ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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誰にも悟られず、ひっそりと更新。
拙い内容ですがお楽しみ下さいませ。

では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第160話―ロスリック・深みの聖堂、再出撃に向け―

 

 

 

 

 

 

パラッシュ

 

全長1m程度、騎兵用の片刃の直剣。重量は1㎏程度。

刺突に向き、騎兵がサーベルと共に携行し用途別に使い分けた。

 

トルコ語の"真直ぐな"を意味するパラーが名の由来。

 

値段は品質にもよるが、金貨1枚~10枚程度。

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

  ―― ロスリック拠点街 ――

 

本来なら、あの身の毛もよだつ赤黒い空が頭上に浮かんでいる筈なのだ。

だが目に映る光景は、薄黄色の膜を通した何とも奇妙な空色をしている。

 

「…此処は…何処?」

 

 忙しなく視界を右往左往させる女性、メルルリンス=レーデ=アールズは自分に置かれた状況を把握し切れないでいた。

結界と思わしき頭上を覆う薄黄色の光の膜に加え、すぐ目の前には不可思議な温かみを放つ『篝火』が熾っている。

誰に語るでもなく一人呟く彼女に応えたのは、常に外套を纏う冒険者の剣士。

 

「此処はロスリック拠点街、数多の冒険者たちがロスリックに挑む為の拠点」

 

「えっと、街…人里って事よね?…つまり私たち――」

 

 明らかに違う空気感に、メルルは困惑しつつも緊張を解き始めていた。

また彼女だけでなく、他の人々も戸惑う表情ながらも脱力が見られる。

 

「脱出成功です、取り敢えずは…」

 

 直に告げた方が良い。

そう判断した外套の冒険者、灰の剣士は事実だけを述べた。

 

「――お、おぉォ…!我々は…今度こそ本当に――」

「た、助かったのだね?本当に助かったのだね、君ぃッ!?」

「う、嘘ではあるまいな?貴様…本当に邪悪な眷属でないと証明できるのかねッ…?」

 

 彼の言葉に様々な反応を見せたのは、貴族層の面々である。彼等は他国からの要人で、国家間の交渉の為に王国へと来訪していた。運悪く混沌勢の謀略に巻き込まれた形にはなったが、今こうして助け出され一先ずの安寧が漸く訪れたのである。

貴族層とて普段から優雅で爛れた生活を送っている訳ではない。彼等には彼等の役割があり、民を先導するという責務を背負っているのだ。

それ故、ある程度の荒事や諍いにも多少の耐性は備わっている。

しかしロンドール黒教会の襲撃に始まり、魑魅魍魎の温床であるロスリックという魔境に長期間晒され続けた事もあり、彼等は心身ともに限界を迎えていたのも事実だ。

今しがた灰の剣士により窮地を脱する事が叶った訳だが、未だ疑心暗魏に見舞われていた一部は尚も疑いの目を向ける。

だがそれも無理からぬ話で、彼等の立場からすれば何度も希望的観測を裏切られ、その度に絶望を叩き付けられてきたのである。

ある意味で当然ともいえる態度でもあった。

 

「まだ完全とは言えませぬが、ご安心を。宰相閣下を含めた要人の救出は既に成し遂げて御座います」

 

 未だ不審な目を向ける貴族も居たが、彼は反抗せず以前救出した宰相の集団の件を伝えた。

救出対象の名簿を所持していない灰の剣士では、全てを把握する手段も無く確かめようがない。

この国の要人全てを助け出せていない筈だが、他国の来訪者は全員助け出せたのではないか?

あの老齢の宰相なら、要人たちの照合も叶うだろう。

 

「此処は私の拠点としている小屋です。皆さん、取り敢えず中へ。何もない所ですがゆっくりして頂きたい」

 

「やっと…やっと助かったんだな…我々は…?」

「何て国だ…!我が国も騒動に見舞われているが、此処はその比ではないぞ…!」

「いやそれよりも、無事帰国できるかが問題だ」

「それに今のこの空、我が国も及んでいるのではないのか?」

「そこな者、お前はどう観ているのだね?」

 

 この時点で、自分達が初めて助かったのだと判断した貴族層たちは、口々に思いの丈を吐露し始める。

 

自らの身に起きた責任を、この国や他者へと転嫁する者。

赤黒い空の影響が自国にも及んでいるか否かを懸念する者。

この状況下で帰国の可能性に言及する者。

そして判断に困窮した者は、一介の冒険者である灰の剣士に見解を求める事さえ厭わない。

 

「残念ですが現時点では断定はできませぬ。しかし状況打破の可能性は残されております故、その為に私めは任を賜った次第でございます。安心せよ…と、都合の好い口約などするつもりは御座いませぬ。しかし、決して心折れるなかれ…!貴方がたは今こうして助かり生きているのですから――」

「「「「「ぬ…ぬぅ…」」」」」

 

 彼等の問いに明確な返答など、灰の剣士にも出来ない。彼とて何が起こるかも分からない状況下で現状の中、自分なりの最善策で尽力しているに過ぎないのだ。

安心しろなどと確約は出来ないが、絶望するにも早計だ。

決して絶望する事無く今は静養に努めてほしいと、困惑する貴族層たちへと求めた。

 

「ね、ねぇ…あの人…さっきとは全然違うんだけど…?」

「メルル様、これはどういう事なのでしょうか?」

 

「た、多分、今のが本来の彼だと思うよ?…アハハハ…」

 

 今のやり取りを目にし、貴族層たちよりも戸惑っていたのは王妹と付き人の侍女である。

傍のメルルへと小声で耳打ちし、灰の剣士の振る舞いについて訊ねていた。

 

先程、深みの聖堂の大広間で行われていた闘技擬きだが、如何にも弱々しい新人冒険者といった風情で振舞っていた灰の剣士。

しかし今の彼は毅然とした姿勢で、貴族層たちにも臆することなく応じていた。

闘技での彼と、今の彼――。

姿形は同じなのだが、彼女達の目には、まるで別人のように映っていたのである。

 

ダークゴブリン戦での彼を知るメルルは、今の振る舞いが本来の姿なのだと答えたが、正直あまり自信がなかった。

彼女とて灰の剣士とは然して親しくない。彼の全容は疎か内面を知るには、まだまだ付き合いが足りないのだ。

 

「さぁ、そろそろ中へ…いや待てッ!…何か来る、チッ…追手かッ!?」

 

 何時までも消耗の激しい彼等を外に置いておくのも酷というもの。

先ずは拠点として当てがわれた小屋にて落ち着いて貰おうと、要人たちを案内しようとした瞬間、彼は篝火に異常な揺らぎを察知する。

この揺らぎは、何者かが篝火を通じ転移してくる合図でもある。

もう聖堂の刺客が追い付いて来たとでも言うのか。

あれだけ上位の魔神が蔓延っていた聖堂だ、この街の結界などモノともせずに侵入できても何ら不思議ではない。

 

せっかく助かったというのに、またもや悍ましい目に遭わされるのか?

 

怯える者達を下がらせ、彼は篝火の前に立ちはだかる。

 

「そ…そんなぁ…せっかく助かったのに…」

「姫様、私の傍から離れないで下さいまし…!」

 

 再び怯える王妹と、彼女を庇い支える侍女。しかし侍女の精神も限界を迎えており、目尻には涙が滲んでいる。

 

「け…剣士さん…、わ、私も手伝うね…、こ…恐いけど…」

「私の後ろに、アールズ卿」

 

 メルルだけは辛うじて抵抗する意思を示し、灰の剣士の隣へと前に出る。だが彼女の脚はガクガクと震え、加えて常備していた剣さえも所持していない。

恐らくは今の彼と同じく、有用な装備を全て取り上げられたのだろう。更には爆弾(フラム)を始めとした道具も手元に無い状態のメルル。

そんな彼女に真面な戦力など期待出来よう筈も無く、彼女の意思を汲みながらも自分の直ぐ後ろに陣取るよう指示する。

また元王女でもあるメルルを呼び捨てにする事に抵抗を覚え、彼女を敬称で呼ぶ事にした灰の剣士。

 

「――警戒をッ、来るぞッ!」

 

 篝火の揺らめきが更に増し、転移の到来を周囲に告げる灰の剣士。

パチンッと火の粉が弾けたかと思えば次の瞬間には、篝火と彼等の間から数体の人影が形を成していた。

 

――先制攻撃に限るッ!

