戻っていた事を。

 

重大な裏切りへと邁進した灰の剣士と火防女。

だが意外にも二人を邪魔する者は誰一人居なかった。

あのルドレスでさえ、二人の目論見を知りながら言葉さえ送ってくれたのだ。

 

「…ああ、君は、彼女を見つけたのだね。そしてその内に、暗い瞳を見出した、そうだろう?…懐かしいことだ。あの頃私たちは、ただそれを隠すことしかできなかった。ずっと昔の話だ……君に伝えておこう。それは、あの火防女に僅かな光を与え、ある光景を見せるだろう。瞳無き彼女が、決して見るべきでない裏切り…火継ぎの終わりをね。あの瞳が見せるのは、火継ぎの終わり、永遠と続く暗闇の世界。私はそれを、裏切りだと思った。そして王となり、我らの火継ぎが、その光景を変えるよう願ったのだよ。…君は、どうするんだね?」

 

 火防女が幻視したであろう、暗闇の先にある未来の形。どうやらルドレスは、その光景を認知しているらしく裏切りと認識していた様だ。

だからこそ彼は薪の王の座に就き火を継ぐ事で、裏切りにも等しい暗闇の先にある可能性を変えようとしていた。

しかし、今のこの状況――。火の勢いも限界を迎え、世界の破滅は避けられないまでに悪化している。

たとえルドレスの差す裏切りであろうとも、灰の剣士は裏切りが齎す未来の可能性に賭けてみたくなったのである。

 

「君はどうするんだね?」

 

 そう告げていたルドレスだが、もう彼に迷いは無かった。

最後の可能性に賭ける意思を伝え、ルドレスは無言で頷き静かに目を閉じた。

彼に止める意思など無い事を知った灰の剣士も、これ以上何も言わず去る。

 

そして灰の剣士と火防女は、自ら『最初の火』を消す為に最後の旅路を続けた。

 

「旅を続けた私は何時も通り、最初の火の炉へと到達したのですが、そこで()()()と初めて遭遇したのです」

 

 5人の薪の王を玉座へと連れ戻し、火継ぎの準備を整え、後は王達の化身を倒すのみ。

激戦の末、王達の化身に打ち勝った彼は火を消す為に火防女を召喚しようとした…その矢先――。

 

彼の前にロンドール勢が立ち塞がったのである。

これまで通り、最初の火を簒奪する為に――。

 

ロンドールと袂を分かった後、幾度と周回を経て再開した彼等に見慣れない騎士が佇んでいた。

 

「その騎士が、今の闇の王であると?」

 

「ええ、間違いありません。王都襲撃を企てたのも彼です」

 

 現在、王都は襲撃を許し王宮は制圧状態にあるという惨状。

先ほど神殿にて見せた灰の剣士による、『闇の王』宣言と闇の力の発現。

あの時は戸惑いもあったが、今の彼と王都に居座っているであろう『闇の王』とは別人である事を改めて確信できた。

そのお陰で、心の痞えが取れた国王は安堵する。

 

「しかし初めてでしたよ。幾度も周回を繰り返した私でさえ、困惑していた位でした」

 

 王達の化身を倒し、これで終わりだと安堵した矢先、突如として現れたロンドール勢と闇の王を名乗る漆黒の騎士。

今の今まで無かった展開に、亡者寸前で感情をも喪失していた灰の剣士でさえ心を揺さぶられていた。

彼が動いている間、ロンドール黒教会も新たな闇の王を擁立したという事だろう。

これから起こり得る展開など容易に想像できる。

片や最初の火の簒奪に動くロンドール勢、肩や最初の火を消す為に動く灰の剣士。

相反する両者の主張が相容れる事など決してない。

当然の如く発生する、互いの使命を掛けた死闘。

灰の剣士一人に対し、ロンドール勢は複数に加え闇の王まで参戦している、極めて不利な状況。

しかし彼は満身創痍ながらも全身全霊で、ロンドール勢もろとも闇の王を撃破する。

既に上半身と下半身の泣き別れした彼だが、我が身の惨状さえ無視し最後の力を振り絞り火防女を召喚した。

一度でも死ねば彼は亡者と化すのは確実だが、死に追い付かれる寸前で最初の火の最期を看取る事に成功。

彼は薄れゆく意識の中、火防女に抱かれながら、徐々に消えゆく『最初の火』の最期を見送った。

 

