ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
R18を執筆していたら、本編を疎かにするところでした。危ない危ない…。
少し期間が空きましたが、一先ずのお話が出来ました。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第145話―狭間の地・湖のリエーニエ・アルター高原へ―

 

 

 

 

 

 

霜踏み

 

魔力をこめた震脚を放ち、霜の地走りを起こす戦技。

霜には、冷気属性の範囲攻撃と状態異常効果がある。

 

工夫次第では、様々な局面に対応も叶うだろう。

結局は、使い手次第で真価が問われるのだ。

しかし会得するには、若干の魔力と氷に関する親和性が必須となる。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(推奨BGM エルデンリング ―― 満月の女王レナラ)

 

 魔女ラニの座す尖塔へと戻った灰の剣士一行。

輝石が放つ青白い照明の中、『輝石の鍵』の回収成功をラニへと告げた。

 

「手に入れたようだな。…確かに、これは紛れもない輝石の鍵だ。だが従来のままでは、一人しか封印を破れぬ」

 

 ラニの言う通り、現状の鍵ではレアルカリアの封印を抜け侵入できるのは、使用者一人に限られてしまう。

本来なら、大ルーン取得のために使用するのは、灰の剣士(現・褪せ人)であるべきなのだ。

しかし彼以外にも、様々な思惑でレアルカリア侵入を望む者が此処には大勢居た。

 

「錬金術に長けた人物が来訪するという話だが、未だに姿が――」

 

「案ずるな、……お越しになった」

 

 輝石の鍵に錬金術を施し改良を加える、という話で事が進んでいた筈だ。

だが此処には、それらしき人物の姿など見当たらない。

程無くして彼女の座す傍らから小さな魔法陣が展開し、光と共に一人の人物が姿を見せる。

 

「…フゥ…、この異界に来たのは何度目かな?…おっと、失礼いたしました、月の王女ラニ様」

 

 女性だ。長い黒髪に、品格を備えた貴族服と上質の外套を羽織り、眼鏡をかけた年齢不詳の女性。

しかし口調は何処となく砕けており、適応能力の高さと確かな実力を匂わせた。

どうやら狭間の地にも数度に渡り往来している事が、セリフから読み取れた。

ここがラニの塔である事に気付き、件の彼女はラニに対し恭しく首を垂れる。

 

「良くぞ参られた、異界の錬金術師よ。用件は分かっていよう」

 

「はい、既に準備は整って御座います。…え~、はじめまして…かな、諸君?」

 

 この女性が異界の住民である事は、以前よりラニから聞き及んでいた。

また自身の役割も既に把握している事が判明し、これなら円滑に事が運びそうだ。

ラニとの短いやり取りの後、彼女は灰の剣士たちに向く。

 

「諸君も知っての通り私は異界の錬金術師、名はアスト……コホン、本名は不味いか、そうだな…『アルケミーのマイスター』とでも名乗っておこうかな?」

 

 自己を紹介する最中、ふと本名の公開を避け自らを『アルケミーのマイスター』と代名で名乗る。

 

アルケミー(錬金術)はまだ分かるがマイスター(達人)とは大きく出たね、ミステリアスなお姉さん。おっと、俺はヴィンハイムのオーベック」

 

 マイスターを自称できる人物など、どの世界を探してもほんの一握りだけだ。

彼女のマイスター発言を聞き、ヴィンハイムのオーベックが真っ先に言葉を交わす。

 

「それはそうだろう、イケメンさん?いい女は何時でも謎めいているものさ、此処に御座すラニ様を含め…な」

 

「世辞は良い…、相変わらず其方は、此処を賑やかにしてくれる」

 

 オーベックの言葉をも軽く受け流し、掴み所のない彼女の砕けた言葉使い。

狭いながらも冷厳なラニの間の空気感は、幾分和らごうとしている。

 

「あの、マイスター…さん?なんか服装…見た事があるような気が…。あ、あたし、ライザリン=シュタウト…錬金術士です」

 

「ああ、宜しくお嬢さん。南国育ちの君に、この気候は厳しいだろう?」

 

「はい…ちょっと寒くって――、え…?何であたしが南国出身って分かったんです?」

 

「隠すつもりはなかったんだけどね。君達と同じ、四方世界からやって来たんだ、私もね」

 

 ライザも彼女と言葉を交わす。同じ錬金術士と聞き、ライザも興味を惹かれていた。だが彼女の服装と特徴から、何処となく既視感が見受けられていた。

そしてマイスター自身も、自分が四方世界の住民である事を明かす。

 

「ほぅ…これは驚いた。では()のアーランドの錬金団とも関係が深いのかな?」

 

「お初お目にかかります、国王陛下。…ご推察の通り、()の一団とも些か繋がりが御座います。そして、あの助言者とも――」

 

「……」

「……」

 

 四方世界の錬金術師と聞けば、真っ先に思い浮かぶのはアーランドの錬金術師たち一団。

国王でもある金剛石の騎士が推測した通り、彼女もアーランド錬金団とは繋がりを持っていた。

そして彼女は、褪せ人の姿をしている灰の剣士へと視線を傾け『助言者との面識』を仄めかす。

彼と彼女の間で、暫し無言の交流が繰り広げられた。

 

「私の事も知っているという事か。だが今は、障害の解決を図らねばならぬ。マイスター、この輝石の鍵…、貴女にお預けいたそう」

 

「確かに受け取った。薪の王…おっと、灰の剣士だったかな?」

 

 この女、予想以上に得体と懐が知れない存在だ。よもや助言者とも繋がりを持っていようとは。

気を許していいものかどうか少々警戒感を募らせるも、彼はマイスターに輝石の鍵を預ける。

とにかく彼女に託さねば、自分達では手の施しようがないのだ。ここは彼女の実力に委ねるしかない。

また彼女の方も、彼の素性を把握している様だ。

恐らく助言者を通じ知識を得たのであろうと思うが、王統府を通さず助言者と通じ合うほどの錬金術師…アルケミーのマイスター。

本当に何者だろうか?

 

輝石の鍵を預けた後、残りの面々も彼女と自己紹介を交わし少々の会話に興じた。

 

「さて私は早速、術式に取り掛かるが、その間どうするんだい?数日は掛かるよ?」

 

 輝石鍵の改良だが、錬金術にて処置を施す。だが幾許かの時間を要すという事で、早くても数日は掛かるとの事だ。

ただ待つというのも非常に味気ない。

この空いた時間を何とか有効に活用できないものだろうか?

彼女に言われるまでもなく、彼らとの間でやり取りが行われた。

 

「僕としては、今の内にアルター高原へと向かいたいですね。あのセルプス教授との依頼も、一応は熟さなくては」

 

 輝石の貴公子は、魔術教授セルプスの依頼を叶えるべくアルター高原に向かいたい旨を告げた。『星光の欠片』と『琥珀の星光』を手に入れるのが主目的だ。

 

「ライザ、この御仁の下で錬金術を学ぶという手もあるが、どうする?」

 

「え、あたし…、う~んどうしようかなぁ…?」

 

「私は構わないぞぉ…、可愛い女の子にイケメンは大好きでなぁ…?」

 

 ここにアルケミーのマイスターを自称する錬金術師が居る。同じ錬金術士つながりでライザを彼女の下に預けてはどうか?

しかも幸いな事に、彼女は四方世界の住民というではないか。

王族の幽鬼に殺された、生々しい記憶を有してしまったライザだ。ここで精神安定化を図る事も含め、マイスターの下に預けるのも一つの手立てではなかろうか?

そんな案をライザへと提示した灰の剣士(現・褪せ人)

あまり考えが纏まっていないライザとは対照的に、マイスターの方は悪戯気味な笑みを浮かべ乗り気なようだ。

 

「う~ん、ねぇハリ君。アルター高原て、どんな所?」

 

 一応は彼等と行動を共にする考えでいたライザ。考えが纏まらないなら、アルター高原の情報を得てから判断しても遅くはない。

輝石の貴公子(ハリ=オード=バーレンシュタイン)なら、アルター高原についてもある程度は知っている筈なのだ。

 

「そうですね、アルター高原というのは――」

 

 過去に見て来た自分の記憶と表に出回っている情報を統合させ、ライザへと説明する。

 

アルター高原。

黄金の草原が広がり、『王都ローデイル』のお膝元でもある高原地。

嘗ての破砕戦争激戦地でもあり、西にはゲルミア火山帯が隣接している。

今やエルデンリングも砕け荒廃が進むも、狂いし黄金律の祝福は未だ残留しており過去の栄華の名残が其処彼処で見られる。

遠方から視界に納める王都ローデイル、そして黄金樹の景観は圧巻の一言。

 

「リエーニエには無い、珍しい植物も数多く見られるでしょうね。まぁ危険も多いのは相変わらずですが、どうしますライザさん?」

 

 危険も多いが見返りも多い。

大まかな特徴を聞いたライザは少しばかり考え込んだ。

 

「じゃあ、こうします。先ず皆とアルター高原に向かいます。もし帰って来た時、時間が余っていたらマイスターさんの下で錬金術を教えて下さい」

 

「成程、そう来た訳だね。いいだろうさ、だがあの地も相当危険には変わりない。気を付けて行っておいで」

 

 アルター高原に向かう。そういう方向性で話は一致した。

もし目的を早期に果たし尚且つ時間が余っていれば、その時こそ彼女の世話になればいい。

彼等は、アルター高原へと向かう事にした。

 

「では我々は、これにて――」

 

