ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 単刀直入に言います。

唐突に椎間板ヘルニア(かなりの重度)を発症し、緊急入院していた為、此処まで期間が長くなってしまいました。

手術を無事終え、昨日付けで退院。
現在は自宅で療養しながら、目下リハビリ中です。

実際かなり痛かった。( ̄□ ̄;)

それはさて置き間がかなり空いてしまいましたが投稿します。

表記変更。

槍使いのパートナー、女魔術師を魔女に変更。

混乱させてスイマセン。<(_ _*)>
これからも度々この様な事があると思います。


第18話―冷たい谷のボルド―

 

 

 

 

 ボルドは冷たい谷の外征騎士の一人であり常に儚い踊り子の側にあったという。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 ――「Guoooo!!」

 

耳を劈く雄叫びと同時に、圧倒的な質量を持って襲い掛かって来る獣の様な騎士。

 

『冷たい谷のボルド』。

 

冷気を纏った戦鎚を片手に迫り、視界に入った最初の獲物は、目の前に歩み寄って来た火の無い灰だった。

 

だがボルドにとって、獲物の差異などどうでもいい。

 

砕き、叩き潰し、蹂躙する、只それだけだ。

 

理性が無くとも武器の扱いは、本能が覚えている。

 

戦鎚の突き攻撃を灰に繰り出す。

 

それを軽めのサイドステップで躱し、短く前方へ跳躍。

 

その隙を掻い潜り、戦鎚を持った左腕部分に深みのバトルアクスを叩き込んだ。

 

「Guuu……」

 

 一瞬小さな呻き声を漏らすが、怯んだ様子は無く寧ろ反撃して来た灰に、憎悪の感情を増大させた。

 

……それで良い。

 

灰の役割は、ボルドの攻撃を此方に引き付ける事だ。

 

攻撃を凌ぎ必要最小限の反撃と痛打で、敵の注意を向けさせれば良いのだ。

 

攻撃は他のメンバーがやってくれる。

 

怒りに駆られたボルドは、右手の叩き付け、戦鎚の振り下ろしを灰に浴びせる。

 

だがそれらの動きも、過去の世界で何度も飽きるほどに体験してきた灰にとって、取るに足らない攻撃であった。

 

叩き付けをバックステップで躱し、続く振り下ろし攻撃もローリングで回避した。

 

地面に叩き付けられた戦鎚の衝撃が、凄まじい音と振動を響かせる。

 

その衝撃にたじろぎ、行動を乱した者が一人。

 

「――ひぃっ!」

 

 悲鳴を上げたのは、正規兵の一人だった。

 

僅かな悲鳴と停止した歩みをボルドは目聡く見付け、蹂躙対象をその兵士へ向けた。

 

軽い跳躍を駆使し一瞬で向きを変えるボルド。

 

「――っ!しまった!」

 

 想定外の出来事に一瞬動きが遅れた灰。

 

――間に合ってくれ!

 

全力疾走で兵士の方へ向かい、防御体制を取る。

 

ボルドの隙を突き攻撃するべきか一瞬迷ったが、生半可な攻撃では注意を向けさせる事は難しいだろう。

 

結局、兵士達を庇う選択肢を取った。

 

ボルドは戦鎚を地面に擦りながら、横薙ぎ気味に振り上げた。

 

その結果、灰を含めた3人の兵士が攻撃に巻き込まれる事になる。

 

――カラン、コロン。

 

骰子が振られる。

 

出目の結果は、1。

 

この出目は死亡が確定した人数。

 

一人の神が、ニヤけ貌を歪める。

 

――死ね!火の無い灰。

 

歯茎を剥き出し、灰の死を願う神。

 

蛇の神。

 

もう一度振られる骰子。

 

出目が1だと火の無い灰、それ以外だと3人の兵士の誰か。

 

真実の神が宣言する。

 

(誰が、骰子を振る?)

