ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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久し振りの更新ですドゾ( ゚ ω ゚ )。



第159話―ロスリック・深みの聖堂、王妹救出―

 

 

 

 

 

 

断固たる祈り(戦技)

 

主に聖職者が体得している戦技。

絶対的な意思表明を成し、妨害に屈する事なく奇跡を成す。

つまり強靭度を一時的に引き上げる効果を有す。

 

奇跡の祈りとは、確固たる意志の発現でもあり頑なな心象にも似ていた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 重く淀んだ冷厳なる空間。

それが『深みの聖堂』と呼ばれる神の領域。

彼の記憶は、その様に刻まれていた。

だがそれも過去の遺物であり、今や聖堂内は歪な騒々に塗れている。

ただ広大なだけの大広間には、むせ返らんばかりの群集に溢れ騒がしい事この上ない。

大広間を囲うテラスにも大勢が集い、長机や円卓を設け椅子に腰かけながら飲食に耽っているではないか。

また別のテラスでは、幾体もの人型魔物が多様な楽器を駆使し楽曲まで奏でる始末。

魔物や人型の混在する群衆が、この大広間に会し一点に瞳を集約させていた。

 

――悪趣味な宴だ…。

 

群衆の視線を独占している一人の男、灰の剣士は過去の記憶と今を照らし合わせながら居心地の悪さを一身に感じていた。

 

此処に集うのは全て混沌に組する者であり、皆が例外なく邪悪なソウルを纏わせている。

下卑た欲を隠そうともせず、歪んだ素顔で奇声を発する者。

他者を心底見下し、此方を指差しながら嘲笑する者。

膨れ爛れた太鼓腹を揺らし、酒や肉を貪る溺れし憐憫者。

溢れんばかりの殺意と闘争欲を纏い、今にも飛び掛からん勢いの人型魔物たち。

 

――深みの主教たちの心中や如何に…?

 

完全に様変わりした深みの聖堂に、暫し過去を思い返す灰の剣士。

過去の深みの聖堂は、冷たくも重い空気感に見舞われていたが非常に静寂で邪悪ながら厳かな空間だった。

しかし今の聖堂は、邪悪なる者達の温床と化し歪な宴の場と変容している。

解り易い程の下賤な邪欲に溢れた聖堂に、過去を知る深みの信徒達は何を想っているのだろうか。

時折り視界に映る『深みの主教』たちだが、複雑な表情が滲んでいた。

 

――あの映像だけでは分からなかったな、よもやここまで様変わりしていたとは…。

 

あの小教会に設けられていた映像板だけでは、これほど詳細な大広間の様相を知る事は出来なかった。

これから先、この聖堂は誰の手に渡るのだろうか?

つい、どうでもいい事に意識を向けてしまう灰の剣士。

遥か太古より飽きる程に周回を繰り返し、吐き気を催す程に踏破してきた深みの聖堂という施設。

嫌悪の対象でしかなかった筈の施設だが、今の変容振りに行く末を案じてしまっている。

ある意味で縁深い場所でもあったのだろうか?

不動の如き沈着で冷たく嘗ての聖堂に、奇妙な感傷を抱かざるを得なかった。

 

『――さぁ、新たな挑戦者の登場ですッ!』

 

 そんな彼の心を蹴破るかのように、無粋で姦しい女の声が大広間に響き渡った。

只人離れした声量は石造りの壁面を無秩序に跳ね回り、否でも耳に叩き込まれる。

局部を隠しただけの下着鎧(ビキニアーマー)を纏った女性が宙を舞い、拡声器らしき魔道具(魔法のマイク)を口に当て大声で叫んでいた。

 

『――不運な事に、この憐れな挑戦者は、何と白磁等級の新人ッ!』

 

 実体を持たない魔力で生成した翼を背に生やし、この女は宙に浮いている。

その事実だけも、彼女が只人や闇人ではなく魔神の眷属である事が見て取れる。

 

『――持ち前の青臭い正義感だけを武器に、身の程を弁えない暴挙に及んだ憐れな未熟者ッ!しかしっ、この少年は王女救出という義憤に駆られ敢えて無謀とも言える闘技に自ら参加した()()()()()でもあるのですッ!』

 

 これまでの演技が功を奏していたのだろうか?

本来なら青年へと差し掛かる身体つきの彼を『少年』と捉え、高みの見物と洒落こむ群衆へと熱を込めた声量で捲し立てる宙の女魔神。

 

『――思えば本当に憐れで悲惨な人生を歩んできた少年です。身内を小鬼に殺され、姉を目の前で犯され、命からがら逃げ伸びたと思えば山賊に奴隷として売り飛ばされ、やっとの事で冒険者と成るも貧困と挫折に喘ぐ毎日…!漸く名を売る機会に恵まれたかと思えば、勝てる見込みのない闘技へと自ら踏み込むという世間知らずの極み…!これを憐れと言わず何と評すれば良いのかッ!?』

 

――勝手な設定(バックストーリー)をッ…!()が耳にすれば、激昂は確実だな。

 

全く根拠のない設定を付け、灰の剣士の素性を大声で紹介する宙の女魔神。

心なしか彼女の表情が生き生きしているのも、趣味や嗜好の一環と判断していいのか。

あのゴブリンスレイヤーと被る一部の設定に、灰の剣士は彼の事を思い出していた。

 

『――特に秀でた技術も実力も無い憐れな勇者ですが、安っぽい正義感だけは本物の彼。そんな彼を救済するのが、慈悲深く美しい我等が女系の魔神王様っ!救い難い弱者である憐憫の勇者に、深き慈愛を授けてくれる事でしょう。皆様方、どうか盛大な声援と拍手をッ!』

