ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
チョット手間取りました。
チョッピリ遅めで投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第157話―ロスリック・深みの聖堂、継ぎ接ぎの町―

 

 

 

 

 

 

グレートクラブ

 

大樹の枝から作られた棍棒。

扱うにはそれなりの膂力が必要。

硬く壊れにくい武器であり、その重さで敵の盾受けを崩しやすい。

 

異界より流れ着いた曲者は、生者の領域を当然のように汚そうと襲い来る。

たとえ流刑の身とはいえ、今なお燻ぶる誇りは消えてはいない。

 

 

流刑人の大刀

 

戦士たちの眠りを守るファランの番人。

その一人が振るっていた血塗れの大刀。

それは流刑人であった彼の罪過の証である。

大曲剣の中でも最も重く、尋常な筋力では振り回すことはできない。

 

流刑の地なれど、今は我等の聖域。

許すまじ、異界の漂着者であろうとも汚す輩は排除あるのみ。

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

   デエェェ ―― 生贄の道 ―― ェェェエン

 

四方世界での『生贄の道』に降り立ったのは、今回が初ではないだろうか。

 

――変わらないものだ。この死に満ちた光景。

 

火継ぎの時代から随分過ぎ去った筈だが、荒れ果てた陰鬱な山道は今も変わらない。

枯死した木々に僅かな雑草、そして漆黒の奈落が口を開け音もなく侵入者を待ち構えている。

 

「こんな道もあったんだな。まぁ迂回路も、大した違いはなかったけどな」

 

 隣の冒険者『吟遊連弩使い』は、辺りをキョロキョロと見回し様子を窺っている。

以前、大勢の冒険者と道を共にしていた彼は、生贄の道を通らず別の迂回路を経由し『磔の森』に辿り着いていた。

しかし目にする環境は違えど、迂回路も生贄の道も大した差は感じられなかった。

 

「おっと、照らす光…!」

 

 再び『照らす光』をかけ直し、視界確保を図った灰の剣士。

生贄の道は昼間でも暗い上、今は夜の時間帯。

山岳に囲まれた『生贄の道』は非常に暗く、灯り無しでは目指すべき方角を測るのも困難だ。

最低でも松明は必須とされ、腰のランタンでは少々心許ない。

また山道も入り組んでおり、碌な灯りもないままでは足を踏み外しても可笑しくはない地形である。

灰の剣士が光を灯し、周囲の状況把握も容易となる。

此処は昼間でも薄暗く、彼の魔法でも充分な光源とは言えなかった。

 

「フゥ、助かったよ。俺はランタンしか持ってなくてね」

「洞窟の様に閉所なら光源の乱反射で十分な照明となるんだが、此処は場所が開けているからな。虹色石か七色石で導を付けておいた方が無難か」

 

 昼間でも暗く夜間では更に視界が悪化し、ふとした拍子に足を踏み外す危険もある。

それを憂慮した灰の剣士は、要所要所に『虹色石』を設置し道標を形成した。光源にはならないが半永久的に光を反射する性質を備えた石だ。

これで少しは改善できただろう。

 

「慎重に進むぞ、敵が潜んでる」

「やっぱ気は抜けんか。…ってアンタ、よく敵の気配が分かるな。森人や亜人種並みだぜ?」

 

「…貴方も訓練すればいい。少し位は察知能力も付く」

「…遠慮しとこう。文才と話術を磨いてる方が性に合ってるんでね」

 

 視界確保と道導の設置を熟しながら、二人は警戒しつつ山道を降りる。

ここから先は、灰の剣士も初見に等しいのだ。

四方世界に流れ着いたロスリックは、既に敵配置も構成も記憶と大きく食い違っていた。

見知った敵が待ち構えているとは限らず、思わぬ強敵と遭遇する可能性も無視できない。

灰の剣士は、今以上に意識を集中させながら山道の土を踏みしめる。

 

……

 

彼の思い過ごしだろうか。

見知った敵も健在で『カラス人』が二人に襲い掛かる。

 

鳥人(ハルピュイア)か!?それにしては気味悪すぎるぜ…!」

「――敵だ。躊躇するなッ!」

 

 だが二人を苦しめていたのは『カラス人』だけではない。

 

「そんなに住み易いのか、こんな場所がッ…!」

 

 此処でも『混種』が生息しており、カラス人と共存共栄を図っていた。

カラス人による頭上からの急襲と、混種による地上からの襲撃。

少数なら物の数ではないが、2桁を優に超える多勢に手を焼く二人。

 

「あ~クソ、太矢(ボルト)が足りなくなるッ!」

「補給なしの連戦は、確かに厳しいものがあるな!」

 

 これまでも多くの戦闘を潜り抜けてきた二人。

灰の剣士はともかく、吟遊連弩使いは太矢(ボルト)の数が底を着きはじめている。

これ以上の消耗を気にかけつつも、敵殲滅を成し遂げた二人。

 

「磔の森…、確か『継ぎ接ぎの町』だったか?そこまで辿り着けば、小休止も叶うのだろう?」

「…そうだが…、この状況じゃあな…、まだ機能しているかどうかも…――」

 

 残敵の有無を確認し終えた灰の剣士は、磔の森に流れ着いているという『継ぎ接ぎの町』について言及した。

幾多もの滅んだ人里が磔の森に流れ着き、それ等が集合し融合した地点が存在している。

其処は比較的環境も整っており、建造物の損壊も軽微な箇所が多く点在していた。

ロスリックに挑んでいた冒険者たちは、其処に目を付け即席の拠点として活用しているという。

西方辺境街にてアンリより聞かされていた灰の剣士も、件の『継ぎ接ぎの町』の情報を得ていた。

もし生き残りの冒険者たちが、そこで身を潜めているなら多少の休養も望めるだろう。

だが吟遊連弩使いは、希望的観測を捨て去っている。

彼は彼なりに、嫌というほどロスリックの恐ろしさを骨身に染みていた。

今は灰の剣士が傍に居るため並み居る敵を難なく討ち破っている事に、つい錯覚を起こしそうになる。

これが今までの冒険者の一党なら、ここまで辿り着けたとしても無傷とはいかず犠牲者が出ていても不思議ではない状況でもあるのだ。

吟遊連弩使いは、継ぎ接ぎの町が壊滅している可能性をも考慮していた。

 

「今は進もう」

「ああ、分かってる」

 

 この期に及んで下手な励ましなど、彼には却って逆効果に働くだろう。

しかし此処で立ち往生してしまえば、更に危険度が増すばかり。

今は少しでも開けた場所に進めるだけ進みたかった。

二人は更に歩みを進める。

 

道なりとしては、そう長くはないのだ。この山道は。

だが敵は『生贄の道』を気に入っていたのか、予想以上に数多く生息し集落らしき人工物まで散見された。

彼等にも生活がある。そう割り切れれば戦闘を避け無駄な消耗を押さえる事も出来た。

しかし此方を認識するなり問答無用で襲い掛かって来るのであれば、迎撃も止む終えない。

二人は私情を抑え、並み居る敵を排除し続け前進する。

『道半ばの砦』を抜け山道を降りれば、漸く視界の開けた空間へと出る事ができた。

 

   デエェェ ―― 磔の森 ―― ェェェエン

 

――磔の森…、久しい気もする。

 

見飽きる程に幾度も繰り返した、あの時代の記憶が今も鮮明に蘇る。

だが夜間での『磔の森』は、ある意味で新鮮な情景を彼に提供していた。

あの火継ぎの時代は、昼も夜も切り替わる事がなかった。

周回(ループ)が進むにつれ闇が濃密に侵食していたが、夜の闇とは似ても似つかない不気味な空を抱えていたのである。

しかし今の夜は何と表現すればいいのか。

不気味な火柱の所為で、今の夜も確かに悍ましい空には違いない。

だがやはり()という顔を覗かせ、今の『磔の森』は死臭を漂わせながらも神秘を滲ませていた。

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 戦闘開始 )

