ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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更新間隔が大分空いたので、誰にも気付かれずに投下いたします。

今回のお話は、灰の剣士とは違う別視点です。
彼が王妹を救出した直後の時間軸となります。

では、ドゾ。( ゚ ω ゚ )


第160話B―ロスリック・深みの聖堂、騒乱の教会(前)―

 

 

 

 

 

 

奇襲のつぶて

 

魔術街サリアの、夜の魔術のひとつ。

離れた場所から、敵の背を襲うつぶてを放つ。

連続で使用することができる。

サリアの魔術師は、刺客であり、特に同胞たる魔術師を狩ったという。

 

組織間の争いは、何処の世界でも存在するという事だ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

   デエェェ ―― 深みの聖堂 ―― ェェェエン

 

此処は『深みの聖堂』の、とある一区画。

灰の剣士が王妹救出に成功していた頃、別の一区画でも秘かに騒動が巻き起こっていた。

 

「――GGYUEAAAAッ…!!」

 

 断末魔の絶叫を上げ、塵の様に崩れ消え去る異形。

辛うじて人型の体を成していた事から、嘗ては真っ当な人族であったのだろう。

だが今の姿は、百足の如く腕を無数に生やし顔面に至っては直視に堪えぬ程に歪み切った容貌を備えていた。

一応言葉は話せるようだが、大抵は奇声を発し口端からは絶えず濃緑の液体を垂れ流している。

その姿形は正に冒涜の体現と言っても差し支えなく、他者から見れば発狂不可避とも言える異形の極み。

 

   ―― 王族の幽鬼 ――

 

人々からは、そう呼称されていた。

 

「フゥ…やっとくたばりやがったぜぇ…」

 

 全身甲冑姿の騎士らしき男が、兜越しに大きな溜息をもらす。彼の手には、布製のタリスマンが握られ淡い聖光を帯びていた。

その事から、この騎士男は今しがた奇跡を行使していた事が分かる。

 

「だがまだ、たったの一体だ。こんなのが他にもワラワラ居やがる、この聖堂にはな…」

 

 別の男も全身甲冑を身に纏い、端から見れば全くの見分けが付かない外観をしている。

 

「それにしても意外だ、()()()()()()()()()()()って知った時は眉をひそめたぜ」

 

 また別の騎士らしき男も言葉を加えた。この騎士も全く同じ装備構成をしている。

彼等は皆が皆、タリスマンを握り締め回復の奇跡を発動させた直後だった。

 

「真正面から戦えば強敵な事この上ないが、弱点さえ突けば大した脅威にはならないね」

 

 彼等は皆総じて同じ甲冑姿の騎士だが、一人だけ異なる鎧を纏った女騎士が存在していた。

 

彼女の名はアンリという。

ロンドールに与する女騎士の筈だが、現在は混沌勢やロンドールに反旗を翻す反抗勢力(パルチザン)の要として抵抗を続けていた。

彼等は彼等で独自に動き、たった今『王族の幽鬼』を仕留めた直後であった。

 

アンリの言う通り、真面に戦えば非常に厄介な『王族の幽鬼』という異形。

桁外れな跳躍力に無数の腕から繰り出される百裂拳と、口から吐き出される強毒液。更に転移擬きの魔法まで備え、見た目の不気味さと相まり初見なら戦う前に戦意喪失しても可笑しくはない。

この敵は『狭間の地』と呼ばれる異界より流れ着いた異形で、混沌勢の同胞でさえ積極的な関わりを避ける程に不気味な存在だ。

不運にも邂逅してしまった冒険者も過去には存在し、大抵は戦う前に発狂するか戦意喪失の果て、悲惨な最期を遂げる一党が続出していた。

 

異常に不気味な見た目と並外れた戦闘力という、相手側からすれば忌避の対象そのものともいえる異形。

 

しかし『王族の幽鬼』にも致命的弱点が存在し『回復の奇跡』系統を浴びれば、瞬時に瀕死ないし即殺へと追い込めるのだ。

その回復の奇跡を浴び王族の幽鬼は跡形もなく消滅、床には撒き散らしたと思われる濃緑の液体が付着している。

 

「この弱点のお陰で早く片付いた。あの錬金術師には感謝しかないね」

「白教の回復ですが、四方世界のソレとは違い亡者でさえ回復させてしまう。だが、王族の幽鬼には致命傷を与えてしまう。…いったいどうなってるんだ?」

「さぁな、あまり深く考えても埒が明かないって」

「だが弱点は判明したんだ、今はたったの一匹だがこの調子で片づけて行こうぜ…!」

 

 アンリたちとて最初から、王族の幽鬼に関する弱点を知っていた訳ではない。

忽然と深みの聖堂へと姿を見せた、自称『錬金術師の達人(アルケミーのマイスター)』を名乗る女性から授けられた情報だ。

その錬金術師が何者であるかは、この際どうでもいい。

何はともあれ彼女のお陰で、抵抗活動にも進展が見られたのは確かなのだ。

厄介極まりない王族の幽鬼だが、然したる苦労もなく奇跡で仕留める事ができた実績は大きい。

今の流れに乗らんと、アンリたちは王族の幽鬼討伐を続けようとする。

 

そんな彼女たちに、一人の人物が姿を見せ小声で報せを寄越した。姿形と声音から男の様だが、彼は騎士鎧を纏ってはおらず、どちらかと言えば冒険者風の装いだ。

 

「リーダーアンリに報告、王妹殿下の救出に成功セリ。繰り返す、王妹殿下の救出に成功セリ」

 

 短い文言だけを述べ、その男は再び姿を消した。転移の類を使った形跡も無い事から、単純に隠密と身のこなしに長けた斥候職専門の男なのだろう。

 

「今の男、黒い手カムイの遣いですね」

「それより今しがた、王女の救出に成功したと…!」

 

「あの男…予想以上に早く動いてくれた様だね。これでもう生贄の儀式を気にする必要もなくなった」

 

 斥候らしき男は、味方でもある黒い手カムイの遣いの者だった。黒い手カムイはロスリック王族に忠誠を誓う身ながら、現在は『妖王オスロエス』の組織に属していた。

しかし彼自身も反旗を翻し、こうしてアンリが率いる反抗勢力(パルチザン)に協力していた。

そんなカムイの遣いから寄せられた報せ『王妹救出の成功』を耳にしたアンリは、灰の剣士の到来を確信する。

 

王妹が救出されたのなら、もう生贄の儀式など警戒する必要もない。

かなり混沌勢に流れが傾いていたが、儀式は実質阻止されたのだ。

そうと来れば、後は残りの人実救出や制圧の手助けに移ればいい。

上級騎士兜の奥で、アンリは密かに口端を上げ士気高揚を感じ取る。

 

「どうします、リーダーアンリ?」

「このまま討伐を続ける。王族の幽鬼は厄介だからね、儀式の有無に関係なく」

 

「流れがこっちに傾いてきましたね。リーダーアンリ、俺達にもツキが回ってきたのかも♪」

「過信するなかれ…って言いたいけど、今は流れに乗ろうか♪」

 

 儀式の要である王妹が救出されたのなれば、ここから先はかなりの自由も効く。

また王族の幽鬼に関する弱点も実証され、朗報が立て続けに舞い込んだのだ。

部下でもあり同士でもある『元・アストラ騎士』たちに乗せられる形で、アンリは王族の幽鬼討伐に更なる意欲を見せた。

 

しかし、そんな彼女たちに向け、虚空から聞き覚えのある声が木霊する。

 

『いつまで戯れている気だ、アストラ――否、ロンドールのアンリよ…!』

 

 低い声音の女性の声が、何も無い空間より響き渡る。それと同時に、アンリたちの足元に、黄色い火が迸った。

 

「――いかん、総員退避!狂い火だッ!」

「「「「――うぉっ、クソッたれッ!」」」」

 

 咄嗟に退避を勧告するアンリ。同胞の騎士たちも、素早い反応でその場から飛び退いた。

次の瞬間には、彼等の居た場所を基点に黄色い炎が巻き起こり暫し燃え盛る。

 

「何なんだよ、狂い火ってヤツぁ…!」

「何を燃料にして燃えてんのかねぇ…!」

「あの黒い篝火も不気味だが、コイツも見てるだけで気が狂いそうになる…!」

 

「この声…、ロンドールのユリアか…!」

 

 少しの間、燃え続けていた黄色い狂い火と呼ばれる炎。

聖堂の石畳には、可燃物らしき物など存在しよう筈も無いというのに、何かを焼いているかのごとく火は燃え続けていた。

火そのものは小規模ながらも、視界に納めるだけで得体の知れない衝動に見舞われてしまう。

奇妙な黄色い火に目を背ける騎士たちを余所に、アンリは声の主を特定していた。

 

漸く狂い火が消えたかと思えば、今度は複数の人影が姿を現し直ぐに実体化を果たす。

 

「ロ、ロンドールのユリアッ…!」

「黒教会の三姉妹の次女ッ…!」

「だが今は…例の『3本指』なる存在にッ…!」

「ユリアだけじゃない、ヨエル…はまだしも、3女リリアーネまでっ…!」

「知らない奴等も居る…、何だ、アイツ等は…!?」

 

