ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
今回でレアルカリア学院侵入まで漕ぎ付けたかったのですが、サブタイトルの通り『彼』をイベントに組み込んでしまい、少し話が長引きました。
どうしても組み込んでみたくなったので…。
ダラダラしたテンポで誠に申し訳ありません。m(_ _)m
それでも読んで頂けると嬉しいです。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第146話―狭間の地・湖のリエーニエ・竜槍の騎士ヴァイク―

 

 

 

 

 

 

星光の欠片

 

青く輝く、儚い細片。

束の間に流れた星光の残滓。

 

使用により、FPをゆっくり回復する。

 

かつて、永遠の都では、精薬の材料として珍重されたという。

舞い落ちる星光の一滴。

それは確かな魔力を帯び、時に力と成す。

 

 

琥珀の星光

 

琥珀色に輝く、儚い細片。

束の間に流れた星光の残滓。

 

星光が運命を司るとすれば琥珀色のそれは、神々の運命であるとされ特別な精薬の材料となる。

人の身で口にすることはできない。

 

星光る一滴は、次元さえ越え行き新たな運命に結び付く。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(推奨BGM ヴィンランド・サガ ―― thors)

 

   ―― アルター高原 ――

 

褪せた黄金は風に揺られ、草木は空を往く。

物言わぬも確かに息吹く彼等に、人類種の所業はどう映っているのだろう。

 

「――これがローデイル軍の実力かッ!」

 

 馬を駆る太陽の騎士、アストラのソラールは歯軋りしていた。

突破できないのだ。

黄金の武具を纏う部隊――。その彼等が展開する、防壁陣を。

騎兵という機動力の優位性を活かしジークバルドと共に何度も突撃を繰り返すも、敵部隊の守りは強固の一言。

黄金の大盾に阻まれ、遠間からは大弓や連弩砲の制圧射撃に晒される。

無理に突破しようとすれば、馬が討ち取られるのは必至だ。今ここで馬を失う訳にもいかず、彼等は攻めあぐねていた。

 

「守りに長けたローデイル軍の練度、雑兵でさえ熟練兵並みの実力だ…!」

 

 同じく馬の機動力で、歩兵部隊を相手取るは金剛石の騎士。

彼はローデイル軍歩兵隊に攻撃を仕掛けるも、雑兵でさえ高い守備力を誇り攻略に手こずっている。

馬での走り抜け様に一太刀浴びせるのだが、盾を合わされ凌がれていた。

こう見えて彼は国家元首ながら金等級冒険者としての実力を備えている。今は現役を退き政務に奔走する身に置く事で、現役時代よりは幾分実力も低下していた。

だが未だ騎士としての戦闘力は健在で、未知なる敵とはいえ雑兵ごときに攻撃を防がれるとは予想外だ。

だがソラールやジークバルド、そして金剛石の騎士はまだいい。

問題は彼――。

 

「――デカいだけでなく、速いッ…!!」

 

 敵の猛攻を掻い潜り、反撃の隙を伺う灰の剣士(現・褪せ人)

彼も霊馬トレントを駆り、彼の後ろにはライザも騎乗していた。

 

「――灰君ッ、もうちょっとゆっくり走ってくれないっ!?」

 

 機動力に富むトレントの動きに翻弄されるライザは、狙いを定められないでいる。

彼はトレントの御者に全神経を集中させ、ライザが攻撃を担当――。

敵は巨人並みの体躯を誇る故に的はデカい。しかし殆ど暴れ馬の如くトレントを駆られては、真面な狙いさえ付けられないのだ。

だがライザの抗議を意に介している余裕はない。

少しでもトレントの動きに影を落とせば、そのまま敵に叩き潰される運命が待っているのだ。

 

「――こんなガーゴイル、初めてだッ…!」

 

 彼とライザの相手は、規格外の巨躯を誇るガーゴイル。

王都郊外区域を防衛するローデイル軍は巨大ガーゴイルをも投入し、灰の剣士たちを妨害していたのである。

とにかく巨大である上に、動きも異様な速さを誇っていた。

遠い過去ロードランで戦った、2体の『鐘のガーゴイル』が子供に見える瞬間でもあった。

四方世界の『オーガ』をも超える巨躯。

手にした長柄武器の質量とリーチ。

翼による飛行能力。

武器の風圧を活かす多彩な戦術。

そして攻撃動作の速さ。

どれ一つ取っても規格外に強大で、トレントの機動性がなければ既に肉塊と果てていただろう。

 

――オレグとイングヴァルの二人も上手く働いてくれているな。

 

トレントを駆りながらも、ローデイル軍へと視線を向ける灰の剣士(現・褪せ人)

霊呼びの鈴で召喚した二人の霊体もソラール達の援護に回り、並み居るローデイル軍兵相手に大立ち回りを繰り広げている。

流石に生前は英雄と称されるだけあり、二人の戦闘力で次々とローデイル兵を駆逐していた。

 

しかし彼の表情は焦燥を滲ませている。

 

何故なら果たすべき本来の目的へと一向に辿り着ける気配がないからだ。

 

「これでは何時まで経っても近寄れないッ…!」

 

 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)はゴドリックの王斧を振り回し、多数の手から織り成す輝石の魔術で多数のローデイル兵を討ち取っていた。

 

「ローデイル軍は守りの戦を得意としています。未だ『王都ローデイル』は一度の陥落も許していないのですよ…!」

 

 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)の後方ではトープスも魔法で援護しつつ、ローデイル軍の特性と歴史を叫んでいた。

 

「そりゃあんな馬鹿デッカイ防壁建てれば、大抵の侵攻は防げるだろうさっ…!」

 

 トープスの直ぐ傍ではオーベックも魔法で、ローデイル兵を牽制している。

 

「あの巨大なドラゴンも気になりますわね。もう石化しているみたいでしたが――」

 

 奇跡と真言魔法で仲間の援護に敵兵排除と、大忙しな剣の乙女。

遠間から見た王都ローデイルに鎮座していた巨大な竜には、特に目を惹かれていた。

 

灰の剣士たち一行は『琥珀の星光』の在り処に目星をつけ、ローデイル側へと進路を取っていたのだが、道中ローデイル軍の妨害に遭った。

そして現在こうして交戦している訳だが、余りの守りの厚さに一行は完全に足止めを余儀なくされた。

大弓を扱う騎士や設置型連弩砲の兵器群、そして巨大ガーゴイルまで投入し、彼等は次第に劣勢を強いられてゆく。

そこで灰の剣士(現・褪せ人)たちが敵兵を引き付けている間、輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)だけでも目的に向かわせる作戦へと出た。

だが彼らの思惑は完全に外れ、こうしてジリ貧を強いられていた訳だ。

 

琥珀の星光を入手するどころか、下手をすれば全滅の気配さえ匂わせていたローデイル軍との交戦。

これでは目的達成を果たす前に、全滅の危険性をも滲ませていた。

 

更なる不幸が彼等へと舞い降りる。

 

ただでさえ不利な彼等へと追い打ちをかける様に、あの赤い雷を纏った古竜までもが急降下を開始――。

古竜は、これまでも彼等の頭上を旋回し監視を続けていたが、再び牙を剥いたのである。

もはやこれまでか…と、灰の剣士(現・褪せ人)は転移での撤退を視野に入れるが、ここで状況が一変した。

 

なんとあの古竜が、殺到するローデイル軍に向け襲撃したのである。

赤い落雷で多数の敵兵を焼き、高熱の火炎ブレスでローデイル騎士隊を追い払い、赤雷の剣を生じ巨大ガーゴイルを一薙ぎで黒炭化させた。

瞬く間に形成は彼等へと傾き、ローデイル軍の兵士が軍用のラッパを吹く事で撤退を合図――。ローデイル軍勢は、王都外郭区域へと一斉に撤退。

先ほどの激戦が嘘のように静まり返り、今この場は静寂の空気が流れている。

 

彼等は助かったのだ。

アルター高原で彼等を襲撃していた古竜によって、彼等は危機を脱する事ができた。

 

「あの古竜、俺達を助けてくれたのか…?」

「まだ油断は出来んが、向こうに降り立った。…我々を待っているみたいだが――」

 

「よし、行ってみよう」

 

 赤い雷を纏った古竜により、この戦いを無事切り抜ける事ができたのは確かだ。

先ほどは襲い掛かっておきながら、今度は加勢するという謎の行動――。

あの古竜の真意は読めないが、違う場所に降り立ち彼等を待つ様子を見せている。

念のため警戒しつつも、一行は古竜の待つ場所へと移動を始めた。

 

(推奨BGM エルデンリング ―― アルター高原)

 

ここはローデイル兵達の野営地の一つ。

すでに敵兵は居らず、唯の野営地跡と化している。

古竜は此処で彼等を待っており、背には一人の人物が乗っている。性別は少々分かり辛いが鎧らしき姿を鑑みるに男性だろうか?