僅かに残った自らの命と共に――。

 

「そしてまたもや目覚めた私は、本当に絶望しましたよ。何せ、あの灰の墓所の石棺でしたからね」

 

 気の遠くなるような長きに渡る彼の人生だが、ある意味で此処からが新たな始まりを意味していた。

いつも通り灰の墓所で目を覚ました彼は、軽い絶望を覚えながらも変わり果てた世界に目と意識を奪われ我を忘れていた。

あの灰塗れで色の無い光景は、緑溢れる植物に囲まれ小動物が闊歩していたのである。

 

そこで出会ったのだ。

 

悪辣で下卑た異形――。

 

ゴブリン。

 

そしてそれ等を殺す者――。

 

ゴブリンスレイヤーに。

 

その出会いを機に始まる彼の新たな物語りは続き、今に至るという事だ。

 

………

 

……

 

 

「…以上で、宜しいでしょうか?」

 

「「「……」」」

 

これでもかなり端折った方だ。

詳細まで事細やかに話しては、数日を徹する程の内容に膨れ上がるだろう。

彼の辿った道筋を聞いた3名は、言葉もなく閉口するしかなかった。

そもそも()()()()()という体験自体あり得ない現象なのだ。

死のうとも終わりは無く、延々と続き終わりが許されない世界。

また不死の終着点は、物言わぬ魂無き亡者。

そして事もあろうか、そんな世界に存在していた住民が次々と四方世界に流れ着いているという事実。

しかも組織規模で――。

悪い夢でも視ているかのような感覚に見舞われた3名の男女。

耳に入れただけで軽い目眩さえ覚えるのだ。

対面する彼は、実際に体感し数え切れない程の過酷な旅路を乗り越えてもいる。

正直、かける言葉さえ見当たらなかった。

 

「大司教よ、嘘偽りはないのだね?」

 

「…え…あ…ありま…せん…!すべて真実です…ハイ…!」

 

――いっけない…忘れてた…!( ;˙꒳˙;)

 

 だが何時までも時間ばかりを浪費する訳にもいかず、国王は剣の乙女に真実の正否を問う。

それを受けた剣の乙女は取り乱しながらも、虚言の可能性はない事を示した。

実は彼女、完全に嘘発見(センスライ)の奇跡を行使し忘れていた。

灰の剣士が語った、想像を絶する暗い魂の旅路に心を奪われ、自らの役割さえ忘却の彼方に消え去っていた。

彼女は慌てて奇跡を行使していた様に取り繕っていたが、国王を始め司祭長も敢えて窘める事はなかった。

嘘にしては余りに濃密に過ぎる彼の物語り。

そして嘘ではない証左の数々も、この四方世界至る箇所に流れ着いているのだ。

その最たる例が、例のロスリックの遺跡群だ。

 

尤も、重要なのは灰の剣士が王都襲撃を企てたのか否か?

そして首謀者であろう『闇の王』本人なのか、その是非を確かめねばならなかったのだ。

 

「…卿が『今の闇の王』とは別人で王都襲撃とは無関係である事は、これで証明された。…だがしかし、まだ質疑は終わっておらん。長きに渡る証言、ご苦労でもあるが、次の質疑に移る。宜しいな?」

 

「はい、私の知り得る限りで良ければ」

 

 かなりの濃密な話であったが、本来は灰の剣士と闇の王との関連性を問い質す為のものだ。

あくまで彼の素性を証明し、一つの区切りを付けただけに過ぎないのだ、現時点では。

まだまだ確かめたい事は幾つもある。

実は証言した彼よりも、聞き手側の方が披露していたのだが尋問を終えた訳ではない。

国王は次の質疑に移る旨を告げ、灰の剣士も何食わぬ顔で受け入れる姿勢を示す。

 

「へ…陛下…、彼も少々疲労しておいででは?此処は小休止を挟むのも…その…」

 

 別段、剣の乙女が休みたい訳ではないのだが、彼女の思考はかなり掻き乱されていた。

過去に体感した小鬼の終わる事なき凌辱と苦痛の日々――。

誰かの同情はあれど、真に自らの苦しみを理解してくれる者は皆無で、彼女も幾許かの歪んだ心を孕んでいた。

しかし灰の剣士の歩んだ過酷に過ぎる旅路の果て――。

死ぬ事で終わる事をも叶わず、使命を果たせども繰り返しを強いられ、眼前に映るのは死に行く終わりを迎えた世界の姿。

希望も無く絶望だけが渦巻く彼の時代に比べれば、自分の受けた苦しみなど如何ほどの矮小であろうか?