 人影は複数に上るものの、アンリを含めた騎士たちには馴染みの深い顔ぶれだった。

その中心に居たのは『ロンドールのユリア』と呼ばれる女性で、彼女はロンドール黒教会を設立した3姉妹の次女。

いわば指導者層に位置する人物で、ある意味で『闇の王』以上の権限さえ有している程の存在だ。

またユリアだけに留まらず、3姉妹の末妹である『三女リリアーネ』までもが同伴していた。

指導者層に位置する3姉妹の内、実に二人が同時に姿を見せるという事実――。

いきなりの事象に、アンリ以外の騎士たちは取り乱してしまう。

 

「どの様な御用件で、ロンドールのユリア殿?」

 

「ほう、()を付けぬか。随分エラクなったな、()()()()()のアンリよ」

「――もう僕は、ロンドールの騎士じゃない!今の僕はアストラの騎士、アンリだ!」

 

「戯れに付き合う気は無い。そろそろ動くぞ、アンリよ」

「今の僕が従うとでも?そこな者で、僕を()()()させようとも無駄だ」

 

 ユリア一派の他にも見知らぬ者が見受けられる。彼等とは交流も面識もなかったが、四方世界か例の狭間の地より流れ着いた住民である事が推察される。

その中でも紺色のローブを身に纏い色褪せた金仮面で顔を覆っている長身の人物に、アンリは意識を向け警戒を怠らない。

まだ噂の範疇だが、長身のローブの男は怪し気な秘薬を用い、対象者を傀儡へと変える技術を有していると聞いた。

 

「これはこれは異な事を、私に身を委ね虜と化せば其処はもう楽園も同然。君ほどの麗しい女性を放っておくのは、些か礼節に反するというもの」

「…気味の悪い男だ」

 

 ローブの言葉に薄ら寒い者を覚えたアンリは、直剣を向け敵意を露わにした。

そんな彼女に言葉を返したのは、意外にもリリアーネだ。

 

「全く嘆かわしい事です。貴女は一度ロンドールの儀式をその身に受け、あの王に『暗い孔』を託したではありませんか!たとえこの世界に流れ着いたとしても、貴女は今もロンドール黒教会の騎士にして臣民。何れは『3本指』の狂い火を受け入れ、生命の坩堝へと帰属する運命なのですよ?…ああ、世に混沌の有らん事を…」

 

 リリアーネもユリアと同じく面具で素顔を隠している身だが、何故か両手で目を覆うかのような素振りを常時崩さない。

あまり表舞台へと姿を現す事はない彼女だが、この様な仕草をする人物ではなかった筈だ。

 

「貴女は何者だ、リリアーネではないな…!」

「ほぅ…、流石に気付きますか?小娘とはいえ多少の勘は働く模様。如何にも、私はリリアーネではない。哀しい事に彼女は、3本指様の御心が理解出来ずユリア様の御慈悲で安寧の旅に出奔されました。故に、この(わたくし)『シャブリリ』に御身体を託された次第でございます」

 

「…シャブリリ?何者なのだ、貴様は…?」

 

「シャブリリ…って誰だ?」

「お前知ってるか?」

「知るかよ、聞いた事もない」

「…って言うか、リリアーネが粛清されたって事か?」

 

 自らを『シャブリリ』と名乗った、嘗てのリリアーネだった者。

彼女(彼)の言葉に、アンリのみならず他の騎士たちも口々に困惑の言葉を吐く。

 

「私が何者かなぞ、然して重要ではないのです。早々に帰属し狂い火を受領なさい。そして混沌の火に身を委ね生命の坩堝へと回帰すれば、世界の過ちや苦痛など全て消え去り無へと帰すでしょう。ああ、世に混沌の有らん事を。もともと一つであった生命の根源とも言える混沌が枝分かれしてしまった事こそが、この世に悲劇と不毛を招いてしまった元凶。我々は生命の坩堝へと還り、元の混沌へと一つに融合するのです。それこそが我ら生命の過ちを払拭できる唯一の道。そして我らを別け、隔てる全てを焼き溶かしましょう…ああ、世に混沌のあらん事を!」

 

 リリアーネ改めシャブリリは、更に声高らかに叫び自らの主張に酔いしれ『混沌』という言葉を連呼した。

 

「断る…!過ちも不幸も生きているからこそ意味あるものだ。一見御高説を垂れている様だが、結局は苦しみから…生きる事から逃げているだけではないか…!そんなに生きる事が怖いのか!?」

 

「ククク、つれない態度を執るではないかアンリよ。この者たちは、素直に狂い火を受領したというのにな」

 

「…アイツ等って確か――」

「記憶違いでなければ、()()()()()()に所属していた――」

「アレ…ロザリアって確か儀式の贄として――」

 

 頑なに狂い火への誘惑を拒み続けるアンリに、ユリアと共に同伴していた数名の人物が一歩前へと踏み出した。

その者たちには見覚えがあり、確か『ロザリアの指』なる構成員として火継ぎの時代で暗躍していた連中だ。

しかし皆が皆、狂い火特有のソウルを宿している事が分かった。頭防具で素顔は分からないものの、ソウルの波形で狂い火に侵食されているのは明白だ。

ユリアは『素直に応じた』と口走るが、どこまで信じてよいのやら。

どのみちアンリは受け入れる気など毛頭なく、それは他の騎士たちも同様だ。

 

「この者たちでは今一だな。ならば『この男』を前にしても、その薄っぺらい虚勢が続くかな?」

「…どういう意味だ?」

 

「直ぐに心変わりするさ。ヨエル殿」

「承知しました、狂い火のユリア様」

 

「何をする気だ?」

 

 目配せするユリアに応えるように、ヨエルが杖を掲げ召喚術を発動させる。

それを見たアンリは身構え、軽くバックステップで距離を取った。

短くも確かな詠唱を終え、ヨエルの足元には小さな魔法陣が浮かび上がる。

その魔法陣が鈍い輝きを放ちながら、次の瞬間には鎧姿の騎士らしき人物が姿を現していた。

 

「何だ何だ?」

「誰かを召喚したのか?」

「見覚えの無い奴だな」

 

「……ッ!」

 

 かなり重装鎧の様だが、騎士たちには見覚えがなく疑念を浮かべるばかり。

しかしアンリだけは、衝撃を受けたかのような反応を見せ立ち尽くしてしまう。

 

「ホ…ホレイス…、…沈黙の騎士ホレイス…なのかい…?」

 

「ホレイス…?」

「沈黙の騎士…?」

「リーダーアンリ、あの騎士と面識が?」

 

「ホレイス…、ああホレイス…、僕だよ、アンリだよ、覚えているよね?あのカーサスの地下墓で別れた切りそのまま…ああ…、まさかこうして再開できるなんて…ホレイス、ホレイス…!」

 

 ヨエルにより召喚されし重装騎士の名は、『沈黙の騎士ホレイス』という事が判明する。

部下であり同士でもある騎士たちの質疑も意に介さず、アンリは唯々ホレイスの名を口にし歩み寄らんと足を踏み出していた。

 

「――駄目だ、リーダーアンリッ!」

「――ッ!?」

 

 無警戒に、無防備に、ホレイスへと近付くアンリに対し、一人の騎士が体当たりで彼女を吹き飛ばした。

そしてその直後――。

 

「――グィィギィヤァァあああぁッ…!?」

 

 アンリに体当たりした騎士は、全身から黄色い炎を噴き上げ絶叫を上げながら燃え尽き蒸発してしまったのである。

 

「あ、アァァ……」

「そ、そんな…!」

「く、狂い火に…!」

 

 周囲の騎士たちも結局は何も出来ず、呆然と犠牲を傍観する事しか出来なかった。

 

ホレイスへと無防備に近付いたアンリだったが、一人の騎士はホレイスの異常を看破し咄嗟に彼女を吹き飛ばしていたのである。

何故ならアンリに対し、ホレイスは目に当たる部位から黄色い火を滾らせ投射していた。

もし彼の犠牲がなければ、代わりにアンリが黄色い狂い火に焼かれ燃え尽きていたのは間違いない。

 

「ククク、運が良かったなアンリよ。ホレイスは素直に狂い火を受領し『空裂狂火』をも体得した。狂い火は、不死人だろうが霊体だろうが平等に焼き溶かし混沌へと回帰させるのだよ」

「あ、ああ…、ホレイス…。馬鹿な…、こんな事をする男じゃなかった筈だ。僕が…、家族の存在が分からないのかい…?」

 

 今しがた犠牲となった騎士も例に漏れず不死人であり、たとえ死に瀕したとしても何処かの篝火で復活を果たしているだろう。

それが普通なのだが、狂い火は不死や生者を問わず霊体ごと焼き溶かしてしまう恐ろしい特性を備えていた。

つまりアンリを庇った騎士は、二度と復活する事の無いある意味で『運命の死』を迎えたと言っても過言ではないだろう。

ユリアの説明すら耳に入らず、アンリは狼狽えるばかり。

 

「アンリだけでなく貴公らも同罪だ。我が傘下に帰属せぬというのであれば、このまま狂い火の洗礼を受け抱かれるが良い!」

 

「――ぐッ、おのれっ…!」

「――気を確かに、リーダーアンリッ!」

「――いかん、何とか撤退の時間をッ…!」

 

 今度はホレイスだけでなく、ロザリアの指だった者たちまで全身に狂い火を燻ぶらせ始めた。

先程の騎士が成す術も無く焼き溶かされてしまうほどの威力、今度は数名が一斉に解き放たんとしている。

そうなってしまえば全滅は必至で、騎士たちはアンリを正気に戻そうと声をかけ続けた。

しかし肝心のアンリは、思わぬ形で再開したホレイスの凶行に呆けるだけだ。

今からでは『帰還の骨片』を使う時間さえ、間に合いそうにない。

 