 

「見ろよ、アレ…」

「分かってる。恐竜と魔物が殺し合ってるのか」

 

 磔の森へ出た傍から、彼等の視界には争いが繰り広げられていた。

魔物と恐竜の群れ同士が、互いに争っていたのである。

 

伶刀龍(リンタオロン)に、アレは…人頭獅子(マンティコア)悪魔犬(ワ―グ)まで!」

 

 これぞ混沌の極みと言うべきか。

混沌を代表するかのような魔物群と生命溢れる恐竜群が、鎬を削り互いを食い合っていた。

だが都合の悪い事に、彼等の行く手を阻む形で相争っているという状況。

このまま素通りという訳にはいかず、どちらかの陣営が滅ぶか共倒れを待つしかない。

だが不幸な事に両陣営は二人に気付いた途端、何故かこちらを優先的に狙い始めてしまった。

 

「…そんな予感はしていた。貴方は退がってくれ」

「悪いね。もう弾が殆ど無い」

 

 残弾3発という吟遊連弩使いを物陰に退がらせ、灰の剣士は敵の前へと踏み出した。

 

――とにかく此方に目を向けさせないとな。

 

複数の伶刀龍(リンタオロン)に加え、人頭獅子(マンティコア)悪魔犬(ワ―グ)という有り難くない敵構成。

後方の吟遊連弩使いに敵が殺到しないよう、ロンドールの奇跡『贖罪』を発現させた灰の剣士。

敵にも一応の知能は備わっているのだ。

抵抗する事なく奇跡の効果が及び、敵の群れは灰の剣士だけを標的とし殺到する。

 

圧倒的不利な状況とも言えるが、物陰から覗いていた吟遊連弩使いは然して危機感を抱いていなかった。

 

……

 

案の定…といった処だろうか。

 

彼の視界に映るのは、肉片と化した敵の遺体ばかり。

四肢は斬り飛ばされ頭部はバラバラのサイコロステーキと成り果て、地面に染みた死血が月光を鈍く反射している。

 

「感覚麻痺しちまうぜ…」

 

 単体でも油断大敵な敵ばかりだというのに、群れを成し一斉に襲い掛かってきたのだ。

だが標的とされた彼――灰の剣士は全て返り討ちとする。

並み居る伶刀龍(リンタオロン)を斬り飛ばし、悪魔犬(ワ―グ)の群れをも両断し、複数の人頭獅子(マンティコア)でさえもバラバラに断割していた。

宛ら雑草狩りと言わんばかりに、彼は単身で一方的に勝利を収めていたのである。

これが並の冒険者一党なら、先ず陣形を組み、有利な地形に誘い込み、術や罠で待ち構え、そこで漸く真面に戦える状況に持ち込める。

それでも無傷で勝てる保証など無く、犠牲や負傷は覚悟しなければならない程の状況なのだ、本来なら。

普通なら戦闘を避けねばならない程の悪条件なのだが、彼の戦い振りを繰り返し目にしていた吟遊連弩使いの感覚は既に狂い始めていた。

 

この男なら確実に勝利する。

 

理屈抜きで確信していた吟遊連弩使いは、そんな事を呟き物陰から身を乗り出す。

 

「確かに…感覚が狂いそうだ」

 

 自分の呟きが聞こえていたのだろうか?

灰の剣士も刀を鞘に納め、彼の方へと言葉を返す。

 

「これでは慣れたのか、そうでないのか量りようもないな」

 

 確かに油断ならない敵なのだ。

伶刀龍(リンタオロン)悪魔犬(ワ―グ)人頭獅子(マンティコア)も、強力な個体には変わりない。

新人は疎か熟練冒険者でさえ、気を抜けば瞬時に敗北する程の敵だ。

しかし灰の剣士は、一方的に圧倒した。

油断なした覚えなど微塵もないが、過去に幾度も討伐した小鬼(ゴブリン)の方が言いようのない脅威さえ感じていた程だ。

今のような圧勝では、自分が力を付けたのか違うのか判断し辛い。

火継ぎの時代では常に緊張の連続で、僅かな油断でさえ死を招いた。

 

今の圧勝に酔いしれ驕りに浸ってはならない。

これに溺れてしまえば、悲惨な末路を招くだろう。

 

そう自分に言い聞かせ戒めとした灰の剣士。

 

――灰の剣士…噂になる訳だ。

 

徐々に味方である筈の彼に、戦慄を抱き始めていた吟遊連弩使い。

それぞれ思惑は違うものの複雑な心境のまま、二人は坂道を降り湖面へと差し掛かる。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 冒険者の夢の跡 )

 

二つの月光が降り注ぐ夜の湖面は、静かな不気味さを醸し出している。

浅くも広い湖の水温なのだが、実は氷の如く冷厳ながら氷結する事のない不思議な特性を孕んでいた。

また水質も澄み切っており、数多くの水棲生物が周囲で生を営んでいる。

思えば、火継ぎの時代でも蟹の類が其処彼処で散見された。生命途絶える終焉が目前に迫っていたにも拘わらず、蟹たちは生命活動を途絶えさせていなかった。

 

「…でっかいザリガニだ…」

「刺激しなければ襲っては来ない」

 

 四方世界に流れ着いた『磔の森』には、蟹だけでなく巨大ザリガニや多種多様な淡水魚までもが生息していたのである。

湖面に足を踏み入れた途端、肉食魚が二人の足元に集り牙を剥く。

灰の剣士は、弱めに威力調節した『雷の槍』を湖面に差し込み、肉食魚の群れを感電死させる。

吟遊連弩使いは、遠間に見える巨大ザリガニに目を奪われていた。アレは『狭間の地』に生息していた厄介なザリガニだが、敵対さえしなければ襲って来る事はない。

だが遠距離とて油断は禁物。口部より噴射される水鉄砲は脅威の狙撃精度を誇り、生半可な防具ごと標的を射抜く威力も備えている。

あの狭間の地『リエーニエ』では、剣の乙女も水鉄砲の餌食となり悲惨な目に遭っていた。

(本編前夜編 第144話参照)

そういった理由もあり、灰の剣士はワザと弱めの『雷の槍』で肉食魚に対応していたのである。ザリガニを刺激しないよう配慮しながら。

 

「アレが『継ぎ接ぎの町』だろうか?薄黒いが灯りが見える」

「実は亡者の巣窟でした…って、オチじゃあないだろうな?」

 

「ん?貴方は一度立ち寄っていたのではないのか?」

「俺は直接迂回路を通り、作戦現場に向かったんだ。件の町も耳に入れていた程度さ」

 

 町というには余りに頼りない灯りが点在しているだけ。

なけなしの囲いと建造物が寄り固まっただけの、集落程度という認識しか抱けない継ぎ接ぎの町の様相。

吟遊連弩使いも目にしたのは今回が初で、この辺りに足を踏み入れたのも今回が初めての体験なのだ。

何せ彼が通った以前の迂回路も、()()()()()()()()()()()()()()()にまで直接通じている。この湖面には繋がっていなかった。

 

何とか継ぎ接ぎの町にまで辿り着いた二人。

交戦は最小限に留め、二人の目には荒れた人工物群が頼り無さげ鎮座していた。

 

「…大丈夫だろうな?」

「生者のソウルも感じる。混沌勢でない事を祈るばかりだ」

 

 これといった正門も入り口も無く、何処からでも入れそうな正に荒れた廃墟群。

灰の剣士は生者の気配を感知していたが、吟遊連弩使いは及び腰だ。

継ぎ接ぎの町を眼前に、逡巡する二人の前に怪し気な声が投げ掛けられる。

 