今の彼女は、大司教としての振る舞いに欠いていた。

 

「どうしたのです、大司教様ともあろう御方が…?」

 

「この程度で疲労する卿ではあるまい?もう少々付き合い給え」

 

「え、ええ…、あくまで提案しただけですわ…」

 

 彼女の要求は通らず、司祭長と国王は苦言を呈した。

どうにも意識が乱れ自然と灰の剣士へと視線が傾き、自分でもどう振舞うべきか判断が鈍って仕方がないのだ。

彼の過去を知った剣の乙女――。

唯でさえ愛憎混じりの執着を抱いているというのに、彼の過去を聞いた事で存在感がより深く彼女の心に刻み込まれてしまう。

このまま平静を保つだけでも、相当の労力を割かねばならなかった。

 

――これが普段の彼女なのかもな。

 

その様子を見ていた灰の剣士。

剣の乙女の取り乱し振りには、幾許かの親しみのような感情を抱く。

寧ろ毅然と振舞う大司教としてよりも、こうして慌てふためく今の素の彼女(ポンコツ振り)の方が、彼にとっては遥かに好感が持てた。

 

「見苦しい所を見せて申し訳ない。さて、次の質疑だが、忌み鬼について話して頂きたい」

 

 気を取り直し、国王は『忌み鬼』に関しての情報提示を要求する。

先ほどの戦いで教会の狩人が『聖黄金樹』を人質とした折、突如彼の頭上を襲撃した『忌み鬼』なる存在。

当然、あのような存在など王統府は認知しておらず圧倒的に情報が不足していた。

しかし、灰の剣士は聖黄金樹を通じ偶然にも『狭間の地』へと旅立った際、件の『忌み鬼マルギット』という存在に出会っている。

(本編前夜編 第101話参照)

その情報は司祭長を経由し国王にも伝達されており、こうして灰の剣士へと情報の追加を求めた次第であった。

 

「分かりました。私が狭間の地で遭遇した忌み鬼マルギットとあの神殿に現れた忌み鬼。多少の差異は見られますが、同じソウルを有していました。これは私個人の見解ですが、()()()()だと判断しております」

 

「ほぅ…では卿の出会ったマルギットやらと今の忌み鬼、その差異を述べて頂きたい」

 

「ハッ…先ずですが――」

 

 実はストームヴィル城にて遭遇した『忌み鬼マルギット』と、先ほど教会の狩人を叩き潰した『忌み鬼』という捻じれ杖の男。

姿に違いは見られど全く同じ波長のソウルが身体に宿っていたのを、灰の剣士は気付いていた。

故に彼は、同一存在であるとの見解を示していた。

国王の要求に応え、灰の剣士は記憶している範囲で両者の違いを述べてゆく。

 

先ず、忌み鬼マルギットには顔面半分を覆おうかの如き、捻じれた角が幾重にも不規則に顔面から生え揃っている。しかし忌み鬼にはそれが全く見受けられず、顔面は人そのものと言えた。

次に身長や体格面である。忌み鬼マルギットは、5メートルを超えるトロル水準の巨躯を誇っていた。しかし忌み鬼は、高身長な只人程度しかなく約190cm後半であった。

またマルギットには刺々しくも太く逞しい尾が生えていた。だが忌み鬼には、それらしき部位は見当たらない。

そして最大の違いだが、マルギットは筋肉質ながら老いた壮年期の男であった。

しかし忌み鬼は、()()()()()()()姿()をしていたのである。肌の色は多少黒ずんでいたが、あれでは只人の青年と何ら変わらない。

 

「ストームヴィル城で出会ったマルギットは、褪せ人と化した私の行く手を阻む為に敵対していました。しかしあの忌み鬼の行動は、何処か不可解で真意が読めません」

 

 あの当時、褪せ人に乗り移る形で狭間の地を体験する事となった灰の剣士。彼――褪せ人の使命とは、エルデの王に成る事。それを阻止すべく、忌み鬼マルギットは彼に立ちはだかった。

だが神殿にて姿を見せた忌み鬼の目的は、色々不可解な部分が多く情報が不足しているのは否定しようがない。

言葉の端々から察するに、『聖黄金樹』を意識している様だが判断基準はそれだけだ。

 