有効な対応手段もないアンリたちに、狂い火が襲い掛からんとした次の瞬間である。

 

突如、ユリア陣営に幾つもの雷撃が迸った。

 

「――ぐッ…、これは『雷壷』かッ…!」

「「「「「――ッ!?」」」」」

 

 数個纏めて炸裂した雷壷の威力は、予想以上に凄まじい効果を発揮したようだ。

狂い火の一斉解放は中断を余儀なくされ、ユリア一派全員も荒れ狂う電撃に翻弄されるしかなかった。

 

「――隙だらけ、鬼斬りッ!」

「――ぬッ…貴様ッ!」

 

 ユリアの頭上から、突如として黒い影が襲い掛かった。

その黒い影は二刀の刃を振るい、ユリアの頭部目掛け鋭く振るう。

しかしユリアも手練れの剣士、自前の刀で防ぎ切ってしまった。

 

一瞬だが、鋭い金属音と共に接触した刃から火花が飛び散る。

 

それは奇襲だった。不意打ちが不発に終わり、黒い影は反撃も許さず瞬時に身を翻しアンリ側へと着地する。

 

「お、おぉ…、貴公…」

「助かったぞ…ナイスタイミング…!」

「カムイ殿…、リーダーアンリが…」

 

 突如飛来した黒い影の正体は、王の黒い手『カムイ』と呼ばれる男だった。

この男は、妖王『オスロエス』陣営に所属している身だが、故あってアンリたちの組織と協力関係を結んでいたのである。

またカムイだけでなく他の同志と思わしき者たちも後から到着し、ユリア陣営と対峙した。総数だけで言えば、僅かにアンリ側が上回る形となる。

 

「ほぅ、誰かと思えばオスロエスの走狗ではないか。裏切り者同士、類は友を呼び合い集うという事か?」

「我らと遊んでいる暇は無いのではないか、ロンドール…否、狂い火のユリアよ…!?」

 

 カムイの横槍に御立腹なのか、過剰な挑発を仕掛けたユリア。だがカムイは難無く受け流し、感情を乱す事はない。

 

「まぁ良い、今は退いてやろう。どう足掻こうと貴公らも狂い火から逃れられぬ運命。全て焼き溶かされ混沌へと回帰するするは必定…!」

「おお、未だ3本指様の御導きが理解出来ないとは、なんと嘆かわしい事か。貴方たちの瞳には、彼方の灯火が宿っていないのですね。これは由々しき事態ですが、我らの導きは始まったばかり。ああ、この世に混沌を…混沌のあらん事をッ(メイ、ケイオス)!!」

 

 ユリア、そして嘗てリリアーネだったシャブリリなる者が意味不明の言葉を残し、全員その場から姿を消してしまった。

現場に取り残されたのは、アンリとカムイの陣営のみ。

 

「ホレイス…、どうして…、どうして…狂い火なんかに…、やっと…やっと再会できたっていうのに…」

「呆けている場合ではないぞアンリよ。あの王族が救出された事はお前も知っていよう。よく聞け、あまり芳しくない状況だ…!」

 

 半身も同然の隣人(ホレイス)との予期せぬ再開と敵対行為。その現実にアンリの精神は揺れ動き、思考停止に陥っていた。

だが今は、アンリの動揺などに付き合っている暇は無いのだ。

彼女の心情を察しながらも、カムイは容赦なく叱咤した。その上でアンリへと告げる。

 

混沌勢に動きあり、清拭の小教会が危険だ…と。

 

「お前の保護していた、あの幼子も何故か教会に居たのを確認した。例の女魔神『深き夢』とやらが急行している」

「――…!あの子がッ…どうしてッ…!?置いていった筈なのに…」

 

 カムイの言葉に我へと返ったアンリ。あの『清拭の小教会』に、どういう訳か黒髪の少女である『見習い勇者』が居るという言葉に、アンリは現実に引き戻されながらも新たな疑念に包まれる。

 

「原因など、どうでもいい。我々も急いで急行するぞ…!」

 

 一人で大人しく待機するような少女ではない。アンリ自身も見習い勇者の性格は、ある程度理解していた。

一人で飛び出したのか定かではないが、混沌勢が新たな動きを見せたのなら小教会は更なる危険に晒されるのは間違いない。

灰の剣士が”王妹救出”を成し遂げた事は朗報だが、今度は大勢の冒険者たちが新たな危機を迎えようとしている。

別段、彼等に特別な情など抱いていないが、無駄死にさせるのも本意ではない。

 

アンリにとっても、あの少女が教会に居る以上、尚更放置はできなかった。

 

「予定変更だ、直ぐに向かおう!(…ホレイス…何故…?)」

 

 王族の幽鬼を残らず討伐する予定であったが、カムイの情報で急遽、小教会へと急ぐ事にしたアンリたち。

だが今の彼女には、どうやってもホレイスの存在が気掛かりで、真に意識を切り替えたとは言い難かった。

加えてロンドール側に与している女魔神『深き夢』は、とにかく得体の知れない存在だ。

単身、転送門(ゲート)を開き『女系の魔神軍』を召喚した事も含め、相当の力を有している事は確実である。

その彼女が動いたとなれば、此方も臨機応変に対応しなければならないだろう。

 

先程アンリたちが騒動を引き起こしていた現場には、もう誰一人として存在していなかった。

 

……

 

   デエェェ ―― 清拭の小教会 ―― ェェェエン

 

火継ぎも限界を迎え、もはや詰み寸前にまで差し掛かった()の時代。

この廃教会は、とにかく静寂一辺倒の無音の場であった。

だが西方世界に流れ着いた今では、とにかく真逆なまでに騒々しいの一言。

 

「なぁ…アレってどうなったんだ…?」

「急に、姫様たちが消えてしまった?」

「彼等は一体どこへ…?」

「あの新人冒険者、何者なんだよ…?」

 

 清拭の小教会では、虜囚と化していた冒険者たちで溢れ返っており、皆が好き好きに発言し放題という状況。

混沌勢により設けられていた『映像板』を通し、深みの聖堂大広間での闘技擬きの映像が中継されていた。

ついさっきまで()()()()が戦い僅差で敗北していたまでは、冒険者たちも大方把握は出来ていた。

だが彼が『家路』の奇跡で、深みの聖堂を脱出した事までは理解出来ていない様だ。

思いも寄らない結果に、残された冒険者たちは俄かに騒ぎ出し困惑の度合いを深めていたのである。

 

「――お前達ィッ、静かにするのよッ…!」

「――これはどういうこと!?何が起こってるの!?」

「――大広間でも物凄い騒ぎみたいよッ…!」

 

 混乱していたのは、何も冒険者たちだけではない。

看守役を務めていた女魔人達も、現状に戸惑い狼狽えるばかり。

騒々しいまでの冒険者たちに対し、怒鳴り付ける事しか出来ないでいた。

また皆が注目する映像板からも分かる通り、大広間でも嘗てない騒ぎに発展していた事が読み取れる。

 

「…なぁこれってよ…?」

 

 何処の教会でも、静寂とは縁が深い。余りに似付かわしくない騒音に包まれた教会内だが、やや離れた片隅では王統府所属の獣人戦士が一人の男にそっと声をかける。

 

「今のがアイツの言っていた作戦…で良いんだろうか?」

 

 話しかけられた男は、身なりの良い出で立ちの吟遊詩人風の冒険者で、連射型弩を扱う事から『吟遊連弩使い』と呼称されている。

その吟遊連弩使いも、今の状況には少し戸惑いの表情を隠せていなかったが、ある程度は事の運びを予想していた。

 

「――きっと成功したんだよ、お姫様助け出すの…――むぐっ!?」

「――馬鹿ッ、声がデカい…!」

 

 そんな彼等の傍には、未だ成人を迎えていない只人の少女も囚われている。

だが虜囚にしては暗い表情など微塵にも感じさせない、まるで太陽にも似た瞳を有していた。

後の『勇者』として名を馳せる事になる少女だったが今はまだ、その才能を開花させてはいない所謂『見習い勇者』とも言うべき冒険者志望の少女でもある。

その彼女が声を大にして叫ぶものだから、傍に居た吟遊連弩使いは咄嗟に少女の口を手で塞いだ。

 

見習い勇者と吟遊連弩使いの二人は、灰の剣士と共に今の教会へと連行された身である。

だが無策で此処まで来た訳ではない。

灰の剣士は予め作戦を立てており、既に二人には『王妹救出』の手段を伝達していた。

(本編前夜編 第158話参照)

転移に近似した奇跡(家路)の使用についても言及されていたが、発現と共に消えた現象が、()()なのだろう。

見習い勇者が声を大に叫んでしまったが、周囲の騒ぎの所為もあり看守たちは気付いていない様だ。

 

「姫様が助け出されたってんなら、取り敢えずの目的は果たせたって事か」

「そうらしい。後はどうやって脱出するか…だな」

「ボクたち武器盗られちゃったよ、それも取り返さないと」

 

 どうやら当初の目的である『王妹救出』は達成できた事も分かり、獣人戦士は静かに安堵の息を吐く。

王族救出が成ったのなら、もう此処に然したる用など無い。後は五体満足でロスリックから脱するだけとなる。

だが混沌勢の巣窟にも等しい場を脱するとなれば、生半可な事ではないのは確実だ。

ただでさえ強力な敵勢力が蔓延っているのに加え、自らの命運を託すに等しい武器さえも今は手元に無いのが現状。

 

