ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
今回から、再び『狭間の地』編です。
登場人物が多いので、この話も少々長いです。(3万文字前後)

一気に気温が冷えました。朝が、ちょっぴり寒いです。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第141話―狭間の地・湖のリエーニエ 円卓―

 

 

 

 

 

 

貴人の服一式

 

貴人の服、貴人のコート、貴人のブーツで構成された一式。

長旅にも耐え得る丈夫な作りで、ある程度の寒さにも強い。

 

金刺繍で彩られた上質の服とコートは、王都の貴人たちの旅装束。

まだ保存状態が良かったのか、色褪せ傷み具合も軽微だ。

ブーツは鞣革(なめしがわ)で拵えられ、非常に長持ちし機能性に富む。

 

破砕戦争の後、故郷を捨てた彼らはやがて、さまよえる亡者となった。

死なぬだけの長生の果てに。

 

出来れば強いたくはない。

青空に浮かぶ太陽と海風の如きソウルを持つ少女には。

 

 

旅巫女一式

 

旅巫女のフード、ローブ、ブーツ、手袋で構成された一式。

長旅に耐え得るよう設計され、見た目の割に外部の環境に耐性を誇る。

 

ある者は、指に見えんために。

またある者は、導くべき褪せ人に出会うために。

巫女たちは狭間の地を旅する。

 

彼女も指に導かれたのだろうか?

既に導きたる彼と繋がるも、未だ知らぬ異界の地を彼女は垣間見た。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 皮膚に触れた風は異様に冷たく、鳥肌が瞬時に泡立った。

眼下に浮かぶ辺り一面の湖を通る度に、風が冷やされているのだろう。

見渡す限りが青一色と言わんばかりに染め上がった周囲の景色――。

優美な大湖の奥には、摩訶不思議で巨大な建造物の輪郭が浮かび、見る者の視界を魅了した。

この地を人々は、こう呼んだ――。

 

   ―― 湖のリエーニエ ――

 

(推奨BGM エルデンリング ―― 湖のリエーニエ )

 

「うひゃぁん…、結構冷たいね…この風」

 

 留まる事なく吹き荒ぶ冷風を直に受け、錬金術士の少女ライザリン=シュタウトは体を竦ませていた。

彼女は、南国のクーケン島という比較的暑い環境下で育ったため、普段から薄着傾向にある。

一応羽織る外套を纏っていたものの着込んだ所で、湖で冷却された冷風に対応できるものではなかった。

 

「良かったら、これで体温を確保するといいライザ」

 

 自らの肩を抱き凍える彼女に、一人の騎士鎧の男が虚空から衣服を出現させ手渡す。

 

「あ、うん…ありがと、灰君…ってさ、君だけ何で違う姿なの?」

 

 見知らぬ騎士鎧の男から『貴人服一式』を受け取り、早速着込む事にしたライザ。

だが彼女の良く知る『灰の剣士』は、たった今衣服を寄越してくれた見知らぬ騎士鎧の姿に変貌していたのである。

 

「この姿が今の灰人さん…、狭間の地では『褪せ人』として認知されているんですよ、ライザさん」

 

 騎士鎧の男の代わりに答えてくれたのが、元・接ぎ木の貴公子にして輝石の貴公子。整った顔立ちを誇る美少年は、元々がこの世界の出身である。

彼の姿は今も人型形態だが、灰の剣士(現褪せ人)と邂逅し死闘を繰り広げていた当時は身の毛もよだつ異形の姿をしていた。

 

「話には聞いていたが、本当に乗り移っているのだな。その褪せ人とやらに」

 

「そうだ。この男も『エルデの王』たらんと、過酷な使命を帯びている。それは今も継続中だ」

 

 横から言葉を差し込んだソラールに、灰の剣士(現褪せ人)は使命を帯びている事を告げた。

 

「ライザ、着心地は兎も角、それで寒さは凌げるだろう」

 

「うん、ありがと。大分マシになったよ、これで十分動けるね…!」

 

 薄汚れた衣服一式だが、肌面積の露出が目立つライザにとっては寒さを凌ぐのに都合が良かった。

多少見栄えも落ちるが、今は機能性を重視すべきだろう。衣服の変更と共に、かなり見た目の印象が変わっていた。

 

「これが異界の地…卿の言う『狭間の地』なのだな?」

 

「そうです陛下。ここは狭間の地、確か『リエーニエ』と呼ばれる地域だった筈」

「正確には『湖のリエーニエ』ですね。土地勘は僕の方があるみたいなので、ある程度なら先導いたしますよ国王陛下」

 

「此処では陛下などと呼ばなくてよい。今の私も、唯の一冒険者に過ぎんさ」

 

 全身に金剛石の騎士鎧を纏う青年騎士が、此処が『狭間の地』である事を彼等に改めて確認した。

初めての体験なのだ。

こうして異界の地に辿り着くという現象に見舞われたのは。

数多の研究者や探求者が求めて止まない界渡り(ブレインズウォーカ)という現象を、いま成し遂げたという現実。

正直に言えば、些かに呆気無いのが本音だ。

それ程にあっさりと実現が叶ったものの、異界の地に降り立ったという実感がいまいち湧かなかった。

しかし見知らぬ地である事に変わりはない。

眼下に広がる湖に、巨大な建造物が薄っすらと輪郭を浮かべている。

恐らくあの建造物が、輝石の貴公子が言及していた『魔術学院レアルカリア』なのだろう。

聞けばリエーニエという地は、彼の出身地であるとの事。これから未知なる冒険が繰り広げられるという事実に、彼の心は少しずつ昂っていた。

加えて此処は四方世界ではない異界の地だ。

四方世界の国王などという肩書に何の意味も持たず、此処での彼は単なる一冒険者――。ならば彼等には冒険者として扱って貰おうではないか。

国王こと金剛石の騎士――。

皆は彼の事を、以前の様に『ロード』と呼ぶ事にした。

 

「真後ろにはデカい城…だな。構造からして、裏口から出てきた訳か…。この城は何ていう名前なんだ?」

 

 前には眼下に広がる辺り一面の湖。そして真後ろには、見渡す限り石造りの壁面が視界一杯に広がっている。

ヴィンハイムのオーベックは、この壁面が城である事に見当をつけていたが一体何のための城なのだろう。

 

「それは『ストームヴィル城』です。嘗ての城主であり僕が仕えた主…『黄金のゴドリック』様が治めておいででした。同時に僕もこの城で活動していたのです。四方世界に流れ着くまでは」

 

 馴染みのない彼等にも解る様に、ストームヴィル城について簡素に説明した輝石の貴公子。

皆、この異様な佇まいの城に釘付けだ。

また灰の剣士(現褪せ人)だけは、複雑なの感情でストームヴィル城を見つめていた。

 

「おい皆の者、アレを見てみたまえ…!何だ、あの()()()()()()はッ…!?」

 

 ここでカタリナのジークバルドが、とある方角を指し示し兜奥から声を荒げていた。

 

「うわぁッ…!?何アレ…!?」

「ぬぅ…途轍もない巨大さだぞ…!」

「眩い黄金の輝き…まさかアレこそが――」

 

 ジークバルドに釣られた彼らは口々に驚愕の声をあげる。

ライザ、ソラール、金剛石の騎士などは特に目を見開き、視界を支配する異様な巨木に魅入られていた。

 

「そう…、アレこそが狭間の地の象徴…『黄金樹』、この世界の理を司る黄金律そのものとも言える存在です」

 

 今此処に立つリエーニエと視界に広がる黄金樹との間は、巨大な断崖で見事に分断されていた。

その事からも、此処から黄金樹までの直線距離だけでも相当離れている事になる。

しかしこの遠間からでも、天を衝くほど…否、空全体を覆わんばかりの巨大さを誇り、辺り一面に黄金の輝きを撒き散らす『黄金樹』という巨木の存在感。

灰の剣士(現褪せ人)と輝石の貴公子以外は、黄金樹という圧倒的存在感に文字通り茫然自失となるしかなかった。

 

――ここの黄金樹は朽ちていない、以前のままだ。ではあの写真は一体何だというのだ?ロスリックから繋がる狭間の地らしき異界…ますます気になる。

 

黄金樹は未だ健在――。

 

その事実を再確認した灰の剣士(現褪せ人)は、王統府による尋問の記憶を呼びこしていた。

見知らぬ冒険者から寄せられた情報では、ロスリック不死街下層部にて霧の壁らしきものが発見されたというではないか。

そして霧の壁を抜けた先には、狭間の地らしき異界と朽ち果て崩壊した黄金樹の成れの果てが鎮座しているという。

(本編前夜編 第137話参照)

実際、自身の五感で確認してみない事には決断は下せない。

 

今体験している狭間の地と、ロスリックに繋がっている狭間の地との関係性――。

四方世界に忽然と猛威を振るった、鈴玉狩りや死儀礼の鳥たちの存在――。

そして、より人に近く、より若い姿で地母神神殿に現れた捻じれ杖の男こと忌み鬼のマルギット――。

この二つの狭間の地、決して無関係ではない筈だ。

 

彼は黄金樹を見据えながら、これからの展開に思いを巡らせていた。

 

「――あのッ…アナタ…もとい灰の方…、もし差支えなければ予備の服を分けて頂けないでしょうか?」

 

 ここで剣の乙女も寒さを訴え、灰の剣士(現褪せ人)に衣服の譲渡を懇願する。

少々言葉の端に、彼に対する私情も含まれていたが…。

(R-18版 第3話参照)

 

「――気付くのが遅くて済まなかった…!その格好でも冷風は堪えるな。…こんなので良ければ…」

「いえ…お心遣い嬉しゅう御座いますわ、灰の方」

 

 外出用の外套こそ纏っていたが、それ以外の服装は体のラインが直に現れる程の薄布しか着ていない状態だ。

見方を変えれば、それこそ聖娼と間違える程に卑猥な格好とも言える剣の乙女の出で立ち。本人は気にしていなかったが、胸元を凝視すれば先端部が薄っすらと見える程に扇情的な格好とも言えた。

そんな薄布と外套だけでリエーニエの肌寒さを防ぎ切れるのは難しく、彼女も肌寒さに凍えていたのである。

灰の剣士(現褪せ人)は透かさず虚空から、『旅巫女一式』を出現させ彼女へと手渡した。

長旅で使い込まれた為か、何処となく薄っすらと血らしき色で汚れていたが寒さを防ぐには充分な機能を有していた。

それに対し彼女も何ら文句を返す事なく快く受け取り、衣服を身に纏う。

やはり至高神の大司教としての威厳さは多少損なわれたが、此処は四方世界ではない狭間の地。然して気にする者など皆無だ。

 

「はぁ…落ち着きます。それにしても灰の方、不思議な力をお持ちですのね。何も無い空間から道具(アイテム)を出現させるなんて」

「あ、そうそう、あたしもそれ言おうと思ってたんだ…!ねぇ、どうやったの、それ!?」

 