「よう、お前ら。冒険者の様だな」

「帰る場所が分からず迷子か、お前ら」

 

「「――!?」」

 

 咄嗟に声をの方へ振り返る二人。

二人の視界には、これまた怪しげな黒い甲冑騎士の二人組が映っていた。

 

「な…なんだよアンタら…!混沌勢か…!?」

 

 吟遊連弩使いは驚きのあまり、連弩を抜き照準を向ける。

 

「待ってくれ、…敵ではない。……ファラン城塞に陣取っていた二人組の騎士だな?」

 

 震える吟遊連弩使いを宥めた灰の剣士。

声をかけてきた二人組の騎士には、朧気だが見覚えがあった。

 

一人は巨大な棍棒(グレートクラブ)を担ぎ、一人は重厚な『流刑人の大刀』を携えた騎士たち。

彼等は何らかの理由でファラン城塞に流れ着いた、流刑の騎士たちだ。

 

「敵対する気はない。アストラのアンリから、この町の事を聞いた」

 

「…誰かと思えば、あの時代の『火のない灰』か」

「相も変わらず使命とやらに奔走しているのか?…確か今は…灰の剣士と言ったか?」

 

「そうだ。アンリは居るのか?」

 

「居ねえよ。ガキンチョ一人置いて、聖堂に出撃したぜ」

「まぁ入れ…、寝床と食堂ぐらいならある」

 

 直ぐに灰の剣士の素性に気が付く、二人組の流刑騎士たち。

だが両者との間には、死闘を繰り広げた繋がりしかない。それ故、敵対も覚悟していた灰の剣士だが、以外にも二人組はアッサリと町の中へと案内してくれた。

 

「ほんとに寂れてやがるぜ…」

「だが真っ当な生者も居る。…驚いたな、こんな危険地帯で――」

 

 町と称するには寂れに寂れ過ぎ、無秩序に幾つかの天幕が確認できるだけだ。

だが死臭の蔓延するロスリックの地に在りながらも、数少ない生者が今も細々と営みを続けていた。

損壊の目立つ天幕から、幾人かの生者を目にしていた灰の剣士。

 

「アンリが連れ添った子供の件だが、黒髪で剣を背負った子か?」

 

 二人組の流刑騎士の背に語り掛けた灰の剣士。

二人組のうち一人は、振り返る事なく言葉を返す。

 

「ああ。やたら頑固で思い込みの激しい嬢ちゃんでな。アンリも少し手を焼いていたぜ」

「…そうだったか。世話をかけたな。彼女は私の身内でな、アンリにも礼をしなければ」

 

「…この天幕だ。まだお寝んね中だ、叩き起こしてやるなよ?」

「分かってる」

 

 継ぎ接ぎの町そのものの立地面積は、然して広くもなく精々が集落程度でしかない。

二人に案内された天幕には、見覚えのある黒髪の少女が簡易寝台の上で寝息を立てていた。

 

「こんな危険地帯に子供が何で――」

「まぁ、いろいろ事情が嵩んでな。…だが無事でよかった」

 

 当然だが事情を知らない吟遊連弩使いには、子供が居る事自体に違和感を覚えるしかない。

事情を説明しても良かったのだが、敢えて逸らかす灰の剣士。

今も呑気に寝息を立てている『見習い勇者』の無事を確認した事で、心配事の一つを取り払えた彼は軽く安堵する。

 

「この子、アンリの出撃にも付いて行こうとしたのだろう?」

 

 見習い勇者の寝顔に視線を移しながら、二人組の流刑騎士たちに訪ねた灰の剣士。

彼女の性格を考慮するなら十分にあり得る話だ。

 

「その通りだ。アンリの奴も説き伏せるのに大分苦労してたぜ」

「だが嬢ちゃんの方は、空腹と疲れも重なっていてな。メシ食わして寝かせりゃ直ぐ大人しくなった」

 

「この子らしいな。…だがこれで、今後の行動指針も決まった」

 

「…そうかい。俺達は自分の天幕に戻る」

「ここにも一応ルールってもんがあるからな。余り勝手な真似はするなよ?」

 

「ありがとう、二人とも」

 

「…以外と殊勝なんだな、初めて知ったぜ。火のない灰――灰の剣士」

 

 あの時、アンリに強引に張り付き巻き込まれる形でロスリックへと転移にした見習い勇者の少女。

彼女の性格と暴走具合を鑑みれば、アンリに付いて回ろうとした筈だ。想像した通り、アンリの出撃にも同行しようと食い下がっていた事も判明する。

だが夜間という現在の時間帯が幸いし、空腹と疲労を重ねていた見習い勇者は食事と寝床を提供され瞬く間に眠りに就く。

彼女の様子を聞いた灰の剣士は、今後の行動に修正を加えつつ思案する。

そんな彼の様子を見た二人組の流刑騎士たちは、用が済んだとばかりに天幕から立ち去った。

 

「…さてと――」

「ふぅ~…疲れたぁ…、ここなら一息吐けそうだ。…それで、これからどうするんだい?」

 

 あの二人組が去った事で、灰の剣士と吟遊連弩使いは無造作に腰を下ろす。

安全とは言い難い『継ぎ接ぎの町』だが、多少は緊張を解く事も出来そうだ。

大きく息を吐き出した吟遊連弩使いは、今後の動きについて尋ねる。

 

「一旦、ここで小休止とする。この子が起きるまでな」

「おお…意外だったな。アンタの事だから、このまま直ぐに再出発するのかと思ったぜ」

 

「…本来ならな。だが――」

「…何か問題が…?」

 

「いや…この子の事だ。目が覚めれば一人で飛び出しかねない。アンリや…私の事も耳にすれば尚の事…な」

「大人しくするような子じゃないと…?子供でも分かるぞ、ロスリックの恐ろしさは――」

 

 本来なら直ぐに再出撃したいのが、灰の剣士の本音だ。

だが予期せぬ吟遊連弩使いとの出会いや見習い勇者との合流で、今後の予定に修正を加えざるを得なかった。

特に見習い勇者の件で、足止めを余儀なくされてしまう。

何故なら彼女は、アンリに強引に同行しようとした位だ。西方拠点街の時と言い、流刑騎士から聞かされた件と言い――。

今は眠りに就いているが、数時間後には目を覚ますだろう。

そんな彼女が、此処で座して待つとは到底思えないのだ。

もし彼女を置き去りに出撃すれば、目を覚ましたこの少女は後を追う可能性が非常に高い。

アンリを気にかけている彼女だが、同時に灰の剣士の事も深く意識しているのが見習い勇者という少女でもある。

彼女の性格上、制止を振り切り後を追うのは容易に想像できる。

もしそうなれば、このロスリックの地で生き残れる確率は極めて低い。

後に『勇者』として名を馳せる彼女だが、今は幼く秘めた才覚も開花していないのが現状。

彼女の潜在能力の高さは認めるに値するが、それでも一人にしておくには危険に過ぎた。

 

「…まさかアンタ、この子を――」

「…不本意だが…極めて遺憾だが…、この子も同行させる。どの道、この子は一人で飛び出すだろうからな。全く…難儀なお子様だよッ…!」

 

「周囲の連中に、説得するよう頼めないのか?この子を見張る事ぐらいは――」

「かなり疲弊していた彼等だ、余り負担を強いたくはない。それに彼女は隙を見て飛び出すさ…そういう子だからな、困った事に」

 