 ラニとマイスターに挨拶を交わし、一行は塔を出た。

塔に残されたのは、ラニとマイスターの二人のみ。

流石に二人だけとなれば、この空間も嘘のように閑散とした様相を取り戻す。

 

「例の依頼…進捗はどうか?」

「特に障害もなく、順調に進んでおります」

 

「セルプスめに感付かれてはおらぬか?」

「とっくに気付かれてますよ。しかし、アレに見付ける事は()()()()()()()。『木の葉を隠すなら森の中』アレの頭脳と性癖を逆に利用させて頂いたので――」

 

「其方も中々に知恵が回る。恐ろしい女よ」

「これはこれは異なことを、私はあくまで只の人。ラニ様ほど恐ろしい御仁は然う然うおりますまい」

 

「…どうであろうな?…()の神には遠く及ばぬよ。あの神にだけはな――」

「ええ、存じております。全てを焼き尽くす()()()()、全てを汚染する()()()()、それ等の力で数々の宇宙を粛清してきた()の神――」

 

「関わるべきではないのだ、かの神を決して敵に回してはならぬ。余計な事を仕出かしてくれる、『大いなる意思』どもは…」

「……それでは、術式に取り掛かります」

 

 二人の間で執り行われる密談――。

幾多もの思惑が絡み、マイスターもラニの元から姿を消した。

 

……

 

冷たくも広大な水面へと降り立った灰の剣士率いる一行。

これからアルター高原へと赴く訳だが、今の彼等では『デクタスの大昇降機』は使う事ができない。

そこで輝石の貴公子の案内で、別のルートからアルター高原へと向かう事となる。

 

「今ここで卿らに明かしておこうかと思う。この狭間の地とロスリックに繋がっていると思わしき『朽ちた狭間の地』に関してだ」

 

 青に染まる水面を視界に納めながら金剛石の騎士が、二つの狭間の地の関係性について言及した。

 

「何か判明なされたのですか、ロード?」

 

 興味を惹かれたのか、ソラールも聞き返す。

 

「うむ、これまでの経緯を振り返ってみたのだが――」

 

 金剛石の騎士は、狭間の地に降り立ち今日までの事を語り始めた。

 

円卓にて出会った『ホスローの騎士ディアロス』の件。

狭間の地のカイデンの傭兵団と、魔神軍に与するカイデンの傭兵団の件。

ここのカッコウ騎士団と、四方世界の街や村を襲撃したカッコウ騎士団の件。

結びの教会にて遭遇した鈴玉狩りと、四方世界の街で出没した鈴玉狩りとの関係。

聖黄金樹の下で遭遇した忌み鬼『ヤングマルギット』と、輝石竜スマグラと共に襲い掛かった忌み鬼マルギット。

 

「そして結びの教会に居た『結びの司祭ミリエル』なのだが――」

「実は、四方世界にも居るのです。『亀の司祭ミリエル』として…助言者の祠に――」

 

 ここで衝撃の事実が明かされた。

あの結びの教会に今も身を置く『ミリエル』という亀の姿をした司祭――。

 

金剛石の騎士に続き剣の乙女も告げる、()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 

「何ですって?まさか――」

「通りで、ロードたちの反応が薄かった訳ですな」

「亀の姿をした司祭など、普通なら仰天しても可笑しくはないからな」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)、ソラール、ジークバルドも、各々の反応を見せた。

あの結びの司祭ミリエルが、亀の司祭として四方世界に存在しているという事実。

しかも彼は、助言者の下に身を寄せているとの事。

 

「あの御仁が狭間の地出身と予め知っていれば、もう少し情報を提供してもらうのだったよ」

 

 最後に助言者の下に訪れたのは、もう随分前になる。

その時は、あの『亀の司祭』が狭間の地から流れ着いた存在である事は知らなかった。

数多くの豊富な知識を提供してくれる有り難い司祭でもあったが、狭間の地そのものについては微塵にも触れていなかったことを思い出す。

 

「やはり、同一人物であると…?」

 

 別個体の可能性はないのか?そう疑念を浮かべた灰の剣士(現・褪せ人)

 

「別個体でもあり、同一人物でもあろうさ。存在する時代だけが違う…な。卿があのマルギットを、そう観たように」

 

 四方世界に居るとされる亀の司祭と、この結びの教会に身を置く司祭ミリエル。

別個体であり同一人物でもある、という見方を示す金剛石の騎士。

 

「さて、ここからが本題なのだが。ロスリックの『朽ちた狭間の地』と、この狭間の地の関係性――」

 

「…朽ちた狭間の地は、()()()()()()姿()である…。そう仰りたいのでしょう、ロード?」

 

 肝心の、二つの狭間の地についての関係。金剛石の騎士が皆まで語り切る前に、輝石の貴公子が確信を突く言葉を発す。

 

ロスリックに繋がる『朽ちた狭間の地』は、この『狭間の地』の未来の姿である。

 

「流石だ。卿は、気付いていたのだな」

「…あの写真を拝見させて頂いた時、薄々そうではないかと考えていました…。灰塗れのアルター高原、灰は滅びの果てに辿る一つの結末…ですから…」

 

 灰の剣士も尋問時に提示されていた、あの写真。

写真に投影されていたのは、黄金とは程遠い灰色のアルター高原に、燃え滓のように朽ち果てた黄金樹らしき亡骸と、崩壊したローデイル。

(本編前夜編 第137話参照)

 

この写真は彼の他にも、この輝石の貴公子も目にしていたのである。

また彼は灰の剣士とは違い、狭間の地出身の住民だ。

写真資料だけでも、その様に判断する材料は幾らでもあったのだ。

 

朽ちた狭間の地は、この狭間の地の未来の姿。

 

「では私は…いや、この『褪せ人』は、エルデの王には成れずに失敗した…そういう事なのか?」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)は、自分の手足に視線を落とし動揺を覚えている。

騎士兜越しで表情は分からないが、些かに混乱が見られた。

 

「そうさせない為に、貴公は、この狭間の地に呼ばれたのかも知れんな」

「あの聖黄金樹、若しかしたら黄金樹の子孫なのやも知れんぞ」

 

 ソラール、ジークバルドが彼に対し言葉を返す。

聖黄金樹を通じ、この狭間の地へと降り立った。

まだ可能性の域だが、あの聖黄金樹も黄金樹の子孫または未来の姿なのかも知れない。

やはり聖黄金樹にも意志が宿り生きているという事なのだろう。

 

「すると奴等が流れ着いたのは、この狭間の地ではなく例の朽ちた狭間の地からやって来た?」

「そう考えた方が自然かもしれません。現に、先ほど遭遇した『鈴玉狩り』も『マルギット』なる忌み鬼も、四方世界の事は存じていなかった模様ですから」

 

 オーベックの疑念に、剣の乙女も賛同の意を示す。

彼女の言う様に、ここで対峙した鈴玉狩りもマルギットも、四方世界と灰の剣士たちの事を認知していなかった。

あのディアロスや結びの司祭ミリエルにしても、同じ事が言えるかも知れない。

 

「…僕だけが例外ですね。僕は間違いなく、()()()から流れ着きましたから」

 

 ディアロスやミリエルが、四方世界に流れ着いた時期は定かではない。

しかし確実に言えるのは、この輝石の貴公子は過去に灰の剣士(現・褪せ人)に敗れ四方世界へと流れ着いていた。

つまり死に際し、流れ着いたという訳だ。

 

「話しておいてなんだが、まだ憶測の域は出んさ。確定要素が乏しいままだしな。…だが今の話、記憶には留めておいてくれ」

 

 自ら話を振った金剛石の騎士だが、この辺りで区切る事にした。やはり答えの出ない議論は、延々と時間ばかりを費やしてしまい余計な疲労ばかリ溜まる。

これでは頻繁に王宮で執り行われる、あの中身の実るかどうかも怪しい会議と変わらないではないか。

仮に答えと結論が出たとしても、今の自分達では然したる有効策も対応策も手立てがないのは確かなのだ。

情けない話だが、今は目の前を片付ける事しか出来ないのが現状だ。

彼は話を打ち切り、出発の再開を促す。

 

――例の朽ちた狭間の地で、あのディアロスが長生きできるとは考えられん。アイツ…、近い内に死ぬのかもな。

 

再び馬を走らせた一行の中、オーベックはふとディアロスの事について思案する。

サリアと共に隣村で壷師として暮らしているディアロスも、輝石の貴公子と同じ様に此方側の狭間の地から流れ着いた可能性もある。

だが四方世界の本人に、直接問い詰める真似は控えた方がいい。たとえ真実が明らかとなった処で、あの二人の古傷を抉るに等しい愚行だ。

とにかく四方世界に戻れば、安否だけは確かめよう。

オーベックはその様に考えを纏める。

 

……

 

「それにしても、例の『琥珀の星光』…だったか?よくアルター高原だと在り処が分かったな」

 

 道中、灰の剣士(現・褪せ人)が輝石の貴公子へと話し掛ける。

 

「灰人さん、地図を――」

「ん、ああ」

 

 一行は一旦行軍を止め、地図とセルプスから託された紙片を垂らし合わせた。

琥珀の星光の在り処だが、この紙片だけが唯一の手がかりだ。

紙片には、バツ印と周辺の地形らしき絵が簡素に描かれているだけで、一見だけでは特定は難しい。

だが地図に記されたアルター高原と、セルプスより託された紙片を照合させれば、概ねの一致が見受けられた。

 

「成程、確かに特徴は合うな」

 

「確実…とは言えませんが、今はこれしか手掛かりがないですしね」

 

