ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
随分遅くなってしまいました。
序盤は、敵側の視点で始まります。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第153話―ロスリック・流れ着く胎動―

 

 

 

 

 

 

黒鉄の大盾

 

黒鉄で作られた大盾。

騎士狩りゾリグの恐怖と共に知られるもの。

黒鉄は防御効果が高く、特に炎を寄せつけない。

 

戦技は「シールドバッシュ」

左右どちらに装備していても有効な戦技。

ガードしたまま体重をのせて盾をぶつけ、敵を押し出し、またよろめかせる。

 

黒鉄の歴史は古く、防御の要として重用されてきた。

また防具だけでなく、建築材として今も活用されている。

 

 

髪研ぎの木櫛

 

何処にでも流通している、ありふれた木の櫛。

毛髪を研ぎ身嗜みを整えるための代物。

 

毛髪と外観は深く繋がり、繋がりは交流に行き着く。

交流は物語りとして、やがて広く伝導されゆくだろう。

 

これは安物だが、歯並びが細かく使い易い。

値段は、銀貨1枚~2枚。

(超高級品も、大都市では市場に流れている)

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 翠色冷光(すいしょくれいこう)の照明は、降り注ぐ月光にも類似している。

だが石畳と石壁に包まれた一室には、一つとして窓はなく外界との一切が断たれていた。

此処からでは昼なのか夜なのか確かめる術はなく、頼りになるのは己が体内時計のみ。

その様な異質とも言える空間に長く留まった積りはないのだが、この部屋は異界のような錯覚を覚えてしまう。

四方世界には違いないのだ。

だが、この冷厳な空気感は、どう比喩すればいいのか。

室内の一区画に設けられたガラス管は、人一人を収めるのに十分な容積を保持している。

この部屋は密室だが、水晶にも似た結晶からは月光を思わせる不可思議な光を放ち光源には事欠かない。

確か、輝石と言っていただろうか。

まぁどうでもいい。

輝石より発せられる灯りに照らされ、部屋の主役を飾っていた大ガラス管。

そのガラス管を数人の男女が取り囲み、各々の表情で意識を向けていた。

 

「驚いた…、唯の人型が見る見る間に――」

 

「そうとも、これが錬金術の神髄…。とは言え、君が持ち帰った予想以上の成果も含まれているがね」

 

 ここに集う人物の内の二人――。

一人は、高貴な衣服に身を包み貴族階級の身分である事が分かる。

腰に東洋風の曲刀を差し、若さを匂わせ美麗な顔立ちを備える剣士。

彼はアーランドと呼ばれる他国より来訪していたが、然る要因が働き嘗ての仲間とは袂を別ち現在に至っている。

 

   ―― 王侯の剣士 ――

 

隣の人物から、そう評されていた。

 

そして隣の人物だが、素顔を仮面で隠し燕尾服に似た服装の上に丈の長い外套を羽織っている。

手には杖を持ち、王侯の剣士に言葉を返しながらも意識はガラス管へと向けたままだ。

 

   ―― 仮面の錬金術師 ――

 

その男は、そう呼ばれている。

 

二人が視線を寄せるガラス管の中は、有色の透明液に満たされ時折り小さな気泡が上方へと上る。

その液体の中心部には、少女の形を成した人型が眠る様に浮いていた。

長い銀色の髪が液体の中で浮遊し、あらゆる方向へと広がり揺らめいている。

目を閉じ意識は覚醒していない様だが、その顔立ちは何とも美しく神秘に満ちながら純粋に彩られていた。

その外観だけでも魅惑的で吸い込まれそうだが、少女型の身体つきは意外にも凹凸が明確で、腰の括れや胸部の主張は思いのほか豊かだ。

神秘的で美しく、それでいて何処となく淫靡な人型が、ガラス管で安置されている。

全く錬金術とは、この様な事まで実現できてしまうものなのか。

 

王侯の剣士は、唯々ガラス管に魅入られていた。

 

「聞けば、あと一歩で()()()()()()を連れ去れたそうじゃないか?」

「ああ。あの妙な女の介入さえなければな」

 

 ガラス管に視線を向けつつも、王侯の剣士に言葉をかけた仮面の錬金術師。

 

王侯の剣士は、とある銀髪の少女にして錬金術士の『毛髪』を持ち帰ろうと行動を起こしていた。

しかし彼女の抵抗は脆弱で、流れ的にも拉致が容易と判断できた。

だが厄介な女(鳥羽の狩人)の横槍で、結局は『毛髪と生き血』の入手に留まり、そのまま彼は逃走。

王侯の剣士は、忌々し気に当時の出来事を思い返している。

(本編前夜編 第142.5話参照)

 

「確かに本人を連れ帰れば、直ぐにでも君の望みは叶っただろう。だが案ずる事はない。『毛髪と生き血』だけでも、多少の人格の再現は可能。いや、記憶に空白ができる分、ある意味では君の都合よく改変も出来るのだよ」

「…それはつまり――」

 

「そう。()()()()()()の、エルメルリア=フリクセルが誕生する。君が欲する彼女が、出来上がるのだよ」

「僕の…、僕だけの…ルルアが……?」

 

 ガラス管の少女体は、王侯の剣士が良く知る女性『エルメルリア=フリクセル』の姿を模倣していた。

だが現時点では、彼女の身体のみの再現に留まり精神までは不可能だ。

確かに彼女の『生き血』は、細胞にまで記憶も人格も宿している。多少の精神を構築する事も叶うが、完全再現とは程遠い。

しかし不完全な精神性は、逆に言えば空虚な人格生成を意味し所謂『無垢』と言い換えることもできる。

つまり後付けとはいえ、自分にとって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()まで肉付けする事も不可能ではない。

今思えば彼女は哀しい体験を経て、心に深い影を宿してしまった。

更には、()()()()()()()()に心を許してしまい、考えたくはないが身体まで許している可能性も否定し切れない。

駄目だ――。

アイツの躰も心も、自分の物でなくてはならない。

もう()()()()()()()()()事だろう。何と、労しい事か。

ならばガラス管にて完成間近の、この真っ新な穢れの無い躰にアイツを宿さねばならない。

だが今のアイツの心そのものを移植すれば、あの剣士の事まで色濃く刻み込んでしまう。

それでは何の意味もなく、断じて容認も出来ないのだ

 

アイツは、自分だけに、この()()()を視てればいいんだ。

 

ならば下手に完全再現するよりも、都合よく改変を経た方が望みが成就できるのでは?

自分にだけ関心を寄せるように仕向け、あの哀しい記憶は存在せず、春風の如き笑顔を自分にだけ向ける。

その様な考えが脳に満ち、王侯の剣士は口端を自然と釣り上げた。

 

「そう都合良くいくかしら?空虚さは、思わぬ介在をも受けてしまうものよ?」

「…貴様」

 

「そう怖い顔をしない王子様❤。予想外の要素で『こんな筈じゃなかったぁ…!』なんて後悔する前に、あたしの精神を挿入させた方が宜しくてよ?まだ融通が利くわ♪」

 

 都合の好い思惑で多幸感に満たされる王侯の剣士へと、一人の女性が横槍を入れた。

以前、月夜の下、王侯の剣士に接触を図った女の魔神である。

(本編前夜編 第140話参照)

豊かな金色の頭髪、真紅と黒の色合いを放つレオタード状の衣服に、胸元の開いたコートを羽織る何とも目立つ出で立ちの女。

色香を匂わせる服装と顔立ちに加え肉感漂う身体つきは、高級娼婦を思わせる華美な雰囲気を無遠慮に解き放っていた。

彼女――『華美の女魔神』は言い放つ。

 

自分の精神を宿した方が、確実だと。

 

不完全な精神の少女体は、確かに刷り込みを後付けで添付できる。

ある意味での無垢ゆえ成せる訳だが、無垢である分、思わぬ外部からの影響には細心の注意を払わねばならない。

それこそ、いつ何時、少女体に微細な影響を及ぼすか予想も付かないのだ。

今こうしてガラス管の中で安置されている少女体だが、この会話でさえ何らかの影響を与えている可能性すらある。

その様な不確定要素の少女を再現するよりも、ある程度の融通が利く自分の精神を送付させた方が、王侯の剣士の望みを実現し易い。

華美の女魔神は、そういう考えを提示していた。

何せある程度なら、エルメルリア=フリクセルの真似事ぐらいは造作も無いのだから。

それこそ王侯の剣士が望む形を自分が聞き入れ、その精神を構成し少女体へと送る。

多少自分の精神性を反映させてしまうが、それは些細な問題だろう。

そもそも今の彼、王侯の剣士はエルメルリア=フリクセルこと通称ルルアの躰と心の両方を欲している。

華美の女魔神は自らが好色なのを自覚もしており、その精神性を反映させる事で彼の望みにも対応させ易い。

決して悪くはない無い考えだと思うが、どうだろう?

 

「お前の心まで反映させるのか?」

「あら不服?」

 

「その子…、いろんな面で…寛容だから…、アリ…かも…?」

 

 今一、華美の女魔神を受け入れる気にはなれない王侯の剣士。

彼女は、今まで相手をしてきた商売女にありがちな言動で振舞っており、どうしても抵抗を感じてしまうのだ。

だが思わぬ介入が、横から差し込まれた。

部屋の片隅で様子を窺っていた、感情の乏しい少女が言葉を挟んできたのである。

一見、只人の少女の様に見えるが魔神の眷属である事は判明している。

この少女は、魔神特有の角や尾や翼といった部位を体内に収納できる能力を有していた。

それ故、外観だけなら華奢で矮躯な少女にしか見えない。

身体の部位を収納できる分、華美の女魔神と比較しても更に上位の存在と言えるかもしれない。

 

「ちょっと、()()()って表現やめてくれる!?これじゃあ私、まるで子供みたいでしょうがッ!?」

「…事実…。アンタ…、妹だし…」

 

 その子と称された事に声を荒げた、華美の女魔神。

 

感情の乏しい少女の魔神――『気抜けの女魔神』とでも称しておこう。

華美の女魔神に比べ、自己主張も感情も乏しい言動を見せる彼女だが、小柄な体躯とは裏腹に()でもあるのだ。

彼女…『気抜けの女魔神』は曰く。

華美の女魔神は、好色ではあるものの多方面に寛容でもある。

彼女の精神を幾許かでも注ぎ込んでおけば、後々広い寛容性を発揮し様々な要素を受け入れ易くなるだろうと。

その様な措置を施せば、後付けでも教育が容易となるのではないか?

それが『気抜けの女魔神』の考えだった。

 

「…成程、モノは考えようだな」

 

 彼女の考えを受け、王侯の剣士は暫し思案した。

幾許か考えた後、仮面の錬金術師へと考えを示した王侯の剣士。

あくまでルルアの精神をベースとしつつ、寛容性拡大のため『華美の女魔神』の精神も封入させる。

王侯の剣士は、結局その案を受け入れる事にする。

 

「いいだろう。ではその様に仕上げへと移ろうか」

 

 実は、ルルアを模した少女体の肉体は完成しており、後は人格と記憶を設定するだけの段階なのだ。

精神構築の過程さえ済ませれば、取り敢えずは『エルメルリア=フリクセル』という少女体(ホムンクルス)は完成し活動させる事ができる。

眼前の仮面の錬金術師が、素直に自分の望みを叶える為だけに協力している訳がない。

この男はこの男で、何らかの狙いで動いてる筈なのだ。

それ位は、王侯の剣士とて理解している。

怪しい組織だが、協力こそすれど今は自分に何の不利な点はなく失う物も皆無だ。

それに、この錬金術師に協力する限り、新たな力が手に入る可能性も高い。

既に伝達してある。

 

   ―― 更なる力を手中に収めたい ――

 

「一応言っておくが、アイツを此処に連れて来る事も諦めてはいない。だがアイツの心を移し替えれば、()()()()()()()はいったいどうなるんだ?」

 

 王侯の剣士は、ルルアを此処に連れ込む事を断念した訳ではない。

確かに自分の望むがままの都合の好い精神を今から宿せるのは、非常に魅力的ではある。

しかし遅かれ早かれ、エルメルリア=フリクセルそのものの心を眼前の少女体に宿す事も、彼は望んでいた。

だがそうなった時、元のルルアはどうなるのだろう?正確には、元のルルアの躰は?

 

「無粋な事を聞くのだね。同じ精神と身体をした人物が()()()()()()、却って混乱するだけだろう?…つまりは…()()()()()()…」

「――元のアイツは、ルルアは死ぬという事なのかッ!?」

 

「心を新たな身体に移し替えるだけだ。その際、多少の記憶を改竄(かいざん)させれば、君の望みは自ずと叶うだろう?…それとも毛色の異なるルルアとやらを()()()()()()()()かね?まぁそれはそれで、不思議な絵面となるだろうさ♪」

「――ぬッ…!」

 

「まぁ今は、疑似とは言え人格を宿さねば活動さえままならないのだ。今の身体はいわば赤子も同然、これから様々な経験を積ませ育成せなばならんのだからな」

「お前の思惑など僕の知る所ではない。だが協力し続ける限り、僕にも有利に事が働くのだろう?」

 

「そうとも。よく分かってるじゃあないか。互いにWinWinな関係を保とう、王侯の剣士君♪」

「…フンッ!」

 

 何を今さら分かり切った事を――。

そう言わんばかりの気配をぶつける仮面の錬金術師。

仮面により表情が窺えずとも、声音や雰囲気だけでも異質の迫力が滲み出ていた。

底知れぬ才覚を秘める仮面の錬金術師だが、協力関係さえ維持させれば様々な利点も望める。

今の関係がどれほど続くは分からないが、この男の力を越えさえすれば何時でも手を切る事は出来る筈だ。

サッサと始めろと表情に乗せ、王侯の剣士は眼前の男を睨み付け鼻を鳴らす。

 

また仮面の錬金術師も、それ以上何も言わず魔法陣の上に立ち魔力を集中させた。

 

その様子を部屋の片隅で見守っていた女が一人居る。

彼女は終始無言ではあったが、浮かべる表情は落胆を隠そうともしていない。

無言ゆえ、誰も彼女に関心を寄せてはいなかったのは幸いと言った方が良いのか。

しかし彼女は誰にも聞こえぬ小声で、こう呟く。

 

「…残念だよ、王侯の剣士」

 

 金色の短髪を備え白を基調とした貴族服に身を包んだ、少女とも女性とも判別が付かない女。

色白の肌と赤い瞳を持つ彼女も、只人ではなく魔神の眷属だ。

腕組みしながら壁に寄り掛かり、彼女は頭を軽く振り静かに嘆息する。

 

此処はロスリックの下層部、『深みの聖堂』と呼ばれる大規模な施設だ。

嘗ては白教の総本山として存在感を放っていたが、今や邪悪な組織の巣窟と化し闇に塗れている。

それを現すかのように、壁面を隔てた外界では『赤黒い空』と『赤爛れた陽光』が今なお地上に降り注いでいた。

 

……

 

 深みの聖堂にて策謀を張り巡らせているのは、何もオスロエス傘下の組織だけではない。

幾多にも及ぶ大小の組織が、この聖堂に集い其々の思惑で動いていた。

仮面の錬金術師たちが集う部屋とは別の区画――。

何の変哲もない部屋だが、数名の騎士たちが屯し話し込む。

 

「間も無くロンドール部隊が、大穴に到着するとの報せが」

 

 一人の鎧騎士が、アストラの上級騎士に報告を寄せた。

 

「そうか。だが奇襲には、ならんだろうさ。向こうの大半は、ソウルの感知で潜伏など容易に看破する」

 

 重厚ながらも品格を兼ねるアストラ上級騎士の防具一式を纏い、腕組みで壁に凭れ掛かっていた一人の騎士。

全身余すことなく鎧兜で覆われ、性別は疎か素顔さえも外部からは認識できない。

しかし兜奥からは、意外にも若い女の声質を発していた。

いや下手をすれば女性よりも幼い少女と然程変わらない若々しい声だ。

 

「しかしリーダー・アンリ。()()にも助っ人として、此方側の騎士を数名ながら派遣しています。奇襲とはならずとも、奴等の攪乱は可能かと思われますが?」

「そうして貰わんと困るよ。これ以上、黒教会の蛮行で四方世界を破壊させたくはない」

 

「我々も参戦すべきでは?」

「気持ちは分かる。僕も同じ気持ちなんだ。だが僕らまで表立って事を起こせば、それこそ今までの計画が水泡に帰す」

 

