ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
漸く四方世界に帰還して参りました。
もっとテンポよく進行できるように努力します。
今回は、神殿での出来事がメインです。

表記変更、赤いリボン少女→ヤーナムの少女。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第151話―向き合いと折り合い―

 

 

 

 

 

 

底なしの木箱

 

底の抜けた不思議な木箱。

貪欲者の烙印とも呼ばれるようだが、その由来は分からない。

 

いくらでもアイテムを入れることができ、篝火で休息する時に自由に出し入れできる。

 

古来より似たような収納系の魔道具は、存在してきた。

こういった道具があれば、長旅には非常に重宝するだろう。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 声が聞こえる。

自分を呼ぶ声、女の声だ。

透明感のある少女の声質――これは彼女に違いない。

1週間ぶりに耳にしていなかった彼女の声で、漸く帰還できた事を確信する。

 

「起きて…お願い…目を覚まして…!」

 

 声をかけるだけでなく、自分を揺さ振り起こそうとする彼女の手の感触が何とも心地いい。

心配せずとも、ちゃんと目を覚ますさ。

彼女の声と手の感触に、一縷(いちる)の安堵を覚えた少年――。

輝石の貴公子は、ゆっくりと目蓋を開く。

 

「あ…良かった…目を覚ましたのね…良かった…」

 

「…やぁ…、お早う…君…」

 

 目を開けた瞬間、視界に広がる心配気な少女の顔が、朝日にも似た眩しさを思わせた。

彼女の気遣う表情に少々の罪悪感と安堵を同時に抱きながら、輝石の貴公子も穏やかな口調で言葉を返す。

揺すっていた彼女の手をそっと握り、彼は簡易寝台から身を起こした。

 

「此処は…天幕の…中…?」

「うん…、貴方たちを保護する為に――」

 

 狭間の地に降り立つ以前は、確か聖黄金樹の前で意識を同調させていた筈だ。

赤いリボンの少女――ヤーナムの少女の話によれば、彼等が意識を失った後、要らぬ危害からの保護を名目に急遽簡易的な天幕を張ったと説明を受ける。

 

「そうだったんだね…」

 

 彼女からの説明を受け、ふと隣に視線を傾けた輝石の貴公子。

隣の簡易寝台では、剣の乙女が目を覚ましていた最中で神官戦士たちに囲まれていた。

だが灰の剣士だけは、未だ目を覚ましていない様だ。

彼の周りにも人が集まっていたが、心配する必要はないだろう。

 

「やっと目を覚ましやがったか…、寝坊助だな?接ぎ木野郎」

「うるさいね…相変わらず…。君こそ、その粗野な口調…どうにかならないのかい…?」

 

 ヤーナムの少女は、透明感のある声質と口調で透き通った印象を感じさせる。

しかし、彼の耳に否でも飛び込む乱暴な声は、若干の苛つきを抱かせた。

もう何度も聞き慣れた声だが意外にも高い声音で、言葉使いにさえ目を瞑れば非常に少女らしい声をしているのだ。

 

「全く、アルター高原の時といい、ラダーン戦の時といい、君という女は粗暴に過ぎ…――、…なッ…!?」

 

 彼女の荒い口調に、苦言を呈す輝石の貴公子。

しかし皆まで言い切る前に、彼はハッと驚嘆の目を向けた。

 

「よう、オハヨウさんって言うか、まだ暗いけどな外は」

 

「……な…なんで…君が…ここに…!?」

 

 彼の眼前に現れた少女…それはつい先ほどラダーン戦で犠牲となった、あの調()()()その人であった。

もう復活しないものと断定し、死を悼んでいた彼は絶句してしまう。

 

「アタイもびっくりしてんのさ。目が覚めたら、ちっこい黄金樹に賑やか連中のオンパレードと来たもんだ」

 

 灼熱隕石と化したラダーンにより、彼女は確かに蒸発し人生を終えた筈だった。

だが目を覚ましてみれば、見知らぬ神殿に小さな黄金樹と騒ぎ立てる大勢の冒険者たち。

大まかに説明した調香娘だが、服装が少々乱れている。正確には服装というよりも、全裸の上に簡素なマントを羽織っているだけといった方が正しい。

凝視するのも躊躇う程に、乱れたマントの隙間から彼女の乳房と下半身がチラリと顔を覗かせていた。

 

「あ~もう、待ちなさいってば。ちゃんと服着て…、ほらコッチ――」

「ッたくウルセェなぁ…、こんなの見たい奴にゃあ、見せてやりゃあいいんだよ…!」

 

 目のやり場に困る輝石の貴公子とヤーナムの少女を余所に、呆気からんとした態度の調香娘。

そんな中、天幕へと入って来たのはピアニャであった。

渋る調香娘の手を引き、外へと連れ出してしまう。

 

「外が騒がしいみたいだけど、彼女だけじゃないんだね?流れ着いて来たのは」

「…うん。いきなり現れたから、みんな混乱してるの」

 

 ピアニャが調香娘を無理やり連れだした後、ふと天幕の外へ意識を向けてみた輝石の貴公子。

天幕を隔て、かなり騒々しい様子の外部。

調香娘が四方世界に流れ着いたという事実を鑑みるに、他の誰かが流れ着いても不思議ではないと判断した。

ヤーナムの少女の話によれば、突如として聖黄金樹が光を放ち大勢の人々が全裸で出現したのだと語る。

 

「僕の時と同じか、外に出てみよう」

 

 自分が此処に流れ着いた当時の事を、灰の剣士やオーベックから聞き及んでいた輝石の貴公子。

(本編前夜編 第106話参照)

その事を思い出しながら、ヤーナムの少女を引き連れ彼は天幕から出る。

 

「…凄い人数だ…」

 

 天幕から出た彼は、嘗てない程に犇めき合う人々の群れに目の色を変える。

 

「見た事もない騎士さんや兵士さんが一杯…、あの人たちって誰なの…?」

 

「…君主連合残党軍に、ローデイル部隊…、そうか…戦祭りで戦死した人たちが流れ着いたんだ」

 

 困惑するヤーナムの少女に答える輝石の貴公子。

ラダーン戦で戦死した、ゴドリック軍、カッコウ騎士団、ローデイル部隊、そして赤獅子兵団も四方世界に流れ着いていたのである。

 

「現在、金剛石の騎士殿が事態の収拾を図っている。これでも混乱は大分沈静化した方だよ」

 

「そうですね。トープス先生……、えッ…――」

 

 聖黄金樹の下、群集を纏め上げている金剛石の騎士こと国王。

王統府や神殿関係者と連携し、忙しなく動き回っている。

今も騒がしいのだが出現した当初と比較しても、かなり混乱は落ち着いているというのだ。

横から告げられた声に、相槌を打つ輝石の貴公子。

当然のような反応で、声の主の名を口にした彼は突如として息を呑む。

自分でも気付かない内に口にした名に驚き、彼は声の方へと瞬時に振り向いた。

 

「やぁ…、また会ったね。ハリ君…ハリ=オード=バーレンシュタイン君」

 

「……せん…せい…?……トー…プス…先生…ですか…?」

 

「如何にも…。私はレアルカリア学院の学徒…鈍石のトープスだよ」

 

「先生…トープス先生…トープス先生…!」

 

 自らの研究を完成させた後、輝石の貴公子とオーベックに成果を託した彼は眠る様に事切れた。

使命を果たしたトープスの最期を見届けていた彼は、オーベックと共に深い哀しみに包まれ号泣していたものだ。

もう会う事は叶わず自身の記憶の中で生き続けるものと、そう事実を受け入れていた輝石の貴公子。

調香娘に続き、まさかの人物との再会に、彼は我を忘れ眼前の男を唯々見るしか出来ないでいた。

もはや周囲の騒ぎなど気にも留めず、彼は茫然と呆けてしまう。

 

「素晴らしいね。ここが君の言っていた四方世界なのだろう?」

 

 思わぬ再開に我を忘れる輝石の貴公子に対し、トープスは何時もの落ち着いた姿勢で語り掛けて来る。

暫しの沈黙の後、輝石の貴公子は全身を小刻みに打ち震わせた。

 