 

聖堂の追手には違いないだろう。敵の力量は未知数だが人型なら戦い様はある。

実体化と同時に不意打ちの正拳を仕掛けた灰の剣士。

 

しかし――。

 

「おい貴公、どういう積りか?」

「――なッ…!?」

 

 ほぼ全力に近い速度で繰り出した拳は、いとも容易く受け止められてしまう。

しかも受け止めた相手から覚えのある声と姿を確認し、彼は拳を解かぬまま面食らった。

 

「――じ、ジークバルド…、それに国王陛下…!?」

 

 姿を現したのは追手ではなく、国王を始めとしたジークバルドの一党だった。

彼等は水の都に到着し次第、即座に法の神殿の一区画に『篝火』を設置し拠点街へと転移を試みたという訳だ。

 

「――も、申し訳ありませぬ、国王陛下とは知らず聖堂の追手とばかり――」

 

「ふむ…、卿は早速動いている様だな。どれ、成果を聞こうか?」

 

 仮にも国家元首一行へと拳を上げてしまうという失態を犯した灰の剣士だが、当の本人は何ら咎める風でもなく置かれた状況を察した。

『深みの聖堂の追手』という言葉を耳にし、灰の剣士は直ぐにでも行動を起こしていたのだと判断し、その近況を聞く事にする。

 

「あ…えと…お、おにい…さま…だよね…?」

「おぉ…誰かと思えば、この様な所に居たのか、我が妹よ…ン…何ぃッ!?()()()だとッ、ま、まさか…もう助け――」

 

「ハッ…!今しがた、救出に成功して御座います…陛下…!」

 

「な、なんとッ!?もう任を果たしたのか貴公っ!?」

「驚いたねぇ、たった一晩で姫様を助け出しちまうなんて、さっすが灰の剣士さね!」

「…狭間の地を席巻した褪せ人に宿りしもう一つの魂、それが貴方(灰の剣士)という訳ですね?」

 

 灰の剣士と国王のやり取りを静観していた王妹だが、此処で遠慮がちに声を挟む。

普段より見慣れた肉親の姿に、国王も染み付いた習慣で普段通りに接してしまった。だがふと我に返り、彼女が深みの聖堂に連れ去られた事を思い出し瞬時に態度を一変させた。

今この場に、救出対象であり肉親でもある『王妹』が目の前に居るという事実に、兜を脱ぎ捨てた彼は目を見開き驚愕の声を上げる。

驚く国王を余所に、王妹の救出成功を伝えた灰の剣士。

そして彼の(もたら)した結果に驚いたのは、ジークバルド、女部族、そして狭間の地より流れ着いた元・カッコウ女兵士も同様であった。

 

「――お兄さまぁッ、お逢いしとう御座いましたっ…!」

「俺もだ、お前の境遇にどれほど心を痛めたか…!」

 

 国王と王妹、兄と妹、王族ながらも血を分けた肉親――。今だけは自身の置かれた”しがらみ”を捨て、唯々再会を喜び深く抱擁し合った。

 

……

 

それから暫くの後――。

 

条件付きとはいえ、要人救出は概ね成功。

 

彼等は、この街を管理する首長の屋敷へと向かった。

灰の剣士が過去に救出した老齢の宰相たちは、この屋敷にて保護されていたのである。

国王の来訪と王妹救出の報に、当然の如く騒然となる首長の屋敷。

俄かに騒がしくなるも、各自には専用の部屋が設けられた。

 

特別に用意された談話室、美麗な調度品が目立つ部屋だが、今はその様な物に関心を向けている暇はない。

この部屋には、灰の剣士を始め国王や老齢の宰相、ジークバルドの一党や嘗ての正規騎士であった首長が同席していた。

備え付けのソファーに座りもせず、国王に今までの経緯を説明する灰の剣士。

 

拠点街へと到着した後、直ぐに出撃した事。

ロスリック高壁にて、宰相を始めとした要人たちの一部を保護した事。

あの狭間の地の住民が、数多くロスリックに流れ着いていた事。

そのまま下層へと向かい『磔の森』へと到着、逸れていた『見習い勇者の少女』を発見し行動を共にしていた事。

先へと進み故意に捕縛される事で、深みの聖堂内部へと侵入した事。

アンリの情報通り、聖堂には女系の魔神軍が蔓延り魔神王までもが鎮座していた事。

そこで聖堂大広間で余興とばかりに催された闘技擬きへと単身参加し、一計を案じ王妹を始めとしたメルルたちを助け出し脱出に成功した事。

 

 

「この国を代表すべき多くの貴族層たちが、下賤な催し物を肴に酒淫に耽っておりました」

 

「何たる嘆かわしい…!民の模範となるべき上層の者が、安易な欲望に堕落するとはッ…!」

「…混沌勢の活動…多額の資金を要した筈だ。その出所が混沌側に付いた貴族どもだとすれば、一定の説明もつく」

 

 深みの聖堂、その大広間で執り行われた闘技の真似事の最中、周囲のテラスらしき区画では多くの生者も高みの見物を決め込んでいたのを灰の剣士は目撃していた。

大半は、ならず者組織の構成員と思われるが、中には上質の貴族服を纏っていた者達も含まれていたのである。

闘技中、敢えて弱者の振りを演じていた灰の剣士に対し、彼等は挙って嘲りと侮蔑の暴言を振り掛けつつ酒に溺れ女と交わっていた光景も、彼の脳裏には今も鮮明に焼き付いていた。

その事実を耳にした老齢の宰相は声を荒げ長卓へと拳を叩き付ける。対する国王は、その上流階級たちが混沌勢に資金を提供しているのだと辺りを付ける。

いくら今の世界の理を覆そうする混沌勢とて、長期活動には多額の資金が不可欠であり切り離す事など不可能。

混沌勢も水面下で静かに暗躍し、彼等貴族側と接触を何度も図った上で密かに賛同者を増やしていたという事だ。

何らかの権利や恩恵を与え、その見返りとして多額の融資を要求したのだろう。

たとえ混沌勢に引導を渡したとて、彼等の欲望や意識改革を実現しない限り邪悪が消滅する事はない。

ある意味で、魔神軍討伐よりも困難とも言える。

 

「それと、私は直ぐにでも再出撃しなければなりませぬ。あの子(見習い勇者)は無論、未だ多くの冒険者や人質を置き去りにしたままです。彼等を放置はできませぬ」

 

「ふむ、制圧するにも人手が圧倒的に足りん。王妹殿下の救出に動いた勇士たちを見殺しには出来んな」

「あたし等も付いて行ってやりたいんだがね、生憎こっちにも役割が出来ちまったのさ」

 

