ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
今回は、ちょっと時間がかかってしまいました。
かなり詰め込んだので、結構長いです。
やはり登場人物が一つの街に集っていると必然的に長くなってしまう…素敵だ…。

表記変更

黒髪の少女→見習い勇者

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第140話―錯綜する心は聖黄金樹に―

 

 

 

 

 

 

万能鍵

 

簡単な鍵であれば開けてしまう万能鍵。

盗人の商売道具。

あらゆる錠前に対応した鍵を無数に束ねてある逸品。

 

ただし、開けた先がよいものである保障はない。

特に呪われた不死の地では。

そして生者の地でも、人の秘密を暴こうなど凡そ人の道に反する愚行だ。

なれど……人の秘密は甘美に満ちた享楽の都にも似ていた。

 

表には出回らない秘密の道具。

裏では非常に高値で取引の対象となるだろう。

 

 

エストの指輪

 

かけらから作られた緑色の指輪。

エスト瓶のHP回復量を高める。

 

それはある火防女に託され、だが彼女は、終に英雄に出会えなかったという。

やがて愚か者の悲劇は、大衆好みの伝承となった。

 

なれど大衆好みは時に、人々の心に活力をもたらすものだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 討伐作戦 )

 

 古びた木扉を開け工房(アトリエ)へと入室した灰の剣士たち。

室内は特に変わった様子は見られない、しかし――。

 

「アンタ…好い加減にしたらッ!?」

 

「フンっ、お前こそ頭を冷やせ――ッと噂をすれば…だな」

 

 既に数人の人物が口論を繰り広げ、室内は険悪な空気感に包まれていた。

 

妖精弓手とオーレルが、互いを見据え何やら揉めていたのである。

そして小屋に入室した灰の剣士を見つけ次第、オーレルは彼を睨み付け皮肉めいた台詞を吐く。

 

オーレルと妖精弓手の他にも、ピアニャ、ルルア、エーファ、スイーパー、銀髪武闘家が険悪な場を見守っている。

やや離れた場所では、オーベックと輝石の貴公子も無表情で流れを静観していた。

 

「あ、お帰りなさいです、剣士さん…!」

「帰ってきたのね、ミスマゴール。ちょっと聞いてよ、コイツ信じられない事を口走るのよ、貴方の事で…!」

 

 オーレルの視線で、灰の剣士の帰還に気付いた銀髪武闘家と妖精弓手が出迎えた。

そして口論の原因だが、案の定というか想定内とでもいうのか灰の剣士について意見を交わしていた事を語る。

妖精弓手の表情は、かなり憤りに彩られている事からも相当感情を爆発させたに違いない。

彼女以外の女性陣、銀髪武闘家、ルルア、スイーパーも困窮した表情を浮かべ彼に視線を向けている。

 

「よくもまぁ、おめおめと帰って来れたものだな。闇に魅入られし堕ちた剣士…!」

 

 対照的にオーレルは、敵意に満ちた表情を彼に向けた。

仁王立ちで腕組み、偶然なのか意図的なのか錬金釜の前に陣取っている。錬金釜を使わせないという意思が籠っていそうにも見えた。

またオーレルの傍には、ピアニャとエーファが佇んでいる。

ピアニャも険しい表情で彼に視線を送っている事からも、オーレルと同様に敵意や不信感を募らせている意思が感じ取れた。

ただエーファだけは、オーレル側に居ながらも困ったような表情で灰の剣士やルルア達に視線を泳がせている。恐らく迷っているのだろう、どちらに付くべきか、これから先どう接するべきなのかを――。

 

「どうしちゃったのよ、オーレル?今まで剣士さんに、そんなモンスターを見る様な視線なんてぶつけなかった…!」

 

「お前こそソイツの肩を持つ気かルルア、闇の力は邪悪の象徴だ!お前がどうしようもないお人好しなのは知ってるが、目を覚まし少し冷静になるべきだッ…!」

 

「…お言葉を返す様だけど、激昂してるのは貴方の方よ、オーレルさん?貴方も、この彼に何度も助けてもらった身でしょう?」

 

「それとこれとは別件だよ、スイーパーちゃん?その人が見せた神殿での変貌ぶり、今は収まっている様だけど再発すれば皆に危険が及ぶかもしれないね。…特にルルアちゃん、最近その人にちょっと気を許し過ぎじゃあないかな?」

 

「うぅ…剣士さぁん、ずっとこんな調子なんです…」

 

 オーレル、ピアニャの2名は、完全に灰の剣士に不信感を露にしていた。因みにエーファのソウルを探れば、迷いの感情が流れ込んで来た。どうやら彼女は、中立或いは迷っていると言った方が正確という事か。

ルルアの抗議に感情で返すオーレル。そんなオーレルにスイーパーが反論し、対するピアニャが論破で切り返す。そして沈みがちな表情のエーファと、険悪な空気感に居た堪れない様子の銀髪武闘家。

先ほどのロロナの忠告通り、関係者内でも仲間割れの兆しを見せ始めていたのである。

(本編前夜編 第139話参照)

 

「私の事が許せぬのなら、それでいい。だが今は、全員が力を合わせ成さねばならぬ事がある。今を苦しむ人が存在する以上、協力してくれないだろうか、オーレル卿、ピアニャ殿?」

 

「――お前が勝手に始めた事だろうが、断固として拒否する!…僕は剣士、どのみち錬金術で協力できる事などない…!…失礼するッ!」

 

「――オーレルッ…!」

 

 解呪の儀を再開する為の魔道具『星々の宇宙儀』を錬金術にて強化と改良を行う。

その為に工房(アトリエ)へと戻って来た灰の剣士たち――。

しかし、オーレルは彼への協力を拒み工房(アトリエ)から足早に立ち去ろうとし、ルルアが抗議交じりに引き留めようとした。

まぁ確かに彼は生粋の剣士で、錬金術など素人も素人――。彼が現場に居ようが居まいが、結果に然したる差など現れようもない。

そんなオーレルに立ちはだかったのは、一人の幼い少女――見習い剣士(のちの剣聖)だった。

 

「…退けよ」

 

「貴方は間違っていますッ…!貴方たち錬金団が此処(この王国)に来て幾許かの日々が流れました。貴方と道場で稽古に励んだ時もありましたね。貴方は確かに…取り分け技量と瞬発力に優れた剣士で、私もソレを認めています…!」

 

「…分かってるのなら尚更だ。何でその剣士側に付く!?」

 

 木扉付近で見習い剣士は立ちはだかり、オーレルへと本音をぶつけた。

彼ら錬金団は、国交正常化と錬金術の技術供与と発展も兼ね、この王国へと訪れていた。

ロロナを始めとした錬金術師たちは、とにかく多忙を極めていたが護衛と補佐を名目としていた男性陣たちは比較的時間の余裕も確保できていた。

この国で滞在している間、オーレルは見習い剣士の所属する剣士団へと通っていた時期もあった。

彼は最強の剣士を目指す為に、日々修練を積み重ねる熱心な若者だ。

剣士団へと通う過程で、見習い剣士とも稽古を交わした事もあり、さほど親しい仲ではないものの彼女は彼の実力を認めてもいた。

 

「稽古を終えた後、教導官や大弓サムライ様が懸念を零していました。平時の貴方は冷静に見えますが、追い詰められれば直ぐに激しやすく感情に走る傾向が強い…と」

 

「…それで?」

 

「率直に言います、()()()()()。このままいけば、貴方は近い内に大事なものを見出せぬまま、道半ばにして人生を終えるだろう…。そう皆が挙って談義していたのです。…私も同意します。今の貴方は、()()()()()()()

 

「――黙れッ!」

 

 クリストフ=オーレル=アーランドという男。

実際、彼は王侯貴族の出で高い身分を誇っていた。そんな自身の生い立ちを誇らしいと思いつつも、それを鼻にかける事なく直向(ひたむ)きに剣の修業へと明け暮れる禁欲的な内面を併せ持っている。

若干は傲慢な一面を持つも、彼も非常に慈悲に溢れた好人物で周囲の評価も決して低くはなかった。

そして後にルルア達と出会い、彼は見も心も更なる成長を遂げた――筈だった。

だが今の彼は、これまでの冒険で培った成長など帳消しにする程、乱れに乱れた心を宿しているようにも見えたのだ…見習い剣士には。

ルルアと出会った当初、彼は傲慢さの目立つ言動が散見され互いは口論に発展し、第1印象は最悪も同然。

だが紆余曲折を得て二人は良好な関係を築き、ルルアの振る舞いに彼もかなりの影響を受けていた。

しかし現時点の彼は、ルルアと出会いを果たした()()()()よりも遥かに荒れている。

あのアーランドという国で、何か大きな事件でも起きたのだろうか?

アーランドで何が起きたのかは知らないが、今の彼は何か()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ような印象を周囲に与えていたのである。

 

それが剣士団の道場で、剣技に現れたのかも知れない。

 

彼と剣を交えた当初、見習い剣士は気付かなかったが東国人の教導官や客人として住み着いていた『大弓サムライ』の目は誤魔化せなかったらしい。

 

確かにオーレルは剣技に優れ、眼前の見習い剣士を遥かに凌駕している。

しかし内面の脆さと未成熟な部分を突かれた彼は、見習い剣士に瞬速で抜刀した。

 

なれど、彼の刀身は鞘から抜かれる事はなかった。

 

「まぁ、待ちたまえよ。優れた剣士は、感情任せに剣を抜かぬものだ」

 

「……」

 

 カタリナのジークバルドが、彼の腰に差された柄頭を抑え込んでいたのである。

 

――コイツ、鈍重な重甲冑でいながら素早い…!

 

玉葱に似た丸い真鍮製の全身重甲冑を纏った、カタリナのジークバルド。

相当の重さを誇り、動くだけでも多大な持久力と体力を要す筈だ。

しかしジークバルドは、この装備状態にもかかわらず日夜自由に動き回っているのだ。

オーレルの気付かない内に間合いを詰められていたらしく、完全に出鼻を抑えられていた。

 

「此処は一つ、盃でも交わし思いのままに感情を吐露しては如何かな?不肖このカタリナのジークバルドが相席させて頂こう、ウワッハハハ…!」

「そうじゃのう、ならばこのワシも参加させて貰おうかの?お主は、まだまだ若い…!偶には老いぼれ相手に全てを吐き出してみぃ!?少しは気も晴れようて…のぅッ!?」

 

 憮然とした表情を向けるオーレルに向け、あくまで気さくに語り掛けるジークバルド。

鬱憤を溜めこんでいるであろう彼に対し酒の席へと誘い、鉱人導師も参加する意向を示す。

 

「チッ…大きなお世話だッ…!」

 

 だがオーレルは彼等の手を振り払い、工房(アトリエ)から立ち去り際、捨て台詞を叩き付けた。…取り分け灰の剣士に向け。

 

「直ぐに分かるだろうさ、どちらが主流派なのか…!」

 

 彼の考えが主流なのか、灰の剣士を擁護する者たちが主流なのか。

オーレルは、その事を問うていた。

彼の言葉が正しければ、ギルドや酒場に屯している冒険者の大半は、灰の剣士を敵視する者達で溢れ返っているのだろう。

 

――私の所為で、隣人たちに弊害が及ぶのは流石に心苦しいな…。

 

自分一人が街中から非難されるのは、まだ我慢も出来る。どうせあと1週間で、この街を去るのだ。そうなれば、灰の剣士の事など数ヶ月もすれば綺麗に忘れ去ってくれるだろう。

だが彼に味方する側の人物達まで標的にされるとなれば、少々考えものでもあった。

怒りを滲ませたまま工房(アトリエ)を去ったオーレルに、複雑な感情を抱かざるを得ない灰の剣士。

だが何時までも彼に意識を向けていた処で何も始まらない。

早々に自身の荷物を確認しなくては――。

視線を元に戻せば、今度はピアニャの姿が視界に映る。

 

「……。貴女も、私の活動を妨害したい側か…?」

 

「…。オーレル君はいざ知らず、私はそこまで狭量の持ち主じゃありませぇん。だけど、私個人としては貴方に協力できない。それは覚えておいて…!」

 

 多少の敵意は感じられたが、ピアニャ自身は多少なりとも冷静に事の推移を見守る積りでいる様だ。

優れた錬金術師である彼女の協力を得られない事は少々痛手だが、妨害の心配がないのであれば多少なりとも気が楽になる。

 

――オーレル卿の激情…私だけに向けられたものではない。ルルアにも向けられていた…、彼等の過去に何が…?