「クソッ、武器さえあれば看守らなんぞ俺一人でもヤれるんだがな」

「此処を出ないと話にもならんよなぁ…」

「やっぱり皆と相談しようよ、…静かにさ?」

 

 看守役の魔神も女性でありながら、それなりの実力を有している事は間違いない。

何せたった3人で看守役が務まるのだから、武器無しの冒険者が幾ら反乱を起こそうとも瞬く間に鎮圧してしまうのである。

しかし此処に居る冒険者たちだが、今でこそ憔悴も激しいものの士気と武器さえ備われば、決して脱出は不可能ではないのだ。

駆け出しとは違い皆が中級や上級の実力を兼ね備えており、この獣人戦士は金等級の実力をも有している。

装備と条件さえ整えれば、消耗状態でも単身で看守役を殲滅できる程な手練れなのだ。

だが最低条件となる肝心の装備が何処に安置されているのか分からず、当面の問題として圧し掛かっていた。

恐らく別の場所に移されていると思われるが、其処へ向かうにしても先ずは小教会を脱出しなければ話にならない。

手始めに看守役の女魔神を無力させた上で、早期に装備の安置場所を特定し取り戻さねばならないのだ。

手を拱いていては、直ぐに増援を呼ばれ脱出はますます困難となる。

若しくは装備を一旦諦め、磔の森ファラン城塞側に位置する『継ぎ接ぎの町』にて籠城するか。

どちらにしても悠長に考えている時間はなさそうだ。

 

思い悩む二人に、見習い勇者が些かの提案をする。

何の事はない、単に今騒いでいる冒険者たちに事情を伝え『皆で力を合わせよう』という、誰でも思い付くような稚拙な策。

凡そ作戦とも呼べぬ提案だが、それこそが最適解とも言えた。

この少女が何処まで思案しているか定かではないが、情報共有という面では的を得ているとも言える。

 

今は何が重要で、それを成すために何が必要なのか?

一人でも多く無事にロスリックを脱出し、来るべき決戦に備え再起を図る事。

 

この黒髪の少女は、そう問うているのではないか?

獣人戦士には、そう映っていたのである。

 

――このガキ、随分肝が据わってやがるぜ…。

 

周囲に大勢が居るものの、此処は悍ましい危険地帯に何ら変わりない。

この様な魔境に一たび放り出されれば、たとえ大の大人と言えど常人なら正気を失っていても不思議ではないのだ。

此処に囚われる道中、正気を失い自害した者や教会内で自暴自棄となった者さえ居たのを、獣人戦士は覚えている。

未だ正気と自我を保っている彼等もそうだが、此処に来るまでに破滅を迎えた冒険者や近衛兵たちも総じて手練れ揃いであったのだ。

しかしこの少女の双眸には、あの眩いばかりの太陽にも似た輝きが宿っている様にに思えて仕方がない。

今の赤黒い空に浮かんでいる黒い太陽ではなく、あの青く澄み切った空に毎日のように当たり前に昇っていた眩いばかりの()()

 

「おぅ、嬢ちゃんの言う通りだ。んじゃま、そぉっと動くとするかね?」

「ま、このままでも碌な目に遭わないしな。慌てず急いで静かに…行きますか?」

「うんうん、そ~しようそ~しよう♪エヘヘ、何かイタズラしてる気分になっちゃった♪」

 

「…嬢ちゃん…絶対イタズラで怒られたクチだろ…?」

『へへ、バレた…♪」(・ω≦) テヘペロ

 

 この少女の瞳が視界に入るだけで、あの懐かしい陽光を浴びた感覚に見舞われてしまう。

そんな錯覚を覚えた獣人戦士と吟遊連弩使いは、見習い勇者の提案を受け入れ動く事にした。

今の状況でも危険には変わりないというのに、見習い勇者は故郷の出来事を思い浮かべ笑みを浮かべている。

獣人戦士のツッコミ通り、はにかんだ彼女も舌を少しだけ出す。

 

看守に感付かれない様3人は手分けし、何気ない動作で冒険者たちへと近付いてゆく。

だが見習い勇者の提案も、徒労に終わる事となってしまった。

 

3人が動いた時を同じくして、唐突な乱入者が出現したのである。

 

「――お、おい、アイツは確かッ…!」

「――ゲッ、例の女じゃねぇかッ…!」

「――嘘、なんでこんな所にッ!?」

「私たちにこれ以上、何の用があるって言うのよ!?」

 

「ちょっと、何なのよアイツが来るなんて…!?」

「わ、私らは務めを果たしてるわよ!?」

「って言うか、魔神将でもない外様風情に怯えてどうすんのよ!?」

 

   ―― 深き夢 ――

 

あまりに唐突とも言える前振りの無い登場に、冒険者たちだけでなく看守役の女魔神でさえ瞬時に凍り付いた。

決して広いとは言えない教会内も一瞬で静まり返り、違う意味で無音な空気と化す。

 

「……」

「「「「「「……!?」」」」」」

 

 深き夢と呼ばれる女魔神の気配に、周囲に居た全員が息を呑み冷や汗を流す事しか出来なかった。

 

「おいおいおい…、あの女、今更こんなとこに来やがって…」

「…やっぱ、姫様を探してんだろうな…きっと…」

「…誰、この青いお姉ちゃん?」

 

 深き夢にとって、余興の為と捕らえた冒険者など取るに足らない存在でしかない。

彼女の実力を身を以て知っている獣人戦士は、金等級でありながら緊張の度合いを強め、吟遊連弩使いも彼女の圧倒的存在感に冷や汗を流していた。

唯一、見習い勇者だけは呆気からんとした調子で、物珍し気に深き夢に視線を送っている。

圧倒的実力を備えた深き夢、そんな彼女が小教会にワザワザ足を運んだ理由など、たった一つ。

 

王妹の奪還である。

 

「貴方たちに問うわ!あの外套の剣士について訊きたい。事もあろうにアイツは、我らを謀り王女を連れ去るという暴挙を犯したわ!これは許されざる背信行為、王女の行方とアイツの素性を知りたい。知り得る限りの情報を提供なさいな!…内容如何によっては…、ほんのチョッピリ便宜を図ってあげても良くてよ?」

 

 瓦礫の散乱する荒れ果てた内部の中央に位置取り、王妹と彼女を連れ去った灰の剣士の情報を要求した深き夢。

 

「「「「「「……」」」」」」

 

だが誰一人言葉を発する者など居らず、尚も静寂な時間だけが流れ行く。

 

「誰も知らない…なんて言わせないわよ?必ず関係者は居るはずなの、ヤツの他に仲間を連れ添っていた事は既に報告済みよ。確か…男と女が一人ずつだった…かしら?」

「「「「「「……」」」」」」

 

 どうやら幾許かの情報は、彼女の耳にも入っていた様だ。

彼女が告げた通り、灰の剣士は他二人を連れ添っていたのは事実である。

それでも誰一人、彼女の要求に応える者など皆無であった。

 

「まだシラを切る気?麗しい、お仲間意識だ事。じゃあ、少し手荒に訊き出すとしましょうか♪…そうねぇ…、先ずは其処の年増さんからね♪」

「…へ…?わ、私…!?――うぎぃィッ…!?」

 

 相変わらず冒険者たちは口を閉じたままだが、それも無理からぬ話だ。

そもそも灰の剣士の詳しい素性など、誰も知り得ていない故、今の反応もある意味で当然ともいえた。

進展しない状況に業を煮やし始めていた深き夢は、適当な冒険者へと狙いを定め強行手段に出る。

端から見ても歳を重ねているであろう女冒険者へと、杖先から針のような魔力を飛ばし彼女の肩部を刺し貫いた。

 

「喋る余裕くらいは残してるのよ。早く白状しないと、同じ個所を何度も抜き差しするわよ?…フフフ、痛いわよぉ~♪」

「――ぎぃいィッ…!あぁぁぁッ…!いぃっ、イダイぃッ、いだぃッ…!?」

 

 年増の女冒険者の肩部を貫いている魔力の針だが、ただ細く鋭いだけではない。

実はノコギリに似た非常に細かい目の刃で、肩部の傷を幾度も抉っていたのである。

また深き夢は魔力針にも細工を加え、痛覚神経を過敏にさせる機能をも付加していた。これにより針だけでなくノコギリ状の痛みが何倍にも増幅し、年増の女冒険者は想像を絶する苦痛に見舞われていたのであった。

彼女は痙攣を繰り返しながら白目を剥き、断末魔の絶叫を上げ続けている。その様子を見る限り、とても喋る余裕など無いように思えるのだが、若しかしたら単に苛立ちを発散したいだけなのかも知れない、深き夢は。

 

「――や、止めろ、止めてくれぇッ…!彼女は本当に何も関係ないんだ。あの剣士の事は俺達もよく分かっていない。俺達が実施した救出作戦にも参加していない側なんだ…!頼む、信じてくれぇッ…!」

 

 拷問にも等しい責め苦に喘ぎ続ける様を見かね、一人の男冒険者が堪らず本音を漏らした。

 

半ば縋るような表情で、年増の女冒険者の解放を懇願する。

 

「…へぇ、最初から素直にそうしていれば、私もこんな手間など踏まずに済んだのよ。それじゃあ、ヤツの関係者ぐらいは分かるでしょう?指差しでいいから示して御覧なさいな」

「――ウッ…そ、それは…」

 

 灰の剣士の素性を知らない冒険者ばかりという事を彼女も認め、杖先の魔力針を解いた。

素性を語れずとも、灰の剣士の関係者ぐらいは知っている筈なのだ。

この男冒険者が変に言葉を並べ情報攪乱を狙う可能性も考慮し、指差しで示すよう要求する。

 

――ソウルが動揺した、間違いなく知っているわね。

 

男の反応と言いソウルの乱れと言い、実に解り易い。しかし男は指を指し示す事に躊躇し、周囲の冒険者の顔色を窺う始末。

 

「「「「「「……」」」」」」

 

 男はガタガタを震え、懇願するように周囲へと助けを求めていたのである。

 

彼等の反応は様々だ。

 

非難を目を向ける者。

同情を向けて来る者。

諦観している者。

 

――ちくしょう、何で俺がこんな目にッ…!