 

真っ先に蛇の神が手を挙げたが賛同者は精々、混沌側の神々のみだった。

 

そこで黒い鳥の神が提案する。

 

太陽の光の神に振らせてはどうか?と。

 

それは面白いとばかりに、参加者の殆どが同意した。

 

些か不満顔な蛇の神だったが渋々承諾する事にし、事の成り行きを見守る事にする。

 

皆が見守る中、太陽の光の神が骰子を振る。

 

今迄静観を貫いていた彼が骰子を振るのは、非常に珍しい。

 

カラン、カラン。

 

出目は、2。

 

犠牲者は灰ではなく、兵士の誰かであった。

 

その結果に密かに舌打ちする蛇の神。

 

対照的に安堵したのは、何故か灰のキャラクターシートを手にしている地母神。

 

表には出さないが内心冷や汗を掻いていた、太陽の光の神。

 

――少し危なかったな。1が出たらどうしようかと焦ったワイ。

 

深く息を吐き出し再び静観を決め込む、太陽の光の神。

 

皆が盤に視線を戻す、まだ戦闘真っ只中だ。

 

 

 

ボルドの戦鎚に4人が巻き込まれ、一人は盾防御毎腕を圧し潰され壁に叩き付けられながら即死した。

 

ボルドの尋常ならざる圧倒的攻撃力に、革張りの小盾では防御など無意味に等しい。

 

もう一人も小盾の防御だったが、一人目の犠牲者のお陰で威力が若干弱まったのだろう。

 

吹き飛ばされたが、辛うじて生きていた。

 

尤も戦える状態ではなかったが。

 

灰と庇われた兵士は灰の盾防御によって、灰が吹き飛ばされるだけにとどまった。

 

吹き飛ばされた灰は、着地に成功しダメージは最小限にすんだが陣形が完全に乱れてしまい、乱戦に近い状況になりつつあった。

 

ボルドの後方で、怒声が響く。

 

「今の内に一斉攻撃を掛けるぞ!」

 

 重戦士が炎で付与された大剣を全力で、叩き付けた。

 

敵の的は大きく、外し様が無い。

 

ボルドの後ろ大腿部に命中。

 

「なんつぅ硬い鎧だ!エンチャントしてこれかよ……!」

 

 間違い無く傷を負わせたが甲冑越しだった為、致命傷とはならなかった。

 

だが攻撃するのは彼一人ではない。

 

次々と重戦士の攻撃に続き、槍使いが、女騎士が、同期戦士や斧戦士が、正規騎士も攻撃に加わり攻め立てる。

 

槍使いの突きがボルドの横腹を突き。

 

同期戦士の剣が同じく横腹を切る。

 

斧戦士の斧が腰部を叩き付け、正規騎士の直剣が逆方向から脇腹を切り付けた。

 

そして女騎士が突撃して、ボルドを切り付ける。

 

「うおぉぉぁぁ……!」

 

 ボルドを何度も何度も剣で叩き込む。

 

「お、おい!張り付くんじゃねぇ、却って反撃を食らうだけだぞ!」

 

 彼女の半狂乱な攻撃に、重戦士は諌めるが彼女の耳には届いていない。

 

「お前などこの私がぁ……!!」

 

 既に恐怖に支配されている彼女に声は届かず、捨て身の攻撃を繰り返すのみだ。

 

だがその程度の攻撃で倒れてくれるなら、最初の灰の一撃で戦局がこちら側に傾いていた筈だ。

 

ボルドはゆっくりと女騎士の方を向き、戦鎚で薙ぎ払おうとする。

 

――ちっ!またか!