「……」

 

 そんな彼の様子に対し、察しがついていたヤーナムの少女とトープス。

周囲の目も気に留めず、唯々号泣するだろう。

そう予想していた二人――。

 

「…ぐ…く……くくッ…ぅ…く…くッ…ククックックック…ンックックックっク…、ハッハッハッハ…ぁあぁあ…っはっはっはっはっはっはっはぁ…いやぁったぞぉォっ…ああぁッはっはっはっはっはぁッ…!!」

 

 しかし彼の口から漏れ出たのは、哀しみではなく狂わんばかりの喜びの感情であった。

正に馬鹿笑い――。

そうとしか表記できない程に、彼は人目も気にせず湧き出る感情の奔流を只管に吐き出し続けた。

 

『なんだなんだ、あの馬鹿笑いはッ…!?』

『あのボウヤ、狂ったんじゃねぇだろな?』

『ちょっと残念ね…、顔は、すっごい好みなんだけど』

 

 彼の過剰な笑いに、周囲の冒険者や関係者たちは怪訝な表情で意識を向ける。

 

「何やってんだ?あのバカ野郎は…!?」

 

 ピアニャに促され、渋々と衣服を整えた調香娘も訝し気な面持ちで視線を寄せていた。

 

……

 

一方、意識を覚醒させた剣の乙女は、部下から事の次第を聞き天幕から出る。

未だ目を覚まさない灰の剣士の事も気になるが、彼の周囲には複数の女性陣が詰め掛けており、自分の入り込む余地が無かった。

まぁ彼の事だ、必ず目を覚ます筈だ。

外に出た彼女は、ふと覚えのあるソウルを感知する。

やはり四方世界では、目の自由が利きづらいのは仕方がない。

少々不便だが、彼女は人込みを掻き分けながらソウルの方へと向かう。

 

「あ…あの…、こ…困ります…お放しくださいませ…」

「何言ってるんだい?僕のこの手が、君を放してくれないんだ」

 

「いけません…、私は指巫女です…。私の身は、導かれし褪せ人に捧げねばならないのです…」

「そうとも。君は指に導かれ、僕の指とこうして出会い重ね合ったんだ」

 

「お…お許しを…、貴方様も聖職者…。ご無体な真似はお控えくださいませ…」

「そういう割に、逃げようとしないじゃないか。素直になるんだ。君は、僕から離れられない…いや、離れる気なんてさらさら無いんだ」

 

「ひ…卑怯ですわ。私の心を揺さ振って――」

「行き場のない君を幸せにしてあげられるのは、世界でただ一人、この僕だけだ。さぁ、僕の下においでよ」

 

「ああ、そんな…。逃げ道を塞ぐお積りですのね…。悪い方…貴方様はとっても悪い方ですわ…」

「フフフ、可愛いなぁ君は。僕が、このまま君を連れ去って差し上げるよ…ぉぐふぉッ…!?」

 

 指巫女サロリナ――。

彼女も四方世界へと流れ着いていた。

だが見知らぬ地に流れ着いた彼女は路頭に迷い、こうして『赤毛の枢機卿』に口説かれていたのである。

手を掴まれ困惑する彼女だが、言葉とは裏腹に抵抗の力は無きに等しく、そもそも本心で嫌がっている態度には見えなかった。

そんな彼女の心の隙間を突くように、枢機卿はグイグイとサロリナに迫り篭絡しようと言の葉で囁きかける。

だが突如として枢機卿の後頭部に、鈍器のような物が叩き付けられた。

 

「この一大事に卿は何をやっておるか…!」

「――ゲッ…へ、陛下ぁッ…!?」

 

「そういう戯れは、一仕事終えてからに致せッ!…後は頼む、大司教よ」

「お任せを、陛下」

 

 後ろに振り向いた先には、国王と剣の乙女が立っていた。

サロリナを口説いていた枢機卿を引き連れ、後事を剣の乙女へと託す国王。

 

「大事ありませんか、サロリナさん」

「ああ…、大司教様…お会いしとうございました」

 

「私もですわ…フフ…」

 

 平静を装っていた剣の乙女だが、この再開は彼女の想定外の出来事だった。

ラダーン戦での唐突な別離により、失意の中で四方世界へと帰還していた剣の乙女。

予想外の再開に、彼女の内心は高揚で満たされ晴れやかと化す。

 

国王の指揮する中、着々と事後処理が進められ、やがて灰の剣士も目を覚ました。

 

「あ、お兄さん…!」

「お兄さまぁ…!」

「お兄ちゃん…!」

「剣士様…!」

「剣士様ぁッ…!」

 

「…う…ア…、ここは……戻って来れたか…」

 

 見習い神官、幼夢魔、見習い勇者、見習い賢者、見習い剣士たちに囲まれ、簡易寝台から身を起こす灰の剣士。

 

「貴方…起きたのね…少し心配したわ」

「お帰りなさいです、剣士さん」

 

「おはよう…ただいま…と言った方がいいのか?」

 

 5人の少女たちの他に、ゴブリンスイーパーと銀髪武闘家も彼の様子を窺っていた。

四方世界では一晩しか経過していないが、随分長いあいだ会っていない様な気がする灰の剣士。

そんな彼に勢いよく抱き着いた見習い神官。

だが、見習い勇者を筆頭に他の少女たちが、彼女を引き剥がそうと躍起になっていた。

 

「外が騒がしいが――」

「ええ…実はね――」

 

 身を起こした彼は、天幕の外が騒々しい事に気付き、スイーパーから説明を受ける。

 

「…そうだったか(やはり、あの時と同じか)」

 

 だが彼は相槌を打ちながらも、この状況をある程度予想していた様だ。

 

「皆、もう大丈夫だ。後はゆっくりと休んでくれ」

「貴方は、どうするの?」

 

「やる事は多い。少しの間、忙しくなるぞ」

 

 心配を掛けさせた彼女たちには、ゆっくりと休むように勧める。

 

――ライザ達も戻っているな。…しかし、調香師の娘、サロリナ、トープス…そしてラダーン戦での君主連合まで流れ着くとはな…。

 

自分以外のメンバーの帰還を確かめた彼は、他に流れ着いた狭間の地の住民にも目を向けた。

調香娘とトープスには、輝石の貴公子たちが対応している。

帰還したライザには、ロロナを始めとした錬金団が寄り添っていた。

赤毛の枢機卿に口説かれていたサロリナを保護する、剣の乙女を含めた至高神の関係者たち。

流れ着き路頭に迷う君主連合やローデイル部隊には、国王率いる王統府が目下対応中だ。

そしてソラールとジークバルドの傍には、大型の荷車に乗せられた大量の道具類が積み上げられている。

 

先ずは持ち帰った道具類の確認だ。

彼はソラール達の方へと向かう。

 

「おお貴公、戻ったか」

「戦祭り、壮絶であったな。ガッハッハ!」

 

「先ずは無事で何よりだ、ソラール、ジークバルド」

 

 無事に帰還も叶い再会を喜び合う3人。

 

「向こうで入手した道具類の数々。貴公の言う通り、こうして流れ着いていた。少し量も多いがね」

 

「…狭間の地以外の物も見受けられるが…?」

 

「それは俺達が、底無しの木箱から抽出した道具類だ。やはりこの世界ではソウルの業は使えんようだからな。貴公の言った通り、予め出しておいて正解だった」

 

 荷台に積まれていた道具類の数々だが、よく見れば火継ぎの時代で使われていた道具も数多く見つかった。

それ等はソラール達が、狭間の地で予め『底なしの木箱』から出した後、改めて自身のインベントリ内へと収納し直した品々でもあった。

灰の剣士が忠告していた通り、四方世界ではソウルの業は使えなくなっていった。

 

「底なしの木箱まで、流れ着いているな」

 

「そうとも。今まで通り、道具の収納も可能だ。ただ木箱自体、もう意識内には格納できんがね」

 

 また、道具類だけでなく『底なしの木箱』事態も荷台の横に置かれていた。

しかも従来通り、道具の収納機能も生きている事も判明する。その代わり、木箱そのものを意識内のインベントリに格納する事は不可能となっていた。

目に付く数は3つ。ソラール、ジークバルド、オーベックの分で間違いない。

 