 地図と紙片の照合を目にし、ソラールも一定の納得がいく。

輝石の貴公子にしてみれば何とも自身の無い根拠だが、今はこの手掛かりに頼るしか他に方法はないのだ。

 

「あの灰人さん…実は以前よりお願いをしようと思っていたのですが――」

「ん…申してみよ」

 

「貴方はゴドリック様を討たれた後、その力の一部を引き継いだと聞きます。しかし今まで見てきましたが、その力をあまり引き出されてはおられないご様子。…もし差支えなければ…、僕に託して頂けませんか、あの方のお力を……」

「……」

 

 出発のを再開しようとした矢先、輝石の貴公子は灰の剣士(現・褪せ人)へ願い出た。

その願いとは、黄金の君主『ゴドリック』の力の譲渡である。

確かに彼はゴドリックを討伐し、大ルーンと力の一部を手中に収めた。

最弱と謳われていたゴドリックだが、仮にもデミゴッドの末裔には変わりない。一部とはいえ彼の力は強力無比そのもの。

しかし灰の剣士(現・褪せ人)は、ゴドリックの力を欠片ほどにも発現させてはいなかった。

決して他意はない、単純に性に合わなかっただけである。

 

どうせ使わないのなら、自分に託してほしい。

 

輝石の貴公子(ハリ=オード=バーレンシュタイン)は、そう願っていた。

 

「……貴公に扱い切れるのか?」

 

 暫しの沈黙の後、灰の剣士(現・褪せ人)は手を頭上に翳し二つの武器を出現させる。

彼の手には、黄金色に鈍く輝く巨大な大斧と、飛竜の頭部を模した手甲が現れていた。

 

強大な力には、より重い責任が圧し掛かかるものだ。

 

これを自認できない愚者は路頭に転がっており、過ぎたる力の代償に圧し潰され破滅を迎えてきた者は星の数ほど存在した。

いや今も存在しているだろう。四方世界のみならずこの狭間の地にも、全世界にも――。

 

単純に扱い切れるのか?

 

それ以上の意味を込め、彼はこの少年へと問うたのである。

自分とは違い、彼は聡明な頭脳の持ち主だ。おまけに控えめで思慮深く、力の重みをも理解はしているだろう。

 

彼の問いに、少年はゆっくりと頭を振る。

 

「いいえ、今の僕では…若しかしたら一生、ゴドリック様の力を手にする資格はないかも知れません。…でも良いんです、扱えなくても…ただ共に在りたい、それだけでいいんです。…お願いします灰人さん!ゴドリック様を僕の元へと託して頂けないでしょうか、お願いします…!」

 

 少年はキッパリと答える。自分には扱い切れないと――。

『ゴドリックの王斧』にせよ、『接がれた飛竜』にせよ、強大ながら特異な特性を備えた二つの能力。そして手足にするには、それ相応の高い能力を必要とする。

今の少年の身体能力では、真面に扱う事は疎か却って枷にしかならないだろう。

そして肝心の力の対する責任と重みを背負う覚悟――。

本人は資格がないと言ってはいるが、恐らく力に溺れるような結果を招く事はないと思われる。

 

そもそも彼の望みは、力の継承ではなく今も敬愛するゴドリックとの繋がりを身近に感じる事だ。

 

元の彼は病弱で余命幾ばくもない人生を背負っていた。しかしゴドリックと出会い接ぎ木という外法により、一命を取り留めたのは事実なのだ。

その結果、彼の従僕となり悪行と知りながらも接ぎ木に加担する人生を歩んだ。

最終的には、ここに居る灰の剣士(現・褪せ人)に敗れ、今に至っている。

そして自分の本心に従い、贖罪と探求の旅も兼ね輝石の貴公子として生きているのだ。

ゴドリックが犯した接ぎ木と褪せ人狩りは、確かに擁護しようのない邪悪な外法には違いない。

しかし同時に彼は恩人でもあったのだ。他の誰が何と罵ろうとも、これだけは断じて譲れはしない。

 

それ故、少年は求めた。ゴドリックの繋がりと共にしたいと――。

 

これは輝石の貴公子と灰の剣士(現・褪せ人)との領域で、周囲も察していたのか誰も口を挿む事はせず無言で見守っていた。

 

「…貴公、手を」

 

 周囲が見守る中、灰の剣士(現・褪せ人)は手を出す様にと要求する。

対する輝石の貴公子も、無言で手を差し出した。

 

「ぐッ…重いッ…!」

 

 黄金の光沢を放つ『ゴドリックの王斧』と、竜頭を模した『接がれた飛竜』が渡される。

その二つを受け取った瞬間、少年は苦悶の表情と声を漏らし必死に支えていた。

単純に重いのだ、彼の細腕では。

接がれた飛竜はともかく、『ゴドリックの王斧』などは常人で扱い切れる代物ではない。

しかし彼は苦し気な表情ながらも、何処か満たされた感覚に見舞われている。

 

「確かに厳しいですね、持ち運ぶだけでも…。だけど接ぎ木形態なら、何とか……うぐぅぉォおおぉぁあアッ…!!」

 

 人型では所持だけでも厳しい、しかし強靭な接ぎ木形態ならどうだろう?

彼は、そのまま接ぎ木形態へと変身を遂げた。

 

「ハリ君…直ぐ変身しちゃうんだから…」

 

 そろそろ見慣れてきたライザだが、彼の変身具合に少し呆れ気味な表情を浮かべた。

 

「フゥ…、これでも結構重いですね、特に斧は。いつかはこれを自由に扱える…いや、人の身体で縦横無尽に振り回してみたいものです」

 

 人が扱うには相当の筋力と特性を活かすだけの技量が必要となる、ゴドリックの王斧。

接ぎ木形態と化した今でも、その重量は負担として彼の腕に圧し掛かっていた。

 

「皆さん、アレをご覧ください」

 

 ゴドリックの王府の重さに浸っていた輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は、前方を指でさし示した。

彼に倣い皆も視線を傾けてみれば、湖面の奥には夥しいほどの『陸ホヤ』や『ミランダフラワー』が根を張っているではないか。

 

「今からゴドリック様の力で、あの障害を見事駆逐してみせましょう。『谷族の隠し村』は、もっと進んだ最奥。…では我が新たな力を、御照覧くださいっ…!!」

 

 アルター高原に向かうには『谷底の隠し村』が管理しているという『昇降機』を経由しなければならない。

輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は、今からその道を切り開こうと張り切っている。密かに願っていた望みが叶い、気分が高揚しているのだろう。

彼は雄叫びを上げ、前方の敵陣へと躍り掛かった。

 

「ねぇ…あの子に武器渡して大丈夫なの?」

 

「あの少年は、聡明で自制も効く。悪行には傾倒せんさ」

 

 遥か前方では、唸り声を上げつつ斧を振り回し拳から火を吐き出し、縦横無尽に暴れ回る輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)

ライザは少々不安げな様子だ。

反してジークバルドは、彼の為人を理解しているのか然したる懸念は抱いていない。

 

「では、彼に続こうか」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)の合図で、皆はゆっくりと奥へと行軍を再開する。

 

未だ筋力は追い付いていない故、本来の威力は発揮できていない。だが敬愛する嘗ての君主を身近に感じていた彼は、斧の重量さえも愛おしく感じ意気揚々と振り回していた。

その馬鹿げた重量と質量で並み居る敵を粉砕し、飛竜の頭を模した拳甲から火を吹き出し周囲を焼き尽くす。

気が付けば、彼の視界には目ぼしい敵は残っていなかった。

撒き散らした炎で周囲の湖面は蒸発し、辺りには濃密な水蒸気が立ち込めている。だが直ぐに湖面は元に戻るだろう。

一見暴走気味にも思えた輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)の暴れ回りだが、お陰で道中の敵は全て一掃され楽に行軍する事ができた。

彼等の目に映るのは、荒れ果て寂れに寂れた小村らしき設備――。

麓では行商人が焚火を熾しひっそりと暮らしていたが、一行は情報量と引き換えに物品を購入し村への侵入を果たす。

 

「馬を引き連れ昇るのは無理だな」

 

 金剛石の騎士は、遥か情報を眺め低く唸っていた。

この『谷底の隠し村』と呼ばれる小村だが、高低差の激しい断崖で構成され人用の梯子で登らねばならないのだ。

当然、馬は此処で置いていくという事になってしまう。

しかしアルター高原は広く、徒歩での探索など時間と労力が幾らあっても足りはしない。

故に、馬は必須で置いて行くという選択肢は考えられない。

灰の剣士(現・褪せ人)の持つ『トレント』の様な霊馬であれば何も苦慮する必要はないのだが、トレント以外は全て通常の馬だ。

 

「僕に考えがあります。あまり有効策とは言い難いですが…」

 

 思い悩む彼等に、輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)が提案する。

それは、彼自身が馬を背負うという考えだ。

今の彼は接ぎ木形態で、多数の腕と桁外れな腕力、そして複数の脚と強靭な脚力を誇っていた。

 

同時に全ての馬を背負う事は不可能だが、馬を一頭ずつ背負い、崖を直に登攀し、出口付近で彼等と合流する。

 

そういう案だ。

 

「後は馬が驚いて暴れ回らない事が、懸念材料ではあるな」

 

 ソラールは馬の精神状態を気にしていた。

普通、馬を背負いこの村の絶壁を登攀するなどあり得ない事態なのだ。

況してやその背負う者が、異形の姿をした輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)

