ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
波乱の新年で幕を開けましたが、これからも宜しくお願い致します。
この狭間の地編は、あと1~2話続きます。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第149話―狭間の地・湖のリエーニエ・戦祭りへ―

 

 

 

 

 

 

星光の精薬

 

魔術教授セルブスが精製した薬品。

青黒く濁った精薬で、惑いし者に密かな甘さをもたらす。

粘性の液状は、セルブスの性根を体現したかのようだ。

 

然る錬金術師の手により改良を施され、それは粉末状へと変容する。

粉の粒子に至るまで星光を帯び、振り掛けた者の傀儡化を解く効果を備える。

 

しかし傀儡化と解かれたとて、それは物理現象に過ぎない。

心の惑いを払拭する事は、また別の領域なのだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 レアルカリアの攻略を終え、灰の剣士たちは一連の経過をラニへと報告。

レナラの幻影を差し向けた件について、文句の言いたげなライザを抑えるのに少々骨を折った。

この時点で、灰の剣士たちは一定の目的を果たした事になる。

複数の大ルーンを手にした事で、エルデンリング修復の最低条件は満たせたのだ。

しかし彼等は、抗い難い睡魔に見舞われる事はなかった。

 

以前の彼――灰の剣士(現・褪せ人)はゴドリックの大ルーンを得る事で、強烈な睡魔と共に四方世界の帰還が叶った。

(本編前夜編 第106話参照)

しかし彼ら全員が、未だ平常状態である。

 

「私にとっては朗報だな。他の者はともかく、お前には協力してもらうぞ。約定通りにな」

 

 ラニの言葉通り、まだ帰還すべき時ではないという事なのだろう、彼等は。

しかし灰の剣士(現・褪せ人)はラニに仕える立場だが、彼以外は違う。

いま四方世界への帰還を願うのなら、傍らに居るアルケミーのマイスターに協力を仰げば望は叶う。

 

「どうする君達?お望みなら今すぐにでも――」

 

 マイスターは皆の意思を確かめるように尋ねる。

確かに彼等は、灰の剣士(現・褪せ人)の仲間ではあったが、協力する義理はあれど義務までは生じていない。

また灰の剣士(現・褪せ人)も、敢えて言葉は挟まず皆の意思に委ねる事にした。

 

次の目標は、ケイリッドの戦祭りの参加し、将軍ラダーンを討つ事にある。

ラダーンが存命している限り、彼が停めている星の流れが再動する事はない。

星辰は運命の脈動でもあり、同時に魔女ラニの運命さえ停滞させていたのである。

彼女にも悲願があり成就させるには、ラダーンを討ち彼の魔力を途絶えさせねばならないのだ。

もしもラダーンが正気なら、直ぐにでも説得するなり方法はあっただろう。

だが今の彼は、腐敗の女神マレニアが発露させた『赤い腐敗』に侵され心身ともに腐り行き正気さえ失っていた。

故に説得や交渉など不可能で、正気に戻す手立ては絶望的――。もう討つしか方法が残されてはいなかった。

 

向かう先は、ケイリッドの赤獅子城――。そこで件の戦祭りが開催される。

 

「「「「「……」」」」」

 

暫しの沈黙だが、全員が灰の剣士(現・褪せ人)と共に活動継続を決定する。

 

「予定では、あと三日は猶予あるんでしょ?」

「ここまで来たのだ、最後まで付き合わせてくれ」

「ケイリッド探索まで同行したのは、戦祭りも視野に入れての事なのだぞ」

 

 ライザ、ソラール、金剛石の騎士が挙って考えを口にした。

直ぐに帰還できるという一時の誘惑に駆られていたが、全員の心は既に決まっていた様だ。

過酷な狭間の地だが、皆の心は覚悟に溢れていた。

 

「有難う皆。では引き続き、力をお借りしたい。…魔女ラニ、我々はこのまま次なる目的に動きます…!」

 

「うむ。お前達の働き、期待するぞ。ラダーンを討ち、星の流れに息吹を取り戻してほしい」

 

 方針は決まった。

魔女ラニへと次なる指針を告げ、彼等は出発を再開しようとする。

だがそこへ、マイスターが言葉を挟んできた。

 

「おっと、例の精薬…改良は終わってるよ。…戻すんだろ、セルブスの傀儡たちを」

 

 彼等がレアルカリアを攻略している間、マイスターは託されたセルブスの精薬の改良を終えていた。

流石に彼女の手に掛かれば、こういった秘薬の改良も然したる高難度ではないらしい。

 

「そうだ…彼女…ネフェリ=ルーを元に戻さねば…!」

 

 義父である『百智卿ギデオン』に対する疑念と『魔術教授セルブス』の奸計により、傀儡へと変じた高潔な女戦士ネフェリ=ルー。

誇り高い彼女を知る灰の剣士(現・褪せ人)は、何としても元の高潔な戦士へと戻したかったのである。

マイスターから改良済みの『星光の精薬』を受け取った灰の剣士(現・褪せ人)

粉末状へと変化したこの精薬を振り掛ければ、取り敢えず彼女は傀儡からは解放されるだろう。

 

「あの女は傀儡以前に心を喪失させている。どのようにして精神を呼び覚ます気だ?」

 

「……」

 

 ラニからの指摘に、彼は上手く答えるができないでいた。

 

「残念だが、人の壊した心までは踏み込めんよ、私でもね。どうにかして自分で自分を取り戻すよう、導くしかない」

 

 そしてマイスターからも、厳しい現実が突き付けられた。

 

「……。彼女は…ネフェリは…、嵐に深い信仰を抱いていた…。嵐…再びリムグレイブに連れて行くしかない…。だが、そこからどうすれば――」

 

 ストームヴィル城にて共闘していたネフェリは、嵐を崇め敬愛の念と信仰で揺るぎない精神を確立していた。

やはり誇りを取り戻すには、リムグレイブに連れて行くのが有効策と思われた。

だが連れて行くとはいえ、その場で何を成せばいいのか、その先は完全に手詰まりとなる。

 

「灰の剣士よ、知っているか?お前が乗り移っているその褪せ人だが、最初に流れ着いたのが『王を待つ礼拝堂』なる場所だ。そこには、高潔な嵐の王に仕えた魂が眠りについていると聞く」

「…王を待つ礼拝堂…?」

 

「その褪せ人の記憶を辿り、探ってみるが良い。そして4鐘楼を目指し、転送門より向かうが良い。あの閉ざされた地に再び舞い戻れよう」

「魔女ラニ…」

 

 灰の剣士自身は知らないが、この褪せ人が最初に狭間の地に降り立ったのがリムグレイブに在る『王を待つ礼拝堂』と呼ばれる地なのである。

魔女ラニからの情報によれば、その地にはゴドリック以前のストームヴィル城城主に仕えた家臣が眠っているのだと語った。

ゴドリック以前の城主は、『嵐の王』と呼ばれ非常に高潔な精神と武勇を誇っていたのだという。

また彼に仕えた家臣も、総じて高潔な魂の持ち主であった。

因みに、今や霊体と化した失地騎士オレグとイングヴァルの本来の主も、嵐の王である。

 

「王を待つ礼拝堂、4鐘楼…、よし、一旦ネフェリの傀儡化を解いた後、4鐘楼へと向かう。それで良いか皆?」

 

「4鐘楼付近の案内なら、僕に任せて下さい。土地勘がありますので」

 

 思わぬラニからの情報で、目指すべき指針も決まった灰の剣士たち。

また4鐘楼は、輝石の貴公子が先導する旨を伝える。

 

「そうと決まれば、先ずはその女を戻す事からだな。付いて来てくれ、セルブスの悪趣味な隠し部屋へと案内してあげよう」

 

 次の行動指針も決まり、マイスターの先導に従う灰の剣士たち。

ラニの塔を出た後、とある廃墟の石畳でマイスターは立ち止まる。

彼女は足を踏み付け石畳に刺激を与える。

すると踏み付けに反応した石畳は直ちに消え失せ、地下へと続く下り階段へと姿を変えた。

一見、何の変哲もない石畳だが、実は幻影で擬態されていたのである。

 

「さぁ付いて来てくれ」

 

 マイスターを先頭に、一行は彼女の後へと続く。

 

「この地下室にも傀儡たちが――」

 

 地下空洞内はそこそこに広く、セルブスの傀儡らしき者たちが物言わず虚ろに佇んでいる。

輝石の光源に照らされた傀儡たちの面持ちは、虚ろながらも何処となく悲壮感を思わせた。

そう感じたのは、此処に居る輝石の貴公子だけだろうか。

 

「――ネフェリ…!ここに居たのか…!」

 

 地下室の最奥にて、力無く膝立ちのネフェリ=ルーを見付ける事ができた。

直ぐに駆け寄り声をかけた灰の剣士(現・褪せ人)だが、ネフェリは無反応で視線を返す事もない。

呼吸らしき形跡は見受けられ生きている事は間違いない。

しかし自我は完全に喪失しているのか、彼の声掛けにも応える事はなかった。

 

「さぁ、あの精薬を――」

 

 直ちに処置を施す事にする。

マイスターの錬金術で改良された、『星光の精薬』の小瓶を取り出し蓋を開けた灰の剣士(現・褪せ人)