「私も『底なしの木箱』が使えれば、もう少し有利に活動できるんだが…」

 

「そうか…、貴公は褪せ人に乗り移っていたのだったな」

 

 灰の剣士だけは、褪せ人に憑依した上で狭間の地で活動していた。

それ故、彼は木箱を使う事ができず此処には流れ着いていなかった。

 

「褪せ人…いえ灰人様。…それでは、私めの木箱を使って下さいませ。私自身の私物など、たかが知れておりますので…」

 

 思い悩む彼の下に、指巫女サロリナが木箱の譲渡を提案する。

彼女も底なしの木箱に似た道具を所持しており、また収納していた私物も少ないため、彼に差し出す旨を伝えたのである。

これは願ってもない提案だった。

 

「そういう事なら、有り難く受け取らせて頂こう。指巫女サロリナ殿…!」

 

 もう意識内に木箱を格納できないのだ。

底なしの木箱の大きさだが、サロリナには少々大きく背負うにも負担が生じる。

どうせ私物も少ないのであれば、ここで潔く灰の剣士に譲る事も吝かではない。

そう判断していたサロリナの案を、彼は快く受け取り『底なしの木箱』を入手するに至った。

 

「もし不便だったら言ってね?持ち運びし易いように、錬金術で加工してあげるからね」

 

 彼等の話を聞いていたのか、ルルア達が錬金術での加工も提案される。

確かにこのままの形状では手で持ち運ぶしかなく、かなり不便ではある。

そこで錬金術を用いれば、機能はそのままで木箱自体の形状を変化させる事も可能なのだ。

 

「それは心強い、いずれ頼めるか?」

「うんうん、任せておいて♪」

 

 彼女の提案は、大変うれしいものだ。

この申し出も受け入れる事にした灰の剣士。

 

「さて、次は聖黄金樹の移植時期だな」

 

 聖黄金樹の移植時期を把握するのも、重要な確認事項だ。

聖黄金樹の木陰で佇み見上げている、花冠の森姫の元へと向かった灰の剣士。

 

「お帰りになられたのですね、ミスマゴール。狭間の地は、どうでした?」

 

 彼に気付いた花冠の森姫は、帰還した彼に向け狭間の地の様子について尋ねる。

彼女たち森人勢力にとっても未知なる異界である、狭間の地と呼ばれる世界。

特に天を衝くほどの『黄金樹』に強い関心を寄せていた。

 

「黄金樹…、正に天を衝く巨木にして黄金律の象徴。口伝でしかお伝え出来ないのが残念です」

 

 写真技術で『黄金樹』の映像だけでも持ち帰れば良かったのだが、彼は出来る限り要約し狭間の地での出来事を伝える。

 

「この聖黄金樹が、何れ巨木に成長した姿…楽しみでなりませんわ」

 

「眩し過ぎて、昼夜の区別もつきますまい」

 

「ウフフフ…、その様な新しい生活も少し心が躍りますわ♪」

 

 仮に今の聖黄金樹が『黄金樹』並みに成長すれば、あの眩い黄金の輝きが世界中の目に付くのは間違いない。

そして麓の集落が生まれ、其処の住民は、余りの輝きで昼と夜の区別すら判別し辛くなるだろう。

ローデイル付近まで接近した灰の剣士たちは、巨大な黄金樹と神々しい輝きを体感していたのだ。

聖黄金樹も、何れは同等の輝きを放つに違いない。

巨木へと成長した聖黄金樹の姿を楽しみにする花冠の森姫は、やがて目にするであろう景観に心を躍らせる。

 

「それで…、聖黄金樹の移植は何時になります?」

「早くても明日…準備に手間取った場合、明後日には――」

 

「承知しました」

 

 聖黄金樹の運搬は、森人勢力が用意する『木巨人(ウッドゴーレム)』を用いるとの事だ。

聖黄金樹の成長速度は著しく、既に大木に近い高さにまで成長していた。

これ以上長引かせては運搬にも支障が生じ、作業が立ち行かなくなる。

これでも森人勢力は、ギリギリまで移植時期を長引かせてくれていたのである。

森人勢力の密かな譲歩に、彼は深い一礼で感謝の意を示した。

 

「ん…オーベックの姿が見えないな?」

 

 聖黄金樹の移植時期を確かめた後、オーベックの姿が見えない事に気が付く。

 

「あの者なら、目覚めるなり直ぐに馬で隣村に向かったぞ」

 

 ソラールの話によれば、四方世界に帰還した彼は、直ぐに馬を調達し隣村に急行したという。

やはり、あのホスロー家の若き騎士『ディアロス』の件が気になって仕方がないのだろう。

オーベックの話によれば、隣村は別名『壷師の村』と呼ばれ、ディアロスらしき男とラニアらしき女が居を構えているというのだ。

 

「帰ってきたか、灰よ」

「ゴブリンスレイヤー」

 

 馴染み深い彼も、此処に訪れていた。

灰の剣士とゴブリンスレイヤー。

彼とは一週間ぶりの再会だが、ゴブリンスレイヤーにとっては一晩しか経過していない。

 

「オーベックに壷師とやらを紹介してもらう手筈だったが、我先に行ってしまった」

「彼にも事情があってな。用事を済ませれば、直ぐに戻って来る」

 

 ゴブリンスレイヤーとオーベックは、隣村の壷師を紹介してもらう約束を取り付けていた。

しかし当のオーベックは、直ぐに隣村に向かってしまったのである。

少々の疑念を抱くゴブリンスレイヤーだが、灰の剣士は何も心配する事はないと返した。

ディアロスの安否が確認され次第、直ぐにでも戻って来るだろう。

オーベックは約束の重みを知っている男だ。

 

「ねぇ、ゴブリンスレイヤーさん。貴方も工房(アトリエ)に訪ねてみればいいと思うよ」

「エーファか。俺は錬金術とやらに造士がない」

 

「ほら、工房(アトリエ)なら私も居るから、銃で困った事やゴブリン退治に必要な道具類の確保にも事欠かないんじゃないかな?」

「…ふむ、言われてみれば確かにな」

 

 オーベックについて思案していたゴブリンスレイヤーに、エーファが案を提示する。

彼も工房(アトリエ)を、拠点として利用してはどうかという案だ。

銃は、構造上故障し易い武器だ。武器工房でも整備は出来るが、エーファも銃器に深い知識と技術を備えている。

また工房(アトリエ)には様々な道具や素材類も揃っており、ゴブリン退治に役立てる事も可能なのだ。

 

「狭間の地で入手した消耗品も多岐に渡りますから、ゴブリン退治に有用な道具の作成にも役立ちますよ」

「ゴブスレ君って、フラムもよく使うでしょ。アレ以外の爆弾もあるから、色々試すのアリなんじゃない?あ…タダって訳じゃあないからね」

 

「…ならば、立ち寄ってみるか。…今から行くのか?」

 

「神殿の用事を済ませてからにする。…まだやる事が残っているのでな」

 

 エーファに続き、輝石の貴公子やライザも工房(アトリエ)に招く趣旨を彼に告げる。

狭間の地で入手した消耗品や、ライザの言うフラム以外の各種爆弾も小鬼退治には有用に機能する。

エーファたちの案を受け入れたゴブリンスレイヤー。

しかし、まだ工房(アトリエ)には戻らず、神殿での用事を全て澄ませてからだ。

 

狭間の地から持ち帰った道具類の選別。

流れ着いた人々の受け入れ先と将来の確保。

そして、不死の女に対する『解呪の儀』の再開。

 

「立ち会ってくれるのだろう?」

「ああ、その積りだ」

 

 解呪の儀の要となる魔道具『星々の宇宙儀』に蓄積された呪いは、全て除去されていると彼は踏んでいた。

また不死の女とゴブリンスレイヤーの関係もあり、彼も現場に立ち会う事にする。

 

「――っと、その前に…。皆、少し待っていてくれ」

 

 直ぐにでも動こうとした灰の剣士だが、皆を待機させた彼は、裏庭の一角へと向かってしまった。

 