今はソラール達が騎乗している為、辛うじて落ち着いているが、この少年に託した途端に恐怖で暴れ回る可能性が非常に高い。

そうなれば搬送する以前の問題に発展してしまい、とてもアルター高原に向かう処ではない。

 

「では私が、呪文で眠らせましょう。そうすれば暴れる心配はないかと」

「あ、じゃあ、あたしも軽量化の秘薬で、お馬さんを軽くしてあげるね。2回分しか使えないから、一頭につき半部こずつかな」

 

 ここで剣の乙女とライザが、対策法を提案した。

剣の乙女は奇跡だけでなく真言魔法にも通じており、『惰眠(スリープ)』という魔法で馬を眠らせる事ができる。

またライザは錬金術で拵えた『軽量の秘薬』を2個分所持している。此処に居る馬は4頭で、一頭につき半分ずつ使用すれば多少の軽量も叶うだろう。

これなら輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)の負担軽減に繋がり、より円滑な進行も可能となる。

 

「感謝します、大司教様、ライザさん」

 

 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は二人に礼を述べ、その案が進められる事となる。

 

「それでも馬は流石に重い…一度に2頭が限界ですか…」

 

 ライザが作った『軽量の秘薬』で馬を軽くし、剣の乙女の呪文で4頭の馬を眠らせた。

これで運搬中に馬が暴れ回る心配はない。だが馬一頭の体重は、軽くても約700キログラムに及ぶ。

それを一度に2頭分、1.4トン――。ライザの秘薬の効果は、一回分で重量を()()()()()()に軽量化させる事ができる。だが2回分を4頭に振り掛けるものだから、一頭につき約半分ずつ。秘薬の効果も半分で、馬の体重は約14キログラムに減少。

それを2頭分背負い、彼の背には約28~40キロ前後の負担がかかる計算になる。

これなら一応は、馬を背負いながらも崖を登攀する事は可能だ。

 

「よし、術と秘薬の効果が切れる前に運搬してしまわないと」

 

 既に彼の背には、2頭の馬がロープで括り付けられていた。

呪文と秘薬の効力が働き、馬は睡眠状態と軽量化で作業に手間を要する事はなかった。

輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)はすぐさま、絶壁の崖へと飛び移り多数の手足を駆使しスイスイと登攀してゆく。

 

「残りの馬は、俺とトープスさんで見張っておく。先に行っててくれないか」

「承知した、道中の露払いは任せてくれ」

 

 彼が登攀した事で、残り2頭の馬がこの場に取り残された。

そう時間は掛からないと思うが万が一を想定し、彼が此処に戻るまでオーベックとトープスがこの場に残る事にする。

灰の剣士(現・褪せ人)たちは先行する形で梯子を登り始めた。

 

やがて輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)が全ての馬を運び終え、合流地点で待機する事になる。

彼以外のメンバー全員が、この『谷底の隠し村』を登っていた。

 

「ひえ~ッ…、凄く高い所まで登ったね~、まだ梯子があるよ」

「アルター高原と言うぐらいだからな。さぞ標高も高いのだろうさ」

「これだけ荒廃した施設、昇降機が作動すればいいのですが…」

 

 ライザ、金剛石の騎士、剣の乙女は、この村というよりも設備に近い造りに驚き下方を眺めていた。

もうかなり登ったはずだが、眼下は霧で阻まれ湖の青しか映っていない。地の底が見えないという事は、随分登り詰めたという事だろう。

見た感じ、かなりの荒廃具合が進んでいる。梯子や床自体は頑丈な造りで、抜け落ちる事や崩壊の危険は無いのだが、肝心の昇降機は作動するのだろうか?

それが作動しない様では、完全に『骨折り損のくたびれ儲け』となってしまう。

 

「作動してもらわんと困るのだがな。あの茹でエビの男も、ここを通ったというではないか?」

「そうだ。此処に居ないという事は、無事アルター高原に辿り着いたという事だな」

 

 以前、あのエビを茹でていた『ならず者』も、ここを経由しアルター高原へ向かったと聞く。

もし昇降機が作動せず立ち往生しているのなら、この辺りで合流できても不思議ではない。

だが彼の姿が見えないという事は、昇降機で無事先へと進んだと解釈も出来るのだ。…もしくは何処かで、朽ち果てている可能性も捨てきれない。

つい良からぬ考えが浮かんでしまうが、ジークバルドも灰の剣士(現・褪せ人)も余計な考えを止め邪魔な敵を次々と排除してゆく。

 

「お?何だ、この美しい歌声は…?」

 

 更に登る事暫らく。

遠方より、美しい歌声が彼等の耳へと心地良く響いていた。

ふと足を止め耳を傾けるオーベック。

 

「あ、本当だ。綺麗な声だね~」

 

 またライザも目を閉じ感慨深く、歌声に耳を澄ませていた。

澄み切った女性の声音で聞く者を魅了するかのごとき唄声――。ついつい耳を澄ませ、聞き惚れてしまわんばかりの美声だ。

 

「アレか、歌の正体は…」

 

 遥か前方には梯子を遮るように、複数の有翼種が屯している。その中の一体が中心となり、この美しい魅惑の歌声で周りを魅了していた。

 

「まさか鳥人…いや些かに醜いな。混沌に組したハルピュイアでも、もう少し美しいのだがな」

 

 前方で屯している有翼種だが、美しい歌声の割に外観の方は醜悪に染まっていた。その様子に些か残念な声を漏らす金剛石の騎士。

 

「鳥人…は見た事ありますが、ハルピュイアとは、どの様な存在なので、ロード?」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)がハルピュイアについて尋ねる。

 

「基本的には同じだ。鳥人の総称を『ハルピュイア』と呼ぶ。この鳥人(ハルピュイア)にも様々な人種が存在してな。丁度、多種多様な鳥種が存在するように――」

 

 金剛石の騎士からのウンチクが5分ほど続き、灰の剣士(現・褪せ人)は鳥人に関する大まかな知識を得るに至った。

 

「時にアナタ、四方世界に戻っても無節操に鳥人の女を口説かないで下さいましね!?」

「…私が、そういう男に見えると?」

「そうで御座いましょう?いったい何人もの女性を虜にしていると、お思いですか?」

 

 続いて剣の乙女から、ある種の叱責にも似た言葉を呈す。

四方世界の女鳥人を無闇に口説くなと語尾を強めて言い放つ剣の乙女。

 

「そうよね~、灰君て直ぐ女の子を泣かすし、虐めるしで――」(・∀・)ニヤニヤ

 

 ライザも剣の乙女に同調した。

 

「うむうむ分かるぞ。聞けば大勢の村娘まで縁談を持ち掛けてきたそうじゃないか、旅人よ?」(・∀・)ニヤニヤ

「その上全員を拒み、更なる悲しみに暮れさせたとか、灰剣士殿?」(・∀・)ニヤニヤ

「極め付けは、幼い少女まで魅了し、今も侍らせているしな。あの他国の錬金団に対してもな」(・∀・)ニヤニヤ

 

 畳み掛けるように、ソラール、ジークバルド、オーベックまでもが参加し彼を弄り始めた。

 

「ほぅ、これはこれは由々しき事態よの。卿の様な男を我が妹に会わせては、あっという間に身籠らせてしまうではないかね?」(・∀・)ニヤニヤ

「…陛下まで…」( ̄ω ̄;)

 

 止めとばかりに金剛石の騎士まで、実妹を題材に彼を揶揄った。

 

「あ~、皆様方?敵が迫っておりますが?」 ( ̄ー ̄)

 

 ここでトープスが敵襲来を告げ、気が付けば直ぐそこまで複数の有翼種が迫っていた。

どうやら彼等の話し声が敵に察知されてしまったようである。

しかし此方は実力者揃いが複数――。

いくら飛行を得意とする有翼種とて彼等の敵ではなく、瞬く間に殲滅した。

 

醜い老婆の様な有翼種を筆頭に、複数の蝙蝠型の異形――。

リムグレイブでも見かけた異形だが、味方が多い分さほど苦戦する事無く凌ぐ事ができた。

更に上へと登れば、やや広い空間へと辿り着く。

 

「皆さん、無事に辿り着けたようですね」

 

 そこには輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)が待機しており、傍らには馬が今も眠っている。まだ剣の乙女の術は解けていない様だ。

 

「此処より先に例の昇降機があるのですが、アレが邪魔をしています」

 

 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)と合流した灰の剣士たち一行。此処から先へ進めば、アルター高原へと続く昇降機は目と鼻の先だ。

だが前方の広い空間は全方位が岩肌に囲まれており、其処には竜と人の様な巨大な異形が徘徊している。

此方が大人数に加え馬を引き連れるという状況の中、避けて通るという選択肢を取れそうにはない。

 

「アレは、溶岩土竜マカール。竜餐(りゅうさん)の成れの果て、嘗ての英雄の姿も高潔な志も既に朽ち果てた、憐れな存在――」

 

 断崖の空洞を徘徊する、巨躯を誇るも鈍重そうな竜擬きの異形。

輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)の話によれば、『竜餐(りゅうさん)』の儀式を繰り返した成れの果てだという。

 

「『竜餐(りゅうさん)』の儀式…とは何か?」

 

 聞き慣れない儀式の名を耳にし、金剛石の騎士は興味本位で訪ねる。

 

竜餐(りゅうさん)の儀式――。

狩った竜の心臓を喰らい、竜の一部を授かる儀式の一種。

竜餐教会にて執り行い、竜の力を得た者は『竜心(ドラゴン・ハーティド)』という只人を超えし者として認知される。

極一部とはいえ確かに竜の力は強力無比だが、代償として心身ともに人間性を喪失してしまう。

 

