灰の剣士がロスリック高壁に侵入していた頃、仮面の錬金術師陣営に焦点を当てたお話です。
いわゆる”一方その頃”というやつですね。
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )
ホムンクルス
錬金術で生み出された人造生命体の総称。
錬金術そのものが高い知識と技術の結晶とも言えるが、人造生命体の創造も一種の到達点とも称される。
並の錬金術師では、その一端さえ触れる事も叶わず極一部の限られた者にしか扱い得ない技術の粋でもある。
また一言にホムンクルスといえど、人型に近付く程より高度で繊細な術式と手間を要する。
比較的低難易度の小動物型でさえ、並大抵の努力では実現さえ叶わないのだ。
生命の創造は、創造神への冒涜。
そう非難する者も確かに存在する。
しかして、それ等を御し時代に活かすのも結局は扱う者の意思に委ねられるのだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―― 時は少し遡る ――
デエェェ ―― 深みの聖堂 ―― ェェェエン――
見れば見る程、少女の肢体は艶やかで神秘に満ちている。
微かな空気の流れに揺れる銀髪は、糸よりも細く神秘の光沢を放っている。
それにしても美しい。
思い返してみれば、今日に至るまで彼女の裸体など真面に目にした事はない。
贅肉と呼べる部位などは胸部と臀部に集中し、自分に惜し気もなく晒されていた。
これがアイツの躰なんだ。
ふくよかで豊かに実る身肉の双丘…その先端に立地する桜色の尖塔は上向きに天を衝く。
少し視界を下げれば、似て異なる二つの身肉が盛り上がり薄い谷間を形成していた。
白くも確かな血色の通う肌からは、一切の無駄な細毛さえ見られない。
「……」
思わず目を奪われ思考さえ何処かへ置き去りそうになる、神秘的でありながら淫靡な少女の姿。
月光に近似する照明が、眼前に佇む少女の裸体に一層の美麗さを際立たせた。
「……」
言葉など浮かぼう筈もない。
持ち焦がれた瞬間が達成されようとしているのだ。
漸く叶う…、自らの奥底で湧き立ち暴れんとする望みが…今叶う。
「……」
言葉もなく、眼前の少女に唯々魅入るばかりの若き剣士。
長旅を意識しつつも決して武骨ではない品位を意識した作りの衣服を纏い、腰には一振りの刀剣が差されていた。
また顔立ちや仕草からも品位が滲み出ており、彼が上流階級の出である事を物語っている。
「あらあら、何時まで見ているのかしらん?そんなに気に入ったのねぇん、その娘の肢体が」
「――…!」
甘美な時間に耽っていた矢先、不意に意識外から女の声が降り掛かり、若き剣士はハッと我に返った。
何とも不快な瞬間…いや、無粋とも言うべきだろうか。
折角、人が悦に浸っていたというのに横からの介入で台無しだ。
件の若き剣士――クリストフ=オーレル=アーランド(王侯の剣士)は、声の主へと鋭い目つきをぶつけた。
「お邪魔しちゃったかしらぁん?でもね、裸の女の子を放置するのは王子様として
視界に映るのは、揶揄う様な笑みを浮かべる妖艶な女性。
派手な衣服を纏う肉感的な肢体に、尾と翼と角を備えた女の魔神。
華美の女魔神は、両手に衣服を携えていた。
「…そうだな、僕とした事が我を忘れていた。その服を着せろという事なのだろう?」
「あらぁん、やけに素直なのね?その娘は生まれたばかり、体調を崩さない内に着せておやりなさぁいな♪」
そうとも、待ち望んだ願いが漸く叶うというのだ。
些細な横槍など歯牙にも値せず、確かに眼前の少女を全裸で放置するなど、凡そ王侯貴族の所業ではない。
何処かで心の余裕が生まれていた王侯の剣士は、衣服を受け取り眼前に佇む少女に渡そうとする。
「……」
「…どうしたんだ、早く服を着ないか?少し震えてるじゃないか」
しかしどういう事だろう?