「申し訳ありません。私も詳しい事は殆ど解っていないのです」

 

「いや良い。大儀であった」

 

 知り得る情報はこれだけで充分とは言えない。

申し訳なさげに頭を下げる彼だが、国王は手でソレを制した。そして続けさまに、ある情報を開示したのである。

 

「その狭間の地に関してなのだが、続報が入っていてな。あのロスリックより流れて来た情報なのだ」

 

「ロスリックから狭間の地に関しての情報…ですか?」

 

 これには灰の剣士も予想だにしておらず、表情を崩す。

灰の剣士率いる徒党が国王とギルドの命を受け、幾多もの村や町の住民の避難誘導を行っていた数日間、街ではロスリックからギルドへと続報が伝達されていたのである。

国王は記録係の司祭長に命じ、事の詳細を記した報告書(レポート)と送付された写真を卓の上へと置く。

 

「……随分荒れ果てた…見慣れない土地…ですね」

 

 差し出された資料と写真を交互に眺めた灰の剣士だが、どうにも見覚えのない景色が撮影されており判断に苦慮していた。

 

「ごく最近の事だ。ロスリック不死街を探索していた冒険者一党が、偶然にも霧の壁を抜けた先、その様な見慣れぬ土地へと辿り着いたというのだ。当然、その一党は調査を開始したのだが余りに乏しい土地勘と不安感に押し潰され早々に断念し、引き上げたという事だ。当然、その報は瞬く間に拠点街全体へと広がり、次々と新たな冒険者たちが狭間の地へと殺到し情報収集を継続した。そして後に判明したのだが、霧の抜けた先が『狭間の地』と呼ばれる異界で写真の場所は『アルター高原』と呼ばれているらしい」

 

 国王の説明で、狭間の地を発見した経緯が語られる。そして発見した冒険者一党に始まり、続々と来訪を果たす冒険者たち。

それらの情報を搔き集め、今差し出された写真の映像が『アルター高原』だと告げられた。

 

「これがアルター高原…ですか…?私の知るソレとは、大きな隔たりがあるように思えます」

 

「うむ…、実はあの狭間の少年にも情報を提供して貰っていたのだ。どうやら、この様な荒れ果てた土地ではないらしいな」

 

 写真に投影されたアルター高原、そして国王が密かに輝石の貴公子と接触し情報を得る事で知り得たアルター高原の景色。

この差は非常に大きく、本来のアルター高原は、黄金色の草木が生い茂り奥には豪華絢爛な王都ローデイルが鎮座しているという。

だが写真のアルター高原は、過剰な程に塵灰が降り積もり黄金色の草木も殆どが色褪せ枯れ果てていた。そして奥のローデイルなどは、『王都ローデイル』ではなく灰の降り積もった言うなれば『灰都ローデイル』とも呼べる程に荒廃していたのである。

そして極めつけなのが、灰都ローデイルの奥に鎮座する巨大な樹木の亡骸ととも言うべき遺物。

 

「まさかこの樹木の姿は……」

 

「そうとも。あの少年も驚いていたよ。……それは例の『黄金樹』で間違いないそうだ」

 

「――……!」

 

 今度は灰の剣士が言葉を失い驚愕する。

写真に写っていたローデイルの奥に鎮座する巨大な樹木らしき物体。

それが『黄金樹』だと言うのだ。

しかし灰の剣士が知る『黄金樹』とは似ても似つかない、異様な姿へと変わり果てていた。

 

燃え尽きていた。

 

その一言に尽きる。

 

あの神々しいまでに眩い光を放ち、天を衝くほどに巨大な幹と空全体を覆わんばかりの広大で無数に拡がる枝と木の葉の数々。

木の葉の一枚一枚に光を宿し、あのリムグレイブにさえ光の欠片が舞い散る位に、神秘的な光景を提供してくれていた黄金樹。

写真を見た限り、もはや別物と言える程に変貌していたのである。

広大な幹は半分程に消失している。恐らく燃え尽きたか途中で折れてしまったのだろう。

無論、木の葉などは一枚も確認できず、完全に死に絶えた憐れな幹が嘗ての面影を残しているだけだ。

 

「卿の見た黄金樹は、見事な黄金光を放っていたと言うではないか」

 