「そして最後に行き着く最果ての末路が――」

 

「…アレという訳か…」

 

 飽くなき強大な竜を求めた終着点は、竜にも成れず人にも戻れず狭間の領域を彷徨う憐れな生命体。

 

それが『溶岩土竜』という竜擬きの異形だ。

輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)が指差す方角に、金剛石の騎士を始めとした面々が視線を傾ける。

鈍重で醜悪な竜の成り損ない、あの者に今や自我は存在するのだろうか。

 

「リムグレイブには小さな『竜餐教会』しかありませんが、ケイリッドには本格的な『大竜餐教会』が存在すると聞きます。そこでなら強力な竜餐の儀式を執り行えるでしょうね」

 

 更に説明を加える輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)。リムグレイブとケイリッドの、各種教会について言及した。

 

「竜の力は、何時の時代、そして世界共通で我ら弱者を魅了して止まない禁断の果実よ。だが人を捨ててまで、俺は太陽を極める気はない」

 

 竜心(ドラゴン・ハーティド)に些かの興味を示すも、ソラールは直ぐに忌避の意を示した。

確かに竜の力は強大で、力に魅入られし弱者は容易に溺れるだろう。

しかし力を得る事の代償として、生来の精神性は喪失し心身ともに竜擬きへと傾くのである。

結局の処、人は人、竜は竜――。

生物の本質を失ってまで、得られるモノなどたかが知れている。

仮に竜の力を得たとて、果たして世界を統べるほどの力を発揮し得るだろうか?

所詮、一人の人が竜の力の一部を発現させたとて、敵の軍勢を覆せると断定できるだろうか?

竜餐(りゅうさん)の儀式は、あくまで竜の力を()()()()させる事ができるだけだ。

決して本人が()()()()()に変じる訳ではない。

灰の剣士たちは、知っている。

あの時代にて存在した『竜体石』や『竜頭石』の存在を――。

アレも似て非なる効果しか発揮せず、やはり竜そのものを具現化させるには些かに役不足感が否めなかった。

幾ら只人を超えた竜心(ドラゴン・ハーティド)とて、世界を制するの程の力を得られとは限らない。

若しかしたら天賦の才と神々に愛されし者が儀式を行えば、強大な力を授かるかも知れない。或いは『竜餐の儀式』を繰り返し力を得続けるか――。

だが人間性を失い精神を崩壊させてまで固執する程の力なのだろうか?

忘れてはいないだろうか?

竜餐の儀式には竜の心臓が必要不可欠で、入手する為には強大な竜を討たねばならないのだ。

つまり竜を討てるだけの技量が、既に備わっているとも言える。

充分ではないか?

それだけの力があれば、大抵の困難など蚊ほどの露の如し。

その力と他者との繋がりで、幾多もの大業を成せる筈なのだ。

 

「過ぎたる力は身を亡ぼす。それは何処の世界でも共通だ。それに、我らは強大な異界の力を既に幾つも手に入れたではないか」

「その通りです、ロード。もう充分過ぎるほどの力を手中に納めました。後は研鑽を重ね磨き上げるのみ」

 

 金剛石の騎士にジークバルドも同意を見せる。

この狭間の地に降り立ち、彼等は新たな未知なる力を次々と会得している。

既に人智をも越えた力を有していたのだ彼等は。

ならば人間性を捨ててまで手にする竜の力など不要――。

彼等は、その考えに至った。

 

さて、彼等の論議はここまで。

眼前の異形を討たねば先へは進めず、戦闘体制に移行する。

だが闇雲に真正面からの殴り合いなど自ら苦戦しにいくようなもの。

溶岩土竜『マカール』と言えども、彼等にとっては通過点に過ぎないのだ。

 

「地面は水浸し…、氷結で足場を凍結させれば動きを封じる事ができますわね」

「ですがごく短時間に限られます。口から溶岩ブレスを吐きますので」

「一瞬でも構わぬ。動きを止めた後、頭部へと致命の一撃を叩き込めば事足りよう」

 

 討伐の為の作戦はこうだ。

剣の乙女は、辺り一面水浸しな地形に着目し、敵の足場を凍結させる作戦を思い付く。

ならば氷結魔法などで足場を凍らせれば、敵の動きを封じる事ができる。

動きを封じた敵の頭部に、致命の一撃を叩き込む短期決戦が推奨された。

しかし輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)が指摘するように、足場を凍結させたとて敵は溶岩ブレスという特殊なブレスを吐く。

一般的な火竜が吐く火炎ブレスとは違い、赤熱化した溶岩を周囲に撒き散らすといった方が正しいだろう。

確かに威力も射的距離も竜のブレスとは程遠いが、地面に長時間持続するという特性を有していた。

つまり足場を凍らせたとて、足下に溶岩ブレスを撒き散らす事で凍結は瞬時に溶けてしまうだろう。

凍結後、直ぐに止めの一撃を叩き込まねば後々に響く事を意味していたのである。

たとえ竜擬きとはいえ、巨躯の宿命ともいえる耐久性と膂力を備えており真正面からの殴り合いなど起こすものではない。

無駄な消耗を避ける為にも、短期で決める事が望ましいのだ。それが卑劣な手段であっても。

 

「みんな凍らせる手段はある?あたしは、『レヘルン』って氷結爆弾使うけど…あいつデッカイからなぁ…」

「私と陛下は、吹雪(ブリザード)の真言魔法で足場を凍結させましょう」

「私は『瞬間凍結』という魔法を会得している」

「残りは、あの戦技『霜踏み』で援護するといたそう」

「頭部への止めは、俺に任せよ。そろそろあの奇跡を試したいのでな」

「私は、馬を診ておきます。戦闘面ではあまり役に立てそうにないので…」

 

 ライザは、『レヘルン』と呼ばれる氷結爆弾。

剣の乙女と金剛石の騎士は、吹雪(ブリザード)の真言魔法。

灰の剣士(現・褪せ人)は、『瞬間凍結』という魔法で。

残りは、会得した『霜踏み』と呼ばれる戦技で、足場の凍結に動く事にした。

その後の止め役だが、ソラールが担ってくれるようだ。どうやら大威力を誇る奇跡を試そうと意気込みを見せていた。

そしてトープスは、念のため馬を診る役目に徹する。

 

(推奨BGM エルデンリング ―― 溶岩土竜)

 

各々の役割が決まり、彼等は敵が背を向けたタイミングで動きを開始した。

なるべく姿勢を低くしたまま忍び歩きで一定の距離まで近付き、先ずは剣の乙女と金剛石の騎士が『吹雪』の魔法を起こす。

金等級の実力を持つ二人の呪文は高い威力を誇り、瞬く間に敵の足元を水場ごと凍結させる。

そこで漸く事の異常に気付いた敵だが、この時点で真面に動く事ができなかった。

次にライザと灰の剣士(現・褪せ人)が行動を起こす。

ライザは『ヘレルン』を、彼は『瞬間凍結』で、マカールの片脚をそれぞれ凍結させる。

そしてジークバルド、オーベック、輝石の貴公子《現・接ぎ木形態》が戦技『霜踏み』の上乗せで敵足場を完全に凍らせた。

両足首が凍り付き身動きの取れないマカールは、不安定な体勢のまま巨大な曲刀を振り回すが、当然、誰一人当たる者はいない。

そこで透かさず口から涎の様な火を零し、溶岩ブレスを足元へと撒き散らす。

火炎ブレスの出来損ないとはいえ高熱を誇る事に変わりなく、足下の凍結はあっという間に溶けてゆく。

だがここまでは予定通り――。

 

「――さぁ喰らうがいい!竜狩りの奇跡をッ!」

 

 最適の好機を見計らい待ち構えていたソラールは、掌から雷の束を宿らせ投擲準備を終えていた。

既にマカールの正面へと回り込み、何時でも頭部を狙える体制を維持している。

 

「――雷の大槍ぃッ!!」

 

 彼が得意とする『雷の槍』と比較しても、更に巨大な雷槍がマカールの頭部目掛けて投射された。

激しく迸る雷の大槍は、寸分違わずマカールの頭部を捉えた。

漸く足場の融解も叶い、これから反撃に移ろうとした矢先、頭部に直撃を受けたマカールは呆気なく絶命したのである。

 

   ―― GREAT ENEMY FELLED(強敵討伐セリ) ――

 

溶岩土竜マカール、竜心(ドラゴン・ハーティド)の果てに辿りし憐れな末路。

過去に英雄であったろう彼は、何を思い何を望み竜の力を欲したのか?

