ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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新年、明けましておめでとうございます。2024年の始まりです。
去年は色々ありましたが、今年も積極的に執筆を続けてまいります。
それでは新年祝い、投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )。




第148話―狭間の地・湖のリエーニエ・レナラ戦―

 

 

 

 

 

 

産まれなき者の大ルーン

 

満月の女王、レナラの抱く琥珀のタマゴ。

産まれなかったデミゴッドの大ルーン。

 

「産まれ直し」を完全なものにする。

 

レナラの産み直した子供たちは皆脆弱であり、また短命である。

それは完全ではなかったのだ。

生まれ直しに新たな希望が見出せたのなら、それはそれで存在意義がある。

禁忌と断ずるは、実に容易い。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

(推奨BGM エルデンリング ―― レアルカリア)

 

 濃密な深い霧だが、何も見えないという訳でもない。

だが良好とはいえない視界は、余計に不安を煽り否が応にでも警戒を促してしまう。

大方想像はしていたが、レアルカリア学院も華やかな学び舎とは言い難い、何とも不気味で耽美(たんび)な世界に包まれている。

破砕戦争の煽りを避けるため施した封印の結界だが、砕けたエルデンリングの影響を遮断するには至っていない。

人の気配はあれど、この狭間の地に相応しい空気に覆われ、否でも身が引き締められる。

 

「…分かってはいました…。この学院も例外ではなかった…」

 

 まだ学舎前だが、寂寞(せきばく)たる建造物を前に、輝石の貴公子は神妙な面持ちで視線を泳がせつつ静かに呟いた。

だが同様の心象を抱いているのは彼だけではない。

此処に居る全員が、荒廃の漂う学院に一種の空虚感を抱いている。

 

「さぁ、見物はここまでにしよう。先に進むぞ」

 

 正門を潜り抜け慎重に慎重を重ね、緩やかな歩みで進軍していた灰の剣士たち。

だが今の所は然したる脅威も無く、精々が輝石頭を被る学徒が立ちはだかる程度だ。

間合いを測り『輝石の礫』を飛ばすという、少々厄介な戦法で妨害してきたが彼等にとっては大した障害にはならない。

此方も遠距離手段で即応し、学徒たちを討ち取った。

灰の剣士(現・褪せ人)は、皆に指示を出し学舎へと足を踏み入れる。

 

「中々に美麗ではないか。然程に荒れた様子もなさそうだ」

 

 教会と思わしき建物へと足を踏み入れた彼等――。

恐らくは礼拝堂として使われていたであろう、椅子や机などが所狭しと並べられている。

だが乱れた様子も見受けられず、当時の姿だけは保たれてたかのような佇まい。

野外と同じく荘厳で耽美な内装に、金剛石の騎士は全体に視線を注いでいた。

だが視線を縦横無尽に泳がせれば、怪しい人形が目に映る。

異常と感じる間もなく、人形は天井から落下し不気味に動き出した。

 

「お気を付け下さい、アレは学徒たちの人形兵です…!」

 

 トープスが警戒を叫ぶ頃には、動き出した複数の人形が此方に襲い掛かる。

骸骨を素体にしたかのような身体を持ち、周囲には輪環状に覆われ手に剣や弓矢などで武装されていた。

また人とはかけ離れた動作で、予測し辛い攻撃を仕掛けてくる。

しかし整備状態が杜撰なのか、所々の動きに粗が目立ち苦戦する事はなかった。

だが数十もの数で襲い掛かられれば、戦況は違っていただろう。

金剛石の騎士や剣の乙女は、この人形兵をゴーレムの類として認識した様だ。

 

四方世界に持ち帰り戦力としたい思惑も手伝い、オーベックに持ち帰る旨を伝える。

その要請を受けたオーベックは、打倒され破損した人形兵の残骸を自らのインベントリへと仕舞い込んだ。

 

カッコウの教会内で改めて気を引き締めた彼等は、別の出口から更に歩を進める。

 

「ぬぐッ…!?何です、この亡者みたいな人だかりはッ…!?」

 

 墓場らしき箇所では亡者の様な人々が群れを形成し、一斉に殺到してきた。

動き自体は鈍いものの、輝石の貴公子が亡者の一人に接近を許し噛み付かれてしまう。

何とか引き剥がせたは良いが、魔力(FP)を奪われる感覚に見舞われた。

トープスの話によれば、非業の死を遂げた学徒たちを実験体に蘇らせた成れの果てとの事。

 

「この世界でも学院の闇を感じるぜ…。赤獅子の炎っ!」

 

 嘗ての世界では『竜の学院』の生徒として籍を置いていたオーベック。

意思も無く群れを成す亡者達に、憐憫の感情を向けながら戦技『赤獅子の炎』にて彼等を焼き払う。

この戦技は、ケイリッドを探索していた灰の剣士たちから授かった技だ。魔法的な意味合いが強いが、こういう場面で重宝した。

 

亡者の群れを突破し吊り橋を渡り、巨大な水車へと差し掛かった彼等。

噴水の傍には長身の人らしき剣士が佇んでおり、重力と剣技を駆使し思いのほか手こずった。

だがガードカウンターには弱く、ここはジークバルドが討伐する。

どうやら只人ではないようで、別の星から訪れた生命体という事がトープスから明かされた。名を『黒王』というらしい。

 

「行き止まりだよね、こっからどうやって先に進むんだろ?」

 

 行き詰まり頭を悩ませたライザの反応は、概ね正しいと言えるだろう。

普通、あの巨大な水車の跳ね板を辿り先へ進むなど、真面な思考とは思えない。

万が一足を踏み外し失敗すれば、奈落の底へと落下死が確定している。

学び舎である筈の学院でありながら、やはりこの世界は何処か普通ではない。

 

「うう…流石に慣れてきたけど何か狂ってるよ、この世界――」

「ハハハ…まぁ否定はしないさ。君達の世界は、本当に繁栄しているのだな」

 

 落ちれば命はない例の巨大水車に乗る事が確定し、ライザはガックリと肩を落とし嘆息する。

彼女の反応振りに、トープスはまだ見ぬ四方世界へと想像を膨らませていた。

 

……

 

「ねぇ灰君、ぜったい離さないでよ…絶対だよ…!」

「…分かったから静かにしてくれるか…?」

 

 彼に目一杯しがみ付くライザを抱きかかえ、水晶の跳ね板から足場へと飛び移った灰の剣士(現・褪せ人)

他の面々は既に水車を渡り終えており、この二人が最後であった。

 

「もう離れていいぞ」

「…え~、もうチョットぐらい良いじゃん、ケチっ…!」

 

 絶えず回り続ける巨大水車の跳ね板を渡り切り、取り敢えずの難関を乗り越えた事に安堵した彼等。

ライザは所謂()()()()()()の体勢で、彼に抱きかかえられていた訳だが一向に離れる素振りを見せない。

下ろそうとする灰の剣士(現・褪せ人)に、抵抗するライザ。

 

「ライザさん、好い加減下りてはどうです?ご自分の足で歩いて下さいませ」(`・ω・´)

「ははぁ~ん、大司教様…羨ましいんですか~若しかして、イヒヒヒ…?」(・∀・)ニヤニヤ

 

「あらあら、お忘れですか?異界とはいえ、目下()()()である事をお忘れなく?その様な行動も、査定に含まれるのですよ?それを理解出来ない様では、まだまだ大局を見極める事は厳しいですわね、ウフフフ」( ̄∇ ̄)

 

「あぁン、何ですってぇ…!?」( ゚Д゚)

「何です?この私に挑むお積りですの?それよりも…灰の方、何時まで抱いてるんですか!?ホント…女好きなんだから…!」( ゚Д゚)

 