 ライザと剣の乙女に対し、衣服を出現させ手渡していた灰の剣士(現褪せ人)。その事に好奇心を募らせた二人。

 

「ん…別に大した事ではないのだが――ソラール、ジークバルド、オーベック、此処でなら『ソウルの業』が使える。希少品があるのなら今から出した方がいい」

 

「何!?それは誠か!?」

「それは有り難い…!」

「仕舞ったまま出せずに、少しばかり困ってたんでな」

 

 灰の剣士(現褪せ人)が虚空から道具を出現させたのは、ソウルの業と呼ばれる能力だ。これは今見た通り、意識内(インベントリ)のソウルを物体に変換させ道具を出現させるという能力。

一般人から見れば、何も無い空間から道具を突然出現させるという怪現象にしか見えないだろう。

だが火の時代や火継ぎの時代を駆け抜けた彼等にとっては、ごく当たり前の能力で一般的に浸透していたのである。

灰の剣士(現褪せ人)から告げられたソラール、ジークバルド、オーベックは心底驚いた反応を浮かべ直ぐに虚空から古びた木箱を出現させる。

 

「ええ、嘘でしょ!?ジークバルドさん達も、同じ事出来たの!?」

 

「ほぅ…世迷言かと信じてなかったのだが、これがソウルの業とやらの能力か」

 

「その木箱にも秘密がありそうですわね」

 

 彼ら3人が出現させたのは、底無しの木箱と呼ばれる一種の魔道具類だ。

一応有限ではあるものの、殆ど無尽蔵に近い量を補完できる木箱でもある。この木箱とソウルの業が合わさる事で、嘗ての不死人であった彼等は過酷なあの時代を生き抜いてこれたのであった。

因みに今の剣の乙女は、何不自由なく物を見る事が叶い完全に視力が回復している。狭間の地に満ちる何らかの力が、彼女の視力を回復させたのかどうかは定かではなかった。

 

「あれ、灰君はやらないの?」

 

「この身体は私のものではない。そして道具類も全て彼のものが適用されている。故にあまり意味が無いのだよ」

 

「そっかぁ…、――にしても君も、たいがい規格外だよね」

 

 ソラール達の様に行動を真似ない事に違和感を覚えたライザ。灰の剣士(現褪せ人)に訪ねるも、今の彼は褪せ人の身体であり道具類も全て彼のものばかり。

彼が嘗ての時代で取集した道具は、実質引き出す事が出来ないのだ。

だが既に、その件に関して彼は見切りを付けており、大して気にする素振りも見せていなかった。

 

――四方世界に持ち帰った、褪せ人の道具は失われていない。よし、メリナの言葉は正しかったようだな。

 

自ら手にした道具は、四方世界に持ち帰ることが許される。またそれに伴う、褪せ人の道具は何故か失われない。

 

以前、リムグレイブの第3マリカ教会にて出会った霊体の少女『メリナ』から告げられた言葉を思い返す灰の剣士(現褪せ人)

持ち帰るのはいいが、重要な道具を褪せ人から奪ってしまうのではないかと懸念もしていた。

(本編前夜編 第107話参照)

しかし自らのインベントリを意識してみれば、あの『霊薬の聖杯瓶』に代表される道具はそのまま残されていた。

1つの心配事は解決され、彼は密かに心の中で安堵する。

 

「うむ、数々の貴重品もそのままだ…!」

「これで、心置きなく旅ができる…!」

「礼を言うぜ、お前…!」

 

 底無しの木箱を再び出現させた事に喜びを覚えるソラール達。

彼等の道具類も貴重品で満たされており、また旅には欠かせない物ばかりが保管されていた。

その事実に、ある種の活力を見出したソラール達。

 

「さて…そろそろ行動を起こすとするか。だが今の貴公らは、狭間の地について無知にも等しい状態だ。先ずリエーニエを探索する前に、『円卓』へと案内したい」

 

「「「「「円卓…?」」」」」

 

一通りの状況確認を終えたのだ。ここいらで活動を始めてもいい頃合いだと判断した灰の剣士(現褪せ人)

しかし彼と輝石の貴公子以外は、狭間の地について何の知識も併せ持っていない。

幸い周囲に敵は居ないものの、狭間の地も魔境には違いない危険な世界だ。

そんな魔境に何の知識もないまま彼等を同行させるのは、非常に危険が伴う。

どうやら灰の剣士(現褪せ人)と同様に全員が不死の状態である事は、ソウル(ルーン)の波形で理解できた。

なれど、むやみやたらに死を繰り返し四方世界に帰還するのは死を引き摺る結果にしかならない。また無駄死になど以ての外だ。

そこで狭間の地について必要最小限の知識を身に付けさせるため、彼は『円卓』と呼ばれる聖域に案内する事を提案した。

流石に『円卓』という聖域については彼のみが知っており、大まかに説明する。

 

「ふむ…火継ぎの祭祀場みたいなものと判断していいのだな?」

「それで構わない」

 

「ねぇねぇ、真面にお話しする人さえ、数える程ってホントなの?」

「本当だ。大半の住人が正気を失い、問答無用で襲い掛かって来る世界だ」

 

「円卓に行けば、狭間の地に詳しい人物が居るというのですね?」

「その通り。私や彼が説明するよりも遥かに深く広い知識が得られるだろうさ」

 

 ソラール、ライザ、剣の乙女からの質疑に次々と答える灰の剣士(現褪せ人)

あの円卓には、頭脳明晰な百智卿ギデオン=オーフニールが居る。彼ならば、狭間の地の理について詳しく語ってくれるだろう。

 

「さて、円卓には転移を使って移動する。皆、足下に光の靄のようなものが見えるか?」

 

「うむ…見えるな。貴公…まさかこれは篝火の代わりになるのではないか?」

「驚きですね。前は全く見えなかったのに、今の僕でもハッキリと見えますよ」

 

「この『祝福』についても少し説明しておこう」

 

 全員の足元を指し示す灰の剣士(現褪せ人)

彼等の目には何やら光の靄の様な物体が揺らめいていた。

ジークバルドが察した様に、これは篝火と同じ様な機能を有している。

この祝福で休息する事で、忽ち傷や状態異常が完治し、祝福から祝福を経由し別の場所まで転移できる機能まで実に篝火に似ていた。

また、嘗て『接ぎ木の貴公子』時代には影も形も見えなかった祝福だが、今はクッキリと認知できていた輝石の貴公子。

これが認知できた言う事は、彼も黄金律に祝福されたと同時に褪せ人として扱われている事を意味していた。

 

簡素だが一連の説明を終え、いよいよ『円卓』へと赴く事になった一行。

此処に居るメンバーは、アストラのソラール、カタリナのジークバルド、ヴィンハイムのオーベック、国王こと金剛石の騎士、剣の乙女、クーケンのライザ、輝石の貴公子、そして灰の剣士(現褪せ人)の計8名。

 

「あの待って下さい…!あのイリス教会…でしたか?あそこから微かに人のルーンを感じるのですが…?」

 

 いざ円卓に赴く段階で、不意に輝石の貴公子が待ったをかけた。

やや遠方に見える廃教会と化していたイリス教会から、人の気配が流れ込んでいたのである。

 

「ああ、あの教会跡には『鈍石のトープス』を名乗る魔術師が居座っているな、今も。記憶違いでなければ彼は確か…魔術学院レアルカリアの学徒だった筈だ」

 

「――何ですって、レアルカリア出身者がッ!?こうしてはいられないッ!」

 

「おい狭間の少年よ、何処へ行くッ!?」

 

 灰の剣士がこうして狭間の地に降り立つ間、褪せ人は既にリエーニエの探索をある程度済ませていたのである。

褪せ人の記憶を探る灰の剣士。

彼の辿った道筋を脳内で思い返す、この先の下り坂を進めばイリス教会という廃墟に辿り着く事ができる。

その朽ちた建物には、魔術学院レアルカリア出身者が立ち往生していたと記憶していた。

褪せ人は既にイリス教会にて、『鈍石のトープス』と邂逅を果たし『聖杯の雫』もついでに入手していた。

その事実を告げた瞬間、輝石の貴公子は堰を切ったかのように全速でイリス教会の方へと疾走してしまう。

それを見た金剛石の騎士が引き止めようとするも、輝石の貴公子は形振り構わず走り去ってしまった。

 

「俺もレアルカリアとやらには深い興味がある。少年の気持ちも分からんでもないが、とにかく後を追おうぜ」

 

 すぐさまオーベックが反応し、追跡を開始した。

輝石の貴公子という少年。彼は幼少より魔術学院レアルカリアに入学する事を夢見ていた、純朴な少年だった。

だが先天性の病弱な身体により夢は潰え、結果的に彼は接ぎ木の貴公子としての人生を歩んでしまう。だがレアルカリアへの情熱は今も、彼の中で息づいていたのだった。

夢見たレアルカリア、その出身者が目と鼻の先に居るという事実――。

何か話が聞けるかも知れない。

普段は落ち着いた輝石の貴公子――。今はそんな期待感に我を忘れ、彼は一心不乱にイリス教会を目指した。

 

そんな彼の気持ちを汲みつつも、取り敢えず彼を追い駆ける事にしたオーベックたち。

 

「墓場からの骸骨戦士に気を付けよ!」

 

 灰の剣士(現褪せ人)の警戒を受け、皆もイリス教会へと続く。

 

……

 

「――あ、あのッ…!」

 

 もはや教会の体を成していない程に荒れ果てたイリス教会。

彼等が集っていた祝福からも大して離れておらず、彼は教会内へと侵入したと同時に一人の人物を発見する。

 

「おやおや、こんな辺鄙な所にお客人とは珍しい。…私に何か御用かな、少年?」

 

 血相を変え駆け込んだ彼を出迎えたのは、紺を中心に至る箇所を紅で彩ったローブを纏う壮年の禿頭男性だった。

間違いない。

彼の着ている衣服は、レアルカリア独特の衣装――。つまり彼こそが、『鈍石のトープス』その人だ。

 

「貴方が、レアルカリアの学士様ですね。僕は――」

 

 何を話そうかまでは考えずに、此処まで駆け込んでしまった輝石の貴公子。

残念な事に憧れのレアルカリアは、破砕戦争の煽りで封印が施され何人たりとも侵入が許されていないのが現状だ。

しかし此処には紛れもない学院出身者が居る。

若しかしたら、その彼からレアルカリアについて何か聞き出せるかもしれない。

好奇心と知識欲に駆られた少年の、若さ故の過ちの行動ともいえた。

何を聞くべきか戸惑っている間に、灰の剣士(現褪せ人)たちが追い付いた。

 

「おい少年…、一人で勝手に突っ走るな…!」

 

「す…すみません…つい…」

 

 追い付いたオーベックからの叱責を受ける輝石の貴公子。

だがオーベックも、レアルカリアには興味を抱いている身だ。好奇心に駆られた少年の気持ちは、彼なりに理解していた。

 

「お、おぉお…、今日はまた随分な大勢で…」

 