近くで見ると一層の迫力で圧倒され、彼等は戦慄を覚えながらも古竜を出方を待つ。此処まで近付いても攻撃を仕掛けて来ない事から、古竜にも何か思惑があるという事だ。

 

「おい見ろ、急に姿が――」

 

 突然に古竜が眩いばかりに光を発し、オーベックが声を上げる。

発光そのものには特に害もないが、とにかく眩しい事この上ない。彼らは全員目を背けてしまう。

 

「――え、嘘っ!?人が二人にッ…!?」

 

 発光現象も納まり彼等の視界も回復した後、ライザが驚きの表情で古竜の居た箇所に目をやった。

先ほどの箇所には巨大な竜の姿はなく、代わりに二人の人物が佇んでいた。

 

一人は、全身甲冑を纏った騎士。指跡を押し付けた跡を思わせる鎧兜を纏い、長大な戦槍を手にしているが何処となく虚ろにも感じられた。

そしてもう一人は、ひと際目を惹く美女…いや少女に見えなくもない。色白い肌に長い銀髪の年若い女性だが、高位の聖職服を纏っていた。

 

「お初お目にかかる、褪せ人諸君。我が名は古竜『ランサクス』、嘗てローデイルの司祭として人々と交わりし者」

 

 銀髪の白皙肌の女…否、古竜が『ランサクス』という名を灰の剣士たちへと明かす。

 

「古竜ランサクス…、我々は四方世界と言う外よりの来訪者」

 

 彼女の言葉に応え、彼等も簡潔な自己紹介を返した。

 

「お前たち、これを欲していたのであろう?」

 

 突如としてランサクスが彼等の目の前に差し出したのは、白色染みた黄金と青白く輝く二つ欠片。それは彼等が探し求めていた『琥珀の星光』と『星光の欠片』であった。

探し求めていた物を何故かランサクスが所有しているという事実に、彼等は少々苦い表情を浮かべた。

この流れは分かる。こうしてわざわざ人の姿を借りてまで、対話という行動を執ってきたのだ。ランサクスの要求など唯一つ――。

 

「取引だ。この男を指定の場所で討て…!さすれば、これ等と我の力の一部を譲渡いたそう。…悪い話ではあるまい?」

 

 予想通り、彼女は取引を持ち掛けてきた。

しかしその内容がどうにも不可解だ。

先ほどまで背を預けていた、この『戦槍の騎士を討て』とはどういう魂胆なのだろう。

いきなり不可解な取引を持ち掛けられ、『はい分かりました』と受け入れられる訳がない。

内容も内容だが、取引相手が古竜(エンシェントドラゴン)という高位の存在なのだ。

アルター高原での襲撃も、自分達を推し量る為の値踏みであったのだろう。

疑念に駆られる皆を代表し、灰の剣士(現・褪せ人)が理由を尋ねた。

 

「やはり即答とはいかぬよの?よかろう、少し長話になるが耳を傾けてほしい」

 

 今は人型へと変じているが、この女は古竜そのもの。仮にも古竜が自ら背を預ける騎士を討てとの取引を持ち掛けてきたのだ。

どうやら相当の深い事情が絡んでいる事は、疑いようがない。

古竜との取引など面倒事以外の何者でもないが、目的のアイテムは彼女の手中という事実。

ここは素直に耳を傾けた方がいいだろう。

若干不本意ながらも彼等は聞く態勢に移り、ランサクスも前振りなどせず直ぐに語り始めた。

 

彼女の横で虚ろに佇む鎧騎士の男、名は『ヴァイク』という。

彼も褪せ人の一人で、嘗ては円卓の騎士として『エルデの王』を目指していた。

加えて非常に有能な男で、武勇だけでなく人格も優れていた。

そんな彼は、過去に大ルーンを複数所持するという偉業を成し遂げ、歴代の褪せ人の中で最もエルデの王に近付いていた。

しかしそれ程の英雄騎士に、然る悲劇が降り掛かる。

何を思ったのか、彼は『3本指』に見え『狂い火』を受領してしまう。

それ以来『指痕爛れのヴァイク』として、各地に狂い火を撒き散らす害悪と化してしまった。

 

「3本指?狂い火?…2本指と似たような存在か?」

 

 聞き慣れない名を耳にし、灰の剣士(現・褪せ人)は自分の知る『2本指』を引き合いに出す。

 

「3本指…2本指とは対を成す、大いなる混沌の意思…その代弁者と思ってくれて構わん」

 

 3本指について簡素に説明するランサクス。しかし肝要なのは、3本指の特徴などではない。

3本指の齎す『狂い火』と最終目的こそが、生命にとっての脅威なのだ。

 

率直に言って3本指の目的は、全てを一つへと回帰させる事である。

 

その為に、『狂い火』という黄色い混沌の火を以て全てを焼き溶かし、ありとあらゆる生命を一つの坩堝へと戻す事を目的としている。

ランサクスは3本指の言葉を語った。

 

「すべては、大きなひとつから、分かたれた。分かたれ、生まれ、心を持った。けれどそれは、大いなる意志の過ちだった。苦難、絶望、そして呪い。あらゆる罪と苦しみ、それらはみな、過ちにより生じた。だから、戻さなくてはならない。混沌の黄色い火で、何もかもを焼き溶かし全てを、大きなひとつに…」

 

 その言葉を聞く皆は、無言を貫く事しか出来ないでいる。

 

しかし肝心のヴァイクが、どのような理由で混沌の黄色い火『狂い火』を受領してしまったのか。

エルデの王を目指したヴァイクは、言うまでもなく円卓の一員でもあり立場は2本指に属している筈なのだ。

しかも複数の大ルーンを所持し、エルデの王へと至る寸前にまで辿り着いている大英雄にも等しい。

それ程の男が、どの様な経緯で対立する『3本指』へと傾倒したのか。

 

ひとえに『指巫女』という存在が起因していた。

 

指巫女とは、褪せ人をエルデンリングへと導く存在であり、ルーンを褪せ人の力に変換させる能力を有している。

だがエルデの王に成るには黄金樹を燃やし、これまでの古い律と決別せねばならない。

その種火はやがて滅びの火として黄金樹を焼くのだが、指巫女が自らが種火となり我が身を犠牲にする使命を背負っていた。

エルデの王となるには黄金樹を焼かねばならず、その種火として指巫女の犠牲が必要不可欠――。

 

「しかし狂い火を受領すれば、自ら黄色い火を発し黄金樹を焼く事ができる…。もう分かったであろう?この男が3本指に見えた理由が」

 

 エルデの王に最も近付いた大英雄が、黄金律と敵対する3本指に見えた原因――。

それは指巫女に向ける情愛の故、自らの犠牲を選んだ男の想いが生んだ選択であった。

 

ヴァイクは指巫女を愛し、指巫女もまたヴァイクを愛し使命に殉ずることを望んでいた。

しかし互いを想うが故に擦れ違いと摩擦を引き起こし、ヴァイクは狂い火を受領する道を歩んでしまう。

指巫女の犠牲を避ける為に――。

 

「3本指、混沌の黄色い火『狂い火』は全生命にとって不倶戴天の敵も敵。2本指など関係なく、我々は混沌の坩堝への回帰など望んではいないのだ」

 

 今も虚ろに立ち尽くすだけのヴァイクへと寄り添い、ランサクスはどこか寂し気な表情で尚も語り続けている。

その光景は宛ら深く愛し合う恋人の様でもあった。

 

狂い火を受領したヴァイクは旅を続け、2本指から離反した罪で『巨人の山嶺』にて捕まり『封牢』に幽閉された。

しかし彼は霊体として各地に出現しては『狂い火』を拡散させていたのである。

 

「そこで我は、ヴァイクを封牢より解き放ち魔力で抑え付けているという事だ」

 

 狂い火を受領した割に、ヴァイクは妙に大人しく虚ろであった理由――。

それは、ランサクスが魔力で彼を抑え付けていた為で、今の彼は生ける屍に近い状態であった。

 

「今一度、我は請う。この男を討って頂きたい、リエーニエの『鎮めの教会』にて」

 

 再びランサクスは求めた。この狂い火に焼かれた嘗ての大英雄『ヴァイク』を指定の場所にて討ってほしいと。

 

「何ゆえ、貴女の手で成さぬ?それ程の力を持ちながら、敢えて我々に委ねる理由とは?」

 

 ランサクスは古竜であり、只人など遥かに超越した高位の存在。

彼女ほどの力があれば、ヴァイクを討つなど容易に成せる筈なのだ。しかし彼女は敢えて、そうしていない。

当然、それに足るだけの理由はあるのだろう。

わざわざ質疑せずとも誰もが彼女の事情を汲んでおり、愚問も同然の無粋な言葉だ。

しかし同時に誰もが気にしていた疑問でもあり、灰の剣士《現・褪せ人》が不評を買う事を承知で敢えて訪ねたのである。

 

古竜ランサクスがヴァイクを討たない理由――。

 

「我は、この者を愛している。狂い火を受領した今でも、この男は愛しい存在なのだ」

 

 衝撃の発言、ランサクスはヴァイクを愛していた。

 

その愛情故に自ら手を下す事ができなかったのだろうか?

理由はそれだけではない気もするが、とにかく彼女はヴァイクに手を下す事を良しとはしていない。

どの様な流れで古竜と只人との間に『愛』が芽生えたのか、彼等には推し測れようもない。

しかし確実に言えるのは、ランサクスとヴァイクも深い繋がりで結ばれているという事だ。

そして『鎮めの教会』にてヴァイクを討てという話だが、その場所で彼の指巫女が息を引き取っているのだという。

その場所は狂い火の温床と化し、彼の指巫女が鎮める為に全生命を費やしたと、ランサクスは語った。

 

「自分勝手な頼みだとは、我も重々承知している。だが恥を忍んで頼みたい。嘗て高潔な騎士であった、この男を()()()()()()送ってやりたいのだ。我が魔力では、こ奴の狂い火を抑えるので手一杯だ。どうか頼む」

 

 改めて彼等に頼み込むランサクス。

彼女が自ら手を下さない理由だが、彼に抱く深い愛情以外にも狂い火を抑え込むという要因も重なっていた様だ。

彼女の言う通り、確かに手前勝手な頼みだ。

しかし全くの無関係という訳でもない案件でもあった。

2本指、3本指、狂い火、これ等は四方世界とは何の繋がりも無い様に思えるが、既に狭間の地の因子も幾つか流れ着いている。

しかも現在進行形で、徐々にだが影響力が増し始めてもいた。

つまりこれから先、四方世界でも関わらないという保証は何処にもないのである。

それに琥珀の星光や星光の欠片は、彼女が文字通り握っていた。

手に入れる為には、彼女の依頼を遂行するしか手立てはなく、武力行使など論外。

ここは取引に応じた方が様さそうだ。

 

「…承知した。皆もそれでいいか?」

 

 灰の剣士(現。褪せ人)は短く応え、受け入れる姿勢を示す。

満場一致という訳でないだろうが、皆にも一応の意思確認を行った。

多少腑に落ちない表情を浮かべてはいるものの、概ね彼の決定に従う姿勢を示している。

 