……

 

聖黄金樹から少しばかり離れた場所で、彼は欠伸混じりに背筋を伸ばしていた。

 

「ふワぁ~…、良く寝たッつうか、漸く一仕事終えたぜぇ…」

 

 銃と槍を一体化させた武器を携える禿頭の男は、素顔を隠すように黒いフードを深く被り直し、その場から立ち去ろうとした。

だが然る気配に気付き、ふと足を止める。

 

「…なんか用かい、俺に?」

 

 禿頭の男『銃槍の男』は、振り返る事もせず言葉だけを返す。

 

「マルギットの拘束具…助かった」

 

 後ろから声を掛けたのは、灰の剣士。

どうやら狭間の地で引き取った『マルギットの拘束具』の事について言及している様だ。

(本編前夜編 第143話参照)

 

「何の事だ、サッパリ分からんね?」

 

 だが銃槍の男は逸らかし、真面に取り合うとはしなかった。

 

「それだけじゃない、数々の食料品の提供にラダーン戦での加勢もそうだ。改めて礼を言わせてくれ」

 

 フーテンのパッチの件――。

灰の剣士は、その事について言及していた。

 

「…頭でも打ったんじゃねぇか、アンタ?」

「…しこたまな。それでも…本当に助かった、パッチ」

 

「ハンっ…!俺は、此処で寝てただけだぜぇ…じゃあな、家帰って飲んでくらぁ…!」

 

 やはり振り向く事もせず、銃槍の男は手をヒラヒラと振りつつ神殿から去る。

そんな彼の背を見つめながら、灰の剣士は静かに感謝の意を口にした。

 

「有難う…。不屈(フーテン)のパッチ」

 

 気が付けば、彼の姿は何処かに消え去っていた。

 

……

 

星々の宇宙儀に蓄積されていた呪いは、ほぼ完全に除去されていた。

直ぐにでも解呪の儀に取り掛かった灰の剣士たち。

少し無理を求めてしまったが、司祭長たちも快く受け入れ直ぐに儀式を執り行う。

また剣の乙女も協力し、解呪の儀は早々に再開された。

 

結果から言えば、儀式は成功。

 

3回目にして『解呪の儀』は成就し、不死の女の呪いは完全に解かれたのである。

彼女の胸部に刻まれていた不死の刻印『ダークリング』と『暗い穴』は綺麗に消え去り、若々しい女の柔肌へと戻っていた。

これで不死の女は、晴れて()()()()()()へと回帰したのである。

 

「灰の方…見過ぎ…」

「おっと失礼。他意はないぞ」

「分かってますわよ」

 

 だが不死の刻印が刻まれていた場所は、女を象徴する部位――。つまり胸だ。

元・不死の女は年若く豊満な女性で、灰の剣士は他意はなくとも豊かな胸を凝視していたのである。

その事を剣の乙女に窘められ、我に返った彼は一旦席を外した。

女性の信徒達の支えで、元・不死の女は再び衣服を整える。

 

「……」

 

 生者へと戻った事で、女の肌は血の通う生気を取り戻している。

血色の良い素顔で、ふと2階のテラスへと見上げた彼女――。

見上げた彼女の視線は、一人の男の冒険者に向けられていた。

 

「……」

 

 視界の先に居た男、ゴブリンスレイヤーも無言で彼女を見つめ返す。

互いは暫し視線を交わした後、女の方は信徒に付き添われ部屋へと戻された。

 

――さて、これで解呪の儀は完全に成功した。…あとは彼と彼女が、どう接するかだな。

 

ゴブリンスレイヤーと元・不死の女の関係――。

3回目にして解呪の儀は成り立ち、彼女の不死性は完全に除去された。

だが、問題が完全に解決した訳ではない。

元・不死の女は、()()()()()()()()()()()()である可能性も浮上しているのだ。

もし彼女が実の姉だったとして、肝心の彼が事実をどう受け止めるか――。

こればかりは、灰の剣士も予想が付かない領域だ。

 

――まぁいい、儀式は成功したのだ。一つの節目は乗り越えたのは確かだ。

 

課された役割を成し遂げた事に変わりはない灰の剣士。

自ら買って出た使命の一つだが、彼は成し遂げたのである。

儀式の成功を確信し、後始末を終えた彼も場を後にした。

 

……

 

一方、別室では狭間の地の住民の処遇について会合が行われていた。

ラダーン戦で戦死した彼等は、見知らぬ四方世界に流れ着いたのだが、行き場もなく途方に暮れているのが現状だ。

そこで国王が主導となり、彼等の意志を確かめていたのである。

結論から言えば、大半は国軍へと編入される方向性で話は付く。

ゴドリック残党軍、カッコウ騎士団、赤獅子兵団、ローデイル部隊。

彼等は軍属という事もあり、やはり軍人として登用される事を望んでいた。

 

だが問題なのは、カッコウ騎士団の処遇だ。

彼等ではない、()()()()()()()()()()()は四方世界にて数々の蛮行を働き悪名を轟かせていた。

既に方々の人里にまで悪行と特徴は伝達され、恐怖の対象として認知されている。

略奪、虐殺、差別、搾取、数々の悪行たるや身近な脅威でもある小鬼(ゴブリン)と遜色ない被害をもたらしていた。

カッコウ騎士団の中には自由と安寧を求めていた集団も居るには居たのだが、国王は一部の例外を除き認める訳にはいかなかった。

元・カッコウ騎士団という肩書を名乗るだけで、賞金首の対象となり人々からあらゆる避難合業を浴びせられるのは目に見えていたからだ。

それ程にまで悪名が拡散していたカッコウ騎士団という組織。

 

「残念だが、卿らをカッコウ騎士団として名乗らせる訳にはいかん」

 

 国王は通達する。人としての真っ当な生活を送りたくば、此方で定めた道筋を選択して貰うよりほかは無い。

これを拒むなら、討伐対象として部隊や冒険者を派遣せざるを得なくなる。

だが今ここに居るカッコウ騎士団は、ただの略奪集団ではない事は国王自身も理解していた。

加えて彼等は、君主連合の中でも魔術に長けた部隊である事も魅力として映っている。

このまま喪失させるのは、非常に惜しい存在でもあった。

国王が提示した選択肢――。

 

1…魔術騎士団として、国軍へと加わる。

1…賢者の学院の、護衛部隊としての任に就く。

1…唯一つの例外として自由を得る方法――冒険者と成る。

 

この3つである。

 

この選択肢を示された彼等は、暫くの逡巡の後、行く末を決める。

案の定、大半が国軍へ加わる事となる。

そして一部が、賢者の学院の護衛としての道を選んだ。

最後に残り数名が、冒険者としての道を歩む事となる。

 

その内の約一名、女のカッコウ兵士がジークバルドの一党に加わりたい意志を、国王へと告げた。

彼女は、セルブスの傀儡化に置かれていた女性の一人だ。

灰の剣士たちの活躍で傀儡化から解放され、ラダーン戦に参加。

しかし戦死の憂き目に遭い、こうして流れ着いていた経緯を持つ。

 

「うむ、カタリナの騎士殿の下なら、その意思を認めよう」

 

「感謝致します、国王陛下…!」

 

 どのみちジークバルドは、王統府と行動を共にする事が確定している。

彼等の一党に参加するのなら、一種の監視には何ら違いはない。

それに然して練度の高くないカッコウ女兵士なら、反乱の危険もないと判断できた。

主張が認められたカッコウ女兵士は、国王へと感謝の意を示した。

 

こうして流れ着いた君主連合やローデイル部隊の処遇は決まり、主となる事後処理は大詰めを迎える事となる。

総数、約70足らずの寡兵だが、上手く使えば対魔神軍の十分な戦力となろう。

あとは水の都へ出発するまで、彼等の宿舎を用意しなければならない。

これは領主でもある司祭長が所有していた、廃倉庫が選ばれた。

領主館外れに在る古びた建物だが、取り敢えずの宿舎としてなら十分に機能する。

彼等には、そこで宿泊させる方向性で話が決まった。

 

……

 