 対するトープスは、いきなり押し掛けた8人の男女に驚きの反応で返す。

エルデンリングが砕け久しい狭間の地では、正気を失った住民で溢れ返っている。その影響も手伝い、真面な会話ができる程の住民でさえ非常に稀にしか存在していないのだ。

たった1人2人の正気を保った人間と出会うだけでも、非常に困難な狭間の地という世界――。それがこの廃教会に、8人も集っているというある意味異常な状況。

彼が驚くのも頷ける話だ。

 

「お邪魔してしまったな、トープス殿」

 

「おお、君だったか。輝石の鍵は入手できたかね?」

 

「いや、まだだ。これから行動を起こそうとしていた」

 

「そうかそうか…。まぁ焦らず探す事だ、時間だけはたっぷりある…時間だけはな」

 

 トープスとの会話を交わす灰の剣士(現褪せ人)。既に二人は出会いを果たしており、彼は褪せ人の記憶を辿り、次に向かうべきは魔術学院レアルカリアである事は改めて再確認した。

レアルカリアの封印を解くには『輝石の鍵』というアイテムが必要であるという事実も改めて知る。

 

「我々はもう行く。お騒がせしてしまい申し訳なかった」

 

 これ以上の長居は無用だ。

少々浮かない表情の輝石の貴公子だが、今は円卓に行く事が先決。

トープスに別れを告げ、一行はイリス教会を出ようとした。

 

「あの、待って下さい…!もし宜しければ、この人も同行させて頂けませんか?お…お願いします…!僕が責任を負いますので…どうか…お願いします…皆さん…!」

 

 突如、輝石の貴公子が『トープスを同行者として加えてほしい』と皆に願い出る。また全責任を負うという条件付きで、困惑する皆に頭を深く下げた。

だが最も困惑していたのは、他でもないトープス本人であった。

 

「どうするかね、旅人よ?」

「卿が頭目だ、卿の決定に従おう」

 

 判断に惑う灰の剣士(現褪せ人)とトープスの同行を必死に願い出た輝石の貴公子。暫し思案する灰の剣士(現褪せ人)にソラールと金剛石の騎士は、判断を委ねる旨を告げる。

今の一党(パーティ)には指揮に長けた者も複数居たが、今は灰の剣士が憑依している褪せ人が主導で動いている。

やはり最終的な決定権は、灰の剣士(現褪せ人)にあると判断していいだろう。

周囲とトープスが灰の剣士(現褪せ人)に視線を集中させる中、彼は意外にも即決で答えを出す。

 

「構わぬ。だが自分の身は自分で守ってほしい。トープス殿、あまり彼に依存し過ぎないようにお願いする…と、分別を弁えた貴方ならその心配は無用かな?」

 

「おや、構わないのかね?なら、お言葉に甘えさせて頂くが…。え~、私は魔術学院レアルカリア出身のトープスと申す。輝石頭も被れぬ程の凡才な私だが、どうか宜しくお願いする」

 

 自分の身は自分で守る。それが彼の出した条件だ。

この狭間の地も危険に満ちた世界、彼も幾度となく死を迎えた経験がある。

だがトープスは、数少ない良識と多少の戦闘力を備えた魔術士でもあった。

輝石頭さえ被れぬ程の凡才ゆえ、自らを『鈍石』と揶揄していたトープスだが、同行させたところで然したる重荷にはならないだろう。

そういう訳で彼の同行を許した灰の剣士(現褪せ人)

それを受けたトープスは皆に自己を紹介し、皆もそれぞれの素性を簡潔に明かした。

 

こうして一行にトープスを加えた彼等は、祝福へと戻る。

 

「ほぅ、君達は此処ではない外の世界からやって来たと?」

 

「ええ。俺はヴィンハイムのオーベック。実は俺も、真っ当な魔術士を志している一人でしてね。この世界で名高いレアルカリアという学院に、深い興味があるんですよ」

 

「僕もそうです、トープス先輩…いえ先輩は失礼だな。()()()()()()と呼ばせて頂きます!僕はこの世界の住民ですが、幼少期からレアルカリアに入学したく憧れていました…!」

 

 早速、オーベックと輝石の貴公子はトープスとの会話に華を咲かせていた。

話題の中心は矢張りというか魔術学院レアルカリア。

 

「そうかそうか、レアルカリアさえ封印が施されてなければ、幾らでも案内してやれるのに残念だ」

 

 二人の若き探求者に、まんざらでもない表情で彼も快く受け応えていた。

 

「オーベックさんもあの子も、すっかり上機嫌になっちゃって♪」

 

「ハハハ、理の狂いし世界に於いては、唯の会話さえ娯楽の一種だからな」

「況してや真っ当な人格者が相手となれば、尚の事。この出会いも、ある意味で奇跡の親戚に過ぎんのだよ」

 

 上機嫌に会話を弾ませる3人に、ライザ、ソラール、ジークバルドは微笑ましい顔で見つめていた。

 

再び祝福に集った一行。

 

「トープス殿、此処に祝福があるのだが見えるだろうか?」

 

「いや…、残念だが私は導かれてはいないらしい。影も形も見受けられんよ」

 

 どうやらトープスには祝福を認識する事は出来ないらしい。

この事実は少々問題で、万が一戦闘で死んでしまおうものなら彼は復活する事ができない。そして祝福で傷の回復や転移も出来ないという事に繋がるのだ。

しかし転移に関してだけなら、それほど問題でもないだろう。何せ灰の剣士(現褪せ人)の肩に触れれば良いだけで、彼が転移を行えば彼を通じて自分も便乗できる。

 

「では皆、私の肩に手を置いてくれ。さ、トープス殿も」

 

 今から円卓へと皆を連れてゆく。

灰の剣士(現褪せ人)の肩に手を置くメンバー達、無論トープスも含め。

 

「では行くぞ」

 

 準備が整い、彼は合図と共に祝福へと念を込めた。

次の瞬間、皆の姿は其処に無く唯々冷たい風だけが『湖を臨む断崖』に吹き荒んだ。

 

……

 

(推奨BGM エルデンリング ―― 円卓 )

 

   ―― 円卓 ――

 

あの肌寒いリエーニエに比べれば、此処は幾分暖かい。

暖炉には火が灯り、落ち着きと豪華な内装は一種の安心感を提供する。

だが彼等が姿を現した途端、温かみある静寂な空間は俄かに騒がしくなった。

 

「うわぁ…なんか不思議な場所だね」

「此処が円卓――」

 

 灰の剣士(現褪せ人)の導きにより、円卓に辿り着いた一行。

館内を思わせる光景に、早速ライザと輝石の貴公子が反応を見せた。

 

「うむ…、大方予想していたが先客方が驚いておられるな」

「ここは友好を示すべきでしょう」

 

 続いてソラールと剣の乙女も、周囲に目と気を配る。

聖職者コリンを始めとする円卓の住民達は、呆けた表情で灰の剣士たちに意識を向けていた。

 

「皆、お騒がせして申し訳ない。お客人たちに円卓を紹介したく、此処に訪れただけだ。どうか気にせず、活動を継続して頂きたい」

 

 先客とはいえ、全域を合わせても総勢10名にも満たない円卓の住民。

そんな空間に8人(トープスを含め9人)も来客したのだ、しかも唐突に。これで驚くなという方が、些か無理というもの。

灰の剣士(現褪せ人)は彼等の心情を察し、簡潔に事情だけを告げる。また彼等も彼等で、直ぐに普段通りに戻った。

 

「此処で待っていてくれないか。今から百智卿を呼んで来る」

 

「何者かね、その御仁は?」

 

「円卓の指導者です、ロード。事情を説明すれば、何かと便宜も図ってくれましょう」

 

 このままでは先客たちに怪しまれるのは必至だ。彼等は彼等で無関心な素振りを見せているが、内心は気になって仕方がないらしい。

灰の剣士(現褪せ人)は百智卿ギデオンに事情を説明する事に決め、金剛石の騎士たちを待たせる事にした。皆に紹介するだけなら然程時間は掛からない筈だ。

彼は早速、ギデオンの部屋へと直行する。

 

以前訪れた時と全く変わっていない円卓内の構造。彼は迷う事なく、ギデオンの私室へと辿り着く。当のギデオン本人はというと、あの時と変わらず書面を読み漁っていた。

しかし、意外にも彼の方から声を掛けて来たのである。

 

「私は以前にも申し上げたのだがね。此処は、避難所でも寄合場でもない…と。君は円卓の一員として認めたが、あの客人たちは褪せ人擬き…私個人としてはあまり歓迎はしていない」

 

 ここで彼は読書を止め、兜越しに視線を傾けてきた。

彼の言葉はよく覚えている。

本来、円卓とは『2本指』に認められた者が滞在を許される場所で、大半の者は唯の居候に過ぎないのだと。

灰の剣士(現褪せ人)は、大ルーンを手にし『2本指』の言葉を授かった実績もある為、円卓の正式な一員として認められた。

しかし彼に追従してきた四方世界の住民達は、一時的に身を寄せる居候者として扱われた。

 

「そう邪険にしないで頂きたい。彼等に狭間の地を知って貰うには、円卓が最も適していると判断させて頂いたが故。そして指導者たる貴方の知見なら、円滑に知識の伝授が叶うとの考えに至った。どうか、ご助力の程をお願いできないだろうか?」

 

 これまでの経緯を説明する灰の剣士(現褪せ人)。しかしギデオンは、暫し彼を見据えたまま無言でいる。

 

「……。この私が、()()()()を知らないとでも思っていたのかね?外なる異界の戦士よ」

 

「――ッ!」

 

 褪せ人としてこれまで振舞ってきた灰の剣士だが、ギデオンには感付かれていた様だ。

 

「交換条件だ。君達の素性と世界の情報を譲渡したまえ、その代償として君達の滞在と協力を約束しようではないか。…悪い話ではないのでは?」

 

「……。此方の事情を許す範囲で良ければ」

 

「決まりだな」

 

 交換条件を提示された灰の剣士(現褪せ人)。少々逡巡したものの、彼の条件を吞む事にした。

ギデオンの表情は兜に隠れ窺い知る事は出来ないが、どうにも此方を値踏みしている様にも思える。

 

――この男…、やはり気を許すべきではないな。

 

確かにギデオンという男は、博識を有した賢者といっても差し支えないだろう。

だが此処は四方世界ではなく、狭間の地という異界だ。あまり此方の常識で推し量るのも、些か早計で危険かもしれない。

特に、この百智卿ギデオン=オーフニールという男は。

褪せ人に乗り移ったと知りながら自分を受け入れてくれた事には、感謝はすべきだろう。

しかしこの男からは、どうにも薄ら寒い腹黒さが拭えないのも確かだ。

 

「では此方へ、皆に紹介を」

「ふむ」

 

 警戒を悟られぬよう取り繕いつつも、ギデオンを中央広部へと案内した。

 

「ほぅ…確かに嘗てない程に大勢ご来訪されている。…お初お目にかかる、私は百智卿ギデオン=オーフニール。この円卓の長を務めし者」

 