 

工房(アトリエ)を去ったオーレルのソウルを終始探っていた灰の剣士。

自分に向けられていた感情の種別は、概ね分析が出来ていた。

大半は負の感情に付随する類だが、実はルルアにも別の感情が向けられていた事を彼は看破していたのである。

どうにも彼等の過去に何か大事が起きた事を、灰の剣士は薄々感付いていた。

表向きは、非常に良好な関係を築いていた様に見えるルルア達。

だが一皮むけば、その関係は酷く脆い程に危ういバランスで成り立っているようにも思えるのだ。

今や彼等の関係は、呆気ない程に崩れ去る気配さえ滲ませている。その最たる原因が、自分にあるのではないかと憂いていた彼だが、厳密にはルルア達と出会う以前から人間関係がズレる事変が起きていた事を、灰の剣士は漠然と感じ取っていた。

彼は、ルルアやエーファにも視線を向けてみた。

 

「「……」」

 

 二人とも沈みがちな表情で俯いている。

そしてピアニャは、そんなルルアを複雑な心境で見つめていた。

 

――機会があれば、聞いてみてもいいかもな。

 

ルルアが話してくれるとは限らないが、聞いてみる価値はあるだろう。

 

彼女達の件は取り敢えず置いておき、彼は木箱が保管されている地下室へと向かった。

 

「解凍された跡が…」

 

 氷漬けで冷凍保存を試みた筈の木箱――。今は水浸しとなり、カビ臭い臭いが立ち込めている。

見たところ、火の魔法らしき処置が施された形跡があり、木箱の中から絶え間なく水が染み出していた。

中には小黄金樹で手に入れた霊薬の素材となる雫などが入っていたためだ。そのアイテムは絶えず水滴を発しており、何か特別な器でもない限り完全に保持する事は出来ないのだ。

 

木箱を開けてみた灰の剣士。

やはり中は物探しされた跡があり、一つ一つ道具を取り出しては自身の記憶と照合させた。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 辺境の街 )

 

一通りの確認を終え、地下室を出た灰の剣士。

 

「どうだった?」

 

 結果が気になるのかライザが訪ねてくる。

 

「殆ど手は付けられていない…、『竜の心臓』以外は…な」

 

「竜の心臓…?」

 

「ああ。狭間の地で討伐した際入手した、飛竜アギールの心臓だ」

 

 ライザの問いに答えた彼は、飛竜アギールの心臓だけが無い事を伝える。

狭間の地のリムグレイブを探索していた時期、彼はアギール湖に生息する『飛竜アギール』を討伐していた。

竜の心臓は、その竜を討伐した時に得た臓器だ。

 

「ほぅ…卿はドラゴンスレイ(竜殺し)を成し遂げたというのだな」

 

「陛下…、そうです。狭間の地という異界での戦闘ですが、私は確かに飛竜アギールを討伐いたしました…!」

 

 彼が地下室で道具の確認を行っている間、王統府を始めとした面々も工房(アトリエ)に到着していた。

竜討伐を成し遂げたという事を知り、国王は少々興味あり気に食い付く。

 

「飛竜アギール…、飛竜としては然程強力な個体ではありませんが、強靭な生命力に飛行能力、そして火炎ブレスは決して侮れない能力です。嘗てゴドリック様も、接ぎ木の対象として狙っていた位ですよ。どうやって討ったんですか?」

 

 嘗て狭間の地の住民であった元・接ぎ木の貴公子でもある輝石の貴公子。彼も飛竜アギールの事は知っていたらしく、あの黄金の君主ゴドリックも、秘かに接ぎ木の候補として狙っていた事をそれとなく明かした。

竜の中では低い部類に位置するアギールだが、やはり人の手で討つとなれば至難の業だ。灰の剣士に討伐方法を訊ねてみる事にした。

 

「馬…つまり騎乗戦で仕留めた。馬の機動力を存分に活かし、周囲の水場のお陰で火炎ブレスの影響も極力抑える事ができたからな。真面に戦っては、勝てたかどうかも怪しいほどに、竜は強靭な生命だった」

 

 飛竜の中では弱いとはいえ、腐っても竜には違いない。やはり真正面からの殴り合いなど挑むものではなく、『霊馬トレント』の騎乗戦力を以て飛竜アギールを翻弄し勝利を収める事ができた。

 

「うむ…馬の機動力を利用したのか。確かに徒歩では、あの巨体を活かした攻撃を掻い潜るのは難儀。そして地形効果をも利用した訳だな」

 

 攻略法を聞いたソラールも激しく同意し、騎乗戦闘の優位性を認める。

 

「ふむ…。その『竜の心臓』とやら、此処にあればドラゴンスレイの証として卿の実績に加える事も出来たのだがな…残念だ」

 

 たとえ異界の狭間の地とはいえ、竜討伐を成し遂げた灰の剣士。

竜の心臓が此処にあれば、その実績の証明として彼の経歴に付け加える事も叶った。

だが、それが無いのは実に惜しまれる事であり若干残念そうな表情の国王。

 

「竜の心臓って、凄く貴重な素材にもなるんだよ。それこそ、不老長寿の妙薬や若返りの秘薬もなんのその…!」

 

 何処の世界でも国でも、竜と呼ばれる存在は常識の範疇を大きく逸脱し、その体の一部でさえも希少品として広く認識されている。

ロロナも竜の心臓は、あらゆる分野で利用価値があり同時に非常に扱い辛い素材である事に言及する。

 

「だが、その竜の心臓のみをピンポイントで盗まれた。犯人は皆も見当がついていると思うが、あの仮面の錬金術師と思っていいだろう。しかも彼のバックには、妖王オスロエスが控えている…。完全に()()()()()()…!」

 

 さして考察するまでもない。

教会の狩人と激戦を繰り広げている間に、仮面の錬金術師が工房(アトリエ)から『竜の心臓』のみを盗み出したという事だ。

灰の剣士が木箱を丹念に調べてみたが、他に盗られた物は一切確認できなかった。

被害は『竜の心臓』のみだが、見方を変えれば非常に希少価値の高い臓器のみが狙われたという事でもある。

ロロナほどの錬金術師ともなれば、竜の心臓というものは『賢者の石』に並ぶほどの可能性を秘めた素材として認識していた。

しかも仮面の錬金術師の後ろには、あの『妖王オスロエス』というロスリック王族にして白竜シースの研究に狂った非常に厄介な存在が控えている。

竜の心臓が彼に手に渡る事で碌な使われ方をしない事は、容易に想像できた。

 

「……。星々の宇宙儀…これより強化改良に着手する。ライザ…済まぬが手を貸してくれないか?」

 

 もう過ぎた事を何時までも気にした処で、状況な何も変わらない。

竜の心臓の事はさて置き、彼は本来の目的に向け動く事にした。

星々の宇宙儀の強化に向け、ライザに声を掛けた彼は錬金術の準備に移る。

 

「ルルア嬢とエーファはどうする?今の状態で私に協力するのは、抵抗もあろう?」

 

 以前ではルルアとエーファも錬金術に参加していたが、彼は敢えてライザだけに声を掛けていた。

その理由だが、今の状態である。

彼は現在、流刑囚としての烙印を押されており加えて街からの風当たりも厳しい状態だ。

加えてオーレルとの確執――。ルルアとエーファは、オーレルと同じアーランドの出身。――であれば、今の彼に協力すれば確執の溝は更に深まる恐れもあるのだ。

これ以上、オーレルとルルア達の確執を悪化させまいと、彼なりに気遣っていた。

 

「ううん、やるよ剣士さん…!やらせて…!あれだけ苦労した錬金術だもん。最後まで付き合わせてよ…!」

 

 彼の配慮は杞憂だったらしく、ルルアは参加する意向を示した。

あれだけ何度も失敗を繰り返し漸く成功させた錬金術――。

(本編前夜編 第102話参照)

ここで仲間外れにされるのは、彼女にとって心外にも等しい。

 

「…私も…参加します…!」

 

「オーレルを追わなくて良いのだな…?」

 

「オーレル君の件は関係ありません…!あの時の貴方の言葉…本気だと信じたいから…!」

 

「あの時の言葉…?」

 

「貴方は言いましたよね?神殿に向かう途中――」

 

 未だ惑いを見せていたエーファ。

しかしオーレルの件を切り離し、彼女も参加する意を示す。

彼女は灰の剣士に対し、敵とも不信感とも言えない何とも曖昧な感情を寄せていた。

本来なら彼女も、彼に対し敵対心を抱く理由は充分にあるのだ。

何せ彼女は、ルルアに対し()()()()()()を抱いている。

そして今のルルアは、灰の剣士に対し(身体)を許す程に距離も縮まっていた。

          (R-18版 第2話参照)

未だ完全にバレてはいないが、彼女はルルアの変わりように漠然とは気付いていた。

そういった経緯もあり、神殿での出来事を切っ掛けに彼を敵視しても何ら不思議でないのである。

しかし彼女は惑いながらも中立の立場に留めている理由――。

 

―― 子供は…子供たちは未来だ、子供を犠牲にするのは…未来を破壊する事と同じだ ――

 

冷たい雨の降りしきる中、彼が吐いた当時の言葉――。

只の口から出まかせだとは思えず、あの言葉が今も彼女の心に突き刺さっていたのである。

立体映像を通して。

(本編前夜編 第134話参照)

実は彼女も複雑な過去を持ち、ルルアと共に孤児院で育った間柄だ。

そして普段は孤児院の経営を手伝いながら、身寄りのない子供達に年長者として世話を続けていた。

だからこそ、彼女も幼子たちの境遇には何処か思う所があるのだ。

 

子供達には素晴らしい未来を勝ち取って欲しい。

 

彼女は常日頃、世話をする子供達にその様な想いと願いを抱いてもいた。

そんな彼女の想いと灰の剣士のあの時の言葉が、見事に心に突き刺さり今も胸を焦がし続けていたのである。

 

「本心…なんでしょう、子供達に向けたあの言葉…?」

「……」

 

 彼女の問いに、彼は無言で短く頷く。

 

襲撃者とはいえ、彼は最後まで子供達に刃を振るう事なく殺す事はなかった。

もし口から出まかせの欺瞞に満ちた言葉なら、彼は迷い無く子供相手にも剣を振るったに違いない。

 

「だから私も参加します。貴方の言葉と想いを信じたいから…!」

 

「…感謝する。エーファ=アルムスター…!」

 

「そうだよ、また一緒にがんばろ、エーファ!」

 

「ありがとうエーファ…!皆でやれば、絶対上手くいくって!」

 

 こうしてエーファも協力する姿勢を見せ、4人での共同作業が再開される事となる。

 

「ま、人助けの一環だから、このまま見守っておきましょうか?」

 

「お嬢さんがアイツに不信感を抱いてる最大の原因は、あの銀髪の嬢ちゃんかな?」

 

「…まぁね…。ルルアちゃん…、凄く純真で良い子だからさ…。師匠として、姉貴分として、あんまり変に染まって欲しくないのが本音なんだよね」

 

 端から様子見していたピアニャに、オーベックが話し掛けた。

オーレルやピアニャが向ける灰の剣士への不信感や敵対心――。

その最大の原因は、寧ろルルアのあり様に向けられていると言っても過言ではなかった。

ピアニャは、実質的なルルアの師でもあり時には姉として接し続けていた。

それ故、ルルアの純真さや善良なる人間性を熟知し、あの少女が闇に塗れた灰の剣士に関わる事を良しとはしていないのも、ある意味で当然の成り行きとも言えた。

灰の剣士が邪悪な人間でないのは、ピアニャ自身も良く知っている。

しかし、ルルアと彼の距離が近くなるのは些かに抵抗を覚えるのは、彼女なりの親心も働いていたのだろう。

だが今は彼ら個人ではなく、全く関係のない第3者の為に錬金術を行使しようとしている。

そういう事情もあり、ピアニャは結果のみを見届ける振りを保ちながらも、実は必要であれば手を貸す腹積もりでいた。

尤も、灰の剣士のためなどではなくルルア達の身を想っての事だが…。

 

(推奨BGM ルルアのアトリエ ―― Presea )

 

あの当時と役割りは基本的に同じ。

こうして錬金術の共同作業は再開された。

 

大釜を清涼な水で満たし、エーファが火を熾す。

先ずは灰の剣士が『星々の宇宙儀』を釜に放り込み、司祭長より受け取った追加素材の投入の(タイミング)を見計らう。

 

「剣士さん、まだ入れちゃ駄目だよ。沸騰してから3分を目安にね…!」

 

「む…そうなのか?」

 

「うん、私を信じて…。ちょっと感覚的な意見だけど…」

 

「承知、信じるぞ」

 

 自分の感覚で追加素材の投入を検討していた灰の剣士だが、ここはルルアの意見と感性を信じる事にした。

今の精神状態で多少の不安を残すルルアだが、錬金術の行使ともなれば意識を切り替え集中している。

現に彼女の表情は引き締まり、オーレルとの確執で見せた影は微塵にも見せていない。

ルルアの指示通り、順次素材を追加していく灰の剣士。

 

「灰君。下拵えは、あたしがやるからさ。君は仕上げの方をお願いできるかな?」

 

「分かった。流れを優位に向けてくれるか?」

 

「任せてよ…!」

 

 素材の追加と共に釜を掻き混ぜ始める彼に、今度はライザからの声が掛かる。

あの当時でも彼女は工程の流れと特性を掴み、混ぜ方や調合の流れなどを誰よりも鋭敏に掴んでいた。

ならば彼女の言葉を信じ、調合の流れを有利に傾けた方が後々の成功率も格段に引き上がろうというもの。

ライザと交代する形で掻き混ぜ棒を手渡し、彼女が中心に窯を掻き混ぜ始める。

 

「剣士さん、ルルアちゃん、ここで火を弱めた方が良いと思うから手伝って」

 

 少々強火が続いたのだろうか。

窯の沸騰が些か過剰に過ぎる感じもする。

その事に危惧を覚えたエーファが、火を弱めるため灰の剣士とルルアに助成を頼む。

 

「うわ、結構熱いね…」

 

「もうちょっと、薪を減らした方が良いよね」

 

「この位…いや…まだ減らした方が…」

 

 可燃材である薪を取り除き、燃え尽きた塵灰を火に被せ酸素を遮断させる。

こうして若干の鎮火を迎え、釜の沸騰具合も幾分は穏やかとなる。

 

「さて、後は灰君だよ」

 

「仕上げ頑張ってね…!」

 

「承知した、後は任せよ」

 

 調合も大詰めを迎え既に釜の中身は色取り取りに発光と変色を始めていた。

 

「二人とも、魔力の注入を頼む。注入の度合いは私の指示に従ってほしい」

 

「オッケオッケ…!」

「任せて、成功させちゃうよ…!」

 