跡形もなく消滅した彼は、もう言葉を発する事はない。

水溜りの地面に残されていたのは、ウロコの刀身を持つ『土竜の鱗剣』と未だ脈打つ『竜の心臓』だけだ。

それを入手した彼等は、馬を診ていたトープスと合流。

そのまま奥の昇降機へと到達する。

 

リエーニエとアルター高原を繋ぐ『谷底の隠し村』から『古遺跡断崖』を抜けた一行。

寂れた施設ながらも昇降機は今も作動し、最上段まで到達した。

 

(推奨BGM エルデンリング ―― アルター高原)

 

   ―― アルター高原 ――

 

「うわぁ……、辺り一面が黄色いよ……!?」

 

 昇降機から出たライザは、景色の変化にさっそく感嘆の息を漏らしていた。

 

「ほぅ…これがアルター高原」

 

 金剛石の騎士も、珍しそうに辺りを見回している。

 

「うむ、正に黄金の高原よ」

 

 地面の土や落ち葉に手をやるジークバルド。今まで目にした事もない地形に、饒舌な彼も口数が少ない。

 

――そうか、思い出したぞ。遺灰を被った時、頭の中に流れ込んだ景色がこのアルター高原だったのか。

 

ソラールは無言ながらも、合点が行ったかのように過去を思い出していた。

雷関連の戦技を会得していたソラール。

あの町の防衛戦で大量の遺灰を被る羽目に陥ったのだが、その時彼の脳裏には然る黄金の平原が投影されていた。

あの当時の景色と、いま目にするアルター高原の特徴が、見事に一致した瞬間でもあった。

(本編前夜編 第111話参照)

 

「此処が『アルター高原』です。この地をもう少し進めば、王都ローデイルと黄金樹を一望できる場所に辿り着けます。僕に付いて来て下さい」

 

 彼等の中で最も土地勘のある輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)が皆を案内する形となり、先頭へと陣取った。

黄金というよりは褪せた黄色の落ち葉が、辺り一面に降り積もっている。

それは宛ら衰えに向かう『哀愁』を思わせた。

 

「何て言うか……ちょっと寂しい感じもするね…」

 

 目にした当初は、リエーニエとは違う趣の地形に圧倒されていたライザ。

だが見慣れていく内に、黄金の壮麗というよりは褪せた黄色の愁いの印象が勝りつつあった。

 

「それに相変わらず、青空とは無縁の世界だ」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)も空を見上げている。

彼の目には、黄金と漆黒の混ざり合った何とも不気味で神秘的な空が今も頭上を支配していた。

 

――黄金律に祝福された筈の世界だが、何処となく『死』を連想させる。これもエルデンリングが砕けた弊害なのだろうか?

 

黄金色の雲海に、ふと切れ間から覗く不気味な黒さ。

繁栄と栄華を象徴する黄金だが、言いようのない『死』のイメージがどうしても彼の脳裏から離れなかった。

 

「なんだなんだ、この大量の棺は?」

 

 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)の案内に続く傍ら、頻繁に目にする棺の数々。

オーベックは薄気味悪いものを感じていた。

黒檀を思わせる巨大な棺の間を抜け、小高い登坂を進んでいく一行。

 

少し進んだ頃合いの出来事である。

 

「――何か来るぞッ!」

「――何だ、あの巨大な竜はッ!?」

 

 上空より迫りくるソウルを察知したソラールとジークバルドは、強大な竜種に警戒を呼び掛ける。

皆が上方へと向けば、赤い雷を纏った竜種が来襲した。

 

(推奨BGM エルデンリング ―― ドラゴン)

 

「馬鹿な、竜種が雷など――」

「雷は竜狩りの象徴だと思っていたのだがな」

 

 得体の知れない不気味な『真紅の稲妻』を全身に帯び、灰の剣士たちに立ち塞がる様に降り立った巨大な竜。

元来『竜狩りの象徴』として親しまれていた雷を竜自身が纏うと現象に、ソラールとオーベックは慄きを覚えていた。

 

「珍しい話でもありませんわ。四方世界の然る秘境にも『雷竜』という竜種が生息しておりますので」

 

 だが彼等が暮らす四方世界にも、雷を司る竜は存在している。

生息数は極少数にとどまるが、竜種の中でも高位に位置する個体だと剣の乙女は語った。

 

「不味いですね。アレは確か古竜種…、名称は忘れましたが間違いありません…!」

 

「何っ、古竜(エンシェントドラゴン)だというのかッ!?いかんっ!何としてでも戦闘は避けよッ!人の手に負える竜種ではないッ!!」

 

 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)古竜種(エンシェントドラゴン)である事を周囲に告げた。

その瞬間、金剛石の騎士は堰を切ったかの様に焦燥を滲ませ、大声で危険を叫んだ。

本来は、人族の太刀打ちなど至難である『竜』と呼ばれる存在。

四方世界でも竜討伐は英雄譚の代表格で、非常に誉れ高い功績だ。

しかし、英雄級の冒険者一党や軍が対抗できるのは、成体の若い竜までが限界だ。

この四方世界のみならず幾多もの並行世界が存在するが、やはり『竜』とは生物界の頂点に君臨する事は不思議と共通していた。

そして古竜とは、竜の中でも特に悠久の時を生き膨大な、知性、魔力、戦闘力を備え、生きながらにして最も神に近い種族とも称えられるのだ。

また実在を疑問視する学者も居る程に、『古竜』という存在は希少種とも言えた。

そんな伝説級の竜が、今彼等の目の前に君臨しているという事実。

もし輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)の話が真実なら、戦うなど自殺行為にも等しい。

以前、討伐した輝石竜『スマグラ』など比較にもならない、強大な竜種とも言えるのだ。

 

「――各位に告ぐっ!戦闘を避け、坂を全力で駆け上がれぇッ!!囮は私がやるッ!!」

 

 ただでさえ圧倒的な存在感を放つ眼前の古竜。その上、全身には赤い雷を纏い更に恐怖感に拍車をかけていた。

桁外れの強大なソウルが無秩序に流れ込み、それを察知した灰の剣士(現・褪せ人)は自ら囮役を担い、古竜が背にする坂を駆けあがるように指示を出す。

全員で総力を結集するという手もなくはないのだが、相手は桁外れの戦闘力が予想される。

戦闘が避けられるのなら、全力で逃げの一手に専念した方が良さそうだ。

 

「――灰君一人置いていける訳無いでしょ!心配する身にもなってよッ!」

 

 彼の指示にライザが異議を唱えるが、彼女を無理やりオーベックの方へと放り投げた。

彼女の気遣いは分からなくもないが、今は緊急事態だ。此処は無理にでも言う通りにして貰う他ない。

 

「――旅人よ、二人いた方が的を分散させ易い、俺も手を貸すッ!」

 

 自分一人で引き付ける積りでいたが、ここでソラールも参戦を表明する。

灰の剣士(現・褪せ人)だけでは、どうしても古竜の集中砲火を浴びる事は避けられない。

しかしソラールも攪乱に参加してくれるのなら、敵の注意を分散させ逃走の隙を生み易くもなる。

 

「――すまんソラール、頼むぞッ!」

 

 彼が参戦してくれるのなら、これ程頼もしい事この上ない。

灰の剣士(現・褪せ人)とソラールは、手に雷を宿らせ『雷の槍』の投射準備に移る。

実は、灰の剣士(現・褪せ人)も『雷の槍』は会得していたのである。

 

「「――皆ぁッ、行きたまえッ!」」

 

 彼とソラールは同時に『雷の槍』を古竜に向け投射――。

赤い雷を纏う古竜に『雷の槍』が効くかどうか未知数だが、とにかく頭部へ向け全力で投げ放った。

二人の投射とソラールの合図――。

それを皮切りに、残りのメンバー達は一気に古竜の足元を擦り抜け全速力で突破する。

二人の放った雷の槍は、狙い過たず頭部へと命中したが有効打を与える事は叶わなかったようだ。

 

「効き目が薄いか、雷の効かない竜とはな…!」

 

 顔面へと命中した瞬間、電撃が拡散し顔全体を伝った。

しかし然したる痛痒は見られず、精々が目くらまし程度の効果しか確認できない。

二人の居た時代では、雷が特に有効だった竜という存在。

だがこの赤い雷を纏う古竜には、効果が薄かった。

その結果に、些か苦いものを感じていた灰の剣士(現・褪せ人)

 

「だが、此方に注意を引き付けられたな。お陰で、ロードたちも退避が成った」

「後は我々だけか…!」

 

 雷の槍で、敵の注意を逸らせるには成功した。

僅かな隙だが、金剛石の騎士たちは無事に坂を登り逃げ果せたようだ。

後は残された二人のみ――。

古竜は咆哮を上げ、全身から激しい紅い雷を放出。僅かな時間差の後、周囲が激しい落雷に見舞われた。

 

「――ぬぅ、避けるだけで手一杯っ…!」

「何とか隙を見つけ、脱出せねばッ…!」

 

 ソラールと灰の剣士(現・褪せ人)は何とか隙を縫おうと試みるも、巨体を誇る古竜と広範囲にわたる紅い落雷に阻まれ思うような退避が出来ずにいた。

ひとたび触れるだけで黒炭化を思わせる紅い落雷の嵐。だが古竜は更なる追撃体制に移行する。

 

「――ええい、今度はブレスかッ!」

 

 態勢を屈めた古竜の口部から、炎が漏れ出ていた。

雷を駆る竜種だが、ブレス自体は普遍的な炎であるらしい。

 

「――ソラールっ、好機だッ!ブレスと同時に二手に分かれ、竜を迂回するぞッ!」

「――成程、竜のブレスは最大の武器にして多大な隙…!」

 

 よく目にする火炎ブレスだが、真面に食らえば瞬時に蒸発するだろう威力なのは間違いない。

恐らく範囲も桁外れの広さを誇るだろう。

だがブレス中の竜種は、総じて動きが鈍くなるものだ。ならばブレスの瞬間を見計らい、一気に二手に別れ迂回し通り抜ける。

この強大な古竜から逃げ切る、最大の好機でもあったのだ。

二人はブレスのタイミングを窺い、何時でも全速を出せるよう馬を旋回させる。

 

間もなく古竜から、膨大な炎が奔流となり吹き荒れる。

 

「――今だぁッ…!」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)はカッと目を見開き、ブレスの衝動を見極め大声で叫ぶ。

古竜の口部から激流の如き灼熱が吐き出され、褪せた黄色の地面を赤熱に染め上げた。

落ち葉や草木は瞬時に蒸発し、瞬く間に煙と塵灰に帰す。

だが吹き荒れる炎の中に二人の姿はなく、その瞬間には古竜の側面を走り抜けていた。

二人は馬を加速させ脇目もふらず、古竜の傍を通り過ぎる。古竜は未だブレス中だ、二人を追おうと全身を旋回させるが巨体が仇となり追い付けていない。

 

――…あの竜の上に、誰か乗っていたぞ…?