全裸の少女は衣服を受け取ろうとせず、ただ首を傾げるのみ。
この一室は寒くも温かくもないが、全裸の只人が長時間過ごせるような適温には保たれていない。
既に全裸の少女は、肩を竦め少し震えていた。
「ふむ、少し予想外だ。想像以上に純粋過ぎたか?」
視界外にて様子を窺っていた仮面の錬金術師も、意外そうな仕草で言葉を挟む。
結論から言おう。
いま佇んでいる全裸の少女――。
彼女は、エルメルリア=フリクセルという少女を模倣した人工生命体。
高度な錬金術で生み出された、『ホムンクルス』と呼ばれる産物である。
ホムンクルスを生み出すには非常に多大な労力を要し、それこそ希少な素材と技術が必須とされる、錬金術の一つの到達点でもあるのだ。
況してや人の知能と姿を模倣したホムンクルスの精製など、並大抵の錬金術師には成せようもない。
それは仮面の錬金術師を以てしても、いきなり最初から人型のホムンクルスを精製するには一筋縄ではいかなかった。
そこで彼は段階を踏む事で難易度を克服し、先ずは素体となる肉体の精製に始まり、後付けで再現対象の細胞の一部を投入するという方策を採ったのである。
当時、心を惑わせていた王侯の剣士を誑かす事で、彼は予想以上の成果を持ち帰ってくれた。
細胞の理想形でもある『生き血』を持ち帰り、それを素体に封入。
こうしてエルメルリア=フリクセルの
だがあくまで身体だけの再現で、彼女の人格までは未形成のままだ。
ある程度の疑似人格までは埋め込んだつもりだが、実際は御覧の有様。
外観はエルメルリア=フリクセルそのものだが、言うなれば無垢な赤子同然な状態にも等しかった。
「んフフフ…♪まぁそれもそれで面白いかもねぇ~ん。折角だし、王子様が着せてあげればぁ~ん❤どうせ後で、色々シちゃうんだしさぁ❤」
「――ッ…貴様…!」
この期に及んで尚も揶揄い半分の華美の女魔神に、王侯の剣士は鋭い目つきで睨み返す。
しかし彼女の言は尤もだ。
此処より先、全裸の少女を自由にする事を許されていた王侯の剣士。
そもそも衣服を着せる必要さえ無いのだが、それは王侯貴族としての矜持が許さなかった。
「…ここから先は好きにさせて貰うぞ?」
これ以上、周囲の話に付き合う気もない。
密かに恋焦がれていた少女を再現した仮面の錬金術師には感謝するが、今だけは自分の思い通りにさせて貰う。
今も全裸で佇む少女に自分の羽織っていた上衣を被せた彼は、そのまま特別室へ向かおうとする。
「あらん、もう行くのね?それじゃあ、あたくしも❤」
「やっぱり、お前も来るのか?」
歩を進めようとした瞬間、華美の女魔神も後へ続こうとする様子に、ふと足を止めた王侯の剣士。
「あらん、お忘れ?一応貴方の監視と、その娘に追加の精神封入しないと…でしょぉん?…そ・れ・に、ヤリ部屋コーディネイトしたの…
「特別室って言えよ下品な女めッ…!まぁいい、早く来いッ!」
これから事を致す王侯の剣士とホムンクルスの少女だが、華美の女魔神も監視と精神封入を兼ね参加する手筈となっていた。
この深みの聖堂は非常に広大な造りだが、彼等の組織が自由に使える領域は、この一室だけだ。
しかし華美の女魔神は、他の同族には無い特殊な能力を有していた。
―― 空間生成 ――
それが彼女の持つ特殊能力である。
無条件とはいかずとも、己の魔力で自由に物理空間を生み出す事が出来る。
勿論、只人基準で快適と感じる部屋の生成さえ可能としていた。いわゆる
彼女の保有する魔力や身体能力は、
だがこの能力のお陰で組織内外でも、そこそこの地位と名誉を保証されていた華美の女魔神。