以前は粘性の液体であった『セルブスの精薬』だが、この『星光の精薬』は粉末状に加工されていた。

また粉末は淡い星光を帯び、魔道具である事を示している。

彼は小瓶を傾け、その粉末を一つまみネフェリへと振りかけけた。

星光の漂う粉粒が雨雫の様に滑り落ち、彼女に降り注ぐ。

 

寸刻の後――。

 

「ぅ…ァ…ァあぁ…、ここは…確か…?」

 

「ネフェリ…!?…私が分かるか…ネフェリ・ルー…!?」

 

 効果の程は間違いない。

殆ど微動だにしなかった彼女は、僅かな動作を始め辺りを見回している。

ほんの些細な身じろぎだが、灰の剣士(現・褪せ人)は彼女に声をかけた。

 

「…お前…か…?私は…ネフェリ…。…だが…、もう…拠り所など…――」

 

「…ネフェリ…」

 

 確かに意識も自我もある。マイスターの成果は証明された。

彼女は、セルブスの呪縛から解き放たれたのは確実だ。

しかし未だ、ネフェリ自信を支える大地は綻んだままなのだ。

傀儡化から解放されたとて、彼女を根底から支えていた誇りが失われたままのは今も変わらず。

そもそも彼女は、あの百智卿『ギデオン=オーフニール』が引き起こした惨劇を知り、心に亀裂を負った。

あの鋼鉄の意思を生んでいた心の大地は、案外容易く彼女の意思に惑いと疑心を植え付けてしまったのである。

本来の彼女なら、セルブスの精薬など全く見向きもしなかっただろう。

しかし根幹を掬われた彼女の心は脆くも弱々しく、セルブスの奸計へと足を踏み入れてしまった。

その結果が今だ。

 

傀儡化は解かれたとて、ネフェリの誇りは取り戻せてはいない。

漸く()()()へと戻っただけなのだ。

 

「ネフェリ…我々と共に来るといい」

「…お前…たち…と…?」

 

「全ての悪意と汚れを吹き飛ばす、あの嵐の場へと再び戻ろうか…?貴公が憧れていた、嵐の渦へと」

「あらし…全てを…吹き飛ばす…嵐…」

 

 誇りを喪失させている彼女だが、微かに彼の言葉には反応を示している。

少々強引ではあるが、自我薄弱の彼女を手を引き連れて行くしか手立てはない。

仮に今の彼女を、四方世界の繁華街にでも放り込めば忽ち破落戸の餌食と化し売り飛ばされていただろう。

それ程の無防備な仕草で、彼に抵抗する事無く大人しく受け入れていた。

 

「マイスター、数々のご協力、誠に感謝の至り。我々は、このまま4鐘楼へと向かう」

 

 取り敢えずだが、ネフェリを傀儡から解き放つ事は叶った。

灰の剣士(現・褪せ人)は、マイスターへと深い一礼で感謝を示す。

 

「なぁに気にしなくていい。あの男は、私にとっても嫌悪の対象だったからね。それにいけ好かないとはいえ、アレの研究の一端を垣間見る事は出来たんだ。まぁ利害の一致ってヤツさ」

 

 様々な形で協力してくれたアルケミーのマイスターを名乗る錬金術師の女性。

彼女の真意は不明だが、心強い協力者には違いない。大した謝礼も出来ないのは心苦しいが、彼女は然して気にしてもいなかった。

 

他の傀儡も開放してやりたいが、先ずはネフェリの心を取り戻す事が肝要だ。

彼女以外の傀儡の解放は取り敢えず後回しにし、彼等は4鐘楼に向かう事にする。

 

「マイスターさん、今まで本当に有難う御座いました。…また何処かで、お会いできますよね?」

 

「ああ勿論だとも。四方世界でも宜しくな、錬金術士ライザリン=シュタウト」

 

 別れ際、マイスターへと礼の述べるライザ。

些か寂し気であったが、再び会える機会は幾らでもある。何せマイスターも四方世界の住民で、比較的自由な異界の往来を可能としている程の腕前だ。

その気になれば彼女の方から、姿を現すだろう。

 

こうして彼等は、セルブスの隠し部屋から4鐘楼へと向かった。

 

彼等が去り、独りセルブスの隠し部屋に残るマイスター。

 

「さて、ラニ様の肉体を完成させねばな」

 

 彼女は、セルブスが設置したと思わし寝台をズラす。

 

「ヤレヤレ、あの男…、精神だけでなく肉体まで弄ぶか…。傀儡の奴隷が傀儡を貪り愛でる…、浅ましさここに極まれり…だな…恥知らずめ…!」

 

 寝台の上に敷かれた乱れたシーツが目に移り、彼女は心底の不快感を露にする。

ズラした寝台の下からは、ほんの僅かに盛り上がる出っ張りが発見された。

だがその出っ張りだが、実はセルブスも気付いていた。

しかし彼が、幾ら出っ張りを踏み付けようとも何の反応を見せる事はなかったため、セルブスは只の出っ張りだと判断してしまったのである。

この出っ張り――。

ただ踏みつけるだけでは何の反応も無いように細工されており、マイスターの持つ護符を張り付け呪文を唱えねば仕掛けを解く事は出来ないのだ。

 

「結構、足跡があるねぇ…。アイツ、散々躍起になって踏み付けたに違いない。ククク…仮面の奥で煮えたぎる表情が目に浮かぶよ」

 

 ほんの小さな出っ張りだが、少し見ない内に数々の足跡が見受けられた。

その事から、セルブスが相当の苛立ちで踏み付け仕掛けを解こうと試みたのが分かる。

あの薄気味悪い仮面の奥の表情を創造しながら、マイスターは護符を出っ張りへと貼り付け呪文を唱えた。

呪文を唱え終え、出っ張りは消え失せ代わりに小さな魔法陣が浮かび上がる。

その魔法陣を踏み付ければ、忽ちマイスターは姿を消した。

このセルブスの隠し部屋には、今や誰一人として居なくなったのである。

 

……

 

灰の剣士たちは馬を駆り、一路、4鐘楼へと向かっていた。

先頭にはオーベックの馬に輝石の貴公子も跨り、皆を先導する。

彼の土地勘のお陰で、難なく4鐘楼へと辿り着き、インプ像の封印を解く為の『魔石剣の鍵』を入手した。

しかし転送門は3つ。対する魔石剣の鍵は1つ。

1つでも封印解除を違えれば、その場で道は閉ざされしまう。

だが、その心配はほぼ皆無といっていい。

3つの転送門の傍には、丁寧に文字で行き先が記されていたのである。

 

「この封印で間違いないです。このインプ像に鍵を差し込んで下さい」

 

 嵐に関係した文面を頼りに、指示を出す輝石の貴公子。

彼の案内に従い、魔石剣の鍵をインプ像へと差し込み封印を解除した。

先ず輝石の貴公子が我先にと霧の壁を潜り抜け、皆も恐る恐る彼の後へと続き霧の壁に身を躍らせる。

 

   ―― 王を待つ礼拝堂 ――

 

霧の壁を抜け目の前に広がる光景は、吹き荒ぶ激しい嵐。

また暴風の音が彼等の耳を激しく打ち、此処がリムグレイブの地である事を認識させられた。

 

「うわ、凄い嵐だね…!」

 

 飛ばされそうになる帽子を必死に抑え、片眼を閉じ耐え忍ぶライザ。

 

「此処だな。ラニの言っていた、例の物が有るというのは」

 

 辺りを見回し褪せ人の記憶を辿る灰の剣士。

然る方角からは、光り輝く黄金樹が視界に映る。

吹き荒ぶ嵐の影響なのか空は灰色で染まり薄暗く、黄金樹の存在感が、より一層際立っている。

 

「しかし目ぼしいものと言えば、あの建物ぐらいだな」

 

 オーベックが指差す方角には、古びた石造りの建造物が目に入る。

ラニの情報によれば、この地にネフェリの誇りを取り戻すカギが眠っているとの事だが、その建物を基準に探してみるしか手立てはないようだ。

皆は周囲を警戒しつつ進み、広場へと差し掛かる。

 

「皆さん、アレを――」

 

 怪しいソウルを感知したかと思えば、突如として宙から降り立つ異形の怪物――。

剣の乙女の言葉と共に皆が一斉に意識を傾ければ、其処には見覚えのある『接ぎ木の貴公子』が待ち構えていた。

 

「うわ、ハリ君に似ているけど、ちょっと違うね…!」

 

「…僕より以前に、ゴドリック様から接ぎ木の儀式を受けた者たち…いえ、あの御方の親族方ですよ」

 

 見れば見る程、輝石の貴公子の接ぎ木形態時に似ていた。

ライザのみならず、全員が『接ぎ木の貴公子』へと意識を向けている。

また眼前の敵の素性を説明する、輝石の貴公子。

此処に居るのは一体のみだが、『接ぎ木の貴公子』は複数に上りゴドリックの活動に手を貸していた。

その顔立ちも何処となくゴドリックの面影を彷彿とさせ、多数の腕と足を生やす不気味な身体に美しい少年の顔立ちという何とも歪な姿形をとっている。

老醜と比喩させるゴドリックだが、若りし彼は相当に美しい容姿を誇っていたのだろう。

 