 尚も彼にしがみ付くライザに、剣の乙女が苦言を呈す。

彼女に対しライザは抵抗するも、冒険中なのだと諭した剣の乙女。

そして口論中でもライザを抱きかかえている、灰の剣士(現・褪せ人)へと狙いを向けた剣の乙女。

彼女の視線は、戦技『氷の槍』を彷彿とさせるほどに冷たい。

 

更に歩を進めた彼等。

 

「おお、ここだ。これが私の学び舎…嬉しいよ、()()()()()()()()()()

 

 別の建物の入り口付近にて、ポツンと佇む古びた作業机と椅子が目に映る。

その場所へと嬉しそうに駆け寄ったトープスは、此処が自分の学び舎と語った。

 

「ちょっと待ってください…!まさか此処が…()()()()()()()()()だというんですか!?()()じゃないですかッ!?」

 

 感慨深い表情トープスとは正反対に、輝石の貴公子は感情を露わに声を大に叫ぶ。

古びた机と椅子に書物が数冊という、何とも質素な学びの環境――。そして雨を凌ぐ粗末な天井が張られただけの、余りに差別的な環境。

 

「トープスさん、教室に入れてもらえなかったのか?」

 

「そうとも、私は鈍石の下級魔術士だからね…。輝石頭を被れぬ者は、一人前とは見なされず真面な授業すら受ける事は許されないんだよ…」

 

 輝石の貴公子のみならず、オーベックも同様に反応を見せた。

自らを鈍石と称するトープスという男。彼は正規の学徒とは認められてはおらず、真っ当な教室で学ぶ事さえ許されてはいなかった。

それ故、彼の机と椅子は野外に設置され、そこで彼は黙々と己の勉学に励んでいたのである。もう遥か彼方の遠い昔の事だが。

 

「だが少々酷い仕打ちだな。我が賢者の学院でも、ここまでの差別的制度は定めていない」

 

「いいえ、ロード。私などまだ温情をかけられた方なのですよ。…見たのでしょう?坑道にて今も隷属している彼ら…『輝石掘り』たちを…?」

 

「む…うむ…あの者たちの事か…」

 

 レアルカリア学院の仕打ちに、静かながら憤りを滲ませた金剛石の騎士。

しかしトープスに対する境遇は、まだ有情を授けられた側なのだと語る。

学院の落伍者たる末路の果て、輝石掘りたち。

今も地下深い坑道で、奴隷の如く輝石を掘り続けていた彼等。もう人の身体からかけ離れ、半ば輝石に侵食されていた。

リエーニエ探索にて坑道にも挑んでいた灰の剣士たちは、トープスの言う輝石掘り達とも遭遇していた。

そんな輝石掘り達に比べれば、トープスは辛うじて生徒として認められているという意味でもあるのだ。

 

「今までありがとう、君達と出会えた運命には真に感謝に堪えないよ。…だが私の旅は、ここまでだ。…私の悲願は、ここで自身の研究を完遂させる事。身勝手の極みで心苦しいのだが、ここでお別れだ。…本当に有難う…!」

 

 差別的扱いを受けながらも、学院への帰還を望んでいた理由――。

それは彼独自の研究を完成させる事にあった。

長らく学院から切り離されていたが、この研究は此処でしか完成させる事ができないのだ。

そしてトープスの旅は此処が終着点――。

彼は深く頭を下げ、灰の剣士たちへと感謝の意を示す。

 

「ッ…、先生っ!お願いです、僕も先生の研究のお手伝いをさせて下さいっ…!後生ですッ…!僕が真に先生と認めているのは、貴方様だけですッ!あのセルブスなんかじゃあないんですッ…!どうか、どうかお願いしますッ、邪魔はいたしませんッ…!」

 

 だが此処で、輝石の貴公子が突如としてトープスへと頭を下げ、研究の手助けがしたいと申し出た。

 

「…気持ちは有り難いが、君には役割があるだろう?それを疎かにしてはいけないよ」

「…分かっています…本当に勝手な事を言っているのは…、それでも…それでも僕は――」

 

 トープスなりに彼らの事情は察している。

この少年の申し出は、本当に彼の心を満たす程に嬉しかった。

だが敢えてトープスは少年の申し出を拒むも、彼も頑なに引き下がろうとはしなかった。

また彼は、灰の剣士(現・褪せ人)へと懇願するかのような視線を向けた。

 

「……。分かった、大ルーンを取得するまで…長くても我々が元の世界に帰還するまでで良ければ、許可しよう」

 

「――灰人さんっ…!?」

「…君…いいのかね?この少年は、本当に才覚の溢れる逸材なのだぞ?」

 

()()()()と言わせて頂いた。彼が抜けるのは少し痛いが、本来なら私一人で学院を攻略しなければならないのだ。…それに無下に却下したとて、ハリは納得しないでしょうから…オーベック、良ければ彼等に付いて上げてくれないだろうか?」

 

「いいとも。実は俺も、トープスさんの研究に興味を惹かれててな」

「おいおい、オーベック君、君まで…!?」

 

 輝石の貴公子の懇願に、彼は条件付きで聞き入れる事にした。

加えてオーベックにも二人の付き添いを指示し、彼も快く受け入れる。

その決定に、些か驚きの声を上げたトープス。

 

「勝手な決定をしてしまい申し訳ない、ロードそして皆…、すべて私が責任を持つ…!」

 

 周囲に意見を求めず独断という形で決定付けた、灰の剣士(現・褪せ人)は皆へと頭を下げた。

 

「気にしなくてよい。だが少年よ、ちゃんと四方世界には帰還して貰うぞ?」

 

「はい、承知しております。ロード、いえ陛下ッ!」

 

 トープスの悲願が為、輝石の貴公子とオーベックが離脱する事となる。

魔法職の彼等が抜けるのは少々痛手なのだが、この位の自由は許されても罰は当たるまい。

特に反対意見も出ず、皆は彼らの主張を受け入れた。

 

「本当にありがとう、皆。……さぁ二人とも、そうと決まれば我が研究を何としてでも完成させねばならん!君達にも手伝ってもらうぞ…!」

 

「「お任せ下さい!」」

 

 こうしてトープスの研究を手助ける事にした二人と別れ、灰の剣士たちは先へと進軍を再開した。

 

新たな建物へと入り、長い廊下には幾人もの学徒たちが相変わらず行く手を阻む。

間合いを離し魔法による執拗な攻撃を仕掛けるが、戦技『カーリアの返報』が脚光を浴びた。

戦技と魔法の両方に同名の技が存在したが、効果は概ね同じだ。

飛来する魔法を受け止める力場を形成し、受け止めた魔力を剣へと変換し打ち返す。

仕掛ける事に慣れてはいても逆には不慣れなのか、敵側は次々とカーリアの返報の餌食と化した。

邪魔者を軒並み排除し階段を駆け上がり、小広い部屋へと差し掛かる。

 

「うわ何ッ!?あの赤くて大きな…狼…?」

 

 部屋の奥で待ち構える赤毛で巨大な獣に、ライザは警戒し身構えた。

 

「多大な魔力を感じます、強敵なのは間違いありませんわ」

 

「――構えよ、来るぞッ!」

 

 赤毛の獣は『ラダゴンの赤狼』と呼ばれている。

ただの獣にあるまじき、膨大な魔力を察知した剣の乙女。

更に獣であるが故、既に跳びかかる態勢でいた事に、灰の剣士(現・褪せ人)は皆に戦闘体制を呼び掛けた。

それと同時にラダゴンの赤狼が彼等に襲い掛かる。

 