「す~ぐ興奮するんだから。今まで相手したきた、女子さんたちにも乱暴に求めてたんでしょ?あたくし激しいの大好きだけれど、その娘は頑丈には作ってないそうよん?…そうでしょ、錬金術師さん?」
「そうとも、まだ調整不足は否めんよ。あまり乱雑には扱わんでくれたまえ」
完成とは称したものの、ホムンクルスの少女は調整の余地が多分に残されていた。
エルメルリア=フリクセルの人格移植も含め、段階的に欠陥を見極め身体能力の補強も施さねばならない。
「もし良ければ、貴女もご一緒にどう?死灰神の信徒さん?」
「//////」
「あらん、意外とウブなのね。貴女って若しかして…ンフフフ、そう言う事ね♪」
「早く…早く行って下さいませ///」
ちょっとした悪戯心が湧いたのか、一室の隅に居る少女へと誘いをかけた華美の女魔神。
誘いを受けたのは、死灰神信徒の少女。
神官戦士用の衣服を纏い、灰色ながらも光沢のある長髪を有した美しい少女である。
ホムンクルスの少女も魅力的ではあるが、華美の女魔神の感性では此方の少女の方が勝っているように映っていた。
だが誘いを受けた少女は、顔を真っ赤に紅潮させ両手で顔面を覆っている。
早く行ってくれと言わんばかりに、激しく被りを振っていた。
全裸であるホムンクルスの少女の光景に、異常な羞恥を覚えていたという事だ。
「可愛いんだから…❤」
「…行くぞ」
羞恥に悶える死灰信徒の少女を尻目に、王侯の剣士は、ホムンクルスの少女と華美の女魔神を引き連れ特別室へと移動した。
件の3人が居なくなり、この一室は組織の構成員だけが残る。
「…浅ましさここに極まれり…だ。王侯貴族と宣った処で、一皮むけば
もう居ない王侯の剣士に向け、侮蔑の言葉を吐いた仮面の錬金術師。
仮面の奥に隠れた素顔には、嘲りと蔑みの表情で彩られていた。
「…少し以外です。同じ陣営なのでしょう、今の彼は?」
死灰信徒の少女は顔面を覆っていた手を退け、まだ紅潮の残る顔には意外そうな表情を浮かべている。
「アレが素直に恭順など示そう筈もない。適当な頃合いで利用した後、直ぐに離反する算段なのだろうさ。まぁ、お互い利用し合う事を承知した関係なのは、向こうも理解しているのだがね」
「宜しいのですか?貴重な情報を持ち出される可能性も――」
「その様な下手など打たんさ。あのホムンクルスには、
「獣の病…。あの御仁、獣の病の羅患者であると?」
「そうとも、異常な羞恥心が邪魔をしたのだろうが、今度は注意深く探ってみたまえ。今は一応の平静状態だが、直ぐに本性を発露し獣性を晒すのは間違いない」
「それでは、あの少女が持たないのでは?とても屈強には見えませんでした」
「そうさせない為に、あの女を同伴させたのだ。折角の研究成果を壊されるのは、流石に不本意なのでね」
「あのホムンクルスを作った貴方様に、得る物など見当たらないように思えるのですが私には」
「普通は、そう見えるだろうね。だが私にとっては、決して無駄な検証ではないのだよ。…何時までも足踏みしていられないのでね」
「――…貴方様…そんなにッ…!?」
王侯の剣士の思惑など、最初から看破していた仮面の錬金術師。
お互いの利害が合致した事で、歪な協力関係を築いていた両者の関係。
王侯の剣士が『獣の病』を発症している羅患者である事を明かす。
死灰信徒の少女は、最近まで医療教会と行動を共にしており『獣の病』の行く末も知る所ではあった。
もし王侯の剣士が獣の病の羅患者であるなら溢れんばかりの獣性を発現し、あの華奢なホムンクルスの少女など物言わぬ肉塊へと変えてしまうのではないか。
そうなればホムンクルスを創り上げた意味など、何処に存在するというのか?