「…ええ、間違いありません。私はリムグレイブと呼ばれる土地しか知りませんが、その遠間からでも『黄金樹』の威容がヒシヒシと伝わってきました。特に夜間は顕著です。聖黄金樹の様に」

 

 国王の問いに、嘗ての体験談を語る灰の剣士。

嘘ではないのだろうと判断は出来るが、写真の姿と自分の知る黄金樹との差に疑念を抱かずにはいられなかった。

 

「近い内…聖黄金樹の移植前に、もう一度『狭間の地』へと向かう所存です。…許可して頂けるのなら…ですが」

 

「無論だ。此方から依頼したい位だ。その時が来れば頼むぞ、灰の剣士よ」

 

「ハッ、お任せください!」

 

 あと数日で『聖黄金樹』の移植は開始される予定だ。

この街に留めていられる残り期間も少なくなりつつある。

その前に狭間の地へと再度赴き、確かめたい事が幾つも存在していた。

灰の剣士の要求に応える国王。実は国王自身も狭間の地へ向かう事を秘かに思案していたのであった。

 

この後も国王からの質疑は続き、今度は灰の剣士が冒険者として今日まで成し遂げてきた数々の経歴を述べる。

 

「ふ~む…、罰則よりも貢献度が遥かに高い。これでは罪に問う処か寧ろ卿の功績を称えねばならんではないか…」

 

「…それ程に、大それた依頼など成してはいない積りですが…?」

 

 冒険者として活動して以来、成し遂げた数々の功績――。

 

先ずは、ロスリックへの調査の成功と生還。

あの当時、生還できた冒険者は皆無と言ってもいい位に生存率も低く、彼等の成功を皮切りに『ロスリック拠点街』の設立にも繋がっていた。

実はこの功績だけでも、王都では無視できない程の案件であり、これだけでも実力が知れ渡り英雄譚として謳われても不思議ではないのだ。

 

次に、金鉱山での戦い。

本来は、岩喰い虫(ロックイ-ター)の討伐が目的なのだが、突如として『冷たい谷のボルド』と呼ばれる異形が乱入。

それにより現場は忽ち大混乱に陥った。

この異形だが実はロスリックより逃走しており、金鉱山で潜伏していたという訳だ。

その力は強大で、50人居た冒険者は壊滅的被害を被った。

しかし途中で駆け付け参戦した、灰の剣士とゴブリンスレイヤーの尽力で討伐に成功。

甚大な被害を被った冒険者たちだが、多くの命が結果的に救われた。

 

更に連戦という形でダークゴブリンなる小鬼集団の参戦。

連戦で疲弊を重ねていた冒険者たちは大苦戦を強いられたが、これも灰の剣士とダークゴブリンの一騎討ちの末、辛くも撃退へと追い込んだ。

 

それからも小鬼過(ゴブリンハザード)を断つために2度目の挑戦となった、ロスリック不死街への調査。

調査の末、小鬼過の原因を見事付き止め邪教徒の討伐を成し遂げた。

また、お国事情を揺るがす()()()()()()()()()()()()()()という大業も果たしている。

元は呪いが蓄積し怪物へと変貌を遂げた『呪腹の大樹』を討伐した際に手に入れたという報告も、王統府に寄せられていた。

この功績は、王統府も無視できない案件であり、実はこの時期を境に『灰の剣士』という冒険者は国王の目に留まっていたのである。

 

そして水の都周辺で勃発した、ダークゴブリン軍との決戦。

従来の小鬼を遥かに凌ぐ強大な軍である事は、国王自身も理解はしていた。

だが世間一般では、小鬼という認識から脱する事はなく、精々が()()()()()()退()()()()にしか認知されていないのは残念な話だ。

しかしこの戦いでは証拠となる記録映像も多く残されており、ソラール、ジークバルド、そして灰の剣士の実力が如実に示された戦いでもあったのだ。

 

またこれ等の他にも、小規模ながら彼の齎した功績は重要な位置付けが多い。

 

数々の奇跡を記した書物の流布、鈴玉狩りなる闇霊と小鬼過の鎮圧、数日前に起きた100を超えるデーモン群の殲滅、そして今回の神殿での戦い。

 

良くも悪くも灰の剣士という存在は、様々な形が折り重なり世に知れ渡っていた。

無論、ソラールやジークバルドも新たな()()として認知されつつある。

 