 

灰に背を向け戦鎚を振り被るボルドに対し、全力で斧の強打を叩き込んだ。

 

「――貴様の相手は、この私だ!!」

 

 振り被った無防備な体制も手伝い、灰の強打を叩き込まれたボルドは不自然な体制で戦鎚を振るった。

 

「避けろぉ!二人ともぉ!」

 

 灰の言葉も虚しく、戦鎚の直撃を受けた重戦士と女騎士。

 

紙一重のタイミングで防御が間に合ったのは不幸中の幸いか。

 

しかし戦鎚の威力を相殺し切れず吹き飛ばされ、重戦士は壁に激突。

 

女騎士は、盾で防御していたが、戦鎚をまともに受けた為、金属製の盾は拉(ひしゃ)げ歪んでしまった。

 

最早盾は使い物にならないだろう。

 

怪我人を気遣っている余裕は無い、今は攻撃を少しでも多く加え早急に倒さねば被害が拡大していくばかりだ。

 

灰の胸中に焦りが芽生え始める。

 

灰は斧で攻撃を続け、魔女がファイアーボルトで、野伏が弓で援護する。

 

徐々にダメージは蓄積され、ボルドは再び灰に向き直る。

 

 

 

そして戦鎚を両手に持ち替え、大きく横薙ぎに振り被った。

 

 

 

――なんだ?!今まで無い攻撃動作だ!

 

そう思った矢先、ボルドは体を一回転させ戦鎚を大きく横薙ぎに払った。

 

予想外の全包囲攻撃に、灰以外のメンバーは防御もままならず吹き飛ばされてしまう。

 

魔女と野伏は、戦鎚の射程外に居たがその風圧で吹き飛び、壁に叩き付けられてしまう。

 

他のメンバーも戦鎚の薙ぎ払いに抗い切れず、撥(は)ね飛ばされてしまった。

 

運悪く戦鎚の真芯部分の直撃をまともに食らい、そのまま物言わぬ肉塊と化した兵士がまた一人。

 

灰は咄嗟に地面に匍匐(ほふく)の姿勢を取り難を逃れていたが、戦況は不利に傾く一方だった。

 

 

 

灰は痛感していた。

 

仲間の命を背負いながら戦う事の過酷さを。

 

今の今迄、自分一人で数々の強敵を打ち破ってきた。

 

白霊と共闘する事はあっても、彼等は霊体。

 

倒れたところで完全に死ぬ訳ではなく、元の世界に戻るだけだ。

 

だがこの戦いは違う。

 

自分も含めて戦っているのは、真っ当な命を持ちこの世に生を受けた、生きとし生ける者達。

 

一度でも命を落とせば次は無いのだ。

 

現に数名の尊い命が、呆気なく喪われていった。

 

少々不謹慎だが今のところ犠牲者は、大して交流の無い兵士達に絞られているが、そう遠くない未来自分の仲間達に被害が及ぶのは明白だった。

 

否が応にも気持ちが先走り、深みのバトルアクスを無造作にボルドの背部へ叩き込んだ。

 

「Guoo!」

 

 短い唸り声と共にボルドの注意が灰に向く。

 

――しめた!

 

自分ならば、ボルドの対処法はある程度予測が着く。

 

可能な限り注意を此方に向けさせ、仲間には今の内に態勢を立て直して貰おう。

 

願わくば二度と自分以外の誰かに、注意を向けさせたくは無いものだが。

 

灰に向かってボルドの右手が素手の叩き付けを行う。

 

灰はバックステップでこれを躱わし、次に備える。

 

ボルドは間髪入れず、戦鎚で灰を突く。

 

灰は、銀鷲のカイトシールドで突きを防御し防ぎ切った。

 

だが灰の体が極端に凍え、凍り付いていく。

 

ボルドの冷気を纏った戦鎚が灰の体を蝕み、イルシールの洗礼が灰に纏わり付いたのだ。

 

灰の体は冷気による凍傷で、生命力とスタミナが奪われ動きが鈍くなる。

 

しかしここで防御を解く事は出来ない。

 

更にボルドの攻勢は続き、戦鎚による左右の横薙ぎ攻撃を仕掛けた。

 