獣らしい素早い動きで部屋内を所せましく動き回り、あらゆる方向から多彩な魔術で攻めかかる。

魔術の輝剣による時間差と獣特有の動きで、防御と回避のタイミングをズラされた彼等は翻弄された。

だがそれも最初だけで次第に特性に慣れ、彼等は動きに対応を始める。

弾速や発動時間の差を利用した跳びかかりも、剣の乙女が発動した聖光で目が眩み動きを止めたラダゴンの赤狼。

時間にして僅か数秒の隙だが、正面と左右両面からの戦技『牙突き』の串刺しとなりラダゴンの赤狼は敢え無く消滅する。

灰の剣士(現・褪せ人)だけで挑んだのであれば、苦戦したかもしれない強敵なのだろう。

しかし今の彼には、強力な味方が複数人居る状態だ。

生半可な敵では、今の彼等を押しとどめる事は出来なかった。

 

―― ENEMY FELLED(敵討伐セリ) ――

 

相手の特性の読めない序盤戦は、多少の苦戦もあったものの撃破には成功。

彼等は下見も兼ね、広大な庭園へと出る。

常に雨天なのか地面も常時水浸しで、所々に巨大ガニが徘徊していた。

あの巨大ガニは厄介だが、変に距離を詰め刺激しない限りは襲っては来ない。

そして彼等は流れ来るソウルと建物の構造上、満月の女王レナラと思わしき場所を特定していた。

しかし其処へ至る為の階段が至る所で崩壊しており、道が途切れていたのである。

渡る為には脇を逸れ、崩れた箇所に飛び移らねばならないようだ。

 

「一旦、彼等の様子を見に行こうか?」

 

 トープスの研究を助成する為、野外に残った輝石の貴公子たちの様子も気になる。

一度、彼等の方へと戻る事に決めた灰の剣士たち。

ラダゴンの赤狼を討った事で、部屋の中央部には新たな祝福が生まれていた。

そこで少々の休養を挟み、彼等はトープスの箇所へと向かう。

しかし、感じられるソウルは二つだけだ。

そして現場に着いた時、その原因は直ぐに判明した。

 

   ―― トープスは息を引き取っていた ――

 

机に向かいながら椅子へと腰掛けたままの体勢で、彼の呼吸が止まっている。

トープスの傍らで号泣する輝石の貴公子と、静かに天を仰ぎ黙祷しているオーベック。

灰の剣士たちに気付いた輝石の貴公子が、静かに当時の様子を語った。

 

「先生は、学院の外でずっと構想を練っていたんです。輝石の魔術は星の流れであり、星の流れは運営を司る。そして先生は、その特性を解き明かし流れを変える術を編み出しました…」

 

   ―― トープスの力場 ――

 

あらゆる魔術の流れを逸らす力場を生成する魔術――。

一見、何の変哲もない地味な魔術で、見る者によっては嘲りの対象として映るだろう。

しかし、星の流れを変える力場などという芸当を生み出した者は、このレアルカリア学院に於いても誰一人として存在していなかった。

つまりこのトープスという男は、学院初の魔術の編み出しを成し遂げ、見る人が見れば彼の成果は()()()()()を生み出す偉業にも等しい。

それは長きレアルカリアの歴史に、新たな楔を打ち込んだのである。

己の全身全霊を注ぎ、魔術の特性を解き明かし新たな流れを創造した男、鈍石のトープス。

生涯を賭した彼の悲願は成就され、完全なる役割を果たし思い残す事無く息を引き取ったのである。

そして彼は二人へと成果を託し、灰の剣士たちには戦技である『トープスの力場』が引き継がれた。

 

「トープスさんの想いを汲んで、どうか使ってやってくれないか?」

 

 オーベックから渡された戦技『トープスの力場』を受け取り、灰の剣士たちは暫く目を閉じた。

 

「諸君、この偉大な大賢者『トープス』の英霊に今一度の黙とうを…!」

 

「「「「「……」」」」」

 

金剛石の騎士が号令をかけ、トープスを弔うための黙とうを捧げる。

皆は静かに目を閉じ暫くの間、彼への感謝と深い冥福を祈った。

 

「……。トープス先生、短い間でしたが貴方と出会えたこの旅…、僕は生涯忘れません…!」

「貴方の様な人と交流できた人生に、私は誇らしく思う…。安らかに御眠り下さい、偉大な魔術師トープス…!」

 

 最後に、輝石の貴公子とオーベックが短い別れの言葉で彼を見送り、灰の剣士たちは進軍を再開する。

トープスとの別離を惜しみつつも、彼等は決意を新たに再び広い庭園へと差し掛かった。

レナラが居ると思わしき目的地は近い。

だが落ちれば奈落の底へと直行する崖に、飛び移るにも少々の勇気が要る。

そこで剣の乙女が、聖壁(プロテクション)の軌跡で足場を形成し彼等を階段へと導いた。

だが行く手を阻む罠や妨害は未だ続き、鉄球が転がり落ち潰されそうになる。

その罠も何とか潜り抜け、昇降機の前へと辿り付いた灰の剣士たち。

 

「あれ、誰か居るよ…騎士みたいな人…?」

 

 昇降機前で静かに腰掛けていた鎧姿の人物が、ゆっくりと立ち上がり剣と盾を手に待ち構える。

この様子から、友好的ではないのは明白だ。

金剛石の騎士が現在装備している『カーリアの騎士剣』と同様の剣を装備している、騎士らしき人物。

間違いなく、此処の警護を任されているのだと判断した。

だが待ち構え警戒するのみで、積極的に攻めて来る様子はない。

若しかしたら理性を保っているのだろうか?

確証はないが、意思疎通が可能なら無駄な戦闘を避ける事も期待できる。

 

「貴公、我々はエルデンリング修復が為、大ルーンを手にしなければならん…!しかし無益な戦闘は好まぬ、我々の言葉が通ずるなら道を空けてはくれぬだろうか?」

 

 駄目元だが、言葉だけは送ってみたソラール。

もしも話が通ずる相手なら、何らかの反応がある筈だ。

そして直ぐに、彼等の期待は叶えられ同時に裏切られた。

 

「拒否する!ここを何処と捉えるか!?此処より先は、レアルカリアの長『満月の女王にしてラダゴンの妃であるレナラ様』の御座(おわ)す大書庫なるぞ!早々に立ち去るが良い!騎士の情けだ、今ならまだ見逃してしんぜよう…!」

 

 声の主は男の様だ。此処を守るカーリアの騎士は、頑なに道を譲る気配はない。なまじ言葉が通じ理性もあるだけに、素通りは絶望的だ。

 

「貴公、我々は女王レナラを討ちに来たのではない。彼女の持つ『琥珀のタマゴ』に宿る大ルーンを手にしたいだけだ。狭間の地を救うには複数の大ルーンが必要となる、貴公も狭間の地を憂うのなら協力を仰ぎたい…!」

 

「――くどい!何人たりともレナラ様の安らぎを、妨ぐる事まかりならぬ!あの御仁の哀しみと絶望も知らぬ、褪せ人風情がしたり顔でノコノコと…恥を知れッ…!」

 

 今度は灰の剣士(現・褪せ人)が説得を試みるも、カーリアの騎士は頑として態度を変える気配はない。

 

「んもうっ、この頑固者!狭間の地が壊れちゃってもいいのッ!?いま大変な時なんでしょ!?」

 

「我が使命は、レナラ様を守り通す事にある!狭間の地の危機は俺とて知るところ…、だが大ルーンが欲しければ他のデミゴッドを当たるが良い!」

 

 頑なな態度に、ライザも痺れを切らし怒鳴り付けた。

しかし彼の態度は尚も変わらず、他のデミゴッドの下に行けと軟化させる事はなかった。

 

「よく考えたまえ、この人数相手に一人で立ち向かう気か!?無駄な流血を我等は望まぬ、大ルーンを入手さえすれば此処には二度と訪れぬと約束いたそう…!」

 

「…貴様らの禅問答に付き合う義務はない。大人しく引き上げぬのなら、この魔術騎士『カーリアのムーングラム』が全力で貴様らを討伐せしめるのみ…!」

 