 

『――おおぉォっ、流石は我等の女神さまっ!』

『――我らの女神に偉大な祝福と奉仕をッ…!』

『――この女神こそ、救世を成し遂げるに相応しい!』

『『『『『『――オオォォォッ!!!』』』』』』

 

 彼女の声に呼応するかのように、全方位から溢れんばかりの拍手と喝采が湧き起こる。

 

「アレが女系の魔神王か…」

 

 周囲に釣られ、灰の剣士も壇上と思わしき方へと視線を向けた。

王座に巨体を預ける怪しき女の異形。

映像板を通した姿と肉眼で目視した姿では、迫力に雲泥の差が見られる。

 

「……」

「……」

 

 ふと女系の魔神王と目が合った。

確かに美しいと称するだけの容姿を誇っている。

魔神とは思えない程に、柔和で慈悲深い表情で灰の剣士を見つめていた。

凝視すればするほど、それだけで魅了されてしまいそうな錯覚に見舞われる。

また外見だけでなく内に秘めたソウルも莫大な波形を宿らせており、これまで接触してきた異形や魔物とは桁が違った。

 

――瞳そのものにも魅了のソウルが宿っているが……、全体的に彫像染みた波形を感じる。

 

一部では女神にさえ例えられている、女系の魔神王なる存在。

美しい素顔に備わる双瞳でさえ魅了の魔力を備え、意志薄弱な者は視界に納めた傍から虜と化すだろう。

凝視は控えるべきだが、ある種の違和感も抱いていた灰の剣士。

女系の魔神王の宿すソウルだが、漠然と作り物の様な流れに似ている気がした。

強いて言うなら、あのレアルカリア学士が創り上げた『人形兵』に例えればいいだろうか。

或いは、ロロナやピアニャが常に連れ添っている『ホムンクルス』にも近似している。

どうにも女系の魔神王から、その様なソウルが纏わり付いている様に思えて仕方が無いのだ。

 

――いや止そう、目の前の事柄に集中しなくては。

 

だが今は闘技が始まる寸前。

女系の魔神王から視界を外し、彼は再び気を引き締め直す。

 

――肝心の救出対象は何処だ?周囲のソウルで感知できぬ。

 

重要なのは、最重要たる救出すべき王妹の行方だ。

ソウルで行方を探ろうにも、周囲の無遠慮な感情と思考の駄々洩れに溢れ正確な感知もままならない。

このまま悪戯に戦いを繰り返せど、却って敵の思う壺となるのは必至。

そこで彼は敢えて思いのまま叫ぶ作戦に出た。

 

「――姫様たちは何処だぁ…、オイラの姫様たちを返せぇッ…!」

 

 再び弱者の振りを演じ、思いの丈を吐露する灰の剣士。

 

「おやおや、身の程知らずの癖に正義感だけは、イッチョ前ね♪ボウヤの頭上に有るでしょう、鳥かごの牢がッ…!」

 

――…アレか。

 

宙の女魔神も含め、周囲は完全に主導権を握っていると驕っている風情が顕著だ。

見下した表情で律儀の応える宙の女魔神の誘導に従い、天井付近に視界を向ける彼。

見上げた先には、大型の籠牢が天井から鎖で吊り下げられていた。

その籠牢に数人の男女が閉じ込められ、見覚えのある女性が此方を見降ろしている事が分かる。

 

「彼女は確か、アーランド錬金団の――」

 

 籠牢の格子を掴み訴えかけるような目で見つめる一人の女性、フルネームは忘れたが確か『メルル』と名乗っていた筈だ。

記憶違いでなければ彼女は()()()であり、現在は錬金術士の傍ら冒険者としても活動していたと聞き及んでいる。

 

よく見れば籠牢の鎖は、滑車によって天井から吊り下げられている事も判明した。

つまり何処かにある仕掛けで、自由に上下降を行えるという事を示唆している。

 

――無理やり跳び付く必要はなくなったな。

 

彼自身の跳躍は無論、フックショットを使っても届くかは怪しい高さに籠牢は位置している。

だが上下降が可能とあらば、振る舞い次第で地面に降ろす事も叶う可能性が生まれた。

拠点へと帰還する奇跡『家路』の効果範囲は非常に狭く、彼の身体に接触して貰わねば置き去りにする恐れもあった。

全力で跳躍し空中でフックショットを使えば、辛うじて籠牢に取り付く事も可能なのだが、相手は宙を自在に舞う者が数多い。

これでは直ぐに意図を看破され妨害される危険が高い。しかし地面へと降ろしてくれれば少ない労力で籠牢に取り付く事もでき、格子越しに彼の腕にしがみ付く事もできる。

それなら王妹含めた人質全員の救出にも現実味が帯びて来るのだ。

 

「お、オイラが勝ったら、ひ、姫様たちに会わせてくれるんだろうなッ!?」

「皆さん聞きましたぁッ…!?このボウヤ勝つ気でいるみたいよぉ~…!?」

 

『――ブハハハ…、正に自惚れの極みよのぉッ…!』

『――ギャハハ、アホや、コイツ本物のアホやぁ…!』

『――白磁の新人め、とうとうイカレちまいやんのッ!』

『――こんな奴、生贄も実験台にもなりゃしないってかぁッ!』

『『『『『『――ブァッハハハハッ…!!!』』』』』』

 

 無駄とは知りつつも宙の女魔神に望みを告げた灰の剣士。

案の定、周囲の群衆から侮蔑の嘲笑が彼に降り注ぐ。

 

――あの深みの聖堂なのか、此処は…?