 

自身に降りかかった不幸に、男は歯を食い縛り理不尽な現実に憤りを感じていた。

だがそれでも、男は敢えて見習い勇者や吟遊連弩使いの方へと視線は向けていない。

彼とて理解していたのだ。下手に顔を傾ければ、その動作だけで深き夢に感付かれてしまう。

それが今の彼に出来る精一杯の抵抗だった。

何せ、灰の剣士の関係者である見習い勇者は、まだ年端もいかない幼い少女。

彼女は、まだ成人前。そんな彼女がどういった理由で、このロスリックに辿り着いたのか経緯は分からない。

彼とて自分の身は可愛いし、まだまだ生きていたいのも確かだ。

しかし我が身可愛さに、幼い少女を混沌勢に売り渡していいものだろうか?

この男は元来の臆病で意気地の無い性格だが、頼り無い良心だけは未だ保っていたのである。

 

「あらあら、たかが指差しなのに、そんなに難しいのかしら?じゃあ、少し面白い事実を告げてあげましょうか?」

「「「「「「…?」」」」」」

 

 指差しで関係者を指し示す。たったそれだけの単純な動作でさえ、男は逡巡し時間をかけていた。

男の態度に対し、次第に苛立ちを募らせていた深き夢。今ここで激昂し暴れ回る、或いは洗脳で傀儡化させた方が早いという考えも浮かんでいた。

だがそれは、何時もの常とう手段で面白味もない。

そこで彼女は少々趣向を駆らせ、とある事実を彼等に伝える事にした。語り終えた後の、彼等の反応が楽しみだ。

彼女は嘲りにも似た冷たい笑みを浮かべ、独り言のように語り始める。

 

「この深みの聖堂だけど、私たちロンドール黒教会だけでなく大小色んな組織が根城にしているの。まぁそれ位は知っているわよね。でね、私たちとは違う別の組織なんだけど、私から見てもイかれてるとしか思えない実験に没頭している変態女が居るのよ。私とは違う異界の女魔人なんだけど、ソイツね、気に入った者を生きたまま解体して別々に繋ぎ合わせたり加工したりして、別種の生き物に作り替えてしまう性癖持ちなのよ。分かる?って、言葉だけじゃあ解り辛いわよねぇ?せっかくの機会だし、この映像板で見せて上げるわね♪」

 

 彼女の言う通り、深みの聖堂は広大な施設で実に多くの混沌組織が拠点として利用している。それ自体は既に冒険者側も情報として入っていた。

その組織の一つに、捕らえた人族や生物を生きたまま解体し別種の生物に作り替える狂人が存在していると、深い夢は告げた。

 

俄かには信じ難い話で、内容そのものも非常に眉唾物だ。

しかし彼女は嘘を言ってはおらず証拠となる映像まで有ると、設置されていた映像板に向け作動用の魔力を送り込んだ。

 

「「「「「「……!」」」」」」

 

彼女が放った魔力に映像板が反応し、聖堂大広間とは違う別の場所が映し出される。聖堂内には変わりないようだが、些か狭い部屋にも見える。

その映像に、冒険者たちだけでなく看守役の女魔神まで視線を向けた。

 

「――うわッ…!?」

「何だよ、これ…!?」

「ちょっと嘘でしょ…!?」

「――見てられねぇ…!」

 

 正に狂気そのものの光景が、映像板を通し彼等の視界に投影される。

やや狭い石造りの部屋には、夥しい程の機器が所狭しに陳列されていた。

だが問題は、その機器とこびり付いた血肉だ。

凡そ拷問を彷彿とさせるような器具が多数に上り、人族の部位らしき肉片や血肉が其処彼処に見受けられた。

だがそれは、ほんの序の口。

映像のみで音声までは聞こえないが、多数の男女が一人の少女らしき人物に切り刻まれ解体されていた。

鋭いナイフやハサミのような器具で切り裂いたかと思えば、あり得ない速さで魔法陣を展開させ部位ごとに再構成させてゆく。

しかも非検体は、()()()()()()()のだから、彼等が目を覆い絶句するのも頷ける話だ。

だが麻酔をかけているのかどうか定かではないが、非検体は痛覚を感じていない様だ。切り刻まれ解体されたとて、彼等の反応は苦痛に喘いでいる感じがしない。

だが血肉は飛び散り臓腑は露出している事に変わりなく、その光景は悍ましいの一言。

その後解体された部位は、一人の少女らしき女魔神により別々へと繋ぎ合わされ、遂には全く別種のナニカが誕生していた。

恐らく痛覚を与えていないのは、死を避けるための措置だと思われる。過剰な苦痛が続けば、肉体が()を選択してしまう可能性も生じたからだ。

どうやら非検体も切り取った部位も、生きている間に接合させねば意味がないらしい。

出来上がったナニカは、辛うじて()()ではあるものの()()()()()()()()()外見を有している。

 

「フレッシュゴーレムじゃねぇか…!」

「生きたまま繋げるなんて、何て事を…!」

「いや、コイツは合成獣(キメラ)の生産だ…しかも人型の…!」

「さっきの非検体、闘技に参加していた奴等じゃなかったか?」

「そう言えば、見覚えがあるわ…」

 

 フレッシュゴーレムとは、生物の死肉を繋ぎ合わせて生み出されるものだ。

しかし映像では、解体された部位は生きたまま別々に繋ぎ合わされていた。

映像を凝視していた一人は人型の合成獣と称し、その意見が正確かも知れない。

 

「確か、あの娘の話では、人形作り…またの名を『接ぎ木』と称していたかしら?そうそう、貴方たちの見解通り、非検体の殆どが今回の冒険者や近衛兵たちの皆さんよ」

 

「――ちくしょう、やっぱりかぁッ…!」

「――通りで一人も戻って来ない訳だッ…!」

「――狂ってやがる、マジで狂ってやがるッ…!」

「――ぶぅぉえぇぇッ、おげぇぇッ…!」

 

 多くの冒険者や近衛兵たちが、深みの聖堂に属する混沌勢に囚われた。

無論、余興とばかりに闘技擬きに参加した者たちも、悍ましい『接ぎ木』を呼ばれる凶行の犠牲者と化していたのである。

深き夢の下す現実と映像に、冒険者たちは挙って発狂し中には激しく嘔吐する者まで続出していた。

 

「安心なさいな、全員じゃないわよ♪中には、色事が大好きな連中に引き取られ、今頃お盛んに大ハッスルしているわ♪」

 

 闘技擬きの勝敗に関係なく、強制参加させられた冒険者たちは誰一人として帰ってはいない。

眼前の映像の様に『接ぎ木』の餌食にされた者も居たが、色を好む一派に連れ去られた者たちも存在している。

深き夢の話では、激しい情事に耽っているという事だが、混沌勢のやる事だ、碌な目には遭っていないだろう。

 

「う、うえぇぇ…、げぇぇぇ…」

 

 当然だが、見習い勇者も今の光景を目にしており、盛大に吐しゃ物を撒き散らしていた。

 

「大丈夫か、嬢ちゃん?」

「クソッたれ、人でなし共め…!」

「ゲホ、ゲホ、ガホッ…かはッ…」

 

 幼い少女が目にするには余りに過激な映像だ。

激しく嘔吐する見習い勇者の背を優しく摩る吟遊連弩使い。またこの様な残虐極まりない映像に、獣人戦士は憤怒の形相を浮かべていた。

 

「さぁ、状況は理解して貰えたかしら?例の剣士の関係者を教えなさい!さもなくば…分かってるわね?()()数える内に明かさねば――」

「「「「「「――ッ…!!」」」」」」

 

 脅しとしては充分な材料だった筈だ。

映像板を停止させ、深き夢は再び灰の剣士の関係者を提示するよう求めた。

10秒だけ猶予を与え、それでも拒むようであれば、此処に居る全員を強制的に『接ぎ木』の非検体として送り込む。

そう脅しをかけたのである。いや実際、彼女なら何の躊躇もなく実行するだろう。

この教会内に居る冒険者など、彼女にとっては有象無象の存在でしかないのだから。

 

「数えるわよ、10…9…8――」

「「「「「「……!」」」」」」

 

 冒険者側の都合など汲む気は無い。

深き夢は、ゆっくりとだがカウントダウンを始めた。

もはや思考を張り巡らせる時間も無い。灰の剣士の関係者など、彼等も把握している。

だがその中には、見習い勇者という幼子が含まれているのだ。

 