仮面の錬金術師の思惑が読めず、深い思案に見舞われた死灰信徒の少女。
疑念を浮かべる彼女に、そっと仮面を外し素顔を晒した仮面の錬金術師。
意外という他なかった。
徐に仮面を外した眼前の男が、よもや
今まで耳にした限り、声質も若々しく青年か壮年だと判断していた死灰信徒の少女。
此処まで老いた男だとは、彼女自身も思ってはいなかった。
また少女だけでなく、周囲の構成員たちも少々の騒つきが目立つ。
「…フフフ、意外だったかね?こんなヨボヨボの爺さんが、良くも今日まで活動できたものだ。…そんなところかな?お嬢さんも君達も」
「――…!い、いえ、私はその様な事はッ…!」
『『『『『――……!?』』』』』
流石に表情に出過ぎただろうか。
思いを見透かされたと感じた少女と周囲は、慌てて頭を振り視線を外す。
「ハッハッハ、いいさ。別に腹など立ててはいない。君達の考えは正しい。なぁに、私の身体もホムンクルスなのさ。もう何世代も繰り返し、今を生きているのだよ」
自らもホムンクルス体と明かす仮面の錬金術師。
錬金術で精製した肉体に自らの魂を移す事で、長い時を生きてきたのが彼だ。
そして今の身体も当然ホムンクルス体で、
「理想的な不老不死など唯の幻想に過ぎん。ダークリングも輸血の儀式も行き着く先など、理性無き異形では話にもならんさ」
「はい、私もそう思います」
この世界に不老不死という手段は数あれど、最終到達点は魂無き異形という末路。
仮面の錬金術師も死灰信徒の少女も、その悍ましい果てには覚えがあった。
「あの少女を模したホムンクルス体も、別視点から試みた技術検証の一環さ。たかだか数十年程度で使用不能になる肉体など、私には不要。まだまだ改良を重ね、わが身に相応しい肉体を完成させねばな」
近い将来、今の肉体を破棄し次なるホムンクルス体へと乗り移る事で新たな生を得る。
今の老いも使用限界の現れとしての事で、既に別の肉体は用意されていた。
しかしその在り処は誰も知らず、あのオスロエスでさえも知らない領域に巧妙に隠されていた。
エルメルリア=フリクセルのホムンクルス体を精製したのも、単に王侯の剣士の望みを叶えるためではない。
今使用している現世代のホムンクルス体では、まだまだ自分の要求する水準を満たしてはいないのだ。
様々な視点から検証を繰り返し
それを経て彼の計画は初めて産声を上げるといっても過言ではなかった。
「君は、あの現場に居なかったから分からないだろうが、例の男…灰の剣士も
「――何ですって!?…いえ、でも…その割りには普段と変わらない活動を続けていると聞いています」
再び仮面を嵌め、ふと灰の剣士の事を語り出す仮面の錬金術師。
少し前の、西方辺境街に在る地母神神殿での襲撃時の事だ。
(本編前夜編 第134~136話参照)
王のソウルを入手するため、灰の剣士の精神に揺さぶりをかけるという手法を執った仮面の錬金術師と教会の狩人。
その思惑だが取り敢えずは成功を納め、彼は
しかし彼等の思惑の予想外を行き、灰の剣士は暴走を匂わせながらも自我を保ち続けるに至った。
「信じられるかい?彼は、
「受け入れ…融合させる…?その様な事が――」
「私も信じられなかったさ。あのまま『殺戮の凶者』として暴走してくれれば、その隙に付け込み『王のソウル』を奪えたものを」
「先程の王侯の剣士、彼も普段通りの振舞いに思えますが…?」
「クックック、異常な羞恥心で判らなかったようだね。今探ってみるといい、あの部屋越しでも流れて来るだろう?汚らわしいソウルが」