彼等は、ランサクスの依頼を受け入れる事にした。

 

「感謝する、褪せ人たちよ。我は件の教会にて先回りし、障害を排除しておく」

 

 こうしてランサクスも礼を述べ、再び巨大な古竜の姿へと戻る。

そのままヴァイクを背に乗せ、彼女はリエーニエへと飛び去った。

竜種の巨体から繰り出される羽ばたきだけでも、過剰な風圧が彼等を襲い顔を背けてしまうほどの勢いだ。

古竜ランサクスは赤雷を纏いながら、この場を飛び去ってしまった。

 

「全く、人使いの荒い古竜な事だ。俺達を襲っておきながら――」

「だが、強固なローデイル軍を一瞬で蹴散らす力は、正に強大な竜種よの」

 

 飛び去ったランサクスの姿はもうない。

リエーニエと思わしき方角を見ながら、ソラールとジークバルドは少々の文句を零してしまう。

 

「事実は小説より奇なり、とはよく言ったものですわ。古の竜と遭遇するだけでなく、人と竜の間で育まれた愛情劇――」

「しかし、我々は彼女の想い人をこれから討たねばならんのだ」

 

 人と竜との間に芽生えた愛に、剣の乙女は恍惚とした面持ちで心を惹き付けられていた。

しかし金剛石の騎士は、水を差すようにこれからの戦いについて言及する。

 

「なんだか、物凄い事になっちゃったね。本当に、ここって異世界なんだって改めて思い知らされた…」

「2本指、3本指、混沌の黄色い狂い火…、僕らの想像を遥か上を行くエルデンリングを巡っての戦い…」

 

 既に只人の思惑を越えた領域へと足を踏み入れようとしている事態に、ライザと輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は思考が追い付いていない。

 

「皆、転移でリエーニエへと戻る。もう少し傍に寄ってくれ」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)は傍に寄る様に皆へと呼びかけ、リエーニエへと転移した。

 

……

 

(推奨BGM エルデンリング ―― リエーニエ)

 

   ―― 湖のリエーニエ ――

 

ここはぺイルム教会と呼ばれる朽ちた教会跡。此処から更に北進すれば『デクタスの大昇降機』へと辿り着く。

しかし其処を右に回り込むように迂回する事で、ランサクスが待っていると思わしき『鎮めの教会』へと向かう事ができる。

幸いにも詳しい道筋は、トープスが知っていた。

 

「カッコウ騎士団の遺体がそこら中に…」

 

 北進する道すがら、駐屯地と思わしき至る所でカッコウ騎士団の遺体が其処彼処に散乱していた。

遺体の損傷具合から焼け焦げた様子が散見され、焦げた匂いと煙も立ち昇っている。

その事から、あの古竜ランサクスが道中の敵を排除してくれていた事が判明した。

 

「カッコウ騎士団とて、魔術騎士と言う強みはあった筈だ。それをいとも容易く…」

 

 ローデイル軍ほどの練度はないにしても、魔術を戦術に組み込むという優位性を所持していたカッコウ騎士団。

しかも遺体の数と規模を見た限り、かなりの大軍を展開していた事が分かった。

また投石器(カタパルト)や焼け焦げた戦車からも、その名残を顕著に表している。

もし真面にぶつかり合えば、彼等では相当の被害を覚悟する必要があっただろう。

それを瞬時に壊滅せしめた、古竜ランサクスの戦闘力――。

この被害規模に、オーベックは戦慄を覚えていた。

 

「あれがデクタス大昇降機か。大規模な設備だ」

「本来はアレを作動させ、アルター高原へと向かう手筈なんですけどね」

 

 視界に映る巨大な設備を尻目に、灰の剣士(現・褪せ人)輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は右へと旋回し西進する。

デクタスの大昇降機を右に迂回すれば、崩壊しかかった塔が彼等の視界に映り込んだ。

本来なら、この塔は『狂い火の灯台』と呼ばれ、最上階では黄色い狂い火が半永久的に展開されていた筈なのであった。

しかし例によって目ぼしいものは何も無く、この塔に身を置いていた狂い火の羅患者たちも軒並みランサクスによって焼き焦がされていたのである。

もしランサクスの介入がなければ、彼ら全員が漏れなく狂い火により発狂し進軍どころではなかっただろう。

彼等は何事もなく『狂い火の灯台』を擦り抜け、そのまま『鎮めの教会』へと向かった。

 

「もう死んでるが、目が黄色く爛れている」

「狂い火…、リムグレイブでも見たな…」

 

 道中、ランサクスにより斃されていた幾多ものカッコウ騎士団たち。

しかし今までとは違い、遺体ながらも彼等の目は不気味に黄色く爛れていた。

 

初めて狂い火の跡を見たソラールと、リムグレイブの然る地域を思い出す灰の剣士(現・褪せ人)

 

「これ、ロアの実じゃないよね?なんか中身が零れているって言うか爛れ落ちてるって感じで…、まるで…今の狂い火みたいに…」

 

 途中、ライザが周囲に自生する植物に気が付いた。

一見ロアの実の様に赤味がかっていた木の実だが、明らかに違いがみられる。

 

「それは『イエロの瞳』と呼ばれる木の実の一種でね、狂い火に縁の深い土地でしか採れんのだよ」

 

 手に取る事を躊躇うライザに、トープスが説明する。

狂い火関連と聞き、ライザは咄嗟に手を引っ込めた。

 

「危険な木の実でね。麻薬にも使われ裏では高値で取引されていると聞いた。だが上手く使えば、鎮痛や精神安定剤として医療薬としても大きな貢献を果たしてくれている」

 

 使い方次第では毒にも薬にも有用な『イエロの瞳』と呼ばれる低木の実。

採取すべきか躊躇うライザだが、意外にも灰の剣士(現・褪せ人)が直ぐに採取してしまう。

 

「要は使い方次第だ。栽培方法は狂い火関連に限定されるようだが、今後必要になるかも知れんしな」

 

「仮に四方世界での栽培に踏み切るのなら、徹底した法整備と厳重な管理体制づくりが不可欠となろうな。有用だが危険も大きい…そう珍しい話ではない」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)の様子を見ていた金剛石の騎士――。意外な事に彼も難色は示してはおらず、四方世界での法整備や根回しについて言及する。

麻薬としても名高い素材という事だが、鎮静効果も高いのなら医療としても非常に重宝するだろう事が判明したからだ。

持ち帰った後も厳密な調査が必須となるが、王統府直轄の研究機関を立ち上げる事から始めればいいだろう。

 

僅かな寄り道の後、彼等はそのまま『鎮めの教会』へと向かい程無くして到着した。

 

   ―― リエーニエ・鎮めの教会 ――

 

エルデンリングが崩壊した世界だ。やはりこの教会も体を成しておらず荒れ果てている。

あらゆる箇所が崩れ、最奥には女性の遺体が安置されていた。

恐らく彼女が、ヴァイクの指巫女なのだろう。

 

「良くぞ、鎮めの教会へ――」

 

 遺体の傍に寄り添う二人の人物、ヴァイクと擬人化したランサクスが一行を出迎える。

 

「この大バカ者の狂い火を鎮める為、彼女は命を賭した。…だが結果は御覧の様…、彼女が絶命したと同時に狂い火は再び発症した」

 

 遺体に目を向け淡々と語るランサクス。この指巫女が死に至った経緯を簡素にだが説明した。

ヴァイクが狂い火を受領したこと知り、彼の指巫女は負い目を感じたのだろう。

彼をエルデの王へと導く使命を放棄してまで、彼の撒き散らす狂い火を鎮め続けた…その命尽きるまで。

ランサクスの横では、相変わらずヴァイクは虚ろなまま立ち尽くし指巫女の遺体にさえ目を向けていない。

彼の意識に、指巫女は映っているのだろうか。それさえも判別が付かないのだ。

若しくは狂い火に罹患すれば、大事な存在さえ認識出来なくなるのかも知れない。

 

「ランサクス…、本当に良いのだな?貴方の想い人を失うのだぞ?」

「そうだよ、それよりも元に戻す方法を考えようよ、皆でさ…!」

 

 この鎮めの教会にてヴァイクを討つ、それがランサクスの願いだ。

しかし彼女は、ヴァイクを確かに愛している。たとえ狂い火に侵され、正気を失おうとも。

灰の剣士(現・褪せ人)とライザは、もう一度思い直すよう説得を試みた。

本当に『死』でしか救う手立てはないものかと。

 

「古竜である彼女が、死を願っているのだぞ?察して差し上げよ」

 

 ソラールが言葉を挿む。

ランサクス、今はうら若き女性の姿だが彼女の正体は、高位の存在である古竜だ。

悠久とも言える膨大な時を過ごし、培ってきた経験も知識も人間の次元を遥かに超越しているのだ。

そんな古竜である彼女でさえ、持ち前の魔力でヴァイクの狂い火を抑え付けるのが精々であった。

そして灰の剣士たち以上に、狂い火という存在にも造士が深い筈なのだ。

恐らく彼等の与り知らぬ領域で、あらゆる手を尽くした挙句、断念した事をソラールは読み取っていた。

 

「察して頂き感謝する。…さ、始めようか」

 

 このまま長話を無駄に続ける意味はない。ヴァイクを殺すために、此処に赴いたのだ。

ランサクスの指示通り、彼等は野外に移動し戦いの準備に移る。

その間もライザは納得のいかない表情を浮かべていた。しかしそれは彼女だけではない。

此処に居る全員が同じ心境を抱いており、他の誰よりも心を痛めているのはランサクス本人である筈なのだ。

表向き彼女は感情を隠している様に見えるも、流れ出るソウルは狂わんばかりに泣き叫んでいた。

まるで『狂い火』に発症したかの如く。

 

――ランサクスよ…貴女という御仁は…。

 