正直あの様な悍ましい光景を見せ付けられてしまえば、誰でも怖じ気付いてしまうのは当然だ。

接ぎ木の犠牲者になどなりたくはないが、自分が助かる為に年端のいかぬ少女まで犠牲にして良いものだろうか。

彼等は最後まで、見習い勇者たちを指し示す事に躊躇っていた。

 

「なぁお前…。その子を連れて教会から脱出しな」

「…え…!?」

 

 もう一刻の猶予もない。カウントゼロに到達すれば、此処に居る全員が接ぎ木の餌食と化す。

深き夢の実力は計り知れず、全員が束になり抵抗したとしても結果は変わらないだろう。

そう判断していた獣人戦士は、吟遊連弩使いに教会からの脱出を促した。

 

「だけど、どうやって?看守3人の女魔神、そして例の深き夢って女は魔神軍まで召喚した奴だぜ?」

 

 獣人戦士が金等級なのは、彼もよく分かっていた。だが獣人戦士が武器も無しに暴れたところで何が変わるというのか。

それで運命を変えられるというのなら、以前から成し遂げられた筈なのだ。何も此処まで耐える必要もなかったのではないか。

獣人戦士の提案に彼は懐疑的だ。

 

「見ろよ、今の看守ども。アイツの振る舞いに困惑してやがる。此処は意表を突く最大の好機(チャンス)()を逃せばもう二度と脱出も叶わんさ」

「…アンタ達は…って、聞くのは野暮ってもんだよな」

 

 深き夢は、確かに女系の魔神王含め軍の一部を召喚した張本人だ。

しかし彼女と魔神軍幹部との関係だが、お世辞にも良好とは言い難く、此方から見ても一目瞭然だ。

それを証明するかのように、深き夢の振る舞いに看守役も難色を示すばかりで目立った動きが出来ないでいる。

 

   ―― 動くなら今 ――

 

獣人戦士が決死の覚悟で深き夢に肉薄し、取り押さえ動きを封じる。しかし彼と彼女の力量差は歴然で、長くても十数秒が限度だろう。

だが看守の女魔神も深き夢に反感を抱いている分、咄嗟の対応には出られないと判断していい。

僅かな、ほんの僅かなチャンスだが、これを逃せば今度こそ脱出の機会を喪失するだろう。

武器も装備も手元ない彼等が出来る、最後の抵抗。

 

獣人戦士が隙を作り、そこを突き吟遊連弩使いが見習い勇者を引き連れ、清拭の小教会を脱出。

 

其処から先は彼の裁量が試されるが、それは上手く成して貰うしかない。

だが、運よく作戦が上手く行ったとしても残された冒険者たちは、どうなるのだろう?

当然その様な懸念が浮かぶが、吟遊連弩使いは直ぐに意識を振り払った。

彼等に訪れる結末など、もはや考えるまでもなく想像もしたくない。

 

「すまねぇ、何にも礼が出来ずに…」

「ハン、気にすんなよ。俺は結構満足してんだぜ。ちゃんと姫様は救出されたし、王統府も健在。それによ、此処に居る連中、やっぱり冒険者の秩序勢の端くれだ。我が身惜しさに、お前や嬢ちゃんを売っても不思議じゃねぇっていうのに、こうして最後まで抵抗してやがる。それが分かっただけでも、俺はなんか嬉しいのさ。種族は違えどな」

「…アンタ…」

 

「…7…6…5…――」

 

 もう獣人戦士の作戦しか方法は無い。こうしている間にも、カウントダウンは容赦なく進んでゆく。

このまま全員が接ぎ木の犠牲となる位なら、せめて未来のある次世代の少女だけでも生き延びさせたい。

それは獣人戦士のみならず、此処に居る冒険者全員も同じ思想であった。

 

たとえ自分達が犠牲になろうとも、せめて幼い命は生かしてやりたい。

 

「これが最後の最後だ、もう一回ぐらい必死になって抵抗してやるぜ」

「俺は、こう見えて吟遊詩人だ。上手く逃げ延びたら、アンタらの詩も必ず作ってやる、約束する!」

「お?いいねぇ、かっこよく盛大に頼むぜぇ?」

 

「…4…3…2…1――」

 

 一応は消耗状態ながらも、冒険者側は動ける状態には変わりない。たとえ悲惨な運命が待ち受けていようとも、万が一の可能性で数人は生き延びられる状況を生み出せるかもしれない。

このロスリックでその様な希望的観測など嫌というほど打ち砕かれてきたが、それでも獣人戦士は諦める事を良しとしなかった。

深き夢のカウントダウンが無情に進み、遂に時間切れのゼロを言おうとした瞬間――。

 

「――待てッ…俺だ…俺が()()()()()()()だ…!」

 

「――え、ちょ…!?」

「…まだ気骨のある奴が残ってやがったぜ」

 

 意外な事に別の冒険者が、灰の剣士の関係者を名乗り出てしまった。

予想外の展開に唖然とする吟遊連弩使い。そして獣人戦士は、名乗りを上げた男に賞賛を送っていた。

 

「…やっと名乗り出たわね。…だけど報告では、もう一人女が居た筈よ?」

「…俺が隙を突いて逃がした、後はお前らで探しな…!」

 

「…もう少しマシな嘘を付けないものかしら?…全く――」

「――うごぉッ…!?」

 

「…さぁ、答えて?ヤツの関係者は此処に居るんでしょう?」

「…う、うぅぅ…ぐぐぉごぉ…」

 

「我慢は身体に毒よぉ?抵抗すればする程、内側から激痛が奔る様にしたわ。身体の中なんて鍛えようがないものねぇ?」

「グゥぎぎぃぃ…アァァがァ……」

 

 少しでも時間を稼ごうとしたのか、見知らぬ男冒険者が深き夢の前に立ち塞がり、自分こそが灰の剣士の関係者だと虚言を吐く。

だが灰の剣士は3人で辿り着いたとの報せを、彼女は受けていた。

男一人は彼でいいのだろうが、女の方は一体誰なのか?

彼女は更に問い詰めるも、男は『隙を突いて逃がした』と主張するばかり。

 

もしそれが本当なら、此処まで苦し紛れに引き延ばす必要などなかった筈なのだ。

それに男のソウルを探るまでもなく、素振りそのものが焦りと不安に彩られている。

この時点で男が咄嗟に虚言を吐いた事が分かり、深き夢は何時もの常とう手段で情報を訊きだす事にした。

彼女は、魅了や傀儡化に関しては、専門の夢魔と比べ少々見劣りしてしまう。

だが、怖気や恐怖で心を乱した一人の男を支配下に置く程度なら、彼女とて呼吸も同然に成し遂げる事ができた。

とはいえ、ただ洗脳するだけでは面白くない。

仮にも自分を下らない理由で謀り、要らぬ労力を割かせたのだ。この男には幾許かの罰を与える事を思い付き、洗脳ついでに抵抗すればするほど内側から激痛と体組織崩壊の効果を上乗せさせる。

これは夢魔には無い能力で、極一部の者にしか備わっていない。

 

深き夢の術にも、男は必至に耐え抜いた。このまま耐えても事態好転の兆しは見られないというのに、己の意地なのかプライドなのか男は目を見開き歯を食い縛り尚も耐え忍ぶ。

だが彼女の言う通り徐々に内側から体組織が崩壊を始め、激痛と共に口から目から耳から顔中至る箇所から出血が見られる。

 

「おぉおぉォぉ…、うぐぉォおおぉお…!?」

 

 男は倒れ伏す事もなく全身を痙攣させながら、既に言葉にならない呻き声を上げ続けるのみ。

恐らく想像を絶する苦痛に苛まれているに違いない。これでは真面に喋る事もままならないというのに、それを承知で深き夢は男に苦痛を与え続けてゆく。

 

「私を謀った罪よ、見せしめとしてこのまま崩壊なさい…」

「――アぎぇえぇぇッ…!?」

 

「ち、ちくしょう、外道めぇ…!」

「人を苦しめて、そんなに楽しいかよぉ…!」

「なんてひどい真似を、人の形をしただけのケダモノよぉ…!」

 

「…お前達も同罪ね、猛省するのよ…!」

「「「――ぐぎぇぇぁアァァっ…!?」」」

 

 男の命は風前の灯火だ。深き夢の残虐な仕打ちに、周囲の冒険者たちは次々に抗議の声を上げ飛び掛からんとした。

彼等の動きが癪に障ったのか、苦痛に喘ぐ男と同じ術を施す。

当然、彼等も同じように苦しみ床に倒れ伏した。

 

「フフフ…いい鳴き声ね…――死ねッ!!」

 

 止めとばかりに彼女は、詰めの魔力を送りこもうと杖先を振り上げた。

しかし、またもや別の声が彼女に横槍を入れたのである。

 

「――待ってっ…!」

 

 突如の声に、深き夢も動きを止め声の方へと振り向いた。

それと同時に意識も傾いたのか、苦痛を与え続けていた術も停止し、絶叫を上げ続けていた彼等は息も絶え絶えに床へと横たわる。

 

「…さっきから気にはなっていたわ。どうして君みたいなお嬢さんが、この様な所に居るのかしら?」

 

 深き夢に声を投げかけていたのは、見習い勇者の少女である。

やはり深き夢から見ても、彼女は未成年として映っていた。

 

「お兄ちゃんのこと知りたいんでしょ?僕も殆ど知らないけど、その人たちを許してあげて…!」

「…そう。君が、あの剣士の関係者なのね。あと一人は誰?」

 