 

だが彼は別の意味で、今の深みの聖堂に疑念を抱いている。

辟易したくなる程の騒々しい罵声に嘲笑――。

彼の良く知る火継ぎ時代では考えられない程に、今の聖堂は下賤の苗床に変じていた。

 

「……」

 

 一方、籠牢の格子を掴み眼下に映る男を見つめる女が一人。

 

「もう諦めよ?誰が来てもおんなじだよ…」

 

 そんな女の背に、幼い少女の声が掛かる。

 

「…私の知ってる人と違う…。あんなに弱々しい人じゃなかった…。他人の空似かな…?」

 

 だが彼女…メルルリンス=レーデ=アールズは、眼下の男に奇妙な既視感と違和感を混在させ視界に納めたままだ。

かの過酷な戦、ダークゴブリン戦で垣間見た一人の剣士の勇士を彼女は思い返す。

彼女の知る灰の剣士と、眼下に映る憐れな新人の姿が被りつつも、どうにも上手く噛み合わない。

だが瞳に映る彼の出で立ちは、やはり記憶通りの姿で間違いない。

これまで幾多もの猛者が闘技に挑んでは、二度と此処に戻って来る事はなかった。

あまり想像したくはないが、真っ当な目には遭っていない筈だ。

眼下の彼も例外なく同じ末路を辿るに違いない。

もう下手な希望は無意味で何度も裏切られたのだ、ここまでに至る道中で。

 

「……剣士さん…助けてよ…もう限界だよ…私…」

 

 ふと零れる本心。

然して深い関わりもない灰の剣士の姿を浮かべ、メルルは枯れかけた涙滴を零した。

 

「安心なさいなボウヤ!勝っても負けても、アンタの戦いぶり次第なら聞き届けても良くてよ♪」

「――ほ、本当だな!?嘘ついたら承知しないぞッ!?」

 

「ええ本当よ、そのくらいの権限はあるからね♪」

「――よ、よぅし、約束だかんなッ!」

 

「ま、精々必死に戦いなさいな、憐れな勇者様♪」

「――い、良いだろう、オイラ頑張るからなッ!」

 

――取り敢えずは乗ってくれた様だな。まぁアテには出来んが…。

 

敵陣営が真面に此方の要求など聞き入れる筈は無い。

だが、雰囲気作りに一定の効果は見込めただろうか?

あの小教会の話では、これまでの挑戦者は押し並べて実力者ばかりであったと聞く。

故に敵も過剰に警戒し、横槍や精神介入で有利に事を運んできた。

しかし明白な弱者が挑戦すれば、敵側はどう動くだろうか?

これまで確実に、事を有利に運んできたのだ。断定はできないが、そろそろ心の何処かに油断や隙が生じていても不思議ではない。

ならば敢えて弱者を演じ、敵を徹底的に油断させる。

恐らくは、()()()()()()()に見合う同水準の相手を差し向ける筈だ。

その相手に勝利を収める事は容易だが、此処は接戦を演じながら僅差で敗北しても良いだろう。そうすれば敵は益々増長し、警戒心を薄れさせる事も期待できる。

結果、気を良くした敵は余興とばかり此方の要求を聞き入れる可能性も高まるのではないか?

もし失敗したとしても、呪術の火である『内なる力』で身体能力を強制的に増幅。

その上で強引に籠牢へと近付き、急いで自分の伸ばす手に触れさせる。後は流れ次第だが、奇跡『家路』でロスリック拠点街に帰還すればいい。

 

――この闘技が明暗を分けるな。

 

周囲の嘲りなど意に介さず、彼は作戦を何度も脳内で模倣(シミュレート)した。

 

「それでは準備はいい、ボウヤ!?お待ちかね対戦相手の登場でぇすっ!!」

 

 そうこうしている内に、宙の女魔神が対戦相手を呼び付けた。

もう幾度となく繰り返された闘技なのか、周囲は然程の歓声を上げる事はない。

だが幾許かの騒めきを受けながら、別通路から一人の武装した人影が姿を見せ此方と正対した。

 

小教会の映像で見た女魔神騎士と比べれば、装備の質も佇まいも見劣りする部分が感じられる。

露出が高い訳ではないが、部位だらけの軽防具に数打ちと思わしき直剣を携えただけの出で立ち。

如何にも下級の兵士と言った風情で、少女と言っても差し支えない程の若々しい女兵士だ。

小教会に辿り着く前でも新兵に相手させるという言葉を思い出し、眼前の女は訓練も不十分な新兵と判断出来る。

表情や仕草にも迷いや緊張が、此方にも伝わってきた。

 

「準備はいい二人とも!?…それでは闘技開始ィッ!」

 

 随分乗り気な宙の女魔神の号令と共に、闘技開始の鐘が大広間に鳴り響く。

周囲のテラス至る所から喝采が巻き起こり、灰の剣士と女魔神新兵の戦いが開始された。

開始の合図と同時に両者は武器を構え、少々の睨み合いが続く。

 

――魔神というよりも小悪魔(インプ)に近いソウルだ、殆ど只人と変らぬ。

 

眼前の少女だが、魔神というよりも只人に近いソウルの波形を宿していた。

彼が憶測した通りソウルの質そのものは、小悪魔に近しいモノを感じる。

また魔神の眷属らしき部位も見受けられず、角や尾といった器官も確認できない。

加えてソウルの総量も非常に微弱で、格下に相応しい総評を下さざるを得ない。

魔神に住まう世界が、どういう社会体制を築いているのか彼には判別が付かない。

だがこれまでの所業を見てきた感じ、彼女のような劣等種は相当の肩身の狭い思いを強いられている事が予想される。

今の四方世界以上に弱肉強食を余儀なくされる、魔神の住まう世界(星系)――。

眼前の彼女は敵には違いないのだが、言いようのない同情心が芽生えてしまう。

 