灰は防御を解く事無く、これ等を防いだが体制が崩れ大きな隙を生んでしまう。

 

 

 

――分かってはいたんだがな、実際こうなっては覚悟を決めるしかないな……。

 

 

 

仰け反った灰目掛けて、ボルドが戦鎚を大きく振り上げ灰を打ち上げた。

 

戦鎚の直撃を受け、灰の体は天井に打ち付けられ一気にめり込んだ。

 

「――グボぁッ……!」

 

 天井に叩き付けられた衝撃は、灰の体を容赦無く攻め立て、口から大量に吐血した。

 

天井にめり込んだ後、ゆっくりと自由落下を始める無防備な灰。

 

意識が飛びそうになる。

 

その無防備な灰を見流してくれる程、生易しい敵では無い事は、直撃を食らった灰自身が最もよく理解している。

 

 

 

――必ず追撃が来る、持ってくれよ、俺の体ぁ……!

 

 

 

空中で意識と力を振り絞り、辛うじて盾を構え追撃に備える灰。

 

ボルドが半身を捻り、戦鎚を大きく振り被る。

 

――そして全力のフルスィング。

 

狙い過たず戦鎚は灰を、正確には銀鷲のカイトシールドを捉え、吹き飛ばされた灰は側面の壁に高速で叩き込まれた。

 

「――?!!っが…は…ぁぁっ……」

 

 ガクガクと痙攣を起こし、余りの衝撃と痛みに思考が追い付かなくなり、視界の色が失せ始めた。

 

防御には成功していたものの、敵の全力攻撃にそうそう耐え切れるものではない。

 

――……イそがナ、けれ、バっ……。

 

この状態でも灰は何をすべきか理解していた。

 

幾度と無く、火継ぎをを繰り返し染み付いた本能で。

 

――最…後、の…一口……。

 

腰のポーチから震える手でエスト瓶を掴み、無造作に液体を口へ運ぶ。

 

ボルドの激しい攻撃でエスト瓶が割れていなかったのは、偏に幸運と言えよう。

 

「…!?っはぁ!はぁっ!ぶはぁぉっ!」

 

 ――回復が……間に合った!

 

殆どギリギリだったが、意識を手放す前に回復が間に合い態勢を立て直す。

 

「…お…おい…、大丈夫なのか……!」

 

 同期戦士が野伏の少女を庇いながら、声を掛けて来た。

 

どうやら自分よりも軽傷で済んだらしい。

 

「何とかな……、だがエスト瓶は空だ。もう後が無いぞ……!」

 

 回復手段が尽き、正念場を迎えようとしている。

 

ふと周りを見るとボルドに吹き飛ばされたメンバーは、敵から大きく離れ壁際に散り散りに散開していた。

 

寧ろこの状況は灰にとってプラスに作用した。

 

皆が敵から離れ尚且つ下手に動き回れず、ボルドの巻き添えを食らわずに済む。

 

加えて攻撃に専念出来る。

 

「今しかない!」

 

 灰は最後の集中力で呪術の火を手に灯す。

 

『内なる大力!!』

 

 灯した火を自らの体に吹き込み、その炎の力を持って攻撃力とスタミナ回復力を増大させる、呪術の火の中でも禁呪に相当する。

 

代償に体の内部から徐々に炎が体を焼き尽くし、生命力を削っていく諸刃の剣。

 

――一気に決着を着ける!