 王米の救出という大役は果たせた。

しかし灰の剣士の役割は、まだ終わってなどいない。

結果的に『見習い勇者』を始めとした大勢の冒険者や近衛兵たちは、未だ深みの聖堂に取り残されているのだ。

正確には、今もロスリックを彷徨っている者たちも居るかもしれない。

出口に辿り着けず亡者や異形の群れに足止めを余儀なくされ、今も身を潜め必死に生を繋ごうとしている者も何処かで助けを待っているに違いない。

そんな彼等を見捨てる選択肢など、灰の剣士には取れよう筈もない。

時間を置けば置くほど、生存の可能性は低下する。

出来る事なら今の会話に割く時間さえ惜しいのだ、彼にとっては。当然、国王の手前その様な事は表に出さず、彼は再出撃の必要性を告げる。

本音で言えば、ジークバルドたちには同行して貰いたかった。

彼は言うに及ばず、女部族や元カッコウ女兵士も充分な実力を有しているのは疑いようもない。だが、彼等も再び水の都へと戻り割り当てられた任を果たさなくてはならない立場にある。

 

「卿が救出した者たちだが、水の都に避難させるとしよう。より安全面も確保できる筈だ」

「陛下、儂は此処に残り人員の確保に努めとうございます。深みの聖堂付近の制圧にも、より多くの人員は不可欠。儂は儂で人員を搔き集める為に、独自で動こうかと存じます」

 

「そういう事なら、水の都から冒険者を割こう。幾許かは確保できるであろう、卿の負担も減らさんとな」

 

「宰相閣下、陛下、お力添えに感謝他致します…!」

 

(灰の剣士)の為だけではないぞ、あくまで()()()()()だという事を忘れるな」

「ハハァっ、だとしても広き配慮に痛み入ります!」

 

 灰の剣士が救出した王妹を始めとした要人たちの処遇――。

彼等は国王と共に、水の都へと移される事となる。

今の赤黒い空と赤爛れた陽光の中、西方面で最も安全が確保されているのは『水の都』である。

やはり『剣の乙女』の影響は絶大で、彼女以外にも数々の優秀な聖職者や人員が揃っていた。彼女が不在の間も結界などの対応策を執る事で、水の都は今や副首都として機能していたのである。

あの聖黄金樹の加護と何ら遜色ない安全性も保障され、都には数多くの避難民や王国残党軍が続々と流れ着いていた。

其処でなら要人たちは、更なる安寧が約束されるだろう。

この拠点街も人里には違いないが、直ぐ真隣にはロスリックが威容を放っている。そして時折りは、ロスリックからの襲撃も相次ぎ真に気が休まる事はない。

 

そして老齢の宰相だが、彼は拠点街に残る事を決め込む。

引き続き救出作戦に勤しむ灰の剣士だが、彼一人に全てを託す気は無い。

宰相は独自に人員を搔き集め自ら一党を結成し、再びロスリックへ挑む積りでいた。

厳密には彼だけではない、アーランド錬金団の一員である『ミミ』や『メルル』も拠点街に残る決意を固めていたのである。

何も灰の剣士の負担軽減の為だけではない。

可能な限りロスリック、正確には深みの聖堂付近の制圧を、より確実により早期に実現すれば、それだけ王都奪還も現実味を帯びてくる。

この国の存続の為にも王都奪還は何としてでも成し遂げねばならず、同時に灰の剣士は必要不可欠な存在でもあるのだ。

たとえ王国のためとはいえ、国王と宰相の配慮に深い謝意を示す灰の剣士。

 

「さて人員確保ですが、此方でも動きましょう。それに、何れ駐屯する軍の為の土地も確保せねばなりませんな」

 

 また同席していた首長も、今後の為を視野に入れ動くことを約束した。

水の都で国王が再編した王国軍だが、この街を拠点として駐屯する事が予定されている。

再編した軍がどれ程の規模に到達するかは、現時点では定かではない。しかしかなりの規模が予想され、今の街の面積では全軍を収容させる事は不可能だ。

野営させるにせよ、その為の土地を確保する必要が急務とされた。

 

「うむ、卿の働きにも期待しているぞ。…さて、今後の調整についてだが――」

 

 概ねの指針も決まり、国王主導で話が更に進行してゆく。

 

……

 

一方、別の客室では、数人の女性が湯浴みで身を清めていた。

陶器製の湯船が設けられていたが、お世辞にも大型とはいえず所狭しと女性陣が身を寄せ合い湯浴みに興じている。

 

「だいぶ髪が痛んでますね、後で下半身も清めないと」

 

 身を屈める幼い少女の毛髪を、念入りに洗っていたのは王妹に仕える侍女。

王宮襲撃から今日に至るまで、彼女たちは碌に身を清める事も許されていなかった。

護送用の馬車に長期間閉じ込められた挙句、用を足すにも簡素な壺が用意されるだけの粗末な待遇。

また移動中は当然の如く馬車が揺れ、彼女達の衣服や下着は汗や体液の類で汚れに汚れていた。

灰の剣士による救出も叶い、漸く訪れた束の間の休息。

首長の屋敷へと案内され心身ともに脱力した頃、鼻を突かんばかりの異臭が全身から立ち昇っていたのである。

 

「うぅ…頭と…、あと…その…お腹の下の方が痒くて…///」

 

 侍女に頭髪洗浄して貰っている間にも、妙に股間部からの痒みに見舞われ仕方がない。

幼いとはいえ仮にも王族の身である王妹――。

彼女も性別を意識し始める年頃ゆえ、痒みの部位を訴えるも羞恥を覚え語尾を弱め顔を紅潮させていた。

 

「仕方がないって、1週間は風呂に入れなかったもんね。まぁ冒険者やってると、数日風呂に入れないなんて何時もの事なんだけどね」

 

 王妹と侍女が身体を洗浄している間、陶器製のバスタブに浸かっていたのメルルである。

 

「やっぱり冒険者って野宿が多いの?」

「う~ん、そうだって言い切れないけど、郊外や迷宮とかなら野営は確定だよ。まぁ街に戻れても、風呂施設があるとは限らないしね」

 

 メルルの話に食い付く王妹。頭髪の洗浄で頭を下げているため視線は床に向いたままだ。

城暮らしの長い王妹にとって外の世界に強い関心と憧れを抱いていたが、このメルルという女性も元王女でありながら冒険者に身を置いている境遇に強い関心を抱いていた。

 

「でもさ、今回の件で少しは身に染みたんじゃないかな?此処まで恐ろしい体験、滅多に出来るもんじゃないよ」

 

 古今東西から寄せられる冒険譚は実に千差万別。

お使い程度の冒険から竜退治に至るまで耳にすればする程、王妹の心は湧き踊り外への世界へと意識が向いて仕方がなかった。

 

しかし彼女は知らなかった。

 

幾多もの耳障りの良い冒険譚だが、実際は遥かに越える数の失敗談の実在に。

吟遊詩人や生還した冒険者から聞かされる冒険譚は、全て受けの良い成功談ばかりで脚色まで加えられていた。

1の成功談だが、現実は10の失敗談という犠牲の上に成り立っていたのである。

そして現実問題、成功を収めた名声や物語りを残した冒険者などほんの一握りで、そんな彼等を遥かに凌ぐ冒険者が無念な最期や結末を遂げていたのである。

それは王妹が耳にする華やかな冒険などとは縁遠く、真逆な程に悍ましく死と血に塗れた闇の世界が渦巻いていた。

 

ロンドール黒教会の襲撃という形で、予期せぬ外の世界を体験してしまった王妹。

初めて彼女が目にした城の外は、お世辞にも憧れた世界とは言えなかった。

幾多もの騎士や兵が死に絶え、ふと見上げれば赤黒い空と赤爛れた陽光。

長期間馬車に幽閉され身体中を汚しながらも辿り着いた場所といえば、重苦で冷厳な気配が漂う荒れた大聖堂。

悍ましい闘技擬きが連日執り行われ、次々と犠牲となってゆく冒険者や近衛兵たち。

周囲は直視に堪えぬ魔物や異形が蔓延り、真っ当な人族を目にしたかと思えば不死や亡者の類ばかり。

言葉を持つ者たちも居たが、邪悪な気配を漂わせる醜悪な貴族や商人で溢れ返っていた。

 