 中央広場へと出たギデオンは、大勢の来訪者に己を紹介する。

 

「こちらこそ、迎えてくれたご厚意に謝意を示したい。私は金剛石の騎士(ロード)。此処ではない異界より参った」

 

 狭間の地では何の意味も成さない国家元首としての肩書を持つ金剛石の騎士。

しかし人の上に立つ指導者という立場である事も手伝い、彼が代表して挨拶を交わした。

 

「取り敢えず、席にて寛ぐが宜しかろう。この褪せ人(←?)から大体の事情は聞き及んでいる。まぁ茶も出せんが、ご容赦願いたい」

 

「百智卿どの、茶はないが酒の類なら(わたくし)カタリナのジークバルドが、ご提供いたそう」

 

「それは、かたじけない。では、ご相伴に預かるとしようか」

 

 灰の剣士(現褪せ人)から紹介された百智卿ギデオン=オーフニールという男。

狭間の地の知識を与える条件として、四方世界の知識を所望している事を告げた。

取り敢えず立ち話も無作法というもの。ギデオンは客人たちを中央の椅子へと座らせ、ゆっくりと話を聞く事にした。

 

「皆、暫しお待ちを。この際だ、別室の彼等も招待しようと思う。すまぬが誰か手を貸してくれぬか?」

 

「あ、あたし手伝ってあげる」

「俺も行こう」

 

 だが折角、円卓の住民が一堂に会す機会も得られたのだ。このまま別室の彼等を放置するのは、些か冷遇と考えた灰の剣士(現褪せ人)

彼等も招待する旨を伝え、ライザとソラールが手を貸してくれた。

 

「先ずは彼を招く。付いて来てくれ」

 

 ライザとソラールを引き連れ、テラスの方へと移動した灰の剣士(現褪せ人)

 

「おおぅ、ここ2階だったんだ」

「ふむ…城館並みの構造とみた」

 

 テラスから見降ろせば、眼下には広大な玄関広間(ロビー)が広がっている。少々薄暗く、何処となく寂しい印象は拭えないものの上品な調度品の数々に、ソラールは此処が城館に付随した建物だと判断した。

 

「此処に居た…、ロジェール殿…具合はどうか…?」

 

 灰の剣士(現褪せ人)が最初に招待すべきと判断した人物――。それは、魔術剣士ロジェールであった。

 

「……。…やぁ…貴方でしたか…、久しいですね…。以前よりも遥かに強い眠気に襲われ、もう自分の脚で立つ事も叶いません…。私に構わず、貴方は貴方の使命を果たして下さい……」

 

 彼とはストームヴィル城で出会い、随分助けてもらった。だがゴドリックを討伐して以来、彼は真面に動く事さえ困難となり現在も症状が進行しつつある。

こうして再開したものの、彼の反応は以前よりも遥かに薄弱だ。

 

「旅人よ…、この者はもう…残念だが…」

「灰君…」

 

 これ程判り易い程に弱り切っていたロジェールに、ソラールもライザも事情を察したようだ。

彼はもう直ぐ事切れる――。もはや考えるまでもないだろう。ロジェールの言う通り、このまま静かに逝かせてやるのも一つの情けかもしれない。

 

「そう言うな、ロジェール殿。最後なら最後で、せめて皆と共に同じ空気を吸おうではないか。…手を貸してくれ二人とも」

 

 一人寂しく…と言うのも狭間の地ならではの逝き方なのだろう。しかし灰の剣士(現褪せ人)の感性は、既に四方世界側に傾いていた。

最後なら最後、せめて皆に見送って貰うという趣も、温かみと生命の営みに溢れてはいないだろうか。

ソラールとライザの手を借り、ロジェールを椅子ごと持ち上げ中央広場へと運び込んだ。

 

「あたし、ライザリン=シュタウト。別の世界からやって来た錬金術士なんだ」

「俺はアストラのソラール、同じく外の世界より参った。太陽は偉大だ、デッカくて熱い父の様だ、ウワハハハ」

 

「申し遅れました。私は魔術剣士ロジェール、この様な体勢で大変心苦しい。時にライザリン=シュタウトさん、錬金術士と仰いましたがリエーニエにも鈴金術の残滓が転がっているかも知れません」

「えっ…?本当なのロジェールさん!?」

「ええ…。リエーニエの北方面、レアルカリア北の城館…。月の王女ラニも、その技術を納めていたとか…。そこの彼なら居場所を知っている筈です」

 

「灰君が――」

 

「…知っている。どのみち赴く予定だ」

 

 皆が待つ中央広場に運ぶ最中、ロジェールと自己紹介を交わしたソラールとライザ。

そしてライザが錬金術士である事を聞き、狭間の地にも錬金術が存在している事を告げたロジェール。

魔術発展の地リエーニエの北方面には、月の王女ラニが居を構えており彼女も錬金術の造士が深いと伝えた。また彼女の所在地は、灰の剣士(現褪せ人)が詳しく知っているのだという事も含めて。

この褪せ人は、灰の剣士が乗り移る前にリエーニエの探索をある程度済ませており、その過程で既に『月の王女ラニ』との邂逅を済ませ、仮とはいえ彼女に仕えていたのである。

灰の剣士は褪せ人に乗り移った状態であるため、記憶も共有している。この褪せ人の記憶を辿れば、ラニの元へ向かうのは造作もないのだ。

 

「有難う、ロジェールさん。あまり無理しないでね」

「ハハ、そのお気遣い…随分忘れて久しく…暖かい…」

 

 ライザからの気遣いを受けるロジェール。

狭間の地に導かれて以来、過酷な体験ばかりに塗れていたが久し振りに()()()()()というものに触れた気がする。灰の剣士(現褪せ人)たちに運ばれるロジェール、椅子の上で揺れる振動が何とも心地良かった。

 

ロジェールを運び終え、今度は別室へと向かう。

 

次に向かったのは、双子らしき老婆の部屋。

相変わらず話し掛けても反応はなく、ライザもソラールも困惑するばかりだ。

 

「ねぇ大丈夫、このお婆ちゃん?何も言わないんだけど…?」

 

「やはりダメか…。この二人はルーンと引き換えに色々道具を流通してくれてな。念のため誘ってみたのだが――」

 

「見ての通り、という訳か。他を当ろう」

 

 双子の老婆は普段から()()()。話し掛けようとも反応はなく、ルーンと引き換えに消耗品や必要最低限の武具などは提供してくれる。

謎に包まれた双子の老婆だが、一応は恩義にも感じておりこうして声を掛け見たのだが反応は帰って来ない。

仕方なく他を当る事にする。

 

次に向かったのは、混種の鍛冶師ヒューグの部屋。

灰の剣士(現褪せ人)も、武具の強化という分野で随分世話になっている。ここいらで礼も兼ね、酒の席に招待するのも一つの恩返し。彼はそう考えていた。

 

「ほぅ、アンタか…それと知らん新しい顔触れだな。まあ、やることは変わらん。武器を出せ…打ってやる」

 

 灰の剣士(現褪せ人)とソラール達の顔を見るなり、多少違う反応を見せたものの普段通りの姿勢を崩さなかった。

 

「ヒューグ殿。此度は貴方を酒の席に御招待したく、こうして参った。如何だろうか?」

 

「初めまして、ヒューグ…さん?…でいいのかな。あたしライザリン=シュタウト、錬金術士です」

「お初お目にかかる、俺はアストラのソラール。偶には息抜きもどうかな?決して悪い話でないと思うのだが」

 

 彼等の言葉を耳にしたヒューグは、一旦作業の手を停め彼等の視線を寄せた。

 

「アンタらの気持ちは嬉しいが、儂は円卓の虜囚だ。この鎖がその証よ」

 

 脚に繋がれた鎖を一瞥し、彼は再び武器を打つ。

 

「酷い…誰がこんな事を…」

 

 ヒューグの鎖を見たライザは、苦々しい表情を浮かべる。

 

「勘違いするな、お嬢ちゃん。儂は自ら望んで虜囚となり、こうして武器を打ち続けている。これが女王マリカとの約定であり、繋がりの証なのさ。…儂の代わりにローデリカを誘いな」

 

 誰がヒューグに拘束を強いたのかは定かではない。ライザが彼の鎖に悲痛な抗議を上げたものの、ヒュ-グ自身は()とも感じてはいなかった。

そして自分の変わりに、向かいに居る『調霊師ローデリカを誘え』と告げた。

 

「ならば折角だ、この武器を限界まで強化してくれぬか?」

「いいだろう」

 

 ヒューグは何時もの姿勢を崩す気はないらしい。ならば鍛冶師としての役割を果たして貰うべく、灰の剣士(現褪せ人)幅広剣(ブロードソード)と鍛造素材となる鍛石を手渡した。

そんな彼等を余所に、ライザとソラールが既にローデリカへと声を掛けている。

 

「ヒューグ様が行かれないのであれば、私も此処に……」

 

 どうやら彼女もヒューグと同じ態度を崩す気配がない。

少々困惑するソラールとライザ。

 

「何か此処の人達、凄く陰気臭いね、ソラールさん…?」

「そう言うな、狭間の地は荒れ果て生命の理が狂った世界だ。寧ろ意思疎通が叶うだけでも希少なのだぞ…」

「それは分かるけどさぁ…」

 

 ヒューグとローデリカの反応に、早くもライザは居心地の悪さを感じ取っていた。まぁそれも頷ける話である。

何せライザは、光の恩恵と生命溢れるクーケン島という環境で今日まで育ってきた少女。言わば狭間の地とは()()の世界に身を置いていたと言っても過言ではない。

しかしライザは、まだ知らないのだ。

僅かな間とはいえ視界に収めた『リエーニエ』も未だ見ぬ『リムグレイブ』も、まだ生命が辛うじて生き残る平穏な地域という事実に。

 

ローデリカも中央に赴くことを拒んでいるのなら、強引に連れ出すのも少々抵抗がある。

仕方なく諦めようとした矢先、ヒューグから声が投げ掛けられた。

 

「お前は行ってこい、ローデリカ。無理に言葉を出せとは言わん。今日を逃せば次は二度とない、人々の賑わいを堪能してこい――。」

 

「ヒューグ様…、私は此処に残らせて――」

 

「俺を少しでも気遣う気があるなら尚の事だ。俺の分まで楽しめ…、その後で酒でも持ってくれりゃあええ…。楽しみにしてるぜ…酒…」

 

「ヒューグ様…、分かりました…。少しの間、離れる事をお許しください…」

 

「…さっさと行きな」

 

 こうしてヒューグに諭され、ローデリカも一時ここを離れる事となる。

 

「ローデリカ、先に行っててくれぬか。次は『死衾の乙女フィア』に声を掛けて来る」

「分かりました、ではお先に」

 

 この部屋の奥にはもう一つ寝室が設けられ、其処には『死衾の乙女フィア』が居座っていた。

ローデリカを先に行かせ、次に寝室を向かう事にした灰の剣士(現褪せ人)たち。

 

「あ、誰か居るね」

 

「おや、珍しいお客人たちですね。初めまして祝福に導かれし新たな英雄様、私は死衾の乙女…フィア。…良ければ、其処な騎士様。貴方の生きる力…太陽の如き熱き力を私に分けて頂けませんか?」

 

 寝台に腰を降ろし佇むフィア。彼等の姿を目にし、彼女も面を上げる。

そして灰の剣士(現褪せ人)ではないもう一人の騎士、アストラのソラールに意識を向け『抱かれる』ことを望んだ。

 

――この女も相変わらずだな。使命の為、四方世界の住民さえ躊躇いなく利用するか…。いや、それは私も同じか…。

 

最初にフィアに会った時もこうだった。灰の剣士が乗り移った状態の褪せ人を前にしても、彼女は然して態度を崩す事はなかったのである。

彼女から漏れ出る死に準じたソウルは今も健在だ。さて、求められたソラールはどう動くのか?