 

灰は、ポーチから道中回収した緑化草を口に放り込み、スタミナ回復量を上乗せさせ、短期決戦に臨んだ。

 

「――ふ!!」

 

 全力疾走でボルドとの距離を詰め、一足一刀の間合いでカーサスの高速体術で瞬時に肉薄する。

 

だがボルドもこの動きに辛うじて反応し、戦槌で返そうと振り被った。

 

灰とボルドがほぼ同時に武器を振り被った瞬間――。

 

 

 

「――土精(ノーム)、水精(ウンディーネ)、素敵な褥をこさえてあげて!」

 

 

 

「――アラーネア(蜘蛛)……ファキオ(生成)……リガートゥル(束縛)……!」

 

 

 

 突如として二人の女性冒険者から援護が入る。

 

一人は野伏の少女、もう一人は魔女だ。

 

「泥罠(スネア)!」

「粘糸(スパイダーウェブ)!」

 

野伏の水と土の精霊魔法を駆使した、ぬかるみのある泥の地面に足を捕られ、ボルドの体制が不安定になる。

 

更に魔女が放った、粘着性の高い幾重にも絡まった糸が、ボルドの振り被った腕を集中的に絡み付き、攻撃のタイミングを狂わせた。

 

「ありがたい、感謝するっ!」

 

 予想外の援護で灰は腕に力を込め、ボルドの頭部に全力で斧を叩き込んだ。

 

内なる大力、闇の魔力で付与された斧、全力の大上段からの叩き付け。

 

深みのバトルアクスの分厚い刃は、ボルドの頭部を兜越しにめり込んだ。

 

 

 

先ほどの激しい戦闘が、嘘の様に静まり返る。

 

時間にして数秒、静寂がこの空間を支配した。

 

「……この感じ……やったか?!」

 

 息を飲んで見守っていた正規騎士が、誰に向けるとも無く呟く。

 

「――……駄目だ!浅い……!」

 

 呻く様に喉の奥から声を絞らせ、静かに斧を引き抜き間合いを取る火の無い灰。

 

「GuGyaaaaooooooo――!!」

 

 振動と衝撃が空間を刺激し、鼓膜を破かんとする雄叫びが響き渡る。

 

声の主は勿論、ボルドだ。

 

今までと桁違いの雄叫びに灰以外のメンバーは耳を塞ぎ、その場にうずくまった。

 

「――ええぃ!くそったれめ!まだ、くたばらねぇのかよっ!!」

 

 あれだけ攻撃を叩き込んで尚も戦闘続行の意思を緩めない敵に、槍使いは苛立ちを隠せなくなった。

 

ボルドは雄叫びを上げながら、手にした戦鎚だけでなく体全体に冷気を覆い始め、その凍て付かんばかりの空間を更に支配していく。

 

そして後方に大きく跳躍し、突進の構えを取る。

 

「ぅうっ……、いい加減にしてよぉ、いつになったら倒れるのよコイツぅ……」

 

 既に野伏の少女もボルドの余りの耐久性と増してゆく凶暴性に、心が折れかかっていた。

 

このまま行けば恐怖と諦観が彼等の人間性に伝染し、心が壊死してしまうだろう。

 

 

 

――残念だが此処からが本番だ!

 

 

 

だが灰は知っている。

 

このボルドが漸く本気で戦闘体制に移った事を。

 

「全員!可能な限り退避して、自分の身を守る事だけを考えるんだ!連続で突進が来るぞ!」

 

 灰は周囲の仲間に指示を飛ばし、ボルドの攻撃に備えた。

 

だがボルドの連続突進に、仲間が巻き込まれないと言う保証は正直どこにも無かった。

 

ボルドが両手を地に付き突進体制に入る。

 

刹那、巨躯と冷気を纏った大質量の弾丸が、火の無い灰目掛けて真っ直ぐに突撃して来た。

 

「まず初撃!」

 

 なるべく小さな動きで突進を回避し、その矛先が自分に向く様に仕向け次の突進に備える。

 

ボルドの突進は灰を捉える事無く、入り口の門に巨躯をぶつけ、激しい振動が部屋全体に響き渡る。

 

大質量の高速突進に門は一撃で歪み圧し曲がってしまった。

 

まともに喰らえば、言わずもがなである。

 

「――さぁ、次!」

 

 2撃目の突進に備え、回避の構えを取る灰。

 