思い出しただけで背筋に悪寒が奔る。

 

今でこそ湯浴みに甘んじていたが、自分は夢や幻を見せられ実は未だ重苦しい聖堂に囚われたままなのではないか。

確かに自分達は助けられた筈なのだ、あの剣士の手により。

だがロスリックという強烈な体験により、ついつい悲観的な結末ばかりが浮かんでしまい変に勘繰ってしまう王妹。

 

「――姫様、どこか具合がッ…?」

「――だ、大丈夫?」

 

「ハァ、ハァ、だ、大丈夫…です…」

 

 あの悍ましい光景を目にしただけで呼吸が乱れてしまう。

王妹の変調に、メルルや侍女が気遣った。

 

駄目だ、これ以上考えては頭が可笑しくなる。

そう考えた王妹は無理やり意識を切り替え、自分達を助け出してくれてた外套の剣士について話題を変える。

 

「あの冒険者さん、なんか変な人でしたね」

「ああ、あの人ね。ホント、変な演技してたよね。物凄く強い人なんだけど」

 

 王米やメルルを救出した灰の剣士へと意識を切り替えれば、精神的負担も幾分和らぐのを感じる。

 

「私も彼の事をよく知らないんだけどね、物凄い迫力で戦っていたんだよ。特にダークゴブリンとの戦いがあってね――」

 

 自身が見聞きした灰の剣士に関する情報を開示するメルル。

あの剣の乙女が指揮したダークゴブリン戦の激戦について語り、彼女達は会話に華を咲かせながら湯浴みを済ませてゆく。

 

……

 

湯浴みを済ませたメルルたちは、ミミと合流を果たし互いの無事を喜び合った。

 

「トトリさんもジーノさんも、まだ見つかってないんだね…?そしてライアスは…もう――」

 

 こうして自分達は助かった訳だが、未だ全員が救助されてはいないのだ。

 

「ごめんね、ライアスは途中まで一緒に居たんだけど、魔物どもが何処かへ連れ去ってしまったの…!本当にごめんなさい、私の力が足りなかったばかりに――」

「――ミミさんの所為じゃないです!ここ(ロスリック)の敵が異常過ぎて…、私たち思い上がってました…、きっと今回も切り抜けられるんだって…」

 

 今まで苦楽を共にしてきた仲間の安否も分からず、ミミとメルルは表情に暗い影を落としている。

ミミは言うに及ばずメルルも一流の冒険者として、アーランドでは多大な活躍を見せていた。

そして彼女達の培った経験は決して伊達や酔狂ではなく、この国でも通用する。そう確信し疑う事など無かった。

また彼女達の確信は事実でもあり、この国でも遺憾なく発揮されていたのである。

 

ロンドールと関わり、ロスリックに放り込まれるまでは。

 

王宮では、たった一人の女魔神に辛酸を舐めさせられ、ロスリックで脱出を図ったはいいが絶え間なく絶望に晒された。

見渡す限り、死と腐臭が漂い血と汚泥に塗れた光景が途切れることなく、一面に広がっていた。

オマケに頭上は、この世の終わりを彷彿とさせんばかりの赤黒い空に黒い太陽。

無限かと思わしき亡者の大群に加え、中位や上位魔神の群衆。

 

聖堂から脱出を図っていたミミたちの集団にも、10人以上の冒険者が随伴していた。

しかし絶え間なく襲い来る追手に一人また一人と犠牲者が続出し、気が付けばミミ自身も満身創痍となり戦いを避けるのがやっとの状態へと追い込まれていたのである。

また彼女と共に、ライアス=フォールケンという青年も護衛に就いていた。

彼は最後まで死力を尽くし奮闘していたが、ついに力尽き複数の魔神に囚われ何処かへと連れされてしまう。

空を飛ばれては追跡のしようがない。

アーランドに居た頃のミミならば、何らかの手を打つ事は出来ただろう。

だが度重なる連戦と消耗に加えロスリックという魔境の所為もあり、彼女は諦観するしか出来なかった。

 

今は首長の屋敷で静養と回復も叶い、後は装備と道具さえ整えれば直ぐにでも再出撃できる状態にある。

今思えば諦めるべきではなかった。

ライアスを見殺しにしてしまった自分に憤りを覚えたミミは、メルルへと頭を下げ謝罪する。

メルルとライアスは気心の知れた幼馴染同士でもある。互いの間に男女の感情が芽生えているのかどうかは定かではないが、大事な隣人である事には変わりない。

手酷い叱責を受ける事を覚悟していたが、自分を責めない様ミミを気遣うメルル。

 

「…王妹殿下たちは少し落ち着いた後、水の都へと移されるそうです」

「…それがいいわね。確かロロナさんも居るんだっけ、水の都に?」

 

「聞いた限りだと。…あの…私たち、どうします?」

「私は此処に残るわ、トトリやジーノの馬鹿の無事も確認していないからね」

 

「なら私も残ります…!駄目だなんて言わせませんよ、ミミさん?」

「…私に言っても仕方ないわよ?アイツに伝えなきゃ」

 

「連れてってくれるでしょうか、今の私たちじゃあきっと――」

「なぁに、心配ご無用よ。アイツがダメって言うんなら、私たちだけで準備を整えて行くだけよ!」

 

「そうですよね、私たちだって冒険者。自分の行き先は自分で決める、こんなの当たり前ですし!」

「よぅし、そうと決まればアイツの所に行きますか…!」

 

 感情が落ち着くの見計らい、メルルは王妹を含めた要人たちの処遇について言及する。

彼等は更なる安全確保のため、水の都へと移送される事が決まっていた。

漸く落ち着けたというのに、またもや不便な移動を強いられるのか?

貴族層たちは無論、王妹も長時間の移動には難色を示していた。

だが水の都への移送には『篝火』による転移で一瞬で解決できる。

この街には現在、灰の剣士の他にジークバルドも控えているのだ。彼も篝火での転移を自在に行う事ができ、それを聞いた王妹たちは留飲を下げたのである。

そしてミミは元よりメルルも、この街へ残る決意を固めていた。

まだ安否の分からない仲間達が、ロスリック内に取り残されている。

無事である可能性は低いと言わざるを得ないが、二人は敢えてその事を考えないように頑なに仲間達の生存を信じる。

一応、灰の剣士へと同行を申し出ることにする。

彼も準備を整え次第、直ぐに再出撃する事が分かっていたからだ。

とにかく恐ろしいロスリックの地だが、彼が傍に居れば奇妙な安心感に包まれてしまうのだ。

だが彼が今の自分達を受け入れてくれるとは限らず、その事をメルルは気にしていた。

そんなメルルに対しミミは、自信ありげに自分の考えを主張する。

たとえ彼が同行を拒んだとて、いざとなれば自分達で再出撃すればいいだけだ。

確かに灰の剣士の実力は認めざるを得ないが、彼女達の行動指針まで決める権利を有している訳ではない。

 

自分達の命は自分達で背負う。

 

それが冒険者として暗黙の了解でもあり、世界共通の認識でもあった。

 

動くべき指針も決まり、二人は灰の剣士の元へと向かう。

首長の屋敷は思っていた以上に広く、彼を探し出すのに少々手間取った。

 

「ん、あれって姫様?」

「剣士さんに何の用だろう?」

 

 無駄に長い廊下の先で彼を見付けたはいいが、王妹が彼に用があるらしく何やら話しかけていた。

重要な話だろうか?