 

「ハハハ、俺から太陽を見出してくれた事、実に光栄の至り。だが太陽を育む方法――。どうかな、此処は皆と共に交流に勤しみ酒と共に宿る太陽を育もうではないか…!」

 

 彼女からの要求に、ソラールは普段通りの態度を崩さず酒の席へと誘導した。その際、例のジェスチャー『太陽賛美』も忘れない。

 

「…フフ、変わった御方ですね。…いいでしょう、ではエスコートほど、よろしくお願いできますでしょうか?え…と――」

 

「俺は、太陽の騎士アストラのソラール。では我が手をお取りください、フィア殿」

 

 ソラールはフィアの前で膝を突き、手を差し出した。またフィアにしては珍しく、微笑を浮かべ彼の手を取りつつ寝台から立ち上がる。

 

「では太陽の方…参りましょう」

「うむ、フィア殿。…旅人よ、済まぬがお先に失礼させて頂く」

 

「ん…ああ…んむ…」

「…え…え?」

 

 何時の間にかソラールとフィアだけの空間が成立し、二人は寝室から去ってしまった。

その様子を唖然と見ていた灰の剣士(現褪せ人)とライザの入り込む余地などなかったのである。

 

「えと…何だったんだろ、あの人たち…?」

「…まぁ彼に任せておけば問題ない…筈だ…多分…」

 

 あの分別のあるソラールが、然う然うフィアの色香に惑わされる単純な男とは考え辛い。

ああやって酒の席に誘った事といい、彼なりの考えあっての行動なのだろう。

ソラールも感じ取っていた筈だ…、フィアから醸し出される死に準じたソウルを。

取り敢えずフィアの事は、ソラールに任せる事にしよう。

 

「さて、下段にも人の気配があるな。行ってみるか」

 

 フィアの件を済ませたが、下からも覚えのあるソウルが漂っていた。

灰の剣士(現褪せ人)はライザを引き連れ、ヒューグの居た部屋から下段へと降りた。

 

「…!?其処に居るのは、戦士ネフェリ=ルーか。久しいな、ゴドリックを討伐して以来か」

 

 降りて直ぐに見えたのは、勇猛な女戦士『ネフェリ=ルー』の姿だった。

 

「ねぇ、灰君。何か元気なさそうだよ、この人…」

 

 しかしどうにも彼女の様子がおかしい。長い間の交流こそ無かったが、彼女とは共に命懸けでゴドリックを討った間柄だ。

彼女の勇猛な戦いぶりは、四方世界の男冒険者を凌ぐほどで、もし彼女が四方世界に居れば多くの人々を惹き付けただろう。

だがそんな彼女が、深く膝を突き項垂れたまま反応を返そうともしないのだ。

端から見ればあからさま過ぎる程に、焦燥を重ねたかのような彼女。これにはライザも言葉を失っている。

 

「どうしたのだ、ネフェリよ?私の事が分からぬでもあるまい?…返事をしてくれ、戦士ネフェリ=ルー…!」

 

「……」

 

 幾度も呼び掛けようとも、彼女からの反応がない。

仕方なく彼女の肩に手をやり、軽く揺することで漸くネフェリは顔を上げた。

 

「ネフェリ…一体何が…?」

 

 あの意思の込もった瞳からは、微塵にも力を感じられなかった。焦点を失い何処を視ているのかも判別が付かない程に、彼女の瞳は虚ろで生気を失っていた。

 

「う…あぁ……もう…いい…どうでも……」

 

「「……」」

 

 やっとの事で言葉を返したかと思えば、意味のない単語をただ繰り返すのみ。

そして程無くし、彼女の身体は霧となり円卓から姿を消す。

 

「――ネ、ネフェリ=ルー!?」

「――嘘、消えちゃった…!?」

 

 あまりの突然な現実に、二人は驚愕し意識が掻き乱される。

女性の身でありながら信念と闘志に溢れ、孤高の道とを行く戦士ネフェリ=ルー。

そんな彼女が絶望に心を壊され、虚ろなまま姿を消した。一体彼女に何が起きたというのか?

少なくとも最後に彼女と別れた時は、今のような虚ろではなかった。

あの壊れよう――。

彼が四方世界に戻っている間、彼女の身に災厄が降り掛かったに違いない。

 

――ギデオンに聞いてみるか。

 

確かネフェリとギデオンは、義理とはいえ親子関係だった筈だ。

そして彼女が姿を消した時、アレは転移に付随する術である事も確定している。

何処かへ向かったという事か。

 

「戻ろう、もう此処に用はない」

 

「え…ア…うん…、っていいのほっといて?」

 

「放置はせぬ。だが情報を集めねば、対処のしようがない」

 

 原因は分からないが、ネフェリが心を壊し姿を消した理由。とにかく原因を探らねば、動きようもないのだ。

もう此処で出来る事はない。彼はライザを引き連れ、2本指の間へと向かう。

 

2本指の間も変わった様子はなかった。指の言葉を代弁するエンヤ婆を誘ってみたのだが、やはりというか断られてしまう。だが決して歩けないという訳でもなく、単純に役割を全うしたいというのが本音との事だ。

ライザは、2本指の姿に仰天している。

 

「そこな面濃(めんこ)いお嬢ちゃん、指を婆に見せてごらん」

 

「へ、指、ですか…?ど、どうぞ…」

 

 いきなり指を見せろと言われ、ライザは遠慮がちに指をエンヤに見せる。

 

「…ほぅ…ふむ…、外なる世界は太陽に恵まれ生命の律に溢れておるのだな。それは大変結構な事じゃ。しかしの、その恩恵も今や脅かされようとしておる。…そうじゃな?」

 

「「……」」

 

 ライザの指を凝視したエンヤは、四方世界の状況を看破する。

彼女の指を通じ、彼等の世界が生命溢れる光の世界ながらも暗雲が立ち込めている事も探り当てた。

 

「その為に我々は動いている。此処に来たのも、決して物見遊山という理由だけではない」

 

「ふぉっふぉっふぉ、それは結構。お主の宿主、褪せ人の使命がお主等の糧に繋がらん事を願っておるよ」

 

「…あとで酒の一つでもお届けいたそう。無論、2本指にもお供えする」

 

「中々、信心深い事じゃて。じゃが指様の言葉、くれぐれも忘れるでないぞ」

 

 結局エンヤを誘う事は叶わず、二人は中央広間まで戻る事にする。

 

……

 

「ようこそ円卓に参られた、四方世界なる外からの来訪者たち、そして今居る円卓の一員たちよ。こうして一堂に会したのも黄金律の巡り合わせ、我らの出会いを祝して乾杯…!」

 

「「「「「乾杯…!」」」」」

 

中央広間に皆が集い、ギデオンの短い祝辞と共に盃が交わされた。

ソウルの業が復活した事で、ジークバルドが底無しの木箱に溜め込んでいた『ジークの酒』が皆に振舞われたのである。

 

「では先ず、狭間の地に由来する歴史から語ろう。簡潔にだがね」

 

 酒を一口含み、味を堪能するギデオン。かなりのアルコール濃度を誇るジークの酒、喉を通った瞬間からカァッと熱いナニカが全身に行き渡った。

酒を喉に通し、彼は狭間の地の生い立ちを語り出す。

 

狭間の地に纏わる地理、歴史、文化、思想、()()()()()()()()――。

 

そして黄金樹の根幹ともいえる黄金律を司る『エルデンリング』という存在。

 

「エルデン…リング…」

 

「左様、嘗ての統治者『永遠の女王マリカ』がエルデンリングを砕いた事で全てが狂ったのだよ」

 

 エルデンリングという言葉を耳し、言葉を呑む金剛石の騎士。そんな彼に言い聞かせるように、女王マリカとエルデンリングの関係性についてギデオンは語る。

 

「では、この御方を含め誰かがエルデンリングを修復すれば、この世界は救済されるというのですね?」

 

「その通り、しかしエルデンリングを修復するには幾多もの『大ルーン』を手にしなければならん。そこな褪せ人は既に一つを所持し、次なる大ルーンを求めリエーニエに挑まんとしている様だがね」

 

 今度は剣の乙女が確認の意を交え質疑した。誰かがエルデンリングを修復しエルデの王へと至れば、狭間の地は嘗ての栄華を取り戻すだろう。

しかし、その為には世界中に霧散した大ルーンを得なければならず、その大ルーンは女王マリカの子孫たるデミゴッドたちが所有している。

手にするにしても一筋縄ではいかない者ばかり。幾人もの外来者である褪せ人が、エルデの王たらんと過酷な試練に挑んでは散っていった。

 

「黄金律が壊れて以来、狭間の地には災厄と不幸が蔓延り『死』が蔓延してしまった」

 

「ん?黄金律が健在だった時代、つまりエルデンリングとやらが正常だった頃は、死という概念が存在しなかったと?」

 

「そうとも。繁栄を極めた時代、死に際した住民は『環樹』と呼ばれる黄金樹の恩恵により新たな肉体と魂を授かる。無論、同一の存在を維持したままな」

 

 黄金律の健在な時代を語ったギデオン。その時代は、死という概念が取り除かれた黄金律の支配する時代でもあったのだ。

その事にソラールも些かの疑念を抱き、ギデオンに向けより深い仕組みを質疑する。そして帰ってきた答えが『環樹』と呼ばれる黄金樹の恩恵。

女王マリカが統治した時代よりも、はるか昔から黄金樹と黄金律という概念は存在し、狭間の地という世界を構築していた。

だが少なくとも女王マリカの統治時代は、『死』という概念の存在しない黄金律によって支配されてきたのだ。

また死に瀕した住民は、肉体も魂も黄金樹へと還り『環樹』というシステムにより新たに生まれ変わる。

しかし四方世界の彼等が知る『生まれ変わり、輪廻転生』という概念とは少々異なり、同一の存在として()()()()()を得るという事だ。

つまり、男女が協力して子を設ける必要もなく、今の黄金律が健在だった時代は夫婦間という繋がりも淡白と化していた。それでも多少、()()()()()は残留していた様だが。