本来なら灰の剣士たちは、このまま王都へと召集し『金等級』の冒険者として迎え入れたかった位だ。

それ程までに彼等の成し遂げた功績は、計り知れないものがあった。

だが忌々しい事に、ロンドール黒教会なる組織による王都襲撃と王宮の制圧。

その凶報に拍車をかけるかのごとき、赤黒い空と赤爛れた陽光による被害。

これでは正式な形で彼等を称える事は不可能だ。

更に何の因果か、地母神神殿での襲撃と灰の剣士による闇の力の発現。そして自ら『闇の王』を名乗るという乱心にも似た奇行。

それを機に多くの住民は、かなりの不安を募らせ現在に至っている訳だ。

 

「卿の功績はもはや無視できん領域だ。しかし、同時に多くの民に不信感も植え付けてしまった。残念だが、卿を処罰せざるを得んのだ。これは御理解いただけるな、灰の剣士?」

 

「はい。全ては私の力量不足が故に招いた結果。受け入れる覚悟は出来ております」

 

 此度の件については、流石に悪目立ちし過ぎてしまった様だ。

いくら教会の狩人や仮面の錬金術師の策略が作用したとて、彼は自らの本性と衝動を発露するだけでなく闇の力まで解放してしまったのだ。

その様な光景を目にすれば、真っ当な生者は疑心暗魏に陥るのは必然というもの。

民の不安と疑念を抑え付ける為にも、灰の剣士を公式に処罰しなければ秩序そのものの崩壊に繋がりかねない。

今はそれ程までに、国家存亡の危機に陥り混乱の渦中に飲み込まれた状況なのだ。

 

「裁判は明朝、地母神神殿にて執り行う。…しかしだ、私個人としては卿を罪に問う気など毛頭ない。…そして此処は幸いにも、公式では誰にも知られていない隠し部屋――。……都合が良過ぎるな…?」

 

「……陛下も中々に黒く染まっておられる」

 

「白だけでは為政者は務まらぬ。また黒に染まれば、民と国を滅ぼす暗愚と化そう。白と黒を併せ持つ、余も『灰』に染まっているのだよ」

 

 ごく一部の者を除き、この部屋は()()()()()()()事になっていた。

そしてこの隠れ部屋に居るのは、国王、剣の乙女、司祭長、灰の剣士の4名のみ。

更に国王本人としては、灰の剣士を厳罰に処したくはない。寧ろ功績を称え、相応しい等級に就かせるべきという考えさえあったのだ。

同時に国王以外の女性二人も、同じ考えに至っていたのか或いは此処に来る前に国王と何らかの帳尻を合わせておいたのか、とにかく二人も彼の考えに同調しているのが分かる。

この隠れ部屋は誰の目にも届かず、聞き耳を立てる者も皆無なのはソウルで判る。

つまりこの部屋では、どの様な()()()でさえ執り行えるという意味でもあった。

 

僅かに邪な笑みを浮かべる国王を見た、灰の剣士。国王の抱く僅かな闇を垣間見た彼も、同じく底意地の悪い表情を浮かべる。

そう――。

清廉潔白なだけでは、国家元首など務まろう筈もない。

 

こうして彼ら4人だけの、()()()()が執り行われた。

 

……

 

暫くの時間も経過し、彼の尋問は漸くの終わりを迎える。

 

「我々は、この辺りで退去いたす。今宵は、この部屋で一夜を明かして貰う、何かあれば緊急用の呼び鈴で呼びたまえ」

 

 一連の手続きを終えた国王と司祭長は、この部屋を去る動きを見せた。

そして灰の剣士だが、一応は罪人という立場だ。留置するという名目で、この部屋にて一夜を明かして貰う必要があった。

だが誰にも知れ渡っていない部屋だ。彼の安全を確保するには、却って都合が良い。

 

「ではこれにて失礼する。くれぐれも()()()()()()()…クフフ」

 

「灰の方。彼女も、うら若き女性には違いありません。若さと勢いに(かま)けて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()クフフフ…」

 

「「……」」

 

この部屋を去るのは、国王と司祭長の二人だけ――。

彼女は部屋に残る、彼と共に――。

 

「――あ、ちょっと…!?」

 

 透かさず呼び止めようとした灰の剣士だが、二人はソソクサと部屋を出てしまった。

この部屋に残った二人の男女とは最早言うまでもない。

 

灰の剣士と剣の乙女。

 