だがボルドは灰に向く事無く、再度入り口の門に向かって猛突進した。

 

「――?!!……どういう事だ?!」

 

 あまりの不可解な行動をとり始めるボルドに、思考が追い着かない灰。

 

ボルドは灰や他の人間に目も暮れず、一心不乱に門に突進と戦鎚を何度も叩き付けるのみだった。

 

こんな事は初めてだ。

 

何度も何度も、火継ぎの旅を繰り返しやり直しこのロスリックを踏破して来たが、この様な変化は唯の一度も起こった事が無かったのだ。

 

眼前の突拍子の無いボルドの行動に、半ば呆気にとられている灰。

 

そうこうしている内にボルドは門を力尽くで文字通り打ち壊し、戦いの場から脱出してしまった。

 

 

 

「……嘘だろ?」

 

 

 

 

 

――ボルドは逃げ出してしまった――

 

 

 

 

 

 

……

 

………

 

「つまりボルドは、ロスリック外へ逃げ出したと?」

 

「ええ、間違いありません。あの巨体とは思えぬ跳躍力でクレーターの崖をよじ登って行きましたからね」

 

 ボルドが門を破壊し、逃げ出した事で外で待機していた他のメンバーと合流を果たし、半森人の軽戦士が逃げ出すボルドを目撃、その様子を灰に伝えた。

 

「これで良し。応急処置これにて終了」

 

「此方も終わりました」

 

 一方で禿頭の僧侶と圃人の巫術士がボルド戦で負傷した仲間達の手当てを済ませていた。

 

「これからどうするよ?まだ探索を続けるのか?」

 

 重戦士は灰に問う。

 

さすがに大半のメンバーが満身創痍の状態に陥っている、これ以上の探索は厳しいだろう。

 

「最後にどうしても確認したい事がある、皆は此処で待っていてくれ」

 

 そう伝え、破壊された門と逆方向の頑丈な大扉に単身歩み寄る灰。

 

大扉からは、紅みを帯びた陽光が僅かに漏れ出していた。

 

ゆっくりと扉に手を掛け力を徐々に込め押していく。

 

しかし、消耗した灰の腕力は予想外に衰え、扉は僅かばかりに動くのみだった。

 

「くっ、ここまで尾を引くとはな……」

 

――我ながら情けない。

 

心の中で自嘲しながらも扉を押し続けるが、中々進展する様子が無い。

 

「素直じゃなぇな、アンタ」

 

「手伝って欲しいならそう言えよな」

 

「何でも自分で背負い込むのは良くねぇぜ」

 

 槍使い、同期戦士、重戦士の3名が共に大扉に手を掛け押し込み、ギギギと音を立て大扉は開かれた。

 

「――?!」

 

 薄暗い部屋に大量の陽光が雪崩れ込み、冒険者達を包み込む。

 

紅みを含んだ太陽は既に傾きつつあり、時刻は夕暮れを迎え様としていた。

 

扉を開けた冒険者達の眼前に広がる光景。

 

岩石で出来た岩山の下方に広がる、石造りの建物や巨大な巻き上げ式の城門。

 

城門の奥には、様々な朽ち欠け古びた建物が立ち並んでいる。

 

傾き勢いを弱めた太陽の光と朽ち果て荒廃した建造物群が、独特の調和を醸し出し、どこか寂しく物悲しく、それでいて静かで美しさを孕んでいる。

 

「うわぁ……」

 

「綺麗……」

 

 魔女や圃人の巫術士等の女性陣は、眼前に広がる絶景に只只見入っていた。

 

「何と、美しい……」

 

 正規騎士を始めとした正規兵達も夕暮れの陽光に照らされた絶景に目を奪われ感嘆の声を上げる。

 

もしかしたらこの絶景が此度の冒険の何よりの報酬だったのかもしれない。

 

唯一人、火の無い灰はこの絶景がどうしても好きになれなかった。

 