 

「ですが、エルデンリングが砕けた事で再び死の概念も顕在化致しました。漸く『死に生きる者』たちの報われる時が到来しようとしているのです」

 

 ここで死衾の乙女フィアが発言する。彼女は生者の『生きる力』を身に宿し、遺体と(しとね)を共にする事で死者を蘇らせる力を宿していた。

そしてどうにも彼女の発言は、死という気配が纏わり付いている。やはりフィア自身も死に生きる者たちに属するのだろうか。

ソラールは彼女に視線を向けながらも、流れ来るソウルから『死』の気配を感じ取っていた。しかし彼女からは、彼等の居た世界の『不死人』や『亡者』とは何処か一線を画す別種の気配も感じ取れたのである。

それが、ソラールが彼女に近付いた最大の理由でもあった。

 

「愚かな事よ。汚らわしい死に生きる者どもに、居場所など無い。お前達は、言わば黄金律に反する背律者も同然。俺が手を下す前に、狭間の地より立ち去るが良い…!そこな死に損ないも愚かな行為に手を染めし者だ」

 

 そしてフィアに対し、感情の籠った反論を寄せたのは全身甲冑と奇妙な仮面で素顔を覆う、『死を狩る者・Ⅾ』と呼ばれる男だった。

また彼は言葉の最後に、ほぼ意識を失いかけている『魔術剣士ロジェール』に対しても蔑みの言葉を掛けた。

 

「ふ…相変わらずで安心しましたよ、Ⅾ」

 

 ここでロジェールも微弱ながら反応を返し、声音からは心なしか親しみが込められていた。

以前彼から聞いた事があった灰の剣士(現褪せ人)。確かこの二人は、嘗て道を同じくした友であった間柄であったらしい。

 

「我ら死に生きる者に存在価値はないとでも…。『運命の死』を取り除いた黄金律こそ、歪の極みではないでしょうか、Ⅾ様?」

「ほぅ…今直ぐ我が剣の錆となりたいか…?」

 

「お二方、抑えられよ。不戦の誓い…であったか?その誓約を破ってまで、剣を振るう意味などあるまい」

 

 黄金律の在り方としに生きる者達の存在意義を巡り、Ⅾとフィアが対立を始めソラールが二人を宥めた。

 

「太陽の騎士と言ったな、貴公も太陽を信奉するのなら理解できよう。黄金律こそが太陽の恵みに等しく、死こそが忌むべき腐海なのだと」

 

「むぅ…確かに俺は太陽に心血を捧げた身、それ自体は否定せぬ。だが死とて必然であり、何者も覆す事は叶わん。少なくとも四方世界ではそうだ」

 

 永遠の安寧を授けると言われる黄金律の恩恵と、運命の死により存在そのものを終える。

この両者の概念は、一見相反しつつも互いに切り離せぬ運命共同体なのではないか。いわゆる二律背反なのだと、ソラールは結論付けていた。

どうにも聞いた限りだと、黄金律は一見理想の様でいて何処となく欠陥が存在している様にも思える。まるで()()()()()()を除した、不死と何ら変わらない様にも解釈できたのだ。

だからと言って、運命の死、死に生きる者、に傾倒する気にはどうしてもなれない。死に生きる者と、彼等の馴染み深い不死人や亡者とは何が違うのか、彼は測りかねていた。

 

黄金律の信仰者である死を狩る者・Ⅾ。生者の温もりを糧とし力を蓄え、遺体と同衾する事で死者を蘇らせる死衾の乙女フィア。

 

この狭間の地に降り立ち間もないソラール達。この後、フィアとは然る約束を取り付けている。彼女は死に生きる者を自称しているが、纏うソウルは死の気配を帯びつつも生者のもので間違いない。

少々険悪な空気感を辛うじて抑え込んだソラールは、思案を含ませつつも様子見に決め込んだ。

 

「…では次に進もう、そもそも狭間の地が現在の様に至った経緯だが…――」

 

 再びギデオンが言葉を続け、現在に至るまでの歴史を語り自身の見解の交えながら話を続けた。

 

「貴重で深き御言葉、実に血肉となった。礼を言いますぞ、百智卿どの」

 

 狭間の地という世界観を一部とはいえ識る事が叶い、四方世界の国王でもある金剛石の騎士は謝意を示す。

 

「狭間の地に理解を深めて頂ければ、私の話も意義があるというもの。…さて約定通り、次は君達の世界についてご教授願えるかな。何処から、どの様な手法で、この世界に舞い降りたのか」

 

 ギデオンの話は一通り終わり、今度は四方世界について答えてもらう番となる。

彼、|灰の剣士が異界より舞い降り今の褪せ人に乗り移っている事実はギデオンも概ね感付いている。

しかし、灰の剣士という男の素性自体は未だ知り得ておらず、彼の住む世界と此処に訪れた手段をギデオンは知りたがっていた。

これは彼自身の、好奇心や探求心も拍車をかけている。

 

「やはり(わたくし)、国家元首が代表として応えねばならんな。ではお教えしよう、我々の住まう四方世界を――」

 

 金剛石の騎士が一国を担う国王と知って尚、周囲は然して驚く事はなかった。

そもそも王の名を冠する住民や褪せ人は後を絶たず、此処ではその様な肩書なぞ何の役にも立たないのだ。

その事に若干の肩透かしを食らった金剛石の騎士だが、彼は構わず言葉を続ける。

 

四方世界の成り立ち、時代の移り変わり、世界の外を観測する盤外の神々の存在、そして今に至る実状まで――。

 

「ほぅ…中々に興味深い世界よの、盤外を観測する神々――」

 

「私が特に興味を引いたのは、聖黄金樹なる樹木の存在ですね。その木にも『律』は宿っているのでしょうか?」

 

 金剛石の騎士の話が終わり、ギデオンと聖職者コリンは『盤外の神々』や『聖黄金樹』に深い興味を(そそ)られていた。

 

「いや、今の聖黄金樹は未だ成長途中。まだ未調査の部分も多く、殆ど何も判明していないのが現状だ。判明している事と言えば、あらゆる害悪から生命を守り抜き周囲の土地に豊饒を(もたら)している点だけだな」

 

「なんとなんと、では聖黄金樹も天を衝く程に威容なのですかな?」

 

「いいえ。然る御仁(花冠の森姫)の見解では、何れ黄金樹に並ぶほどに成長すると判断しておりましたが、今はほんの街路樹程度ですね」

 

 国王の言に反応を返すコリン。そこへ剣の乙女が、今の聖黄金樹の実情を付け加えた。

聖黄金樹を地母神神殿に植生し、ほんの一ヶ月程度しか経過していない。

灰の剣士が持ち帰った当時は苗木の状態であり、一ヶ月で街路樹まで成長する事自体が異常でもある。

しかし聖黄金樹に関してはまだまだ未知なる部分も多く、ギデオンの語る黄金律に属する要素を宿しているかどうかも疑わしいのである。

 

「その聖黄金樹を通じ君達は狭間の地にやって来た訳だが、元の世界に帰還する手段は確立しているのかね?」

 

「…その事なのだが――」

 

 灰の剣士以外の面々は、彼に追従する形で狭間の地へと舞い降りた。つまり彼の手法を真似た形で降り立っただけだ。

しかし帰還する方法など、彼らには知る由もないのも事実だ。

ギデオンの質疑に言葉を詰まらせた金剛石の騎士を始め、灰の剣士(現褪せ人)へと視線を向ける。

 

「確実な方法など私にも解らない。だが以前の回では、一定の目的を果たす事で強烈な睡魔に見舞われ、気が付けば四方世界へと帰還していた」

 

「ふむ、あの時か。君は以前、大祝福の前で突っ伏し意識を失っていたね」

 

 こうすれば確実に帰還が叶う…などという方法など灰の剣士自身にも分からないのが実情だ。

しかしある程度の目的を達成すれば、何時の間にか帰還が叶っていたのだ。

 

最初の一回目は、忌み鬼マルギットと戦う事で――。

2回目は、ストームヴィル城にてゴドリックを討ち大ルーンを手に入れた事で――。

そして、3度の、今の降臨――。

まだ憶測だが、恐らくはレアルカリアを攻略し大ルーンを得る事が今回の目的と判断していた。

 

「ふむ、やはりレアルカリアへと挑むという訳だね」

 

「その通り。それが私たちにとっても、この宿主である褪せ人にとっても利害が一致となる」

 

 灰の剣士の宿主である褪せ人の使命は、言うまでもなくエルデの王へと至る事。その為には、エルデンリングの修復に使う複数の大ルーンが必須となるのだ。

情報では最低2つあれば、エルデンリングの修復が叶うというではないか。ならばあと1つを手にすれば、彼の使命にも大きな躍進にも繋がる事は間違いない。

 

「ならば此処で準備を整え、目的へと邁進するが良かろう。それが我々の利にも叶うのだからな」

 

「その積りだ、ギデオン=オーフニール」

 

 こうして彼等の談義は滞りなく進み、やがて終わりを迎えた。解散となり、各々は再び自らの活動を再開する。

 

……

 

中央広間では、二人の男が少々の口論を繰り広げている。

 

「まさかお前も此処に来ているとは思わなかった、壷師のディアロス」

 

「ん、壷…師…?何を言ってる?いや、貴公…何者だ?なぜ私の名を知っている?」

 

 ヴィンハイムのオーベックとホスロー家の騎士ディアロスの二人だ。

 

「知っているも何も、お前、壷師として働いているんじゃなかったのか?近い内に、お前の村を訪ねようと思っていたんだぞ、ゴブリンスレイヤーという冒険者と共にな」

 

「すまんが、何を言っているのか分からない。私は貴公など知らんし、そのゴブ何とかという冒険者の事も…、私を誰かと間違えていないか?」

 

「どうしたんだ、お前?それにいつも一緒に居た女…確かラニアさん…とかいったか?あの人は連れていないのか?」

 

「――貴公、ラニアを知っているのか?どこで見た!?」

 

「お前の住んでいる村だ。彼女と共に壺師として暮らしていただろう」

 

「……。本当に誰なんだ、貴公は…?」

 

「お前…本当にディアロスだよな…?」

 

「……」

「……」

 

 まるで顔見知りに出会ったかのように話し掛けるオーベック。

しかし当のディアロスとは、どうにも会話が噛み合わない。

互いが互いの素性に困惑し、そこで会話が途切れてしまった。それに考えてみればあまりに不可解だ。

オーベックの言葉を吟味するなら、彼とディアロスという男は四方世界で出会っているという事になる。何せ、会話の中に四方世界の住民であるゴブリンスレイヤーの名が出てきたからだ。