 最後は彼が掻き混ぜつつも、魔力の注入をライザとルルアに託す事にした。

だが注入の匙加減を間違えれば、大惨事を迎えるのは過去に経験済みだ。

そこで彼がソウルの流れと変化の具合を感じ取り、二人に順次指示していく方針となる。

 

「エーファは、もう少し薪を追加。若干火が弱い」

 

「分かった。火加減は任せて…!」

 

 そしてエーファにも指示を出し、彼は最終仕上げへと取り掛かる。

今や4人は一蓮托生となり、錬金術へと集中していた。

その光景を目の当たりにしていた者達。

 

「ルルアちゃんもライザちゃんも、凄く成長してる…」

 

 基本、錬金術とは一人で行う作業だが、教えてもいない連携行動にロロナは舌を巻いていた。

あの水の都でもライザに多少の教育は施したが、一人での調合に集約させていた。

そして灰の剣士が独断場で指示するのではなく、要所要所でルルアやライザ、時にはエーファまでもがお互いを指示し合い声を掛け合い一つの目標に向かっている。

お互いがお互いの持ち場と役割りを分担し、決して横暴に振舞うのではなく錬金術と向き合う。

彼等の連携と娘の成長に、ロロナは胸に込み上げる何かを感じていた。

 

「こういうのには驚いたね…。あまり見かけない錬金術だわ…」

 

 それは端から静観していたピアニャも同様で、集中するルルアの様子に感嘆の声をあげる。

 

「私も何かお手伝いできれば…残念です…」

「それはあたしも同じですよ。格闘しか取り得ないし…」

 

「まぁまぁ、今は見守っておきましょ」

 

 錬金術を静観していた見習い賢者と銀髪武闘家。

実は彼女達も、何とか手を貸せないものかと些か焦燥した気持ちで見守っていた。

実際、見習い賢者も拙いながら錬金術を覚え初級とはいえ調合の基礎も修めていた。

また銀髪武闘家も、現在はライザの一党に所属している身だ。

しかし彼女は、武闘家で素材採取などの肉体労働が主な役割り。

やはりこういった場では、彼女の出来る事は非常に限られてしまう。

二人とも歯痒いものを感じていたが、ロロナに宥められ今は静観に終始した。

 

「よしここだ、二人とも一気に魔力を最大放出3秒間ッ…!」

 

「「――は、はいっ…!」」

 

 最後の仕上げ段階に移り、ライザとルルアに指示を出す灰の剣士。

戸惑いつつもは勢いよく応えた二人は、彼の指示に従った。

 

「お、おお…!?釜が輝きましたよッ!?」

 

 ライザとルルアの魔力注入により、釜の中身が急激に輝きを増した。

その光景を目の当たりにし、銀髪武闘家は驚きの顔で声をあげる。

 

「この辺りだな…いやもう少し……ここだッ!」

 

 眩いばかりに輝く釜と向き合う灰の剣士。救い網を手に取り、機を見計らいながら釜の中身を一気に掬い上げる。

どうやら相当シビアなタイミングで掬い上げねばならないらしく、少しでも間違えると失敗ないし低品質と化してしまうのだ。

釜から流れ出るソウルの流れを見極めた彼ならではの感覚で、掬い網の中には球体らしき物体が光り輝いていた。

 

「うあ…眩しッ…!」

 

 直視するには些かに目が眩む光量を放つ球体――。それが星々の宇宙儀である事は周知の事実だが、皆は躊躇いがちに輝く球体に視線を寄せていた。

特に釜の近くに居たライザやルルアなどは、顔を背け手で庇っている。

工房(アトリエ)内を隈なく照らす輝く球体だが、時間経過と共に光量も次第に薄れてゆき原形を取り戻していた。

 

「あの…剣士様、これって成功だと思うのですが、どうなのでしょう?」

 

 何処からどう見ても成功の様相を見せていた、此度の錬金術。

恐る恐る見習い賢者が灰の剣士に寄り添い、成果の程を訊ねてみた。

 

「言うまでもない、…成功だ」

 

「「「――おぉォおっ…ぃやったァッ…!」」」

 

見た目自体、さほどの変化は見られない星々の宇宙儀。

だが錬金前とは違い、球体自体が虹彩のソウルに包まれていた。

この外観だけで、素人目線でも明らかに唯の調度品ではない事が分かってしまう。

釜の近くに居た、ライザ、ルルア、エーファは抱き合いながら喜びを分かち合い錬金術の成功を称え合う。

先ほど仲違いで溢れていた剣呑な空気感は微塵にも感じさせない程に、工房(アトリエ)内は喜びに満ちていた。

 

「ふう…少し…疲れたな…」

 

「アハハ…お疲れだったね、剣士さん♪」

 

 掬い網から球体を取り出し滴る液体を拭き取りながら、灰の剣士は大きく息を吐いた。

そんな彼に、労いの言葉を掛けるロロナ。

 

「貴方も見違えるほどに技術を上げてたよ、水の都の時とは比較にならない程に…♪」

 

 液体を拭き取った彼は、生まれ変わった星々の宇宙儀を卓の上に置く。

ライザやルルアだけでなく、彼の成長具合を褒め称えたロロナは惜しみない言葉を命一杯送った。

 

「ふむふむ、ちょっと悔しいけど認めざるを得ないわね~これに関しては…!」

 

 笑顔ではないものの、ピアニャも星々の宇宙儀を覗き込みながら彼等の健闘と成長を認めた。

流石に精神的に成熟しているのか、今の彼女は敵意を鎮めている様だ。

 

「喜ぶのはまだ早い…。肝心の儀式が成功しなければ、何の意味もないのだからな…」

 

 星々の宇宙儀を再度手にした灰の剣士。

この魔道具は、あらゆる呪いを吸収し癒し除去する効果を秘めている。

確かに錬金術自体は成功したが、どこまで効果が強化されたのか使ってみない事には誰にも分からない。

あの不死の女に対し、今度はどれ程の成果が見込めるのか。

小休止もそこそこに彼は表情を引き締める。

 

「灰よ、神殿に向かうのか?」

 

「ああ。時間を掛ける理由などないからな。それに大司教様や司祭長様を待たせる訳にもいくまい」

 

 彼等の錬金術を具に静観していたゴブリンスレイヤー。

彼の言う様に、直ぐにでも神殿に向かい解呪の儀を再開させるつもりでいた。

その為に、剣の乙女や司祭長を始め神殿関係者たちが挙って下準備を整えてくれている。

そんな彼女たちの努力を無にしない為にも、必要以上に時間など掛けてはいられない。

 

「陛下、我々はこれから神殿に向かいます」

 

「うむ。卿らの錬金術…とくと刮目させて頂いた…!」

 

「ライザ達は、もう少し休んでていい。謝礼はいつか必ず、本当に感謝する…!」

 

 またもや神殿にトンボ返りする形となるが、国王にその旨を伝える灰の剣士。

儀式そのものは、彼と神殿関係者たちで事足りるのだ。

彼の錬金術に尽力してくれたライザ達は、今も体力と集中力を消耗している。

無理をしない様にと気遣った灰の剣士は、彼女たちに休むよう勧める。

 

「こらこら、仲間外れにする気?」

「気遣ってくれてるのは分かるけど、ちゃんと結果までは見届けさせてほしいなぁ」

「剣士さんって、妙なところで何かズレてるよね」

 

 ライザ、ルルア、エーファの3名。

彼の心遣いを嬉しく思うも、彼女たちは当然の如く追従する旨を伝えた。

3人共少々不満げな表情だ。

 

「いい、気を付けてね?この子ね、これで結構意地悪な所あるから」

 

「知ってます、ロスリック拠点街でちょっと…色々ありました」

 

「そう言えば泣いてましたね、貴女。一見大人びた態度でしたが、あの時の貴女は声を大にして泣き喚いてましたよ、ププ…!」( ゚∀゚)

 

「――ぅッ!?ほっといて下さいッ///…ってなんで貴女が知ってるんですッ!?」( `ω´)

 

 見習い賢者と見習い剣士に念を押すライザ。

彼の悪しき特徴を二人に伝達するも、二人はロスリック拠点街での出来事を彼女に教えた。

特に見習い賢者は、あの晩に年相応の態度で泣いてしまい、実は密かに後を付けていた見習い剣士も当時の出来事を知っていた。

(本編前夜編 第57話参照)

その事を指摘された見習い賢者は、ここでも年相応に取り乱しながら顔を真っ赤に紅潮させ白いフードを深めに被り照れ隠しした。

 

「それにしても、錬金術とは誠に広い可能性を秘めているのですな。今はこの様な事態ですが、再び情勢が落ち着けば錬金術の教導、尽力して頂けますでしょうか?」

 

「はい、勿論ですよ、枢機卿様。もっと色んな人に錬金術の素晴らしさを広めるのが、私たちの役目ですから…!」

 

 彼等の錬金術を目の当たりにしていた王統府の一人である赤毛の枢機卿は、感銘を受けたのかロロナに対し改めて錬金術の伝道を懇願した。

当然、言われるまでもなくロロナ自身もその積りだ。

彼女自身、論理的に伝える事には向いていないがトトリ以外にも見習い賢者という弟子も誕生したのだ。

今以上に充足感を感じていたロロナも、出来ればもう暫くこの国に滞在したい願望が芽生えていた。

 

「さて、私はこれから神殿に向かう。立ち合いたい者は拒みはせぬ…。ついて来てくれ」

 

 灰の剣士は少々の荷物を纏め、再び神殿に舞い戻る旨を周囲に告げる。

周囲も特に反応を示すでもなく、皆が彼に追従する姿勢を見せた。

 

――エストの指輪、何とか温存出来たな。

 

懐に忍ばせておいた、鈍い光沢を放つ指輪を取り出した灰の剣士。

これはエスト瓶の効果を高めてくれる。

つまり少ない回数で、より高い回復効果が見込めるという事だ。

火継ぎの祭祀場で見つけた物だが、規定上は神殿に差し出さねばならなかった。

だが彼にとっては手元に置いておきたい貴重品でもあり、また星々の宇宙儀に対する強化素材としても期待が持てていた。

そこで司祭長には強化素材として用いたいとの申請を出し、こうして手元に舞い戻って来た訳だ。

もし失敗するようであれば、この指輪を投入する積りでいたが結果的には温存する事が叶い、彼は一種の安堵感を覚えていた。

結果的に使わず仕舞いで彼の手元に残ったのだが、この位は黙っていても許されるだろう。

彼は、そっと『エストの指輪』を嵌めながら皆と共に工房(アトリエ)を出た。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 女神官と慈悲深きその手に )

 

彼一人では、神殿の門を潜る事は叶わなかっただろう。

何せ彼は只今絶賛、罪人のレッテルを張られている身だ。

彼の姿を見るなり、守りに就いている門兵達は忽ち警戒態勢で牽制した。

しかし彼以外に大勢の冒険者や王統府も追従しており、国王自らが一声かければ兵達は敬礼で畏まり門を潜る事が叶う。

神殿内に入ったとて、大勢の信徒や住民達が警戒を露わに彼に視線を集中させる。

 

だが実は言うと、彼に敵意や不信感を抱く者たちが主流派なのではない。

住民の大半は、中立派が主な割合を占めていた。

 

やはり『聖黄金樹』を持ち帰った功績が主な要因で、彼の罪過よりも街への貢献度合いが遥かに大きい事の証左でもあったのだ。

何時もなら神殿に入るなり、あの見習い神官の少女が真っ先に出迎えてくれるのだが今回は姿を見せていない。

彼の置かれた現状に警戒したのだろうと判断したい処だが、解呪の儀の準備に追われていた為だと思われる。

少女の代わりに出迎えてくれたのは、神官長と司祭長の二人であった。

 

「錬金術の行使、無事成功を収めました」

 

 灰の剣士は二人の前へと一歩進み、星々の宇宙儀の強化改良に成功した事を報告する。

 

「早急なる成果、見事な手腕です。さぁ奥へ、解呪の儀の準備は整って御座います」

 

 無駄に言葉を飾り立てる必要はあるまい。

司祭長の労いを受け、一行は彼女の先導に続いた。

 

此処は以前にも使われた大広間。

剣の乙女を筆頭に霊力の高い聖職者が数名集い、中央には灰の剣士が熾した篝火が灯っていた。

あの時と手順は同じ。

剣の乙女が祈りの言葉を捧げ、彼女を補佐する聖職者達も深い祈りを捧げる。

聖職者の中心には、あの不死の女と灰の剣士が佇んでいた。

以前と同じく、彼ら以外は外周部のテラスにて現場を見守っている。

今回は王統府のみならず森人勢力も、この場に参じていた。

 

別のテラスでは、彼と交流を持つ冒険者たちが集まり静観していた。

 

「よう、あれだけ嫌がっていたお前も来たんだな?」

 

「…皮肉ですか?それはそれ、これはこれ、ケジメとして来ただけです。それとも、今ここで追放宣言でも致しますか?」

 

「そう睨み付けるな。同じ一党(パーティ)同士で争ってどうする?」

 

 重戦士の一党に所属している、半森人の軽戦士。

彼は灰の剣士に不信感を抱く側の人物で、その態度を露わにした時、重戦士たちと少々拗れた関係に発展していた。

その事もあり、彼は工房(アトリエ)には姿を見せていなかったが、今こうして神殿には馳せ参じている。

彼の姿を見るなり、重戦士は煽るかの口調で彼に声を掛けるも、彼も彼で鋭くも嘲るかのような視線を向け言葉を返していた。

多少険悪な空気感が辿ったが、女騎士が透かさず宥めに入り場を鎮める。

尤も軽戦士の態度もある意味では正しく、誰も彼を責める資格などはない。

()()()()()()()()()とはいえ、灰の剣士の招いた現状に普段と変わらず接し続けるというのも、それはそれで難しいものがあった。

 