「…何時まで耐えれば…?」

「近い内…必ずだ…。必ず近い内に、この聖堂に()()()が発破する。その時こそ僕らも動く時…!」

 

 ここに集う騎士たちは、皆ロンドール所属の構成員で『元・アストラ騎士』に身を置いていた。

確かに彼等は黒教会所属だが、皆が皆、ロンドールの思想に感化されてはいない。

寧ろ”生命溢れる四方世界こそ守られるべき”との思想に行き着いていたのである。

所謂『パルチザン』とも呼べるのだ、彼等は。

そして、彼等を纏め先導していたのが、ロンドールのアンリだった。

否、彼女は今も()()()()()()()()として活動している。

表向きはロンドール黒教会で、あの『闇の王の伴侶』としての立場にいながらも、()()()()に属していた。

 

「ユリアの標榜する『三本指』にも、闇の王が目指す『二本指の黄金律』にも、僕は従う気など無い」

 

「「「「「それは我々も同義…!」」」」」

 

「そうとも。生命と光に満ちた四方世界こそ、存属する価値がある。混沌勢や闇の勢力に明け渡してはいけないんだ」

 

「「「「「闇に塗れた世界など、もうたくさんだ…!」」」」」

 

「然り。だが今は、忍従の時だ。屈辱に耐えておくれ…より良き未来と世代の為に――」

 

 そう時間を置く事もなく、ロンドール黒教会の部隊が帰還する。

帰還するのは一部の部隊だけだが、王都制圧の報は彼等にも届いていた。

今も外部で降り注いでいる『赤黒い空』と『赤爛れた陽光』が、何よりの狼煙として機能しているのだ。

王都制圧を成し遂げた彼等は、王統府要人を連行して来る手筈だ。

この深みの聖堂で、彼等を()()()()()として捧げる為に。

 

だが此方も指を咥えて静観している訳ではない。

四方世界ではない異界より流れ着いた『狩人』と呼ばれる人種と結託し、ロスリック拠点街へと混沌勢の情報を提供していたのである。

地道ながら長期間この活動を行う事で、拠点街のギルド側も早い対応が叶い、ロスリック内の混沌勢に対抗する術が実現していた。

 

そして今回の作戦だが、深みの聖堂へと至る道半ば『結晶の古老』の広場に穿たれた大穴が舞台となる。

闇の王率いる黒教会主力は、その大穴を伝い地中から王都奇襲を敢行した。

(本編前夜編 第129~133話参照)

そして一連の作戦を終え、一先ずは王統府と首脳陣を引き連れ帰還するとの事。

当然、件の大穴を伝い姿を現す事が確定していた。

アンリが主導する抵抗組織(パルチザン)は、その情報を拠点街側のギルドへと逐一伝達。

その報を受けたギルド側も、手練れの冒険者集団を編成し待ち構えていたのである。

 

彼等の主目的は言うに及ばず、王統府首脳陣を救出と敵側の損害だ。

 

しかしアンリ側は、あくまで後方支援に留まり表向きには参戦しない。まだ目立つ行動は避けなばならないのだ。

確かにアンリたちも奪還作戦に参戦すれば、冒険者部隊の心強い戦力として機能する事は間違いない。

とはいえ、此度の奪還作戦に参加する冒険者部隊は実に100名にも上る。

しかも大半が手練れで、最低でも青玉等級の実力を兼ね備えた者たちばかり。

一方的に大敗するとは考え難かった。

 

「しかし念には念を押して、プランBも執り行う。例の男に伝達しろ、直ぐに決行だとな」

「了解しました」

 

 100にも及ぶ冒険者が徒党を結成し、ロンドール部隊へと襲撃を試みる作戦。

王統府や要人を抱え、深みの聖堂への連行を阻止し救出するのが主目的だ。

だが少数とはいえ、ロンドール部隊は精強揃いの猛者たちだ。

成功率には、いま一つの不安が懸念された。

そこでアンリは『プランB』という更なる策を講じていた。

間もなく冒険者集団とロンドール部隊が交戦となるだろう。

 

その混乱に乗じ少数の班が、深みの聖堂にて破壊工作を行うという作戦だ。

 

標的は、生贄の儀式に使用されるであろう祭具全般。

これ等を、破壊ないし使用不能に追い込んでおけば、儀式の決行を引き伸ばせ時間稼ぎに繋がる。

万が一、襲撃作戦が失敗しようとも、例の()()()到着までの時間は稼げるのだ。

 

「あとは結果次第か…」

「リーダー・アンリ。我々の存在ですが――」

 

「闇の王はともかく、ユリアには感付かれている」

「その割には、目立った妨害など特に無いのですが」

 

「不気味な女だよ。人の時代と称した闇の時代を標榜しておきながら、今度は()だる様に黄色い『狂い火』へと傾倒している」

「三本指…混沌の坩堝――」

 

「もう人の時代云々の話ではない。我々心持つ生命の危機に差し掛かろうとしている。成就させてはならない」

 

 作戦の成否が、これからの明暗を分けるのは間違いない。

そしてアンリが主導するパルチザンだが、既にユリアには気付かれていた。

しかし、これといった妨害を特に受ける訳でもなく、それが余計不気味に感じていたアンリ。

泳がされているのか、取るに足らない些事なのか、ユリアの思惑は定かではない。

ロンドール全体が変革の兆しを見せている様に、ユリアを始めとした派閥も理念が変容していた。

 

   ―― 三本指 ――

 

彼女達一派は、三本指に傾倒し狂い火に魅入られてしまった。

それに伴い『全ての生命を混沌の坩堝にて焼き溶かす』という、ロンドールの悲願とはかけ離れた目的を志すに至ってしまう。

今のユリア自身は平静を装っている様だが、言動が明らかに変化していた。

また見知らぬ人物が複数参入し、聞けば彼等は例の『狭間の地』からの来訪者だというではないか。

 

黄色い狂い火は混沌の炎。

その火にて全ての生命を焼き溶かし、原初たる一つの生命へと回帰させる。

それが成就された後、初めて『真なる平穏の世界』が到来する。

 

冗談ではない。

 

その様な世界が実現してしまえば、これまで描かれ紡がれてきた歴史が全て『無』に帰してしまうではないか。

光や闇などと拘る以前に、生命の営みそのものが無意味と化す。

四方世界は()()()()()

狂い火の結末など、断じて受け入られよう筈もない。

何としても阻止せねば――。

 

――ユリア一派が邪魔してくるとは思えんが、警戒はしておくべきか。

 

「…気が変わった。僕たちも現場に急行する…!直接参戦するかどうかは、戦況次第だ」

 

「「「「「――了解っ!」」」」」

 

 参戦の予定はなかったのだが、ロンドール以外の加勢も視野に入れておくべきか?

不測の事態は常に想定しておかねばならず、現場に赴き動向を静観する方針を告げたアンリ。

参戦した場合、もう深みの聖堂を”隠れ拠点”として使う事は出来ないだろう。

別の拠点確保にも動いた方が良さそうだ。

アンリは部下達ともに動きを開始した。

 

……

 

   デエェェ ―― 結晶の古老の広場 ―― ェェェエン――

 

彼方昔の、火が陰りし(ダークソウル3)時代。

岩場に囲まれた広場では、火のない灰と古魔術師が激闘を繰り広げた歴史が刻み込まれ、その記憶も今や風化し幾星霜。

激闘の名残さえ消え失せた広場の中央に穿たれた、巨大な大穴から複数の騎士たちが姿を現す。

騎士たちは大半が漆黒の鎧を纏い、数台の馬車の警護に就いていた。

 

「愚か者め…、奇襲にもならぬわ…」

 

 彼等はロンドール黒教会に属する部隊である。

王都襲撃に際し王宮の制圧に成功。

その過程で捕らえた王統府要人たちを『深みの聖堂』へと護送するべく、こうして帰還していた次第である。

警護に就く騎士たちの中には、ロンドール4騎将の一人『深みの霧』が周囲の気配を察知し嘲る。

彼は大穴の中で既に特定していた。

 

この広場にて、多数の冒険者部隊が待ち構えている事を――。

 

目的など考察するまでもない。

馬車に捕らえてある『王統府要人』の奪還が目的なのは、もう分かり切っている。

 

「深みの霧さま――」

 

「案ずるな、手筈通り円陣にて展開せよ」

 

 一人の配下が彼に耳打ちするも、『深みの霧』は落ち着き払った様子で部隊展開を指示。

配下の構成員たちは、速やかに馬車を囲むように陣を展開し奇襲へと備える。

 

「――さぁ、冒険者諸君!我らは逃げも隠れもせぬ…!大人しく姿を現し、その蛮勇を振るって見せいッ!!」

 

 陣の展開を終え、『深みの霧』は仰々しい大声を張り上げた。

看破された以上、潜伏など無意味に等しい。

奇襲を敢行し短期決戦を目論んでいたであろう冒険者部隊だが、その策も水泡に帰した。

 

『……』

 

 彼の煽りに呼応するかのように、周囲の岩場から冒険者たちが一斉に姿を現す。

 

「魔法使いの癖に、脳筋なんだから…」

 

 護送部隊に同行していた女魔神『深き夢』は、同胞の男に軽い溜息を吐く。

 

「ふむ…それなりの数だな」

「大半が手練れね。無傷とはいかないわよ?」

 

 姿を現した冒険者だが、実に100を超え殆どが手練れで編成されていた。

対するロンドール護送隊は20前後――。

真面に戦えば、大損害は免れない戦力比だ。

 

「深き夢殿…、少々の造作をお頼み申し上げる」

「いいわよ。予定通り、転送門(ゲート)を開くのね」

 

 冒険者部隊の目的は、あくまで王統府要人の救出に専念する筈だ。

表向き余裕の振る舞いを見せていたロンドール側だが、現状の戦力比に不利を感じていたのも確かである。

しかしそれも想定内のロンドール側。

深き夢に『転送門』の展開を依頼した、深みの霧という男。

 

『――総員、矢を射かけろッ!!』

 

 指揮官らしき冒険者が、多数の弓隊に射撃を命じた。

ロンドール側を包囲するように展開していた弓隊から、一斉に鋭い矢が射出される。

矢避け(ディフレクトミサイル)の秘術を展開していなかったロンドール側だが、騎士たちは虚空から大盾を出現させ矢を防ぎ切った。

彼等も一人一人が卓越した騎士であり、構えた大盾は金属製の『黒鉄の大盾』であり、殺到する矢を完全に遮断した。

 

「――第2射、射かけろっ!」

 

 第1射目が防がれるも、指揮役の冒険者は即座に次の命令を下す。

命を受けた弓隊は、透かさず第2射目を放つが、それも敢え無く防御されてしまった。

 

「――ぬッ…、これは…煙幕かッ…!」

 

 ロンドール騎士の一人が、矢の異変に気付く。

鏃の部分は球体の様な物に置き換わっており、その部分から煙が止めどなく噴き出していた。

冒険者部隊が第2射目に放ったのは、実は『煙幕矢』である。

忽ち鏃から噴き出す煙幕は拡散し、短時間の内に広場全域が煙に覆われた。

 

「フン愚かな連中よ。我らは、ソウルの感知が出来る事を未だに理解できんか」

 

 視界を奪った積りなのだろう、冒険者部隊は。

その混乱に乗じ、王統府要人を救出する作戦なのは容易に想像がつく。

しかしロンドール側は、ほぼ全ての構成員に至るまでソウルが察知できるのだ。

たとえ視界不良に陥ろうとも、相手の位置や行動など察しがつき戦闘に支障はない。

視界不良に陥れば寧ろ不利なのは冒険者側で、深みの霧は煙幕の中で肩を竦め嘲った。

 

しかし指揮役の冒険者は、予定通りと言わんばかりに次の命を下す。

 

「――例の物を投げ込めッ!」

 

 彼の命を受けた冒険者たちは、一斉に何かを投げ込む。

彼等が手にしていた物は、頭蓋骨の形をした『誘い頭蓋』であった。

煙幕に吸い込まれる様に投げ込まれた『誘い頭蓋』は、地面に着弾したのか砕け散り封入いたソウルを撒き散らす。

 

「――総員、俺に続けぇッ!」

「「「「「「――おぉッ…!!」」」」」」

 

 時は今――と言わんばかりに、指揮役を筆頭に煙幕の中へと突撃する冒険者部隊。

 

「ほぅ…少しは考えたな。だが、それも今の内だけだ」

 

 煙幕と誘い頭蓋で、視界とソウルを擬態させる。

これが冒険者部隊の作戦の一つで、深みの霧は些かに関心を寄せる。

視界はともかくソウルが霧散した事で、ロンドール騎士たちは迂闊に動けず防御を固めるしかなかった。

煙幕による視界不良なのは冒険者側も同じなのだが、彼等は精霊魔法や真言魔法による援護で敵位置を把握している。

戦闘力に長けた戦士職が率先しロンドール騎士たちに攻撃を仕掛け、機動力に長けた斥候職が馬車へと急行した。

 

煙幕の中、激しい剣戟音が鳴り響き、冒険者部隊による救出劇が繰り広げられたのである。

 

煙に覆われ目視で戦況を確かめる事は困難だが、遠間から静観していた部隊が在った。

 

「どうやら優勢のようですね」

「助言した甲斐があったというもの」

 

「まだ始まったばかりだ。4騎将の二人が同行してる以上、どう転ぶか油断できない」

 

 静観していた部隊は、アンリ率いるパルチザン。

冒険者部隊と通じ、今回の作戦を主に情報面で支援していた。

彼等からも見た限り、戦況は冒険者部隊に傾いている。

視界不良だがソウルを感知すれば、一人また一人とロンドール騎士たちを討ち取っていた事を感じ取っていた。

しかしアンリは安堵しておらず、厳しい目で現場を注視し続ける。

 

魔術で風でも起したのだろう。

広場を覆っていた煙幕は吹き払われ、激戦が視界の下で展開されていた。

目視でも、冒険者側が有利に事を運んでいる。

 

「――よし、開錠終わりっ!」

 

 一人の斥候が、馬車の扉を開錠した。

 

「おぉッ…!でかしたぞ…!」

 

 中で囚われていた老人が安堵の声を上げ、馬車から脱出する。

 

「他の者たちは、王妹殿下はッ…!?」

「別の者が今――」

 

 王統府要人は、それぞれが別々の馬車に囚われている。

これは一ヶ所に留まる事で団結されない為の措置だ。

たった今馬車から脱出した宰相でもある老魔術士は、国王の妹でもある王妹の安否を気にかける。

現在、他の冒険者が王妹の救出に当たっている事を告げた、一人の斥候。

 

「こうしてはおれん…、こう見えても魔術士でな…!」

 

 老いたとはいえ嘗ては国王こと金剛石の騎士の一党に属していた、老齢の宰相。

周囲の奮戦ぶりに感化されたのか、自身も真言魔法を発現させ可能な限り援護を試みる。

程無くして次々と馬車の施錠を解かれ、人質たちが脱出――。

 

「――よし、我々も冒険者たちを援護するぞッ!」

「「「「「「――了解っ!」」」」」」

 

 馬車に囚われていたのは何も王統府要人だけではない。

複数の近衛兵たちも同様に護送されていた。

斥候たちの活躍で、解放された近衛兵たちも奮起し、或る者は要人の警護へ、ある者は冒険者側の援護へと移る。

 

『よし!このまま拠点まで退避する!撤収、撤収ッ…!!』

 

 要人救出は成った。

 

作戦成功を確信した指揮役の冒険者は、周囲に撤収を呼び掛ける。

予め決めておいた殿部隊と要人警護部隊に別れ、撤退作戦へ移行した。

 

「残念だったわね、冒険者の皆さん。転送門は開いたわ」

 

 現場から少し離れていた深き夢の頭上には、巨大な魔法陣が展開されていた。

複雑な紋様と古代文字で構築された魔法陣が、妖しい光を帯び回転を始める。

 

「ロスリックへ、ようこそ…と言った所かしら。()()()()()()の御歴々♪」

 

 楽し気な笑みを滲ませる深き夢。

彼女の頭上に展開された魔法陣が、激しく明光する。

 

「み…ミミちゃん、アレってっ…!?」

「魔法陣の中から…嘘でしょッ!?」

 