それにオーベックは、この狭間の地に来たのは今回が初めてであり、それより前に狭間の地の住民であるディアロスと出会ったというのも不自然でもある。

オーベックは魔術師を志し、更に難解な魔法のスクロールや魔道書なども解読してしまう程の記憶力と知識量を有した人物だ。

そんな彼が、個人を違えるというのも考え難い。

しかしディアロスは、オーベックという男は知りえていない様子。これは一体どういう事なのだろう。

外見上、騎士鎧を纏っているディアロスを、オーベックは『壺師』と呼んだ。これも何か引っかかる。

だが会話も噛み合わず進まない二人を見かねた灰の剣士(現褪せ人)は、二人の間に介入する。

 

「ラニアという女だが、リムグレイブでは見ていない。以前でも隈なく探索してみたが、彼女らしき人物は見当たらなかった」

 

「貴公…、そうか…。手間を掛けさせてしまったな、礼を言う。なら、リエーニエの可能性が高いな」

 

(オーベック、後で事情を聞かせてくれ)

(ああ…、すまん。変な事に巻き込んでしまったな)

 

 ディアロスにはある程度の情報を与え、オーベックには小声で訳を聞こうとした。

そこで一段落ついたのか、二人も会話を切り上げた。

そしてオーベックから事情を聞く灰の剣士(現褪せ人)

 

「そういう事だったのか…。同名の、しかも同じ見た目と人柄の彼と…ラニアという女が四方世界の…隣の村に居たなんてな」

 

「ああ、俺も動揺している。どうして壺師のアイツが、異界の…狭間の地の円卓とやらに…こんな所に居るのか、俺が知りたい位だぜ…全く…!」

 

 なるべくディアロスの耳には入らない様に、広間の片隅で言葉を交わしていたオーベックと灰の剣士(現褪せ人)

この状況は、確かにおかしい。

いや、今思えば、鈴玉狩りの件も、捻じれ杖の男こと忌み鬼の件も、死儀礼の鳥の件も、そしてロスリック不死街から繋がっている朽ちた狭間の地らしき異界についても、余りに不可解な謎が多過ぎるのだ。

その謎を解き明かすカギがあるかも知れないと期待し、灰の剣士(現褪せ人)は狭間の地にこうして降り立ったのだ。無論、それだけが理由ではないが。

これでは真相解明どころか、却って謎が深まってしまった。

 

別の区画では、金剛石の騎士と剣の乙女が小声で話し込んでいる。

 

「陛下、もう一つの狭間の地の事は明かさなくて宜しかったのですか?」

「ああ、取り敢えずはな。…それにあの、百智卿ギデオン=オーフニールという人物…、どうにも腹の底が読めん。気を許す男ではないだろうな」

 

 狭間の地の知識を得る代わりに、四方世界について明かした金剛石の騎士。しかし、全容を包み隠さず話した訳ではなかった。

特にロスリックより繋がっているとされる、朽ちた狭間の地の事は伏せておいたのである。

彼は国家元首という政治の世界に身を置いている。

ああいう、腹の底にイチモツを抱えた輩と接す機会など、辟易する程に恵まれているのだ。

もはやソウルを感知するまでもなく、立ち振る舞いや口調振りから何処となく傲慢さや腹黒さなど垣間見えていた。

ふと灰の剣士(現褪せ人)と目が合った金剛石の騎士。

 

「……」

「……」

 

 向こうからも無言で短く頷いた。

どうやら彼も同じ考えであるらしく、百智卿なる男には一種の警戒を抱く事に間違いはないようだ。

 

「鈴玉狩りですか?まさか貴方がたの世界でも出没したのですか?それは些か不可解ですね…。くれぐれも気を付ける事です、アレは狂気に魅入られし正に狂った殺人鬼。もし遭遇したなら一目散に逃げる事をお勧めします」

 

「ご忠告痛み入る、コリン殿。やはり貴奴は、この世界の住民で間違いなかったか」

 

 聖職者コリンと会話していたジークバルド。

例の鈴玉狩りに関しての情報を、やり取りしていた。

 

「リエーニエでも遭遇する可能性は高いですね。主に、行商人や流れ者を狙う傾向があります。ですが団体行動を徹底するのであれば、然程の危険は無いかもしれません。貴方がたに、黄金の導きがあらん事を」

 

「うむ。このカタリナのジークバルド、たとえ見知らぬ異界であろうとも邪悪なる賊徒を見過ごす事は出来ん。もし遭遇したのなら、迷わず斬り伏せてくれようぞ、ウワハハハ…!」

 

 鈴玉狩りは、本来なら狭間の地の住民なのだ。四方世界の街で出現した鈴玉狩りは、一度は討伐したものの闇霊という霊体であり本体ではない。

どういう仕組みかは検討も付かないが、この狭間の地にて再び出会う可能性は充分にある。

しかしジークバルドは、次に遭遇したとしても完全に仕留める意気込みを見せていた。

 

灰の剣士(現褪せ人)は、ギデオンの部屋に訪れていた。理由は、彼の義娘でもあり辺境の女戦士でもある『ネフェリ・ルー』の変貌についてである。

あの高潔で強い信念を持ち勇猛果敢に戦う戦士が、完全な虚ろとなり目の前から姿を消してしまった。

自分の居ない間、彼女に何が起きたのか。その原因を訪ねていた。

 

()()()は何も知らないだろうが、()()アレに『セルプスの精薬』を呑ませたのだよ。つまり(灰の剣士)ではない(褪せ人)が、アレに引導を渡したという事だ」

 

「…そういう事か」

 

「褪せ人の記憶は探れるのだろう?ならば、脳内を辿ってみたまえ。一々経緯を説明して差し上げる程、私も暇ではないのだよ」

 

 灰の剣士が乗り移っていない間の褪せ人が、彼女に何らかの措置を施したという事実が判明する。その事に少々の動揺を覚えたが、ギデオンの指摘通り褪せ人の脳内を探ってみる事にした。

 

――リエーニエ…しろがね村…聖樹の秘割符…義父への疑念と翻意…そして…魔術教授による傀儡化…。

 

褪せ人の記憶にはネフェリとの交流が綴られていた。

 

どうやリエーニエの然る場所に、しろがね人と呼ばれる所属の住まう村が在ったらしい。――らしいと言うのは、既に滅び去っていた為である。

彼女と再会した褪せ人。余談だが、灰の剣士ではない褪せ人の振る舞いに、彼女は多少の違和感を感じていた様だった。

村に住まう住民達は皆殺しに遭っており、ネフェリは村の惨たらしい仕打ちに心を痛めていた。

 

―― …ああ、お前だったか。お前は、どう見る?この村の惨状を。…幼き日、同じ光景を見たことがある。弱き者たちの蹂躙、略奪、殺戮を…人の世の悪夢を…。…だが私はもう、あの頃の幼子ではない。時遅しとはいえ、せめて報いをくれてやろう。…蹂躙の主たちにな。刻んでやる。ネフェリ・ルーは戦士だ ――

 

惨たらしい村への虐殺、それを黙して看過できない彼女は、犯人へと報復すべく褪せ人と協力し襲撃犯を屠った。

だがその後、彼女は村襲撃の主犯が義父ギデオン=オーフニールである事を知り愕然としたのである。

褪せ人と別れを告げた彼女は、真相を確かめるべく円卓へと戻った。

そして、彼女はギデオンから縁を断絶され捨てられる事となる。

 

―― ああ、そうだ。私は義父に捨てられたのだ。感傷に溺れ、命を忘れ…、彼の手駒を損なった、罰としてな…。義父は、ギデオン卿は、ずっと私の導きだった。彼がエルデの王になるために、何でもするつもりだった。それなのに、私は…彼を裏切ってしまった ――

 

ギデオンの計画を妨害し、あまつさえ疑いの念を向けてしまった罰――。それが彼女と彼の絶縁という形で言い渡されたのである。

聖樹へ至る為の鍵となる『聖樹の秘割符』を手中に納める…たったそれだけの為にギデオンは、虐殺と義娘の関係をも切り捨ててしまった。

その執念は凄まじく、褪せ人が結果的に入手できた『聖樹の秘割符』を奪取する為に、彼の部下である『エンシャ』を刺客として差し向けてきた。

安全な筈の円卓であるにも関わらず。不戦の誓いを破棄してまで――。

結局エンシャを返り討ちにした褪せ人。彼がもう居ないのは、それが理由だ。

 

虐殺の惨状と義父への疑念と絶縁――。これまで導きの寄る辺でもあったギデオンに捨てられた彼女は、失意の底へと沈み絶望の渦へと追いやられた。

 

―― …そして私はもう、義父を信じきれずにいるのだ…あの者たちが義父の命で、あの惨劇を起こしたのなら彼の正義はどこにある?義父は言っていた。彼がエルデの王になればもう二度と、弱き者が奪われぬ治世を敷くと。あの言葉は偽りだったのか? ――

 

ギデオンもまた、エルデの王を目指す者の一人であるらしい。彼の目指す治世に、争いや弱者が苦しむ世界など存在しないと。彼女は、彼の言葉を信じ只管に己の正義を成してきたつもりだった。

だが目にした結果は、御覧の有様。

ネフェリは心折れ、もうあの時の様な高潔なソウルを宿す事はなかった。

褪せ人は仕方なくその場を離れ、活動を再開する。

 

しかし彼女への災厄は更に続いた。

 

―― 君にひとつ、使いを頼もうじゃないか。ネフェリという女を探し出し、ある薬を飲ませるのだ。それくらいなら、君にもできるだろう? ――

 

魔術教授セルプス

 

彼は、リエーニエ北端に位置する塔に居を構える魔術師であり月の王女ラニの部下でもある男だ。

どうにも彼は特殊な趣向に傾倒しているのか、人を傀儡化させ、愛で、収集する、という性癖を持ち合わせていた。

そしてどこから情報を入手したのかは知らないが、戦士ネフェリ・ルーに目を付けていた。

彼女を傀儡化させるため、褪せ人に『セルプスの精薬』を託し彼女に飲ませる事を画策した。

 

そして褪せ人は再び彼女の下に訪れ、例の精薬を飲ませたのであった。

その時のネフェリも心が折れていたのか、それが怪しい物と知りながら敢えて受け入れ自嘲気味に飲み干していた。

 

「…そういう経緯があったのか」

 

 一通りの記憶を読み取り、灰の剣士(現褪せ人)は大体の事情を理解する。

 

「そういう事だ。なぜ褪せ人がセルプスごときの要求に応えたのかは、私にも真意は分からん。だが、あの娘は最早用済みだ。自由にして構わぬよ」

 

 ネフェリに対する情の欠片も無いかの様のに振舞うギデオン。

そんな冷徹な彼に、義憤を覚えながらも表には出さず事実を受け止めた灰の剣士(現褪せ人)

 

「事情は分かった。私は活動を再開する」

 

「それが賢明だ。凡愚の意志など、忌み角にも劣る害悪というのに…だが女王は、それをこそお望みかもしれぬ。我ら褪せ人にな」

 

「……」

 

 ギデオンの言葉を背に受け、灰の剣士(現褪せ人)は部屋を後にした。

 

――やはり、疑いもなく信用できる男ではなかったな。あの腹黒さ、相当危険だ。

 