「ねぇ、オーレル見なかった?」

 

 そんな重戦士たちに、ルルアがオーレルの行方について尋ねる。

工房(アトリエ)を立ち去ったオーレル。

あれ以来姿を見せておらず、此処にも訪れてはいない様だ。

 

「一瞬だけギルドに来ましたが、直ぐに出て行きました。何やら憤慨しておられた様子でしたが…」

 

 軽戦士もギルドにて時間を潰していたのだが、確かにオーレルを見た事を伝える。

だがオーレルは直ぐに外へと出てしまい、以降は全く見掛けていないとの事。

また普段落ち着いた彼には珍しく、何やら焦りと憤りを混在させた表情を浮かべていたと、軽戦士は付け加えた。

 

「そっかぁ…有難う。オーレル…どうしちゃったんだろ…?」

 

「日が暮れたら戻って来るって、今はこっちに集中しよ?」

 

「うん、そだね」

 

「……」

 

――ちょっと鈍いかなぁルルアちゃん。まぁ、それも仕方がないと言えばないんだけどね。

 

オーレルの安否が気になるルルアだが、ライザに諭され現場の状況に意識を切り替える。

そんなルルアを様子見していたピアニャだが、オーレルの本心に多少の心当たりがあるかのような素振りを見せていた。

 

『――星々の宇宙儀よッ!今一度我が声に耳を傾け、この者の呪いを解きたまえッ…!』

 

 大広間内に響き渡る灰の剣士の声――。

テラスから見降ろしてみれば、彼を例の球体を天へと掲げており球体からは眩い光を放っていた。

これは以前には見られなかった光景で、忽ち不死の女から黒いソウルが球体へと流れ行く。

 

「ふむ…、これは期待出来そうだ…」

 

 前回の解呪の儀にも参じていたジークバルド。

前回とは比較にならない程の規模と勢いで、星々の宇宙儀へと雪崩れ込んでいた。

あの時は程無くして限界を迎え儀式の中断を余儀なくされたが、今回はかなり長く持ち堪えている事が分かる。

(本編前夜編 第103話参照)

また遠間からでも分かる程に、不死の女の胸に刻まれた『ダークリング』と『暗い穴』は目に見えて薄まっていた。

その光景に固唾飲み見守る参列者たち。

だが他の誰よりも真剣な眼差しで見守っていたのは、他でもないゴブリンスレイヤーだ。

 

「……」

 

 彼は無言だが、今日に限り珍しくテラスの手すりに寄り掛かり身を乗り出している。

 

――ゴブスレ君…。

 

そんな彼に、ライザは複雑な心境で視線を送っていた。

 

程無くして星々の宇宙儀も光を失い、以前と同じく黒い球体へと変化を遂げる。

これは呪いが限界まで蓄積した事を示しており、これ以上は効果が見込めない事を意味していた。

 

「……儀式の中断を宣言いたします…不本意ですが…!」

 

 灰の剣士の宣言により、またもや儀式は中断された。

その事に周囲からは落胆の声が上がるも、確実に成果の程が証明されていた。

不死の女に視線を向ければ、以前よりも遥かに呪いの烙印が希薄となっていたのだ。

ここまで来れば、凝視しなければ見分けも付かない程に。

神殿という場と状況も手伝い劣情など抱いてもいなかった灰の剣士だが、呪いの烙印の部位が彼女の胸部という事もありどうしても魅惑的に映ってしまう。

剣の乙女が、従者に衣服を整えさせるよう指示し開《はだ》けられていた服装は正され、不死の女は再び部屋へと戻された。

 

「…見過ぎよ…エッチ…」( ㅍ_ㅍ)

 

揶揄(からか)うなよ…」(ーωー)

 

「冗談よ…お疲れ様…フフ❤」( ̄∀ ̄)

 

「…///」 ( ̄ω ̄;)

 

 灰の剣士と小声で冗句を仄めかしつつも、剣の乙女は彼を労った。そんな彼女から視線を外す彼の頬は、僅かに紅く染まっている。

 

――あと一回、間違いない。あと一回で、彼女の呪いは完全に解ける…!

 

結果的に解呪の儀は以前と同じく中断という結果に落ち着いたが、更なる効果度合いを確かめた灰の剣士。

共同作業で積み上げた錬金術も無駄ではない事を確信した。

こうして2回目の儀式も一旦の区切りを迎え、彼等は解散となる。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 辺境の街 )

 

   ―― 執務室 ――

 

司祭長の執務室で、成果の程を報告する灰の剣士。

国王や剣の乙女といった主要な面々以外は、室外にて待機している。

王宮の様に広くはない部屋だ、流石に関係者全員までは収容し切れない。

 

「確実に効果が表れています。私の見立てですが、あと一回で完全なる解呪は叶うかと」

 

「そうでしたか。此方からでも、ある程度は推察が付いていました。後は堆積した呪いの減少が、どれ程の期間を要すのか…」

 

 強化改良は成功したものの、堆積した呪いの自然除去にどれ程の期間で再使用に至るのか。

司祭長は、その点を懸念していた。

 

「ご安心ください。例の安置所に預けた瞬間から、呪いの減衰が確認できました。私の見解では、1~2日あれば再使用も叶うと判断しております」

 

「なんと、それは朗報ですね」

 

「順調に事が運べば、私が滞在期間中に解呪の補佐も可能ですね」

 

 儀式の後、彼はその足で地下の安置所に向かった。

そして例の如く星々の宇宙儀を台座の上へと置いたのだが、強化前とは明らかに違いが見られ、黒いソウルが空中へと霧散を始めていたのである。

加えて霧散する勢いも以前とは比較にもならず、急速に呪いの減衰は始まっていた。

その光景を目にしていた彼は、1~2日で解呪の儀の再開が叶うとの見解を述べる。

それを耳にした司祭長は気を良くし、上手くいけば剣の乙女の滞在期間中に解呪の儀を完全な形で終える可能性も浮上していた。

剣の乙女は元より王統府も、聖黄金樹の移植と共に水の都へと移動してしまうからだ。

彼女の補佐が有ると無いとでは、結果にも多少ながら差異が生じる。

やはり剣の乙女の存在は、かなり大きな意味を持つのだ。

 

「解呪の儀が叶えば、卿の任務は一つ達成できた事になる。これも、冒険者として誇れる大きな成果と胸を張るが良い」

 

「ハッ…恐れ入ります…!」

 

 灰の剣士、彼は確かに流刑囚として認知されし存在なのは間違いない。

しかし、それ以上の功績を成そうとしている事実を国王は認めていた。

 

「――して、卿よ。これから先の予定は決めてあるのかね?」

 

 解呪の儀の再開――。

一定の効果も証明され、不死の女に対する先行きにも希望が持てた。

この件は一つの節目を迎え、灰の剣士には時間的猶予が生じた事になる。

 

「ええ、一応は。夜間になりますが、私めは聖黄金樹を通じ『狭間の地』へ向かう所存です」

 

「ほぅ…早速挑む…と?」

 

「予定では、聖黄金樹の移植も期限間近だとか。それまでに『狭間の地』にて確かめたい事項も幾つか御座います。それに、上手くいけば更なる道具や資料を持ち帰る可能性も御座います」

 

「此方にとっても益は有ると?」

 

「ハッ。見逃すのは些かに勿体のう御座います」

 

 国王の問いに、彼は『狭間の地』へと向かう意思を伝える。

とにかく確かめずにはいられないのだ。

ロスリック不死街下層にて存在する、霧の壁の向こう側に繋がっているという狭間の地らしき異界――。

そして聖黄金樹を通じて到達できる()()()()()()との関係性。

また前回と同じく探索を通じる事で、更なる道具や術を持ち帰る可能性も捨て切れない。

況してや聖黄金樹の移植は、数日後には確実に決行されるのだ。これに関しては、森人勢力が着々と準備を進めているらしいとの事。

挑むなら、今夜を置いて他にはない。

 

「そうか…。司祭長よ、今夜は神殿の門を開けておけ。この者以外にも参加できるか否かを確かめておきたい」

 

「は…はは、仰せのままに…。しかし陛下まで御参加なさるお積りですか?」

 

「あくまで試してみたいだけだ。界渡り(ブレインズウォーカ)が目と鼻の先にぶら下がっているのだぞ?実体験を通じ、見識を広めるにまたとない好機ではないかね?」

 

 界渡り(ブレインズウォーカ)、知識や真実をはじめ世界の理を探求する者たちは数多い。

この四方世界だけでは決して知り得ないような世界は、其処彼処に存在し今も息吹いている。

未知なる探求を求め、或いは理の外へと辿り着かんが為、異界へと旅立とうする者は確かに居るのだ。

 

嘗て存在した、()()()()()の様に――。

 

異界へと渡る手段は数あれど、実際それを実現できる者は片手指に数える程しか存在しないのも事実だ。

 

神器に比肩し得る道具を力を借りる。

失われた古代の禁呪に手を染める。

外法に身を委ね()の理と決別する。

或いは、神々の|骰子()()()に運命を任せる。

 

これはほんの一例だが、たったこれだけでも実現には一筋ではいかないものばかりだ。

だが灰の剣士の話によれば、何の道具も使わず界渡り(ブレインズウォーカ)が達成できるというではないか。

現在は国家元首という立場に身を置いている国王――。

しかし元は彼も、探求心旺盛な冒険者には違いないのだ。

嘗ては現役――否、今も現役を自負している彼。

聞けば悍ましい魔境だと伝わっていたが、やはり寄る好奇心を抑え付けるには少々無理もあった。

未知なる異界への探索と冒険、その魅惑の果実が目の前にぶら下がり絶えず自分を誘惑している。

今夜などとは言わず、今この場で実現したいのが正直な本心でもあったのだ。

それに、この様な情勢だからこそ今は国王としての立場を忘れる事も出来る。

国の混乱を利用するのは国家元首としてあるまじき所業だが、この機を逃し混乱が収束すれば二度と実現する事はないだろう。

自分が狭間の地へと到達できるかは未知数だが、どうしても試さずにはいられなかったのだ。

 

新たな見識の拡大と謳いつつも、司祭長に神殿の開門を命じる国王。

些かに納得しかねる部分もあれど相手は国家元首。

当然、命令に逆らえる筈もなく司祭長は従った。

 

……

 

一連の手続きを終え執務室を出た灰の剣士たち。

当然、部屋の外では皆が出迎えてくれた。

灰の剣士は皆に向け、今夜の予定を告げる。

 

   ―― 今夜、聖黄金樹を通じ狭間の地へと向かう ――

 

それを耳にした周囲も、各々の反応を見せたのは言うまでもない。

 

「あの、剣士様…。その異界へと渡るには、何か条件が必要なのでは?」

 

 見習い賢者が彼に尋ねる。

実は彼女も、四方世界ではない別の世界へと関心を抱いていた。

なまじ聡明であるが故、彼女も知識欲や探求心が旺盛なのは必然なのだろう。

また密かに慕う彼との異界への旅――。

彼女の鼓動は高なっていた。

 

「ある。取り敢えず聖黄金樹に向かおうか。そこでなら説明もし易い」

 

 彼ら一行は、聖黄金樹に向かう事にした。

だがその時点で、ある二人が居ない事に気付く。

 

「ん、オーベックとゴブリンスレイヤーは?」

 

「あのお二人でしたら、何か話し込んでいましたよ」

 

 オーベックとゴブリンスレイヤー、彼等は別の場所で何やら話し込んでいる事を見習い剣士が告げる。

 

……

 

執務室から少々離れた、ごくありふれた神殿の廊下。

その廊下にて、二人の青年が会話に興じていた。

 

「壺師の村…確か隣村だったか…?」

 

「ああ、その村で間違いない。お前にも紹介しておこうと思ってな」

 

 オーベックから説明を受けるゴブリンスレイヤー。

この街の近隣、つまり隣に位置する小さな村が存在していた。

以前までは何の特徴もない唯の農村だったのだが、何時しか壺を手掛ける男女が住み着いたのだという。

ゴブリンスレイヤーも村の存在は記憶していたが、壺師の存在までは知らず然して関心が無かった。

だが今になりオーベックが、その村に言及しだした理由――。

 

「俺も近い内に、この街を発つ予定だ。お前、火炎壺について関心を寄せていただろう?」

 

「ああ」

 

 小鬼に対する有用な道具の一つに火炎壺という投擲道具がある。

これは投げ付けた瞬間、周囲に可燃物が散らばり炎上させるという効果を持つが少々大きく嵩張るのが難点である。

作成は比較的容易だが、火炎壺以外にも持ち歩かねばならない道具は数多い。

今はオーベックやライザ達が作り上げた道具に頼っていたが、彼等が何時までも傍らに居るとは限らない。

そしてオーベックも近い内に街を去る算段でいた。

そうなればゴブリンスレイヤー自身で道具を作成しなければならず、やはり製作難度の低い火炎壺(火炎瓶含む)が再び選択肢に挙がるのは必然ともいえた。

 

「そこで隣の村か?」

 

「そういう事だ。その壺師は、あらゆる壺に造士が深い。それに素人のお前でも作成が叶うような加工道具(ツール一式)も所持しているしな。交渉次第では購入も叶うだろう」

 

「…成程、俺に合わせた道具も自分で加工できる…悪くない」

 

「まぁソイツ…特に男の方は『血潮で物語る』とか何とか、まぁ暑苦しい奴だが根は善良な男だ。交流を持って損はないぜ」

 

「分かった。…何時にする?」

 

「そうだな…、例の樹木の移植前に済ませておきたい。明日か明後日、空けておいてくれ」

 