 馬車からの脱出が叶ったトトリとミミは、宙に浮かぶ魔法陣を凝視しながら驚愕に彩られた。

 

「翼や角の生えた女…なのか…!?」

「スゲェ数だ…ありゃ、女の悪魔どもだぜ…!」

 

 同じく解放されていたライアスやジーノも、魔法陣を通じ雪崩れ込む大軍に慄いていた。

 

深みの夢が展開した転送門を通じ、なんと()()()()()()がロスリックへと雪崩れ込んでいた。

その数も尋常ならざる数で、気が付けば赤黒い空全体を覆い尽くしている。

 

「何なのよ…、あの巨大な女の人…!?」

「光を纏って綺麗だけど…、何か…恐い…」

 

 高い等級を持つ斥候から救出された、メルルと王妹。

大勢の女魔神から、一際異質の存在に目と意識を奪われていた。

背に黒くも鳥の様な翼を生やし、巨人の如き体躯を誇り、淡くも薄い紫の光を帯びた女性の様な人型。

色とりどりの女魔神の中にありながら、柔和な美貌を備え宛ら女神の如き姿を備えている。

他の者も、その巨大な女神の如き女に魅入っていたが、王妹は、何処からともなく醸し出す不気味な気配に身を震え上がらせていた。

 

『『『『『『――……』』』』』』

 

 現場に居た冒険者は元より救出された近衛兵たちも、宙に陣取る巨大な女に意識を奪われ動きを止めている。

 

「よし、間に合った様だな。ククク、一時の希望が潰え絶望に染まる姿を儂に提供せよ、冒険者諸君…!」

 

 確かにロンドール護送隊だけでは、冒険者部隊に押し切られていただろう。

だが深き夢が展開した転送門を通じ、魔神軍の一角を担う『女系の魔神軍』がロスリックへと押し寄せたのである。

つい先程まで、作戦成功に期待感を膨らませていた冒険者部隊の表情が、今は一瞬にして凍り付いている。

その姿を目にする深みの霧は、満悦な表情でニヤケていた。

 

「リーダー・アンリ…!この状況――」

「分かってる。まさか女系の魔神軍…しかも統領である『女系の魔神王』まで姿を見せるとはね…!」

 

 現状は、アンリたちも把握している。

思いもよらぬ事態に発展してしまった。

女系の魔神軍による参戦――。

一部だけの参戦に留まるのなら然したる脅威にもならないが、一角を担う主力部隊の集結に加え『女系の魔神王』まで降臨するとは想定外も甚だしい。

それに魔神将の存在も厄介極まりない。

あの巨大な異形の女の傍に陣取るのは、複数の魔神将とみて間違いない。

全て女性の姿をしているが、世界の破滅を担う大軍がロスリックに会していると言っても過言ではない。

 

「――作戦変更、これより我等も参戦する!かかれぇッ!」

「「「「「――おぉうッ!!」」」」」

 

 周囲に控える騎士たちに命を下すアンリ。

彼女の号令に、パルチザンが冒険者側へと加勢すべく突撃を開始した。

 

女系の魔神軍の出現に呆然と動きを止めていた冒険者部隊だったが、アンリ率いるパルチザンの助成で再び勢いを取り戻す。

同時に女系の魔神軍も動き出し、停滞していた時間は激動を取り戻す。

赤黒い空の下、両陣営の激闘が再開した。

 

「アレは、ユリア派の騎士――ロンドールのアンリ?…珍しいわね、狂い火を発症していないなんて」

 

 宙を滞空しながら深き夢は、眼下のアンリを見やる。

彼女はユリア派に身を置く女性騎士だが、あの一派は『三本指』に傾倒し狂い火に心酔していた筈だ。

構成員は少数に留まるものの、皆が等しく狂い火を受け入れていた。

そう認識していた深き夢だが、見た限りアンリは正常な思考を保っている様子だ。

それに狂い火特有の、発狂染みたソウルの波形も見受けられない。

 

「あくまで秩序側に身を置くという訳ね。さて、女系の魔神王様は、どう動くのかしら?」

 

 アンリ率いるパルチザンの参戦だが、そう単純に数の不利を覆せるとは思えない。

全軍ではないものの女系の魔神軍の数は、冒険者側の総数を()()()に凌駕しているのだ。

直接的な戦闘力は然程高くはない女系の魔神軍だが、頭領である魔神王が、どう采配を見せるのか?

同じ女魔神だが深き夢は、敢えて宙に留まり高みの見物に決め込む。

 

パルチザンの参戦だが、不利な事に変わりはない。

 

劣勢へと追い込まれる冒険者部隊だが、突如として上空から美声が降り掛かる。

 

『皆の者、剣を収めなさい…!』

 

 赤黒い空と赤爛れた陽光が降り注ぐ悍ましい環境の中、聴くもの全てを癒さんばかりの美しい声が舞い降りる。

その声に動きを止めた冒険者たちは、一斉に空を見上げた。

 

『これ以上、不毛な諍いを続けるなど悲劇の極み』

 

 血の様な空が浮かぶ中、宙に鎮座し淡い紫光を放つ巨大な女性が、美声を発していた。

 

「女系の魔神王…何をするつもりだ…?」

 

 直剣で一人の女魔神を切り伏せていたアンリも、女系の魔神王を訝し気に見据える。

 

『いたずらに血を流し命を奪い合う事の、なんと愚かしく哀しき歴史の系譜でしょう?我々は手を取り合い、共存共栄の道を模索するべき時が到来したのです』

 

 女系の魔神王。

確かに紛う事なき美貌を誇り、紫光を帯び翼をはためかせる姿は女神を彷彿とさせた。

それに伴い口調も穏やかで”争いなど好まない”と、困惑する冒険者たちに呼び掛ける。

 

『私は確かに異界の住人にして混沌の眷属。しかして世界の滅亡など決して望んではいません。逆に貴方がた人族との共存さえ望んでいるのです。さぁ今こそ剣を収め、私たちと道を共にする方策を模索しようではありませんか』

 

 和平と共存を望むと主張する女系の魔神王。

死闘真っ只中、この女はいったい何を言い出すのだ?

懐柔ではなく疑念交じりの困惑という意味合いで、戸惑うばかりの冒険者たち。

しかし女系の魔神王の言葉通り、この瞬間だけは女魔人達も攻撃を仕掛けて来る様子はない。

まさかこの魔神王は、真に争いを望んではいない?

そう匂わせる要素も幾分は含んでおり、冒険者側も思い切った行動が執れないでいた。

 

「――皆ぁッ、騙されるなぁッ!気をしっかり持てぇッ、精神干渉が来るぞッ!!」

 

 女系の魔神王の宿す紫光が、一層の輝きを増幅させる。

それと同時にアンリが声を大に張り上げ、精神干渉の警戒を呼び掛けた。

 

精神に干渉し、正常な思考を狂わせ時には傀儡化に置く。

女系の魔神軍全般に渡る、得意の精神干渉だ。

戦闘力とは引き換えに、彼女たちは対象の心に呼び掛け影響を及ぼす集団。

何も武勇のみが戦いではない。

時には、敵を篭絡させ心を揺さ振り考えを改めさせ、都合よく操り裏から支配する。

視点を変えれば、これ程厄介な種はないだろう。

肉体と精神が一致するとは限らず、どれほど屈強な戦士とて女の誘惑で簡単に身を亡ぼす事例さえあり得るのだ。

 

百戦錬磨の戦士が、誰もが敬服する英雄が、栄華を誇る大国の王が、一夜にして身を亡ぼす逸話など無数に存在する。

 

不自然な程に崩壊した栄光の裏に、彼女達の存在が無関係であるとどうして言い切れようか?

現に、この国の貴族や軍部に取り入り裏工作で暗躍している可能性さえ存在するのだ。

武力に劣る女系の魔神軍だが、その精神干渉能力は決して侮るべきではない。

 

必至に呼び掛けるアンリだが、相手は仮にも女系の魔神王。

女魔神の長に君臨し、精神干渉能力も卓越した異色の存在。

彼女から発せられる紫光こそが、その証であり精神干渉の兆しでもあった。

その直後、冒険者たちは動きを再開するが、どうにも様子が怪しい。

 

「彼女の言う通りだ!」

「俺達は、今こそ手を取り合う時!」

「もう混沌も秩序も関係ないわ!」

「私たちは、共存の道を歩むべきよ!」

 

「おい止めろ、正気か!?」

「目を覚ませ!」

「仲間割れしてる場合じゃないぞ!」

「洗脳されてる、気をしっかり!」

 

 突如として同士討ちを始めた冒険者部隊。

女系の魔神王の洗脳化に置かれた者たちと、そうではない者たちに別れ、無益な諍いが勃発した。

大混戦の様相を見せた現場は敵味方が入り乱れ、当初の作戦など無意味なものと化す。

しかし、その様な混乱の渦中でも数名の冒険者たちが、王統府要人の警護に就き場を離れるよう先導した。

 

「此方です、続いて…下さい…」

 

 頭目らしき戦士風の男が、王統府要人を引き連れ後に続くよう指示を出す。

 

「…うぅ、赤い空に太陽の光…何か痒くて痛いわ…」

 

 大混戦に乗じ脱出する傍ら、黒い太陽から発する赤爛れた陽光の影響を受け、皮膚からは赤い斑点が浮かび上がり痒みと痛みが併発していた。

特に肌を晒していたトトリやメルルの皮膚からは、薄っすらと血が滲み出ている。

 

「急ぎましょう。安全とは…言えませんが、取り敢えず日陰に…行けば何とか――」

 

 先導する戦士風の男に従い、彼等は重い身体を引き摺り然る方角を目指す。

 

「うう…なんか気持ち悪い場所ね…」

「それになんだよ、赤い空に黒い太陽って…普通じゃねぇって…!?」

 

 生命の息吹などまるで感じない死を連想させるかのような土地に、ミミは顰めた表情で赤爛れた陽光を耐え忍ぶ。

それは彼女の傍を歩くジーノも同様で、恨めしそうに赤黒い空を見上げていた。

だが彼等は曲がりなりにも冒険者で、幾多もの修羅場を潜り抜けている。

碌に鍛えられていない、王妹を始めとした貴族層各位は更に過酷な状況下に置かれていた。

夜襲により王宮を制圧され、息が詰まる様な狭い馬車に何日も閉じ込められ、流れ着く死(ロスリック)と赤黒い空の圧力で、彼等は疲弊に疲弊を重ねていた。

覚束ない脚を辛うじて奮い立たせ、少しでも安堵できる地を求め必死に前へと踏み出す。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…」

「大丈夫よ、もう直ぐ助かるから、私たち」

 

「王妹殿下の消耗が激しい。もう少し、ゆっくりと歩けんのかね?」

 

「申し…訳あり…ませんが、一刻も早…く休める場所へ…と移動いたし…ましょう」

「ここが悪名…高いロスリックの遺跡群でSU。この辺りは亡者や異形の巣窟…危険な場所ゆえNi」

 

 この中では最年少でもある王妹――。

心身ともに碌に未成熟な彼女が、平静を保っているだけでも奇跡に等しいのだ。

それでも尚、心折れる事無く必死に食らいつき追従しようと努めていたが、荒い呼吸を繰り返し負担の重さを物語っている。

彼女の容態を案じるメルル。加えて宰相が、先導する冒険者たちに歩みを緩めるよう求める。

しかし彼の要求は通らず、ここがロスリックである事を告げられる。

 

「何だって!?んじゃあ、この地が、あの悪名高いロスリックだってのかッ!?」

「そうで…す」

 

「うっそだろ!?変な所に連れて来られたとは思ってたけどよ、まさかロスリックだなんてな…!」

「邪悪な気配が其処彼処に流れてるわね…!」

 

 ロスリックの悪名は王統府にも充分伝達されている。

獣人戦士、ジーノ、ミミも身を強張らせつつ邪悪な気配を肌で感じ取っていた。

 

「大丈夫かしら…、直ぐ近くにモンスターの気配が…」

 

「少し歩…みを速めま…す。遅…れなきよう!」

「――お、おい…待たんかッ!?…チッ、礼儀知らずどもめ…!」

 

 現場の喧騒から少しは慣れたのか、この辺りは比較的静かだが、トトリは直ぐ近くにまで魔物が徘徊している気配を察知していた。

それは先導する冒険者たちが何よりも鋭敏に感じ取っており、更に歩みを速める旨を告げる。

王妹を始めとする非戦闘員に対する欠けた配慮に、宰相は非難の声を零すも、先導する冒険者たちは無視の一手で先々と進んでしまう。

 

荒れた山道を進み、幾段にも積み上げられた階段を上れば、眼前には巨大な防壁が鎮座している。

 

「コイツぁ、立派な建てもんじゃねぇか」

「ほぅ…、ここから先に行けば少しは休めるのじゃな?」

 

 古びてはいたが、堅牢な造りである事が見て取れる立派な石造りの防壁。

此処から先の建造物なら王統府要人も視界に映り、ある程度の察しが付いていた。

獣人戦士と宰相は、この先に立地する巨大な建造物を想像し、暫しの安息へと期待感を抱く。

大掛かりな防壁を抜ければ鬱蒼と草木が生い茂る庭へと出た。

だが周囲を覆う草木と赤黒い空の所為で、視界は暗く気味の悪い森へと差し掛かった気分だ。

 

「なんか、つい先程までモンスターが居た感覚だ…!」

 

 深い森を思わせる庭に、ライアスは周囲を警戒しつつ細い坂を進む。

周囲には何も居ない様だが、ごく最近まで敵が此処に存在してかのような雰囲気さえ匂わせた。

 

「お前達が予め排除してくれたのだろう?」

「…そうで…す。油断はで…きませんが、付いて来…て下SAい…」

 

 確かに此処がロスリックなら、敵の巣窟なのは納得がいく話だ。

だが近年の報告では、冒険者たちが奮起し制圧が進んでいると、宰相の耳には入っていた。

この日の為に冒険者たちが予め敵を排除し、活路を切り開いてくれたのだろう。

宰相の問いに、先導する冒険者たちは無機質な声で返答する。

 

薄気味悪い森庭を抜け、目の前には荒れた教会らしき建物が現れた。

 

冒険者の案内で、荒れた教会らしき中に避難する王統府要人たち。

 

「フぃ~…、漸く一息吐けるゼェ…」

 

 中は荒れ果てた廃教会の様だが、人の気配は見受けられない。

ここを拠点としていたのだろうか、冒険者部隊は?

だが今は、少しでも息を整え落ち着ける場所に飢えていたのも確かだ。

設けられた参拝用の椅子に、ドカッと乱雑に腰を下ろしたジーノは大袈裟に息を吐く。

普段ならここでミミの叱責が彼に飛ぶのだが、彼女も余裕がないのか静かに腰を下ろし目を閉じていた。

 

「王妹殿下、ここで暫し休まれよ」

「…はい」

 

 宰相と侍女に付き添われ、手近な長椅子へと腰を下ろす王妹。

やはり消耗が激しいのか、かなり疲労が蓄積している素振りを見せている。

 

「冒険者さん、これからどうするんです?」

 

 さて、廃教会にて取り敢えずの退避は成った。

だが此処がロスリック傘下である以上、安全とは言い難く未だ気は抜けないのが現状だ。

先導を終えた冒険者たちに、今後の行動指針を訪ねたトトリ。

 

「…憂慮…に及ばず…、既に援軍が到着…しMAす…」

 

 先ほどと比べ随分無機質な受け答えだが、彼等の言によれば更なる救出部隊が迎えに来るとの事だ。

 

――どうにも変ね…この人達…。

 

上手くは言えない。

だが言いようのない奇異な気配を感じ取っていたメルルは、冒険者たちに意識を向け続ける。

 

「…来まSIた…。彼女たCHIが…、もう…ご安…心を…?」

 

「お…おぉ…来てくれたか…」

「これで私たちは助かるんだな…?」

「家には当分帰れないが、ゆっくりと宿で休みたいものだ」

 

 程無くして冒険者が”迎えが来た”と告げる。

その声に反応した要人の貴族層たちは、安堵の溜息で胸を撫で下ろし脱力する。

彼等も、ロスリック拠点街の情報は掴んでおり、其処でなら真面な休養が取れると喜びを分かち合った。

 

『『『お待たせいたしました、()()の皆様方…♪』』』

 

 そうこうしている内に、天井の吹き抜け窓から次々と侵入して来る有翼の女性たち。

皆が皆、扇情的な格好している妖艶な女性たち。

だが注視せずとも、彼女らは先ほど交戦した女系の魔神軍ではないか。

 

「――なッ…て、敵だとッ!?」

「――救助隊じゃなかったの!?」

 

 彼女らの出現に、宰相とメルルは椅子から立ち上がる。

 

「おい、貴様ら!これはどういうこったッ!?」

 

 獣人戦士も武器を引き抜き、冒険者たちへと威嚇する。

冒険者たちが言っていた援軍とは、女系の魔神軍の事だったのだろうか?