「……。……。…なんと荒々しく…もう人とは思えない程に…」
「ヤレヤレ…、彼女が何とか歯止めをかけている様だが、あの男は翻弄されっ放し。…一応は正気と獣性の狭間に身を置いている様だが、既に素の思考さえ己の獣に偏ってしまってるようだね」
「もし私も輸血の儀式を受けていれば――」
「君自身の資質次第だが、獣の病を受け入れ融合させるのは決して容易ではない…と言うよりも過去に前例が無い。少なくとも私の知る限りではね」
獣の病を発症していたのは、王侯の剣士だけでなく灰の剣士も同様だった。
そう語る仮面の錬金術師に、死灰信徒の少女は思い付く質疑を投げ掛けた。
彼女は当時、あの神殿には居合わせていなかったため彼の詳細を今も知りはしない。
しかし仕入れた情報の限りでは、灰の剣士は特に変わる事なく活動を続けていると聞き及んでいた。
そして先ほどホムンクルスの少女を特別室へと引き連れた王侯の剣士も、見た限りでは理性を灯っている様に思えた。
だが死灰信徒の少女の見解を一蹴した仮面の錬金術師。
鉄扉の先には、華美の女魔神が生成したと思わしき特別室が存在している。その扉越しでも、王侯の剣士のソウルが十分に伝わってきた。
死灰信徒の少女も鋭敏にソウルの感知が可能で、先ほどは異常な羞恥心の所為で正確には探れなかった。
だが仮面の錬金術師の言う通り、静かに意識を傾けてみれば直ぐにでも全身にソウルが流れて来る。
王侯の剣士と思わしきソウルの波形だが、あの品格漂う外観とは思えない程に激しく荒々しい。
宛ら巨大な肉食獣…というよりも、今も『磔の森』で闊歩する『恐竜』にも酷似していた。
恐れる竜と称されるだけあり、アレ等の生物も非常に獰猛で生命に溢れ死の呪いなどモノともしない程に逞しい。
対照的に、あのホムンクルスの少女のソウルは乱れに乱れ徐々に擦り減っているのが分かった。
恐竜の如きソウルを放つ王侯の剣士を、宥め透かす様に寄り添う華美の女魔神のソウルも流れて来るが少々難儀している様だ。
あの特別室で、何が行われているのか想像に難くはない。
死灰信徒の少女も成人を迎えたての年頃だが、乏しいながら最小限の知識は得ている。
今も行われているであろう様相を想像してみたが、寧ろホムンクルスの少女に対する憐憫の情しか湧かなかった。
――にしても信じられないのは、灰の剣士という男の方だ。
いま扉越しに感じる荒々しいソウルも獣の病の一種の形だとすれば、あの彼とて何らかの暴走を引き起こさなかったのだろうか。
一応は探っていたのだ、彼女なりに灰の剣士の動向を。
だが入ってくる情報と言えば、彼の目立たない動きばかりで特に気を引く内容ではなかった。
本当に信じられない。
灰の剣士も獣の病を発症しながら拒む事なく受け入れ、奇しくも理性を保ち続けているという事実に。
彼女自身、医療教会と行動を共にした事で次々と関係者が獣の病を発症し、処分されるか冒険者に討たれるかの末路を見届けてきた。
その時の彼等も自我や理性など完全に消え去り、人の部分など微塵にも見せてはいなかったのを今でも鮮明に覚えている。
正に獣の如き振る舞いで暴れ回っていたのだ。輸血の儀式を受け入れた彼等も、伝染した羅患者も等しく。
そんな人間性さえ喪失させるほどの獣化だというのに、件の剣士は発症しつつも受け入れあまつさえ克服しているのだという。
果たしてそのような事が可能なのだろうか?
もし可能であれば、自分も輸血の儀式を受け入れ利点だけを活かす事も出来るのではないか?