「分かった」

 

 彼は小鬼以外関心のない異色の冒険者だが、活動する以上どうしても工夫を凝らし自身に合わせた道具が不可欠となる。

これは彼以外も言えた事だが、基本的に彼は単独(ソロ)で行動する。――ともなれば尚の事、既存の道具を加工するという手順は非常に重要な位置を占めるのだ。

また火炎壺そのものにも多少は値が張り、出来ればコストを抑えつつも自分の運用に見合った火炎壺を作成しておきたかった。

隣村に居るという例の壷師――。

オーベックの言う通り、会っておいて損はないだろう。

また数日中には、聖黄金樹は街から移植されてしまい、一定の期間は『赤黒い空』の影響に晒される事が確定している。

可能ならば、聖黄金樹の加護化にある内に済ませておきたいのが本音だ。

 

二人は細やかな調整を打ち合わせ、隣村に旅立つ予定を決めた。

 

……

 

神殿裏手の一画に植生され、昼間でも視認できる程の輝きを放つ聖黄金樹。

灰の剣士たちは、その樹木の下に集っていた。また彼等の他にも、心の平穏を得ようと幾人かの神殿関係者や住民も立ち入っている。

 

「以前にもお話したと思いますが、狭間の地に赴くには聖黄金樹のソウルを感知し尚且つ自身のソウル同調させる事が必須条件です」

 

 偶然とはいえ聖黄金樹のソウルと同調させ、狭間の地に降り立っていた灰の剣士。

過去に2回ほどの来訪にも関わらず、彼は界渡り(ブレインズウォーカ)の条件を既に見出していた。

 

「その条件を満たせば、我々でも狭間の地に行く事が叶うのだな?」

 

「ええ。先ずはソウルという概念を理解する事。…つまり、()()()()()()が前提条件となりますね。丁度いい機会です、ソウルの感知がままならないのであれば直接感知して頂きましょうか。各々方、手を差し出して頂けないでしょうか」

 

 聖黄金樹と自身のソウルの波形を同調させ、心身ともに委ねる――。

口で言うほど実践は容易くない。

灰の剣士は兎も角、彼以外には未知なる領域にも等しい。

そこで彼は一計を案じ、自らのソウルを送り込む事でソウルの感知を容易にさせようと、皆に手を差し出すよう求めた。

ソウルの感知を会得している者は少なからず居たが、大半はそれすらままならない者ばかり。

彼本人としては、狭間の地にあまり大勢引き連れたくはないのだが、異界渡りを望んでいる者が居るのは確かだ。

実際どうなるかは未知数だが、ソウルの感知がどういうものか位は体験させても塁は及ばないだろう。

皆は彼の言う通りに従い、各自が手を差し出した。

 

「では――」

 

 手を差し出された事を確認し、彼は自らの掌にソウルの塊を出現させる。

 

「お、おお…!?」

 

「うぬ…これがソウル…肉眼で視認したのは初めてだ」

 

 殆どがソウルそのものを見たのは初めての様だ。

青白い靄の様な塊を目にし、見習い剣士は目を見開いた。

また国王も、ソウルの感知自体は自然体得していたが実際に目にしたのは初の体験らしく、眼前の青白く浮遊するソウルに釘付けとなっている。

反対に、ソラールやジークバルドなどは慣れているのか然して反応も薄い。恐らく彼等なら、そう苦労することもなく狭間の地に降り立てる事が予想された。

その後、灰の剣士はソウルに見入っていた皆の手に向け浮遊していたソウルを握り潰し弾けさせた。

先ほどまで彼の掌に浮遊していたソウルは、青白い飛沫となり弾けながら皆の手へと吸い込まれる。

皆の手に吸い込まれたソウルは、やがて手から全身へと行き渡った。

 

「わぁ…!?これはなんか、お腹の下の方がブワァッてきます…!これですね、お師匠様が言っていた(ソウル)というのは…!」

 

 彼からソウルを受け取った銀髪武闘家は、露出している腹部に手をやり目を白黒させている。

また嘗ての師より聞かされていた為か、下腹部(丹田)に気が蓄積するという事を聞き及んでおりショートパンツを若干ずり下ろしてしまった。

それにより少々際どい部位まで大衆に晒されたが、彼女は一向に気にした様子はない。

本来なら女性陣に窘められてしまう状況だが、他の者も自身のソウルに意識が向いていたのか誰一人として銀髪武闘家の大胆な行動に気付いてはいなかった。

尤もそれはライザも同じだったが、彼女だけはエーファに小言を言われてしまう。

 

「これが、アンタが連呼していたソウルってやつなのか」

 

「普段まったく気にした事もなかったぜ」

 

 重戦士や槍使いも、ソウルという概念を初めて感知し少しばかり戸惑っている。

 

「今のがソウル…、これが私自身にも流れているという事ですね?」

「このソウルと、目の前に在る樹木のソウルの波形を同調させる……。言うほど簡単にはいかなさそうです」

 

 見習い剣士と見習い賢者は、自身の手と聖黄金樹を交互に見ながらソウルの同調について考え込んだ。

人によっては、ソウルの感知さえ困難なのだ。

況してやソウルの同調ともなれば更なる難度を誇り、余程の才能が備わっていなければ狭間の地へ降り立つ事は不可能。

この二人が行ける可能性は、残念だが低いと言わざるを得ないだろう。

 

「では諸君、夜間初めに再び此処に集うとしよう。無論、参加不参加は自由だ」

 

 一連のやり取りも終え、国王から指示が下される。

日が完全に暮れる時間帯、この聖黄金樹前に皆は再び集う。狭間の地へと降り立つ為に――。

それまでは解散となり、自由時間となった。

 

「狭間の地の滞在期間は、1週間~10日を目処に考えている。予定通りにいけば、明日の朝には帰還できるだろう」

 

 そこで灰の剣士も説明を付け加えた。

彼は既に2度、狭間の地に降り立っている。

少々自分の体感を基準としていたが、狭間の地での1日は四方世界の1時間に相当していた。

実際どう事が運ぶかは未知数だが、予定通りなら朝には無事帰還も叶うだろう。

時間を夜に指定していたのは、そういう理由が起因していての事だ。

 

彼等の説明を受け、皆は各々の時間を過ごすため解散した。

 

――さて、どうしようかしら…?

 

特に予定を決めていなかったゴブリンスイーパー。

皆に続こうと彼女も神殿を去ろうとした時である。

 

「ゴブリンスイーパーさん、少し…お話宜しいでしょうか?」

 

「え…、大司教…様…?」

 

 不意に呼び止められ振り返った視線の先には、剣の乙女が映っていた。

仮にも大司教という社会的要職を預かる人物に呼び止められ、スイーパーも若干困惑気味に反応を返す。

たかが一冒険者に過ぎない自分に、一体何の用があるというのか?

平静を取り繕った積りでいたが、スイーパーの声は上ずっていた。

それと同時に灰の剣士とも目が合う。

 

「……」

 

 彼は無言ではあったものの、ゆっくりと控えめに頷いた。

言葉を交わさずとも何やら重要な案件である事が伝わり、スイーパーは剣の乙女の話を受け入れる事にする。

 

「では、お部屋にて――」

 

「畏まりました」

 

 スイーパーを引き連れる剣の乙女――。

 

「――あ、それと、貴女も今から訓練を施しますから神殿に残る様に、いいですね?」

 

「え~…!?あたしも工房(アトリエ)に行きたいですよぉ…!」

 

「駄目です…!」

 

「そんなぁ……」

 

 ついでに幼夢魔にも声を掛けた剣の乙女。

まだ遊ばせておきたいのも山々だが、そろそろ彼女にも役割りを果たして貰わねば。

今までが少々甘やかし過ぎたのは自分の所為だが、このままでは幼夢魔の為にならないのも確かだ。

 

「大丈夫だ、今宵また訪れる。それまで大人しくしていてほしい」

 

「は~い、お兄さまがそう言うなら…ブツブツ…」

 

 かなり不服そうだが、灰の剣士に宥められた事で幼夢魔もブツクサと文句を零しながら剣の乙女とスイーパに続き神殿内へと姿を消す。

残された皆も神殿を去り、灰の剣士や錬金団を含めたライザ達も工房(アトリエ)に戻る事にした。

神殿を去る途中、見習い神官の少女と目が合った灰の剣士。

何か言いたげだったが、はにかんだ笑みを浮かべた彼女は頬を赤らめ、そのままソソクサと神殿内に引き返してしまう。一体何を伝えたかったのだろう?

表情から察するに悪い事でもなさそうだ。

多少気にはなったが、彼も神殿を去り工房(アトリエ)へと戻った。

 

……

 

(推奨BGM ライザのアトリエ ―― 秘密の隠れ家 )

 

 予想の範疇と言うべきだろうか。

流刑囚となった灰の剣士。

冒険者と身分はそのままだが、現在の彼は罪人という烙印を押された状態だ。

それは社会的落伍者を意味し、公の施設からも懐疑的な眼で彼を見るようになった。個人の感情はどうであれ…だ。

ずばり、彼が今まで契約していた宿の主人から解約を求められてしまった。

やはりどう転んでも世間の目という風当たりは厳しくなり、宿の主人は兎も角、他の宿泊冒険者からは白い目で睨まれてしまうのだ。

1日2日ならまだしも、流石に1週間も居座られるのは経営上厳しいものがあったのだ。宿屋側に立場にしてみれば…。

 

「スマンねぇ、アンタ…」

 

 宿の主人は申し訳なさそうに、彼にそう告げていた。

また灰の剣士も、自分の所為で宿の主人の負担を増大させる事は本意ではない。

今日この日この時間を以て、灰の剣士は今まで契約していた冒険者用の宿を解約したのである。

約1年と少しばかり――。

ちょっとした家とも言える感覚を手放す現実に、些か虚しい気持ちを覚え荷物を纏め部屋を後にした。

 

――恩赦を授かれば、また契約してやろうかな?

 

そんな感傷に浸りながらも、彼は現在ライザ達が契約した工房(アトリエ)に身を寄せていた。

 

「――という経緯があってだな、此処に寝止まりさせて貰いたい。受け入れてくれないだろうか、ライザ達?」

 

 今の彼は宿からも解約を告げられ、寝床に困窮した状態だ。

あの時の監督官が懸念した通り、彼は公共施設の使用が困難で生活に多少の不便が生じている。

そこで当初の予定通り、この工房(アトリエ)を宿代わりにしたい旨を彼女に伝えていた。

 

「ま、まぁ、別にいいんだけどさ。何もこんな寝台も無いような所に泊まらなくても……あ、じゃあ、()()()()()()に来る?」

 

「――だ、だ、だ、駄目よそれは、絶対ダメッ///!」

 

「何で、職員さんが焦るの…?――って言うか、お仕事もういいんですか?」

 

 どうやら此処を寝床代わりにする事自体、ライザから拒まれる様子は見られなかった。

だが此処には必要最小限の家具はあれど、身を預ける寝台は用意されていない。

いざ寝るとなれば、何かを敷く必要があり寝心地も馬小屋並みに不快に追いやられるだろう。

そこでライザは、自分と同室になる事を提案したが、その場に居合わせていた監督官が取り乱し却下の意を示す。当然は、顔は茹で上がったかの様に真っ赤だ。

 

因みにスイーパーも既に此処に居合わせている。どうやら剣の乙女との話も付いたとの事だ。

 

「寝る事に関しては野営具で凌げる。後は…風呂…だな」

 

 直接床に身を横たえる事にはなるが、ワラなり野営具用の道具で賄えばある程度不便さも解消は出来る。

しかし彼にとっては未だ深刻な問題も残っていた。

それは風呂…つまり身を清める施設に関してだ。

冒険者用の宿は比較的寛容で、ゴロツキ紛いの人物でも冒険者に成れば宿泊は許される。

だが彼は、その宿にさえ解約させられた身だ。

比較的寛容な冒険者宿でさえこうなのだ。

当然、これまで通り他の一般施設を利用するとなれば困難が生じてしまうのは明白。

実は彼、風呂という行為を気に入っている。

今まで通り風呂施設も気軽に利用できないとなれば、清拭で賄うしか方法はない。

これは彼にとって、些か憂慮すべき問題でもあったのだ。

だが彼は、とある一つの地点に視線を集約させた。

 

「…錬金釜…か…、使えるな…」ニヤニヤ(・∀・)

 

 この工房の主役とも言える大型の釜…それは錬金釜。

普段ライザ達が活用し、数々の魔道具を生み出す為の商売道具で生命線とも言える錬金釜。

彼はその釜を、じぃッと見つめていた。

そんな彼の意図を察したのか、突如ロロナが彼の眼前を遮った。

 

(推奨BGM エルデンリング ―― 接ぎ木のゴドリック )

 

「――ちょッ…何考えてるのぉッ!?()()()()()()()()()に使おうだなんてぇッ…!」(*`ω´*)

 

 両手を広げ必死に錬金釜を庇う、ロロライナ=フリクセル。

一見厚着で優雅な服装ながらも、意外にも緩い胸元からは豊か乳房の谷間が目立つ。

おっかな半分、憤怒半分といった表情で、灰の剣士に非難の声をぶつけた。

 

「――灰君、本気なの!?見過ごせないよ、それだけはッ…!」(`ε´)

「――剣士さん信じられないッ!?絶対させないんだからッ…!」( ゚Д゚)

「――うんうん、これは見過ごせないねぇ…って言うか、普通じゃないよ貴方はホントに…!」( ̄△ ̄)

「私は剣士様を信じたい…けど、それとこれとは別…!」( ̄ー ̄)

 