若く才気溢れる冒険者の男――。

美しく豊満な妙齢の女大司教――。

 

外部からも遮断された密室に、これから()()()()()()()()()()()のだ。

そして部屋の奥には、若干上質で大き目の寝台が設けられている。

しかも寝台に並べられた枕は、実に()()

 

――誰ぞ!?こんなセッティングを目論んだ輩はッ…!?(# ゚Д゚)

 

何処からどう見ても、これから始まる展開などは目に見えていた。

心の中で抗議の声を上げる灰の剣士。

しかし彼が主張しようとも最早手遅れである。

剣の乙女は無言で此方に視線を向けていた。心なしか、顔が朱に染まり僅かにはにかんでいたのは……まぁ気の所為ではない。

時折顔を背けたかと思えば、腰掛けた内股をモジモジと擦り合わせガサゴソと落ち着きのない姿勢を取っている。

つまり剣の乙女は、予め知っていたという事だ。

 

――おい、どうするんだコレ?あの国王も司祭長も、どういう魂胆だ?いや、そもそもこの女…、完全に()()()ではないか…!?

 

どの様な思惑で彼女を残したのか?

相手は仮にも至高神の大司教であり、六英雄の一人にして金等級冒険者である『剣の乙女』という大人物だ。

彼女は確かに英雄の一人でありながら、容姿も身体つきも特級と呼べる程に魅惑的な女性であることは疑いようがない。

その様な女性と密室で一晩過ごすのだ、しかも外部の邪魔も一切入らないある意味で最高の状況(シチュエーション)

しかも彼女自身も何ら抵抗もなく受け入れている。

つまり、このまま押し倒し関係を結んだとて誰にも咎められる事はないとも解釈できるのだ。

今後の展開を想像しただけで、狂喜に発狂したくなる程だ。

 

しかし本当に、このまま彼女と関係を結び一夜を過ごして良いものか?

 

――いや待てよ?今は夜…そして彼女が傍に居る…つまり眠りに就けば、()()…。

 

だが一旦冷静になり考えを纏めてみれば、剣の乙女と彼は()()()()に苛まれている状態なのだ。

明確な原因は判明していないが、やはり彼女の()()()()が大きいのは言うまでもない。

若しかしたら国王も司祭長も、そして剣の乙女さえも例の悪夢の件を灰の剣士に託し、敢えてこの部屋へと二人を残したのかも知れないのだ。

 

たとえ男女の関係を結んだとしても()()()()()()()()()()()()…と、彼女は受け入れる覚悟を示したという風にも捉える事が出来る。

尤も彼女自身、どの様な心境でいるのかは分かりようもないのだが。

 

考えようによっては、これは最大の好機とも言えた。

このまま二人共同で例の悪夢へと向き合い克服できる方法を模索する、絶好の条件が揃っていたのだ。

いつまでも動揺する訳にもいくまい。

此処は覚悟を決め、事に臨まねばならないだろう。

眼前に居る『剣の乙女』の悪夢を少しでも克服する切っ掛けを作り、一歩でも前に進ませる為にも。

 

灰の剣士も意を決し、現状を受け入れる事にした。

 

その心情を察したのだろうか?

剣の乙女は椅子から立ち上がり、徐に寝台の方へと向かい再び腰を降ろす。

そして無言で彼の方へと向き、『隣へと腰かける様に』とポンポンと手を軽く叩いた。

 

「……」

「……」

 

 どうやら彼女は本気の様だ。

いざ意を決したはいいが、やはりどう振舞うべきか?

やはり些かの動揺を覚え逡巡してしまうのは致し方がなかった。

 

「……」

 

 そして剣の乙女はもう一度、自身の隣へと軽く手をポンポンと叩き彼を誘った。

 

「……」

 

 だが踏ん切りが付かないのか意気地がないのか、彼は無言で椅子に座ったままだ。

 

そしてとうとう――。

 

ダンッ、ダンッ、ダンッ、ダンッ――!(# ゚Д゚)

 

痺れを切らしたという事か。

彼女は、目一杯の力で寝台を思いっ切り何度も叩き付ける。

終始無言ではあったが、あからさまに分かる憤怒の形相を浮かべていた。

 

―― はよ来んかいッ!(*`ω´*) ――

 

剣の乙女は、無言でそう訴え掛けているのだ。

 

「…埃が立つでしょうがッ!」( ̄ω ̄;)