「――GYOEEAAA…!!!」

 

 だが輝石の貴公子と違う点があり、接ぎ木の貴公子は全く理性の欠片も無く雄叫びを上げながら此方に迫り掛かろうとしていた。

当時、ストームヴィル城で遭遇した輝石の貴公子だが、少なくとも自我と理性を保ち灰の剣士(褪せ人)とは意思疎通さえ可能であった。

ここだけは決定的な違いといえる。

 

「此処は僕に任せて下さい…!一人でやります…!…うぐぉおぁああぁぁッ…!!」

 

 迫り来る接ぎ木の貴公子に対し、すぐさま衣服を脱ぎ捨て接ぎ木形態へと変身を遂げた輝石の貴公子。

一人で対峙する事を決め、灰の剣士たち下がらせた。

 

――もうゴドリック様は居ない、好い加減、この人達を解放させてあげないと。

 

もはや自我も無く理性すら崩壊させ、唯々本能と刷り込まれた命令に従い徘徊するだけの憐れな少年たち――。

ゴドリックの血を引き継ぐ若者たちが心を壊し、赤の他人である輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)が何故か人の心を取り戻したという皮肉。

出来る事なら生かす方向で救ってやりたいが、事情も違い方法もない以上、絶命させる事で(しがらみ)から解き放つしかない。

 

輝石の貴公子は、インベントリから3本の杖を取り出し『結晶連弾』で弾幕を張る。

一人が発する『結晶連弾』でも濃密な弾幕を生成するが、それが3人分で迫り来るのだ。

魔力を帯びた礫が雪崩のように飛び交い、接ぎ木の貴公子へと殺到する。

その弾幕は、敵の手にする武器と大盾を中心に激突した。

あり得ない位の弾丸の嵐は、接ぎ木の貴公子の武器と大盾を全て弾き飛ばし無装備状態へと追いやる。

完全な丸腰状態に追い詰められた接ぎ木の貴公子は、奇声を上げながら輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)へと突進した。

何か策があるかのような動きが予想されたが、所詮は理性を崩壊させた只の怪物。

自暴自棄の無策な突撃に過ぎず、輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)も武器をインベントリへと収納し敵の手足を全て掴み取った。

 

「――そうりゃアッ…!」

 

 そして透かさず宙高く跳躍し、空中から接ぎ木の貴公子を断崖の底へと投げ落とし落下死させる。

 

   ―― ENEMY FELLED(敵討伐セリ) ――

 

いともアッサリと『接ぎ木の貴公子』を葬り去った輝石の貴公子(現・接ぎ木形態)

 

「…フゥ…」

 

 奈落の彼方へと消えた嘗ての同胞は、もう復活する事もない。

底の見えない断崖を一瞥した彼は、変身を解き元の人型へと戻る。

 

「随分とアッサリ仕留めてしまったな」

 

 もう少し接戦するものかと想像していたオーベック。接ぎ木の貴公子VS輝石の貴公子という少し珍しい戦いに、不謹慎ながら好奇心を揺さ振られてもいた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。…さ、次に行きましょう」

 

 何とも軽く受け流し、輝石の貴公子はインベントリへと仕舞った衣服を取り出し再び身に付ける。

吹き荒ぶ嵐は思いのほか冷たく、衣服の無い人型形態では少々凍えてしまうのだ。

また彼は、接ぎ木の貴公子が遺した『獣紋の黄金盾』と『儀仗の直剣』も拾い上げ、自らの装備品とした。

接ぎ木の貴公子を退けた彼等は、そのまま進行を続け古びた建物へと侵入する。

褪せ人の記憶を辿る灰の剣士(現・褪せ人)は、脇道の階段を上り通路へと差し掛かった。

その通路奥には、宝箱が置かれており中から『嵐鷹の古王』を入手する。

それは遺灰だが、気高い鷹のソウルが宿っている。

手にすれば、脳内に嵐を宿す鷹のソウルが伝達され姿が目に浮かんだ。

これをネフェリへと手渡した灰の剣士(現・褪せ人)

 

「……古い、嵐の匂いがするのだな。ありがとう」

 

 手に取ったネフェリは、それを暫く見つめ目を閉じていた。

 

「あ…ネフェリさん…?」

 

 だが何を思ったのか彼女は遺灰を手にしたまま屋外へと出てしまい、ライザが声をかけ追い駆ける。

ネフェリは遺灰を手にしたまま、吹き荒ぶ嵐に身を任せている。

 

「…私は、ローデリカとは違う。霊を視ることも、感じることもできぬ。それでも、この遺灰は…最初の鷹を思い出す。ありがとう」

 

 ライザに続き皆もネフェリを追えば、彼女の表情から幾許かの心が見て取れた。

まだ完全ではないようだが、彼女は心と誇りを取り戻しつつあった。

確かに彼女は『調霊師ローデリカ』の様に霊を視る事は疎か感じ取る事も出来ない。

だが遺灰の宿る高潔な嵐は、彼女の淀みを吹き飛ばさんとしている。

いや、今も淀んだ失意を吹き飛ばし続けていた。

時間を追う毎に、彼女の全身から高潔さが蘇ろうとしていたのである。

 

「ああ…なんという高潔な匂いと嵐なのだろう…。これぞ王たる者の所以よ」

 

 こうして暫く嵐に身を任せていた彼女だが、やがて掌を天に掲げ遺灰が風に煽られ瞬時に舞い散った。

暴風とまでいかずとも強風には違いない。

気が付けば彼女の手には、もう何も残ってはいない。

 

「…お前達、本当に世話を掛けたな。だがもう大丈夫だ。あの遺灰に宿る誇り高き魂と匂いが、私の迷いを完全に吹き飛ばしてくれたよ」

 

 空に消えた遺灰を見届けたネフェリは、ゆっくりと彼等へと向き直る。

その両の瞳には、確かな感情と心が舞い戻っていた。

 

「ネフェリ…ネフェリ・ルー…、貴公は…誇り高き、戦士だ…!」

 

 そんな彼女に歩み寄る灰の剣士(現・褪せ人)は、深く頷き彼女を戦士と称える。

 

「…私の中で決心がつくまで、暫く同行させて貰えないだろうか?まだ、少し戸惑いもあってな…情けない事に」

「…私は構わないが…、皆はどうか?」

 

 ネフェリ・ルーは再び戦士の誇りを取り戻したが、まだ完全とは言い難く言わば病み上がりも同然。

今はまだ、どう動いていいかも分からず彷徨う事しか出来ない状態だ。

そこで灰の剣士たちに同行したいとの要望を伝えた。

彼女の求めに反対する気はないが、他の皆はどうなのだろう。

一応、皆の意見を確かめてみたが誰もネフェリの同行を拒む者は居ない。

 

「宜しくね、ネフェリさん。あたしライザリン=シュタウト」

「俺は、アストラのソラール。太陽を賛美する者だ、ウワハハハ…!」

「私はカタリナのジークバルド、酒と謳歌をこよなく愛する者よ。貴公とも杯を交わしたい者だな」

 

「暫く見ない間に、大勢引き連れるようになったのだな」

 

「これからケイリッドの戦祭りに参加する予定だ。もっと賑やかになるかもな」

 

「ふ…、少し…心が躍る」

 

 ライザを始めとし、他の者たちが挙って自己紹介を始めネフェリも改めて己が名を名乗る。

そして、エルデンリングの崩壊した狭間の地でありながら、複数人を引き連れている状況に彼女は僅かに笑みを浮かべた。

対する灰の剣士(現・褪せ人)は、ケイリッドの戦祭りの事に言及した。

若き女性の身だがネフェリ・ルーは、誇り高き戦士の一員。

戦祭りと聞き、早くも闘争心を募らせつつあった。

 

こうしてネフェリ・ルーの件は、取り敢えずだが落着した。

もう此処に用はない。

灰の剣士たちは、もう一度転移でスリーシスターズへと戻る。

まだ、セルブスの犠牲となった傀儡たちが残っているのだ。

出来得る限り、彼等も開放してやりたかったのである。

 

スリーシスターズに戻った彼等は、直ぐにセルブスの隠し部屋へと向かう。

 

見るからに聖職者、しかも今、剣の乙女が着ている指巫女と同じ服装だ。

つまり彼女は、褪せ人を導く『指巫女』という事になる。

しかし旅を続けども続けども、一向に褪せ人と出会う気配はなく狭間の地を彷徨い続け、疲れ果てた終着点がセルブスの傀儡であった。

 

アテも無く導くべき褪せ人を探し続けていた彼女の名は『指巫女サロリナ』という。

 

此処に居る、灰の剣士(現・褪せ人)も巫女なしの身だ。

しかし、サロリナが探し求めていた褪せ人ではないのは彼女自身がよく分かっていた。

 

「ああ…、やはり祝福は、我が褪せ人に導いてくれないのですね…」

 

 傀儡から解放されたとて、彼女の心が晴れやかに至る事はなかった。

出会うべき褪せ人と巡り合えぬ境遇に、サロリナは落胆の声を漏らし打ちひしがれる。

そんな彼女に声をかけたのは、剣の乙女。

 