 灰の剣士が錬金釜を風呂代わりに使う、というロロナの発言を聞いたライザやルルア達――。

ロロナに呼応した彼女たちも、彼の前へと躍り出た。

そしてライザ、ルルア、ピアニャ、見習い賢者が武器まで持ち出し、全力で錬金釜を守り抜かんと本気の構えだ。

 

「丁度いい大きさではないか。人一人浸かるに、これ程適した物は無いと思うが…?」

 

「常識で考えなさぁいッ…!初めて聞いたよ、錬金釜をお風呂に使う人なんてぇ…!」

 

 一度入浴という魅力を覚えてしまった灰の剣士。出来れば清拭よりも、湯に浸かり疲れを癒したかった。

それ故、食い下がるもロロナを始めとした彼女たちは頑なに譲ろうとはしない。

ロロナも長年錬金術に尽力してきたが、ある意味で神聖な錬金釜を風呂代わりに使用する男を見たのは人生でも初であった。

灰の剣士に対し悪感情は抱いていないものの、こればかりは見過ごす事は出来ない。

双方とも睨み合いが続く中、ソラールからの言葉が飛ぶ。

 

(推奨BGM ロロナのアトリエ ―― 騎士様は不愛想 )

 

「旅人よ、その釜で人の口に入る物も作られるのだ。錬金釜に人が浸かったなどと知れ渡れば、とても利用する気などなれんのは常識の範疇だ。人が浸かった後の釜で作られた水薬を、貴公は服用する気になれるかね?」

 

「私はあまり気にせんがね」

 

「…ハァ…、そういう感性は極少数派と認識し給え。大半は嫌悪するのが、世の常と心得よ」

 

「…ぬぅ…仕方ない。錬金釜は諦めるか…」

 

 錬金釜で作られる物の中には、経口摂取する水薬なども数多く作られる。

もしも人が風呂代わりに使った釜などで作られたと認識されれば、とても口を付ける気にはなれないものだ。

たとえ灰の剣士が気にしない性質であろうとも、一般大衆は挙って嫌悪感を露にするだろう。

ソラールは、そんな常識の範疇を代弁していたのだ。

流石に反論する事も出来ない灰の剣士は、錬金釜を風呂代わりにするなどという考えを断念する。

 

「まぁ幸い井戸もあるしな。それで身を清めるとするか」

 

「今の貴方の言動からして、白昼堂々と全裸になりかねないわね。…あとで時間空けておいて。多分だけど貴方でも使わせてくれる店舗に案内してあげるから」

 

 工房(アトリエ)の傍には井戸が掘られており、錬金術の水は其処から汲み上げられていた。

多少不便だが、身体を洗浄するだけなら井戸の水を使えば良い。

だが灰の剣士も、どこか感性がズレているのか昼間でも人前で全裸で身を清める可能性が懸念された。

別にそうなった場合、恥を掻くのは灰の剣士自身だ。

しかし彼に関わった者まで笑いのネタにされるのは、少々容認できかねる部分もあった。

それを危惧したのか、監督官から一つの案を提示される。

彼女の話では、罪人と化した灰の剣士でも問題なく受け入れてくれる店舗があるというのだ。

 

「ちょっと値が張るし、あまり堂々と利用できる店でもないんだけど、背に腹は代えられないんでしょ?今日は、お試しで利用してみるって事で、どう?気に入ったら毎日でも利用すればいいんだし、抵抗があるなら別に方法で凌ぐしかないわね」

 

「…そんな店が在ったのか?折角だ、案内して貰えるか?」

 

「分かったわ。着替えてくるから、30分後にギルド前で合流しましょ?」

 

「ん、ああ、承知した」

 

「――と言う訳だから、この人借りていいですか?」

 

「私たちは別に構わないですよ。時間、掛ります?」

 

「う~ん、夕暮れまでに戻るのは確実かな…アハハ…」

 

 気になる店の方だが、心なしか監督官の視線が泳ぎ顔が紅いようにも思えたのは気の所為だろうか。

値が張り堂々と来訪するのが躊躇われる店――。

どうにも彼には心当たりはなく、監督官の案内に従うしかない様だ。

少々勘繰る余地もあるにはあるが、問題なく風呂施設が利用できる。

試しに来訪してみるのも一つの手だろう。

彼女の案に従う事にした灰の剣士。

準備を整えた後に出かけるらしく、ロロナたちに彼を連れ出す許可を取った監督官。

別に彼を拘束する気などもなく、ロロナはアッサリと外出を許した。

彼を単独で行動させるとなれば少々難儀だが、上流階級で役人でもある監督官が同行するとなれば然したる問題も発生しないだろう。

夕暮れ時まで4~5時間ほどもあるのが少々気にもなるが、ロロナたちにそこまで踏み込む権利はない。

 

「それじゃあ決まりね。別にオシャレしなくてもいいから、防具は外しておいて」

 

「分かった」

 

 話も決まり、監督官は早々に工房(アトリエ)を出る。

 

(貴女も着替えておいて…、…()()()()()に行くから)

 

去り際、小声でゴブリンスイーパーにも同行させる旨を告げながら…。

 

………

 

……

 

 

(推奨BGM ロロナのアトリエ ―― 滲む景色 )

 

日も暮れ、灰の剣士、監督官、スイーパーは工房(アトリエ)へと帰路に就いていた。

彼は兎も角、女二人は少々疲労気味だ。その足取りも心なしか鈍く感じられる。だがそれとは裏腹に、女二人は満たされた感覚に包まれていた。

確かに風呂施設を十分に堪能する事は出来た。しかも軽めの食事を摂る事も叶い宿泊設備も整っている、極めて上質の店だといえる。

だが今回利用した店は、一般人が気軽に利用できる類のものではなく未成年も基本的には出入り禁止。

こういった店は()に盛り上がるのが常だが、今回利用した店は昼でも営業していた。

 

彼等が利用した店だが、率直に言えば『連れ込み宿』なのだ。

しかも唯の連れ込み宿ではなく、幾人もの娼(男娼含む)を抱えた娼館の役割も果たしていた。

つまり本来なら、男あるいは女一人で来店するのが普通で一時の夢を愉しむのが一般的な利用法だ。

一応は高級店な事もあり、彼ら3人は、最高級の貸し切り大部屋を使う契約を交わした。大部屋は豪華で、風呂と便所も完備した快適な空間を提供してくれる。

その為、使用料は()()()()()()()()()()と破格の値段を誇ったのである。

尤も最高級の部屋を借り受けた事で、この値段も仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 

彼とスイーパーは、てっきり風呂を使う為に来店したものと、そう認識していた。

だが実際は、監督官の思惑で3人とも同室で風呂と軽い食事を含めた()()()()()()()()()()()()を重ねたのである。

彼は、後1週間で街を去らねばならず、それまでにせめてもの思い出を作っておきたかったのが監督官の真意でもあったのだ。

流石に未成年である見習い神官まで連れ込む事は出来ないが、これは仕方がない。

 

加えてまだ夜にも至っておらず、彼ら3人は面が割れる事を避けるため全身を覆うような外套を纏っていた。

端から見れば、行き場のない唯の流れ者に見えるだろう。

道行く人々から多少の視線を集めはしたが、誰も彼等が灰の剣士たちとは感付いてはいなかった。

充分に濃厚な時間を堪能した3人は、適当な路地裏で外套を脱ぎ普段着に戻る。

そして何食わぬ顔で、工房(アトリエ)へと戻ったのであった。

 

……

 

身を清め腹もある程度満たし加えて大人の時間も堪能し、準備は整った。

灰の剣士は関係者を引き連れ、聖黄金樹の座す地母神神殿に向かう。

日も暮れ地平線は、朱と橙の混ざる色合いに染まっていた。

間も無く空は藍に満たされ、夜に満ちるだろう。

聖黄金樹が放つ淡い黄金の輝きが一層映え渡り、裏庭全体と神殿の一部壁面を照らしている。

既に大勢の人々が、聖黄金樹に集っていた。

国王を始めとした王統府や、花冠の森姫を代表とする森人勢力――。

手の空いた多くの冒険者たち――。

避難民を含めた街の住民達――。

地母神神殿の関係者たち――。

そして灰の剣士と彼に追従した仲間たち――。

未だ嘗てない程、聖黄金樹の周囲は人々で溢れ返っている。

 

「凄い人盛りじゃのう、酒があれば宴を開けるわい…!」

 

 大都市や王都なら兎も角、辺境の街の神殿にこれ程の人々が集まるなど年に1回あるかないかだ。

それ程の珍しい光景に、鉱人導師は上機嫌で自前の酒に口を付ける。

確かに彼の言う通り、食事や酒の席が設けられていれば宴を開ける程の盛り上がりぶりだった。

 

ごった返す人々を何とか押し退け、灰の剣士たちは聖黄金樹の前へと躍り出た。

 

「うむ、来たか卿ら…。待ち侘びたぞ」

 

 聖黄金樹の前には既に国王含めた王統府の側近達が、彼等を出迎える。

 

「お待たせしました陛下、それでは早速始めましょうか」

 

 前置きなど然したる意味もない。大半が珍しいもの見たさで訪れた者たちばかりだ。

灰の剣士は、これまで通り聖黄金樹の傍へと腰を降ろす。

 

「聖黄金樹のソウルを感じ取り、尚且つ自身のソウルと同調させる…か」

 

「ふむ、上手くいくだろうか?」

 

 彼に続きソラールとジークバルドも腰を降ろす。

 

「よし、俺達も挑戦してみるか…!」

「やった事ねぇけどな」

「ソウルって、いまいち分かんねぇな…」

 

 重戦士、槍使い、同期戦士の一党も見よう見まねで腰を降ろす。

 

「久々の帰郷と、いきましょうか」

 

 輝石の貴公子も腰をゆっくりと降ろすが、他と比べかなりの余裕を見せていた。

 

「まだ見ぬ異界への探求、冒険ってこうでなくっちゃ♪」

「上手く成功したら、どんなものに出会えるんだろう?」

「難しくてよく分かんないけど、ボクも挑戦してみよッと♪」

 

 妖精弓手、ライザ、見習い勇者も彼等に倣い腰を降ろした。

やはり未知なる体験と期待に心が躍るのか、女性陣の殆どが楽し気な表情を浮かべている。

 

「さて、どう転んでくれるやら」

「一応我らも参加いたしますぞ、陛下」

 

 彼等を見た王統府も動作を真似、聖黄金樹の傍に身を降ろす。

灰の剣士たちが神殿を去った後、国王は一人残りソウルの同調の訓練を行っていたのである。

狭間の地に行けるとは限らないが、国王一人で行かせる訳にもいかず銀鎧の騎士を始めとした側近達も同じように腰を降ろした。

 

彼等のみならず、全く関りのない一般人まで興味本位で真似をする者まで現れている。

まぁ彼等が狭間の地に行ける可能性など、万に一つも無いのだが。

 

「では各位、聖黄金樹のソウルを全身でゆっくりと感じ取って下さい」

 

 皆が挙って聖黄金樹の下で腰を降ろした事で、騒がしかった神殿内は一時的に静寂が舞い戻った。

人々の話し声も疎らとなり、虫の奏でる鳴き声が聖黄金樹の輝きと共に木霊する。

 

「ソウルを感じ取った後、自身のソウルと流れを合わせて下さい。そして徐々に力を抜き、流れに身を任せるのです」

 

 灰の剣士は、ジェスチャー『古竜への道』の姿勢で周囲に助言を送る。

 

「力んではではなりませぬ…。あくまで自然体に…、…力を抜き…リラックスを……保ってください…」

 

 気の所為だろうか?

彼の声音が徐々に弱まっている様に思える。

助言を送りながらも彼の言動は途切れがちとなり、最終的には一言も発する事がなくなった。

 

「……」

 

 やがて灰の剣士は無言となり、暫くは聖黄金樹と共に静寂が続く。

 

……

 

(推奨BGM エルデンリング ―― 満月の女王レナラ )

 

 既に空は濃い藍色に満ちていた。

赤と緑の二つの月光が、相も変わらず大地と…一人の若き剣士を照らしている。

街外れの街道を歩く一人の若き剣士、名をクリストフ=オーレル=アーランドという。

彼は此処ではない別大陸の国、アーランドという大陸国からやって来た。

また国名でもあるアーランドという名が付いている通り、彼は極めて高い会社的立場に身を置く王侯貴族の身分でもある。

加えて容姿端麗、頭脳明晰、武勇にも長けた正に文武両道と地で行く言わば王子も王子――。

本来なら幸福な未来しか用意されていないであろう筈の彼――。

しかし彼の心は吹き荒び、憤りと妬みの諸相で渦巻いていた。

 

憎い…、アイツが…、憎い…、堪らなく…。

強い…、アイツは…、強い…、途轍もない程に…。

どうしてだ…?楽もしていないし、卑劣な手段も用いてもいない。

それでも…、アイツには追い付けていない…。

分かる…、僕には分かる…、分かってしまうんだ…。

今の僕には届かない領域に、アイツは今も進んでいる。

 

屋敷での安寧とした生活が約束されていた。

使用人や付き人からも、大いに期待を寄せられていた。

自分を慕う同年代の異性にも事欠かなかった。

正直悪い気分じゃなかった。

経済の心配もなく、人間関係にも恵まれ、才覚も備わり、自分の将来は約束されたも同然だ。

だがそれさえかなぐり捨て、ひたすら剣の腕を鍛え上げてきた。

 

最強の剣士の称号を、再び我が一族に帰順させんがため。

 

順調にも等しいほどに、上達を実感できた。

あらゆる魔物を斬り伏せ、その度に成長を刻み込めた。

それは決して自惚れではなく驕りでもなく、確実な歩みと上達を手にできた。

 

僕は強い。

それは他国でも…この国でも証明された。

この国でも手練れは大勢存在した。

僕はそいつ等に野試合を申し込み、その殆どに勝利を収めた。

断言してもいい。

僕は強い。

 

だが、アイツの戦い振りを目にした途端、僕の自信が如何にちっぽけであったのかを()()()()()()()()()

 

ダークゴブリン軍団での戦い。

街での地稽古。

あの死儀礼の鳥との死闘。

 

アイツとの差は歴然だった。

認めたくはない…。

しかし事実は変わらない。

特に、死儀礼の鳥での戦闘――。

僕は重傷を負ったが、アイツは殆ど無傷で見事戦局を引っ繰り返していた。

 

仲良くしていた…?