彼女から流れ出るソウルの波形を汲み取り、灰の剣士(現・褪せ人)は敢えて何も言わず戦闘準備へと移る。

そして彼等の後に続くヴァイクは、今も虚ろで亡者の如き様相だった。

 

「さて、我はヴァイクの狂い火を抑えておく故、手は貸せぬ。だが古竜の奇跡とあらゆる戦技を収めた、こ奴は強い。その方ら全員でも、苦戦を強いられるであろう。心に留めておくが良い」

 

 始める前にランサクスが忠告する。ヴァイクという男の実力を。

古竜である彼女の力を以てしてもヴァイクの狂い火を抑え付けるのは、然う然う容易な事ではないのだ。

ヴァイクは狂い火なしでも紛う事なき実力者であり、灰の剣士たち総出でも苦戦は免れ得ないと告げた。

 

「承知した。皆、心の準備はいいな!」

 

 腹を括り受け入れるしかない流れ、もう戦いは避けられない。

灰の剣士(現・褪せ人)は皆に、臨戦態勢を呼び掛けた。

彼を含め、ソラール、ジークバルド、金剛石の騎士が前衛に陣取り、他は後衛へと回る。

 

「それでは…始めッ…!」

 

 ランサクスの号令と共に、ヴァイクは突然として動きを始める。

それは糸の切れた人形が独りでに動き出す様に似ていた。

長大な戦槍を構えたヴァイクは、直ぐに攻める事はなく慎重に間合いを測る。

この狂い火が蔓延した地で、彼等とヴァイクの死闘が幕を開けた。

 

……

 

(推奨BGM ヴィンランド・サガ ―― Still Blade)

 

ヴァイクは強かった。

ジークバルドが剣にて横薙ぎを行い、ヴァイクの槍を封じる作戦に出た。

予想通りヴァイクは槍で、ジークバルドの剣を防御――。直ぐに防御態勢を解かれない様、剣を押し込みヴァイクの硬直を図る。

これで彼に隙が生じた。

その隙を逃すまいと灰の剣士(現・褪せ人)が、持ち前の敏捷力でヴァイクへと跳躍――。硬直中の彼の頭部へと切りかかった。

 

「――かなりの反応速度だ…!」

 

 しかしヴァイクは身を屈め、剣を回避しながら自分も跳躍し防御態勢を無理やり解いた。

跳躍し空中からソラールへと狙いを定めたヴァイク。

自由落下に任せ、槍の刺突を仕掛ける。

 

「――なんのッ!」

 

 ヴァイクの刺突をローリングで回避したソラール。ヴァイクの槍は地面に深く突き刺さり、僅かな硬直が生まれた。

 

「――隙だらけだな!」

 

 硬直したヴァイク目掛け、金剛石の騎士が剣での刺突を繰り出す。

遊ぶつもりなどない。このままヴァイクの首目掛け鋭い切っ先が迫る。

 

「――何ッ!?」

 

 だが彼の鋭い突きを、手甲でパリィングしたヴァイク。

意外な結果に目を見開く金剛石の騎士に対し、ヴァイクは槍を基点に跳び上がり蹴りを食らわせた。

 

「――ぐぉッ!?」

「――ロードっ!?」

 

 顔面へとヴァイクの踵が直撃し、金剛石の騎士は後方へと大きく吹き飛ばされた。

そのヴァイクへと向け、再びジークバルドが上段からの振り下ろしを仕掛けるが、身体を捻り難なく躱された。

とにかく合間を与えてはならない。

そう判断した灰の剣士(現・褪せ人)は、続けさまに切りかかる。

ヴァイクの獲物は槍で、接近すれば剣の間合いで此方が有利。

彼の切りかかりをもヴァイクは回避するが、構わず連続で攻め立てた。

異様な回避力を発揮するヴァイクだが、何時までも持久力(スタミナ)が続くはずはない。

振り下ろしを躱され、そのまま振り上げの追撃、それさえも躱されるが構わず2連の蹴りで攻め立てた。

しかしヴァイクは上半身の捻りだけで躱し続ける。

そのお返しとばかりにヴァイクもバックステップを交えつつ、槍での3連突きを見舞った。

だが彼も負けじと2連を躱し3突き目を剣で打ち払い、意識を自分に向けさせた。

その間、ソラールが接近し剣での連続斬撃を加える。

懐に飛び込めば槍の脅威は減るのだ。

 

「――ぬぅ、手甲で防ぐか…!」

 

 一見有利にも思えるが、ソラールの剣を手甲で防ぎ切るヴァイク。しかも片腕だけを使い、もう片腕は槍を掴んだまま決して放そうとはしない。

 

「――手を貸すッ!」

「――我々もなッ!」

 

 槍さえ封じれば勝機はある。そう判断した灰の剣士たちは、ソラールに加わりヴァイクを間断なく攻め立てた。

相変わらず高い回避力と守備力で、位置を自在に変え器用な手甲術で彼等の剣を防ぐが、防戦一方へと追いやる。

これなら後衛職の援護を待つまでもなく、勝利を捥ぎ取れそうだ。

そういう流れを感じていた彼等だが、ここでヴァイクは一瞬で彼等の猛攻から逃れてしまう。

 

「――なッ…クイックステップっ!?」

 

 なんとヴァイクは彼等の隙を縫うように、クイックステップを駆使し間合いから逃れたのである。

まさかの意表を突く行動に、灰の剣士たちは一瞬動きを止めてしまった。

それはほんの僅かな一瞬だが、戦士にとっては致命的な間隙でもある。

ヴァイクの位置は、金剛石の騎士の背後へと回り込んでいた。

一呼吸の間に、命の危機へと陥った金剛石の騎士。

だが後衛職は予め呪文の準備を終えており、ソウルの矢や輝石の礫がヴァイクに反撃の暇を与えなかった。

 

「――ぬぉぁッ…!?」

 

 各種呪文が炸裂し悲鳴を漏らした。

 

ヴァイクではなく、金剛石の騎士が。

 

ヴァイクは、またもやクイックステップで呪文攻撃すら回避する事で、射線上から退避。

外れた呪文は、金剛石の騎士へと直撃してしまった。

 

「「「――ロードっ!?」」」

 

 まさかの味方への誤射――。思わぬ結果に、オーベック、トープス、輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は動揺し動きに乱れが生じた。

また彼らだけでなく、灰の剣士たちにも動揺が走っている。

その逡巡は、()()()()を分けた。

 

ヴァイクはそのまま全速で、オーベックの元へと突撃する。

 

「――粘糸(スパイダーウェブ)

 

 だがまだ剣の乙女が残っている。彼女は臆することなく、真言魔法である『粘糸(スパイダーウェブ)』でヴァイクの拘束を試みた。

彼女ほどの実力があれば、夥しい数の太い糸が束となり彼へと殺到する。

 

「――えっ…速いッ!?」

 

 しかし糸の束は虚しく空を走るのみ。

既にヴァイクの姿は其処には無かった。

彼はクイックステップとローリングの組み合わせで、粘糸(スパイダーウェブ)を回避しつつオーベックの接近を継続していた。

 

「――チッやるしかないッ!」

 

 オーベックの運動力では、ヴァイクの接近から逃れる事は叶わない。

覚悟を決めオーベックは、ヴァイクの攻撃に備えた。

 

――よし、見えるッ!

 

意外にもヴァイクの槍撃を目で捉える事ができ、オーベックは油断なく手にした剣を構え防御を試みる。

彼は魔術士だが、多少は剣の腕にも覚えがあった。

最初の一手さえ凌げれば、後は味方の援護が期待できる。

だが、その考えは寝底から崩された。

 

「――ぐぅあぁッ…!?」

 

 鈍重に見えたヴァイクの振り上げた槍――。しかし振り下ろす速度は異常で、オーベックの反応を上回るものだった。

オーベックの剣ごと槍で切り裂かれ、彼の肩部から胴にかけ身肉が引き裂かれた。

だが彼の悲劇それに留まらず、ヴァイクは槍を切り返し一気に横へと薙ぎ払う。

一撃で重傷を負わされたオーベックに防ぐ手段など無く、彼はそのまま槍の横薙ぎを真面に受け胸部をも無残に引き裂かれた。

 

   ―― オーベック死亡 ――

 

槍での横薙ぎは強力無比の一言で、オーベックの上半身と下半身は見事に泣き別れする。

そのまま大量の血肉と臓物を撒き散らし、彼は絶命しながら塵灰へと消え去った。

 

「――ヒィッ…そんなッ…」

 

 その光景を直に見たライザは、反撃どころではなく短い悲鳴を漏らす。

 

「――よくもオーベックさんをッ!」

 

 彼の悲劇に即応したのは、輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)――。

オーベックを殺したヴァイクへと、結晶連弾の嵐を見舞った。

接ぎ木形態の恩恵で多数の腕を活かした、3本の杖での呪文攻撃。

3本とも結晶連弾を放ち、濃密な弾幕をヴァイクに仕掛けた。

常識の範疇で考えれば、回避できる隙間など何処にもないほどの弾丸の嵐。

これでは流石のヴァイクとて、受けざるを得ない筈だ。

 

「――そんな馬鹿なッ…!?」

 

 回避など不可能――。そう踏んでいた輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は驚愕の表情に彩られた。

なんとヴァイクの姿は視界から消え失せ、彼の側面へと回り込んでいたのである。

 

   ―― 戦技、猟犬のステップ ――

 

これは高速移動を可能とする跳躍体術で、一瞬にして一定の距離を移動する事ができる戦技だ。

本来なら3人分の結晶連弾を躱す事など不可能な弾幕。

だがヴァイクは、戦技『猟犬のステップ』で瞬時に射線上から退避していた。

完全に意表を突かれる形となり、側面が無防備となる輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)

がら空きの側面へと目掛け、槍の穂先が横腹に深々と突き刺さった。

 

「――ぐぅぉォあぁ……、だが…捕まえたぞ…!」

 