 

「…何を仰い…ますやら。我々は役…割を果たしたまで…」

「…そう、女系の魔神王様のGO希望通りに…NE…?」

 

「操られてやがったかぁ…!」

 

 虚ろながらも冷笑を浮かべ応えた冒険者たち。

既に彼等は、女系の魔神王の支配下に置かれていた。

恐らくは、怪し気な紫光を放った際の精神干渉を直に受けたと推察される。

ここまでの道のりでも奇妙な口調でいた冒険者たちに、ジーノやライアスも疲労の蓄積した身体で立ちあがり武器を手に構えた。

 

「ようこそ、()()()()()…『小教会』へ…。王統府の皆様方…❤」

 

 ここに侵入したは女系の魔神軍の一部だが、恐らく上級の幹部クラスとみていいだろう。

ほんの数人だが、扇情ながらも上質で派手な衣装を身に纏っている。

 

「魔神王さまに乗じて彼等を洗脳しているのは、このワ・タ・シ…❤この魔神将が一人にかかれば、イ・チ・コ・ロ・よ❤」

「変な気を起こさない事だねッ!ここに集う全員が魔神将さ!」

「もう間もなくですわ。活きの良い贄たちが、選り取り見取り連れて来られますの♪」

 

 彼等を包囲する女魔神は実に3人だが、全員が自らを魔神将だと明言した。

その中の一人が、間もなくこの『小教会』に捕らえた新たな人質が連れて来られる事を告げる。

魔神王ほどではないにしても、魔神将とて高い実力を誇り個人で太刀打ちするのは至難の業である。

容易に複数の冒険者を洗脳したのだ。

疲弊した身体で下手に抵抗などすれば、更なる状況悪化に見舞われる危険性も高い。

洗脳された冒険者の罠にまんまと嵌り、彼等は敵の術中に見事陥ってしまったのである。

 

「ホラ、御覧くださいませ…、素敵な人質たちの御到着ですわ♪」

 

 3人の魔神将の内、一人は丁寧語で喋り肉感的な肉体と上品な美貌を備えており、肌の露出が少ない衣装を身に付けている。

一見すると聖職者然と振舞う彼女だが、次々と小教会に連行された人質たちを目にし悦に浸っている。

 

「ぐッ…己ぇ…!何も変わらんのかぁ…!」

 

『残念だったわね、宰相閣下…。まぁ魔神王の介入が無ければ、貴方たちは助かったかも知れないのにねぇ…♪』

 

「おい、気安いぞ!()を付けんか!」

「コ・マ・ル・わねぇ~、仮にも女魔神なのよ貴女もぉ~?」

 

 続々と小教会へと搬入される人質たち。

王宮で捕らえた近衛兵たちに加え、救出を試みた冒険者部隊も多数含まれていた。

かなり粘ったのだろう。傷だらけの装備や身体が散見され、必死の抵抗が見て取れた。

()()()()()()()()()()()の姿に歯噛みする老齢の宰相。

そして後から現れた『深き夢』が、彼に皮肉の言葉を向ける。

彼女が転送門を開き女系の魔神軍さえ招き入れねば、冒険者部隊による救出劇は成就してかもしれないのだ。

だが彼女は女系の魔神王に敬称を付けず、その場にいた魔神将たちが非難の声をぶつけた。

 

「知らないわよ、私には関係ないもの。…さて、それでは深みの聖堂へと案内いたしましょうか?」

 

 一時の安堵など泡沫と消え、絶望で抵抗する気力も消え失せた人質たち。

近衛兵も冒険者も多数集っておきながら、敵側に圧し留められ囚われの身に置かれた現状。

 

「ちくしょう…ちくしょう…」

「何か…手はないのか…!?」

 

 ジーノもライアスも、今迄の道中で抵抗する術を見付けては何度も試してきたのだ。

しかし身を結ぶ事はなく全て徒労に終わり、現在に至っていた。

 

「この、余計な事してくれたわね!アンタさえ居なければ――」

 

 深き夢を必死に睨み付けるミミは、溢れんばかりの憎悪を可能な限りぶつける。

それが何の意味を成さずとも、せめて何か一つでも抵抗を見せねば彼女の腹の虫が治まらなかった。

 

「さぁコッチよ、付いて来て」

 

 小教会の側側に設置された扉を開ける深き夢。

いよいよ人質が本堂へと連行される寸前――。

 

数個の黒火炎壺が、床へと着弾し派手な爆発を引き起こす。

 

『――今だ、かかれぇッ!』

 

 天井から響き渡る若い女性の声。

先ほど3人の魔神将が降り立った天井窓から、数名の騎士が躍り掛かった。

 

「――チッ…洗脳がッ…!」

 

 一人の騎士が魔神将に切りかかる事で、術の集中が途切れたようだ。

操られ王統府要人を此処まで誘導していた冒険者たちは、正気を取り戻し困惑を見せている。

 

「――今の内です、脱出をっ!」

 

「あらあら?誰かと思えば、アンリ殿ではありませんか?まさか裏切るおつもり?」

 

 魔神将に切りかかった一人の騎士に、深き夢が語り掛ける。

加勢に現れたのは、アンリ率いるパルチザンの部隊であった。

彼等は皆不死人で構成され、生半可な精神干渉を受け付けない特性を備えていた。

 

「君たち…混沌勢も、よく聞くんだ…!三本指の悲願を成就させてはならない。彼等は混沌の狂い火で、全生命を一つへと焼き溶かそうとしている!…そうなれば、全ての存在が()()()()()へと回帰してしまうんだ!あの魔神王(女系の魔神王)の言う事など受け入れたくはないが、僕たちは『三本指』という共通の敵に抗するべきではないのかい!?」

 

「何だ…三本指…?」

「混沌の…狂い火って何だ?」

「焼き溶かす?焼き尽くすではなく…?」

「コイツ等…混沌勢の騎士なのか、いやしかし、()()()()って言ってたし…?」

 

 このアンリはユリア主導の一派に所属していたが、あの組織は『三本指』という存在に魅入られ世界全てを混沌の狂い火で焼き溶かすべく活動を続けていた。

アンリは、その様な結末を危惧し、こうして密かに抵抗勢力を組織していたのである。

混沌の狂い火が全世界に解き放たれれば、全世界が一つの生命へと焼き溶かされ坩堝と化す。

そうなれば混沌勢や黒教会の悲願どころではなくなり、今こそ三本指という共通の敵に対抗すべく、手を取り合う時ではないか?

そう訴えたのである。

彼女の出現と主張に戸惑いを覚える人質たち。

秩序や混沌の垣根を越えた存在に、彼等は混乱する一方だ。

 

「その必要はないわ。旧黄金樹を復古させ、()()の概念さえ手中に納めれば永遠の存在が約束されるの。心配せずとも我らが悲願さえ達成した暁には、三本指など恐るるに足らず…よ」

 

 一つの生命に焼き溶かされ苦痛も不条理も無縁の存在へと成り果てるか。

若しくは、旧黄金律を復古させ『()()』の恩恵賜り、永遠の存在へと突き進むか。

 

どちらにせよユリア一派は、これまでの生命と世界の理を覆す野望を抱いている事には違いない。

黒教会含め魔神軍の一部も三本指の脅威は認識していたが、何れは討滅する事に変わりはなかった。

 

「対話の余地はないか」

「そういう事よ、諦めて此方側に付きなさいな」

 

 アンリの咄嗟の訴えかけも、結局は水泡に帰し無駄足に終わる。

またアンリの部隊は非常に少数で、この流れを変えるほどの戦力は有していなかった。

 

「貴方たち不死人では、贄にもなりはしない。軍門に下らぬというのなら今ここで消してしまうだけよ!」

 

 深き夢は、更なる脅迫でアンリたちに決断を強いる。

もはやこれまでか――。

そう諦観しかけた時、またもや()()()()()が現れた。

 

「――くッ…何者なのっ!?」

 

 突如、切りかかられた深き夢は身を翻す。

彼女を襲った漆黒の影は、アンリへと寄り添った。

 

「アンリ殿、此方の作戦は成功。これで儀式は延期を余儀なくされよう」

「黒い手カムイ…礼を言うよ」

 

 アンリを助けたのは、王の黒い手と呼ばれる3人の不死人たちだ。

その筆頭でもある『黒い手カムイ』は、本来ロスリック王族を守護する立場にあり、現在はオスロエスの組織に所属せざるを得なかった。

また彼等もオスロエスの思想には賛同できず、こうしてアンリたちパルチザンと繋がり協力体制を築いていたのであった。

そして彼等はアンリたちとは別行動を執り、生贄の儀式に必須とされる祭具全般に破壊工作を行い、儀式延期を成し遂げていた。

 

「――何ですって!?何者かは知らないけど、やってくれたわね!」

 

 生贄の儀式に必要となる祭具が破壊されてしまえば、確実に延期は免れ得ない。

再生させるにせよ新たな代用品を用いるにせよ、早くても数日は要する。

黒い手カムイたちの破壊工作に、深き夢を始めとするロンドール部隊は歯軋りした。

 

「――総員奮励せよッ!一人でも多くの人質を救出するぞぉッ!!」

「「「「「――おおうっ!!」」」」」

 

 今度は敵側に動揺が走り、その機をアンリは見逃さず部隊を一喝する。

未だ状況把握の追い付かない人質たちだが、動ける者は瞬時に動き一斉に抵抗が再開された。

この狭い小教会で、再び乱戦が繰り広げられる。

 

………

 

……

 

 

或る者は奮闘虚しく、結局は確保された。

或る者は混乱の最中、何とか逃げ延びたもののロスリック中を彷徨う羽目になる。

或る者は何とか救出され、パルチザンと共に然る拠点へと落ち延びた。

 

結果的に王統府要人の救出作戦は()()に終わり、同時に部分的には成功とも言えた。

 

   デエェェ ―― 磔の森 ―― ェェェエン――   

 

小高い坂道を登れば不死街へと続き、そのまま先へと進めば荒れ果てた建造物が見える。

その建造物は、ファラン城塞と呼ばれている。

磔の森という土地だが、辺り一面は浅い湖に覆われ亡者や異形が徘徊していた。――というのも遠い過去の話で、今や亡者に成り代わり大型小型の『恐竜』や『混種』と呼ばれる亜人類が闊歩していた。

 

その様な土地で在りながらファラン城塞側の湖の上には、幾多もの人工建造物が(ひし)めき合っているという現象が起きていた。

建造物群は未だ荒れ果てておらず、何処か真新しい。

それもその筈――。

ファラン城塞側に寄り添う建造物群の数々は、この地に流れ着いて来た人々の町や集落の残骸なのだ。

 

魔神軍や混沌勢の襲撃を受けた事で『死』が積み重なり滅びを迎えた人里が、このロスリックに引き寄せられてしまった。

人里全域あるいは一部が流れ着き寄り集まった事で、宛ら一種の『継ぎ接ぎの町』と化していたのである。

或る区画では村の一部が町と融合し、また或る区画では別地域の町と融合し合い歪な集落を形成していた、ファラン城塞前。

更に驚くべき事は、『継ぎ接ぎの町』に真っ当な生者が幾人も住み着いているという事実である。

滅び死が蔓延したからといって、人々が全滅した訳ではない。

何らかの要因で生き延び、生者ごと人里がロスリックに流れ着いた為である。

 

そして現在――。

 

「助けられたのは…、ほんの僅か…」

 

 上級騎士装備に身を包む女、アンリは破損した壁面に背を預け嘆いた。

彼女の周囲には、傷付き疲弊を重ねた複数の人々が身を寄せ合い項垂れている。

先程、深みの聖堂前の小教会にて行われた混戦を生き延び、同志たちと共に人質を引き連れ『継ぎ接ぎの町』へと逃げ延びていた。

この町は現在、冒険者たちの前線拠点としても機能していたのである。

 

「肝心の王統府要人たちは散り散りとなり、安否どころか行方さえ――」

 

 一人の冒険者が痛む傷に耐え、現状を憂いた。

あの混戦――。

黒い手カムイ率いる部隊の参戦で、小教会は大混乱に陥った。

捕獲の手を無理やり振り解き、その場を脱出した者も居れば、結局囚われ聖堂へと連行された者も居た。

敵味方入り乱れての混戦の最中、アンリたちと共に逃げ延びたのは僅か数名だけ。

その数名も、作戦に参加した冒険者や王宮勤務の近衛兵たちで占められていた。

作戦の主目的である王統府要人の救出が成り立っていないのでは、この作戦は失敗にも等しい。

 

「戻ったぞ」

 

 黒い手カムイたちが、この町へと降り立った。

彼等は、追加の人質を数名連れ帰っていた。

憔悴しきった数名の中に、一人の貴族層の男が大の字で寝そべっている。

彼は王統府要人の一人の様だが、話を聞いたところ”王妹たちとは逸れてしまった”と語った。

逸れた上で一人アテもなく逃げ惑い、亡者に襲われていた処をカムイたちに助けられていた。

 

「我々も周囲を調査したが、王妹殿下たちは聖堂に連れ去られた可能性が高い」

 

 黒い手カムイたちは身軽で、広域の調査に向く。

だが彼等の目を以てしても発見できないという事は、王妹たちは聖堂に連行された公算が高いというのだ。

結局、王妹たちの救出は叶わず作戦も元の木阿弥に帰したが、カムイたちの暗躍で()()()()()()()には出来た。

王妹たちを生贄に捧げるのが目的なら、少なくとも数日は無事が保障される筈だ。

この数日間の行動次第で、彼女達の命運が決まると言っても過言ではない。

 

「これからどうするのだ?」

「少し休養を挟んだ後、行くアテがある」

 

 今後の行動指針を訪ねるカムイに対し、アンリは休養後に再び動く旨を告げた。

王妹たちが無事な間に、とにかく打てる手は全て打つ積りでいたアンリ。

彼女は、まだ諦めてはいなかった。

 

継ぎ接ぎの町から一歩外に出れば、其処はもう獰猛な『恐竜や混種』が徘徊する魔境だ。

その地は嘗て、亡者やキノコ型の異形が蔓延する土地であった。

長い時と変化を繰り返し、生贄の道の住民も完全に様変わりしてしまう。

今も恐竜たちが生存権やエサを求め其処彼処に徘徊し、別の場所では混種と呼ばれる亜人種が集落を構築し縄張り争いに明け暮れている。

赤黒い空と陽光が湖面を反射し宛ら血のような色を映しており、この地は過去とは違う方向性で死の気配が充満していた。

 

 

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……

 

   デエェェ ―― 深みの聖堂 ―― ェェェエン――

 

舞台は再び、この聖堂へと舞い戻る。

 

冷たく重い空気感の中、荘厳な石畳の廊下を一人歩む人影。

体躯自体は華奢で小柄なのは、未だ少女の域を出ない若手というのも理由の一つだろう。

灰色を基調とした外套を羽織り、とある一画を目指す少女の足取りは厳然としていた。

暫し廊下を歩めば、大柄な鎧姿の戦士が待ち構え異様な存在感を放っている。

 

「…何の用だ?」

「…錬金術師様にお目通りを」

 

 大柄な戦士は鎧や大盾に鉄製の茨を巻き付け、目に付く者全てを手にかけんとする気配を漂わせていた。

全身に漲る殺気を隠そうともせず、目の前の少女さえ瞬時に襲い掛からん勢いで、用件を問いかけた。

対する少女の方も全く意に介さんばかりの態度で受け流し、目的だけを簡潔に伝える。

 

「つまらぬ要件であれば、即座に始末する」

「心得ております。鉄茨のエレメール様」

 

 溢れんばかりの殺気を更に吹き上がらせるも、鉄茨のエレメールは横へと移動し道を空けた。

道を空けた先には、小さな鉄扉が少女を待ち受ける。

 

「それでは――」

 

 少女は深く一礼を返し、そのまま扉を開け中へと入室する。

 