 

(推奨BGM エルデンリング ―― アルター高原)

 

結果的に、逃げ果せる事には成功した二人。

だが古竜の横を通り過ぎる最中、灰の剣士(現・褪せ人)は古竜の背に人影らしき姿を視界に納めていた。

竜に騎乗していた人影が、襲撃を指示していたのだろうか?

気になる疑問点を残しながらも、二人は脱出に成功し古竜の猛攻を掻い潜る事が叶い、仲間達と合流を果たした。

 

深刻な負傷もなく合流出来た事で、ライザは灰の剣士(現・褪せ人)に怒鳴り散らすも、その表情は怒りつつも口端は吊り上がっている。

しかし安堵するには少し早かったようだ。

 

「あの古竜、補足されたか…!」

 

 襲撃を逃れたつもりでいたが、彼等の上空を先程の古竜が旋回し続けている。

あの巨体が点ほどにしか見えない事からも、かなりの高度を維持しつつ彼等の周囲を旋回している事が分かる。

やはり古竜から逃れるのは、そう容易ではない様だ。

灰の剣士(現・褪せ人)は上空の古竜に意識を向けるが、今の所襲ってくる様子はない。

だが警戒を怠るべきではないだろう。

 

「いざとなれば、転移でリエーニエへと退避するほかあるまいよ」

 

 ソラールも上空に視線を向けつつ、万が一の緊急策を告げる。

彼等が総力を結集すれば、辛うじてあの古竜を討てる可能性もある。だが無傷では済まない事は、誰もが悟っていた。

 

「今は様子見に徹しましょう。それよりあちらをご覧ください、あの都が王都『ローデイル』と『黄金樹』です」

 

 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)が指し示す方角には、荘厳且つ壮観な大都市の輪郭が密集していた。

そして一際目立つのが、金の輝きを放ち天を衝かんばかりに聳え立つ『黄金樹』と呼ばれる巨木だ。

 

「何という神秘的な都の建造物群よ…!」

「うわぁ…アレが王都なんだね…」

 

 圧倒せんばかりの都の群集と、否でも視界に収まる黄金樹に、金剛石の騎士とライザは茫然と見惚れている。

 

「あの都…人は…まぁ期待出来んよな…?」

「今までが狂人ばかりだったのだ、仮に居たとしても…」

 

 見るからに煌びやかな都の壮観な姿、だが其処に住む人々は一体どうなっているのだろう。

疑問を口にしてみたオーベックとジークバルドだが、今までの状況から期待するまでもなく結果など分かり切っていた。

 

「僕が赴いた当時は、まだ辛うじて人々は正気を保っていました。…それでも無駄に殺気立っていましたがね」

「それは何時頃のお話ですか?」

「…ざっと…、1000年位にはなるのでしょうか?申し訳ありません大司教様、当時の事はあまり覚えていないのです」

 

 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)もローデイルに訪れていた時期があった。あの当時は、家を出奔した家族と共に件の都市へと来訪したのだが、まだ辛うじて正気を保っていた都民が営みを続けていた。

だがエルデンリングが砕け、破砕戦争に見舞われ、狭間の地の理は崩壊の一途を辿るばかり。意味もなく都民は殺気立ち、外来客である彼等にも敵意や排他的な悪意をぶつける輩が大半を占めていた。

その時期を訪ねる剣の乙女に対し、彼は約1000年前だとアッサリと答える。

彼の語る年月に驚くライザだが、この狭間の地では死という概念が取り除かれた『黄金律』により世界が維持されていたのだ。

つまり時間の概念が、四方世界のソレとは大きく異なり意味合いに隔たりがあった。

 

「さて気を取り直して、後ろも御覧ください。皆さん見えますか?湖の向こうの廃墟群が」

 

 ローデイル方面の景観に目を奪われていた彼等だが、輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は真逆の方角を指し示す。

丁度、彼の真後ろの方向だ。

 

「アレも町の…名残…?」

 

 トープスは、このアルター高原に辿り着いたのは今回が初でもあった。

それ故、全く土地勘がなかったのだが、広大な湖の向こう岸には荒れ果てた廃墟が視界に映っている。

 

「嘗ては秘匿とされていた、調香師たちの里…その末路です」

 

 遠方に根差す朽ちた廃墟は、調香師たちの里の名残だと語る輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)

 

「調香師…確かあの時の刺客たち…!」

 

 調香師の名を耳にした灰の剣士(現・褪せ人)は、あの当時を思い出していた。

森人勢力相手に聖黄金樹の処遇を巡る非公式の会合――。

予め幾多もの妨害工作を警戒していたが、予想通りに王統府要人を狙う刺客たちは身を忍ばせていたのである。

その時、刺客たちを指揮していたのが今語られた『調香師』と呼ばれる敵であった。

特殊なガラス瓶から薬品を散布する事で、様々な現象を引き起こしていたのを覚えている。

単体では然程の脅威ではなかったが、錬金術士たちを複数従え連携する事で数段手強い戦術を展開していたものだ。

結局彼等は、王の黒い手のカムイの介入により全滅したが、油断するべき相手ではないのは充分に痛感していた。

(本編前夜編 第120~121話参照)

 

「行ってみましょうか?どうせ破砕戦争の煽りで、秘匿などもはや無意味。真面な人など居ない筈です、家捜(やさが)ししても罪にはなりませんよ」

「あんまり感心しないわね、ハリ君もさ」

 

「そういうライザさんも本当は関心あるんでしょ?嫌なら其処で一人で待っていて下さい。敵が出ても構えませんので、その辺りは御自分で対処なさってください」

「――ちょ、なに言ってんのよ!?行くに決まってるでしょッ!」

 

 直ぐにローデイル方面へと向かっても良かったのだが、少しばかりの寄り道を提案した輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)

これから調香師の里でもある『ウィンダムの廃墟』へと向かう訳だが、ライザは少々難色を示している。

ならば『一人で残ればいい』と、にべもなく応えた輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)

しかし彼等の上空には、今もあの古竜が旋回しつつ監視を続けていた。

その状況ではライザも恐怖で寒気を覚え、慌てて付いて行く旨を告げる。

 

「ん、少し待たれよ?湖から何か現れた…禍々しいソウル…!?」

「何でしょう、あの巨大な骸骨と舟守は…?」

 

 少し湖を進んだ折、不意に巨人の如き骸骨と船守らしき霊体が姿を現す。

だが流れ出るソウルは、死に属している事が分かり敵対勢力である事は明白だ。

 

「――こんな所で『ティビアの呼び舟』とはなッ…!総員戦闘体制、聖なる力で速攻を仕掛けるぞッ!」

 

 リムグレイブやリエーニエでも遭遇した『ティビアの呼び舟』と呼ばれる死に生きる者たち。

友好的ではない事は明らかで、灰の剣士(現・褪せ人)は神聖力が弱点である事を伝え短期決戦を指示した。

 

彼等は直ぐに戦闘体制に移り、戦士職の4人は戦技『聖なる刃』の一斉射撃で敵を弱らせ、剣の乙女の『聖光(ホーリーライト)』で止めを刺した。

ティビアの呼び船そのものは大した脅威ではなかったが、巨大骸骨が滅法強力だった。

尋常ならざる耐久性を誇り、撃ち出す黒い光線を何とか躱した輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は密かに死を覚悟したという。

幸いにも短期決戦が功を結び、目立った犠牲も損害もなく敵の排除が叶う。

 

   ―― ENEMY FELLED(敵討伐セリ) ――

 

ティビアの呼び舟の討伐の後、一行は更なる進行を再開する。

地面自体は湖に覆われていたが、リエーニエと比べ比較的気温も高く視界は良好だ。直ぐ傍に在る『ゲルミア火山』の影響も強いのだろう。

目前へと迫る『ウィンダムの廃墟』、だが突如として謎の声が投げ掛けられる。

 

(推奨BGM ヴィンランド・サガ ―― Battleground)

 

『――おいッ、お前らッ!此処はアタイら調香師の里と知って来やがったのかいッ!?』

 

 若い女の声だ。この黄金律の狂った時代、もう正気を保った人間など数える程しか存在していない筈の狭間の地。

だが虚空より飛来する声は、何とも若々しく気っ風の良い――。怒号混じりだが、耳にしているだけで何とも清々しい気持ちが込み上げてくる。

同じ快活でもライザとは少し趣の異なる声音だ。

 

『――尻尾撒いて()()()するんなら、今回だけは特別に見逃してやる!同胞たちの怒りを買う前に、大人しく消えなッ!』

 

 程無くして彼らの目に姿を現した、声の主。

浅い湖面に佇む声の主だが、一見すると男か女かも分からない出で立ちをしている。

 

「調香師…だな…。以前見た服装は、茶系の色合いをしていたが――」

 

 声の主の外観には見覚えのある灰の剣士(現・褪せ人)

過去に対峙した調香師の男は、茶系色の外套に覆われていた。

だが現前に佇む調香師の羽織る外套は、やや汚れが目立つも白を基調とした清潔感溢れる色合いだ。

これは何かの識別の為であろうか?