 この狭間の地では、言葉が通ずるだけで非常に希少種なのだ。

だが説得は無駄であるらしく、極力戦闘を避けようと努める金剛石の騎士の言葉も耳を貸す気配はない。

また自らを『ムーングラム』と名乗った、カーリアの騎士は剣を突き出し此方へと徐々に距離を詰める。

ここまで来れば、もはや戦闘は避けられない様だ。

 

「此処は、このアストラのソラールにお任せあれ。皆は、奥の昇降機で先に進んでくれぬか?」

 

「…分かった。あの者の相手、貴公に任せたぞ…!」

 

 戦闘が避けられぬと判明した以上、無駄に言葉を交わす必要はない。

だが相手が一人である以上、此方も一人だけを割けば無駄な消耗も抑えられる。

此処はソラールが出張る事となり、皆を先に行かせようと努めた。

 

「――ッ!?いかせんッ!」

「――おっと、貴公の相手は俺だッ!」

 

 ソラール以外の面々が昇降機へと向かう事を阻止すべく、ムーングラムが行く手を阻もうと動く。

しかしソラールも即座に反応し、ムーングラムへと切りかかった。

 

「――貴様…、邪魔をするかッ!?」

「――如何にも…!さぁ、貴公と俺…、騎士同士で互いに踊ろうではないかッ…!」

 

 ソラールの剣と、ムーングラムの剣がぶつかり合い激しい火花を散らせた。

互いが唾ぜり合う隙を縫うように、灰の剣士たちは昇降機を作動させ上階へと昇る。

 

「――えぇいッ、其処を退かぬかッ!」

「――そうはいかんなぁ…!暫く俺に付き合って貰うぞ…!」

 

 ここで立場が逆転し、今度はムーングラムが昇降機のレバーを作動させようと迫るも、ソラールが阻止側へと移る。

どうやらソラールを討たない限り、昇降機で彼等を追う事も叶わないと悟ったムーングラム。

彼は観念したのか、一旦身を引き改めて武器と盾を構え直した。

 

「我が名は、魔術騎士『カーリアのムーングラム』…!レアルカリアの盟約に従い、貴様に決闘を申し込むッ…!」

「我が名は、太陽の騎士『アストラのソラール』…!騎士の誇りに掛け、その決闘お受けいたそう!」

 

 互いに一歩引き、自らの素性を名乗り間合いを測る。

 

「いざ尋常に――」

「――勝負っ!」

 

 月を守護する騎士と、太陽を賛美する騎士――。

両者とも同時に床を蹴り、激闘が始まった。

 

……

 

昇降機の台座から降り、大書庫の奥へと足を踏み入れた灰の剣士たち。

中は薄暗く、所々からランタンやロウソクの灯りだけが光源の役割を果たしていた。

また大書庫の名に相応しく、広大な造りながらも膨大な書物に埋め尽くされている。

 

「あの中央で浮かんでいる女性…彼女が――」

 

 部屋の中央高く、光に包まれ浮遊する一人の女性に指をさす剣の乙女。

間違いない、彼女こそが『満月の女王レナラ』その人だ。

 

「うわぁ…すっごい綺麗な人…、ホントに月そのものって感じがする…」

 

 薄暗い大書庫の中央で、一際静かに輝き穏やかに佇む神秘的な女性、満月の女王レナラ。

その光景に、ライザは只管に見惚れ意識を朧気させていた。

儚げでいて其処は彼とない(そこはかとない)神々しさを匂わせるレナラは、正に満月と称するに相応しい姿を醸し出していた。

 

「満月の女王レナラよ…!我々は貴女と事を構える積りはない…!大ルーンを託してさえくれれば、直ぐにでも此処から立ち去ろう…!それが貴女様のご息女、月の王女ラニとの約定でもある…!」

 

 琥珀色の輝く楕円形の物体を愛おし気に抱くレナラに向け、灰の剣士(現・褪せ人)は高らかに叫び意思を伝える。

前もってラニやミリエルから聞かされていた情報――。

レナラの夫、黄金律のラダゴンは、女王マリカの王配となり彼女の元を去った。

その時、レナラは心を壊し彼が送ったとされる琥珀のタマゴに縋り、現在に至っているのだという。

つまり今の彼女は廃人も同然で、彼の呼び掛けも耳に届いているのかさえ怪しい状態なのだ。

 

「…ああ、ラニ…私の小さな娘よ…。さぁ恐がることはないのよ…貴方たち…、こっちへいらっしゃい…ウフフフ…」

 

 やはり何処かで壊れていた彼女だが、ラニの名を耳にし、僅かな理性の反応を滲ませた。

得体の知れない不気味さを感じさせながらも、彼女の誘導に釣られ引き寄せられるように距離を詰める灰の剣士たち。

薄暗い大書庫の中で、琥珀のタマゴがスポットライトの様にレナラを包み、その場だけが一際明快に照らされている。

それは暗闇に灯る篝火に似ており、彼等は火に群がる蛾の如くゆっくりと歩み寄った。

 

「――ヒっ…何ッ…?」

 

 だが此処で突如として、ライザが短い悲鳴を上げた。

足首を掴まれた妙な感触に、ふと視線を下げてみれば見知らぬ少女が不気味な笑みを浮かべて見上げていたのである。

 

「――あ…ああ…」

 

 先ほどまで気配すら無かったというのに、気が付けば足元に現れた少女。

その少女を皮切りに、全方位から次々と大人数の少女が姿を現す。

だが歩けないのか、少女たちは燭台や杖などを手に手で這い寄って来た。

 

「ぬ…この少女たちは一体…――」

 

 彼等を取り囲むように手で這い寄る少女たちの光景に、ジークバルドは剣を構えながらも切る事には消極的だ。

 

「ああ、貴方…きっと良い子に産んであげるわ…」

 

 虚ろな声音で誰にとも向けるでもなく、虚空に語り掛けるレナラ。

この異様な状況の中、彼等は未だ戸惑うばかりで交戦状態を認識出来てはいなかった。

既に戦いの火蓋は切って落とされていたのだ。

にじり寄る大勢の少女と虚空に浮かぶレナラだが、何の前触れもなく少女たちが彼等に攻撃を仕掛ける。

その時をもって、彼等は今が交戦状態なのだと認識した。

 

(推奨BGM エルデンリング ―― 満月の女王レナラ)

 

「えぇ~い、どうする!?」

 

「あの位置と障壁で、彼女には手が出せん…!」

 

「ソウルの流れを探って下さい、打破する手段が必ずある筈です…!」

 

 四方八方から少女たちが唄声を奏でつつ火球を放ち、天井からシャンデリアや燭台が容赦なく降り注ぐ。

幼く可憐な見た目とは裏腹に、少女たちの苛烈な攻撃は彼等を苦しめた。

金剛石の騎士も、中盾で火球を防ぎながら打開策を見い出せないでいる。

灰の剣士(現・褪せ人)も反撃の機会を窺うも、肝心のレナラが宙に浮いているのでは接近しようがない。

また障壁のような光の膜がレナラを覆い、弓矢や魔法さえも受け付けなかった。

焦る彼らに、剣の乙女がソウルの流れを探る事を提言する。

 

「…気は引けますが…この子たちを――」

「う…マジっ…!?さすがにちょっとね…」

 

 レナラに意識を向け、ルーン(ソウル)の流れを探る輝石の貴公子。

彼女を覆う障壁だが、どうやら外部の干渉によるものだと判明した。

今もなお攻撃を仕掛けてくる大勢の少女の中に、独りだけ淡い微光で覆われた者を発見する。

よく見れば、その少女からレナラに向けか細い光が伸びていた。

つまりこの少女が、レナラを障壁で覆い守っているという事だ。

彼女を討てばレナラを覆う障壁を破壊し、彼女に直接干渉できる事に繋がる。

とにかくあの障壁を解除しない限り、手の出しようがないのは事実。

しかしか弱き少女を殺さねばならないという事実も明らかとなり、ライザは完全に及び腰だ。

それも無理はない。

見た目も悍ましい魔物や異形を討つなら、彼女とて何の躊躇いも持たない。

だが彼等を攻め立てていたのは、幼い容姿の少女たち。

事情は察するが、いざ現実に殺せとなれば本能的に躊躇いが生じてしまうのだ。

 