 いま此処で休養している冒険者や住民に頼み込み、彼女を大人しく待機させておくよう説得できないか?そう提案した吟遊連弩使い。

だが灰の剣士は首を縦には振らなかった。

此処に来る道中、大まかに町を目にした灰の剣士だが、誰もが疲れ切った表情で力無く項垂れていた。まるで『心折れたホークウッド(青ニート)』の様に。

大小幾つもの天幕に居た彼等だが、恐らくは例の作戦に失敗した冒険者たちなのだろう。

誰もが傷を負い消耗を重ね、肉体的にも精神的にも憔悴しきっていた。

もし今が火継ぎの時代なら、彼等は間違いなく亡者へと変じていたに違いない。それ程に彼等は心折れ、起死回生の余力さえ消え失せていた。

そんな彼等の心情と疲弊を察した灰の剣士は、これ以上何かを求める気にはなれなかった。

消耗し切った彼等とは対照的に、寝息を立てている少女のソウルは活発な波形に満ちている。

その様な彼女が、生気を失った彼等の説得などに耳を貸すとは思えない。

仮に聞いたフリをしつつ、隙を見て脱走など容易に考えられた。

 

何処からどう考えても彼女は必ず飛び出す。

 

そう確信していた灰の剣士は、敢えて彼女を同行させる事を画策していたのである。

 

「貴方こそどうするのだ?此処で身を休め、事の成り行きを見守るという手もある。無理に同行する必要など無い」

 

 そして吟遊連弩使い。

厳密には彼も、成り行きで灰の剣士に同行していたに過ぎないのだ。

幸運にも簡易拠点として機能していた継ぎ接ぎの町。

外敵から身を護る物など精々が荒れ果てた壁面や即席のバリケード位だが、それでも身を休め場所が在るだけ有り難い事に変わりはない。

そもそも彼とて灰の剣士に従う義務など、何処にも存在していない。

自己の責任で、あの拠点街に戻るなり此処に留まるなり決めるのは己自身だ。

無理に危険を冒す必要など無いのである。

 

「…行くさ、連れて行ってくれ。俺も例の作戦の参加者だ。最後まで結末を見届ける責任がある…頼む…!」

「…更なる危険が待ち構えている。聖堂に入れば尚の事な」

 

「…そうだな、正直恐い…。だが、事の詳細を記録するのが俺の役目なんだ。なるべく足手纏いにならないように配慮する。…どうだろうか?」

「……。承知した。この子も連れて行くの確定している。それに、いざという時に人手が要るかもしれんしな」

 

「すまないね、もう少し世話になるよ」

「此処で消耗品を補充できるかが問題だな。確か太矢(ボルト)を切らしていたのでは?」

 

「なぁに、いざという時は自分で工作(クラフト)するさ」

 

 結論から言えば、吟遊連弩使いも同行する意思を伝えてきた。

彼とて自分の実力位は弁えていたが、どうしても事の顛末を見届けたい想いを募らせていたのである。

灰の剣士の本心では、彼も戦力とは言い難い。

だが真正面から見据える彼の視線からは、確かな決意が宿っている。

彼との付き合いは数時間ほどだが、軽薄な口調ながら何処となく真摯な部分を滲ませていた吟遊連弩使いという男。

灰の剣士は、引き続き彼を同行させる事を決める。

 

「そうと決まれば、もう少し此処を探索してみるか」

「オーケーだ。目ぼしい物は、あまり無かったみたいだけどな」

 

 見習い勇者が目覚めるのは数時間後になるだろう。

そう当たりを付けた二人は、町散策のため天幕から出る。

目に付いたのは、損耗の目立つ天幕と廃教会らしき建物だけだが、何か得るモノがあるかも知れない。

二人は、継ぎ接ぎの町という歪な拠点を散策してみる事にした。

 

所々に微細な損傷もあれど教会の体を成している、拠点の中心地とも言える建物。

中には複数の人々が身を寄せ合い、数人の聖職者が彫像に跪き祈りを捧げていた。

戦女神を象った彫像なのだろう、下着鎧(ビキニアーマー)に剣と盾を携え天を見上げている。

その勇猛な姿は、この現状に抗おうとする厳正な意志を感じさせた。

 

「突然の無作法、申し訳ありませぬ。お話を伺いたいのですが――」

 

 戦女神の彫像に祈りを捧げる複数の聖職者に向け、灰の剣士は遠慮がちに声をかけた。

祈りを妨げる行為に少々の抵抗も感じたが、今は少しでも情報が欲しい。

彼は相手側の出方を待つ。

 

「ようこそおいで下さいました、偉大な戦士たちよ。我らが神は、いかなる時でも勇者の来訪を歓迎いたします」

 

 廃教会を取り仕切る立場と思わしき、壮年の女性聖職者がゆっくりと立ち上がる。

法衣の上に軽鎧を纏い腰には小剣が吊り下げられていた。闘争を司る戦女神の信徒らしく、戦いを意識した出で立ちだ。

このロスリックの中においてなお、彼女は柔和ながらも力強い意志を双眸に宿らせている。

 

「祈りの妨げ、どうかお許しください。私めは――」

 

 灰の剣士と吟遊連弩使いは恭しく頭を垂れ、これまでの経緯を説明した。

 

「…そうでしたか。王統府より命を受け――」

 

 事情を知った戦女神の壮年信徒は、僅かに表情を崩すのみで何度も深く頷き耳を傾けている。

 

ロスリックの高壁にて、運よく老齢宰相を始めとした要人たちの救出には成功した。

その報を聞いた聖職者達は、安堵の溜息を洩らし天井を見上げている。

また聖職者達だけでなく、身を寄せ合っていた人物たちも若干ざわついた。

装備や服装を見るに、逃げ延びた近衛兵や冒険者と思われる。

 

「アストラのアンリ…、彼女の事について何か御存知ないでしょうか?」

 

 聞けば彼女は『深みの聖堂』へと先行したのだという。

もしアンリが居れば『深みの聖堂』の状況を聞く事も出来たのだが、居ないのではそれも叶わない。

事前情報を知るとそうでないのでは、今後の明暗にも雲泥の差が生じる。

壮年信徒に訪ねてみる灰の剣士。

 

「若き娘ながら彼女は勇猛な騎士です。数名の同志と共に、姫様を救出せんと今も抵抗を続けておいでです。此処に身を置いている彼等も、騎士アンリ殿の尽力で生還した者たちばかり。彼等の言にも耳を傾けて下さいませ」

 

 やはりアンリは先行出撃している。

此処に居る冒険者や近衛兵は、全てアンリ率いる部隊の助成で生き永らえた者たちばかりだ。

古びた長椅子を寝台代わりとし、今も力無く身を横たえている。所々に負傷の後も散見され、状況の過酷さを物語っていた。

 

壮年信徒の言に従い、二人は負傷者たちにも耳を傾ける事にする。

 

「俺達は100人規模で挑んだんだぞ…。それでこんなザマだ…」

「たった二人で挑むなんて正気の沙汰じゃない…、悪い事は言わん…止めとけ…」

「魔神軍の…アイツ等の介入さえなければ、成功していた筈なんだ…!」

「宰相閣下は救出されたんだな…?何とか増援を再編して下されば、まだ希望は――」

「あの騎士たちも諦めていない様だが、聖堂には数多くの同胞たちが今も…クソッ…!」

 

 皆が一様に悔し気な表情で歯噛みしている。

負傷に加え精神をも擦り減らし、再挑戦の意思はあれど同時に怯えてもいた。

 

「アンタらが来る少し前だが、深みの聖堂で救出された奴も居る。俺達よりも詳しい情報を持っているかも知れない」

 

「感謝する、ゆっくりと休んでほしい。…これは気休めだが…中回復…!」

 

 負傷者の一人から聖堂を知る者について聞く事ができた。つい最近、アンリたちにより救出された者だという。

外に設置されている天幕にて、今も身体を休めているとの事だ。

彼等に謝意を述べ、礼とばかりに奇跡『中回復』を発動させた灰の剣士。

 