 強靭な接ぎ木形態が幸いし、彼は絶命する事なくヴァイクの槍を多数の手で掴み取る。

これでヴァイクが自ら槍を離さない限り、自由に動く事は出来ない。

一時的ではあるが、ヴァイクの動きを封じる事に成功した。

 

「――今です……ライザさん、爆弾でも魔法でもいい。コイツに攻撃をッ…早くッ…!」

 

 槍を掴み取ったものの、ヴァイクは引き抜こうと懸命に足掻いている。

しかも只人とは思えない程の膂力で、接ぎ木形態といえども拮抗させるのが精一杯だ。

輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は形振り構わず反撃を叫び、たまたま視界に映ったライザへと声を投げ掛ける。

 

「――ああもう分かったわよ、ちょっと痛いけど我慢してよ、ハリ君ッ!」

 

 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)とヴァイクは密着状態に近い位置関係だ。

加えて現在は図体の嵩む輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)。多少は巻き込んでしまうが、この際仕方がない。

ライザは独特の攻撃魔法『シャイニートレイル』で、ヴァイクへ向け光線を降らせる。

輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)にも若干の被害が及ぶが、極力ヴァイクへと狙いを絞り幾多もの光線が彼の頭上を襲った。

 

「――ぐッ…よし、この調子で…、皆さん、今の内に追撃をッ…!」

 

 ライザの放った魔法を幾らか受けつつも、 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は周囲に向け更なる追撃を叫んだ。

 

「少年、そのまま放すなよ!聖なる刃っ!」

「でかしたぞ、落雷っ!」

「少し我慢せよ、嵐の王っ!」

「今報いてやるぞ、嵐の刃っ!」

 

 彼の声に呼応した、金剛石の騎士、ソラール、ジークバルド、灰の剣士(現・褪せ人)が各々の戦技でヴァイクへと反撃を見舞う。

4人が纏まる戦技は思いのほか火力も高く、ヴァイクも無視できない程の痛痒を負う。

これで戦局は此方に傾いたが、ここでヴァイクは渾身の力を振り絞り槍ごと 輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)を持ち上げ、なんとライザへと投げ飛ばした。

 

「――馬鹿な、アレが只人の膂力なのかッ!?」

 

 接ぎ木形態と化した彼の体重は、人の常識を大きく上回る。

しかしそれ以上にヴァイクの膂力に、金剛石の騎士は目を見開き驚きの声を上げていた。

突き刺した槍ごと輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)を頭上高く持ち上げ、放り投げてしまったのだ。

常識では考えられない膂力を誇るヴァイク。

 

「――えっ…ちょっとッ…!?」

 

 それでも一番驚いたのはライザだ。

今にも迫り来る巨大な影――。

 

「――ライザさん危ないッ…!」

 

 唖然とするライザを剣の乙女が庇い、その場を逃れる事ができた。

 

「――ぐえッ……だ…大丈夫ですか…ライザさんっ…!」

 

 放り投げられ地面へと叩き付けられた輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)は、衝撃で悲鳴を漏らしつつも何とかライザの安否を気遣った。

 

「う…うん、大丈夫だよ…!あ、有難う…大司教様…」

 

 剣の乙女の割り込みがなければ、ライザは潰されていただろう。

彼女も輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)を気遣いで返し、剣の乙女にも礼を述べる。

しかしそんなやり取りに構っている暇はなさそうだ。

 

ヴァイクは更なる奥の手を隠し持っていたのか、槍と自身に赤い雷を宿らせた。

 

「ぬッ…ランサクスと同じ赤い雷…!」

「確か、古竜の奇跡を扱えると聞いたなッ…!」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)とソラールは赤い雷を目にし、それがランサクスと同様のものである事に反応した。

そもそもランサクスは、ローデイルの司祭として滞在し多くの騎士たちと交流を重ね、竜の力の一部を授けてきた歴史を辿っていた。

そしてこのヴァイクこそ、彼女が最も寵愛を授けた騎士でもあり古竜の力を色濃く受け継いでいたのである。

 

「気を付けよ、ヴァイクは狂い火以外の全ての力を解放した。更に手強いぞ…!」

 

 遠間からランサクスが警戒を呼び掛ける。

よく見ればヴァイクの槍と全身からは、常に赤い雷が纏わり付き威圧感も増大していた。

その光景に、味方陣営は一層の身を引き締めるも、先に動いたのはヴァイク。

突如、槍を頭上高く掲げ、彼らへと連続で『落雷』を落とす。

 

「――あぐぅおっ…!?これは戦技『落雷』かッ!?」

「――うぐッ…、いきなり仕掛けられては回避も困難よのっ…!」

 

 ソラールが最近になり会得した『落雷』と呼ばれる戦技。この発祥は此処、狭間の地だ。

そして雷に纏わる戦技にせよ奇跡にせよ、元々は古竜信仰から端を発したものだ。

当然ヴァイクが会得していたとて、何ら不思議ではないのだ。

ソラールに続き金剛石の騎士も、頭上からの落雷を真面に受けてしまう。

この奇襲にも似た『落雷』の連射は彼等の隙を突くには充分な牽制を発揮し、ヴァイクは更なる動きを見せる。

落雷により怯んだ彼らに対し、宙高く跳躍――。

そのまま赤雷を纏った槍を地面に突き刺し、穂先を中心に赤い雷が広範囲へと拡散する。

逃げる隙間はあれど、その範囲は狭く彼等の殆どは雷に焼かれ痺れを発症した。

 

そこで運が悪かったのか位置関係上の弊害なのか、金剛石の騎士が標的に選ばれてしまう。

 

「――ぬッ…己っ…!」

 

 迫り来るヴァイクに対し、武器を構え警戒する金剛石の騎士。

先ほどと比較しても、ヴァイクの動きは更に激しく速さが増していた。

瞬間的な速度で鋭い踏み込み突きを仕掛ける、ヴァイクの槍。その穂先は赤い雷を纏っていた。

常人の出せる速度ではなく、ヴァイクは嘘偽りのない英雄たる実力者である事が嫌でも分からされてしまう練度だ。

しかし金剛石の騎士も、金等級に連なる英雄級の冒険者にして魔法騎士。

全盛期に比べ多少腕が落ちているとはいえ、彼とて遅れをとる騎士ではない。

顔面を狙うヴァイクの突きを躱し、そのまま2連、3連と、連続突きを次々と躱し続ける。

突きの後、ヴァイクは槍での回転薙ぎ払いを仕掛けた。これはやや大振りだが、周囲の牽制の意味合いを兼ねており味方の介入を妨害していた。

ヴァイクの薙ぎ払いをしゃがみで躱し、次なる回転薙ぎ払いに備える金剛石の騎士。

彼とて理解している。

ヴァイクの槍を武器で受けようものなら忽ち感電してしまうであろう事を。

とにかく間合いを測り、慎重に回避に専念し続ければ何れは味方の援護も期待できた。

 

「――来いッ!」

 

 次の薙ぎ払いが迫り、神経を集中させる金剛石の騎士。

今度も回避が叶うと判断した彼だが、ここでヴァイクの槍が突如として動きを停めた。

 

「――ッ…擬態かッ!?」

 

 薙ぎ払うと見せかけ、実はただの擬態。

単純な策だが見事ヴァイクの策に陥り、金剛石の騎士は隙を作ってしまう。

 

「「「――ロードっ!」」」

 

 だが灰の剣士(現・褪せ人)たちの援護が間に合い、ヴァイクへと連続攻撃を仕掛けた。

しかしヴァイクは此処でも『クイックステップ』や『猟犬のステップ』を総動員し、彼等の連携を難なく掻い潜り、金剛石の騎士へと槍の間合いに入った。

 

「――ッが……、速過ぎるッ…!?」

 

 次の瞬間、金剛石の騎士は鎧ごと胸を貫かれていた。

今まで手加減していたというのか。

ヴァイクの槍速度に、彼も反応できず真面に受けてしまった。

その結果に、思わず全員が息を呑み動きを停めてしまう。

 

「――うごぉぁアアァぁぁッ……!!」

 

 ヴァイクは突き刺した槍をそのままに赤い雷を迸らせ、金剛石の騎士に内部から焼き焦がした。

鍛えようのない体内に高圧電流が流され、金剛石の騎士は断末魔の絶叫を上げながら炭屑と化し消滅する。

 

   ―― 金剛石の騎士・死亡 ――

 

四方世界の国家元首が死亡するという、前代未聞の事件が現実となる。

その現象に動揺を覚えたのは、特に剣の乙女であろう。

彼女は一瞬だけ思考を停止させてしまったが、直ぐに自分達が不死である事を再認識し平静を何とか取り戻した。

オーベックと金剛石の騎士が犠牲となったが、遠間にソウルを感じ取る事ができた。

間違いなく二人のソウルに、彼女は取り敢えず安堵し戦闘に集中する。

 

それにしても手強いのは、ヴァイクというこの騎士だ。

エルデの王に最も近付いたという逸話は、どうやら真実であるらしい。

ヴァイクの猛攻は続き、彼等は苦戦を強いられてゆく。

たった一人の相手にも関わらず、彼等は押し敗けていたのである。

 

ヴァイクの槍術は、連続攻撃よりも堅実で確実な一撃に重きを置いている様だ。

時間が経つにつれ、徐々ににヴァイクの癖が明確となる。

赤雷を付与した槍の一撃は、ヴァイクの戦術と相性も良く防御の上からでも痛痒を強いられた。

しかも異様に素早く此方の痛い所に位置取り、数の不利をも補っていた。

 

「闇雲に攻めても勝ち目はない、どうする?」

 

 ヴァイクの実力の高さに、ソラールは有効な作戦を見出そうと仲間達に耳打ちする。

とにかく何かしらの策が必須だ。このまま無策の力押しで勝てる程、ヴァイクという男は甘くはない。

ソラールもこれまでの道中で、幾多もの魔神や異形を討ち屠ってきた。

しかしヴァイクという騎士は、人間でありながら有象無象の魔神よりも遥かに手強い存在なのだ。

このまま魔法の援護があったとて、有効な作戦を駆使せねば勝つ事は難しい。

下手をすれば更なる犠牲者を生む事になりかねない。不死の身体ゆえ復活するのは分かっていたが、それでも命を軽んじるような真似をしたくはない。

 