ハッ…、冗談は止せ…!

その振りをしていただけだ。

アイツ…いや、その表現はヌルすぎる…()()で丁度いい…!

ヤツから何か引き出せれば…、そう企図したに過ぎない。

 

…許せない。

ヤツが僕より強いから?

いや違う…!

 

()()()だ。

 

エルメルリア=フリクセル。

 

ルルア――。

 

何で、あんなヤツに気を許す?

何で、あんなヤツに近付く?

僕の何がヤツより劣ってるって言うんだ?

あんなヤツに近付くなよ…!

あんなヤツの何処に魅力を感じるって言うんだ?

僕が傍に居るだけじゃ、不服なのか!?

僕では、あの空虚な風穴を埋められないって言うのか!?

全て、あの事件が切っ掛けなのか!?

お前の大事な友人が犠牲となった、あの事件――。

 

……。

 

スティア…スティア=フェルスガラクシア。

 

あの女とは、あまり関わりがない。

だがルルアにとって大事な存在である事は理解出来る。

思えばあの女の犠牲で、アーキュリスは救われた。

そして、スティアは二度と日の目を見る事は叶わず、ルルアの心には絶えず影が付き纏うようになった。

そんなルルアに対し、僕たちも何時も通りに接したつもりだ。

しかし、ルルアは何処となく諦観し壊死した笑みを浮かべるようになった。

それから暫くの間は、錬金術にも今一つ身に入らない様になり失敗が続いた。

あの事件の所為だ。

あれさえなければ、もっと好ましい関係を築けたのだろうか?

 

この国に来て、ライザとかいうちょっと落ち着きのない錬金術士と例のヤツと出会う事になった。

まぁルルアの事だ、ライザには兎も角、ヤツの方には興味など示さないだろう。

見た目からして怪しい賊徒そのものだ。

どちらかといえば、ルルアの嫌うタイプ。

ある意味で安心もしていた。

 

だが実際はどうだ!?

 

どうしてあんなヤツに近付き交流を深める!?

時々、身体まで触れ合わせてるじゃないか!?

酷い時は、密着している時もあったぞ!?

何でヤツに密着して楽しそうに笑ってるんだお前は?

まるで、あの事件前のお前みたいじゃないか?

クソ、どうなってる!?

どうして、あんな碌でもない剣士に興味を抱いたんだ!?

ヤツは闇の力を内包しているじゃないか!

神殿で見たろ、あの邪悪な変貌ぶりをッ!

ヤツは危険だッ!

僕がルルアを守らなければならないって言うのに、よりによってあんな素性も知れぬ剣士に近付くとはッ…!

この国の取り巻く影響なのか!?

それともヤツに、ナニカされたのか!?

許せない…!

ヤツは…危険だッ!

何としてもヤツからルルアを取り戻さなくてはッ…!

クソ、エーファもエーファだ。

もっとヤツに敵意を抱くべきなんだ。

だがエーファは、どうにも煮え切らない態度を示すばかり。

何とかしなければ、この僕がッ…!

 

このクリストフ=オーレル=アーランドの手で…!

 

ヤツを斬るッ…!

 

異なる彩で夜の街道を照らす月光を、真正面から見据えるオーレル。

その瞳には、静かにだが確かなる憎悪と憤怒の炎を宿していた。

双瞳に宿る憤怒と憎しみの炎――。

もし可視化できたのなら、その色は黒く燃え盛っていただろう。

あの灰の剣士が発露させた、()()()()の如く。

 

『その意気だよ、オーレル❤』

 

「――ッ!?誰だッ!?」

 

 斬るべき相手は決まった。

歪で黒い決意を胸中に満たした矢先、虚空から聞き覚えのある陽気な声が飛来した。

忘れもしない馴染みの深い魅惑の声――。

常日頃から聞き慣れた、小鳥の囀りにも似た()()()()――。

だがどうして街外れのこんな場所でッ…!?

思わず声の方へと振り向き、念のため警戒態勢で迎えた。

 

「なぁ~にぃ、私だよ私♪ルルアだよ♪追っかけて来たんだ♪」

 

「――なッ…ルルア…?どうして此処に…?」

 

 彼の予想通り、声の主はエルメルリア=フリクセルのものだった。

困惑するオーレルの前に、突如として姿を現したルルア。

何時もと変わらぬ快活な笑みを受かべる彼女は、夜だというのに魅力的だ。

いや、夜だからこそ二つの異なる月光が彼女の淡い銀色の髪を照らし、何とも言えぬ怪しくも不可思議な魅力を演出している。

普段見せないような魅力を纏う彼女にオーレルも思わず見惚れてしまうが、気配すら悟らせず姿を現す事など今まで一度もなかった。

オーレル自身ソウルの感知など出来ようもないが、意識を集中すれば比較的近距離なら相手の気配を察知できる位の才覚も備えていたのである。

だがルルアは突如として姿を現した。何の前触れもなく。

こんな事は一度たりともない。ルルアも優れた錬金術士だが、気配を消す技術など持ち合わせてはいない筈だ。彼に透明化の秘薬を使ったとしても、何らかの痕跡程度なら察知できる。

眼前の彼女は、その気配すらもないのだ。

どうにも怪しい。

眼前で笑みを浮かべるルルアは、あの悲劇が起こる前の彼女そのものだ。

何の影も背負わず、不純物など微塵も含まれていない、優しい日の出の如き女神の如き笑顔。

このまま彼女に歩み寄り抱きしめたくなる衝動に駆られるも、オーレルは数歩だけ踏み出し其処で動きを止めた。

 

「どうしたのオーレル、コッチに来てよ?あっためて…❤」

 

 しかしルルアの方からオーレルに一歩一歩近づく。

両手を広げ、何時になく媚びた声音で囁き、しかし彼女の表情は月明かりの逆光で影に隠れ窺い知る事ができなくなった。

やはり何かが可笑しい。

月光の影に隠れたルルアの顔は、異様に黒く闇に覆われている。

その瞬間、オーレルの背筋に異常な寒気が奔った。

 

「――来るなッ…!貴様ッ、ルルアじゃないなッ…!」

 

 透かさずバックステップで距離を空け、彼は腰に差した刀の鯉口を切る。

コイツはルルアじゃない。

自分の知るルルアは、少なくともこんな事はしない。

それに全身から引っ切り無しに冷や汗が噴き出る。

もし自分の知るルルアが現れたなら、この様な現象には見舞われない筈なのだ。

たとえ他国の地で夜であろうとも――。

 

「ふぅ~ん、流石は王子様♪身分に胡坐をかくような男ではないという事ね」

 

 オーレルの態度に、口調を変えたルルアらしき人物。

間違いない。

姿形はルルアだが、醸し出す気配や纏う雰囲気は強烈な違和感を感じるのだ。

口調を変えたルルアらしき女は、手を振り払い靄を発生させた。

 

「やはりな、偽者か…!」

 

 眼前の女はルルアではなかった。

靄が晴れ、オーレルの眼前には見知らぬ女が立っていた。

黒と真紅の扇情的で華美なレオタードの衣装、そして胸元を開いたコートを身を纏い、背には2枚の翼を生やした豊かな金髪の女性。

背に翼が生えている時点で、只人ではない異種族である事は明らかだ。

 

「その姿、女の魔神か。僕の前に現れたんだ、覚悟は出来ているんだろうな!?」

 

 ルルアの姿を偽ってまで現れたのだ。大方、奇襲を狙う腹積もりなのだろう。

そう判断したオーレルは、いつでも抜刀切りを仕掛ける構えに移行する。

 

「あらぁ~ん、せっかちな人ねぇん❤あたくし、そういう人嫌いじゃあないんだけどぉ…、もう少し余裕というものを見せてほしいわぁん、王子様❤」

 

「――チッ…やり難い相手だッ…!」

 

 まるで相手を揶揄うかのような誘惑染みた口調で応える、華美の女魔神。

彼女の底は知り得ないが、容易に斬り伏せる事は困難と判断したオーレル。

仕掛けるべき(タイミング)を見極め、彼は慎重に間合いを窺う。

だが張り詰めた空気感の両者に、またもや見覚えのある人物が割り込んだ。

 

「血気盛んなのは若さの故か、君自身の生来に由来するのか…。取り敢えずは構えを解き給えよ、王侯の剣士」

 

「――貴様ッ…、仮面の錬金術師…!」

 

 華美の女魔神とオーレルの前に現れたのは、記憶に新しい仮面の錬金術師だった。

先日、街襲撃に加担した男――。臨戦態勢を解けという要求を素直に受け取る事など到底できず、オーレルは尚も警戒を解く事はない。

 

「まぁ、そのままでいい。戦いに来たのではないからね、私は」

 

「あらぁん、あたくしの獲物なのにぃ…♪」

 

 どうやら仮面の錬金術師に戦う気はないようだ。

また華美の女魔神の口調からして、この男とは面識がある様にも思える。

恐らくは、同じ陣営に所属しているという事なのだろう。

 

「一体、僕に何の用だ?」

 

「単刀直入に言おう、我が陣営に協力し給え。さすれば、君の望みを叶えてやろうではないか。王侯の剣士、クリストフ=オーレル=アーランド卿」

 

「僕が素直に聞き入れると思うのか?」

 

「エルメルリア=フリクセル…だったか?今のままでは、彼女の心は永遠に君の元には戻って来ない…。何故なら…もうお判りだな」

 

「――ッ…!!」

 

 複雑な事情はあれどオーレルの望みは、ルルアとの関係を修復し今以上に親密になる事である。

その上で彼女の過去との決別を促し、共に幸福な人生を歩む事であった。無論、最強の剣士に到達する目的も含めて…。

だが仮面の錬金術師の指摘通り、今のルルアとオーレルの関係は静かだが確実に均衡を崩しつつあったのだ。

原因は言わずもがな――。

憎きあの男――()()()()

あの剣士の存在が、これまで自分達が築き上げた絆の輪環(りんかん)を掻き乱さんとしている。

以前は多少仲間として認めていた部分もあったが、あの神殿での出来事を皮切りに、今や完全なる敵意を抱いてさえいた。

とは言え、昼間の工房(アトリエ)でルルアが灰の剣士を擁護さえしなければ、オーレルもここまで憎悪に支配される事はなかったのかも知れないが、もはや後の祭り。

心の奥底を見透かされるのは気に入らないが、仮面の錬金術師に反論できないオーレルは歯軋りする。

 

灰の剣士が居る限り、エルメルリア=フリクセルの心が彼に向く事など永遠にない。

その現実の戦鎚が、心の均衡を確実に打ち崩し始めていた。

今のオーレルは、冷静さを欠いていたのである。

 

そんな彼に付け込む、仮面の錬金術師。

自分達に協力すれば望みを叶えるとの事だが、一体どのような方法でそれを実現しようというのか。

 

「どの様な手法で、僕の望みを叶える気だ?」

 

「君、ホムンクルスは知っているだろう?」

 

「…ああ、知っている」

 

「先ずは君に御披露しよう。…これがそうさ」

 

 仮面の錬金術師が、所有の杖を一振りする。

すると何も無い空間から、只人大ほどの人型が出現した。

魔法の儀式や錬金術などの特殊な技術で精製される、人造生命体ホムンクルス。

それはオーレル自身も知るところであり、現にピアニャが管理運営する幌馬車にも幾人かの小さなホムンクルスが使えている。

細々とした作業や雑用など痒い場所でも懸命に働く彼等は、非常に有り難い存在だ。

しかし仮面の錬金術師が出現させたホムンクルスらしき人型は、特に何の反応も見せず単純に佇んでいるだけにしか見えない。

見るからに自我など存在していないようにも思えた。

また衣服も纏っておらず全裸なのだが、男とも女とも区別の付かない身体構造をしている。

その証拠に、男性器や女性器は言うに及ばず乳房も確認できず、加えて毛髪も見当たらない。

言うなれば『生きたマネキン』といった方が正確かも知れない。

 

「見た通り、これはまだ素体(ベース)に過ぎないよ。肉の身体ではあるが、ルルアとやらの身体の一部…血が理想的だが、無理なら毛髪の一本でも手に入れて来たまえ。それで身体だけは、彼女を完全再現できる」

 

「……僕に、そんな真似をしろというのか?」

 

「無論、成す成さないかは君の自由だ。このまま状況に一生甘んじる気なら、この話は無かった事にしてあげよう」

 

「成程…ルルアをもう一人精製し、僕に宛がおうという魂胆だな?」

 

「そうとも、如何かな?」

 

「フン、残念だったな。身体のみを複製しても、それはルルアじゃない。ただの複製品で、見た目だけの紛い物だ」

 

 仮面の錬金術師が精製したホムンクルスの素体――。それにルルアの身体の一部を与えれば、彼女と同じ特徴を持つ身体だけは再現が可能なのだ。

しかし、所詮は身体だけを真似た複製品。エルメルリア=フリクセル本人ではない。

多少の期待も束の間、オーレルは即座に落胆し彼の提案を蹴る。

 