「…行くぞ、覚悟はいいな!?…いやぁアアァぁッ!」

 

 見た目だけでなくソウルの波形や初動を見ただけで、彼女の未熟さが手に取る様に把握できた。

 

――魔神ではない、()()…だな。

 

余りに拙い脚運びに間合いの詰め様――。

彼女を魔神の眷属と評するには役不足で、未成熟かつ稚拙そのもの――。

これは彼の所見だが、彼女は元の世界での一般人として扱われているのだろう。

ソウル自体に多少の魔力は察知できるものの、これも脅威に値しない波形だ。

彼女の総合的な戦闘力は、確実に下級魔神(レッサーデーモン)以下。

下手をすれば小悪魔(インプ(四方世界Ver))と同等か、それにも劣る可能性すらある。

これなら駆け出しの冒険者でも十分対応可能な水準だ。

油断や驕りさえしなければ、充分に勝利を得る事の出来る敵でもあった。

 

――さて、どう対応してくれようか?

 

勝つのは、呼吸同然に容易い。この女魔人新兵なら、素手だけでも撲殺できる。

しかし難無く勝利しては折角の演技も無意味と化し、敵側に要らぬ疑念と警戒を植え付けてしまう。

ここまで弱者の振りを演じ、周囲の嘲笑にも耐え忍んできたのだ。

闘技内容にも細心の注意を払い、彼女と接戦を繰り広げた上で僅差で敗北する。

つまり彼にも素人染みた動きが要求され、女魔人新兵の実力に合わせなければ群衆に怪しまれてしまうのだ。

 

――いかんいかん、先ずは迎え撃つ構えから改善せねばな。

 

今の彼は、染み付いた癖で棒立ちも同然の状態だ。

一見、満足な対応もできない様に見えるが、熟練者や実力者が見れば不動の構えだと瞬時に看破され、彼を強者だと判断してしまう恐れがあった。

彼は急ぎ可能な限り、不慣れな剣技者の如く『折れた直剣』を両手で握り腰を引かせる。

 

いわゆる『へっぴり腰』と蔑称される不格好な剣構えで相手を待ち受けた。

 

「――痛い目に遭いたくなければ降参しろッ!」

 

 多少の訓練は受けていると思われる。

大して速くもないが、彼女の振るう剣が彼の胸元に迫った。

 

「――く、コイツぅッ…!」

 

 お世辞にも一端とは言い難い未熟な上段振り下ろし――。

ぎこちない風をワザと装い『折れた直剣』の両手持ちで、初撃を受け止める。

群衆には、必死で防御した様に見えただろうか?

だがここで彼の癖が出てしまった。

身体に染み付いた動きが癖として現れ、鍔迫り合いの彼女を押し返してしまったのである。

 

――しまった、つい力がッ…!

 

「――ぐッ…!?」

 

 気が付いた時には、彼女は数歩後退り体幹を崩している。

余りに開き過ぎた力の差――。

ほんの些細な動作でも加減を誤れば、相手を圧倒しかねない危険性を孕んでいる今の闘技。

 

――えぇぃ、このぐらい耐えて貰わんとな…!

 

流石に此処まで未熟だと彼も悪い意味で手こずってしまうものだ。

 

「――こ、このぉッ…!」

 

 なんでもいい、とにかく言葉を吐き取り繕った灰の剣士。

周囲からは少しばかりの称賛が耳に届き、どうやら接戦を演じている様に見えていたらしい。

 

――フゥ…此方も仕掛けてみるべきだな。

 

「――やってやるっ!」

 

 だが尻込みしては演技が無駄となり、今は必死に戦っている風を演出しなければならない。

彼は故意に遅い走り込みで彼女へと突撃する。

そして大振りな大上段からの袈裟斬りを仕掛け、決死の反撃を演じた。もちろん、相手が防御し易いよう力と速度を加減した見せかけの一撃だ。

 

「――ウッ…まだ…!」

 

 彼女は頭上に迫る『折れた直剣』を自分の剣で防ぎ、歯を食い縛り表情を顰めた。

彼はともかく彼女の方は、とにかく決死の想いが見受けられる。

 

――更なる加減が必要と?ぬぅ…我ながら力加減の調整が下手だな、私は。

 

かなり力を抑えたつもりだが、防御した彼女にとっては重い一撃に感じられたらしい。

その表情は若干苦し気にも見える。

 

――反撃は最小限に抑え、軽い一撃を挿むしかあるまい。

 

慣れない加減戦闘に少々の苛立ちを覚えた彼だが、下手に力を込めれば彼女を瞬殺しかねない展開だ。

 

――それにこの女…、邪悪な者ではない…却って厄介だなッ!