「知性の欠片もない泥くさい作戦だが…ある。私の合図で、()()()()()せよ、それでいいか?」

 

 ソラールの要請を受け、一応は考えを伝える灰の剣士(現・褪せ人)

しかし今ここで詳細を伝えれば、距離的にヴァイクにも伝わる恐れがあり内容は伏せておく。

それでも自分ごと攻撃しろとの考えに、ソラールやジークバルドは彼の意図を読み取った。

 

「ライザの馬鹿にも言い聞かせておいてくれ。攻撃を躊躇うなってな」

 

「貴公を真に想っての事だぞ。あの少女は」

 

「ああ分かってる。私には勿体ない位の()()()()だ」

 

 恐らくライザだけは、彼への攻撃を躊躇うだろう。

ジークバルドの言葉通り、彼女は灰の剣士(現・褪せ人)を過剰な程に意識している。

それは嬉しき事だが、今は逆に不利へと働くのだ。

だが躊躇されては、起死回生の策も水泡に帰す。通用するのは、ただの一度きりだけ。二度目はヴァイクにも悟られ対策されるのは確実だ。

灰の剣士(現・褪せ人)は意識内のインベントリから『抗雷の干し肉』と『盾脂』を出現させた。

まず『抗雷の干し肉』を兜内へと押し込み口に咥え、『盾脂』を自分の中盾に塗り付けた。

これでヴァイクの赤雷に、多少の耐性は付くだろう。

 

「さて、行くかッ…!後を頼むぞ…!」

「任せよッ…!」

 

 準備は整った。彼は後事を、ソラールとジークバルドに託し単身ヴァイクへと突撃を敢行した。

 

「――え、ちょっと、灰君なにしてんのッ!?」

 

「各位、呪文攻撃用意ッ!旅人ごとヴァイクを攻撃する!なお反論は受け付けん、繰り返す反論は受け付けんッ!」

 

 何の通達もなく灰の剣士(現・褪せ人)はヴァイクと突撃し、それを見ていたライザは当然の如く抗議の声を上げた。

だがソラールは反論を許さず、彼ごとヴァイクへの攻撃を命じる。

彼とソラールの指示には些か腑に落ちない部分はあれど、やがてはライザも無理やり自分を納得させ援護準備へと移る。

 

「――ウゥォオオっ…!!」

 

 盾脂により、鈍い輝きを放つ中盾を前面に押し出し彼はヴァイクへと全力で疾走した。

そしてヴァイクも何かを察したのか、両手から激しい赤雷を発生させ彼へと投射する。

 

――まだ秘儀を隠し持っていたのだな、だがそれがどうしたっ!

 

見た限り、これまでよりも最大級の攻撃なのは間違いない。

いま彼が執っているのは、単なる肉を切らせて骨を断つ『肉切骨断』の戦法。

自分が犠牲となり、仲間に討たせる稚拙な戦法だ。

この時点でヴァイクも感付いている筈。その証拠に、先ほどとは異質の攻撃で彼の防御ごと打ち砕く戦術を選んでいる。

だが幸いな事に、雷に付随した攻撃だ。これなら彼の対策法も無駄にはならない。

彼は形振り構わず、ヴァイクへと突撃を継続した。

 

ヴァイクの両手から極大の赤雷が彼へと炸裂した。

今まで喰らった事のない、異質の電流と熱が彼の全身を駆け巡り容赦なく焼き尽くしてゆく。

アイテムで強化した筈の雷耐性も霞むほどの威力で、彼は全身を焼かれていた。

 

「――…ぐぅぅぅ…ぉォぁぁぁあああぁ…まだまだぁ…!!」

 

 桁外れの赤雷撃に意識が寸断されそうになるも、彼は歯を食い縛り目を見開き途切れそうになる意識を必死に繋ぎ止め、尚もヴァイクへと食らいついた。

そしてほぼ密着する間合いまで詰め寄った彼は、透かさず戦技『クイックステップ』でヴァイクの後ろに回り込み羽交い絞めにした。

 

「――全員、討てぇッ!俺ごとなぁッ…!!」

 

 彼は兜奥で声を張り上げ叫ぶ。自分ごと攻撃せよと。

 

もう何も言う事はない。

全員が思い思いの攻撃を、ヴァイクと羽交い絞めにしている灰の剣士(現・褪せ人)へと加えてゆく。

剣の乙女、輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)、トープス、ライザが各々の魔法攻撃を放つ。

それ等がヴァイクの身体に吸い寄せられ、全弾が綺麗に直撃した。

そしてそれを見届けたソラールとジークバルドが全力疾走で突撃し、動けないヴァイクへと全力の剣撃を叩き込む。

彼等の魔法と刃は深くヴァイクの身体を傷付け、羽交い絞めしていた灰の剣士(現・褪せ人)も当然の如く多大な痛痒を負った。

 

「う…グふ…、結構効くな…」

 

 かなりの重傷を負ったが、絶命に至る程ではない。

ヨロヨロとヴァイクから手を離した彼は、緋雫の聖杯瓶を複数回飲み瞬く間に傷を回復させた。

対するヴァイクは、彼等の総攻撃を真面に受けたのだ。

たとえ堅牢な鎧越しとはいえ、致命傷を免れ得ないのはソウルの流れで分かる。

手強い敵ではあったが、これで勝敗は決した筈だ。

確かな手応えを感じていた、灰の剣士たち。

 

「おお…彼等はやってくれたか…」

 

 遠間で静観していたランサクスも、彼等の戦いぶりに勝利を確信する。

 

しかし程無くしてヴァイクに異変が起こる。

 

致命傷を負った筈のヴァイクは全身を打ち震わせ、赤い雷と黄色い火を同時に噴出させていた。

 

「――…いかん、我が魔力でも、とうとう抑え切れんか…!」

 

 黄色い火は狂い火の証。

痛痒を重ねた事でヴァイクは暴走を果たしたのだろうか。

ランサクスの魔力を以てしても、狂い火が噴出したという事は抑えも限界を迎えたという事を意味している。

ヴァイクの様子に焦燥を覚えるランサクス。

しかしヴァイクの異変は、これだけに留まらなかった。

 

「何だ、この声…!?」

「叫び…いえ…嘆き…でしょうか?」

「この声、…まさか…!?」

 

 ヴァイクの異変と共に、虚空より声が周囲に木霊した。

その声に、ジークバルド、剣の乙女、灰の剣士(現・褪せ人)は周囲を見回した。

また灰の剣士(現・褪せ人)だけは、声の正体に薄々気づく素振りを見せている。

 

―― こんな事が…こんな事が…こんな理不尽な仕打ちを受け入れろというのかッ…!? ――

―― 黄金樹を燃やすのはいい…、だがどうして彼女に犠牲を強いねばならないッ…!? ――

―― これが定めだというのか、フザケルなッ…! ――

―― 彼女を種火に燃やすだと!?考えろ、ヴァイク!他の手段をッ…! ――

―― 狂い火…それがあれば、彼女の犠牲を回避できる…!? ――

―― 話と違う…!全てを焼き溶かす事に意味など無いッ…! ――

―― 全てを一つに回帰したとて、これまでの想いと心はどうなるッ!? ――

―― 3本指も討てばいい。狂い火の力を研究する時間ぐらいある筈だッ…! ――

―― 奴の思惑通りにはならん。火の力だけを抽出し、黄金樹を燃やせばッ…! ――

 

―― 済まない…我が巫女よ…ランサクスよ…、俺は…只の出来損ないだ… ――

 

次々と留まる事なく空間を駆け巡る声――いや感情の濁流とでも言うのだろうか。

皆の聴覚というよりも脳内に直接打ち付けるかのように、男の声が響き渡るのだ。

声が流れる度に、ヴァイクの全身から次第に狂い火と赤雷が膨れ上がり、尚も増大の一途を辿っていた。

また彼はガクガクと痙攣を繰り返し、泣き崩れるように頭を抱え咆哮を上げていた。

その際、周囲に狂い火と赤雷を撒き散らし、近くに居た者たちは退避を余儀なくされる。

 

「く…許せ、褪せ人たち…!我が魔力は限界だ…!」

 

 遂にランサクスもヴァイクを抑え切れなくなり、魔力を途切れさせた。

彼が何時から狂い火を受領し、どの位の期間、彼女は魔力で抑え続けていたのだろうか。

彼等では到底推し測れない程の膨大な時を費やし、ランサクスは己の魔力を割いていた筈なのだ。

たとえ古竜といえども、休むことなく魔力を消費し続けるなど拷問にも等しい苦痛なのは間違いない。

魔力の放出を途絶えさせた途端、ランサクスは跪き発作の如き荒い呼吸を繰り返した。

 

「ぬぅ…これでは近寄る事も出来んな…」

 

 ヴァイクから距離を取り狂い火と赤雷の被害を避けつつも、ジークバルドは苦悶の声を漏らす。

迸る狂い火と赤雷が地面に撒き散る度に、土や草木は黄色に焼け爛れ、また赤く焼け焦げ蒸発した。

これが一人の人間から発症しているのだ。範囲は狭いながらも、現象の度合いは殆ど災害にも等しい。

やはり誰かがヴァイクに止めを刺さねば、この現象は収まりそうにない。

 

ここはもう一度。

密かに意を決した灰の剣士(現・褪せ人)は、再びヴァイクへと近寄ろうとする。

だがまたもやヴァイクに変化が訪れ、今度は一気に狂い火と赤雷が彼へと吸い込まれる様に収束した。

 

「「「「「……!?」」」」」

 

この目まぐるしい状況の変化に、彼らだけでなくランサクスさえも呆気にとられ言葉を失っている。

そして再び虚空より、声が木霊した。

 

(推奨BGM Fox Sailor ―― Enchanted)

 