「私がやる…!目を背けよ…!」

 

 誰もが、やりたくはない殺戮という手を汚す所業――。

ここは現在褪せ人である灰の剣士が、率先し障壁を生んでいる少女へと距離を詰めた。

 

魔物や異形を殺すのは罪悪感なく、可憐な少女を殺す事は罪深い愚行。

 

それは選んで殺すという、差別的な傲慢の極み――。

 

そうとは知りながらも皆に目を背けるよう指示した、灰の剣士(現・褪せ人)

 

「…許せ…!」

 

 剣を向ける灰の剣士(現・褪せ人)に、どういう訳か意図の読めない笑顔を向ける少女。

その表情に心が痛むも、彼は少女の額に剣を突き刺し絶命させた。

少女は、そのまま眠る様に目を閉じ倒れ込み塵へと消え去った。

するとレナラの覆っていた膜から、ガラスの割れるような音が鳴り響き障壁が消失する。

 

「…あああ…ぁぁぁ……」

 

 消え去った障壁と共に、レナラは力を失ったかのように床へと落下した。

また同時に、大書庫内を埋め尽くさんばかりの少女たちも姿を消し、奇妙な歌声も聞こえなくなる。

 

「ああ、私の愛し子…待っていてね。すぐに、抱いてあげるわ…ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、貴方たちは産まれてくるの」

 

 床に落下した衝撃で、レナラは抱いていた『琥珀のタマゴ』を振り落としてしまう。

淡い光を灯すタマゴは、床を不規則に転げながら彼女の手元から離れてしまった。

ラダゴンが彼女の元から去り、唯一心の寄る辺としていた琥珀のタマゴを追い床を這うレナラ。

その弱々しい姿に、嘗てレアルカリア学院の頂点に君臨した満月の女王としての尊厳は無かった。

 

今なら『琥珀のタマゴ』から大ルーンを奪取できる。

 

結果的に彼女を傷付ける事なく、灰の剣士(現・褪せ人)は転がり落ちたタマゴへと駆け寄ろうとした。

しかし次の瞬間、突如として琥珀のタマゴから黒い靄が噴出し辺りに立ち込める。

それと同時に、聞き覚えのある女性の声が大書庫内に響き渡った。

 

『魔女ラニの名において告げる。我が母の、泥濘の眠りを侵すことなかれ。罪人よ、語り継ぐがよい。カーリア最後の女王、満月のレナラの気高い夜の有り様を』

 

 その声の主は、あの月の王女ラニのものだった。

 

黒い靄が止んだかと思えば、靄の中心には満月の女王レナラが静かに佇んでいる。

しかし、心を壊した虚ろな振る舞いとは打って変わり、手には錫杖を持ち毅然とした佇まいと凛とした表情で彼等に対峙していた。

 

「――え、どういう事…!?ラニ…さまっ…!?」

「――女王レナラが、二人…!?」

 

 いま床に倒れ伏しているレナラの他に、もう一人の毅然としたレナラが姿を現した事で、ライザと輝石の貴公子は思考を混乱させていた。

そう――。

今現在、この大書庫には()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。あの魔女ラニの介入によって――。

 

「……そう言う事か…。各位、気を引き締めよ!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

 ラニの真意は定かではないが、彼女の意図を幾許か察した灰の剣士(現・褪せ人)

周囲へ向け、これからが正念場だと発破をかける。

 

知っておいてほしかったのだろう。

満月の女王レナラという、カーリア王家の象徴と威信を――。

同時に試練を課したという事だ。

彼等が真に大ルーンを手にするに相応しいか否かを――。

 

「…アレがカーリア王家の…満月の女王レナラの尊厳か…!」

「…なんと高貴な佇まい……、正にレアルカリアの頂点にそぐわぬ見目姿(みめすがた)よ…!」

 

 幻影とはいえ満月そのものとも言える気配を漂わせたレナラの姿に、金剛石の騎士とジークバルドは嘆息交えに釘付けとなる。

また薄暗い大書庫から一変し、周囲は星降る輝きと満月の月光に照らされた夜へと変貌していた。

そして大書庫の床も、辺り一面が浅い湖面と化し宛ら月光の降り注ぐ湖に相応しい。

だが幻惑漂う夜に見惚れている暇はない。

 

満月のレナラは、前触れもなく杖を前方へ突き出し『彗星アズール』を解き放つ。

それが第2幕の幕開けだった。

 

「――任せよッ…!カーリアの返報ッ…!」

 

 戸惑う彼等を余所に、突如として襲い掛かった彗星アズールの挨拶。

緑光と黒い芯中の激流が、彼らへと高速で迫り来る。

その極太の光束は彼等全員と飲み込まんとしていた。

真面に食らえば、全員が漏れなく消滅する程の威力を誇っている。

だがジークバルドが瞬時に飛び出し、ピアスシールドを前面に押し出し戦技『カーリアの返報』で打ち返そうと試みる。

しかしである――。

 

「――ぐぉォおおぁアァァぁ……!!」

 

 彼の戦技は何の役割も果たす事なく、カタリナのジークバルドは盾ごと『彗星アズール』の餌食となり跡形もなく消滅した。

 

「――ジークバルドさぁんッ…!?」

 

 ライザの叫びも虚しく響き、彼女の視界にはもう、あのカタリナのジークバルドの姿は完全に消失している。

 

   ―― ジークバルド死亡 ――

 

「――別次元の破壊力…、僕の『彗星アズール』とは比較にもならないッ…!!」

 

 あまりの桁違いの破壊力と規模に、輝石の貴公子は心の底から慄きギチギチと歯を食い縛る。

先天的に備わった元の魔力が完全に別次元で開いていた、輝石の貴公子と満月のレナラの魔力差。

しかも満月のレナラは、ラニが幻影で作り上げ全盛期を再現したに過ぎない言わば紛い物だ。

恐らく完全には再現出来ていないであろう。

しかしこれ程に、魔力の開きがあり過ぎた。

現に、ジークバルドが防御ごと消滅したのである。

もし彼が出張っていなければ、今の一撃で全滅していた程の威力だった。

 

不完全の再現とはいえ、改めてカーリア王家の女王『満月のレナラ』の恐ろしさを思い知らされた。

 

「――各位、散開せよ!的を少しでもバラけさせるぞ…!」

 

 下手に固まれば、今の大魔法で消滅させられてしまう。

だが分散したところで、満月のレナラは別の高位魔法にて対応するのは目に見えている。

それでも纏めて被害を被るよりは、幾らかはマシの筈だ。

灰の剣士(現・褪せ人)は分散を指示し、自らは満月のレナラへと接近を試みた。

何処からどう見ても、彼女は魔術師には違いないのだ。

ならば尚の事、彼女に肉薄し剣で切らねば話にならない。

とにかく少しでも注意を分散させ、接近の糸口を増やす。

 

だが彼の接近をものともせず、満月のレナラは浮遊しながら軽快に位置を変え数々の呪文を連射した。

 

『輝石の流星』は言うに及ばず『流星群』などといった高位の呪文を無尽蔵の如く連射し、彼らに反撃の暇を与えなかった。

 

「――うわわ、戦技『回れ回れ』…!」

 

 灰の剣士たちから教わった戦技『回れ回れ』で、殺到する魔力弾を防ぐライザ。

これ等の魔法一発一発が、輝石の礫など遥かに上回る威力を誇り一発でも食らえば重傷は免れない。

また満月のレナラも同様の戦技を有しており、此方の魔法攻撃や弓矢などを容易に防ぎ切ってしまう。

やはり仕留めるには接近戦しかなかったが、彼女も容易には攻めさせてくれなかった。

しかも彼女は更なる呪文を行使し、彼等を尚も追い詰めてゆく。

 