水を差す訳にもいかず取り敢えず用が済むまで、王妹の後方で待機する二人。

 

「……私めに何用で御座いましょう、王妹殿下?」

「……う~ん……」

 

 いきなりの出来事だ。

偶然なのか狙ったのか、バッタリと鉢合わせした灰の剣士と王妹。

当然、彼と彼女の身長差は顕著で、王米は覗き込むように身を屈めながら彼を見上げていた。

 

「よく見えないね。え~と灰の剣士さん…だっけ?」

「左様、そう呼称して頂いて構いませぬ」

 

 尚も下方から彼を覗き込もうとする王妹。

常に傍らに控えていた侍女も、王米の奇行に少々困惑気味だ。

 

「お顔、よく見せてほしいなぁって思ってね。そのフード、取ってみせてくれないかなぁ…ダメ?」

「姫様、彼を困らせては――」

 

「え~、だって見たいでしょ?どんなお顔してるのか?」

 

 どうやら彼女、灰の剣士の素顔を見たいと要求していたのである。

勿論それは、彼女の好奇心が理由の大半を占めていたが、彼女たちはもう直ぐ水の都に向かう事が確定している。

ならばせめて、自分達を救出してくれた恩人の素顔だけでも目に焼き付けておきたかったのも理由の一つであった。

 

「…申し訳ありませぬが、衆目に晒す程の価値ある容貌ではございませぬ。…どうかご容赦を」

「う~ん、そんなこと言わずにぃ、ちょっと、ちょっとだけ、先っぽ、先っぽだけでいいからさ…ね♪」(゚∀゚ )

 

「…先っぽ…て、そんな言葉どこで覚えるんです、姫様?」

 

「小鬼よりも醜く歪んだ容姿である…、そう世間で認知されているのがこの私です。目に焼き付ければ後悔する事になるでしょう。…醜い私よりも、水の都には美麗で魅力溢れる若者が溢れ返っております。…どうか其方で目の保養をされるのが宜しいかと」

「え…そ、そうなん…だ…?小鬼よりも不細工って…よっぽど――」

 

 一目だけでも目にしたかった灰の剣士の素顔。実は王妹だけでなく侍女も密かに興味があった。

深みの聖堂大広間では、何とも情けない不様な弱者の如く振舞っていた灰の剣士だが、それが演技である事も分かり今の毅然とした姿が本来の彼だった。

だが彼は常日頃から外套を深めに羽織り、素顔も上半分は完全に覆われており外からは視認し辛いのである。

 

「剣士さんの素顔かぁ…、私も気になるなぁ…」

「世界屈指の()()()()って噂、本当らしいわよ」

 

 また後方で聞き耳を立てていたメルルやミミも、彼の素顔が気になり視線を向けている。

 

『これ、何をしておるか?勇者を困らせてはならぬ』

 

「あ…お兄さま…!」

「陛下…!」

 

「湯浴みも済んだのであろう。ならば早急に身支度を整えよ。準備が済み次第、直ぐにでも向かう」

 

 王妹の要求を何とか躱そうとする灰の剣士たちに、国王率いる王統府が姿を見せる。

過剰に急かす気もないが、出来るだけ早くより安全な水の都へと転移したかった国王。

 

「あうぅ~、この人の御顔…せめて一目だけでも――」

「…やめておけ、卿では人格破綻を引き起こす。さぁ行くぞ」

 

「ま、まぁ。…そこまで酷いのですか…いえ、失礼いたしました。ご本人様の前で――」

 

「気にしてはおりませぬ。水の都にて御静養くださいませ」

 

 小鬼よりも醜悪な容姿など、この四方世界全域を探せど然う然う居るものでもない。

ならば余計見てみたくなるのも心理というもの。

更に興味を抱く王妹に、人格崩壊を仄めかす国王。それを端から耳にする侍女も顔を引きつらせ、一歩後退ってしまった。

 

「では後でな」

「ハッ…。後ほど小屋…工房(アトリエ)で合流したしましょう」

 

 水の都への移動だが、彼の拠点として当てがわれた小屋に設置された『篝火』を利用する。

また西方拠点街でのライザ達との活動が深く印象に残っていた事もあり、つい今の小屋の事を工房(アトリエ)と呼んでしまう灰の剣士。

国王は半ば強引に王米を引き連れ、廊下から立ち去った。

これで廊下に残ったのは、灰の剣士を含めたメルルとミミの3人だけとなる。

 

「二人とも、具合はどうか?」

 

 二人へと歩み寄り容態を訊ねる灰の剣士。

 

「見ての通りよ、ベスト(万全)…とまではいかないけど問題なく動けるわよ」

「私もよ、剣士さん。今装備がないから、ちょっとだけ時間くれるかな?錬金術で何とかするから」

 

 やはり同行する意思を伝えてきた二人。

孕んでいた憔悴も綺麗に消え去り、今の二人には余裕の表情さえ見て取れた。

 

「置いてくなんて言わないわよね?ま、その時は私たち二人だけで勝手に動くけど」

「承知した。問題なく動けるなら、3人で行動した方が上策と言えよう。…その上でアールズ卿、少々頼み事があるのだが宜しいだろうか?」

 

「え、なになに?私に頼みたい事?」

 

 予想以上に二人は回復し、これなら問題なく連携も取れそうだ。

二人の同行を受け入れた上で、改めてメルルに頼み事を告げる。

 

「貴女を熟練の錬金術士だと見込み、ある魔道具を錬成して頂きたいのだが…頼めるだろうか?」

「う~ん、取り敢えず工房(アトリエ)に向かいましょうか?詳しい話はそこでって事で」

 

 錬金術に因んだ要望なら、錬金釜の有る工房(アトリエ)で聞いた方が良い。3人は、そのまま彼の工房へと移動する。

 

……

 

工房(アトリエ)に集っていたのは灰の剣士たちだけでなく、国王を始めとした王妹たちも同様だ。

王統府要人たちの救出は概ね成功し、更なる安全面を考慮した上で水の都へと移送される。

今の環境下で通常移動など危険極まりない自殺行為に等しく、一同は転移の為に『篝火』を囲んでいた。

 

「卿の早急なる働き、実に見事であった。国家元首として改めて謝意を述べたい!」

 

「まだ全て片付いておりませぬ。未だ多くの方々がロスリックの地にて、苦境に喘いでおります。課せられた任を全て果たした時、改めて陛下の御言葉を拝領しとうございます…!」

 

 国王の謝辞にも浮かれる事無く、灰の剣士は毅然とした姿勢を崩さず言葉を返す。

確かに王妹救出という大役を果たしたが、それとは引き換えに大勢の人質を置き去りにしているのも事実。また王妹と同年代である『見習い勇者』も依然として深みの聖堂に取り残されたままなのだ。

また人質の救出の他にも成すべき役割は多く残されおり、今の彼は栄誉を授かる段階ではない。

彼は尚も気を引き締めていた。

 

「本当にありがとう、見知らぬ勇者よ」

「貴殿の働きは、我が国にも広く伝えておこう」

「良ければ我が娘を嫁がせるが、どうかね?きっと気に入るぞ?」

「抜け駆けはなりませんぞ!是非とも我が騎士団に入られては如何かな?」

 

 国王だけでなく助け出した他国の貴族層たちも、挙って彼に感謝の意を示した。

中には運営する騎士団への勧誘や、縁談を持ち掛ける者も居たが全て国王が遮る。

 

「あ…あの…、本当に…有難う御座いました、ゆ…勇者様…!」

 

 彼等に続き王妹が彼に礼を述べる。

王族ながら深々を頭を下げるあたり、真に感謝の念を抱いているのだろう。

灰の剣士の事を『勇者』と称した王妹。

 

「私こそは、四方世界を代表する勇者――…などと考えた事は一度たりともありませぬ。どこまで昇り詰めようとも私は、只人の…一介の剣士。それ以上でもそれ以下でもなく、況してやそれ以外の何者でもないのです。しかし、殿下の御言葉を誇りに変え、更なる任に励む所存!あとの事は私めにお任せ下さいませ、皆様方!」

 

「フフ…、貴公も中々に口が回る様になってきたではないか。出会いし頃の殆ど口を開かなかった時期が懐かしく思えるぞ」

 

「茶化すなよジークバルド。私とて変わりゆく、そう言う事だ」

 

 勇者として扱われた王妹の言葉だが、あくまで一介の剣士だと主張する灰の剣士。

しかし王族からの言葉とは何とも誇らしいものだ。今の言葉を王宮で授かろうものなら、更なる栄誉が味わえたのだろうか?