義理とは言え娘に対する仕打ち、目的の為なら過去の言葉や決意すらも反故にする欺瞞と謀略。

彼の業は、褪せ人の記憶に生々しく刻み付けられており警戒するには充分だ。

 

「何とかネフェリの心を戻したいが、何ゆえ褪せ人は精薬なぞを飲ませたのか?下卑た悪意に染まるような男とは思えんのだが…?」

 

 どの様な思惑で褪せ人がセルプスの要求に応えたのか、その真意を彼は測りかねていた。

若しかしたら本当に邪欲に染まった可能性も考えられるし、或いは彼なりにネフェリの苦痛を取り除くために敢えて精薬を飲ませたのかも知れない。

結局考察を巡らせたところで、褪せ人の真意は分からなかった。

しかし今、彼を動かしているのは、この灰の剣士だ。褪せ人の真意がどうであれ、灰の剣士はネフェリの心を取り戻したかった。あの高潔で気高い戦士の心を。

 

「会いにいくか…ラニの元へ…」

 

 レアルカリアへの侵入と、ネフェリを戻す方法。月の王女ラニなら何らかの情報も期待できる。

灰の剣士が宿った状態で会いに行くのは初めてだが、敵意が無い事を示せば悪い関係には発展しない筈だ。

次なる目的を定めた彼は、中央広間へと戻った。

 

……

 

死衾の乙女フィアに通ずる扉は閉ざされていた。室内に居るのは彼女とソラールの二人だけ。

 

「ねぇ、あのフィアって人から悲鳴みたいなの聞こえるけど、大丈夫なの?」

 

 部屋の外ではライザが心配気な様子で、閉ざされた扉に向け聞き耳を立てていた。

 

「無粋ぞ、錬金の少女よ。此処は二人だけにしておきたまえ」

「でもさぁ、只事じゃないよ絶対。なんか苦しそうだもん、フィアさんの声…」

 

 ライザの行動を諫めるジークバルドだが、彼女は部屋内の様子が気になるのか尚も聞き耳を立てたままだ。

フィアの部屋には寝台が設けられており、乱れたシーツが彼女の役割りを物語っていた。

一定の知識を有す男女なら、部屋で何が行われているのか――。敢えて語るまでもないだろう。

恐らくだが、理解していないのは()()()()()()()だ。

 

「ねぇ皆、心配じゃないの?さっきから変な声ばっか聞こえるもん。『アオぉ~ん』とか『んおォォ』とか『んほおぉぉおぉ!』とか、絶対普通じゃないって――」( ̄□ ̄;)

 

「一々実況する必要はない。時間が経てば、自然に落ち着く。此処は太陽の騎士に任せるのだ、クーケンのライザ」

 

「でもぉ…あのソラールさんが、女の人虐めるとは思えないし…灰君なら、やりそうだけど…」

 

「失敬だな、貴公…!」( ゚ ω ゚ )

 

「ああ…!またキコウなんて他人呼ばわりしたぁ…!」(`ω´)

 

 部屋内の様子を、わざわざ言葉に出し中継していたライザ。

彼女は純粋な善意で心配している様だが、それは却って要らぬ下世話というものだ。

ライザに対し、金剛石の騎士までもが彼女の行動に苦言を呈す。

あの寝室にはソラールとフィアだけだ。ライザ自身も、ソラールの人柄は自分なりに理解していた。

優れた人格と武勇を誇るソラールが理由もなく、女性に手を上げるとはとても思えない。言葉の端々で、灰の剣士をディスり、ちょっとした口論も繰り広げたライザと灰の剣士(現褪せ人)

 

ライザ達から一歩離れた距離では、剣の乙女とローデリカが顔を真っ赤に染め上げそっぽを向いている。

 

「私は外しますね…///」( ̄ω ̄;)

 

 そう言うや否や、剣の乙女は中央広間へ退避してしまった。

 

「全くお盛んな事で…、ンぐ…ング…ブハぁ…うめぇ…!」

 

 また混種の鍛冶師ヒューグも鍛造の手を休め、ジークバルドより差し出された酒を飲み一服していた。

 

「なになに?『しゅ、しゅご~い、しゅごいのぉ~、太陽の方ぁ…!』、『イクイク、逝っちゃいますぅ~ッ!』…って何処かに行くのかなぁ、ねぇ…灰君はどう思う…?」

 

「…ノーコメント…」(ーωー)

 

 どうやらライザは気になって仕方がないようだ。幾ら咎められようと、壁に耳を当てる行為を止める積りはないらしく、相変わらず部屋内の状況を口に出していた。

しかも灰の剣士(現褪せ人)に、見解を聞き出す始末。当然、彼は何も答える気はなく『ノーコメント』とだけ呆れ混じりに返す。

 

――それにしても、ソラールも良く励む気になれたな…。狭間の地での私は、微塵も性欲など湧かんというのに。

 

視界に納めずともフィアとソラールの行為など把握できる。だが狭間の地において、そういった行為に興味を抱く者など絶えて久しい。四方世界では、当たり前のように愛情や性欲を基に男女が交わる。

だがこの世界では、真面な性欲で行動する者など外から来訪し間もない褪せ人ぐらいであろう。

また灰の剣士(現褪せ人)も、狭間の地に降り立った当初から性欲など消失し、フィアの誘いには一度たりとも受け入れていなかった。

ソラールの太陽の如きソウルが、狭間の地の狂った黄金律に抗っているのだろうか?真相は謎のままだった。

相変わらず聞き耳を立てるライザの臀部を凝視してみた。『貴人服』に身を包んでいたが、彼女の身体は扇情的なラインを形成している。

しかし四方世界の時とは違い、興奮も劣情も全く催す事はなかった。

 

それから幾許かの時間が経過し、一連の行為も落ち着いたのか扉の鍵が解かれた。

 

「――あ、本当に大丈夫…って、何してんの二人とも…?」

 

 開錠された途端に、一も二もなく部屋に飛び込んだライザ。彼女の心配をよそに、ソラールとフィアは何故かジェスチャー『太陽賛美』で天を仰いでいた。

グレートヘルムで顔を覆っているソラールは兎も角、フィアは満たされ悟りを得たかのごとき表情を浮かべている。

 

「如何かなフィア殿?我が太陽を胎内に宿した気分は?」

 

「はい、とても温かい…いえ、とても熱く存じます。…これ程の熱さを宿した事など、未だ嘗て一度も御座いませんでした」

 

「うむ、そうであろうそうであろう…!我が太陽は未熟なれど、何時の日か究極に至りて、万民を照らそうぞ…ウワハハハ…!」

 

 ソラールもフィアも太陽賛美で天を仰ぎながら、大層ご満悦な様子だ。

 

「終わったようだな。では私も微力ながら祝福をば――」

 

 そして灰の剣士(現褪せ人)も、ジェスチャー『リングのポーズ』で二人にささやかな祝福を送る。

 

「な、なんなの…この奇抜(シュール)な光景は…?」

 

 太陽賛美に対し、リングのポーズで迎えた異様な光景――。周囲の面々、特にライザは何とも言えない表情で固まってしまう。

 

その頃、中央広間では輝石の貴公子やオーベックが、ロジェールを通じ幾つかの戦技や魔術を教わっていた。彼は殆ど動けない状態だが、ソウル(ルーン)のやり取りで伝授自体は可能であった。

加えて剣の乙女も、聖職者コリンから幾つかの奇跡(祈祷)を伝授してもらっていた。

彼等に同行していたトープスは、暖炉の傍でゆっくりと身体を休めている。長旅の所為もあり、かなり体に負担が掛かっていた様だ。

 

さて少しばかり長居してしまった様だ。そろそろ出発してもいい頃合いだろう。

灰の剣士(現褪せ人)たちは、円卓を去る事にした。

 

「皆ぁ、有難うねぇ…!あたし達は、もう行くねぇ…!」

 

「貴方たちに、黄金律の導きがあらん事を」

 

 皆を代表する形で何故かライザが周囲に礼を述べ、聖職者コリンも快く送り出してくれた。

 

「ロジェール殿、ご自愛されよ」

「有意義な話。とても為になりました、有難う御座いますロジェールさん」

 

「…ハハ…最後に、いい思い出ができました。貴方たちの成功を心より願っています」

 

 灰の剣士(現褪せ人)と輝石の貴公子が、尚も弱っていくロジェールに礼を述べ、対するロジェールも掠れた声で彼等の成功を祈る。

恐らく此度が今生の別れとなるだろう。二人は可能な限り、ロジェールの姿を記憶に焼き付けた。

 

……

 

(推奨BGM エルデンリング ―― 満月の女王レナラ )

 

灰の剣士(現褪せ人)たちが去った円卓は、何時も通りの閑散とした静寂に包まれる。

 

「全く愚かな男だ。死に触れたばかりに、折角の才能も無駄と化したな」

 

 静かに口を開いたのは、死を狩る者・Ⅾ。無論、ロジェールに対してだ。

 

「最後に看取って頂けるとは…、…どういう風の吹き回しです、Ⅾ?」

 

「フン…、お前の愚かな最期を嘲りながら見届けてやろうというのだ。有り難く思え…」

 

 憎まれ口調で減らず口を叩きながら、ロジェールの乱れた毛布を掛け直したⅮ。

暫し両者は無言でいた。

 

「…ゆっくりと旅立て…友よ」

「見送って…くれて…、アリガ…トウ…と…もよ…」

 

 一人の魔術剣士が、密かに息を引き取った。

深めに被った帽子に隠れ、彼の表情は窺い知れない。しかしきっと、彼の表情は、安らかに穏やかに満ちているのだろう。

嘗て袂を別った友に見送られながら――。

 

……

 

いつもと変わらぬ静寂な空気包まれる円卓、暖炉の燃える音だけが中央広間に響くのみであった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ジークの酒

 

カタリナのジークバルト謹製の酒。

樽のジョッキに満たされた旅用の品。

HPを回復し、一時的に冷気耐性も高める。

本来、不死人が酒を楽しめるはずもなくジークバルトは何らかの工夫を凝らしたのだろう。

不死の時はあまりに長く、酒と謳歌が欲しいのだ。

 

かなりのアルコール度数を誇るのか、酒豪で知られる鉱人でさえ唸らせる程だ。

火酒にも劣らぬジークの酒――。お国柄、彼は酒に関する造士も深かった。

 

 

 

 

 

 




8人がリエーニエに降り立ったので、必然的に長くなりました。ちゃっかりトープスも加わっています。
リエーニエ探索と、狭間の地の諸々に驚く皆の反応を書きたかったのですが、円卓の交流がメインになってしまいました。

灰の剣士(現褪せ人)が剣の乙女に手渡した『旅巫女シリーズ』ですが、何故か入手済みです。本来のゲーム中では、巨人たちの山嶺という終盤で手に入ります。この辺はちょっと原作無視という事で。

次回は、魔女ラニに会いに行くシナリオがメインになるかと思われます。
それにしてもライザが居るだけで、狭間の地が少しばかりコメディっぽくなってしまった。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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