「「「「「――…お、おぉ…こ、これは…!?」」」」」

「何と驚いた。あっという間に傷が――」

 

 彼の奇跡により、周囲の負傷者たちは全快近くまで回復を果たす。

その様子に彼等だけでなく聖職者達も目を見開き、驚愕の声を上げた。

 

「傷だけは何とか致しました。しかし無理に再出撃など考えぬ事です。…どうしてもと仰るのなら自力で拠点街にまで帰還し、宰相閣下にお力添えを。それが後の攻略に繋がりましょう」

 

 見習い神官が精魂込めて作成したタリスマンの効果で、彼の『中回復』は『大回復』以上の効果に増大されていた。

また以前よりも効果範囲拡大の恩恵を受け、廃教会に居た負傷たち全員に回復効果が及んでいた。

負傷により継続的な苦痛に喘いでた彼等だが、嘘のように痛みも消え失せ驚くばかり。

 

「今のは噂に聞く『白教の奇跡』…でしょうか?」

「ええ、何れ広く普及するでしょう。…後をお願い致します、我々はこれにて――」

 

 壮年信徒も『白教の奇跡』については、ある程度の情報を有してはいた。

だがこれ程の高い回復効果を目にする機会など、滅多に遭遇するものではない。

最上位奇跡の代名詞ともいえる『蘇生(リザレクション)』程ではないにしても、それに近いと思わしき回復現象には驚愕に値するものだ。

半ば呆ける彼等を余所に、灰の剣士たちは廃教会を後にした。

 

「…お、おい…どうするよ?」

「アイツ等に手を貸すか?」

「止めとこう…。素直に拠点街まで引き上げようぜ」

「そうだな。宰相閣下と合流して…それからだ」

「…てかアイツ…何モンだよ?絶対ただモンじゃねぇって…」

 

「おお、猛き戦の女神よ、あの勇者たちに大いなる御加護を…!」

 

 去り行く二人の背に向け、壮年信徒は深い祈りで見送った。

 

「しっかし、知れば知るほど余計アンタの事が分からなくなる。大して休憩もしていないってのに魔法やら奇跡やらポンポン使うし、道中の敵共も難無く殲滅するしで――」

 

 廃教会を出た後、吟遊連弩使いが溜息混じりの軽口をたたく。

 

「違う系統の奇跡や魔術ゆえな。使用回数や効果の概念には隔たりがあるのだよ。まぁそれだけ、別世界の産物が流れ着いて来たという事だ」

「じゃあアンタ…、別世界からやって来たって言うのかい?魔神共みたいに?」

 

「…そうだ。言っておくが私だけではないぞ。アンリも含め、あの『太陽の騎士』や『カタリナの騎士』も含めてな」

「それなら多少の留飲も下がるさ。このロスリックの遺跡群も普通じゃないからな。…俺も少し慣れてきたぜ」

 

 別の異界より流れ着いたという事実。変に隠す必要もない。

吟遊連弩使いの問いに、ありのままを告げた灰の剣士。

彼が異界出身と聞いた吟遊連弩使いも、特別な反応を示す事無く静かに納得した様だ。

ロスリックに居続けた件といい、灰の剣士と行動を共にした件といい、彼の感覚は一種のマヒ状態を引き起こしていたのである。

そうこうしている内に、二入は件の天幕へと辿り着く。

 

「…突然の来訪、どうかお許しを――」

 

 損傷と摩耗が目立つ天幕にも、複数の負傷者が藁の上で身を横たえている。

このままでも話を聞けるのだが、彼は此処でも白教の奇跡を行使し負傷者たちの回復を図った。

傷の回復に驚いた彼等だが、見返りとばかりに情報の提供を求めた灰の剣士。

 

「カムイ…とか言ったかな。ソイツの活躍で生贄の儀式を遅らせる事に成功したんだ」

 

 傷から回復した者から話を聞く事ができた。

統一性のある出で立ちからして、王国軍の近衛兵らしき男だ。

男は更に言葉を続ける。

彼の情報を要約すると、こうだ。

 

1:儀式の再開には数日の時を要する。

2:激怒した敵勢力は儀式再会の傍ら、捕らえた冒険者や近衛兵たちを小教会へと幽閉。

3:捕らえた人質を儀式の贄に足るか否かを選別。

4:余興として、贄に値しない人質に闘技を強制させる。当然、敵の監視下で。

5:敗北した者は、恐らく何らかの実験や搾取の為に何処かへ連行された。

 

「俺も戦わされたんだが、敗北の途中、あのアンリって人に助けられたんだ。運が良かった…」

 

 知り得る範囲で聖堂の現状を語り終えた近衛兵の男。

 

「余興の為の闘技とはな」

「酷い事を…遊んでやがるぜ…混沌勢は…!」

 

 儀式再会に全力を注いではいるのだろう、ロンドール含めた混沌勢も。

だがどれほど早くとも、やはり数日の時は要すとの事だ。

カムイたちの活躍は一定の成果を上げ、時間稼ぎという点で貢献を果たした。

しかし敵側は闘技めいた余興を催し、捕らえた人質たちに死闘を強いているのだという。

その事実を聞いた二人は、苦虫を嚙み潰すように表情を歪めた。

 

「女系の魔神軍が参戦した筈だから、相手は、お嬢さん方ばかりだろうな。勝ったら勝ったで、好い思いでもさせてくれんのかね?」

 

 少し茶化すような言動をとる吟遊連弩使い。別に他意など無いが、沈みがちな場を少しでも和ませようと配慮してみたつもりだ。

 

「まぁ大半はな。近衛兵の中でも俺は劣等側だからな。相手は下級魔神のお嬢さん方ばかりだった。いや魔神ていうか、殆ど只人の娘と変わらんかったな」

「何だよ、勝てば好い思いさせて貰えたんじゃないの?まぁ境遇に同情はするが、チョッピリ羨ましくもあるかな?」

 

「…否定は…しないさ。見た目は可愛らしい娘ばかりだったし、勝てば要求を聞いてやるとも魔神共は言っていた。…だがなんて言うか…その…、酷く怯えていたな、お嬢さん兵士達。後ろで観戦していた、上司どもに」

 

「戦闘を強制されたのは、敵側…それも末端も同じという事であろうな。自らの生存を賭け、死の物狂いで戦わされたのであろうよ」

 

「…だろうな。俺が戦った、あのお嬢さん方も明らかに下っ端って感じだった。メチャクチャ必死だったから、その気迫に圧倒されてな。クソ…情けねぇ…、近衛が聞いて呆れるぜ…!」

「貴方が戦った相手は多分、女系魔神軍の中の下級兵に相当するのだろう。参考までに聞かせてくれ、どれ程の実力を有していたのかを」

 

 この近衛兵も人質として闘技を強制されていた。

彼が戦った相手だが、下級魔神の女兵士達だ。

どうやら敵側の意向で、実力が拮抗する形で配慮されているらしい。

彼が相手取った彼女たちは、確かに女系の魔神軍の中でも末端に位置する兵士に身を置いていた。

敵側に違いないのだが、彼女たちも後方に怯え必死に飛び掛かって来たのを今も鮮明に覚えている。

彼女達の個人戦闘力自体は、然して高くもない。精々、魔法戦士の駆け出し冒険者級で()()()()()()()()()()()()()()()()

近衛兵の中では低い実力に甘んじていた彼に対し、複数の彼女達が当てがわれてた。

末端に位置する魔神兵の彼女たち――。低い実力しか持たない者ばかりだが、鬼気迫る勢いで彼に襲い掛かっていた。

灰の剣士の見解通り、彼女たち魔神兵も生殺与奪の権を上司たちに握られていたのだろう。

不様に敗北しようものなら何らかの懲罰が課され、それを避けたい一心で彼女たちは死に物狂いで戦いに臨んだ。

その気迫に押し敗ける形で彼は敗北に帰したが、アンリたちの介入で救出され何とか此処まで逃げ延びたという訳だ。

 