「フン…死灰神とやらの信徒か。この世界も面倒な事だ」

 

 嘗ては狭間の地にて暗躍していた鉄茨のエレメール。

しかし彼は、別の異名で恐れられていた。

 

鈴玉狩り――と。

 

「術師よ、お客人をお連れした」

 

 白い上質な衣服を纏う女魔神に案内され、この部屋に参った死灰信徒の少女。

この死灰信徒の少女、嘗てダークゴブリン軍との戦中に剣の乙女の地とソウルの一部を奪取した人物である。

(本編前夜編 第81話参照)

 

「これはこれは誰かと思えば、珍しいお客人が訪れたものだね?」

「ご無沙汰しております、術師様」

 

 死灰信徒の少女を目にした仮面の錬金術師は、お大袈裟な態度で彼女を迎え入れた。

深く被っていた灰色の外套を頭から外し、恭しい一礼で首を垂れる少女。

艶のある灰色の髪と白い肌に加え儚い可憐な顔立ちの少女は、正に灰から誕生したのではないかと思わせる程に無機物の如き雰囲気を滲ませていた。

 

「…ホムンクルスですか?」

「そうとも、新人歓迎の出し物として提供するのだよ」

 

「美しい女人ですね」

「見方を変えれば、君には劣るかもね♪」

 

 部屋の奥に設けられた大型のガラスケースに視線を向けた死灰信徒の少女。

満たされた培養液の中で宙に浮く銀髪の少女に、思わず見惚れてしまう。

 

「…何処かで見た顔だな、お前…」

「ええ、私も貴方には見覚えが御座います」

 

 ガラスケースの傍に居た王侯の剣士と、死灰信徒の少女との視線が暫し交差した。

あのダークゴブリン戦で、お互いを視界に入れていた程度の認識でしかなく、両者は一言口を交わすだけで直ぐに視線を外す。

 

「それで、何用で訪ねて来られたのかな?」

「…これを――」

 

 さて少しばかり会話に興じてもいいが、先ず要件を済ませてしまおう。

この少女がワザワザ聖堂を訪ねるとは、些か珍しい事例だ。

彼女も聖職者だが、所属する教会はロスリックとは無縁の場所に在る。

仮面の錬金術師に小さな布包みを差し出した、死灰信徒の少女。

 

「貴方様の錬金術を見込んでの依頼です。コレの再生を――」

「ほぅ…彼の――あの『教会の狩人』からの要望だね?」

 

「はい。再生技術に関しては、貴方様の錬金術が活きる時…。教会の狩人は、術師様の技術を頼りにしている御様子」

 

 差し出された小さな布包みから出てきたのは、黒色の小指だった。

だが漆黒という訳ではなく、やや褐色気味の色合いをしている。

少々の時が経過しているのか、腐敗こそしていないものの水分が抜け皺だらけで干からびている。

 

   ―― この小指を基点に、全身を再生せよ ――

 

この少女を仲介した、教会の狩人からの依頼であった。

 

「アラどうしちゃったの、以前は狩人()と敬っていたのに今は()()()()なのね?」

「……」

 

 やり取りを静観していた華美の女魔神が口を挟む。

この死灰信徒の少女、今まで教会の狩人に協力し行動を共にしてきた。

その上で彼を()付けで敬称していたが、今は完全に呼び捨てていたのである。

 

「そう言えば…、輸血の儀式を…、拒んだとか…。…あ、ただいま…。…狩りから…戻った…」

 

 華美の女魔神に続き、気抜けの女魔神も指摘を加える。

因みに彼女は、あの混戦に紛れ幾人かの人質を確保し此処に連れ帰っていた。

捕縛用の網の中で皆意識を失っている様だが、いったい何に使う積りなのか?

 

度重なる功績を称えられた死灰信徒の少女は、教会の狩人が率いる医療教会から『輸血の儀式』を授かる機会を得る事が出来た。

しかし土壇場となり、彼女は儀式を拒んでいたのである。

 

「アレの終着は、獣と化す。不老不死は魅力的ですが、魂と自我を引き換えにするつもりは御座いません。…それに、ここの主(オスロエス)を裏切ったのでしょう、あの男は?」

 

 輸血の儀式を受けた者は数多い。

その恩恵で、或る者は不老不死となり、或る者は病魔から救われた。

それは大いに賞賛すべき偉業だ。

しかし、その様な都合の好い話が、然う然う現実に転がっている事などあり得ない。

時が経ち度重なる要因で次第に精神の自制が効かなくなり、遂には内に秘めた獣を解き放ち心身ともに獣化を引き起こしてしまうのだ。

儀式を受けた者全員が獣化した訳ではないが、耐性や適性の無い者は漏れなく獣化を発症していた。

その事実を知ってしまった死灰信徒の少女は、不老不死の魅力を秤にかけて尚、自我と理性の喪失を恐れ儀式を拒んだという結果に行き着いた。

 

「かの主の姿が見えないようですが?」

「ああアレね?アレは現在、外遊中だよ。全くアレのドラゴン好きには参ったものだ…」┐(´∀`)┌ヤレヤレ

 

 教会の狩人が主導となり、地母神神殿を襲撃した件――。

多大な損害を出した挙句、不様な失態を曝け出し、主である妖王オスロエスの元に戻れなくなった教会の狩人。

現在は自らの拠点に引き籠り、悲願成就に動いていたが以前ほどの自由は効かない状態だ。

この場に組織の主不在について言及する死灰信徒の少女。

仮面の錬金術師が言うには、現在オスロエスは異界へ旅立っているとの事。

オスロエス不在に、実は内心ホッとしていた少女。

あの異様な姿を視界に納めるだけでも、慣れない者には発狂染みた拒絶感が込み上げてしまうのだ。

 

「アンタも主を()()呼ばわり…、仮にも組織の…ドンなのに…」

「異な事を。君達とて心酔してる訳ではなかろう?あの様な狂った研究者などに――」

 

「同感ね」

「…同じく…」

 

 死灰信徒の少女が教会の狩人と距離を置いたように、仮面の錬金術師もオスロエスに対し侮蔑の言葉で評した。

その事を気抜けの女魔神が指摘するも、此処に居る者はオスロエスに心酔してはいない。

 

「…僕は、まだお目にかかった事はないんだが?」

「近い内に目にするさ」

 

「正気を保ってられればいいわね?」

「…アンタ…壊れたら…、ワタシのオモチャにしてあげる…ウフフフ…」

 

「君、そんなに得物を捕まえて、まだ足りないというのかい?」

「だって…楽しいもの…人形作りと…人形遊び…フフフフ…」

 

「薄気味悪い奴め…!」

 

 この中で王侯の剣士だけは、未だオスロエスと面識がない。

そんな彼に対し仮面の錬金術師から、外遊から帰還すれば否でも邂逅する旨を告げられる。

その二人に横槍を入れる、華美と気抜けの女魔神。

この組織の所属を望んだ混沌勢は、それなりに上っていた。

だがオスロエスの異様な姿を目にした途端、精神を破綻させ人格崩壊を引き起こした者たちは数知れず。

結果、この組織に属している者は大半が、魔神の類や人外の実力者に絞られていたのである。

(余談だが、精神崩壊を引き起こした者たちは、気抜けの女魔神の遊び道具という末路を辿っていた)

もし王侯の剣士もオスロエスと邂逅し精神崩壊を起こせば、漏れなく気抜けの女魔神の餌食にされるという事を意味している。

数人だが玩具として弄ぶべく人質を持ち帰っていた気抜けの女魔神に対し、王侯の剣士は忌避の視線を惜しみなくぶつけた。

 

「さて君の依頼だが、このホムンクルスが完成し次第、直ぐにでも取り掛かろう」

「迅速な対応、感謝致します。報酬は此方に――」

 

 無駄話も過ぎたが、寄せられた依頼を受ける事に決めた仮面の錬金術師。

対する死灰信徒の少女も深く感謝し、報酬となる小袋を手渡した。

小袋の中身は、何の変哲もない金貨が数十枚。

だが混沌勢の闇組織とは言え、資金は必須なのだ。

 

「もう直ぐ、このホムンクルスも完成する。容器が空けば、直ぐに始めるぞ」

 

「本当に、もう直ぐ完成するのか?…楽しみだ…」

 

「飽きたら…私に頂戴…。いい実験台…」

 

「…それは無理だな…。一生手放す気は無いんでな…!」

 

「じゃあ…アンタを…狙っとく…」

 

 そう時間も経たない内に、銀髪の錬金術士を模倣した少女体は完成する。

まだ肉体だけの再現だが、細身ながらも凹凸の身体つきに王侯の剣士は意気高揚としていた。

少女体が完成すれば容器に空きができ、直ぐにでも『黒い小指』を基点とした再生に取り掛かれる。

銀髪の少女体の完成を心待ちにする王侯の剣士だが、またもや気抜けの女魔神が”飽きたら寄越せ”と要求した。

だが、にべもなく突っぱねられ、仕方なく彼女は王侯の剣士へと標的を変える。

 

――狂ってるな…ここの連中。流石は裏の組織か…。

 

この組織に招かれ日も浅いが、早くも狂気と異常を肌身で感じていた王侯の剣士。

目的の物さえ手中に納めれば、早々に此処を去り縁切りを画策した。

 

「フン…あの戦場跡で()()()()()()ものだな。彼も…」

 

 布包みの『黒い小指』を見やる仮面の錬金術師。

とっくに消滅していたと決め付けていたが、あの状況下で消滅を免れていた事は奇跡にも等しい。

 

――この小指に、濃密なソウル…いや、魂と意思そのものが宿っている。…フン、君が何を考えているかは察しもつくが、思い通りになる程の小物ではないぞ、()()()…!

 

小指のみとはいえ、意思そのものが凝縮され内包されていると言っても過言ではない。

それ程の濃密なソウルが、この黒い小指には宿っていた。

教会の狩人の思惑を読み取った仮面の錬金術師だが、あの男の想定外に事が運ぶ事を予期する。

あの男は既に運気から――神々から見放されていた。

そう断定する仮面の錬金術師。

それでも請け負った仕事は熟そう、錬金術士の誇りにかけて。

彼はガラスケース傍の機械を操作し、中の培養液を抜き取る工程に移った。

 

……

 

 ふと空を見上げれば、淡い黄を帯びた白色の膜が目に映る。

だがそれは、本来の空色ではなく展開された結界越しの色であった。

幾重にも張り巡らされた結界から一歩でも外に出れば、依然として赤黒い空が天を支配し赤爛れた陽光が地上へと容赦なく降り注ぐ。

この環境下で外出する真っ当な生命体など先ず存在せず、嘗ての都を我が物顔で闊歩するのは混沌勢の異形どもだけだ。

 

   ―― 王都 ――

 

今や混沌勢が徘徊し過去の栄華など見る影もない、異常に様変わりした王国の都。

都の外廓は混沌漂う歪な様相だが、内地である王宮区画は結界が張り巡らされ壮麗な佇まいは健在であった。

 

住まう主を変えた王宮のテラスに、二人の男が姿を現す。

一人は漆黒の重鎧を全身に纏う大柄の騎士で、何気なく空を見上げていた。

そしてもう一人も、奇怪な鎧兜を身に付けていたが魔術師の如き様相を見せている。

魔術士風の男が、漆黒の重騎士へと語りかけた。

 

「この赤い空だが、我々にも弊害をもたらす厄害には違いない。その危険を冒してまで、空を変容させたのは何ゆえか、同志、闇の王よ?」

「同志、百智卿。異な事を問うものよ。二度目の火の炉…その入り口を探るためぞ」

 

 魔術師風の男は『百智卿』と呼ばれており、いま展開されている赤黒い空は彼等にさえ被害をもたらしてしまうというのだ。

死と深みを標榜するロンドール黒教会の長でもある『闇の王』こそが、澄み切った青い空を赤黒く変えた張本人であるという事実。

彼らロンドールの構成員は、ほぼ大半が不死人で編成されている。

しかし赤黒い空と赤爛れた陽光を浴びれば、真っ当な生者と同じく体に異常と悪影響に見舞われてしまうのである。

赤爛れた陽光を浴び活性化するのは、精々が混沌勢の魔物種に絞られる。

ここ王宮内地は、幾重もの結界で守られているが、外郭へと出れば悍ましい陽光に直接晒されるのだ。

現に、植物などは枯れ果てるか異種変異を引き起こし、生命溢れる四方世界は悍ましいまでに変容を見せていた。

それゆえ百智卿には、闇の王の措置が理解出来ず疑念を呈さずにはいられなかったのである。

彼の問いに闇の王が応える。

 

   ―― 2度目の火の炉の入り口を探し出すため…と ――

 

「ほぅ…、二度目の火の炉と赤い空に関係があると?」

「そうだ」

 

 百智卿の問いに、闇の王は説明する。

 

二度目の火の炉は、異空間にて封印され通常の手段では到達できない。

また()()()()を探し出す必要があり、歪みの場所の在り処が四方世界の何処かに存在する。

しかし四方世界は広く、赤黒い空を引き起こす事にした。

二度目の火と赤黒い空は互いに相反する性質を備え、時空の歪みと空で軋轢を引き起こす筈なのだ。

相反する同士の性質が齟齬を起こせば、その地点が二度目の火の炉へと繋がる進入路の候補地となる。

 

「成程、それで目星は付いたのかね?」

「正確には未だ分からず…。しかし見当は付いた」

 

「聞こうか」

 

 肝心の『二度目の火の炉』に繋がる時空の歪みは、探り当てたのだろうか?

それを成さねば、この赤黒い空など唯の害にしか成り得ないのだ。

何時までも赤黒い空を展開させては、四方世界そのものを崩壊させかねない。

彼等が望むのは世界の理の変革であり、破壊と崩壊など求めてはいないのだ。

闇の王の話によれば、既に見当は付けていたとの事だ。

 

今や世界中に拡散し、あらゆる真っ当な生命に弊害を与えていた現在の空。

しかし世界崩壊さえ連なる空の威力をも遮断する、力場が存在していた。

 

   ―― 聖黄金樹 ――

 

赤黒い空を展開したはいいが、実は今も、時空の歪を探し出せてはいなかった。

しかし西方に存在する聖黄金樹の領域だけは、赤黒い空の影響を完全に遮断していた。

そして件の聖黄金樹だが、西方辺境に位置する事を彼等も掴んでいる。

この大陸全域に意識を集中させたが、時空の歪と赤黒い空の軋轢を感知できなかった。

しかし西方辺境だけは、赤黒い空の影響が及んでおらずソウルの広域感知も不可能だった。

 

つまり西方辺境だけは未調査ながら、時空の歪みが発生している可能性が極めて濃厚だと言える。

 

「確定ではないがね」

「いや、其処を軸に徹底調査すべきだ」

 

 本当に時空の歪みが発生しているかは、直に調べてみない事には分からない。

しかし可能性は極めて高く、百智卿は徹底調査を主張する。

 

「今は部隊を割けん。流石に小鬼共に、調査させる訳にもいかんしな」

「案ずるな。ならず者どもを現在進行形で王都へと招致している最中だ。必要人数が揃い次第、調査隊を派遣させよう」

 

「ほぅ…、手際が良いな」

「旧黄金律の復古…、それが我等の悲願よ」

 

 聖黄金樹の所在地でもある西方辺境を今直ぐにでも調べたいのは山々だが、黒教会は大規模を誇る組織ではない。

主要となる構成員一人一人は精強で実力者揃いだが、数という面では脆弱でもあった。

人手が足りない以上、新たに招き入れるしかない。

しかし百智卿は組織規模を懸念しており、ならず者たちに向け招集をかけていた。

今も彼の招致に応え、続々と王都に混沌勢に与する輩や組織が辿り着いている。

大半が有象無象の欲呆けた輩だが、中には実力者も紛れているだろう。

その様な手練れを選別し、部隊編成に割り当てれば人出不足も緩和される。

 

「しかし皮肉なものよ。黄金律にとって火とは滅びの禁忌――」

「だが我等にとっては、()()()()()にして時代の幕開けでもあったのだよ」

 

 百智卿の知る黄金律を宿す黄金樹にとって、火は()()()()()()禁忌の領域でもあった。

対する闇の王には、火とは()()()()()()生命の源でもあったのだ。

 