暫くの時間が経過した。

狭間の地より持ち帰った道具の選別や、事後処理を着々と進めていた彼等。

灰の剣士とライザは、司祭長から呼び出され執務室に居た。

そしてもう一人の女性…、先ほど解呪の儀式で不死から解放された『元・不死の女』も同席している。

 

「改めて、名を名乗らせて頂きます。私の名は、『レイラ』と申す者です」

 

 元・不死の女は名乗る――。

自身は『レイラ』である事を。

その彼女に対し、灰の剣士とライザも名を名乗り返した。

 

「もうお分かりかと存じ上げますが、彼女は嘗て近隣の住民でした」

 

 司祭長が、『元・不死の女』改め『レイラ』という女性の素性を明かす。

彼女は10年近く前、この街の近隣に存在していた小村の住民でもあった。

しかしその村だが、小鬼の襲撃により既に地図上から消え去っている。

 

「本題から入りましょう。貴女は、彼――ゴブリンスレイヤーこと〇〇〇の実姉ですね?」

 

「ちょっと灰君、いきなり不躾すぎだよ…!?」

 

 彼女は、あのダークゴブリンの拠点にて保護した。

その時、二人の他にゴブリンスレイヤーも同行していたのだが、彼女の姿を見るなり『姉さん』と言葉を漏らしたのである。

(本編前夜編 第89話参照)

 

つまり、このレイラという女性は彼の実姉である可能性が高い。

今の精神状態を見るに、記憶も自我も取り戻していると判断して差し支えないだろう。

此処に呼びだされた理由など直ぐに察しが付く。

灰の剣士は要諦を述べ、レイラはゴブリンスレイヤーの実姉なのかを問うた。

彼が余りの無遠慮で踏み込むものだから、普段呆気からんなライザも無作法だと苦言を呈した。

だが、レイラも直ぐに返答する。

 

「はい…。あの子は…()()()です」

 

 この場と状況で、嘘偽りなど言う必然性など微塵にも無い。

レイラが、()()()と肯定するなら、()()()と断定していい。

彼女自らが口に出したのだ。

このレイラという女性は、間違いなく()()()()()()()()()()()()である事が確定した。

 

小鬼の襲撃を受け肉塊と果てるまで惨殺された、彼の実姉レイラ。

しかし彼女は、襲撃される以前から既に()()()()()()()()()。彼女の証言によれば、犯人はロンドール一派だという事も確実となる。

それ故、小鬼に惨殺された筈の彼女は、再び蘇生を果たし先ず()()()()()()()()()()

記憶を失った彼女は、アテも無く周辺を彷徨い運悪く山賊集団と遭遇。

そのまま山賊の虜囚となり、骨の髄まで弄ばれ続けた彼女は衰弱し2度目の死を迎えた。

そして今度は()()()()()()()()()()()()し、あのダークゴブリンの拠点に幽閉されていたという訳だ。

 

一方の彼――ゴブリンスレイヤー。

姉の惨殺現場を一部始終見ていた彼は、深い後悔と憎悪を支えに冒険者へと至る。

復習と怨嗟を糧に、小鬼だけを殺す者――ゴブリンスレイヤーへと。

彼にとってレイラという女性は、単なる姉だけでなく親も同然な関係でもあった。

姉の死に報いるため――。

彼は今も小鬼を憎悪し続け、復習鬼として過剰とも思える程に小鬼殺しに拘り続けていた。

彼が小鬼殺しを続ける恩恵もあり、確かに村々は幾許かの安寧を得るに至る。

しかしその反面――。

彼は彼で、人としてのナニカを犠牲にし続けているのではなかろうか。

 

前例は幾つもあったのだ。

 

その一例として、憎悪に固執するあまり、隣人を認識できない程に狂っていた。

あの時の彼は、『獣除けの香』にさえ反応していたの覚えている。

数日後には元に戻っていたが、あれは獣化の兆候が現れていたのは確かだ。

(本編前夜編 第109話参照)

 

それ程にまで自分を追い込み、彼は小鬼殺しに執着続けていた。

大事な隣人でもあり家族同然とも言える、牧場の住民との繋がりさえ危うい程に――。その関係は、今も続いている。

今は落ち着いている様だが、僅かな切っ掛けと綻びで()()()()()してしまう危険性を孕んでいた。

灰の剣士のみならず、牧場の住民や三つ編み受け付け嬢でさえ、彼の行く末を案じている。

このままでは、彼は精神の均衡を瓦解させてしまうのではないか。

小鬼のみに固執する、狂人へと成り果ててしまうのではないか。

彼の将来を案じ、小鬼以外の冒険を誘った冒険者たちも居るには居た。

しかし彼は、それ等の善意を全て拒み小鬼殺しに従事する。

その繰り返しが堆積し、何時しか彼の周囲には人が寄り付かなくなっていた。

 

灰の剣士は願っていた。

 

彼を真っ当な冒険者へと戻し、たとえ人並みでも良い…幸福な未来を歩んでほしいと。

 

「私も…、同じ事を考えています…。あの子には、より良い未来へ向かってほしい」

 

 レイラも同じ思惑でいる。

小鬼殺しのみに固執する人生など、歩んでほしくはない。

平凡でも構わない、笑っていられる人生を送ってほしい。

況してや彼は肉親であり、たった一人の大事な弟なのだ。

そう願うのが、肉親として自然である。

 

「会われるんですか、あの子に?」

 

「ええ。会わない訳にはいきません。どう事が運ぶかは分かりませんが…」

 

 ライザの問いに答えるレイラ。

レイラの不死は解かれ、真っ当な生者の道を取り戻した。

しかし問題は、実はゴブリンスレイヤーの方だ。

肝心の彼が、この女性を()()として受け入れるのだろうか?

姉の死を目の当たりにし半ば破綻しかかった精神で、今も小鬼殺しに人生を費やそうとしているのが彼だ。

一見平静を保っているように振舞っている彼だが、漏れ出るソウルは常に歪な『赤焼けた殺意』を宿していた。

 

レイラの生存を受け入れ、歪んだ人間性を取り戻せばそれで良し。

だがしかし、彼女を姉と認めず拒む可能性も高いと言わざるを得ないのだ。

頻繁に神殿に通うようになった彼だが、彼女を姉として認める可能性は高いのか低いのか――。

それでも何時かは会わねばならず、避けては通れないだろう。

ならば今行った方がいい。

 

自分は、あの〇〇〇の姉レイラである。

 

たとえ当の彼が受け入れようと拒もうと、その事実だけは告げておく。

決して無駄ではない筈だ。

レイラの心は決まっていた。

 

――強い御仁だ。彼が誇るのも頷ける。

 

静かで(たお)やかながらも、何処か芯を感じさせる女性レイラ。

出会った当初、彼に肉体関係を求めてきた女とは思えない程に別人も同然だ。

彼女の佇まいに、何処か敬服の念を抱いていた灰の剣士。

 

「灰君、まだ神殿に居たよね?ゴブスレ君って」

「居る。今から会いに行くのでしょう、レイラさん?」

 

「はい。お願いできますか」

 

「では部屋を用意させましょう」

 

 幸いにもゴブリンスレイヤーは、まだ神殿に留まっている。

これなら周囲には内密で、彼女と接触させる事も容易だ。

司祭長が特別に部屋を用意してくれる事となり、彼等は早速動きを開始した。

 

特に神殿と関係が深い訳ではない、ゴブリンスレイヤーという冒険者。

彼が呼び出される状況など珍しいの一言で、周囲は疑惑の目を向けた。

だが灰の剣士とライザが何とか取り繕い、彼を部屋にまで案内した。

 

「……」

 

 彼も、呼び出された理由を大方察してはいるようだ。

暫しの逡巡の後、神殿内の一角に設けられた部屋のドアノブへと手を掛ける。

この部屋は多目的に使われ、特に用途は決まってはいない。

ドアを開けた瞬間、彼の目には先程の女が椅子へと腰掛けている。

 

「では後でな」

「仲良くね」

 

 灰の剣士とライザは、別室で待機となる。

彼がどう反応するかは分からないが、流石に同席する訳にはいかなかった。

 

「……」

 

 気のせいだろうか?