「悪趣味な催しものだが…どうしたものか――」

 

 敵側にとっては、暇潰しや贄選別の娯楽でしかないのだろう。

しかし灰の剣士は暫し思案を張り巡らせる。

 

「礼を言う。ゆっくり休んで頂きたい」

 

 近衛兵から情報を仕入れ、灰の剣士たちは天幕を後にした。

 

「アンタ…何か企んでるな」

「無論だ。下手に正面突破するよりは、上策を練れるやも知れぬ」

 

 こうしている間にも敵側は、悪趣味な闘技に興じているのだろう。

思案する彼に、訝しむような目を向ける吟遊連弩使い。

だが灰の剣士も否定する事無く、寧ろ肯定の素振りを見せる。

 

女系の魔神軍が参戦したという事は、かなりの戦力が聖堂に集結している事になる。

これまでの情報を統合すれば、少なくとも1000以上の戦力を備えているらしい。

現有戦力が全てだとは思わないが、女系の魔神王含め魔神将までもが一堂に会しているという状況。

ただでさえ深みの聖堂には、闇に堕ちた聖職者や不死の異形たちが蔓延る悍ましい地域。

しかも大小様々な混沌勢力までもが、聖堂を根城とし集っている。

数だけでなく質という面でも、真正面からの戦闘は避けたいのが本音だ。

現在の彼が全力で戦えば、大損害を与える事は出来るだろう。しかし無傷とはいかない筈だ。

それに肝要なのは()()()()であり、敵殲滅は二の次である。

可能な限り消耗を抑え、敵中枢本陣に肉薄するのが望ましいのだ。

 

「もう少し見て回ろう、作戦の詳細は後で伝える」

「分かった。あんまり広くないけどな、この拠点」

 

 二人は更なる散策を続ける。

 

別の天幕でも情報を得る事ができた。

女系の魔神軍の参戦だが、全軍ではないとの事。

魔神王や複数の魔神将が尽き従っていたが、ロスリックに転移してきたのは後方部隊である。

主力は北方面軍に組み込まれ、現在も王国軍と小競り合いを継続しているのだという。

このロスリック方面軍と合計すれば、女系の魔神軍だけでも10000を超える総数に達するらしい。

加えて精神干渉に長けた種族が揃っており、人族社会にも浸透している問題も浮き彫りとなった。

 

――あの街にも潜んでいる可能性があるな。

 

女系の魔神軍とは未だ本格的に遭遇していない灰の剣士。

しかし人族社会に紛れ込む術を得意としているなら、あの世話になった『西方辺境街』にも潜んでいる可能性は捨て切れない。

とはいえ、今の彼にも重要な任を授かった身だ。

街の事は頭の隅へと追いやり、今の任務に再度集中する。

 

更に別の天幕へと移動した二人。

そこで意外な人物と再会を果たす事になる。

 

「…貴公は、まさかリエーニエで出会った――」

「あん?何だテメェは、用が無いならアッチに行きな、ぶっ飛ばすぜっ!」

 

 結論から述べれば、狭間の地のリエーニエで出会った『ならず者』と呼ばれる旅人であった。

(本編前夜編 第143話参照)

 

「何だコイツ?感じワリィなッ…!」

 

 一方、吟遊連弩使いは彼の態度に悪態をついている。

 

狭間の地での灰の剣士は褪せ人の姿で接触しており、今の状態で出会うのは初めての筈だ。

灰の剣士は『ならず者』を知っているが、彼の方は今の灰の剣士の事を知らないのだ。

実質()()()とも言える奇妙な再会に『ならず者』の方も必要以上に距離を置いている様だ。

彼の警戒を解く為にも、これまでの事情を説明する灰の剣士。

 

「ハッ!コイツは、笑えねぇ喜劇(ギャグ)だ!あの時の褪せ人が、今のアンタだってのかっ?」

「そうだ。面妖に思えるかも知れぬが、私は当時の褪せ人に憑依する形で狭間の地を駆け巡っていた」

 

「…俺には何の事かサッパリだ…」

 

 事情を呑み込めない吟遊連弩使いを置き去りに、灰の剣士とならず者は互いの事情を交わし合う。

少々鼻に突く彼の態度だが、根底からの悪人ではないのはリエーニエの時から分かり切っていた。

 

「出すモン出してくれんなら、鍋のやつ分けてやるぜ…?」

「貨幣でいいよな?」

 

「それでいい、何なら酒でも構わんがな…。ここでも蟹やらが、色々わんさか居やがる。獲物には困らんのさ」

 

 そして相変わらずの、やり取り――。

このロスリックでも、()()()()()()()()()()()()()

 

「少し腹も空いたであろう?出撃前に腹を拵えようではないか?」

「お、おぅ…。それもそうだな。ちょっと気が緩んだら、確かに腹が減って来たな」

 

 灰の剣士は銀貨数枚を支払い、二人分の食事を提供して貰う事にした。

このやり取りに戸惑う吟遊連弩使いを誘い、軽い食事を摂る事にする。

 

「ウぉ…この絶妙な塩加減…!こりゃウメェッ…!」

「ハンっ…、あったり前よ!ホッペを削げ落としなッ!」

 

 お椀の中身は、ぎっしりと茹でた蟹やらエビが盛られていた。

その出汁をベースに絶妙な塩加減で味付けされ、身肉だけでなく野菜も適度に煮込まれている。

ならず者が茹でた料理を絶賛する吟遊連弩使い。

 

「ふぃ~、ごっそさんしたっ…!マジで美味かったゼェ…」

 

 よもや死臭漂うロスリックで、この様な食事にありつけるとは露ほどにも思っていなかった吟遊連弩使い。

お椀の中身を平らげ、椅子に背を預けた彼は腹を丁寧に撫で摩っている。因みに一杯だけでは満足せず、実に4杯もお代わりを要求していた。

 

「ごちそうさま。…聞かせてくれぬか、どうやって此処に流れ着いたのかを…?」

 

 灰の剣士も食事を終え、四方世界に流れ着いた経緯を訪ねてみる。

理由もなく狭間の地から流れ着いた筈は無いのだ。大体の察しはつくが、恐らく『ならず者』も何らかの形で命を落としたのだと思われる。

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 闘争への咆哮 )

 

「…そうだな。お前は知っておいた方が良いか…。…ホントは思い出したくもねぇ、忌々しいアイツ…『糞食い』の事をよ…」

 

「糞食い…?」

「何だ何だぁ…?その()()()()()()って言うような名前は…」

 

 ならず者より告げられし『忌まわしき糞食い』なる個人名に、眉を顰める灰の剣士と吟遊連弩使い。

 

「お前らと別れた後、俺はアルター高原の川岸で蟹を茹でていた…――」

 

 ならず者は、ポツポツと静かに語り始める。彼は常に仮面で素顔を覆っていたが、纏う気配から気を病んでいる事を察した二人。

結論から言えば、彼は件の『糞食い』に殺され此処に流れ着いたのだと言う。

そして『糞食い』という男なのだが、殺した遺体を自らの呪いで汚す悪癖を持つのだという。

 

「殺した奴の遺体に呪いを植え付け醸成させやがるのさ。呪いを植え付けられた奴の魂は、永遠に呪われたまま生まれ出でるって言われてる。俺も呪いを植えられたクチだが、異世界のへの漂着では無かった事にされた様だな、ツイてるぜ」

 

「うへぇ~…何だよソレ…?絶対関わったらダメな奴じゃないか…!」

「その『糞食い』とやら、何処に居るか分かるか?」

 