しかし彼は名声など求めてはいない。彼の言葉にジークバルドが軽口で揶揄った。

 

「時に貴公、装備を奪われたという話ではないか?…其処なお嬢さんも然りであるな?」

 

「ああ、遺憾ながら」

「あ…ハイ、面目ないです///」

 

 実は、深みの聖堂にて装備を没収されていた灰の剣士とメルル。その事をジークバルドに指摘され、二人は気まずい様子で視線を外す。

 

「首長と相談してな、此方で用意させて頂いた」

「予備の普及品だが、役立ててくれれば幸いだ」

 

 主力となる武器が手元に無いのでは話にならない。

ミミは愛用の槍を携えており、修復も済ませており戦力としては問題ない。丸腰でも多少は戦える灰の剣士とは違い、今のメルルは真面な武器が無かった。

その現状を懸念したジークバルドは、首長に事情を説明し装備の支給を請願していたのである。

また首長も現状を直視し、直ぐに装備を用意させた。

流石に魔法の武器などという貴重品までは用意できず、数打ちの普及品を進呈するのが精一杯の支援であった。

 

「剣と斧…かな?わたし斧なんて使いこなせないし、剣もらっていいかな剣士さん?」

「構わない。一通りの武器は扱える」

 

 二人の前に用意されていたのは、片手用直剣の『パラッシュ』と変わった柄を備えた斧であった。

使用武器を剣へと変えていたメルルだが、斧に対する熟練度は低く剣を使わせて貰う事にした。

 

「変わった斧だな、何か機能を有している?」

 

 一方の彼は、斧を手に取り検分したが只の柄ではない事に首を傾げる。

 

「貴公、柄のスイッチを捻ってみたまえ」

「ん、こうか…ウぉッ!?」

 

「わわ、柄が伸びちゃった…!」

 

 得体の知れない斧だが、ジークバルドの指示通り持ち手の突起を指で捻ってみる。

すると斧の柄が伸び、長柄武器へと変形したではないか。突如の変形に、王妹も驚きの声を上げる。

 

「これは…仕掛け武器の斧…!?」

 

「獣狩りの斧と呼ばれているらしいな。然る冒険者が持ち帰ったはいいが、買い手も使い手も見付からず武器庫で埃を被っていたのだよ。一見古びてはいるが、強度や切れ味は一級品だぞ」

「あたしも試しに使ってみようとしたんだがね、手に馴染まなかったよ」

 

 柄が伸びるという機能、まるでゴブリンスイーパーが愛用している『小剣手槍』を似ている。

首長の話によれば『獣狩りの斧』と呼ばれる武器で、とある冒険者が持ち帰り武器屋が買い取ったのだが、それ以降誰一人として使いこなす者も購入する者も現れず武器庫の片隅で放置され続けていた。

見た限り汚れや荒れ具合が目立つが、武器としての性能は折り紙付きとの事だ。

一応斧という事もあり、ジークバルドの仲間である『女部族』が試しに振り回してみたのだが手に馴染む事はなかった。

 

「確かに癖はあるが、現場で使いこなしてみせよう。お心遣いに感謝する、ジークバルド、首長殿…!」

 

 片手斧として少々大型で、変形後は長柄斧(ポールアクス)として機能する『獣狩りの斧』なる武器。

凡そ剣とはかけ離れた特製の武器だが、要は使い方次第だ。

しかも無償(タダ)で授けてくれるのだ。ジークバルドと首長の配慮に改めて礼の述べた灰の剣士。

 

「では我々は水の都へと戻る。何かあれば直ぐに連絡を寄越してくれ、出来るだけの支援はする」

「ハッ、後の事はお任せ下さいませ陛下…!」

 

「卿も過度な無理は控えよ。…今後も働いて貰わねばならんのでな」

「何の…!老骨といえど、まだまだ動けますぞ…!陛下もお体に気を付けて下され、知らず知らずの内に疲労など瞬時に蓄積するのですからな」

 

 こうして国王率いる一団は、水の都へと転移を開始する。去り際、灰の剣士や老齢の宰相にも言葉を送った。

王統府ながら宰相だけは、この拠点街に残り灰の剣士たちの補佐に回る役割を買って出ていたのである。

ジークバルドが篝火に手を翳し、国王を始めとした一団は一瞬にして姿を消した。

 

「おぉ、本当に転移してしまうのだな」

「篝火…ね、不思議な火よね?中央にも変な剣が刺さってるし」

 

 篝火による転送を初めて目にした首長は目を見開き、ミミは中央の『螺旋の剣』に視線を寄せていた。

 

王統府を始めとした王妹の救出は成った。

水の都へと転移した彼等の姿は無く、此処に残っているのは灰の剣士を含めた数人だけ。

首長は、そのまま屋敷へと戻ったが老齢の宰相は、灰の剣士に依頼があるようだ。

 

「裏切り者の撮影…ですか?」

「うむ、見覚えのある面々を儂も見ていたのでな。この撮影機(キャメラ)を渡しておこう」

 

 宰相の依頼とは、混沌勢に与した貴族層(反徒)たちの証拠集めである。

あの聖堂にて執り行われた闘技擬きだが、周囲のテラスに集っていた群衆には数多くの貴族層も混ざっていた。

酒に酔い女と交わりながら観客気取りで、不毛な催し物に享楽していた賊衆たち。凡そ貴族然とした気品は見られず、肥え太った容姿といい浮かべる表情といい正に醜悪を隠そうともしていなかった。

闘技擬きの最中、灰の剣士も群衆を目に焼き付けていたが、宰相も同様に目にしていたのである。しかも中には、彼が見知った顔ぶれも含まれていた。

当然その事実に彼は衝撃を受けていたが、こうして助かった事で余裕を取り戻した彼の胸中には煮え滾らんばかりの憤りが込み上げていたのである。

 

  ―― 裏切りには報いを ――

 

「許せるものかよ…!偉大な先達が身命を賭し、この国を支え存続させてきたというのに、その偉業の数々を貴奴等は無残に踏み躙ったのだ…!極刑に処すだけでは腹の虫が治まらぬ…!奴等の罪を国中に晒した上で、相応の報いを受けさせてくれよう…!」

 

 元々厳格ながらも何処か柔和で親しみやすい面持ちを称えていた老齢の宰相。

今の彼は混沌勢かと思わんばかりに、歪みに歪み切った憤怒の形相に包まれている。

幾代にも渡り国を支え、時には身命と人生を犠牲にし大業を果たしてきた歴史に名を遺す偉人たち。

王国を支え民の模範たる貴族層による裏切りは、歴史の積み重ねに対する冒涜にも等しい。

彼の怒りは怒髪天を迎え、老齢特有の迫力を漂わせている。

 

国を、先達を、偉業を、歴史を、あろう事か己が邪欲を満たすためだけに踏み躙り裏切り国家転覆を狙う俗物ども。

 

断じて許すまじ。

 

その裏切り者どもに裁きを下すためにも、確固たる証拠は不可欠だ。

アーランドから技術供与を受けるまでは、この国には撮影技術というもの自体が存在していなかった。水晶による投影技術はあれど、映像を保存する技術も極一部のみに流通しているに過ぎなかった。