「禁忌の火こそが、黄金律復古に欠かせんとは…。まこと推し量れぬものよ」

「故に、知識の探求に事欠かぬ…。それが貴公の()()()()であろう?同志・百智卿?」

 

 滅びをもたらす悪しき禁忌の火が、黄金律復古に欠かせぬ存在となろうとは――。

思いもよらぬ運命の流れと皮肉に、百智卿は結界越しの空を悠然と見上げた。

百の目と耳を模した鎧兜を纏う男は、尋常ならざる探求欲を有し今日に至るまで様々な手段を行使してきた。

それでいて彼は恐れてもいる。

 

終焉という概念を――。

 

「しかし…、あまり悠長に構えていられぬやも知れん」

「旧王国軍による、王都奪還の件かな?」

 

 物思いに耽る百智卿へ水を差すかのように、話の矛先を変えた闇の王。

王宮制圧は成れど、()()()()()()()とは未だ言い難い現状に彼は頭を悩ませていた。

この都を脱出した旧王国軍残党が決起し、王都奪還を目論んでいる事は彼等も周知している。

半壊したとはいえ旧王国軍残党が結集すれば、黒教会の規模など圧倒してしまうのだ。

もし今の戦力差で乗り込まれれば、黒教会だけでは磨り潰されてしまうのは必至。

戦力増強の手段が、問題として圧し掛かっていた。

 

「魔神軍に援軍を要請する他あるまい、仮にも同じ陣営だ」

「交渉に足る材料はあるのかね?」

 

「この王都は広く雄大だ。一部を明け渡せば受け入れてくれよう」

「確かにな。大軍である程、中継拠点の重要性は増す。この都は打って付けだ」

 

 魔神皇率いる魔神軍に援軍要請を目論んでいた闇の王。

一応は提携関係でもある陣営同士だ。門前払いという結果は無いだろう。

だが交渉に足る材料が無ければ、如何に魔神軍とは言え応じてはくれない筈だ。

要請を承諾させるに値する交渉材料――。

それを訪ねた百智卿。

 

この広い王都の一部を、魔神軍の拠点として明け渡す。

 

ロンドールと魔神軍の目的は相違なるもので、目指す到達点も異なる。

しかし体勢を立て直し軍備を整える拠点は、大軍であればあるほど必要不可欠だ。

 

「東区と北区を譲歩すれば、無下には断れまい。…混沌勢とて娯楽と文明には、縁を切れぬよ」

 

 国の要を担うだけあり、この王都は雄大で栄華も色濃く残留している。

またロンドールが占拠して日も浅く、然したる崩壊も見受けられてはいなかった。

統治体制さえ整えれば、都市機能は再び蘇るだろう。

 

「早急に動いた方が良さそうだ、直ぐにでも向かうとしよう。留守を任せたぞ、同志・百智卿」

「心得た。西方の調査隊編成は私に任せよ、同志・闇の王」

 

 次に動くべき指針も決まり、闇の王と百智卿は始動する。

この王都は未だ秩序勢が潜伏し、レジスタンスとして抵抗を続けていた。

しかし完全制圧とはいかずとも、彼等は苦境に立たされており抵抗力も徐々に弱まりつつある。

今や都の過半域は、ならず者や異形たちの制圧下に置かれ、原住民たちは各施設で肩身の狭い思いで過ごしていた。

 

「ククク、聖黄金樹――。あの出来損ないの薪の王も、たまには役立ってくれるものよ」

 

 何れは聖黄金樹も手中に納めねばならないロンドール黒教会。

件の樹木を持ち帰ったのは、他でもない灰の剣士。

過去の戦いで不覚を取った闇の王だが、彼の姿を脳裏に浮かべテラスを後にした。

王宮中心部の王座の間からは今も尚、妖しき火柱が天を衝き、嘗ては澄み切った青い空を赤黒く染めていた。

今も火柱の中には、黒い螺旋剣が爛々と存在感を放っている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

………

 

……

 

 

3重層に展開した結界は、予想以上の効果で人々の生活圏を守り続けていた。

探せば近似の手法を執った街も存在するだろう。

だが水の都を覗けば、この街だけが今も安定した生活水準を維持してしている。

 

二つの異なる月光が結界越し降り注ぐ中、街では比較的安定した夜を過ごせていた。

治安悪化も懸念されていたが、今の所は冒険者や衛兵の働きもあり然したる問題も発生していない。

以前に比べれば外出している住民は減ったものの、街の大通りは一定の安全が確保されている。

 

ギルド裏手にある工房(アトリエ)へと戻ろうとしていた灰の剣士一行。

 

それは、あまりに唐突に起きた。

 

「……アンリ……、アストラ…いや…今は()()()()()()()()()だったか…?」

 

 アストラ、ロンドール?

そんな拘りは、この際どうでもいい。彼等の眼前に突如として姿を現した女性騎士。

見知った彼女の登場に、灰の剣士は足を止め警戒を解く事は無かった。

 

「久しいね、薪の王…いや、今は灰の剣士と名乗っていたか?」

「…どうやら()()()()()()()の様だな。用件を聞こう」

 

 いま灰の剣士たちは、大勢を引き連れた状態だ。

国王を含めた王統府を始め大司教一団、アーランドの錬金団にライザ達一党、更には嘗てのロスリック生き残り組も同行している。

これだけの人数を前に、アンリはというと単身で立ちはだかっているという状況。

この戦力を前に単身襲い掛かる程、彼女も愚鈍ではない筈だ。

相変わらずの甲冑姿だが剣さえ帯びず、こうして姿を現したからには戦う以外の理由があると判断していい。

 

「手短に伝える。ロスリックに急ぐんだ。王統府要人…特に王女殿下が生贄の儀式に捧げられる」

 

「――な、なんだとッ!?確かなのか、それはッ!」

 

 アンリの言葉に反応したのは、国王だった。

実妹の危機を耳にした彼は、アンリに食って掛かろうと迫り側近達が慌てて制止する。

 

「貴方様が国家元首ですね。…残念ですが真実です。多少時間は稼ぎましたが、そう長くはもちません」

 

「どういう事か詳細を話せ、アンリ」

 

 思っていた以上に、ロスリックでは激震が走っている様だ。

アンリが論拠の無い虚言を吐く人物ではないのは、灰の剣士も良く知っている。

それならば少しでも情報は多い方が良い。

件のロスリックで何が起きているのかを訪ねる灰の剣士。

 

「いいだろう、よく聞くんだ。僕たちは――」

 

 あまり時間をかけたくないのだが、事を有利に運ぶためにも明かした方が良いと判断したアンリ。

ロスリックで起きている事を彼女は明かす。

 

ロスリックに在る『深みの聖堂』に、王統府要人たちが連行されている事。

その中に王妹殿下も含まれ、近い内に生贄として捧げられてしまう事。

引き連れてきたのは、王都襲撃を決行したロンドール黒教会の部隊。

それを阻止する為にロスリック拠点街に属する冒険者部隊が、作戦を展開した事。

しかし、女系の魔神軍の出現で失敗に終わった事。

アンリたちはパルチザンを結成する事で、水面下で冒険者たちと協力し混沌勢に抵抗していた事。

 

「結局、大勢の冒険者たちも生贄として連れていかれてしまった。すまない…僕たちの力不足だ…」

 

 何とか儀式に使う祭具の破壊工作だけは成就させ、祭事の引き延ばしだけは成功させた。

 

「僕たちは、引き続き抵抗を続ける。急いで来てほしい、灰の剣士」

 

 儀式が遅延も、精々3日が限度だ。

それまでにロスリックにて協力してほしいと、アンリは要請する。

 

「アンリさん…!やっぱりアンリさんは、悪い人じゃなかったんだね!ボク、信じてたよ…!」

「…君か。少し大きくなったんだね」

 

「うん!この剣も持ってるよ…!」

 

「今の貴公は、ロンドールのアンリではない。アストラの誇りを取り戻した騎士…それでいいのかな?」

 

「太陽の騎士…だったか?単に僕は、信じるものの為に戦っているだけだ」

 

 アンリに反応していたのは、灰の剣士や国王だけではない。

例の村で邂逅していた見習い勇者やソラールも、彼女とは面識があるのだ。

(本編前夜編 第53~54話参照)

 

「残り3日しかない、急ぐんだ灰の剣士」

 

 尚も話を続けたがる見習い勇者を尻目に、アンリは伝えるべき事項を告げロスリックへと帰還しようとする。

家路の奇跡を使うのか、周囲に魔法陣を展開させた。

 

「――待って、アンリさんッ!」

「――馬鹿、止さぬかッ!?」

 

 家路の奇跡で帰還しようとした刹那、突如として彼女へと疾走する見習い勇者。

暴走にも似た彼女の動向に、灰の剣士は阻止しようと手を伸ばすが綺麗に空振った。

 

「――なッ…なぜっ…!?」

 

 これにはアンリも驚愕したが、一旦発現した奇跡は中断できない。

魔法陣へと飛び込んだ見習い勇者ごと、その場から二人は姿を消す。

 

「…バカ…な…?」

 

「「「「「「……」」」」」」

 

 全くの想定外に各々は呆気にとられ、閉口しつつも暫く呆けるばかりであった。

アンリを含め見習い勇者の姿は、もう其処には無い。

先程まで二人が居た地点には、夜風が虚しく吹き抜けるだけだ。

 

「な…なんだよ、これ…?どうなってんだ…?」

「あの嬢ちゃん、行っちまったぜ…!?」

「いや、憂うべきは王統府…、王妹殿下の安否を気にすべきだろう!?」

「ロスリックが、何かスゲェ事になってるって言ってたな?あの姉ちゃん」

 

 この短時間で起きた激動に、同期戦士、重戦士、女騎士、槍使いが口々に騒ぎ始める。

 

「陛下、先ずは工房(アトリエ)に戻り、行動指針を決めましょう」

「…そう…だな…」

 

 ただの讒言(ざんげん)とは思えない。

実妹を含む王統府要人が深みの聖堂に囚われたという事実に、国王は全身を戦慄かせ拳を静かに握り締めている。

その姿とソウルから、荒れ狂う心情を察した剣の乙女。

しかし彼は国家元首であり、個人の感情赴くがまま振舞う事は許されない立場でもあるのだ。

彼の苦悩を汲みながらも、先ずは工房(アトリエ)にて看護の動きを決めねばならない事を告げた。

 

「ね、ねぇ…なんなの…?あのアンリって言う人…あたし、知らないんだけど?」

工房(アトリエ)で話す、…行くぞ」

 

 当然だがライザたちは、面識のないアンリの事など知る由もない。

だが説明は工房(アトリエ)ですればいい。

灰の剣士たちは急ぐように工房(アトリエ)へと移動する。

 

……

 

「成程、卿らの時代の騎士か…あの女人は――」

「そう言えば、以前の説明で仰っておりましたわね」

 

「ロンドールに与していたと思っておりましたが、抵抗組織を立ち上げていたとは――」

 

 ランタンと輝石の照明の中、温かみの漂う工房(アトリエ)

しかし漂う空気は張り詰め、皆は当てられたかのように身を引き締めていた。

アンリの素性を説明する灰の剣士。

国王と剣の乙女は、彼の尋問の当時を思い返していた。

(本編前夜編 第137話参照)

 

「これからどうするんです?」

「あの子…、行ってしまった…」

 

 アンリの告げた事実だけでも大騒動に発展しかねない一大事――。

それに加え、見習い勇者の執った突拍子の無い行動。

銀髪武闘家は言うに及ばず、明晰な見習い賢者も思考が上手く働いていなかった。

 

「…卿よ、…解っておるなッ!」

「――ハッ…ご命令をッ…!」

 

 多くを語る必要もないだろう。

彼も状況を理解している以上、何を成すべきかを決意している。

 

   ―― 準備が整い次第、ロスリックへと出撃せよ! ――

 

灰の剣士へ、国王は厳命する。

 

対する彼も即座に受け入れた。

 

予定では、まだ数日の猶予が残っていた灰の剣士。

しかしアンリの告げた凶報が事実なら、悠長に構えてはいられない。

王統府…王妹殿下に危機が迫っているなら、可能な限り事を急ぐ必要に迫られているのだ。

 

「――皆にも動いて貰う…!」

 

 だが灰の剣士を出撃させるには、各種施設を再稼働させねばならない。

今は夜間ゆえ各設備も休眠状態だが、事情が事情だ。

国王は残りの冒険者たちにも命じ、各種設備の再行動に動いて貰う事にした。

冒険者ギルド、武器工房、神殿に事情を伝達するべく、皆が一斉に始動する。

普段の穏やかな夜が、急速に激震の時を迎えた。

 

「灰剣士殿。螺旋の剣だが、確か2本所持していたな?」

「そうだが?」

 

 周囲が慌ただしく動く中、螺旋の剣について言及したジークバルド。

現在ギルドが管理している灰の剣士の所持品だが、螺旋の剣が二振り保管されていた。

そこでジークバルドは提案する。

 

水の都とロスリックに、一本ずつ設置するのはどうかと。

 

彼等は、篝火同士で転移する術を備えていた。

ソラールもジークバルドも『螺旋剣の破片』で篝火を熾す事は出来たが、転移は不可能であった。

だが螺旋の剣で篝火を熾せば、今以上の完全に近い篝火を熾せる筈なのだ。

その篝火同士なら、転移も可能なのではないか?

 

「篝火の転移?狭間の地で体験した、祝福を通じての転移と同じですわね」

「仰る通りです、大司教様」

 

「ふむ、水の都とロスリックを篝火で繋げば、転移で行き来も自由となる」

「それは朗報だ。何かあれば、直ぐに報せを寄越す事も出来るしな」

 

 狭間の地での体験を思い出していた剣の乙女は、あの祝福の機能について言及する。

ソラール、ジークバルド、王統府一団は、水に都にて各種役割を果たさねばならない身だ。

水の都とロスリック拠点街に、螺旋の剣による篝火を熾せば転移の行き来が可能となる。

転移にはソラールやジークバルドを経由しなければならないが、早馬や翼竜を使うよりも遥かに迅速かつ正確に情報を伝達できる事を、ソラールも言及する。

その事実を聞いた国王は、僅かに活力を取り戻す。

 

「よし、確認を兼ね検証しよう!」

「うむ、ギルドへ戻ろうか!」

 

 螺旋の剣の転移機能を確かめるため、灰の剣士たちは再び踵を返しギルドへと戻る。

 

「ああそれと…、錬金団の処遇なのだが――」

 

 少々扱いと立場が特殊なのは、ロロナ率いるアーランドの錬金団についてだ。

灰の剣士の続き、王統府一団も水の都へ向かう予定を前倒しにしている。

その際、優れた錬金術師にも追従して貰いたかった。

王都奪還作戦には、より多くの戦力を立て直さねばならないが、後方支援も決して軽視してはならない。

錬金団の働きもあり、この国の錬金術の水準は飛躍的に向上していたが、まだまだ十全とは言い難い。

これから先も強大な敵と対峙が避けられない以上、有用な錬金道具は是非にとも欠かす事が出来ないのだ。

 

「ええっとどうしよう、街からの依頼もまだまだ残ってるし…」

 

 国王の要請とあらば、無下にも断る事は出来ない。

しかし、この街の依頼も殺到しており全て捌き切るには今少しの時間と手間を必要としていた。

予期せぬ急展開を迎え、決断を躊躇っていたロロナ。

 

「ロロナさん行ってあげて下さいな。ここは私に任せてくれたらいいですよ」

 

 逡巡するロロナに助け舟を出したのはピアニャである。

彼女も優れた錬金術師で、統率力にも長けていた。

彼女の実力なら、ロロナの穴を埋める事は十分可能でもあるのだ。

 

「そうだね、師匠が居れば街の依頼も直ぐに片付くかも」

「その後で、私たちも水の都に向かえばいいんだし――」

 

「あたしはロスリックに向かいたいな。灰君の残りの道具、届けてあげないと」

 

 街からの仕事が落ち着き次第、水の都にロロナを追い駆ければいい。

ピアニャの案にルルアやエーファも賛同するが、ライザはロスリックへ向かいたい考えを表明した。

必要最小限の道具を揃い次第、直ぐにでも街を発つのだ灰の剣士は。

そんな彼の残り道具をロスリックへと届けたかったライザ。

 

「そっか、剣士さんの道具…一杯あるもんね」

「あ~こんな事なら、前もって『底なしの木箱』を改良しとくんだったぁ~…!」

 