 

少し剣を交え分かったのだが、この女魔人新兵の少女、邪悪なソウルを宿してはいなかった。

その上で闘技参加にも抵抗の意思が感じられ、望まぬ戦いに心を痛めている事も察知出来た。

それが彼にとって更なる負担を強いられる事となる。

邪悪な意思を持つ者に対してなら、たとえ可憐な少女といえども斬る事に躊躇いはない。

しかし邪悪な意思を持たない者が相手では、本能的に抵抗を覚えてしまうのだ。

恐らく彼女は善良な精神を宿した真っ当な人類種と言え、つい要らぬ手心が芽生えてしまう。

 

――魔神の眷属といえども一括りには出来ぬか。…そう言えば、幼い夢魔の彼女も善良な意思を宿していたな。

 

魔神の眷属は、大半が邪悪なる意思の持ち主。そう決め込んでいた灰の剣士だが、眼前の少女に考えを改めざるを得ない。

自分を慕う『幼夢魔』も幼き故に善悪の判別もままならず善良に傾いたと思っていたが、どうやらその限りではないらしい。

闘技相手として現れた少女は、若いながらも成人したばかりの豊満な身体つきをしている。

それならば既に善悪や分別を兼ね備えていても何ら不自然ではない年齢だが、彼女は邪悪な意思を宿さず今の闘技さえも強い忌避感を抱いているのだ。

 

――何とかしてやりたいが、此方にも役割がある。悪いが私の目的に協力してもらうぞ。

 

まだ憶測の域だが、彼女は組織や戦いの(しがらみ)から逃れたいに違いない。

彼女の乱れたソウルの波形に一種の同情心も沸くが、彼は心を鬼にし間合いを離した。

 

「やってやる、やってやるぞぉッ…!」

 

 そして今の反撃が精一杯という風を演じ、故意に肩を上下させた。

 

「…クッ、残念だが負けてやれんのでな、降参してくれ…。君を殺したくないんだ」

 

 対する彼女は視線を逸らし表情を歪めながらも、彼に対し降伏を勧告する。

それだけでも彼女の本心が伝わって来るが、あいにく要求に従う訳にはいかないのだ…今はまだ――。

 

「い、行くぜ…!」

 

 彼女の勧告は有り難いものだが、彼は交戦続行の意思を掛け声で退ける。

 

「――仕方がないな…!」

「――で、でぃやァッ…!」

 

 説得が不可能なら力で直接分からせるしかない。

そう判断した彼女は再び剣を振り被り突撃、対する彼も情けない掛け声で呼応する。

 

「――はぁぁぁッ…!」

「――うおおぉぉ…!」

 

 なるべく彼女の剣撃に合わせ、彼も刃を合わせ迎え撃つ。

あくまで何合も打ち合っている激闘を演出し、暫くは剣撃の応酬が繰り返された。

 

――もう少し速く打ち込んでくれ、合わせる私も気を使うのだよ…。

 

彼女の方は必死に剣を何度も打ち付けているのだが、彼にとってはママゴトにも等しい遊戯そのもの。

寧ろ過剰な手加減が敵に看破されないか、気を冷や冷やさせている。

とにかく遅く単調な型を繰り返すだけで、みるみる間にスタミナを消耗させてゆく女魔人新兵の少女。

 

――ここらで一撃貰っておくか…。

 

彼女の剣を受け切るなど実に造作も無い、欠伸混じりの行為だ。

だが何時までも防ぎ切っていたのでは、好い加減変化に乏しくも感じられ、何れ周囲の群衆にも見破られるだろう。

そこで彼女の攻撃を敢えて食らう事にする。

 

「――くッ…、流石にやるじゃないか…!」

「ハァ、ハァ、やっと当たった…!」

 

 なるべく胴鎧(キュイラス)の部位で食らい、痛痒を最小限に抑える。

とはいえ未熟な彼女は膂力にも乏しく、刃は彼の防具に阻まれていた。

だが彼はワザと数歩後退し膝を突き、片方の手で受けた箇所を庇った。

一方彼女の方は、漸く訪れた成果に息を乱しつつ表情を綻ばせる。

しかし多少不利を演じただけで、まだ敗北を演出するには物足りない。

 

――不格好に反撃しつつ、あと数発貰い不様に這いつくばるとしようか。

 

あくまで全力で戦う風を見せ付け、最後に数発受ける事で降参する。

そうすれば群衆には、接戦の末の敗北として映るに違いない。

相手も余力を使い果たそうとしているのか、かなり息が上がっているのが見て取れる。

徐々に相手に圧される形を作り、刃を胴鎧で受け始めた。

 

「――があぁッ…、パ、パワーが違い過ぎるぅッ…!」

 

 何て事のない数撃だが満足な防御もままならない様、自らの勢いを削ぎ彼女の攻撃を身体で受け止めた。

 

「――わ、わぁああぁぁ…!」

「く…許してくれ…!」

 

 そして止めと思わしき一撃をも胴鎧(キュイラス)で受け止め、我ながら甲高い悲鳴を上げ敗北を演じる灰の剣士。

 

「――勝負ありっ…!勝者は我らの陣営に、けってぇ~いッ…!」

 

 不様に這いつくばる彼の姿に気を良くしたのか、宙の女魔神が闘技終了の号令をかけた。

手にした魔道具の拡声器で高らかに叫ぶ声に、見物していた群衆も大いに喝采を上げる。

彼等の目には、さぞや不様で情けない灰の剣士が映っている事だろう。

 

『ハハハハ、何とも滑稽な姿よのぅ!』

『正に弱者の極み、正攻法で負けおったわい!』

『これだから下々は搾取の対象にしかならんのだ!』

『やはり何時の時代も力こそが唯一の正義なのさ!』

『『『『『――ブァッハハハハ…!』』』』』

 

 彼を蔑み罵倒する声が四方八方から無遠慮に降りかかる。

そっと視線を傾けてみれば明らかに只人の貴族層も含まれているではないか。

 

「混沌勢に寝返った貴族たちだろうか?陛下は落胆するだろうな…」

 