同席しない旨を告げた途端、彼は不安気に此方を見た様な気がした。

いや実際そうなのだ。

相変わらず兜を被ったままだが、彼のソウルは落ち着きなく右往左往させ乱れが生じている。

しかしこれは、彼と彼女の領域だ。

此処からは彼自身が、このレイラという女性に向き合わなくてはならない段階なのだ。

 

「……」

 

 無情にも閉められたドアを見つめる彼だが、このままでは事態も進展せず仕方なく対面の椅子へと腰掛ける。

 

一方、別室で待機していた灰の剣士とライザ。

 

「どうなっちゃうんだろうね、ゴブスレ君とレイラさん?」

「ここからは二人の領域だ。下手な介入は控えねばな」

 

 このまま大団円で帰結するような流れには、どうしても思えなかった二人。

今の二人に出来る事と言えば、成り行きを見守る事しか出来ない。

 

――あんなに怯えた彼…初めてだ。

 

小鬼は言うに及ばず、それ以外の異形が立ちはだかろうと、彼は臆せず果敢に戦い勝利に貢献してきた過去と実績がある。

あのロスリックに赴いた時でさえ、彼は精神を破綻させる事なく普段通りに振舞っていた。

しかし今の彼は、宛ら幼子の様に不安と怯えを抱き膝から下が震えていたのを、灰の剣士は目撃していたのである。

 

――無理もない。死んでいたと思わしき肉親が、目の前に居るのだ。動揺して当然だ。

 

今までのゴブリンスレイヤーは、表向き彼女を肉親とは認めない振る舞いを見せていた。

またその事実も、周囲には明かしていない。

しかし表層の態度とは裏腹に、頻繁に神殿に赴き気にかけるようになった。

たとえ直接顔を合わせずとも、レイラの居ると思わしき部屋へと視線を傾け直ぐに立ち去るという日々を繰り返していた。

彼自身も迷っているという事だ。

眼前の現実との、()()()()()()()()()()()

 

……

 

二人に用意された部屋だが防音処置が成され、余程の事が無い限り周囲に音が漏れる心配はない。

椅子に腰かけ正対する彼――ゴブリンスレイヤーと、元・不死の女――レイラ。

以外にも口を開いたのは、彼が先だった。

 

「お前は、誰だ?」

「私は…レイラ…、貴方の名前は――」

 

「そうか」

「変ったわね…、暫く見ない間に…」

 

「俺の何を知っている?」

「方々から聞いた限りの事を…同時に昔の日々を」

「そうか」

 

「そんな返事は、相手を不快にさせるだけよ。昔の貴方は、真面に返す子だった筈よ」

「知った風な事を」

 

「知っているから言うの」

「そうか」

 

「ゴブリンから…、手を引く気はないのね?」

「答える義務はない」

 

「牧場の人たちが止めろと言っても?」

「これは俺の問題だ。邪魔はさせん」

 

「あの娘の事は、どうするの?ずっと放っておく気?お姉ちゃんは、昔言ったよね?女の子は守ってあげなきゃダメって?」

「覚えてる。だが言われたのは、()()()()…だ。()()()…ではない」

 

「私を…姉とは認めてくれないのね」

「随分と俺の事を調べたものだな、レイラとやら」

 

「調べずとも分かるわ。いざとなった貴方は、凄く意固地になるでしょ」

「たまたま俺の姉さんと同じ名をした、似た容姿の女。それがお前という女だ。姉であると、どう証明する?」

 

「恐いのね。凄く怯えてる…、まるで怪物を…小鬼(あの時の夜)を目にした――」

「――喋るなッ…!!」

 

 淡々と繰り広げられる会話だが、彼の怒号で打ち切られた。

とても肉親同士の会話とは思えない程に、両者の…取り分け彼の言葉は冷淡に彩られていた。

レイラに()()()()()を見抜かれ、彼は突如として激昂し椅子から立ち上がった。

 

かなりの声量なのだろう。

彼の怒号は、隣の部屋にも届いていた。

何か大事でも起きたのかとライザは向かおうとするが、灰の剣士に制止される。

 

「フ~ッ…フ~ッ…、お前に何が分かる…!ハァ、ハァ…、姉さんは死んだッ…!あの時、あの時の夜…!何も出来ない小さな俺を部屋に匿い、姉さんは一人ゴブリンの犠牲となった…。何もするな?ジッとしていろ?お姉ちゃんは大丈夫だから?どこが…何が…大丈夫なものかよッ!?小鬼共に嬲られ弄ばれ、無残に死んだだろうがよッ!?なぜだ……俺の所為だよッ…!先生の言う通りだ…!俺が()()()()()()()から…姉さんは死んだんだ…!唯々隠れて、言う通りにして、見ているだけしか出来なかった…!あの時…あの時ぃ…、形振り構わず飛び込み小鬼共をぶん殴りぃ、不様でも姉さんと逃げてりゃぁよぉッ…、こんな…、こんな事になど……ハァ…ハァ…。誰の所為でもない…、全て…全て…何も出来なかった…何もしなった…、俺の一生の…負債だ……」

 

 激昂するあまり彼は、堰を切った黒濁りの感情をレイラに向け吐き出した。

師に拾われから、彼は嘲りの言葉を散々に吐きかけられた。

姉が死んだのは小鬼の所為ではない。

何もせず見ていただけの、自分の所為なのだと。

たとえ姉の言い付けを無視してでも、あの現場に飛び出し何かしらの抵抗を試みていれば、結末は変わっていたかも知れない。

仕方がない。

状況が悪かった。

まだ幼かった。

そう決めつけ諦観するだけなら、本当の幼子でも出来る。

師の言葉は彼の心を抉る程に、残酷な現実を嫌というほど突き付けた。

 

結局は何もせず、絶望に包まれ諦観していた自分の所為なのだ。

 

それが彼――ゴブリンスレイヤーの本心だった。

 

「…許せなかったのね、自分自身を。小鬼よりも…他の誰よりも…。苦しいのね…、もう消えない過去の惨劇が今でも貴方を――」

 

 彼が最も憎悪する相手――。

 

悪党よりも、混沌勢よりも、異形よりも、小鬼よりも憎むべき存在――。

 

   ―― 何も出来なかった自分自身が、誰よりも憎く許せない ――

 

小鬼よりも殺したく消してしまいたい、何も出来なった自分自身。

過去を消す事は叶わない。

何時頃だろうか?

修業時代、師から教わった記憶がある。

 

『仮に過去に戻れたとしてもよぉ、結果が反映されるとは限らんのさぁ…!』

 

 古代には、時間を超越し未来や過去に戻れる技術も存在していたらしい。

その技術が現存していたとして、仮に過去に戻り過ちの改変に成功したと仮定する。

しかし過去の結果が、今居る自分の世界に反映される保証は何処にもない。

新たな別の可能性を孕んだ、別の次元が更に増加する。

いわゆる別の世界線の誕生――多次元宇宙論(マルチバース)の実在である。

もし過去に戻り姉を救い出せたとしても、そこから姉が生きている世界線に分岐するだけ。

そんな事を、あの圃人の師は述べていただろうか。

 

―― もう姉は戻って来ない ――

 

―― もう姉は死んだ、小鬼の手によって ――

 

彼が小鬼殺しに執着する真なる理由。

それは人々を守る為でもなく、小鬼に対する憎悪でもなく、飽くなき殺戮欲求でもない。

唯々許せないのだ。

何も出来ず挙句の果てに肉親を失った、そんな弱い自分自身が最も許せない。

 

自身に向けられた罪悪感――。

もう消える事のない後に残る自責の念だけが、今も呪いとして心を蝕んでいるのだ。

この懺悔の呪いを払拭しない限り、小鬼と殺戮の憎悪の虜囚として彷徨い続ける。

 

宛ら生ける屍の如き、殺戮の亡者として。

 

「姉さんは死んだ…。もう戻っては来ない…。そして、お前は姉さんではない…()()()()()()()()()()()()……。フゥ…フゥ…、二度と俺の前に姿を見せるな…。お前は俺の心を狂わせる…これを置いていく」

 