「…俺だ。魔神のお姉さん」

「そんな所に居たのね。お陰で要らぬ犠牲者が続出したわよ?」

 

 見習い勇者に続き吟遊連弩使いも、灰の剣士の関係者であると名乗り出た。

深き夢はゆっくりとした動作で二人に近付き、傍に居た獣人戦士が何とか前へと立ちはだかる。

だが彼の努力も徒労に過ぎず、深き夢は目にも止まらぬ速度で見習い勇者たちの背後へと回った。

 

「では聞かせて貰いましょうか、あの剣士は一体何者?」

 

 深き夢の速度に誰一人反応できる者は居らず、呆けるばかりの3人へと彼女は無機質に問いかけた。

 

「お…お兄ちゃんは――」

「よ、止せッ…!俺が話す…!」

 

「――駄目よ。大人は嘘つきだから、お嬢さんが全て話しなさい」

「…くッ…!」

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃんの事だからきっと、何とかしてるって…ハァ、ハァ…」

 

 見習い勇者に語らせる位なら、せめて大人である自分が。そう制止しようとした吟遊連弩使いだが、深き夢は即座に彼に閉口を求めた。

吟遊連弩使いは、虚偽と僅かな真実を織り交ぜた欺瞞情報を提供し、可能な限り敵の攪乱を画策していたのである。

だが深き夢には読まれていたらしく、改めて見習い勇者へと問い詰めた。

 

深き夢が彼女に対し、特に何をしたという訳ではない。しかし彼女の放つ異常な迫力に気圧され、少女は極度の緊張感で呼吸が荒い。

だが少女は気丈に振る舞い、自分の知る限りの範囲で灰の剣士の素性を明かした。

自分の慕う彼に一種の負い目も感じていたが、あの灰の剣士の事だ。無策で、()()()()()()とはどうしても思えなかった。

見習い勇者は学にも知識にも乏しいが、漠然と本能で彼の動きを予想していたのである。

 

「お兄ちゃんはね『灰の剣士』って呼ばれるの――」

 

………

 

……

 

 

「成程ね、漸く合点がいったわ。アレが例の――」

 

 見習い勇者とて、灰の剣士の素性など断片にしか知らない。

だが彼女から語られた『灰の剣士』という呼称だけでも、判断材料としては充分だった。

深き夢は納得した様に、大きく何度も頷いた。

 

「つまり、ヤツの逃げた先までは知らされていないのね、貴方たちでさえ?」

「ああ、そうさ。アイツ、ワザと捕まり中枢へ乗り込むとだけ俺達に告げたんだ。ついでに自分のヘタクソな演技に合わせてくれってな。言っとくけどこれは本当の事だぜ」

 

「…信じてあげましょう」

 

 王妹を奪還し逃げ去った犯人が、例の『灰の剣士』である事はよく分かった。

あの剣士の事は、ロンドール側にも情報が入っている。

特にロンドールの長である『闇の王』とは縁深い相手でもあり、避けては通れない障害である事も認知している。

しかし肝心の『何処に逃げ去ったか』までは、分からず仕舞いだった。

 

「あの剣士なら、例のロスリック拠点街に王女を何時までも置いておく筈がない。西方で最も安全地帯…『水の都』に移送するしか手立てはない。…私が逆の立場でもそうするでしょうね。…若しくは、別の異空間にでも移送するか…ね」

「な、…コイツ…いったいどこまで知ってやがるんだ…!?」

 

「ンフフフ♪ロンドール側にも知識人が所属しているのよ。とっても()()()()()()御仁がね♪」

「水の都か…、確かにあそこなら――」

 

「それにしても、してやられたわ。よもや大事な生贄が奪われるなんて…」

「残念だったな、儀式はもう失敗したも同然だ。諦めて元の世界にでも帰りな!」

 

 西方で最も安全である水の都へと、王妹一行を移送した。そう見切りを付けた深き夢に、獣人戦士や吟遊連弩使いは驚愕の表情を浮かべた。

深き夢は計り知れない実力者だが、流石の彼女でも剣の乙女の座す水の都へ安易に手出しは出来ない。

混沌勢にとって貴重な生贄だった王妹は、既に此処には居らず再奪還の目処さえ立っていない。

その事実に少しばかり虚勢を張った獣人戦士。

 

しかし彼女は、嘲笑うかのように余裕の笑みを崩さなかった。

 

「確かに()()()()()()()は、断念せざるを得ないわ。だけどね――」

「――ぅ…!?」

 

 何を思ったのか、深き夢は眼前の見習い勇者の顎へと手を添える。

 

「お、おい何をする!?」

「その子に手を出すな…!」

 

「そうはいかないわ。だって、()()()()()が目の前に現れてるんですもの♪むざむざ逃す手なんて考えられないでしょう?」

「「――な、何ぃッ…?!?」」

 

「うぅ…苦しい…」

 

 見習い勇者の顎へと手を添え、狂言にも似た事実を告げる深き夢。

 

   ―― 見習い勇者を新しい生贄とする ――

 

その事実に二人は目を見開き、周囲も俄かに騒ぎ始めた。

 

「フフ…お子様相手に過剰に痛め付けたりしないわ。少しの間、おやすみなさい❤」

「……zzz」

 

 顎に添えた手から直接魔力を送り込み、見習い勇者は目を閉じ意識を失ってしまう。

女魔神の手に落ちた少女を助けてやりたかったが、余りに実力差の開いた相手に飛び掛かれる者は誰一人として居なかった。

 

「ンフフフ、これは予想外の収穫だわ。まさか王女以上の生贄が手に入るなんて、此処に足を運んだ甲斐があったというものよ♪」

「ちっくしょうめッ!こんな展開になるなんて…!」

 

「貴方、吟遊詩人さんなんでしょう?いい詩の材料になるんじゃないの、アッハハハ♪」

 

 まさか見習い勇者が、()()()()()()()として機能するという事実。

これには周囲の冒険者は疎か、深き夢も予想だにしていなかった。

結局、流れは混沌勢側に傾き、吟遊連弩使いも獣人戦士も心底悔し気な唸り声を上げた。

 

「さて、後は貴方たちの後始末だけど…、…どうでもよくなっちゃったわね。看守の貴女たち、そいつらを煮るなり焼くなり交わるなり自由にしていいわよ。…後はお好きに、皆さん♪」

「「「「「「…な、何だって、アレだけの事をしておいて…!」」」」」」

 

 思いもよらぬ収穫に、すっかり上機嫌となる深き夢。

人質として捕らえておいた冒険者たちだが、もう然したる利用価値も無くなってしまった。

既に彼女の意識は見習い勇者に向いており、有象無象の冒険者など無関心の存在と成り果ててしまったのである。

冒険者たちの処遇など単なる些事を化し、適当な処分を今も呆けている看守の女魔人達に託す。

 

「アンタぁ、いったい何者なの!?」

「まるで自分こそが魔神王だと言わんばかりね!?」

「あんまり勝手な真似ばかりしてると、女系の魔神王様が黙っちゃいないよ!」

 

「それじゃあ、後は任せたわ♪」

 

 冒険者達の推測通り、深き夢と女系の魔神軍との関係は良好とは言い難かった。

彼女の勝手気ままな振る舞いに、看守役の女魔人達も遂に業を煮やし攻撃の構えさえ見せ始めていた。

だが当の本人はというと、まるで何処吹く風と言わんばかりに受け流し、気を失った見習い勇者を抱きかかえ小教会から飛び去ろうとしていた。

無視も同然な彼女の態度に、一人の女魔神が武器を手に飛び掛かろうとした。

 

「――あ…が…!?」

 

 だが深き夢に肉薄する前に、何の前触れもなく身体が縦真っ二つに割れる。

 

「「「「「「――…!?」」」」」」

 

 その光景に、周囲の冒険者だけでなく深き夢も動きを止めた。

 

縦真っ二つへと割れた女魔神だが、それは斬撃である事が判明した。

絶命した女魔神の傍には、黒い影のような人物が姿を見せていたからだ。

 

「…やれやれ、()()()()()()なの?懲りないわねぇ…」

 

「その子を返してもらうか、ロンドールの手の者よ」

 

「あ、アンタ達は確か、反攻勢力の――」

「俺達に何度も協力してくれた――」

「アストラの…アンリ…だったか…?」

「あの黒い隠密みたいな人は、カムイとかいうらしいわよ」

 

 深き夢が飛び去る寸前、突如として乱入したのはアンリ率いる反抗勢力(パルチザン)だった。

女魔神を一刀の元に両断していたのは、黒い手のカムイ。

彼の腕は確かで、中位の魔神程度なら一刀の元に切り伏せる事も可能だ。

 

「もう一度告げる、その子を返してもらおう」

「丁重にお断りするわ。この子のソウルは、正に暁の黄金そのもの。いえ、太陽と言っても差し支えないわ。ハッキリ言って、あの王女よりも遥かに優れた有用なソウルを秘めている。それ程の逸材をワザワザ見逃す馬鹿は居ないでしょう?」

 

「つまり新たな生贄として、あくまで儀式の再開は諦めていないという事か?」

「当然よ。旧黄金樹…旧黄金律の復古には、優れたソウルが不可欠なの。特にこの子は、今迄で最高級の素材として重宝させて頂くわ♪」

 