「サロリナさん、もし宜しければ私たちと共に来ませんか?」

 

 片や四方世界の大司教、片や狭間の地の指巫女――。

立場や役割は違えど、神と信仰に身を捧げる聖職者。

同じ聖職者として放置は出来なかったのだろう。

寄る辺を喪失していたサロリナにとって、剣の乙女の声は導きにも等しかった。

恐らく、数日の付き合いで終わるだろう。

だが、サロリナは彼女の誘いに感銘を受け同行する意向を固める。

 

そしてもう一人――。

 

彼女の名は『眠りのドローレス』という弓使いだ。

星光の精薬を振り掛け、彼女の傀儡化を解く。

男装の麗人を地で行く様な出で立ちに弓を携え、高貴な気配を滲ませていた。

聞けば彼女、何とあの百智卿ギデオンの旧知の仲であるというのだ。

その事を知ったネフェリは大層驚き、ドローレスの事はギデオンからは聞かされていなかった。

つまりネフェリがギデオンの養子になる以前に、ドローレスは傀儡化されていたという事になる。

ネフェリは、これまでの経緯を彼女に話す。

 

ギデオンの冷徹な本性を。

 

「ああ、その事だな。私も危惧していたよ。それ故、彼との旧友でもあるセルブスに知識を借りに来たのだが、謀られてこのザマさ…ハハハ…」

 

 どうやらドローレスの方がギデオンとの付き合いは長いらしく、彼の本性には気付いていた。

そして彼女自身もギデオンの所業には心を痛めており、思い悩んだ末セルブスへと助言を求め来訪した。

だが結果的に奸計に嵌り、長年セルブスの玩具として弄ばれていたという事だ。

 

「私は、この者たちと行動を共にする事にした。気持ちの整理を付ける為にも。貴女はどうする、眠りのドローレス殿?」

 

「…そう…だな…。私も共にさせて構わないだろうか?いま、円卓に戻るのは少し厳しい…心情的にな」

 

「承知した。短い付き合いになるかも知れないが、宜しく頼む。眠りの…ドローレス…だったか?」

 

 こうしてセルブスの傀儡に囚われていた女性、眠りのドローレスも灰の剣士たちに加わる事となる。

 

この隠し部屋には他にも傀儡化された者が残っていたが、粉末の効果がみられない者たちが複数に上った。

傀儡ではないのだろうか?

だがこの精薬とて限りがある。無駄遣いは出来ず、諦めるしかない。

彼等は、セルブスの隠し部屋を去り、今度はピディの居たカーリア城館の倉庫へと向かった。

そこにも傀儡化の犠牲者たちは残っているのだ。

 

カーリア城館の倉庫へと辿り着いた彼等は、残りの傀儡たちに精薬の粉末を振り掛ける。

この傀儡たちは、元・カッコウ騎士団の装備を纏い若い女性である事が判明していた。

セルブスの…いや、ピディの性癖が如実に表れた結果と言えよう。

傀儡化から解き放たれた彼女たち――。

しかし彼女たちは、あの悪名高いカッコウ騎士団の所属――。

略奪と戦争の自由を与えられ、あまつさえレアルカリア学院と結託しカーリア王家の打倒まで企てた集団だ。

傀儡化に貶められた境遇には同情の余地はあれど、やはり好感情を向ける事は出来なかった灰の剣士たち。

 

「…誤解しないで頂きたい…。カッコウ騎士団の全てが、略奪集団ではない」

 

 彼女たちは必死に弁解した。

確かにカッコウ騎士団の悪行の数々は、彼女たちとて認知はしている。

しかし彼女達の部隊は、一度たりともその様な悪行には加担していなかった。

学院からの命令もあり、仕方なくカーリア城館の襲撃には参加したものの結局は虜囚となり、果てに非検体としてセルブスに献上され今に至ったという訳だ。

 

カッコウ騎士団の本来成すべき使命――。

 

それは『輝石の魔術師の肉体を見守る』事にある。

 

略奪や戦争の自由を学院より与えられたからとて、己の我欲に従い奔走するのは軍人たるを貶めるに等しい蛮行である。

大多数は愚行に奔ったが、彼女達の様な真っ当な部隊も一部では存在していたのも事実だ。

四方世界の奇跡、看破(センスライ)を使うまでもない。

彼女達の必死の弁解と目力からは、真実であると確信した剣の乙女。

彼女たちは真面な兵士という事が判明する。

それは認めてもいいが、既に名立たるカッコウ騎士団は壊滅に近い状態だ。

身を寄せるアテもない彼女達も、灰の剣士たちへと同行する事にした。

 

こうして、セルブスの傀儡化から救う事の出来た一部の人々。

この者たちの未来など保障のしようもないが、とにかく今は同行させる事で目的を持たせる事も出来る。

彼等は、リエーニエの各地で馬を搔き集め彼女達の分を確保した。

これで次に向かうべき足も手に入り、次の目的地をケイリッドに定めた。

 

数日前に灰の剣士たちの一部は、ケイリッドに下見と探索を兼ね『赤獅子城』の近域まで足を運んでいた。

その付近には幸いな事に祝福が設けられており、転移で一気に道中を短縮する事も出来る。

これなら直ぐにでも戦祭りに参加する事が叶うだろう。

だが、大半のメンバーは通常移動で目的地へ向かう事を希望。しかし危険と感じた場合、即座に転移での移動という方針で、行動を開始する事にした。

 

思えば、ほんの数日間探索した馴染み深いリエーニエの景観。それを懐かしむように東進を開始する灰の剣士たち。

そこで不可解な光景を目にした。

 

「…あれはカッコウ騎士団の生き残り…、東…リムグレイブに向かっている?」

 

 彼等の目には、東へと向かっているカッコウ騎士団が映っていた。

存党の様だが、また略奪行為に手を染めようというのか?

そういう先入観が先走るのも無理からぬ道理だ。

しかし彼等の行軍には些かの違和感が拭えない。

妙に統率のとれた一糸乱れぬ陣形で、一路東へと進路を取っている。

どうにも略奪特有の荒々しい気配は微塵にも感じられないのだ。

 

「リムグレイブ…ストームヴィル城への侵攻…には見えないな…」

 

「あの者たちも、ケイリッドへ向かっているのでは?」

 

 目に映るカッコウ騎士団の行動を探ってみた灰の剣士(現・褪せ人)。ゴドリックという城主を失った城を襲撃するなら、確かに今以上の機はないだろう。

だが襲撃するにしては、少々戦力が足りないように思える。東進しているカッコウ騎士団の規模だが、精々が1分隊程度――30前後だ。

いくら統制の喪ったストームヴィル城を襲撃するにしても、あちらは今も100以上の兵力が残留している。

真面にぶつかり合えば、圧し潰されるだけだ。それに地域や所属は違えど、同じ君主連合側には変わりない。

金剛石の騎士が言う様に、彼等もケイリッドの戦祭り参加の為、東進していると勘繰るのが妥当だろう。

数日前、2度目のアルター高原探索で目撃した、あのローデイル部隊と同じく――。

(本編前夜編 第147話参照)

 

敢えて彼等を追う必要はない。

リエーニエとリムグレイブを繋ぐ巨大大橋は既に崩壊し真面な行軍では辿り着けない筈だが、あのカッコウ騎士団がどの様な方法でケイリッドまで向かおうというのか。

多少は気になるが、その件は灰の剣士たちが関与する事ではない。

このまま彼らも通常移動で、ストームヴィル城を経由しリムグレイブに出るという方法も考えられたが、余計な戦闘に巻き込まれるだけなのが目に見えていた。

不必要な消耗など侵す理由はない。

ここいらでリエーニエには別れを告げ、灰の剣士たちは転移でリムグレイブへと移動する。

 

――我が故郷、そしてトープス先生…、行って参ります。

 

転移の際、輝石の貴公子は心の中で故郷とトープスに別れの言葉を告げた。

 

   ―― リムグレイブ・関門前の廃墟 ――

 

一度、此処には訪れた記憶がある。

灰の剣士たちは、この廃墟前の祝福へと辿り着いていた。

だが此処でも不可解な光景を目にする事となる。

 

リムグレイブ部隊も、東へと行軍を執っていたのである。

恐らく行く先は、ケイリッドである可能性が高い。

 

「ねぇ、理性を保ってる人…意外と多くない?」

 

 ここで疑念を掲げるライザ。

目にする者の大半が正気を失い、武器を振り翳し襲い掛かる世界――。それが今の狭間の地での常識だ。

その事に関しては、ライザも連日のように体感し順応を見せている。

しかしこの光景を目にすれば、今までの常識が覆されても不思議ではなかった。

向こうとて、此方の存在には気付いている筈なのだ。

現にこちらへと視線を傾けている兵士も幾人は散見された。今までの経験上、攻撃を仕掛けてきても不思議ではない流れだというのに一向に仕掛けてくる気配もない。

 

「…若しかしたら、敢えて正気を失った振りで紛れ込んでいたのかも知れませんね」

 