それ故、王国の存亡に関わる難事以外の裁判では、証拠となる映像は殆ど用いられなかった。

当然、詭弁に長けた弁論術で言い逃れる輩や、司法に取り入り便宜を図る事で罪から逃れた事例など山ほど記録に残っており、今以上に腐敗が横行する時代も存在していた。

だが写真技術という長期保存可能な映像資料を用いる事で、彼等の悪行を暴く更なる証拠を確保できる。

 

老齢の宰相は、自前の撮影機を灰の剣士へと託した。

再び『深みの聖堂』へと赴き、裏切った貴族層や組織の構成員の映像を確保してほしい。

 

「欲で言えば、映像の他に名簿といった記録帳簿を入手できれば理想なのだがな」

「…最善を尽くします。少し時間を要すかも知れませんが」

 

「おお、やってくれるか!不義を働く不忠者に裁きの鉄槌をくれてやろうぞ!」

 

 国王にもこの事実は伝達してある。表には出していなかったが、彼の胸中も決して穏やかではなかった筈だ。

国家元首たる彼が命懸けで奔走しているというのに、それを支えるべき貴族層が()という甘い汚泥の海に溺れるという為体(ていたらく)

これは誠に許し難い愚行だ。

無論ながら灰の剣士は、政界とは無縁の存在。しかし国王の為人を知った彼でも、あの貴族層の堕落ぶりを目撃すれば義憤に駆られて当然である。

彼は宰相から撮影機を受け取った。

 

「それじゃあ性能確認を兼ねて、実際に撮影してみない?」

「ああ、それいいわね。本当はそれどころじゃないけど、あくまで検証確認という事で私たちを撮ってみてよ♪」

 

「ええっと、使い方は――」

「うむ、単純に撮影するだけなら、これとこれを押すだけだな」

 

 撮影機が、どういう機能を有しているか?

メルルやミミの提案で実際撮影する事になり、宰相から使い方を一通り伝授してもらう。

 

「それとアンタ、くれぐれも冒険中でメルルのスカートのなか撮影しちゃ駄目だからね?」(ーωー)

「私が、その様な男に見えると?…心外なッ!」( ゚Д゚)

 

「わっかんないわよぉ?男なんていつ豹変するか。…って言うかメルルといいルルアといい何で短いスカートなんて履くのよ?しょっちゅう見えてんのよ!(そう言えばトトリもだった)」(`ω´)

「えぇ~?そんなに見たいの///?…しょうがないなぁ…、助けてくれたお礼だし///特別に…前と後ろ…1枚ずつだけだよ…剣士さん///」(〃ω〃)

 

「…要らぬと言っておろうが…、そこまで飢えておらぬ…ぐぉッ宰相閣下っ!?」(o ̄∇ ̄)=◯)`ν゜)・;'

「――光陰矢の如し、ささ、メルルリンス=レーデ=アールズ女史、構えられよ。その美しく瑞々しい艶姿を歴史に残して差し上げようではないか♪」(゚∀゚ )

 

 いざ撮影する段階で、唐突に釘を刺したミミ。

この撮影という行為だが、アーランドでも少々如何わしい映像を撮る事例が多発しており、少々の問題として提起されていた。

ミミが釘刺したのは、くれぐれもメルルの下着姿を撮影しない事――。ただでさえ彼女のスカートは短く、激しく動けば容易に下着が露わとなってしまうのである。

彼女に指摘に憤慨する灰の剣士。無論、彼にその様な下心など微塵もなく、ミミに言及されるまで意識さえしていなかった。

だが意外な反応を見せたのは、メルルと宰相の二人。

彼女は、下着姿を撮影される事に顔を赤らめながらも受け入れる姿勢を見せた。また宰相は老齢とは思えない素早い動作で、一度渡した撮影機を手元に取り戻す。

宰相の動きがACネクスト並みのクイックブースト染みていたのは、気の所為だろうか?灰の剣士の目には、ソウルの噴煙跡を幻視した錯覚に見舞われていた。

 

「じゃあ、撮ってね///前と後ろの2枚だけだよ///やり直しは無しだからね///…キャ、恥ずかしい///」(* >ω<)

「ちょっとぉ、メルルぅッ…!?」( ゚Д゚)

「……(もはや何も言うまい)」( ゚ ω ゚ )

 

 既にメルルと宰相は撮影を始めており、彼女は短いスカートを捲り上げ着替えたばかりの桃色下着(ショーツ)外気に晒す。

そしてそんな彼女に抗議の声をかけたミミだが、宰相は手早い動きでメルルを撮影機に納めていた。

また灰の剣士はというと、付き合い切れないといった風情で唯々傍観するのみである。

 

……

 

「全くアンタって娘は、変なとこで無防備なんだから…ブツブツ…」( ̄△ ̄)

「いやぁ~、剣士さんに何かお礼しなきゃって考えてたからさ、咄嗟に思い付いちゃって――」( ̄∀ ̄)

「錬金術で返礼してくれれば良かったのだ、私はな(ぬ、まだ見えてる)」( ̄ー ̄)

 

 撮影機の試写も済み、工房には灰の剣士、メルル、ミミだけが残っている。

片隅には大釜が新たに設けられており、これは錬金釜として活用する為に首長に要請したものだ。

その錬金釜に向かい、メルルが長い棒で中身を掻き混ぜていた。灰の剣士の頼みで、ある道具を錬成していた彼女。

だが少々前屈みな姿勢も手伝い、彼女の短いスカートの中身が今もチラチラと見えてしまい、後ろに腰掛けていた灰の剣士は視線を外しつつ話しかけていた。

 

「あのね剣士さん、時間と素材限られてるから使い捨て用しか出来ないけど大丈夫?」

「構わぬ、コアクリスタルと併用すれば複数回の使用も叶う」

 

 錬金釜を掻き混ぜながら言葉を返すメルル。彼女の話によれば、即席の使い捨て用しか精製できないとの事だ。

 

「ねぇアンタ、何を要求したのよ?」

 

 ミミも気になったのか改めて詳細を灰の剣士へと尋ねる。

 

「術の効果範囲を拡大させる道具だ」

「効果範囲の拡大?敵をやっつけるとか、そんなのじゃなく?」

 

「そうとも。『家路』の奇跡で拠点街へと転移が叶う訳だが、如何せん範囲が狭すぎてな」

 

「あの時の剣士さん、何か攻撃食らってたよね?しかも背中に直撃、痛かったでしょ?」

 

「…かなりな、何者かは知らぬが強烈な魔法だった(アレは輝石の魔術、狭間の地の者だろうか?)」

 

 彼がメルルに求めたのは、術の効果範囲を拡大させる道具の錬成である。

彼は『家路』という奇跡で篝火付近へと転移が出来る。

先ほど、王妹を含めた要人救出を成し遂げたのも『家路』お陰に他ならない。通常の移動では、今も帰還に四苦八苦していただろう。

拠点へと瞬時に移動できるという夢のような転移擬きの奇跡だが、効果範囲が狭すぎ彼は憂いていた。聖堂で王妹たちを救出する際も、術者の体に直接触れる位の範囲しか影響を及ぼせなかった。その所為もあり、彼は『深き夢』なる女魔神の妨害を直に受けてしまっていた。

それに救出対象は、今もロスリック内に大勢取り残されている。現状のままでは、帰還と再出撃を途方もない回数で繰り返さねばならず、そのうち救出の手が間に合わない可能性も浮上する筈だ。

もし術の効果範囲を拡大できれば、より多くの救出対象を連れ帰る事も可能となり結果的に出撃回数の削減にも繋がるのだ。少ない回数で大勢の救出が成れば、それだけ生還の確実性も増す。