その様な思惑が脳裏に浮かぶも、仮面の錬金術師からは難色を示された。
前例が無いのだと言う。少なくとも仮面の錬金術師が知る限りでは、その様な前例は起きていないとの事だ。
綿密に探せば手掛かりが見付かるかも知れないが、少なくとも今成すべき案件ではないのは彼女も分かっていた。
「…失礼いたしました。今考えるべき事柄ではありませんね」
深みの聖堂に赴いたのは、獣の病に関してではない。
場違いな思考を取りやめた彼女は、本題へと話を移す。
「そうとも。君が持ち込んだ
彼女から受け取っていた布包みを開き、中から『干乾びた黒い小指』が姿を現す。
その小指を手に取りほくそ笑む仮面の錬金術師。
「この試みも決して無意味ではない。いや、この過程で新たな知見が開かれるやも知れん。…少し楽しみだな、早速取り掛かろうか」
「大いに期待させて頂きます、錬金術師さま」
「先ずは、乾燥し切った体液を取り戻さねばならんな。此方を使うか」
巨大なガラス管だが、先ほどホムンクルスの少女を納めていた容器である。
しかし敢えてそれを使う事なく、仮面の錬金術師は小型の容器を用いる事にした。
それもガラス管で構成され中身を確認する事ができ、干乾びた黒い小指を小型のガラス管へと放り込む。
「この液、そしてこの液…、例の粉末と欠片…、すまんが水を持って来てくれるかね?」
「私で良ければ」
ガラス管に少量の溶液や粉末を次々と投入する仮面の錬金術師は、大量の水を求めた。
あの教会の狩人が行う実験の数々は、どう贔屓目に見ても正気を疑うものばかりで悍ましい事この上なかった。
現場に立ち会っていた彼女は、時折り嘔吐する事もあり正に狂気の産物とも言えたのだ。
いま行っている仮面の錬金術師も似たような所業だと思われるが、此方の方が遥かに知識に基づいた術式に感じられる。
実は初めて目にした本格的な錬金術。
彼女は進んで水汲みを買ってで、彼の補佐へと務めた。
………
……
…
これが同一人物とは思えない。
そうとしか言いようがない程、眼前の男は姿を変容させていた。
全身を覆う重甲冑は、黒に近い紺の鉄紺色に染め上がっている。
また肉眼でも確認できる程に、青黒く禍々しいソウルを溢れさせていた。
背には濃紺の特大剣を備えており、先ほどの刀は何処に消えてしまったのだろう。
あの鋭い目つきを備えた端正な顔立ちも、重兜で覆われ見る事も叶わない。
「これが先ほどの彼…とても信じられません」
死灰信徒の少女は、眼前の甲冑男に動揺を隠せないでいた。
「フハハハ…、随分マシになったではないか。寧ろこちらの方が歓迎よの、我はな…!」
何時しか部屋に居た、鉄茨のエレメールは随分上機嫌で甲冑男に目を向けている。
確かに見てくれは、甲冑男と同じくソウルを噴出させ隠そうともしていない。
だが彼とて平時はソウルを抑え込んでいるが、この甲冑男は今もソウルを噴出させていた。
王侯の剣士…クリストフ=オーレル=アーランド。
それが甲冑男の正体である。
一連の行為を終えた彼等は、特別室から姿を現し立ち並んでいた。
「随分、様変わりするものだな。目論見は成功…といった所か」
「やっぱりアンタの仕業ね、コイツの変わり様…!」
変わり果てた甲冑男の姿に、何度も頷く仮面の錬金術師。
そして隣の華美の女魔神は不快な表情で睨み付け、両腕にホムンクルスの少女を抱きかかえている。
「随分お怒りの様だが、これが私の計画の一端だ。君とて理解はしていただろう?」
「勘違いしないで!あたくしが気に入らないのは、コイツの有様よ…!流石に看過できなかったわ…このッ…!」
華美の女魔神には、予め事情を通達していた筈なのだ。
それを承諾した上で彼女は、自身が生成した特別室へと同伴した。
しかし彼女が怒りを向けていたのは仮面の錬金術師ではなく、隣に無言で佇む甲冑男に対してだ。その証拠に彼女は、隣の甲冑男に前蹴りを仕掛けるも全身甲冑の前では、虚しい金属音で跳ね返るだけだ。