 東進するリムグレイブ部隊を視界に納めながら、輝石の貴公子は憶測を立てている。

下手に理性を翳し振舞えば、自分が襲われかねない程に狂った世界が、今の狭間の地だ。

ならば敢えて正気を失った彼等に紛れ込み潜伏する事で、自らの安全を可能な限り図った。

そして時が来た事で行動を起こした――。ただそれだけの事なのだろう。

 

「戦祭り…かなりの盛況が期待できるかもな」

 

 尚も行軍するリムグレイブ部隊を見ながら、ソラールはケイリッドの戦祭りに言及する。

言葉の端からは期待感が読み取れたが、兜奥で浮かべる彼の表情は笑顔ではなく神妙な顔つきだったいう。

リムグレイブ部隊を刺激しない様、一定の距離を保ちながら後へと続く灰の剣士たち。

しかし此処でライザが、()()()を思い出した。

 

「ねぇ今更だけど、あの獣人…じゃなくて亜人の子、ボックってどうなったんだろうね?」

 

「そう言えば…例の『海岸の洞窟』に行くって、行ったきりでしたね」

 

「まだ時間はある。遅れる様であれば、今度こそ転移で一気飛びすればいいだけだ。少し寄り道してみるか」

 

 このリムグレイブ探索中に遭遇した、亜人のボックという人物を思い出した。

突如、ライザが急に思い出した事で、輝石の貴公子も例の亜人の記憶を呼び覚ます。

確か、大切な物を取り返す意気込みを見せており単身『海岸の洞窟』へと向かったきり、一行とは別れたままだ。

また彼の身を案じ、幾つかの装備や持ち物を譲った事もある灰の剣士(現褪せ人)

多少の寄り道になるが、まだ時間的猶予も有りいざとなれば転移で瞬間移動(ショートカット)すればいいだけだ。

寄り道する事に関して特に反対意見も無く、灰の剣士たちは『海岸の洞窟』へと進路を変更する。

 

亜人ボックとの再会はアッサリと叶った。

 

但し彼は瀕死の重傷を負い、今にも息絶えんとしている。

再会の叶った場所だが、実は『海岸の洞窟』に到着する前の()()でだ。

荒れた波が打ち寄せる砂浜にて、ボックは瀕死の身体を引き摺りながら手には大き目の鞄を掴んでいた。

だが悲観する事はない。

此方には治癒の術は豊富に揃っているのだ。

回復の奇跡と緋雫の聖灰瓶で、亜人ボックの傷はみるみる間に癒され全快する。

 

どうやら彼は、自力で亜人のボスを打ち負かし大事な裁縫道具を取り返していた。

大事にしていた母の形見である、裁縫道具。

これを取り戻す事が、亜人ボックの目的だった。

灰の剣士たちが命懸けで大ルーンを手にしている間、亜人ボックも過酷な戦いに身を投じ見事目的を果たしていたのである。

 

「へへへ、オイラ、遂にやったんだ…!大事な物を取り戻せたのも、全部アンタ達のお陰だよ…!」

 

 ボックは満面の笑みを浮かべている。自らを醜いと称していたが、正直な所あの小鬼(ゴブリン)よりは遥かに映える顔付きだ。

男から見ても中々に愛嬌のある顔付きだと、灰の剣士(現・褪せ人)は内心そんな感想を抱いていた。

亜人ボックの防具と剣は、かなりボロボロだ。

その事からも、激しい戦いであった事が読み取れた。

 

「君は、誇り高い戦士なのだな。このネフェリ・ルー、感服した」

 

 ボックの装備品の荒れ具合を読み取り、ネフェリは彼を称賛する。

 

「へへへ、やだなぁ…!素直に褒められると、オイラ照れちまうよ…!」

 

 すっかり傷の全快したボックは、照れくさそうに頭をボリボリと掻く。

しかし問題は、これからどうするかだ。

取り敢えずの目的を達成できた亜人ボック。

彼は『お針子』になるという夢を抱いていたが、灰の剣士たちに何か礼が出来ないものかと真剣に思い悩んでもいた。

別に見返りなど求めてはいないが、行くアテがないのなら行動を共にしてはどうかを提案してみる。

このまま彼を単身で放置させるのは、どうにも忍びない。

せめて別れの時が来るまで、彼も仲間として一党に加えるのも一興であろう。

 

「え、良いんですかい?オイラ、喜んでお供しますよ…!」

 

 その案を受けたボックは大層喜び、一も二もなく飛びついた。

多少の寄り道だが、亜人ボックを引き連れた彼等は再びケイリッドを目指す。

海岸の洞窟の先には『竜贄の教会』に辿り着くという話だが、もうドラゴン・ハーティドには見切りを付けている。

彼等は、そのままケイリッドへと向かった。

 

リムグレイブの最東端に差し掛かり、徐々に荒れ果てた景色に置き換わろうとしていた。

周囲の草木も次第に数を減らし、枯れ木や草が目立つようになる。

同時に空模様も怪しくなり始めていた。元々、青空とは無縁な狭間の地だが、この地域では灰色と赤い空が入り交ざる様に変容していたのである。

 

「うわ、何か雲行きが妖しくなってきたね」

 

 馬背の上でライザは空を見上げ呟いている。

 

「もう直ぐケイリッドだ。今までの荒れ具合とは比較にならんし、ある意味でローデイルよりも危険地帯だ。極力街道からは外れず、真っ直ぐに行軍するぞ」

 

 ここはリムグレイブとケイリッドの境目付近。

既に景色も空模様も変わり始め、不穏な空気に包まれている。

灰の剣士たちは以前にもケイリッドを訪れた事があり、その恐ろしさは身を以て知る事ができた。

中でも悪名高い『赤い腐敗』を体感したソラールは、思い出すだけでも悪寒が奔る程だ。

既にある程度の探索は終え、珍しいアイテムや魔術の入手は済ませていた。

下手な寄り道など、自殺行為にも等しい愚行。

灰の剣士(現・褪せ人)の意向で、極力寄り道はしない方向で話は決まる。

 

「あの建物…廃教会でしょうか…?燻ぶっていますね…」

 

 ジークバルドの駆る馬背に跨るカッコウ女兵士の一人が、赤熱化した廃教会の壁面を目にした。

 

「うむ。我々も珍しいと思い、立ち寄ってみたのだが――」

 

 数日前に実施した、当時の探索劇を振り返るジークバルド。

人の住むに適していないように思われた廃教会だが、名を『燻ぶりの教会』と呼ぶらしい。

信じられない事に、中には一人の女が身を潜めていたのである。

聞けば彼女は指巫女である事を明かし、導くべき自身の褪せ人先立たれてしまったのだと語った。

もう使命を絶たれてしまった彼女は、せめて後に続く褪せ人にナニカを施そうと『燻ぶりの教会』身を寄せていたというのだ。

献身的に振舞おうと努める彼女だが、相手はソウルの感知に長けた灰の剣士たち。

彼等は瞬時に彼女の正体を見破り、思惑に引っ掛かった振りをしながらワザと隙を曝け出した。

案の定、彼女は巨大な鉈を振り翳し襲い掛かる。

彼女は『褪せ人食いのアナスタシア』といい、指巫女の振りをしながら油断を誘い褪せ人たちを殺害し食する狂人だった。

また燻ぶりの教会内部には、不自然な程に人骨も散見され疑うには十分すぎるほどの材料も揃っていた。

狂人に相応しい振る舞いだが、灰の剣士たちの敵ではなく難なく撃退が叶う。

しかし彼女は霊体として侵入しており、本体ではなかった。

 

「いやはや、全く人食いには事欠かんよ…!」

 

 兜奥で心底の嘆息を交え、ジークバルドは既に燻ぶりの教会への興味を失っていた。

 

燻ぶりの教会を通り過ぎ、此処を境目に一気に景色が置き換わる。

 

大地は荒れ果てるばかりではなく、其処彼処に異様な植物と生物の融合体のようなナニカが散見された。

得体の知れない不気味な色合いと巨大さを誇る、茸類と思わしき植物…いや生物といった方がいいのか。

嘗ては真っ当な姿であったろう、木々は完全に枯れ果て生前の姿は微塵にも感じさせない。

周囲には辛うじて人工物も見られたが、崩壊の極みに在り生活感は破綻を重ね僅かな名残にしか見えない。

加えてあの赤い水溜りだが、アレが件の『赤い腐敗』の元凶だろうか。

時折り泡立ち、赤い霧が飛散している。

見ただけで危険だと判断せざるを得ない光景だ。

そして空は異様に赤く染まり、終末感を感じさせた。

思い出されるのは、現在の四方世界の『赤黒い空』を連想させる。

だが『赤爛れた陽光』が降り注がないだけマシなのだろうか。

一見『死』そのものを匂わせる光景だが、同時に新たな生命が芽吹いている様にも思わせる、そんな異様で不気味な世界がライザの視界には広まっていた。

 

「……」

 

 言葉もなく圧倒されたライザ。

聞いた通り、リエーニエやアルター高原の比ではない荒れようだ。

似たような体験なら、クーケン島でのオーレン族の異界でも近似的な世界を渡り歩いている。

あの世界でも確かに荒れ果ててはいたが、このケイリッドを見続ければ意識が遠のくかのような感覚に見舞われた。

 