 国の為に奔走する国王には、とてもではないが見せられない光景だ。

彼が必死に国と民を想い死力を尽くしているというのに、嘲笑い酒淫に溺れる大勢の貴族らしき男や女たち。

醜悪に肥え太り性交に耽りながら酒を呷り、宛ら欲に溺れた獣の如く振舞う様は小鬼以下の見るに堪えない醜態だ。

恐らく他国の貴族層も混ざっているだろう。

金に目が眩んだか地位でも約束されたのかは定かではないが、彼等は紛れもない逆賊。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、くそう…オイラ…頑張ったのに…くッ…!」

 

 別に出血はしていないのだが、ワザとらしく胴体を庇い肩を上下させる灰の剣士。

 

「そうだ、もう戦う必要はない。勝者は敗者を好きに出来る。私と共に来るがいい、決して悪い様にはせん。…幸い私と考えを同じくする者たちも居るのでな」

 

 地面に蹲るよう見せかける彼に慈悲の言葉をかける女魔人新兵。

彼女の話では、似たような価値観を共有する者達が他にも居るというのだ。

 

――成程な、混沌勢とて真面な精神の持ち主は存在するという事が分かった。

 

彼女の言葉を耳にし、何処か安堵を覚えた灰の剣士。

この少女が出まかせを言っている様には思えず、上手く説得すれば無駄な戦いも回避できる事が期待できる。

このまま彼女に身を任せてもいいが、碌な展開は待っていない筈だ。何せ彼女は新兵であり立場の弱い身の上。

どのみち上からの圧力に屈さざるを得ない階級にある。

 

「さぁ、手を取れ。傷を治療してやろう、応急処置が限度だがな」

 

 そう言い、尚も蹲る灰の剣士に手を差し伸べた。

このまま彼女の手を取れば、恐らく兵舎のような場所に連行されるだろう。それはそれで敵陣内部へと近付き易くなるが、王妹救出からは結果的に遠のく。

 

「ううぅ…待ってくれぇ…!言ったよな、アンタたち言ったよなぁ…!?勝っても負けても望みを聞いてやるってぇ…!?」

 

 だが差し伸べた手を振り払い、彼は悲痛な表情を作りながら必死に宙の女魔神へと訴えかける。

 

「あ~、そう言えばそんなこと言ってたかしら?…面倒くさいけど、まぁ叶えてあげるわ。時間つぶしの余興にはなるでしょうし」

 

 心底面倒そうな表情で長い頭髪をポリポリと掻きながら、彼の要求を受け入れる事にする。

まだ儀式の再開まで二日は掛かるのだ。

このままのペースで闘技を続けていては、儀式再会の前に人質が枯渇してしまう。

圧倒的優位に立っている以上、深みの聖堂は暇を持て余していたのである。

 

「魔神王様ぁ!?宜しいですよねぇ~!?」

 

『いいでしょう。憐れな敗者に一縷の情けを…、然る後、闇への誘いを…』

 

 女系の魔神王に許しを得た後、合図と共に籠牢が天井からゆっくりと下降する。

太く頑丈な鎖が天井の滑車を経由し、ガラガラと金属音を立てながら降りた大型の籠牢。

中には数人の男女が力無く項垂れ心折れている。

籠牢が降ろされた事で幾許かの反応を見せるも、皆の表情は絶望と憔悴に彩られ希望の灯火が失われていた。

 

「さぁどうぞボウヤぁ♪。2分だけ時間を上げるわぁ、その間に愛の告白でも何でもしなさいな♪」

「あ、あぁぁ…有難う…本当に有難う…」

 

 2分という非常に限られた時間だが、接触できる機を与えて貰えた。

この好機を逃す手はない。

完全に敗北者の振りを装いつつ、灰の剣士はワザとらしく四つ這いの姿勢で籠牢へと這いずった。

その姿たるや、完全に混沌勢に屈した敗者そのもの。

テラスの群衆も馬鹿げた表情で嘲り、腹を抱えて笑い飛ばす。

 

這う這うの体で籠牢に縋りつく灰の剣士に、格子越しのメルルと王妹が寄り添った。

 

「ごめんなさい、私たちの所為で――」

「その…何て言ったらいいか――」

 

 もし訳なさげに格子を掴む彼の手に、そっと触れ言葉をかけるメルルと王妹。

 

   ―― もう十分だ、ゆっくりと休んでくれ ――

 

そう言わんばかりに二人の目には涙滴が浮かび上がっている。

そんな二人に対し、彼はスッと顔を上げ静かだが確かな口調で言葉を返した。

 

「全員、私の手に触れろ…急げ、敵に感付かれる…!」

 

「え…え…?」

「な…え…やっぱり…け…剣士…さん?」

「「「「何だ…何だ…?」」」」

 

 いきなりの豹変ぶりに当然、中の虜囚は困惑の表情を浮かべる。

またメルルも見知った嘗ての灰の剣士を思い出し戸惑っていた。

 

「――早く急がぬかッ…!脱出できなくなる、私を信じよ、早くっ…!」

 

「ど、どうする…?」

「手に触れろって…?」

「脱出するってどうやって…?」

「罠じゃないだろうな…?」

 

 王妹とメルルは既に彼の手に触れているが、他の要人たちは未だに困惑するだけで互いに顔を見合わせるだけだ。

 

「――不味い…勘付かれた…!早くせよ、転移で脱出するッ!」

 

 背中越しに感じるソウルの動きに、灰の剣士は焦りを滲ませ大声で怒鳴る。

もう小声など意味は成さず、敵の一人に看破された事を彼も気付いていた。

 

「何か企んでいるわね、あの男…!悪いけど邪魔させて貰うわ!」

 

 テラスの片隅で今迄の闘技を鑑賞していた一人の女魔神が、彼の頭上に位置取り杖を翳し魔力を集中し始める。

その女魔神とは、ロンドールに与する4騎将の一人で『深き夢』と呼称されていた。

 

「――頼む、早くしてくれ、間に合わなくなる…!」

 

――駄目だ、間に合いそうにない。戦技、断固たる祈り…!