 言葉を締めくくった彼は、腰から鞘に収まったままの短刀を拭き抜き床に放り投げた。

 

「この短刀…」

 

 鷲の頭部を模した柄頭の短刀――。

この短刀に、レイラは見覚えがあった。

 

「それで自分の身を守れ…!」

 

 そう吐き捨て、彼は早々に部屋を立ち去った。

 

「〇〇〇…」

 

 彼の本名を零しながら、彼女は徐に『鷲塚の短刀』を床から拾い上げる。

この短刀は、幼い彼に手渡した代物だ。よもや、この様な形で戻って来るとは。

手にした短刀を胸に抱き、彼女は無言で空きっ放しのドアを見つめ続けた。

 

ゴブリンスレイヤーが神殿から去った後、灰の剣士、ライザ、そして司祭長が改めて訪ねて来た。

司祭長は告げる。

引き続きレイラは、神殿の保護下に置かれる事を。

実は彼女、知識神の信徒でもある。

ここは地母神主導の神殿だが、小さくとも知識神の彫像を祀った祭壇も設けられていた。

祈りと信仰を捧げるのに、不便は生じない筈だ。

また彼女は調理にも長けており、これからは『調理師』として滞在する事が決まる。

 

「司祭長様。この様な私めに数々のご配慮、誠に感謝致します」

 

「良いのですよ。心の整理が着くまで、此処で養生なさい」

 

 たとえ教義が違おうとも分け隔てなく接する司祭長に、深い感謝を述べるレイラ。

彼女がゴブリンスレイヤーの実姉である事は確定済みだが、この事実は内密に伏せられた。

彼女と彼を引き合わせるタイミングとしては、少々性急に過ぎた感は否めない。

しかし、この神殿内で引き合わせた事で、彼等の関係は未だ周囲に漏れていない事は幸いだ。

これで二人の関係性に踏み込む輩の発生は、ほぼ無きに等しく、一定の安全が確保されたと言ってもいいだろう。

 

「結局ゴブスレ君、お姉さんを受け入れなかったね。大丈夫ですか、レイラさん?」

「ええ大丈夫よ、ライザちゃん。ありがとうね、気にかけてくれて」

 

 ある程度は予測していたのだが、やはり彼は肉親の…姉の生存と存在を認める事が出来なかった。

普段から無口で淡々としていた彼が、激昂し声を張り上げる事態など極めて稀なのだ。

よほど動揺していたに違いない。

しかしレイラの方も、この結果を予想していた様だ。

彼に拒絶されながらも、どこか冷めた振る舞いを見せている。

しかし、この邂逅はレイラ自身が望んでいた事だ。

確かに性急に過ぎたタイミングで引き合わせたのは、灰の剣士たちも理解していた。

その上で拒絶は想定内で、本当の目的は()()()()()を彼に認識させる事にあった。

表向き、彼は姉の生存を認めようとはしていなかったが、心に刻み込む事は出来た。

今はまだ何とも言えないが、確実に効果はあったと信じたい。

 

「だが彼は、酷く動揺していましたね。このまま放置はできませぬ」

「愛しの旦那様…し…失礼…、あの当時の癖が…コホン///。灰の剣士様…、何か良い考えをお持ちで?」

 

「……え…ええ。根本的でもなく即効性もありませんが、時間をかけてゆっくりと確実に――」

 

 だがこのまま放置しては、彼は精神に大きな乱れを抱えたまま過ごさねばならないのだ。

その様な状態で小鬼退治に挑もうものなら、余計な失態で死を招く危険性が極めて高くなる。

肝心の彼が落命しては、折角の再開も水泡に帰すのだ。

ゴブリンスレイヤーが、どれほど言葉と態度で拒絶しようとも、今こうして姉は生存している。

この現実は、どうやっても否定しようがない。

遅かれ早かれ、彼は今の現実を直視しなければならない。

だが彼は、これを機に神殿には訪れなくなるだろう。

そうなれば、姉でもある彼女との繋がり自ら断ってしまう愚行に他ならないのだ。

それを防ぐためにも、もう一手打つ必要があった。

 

何やら考えを示す灰の剣士。

 

そんな彼に対し、あの当時の癖でレイラは『愛しの旦那様』と口を滑らせてしまった。

途中で気付いたのか、彼女は顔を真っ赤に紅潮させながら慌てて訂正する。

また彼も彼で少々困惑し、ライザからジト目で睨まれてしまった。

 

「今直ぐには動けませぬ故、此処は私に任せて頂けないでしょうか、レイラさん?」

 

「お願いできますか、いとし…もとい、灰の剣士様?」

 

 この場では敢えて、解決策を口にはしなかった灰の剣士。

中身が気になるが、レイラは彼を信じ託す事にする。

 

ゴブリンスレイヤーと彼の姉であるレイラとの邂逅は、取り敢えず済ませる事は出来た。

彼自身、認める事はしなかったが、彼女の生存という事実を突き付ける事は成功した。

そして彼女はともかく、問題は寧ろ彼の方にある。

これは、まだ中途の段階で更なる措置が必要だ。

またもや灰の剣士が、動く意思を表明する。

 

一連の事柄を終え、レイラは引き続き神殿の保護下に置かれ部屋へと戻された。

幸いにも解呪の儀は成功を収め、彼女は真っ当な生者へと戻ったのだ。

彼女への風当たりも、これから少しずつ改善されるだろう。

 

「それで、これからどうするの~?()()()()()()()…?」(ーωー)ジトーッ

「随分、含みのある言い方ではないか?」( ゚ ω ゚ )

 

「フンっ、ベッツにぃ~?自意識過剰なんじゃないのぉ~!?」(ꐦ`•ω•´)

「いやぁ…、モテる男はつらいぜぇ…ファっファッファ…!――イテッ…!」( ̄ω ̄;)

 

「一生付き纏ってやるから…!この女垂らしめッ…!(絶対、クラウディアを紹介してやんないッ!)」( ゚Д゚)

 

 癇に障ったのだろうか?

唯の言い間違いの筈だが、レイラに『愛しの旦那様』と呼ばれた灰の剣士に対し、ライザは明らかに不機嫌な口調で睨み付け皮肉をぶつける。

しかし彼はというと余裕な態度で返し、更にイラついたライザに脛を蹴とばされた。

地味に身体能力の高いライザの蹴りは、思いのほか痛かった。

 

「もう用時は済んだんですか、お二方?」

「あ、ハリ君たち」

 

 ライザとの暫しの戯れの後、ハリを始めとした仲間達がやって来る。

 

「さっき、オルグボルグが、憤慨して出て行ったわよ?何かあったの?」

 

 少し前、ゴブリンスレイヤーが神殿から去るのを目撃していた妖精弓手と他多数。

彼女が言うには、かなりの憤りを含ませていた事が語られた。

普段から鎧兜に身を包んでいたゴブリンスレイヤーだが、端から見ても彼の憤慨した様子が分かる程だったという。

 

「ん…まぁ、彼も彼で色々あってな…。それと、調香師の貴公…。我々と共に来るという事でいいのか?」

「ああ、そうさ。アタイの調香術。存分に役立ててくれよな。それから、植物の栽培法に関しても少しは貢献できると思うぜ?」

 

「それは有り難い。持ち帰ったロアの実や他諸々の栽培を手助けしてくれ」

「へへ、任せな。…それにしても、アンタが、()()()()()だったとはねぇ…?」

 

「私自身も奇妙な現象だと自覚している。これが本来の私だ」

「あんま変わんねぇな。褪せ人のアンタと今のアンタ」

 

「灰の剣士と呼んでくれ…これからも宜しく頼む」

「こっちこそな、灰のアンタ」

 

 ラダーン戦を機に、本格的な交流を深めていた調香娘という存在。

紆余曲折を経て四方世界に流れ着いた彼女は、灰の剣士たちと行動を共にする事を決めていた。

互いに自己紹介交わし、彼等は工房(アトリエ)へ戻る事にする。

 