―― 許せぬ…許せぬよ…、なぜ教えてくれなかった。円卓の住民達よ…!? ――

―― 許せぬ…許せぬよ…、黄金律の理など…! ――

―― 許せぬ…許せぬよ…、力に溺れ大ルーンを奪い合う、愚かなデミゴッドども…! ――

―― 許せぬ…許せぬよ…、犠牲の上に成り立つ狭間の地の在り方に…! ――

―― 許せぬ…許せぬよ…、力に蹂躙されし持たざる者たちの哀しみの声…! ――

 

―― 何よりも…誰よりも…最も許せぬのはッ…! ――

 

   ―― この俺、ヴァイクの弱さだぁぁあぁぁッ……!!! ――

 

周囲の大気を破断さんばかりの声が、空間全体に拡散する。

灰の剣士(現・褪せ人)が思っていた通り、虚空より響き渡る声はヴァイクの心の叫びで間違いなかった。

あの激しいばかりの狂い火と赤雷は、再びヴァイクの体内に収束していた。

 

しかし彼の雄叫びと同時に、あの狂い火と赤雷が混ざり合い橙色の火柱と化し、天空高く一直線に放出される。

それは光とも炎とも判別がつかず、いや正確には混在しているのだろう。

その奇妙な混沌の柱は、ヴァイクから天へと一直線に吹き出し、時間を追う毎にか細く緩やかとなり遂には何事もなく消失してしまう。

 

その後に訪れる奇妙なまでの静寂。

 

彼等を始めヴァイクもランサクスも唯々無言で動く事も出来ないでいた。

だがしかし、ヴァイクはゆっくりと立ち上がり再び槍を手にする。

そして兜を徐に外し、その素顔を露わにした。

 

「…ヴァイク…其方…まさか……?」

 

 兜を脱いだヴァイクの素顔――。

意外にも若く精悍な青年の顔付きで、双眸は深い慈愛と哀しみを称えている。

その素顔を目の当たりにし、特に強い反応を示したのは意外にもランサクスであった。

ヴァイクの瞳は、黄色には爛れておらず理性を滲ませた只人のソレである。

嘗て志を共にし、狭間の地を救うと誓い合ったあの高潔な騎士の目だ。

彼女の良く知るヴァイクの瞳に、ランサクスは言葉を詰まらせながらもゆっくりと彼に歩み寄る。

 

しかしヴァイクは、彼女に槍を突き出し拒絶の意を示す。

 

「来てはならん…!俺は取り返しのつかない罪を犯し過ぎた…、その結果が…このザマとはな……」

 

「…ヴァイク…」

 

 後方の朽ちた教会跡に安置されている、指巫女の遺体。既に事切れ長き時を得たにもかかわらず、彼女の遺体は腐敗していない。

これはランサクスが魔力を割き、半永久的に保護していたためでもある。

もう言葉も発さぬ指巫女に、視線を寄せるヴァイク。彼の表情は、後悔と深い悲しみに溢れていた。

 

「…もう今更だが、俺とて3本指の危険性には気付いていた。だが、狂い火の力に有用性を見出した俺は、受領する振りでヤツに近付き密かに討伐を計画していた」

「…それは本当か、ヴァイク…!?」

 

「…本当だ。しかし結局は一瞬の隙を突かれ、望まぬ形で狂い火を受領してしまったがな」

「ヴァイク…其方は――」

 

 円卓の騎士ヴァイク。

確かに彼は3本指に見え、狂い火を受領した事は間違いない。

しかし彼なりの思惑を抱え、3本指の力のみを拝領し密かに討つ事を画策していたのである。

狂い火の道へと歩む過程で、やはり彼も危険性は理解していた。

そして狂い火の…3本指の辿る末路など到底受け入れる事など出来なかった。

しかし自らが黄金樹を焼かねば、指巫女に犠牲を強いてしまう。

それ故、狂い火を受領した上で3本指を討ち、その力を研究しながら黄金樹を焼く手法だけを抽出しようと計画していた。

 

それがヴァイクの、真の狙いであった。

 

そしてヴァイクは3本指に抱かれる途中で反旗を翻し、戦いを挑んだ。

その戦いは熾烈を極めたが、ランサクスの授けた古竜の力と持ち前の実力を総動員し、一度は勝利を収めていた…かに見えた。

だが勝利を確信したヴァイクの僅かな慢心を突き、3本指は再びヴァイクを捕らえ狂い火を強制的に注ぎ込んだのである。

 

それが事の真相だ。

 

「そうだったのか…、許せヴァイクよ…。我は其方の心も理解せず、袂を別つような真似を…――」

「よいのだ、ランサクス…我が盟友よ…。全ては俺の弱さが招いた結末だ。結局、彼女は俺の尻拭いに巻き込み、死に至らせてしまった…。全ては俺の所為だ…クソッ……!」

 

 彼の本心を知ったランサクス。今の彼女は、古竜の威厳などかなぐり捨て唯々か弱き女の顔でヴァイクへと縋りつく。

また彼も今度は拒む事なく受け入れ、そっと彼女の肩を抱いた。

やはりこの二人は深い繋がりで結ばれていた。

 

「ヴァイク殿…この雫瓶を――」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)がヴァイクへと、緋雫の聖杯瓶を差し出した。

此方は幾許か回復していたが、彼は負傷したまま。

 

「そうとも、傷を回復せよ。そのままでは死んでしまうぞ」

 

 彼に同意するランサクス。ヴァイクの負った傷は決して浅くはない致命傷に近い。

このままでは死が訪れてしまうのは明白だ。

 

「よいのだ…外よりの褪せ人よ。既に我が身は狂い火に蝕まれ過ぎた、どの道長くはもたん。だが其方たちのお陰で、こうして狂い火を解き放つ切っ掛けを掴めた。改めて礼を言いたい、有難う…褪せ人たち」

「本当に良いの、ヴァイクさん!?死んじゃうんだよ!?」

 

 だがヴァイクは受け取りを拒み、既に余命幾ばくも無い事を告げる。

だがライザは納得出来よう筈もなく、何とか彼の助命方法を見出そうとしていた。

しかしヴァイクの身体は、狂い火に侵され長き時が経過していた。

その混沌の火により彼の内部は徐々に焼き爛れ、程無くして命も尽きようとしている。

 

「…なんという事だ。せっかく狂い火を克服したというのに――」

 

 ヴァイクの待つ運命、ランサクスは喜ぶ暇もなく深い哀しみに包まれた。

 

「褪せ人よ…、最後に頼みを聞いてほしい…。…狂い火のヴァイクでもなく、円卓の騎士ヴァイクでもなく、竜槍のヴァイクでもなく、『只のヴァイク』として其方と一騎討がしたい」

 

 もう余命も僅かなヴァイクという男。彼は最後に、灰の剣士(現・褪せ人)との決闘を望んでいた。

これは彼なりのケジメとも言える。もう過去の罪は償い切れない。

ならばせめて、最後ぐらいは()()()()()()()()を彼等の記憶に残すため、ヴァイク個人として決闘を申し込んだのである。

 

「…承知した、だが条件として回復はして頂く。それが我が望みだ、ヴァイク殿」

「…受けよう。それが其方の望みなら――」

 

 存命させる道もあったのだろう。だがヴァイク本人は、()()()()()()を望んでいた。

それは騎士の誇りか矜持の故か――。

受ける事自体、灰の剣士(現・褪せ人)も拒む気はない。だがヴァイクは重傷を負った状態だ。

悪い癖だと知りつつも、彼は回復させることを条件に決闘を受け入れる事にする。

 

「緋雫の聖杯瓶…、久しぶりだな…」

 

 彼から緋雫の聖杯瓶を受け取り、ヴァイクは中身を飲み瞬く間に傷を回復させた。

 

「…準備はいいか、ヴァイク殿?」

「…何時でも…、其方の名を聞いていなかったな、そう言えば…?」

 

「厳密には褪せ人ではないのだ、この私は。本名を忘却した一介の剣士、人は私を『灰の剣士』と呼ぶ」

「そうか…。では灰の剣士よ…、互いの誇りに従い()として戦おうぞ…!」

 

 これから殺し合う間柄ながら、二人の間に怨恨など微塵にも存在していなかった。

ヴァイクは緋雫の聖杯瓶を彼に返し、互いに間合いを取った。

 

『…ハァ…ハァ…間に合ったか…!』

『これは一体…どういう状況だ…!?』

 

「オーベックさん!?」

「ロード、御無事でしたか…!」

 

 この場に再び戻ってきた、金剛石の騎士とオーベック。

例によって二人も不死で、最寄りの祝福にて復活を果たし戻って来たのである。

そんな二人に輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)と剣の乙女が、これまでの経緯を説明した。

 

「…成程、あの奇妙な柱にはその様な理由が――」

 

 金剛石の騎士も、ヴァイクの異変を祝福から目撃しており、彼の事情を知る事が叶う。

ヴァイクに殺された彼だが、今のヴァイクには憎悪も沸かず寧ろ気品と高潔な気配さえ感じ取っていた。

 

「――いざ参るッ!!」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)の合図と同時に、両者とも武器を振るう。

こうして皆が再び集い見守る中、灰の剣士(現・褪せ人)とヴァイクの決闘が始まった。

 

……

 

――ッ…!速いッ…!!

 

ヴァイクの突きを紙一重で躱す灰の剣士(現・褪せ人)

これが彼本来の実力なのか。

正気を失っていた時とは比較にならない程の速度で、槍の刺突が彼を襲った。

その後もヴァイクの追撃は続き、更なる2連突き、小振りの横薙ぎからの切り返し、その勢いのまま回転薙ぎと左右の払いに繋ぎ、彼を容赦なく攻め立てる。

 

2連突きを中盾で受け、小振りの横薙ぎをバックステップで躱し、回転薙ぎ払いと左右の払いを剣で受け流し、彼もヴァイクの猛攻に耐えた。

あの一撃に重きを置いた先ほどの戦術とは打って変わり、ヴァイクは激しい動きと連続攻撃を繰り出している。

 

――何て間合いの測り方だ…!懐に飛び込めないッ…!