例の特別室で何が行われていたのか、意識を失っているホムンクルスの様態を見れば一目瞭然だろう。
華美の女魔神が用意した衣服は、見るも無残にただの布切れと化し少女の身体至る所に纏わり付くのみで、もはや衣服の体を成していない。
加えて少女の身体は傷だらけで、今も血糊が付着し特に両脚の付け根からの血の跡が顕著だ。
「ちゃんと止血はしてるわ…。命に別状はないと思うけど、もう彼女にも意思ってもんがあるでしょうよ!」
「ほぅ…これは意外だ。君に、その様な他者を気遣う情があったとはね?」
「ハン、けっこう嫌味ったらしい台詞ほざくじゃないのさ!アンタらの言う魔神の眷属全員が、殺戮鬼だと思ったぁ!?見くびんじゃないってぇのッ!」
「まぁ落ち着きたまえ。君達の世界の事は、以前にも聞いた。君の心情に、私は意外だと言っただけだ」
「最初は子供の幼稚染みた内容だったわ…。だけど事が進むにつれ、だんだんとコイツが乱暴に扱い始めて暴力なんて当たり前…!あたくしも混ざって楽しむ予定だったけど、流石に興ざめしてね。あのまま放っておいたら、この娘…死んでたかもよ。途中でワンワン泣き出して悲鳴上げて、もう見てられなかったわッ!…姿が変わった時、無理やり引き剥がして止めさせたのよ。まぁ抵抗されて、私も無傷じゃ済まなかったけどね」
「君の意外な一面が見れたのは、ある意味で僥倖とも言えるね。後で協力してもらうぞ?」
「それは別いいけど…で、どうすんの?コイツとこの娘?」
「取り敢えず彼女をもう一度容器に、これから治療と改良を執り行う。そしてこの男には、さっそく動いて頂くとしようか」
大まかだが、部屋での行為全般を語る華美の女魔神。
確かに王侯の剣士とホムンクルスの少女は、男女の秘め事へと行為を発展させていた。
最初の段階では、様子見に徹し視覚で楽しむ事にした華美の女魔神。
だが事が進むにつれ徐々に彼は行為に激しさが増し、少女の苦痛に喘ぐ様さえ愉悦を覚え始めていた。
少女も拙い言葉で苦痛を伝え弱々しくも抵抗を見せた時、彼の様子は急変した。
まだ只人と大差はない華奢な彼女へと暴力を振るい、可憐で愛らしい顔さえも惨たらしく殴り付け行為を続行。
とうとう彼女は泣きじゃくり悲鳴さえ上げ、形振り構わず助けを求める始末。
終始様子見に徹していた華美の女魔神は、遂に動き出し彼を振り解こうと躍起になる。
だがこの段階で彼にも変化が現れ、禍々しい鉄紺色の全身甲冑姿へと変貌していた。
その力は絶大で、華美の女魔神も魔力と術で何とか制止に成功。
気が付いた時には彼女も手傷を負っていたが、ホムンクルスの少女の方は深刻な傷に見舞われていた。
顔面は激しい内出血でミミズ色に膨れ上がり、従来の可憐な容貌は見るに堪えない姿へと置き換わっていた。
また全身に打撲や裂傷も見受けられ、殴り付けた跡や爪の跡が散見される。
そして両脚の付け根…つまり股間部からは夥しい流血も見られ、天蓋付きの寝台の其処ら中が血痕で化粧されていた。
最初こそ第3者からすれば小恥ずかしくなるような紡ぎ合いだった、しかし最終的には猟奇的ともいえる惨劇へと発展していたのである。
王侯の剣士…彼の巣喰う獣性は、言うなれば――。
「――
最後に甲冑男へと唾を吐きかける華美の女魔神に対し、彼の方はというと無言で立ち尽くすのみ。
だが溢れんばかりのソウルは憎悪の波形に満ち、終始何かに向けられているかのようだ。
抱きかかえた傷だらけの少女を大型のガラス管へと戻した華美の女魔神は、そのまま怒りの形相を保ち自分で精製した特別室へと引き籠ってしまう。
「さて、君には早速働いて貰いたいが、どの程度の力を有すのか試す必要がある。何処か適当な戦場にでも放り込むか?」
「ならば我に任せよ。
「ほぅ、それは良き傾向だ。憎悪の向ける本命が現れたぞ、王侯の剣士…いや、鉄紺の獣騎士よ…!」
全身傷だらけのホムンクルスは、後で幾らでも修復と改良が叶う。