 

目視せずとも背中越しに感じるソウルの流れ。

頭上の誰かが杖先に魔力を集中させ何かを撃ち出す展開が予想された。

しかも、かなり強大なソウルの波形だ。

今の体勢では下手に避ける事は叶わず、もし避けようものなら彼等にも被害が及んでしまう。

また撃ち出されようとしている呪文だが相当な威力を秘めている事が分かり、彼は更に焦りを滲ませながらも人質たちを急かす。

一人また一人と彼に手を触れてくれたが些か動作は緩慢だ。

その動きに彼は苛立ちを覚えるが、それも無理からぬ話だ。

彼ら人質たちも淡い期待を何度も裏切られ、その度に猜疑心を増大させ冷静な判断力を喪失させていたのである。

 

「まさか演技だったとはね、私とした事が完全に油断したわ…!早々に消えなさいっ!」

 

 杖先に込めた魔力を解き放つ深き夢。

強大な威力を誇る事を予測していた灰の剣士は、奇跡の行使の前に戦技『断固たる祈り』を先に発動させていた。

奇跡の発動中は幾許かの隙が生じ、その最中に攻撃を食らえば中断させられる場合も度々起こっていた。

だが『断固たる祈り』は、強い絶対的な意思の力で断固として奇跡を発動し切るという覚悟の証でもあるのだ。

人質たちがもう少し早く彼の求めに応じてくれれば、この様な手間を掛ける必要もなかったのだが状況が状況だ。

多少の負傷を覚悟し、彼は全員が手に触れるまで待つ。

 

突如、彼の背に魔力の塊が炸裂した。

 

「――ぐはァッ…!」

 

「――け、剣士さぁんッ!」

「――あ、あぁぁ…」

「「「「――ひ、ひぃィ…」」」」

 

「――ぐッ…ハァ…全員触れたな…!手を放すなよ絶対に…!」

 

 深き夢が放ったのは、輝石の魔術『ほうき星』である。

動く事の出来ない彼は、真面に『ほうき星』を受けた衝撃で体勢を崩しそうになるが必死に耐え忍ぶ。

メルルは彼を気遣い、他の面々は怖じ気付き触れた手を離しそうになるも、彼は怒号混じりで手を離さないよう叱咤する。

 

「この一撃に耐えるなんて、何を企んでいるか知らないけど…もう一発…耐えられるかしら?」

 

 輝石の魔術である『ほうき星』だが、狭間の地に由来する単体でも高威力を誇る上位の魔術だ。

たった一撃だけでも並の者なら絶命は免れず、深き夢は二発目を投射。

先程までは退屈極まりない様子で、彼の不様に演じる闘技を観戦していた。

だが今の怪しい動きといい、一発だけとはいえ『ほうき星』の直撃に耐えた事といい、彼が唯者でない事を看破する。

周囲の群衆や宙の女魔神も状況の変化に適応できないでいるが、深き夢は歯牙にもかけない。

 

二発目の『ほうき星』が彼の背に迫る。

彼女の魔力は絶大で、並の魔術師が発動した『ほうき星』の数段上の威力を誇っていた。

これを真面に受ければ灰の剣士と言えども、ただでは済まない。

 

「――家路ッ!」

 

 だが着弾する寸前、僅かに彼の奇跡の方が早かった。

ほうき星は彼の背を擦り抜け床に着弾――。

籠牢の周囲は派手な爆発に見舞われたが、魔力の煙が晴れる頃には彼等の姿は完全に消失していた。

 

「――チッ、まさか転移の類だとでもいうのッ!?あの男、何者っ!?」

 

 気付いた頃には時既に遅し。

灰の剣士が行使した奇跡が転移の系統と悟り、深き夢は悔し気に舌打ちする。

突如として消え去った、灰の剣士と人質たち。特に王妹は、生贄の儀式として重要な位置付けにあった。

それをみすみす取り逃がす失態を招き、深き夢は美貌に包まれた表情を怒りで歪ませた。

また周囲の群衆や観戦していた大勢の混沌勢も俄かに騒がしくなり、大広間内は喧騒で溢れ返る。

 

「――何をしているのッ!?全軍に通達、聖堂全域を隈なく捜索なさいっ!」

 

 これまでも多少の妨害に見舞われはしたものの、概ね計画は順調に進行していたのだ。

しかし思いもよらぬ展開を前に、深き夢は怒号混じりに号令をかけた。

あの男の行使した奇跡が転移の類である事は分かった。

だが肌身に感じた霊力は然程の強度でもなく、そう遠くに逃げてはいないと予想される。

まだ聖堂内の何処かに転移している可能性を考慮し、近辺捜索を周囲に命じた。

 

「――ちょっとアンタぁ、何様のつもり!?よりによって魔神王様の前で、よくもそんな勝手な真似を――ブぉッ…!?」

「…ギャアギャア煩いわねぇ、黙って従いなさいな…その不細工な顔握り潰すわよぉ…えぇッ…!?」

 

「――ひッ…ヒぐぅ…、ひゃめ、止め…て…(何コイツ…逆らえない…!?)」

「…イイ子ねぇ…じゃあ働け…!」

 