 糞食いの素性を聞き、特に吟遊連弩使いは明らかに顔を顰め視線を外す。

今を語る『ならず者』も、糞食いに殺され呪いを受けた身だが四方世界に流れ着き何らかの力が作用し、幸運にも呪いは取り除かれていた。

だが、この世界で新たに糞食いの犠牲と化した者たちは、残念だが呪いを受け付けられ遺体のみならず()()()()()()()()()だろう。

聞けば聞く程、放置はできない危険人物だ。

駄目元で徘徊場所を訪ねてみた灰の剣士。

 

「不死街の妙な祭壇に居座っていると思うぜ。2度とツラも拝みたくないがね俺は…」

「…そうか(亡者の穴倉か…!)」

 

 糞食いが徘徊していると思わしき場所だが、どうやら亡者の穴倉が有力であるとの事。

亡者の穴倉に通ずる鉄扉は固く閉ざされていたが、先に続く祭壇は夥しい人骨を積み上げた身の毛もよだつ場所だ。

既に多数の犠牲者も続出しているだろう。

直ぐにでも現場へと急行したいが、あいにく灰の剣士にも課せられた役割が存在する。

彼とて、全てを救える様な万能の存在ではない。

 

「そんな危険人物だけどよ、よく此処は襲われなかったな。俺がソイツ(糞食い)なら真っ先に此処を狙うがね」

 

 吟遊連弩使いが独自の見解を述べる。

件の糞食いが、この継ぎ接ぎの町を狙わない道理が無い。ここは少数ながら生者が身を寄せ合い、糞食いにとっては格好の的となる筈なのだ。

 

「ハンっ!馬鹿言っちゃあいけねぇっ…!とっくの昔に襲撃してきたぜ。…だがよ、あの二人の厳つい騎士が此処を守ってくれやがる。デカい顔してイケ好かねぇ奴等だが、前の世界より遥かに安全なのさ此処はな。下手に動く位なら、俺は当分此処で暮らすぜ…!」

 

 吟遊連弩使いの見解通り、この町は既に()()()()()()にされていた。

しかしファラン城塞を守る二人の流刑騎士が、糞食いの襲撃を見事に撃退し守り抜いていた。

定かではない糞食いの実力だが、どうやら二人の流刑騎士たちの脅威とはならなかったようだ。

あの二人の流刑騎士は、町の守護者として重用されていたのである。単に、あの二人が自発的に守護を買って出ているのが事の真相でもあるのだが。

 

「本当に敵だらけ、邪悪の苗床だな。このロスリックって地は…!」

 

 深く嘆息する吟遊連弩使い。

魔神軍の縁だけでなくロンドール黒教会や邪教集団に大小様々な武装組織が、このロスリックの至る所を根城としている事実。

考えれば考えるほど終わりの見えない現状に、彼は片頭痛に見舞われている。

 

「先ずは当初の目的を果たす。敵対勢力を叩き潰すのは、その後じっくりと…な」

 

 しかし灰の剣士は平然と、これから成すべき役割を口にする。

 

「馳走になった。あの子も、貴公の食事は気に入ってくれたか?」

「あの子…?ああ、あの黒髪の嬢ちゃんか。当然だ…!エビ好きに悪い奴は居ねぇし、カニ好きには良い奴しか居ねぇ…!」

 

「そうだったか、…世話になったな」

「…また来な。今度は酒でも持って来てくれ、新メニューを考えておいてやる」

 

「楽しみにしておく、ではな」

 

 気になる新たな情報を入手した灰の剣士たち。

まだ見ぬ『忌まわしき糞食い』なる危険人物に気を引き締め、二人は天幕を出た。

 

少し広めの天幕へと足を踏み入れた二人。

 

「いらっしゃい…、久し振りのお客さんかね?まぁ何か買ってって下さいよ、有るんでしょ、お金?」

「…このような場所で商いを始めなくとも…」

 

 この天幕では一人の商人が居座っていた。

棚には見覚えのある商品も陳列されている。だが然して在庫数が多い訳でもなく、行商の類なのだろう。若しくは、あまり商品を持ち込めなかったか。

このロスリックの地においても商魂逞しい商人に対し、脱帽するやら呆れるやらの灰の剣士たち。

だが足りない物資を補充するには、彼の存在は有り難い限りだ。

 

「そうだな、これとこれ…あと、これら一式も頂けるか?」

「はいはい、毎度ありぃ…。こんな戦況だからねぇ、客足が遠のいて商売あがったりさ、ヒッヒッヒ…」

 

 なんとも怪しい笑いを浮かべる商人だが、陰気臭い風貌とは裏腹に悪意は感じられない。

二人は必要な物を買い揃え、見習い勇者の眠る天幕へと戻る。

 

「それ、指輪だな」

「ああ。『モーンの指輪』と言ってな、奇跡の効力を高めてくれる」

 

 天幕の商人から購入したのは主に消耗品の類だが、見習い勇者用の防具一式と奇妙な指輪も入手した灰の剣士。

奇妙な形の銀指輪を珍しそうに眺めた吟遊連弩使い。

また見習い勇者用の防具だが、本来は圃人サイズに合せた代物だ。

子供用など売っていよう筈も無く、只人よりも小柄な圃人用なら代用も効くだろう。

 

「少し眠っておくといい。此処から先は更に過酷となろう」

「お、おぉ…そうだな。それじゃあ、先に眠らせて貰うぜ」

 

 夜明けまであと数時間の猶予がある。

見習い勇者も、その時間帯で目を覚ますだろう。

吟遊連弩使いに出来るだけ休むよう勧める灰の剣士。

それを受けた彼も、適当なワラ束へと身を横たえ程無くして睡魔に見舞われる。緊張の連続で、予想以上に疲労が蓄積していた様だ。

そんな彼を尻目に、見習い勇者用の防具を調整する灰の剣士。作業を終えた彼も仮眠を摂る事にし、樽に背を預けゆっくりと目を閉じた。

 

……

 

(推奨BGM ゴブリンスレイヤー ―― 依頼書の張り出し )

 

「ふぅぉぁああぁ~……よく寝たぁ~……、オハヨウ…院長先生ぃィ~…」

 

 顎が外れんばかりの大欠伸で起床した見習い勇者。

眠気眼を擦り長い黒髪をボリボリと掻きながら、朧げな表情で辺りを見回した。

 

「あるぇ…ここ何処だっけ…、フぁアァァ…」

 

 普段目にしない光景に、彼女は違和感を覚えつつ視界を右往左往させる。

 

「おはよう貴公、よくお眠りになられたかな?」

「ふぁ…、ぁあ…お兄ちゃん…、おはよ~ぅ……って…えぇッ~…!?」( ̄□ ̄;)!!