「同じロンドールでありながら、君たちは『二本指』に傾倒していると?」

「私にとって『二本指』も『三本指』も、どうだっていい事なの。バックに『大いなる意志』が控えていようと、この私がそれ以上の存在に成り替わればいいだけ。…いずれこの私自身が『新たな律』を立ち上げ、()()()()()として君臨するのよ♪。四方世界のみならず、あらゆる宇宙を平定する『至高の女神』としてね♪」

 

「君の野心こそ僕にとってはどうでもいい事だが、その子を好きにさせる訳にはいかないな」

「血気盛んなアストラのお嬢様ね。この私を捕まえられると本気で思っているの?」

 

「…試してみるかい?」

「…そうしましょう♪」

 

 見習い勇者を取り戻すべく、深き夢と正対したアンリ。

対する深き夢も片腕で少女を抱えながら、もう片方の手に杖を展開させ身構える。

しかし時は無情である。

 

「奇襲のつぶて」

「――ガフッ!?」

 

 突如アンリの後頭部に何かが炸裂し、彼女は俯せ気味に転倒した。

 

「――くッ…何だ今のはッ!?」

 

 思いもよらぬ後方からの奇襲に、アンリは咄嗟に後ろへと振り向いた。

伏兵が潜んでいたのか、まさかの味方からの裏切りなのか、不意打ち気味の後頭部への攻撃にアンリの意識は乱れてしまう。

 

「夜の魔術、お味はどうかしら?」

「――しまった…!」

 

 再び声をかけられ深き夢の方へと向き直ったアンリだが、既に手遅れの状態だった。

見習い勇者を抱えたまま空中へと飛び上がっていた深き夢。

全力で跳躍すれば辛うじて彼女に届くだろう高さだが、その程度で捕らえられる深き夢ではない。

 

「狭間の地にはね、私たちの知らない魔術や奇跡が幾つも転がっているのよ。だけど私は、あんな世界に君臨しようとは思わないわ。それじゃあ、ごきげんよう♪アストラと秩序勢の皆様方♪」

 

「――ぐッ、己ぇッ…!」

「――よせ、アンリよ。今は出来る事を成さねばならん…!」

 

 空中でアンリを煽る深き夢は、そのまま小教会から飛び去ってしまった。

アンリも無駄だと知りつつ、後を追うとするがカムイに制止される。

むざむざ見習い勇者を見殺しにする気など無いが、下手な動きで労力を割くよりも出来る事に注力すべきと彼女を諭した。

 

「…そうだね、今は…この邪魔な魔神共を片付けようか…!」

「手を貸せ、冒険者たちよ。今までの鬱憤を、この二人に晴らすといい…!」

 

 今この教会には、看守の女魔神は二人しか残っていない。

加えてアンリ率いる組織と、黒い手カムイまでもが味方に付いてくれているという状況。

 

「「――ひっ…逃げッ…ぎゃぁっ…!?」」

 

 此処に居る秩序勢全員の敵意が、二人の女魔神へと集約された。

その凄まじいまでの憎悪に、魔神の眷属と言えど恐怖と戦慄に見舞われ堪らず教会から脱出しようと試みる。

しかし配下騎士たちのスローイングダガーで、彼女達の翼膜に風穴を開け飛翔を妨害した。

 

「このアマァ…、今までさんざんやってくれやがったなぁ…!」

「こんな奴ら女にさえ見えねぇ、その小憎らしい面ぁボコボコに変形させてやっから覚悟しろいッ!」

「小鬼よりも不細工な顔にして上げるわ!…二度と元に戻らないようにねぇ…!」

「駄目よ、殺すだけじゃ飽き足らないわ…!女の私が提案するのも変だけど、コイツ等は娼館に売り飛ばしましょう?拠点街で徹底的に調教してさぁ…!」

「それいいねぇ。コイツ等は一生冒険者の、はけ口確定だぁ…!」

 

「「――ひ、ひぃ…お、お願い…ゆ、許して…だ、誰か…た…助け…ぎぃやぁぁあああっ…!!!」」

 

   ―― 暫くお待ち下さい ――

 

……

 

見るも無残に変わり果てた二人の女魔神。

ズタボロという表現が似合う程に二人は痛め付けられ、完全に意識を失い手足は厳重に拘束されている。

 

「少しは気は済んだか?お前達の装備の安置場所が判明した。先ずは其処を目指し、取り敢えず『継ぎ接ぎの町』まで一旦退避する」

「俺達の装備、取り戻せるのか!?」

 

「距離も大して離れていない。武器が無いと話にならないからね」

「まさか、こんな形で助かろうとはな。クソ、俺達にもっと力があれば…」

 

「アストラのアンリさん…だったか?…あの子、アンタとも知り合いだったんだな。すまん、守り切れなかった…!」

「まだチャンスはある。今は少しでも再起を図るべきだ」

 

 まだまだ不十分だが、取り敢えずの報復は果たせた。

カムイからの情報で冒険者たちの装備場所が判明、彼等は幾許かの士気を取り戻す。

だが見習い勇者が連れ去られた事で、アンリへと申し訳なさ気に謝罪した吟遊連弩使い。

どの様な形であれ大人である自分は彼女を守り切る事が出来ず、アンリに対し負い目を感じていたのである。

だが過ぎてしまった事を今更蒸し返しても、何一つ事態が好転する事はない。

今やるべき事は少しでも戦力を回復させ、次なる一手に動ける状態を作り出す事にある。

それに儀式の再開まで、僅かだが猶予もある。

楽観視できる状態ではないが、アンリは気負い過ぎないよう彼を気遣った。

 

「では出立するぞ、外では未だ混沌勢が徘徊している。油断するなよ」

 

 こうして小教会内の彼等は、取り敢えずだが命を拾う事ができた。

それでも今まで犠牲者が多く生まれ、総数30足らずの冒険者や近衛兵だけが生き残っている。

カムイは冒険者たちを先導し、清拭の小教会から脱出を果たした。

 

……

 

高度を上げれば、否でも禍々しい陽光が彼女を照り付ける。

 

「私は混沌側だけど、この光は一々苛立たせてくれるわね」

 

 小教会で戯れている内に、外ではすっかり夜が明けていた様だ。

深き夢の頭上では、あの赤黒い空に覆われ地平線傍では黒い太陽が顔を覗かせていた。

 

「さてこの子、素晴らしいソウルを秘めているのは認めるけど……他にも利用価値がありそうね。…まだ多少の時間もあるし…どうしてくれようかしら?」

 

 ふと腕に抱えた年端もいかぬ少女、見習い勇者へと意識を向けた深き夢。

彼女の宿すソウルは、視界に映る黒い太陽などとは真逆なまでに晴れ晴れしい輝きに満ちている。

無論、彼女のソウルは生贄として大いに役立つのは確実だ。

しかしこれ程のソウル秘めた少女、まだまだ探れば新たな可能性さえ見出せるのではないか?

 

「それに他の連中が、ちょっかいをかけないとも限らないわよね。何とか安置できる手段も確立しなくては」

 

 深みの聖堂には、ロンドール以外の組織も複数住み着いている。またこの国の貴族層たちも多数属しているのだ。

所詮は金と邪欲に溺れた薄汚い存在だ、そんな輩がこの少女に目を付けないとも限らない。

深き夢は、小型の私物なら空間に収納できる術を体得している。しかし人間一人を収納できる空間生成の能力は、持ち合わせてなかった。

誰の目にも付かない異空間が必須となり、彼女は宙に浮きながら暫し思案する。

 

()()()に相談してみましょうか。別組織だけど、何か良い方法が得られるかも知れないわね」

 

 彼女は思い出したかのように閃き、即座に聖堂内へと向かう。彼女の脳裏には、あの()()()()()()()の姿が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

処刑人防具一式

 

沈黙の騎士ホレイスの鉄防具一式。

彼はこの、分厚く冷たい鉄の内を好んだ。

元は、ある下種な男を殺し奪ったものであり、その男は堕落した処刑人であったという。

ホレイスはエルドリッチの子供たちの一人であり、唯二人の生き残りでもあった。

 

狂わんばかりの火は、衝動の奔流と共に鉄の内で燻ぶり爛れる。

 

 

リンドの盾

 

名工の手になるという金属盾。

希少なグラン鋼が用いられているとされ、属性カット率に優れている。

戦技は「パリィ」

左右どちらに装備していても有効な戦技。

タイミングを合わせて攻撃を受け流し、追撃で致命の一撃を叩きこむ。

 

グラン鋼の製法は疎か、それを識る者さえ実在するかどうか疑わしい。

 

 

空裂狂火

 

狂える三本指に由来する祈祷。

その瞳から、黄色い狂い火を収束させて放つ。

タメ使用で強化され、ガードを貫く。

かつて、狂い火を制御しようと試みた者は、皆、絶望的な内なる戦いの末、発狂した。

この祈祷は、その僅かな勝利の証である。

 

僅かな勝利の証、それは混沌の無限性をも示唆していた。

 

 

 

 

 

 




ロザリアとかヨルシカとか、四方世界ではどういう扱いを受けるんでしょうかね?
どちらも神々の血を引いていると思われるので、信仰の対象として崇められるんでしょうか。それとも、各宗派の既得権益に巻き込まれてそまうのか。
想像が膨らむと同時に、扱いが難しそうです。

誤字脱字、指摘などなど本当に助かります、有難う御座います。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/

ブ~リブ~リブリリ~、シャ~ブリリリ~♪( ̄∀ ̄)
………
……

すいませんm(_ _;)m
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