「リムグレイブが…、凄く平和に見えるね…」

 

 辛うじて声を絞り出せたのは奇跡という他ない。

この行動のお陰でライザは、遠のく意識を何とか繋ぎ止める事ができた。

 

「ああ全くだ。最初ここに来たときは、度肝を抜かれたよ」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)も言葉を返し、当時の記憶を語る。

やはり初見では、彼等も呆気にとられたものだ。

よもやここまで異様な崩壊を遂げていようとは――。

灰の剣士を始めとしたソラールやジークバルドは、あの火の陰った世界で生きてきた。

その世界も命が終わる寸前ではあったが、このケイリッドは、まるで方向性の違う崩壊ぶりを見せているのだ。

この様な光景を見せつけられては、エルデンリングの修復など絶望的ではないかと思わざるを得ない程に、絶望感が漂っている。

しかし、その様な環境下にあって尚、この地を治めていた将軍ラダーンの部下達『赤獅子軍』は正気を失いながらも、赤い腐敗を押しとどめる為に火を放ち抵抗を続けているのだという。

つまりこの環境下だが、実は完全に赤い腐敗には侵されていないというのだ。

 

「聞いた事がある。赤い腐敗に対抗するには、『火』、『乾燥』、『流水』、『青き毒』…などが挙げられると――」

 

 別の馬に騎乗する眠りのドローレスが、赤い腐敗の対抗策について口にする。

彼女の話では、赤い腐敗に抗する術が既に幾つか発見されているのだという。

 

火と乾燥は、既に用いられている。赤獅子軍によって――。

 

彼女の語る『流水』とは、流れる淀みない水の事だろうか?

確かに赤い腐敗に塗れた水は、流れが無く淀んだ場所に限定されている様にも思える。

それにケイリッドを取り囲む『海』までは、不思議と赤い腐敗に塗れてはいなかった。

つまり流れを熾す事で、赤い腐敗は自然に治癒されるのかも知れない。

 

では『青き毒』とは何か?

それはオーベックが明かしてくれた。

ズバリ『青カビ』の事だというのだ。

青カビには抗生物質の一種である『ペニシリン』が含まれているのだという。

この狭間の地でも『毒カビキノコ』が存在し、それは赤い腐敗に耐性を持つというのだ。

 

対策法が無い様に思われた赤い腐敗だが、実は幾つかの対処法が存在すること知り妙な希望感を抱く事ができた。

だが四方世界に帰還すれば、赤い腐敗とは別の問題が山積みだ。

この狭間の地に人々には申し訳ないが、とても赤い腐敗の解決にまでは手が回らない。

この件に関しては、狭間の後の住民に奮起してもらうしかなかい。

 

灰の剣士たちは更に馬を走らせ、赤獅子城をひたすら目指した。

 

魔術街『サリア』に興味を抱いたオーベックと輝石の貴公子。

思った通りの反応だが、ここは夜の魔術と重力魔術を記した書物で辛抱してもらうしかない。

彼等は更に馬を進め、途中で巨大な黒犬やカラスの襲撃をも退け『赤獅子城』の手前まで到着した。

 

赤獅子城の手前には、頑丈な『不落の大橋』が掛けられている。

以前、此処に訪れた時は、多数の赤獅子軍が魔物相手に戦闘を繰り広げていた。

また方々で火を放っていたが、今は殆ど消え失せ燻ぶっているのみだ。

そして何よりも変化していたのは、不落の大橋前で様々な部隊が集っているという点だ。

 

「驚いたな、これ程の人々が集まるとは…」

 

 その光景に、ソラールは茫然と言葉を失っていた。

先ほどの道中で見かけた、カッコウ騎士団やリムグレイブ軍、ローデイル軍までもが一堂に会していたのである。

全体規模としては一個小隊強(100前後)だが、黄金律の狂った今の狭間の地で、これ程の人々が集まれるのは極めて異例中の異例ではないだろうか?

皆は特に諍いを起こす事もなく、大橋前の赤獅子兵団の審査を受け橋を渡っていた。

今までの出来事からは考えられない光景である。

まるで真っ当なやり取りが、この場では展開されていたのだ。

また話し声からでも、極めて真面な言葉を話している事が聞き取れた。

 

「「「「「……」」」」」

 

この光景に、灰の剣士たちも戸惑いを覚えるしかない。

 

「こんなに大勢の人たちが居たんだね、オイラビックリだよ」

「私もだ。これだけの武人が揃っていながら、何と統率のとれた振る舞いだろうか。正に真っ当な軍そのもの」

「驚くのは、ここまで正気を保った只人が大勢残り集ったという点だ」

「この世界…、まだまだ捨てたものではありませんね」

 

 それぞれが背景も所属先も違う部隊が集い、特に争う事もなく一つの目的地へと向かおうとしている。

行く先は、戦祭りが開催される赤獅子城。

ボック、ネフェリ、金剛石の騎士、サロリナが各自の見解を述べていた。

 

『よぉ、お前らも来たのかい?』

 

 ある意味で異常ともいえる現状に呆けていた彼等だが、突如として若い女の声が投げ掛けられた。

 

「――な…君は…!?」

 

 聞き覚えのある声に反応し振り抜いた輝石の貴公子。

彼の目には見覚えのある、あの『調香娘』が映っていた。

彼女とは以前、一度目のアルター高原来訪で邂逅した経緯がある。

あの時は一色触発の状態だが、辛うじて戦闘は避けられた。

(本編前夜編 第145話参照)

 

「おぅおぅ、人の身体に戻れんるんだな接ぎ木野郎は?」

「…僕の身体の事はどうでもいい。何で君が此処に居る、掟とやらはどうしたんだ?」

 

「そう邪険にすんなよ。仲良くしようぜ、今のアタイは自由なんだからよ」

「ねぇ君、あの故郷で何かあったの?」

 

「…まぁな。とっくの昔に全員壊れててよ、こうして真面なのはアタイ一人だけって訳さ」

 

 ここに辿り着くまでの事柄を簡素にだが語った調香娘。

灰の剣士たちが引き返した直後、とうに正気を失っていた長老たちは彼女へと襲い掛かってきた。

間違いなく彼女は同胞だが、正気を失った長老たちには判断する理性も残っていなかった。

仕方なく自身の身を護る為、彼女は応戦を余儀なくされ返り討ちにする。その後、彼女は故郷に戻りの物資を持ち出し此処に馳せ参じたという訳だ。

輝石の貴公子とライザの質問に、そう答えた調香娘。

過酷な体験をした筈だが、意外と彼女の精神は芯が通っていた。

 

「新鮮な体験てやつだが、ケイリッドで胸クソ悪くなっちまったよ。コイツは想像以上に酷いじゃねぇか」

 

「否定はせぬ。全て赤い腐敗の弊害が招いた惨状らしいからな」

 

 故郷を出た当初、調香娘は生まれた初めて自分の意思でアルター高原を歩き新鮮な体験を堪能していた。

そしてケイリッドの向かうローデイル部隊の跡を付け、旅を続け様々な景色と環境に心を躍らせ感動を覚えた。

たとえ荒れ果てた狭間の地といえども、彼女にとっては神秘に溢れた冒険に違いなかったのだ。

だがそれもケイリッドに差し掛かるまでの話だ。

リムグレイブで、彼女は少し別行動をとり探索を楽しんだ。

もう行き先と方角は判明している為、別行動でも問題ないと判断したためだ。

この地域は自然に溢れ、アルター高原やリエーニエとは別種の魅力に満ちていた。

誰の視線にも晒されていなかったが、その時の彼女は年相応の少女として(はしゃ)いでいたという。

ローデイル部隊と離れ単身ケイリッドの地を踏み入れた彼女は、少々後悔した。

其処彼処に溢れる魑魅魍魎(ちみもうりょう)に、土地そのものが腐敗に塗れ一歩でも街道を外れれば身に危険が及ぶのだ。

あれほど探索と冒険に魅力を見出していた彼女の価値観は、このケイリッドで一変したのである。

何とか命からがら逃げ伸び、やっとの事で此処まで辿り着く事ができた。

 

「赤い腐敗…助けられなかった奴もいたなぁ…、ケッ…何が調香師だ…!アタイはクソだッ…!」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)から赤い腐敗について聞かされ、彼女は道中を思い返す。

彼女自身、赤い腐敗には感染していないが、戦祭りを目指していた何処かの兵士が犠牲となるのを目の当たりにし、ただ傍観するしか出来なかった彼女は己の無力を恥じる。

 

――この子、凄く優しい子なのかも知れないね。

 

犠牲者を悼む調香娘の様子に、ライザは彼女の本質を垣間見た気がした。

 

彼等の間で会話が暫く続くも、ブライヴとアレキサンダーの姿は発見できなかった。

赤獅子城に居るのだろうか?