 

 どの道何かしらの反応を見せねば、何も始まらないのだ。

また寝台からは若干の埃が立ち昇り、このままでは部屋の空気が汚れてしまう。一応は換気設備が設けられている為、窒息する事はない。

彼は若干の溜息を吐きながら椅子から立ち上がり、彼女の隣へと腰を掛ける。

 

「全く…ノロマですわね、貴方は…!」

 

「どう致しまして。それより理解しているのであろうな貴公?この状況を?」

 

 やっとの事で事態が動き、隣の彼へと文句を零す剣の乙女。

彼女と彼の距離だが、既にお互いの肩が触れ合っていた。

彼も負けじと言葉を返し、彼女の意思を確かめようとする。

 

「し…知ってますわよ…!子供じゃないんですから…ブツブツ///」

 

 彼の言葉を聞いた彼女は、頬を赤らめながら俯き加減に僅かばかりに唇を尖らせで強がった。

やはり今の彼女は、大司教としての威厳の欠片も見せてはない。

 

これから始まる、灰の剣士と剣の乙女との二人っきりの()

此処は誰にも知られる事のない、街の地下深くに造られた密室だった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

闇朧

 

ロンドールのユリアの得物。

見えぬ刀身を持つ魔剣。

 

黒教会の指導者の一人であるユリアは卓越した剣士であり、この一振りで百の騎士を葬ったという。

 

戦技は「闇朧」

狙い澄まし、大きく踏み込む突きの一撃。

見えぬ刃のそれは、完全に盾を貫通する。

闇朧を防ぐものなし。

 

だが、それを識る者は数を増やしつつある。

何時しか見切られるであろう。

時代の移り変わりとは、前進を意味してもいるのだ。

 

 

嘴の仮面

 

ロンドールの黒教会、三人の指導者たちの装束。

嘴の仮面は次女ユリアのもの。

 

彼女たちは世界蛇の娘であり、黒教会の創始者としても知られている。

すなわち亡者の救い手として。

 

彼女の素顔を見た者は、誰一人として居ないという。

 

 

黒のドレス

 

ロンドールの黒教会、三人の指導者たちの装束。

喪装にも似た漆黒のドレス。

 

彼女たちは世界蛇の娘であり、黒教会の創始者としても知られている。

すなわち亡者の救い手として。

 

死に扮し、闇に塗れる事こそが、ロンドール臣民の模範であり誇りなのだ。

しかし、創始者は3人。

それが、かの指を呼び寄せたのだろうか。

歪に燻ぶる火を纏いし、3本の指。

 

 

黒の手甲

 

ロンドールの黒教会、三人の指導者たちの装束。

ドレスの内に隠された黒い手甲。

 

それは、ドレスを纏う彼女たちが、また手練れの剣士であることを示している。

たった三人で、黒教会を築き上げるほどの。

 

一人は火の無き灰と化し、ロンドールと袂を分かつ。

 

或る一人は、3本の指に惹かれた。

死と闇の黒から、狂わんばかりの黄色い火へと。

そして目指すだろう、混沌と生命の坩堝へと。

 

 

黒の脚甲

 

ロンドールの黒教会、三人の指導者たちの装束。

ドレスの内に隠された黒い手甲。

 

それは、ドレスを纏う彼女たちが、また手練れの剣士であることを示している。

たった三人で、黒教会を築き上げるほどの。

 

一人は過剰なまでに、人前に姿を見せる事はない。

奥ゆかしいのだろうか?

故に、付け入れられたのだ。

讒言(ざんげん)の末、目を潰され混沌を謳う忌まわしきソウルに。

 

 

 

 

 

 




本当は、剣の乙女と灰の剣士とのイベントも書き切りたかったのですが、流石に長すぎたので一旦区切る事にしました。
しかしこの二人…、始まっちゃんでしょうかね?(←すっとぼけ)
完全密室で外部介入は一切なしで二人っきりの一夜。
条件は整い過ぎている上、チャンスには違いないんですよね~。(他人事)
仮にとは言え、全てを終えるまで誰も抱かないと決めている灰の剣士。
それを貫くのか、別の解釈で答えを出し事に及ぶのか。
仮に関係を結んだとしても、今後の展開にはさほど影響しないかと思われます。
精々二人の関係性が多少変化する位かな?

一応アンケート出しときます。
どちらのケースも考えてはありますので。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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