「この私が何の考慮も無しと、本気で考えているかね?」

 

「…次があるとでも?」

 

「無論だ。これはあくまで身体の再現に過ぎず、後は彼女の精神を宿せば良いだけ。しかし先ずは、彼女の体の一部を入手し給え。それさえも成せんようでは、君は()()()()()()()()()()()に過ぎんよ…!」

 

「…貴様ッ…!」

 

「選択権をくれてやるのだ、さぁ選びたまえ…!」

 

「……。女性の部屋を無断で物色するなど、貴族としての倫理に反する蛮行だ…!」

 

 身体だけの再現だが、それを成すにはルルアの毛髪なり皮膚なり身体の一部を手に入れなければならない。

これはオーレル自身の決意と覚悟を試す意味も含め、彼に行動を起こすように要求した仮面の錬金術師。

多少の煽りと挑発で、彼の精神に揺さぶりをかけ反応を窺った。

オーレルの心は揺れ動いていたが、ルルアに対する今までの義理と自身の誇りと王侯貴族としての誇りが、彼をギリギリ踏み止まらせた。

今は彼女たちと仲違いも同然の関係だ。

彼の性格上、素直に毛髪を要求する行動など執れようもない。

そうなれば現在契約している宿に忍び込み、彼女の私室から毛髪なりを手に入れなければならないのだが、一般常識の範疇で鑑みれば唯の犯罪行為には違いない。

確かに灰の剣士は、ルルアの心を奪った憎悪すべき()だ。

なれど自分が盗人猛々しい行為に及ぶのは、些かに違う気もしたのである。

 

「これを使い給え。侵入も幾分楽になる」

 

 未だ惑うオーレルに、鍵束を投げ渡した仮面の錬金術師。

 

「…鍵束?」

 

「それは、彼方昔より使われてきた『万能鍵』と呼ばれる代物だ。それを使えば、忍び込む事自体に支障はあるまい。…あとは君の技量次第だな」

 

 彼が寄越したのは、火の時代の盗賊たちが愛用していた万能鍵と呼ばれる鍵束だ。

あらゆる錠前に対応する鍵が幾つも束ねられており、余程特殊な魔法錠前でもない限り大抵の開錠が叶う。

仮面の錬金術師が拵えた『錬金術の鍵』も、実は万能鍵を基に生み出した物なのだ。

 

「では君の成功を祈っている、王侯の剣士、クリストフ=オーレル=アーランド」

 

「――待てッ、僕はお前達に従うとは一言もッ――」

 

「何時までも溜めていると身体によくないわよ、素敵な王子様❤無事成功したなら、好きなだけ()()()したげるわ…!商売女より遥かに具合好いのよ、このあたくし❤」

 

「…言わせておけばッ…!」

 

 オーレルの反応を待つ事なく、一方的に話を進め消え去った仮面の錬金術師。

加えて華美の女魔神も、オーレルの心情を探り当て(つつ)くのような言動を残し姿を消す。

本人は日夜、禁欲的に只管に剣の修練に明け暮れていた積りではあった。

だが実のところ、彼も()()()には違いないのだ。

彼も夜な夜な女性陣の目を盗み、秘かに商売女相手に滾る性欲を発散していたのである。

それでも彼の欲求が完全に満たされていた訳ではなかったが、大事な存在であるルルア達に情欲をぶつける事もなく今まで平穏な日々を過ごせていた訳だ。

しかし日を追うにつれ、彼の鬱屈とした想いは次第に肥大しルルアに劣情を抱く日々が増えていたのも事実だ。

今ではルルアだけでなく、最近になり距離を縮めていたエーファにも異性として性愛の対象とて見なすようになっていた。

こうしてルルア達に意識を向けるだけでも、下半身から黒い情欲が湖の様に燻ぶり湧き出るのを感じる。

そして事もあろうか、彼女たちを乱暴に蹂躙する光景さえ妄想してしまうのだ。

あの華美の女魔神には、人の欲を見抜く能力でも備わっていたのだろうか。

よく見ればアレも、魔神とは言え色香と抗い難い雰囲気を称えた妖艶で魅力溢れる女だった。

ついついルルア達だけでなく、あの女魔神さえ組み伏せ狼藉を働く自分を想像し、気付かない内に口元が歪に吊り上がっていた。

 

「そうさ、あの犠牲と…ヤツさえ居なければ…こうはならなかったんだ…。ヤツが悪い…僕は何も悪くはない…」

 

   ―― スベテヤツガワルイ ――

 

視る者によっては二つの異なる月光は、神秘的にも邪悪にも映るだろう。

だが街へと踵を返す異国の剣士を照らす月光は、些かに怪しくも歪んだ色合いを帯びていた。

見た事もない鍵束を携えた、アーランドの若き才覚溢れる剣士。

その眼光は鋭くも暗い刃を抱え、黄金の光に覆われた街へと歩み出す。

 

………

 

……

 

 

(推奨BGM エルデンリング ―― 祖霊の王 )

 

 幾許かの時間が流れるも、特に目立った変化など見受けられなかった。

優しくも慈悲に満ちた黄金の光が降り注ぐ樹木の下、大勢の冒険者たちは腰を降ろし目を閉じ精神を落ち着かせていた。

灰の剣士の話では、この聖黄金樹を通じ異界である『狭間の地』に行けると言うではないか。

彼の言葉を信じ、関係者たちは彼の動作を真似ていた。

だが待てども待てども、然したる変化は起きる気配もない。

 

「なぁ、お前さん…本当にこんなので狭間の地に行けるんだろうな?」

 

「……」

 

「…なぁ、聞いてっか?…なぁって…?」

 

「……」

 

「お~い、灰の剣士よ~い…?」

 

「……」

 

 痺れを切らしたのか、同期戦士は思わず彼に声を掛けた。

しかし何度語り掛けようとも反応はなく、無視されているのではないかと勘繰ってしまう。

だがそれでも、彼からは何の反応もなかった。

 

「なぁ、無視すんなって――っておい、ちょっと!?」

 

 とうとう業を煮やした同期戦士は、古龍への道の姿勢を崩そうともしない灰の剣士の肩を軽く揺さ振った。

だが軽く揺すった途端、灰の剣士は体幹を崩し力無く地面に横たわってしまう。

これには同期戦士も驚愕の声を上げ、取り乱してしまった。

 

「お、おい、しっかりしろ!?どうしちまったんだ!?目ぇ覚ませって、おいッ!」

 

 倒れ込んだ灰の剣士の姿に焦りを覚えた同期戦士。

意識がない彼を覚醒させようと何度も揺さ振り刺激を与えつつ声を掛けるも、彼は一向に目を覚ます気配が見られなかった。

 

「――お、おい、皆っ!灰の奴が意識を失っちまったっ…!」

 

 これは異常事態だ。

焦った彼は周囲に緊急を呼び掛ける。

だが周囲でも、同様の事態に追われていたのである。

 

「こっちでもヤバいぜっ…!王様が気を失っちまった…!」

 

 焦る同期戦士と同じ様に、槍使いも取り乱した表情で国王こと金剛石の騎士に視線を泳がせている。

 

「陛下!陛下ァッ!気を確かに…目をお覚まし下さいっ…陛下ぁ…!!」

 

 国王の周りには、王統府を始めとした面々が彼の身体を何度も揺さ振り時には奇跡で覚醒させようと、手を尽くす様子が窺えた。

 

「大変だよッ!?バケツさんとタマネギさんも、グッスリ寝ちゃった…!?」

 

 長い黒髪に直剣を背負う、見習い勇者の叫び声が聞こえる。

彼女の言動から察するに、ソラールとジークバルドも気を失ってしまったのだと判断できた。

 

「ソラールさん…!」

「ソラール様ぁッ…!」

「バディ…しっかりぃ…」

 

騎士(ジークバルド)さん、寝ちまうにはちょっと早いんじゃないのかい!?」

 

 現に彼等の周りでも一党の仲間達が寄り添い、何も出来ず声を掛けるしか出来ないでいる。

 

「クソ、どうなってやがる!?」

「此処だけじゃないみたいね。ホラ、アッチでも――」

 

 一体何が起こったというのか?

灰の剣士だけでなく、ソラールやジークバルド、極め付けは国王までもが気を失った。しかも同時期に。

どうすればいいのか分からない同期戦士に、妖精弓手が周囲の様子を指でさし示す。

 

「大司教様ぁッ…!」

「ああ、何という事だ…。我らが剣の乙女がぁ…」

 

「ちょっと、オーベックさんと少年も、目を覚ましてッ…!」

「オーベックさまぁ…ダメ…なにも思い付かない…」

「どうしよう、ライザさんが目を覚ましませんよ…何とかしないと…」

「しっかりしてよ、ライザぁ…!」

 

 彼等だけでなく、剣の乙女、オーベック、輝石の貴公子、そしてライザ――。

この者たちも灰の剣士たちと同様に気を失い、地面に横たわっていた。

 

ピアニャと呪文使いの女は、オーベックと輝石の貴公子に何度も声を掛けていた。

銀髪武闘家とルルアも、倒れ込んだライザを覗き込んだが一向に反応はない。

 

一度静寂に満ちていた聖黄金樹の区画は、瞬時に慌ただしくなり忽ち騒動へと発展した。

 

「この者たちを安全な場所へ運び込め!特に国王陛下を最優先してな…!」

 

 ここで王統府の側近である銀鎧の騎士が指揮を執り、気絶した彼等を神殿内に運び込むよう指示を飛ばす。

どう動いていいかも分からない彼等に一応の指示が下り、乱れていた統制が僅かに戻る。

彼の指揮に従い、関係者たちが灰の剣士たちを神殿内に運びこもうとした矢先――。

 

銃撃の破裂音が、至近距離で激しく破断した。

 

「「「「「――!?」」」」」

 

当然、周囲は騒然となり一斉に銃撃音の方へと振り向く。

その先には、嘴を模した被り物で頭部を覆う黒ずくめの人物が佇んでいた。

 

「小母様…!?」

 

 どうやら顔見知りが居たようで、赤いリボンの少女が真っ先に反応を見せる。

 

「下手に動かしなさんな…!倒れた連中は全員、狭間の地とやらに行っちまったのさ…!ここは天幕でも張って、夜露から保護すりゃいい…!」

 

「あの出で立ち…仕掛け人(ランナー)だな」

「彼女は鳥羽の狩人、味方よ」

 

 気を失った者は皆、聖黄金樹を通じ狭間の地へと向かったのだと語る鳥羽の狩人。

彼女の異様な風貌は、冒険者には似つかわしくない。

それを見た赤毛の枢機卿は、彼女を仕掛け人側だと判断し、また銀髪の女性は鳥羽の狩人が味方であると告げた。

 

「…仕方ない。領主よ、皆を先導して天幕の用意を」

 

「畏まりました。皆さん、手をお貸しください。これより天幕を張り、彼等を保護いたします!」

 

 見た目からして怪しい出で立ちの鳥羽の狩人だが、仲間である銀髪の女性が味方だと告げたのだ。

況してや彼女と面識があるのなら、かなりの実力者とみるべきだろう。

些か腑に落ちない部分もあれど銀鎧の騎士は、領主でもある司祭長に天幕の用意を要請する。

それに司祭長も応え、手の空いた冒険者や人員を使い直ちに天幕の展開を指示した。

 

倒れ込み何の反応も見せない灰の剣士たち――。

 

「お兄さん…大丈夫かな…」

 

 彼の傍らでは、見習い神官の少女が寄り添い静かに祈りを捧げていた。

 

「心配しないでって言ったら無理があるかも知れないけど、彼を信じましょ。後、私にも祈りを捧げさせて」

 

「あ、はい。勿論です、私と共に地母神様に祈りましょう…!」

 

 そんな彼女にゴブリンスイーパーが励ましの言葉を掛け、共に祈りを捧げる事にした。

二人は聖黄金樹に向かい黄金の聖光に包まれながら、灰の剣士たちの無事を一心不乱に祈った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ホムンクルス(人型・素体)

 

錬金術師が作り出す人工生命体、または、その生命体を作り出す作業の意。

また錬金術のみならず、古代の魔法でも生成できるとの諸説もある。

完成する人工生命体により素材と精製法は実に多種多様に渡るが、基本的に人型や高位の存在に近付ければ近付ける程、希少な素材が必要となり精製法も複雑に高難度を伴う様になる。

 

仮面の錬金術師が生成した人工生命体。

これは前段階で未完成に過ぎず、性別は疎か自我さえ芽生えていない。

言わば、生きているだけの存在なのである。

この状態に人の細胞の一部(生き血が最も理想的)を加えれば、加えた者の身体構造を完全に模倣できる。

だが身体的特徴だけであり、精神まで模倣するには別の素材が必須となるのだ。

しかしソレを入手するには原則上、人の道を踏み外さねばならず大抵は外法とされ長年日の目を見る事はなかった。

もし成功すれば、完全に肉体も精神も対象者を模倣できるだろう。

 

彼は愚かしくも口車に乗った。

ますます遠のくというのに…。

 

 

 

 

 

 




4万文字超えてた…。これは壁越えもビックリ…私にとっては…感激だ…。

何かオーレルが嫉妬に駆られ、敵対してしまいました。
オーレル、踊り疲れたのですね?コーラルを手向けなくては…。コーラルは何処だ…?

只今絶賛、AC6をプレイ中…。狂い火とコーラルに脳と瞳を焼かれています…。
AC6も出たんだし、好い加減オルタネイティブの方も続きを書かなくてはなりません。作業量が追い付かぬ…一作品に集中するのに手一杯だ…。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/

スロー、スロー、クイッククイック、スロー。
スロー、スロー、クイッククイック、スロー。

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