 灰の剣士が所有している道具類は多岐に渡り、重要品はギルドが管理していたが、そうでない物は工房(アトリエ)の地下室に保管されていた。

しかし全て持ち出す事は疎か、個人で運搬するのは不可能な量に上っていた。

そこで『底なしの木箱』という一種のアイテムボックスに似た備品が存在するのだが、これ単体でも些かに嵩張り個人で持ち運ぶには不便が生じる。

突然に決まった灰の剣士の出撃に、ルルアは『底なしの木箱』を未だに改良していない事に頭を抱えてしまう。

今から改良作業を始めたとて、とても間に合うものではなかった。

 

「しょうがないわ、もう決まっちゃったんだし。必要な物だけ用意してあげましょ?」

「あたしも手伝います」

 

 いま必要なのは、可能な限り彼を支援する事だ。

嵩張らない道具類を選別し、彼の手助けとする旨を告げたのはゴブリンスイーパー。

彼女に続く形で、銀髪武闘家も手伝う事を決める。

 

「よぉし、私たちも動こうね、皆ぁ~!」

 

 動くべき指針も決まり、ロロナは皆を指揮し忙しなく動きを始めた。

 

アンリから寄せられた唐突な報により、灰の剣士の出撃が決まった。

 

灰の剣士はロスリックへ――。

国王率いる王統府一行は、水の都へ――。

一部の錬金団は、街へ残留し依頼の処理へ――。

残り冒険者たちは、引き続き動静に応じて街での依頼に従事。

 

皆が一斉に動き出した事で、ギルドを始めとした各種施設は昼間と変わらない稼働を始めた。

 

……

 

地母神神殿でも、少々の騒動に発展していた。

急遽決まった灰の剣士の出撃に合わせ、神殿関係者たちも右往左往している。

 

「そうでしたか。そのような事態が――」

「ああ何と言う事…、あの子がこんな形で――」

 

「全ては不甲斐なき私めの落ち度…申し訳ありませぬ、司祭長さま、院長先生っ!」

 

 ここは司祭長の執務室。

事情を知った司祭長と、見習い勇者が居た寺院の院長は天井を仰いでいた。

この神殿にも彼の持ち込んだ道具が幾つか安置されていた。

 

「あの子は必ず私めが生還させますッ!」

「お願い致します剣士様、私は祈る事しか出来ません」

 

 王女の凶報も然る事ながら、見習い勇者の事も軽んじてはならない案件だ。

心を摩耗させる院長へと救出を約束する灰の剣士。

彼の言葉を受けた彼女は、静かに手を組み祈りを捧げていた。

 

「道具類は間もなく揃います故、ご心配なく。…それよりも()()()の事を――」

 

「……」

「……」

 

 司祭長の命を受けた神官長が目下、関係者たちを総動員し彼の安置していた道具類の揃えている最中だ。

もう間もなく彼の元に届くだろう事を伝える。

それよりも意外な人物が、この執務室に介在していた。

普段なら理由もなく入室は許されない執務室に、一人の少女が彼を見つめていたのである。

 

「あの…お兄さん…」

「貴公…」

 

 二人の関係など今や語る必要もないだろう。

見習い神官の少女が、この執務室に同席しているという事実。

司祭長が入室を許したのだ。何か伝えたい案件があるのだろう。

 

「これ…受け取って欲しいんです」

 

 僅かに沈んだ表情で、彼女はある物を彼へと手渡した。

 

「これは…、細い布…?」

 

 彼女から手渡された物だが、見た感じでは細い布切れの様だ。

 

「…いや…何からかのソウルが宿っている」

 

 だが布切れの様な物からは、穏やかながらも確かなソウルを帯びていた。

 

「それ…タリスマンです」

「貴公が…作ったのか…?」

 

「はい…、やっと完成して…その…こんな形で渡す事になるなんて…」

「こんな大事な物を…」

 

「お兄さんに使って欲しいんです、あんまり上手く出来ませんでしたけど」

「……あぁ……なんという……」

 

 幾日もの月日をかけ、質素な素材を駆使し完成させた布作りのタリスマン。

また布切れだけでは直ぐに劣化は免れ得ないため、それを防ぐ為の保護袋も幾つか作り上げていた。

ここから先は言葉が思い付かなかった。

彼は唯々時間も忘れ、目を閉じながら感動を覚えている。

 

「有難う…。大事に…大事に…使わせてもらう…!」

「はい…!もしボロボロになったら言って下さいね、直ぐに修繕しますから…!」

 

「とんでもない!保護袋もある、決して粗雑には扱わんさ」

「受け取って貰って嬉しいです」

 

 見習い神官が作ったタリスマンだが、これには彼女の青いリボンを素体としている。

その証拠に今の彼女は、リボンを巻いてはいない。

受け取った彼は直ぐに保護袋へと包み込み、それを手首へと括り付けた。

 

「しかし貰ってばかりは心苦しい。…こんな物しかないが受け取ってはくれないだろうか?」

「え、えぇ!?いいですいいです…!あたしはただ、お兄さんに無事でいてもらいたくて――」

 

「頼む…。安物の使い古しだが、受け取ってくれると私も心置きなく出立できる」

「え…えと…あの…」

 

 お返しにと彼が差し出したのは、髪研ぎの櫛だ。

木で出来た歯並びの細かい櫛で、少々使い古された代物だ。

しかし彼よりも、女である見習い神官の方が必需品となるだろう。

今は幼いが、あと数年もすれば成人を迎え、身嗜みにも一層気を使わねばならない筈だ。

だが彼女は遠慮がちで、ふと司祭長たちの方に視線を寄せた。

 

「「……」」

 

 対する司祭長も院長も、無言で頷きを返すだけだ。

 

「で…では…お言葉に甘えて…あ、あの…有難う御座います…!一生大事にします、一生…!」

「あ、ああ。受け取って貰えて、私も嬉しい」

 

 両手で抱え込むように受け取った彼女は、深く深く頭を下げ少々大袈裟に礼を述べた。

予め持参していたのだろうか。

彼女は、お守り袋のような小袋へと木の髪研ぎ櫛を仕舞い込む。

 

「お兄さん…無事で…どうか無事で――」

「当たり前だ…!ロスリック如きで、むざむざ果ててはやれぬ…!」

 

 櫛を貰ったのも束の間、彼女は再び複雑な表情に戻り彼の無事を訴えた。

しかし彼の方は、何を言わんや?…と言った風な態度で、ロスリック攻略への意気込みを奮起させる。

死ぬ気など毛頭ない――。

彼には、まだまだ果たせねばならない使命が残っているのだ。

 

「生きて会うぞ…必ず…!」

「――は、はいっ…!行ってらっしゃいませッ、灰のお兄さんっ!」

 

 それから直ぐだった。

彼の出撃準備が整ったのは。

 

携行できるだけの武具を揃えた灰の剣士。

去り行く彼を見送る為に、皆が神殿の門前まで集っていた。

 

「今回、俺達は留守だな」

「ロスリック生き残り組の力、見せてやりたかったんだけどな」

 

 同期戦士、重戦士は、ロスリック攻略に参加出来ないことを少し残念に思っている様だ。

あれから彼等も随分実力を身に付けたが、ロスリックは培った経験を存分に活かせる遺跡なだけに少々歯痒い思いをしている。

 

「まだ分からぬよ?どうやら人出不足に悩まされている様だしな」

 

 アンリの話によれば、100人規模で編成された冒険者部隊が壊滅状態だというではないか。

大半が深みの聖堂に連行されたか、アテも無く逃げ惑いロスリック内を彷徨っているかのどちらかだと言うのだ。

その上で、拠点街には誰一人として生還が確認されていないとの情報も入手した。

100人規模の主要な冒険者が失われたとなれば、拠点街に残った冒険者など殆ど居ないという事に繋がる。

灰の剣士の実力は誰しもが認める処だが、彼独りで全てを解決するのは困難を極める。

まだ不確定だが、ロスリック生き残り組に救援を要請する可能性を仄めかした灰の剣士。

 

「その時は、あたし達も行くからね!死んだりしちゃヤだよ!?」

「亡者になるのも禁止だよ、剣士さん!?」

 

「…逆に貴公等の方が心配なのだが、私は」

 

 救援を要請しようがしまいが、準備が整えば後を追う事を決めていたライザ達。

携行品だけを装備していた彼だが、それ以外の道具類も大量に預けてあるのが現状だ。

底なしの木箱の改良が済めば、多くの道具を格納できる。

ライザやルルア達の心遣いは有り難いのだが、逆に彼女達の安否を懸念していた灰の剣士。

 

「その時は僕たちも同行します。『朽ちた狭間』の地の事も気になりますしね」

「ロスリックの事だが、狭間の地とは少々毛色が異なる。貴公の実力は認めるが、復活は叶わない事を留意しておいてくれ」

 

 ライザに追従する事を決めていた輝石の貴公子たち。

彼や調香娘は、狭間の地の出だが今や彼等は真っ当な生者。

そしてロスリックも現在は四方世界に属する扱いで、死ねば復活は出来ないばかりか亡者へと変貌する可能性が高い。

狭間の地の過酷さを誰よりも理解している彼等の事だ、油断や驕りなど無いと信じたいが念には念を押す灰の剣士。

 

「肝に銘じておくぜ、アタイの調香術が通用すりゃいいんだがな」

 

 輝石の貴公子や調香娘も、ロスリックは未体験だ。

此処に流れ着き、独自に改良を加えた()()()調()()()が通用するか否か。

遅かれ早かれ訪れる新たな旅路に、普段お茶らけていた調香娘も表情を引き締めていた。

 

「灰剣士殿。拠点街に着いたら、直ぐに篝火を設置してくれ」

「承知した。設置後、転移できるかどうか実地で試してみよう」

 

 ジークバルドやソラール達は、王統府に随伴し水の都にて活動を続ける決まりだ。

二振りある『螺旋の剣』の内、一振りはジークバルドに託されていた。

ロスリック拠点街と水の都を『篝火』同士で繋ぐ事で、転移を容易に行うための措置だ。

この2地点間でしか転移は行えないが、通常移動など比較にならない利便性が期待できる。

情報の相互伝達は言うに及ばず、王妹を含めた要人の救出が成れば即座に水の都へと送り届ける事も出来る。

 

「数々の道具類の譲渡、すまないなソラールも」

「ウワハハハ、気にするべからず。俺一人では処理し切れんのでな」

 

 またソラールとジークバルドからは、数々の道具類も贈呈されていた。

狭間の地で復活した技能『ソウルの業』により、底なしの木箱を出現させていた二人。

今の今まで溜めていた小道具類だが、とても個人で使い切れる数量ではない。

そこで灰の剣士へと幾つか譲渡していた次第である。

篝火の燃料となる素材に始まり、幾多もの消耗品の類。

これ等もロスリック攻略には、必要不可欠となるに違いない。

 

「程無くして、我々も水の都へと出立する。任務の件、くれぐれも頼んだぞ…!」

「お任せを、陛下っ!拠点街での手続きが済み次第、直ちにロスリックへ乗り込む所存ッ!」

 

 王統府も水の都へと向かう手筈を整えていた。

本心では自分自身がロスリックへと乗り込み、肉親でもある実妹を救出したかった国王こと金剛石の騎士。

身勝手には動けない苦味を嚙み締めつつも、灰の剣士へと役割を委ねた。

アンリの話が本当なら、まだ数日の猶予がある。

 

「しかし本当に宜しいのですか?翼竜(ワイバーン)を使わせて頂いても」

「構わぬ。今は其方の方が重要案件だからな」

 

 これからロスリック拠点街へと向かう訳だが、翼竜への搭乗が認可された。

――とは言っても、彼が直接翼竜を駆るのではなく伝令兵に相乗りさせて貰う形となる。

だとしても翼竜での移動なら、数時間で辿り着く事が可能だ。

時間が限られている分、今は()()()が重要度は高いと言えるだろう。

 

「剣士様…、どうかあの子の事も――」

「勿論です。見つけ次第、ちょっとした()()()()()()ですね」

 

 司祭長と共に見送りに来ていた院長は、もう一度、あの見習い勇者の件で懇願した。

言われるまでもない事だ。

帰還する途中、アンリへと駆け寄り巻き込まれる形でロスリックへと転移してしまった見習い勇者の少女。

王妹の事に目が行きがちだが、見習い勇者の事も忘れてはいない。

アンリと共に居るのなら無事である可能性は高いだろう。

彼女を見つけ次第、少しばかりの仕置きを考えていた灰の剣士。

 

「お兄さま…!頑張ってね!」

「剣士様…私も後程参ります!」

「剣士様ぁ、今度こそ、今度こそ…私の剣術で恩返しをッ!」

「お兄さん…、無事に帰って来て下さい…!」

 

 何を言うべきなのか、碌な言葉も思い浮かばなかった4人の少女。

幼夢魔、見習い賢者、見習い剣士、そして見習い神官。

とにかく無事であってほしい。

ただそれだけを願い、拙い言葉で彼を送り出す。

 

「貴公らも身を引き締めよ…!まぁ、辿り着いている頃には、私が大半を斬滅しているやも知れぬがな♪」

 

「大きく出たわね。でも貴方なら、不可能ではないんでしょう?」

 

「まぁ見ておくといい。派手に暴れ回ってしんぜようぞ」

 

 見習い神官と幼夢魔はともかく、剣士と賢者の二人は後ほど合流する予定だ。

そうと来れば可能な限り、ロスリックの脅威を排除しておきたかった灰の剣士。

彼にしては珍しく軽口で返していたが、外套に隠れた表情は決して笑っていなかった。

その彼に対し、スイーパーも励ましの言葉を送る。

 

「向こうに着いたら、先輩にも宜しく言っといてね?」

「そうか、彼女は向こうに転属していたのだったな。承知した」

 

 見送りに来ていた監督官も、嘗ての先輩嬢がロスリック拠点街に移籍していた事を伝えた。

暫く見ていないと思っていたが向こうに転属となっていた事を改めて知り、監督官の言伝を承諾する。

 

「…時間だ。陛下、行って参ります」

「うむ、卿も頼んだぞ」

 

 いよいよ出発時間も迫り、伝令兵に従い翼竜へと相乗りした灰の剣士。

 

「また生きて会おうぞッ!」

 

 最後にもう一声かけ、灰の剣士たちを乗せた翼竜はゆっくりと飛翔する。

羽ばたく翼の風圧が周囲に拡がり、土誇りとなり見送る彼等に降り注いだ。

そして甲高い鳴き声を上げた翼竜は、一気にロスリックへと飛び去った。

翼竜の飛翔速度は早く、瞬く間に街から姿を消す。

彼等は暫し、ロスリックの方角を見上げていた。

 

「…行っちゃったね、灰君」

「もっと気の利いた事、言っとけば良かったです」

 

「ま、湿っぽいお別れするよりは余程マシだがな」

 

 もう見えない翼竜を視線で追うライザと銀髪武闘家は、呆気なくも些かに寂し気な表情だ。

其処へオーベックも言葉を付け加え、淡白な別れの方が悲壮感が無い分マシだと告げる。

 

「さて、あまり悠長にはしてられん。我々も出立の手筈を整えるぞ!」

 

 重大な役割りが課せられているのは灰の剣士だけではなく、国王率いる王統府側も同様だ。

彼の指示に従い、各々も準備の仕上げに取り掛かった。

 

「…お兄さん…どうか…ご無事で」

 

 再び慌ただしく皆が動く中、見習い神官だけは結界越しの夜空を仰ぎ一人祈りを捧げ続ける。

愛用していた青いリボンは、もう髪を束ねてはいない。

夜風に靡く金の髪が月光に照らされ、淡い光沢を放っていた。

 

……

 

風を切る速さとは、今の事を言うのだろう。

早々と空を疾走(はし)る翼竜の飛翔速度に、灰の剣士は舌を巻いている。

 

「これが空を駆けるという事か、馬とは比較にもならない」

「そうとも、驚いたかね?これが翼竜の威力だ」

 

 狭間の地で世話になっていた霊馬トレント――。

思えばアレも、馬としては破格の性能を有していた。

しかし馬という特性上、どうしても地形効果は無視できない。霊気流に乗るという馬ならざる能力も備えていたが、アレは場所が限定されている。

だが翼竜は飛行という空を駆ける能力に恵まれ、地形効果など無視し直線距離で目的地へと向かう事が出来るのだ。

更に飛翔速度も馬とは比較にならず、瞬く間に長距離を稼いでいた。

翼竜を駆る伝令兵は、少々得意気になりながらも操作に集中する。

 