 

彼自身も錬金術を習得していたものの、まだまだ半人前の域は出ておらず状況に余裕が無い今、熟練者であるメルルに頼まざるを得なかった。

しかし幾らメルルといえども、時間や素材も限られた環境では完全な再現など不可能である。彼の要求こそ満たせそうだが、使い捨ての即席品が精々だ。

 

だが灰の剣士は『コアクリスタル』と呼ばれる錬金秘具を所持しており、これは道具を消費させる事なく効果のみを発揮できる。これを併用すれば複数回の使用も不可能ではない。発動源となるソウルを枯渇させない限り、工夫次第で半永久的に使う事も叶うのだ。

 

「ああコアクリスタルね。確かにアレがあれば、使い捨ての道具でも何回も使えるものね」

「効果を広げるのは確かに重要だもんね。さっき見たけど剣士さんのフード付きマント、背中がボロボロだよ。今からでも修復できないかなぁ?」

 

「私を妨害してきた、あの魔神は何者だ?魔法の威力といい、随分強烈であった」

 

 錬成も大詰めを迎え、要人救出を妨害してきた魔神へと話題を切り替える灰の剣士。

背に食らったのは一発だけだが、相当の破壊力を秘めた一撃には違いなかった。受けた衝撃とソウルの波形から、輝石の魔術系統である事を瞬時に判断していたが、使い手の魔神には心当たりがなかった。

 

「ああアイツね。何かロンドール4騎将の『深き夢』なんて名乗ってた女魔神よ。アイツの所為で、散々苦しめられたと言ってもいい位だわ。ああ思い出しただけで、腹が立って来た!」

「本当はね、私たちの救出も上手くいきかけてたの。けど、あの変な女が召喚術で『女系の魔神軍』だっけ?そいつ等を呼んで、其処からはもうメチャクチャ…」

 

「ロンドール4騎将…?初耳だが、あの様な女は私も面識がない。…だが警戒すべき敵には違いないのは確かだ」

 

 深き夢なる女魔神。

彼女一人の働きだけではないが、王宮でも並み居る精鋭を叩き伏せ王妹たちを捕らえたのは、実質彼女の功績が大半を占めている。

冒険者側からは、ただの女魔神として認識されていたが、一部とはいえ女系の魔神軍を召喚し更には長である『女系の魔神王』まで呼び込んでいた。

メルルの話を聞く限り『深き夢』さえ居なければ、王妹救出も冒険者部隊だけで成功の兆しが見えていた。だが『深き夢』の介入で作戦は頓挫し、ここまで事態が拗れてしまった。少なくとも彼女は、そう判断していた。

今も釜を混ぜ続けるメルルの表情は窺えないものの、ミミと同様に苦い顔を浮かべているに違いない。

 

その話を聞いた彼は、暫し思案に耽る。

彼が闇の王として活動していた周回では『ロンドール4騎将』などという組織は疎か、深き夢なる女魔神の存在さえ無かった。

また輝石系統の魔法を行使して事もあり、狭間の地との関連性も考察してみたが、やはり深き夢なる女魔神と出会った記憶など皆無だ。

只一つ言える事は、その『深き夢』という女がロンドール屈指の実力者である事は確定している。

彼女の正体など分からないが、彼は意識の片隅にでも彼女の存在を刻む事にした。

 

……

 

準備は整った。

灰の剣士、ミミ、メルルの3名の眼前には、あのロスリックの遺跡群が鎮座している。

 

「ここではない別の進入路を通れば、深みの聖堂への近道になると?」

「ギルドでは、そう話してたわね」

「でも魔物が密集していて封鎖したそうよ、長い間」

 

 灰の剣士の目には、幾度も通り慣れた進入路が映っていた。此処を通れば『ロスリックの高壁』に通じ、其処から下層へと降り『深みの聖堂』へと繋がる何時もの通路だ。

彼の見解では、そのルートが正規の手順だと考えていた。しかし、その道筋だと些かに時間と労力を消費してしまうのも確かだ。

先程の出撃でも可能な限り時間短縮を図り急いだ積りでいたが、それでも幾許かの時間を浪費していた。

時間短縮と無駄を省きたい彼等だったが、ミミやメルルが別の進入路の存在を告げる。

 

彼が出撃している間、ミミは静養の傍ら情報収集に動いていた。ギルドの職員から、封鎖され久しい別の進入路の情報を仕入れていたのである。

其処を通れば、直接『深みの聖堂』付近へと辿り着けるとの事だった。

魔物の密集が顕著となり現在は封鎖され使われていないが、その通路を辿れば遥かに短時間で目的地へと着く事ができる。

 

「その進入路に案内してくれ。この目で確認しておきたい」

 

 魔物の密集により封鎖されたとの事だが、利用するかどうかは直接目にし判断する事にした灰の剣士。

 

「こっちって言ってたわ、付いて来て」

 

 ミミも話を聞いていただけで、実際目にしていた訳ではない。方角だけ聞いていた彼女を先頭に、彼等は後に続く。

魔物の密集次第だが、よほど手に余る状況でもない限り彼は件の進入路を渡る考えでいた。

 

「この日光、ホントに嫌な感じだわ…ちょっと当たっただけで痒い…」

「なるべく肌を露出させないでくれ。長時間の照射は、身体に悪影響を及ぼす」

 

 彼等の頭上には、あの気味の悪い赤黒い空が天を染めている。

また変色した太陽、其処から放たれる陽光が肌に触れれば忽ち身体に影響が及んでしまうのだ。

その陽光を遮断するため、ミミとメルルは新たな外套を羽織っている。だが普段使わない外套に、彼女らは少々の不便を感じている様だ。

この世の終わりを迎えたかのような光景をロスリック内で目にしていた彼女たちだが、ロスリック外でも何ら遜色ない環境に速くも気が滅入りそうになってしまう。

枯れ果て或いは変質し魔物と化した植物群、生暖かく異臭を放ち絶え間なく吹く風、付近を流れる川には夥しい数の魚の死体が浮かび上がっていた。

このままの環境が長期間続けば、人類の生活圏が喪失するのは間違いない。

 

「あの火柱を何とかすれば、状況は改善される筈だ。悠長にしている暇はないが、絶望するには早い。協力してくれ、二人とも」

 

「そうなの?だったら少し希望が見えてきたわ。急ぎましょミミさん!」

「そのつもりよ。少し無理してでも突き進んでやるわよ。特にアンタ、不本意だけど頼りにさせて貰うからね!」

 

 目にすればするほど、絶望感だけが募る赤黒い空。

だが状況打破を示唆する灰の剣士の発言に、些かの奮起を滲ませたメルルとミミ。

辛辣な言葉ながら、ミミは灰の剣士の働きに多大な期待を寄せていた。

歩を進める彼等の目には、見覚えの無い道らしき物が映っている。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

獣狩りの斧

 

狩人が獣狩りに用いる、工房の「仕掛け武器」の1つ。

斧の特性はそのままに、変形により状況対応能力を高めており重い一撃「重打」と、リゲイン量の高さが特徴となる。

ロスリックより生還した冒険者が持ち帰り、武器屋に引き取られた。

しかし買い手も使い手もそれ以降現れず、結局は倉庫の埃を被り長らく陽の目を見る事はなかった。

とある外套の剣士は曰く、この様な武器などロスリックに存在しなかった…と。

 

元がどうあれ、獣は既に人ではない。

だがある種の狩人は、処刑の意味で好んで斧を用いたという。

 

 

 

 

 




毎度の遅い亀更新で申し訳ありません。
体調と言い精神面と言い、リアルで少々問題が発生しておりまして…まぁただの言い訳ですが…。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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