――彼は、小鬼の次元に留まり続けている。一見成長している様に見えるが、実の所そうではない。彼は、小鬼の襲撃から…例の惨劇から、一歩も前に進めていないのかもしれない。好い加減、歩ませないとな…。何時までも小鬼に引っ掛かってないで、その先へと…小鬼より一歩進んだ冒険者への道へと…。延いては、彼が幸福と思える人生を…。たとえ余計な事だと罵られようともな。

 

彼と出会って以来、今日まで行動を共にしてきた灰の剣士。

もう浅い関係などではない。

そんな彼だからこそ、分かる事もあるのだ。

 

彼を小鬼の向こう側へと、小鬼よりも先の領域へと進ませてやりたい。

 

我ながら傲慢だとも思えたが、それは彼の密かな願いでもあったのは確かだ。

ゴブリンスレイヤー自身、この自分の事をどう思っているのかは分からない。

若しかしたら、自分を友人とさえ思っていない可能性とてある。

だがそんな事は、正直どうでもいいのだ。

 

友には幸福に至ってほしい。

友には満たされた毎日を送ってほしい。

兜奥の彼は、きっと笑ってはいないだろうから。

心底笑う彼でいてほしい。

 

何時しか灰の剣士の心には、願いとも野心とも判別の付かない思いが宿っていたのである。

 

相変わらず神殿周りでは、大勢の人々で騒がしい。

まだ時刻は午前であり、聖黄金樹の輝きも心なしか薄いのは、きっと降り注ぐの陽光の所為であろう。

 

……

 

酷く心が乱れる。

呼吸が重い。

鼓動も早い。

そしてどういう訳か、身体中が熱い。

何だ…この奇妙な感覚は…?

こんな事は初めて…?いや違う…。

似ている…。

自分の思い通りに事が運び、小鬼を思うように蹂躙できた瞬間に…。

何故だ…?

何故…今ここで高揚する…?

此処に小鬼は居ない。

頻繁に小鬼が侵入できる街ではないのは、俺も知っている。

クソ…忌々しい…!

余計な事をしやがって…灰よ…!

呪いを解いたまではいい。

そこまでは良いんだ。

だが何故、俺とあの人を引き合わせた?

…駄目だ…!

まだ記憶に残っている、あの顔と立ち振る舞い…。

それが今日…、俺の前に晒された。

やめろ…!

やめてくれ…!

もう俺に…俺の前に姿を見せないでくれ…。

 

街外れの路地裏で、彼は腰を下ろし壁に寄り掛かっていた。

そして珍しく古い鉄兜を脱ぎ、深呼吸を何度も繰り返している。

だが一向に、落ち着きを取り戻す気配が見えなかった。

苦しみにも似た、言いようのない高揚感――。

無理に鎮めようと藻掻けば藻掻くほど、却って鼓動は早くなり、例の女とのやり取りが記憶に蘇る(フラッシュバック)

 

あの女は名乗った。

自分の敬愛する肉親の…実の姉の名を――。

あの夜、村を襲撃した小鬼に殺された姉の名を。

まるで自分こそが、その本人であるかのように。

 

   ―― 姉さんが目の前に現れた ――

 

   ―― 不死ではない生きた姉さんが ――

 

「く…クククク…クフフフ……くハハハハ……ハァッはッハハハは…!」

 

 人気が無い事を幸いとし、彼は薄ら笑いから徐々に声を大に張り上げ盛大に笑いあげる。

 

認めよう…今の自分の抱く感情――。

 

これは…正真正銘の()()なのだと。

 

思うように小鬼を蹂躙できた瞬間にも似ている高揚感――。

今の燻ぶった感情の水面は、正に似ている。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…、駄目だ…認めてはならない…クククク…ハッハッハッハ…ハァ、ハァ、気がヘンになりそうだ…」

 

 容姿も、声も、振る舞いも、気配さえも、何もかもが当時の…あの時と全く同じレイラと名乗った女。

よくもまあ堂々と名乗れたものだ。

 

この俺の姉などと――。

 

それだけに飽き足らず、この俺を本名で呼びやがった…あの女め。

しかも女の子を守れだと?

何故あの時の言葉を、お前が知ってるんだ?アレは姉さんが俺に送った言葉だぞ?

俺の素性を調べて、どうする積りだ…?

この俺から何を得たい?

クソ…ダメだ…!

勝手に…勝手に、笑いが込み上がてきやがる…!

やめろ…言う事を聞け…、俺の身体よ…!

 

止めどなく奥から奥から湧き上がる、高揚と衝動を必死に抑え付ける彼。

だが幾ら抑え付けようと努めたところで、彼の口から自然と笑いが漏れ出ていた。

その湧き上がる衝動を尚も抑え付けようと、無理やり考察を変え意識を切り替えんと試みる。

しかし、その行為も無意味と化す。

意識すまいと努めれば努める程、余計にレイラと名乗った女を意識してしまい、その度に笑いが込み上げてしまうのだ。

 

もうそれを何度も何度も繰り返し、幾許かの時間が経過する。

ギルド裏手の工房(アトリエ)に立ち寄る予定だったが、この状態ではとても顔を出せそうにない。

 

「こんな時に限って、小鬼退治の依頼は無い…。全く今日は……厄日だ」

 

 そうだ――。

小鬼だ――ゴブリンだ。

こういう時は小鬼共を皆殺しにし、この衝動をぶつければいい。

しかし今日に限って、それさえも叶わない。

何せ、赤黒い空と赤爛れた陽光の影響で、ギルドからの小鬼退治の依頼は消失していたのだ。

定期的に仕事を割り振られるのは幸いだが、自分から小鬼退治に赴けない現状に、些かの不満も感じてはいた。

そういう状況も手伝い、結局()()()へと意識が連れ去られてしまう。

 

駄目だ…絶対に…絶対に…、あの女をレイラと…姉さんと認めてはならない…。

 

彼はまたもや呼吸を乱し、今度はガタガタと震え出す。

 

「もしも今…。今…。あの女を…あの女を、()()()()()()()しまえば…。俺は…この俺は…、二度と……。もう二度と……――」

 

 そしてうわ言の様に独り言を幾度も反復し、彼は神殿の方角へと視線を向けた。

 

彼の姉は、今この街で生きている。

それだけは、断じて――。

断じて今…認め受け入れてはならない。

何も出来なかった自分の所為で、自分の姉は小鬼に殺された。

自身に対する罪悪感と憎悪を糧に、彼は今日まで小鬼殺しに身を(やつ)してこれたのだ。

様々な失敗を繰り返し負傷しては、その度に何度も学び直し実践し血肉へと変えてきた。

()()()()が在るのも――。

子鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)でいられるのも、この想いが原動力となっていたからに他ならない。

 

もし今、彼女を我が姉と認めてしまえば――。

彼は自分を許してしまうだろう。

 

それが何よりも怖かった。

喪失してしまう――。

消え去ってしまう――。

 

もう二度と――。

もう二度と――。

 

 

 

 

 

   ―― ゴブリンスレイヤーではいられなくなる ――

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

マルギットの拘束具

 

黄金の魔力を帯びた呪物。

忌み子と呼ばれる呪われた者たち。

そのただ一人を、特に厳重に拘束するもの。

 

僅かだが、その拘束の魔力は残っており嘗ての幽囚、マルギットを一時的に地に縛るだろう。

 

今の彼には通用するのだろうか。

 

 

 

 

 

 




呪いが解かれ、生者へと戻った不死の女。
彼女の『レイラ』という名ですが、勿論私の想像で書いたものですので原作とは一切の関連性はありません。ご了承を。

さて、実の姉と再会できた訳ですが、ゴブスレの心が安定するどころか却って不安定へと逆行してしまいました。
確かにあの様な惨劇を経験してしまえば、たとえ生きた姉との再会が叶ったとしても簡単に受け入れられる訳がない。
このタイミングでは、彼の心は晴れやかにはならない。
しかしこの話の終盤でも分かる様に、彼は笑いを込み上げていた。
心の奥底では、彼女の事をどう思っていたのか?

彼が小鬼退治から真に手を引くには、まだまだ乗り越えねばならない問題が山積みです。これらも解決しなければ、彼は小鬼の呪縛から逃れる事は叶わないと、私は解釈しております。

長文失礼いたしました。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/

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