「あの火柱を目指せばいいのだな。分かりやすいだけに、迷う心配はないか」

「そうです。ロスリック付近に件の街がある筈。そこを目指して頂きたい」

 

 高度を上げた傍から彼等の視界には、怪し気で巨大な火柱が夜空を不気味に染め上げていた。

ロスリックと王都に立ち昇る火柱の所為で、四方世界は危機に陥っている。

今しがた、第一層の結界を抜けたばかりだ。

この瞬間から、穏やかな濃藍の勝色(かついろ)から薄気味悪い至極色(しごくいろ)の夜空へと置き換わった。

それに伴い、重苦しい淀んだ空気も彼等の肺へと流れ込む。

 

――夜が幸いしたな。昼だと更に厳しい状況下に置かれていた。

 

図らずとも夜間での緊急出撃だからこそ、彼等は不快な心情で済んでいた。

これが白昼での出撃なら、あの赤黒い空と赤爛れた陽光に晒され不快どころではなかった筈だ。

 

「ん…。あの集団は、冒険者たちか?」

 

 眼下に点在するのは、幾つもの松明の灯りだ。

この結界外で行動するのは、冒険者以外にはありえない。

複数の荷馬車を護衛しているという事は、恐らく別の街へと物資を運搬する為だろうか。

その様な事を思案する中、一瞬だが()()姿()を視界に捕らえる事が出来た。

 

「――…ッ!」

 

 ほんの瞬きするかのごとき、一寸光陰の僅かな瞬の間――。

間違いなく目が合った。

偶然なのか勘付いたのか、向こうも此方を見上げている。

 

「ゴブリンスレイヤー…」

「灰よ…」

 

 自分でも聞き取れない程の小声で、互いの名を呼んだ二人。

翼竜の飛翔速度だ。気が付けば彼の姿は、もう視界からは消えていた。

 

――また生きて会おう。

――死ぬなよ、灰よ。

 

灰の剣士は翼竜の背上から――。

ゴブリンスレイヤーは地上から――。

 

お互いの姿は視界から消え失せていたが、両者は『友』の無事を祈りながら再び前へと向く。

 

生きてさえいれば何時かは再開できるだろう。

今は課せられた役割を果たすため、目の前の事柄に集中するとしよう。

飛び去る翼竜と、再び歩き出す彼――。

結界の外は不気味な空と淀んだ空気が蔓延っていたが、二つの異なる月は不変の光を放っていた。

 

……

 

一部は街の様相を、別の一部では村が部分的に融合し何とも奇怪な集落を形成していた。

その様相は、まるで接ぎ木にも近似している。

 

   ―― 継ぎ接ぎの町 ――

 

生贄の道に在るファラン城塞を背に佇む荒れた集落だが、僅かな人々が今も生活を送り冒険者たちの簡易拠点として機能していた。

だが町とは名ばかりで、実際の面積は()()程しかない。

流れ着き構成している部位(パーツ)の大半が町部分であり、この集落は『継ぎ接ぎの町』の名を冠していたのである。

穴だらけの粗末な天幕の下で、騎士甲冑に身を包む女騎士は一人の幼い少女を睨み付けていた。

 

「…どういうつもりだい?」

「…だ…だって…ボク…」

 

 女騎士…アンリは、黒髪の少女である見習い勇者を問い詰めた。

口調自体は静かだが、内心は憤りを抱いている。

灰の剣士に必要事項のみを伝え早々に帰還するつもりが、予期せぬ少女の割り込みで結果的に連れて来てしまったという事態。

 

()()()どれほど危険な場所なのかを、君は理解しているのかな?」

「わ…分かってるよっ!すっごく恐い場所なんでしょ!?」

 

「いいや、君は欠片ほども理解していない…!異形は疎か亡者や不死の底知れぬ深淵を――」

「…この剣…、アンリさんのでしょ!?ちゃんと返したかったんだ、ボク…!」

 

 アンリの指摘通り、見習い勇者にロスリックの恐怖など微塵にも理解は出来ていない。

どれだけ口頭で説明したとて、実体験でしか得られない情報も存在するのだ。

静かながらも るアンリだが、見習い勇者も意固地となり背負っていた直剣を彼女に突き出した。

だがアンリは、突き出された剣を受け取ろうとはしない。

 

「君の方が僕以上に力を引き出せるみたいだ。ここでは頼りになるのは自分の力だけだ。自分の身は自分で守る。それが出来ない者から死に、亡者へと変貌する」

 

 見習い勇者が返そうとした剣は『アンリの直剣』と呼ばれ、元々はアンリの持ち物だった。

この剣は特殊な効果を備え、自分よりも見習い勇者が振るった方が何倍もの威力を発揮する事が判明している。

ここはロスリックと呼ばれ、幾多もの冒険者が挑んでは犠牲となる極めて難度の高い遺跡だ。

少女が突き出した剣は、アンリ自らが過去のしがらみを捨て去る積りで、例の村に置き捨てた筈なのだ。

(イヤーワン編 第27話参照)

 

   ―― アストラのアンリに戻れ ――

 

眼前の少女が、そこまで考えているかどうかは定かではないが、意志の籠った双眸からその様な意味合いが見て取れた。

この時点で受け取ってもいいのだが、今は自身の身の安全を最優先させるべきだ。

アンリは敢えて手に取らず、嘗ての愛用の剣を少女へと突き返す。

 

「やっぱりアンリさんは、悪い人たちの味方じゃなかったんだね」

「…善悪の基準など、その都度で多様に変化する。状況と視座を変えれば、価値観など瞬時に反転するものさ」

「ボク、難しい言葉わかんないってば…!」

 

 過去に何度もアンリとは接触していた見習い勇者。

然して多くの言葉を交わしてはいなかったが、アンリが悪人だとは信じていなかったのである。

灰の剣士とは別ベクトルで気にかけていた、アストラのアンリという存在。

何時か彼女とも真っ当な形で交流したいと願っていた見習い勇者。

思惑とは少し違う形となってしまったが、こうして彼女と対面する事が叶い、見習い勇者は普段通りの快活な表情に戻っていた。

 

「言っておくが、君を戦場に連れてはいけない。ハッキリ言って()()()()だからね」

「え~!?僕も戦えるよぉっ!」

 

「君を守りながら戦えるような余裕はないんだ、僕にもね。勝手に出撃して危険な目に遭っても、僕は助けられないし必要とあれば見捨てる。…ここは()()()()()なんだ」

「う…うぅ~…」

 

「周りの人たちの事も考えず、君は自分勝手な理由で此処まで来てしまった。ここで君が死に亡者と化し、()や隣人を悲観に暮れさせる事までは考えていないだろう?」

「――そ、それはぁ…」

 

「少ないが此処には冒険者も居る。()()()()なこの拠点で、一から学ぶのも一つの手だ。冒険者を目指すなら尚の事ね」

「……」

 

 今は夜間だ。

至極色(しごくいろ)の濃い紫の夜空が天を覆い、深みの聖堂方面からは禍々しい火柱が天を激しく衝いていた。

ただでさえ夜間は闇の力が増大し、蔓延る亡者や異形の活力が飛躍的に増大してしまう。

しかもロンドールが引き起こした今の空の影響は闇の力に更なる拍車をかけ、亡者や異形の力が爆増してしまうという悪条件を重ねていた。

この『継ぎ接ぎの町』には、結界などという措置は施されておらず外部からの襲撃の危険性は常に付き纏う。

今も動ける者たちが交代で見張りに就く事で、この拠点の維持に努めていた。

一応真っ当な生者の集う場所だが、()()()()()()()()()で危険地帯には違いないのだ。

 

向こう見ずな見習い勇者の性格上、アンリの活動に追従する事を考えていたのだろう。

当然アンリは、彼女を連れ歩く事など考えておらず、此処に留まる様に釘を刺した。

それを素直に受け入れる見習い勇者ではなく、自分も戦える事を主張したがアンリは聞き入れない。

まだ幼い年齢ゆえ仕方のない部分はあれど、後先も周囲の事も考えず手前勝手な判断でアンリに付いて来てしまった見習い勇者。

今ごろ彼女の関係者は、気が気でない筈だ。

アンリの叱責に、今の彼女に反論する余地など無い。

返す言葉もなく項垂れる彼女だが、アンリは此処に留まり先達から学ぶ選択肢を提示する。

10名にも満たないが、手練れの冒険者が此処には屯していた。また必要最小限だが、食事や就寝できる場所も確保しており、それ等の設備を運営する者も居る。

そういう人たちから冒険の心得を伝授してもらうのも、決して無駄にはならないだろう。

 

「僕も少し休養するから、休める場所に案内しよう。お腹も空いているだろう?」

「――う、うん…!」

 

 説教は、この位でいいだろう。

あの西方辺境街に赴き、灰の剣士には現状を伝達したのだ。

近い内に、あの男はやって来る。

我ながら似付かわしくないとは思いながらも、アンリは少女を引き連れ別の天幕へ案内する。

浮き沈みの激しい表情も元に戻り、彼女の後に続いた見習い勇者。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

灰の剣士(エルデンリング仕様に変更)

 

 素性:持たざる者(農奴)

 

  ソウルレベル 100

 

   生命力・26

 

   集中力・20

 

   持久力・22

 

   筋力 ・23

 

   技量 ・25

 

   理力 ・23

 

   信仰 ・23

 

   運  ・17

 

技能

 

  奇跡(祈祷)、呪術の火、ソウルの魔術(狭間の地の魔術)、カーサスの高速体術

  ソウルの感知、ソウルの送付、一部の戦技は武器種を問わず使用可能

  残り火解放(条件不明)、錬金術(初歩)

 

 

 

 

装備品

 

  頭:ロスリック騎士の兜(軽+祈祷の外套付き)

 

     名高いロスリック騎士の甲冑

     堅固な鉄兜を基に、軽量化が図られ頭部と顔上半分を防護する。

     防御効果を維持させるため、材質の近代化改修が施された。

 

     度重なる挑戦者により、幾つかは市場に流れ着いていた。

     かの騎士たちは恐ろしい存在だが、同時に畏敬の念も向けられていたのだ。

 

    祈祷の外套

 

     特別な祈祷により魔力を宿した布を外套裏に縫い付け魔力や呪いに強い耐性を持つ。

     また寒冷にも強く、その布は嘗ての王族

     ロスリック王子が身に付けていた衣類と同じ材質で出来ている。

 

 

 

  体1:無名騎士の胸当て・改(キュイラス)

 

      名も無き騎士の鎧、薄板でも防御効果を保つ溝の加工が特徴。

 

      その鎧の胸部と腹部のみの部分鎧で、軽量だが防御範囲は大幅に低下した。

      しかし材質を一新し重要部分は高張力鋼を使用し、他はレザーなどで補強。

      軽鎧だが、一定水準の防御効果を獲得した。

     

      キュイラスとも呼ばれている。

 

 

 

  体2:ミラのベスト(改2)

 

      ミラの騎士団の旅装。

      正当な騎士にのみ与えられたという、ハードレザーのベスト。

      入手した当時は風化が酷く、そのままでは機能しなかった。

      しかし時代は進み、新たな素材は修復を可能とし復活を果たす。

 

      鎧下としても機能し、軽量且つ優良な防御効果を持つ逸品で更なる改良が加えられた。

 

      使命は未だ成就せず、しかし留まる事を良しとはせず。

 

 

 

  腕:ミラの手甲(改)

 

     ミラの騎士団の旅装。

     ミラのグローブをベースに改良が加えられたもの。

     正当な騎士にのみ与えられるという柔らかな鹿革のグローブ。

     その鹿革制のグローブに、無名騎士のパーツや軽銀で補強。

     僅かな重量増加と引き換えに手甲としても機能する。

     品質改良により、防御効果が僅かに増した。

 

     長き使命とて、必ずや実現させよう。使命の奴隷と成り果てようとも。

 

 

 

  足:ミラの足甲(改)

 

     ミラの騎士団の旅装。

     ミラのズボンをベースに改良が加えられたもの。

     正統な騎士にのみ与えられたという柔らかな鹿革のズボン。

     その鹿革制のズボンに、ハードレザーや無名騎士の足甲を部分的に追加。

     動き易さと防御効果の両立に成功。

     品質改良により、防御効果が僅かに増した。

 

     何かの奴隷と嘲笑するは容易い。だがそれは、諦観にも似ていないだろうか?

 

 

  装飾品(指輪)1:緑化の指輪

 

  装飾品(指輪)2:エストの指輪

 

  装飾品(指輪)3:黄金樹の恩寵

 

  装飾品(指輪)4:コア・クリスタル(女神の祝福・封入)

 

 

     

  武器1:名刀月隠(+6)

 

       輝石によって鍛えられた刀。

       サリアの刀匠の手になる逸品。

       その刀身は、鞘の内でこそ光を帯び、よってこれを月隠と称する。

 

       薄刃の白が、異界に迸る。

 

 

 

  武器2:コンポジットボウ(+13)

 

       複数の材料を組み合わせた複合弓。

       必要能力値が高く扱いが難しいが、使いこなすと強力な弓。

       高い汎用性は、多くの戦技に活かせる。

 

      矢1(通常矢)矢2(爆裂矢)

      

 

 

  武器3:孤電の杖(+5)

 

       然るアークメイジより受け継いだ、魔法の杖。

       高い魔力変換効率を誇り、術者の魔術に大きく貢献する。

       戦技は『吸収』と『開放』

       更に術を杖に送り込み蓄電させる事で、任意に発動させる事が出来る。

       その恩恵で、普段行使出来ない大呪文を限定的に使用可能となる。

       元来の持ち主は、今も知の探究に余念がない。

       彼を見ている、盤の外から――。

 

      

 

  盾1:ロスリック騎士の盾・改(+6)

 

      名高いロスリック騎士の盾。王家の紋章が描かれている。

      竜と共にあったロスリック騎士の盾は、竜狩りの武器たる雷のカット率が高い。

 

      四方世界の市場に流れた事で、材質面で近代化改修が施された。

      内側にもゴム製の緩衝材が張られ、受け手の負担軽減に成功する。

 

 

 

  盾2:青い髪帯のタリスマン

 

      然る少女の手により作られた聖具。

      素体には、愛用していた青い髪帯(リボン)が使われている。

      また極力劣化を防ぐため、専用の保護袋も併せて作られた。

      月光を浴びた聖水と朝露に浸し幾日もの祈りが込められ、仄かな霊力を帯びている。

 

      高い神聖補正を備え、特に回復系の奇跡を強化する。

 

      もう彼女の心は揺るがない、たとえ身が離されようとも。

 

     

 

  盾3:フックショット

 

      弾丸ではなく、銃身から鉤付きの鉄索(ワイヤー)が射出される道具。

      武器としてよりも、高所を登る為の道具としての意味合いが強い。

      巻き取り(リール)機能も備えるが、素人が使えば腕関節を脱臼させる恐れもある。

     

      武器だけが、探索に役立つ訳ではない。

     

 

 

所持品:  作業用ダガー

 

      螺旋の剣(一つは、王統府側に貸与)

 

      ペンダント

 

      ロスリックの聖剣(魔力消失)      

 

      狼血の剣草×1

 

      聖黄金樹の種×2

 

      星々の宇宙儀

 

 

      基本セット(雑嚢)

 

           エスト瓶(10回)

 

           エストの灰瓶(5回)

 

           霊薬の聖杯瓶(3回)             

 

           スローイングダガー×8

 

           フラム×6

 

           虹色石×10

 

           遠眼鏡

 

 

 

 

 

 

 




すいません。ベラボーに長くなりました。
主人公側の視点だけで話を進めても良かったのですが、別勢力側もどういう動きをしているかを描きたかったので、組み合わせる内に必然的に長文と化しました。
負担に思われた方々…、誠に申し訳ありませんでした。m(_ _;)m

やっと灰の剣士がロスリックへと旅立つ段階へと移りました。
まさかここまで前置きが長くなるとは、私自身も想像していませんでした。
(相変わらず灰の剣士のビルドは、フラットな成長率。ある意味フロムゲーでは、最もやってはいけない上げ方らしいです)

勢力図や相関関係を図示してみました。分かりにくいと思いますが、参考までにどうぞ。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/

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