 

『次、…お前達で最後だ…!』

 

 気が付けば、この場に残されていたのは灰の剣士たちだけとなる。

大橋前の赤獅子兵団に呼ばれ、灰の剣士たちは彼等の前に出る。

 

「お前達もラダーン祭りに参加するのだな?」

 

「そうとも。デミゴッド最強と名高いラダーン将軍を弔うためにも、この戦祭りに備えてきた」

 

 やはり理性を保っているとしか思えない、赤獅子兵団たちの振る舞い。

特に武器を振り翳す訳でもなく、真っ当に応じてくれた。

 

「…少し変わった格好だが、まぁいい。褪せ人は外からやって来るそうだからな。それに半獣人や壷戦士まで参加しているときたもんだ。精々武勇を振るい、ラダーン将軍を見送ってくれ…!」

 

 彼等の出で立ちに少し首をかしげる兵士長らしき男。

また彼の言葉から、ブライヴやアレキサンダーらしき人物について言及された。

つまりあの二人は、既に赤獅子城に辿り着いているという事になる。

 

「よし、もう間もなく戦祭りが開催される。これで受け付けは終わりだ、一世一代のラダーン祭り、存分に戦い武人として彼の者を称えようぞッ!!」

 

「「「「「「――おおぉォぅッ…!!」」」」」」

 

どうやら灰の剣士たちを最後に、受け付けは切り上げる事を告げられた。

またこの赤獅子兵団も、戦祭りに参加する積りらしく兵士長は声高々に叫んだ。

そして彼に呼応する赤獅子の兵達。

 

「早く行くといい。大橋を封鎖するのでな」

 

 兵士長に急かされ、灰の剣士たちは急いで大橋を渡り切り赤獅子城を目指した。

小高い丘の上を登り、格子状の主門を潜り抜け、彼等はとうとう赤獅子城に辿り着く。

 

……

 

   ―― 赤獅子城 ――

 

最奥の広場には、大勢の人々が詰め掛けている。

本来なら相当の広さを誇る城内だが、多くの人々が集い狭い事この上ない。

見覚えのある君主連合軍残党やローデイル部隊の他に、他地域から馳せ参じたと思わしき褪せ人たちも参加する積りの様だ。

その人ごみの中に、彼らとの再会を果たす。

 

「ああ、お前か。待っていたぞ。役者も揃っているようだ。ラダーン祭り、存分に挑ませてもらうとしよう。だが、お前、死ぬなよ。ラニのためにも」

 

 そこに居たのは半狼のブライヴ。

彼は無事、赤獅子城に辿り着いていた。尤も彼ほどの実力者なら、独力で辿り着けても何ら不思議ではない。

 

「ブライヴさん、数日ぶり♪」

 

「錬金術士の少女…確かライザといったか。相変わらず快活な事で、僥倖よ。だが命を粗末にはするな。祭りとはいえ、戦である以上、命のやり取りに変わりないのだからな」

 

「うん、分かってる…!ブライヴさんも無理しちゃ駄目だよ?」

 

「ふ…、有情の声援、痛み入る。こうして…また、共に戦うことになるとはな。フフッ、悪くないな」

 

 ブライヴとの再会にライザが声を掛け、彼との談笑に勤しんだ。

互いに変わりなくといった具合で、これから行われる戦祭りに更なる身を引き締める。

またブライヴは、再びの共闘に気を高揚させていた。

 

「おお、貴公、やはりきたのだな!嬉しいぞ。俺の見込んだとおりだ。それに、貴公聞いているか?この戦祭りが、誰をおくるものなのか。…かの戦神、将軍ラダーンというではないか。まさか、デミゴッド…そして破砕戦争最大の英雄と見えることができるとは――」

 

 そしてもう一人の戦友、壷戦士のアレキサンダーも辿り着いていた。

灰の剣士たちの姿を確かめ、彼は盛大に迎え入れる。

 

「武者震いかな、アレキサンダー殿?」

 

「おお、ジークバルド殿…。俺は震えているんだ。恐ろしいのさ…、だがこの戦慄こそ、挑むべき試練の証…!…貴公も、見ていてくれよ!鉄拳アレキサンダー、決して臆さず、勇ましく戦い抜くと誓おう…!」

 

「その意気こそ、戦士の誉よの…!アレキサンダー殿…!」

 

「ははッ…!ジークバルド殿が居れば心強い事この上ないな…、ウワッハッハ…!」

 

 アレキサンダーは、少し怖じ気付いている様だ。

相手が、破砕戦争の英雄にしてデミゴッド最強と謳われし『将軍ラダーン』と戦うのだ。

将軍ラダーン、別名『星砕きのラダーン』と呼ばれている大英傑。

嘗て重力魔法を学び、その卓越した武力と魔力で飛来する星を砕き、現在正気を失ってなお魔力を割き隕石を食い留めているというのだ。

天体を動かす程の力を有したデミゴッド、星砕きのラダーン。

身を震わせていたのはアレキアンダーだけではない。

此処に集った大勢の人々が、将軍ラダーンとの戦いを前に様々な思惑を交差させていたのである。

だがジークバルドの発破に、幾許かの奮起を盛り返すアレキサンダー。

懐かしい面々との再会も叶い、狭間の地に在りながら和気あいあいと交流を楽しむ灰の剣士たち。

しかし、この赤獅子城にて、意外な顔馴染みと再会した。

 

「さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!フーテンパッチの露天商、ケイリッド支店へようこそ…!…過酷な戦祭りの前に、ちょっとした景気づけにどうだい!?」

 

「フーテンのパッチ…!?こんな所で何をッ…!?」

 

 なんとフーテンのパッチまでもが、この赤獅子城まで訪れており露店を営んでいた。

犇めき合う人々のお陰で、狭苦しい広場で彼は店を開いていたのである。

これには流石に灰の剣士(現・褪せ人)も驚き、彼に詰め寄った。

 

「へへ、少しぶりだねぇ、褪せ人のダンナと諸君…!ちょっと見ない間に、妙な連中が増えやがったなぁ…。まぁいいや。これだけ大勢の人が集まるメェ~ンイベント!今稼がずしていつ稼ぐって話さ…!…どうだい!?戦まえに、酒にツマミに食料の数々――」

 

 相変わらず何処で仕入れたのか、出所の分からない商品が乱雑にカウンターの上に並べ立てられていた。

また以外にも需要を満たしていたのか、売れ行きも好調ですでに大半の商品が売れ切れている。

いま残っている商品も一通り揃ってはいるものの、種類は少ない。

 

「ふむ、折角だ。酒を幾つか貰おうか」

「おぅ、まいど!」

 

「では俺は、そっちの品を買おう」

「おぅ、お目が高いね」

 

「その果実を頂けますかしら?」

「これはこれは、大司教様。御眼鏡に適い何よりでさぁ」

 

 戦祭りの開催には、幾許かの時間的猶予があった。

意外にも、ジークバルド、オーベック、剣の乙女が、パッチから幾つかの品々を購入した。

こう見えて彼等も逞しいというよりは、この狭間の地の生活に順応しつつあるという事なのだろう。

 

「本当に祭りに相応しい盛り上がりだな」

 

 パッチからの買い物を済ませ、適当な片隅を確保し腰を下ろした灰の剣士たち。

あの狭間の地とは思えない程の賑わいに、ネフェリは若干惚け辺りを見回していた。

 

「黄金律が砕け、正気を失った者ばかりが徘徊する世界…。そう聞いていたのだが、四方世界とそう変わらんな」

 

 金剛石の騎士も周囲に視線を送り、様々な来訪者たちを吟味する。

 

「サロリナさん、お疲れではありませんか?さぁ、この果実で少しでも疲れを癒して下さいませ」

「ああ、何と慈悲深い…。使命を失った私に、ここまで良くして下さるなんて…」

 

 剣の乙女は、旅疲れであろう指巫女サロリナを気遣い、先ほどパッチの店で購入した果実を手渡していた。

 

「これは『トリーナのスイレン』といってな、眠りの効果を司る珍しい花なんだ」

 

「へぇ…初めて見た…。何か、不思議な香りがしますね…ファァ…?」

 

「あんまり吸い過ぎんなよ?人によっちゃあ、直ぐにオネンネしちまうぜ?」

 

 お近づきの印に、眠りのドローレスから『トリーナのスイレン』を手渡され、ライザは珍しそうに凝視しながら香りを嗅いでいた。

だがその花は睡眠効果を有し、早速ライザは眠気に見舞われる。

そんな彼女に警告する調香娘だが、既にライザは、うたた寝状態に入っていた。

 

「ボック、戦祭りの直接参加は控えた方がいい。だが、ただ座して待つのも味気なかろう。これを渡しておこう」

「これは『遠眼鏡』…?いいんですか?」

 

「構わないさ。灰人さんが、そう言うんだから。それで遠くから、僕たちの戦いぶりを見届けてほしいんだ」

「合点承知です…!この亜人ボック、皆の英傑ぶりを確と目に焼き付けます…!」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)は、亜人ボックに遠眼鏡を手渡した。

彼には一応最小限の装備を与えてあったが、直接戦祭りに参加させるのは非常に危険が伴うのを危惧しての措置だ。

また輝石の貴公子も、『遠くから見届けてほしい』との意思を伝え、遠眼鏡を受け取ったボックは勢いよく返答する。

 