 だが深き夢に対し詰め寄ったのは、宙の女魔神――。

そもそも深き夢は『女系の魔神軍』ではなく『ロンドール黒教会』に属している身だ。

加えて彼女も女魔神の眷属だが、宙の女魔神とは別世界の住民でもある。

四方世界から鑑みれば同じ『女魔神』として認知されていたが、厳密には別の種族でもある彼女たち。

この『深き夢』という女魔神が強大な実力者である事は周囲にも認知されていたが、女系の魔神王を差し置き『長』を気取るなど宙の女魔神には我慢がならなかった。

ほんの一部とはいえ女系の魔神軍を召喚した能力は認めるが、眼前の『深き夢』の態度には同胞たちも不満を抱いている。

そういった理由もあり詰め寄ったのだが、反応できない速度で顔面を鷲掴みにされる宙の女魔神。

深き夢の有無を言わせぬ迫力と声音に気圧され、彼女は逆らう事もままならず従うしかなかった。

 

掴まれた瞬間、悟ってしまったのだ。

顔面が握り潰される事にではない。

 

何故か、逆らおうという気が起きない。

否、()()()()()()()()()

そんな気がしてならないのだ。

 

あと少し抵抗していれば間違いなく顔面は潰されていただろう。

深き夢から解放された瞬間、宙の女魔神は顔全体を摩り形を確かめる。

顔中至る箇所が痛覚に覆われ、恐らく指痕が刻まれているだろう。

深き夢の視線を直視する事も叶わず、彼女はすぐさま飛び去った。

 

――どうして魔神王様は、この女を好きにさせておくの…分からないわ…!?

 

聖堂から飛び去る際、女系の魔神王を盗み見たが何故か我関せずといった態度を貫いている様にしか見えない。

よもや我等が長である魔神王様よりも、あの『深き夢』なる女の方が格上だというのか。

不可解な疑念を抱きながらも彼女は聖堂を後にした。

 

「そこな貴女もよ。低能でも捜索ぐらいは出来るでしょう?早急に動きなさいな」

「――ひッ…は、はいぃ…」

 

 また眼下で唖然としていた女魔人新兵にも命を下す深き夢。

既に飛び去った宙の女魔神でも”中の上(魔神将ほどではない)”程度の階級と実力を備えていた。

そんな彼女でさえ怯えていたというに、只人と大差のない女魔人新兵では抗う術など無きに等しい。

当然、逆らう意思など微塵も沸かず、彼女も慄きながら急ぎ大広間から姿を消した。

 

そして不可解な事が立て続けに起きる。

 

『諸侯の皆様方、宴は暫し休止と致します。早急に贄の捜索と下手人の確保へと勤しんで下さいませ!』

 

 なんと女系の魔神王までもが席から立ち上がり、周囲へと命を下したのである。深き夢に賛同するような形で。

その事実に呆けていた群衆も漸く慌ただしい動きを見せ始めた。

 

「さて、小教会が怪しいわね。先ずは其処を調べてみましょうか」

 

 深き夢も直ぐに始動する。

あの男の態度は少々怪しいものを感じてはいたが、これ程の環境下でありながら出し抜かれようとは――。

これは完全に油断と慢心が招いた悪手だ。

 

――あの男…、()()()に近しいソウルを感じた。

 

清拭の小教会には、今も多くの人質を捕らえている。転移先が予測できない以上、虱潰し(しらみつぶし)でも近場から捜索せねばならない。

あの男のソウルだが、僅かながら『闇の王』と近似した波形を宿していた。

出来るなら殺さず生かして捕らえた方が良いだろう。

この環境下に晒されながら余裕染みた振る舞いを見せていた奇妙な冒険者。

彼女は思案にを巡らせつつ小教会へと飛翔した。

 

……

 

脱出に成功した灰の剣士たち。

厳密には全員ではないが、最重要たる王妹は救出されたのである。

つまり当初の目的である『王統府要人の救出』は、取り敢えずの成功を収めたという事だ。

 

騒がしい大広間を余所に、先ほどまで王妹たちを捕らえていた籠牢には、もう何も残っていなかった。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

魔人(種族)

 

魔神とは明らかな隔たりを持つ、下級な劣等種族。

四方世界の只人に比べ、僅かながら魔力に優位性を持つもそれだけである。

大抵は小悪魔程度の実力で生涯を終えるが、稀に上位魔神級に成長する個人も現れている。

いわゆる一般人扱いであり、とある魔神の社会では搾取の対象として冷遇されていた。

此方で言う所の奴隷と大差なく、男は労働力や徴兵、女は基本的に性的搾取として使い潰される。

また人身売買の取引としても活用され、現在では雑兵として扱われるだけでなく、四方世界の貴族層たちの間でも高値で人身売買の対象と化している。

 

魔神軍の雑兵として大勢が所属。

しかし精神構造も価値観も、四方世界の只人と大差なく対応次第では和平も望めるだろうか?

 

 

 

 

 

 




かなり期間が空きました。
皆様も予想が付いているかと思われますが、エルデンリングⅮLⅭに没頭し此処まで遅れてしまいました。待ち望んでいたユーザー様がた、誠に申し訳ありません。<(_ _*)>
まだDLCはクリアしておりませんが、かなり楽しんでおります。
もしかしたら、マルチプレイでバッタリと遭遇したりするかもしれませんね。

相変わらずの不定期更新が続くと思いますが、今後とも宜しくお願い致します。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/

『やってやる、やってやるぞぉ~ッ…!』by島〇兵
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