 

 彼女の眠気は一気に吹き飛んだ。

昨夜の出来事を瞬時に思い出し、視界には灰の剣士が映っていたのである。

 

「あ…あわわわ…お…にぃちゃん…、何で…何でぇ…此処にぃ…わわわわッ…!」( ;˙꒳˙;)

「ふむ、その様子なら、自分が何を仕出かしたか位の自覚はあるようだな」

 

 彼の姿を目にした瞬間、彼女は表情と身を強張らせ一歩後退る。

後先考えず半ば衝動的に動き、アンリの転移に乱入する形で此処へと漂着していた見習い勇者。

 

「アンリから大分絞られたのであろう?私は敢えて同じ叱咤なぞせぬ。…しかし心配をかけた皆と…特に院長先生には、しっかりと叱って貰え」

「う…ハイ…です…」(_ _;)

 

 見習い勇者が此処に流れ着くなど、アンリとて望んではいない。

この少女がどれだけ理屈と言い訳を並べ立てようとも、手前勝手な私情で暴走した事には変わりないのだ。

その結果、今まで彼女を支えてきた者たちに、どれ程の気を揉ませていたか。

同年代の村の子供達は元より、寺院の院長の心労は計り知れない程に膨張していた筈だ。

彼女の態度から察するに、アンリからも相当叱責を受けていたのだろう。

ならば同じ説教を繰り返す必要などない。

見習い勇者の暴走を必要以上に蒸し返す事はせず、事が済めば街へと帰還し関係者への謝罪を求めた灰の剣士。

対する彼女も、言葉を詰まらせながら委縮し受け入れる。

 

「顔を洗い身支度を整えるといい。貴公の事だ、どうせ付いて来るのだろう?」

「…え、付いて行っていいの?」

 

「本当なら却下一択だ。しかし貴公は、放っておいても隙を見て一人で飛び出すからな。昨夜の事を鑑みれば尚の事な」

「あ…アハハハ…、ば、バレてた…」 ( ̄ω ̄;)

 

 伝えるべき事は伝えた。目が覚めたのなら、悠長に時間を浪費している場合ではない。

起きたばかりで心苦しいが、彼女には直ぐに支度を整えて貰うとしよう。

同行を許された事に、彼女は意外そうに眼を大きく見開いた。

昨夜、アンリにも同行を願い出た結果、見事に突っぱねられ留守を命じられてしまっていたのだ。

空腹と疲労蓄積も重なり昨夜から今にかけ大人しくしていたが、回復すれば一人で出撃しようなどと画策していた彼女。

どうやら灰の剣士には見透かされていた様で、彼女はバツが悪そうに視線を泳がせ取り繕ってしまう。

 

「よ、オハヨウさん。少しの間宜しく頼むぜ、小さな冒険者の嬢ちゃん♪」

「あ、うん。宜しくね、吟遊詩人のオジサン♪」

 

「ハハハ、これは手厳しい。まだ27なんだがね」

「え~、お髭生やしてるからだよ~♪」

 

 ふと見知らぬ一人の男に気が付いた見習い勇者。

互いに短い自己紹介を交わしたが、早くも打ち解ける気配を漂わせている。

気さくな吟遊連弩使いと、天真爛漫な見習い勇者という組み合わせ。相性は概ね良さそうで、これなら余計な軋轢も心配ない。

二人は他愛のない会話で交流を深めてゆく。

 

洗面を済ませ簡素な朝食の後、彼女へと防具の着け方を教える灰の剣士。

 

「けっこう難しいね、防具って…んんしょッと…」

「これも訓練の一環だ。よもや無防具で、冒険者に成る訳ではあるまい?」

 

 彼女に与えた防具一式だが、布鎧に薄革で補強しただけの簡素な品だ。

軽く動き易さを重視しているが防御効果は限定的で、斥候や後衛職が身に着ける傾向にある。

だが容易な手順で着装が叶い手入れも楽で、駆け出しや初心者にも需要のある一品だ。

先ずは、これで武具装着の手順に慣れて貰う。彼はそう考え、彼女に与えたのである。

勿論、敵の襲撃から身を守るのも大事な理由だ。

 

「う~ん…、頭になんか着けるの、あんまり慣れないなぁボク…」

 

 最後に頭防具を着ける段階で、彼女は少々の難色を示した。

一般生活に身を置くなら、頭に何か被る物など精々が帽子に限られる。

慣れない事もあり、頭防具の装着に違和感を覚えている。

 

「どんな強者でも、頭の一撃で死に至るケースは数多い。私とて、兜を被っているのだからな」

「そうだぞ。俺のは帽子だが、矢除けの護符を貼り付け狙撃対策してあるのさ」

 

 灰の剣士は元より吟遊連弩使いも頭防具を身に着けていた。

たとえ伝説に謳われる英雄や勇者とて、頭部は急所の一つで避けようの無い宿命ともいえる。

いや、これは生物全般に言える案件だ。

幾ら無敗の勇者とて、意識外からの奇襲には反応が遅れ思わぬ大惨事を引き起こしてしまう。

 

背後や真上からの不意打ちや遥か遠方からの狙撃――。

 

上手く反応し対応できれば問題ないが、それが常時成せるとは限らない。

万が一何らかの要因で意識外からの狙撃なりを頭部に受けようものなら、その瞬間で即死に至るなど戦場では珍しくもない。

その様な状況に出くわし、無防備な頭部を晒しているのか防具で保護しているのか――。

たったそれだけの手間で運命の明暗を別つ事も多々あるのだ。

 

常に真正面から敵が向かって来る事などあり得ない。

真正面に意識を引き付け、後方からの狙撃で敢え無く死亡――。

戦の常とう手段で、よく使われる暗殺手段でもある。これは卑怯でもなんでもなく、手間を惜しみ準備の怠慢が招いた者が辿る当然の末路でもあるのだ。

 

「冒険者に成る前に、奇襲で死にたくなどないだろう?」

「も、勿論だよ!僕は立派な冒険者に成って、困っている人たちを助けてあげたいんだ!」

 

 頭部への奇襲や狙撃の恐さを聞いた彼女は、いそいそと頭防具を装着する。

とはいえ彼女に用意されていたのは、兜や帽子の類ではなく『鉢金(はちがね)』と呼ばれる品だ。

主に額部分を保護し、時には汗や出血が自身の目に入らないような役割も併せ持つ。

保護面積は少ないものの、非常に軽く装着も容易。被り物に慣れない者でも鉢金を選ぶ冒険者は多い。

見習い勇者に与えた鉢金だが、布製の鉢巻きに薄い金属板を取り付けただけの簡素な品だ。

しかしこれにも購入しておいた『矢避けの護符』を貼り付け、ある程度の狙撃対策にも考慮されていた。

 

「よし終わったよ、これで良いかな?」

 

 防具一式を付け終えた彼女は立ち上がり、ファッションモデルの様にクルっと身体を1回転させる。

 

「ふむ、初めてにしては上手く仕上がったじゃないか。少し位置がズレているな、ジッとしていてくれ」

 

 まだ()()()()()()という感は否めないが、それなりの様には仕上がっている。

まだ不慣れという事もあり、ズレた箇所を手直しする灰の剣士。

 

「クフフ…チョットくすぐったいよぉ…♪」

 

 今から死臭に満ちた『磔の森』と『深みの聖堂』に向かうというのに、彼女は身を捩り笑い声を堪えていた。

時折り彼の指先が、彼女の際どい部分に触れてしまうが不可抗力というやつだ。対する彼女も気にする素振りはない。

 

「これで準備は整った。二人とも、これより深みの聖堂へと出撃する。覚悟は良いな!」

 

「――おぅ…!」

「――うんッ!」

 

 必要な道具を揃え休養も挿み、二人へと檄を飛ばす灰の剣士。

些か緊張を滲ませているものの、吟遊連弩使いも見習い勇者も子気味良い返事で応えた。

そのまま天幕を出た灰の剣士たち。

 

既に夜が明けつつあり、空は黒い暁を帯びていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

薄革の軽鎧一式(鉢金付き)

 

丈夫な布製の衣服を主軸に、要所を薄い革で補強した簡素な防具。

非常に軽く動き易いが、防御効果は最小限である。

だが伸縮性や着心地も良く、駆け出し冒険者や斥候なども好んで着用する。

 

防御効果と運動性の両立は、使用者にとって長きに渡る課題として立ちはだかる。

 

値段は、金貨1枚。

 

 

 

 

 

 




忌まわしき糞食いですが、装備の一部には太陽の衣装が確認できます。
例の人物との繋がりも考察されている、糞食いなるNPC。彼は一体何者なんでしょう?想像が膨らみます。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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