『まさか、カッコウ騎士団まで赤獅子城にやって来るとはな。何時もの”しろがね人いびり”と、略奪稼業はどうしたんだ?』

『そういうリムグレイブ軍こそ。城主不在で、この先どう生きて行く気だ?』

『このような形で、再開が叶うとはな。赤獅子軍』

『お前達ローデイル軍の守りは固すぎて、我らの攻めさえ通用しなかった』

 

 灰の剣士たち以外の陣営も、他の場所で各々に酒や食事に舌包みを打ち談笑に華を咲かせ、久方ぶりの生命の営みを楽しんでいた。

その光景は、宛ら繁栄期の様相を飾っており、彼等は敵味方の枠組みを越え只の人として生命を躍動させていたのである。

こうして赤獅子城の広場で戦祭りが開催されるまでの間、皆は暫しの憩いを楽しみ交流を深めた。

その様は、正に祭りに相応しい盛り上がりに相違なかった。

 

暫くの団らんの後、遂に戦祭りの開催が宣告される。

 

『勇者たちよ、よくぞきた!星辰は満ちた、祭りの時間だ!破砕戦争最大のデミゴッド、将軍ラダーンは、今、おぬしらを待っている!勇者たちよ、戦いたまえ!誉れと共に大敵を葬り、大ルーンをその手にするがよい!さあ、戦祭りじゃ!ラダーン祭りじゃ!』

 

 上り階段の際の壇上に立つ一人の老人騎士が、声高らかに張り上げ演説する。

 

最強のデミゴッド将軍ラダーンを討つ、戦祭りが遂に開催されるのだと。

 

『『『『『『――ウゥォオオォォっ……!!!』』』』』』

 

彼の叫びに、広場で、ごった返す戦士たちも一斉に呼応し雄叫びを上げた。

その声量は凄まじく、赤獅子城全域に拡がり僅かに振動する程だ。

 

そして老騎士の宣言と共に戦祭りが開催され、皆が順次、側がわの昇降機へと移動し砂丘へと向かった。

どうやら大海に囲まれた広大な砂丘で、戦いが繰り広げられるという事が判明する。

次々と来訪者たちが昇降機で砂丘へと移動し、いよいよ灰の剣士たちの出番となる。因みに彼等で最後の番だ。

移動する傍ら、あの老騎士から呼び止められた。

 

「ほぅ、誰かと思えば半狼のブライヴではないか。久しいな」

 

「ああ、ご無沙汰している。ジェーレン。この戦祭りが、ラニの運命を動かす」

 

 この老騎士の名はジェーレンである事が、ブライヴの口から明かされた。

 

「――して?この者たちは?」

 

 老騎士ジェーレンとブライヴは、魔女ラニを通じ顔見知りの間柄であるらしく少々の会話が続く。

そして見ない顔ぶれが大勢いる事に、ジェーレンは些かの興味を惹かれたようだ。

ブライヴの面目を立てる意味も踏まえ、灰の剣士たちは簡素に自己を紹介する。

 

「ほう、懐かしい名を聞かせてくれる。お主が、ラニ様の新しい配下というわけか?」

 

 灰の剣士(現・褪せ人)の姿を見たジェーレンは、彼がラニの新たな配下である事に関心を寄せた。

 

「そして、セルブスの傀儡から解放された者たちと外よりの来訪者が多数。いやはや何とも、珍しい事が一度に起こり得るとは、これも星辰の導きによるものかも知れんな」

 

 加えてジェーレン自身、ここまで人が集まるとは予想していなかった。

彼の思惑以上に人が集まり、未だ嘗てないほどの運命の流れを感じずにはいられなかったのだ。

 

「ならば戦祭りの始める前に、お主らには話しておこう。将軍ラダーンは、ずっと、さまよっている。マレニアの朱い腐敗に、体の内から蝕まれ正気を失い、嘗ての敵、そして味方の死体を集め、犬のように喰らい…空に慟哭しているのじゃ…!」

 

 彼等に特別な可能性でも抱いたのだろうか?

ジェーレンは、将軍ラダーンの今について語り始める。

破砕戦争の最終決戦時、将軍ラダーンは赤い腐敗に侵され正気を失った。

彼は『腐敗の女神マレニア』と戦い、あと一歩と言うところで彼女が赤い腐敗を発現させたのである。

その暴走した赤い腐敗を直に受けたラダーンは、脳内まで腐敗し完全に理性を失い今も戦場を彷徨っている。

そして集めた敵や味方の遺体を犬のように貪り喰らっては、赤い空に向かい慟哭を繰り返す日々を送っているというのだ。

 

「この先の教会から、戦場に、砦の下の海岸に向かうがよい。将軍ラダーンは、今もそこにいる。儂も後程、参戦するでな」

 

 最後に、昇降機の場所を教えたジェーレン。彼の言葉に従い、灰の剣士たちは昇降機に向かう。

 

「オイラは此処で、皆の戦い振りを見届けるよ。こんな事しか出来ないのは心苦しいけど――」

 

「案ずるな。見届けるのも立派な戦いだ。我が誇りをかけた戦い、確と見届けてくれ…!」

 

 ここでボックは立ち止まり、遠眼鏡で静観する旨を告げた。

皆と共闘出来ない事を悔やむボックだが、ネフェリが透かさずフォローを入れてくれた。

ボックと別れた灰の剣士たちは、順番に昇降機へと乗り下方の海岸へと降りる。

 

青い波が押し寄せる砂浜に出た灰の剣士たちは、前方の転送門に近付いた。

既に他の部隊は、転送門で向こう岸に渡り戦の準備を整えている。

 

――赤い腐敗の大地にありながら、大海は紺碧のままだ。やはり流水は、赤い腐敗に対する有効策となるのか。

 

一見当たり前にも見える海の青。

しかし此処は赤い腐敗に侵されたケイリッドという土地。

普通なら隣接する海でさえ赤い腐敗の影響を受けていい筈だが、深い碧のままだ。

淀みは腐敗を生み、流れは腐敗を清める。

海は常に流れ行き、故に青き姿を留めるがまま。

至る所で見られた赤い腐敗の水溜りや湖も、流れを与え淀みを抑えてやれば清い水を取り戻すのかも知れない。

大海の青き清浄なる世界を目にする、灰の剣士(現・褪せ人)はその様な思案を浮かべ転送門へと手を添える。

 

転送門を通じラダーンの砂丘へと辿り着いた彼等も、各々で戦の準備を整える。

此処には灰の剣士たち以外にも、大勢の武人が一堂に会していた。

だがその戦人たちは、口々に疑念を吐き戸惑っている。

 

『何だ、あの大軍は?』

『敵は、将軍ラダーンだけではなかったのか?』

『あの霊体の群れは一体…?』

 

 皆が陣形を展開する中、向こう側には巨人の如き人影が見える。

アレが、件のラダーンで間違いない。

しかしラダーンの傍らには、数十もの霊体たちが配置に就いている。

 

「皆の者、アレはラダーンに尽き従い散っていった破砕戦争の英霊たちぞ。だが臆する事はない、これぞ戦祭り、ラダーン祭り…!」

 

 困惑する皆に奮起を促すジェーレン。

彼の言葉によれば、アレ等の霊体はラダーンの部下達であるというのだ。

戦祭りの匂いを感じ取り彼等も馳せ参じたという事だろうか?

どちらにしても、過酷な軍団戦になる事には変わりない。

霊体と成り果てたとはいえ、彼等は破砕戦争を戦い抜いた歴戦の勇士たちばかりなのだ。

 

   ―― 赤獅子に惰弱なし ――

 

あの霊体たちは全て過去の赤獅子軍だが、雑兵に至るまで一騎当千の戦闘力を誇る猛者ばかりが揃っている。

50前後の総数に対し、此方は100を超える規模を誇る。

だが苦戦は免れない筈だ。

 

皆が配置に就き、各々の集団は独自の陣形で戦に備えた。

あとは開戦の合図を待つのみ。

 

誰に指示されるでもなく、参加者の一人が開戦用のラッパを鳴らす。

 

軽快な音色を奏で、それが開戦の合図と化した。

 

「――皆の者、我に続けぇッ…!!」

 

 ジェーレンが先陣を切り、軍馬を駆る。

 

『『『『『『――うぅぅぉォおおおぉッ…!!!』』』』』』

 

他の部隊も彼に続き、次々と軍馬を走らせラダーン陣営へと突撃を開始した。

また此方に呼応するように、ラダーン軍も一斉に突撃を始める。

 

いま此処に、戦いの火蓋は切って落とされたのである。

 

 

 

 

 

   ―― ラダーン祭り・開催 ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

嵐鷹の古王

 

ストームヴィルに本当の嵐があった頃、鷹たちの王として君臨した、一羽の遺灰。

だが古王は誇り高く、誰の召喚にも応じない。

 

孤高にして気高い精神は、やがて一人の戦士を振るい立たせた。

惑いを打ち捨て彼女は行くだろう。

己が誇りと心に従い。

 

 

 

 

 

 




ふと思いました。
ゴドリック以前のストームヴィル城・城主の『嵐の王』なる存在。
大鷹の姿をしていたのか、人型であったのか。
ゴッドフレイとの一騎打ちとのフレーバーテキストを見掛けましたので、私の脳内では人型の王として認識しています。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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