「う…まさか…、召喚呪文…!?」

「しかも強力な個体を、複数同時に呼び出しただとッ…!?」

「ちょっとやめてよ、ドラゴンや巨人まで居るじゃないッ…!?」

 

 なんと満月のレナラは、霊体ながら複数の魔物を召喚したのである。

その多彩な術の行使に、剣の乙女、オーベック、ライザは顔を顰め心が掻き乱されていた。

更に性質の悪い事に、灰の剣士(現・褪せ人)が行使する『霊指の鈴』などと比較しても、遥かに強力な個体ばかりが顕現した。

 

猟犬騎士、トロル、複数のオオカミ、そして極め付けは巨大な飛竜(ドラゴン)

 

それら強力な個体が一斉に出現し、彼らへと殺到した。

これで数の有利も消え失せ、彼等は更なる窮地に立たされる。

 

……

 

一方、ソラールとムーングラムも一進一退の攻防が繰り広げられ未だ決着はつかずじまい。

両者の剣が激突し、鎬を削り合う。

互いが互いに連撃を織り交ぜ、時には慎重に時は苛烈に激突し、両者とも痛痒を負いながらも戦況は膠着していた。

 

「――ソラール殿ぉ…!」

 

 留まる事のない怒涛の攻防を展開する二人の下に、突然ジークバルドが駆け寄って来た。

しかも彼等が向かった筈の逆方向…つまり入り口側からである。

 

「ジークバルド殿、貴公が何故…いや…理解した…」

 

 何故か入り口側からの乱入に、一瞬だが戸惑いを見せたソラール。

ラニが幻影で作り上げた満月のレナラの魔法攻撃を直に受けた事で、ジークバルドは死を迎え最寄りの祝福にて蘇生を果たしていた。

思わぬジークバルドの介入に、ソラールは一旦ムーングラムとの戦いを解き距離をとった。

ここで戦闘は一時中断する。

 

「成程…上ではその様な事態に――」

「うむ…直ぐ救援に向かわねばな…」

 

 短くも要点だけを伝えたジークバルド。

事情を汲んだソラールは、剣を鞘に納め戦闘体制を完全に解いた。

 

「カーリアのムーングラムよ、上方から流れ出るソウルで察知出来よう。どういう訳か、魔女ラニの目論見でレナラ女王が二人へと変じた」

「一方は本人、もう一人はラニが造り出した幻影だ」

 

「……」

 

「もう我々も、騎士の意地を通す状況ではなくなった」

「事情が変わったという事だ。ムーングラムとやら、今の貴公はレナラご本人を守り通すこと…そうであろう!?」

 

「…ぬぅ…」

 

 ソラール、ジークバルド共に、ムーングラムへと状況を説明し此処で戦う無意味さを説く。

未だ頑なな態度を維持しつつも、やがてムーングラムも剣を収め戦闘態勢を解除した。

 

「よかろう…、我が使命はレナラ様をお守りする事だ」

 

「そうと決まれば、現場へと急ぐぞ…!」

 

 ジークバルドの介入で、ソラールとムーングラムの戦いは終わりを迎え、3人はすぐさま昇降機を作動させ大書庫へと向かった。

 

……

 

(推奨BGM ヴィンランドサガ ―― Still Blade)

 

満月のレナラが召喚した複数の霊体――。

灰の剣士たちは、霊体の猛攻に苦戦を強いられていた。

彼女を討てば戦いは終わる。しかし霊体の一体一体が強力な上、満月のレナラからの魔法攻撃という多重苦。

特に手を焼くのは、霊体のドラゴンだ。

広範囲のブレスと巨躯を前に、彼ら全員が行動を制限されてしまう。

またトロルや猟犬騎士も強敵で、もはやレナラどころではない。

複数のオオカミも、他と比べれば質という面で見劣りはする。

しかしオオカミは敏捷性と数の優位性を活かし、しかも一体一体が灰の剣士(現・褪せ人)の行使する『狼』よりも強化されていた。

 

とにかく満月のレナラに反撃せねば、時間を追う毎に敗北が濃厚となるのは必至だ。

灰の剣士(現・褪せ人)も霊呼びの鈴を奏で、失地騎士オレグとイングヴァルを召喚。

オレグを猟犬騎士へ、イングヴァルをトロルへと向かわせた。

これで味方の負担は軽減され、多少は猶予が生まれる。

しかし依然、彼等の不利に変わりなく徐々に味方の痛痒が折り重なる。

 

「――灰剣士どぉっ!」

「――待たせたな、皆ぁッ!」

 

 厳しい戦いを強いられる彼等の下に、ソラールとジークバルドが到着した。

 

「おお、来てくれたか…!加勢せよ、戦況は不利だ…!」

「ソラールさん、ジークバルドさん、た…助けてぇ…!」

 

 苦しい戦いの最中、颯爽と現れた味方の参戦に金剛石の騎士とライザは僅かに表情を綻ばせた。

 

「む…本当にレナラ様が二人…」

 

 また二人と共に駆け付けていたムーングラムも、大書庫の現状に戸惑いを見せていた。

 

「貴公は、レナラご本人を頼む」

「言われるまでもない。戦いはお前達に任せたぞ」

 

 大書庫の隅で力無く屈みこむ、本物のレナラへと寄り添ったムーングラム。

ソラールに指示されるまでもなく、彼はレナラ本人の警護に移った。

 

「やはり苦戦しているな灰剣士殿」

「ああ、厳しい。霊体まで召喚されてはな…」

 

 初撃の彗星アズールで消滅したジークバルドだが、霊体召喚という更なる戦況悪化に言及する。

何とか霊体の猛攻を掻い潜り、何度も満月のレナラへと反撃を試みた灰の剣士(現・褪せ人)

しかし彼女は軽快な移動で間合いを離し、高位呪文の応射で対応。

彼女に有効打を与えられないでいた。

 

「満月の女王レナラ…、これが真の実力か…!」

 

「私に作戦がある…。此処に向かう途中、ソラール殿と密かに打合せしておいた。無論、あのムーングラムに悟られんように配慮してある」

 

 彗星アズールで一度死を迎えたジークバルド。その後、最寄りの祝福で復活した彼は身を以て悟っていた。

このままでは勝てないと。

そこで彼は、大書庫へと再度向かう中、策を練っていたのである。

 

「…承知した。このままでは勝てんだろうしな」

 

 彼から策を聞いた灰の剣士(現・褪せ人)は、直ぐに動きを開始する。

 

「ソラール殿ぉッ…例の作戦だッ…!」

 

「――早速だな…!任せよッ…!」

 

 ジークバルドとソラールとの間で進められる、然る作戦――。

 

「時間を稼がねばな…!」

 

 ジークバルドから明かされた策を成功させるべく、灰の剣士(現・褪せ人)も霊体へと標的を切り替えオオカミへと切りかかった。

 

「ライザ、剣の乙女、後退しながら雷の攻撃手段の準備だ…!」

 

「――え…灰君…?わ…分かった…!」

「――灰の方…、あの二人…何か策でも?」

 

「その通り、ソラールの合図と共に満月のレナラ目掛けて雷を投げ込んでくれ…!」

 

 女性陣を救援した彼は、オーベックや輝石の貴公子の援護へと移り、二人にも後退を促す。

ほぼ全員の味方を後退させ、最前に陣取っていたのはジークバルドとソラールの二人。

 

「よし…嵐の王…フンッ…!」

「うむ…、雷の大槍…はぁッ…!」

 