嫌でも思い出してしまうのだ。

 

世界が終焉に近付き、生命の営みが絶えようとしていた火継ぎの時代を――。

 

「沈み行く太陽は嫌いだ……」

 

 誰に聞かせるでもなく一人静かに呟く。

 

だが感傷に浸る暇もそこそこに、灰は本来断崖絶壁だったその場所に道が続いている事を確認した。

 

その場所は本来なら祭儀長エンマより託された、ロスリックの小環旗を掲げる事によってデーモンを呼び出し、奥へ続く不死街へ運んでくれる。

 

結局エンマには会えず、ロスリックの小環旗の入手出来なかった為、以前と変わらず道が無ければそれはそれで諦めが付いていたのだが。

 

――もしデーモンの運び手を目にしたら彼等は、どんな反応を示したのだろうな。

 

そんな事を思い浮かべながら、不死街へと続く細い道を見つめ周囲のメンバーに声を掛けた。

 

「充分だ、此処までにしよう」

 

 誰一人灰の提案に反対する者は無く、皆安堵の声を上げるのだった。

 

「おいおい、ギルドに報告するまでが冒険だぜ。気を抜くのはまだ先だ!」

 

 重戦士が気の抜けたメンバーに渇を入れる。

 

「我々も引き上げましょう。隊長」

 

 生き残った正規兵達の言葉に、正規騎士も反対せず、拠点に戻る事を決めるのだった。

 

 

 

 

 

その後は特に大きな危険も無く、亡者の襲撃を凌ぎながら侵入路付近の昇降機前にまで辿り着いた一行。

 

この昇降機を使えば高壁の侵入路入り口付近まで一気に上り下りする事が出来、今後の探索に有用に作用するだろう。

 

槍使いと同期戦士が先頭を勤め、灰が最後尾に着き殿を勤めた。

 

昇降機を上がり切った先、僅かな亡者が襲い掛かって来たが亡者の特徴を嫌と言うほど体感した二人にとって敵ではなく、あっさりと倒してしまった。

 

「やっと着いた……」

 

 少年斥侯が言い放ったその場所は、最初に亡者の群れと戦った場所であり、嘗て最初の篝火が存在していた場所でもあった。

 

此処に来て漸く入り口付近にまで戻って来たのだった。

 

「冒険者諸君、我々の中継拠点にまで案内しよう。もう直ぐ日も暮れる、そこで休養を取りゆっくりとギルドに戻ると良い」

 

 君達に助けて貰ったせめてもの礼だと、正規騎士の言葉に皆は甘える事にした。

 

侵入して来た道を辿り、ロスリックの領域外へと辿り着いた一行。

 

正規兵側に犠牲者は出たものの、冒険者側の死者は誰一人出す事無く全員生還出来た。

 

その事実だけでも驚愕すべき事態なのだが、余りに強烈な体験を身を持って味わった為誰一人その事実に気付く者は居なかった。

 

既に日は地平線に沈み行き、間も無く夜の帳が訪れ様としていた。

 

正規騎士達の案内で彼等の簡易拠点となっているベースキャンプに到着した。

 

大型の丈夫な天幕が設置され拠点には十数名に兵士達が、何やら作業に従事している。

 

「隊長、御無事でしたか!」

 

 兵士の一人が正規騎士を見付け、傷つき消耗し切った一行を出迎えた。

 

正規騎士の計らいで一行は休ませて貰える事になり、暖かい食事が振舞われた。

 

 

 

「――ええっ!?そんな事が」

 

 兵士の一人が驚きの声を上げる。

 

「そうさ!そこで俺が槍の一突きで――」

 

 酒が入り上機嫌になった槍使いの脚色が加えられた武勇伝に、食い入る様に聞き入る兵士達。

 

最小限の見張りを残し、天幕内は一種の宴と化していた。

 