 

「茶系の外套…?ああ、堕落調香師の奴等だな…!一緒にするんじゃないよ、アタイ等は由緒正しき正道を行く調香師っ!あんな密猟者や壊れた奴等と一括りにされんのは不愉快だねッ!」

 

 一言に調香師といっても、様々な派閥がある事を示唆していた。

あの刺客たちを率いていた男は、堕落調香師と呼ばれていたという事だ。

眼前の女は、自分たちこそが正道と語り、かなりご立腹した様子だ。

 

「こんな壊れた時代に大勢ゾロゾロ雁首並べやがって…。珍しい光景だが、コソ泥気取りなら容赦は出来ねぇなッ…!」

「これは失礼、まさか真面な住民が残っていたとはね。破砕戦争の影響で、とっくに破綻したと思ってたんだ」

 

「ケッ…!ゴドフロアかゴドリックの下僕が何でこんなとこに…!けぇ~れッ、接ぎ木野郎!その薄汚ねぇバケモンボディで、アタイの目を汚すんじぇねぇよ…!」

「…言うじゃないか…えぇッ!?大恩あるゴドリック様を暗に(けな)そうって言うのかいッ!?破砕戦争では活躍した調香師も今や壊れに壊れ、没落した凡俗だろうがよぉッ、あぁッ…!?」

 

「…なんだぁ、テメェ(ヤルかっ)…!?」

「…ボクは一向に構わんッ(上等だッ)!」

 

 売り言葉に買い言葉の応酬――。

調香師の女(以後、調香娘と称す)と輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)との間に、一触即発の空気感が形成される。

彼女は曲刀と調香瓶を手に――。

彼は、幾多もの手に杖とゴドリックの王斧を――。

互いに間合いを量ろうとするも、突如として灰の剣士(現・褪せ人)が割って入る。

 

「済まなかった、我々は直ぐに引き返す…!どうか剣を収めて頂きたい。もう此処へは介入しない、それで良いだろうか…?」

「……。行きな、これ以上アタイらの故郷を汚すんじゃねぇよ…」

 

 毒気を抜かれる形で仲裁は成った。

かなり昂っていた調香娘と輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)も武器を収め、臨戦態勢を解く。

 

「行こう、皆」

 

 少々腑に落ちない輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)だが、これ以上意地を張るのも利点などない。

少しばかり調香娘を睨み付けつつも、彼等はそのまま踵を返し立ち去った。

 

「……。悪く思わないでおくれよ…、これも掟なんでな…」

 

 彼等が去った後、一人湖面に残された調香娘。

先ほどの勝気な言葉使いとは一変して、弱々しい声音に変化していた。

基本、調香師の技術は門外不出で一族以外に伝えてはならない『掟』が制定されていた。

だが今や、単なる形骸化も甚だしい。

エルデンリングが砕け破砕戦争の長期化と共に、この狭間の地は瞬く間に崩壊が進行。

秩序を保っていた調香師一族も、次々と離反者が現れ技術を持ち出し悪用するもが後を絶たなかった。

彼女の後方に鎮座する壊れ果てた街並みも、崩壊した狭間の地の縮図に相応しいとも言える。

 

「折角の話し相手だったんだがなぁ…、もう掟なんぞ無意味だろうによ……チッ…!」

 

 朽ちた廃墟に留まり、幾星霜――。

あれから、どれ程の時が流れたのか。

同胞たちからは、徐々に壊れゆく者が続出し粛清された。

時が経つにつれ里は崩壊し、もはや見る影もない。

いま里に残っているのは、自分を含め片手指で数えるのみ。

これだけ壊れながら、まだ掟なんぞに拘れというのか。

技術の秘匿と称しておきながら、技術の漏洩が著しいという矛盾。

何とまぁ滑稽だろう、我が里の秩序というのは――。

嘗ての誇り高い我ら調香師の一族など、もうどこにも存在しないのだ。

いずれは自分も壊れゆき正気を失うだろう。その前に真面な営みを、もう一度だけ味わっておくのだった。

もう二度と訪れないであろう、彼らとの言葉の交流――。

つい敵意を露わにしてしまったが、あの瞬間だけは本来の自分でいられたような気がしていたのだ。

 

「まぁた、退屈な日々に逆戻りかぁ…いっその事アタイも――」

 

 ほんの僅かな刺激に満ちた時間も、二度と味わう事はないだろう。

意気消沈した調香娘は、自分の故郷へと徐に視線を向けた。

視線の先には、里から数人が此方に向かって来るのが見える。恐らく状況を確かめに来たのだろう。

 

「一応、説明しておくかね…」

 

 彼女は鬱蒼とした重い心持ちで、歩み寄る同胞たちを待つ。

 

「ああ長老方、珍しいね、アンタらの方から動くなんてさ。変な連中が来たけど追っ払っておいたよ。この辺りの浅い侵入じゃあ、まだ掟に抵触はしていない。処刑までとはいかずとも、警告だけで済んだはずだよな?」

 

 普段、長老と側近達が自ら動く事など滅多にない。それこそローデイル王から任を賜った時か、一族存亡の危機に陥った時ぐらいだ。

ここ数百年は、目立った動きも見せなかった長老方。今更になって自ら此処まで赴いた事など、異例中の異例だ。

 

「まさか、連中の中に要人でも居たとかッ…!?」

 

 長老たちが自ら動いた理由など、それこそ重要な案件に関わる何かが動いたとしか思えない。

砕けた表情を一変させる調香娘は、改めて身構えた。

そして彼女の態度は、()()()()()事が証明される。

何故なら身構えたお陰で、彼女は凶刃を躱す事が許されたからだ。

 

一瞬にして空気を裂く薄刃が、彼女の眼前を走り抜けた。

 

「――ちょ、長老っ!?な、なにをッ…!?」

 

 ここまで激しく動いた事など、何百年ぶりだろうか?

もはや然したる運動力など衰えに衰えたと思っていたが、意外にも軽く動けるものだ。

咄嗟のバックステップで、曲剣を躱せた調香娘。

そう――。

長老たち数人は、彼女に対し曲剣を振るっていたのである。

寸での所で躱した彼女だが、白いフードに覆われていた彼女の表情は焦燥に満ちていた。

 

「――長老方っ!?アタイは掟を守った筈だッ!なのになんでっ…!?」

 

 里に直接侵入を果たした部外者は、容赦なく極刑に処す。それが里の掟の一つだ。

だがこの辺りなら、まだ警告で済ませ追い払うのも掟ではある。彼女は何も掟を破ってはいない。

しかし長老たちは敵を斬るかの勢いで殺気を込め、彼女に切りかかってきた。

一旦は躱した調香娘――。しかし長老たちは、躊躇なく彼女に再び襲い掛かる。また剣だけでなく、調香師の代名詞とも言える調香術を駆使し、彼女を仕留めに掛かった。

 

どうして処刑されねばならないのだろう?

自分は何一つ過ちを犯した覚えはない。

しかし同胞である筈の長老たちからは、紛れもない殺気が溢れ出ている。彼等は本気だ。

疑念と絶望が混じり合い、彼女は必至に攻撃避け続けた。

だが躱し続ける内に一つの結論に辿り着く。

 

「…そうかい……。とうとう…()()()()()になっちまったのかい…ハッハッハ…」

 

 そうだ――。

長老たちも遂に正気を喪失してしまったのだ。

いや、今思えば既に()()()()()()()

ここ百年あまり、彼等は部屋から一度も出ずジッと煙管を蒸かすだけの日々が続いていた。

元々無口ではあったが、長老と側近達は掟や規則を厳守し秩序を保つ偉大な指導者でもあった。

だが何時しか煙管だけを蒸かし煙草が無くなれば再び調合するだけの、飽くなき毎日が続いていた様に思える。

その時は別段気にもせず、自分も似たような日常を送っていたため気付かなかった。

 

彼等は既に壊れていた事実に――。

 

「何て鈍いんだろうなぁ、アタイはよぉッ…!ッらぁ…!」

 

 刺突の為に突進する長老に向け、カウンターの前蹴りを放ち距離を離した調香娘。

 

「ハハハハは……アッハッハはハハ……、好いぜ、もう…終わりでいいよな、…なぁッ…!?」

 

 諦観にも似た乾いた笑いを上げ、調香娘の褪せた瞳に炎が宿る。

狂った黄金律の下、生きる希望を無くし褪せた瞳に溺れ過ぎし日々――。闘争の感情とはいえ、彼女は再び瞳に生気が回帰していた。

 

「オラ来いよっ、長老方っ!このアタイが最後を飾ってやるよ。…生き残った調香師としてのケジメをなぁッ…!!」

 

 正気を失い狂人と化した長老たちに向け、長期娘も闘志を漲らせ懐から曲剣を抜いた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

土竜の鱗剣

 

硬い鱗に覆われた巨大な曲剣。

竜の顎を模した、溶岩土竜たちの得物。

 

土竜たちは、元々は人の英雄だったという。

彼らは竜餐をなし、いつか過ちを侵し地を這う姿は、そのなれの果てなのだと。

 

もう彼等は何も語らない。

喪失した自我の果てに、何を求め彷徨うのか。

 

 

 

 

 

 




3万文字近くありますが、まだ端折った方です。本当は、このままレアルカリア侵入前まで書く予定でしたが、あまりに長過ぎる事になるのでここで一旦区切る事とします。
立て続けの起きる戦闘も、ダイジェスト感覚で短縮いたしております。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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