 両陣営の距離は一時的に開いたものの、再びドラゴンを中心とした霊体たちが襲い掛かる。

しかしそれをも予期していたのか、ジークバルドは真ストームルーラを振り上げ戦技『嵐の王』を発動。

膨大な風圧を引き起こし、床の湖面を大量に巻き上げた。

広範囲に巻き上げられた水しぶきは霊体と満月のレナラをも覆い、辺り一帯は水蒸気に満たされていた。

 

「――今ぞ、雷を叩き込めぇッ…!」

 

 空間に拡散した水蒸気に向け、ソラールは軌跡『雷の大槍』を投射。

 

「――此方も続くぞッ、雷の槍ぃッ…!」

「――あたしも、プラジグ…!」

「――手を貸す、…トニトルス《雷電》、…オリエンス《発生》、…ヤクタ《投射》!」

「――僕たちも雷壺でッ…!」

「――裁きの司(つかさ)、つるぎの君、天秤の者よ、諸力を示し候(さぶら)え!」

 

 ソラールの投射と共に、他の面々も独自の手札を行使。

水蒸気の空間へと雷撃手段を叩き込んだ。

その瞬間、彼ら全員の雷撃が水蒸気と反応を起こし、瞬時に広範囲へと拡散する。

しかも総力を結集した雷撃手段は強力無比に尽き、彼等の目の前には眩いばかりの雷が道筋を描いていた。

 

この攻撃で、満月のレナラは多大な痛痒を負い、同時に数々の霊体も全て消失する。

 

「フゥ…、これで少しは取り戻せたか…」

 

 ソラールとジークバルドの策は功を成し、不利を見事に覆す。

反撃の成功を見届けたジークバルドは軽く息を吐いた。

 

しかし胸を撫で下ろしている暇はなかった。

 

「――ま、不味いッ…!彗星アズールが、また来ますッ…!」

 

 一瞬の安堵を嘲笑うかのごとく、輝石の貴公子は声を張り上げた。

大規模な電撃を引き起こし、確かに満月のレナラは多大な痛痒を負っている。

しかし仕留めるには至っていないのだ。

彼女は反撃とばかりに、あの桁外れの威力を誇る『彗星アズール』第2者目の準備に移っていた。

この状況に焦燥する彼等――。

いま撃たれるのは不味い。

 

「――そうか…!オーベックさんっ、トープス先生のアレを使います…!僕の側面に立ち、一定の距離を取って下さいッ急いでッ…!!」

 

「――…お…おぅ…!…分かったぞ…アレだなッ…!」

 

「――ええ、皆さんは僕の後ろに退避して下さいっ…早くッ…!」

 

 既に満月のレナラの杖先には、緑光の魔力が灯っている。

輝石の貴公子の狙いは読めないが、灰の剣士たちは速やかに彼の後ろへと退避した。

一方オーベックは、彼の側面へと位置取り距離を空けている。

この二人も、何か策を講じたという事か。

 

「…来ましたねッ…!」

 

 そう時間を置く事なく、満月のレナラから『彗星アズール』が放たれた。

しかも初撃よりも更に強大な光線へと膨れ上がり、彼ら全員を飲み込まんと迫っている。

 

「来い…、星見の光よ、今こそ流れを司り運命に変革をもたらさんッ…!」

 

 彼は臆することなく、自らも杖を突き出し魔力を込めていた。

 

「――今だッ、『トープスの力場ッ』…!!」

 

 彼の叫びと共に、眼前に広がる緑光の膜壁――。

緑光の束と緑光の膜壁が激突した。

しかし過剰な程の威力を誇る彗星アズールだが、その場で留まり彼等を飲み込む事はなかった。

 

「うぐぐ…オーベックさんっ…!?」

「――いいぜ、少年ッ…!」

 

 そしてオーベックへの合図と共に、彼は彗星アズールを彼の方へと逸らしたのである。

 

「――よし来た…!トープスの力場ッ…!」

 

 またオーベックも『トープスの力場』を発現させ、彗星アズールを受け止める。

 

「こりゃ凄い威力だ…、返すぜ女王様…!…そぅらッ…!」

 

 輝石の貴公子と同様に『彗星アズール』を受け止めたオーベックは、そのまま軌道を変え満月のレナラへと撃ち返した。

 

この二人が行使した魔法――。

それは先ほど息を引き取った、あの魔術師トープスが完成させた研究の成果であった。

あらゆる魔力の流れを逸らし軌道を変えるという、一見何の変哲もないような地味なる魔法。

この神髄を知らぬ者は、挙って嘲笑うだろう。

研究の末が、この程度なのかと。

だが、輝石の呪文は星見の流れ――。

星見の流れは、運命を運び縁者を翻弄する。

しかして彼の研究は、その定めをも逸らし流れさえをも変え得る理を解き明かしたのだ。

この成果を生み出した者は、レアルカリア学院を探せども彼が初である。

後の学士たちは、こう評するだろう。

 

   ―― 新しい教室を生むに等しいと ――

 

現にトープスの研究は、今この場で日の光を浴び彼等の運命を救ったのである。

これが何よりの証拠と言えよう。

 

トープスの研究成果を受け継いだ、輝石の貴公子とオーベック。

この二人の連携により、彗星アズールは流れを変え満月のレナラ本人へと帰還する。

 

「――…!?」

 

 よもや撃ち返されるようとは彼女も予想外で、手にした杖で戦技『回れ回れ』で凌ごうと試みた。

しかし悪あがきに過ぎず、自ら放った高威力の呪文が完全に仇と化している。

戦技『回れ回れ』ごときで凌げるはずもなく、彼女は自分の彗星アズールを真面に受けてしまった。

 

「――今です灰人さんっ、止めをぉッ…!」

「――承知ッ…!」

 

 起死回生の逆転劇――。

しかしこれでも満月のレナラを討つには、些か手が足りない様だ。

輝石の貴公子は、詰めとばかりに灰の剣士(現・褪せ人)に止めを呼び掛ける。

彼の意図を受け取り、|灰の剣士たちは瞬時に剣を手に湖面を蹴る。

満月のレナラのソウルは、弱りつつも未だ健在だ。

 

「――ウゥォオオぁあぁッ…!!」

 

 自らの彗星アズールを受け、体勢を崩している満月のレナラ。

彼女の体勢が整う前に、彼は宙高く跳躍し大上段から剣を全力で振り下ろした。

 

彼の刃が、彼女の頭部から足元まで綺麗な一筋を描き、湖面を叩く。

切っ先が湖面を叩けば、僅かな水滴が宙へと舞い散った。

 

「…手応えあり…!」

 

 渾身の力を込め宙高くの唐竹割りが、満月のレナラへと炸裂し、彼は確かな手応えを感じ幕引きを確信する。

 

程無くし、満月のレナラから一筋の亀裂が生まれ、その溝から淡いも白い月光が漏れ出た。

 

「…ああ、ラニ、私の小さな娘よ。貴方の夜をお行きなさい…」

 

 消えゆく彼女より漏れ出た言の葉――。

それは彼女の娘、月の王女ラニへと向けられた言葉であった。

 

『母様…ラニは…暗く冷たい孤独の道をゆきます…』

 

 また虚空より響くラニの言葉が、消え行く満月のレナラへと返された。

いや、この場合、大書庫の片隅で蹲るレナラ本人へと向けられた言葉だろうか。

 

そのまま満月のレナラは静かに消滅し、辺りは大書庫へと戻る。

 

   ―― ⅬEGEND FELLED(伝説級 討伐セリ) ――

 

   ―― 産まれなき者の大ルーン ――

 

………

……

 

(推奨BGM ダークソウル ―― キャラメイク)

 

「…どこに行ってしまったの?私の良い子たち…。隠れていないで、出ておいで。ご本も灯りも、いっぱいあるわ…。だからさあ、出ておいで…。それともお墓になるのかしら?…また生まれる頃なのかしら?」

 