聞けば彼等正規部隊は、ロスリック調査の為に派遣され、調査内容によってはこのベースキャンプを冒険者達用の拠点構築の必要性の有無を探る為でもあったのだ。

 

実際王都の正規軍の大半は、混沌の軍勢との戦の真っ只中。

 

恐らくロスリックの調査は冒険者に頼らざるを得ないだろうとの上層部側の判断だった。

 

拠点内に残っていた兵士には、建築関係者も数名所属しており、既に建築の為の下準備も始めていた。

 

部隊長である正規騎士は、明日にでも早馬を使い報告の為、王都に向かうらしい。

 

今後は更に大勢の冒険者達が、此処を拠点にロスリックに挑んでいくのだろう。

 

そこに危険が待ち受けようとも。

 

 

 

天幕の外で一人夜風に当たり、少々火照った体を冷やし涼んでいた火の無い灰。

 

――ダークレイスは見付からず、結果的にボルドの逃走も許してしまうとはな……。

 

今回の冒険はロスリックの調査が目的であって、怪物の討伐が目的ではない。

 

ギルドで交わした、あの男神官との約束も一応は果たした事になる。

 

相対的に観れば今回の依頼は成功と言える。

 

だが灰本人にとっては、倒すべき標的を見付けられず、眼前の敵を討ち漏らしてしまうという失態を招いてしまった。

 

我ながら何と抜けている事か。

 

気付くべきだったのだ、ドラゴンやロスリック騎士、亡者達の行動の変化に。

 

何度もロスリックを繰り返した結果、自然と本能的に叩き込まれた先入観が今回の失態を招いたのだと自らを叱責していた。

 

灰個人にとっては失敗したと言えよう。

 

「こんなとこに居たのか」

 

 ふと後ろから声が掛けられる。

 

振り向けば重戦士が歩み寄って来た。

 

「涼みたくてな」

 

 再び夜空を見上げる灰。

 

 

……

 

「アンタのお陰で助かった」

 

 唐突に本音のみを発する重戦士。

 

「皆も充分役割を果たした」

 

 即座に反論し自分だけの功績ではない事を訴えるが、灰の働きは多大である事を彼は譲らなかった。

 

ロスリックの探索を終え、このベースキャンプである程度の回復が成った事で、重戦士の思考に冷静さが戻ってきた。

 

その思考で判断した結果目の前の剣士、火の無い灰が居なければ序盤戦で死人が出ていても何ら不思議ではなかったのだ。

 

「もしかしたら今後も誘う事があるかも知れねぇ、その時は宜しく頼むぜ」

 

「こちらこそ」

 

 二人して談笑し、重戦士は灰が見慣れない物を所持している事に気が付いた。

 

「その錫杖、聖職者の物だよな」

 

 重戦士の質問に灰は応えた。

 

帰りの道中に拾い上げた錫杖。

 

その先端部は、地母神の紋章を模った金属で構成されている。

 

間違い無くあの男神官の持ち物だろう事は、想像に難くなかった。

 

当然これを地母神の神殿に返却するつもりであった。

 

「それにしても……」

 

 重戦士は錫杖を持つ灰を一瞥し。

 

「アンタの格好でそれは似合わねぇなぁ」

 

 歯を二カッと剥き出し笑う重戦士。

 

「自分でもそう思うよ、早く返さないとな」

 

 灰も手にした錫杖を見てつられた様に笑う。

 

「「ハハハハハハ……」」

 

 二人の笑い声が二つの月を抱えた夜空に響き渡る。

 

 

 

灰の手にした錫杖。

 

 

 

この時点で誰が想像出来ようか。

 

 

 

5年後、ゴブリンスレイヤーの仲間の一人である。

 

 

 

 

 

 

 

――女神官の手に渡るという事実を――。

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。

入院中全く手付かずだった為、どう書いていいか分からず戸惑いました。

これから執筆を再開していきます。

デハマタ。( ゚∀゚)/

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