 

常に槍の間合いを維持し、ヴァイクは槍で攻め続ける。

対し灰の剣士(現・褪せ人)も剣の間合いに詰めようと試みるも、ヴァイクの巧みな技術に肉薄できないでいた。

彼は防戦に追いやられ、尚もヴァイクの槍が迫り来る。

 

彼の四肢先端部を狙う浅い刺突攻撃で牽制し、僅かでも回避の旋律(リズム)を乱せば無慈悲な斬撃が襲い来る。

疲れを知らないかのようなヴァイクの猛撃に、彼は防御と回避に専念せざるを得ない。

何とか隙を見出そうと粘るのだが、ヴァイク自身も彼の意図を読み攻撃しつつも時には一歩引き下がり、常に槍の間合いを維持し続けていた。

 

穂先の振り下ろしを剣で打ち払い、石突の返し突きを蹴り払い、怒涛の連続刺突を剣と盾で防ぎ粘りに粘る灰の剣士(現・褪せ人)

今の所、目立った痛痒を負ってはいないがヴァイクが有利に戦いを繰り広げていた。

 

「うぅ…なんという間合いの取り方よ…」

「先ほどが遊びに見える程の戦い振りではないか…!」

「あのヴァイクという男、真に恐ろしいのは()()()()()()()()()()()()()()…その一点やも知れぬ」

 

 二人の戦いを見届けていたソラール、ジークバルド、金剛石の騎士の3人。

ついさっきまでは雷に纏わる祈祷を駆使していたが、今の彼はこれといった戦技も使用せず()()()()()()()で戦っていた。

だが今の彼の方が遥かに洗練された動きで槍を自在に操り、完全に灰の剣士(現・褪せ人)を翻弄している。

即ち今の状態が、ヴァイクの真の実力なのだろう。

灰の剣士(現・褪せ人)も舌を巻くほどの実力者だが、やはり剣で槍に応じるのは不利と言わざるを得ない。

 

「――グふぅッ…!」

 

 とうとうヴァイクの一撃を受けた灰の剣士(現・褪せ人)

腹部に槍が突き刺さり、穂先から鮮血が滴り落ちている。

その光景にライザや剣の乙女が叫ぶも、ヴァイクは容赦なく彼に攻撃を加え続ける。

だがこの痛痒が、彼に転機をもたらした。

ヴァイクの一撃を受けた事で、攻めの旋律(リズム)に僅か乱れが生じていたのだ。

彼はその乱れを見逃さず、ヴァイクの刺突を前ローリングで潜り抜けた。

 

この時初めて、彼は剣の間合いへと詰めたのである。

だがヴァイクも手練れの騎士。

直ぐに対応し石突と蹴りで彼を迎撃したが、接近戦では彼に分があった。

ヴァイクの迎撃をものともせず、彼は剣での連続攻撃で猛襲を仕掛ける。

 

「――ぬぅ…!」

 

 やはり剣の間合いだとヴァイクも不利とならざる得ないのか、完全に攻守の流れが入れ替わった。

彼の猛攻を辛うじて槍の柄で凌ぐヴァイクだが、彼は剣の擬態を織り交ぜ渾身の後ろ蹴りを腹部に食らわせる。

 

「――ゴハッ…!?」

 

 その後ろ蹴りの直に受け、ヴァイクは大きく吹き飛ばされた。

これでは再び槍の間合いへと引き離されたに見えたが、ヴァイクが起き上がった時には既に致命の斬撃を受けていた。

 

灰の剣士(現・褪せ人)による全力の袈裟斬りは、ヴァイクの鎧ごと深々と胴体を切り裂いている。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…手応えあった…!」

 

 ほんの僅かな静寂の後、盛大に血を吐くヴァイク。

灰の剣士(現・褪せ人)の宣言と共に、ヴァイクは膝を突き槍を手放してしまう。

 

勝敗は決した。

 

この決闘は、灰の剣士(現・褪せ人)の勝利で幕を引いた。

 

   ―― GREAT ENEMY FELLED(強敵討伐セリ) ――

 

………

 

……

 

 

「…どうして、我に声をかけてくれなかったのだ?一人で何もかも背負いおって…」

 

 鎮めの教会にて、ランサクスはヴァイクを抱きかかえ語り掛けている。

指巫女の犠牲を良しとせず、たった一人で苦悩を抱え狂い火に侵されたヴァイク。

 

「誰の犠牲も強いはせぬ。犠牲の上に成り立つ世界など…犠牲など…俺が最後でいい…、ただそれだけだ…」

 

 ヴァイクは強く、同時に慈悲深く優しかった。それ故、何もかも一人で背負い込み過酷な選択肢に奔った。

だが辿りし結果は、誰一人として救われぬ残酷な終着の果て。

指巫女は命を落とし、盟友であるランサクスとは袂を別ち、狭間の地を救う事も叶わなかった。

 

「褪せ人たちよ、大儀であった。約束通り、これ等を受け取ってくれ」

 

 ヴァイクは意識を朦朧とさせ、もう間もなく息を引き取るであろう。

ランサクスはアルター高原での取引に従い、彼等が求めていたアイテムと自ら編纂した祈祷書を手渡した。

 

「直接授けても良かったが、古竜信仰の祈祷も多岐に渡るのでな。書物に封じさせて頂いた」

 

「…確かに受け取った。感謝する古竜ランサクス」

 

「ふ…礼を言うのは此方の方だ。よもやヴァイクが正気を取り戻すなど、想定していなかったのだからな」

 

 ヴァイクを人として見送る。それが古竜ランサクスの願いであった。

だが彼らとの戦いを通じ、ヴァイクは狂い火を自ら克服し本来の自分を取り戻したのである。

しかし狂い火に侵された期間が長過ぎた。

もっと早くに彼等と出会っていれば、ヴァイクの存命は叶っただろう。

虫のいい願望とは知りつつも、ランサクスはつい欲を這ってしまう。

 

「ランサクスさん……」

 

「そういう顔をするな。我は今、とても満たされている。……有難う、褪せ人たち…。せめて最後位は、我ら2人…いや()()にしてくれ……」

 

 間も無くヴァイクは息を引き取る。既に彼の意識はなく、弱々しい呼吸を繰り返すだけだ。

彼の最期を看取ろうとするランサクスに、ライザは悲し気に声をかけた。

だがランサクスは、最後の時くらいは3人で過ごしたいと、彼らに告げる。

 

ヴァイク、指巫女、古竜ランサクス。

 

嘗て3人で旅した、あの時の様に――。

使命感に滾っていたヴァイク、彼を懸命に支える指巫女、そんな二人を愛おしく見守り力を貸した古竜ランサクス。

今ここに3人は再会を果たしたのである。

もう狂い火も消失した、この地で。

 

「さらばだ、ランサクス…そして高潔な騎士ヴァイク…!」

 

 もうこれ以上かける言葉など唯の野暮というもの。

灰の剣士(現・褪せ人)は短い別れの言葉だけを残し、皆と共に『鎮めの教会』を立ち去った。

 

……

 

(推奨BGM ダークソウル ―― キャラメイク)

 

彼等も去り、朽ちた廃教会跡には彼女たちしか居ない。

 

「なぁヴァイクよ、また旅に出ないか…?今度も3人で――」

 

 既に彼は事切れている。

今ここに残されていたのは、ランサクス一人だけとなった。

傍らに安置されている指巫女の隣へとヴァイクを寝かせ、ランサクスは静かに赤い雷を全身より発生させた。

徐々に激しさを増す赤雷は、次第に鎮めの教会全域をも飲み込んでゆく。

もちろん、その中心部には赤雷に抱かれるランサクスたち。

 

   ―― もういいのか、ランサクス? ――

 

   ―― 潮時か、後は彼らに任せよう ――

 

   ―― ウフフフ… ――

 

「ねえ見てアレ…!」

 

 リエーニエのとある場所で、ライザが然る方角へと指をさす。

彼女に釣られ、皆も視線を向けた先は、あの『鎮めの教会』が在った方角だ。

その方角からは、天高く一直線に赤雷の柱が立ち昇っていた。

 

程無くして、ランサクスとヴァイクのソウルも感じ取れなくなる。

 

――さらば、竜槍の騎士ヴァイク…!さらば、人の心を持ちし古竜ランサクスよ…!

 

灰の剣士(現・褪せ人)は、消え行くまで赤雷の柱を見届けた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ランサクスの祈祷書

 

古竜ランサクスが遺した祈祷書。

古竜の祈祷が編纂されている。

解読するには、聖職者の助成が必要だろう。

 

古竜信仰により、雷に纏わる力が世界中に拡がりを見せる。

やはり竜と雷は深い縁を持つ。

 

 

 

 

 




私の悪い癖です。
つい思い付きで余計なシナリオを挟み込み、結果的に話をダラダラと長引かせてしまう。
それでもランサクスとヴァイクは、ゲーム本編にはさほど関わってきませんが、かなり重要な位置付けだという事がフレーバーテキストでも判明しています。
せっかくランサクスを登場させたのだから、彼も関わらせてみたいと思い急遽組み込みました。殆ど思い付きなので、何の捻りもない関わらせ方でしたが…。
予定では、ランサクスは只のイベントボスとして戦わせ、討伐報酬として『古竜の祈祷』を入手させるつもりでした。
しかしランサクスとヴァイクは、只ならぬドラマを想像させる設定が満載。
これは組み込まなくては(混乱)…と思い付き、組み込んでしまったという訳です。

余計な事しやがって…!と思った御ユーザーの皆さん、気分を害したのなら誠に申し訳ありませんでした…。m(_ _;)m
次回で何とかレアルカリア侵入まで行けると思います。

因みにヴァイクの素の戦闘力ですが、灰の剣士よりも上という設定です。
彼が勝てたのは殆ど時の運によるもので、真面に戦えばヴァイクが勝つと思われます。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/

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