 あの幻惑漂う夜に満ちた空間は完全に消え去り、大書庫は元の寂寞(せきばく)たる空間に戻っている。

その中央では、あのレナラが再び琥珀のタマゴを抱き独り言に耽っていた。

やはりあの戦いを経てもなお、レナラ本人は心を狂わせたままだ。

彼女の傍らには、カーリアの騎士ムーングラムが寄り添っている。

 

「やっぱり、元に戻らないんだね…レナラさん…」

 

 見た限り、レナラは満たされているかの様な表情を浮かべている。

しかし先ほどの戦いでラニが創り出した幻影『満月のレナラ』の神秘性と威厳こそが、彼女の本来の姿なのは身を以て知る事ができた。

今のレナラは、穏やかだが何処かで狂っている。

あの戦いを経てもなお、レナラに変化はない。

今も琥珀のタマゴに縋る彼女の姿に、ライザは複雑な心境を抱いていた。

 

「もう…良いであろう…。この御方を…静かにさせてやってくれ…」

 

 レナラの傍に佇む、カーリアのムーングラム。

言葉足らずながら、灰の剣士たちに立ち去るよう求めていた。

 

目的である大ルーンを手に入れる事ができた。これでエルデンリングを修復する最低条件は揃ったのである。

 

「…長居は無用だな。行こうか…皆…」

 

 大業を成し遂げた筈だが、達成感に満たされる事もなく奇妙な空虚感だけが心を吹き抜ける。

灰の剣士たちは、大書庫を去る事にした。

 

「さらばだ、カーリアのムーングラム…」

「もう此処には来るなよ?アストラのソラールとやら」

 

 少々突き放すかのような言葉だけを交わす、ソラールとムーングラム。

やはり敵対という状況には変わりなく、もしも違う出会い方をしていれば二人の関係も違っていたのだろうか?

だがこれ以上、この二人の騎士を結び付ける運命は訪れないだろう。

短くも剣を交えた関係――それ以上でもそれ以下でもない、両者の繋がり。

だが、もうそれだけだ。

その言葉を最後に、灰の剣士たちは大書庫から姿を消した。

 

……

 

「…今まで有難う御座いました…。トープス先生…、行って参ります。新たな旅路へと」

 

 レアルカリア学院を出る前に、彼等はトープスの亡骸へと集っていた。

今度こそ最後の別れを交わした輝石の貴公子。

長きに渡り研究を重ね身命と引き換えに成し遂げた、小さくも輝かしい成果の灯火。

トープスの辿った道筋は、この少年にとって揺るぎない誇りへと刻み込まれた。

 

「…少しだけなら探索の時間もある。どうするかは、貴公が決めていい…ハリ」

 

 この学院施設は、思っていたよりも広大で未探索な区画も多く残されていた。

灰の剣士(現・褪せ人)は、輝石の貴公子へと学院探索の件を打診してみる。

この狭間の地に降り立ち、そろそろ四日目となる。

予定と定めていた一週間の期限切れまで、まだ三日ほどの猶予はあった。

隈なく探索すれば、まだまだ未知なる知見に触れる事も叶うだろう。

 

「いえ…、もう充分です。ここまでの探索でも、多くの資料を手に入れてますので…。それに――」

「それに…?」

 

「…許せない…!この偉大な賢者(トープス先生)に課した仕打ちと差別…、僕は…このレアルカリアに幻想を抱き過ぎていたようですッ…!…クソッたれめ…!」

 

 ここまでの道のりでも、輝石の貴公子は数多くの書物と魔法を入手していた。

確かに、この学院は知識の宝庫には違いなく、尚も少年の知的好奇心をくすぐってはいる。

しかし彼は、突如として顔を歪ませ怒りを滲ませた。

自らの人生を掛け、一つの成果を成し遂げたトープスに対する学院の対応――。

この偉大な大人物を野外へと締め出し、碌な環境も揃えずに放置した差別的な扱い――。

その現実を目の当たりにした少年は、この時点で学院に対する畏敬の念を消し去っていたのである。

幼い頃、あれほど夢見ていた『魔術学院レアルカリア』の姿は、今ここで単なる幻想と化したのだ。

全く未練が無いと言えば嘘にはなるが、今の彼は、この学院に対する執着を確実に薄れさせていたのであった。

 

「エルデンリングだっけ?…もしもそれが砕けてなかったら…、繁栄したままの時代なら…、この学院…もっと楽しい場所だったのかな?」

 

「…いや、そうでもないと私は思うね。あの坑道で見た『輝石掘り』たちに、余りに差別的な階級制度――」

「それにライザさんも御覧になったでしょ?大勢の亡者、巨大水車、人形兵――」

 

「…うん」

 

 繁栄期のレアルカリアの姿を想像してみたライザ。

その時代なら、この学院も賑やかな学び舎であったのだろうか?

学校というものを経験した事のないライザは、少し楽し気な学院の姿を脳内に描いてみる。

しかし金剛石の騎士と剣の乙女は、彼女の空想を打ち壊すかのように非情な意見を述べた。

 

「あのレナラ女王が、今の施策を定めたとは考え難い。多分、彼女の権威失墜を機に上層部が牛耳ったのだろうな」

 

 あまりに闇の深いレアルカリアの在り方――。

魔力を帯びた亡者の群れといい、悍ましい人形兵、人の命を蔑ろにしたかのような巨大水車の昇降設備。

あの気高くも穏やかな女王レナラが定めたとは思えない程に、今の学院は陰鬱な闇に塗れている。

レナラの夫であるラダゴンが去った事で、彼女は心を壊し権威を失墜――。

そして学院の乗っ取りを画策した派閥やらが、今の学院へと変えたのだろう。

灰の剣士(現・褪せ人)は、その様に見解を述べた。

 

「さしずめ、賢者の学院が『秩序の姿』だとすれば、この学院は『混沌の産物』に相応しいですわね」

 

 四方世界に存在する『賢者の学院』と呼ばれる学びの施設だが、ここまで歪んだ規則など定めてはいない。

況してや学院に通う者たちは、皆総じて若い少年少女ばかり――。

だが、このレアルカリア学院は、余りに深い闇と血に塗れた死の学び舎にも例えられた。

 

秩序側の学び舎が『賢者の学院』なら、『今のレアルカリア学院』は正に混沌に満ちた学び舎そのものと言えるだろう。

剣の乙女も、この学院には並々ならぬ危機感を抱いていた。

 

「そういう事ですので、気を遣わずとも結構ですよ。戻りましょう、スリーシスターズへ――」

 

 最後に話を纏め切り上げた輝石の貴公子。

もう探索するにも値しない――。

そう見切りを付け、この学院を去る事にした。

 

――さらば、偉大な賢者トープス。さらば、魔術学院レアルカリア。

 

心の中で別れの言葉を告げ、最後に大書庫の方へと視線を傾けた灰の剣士(現・褪せ人)

転移でスリーシスターズへと戻り、今度こそレアルカリア学院から完全に姿を消す。

 

彼等が去った場所には、トープスの亡骸だけが静かに眠っていた。

 

彼の表情は、思い残す事無く満足気な笑みを浮かべていたという。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

トープスの力場

 

鈍石のトープスが、生涯を賭して探求した魔術。

 

魔力の力場を生じ、魔術や祈祷を逸らす。

長押ししている間、連続で力場を生じる。

 

後の世の人々は知るだろう。

嘲笑の対象でしかなかった理論は、新しい教室にも値する発見であった。

輝石の魔術は星光の流れ、星光を運命とするならば、この力場は運命すらも変え行くのだろうか。

 

 

 

 

 

 




後の世で、トープスの力場が評価されたみたいなテキストが書かれていましたが、つまり狭間の地は滅びずに後世へと続いているという事かな。
それにしても輝石頭を被った学徒たち、アレ頭が重くないんでしょうかね?
何かグラグラして息苦しそうな感じもします、個人的に。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/

今年も宜しくお付き合い下さいな。( ゚∀゚)
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