残るは、甲冑姿へと変容した王侯の剣士だが、どれほどの力が変化したのか実際に戦わせる必要が生じた。
このロスリックの地は戦うに不自由しない魔境の地だが、珍しくエレメールが意気揚々と駆り出す役割を買って出る。
甲冑男…否、鉄紺の獣騎士が向ける憎悪の矛先に気付いていたエレメールと仮面の錬金術師。
また都合が良い事に憎悪の矛先である、あの灰の剣士がロスリックの高壁に侵入している事を知り二人は邪悪な笑みを浮かべていた。
「グゥるぅァアァあぁッ…!ごろずぅ…奴はぁ…ごろすぅ…必ずぅ…殺すぅ…っぅぅぁアアァっ…!!」
灰の剣士の名を耳にした途端、突如として雄叫びを上げ青黒いソウルを更に噴出させた鉄紺の獣騎士。
今にも暴れ出さん限りの勢いだが、寧ろエレメールは狂気とも言える様子に大層ご満悦だ。
「クハハハ、その憎悪は奴に向けるがいい!戦場で存分になッ!クハハハッ…!」
「うグルぅぉオオっ…!ヤツはぁ…絶対に殺すぅ…絶対にだぁ…がぅぁあぅアァッ…!!」
青黒いソウルに対応するかのごとき赤黒いソウルを噴出させ、鉄紺の獣騎士を拘束したエレメール。
そのまま彼を引き連れ、ロスリックの高壁へと出撃してしまう。
「さて…、少しは見物だな。君も御照覧するといい」
「では…お言葉に甘えて」
戦場は既に判明しているのだ。
自身の使い魔を飛ばし、その目を通し水晶へと映し出すべく準備を整える仮面の錬金術師。
少しは興味をそそられたのか、死灰信徒の少女も彼の誘いに乗る。
「灰の剣士…か…。折角だ…静観させて貰おう…自身の目でな」
部屋の片隅では特に動きを見せなかった、白服の女魔神。
鉄紺の獣騎士のやり取りにも、干乾びた黒い小指の再生にも興味を示す事はなかったが、どうにも件の剣士に関しては周囲も騒ぎ立てている様子。
その様子に些かの関心を抱き、彼女は静かに退出し自らの足で現場へと向かう事にした。
……
―― そして時は再び回帰する ――
デエェェ ―― ロスリックの高壁 ―― ェェェエン――
一人余計な者が混ざっている様だが、特に用など無い。
どうせ例の救出作戦に参加した挙句、不様に逃げ延びた輩なのだろう。
邪魔な事この上ない。
エレメールは得意の戦技『エオヒドの剣舞』を飛ばし、眼下のベースキャンプ跡へと牽制。
案の定、灰の剣士は感付き難なく回避するが、そうでなくては困る。
あっさり死なれては、此方の愉しみが減ろうというもの。
向こうも気付いたのか、此方へと意識を傾けてくれた様だ。
「さぁ行け、嘗ての王侯貴族…鉄紺の獣騎士よッ!」
「――グルぅァアァ…ルルアはぁ…渡さぬぅうぅ…!!」
今か今かと仕掛ける機を待ち侘びる鉄紺の重騎士を嗾けるべく、赤黒いソウルの拘束を解いたエレメール。
少々女がらみの憎悪であるのは気に障るが、溢れんばかりの波形そのものは決して嫌いではない。
拘束を解かれた鉄紺の獣騎士は、濃紺の特大剣を手に城壁から跳び下り灰の剣士へと襲い掛かった。
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干乾びた黒い小指
ちぎれた状態で発見された、黒い小指。
干乾びてはいるが、人型と思わしき形をしている。
浅黒い肌の小指には、今も持ち主らしきソウルが濃密に宿っていた。
鉄紺の獣騎士の正体、彼でした。
余談ですが、偏に魔神の眷属といっても一括りには出来ません。彼(彼女)たちは確かに異界の出身ですが、それぞれ元居た別々の世界から流れ着いています。
例1、深き夢…Aの世界
例2、華美の女魔神…Bの世界
例3、幼夢魔…Cの世界
こんな感じでしょうか。また魔神と呼ばれていますが、これは四方世界の人々が便宜上付けた呼称で、彼等も元の世界では人類扱いです(オリジナル設定)。
如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
デハマタ。( ゚∀゚)/