ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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ドーモです。
此方も更新いたします、ドゾ。( ゚ ω ゚ )



第163話―ロスリック・深みの聖堂、空く心―

 

 

 

 

 

 

ミミの槍

 

数々の手間暇をかけ錬成された、魔力を帯びる槍。

やや重いながらも技量で使いこなす彼女の技術と相まり、数々の難敵を屠ってきた。

持ち主の資質と特性に合わせてあるため、本人以外では真価を発揮させる事は困難である。

 

貴族の名誉が為、常に孤高であれ。

しかし燻ぶる孤独感は、彼女を苛み続けた。

この槍は、友との繋がりと同時に絆でもある。

 

別名『マイナデスの槍』

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

   ―― ロスリック拠点街 ――

 

此処は、灰の剣士が拠点として利用している一軒の民家。

木造建ての民家でありながら、必要最小限の調度品が設けられていた。

大勢で住むには少々狭く、個人で生活するにはやや広い。

屋内の一画には錬金術用の大釜が設けられており、以前の街に因み彼は工房(アトリエ)と呼んでいる。

 

「アンタにも分からないのね、トトリの居場所」

「…済まねぇ、アイツの分まで手が回らなかった…」

 

 長剣士の青年『ジーノ=クナープ』は、寝台に腰掛けながらも項垂れたままだ。

彼と長年行動を共にしてきた女性冒険者『ミミ=ウリエ=フォン=シュバルツラング』の質疑にも、歯切れの悪い言葉で応じるしか出来ないでいる。

普段の彼は自身に満ち、それに裏打ちされた確かな実力を備え、母国アーランドでも指折りの冒険者として名を馳せていた。

そんな彼が何時になく委縮し、ミミの顔さえ真面に向き合おうとはしていない。

 

未だ血に飢えた状態ではないかと少々危惧していたが、それは希有だった。

目を覚ましていたミミと共に、ジーノは完全に自我を取り戻している。

 

「…別に責めないわよ。私だって、ライアスに何も出来なかったんだし…」

「ミミさん…」

 

「ライアスが…!?そうかアイツ、お前のとこに居たのか」

 

 トトリとジーノは幼馴染の関係で、以前は当たり前のように行動を共にしていたものだ。

それはミミも同じで、トトリやジーノとの出会いを経て3人は深い絆で繋がる関係に至った。

そして気が付けば3人で冒険を共にし、数々の困難を乗り越えてきたのである。

 

しかし、ロンドールによる王宮襲撃に始まりロスリックへと連行――。その後、冒険者たちの襲撃に乗じ脱出を図ったまでは良かったが、彼等はバラバラに逸れてしまった。

男女の関係とまでいかずとも、トトリは幼馴染であると同時に大事な仲間だ。

脱出を試みた途中まで行動を共にしていたのは、間違いなかった。

しかし多勢に無勢の追手に苦戦に次ぐ苦戦を強いられ、おまけに見知らぬ冒険者たちまで連れ添っていたという悪条件。

当時のジーノもトトリも全力で奮戦したが、それでも犠牲者が立て続けに続出。一人また一人と命を失い、時には亡者となり此方に襲い掛かる事もあった。

 

そしてジーノが気が付いた時には、トトリが引き連れていた集団は、ほぼ壊滅状態と化していた。

孤立したトトリを何とか引き寄せようと試みたが、こういう時に限り、上位魔神級を複数相手取っていたという不運が重なってしまう。

そんな強敵に行く手を阻まれ、必死に僅かな活路を切り開いた時、もうトトリの姿は何処にもなかった。

 

自分の力不足だと後悔を訴えるジーノだが、意外にもミミは彼を責める事をしなかった。

寧ろ彼女も『ライアス=フォールケン』という、メルルの幼馴染である青年を見捨ててしまっている様なものなのだ。

彼女も、宰相含めた王統要人や幾多もの冒険者たちを引き連れ、ロスリックからの脱出を図っていた。

ミミは本当によく戦った。うら若き女の身でありながら槍を手に傷付きながらも、大勢を守り抜く。

そしてそれは、ライアスと呼ばれる青年も同じである。

彼はミミ以上に身を挺し異形の襲撃を一手に引き受け、次々と襲撃を凌ぎ活路を切り開き続けた。

だが土地勘も現地の知識もない彼等は徐々に追い詰められ、ライアスは遂に敵の手に落ちてしまう。

 

「殺されたんじゃないんだな?」

「私にも分からない、悪魔どもに連れ去られるのを見ているしかなかった…」

 

 過去の体験を語るジーノとミミだが、たださえ沈んだ空気感を更に沈ませる。

幾ら撃退を続けようと終わりなき連戦に加え、不眠不休に無補給という何とも絶望的な展開に限界を迎えていたミミたち。

率先し最前列で奮闘していたライアスだが、とうとう敵の猛追に晒されてしまう。

複数の女魔神に四肢を掴まれ無抵抗となるまで痛め付けられた彼は、そのまま何処かへと連れ去られてしまった。

万全のミミなら、直ぐにでも彼を助ける事ができた状況だった。しかし彼女も消耗を重ね、反応も身体能力も減衰の極みに追い詰められていたのである。

結局、彼を助ける事は叶わず唯々傍観する事しか出来なかった。

ジーノの言う通り、現場で直接殺された訳ではない。それに彼を連れ去った女魔神共は『何処かで愉しみ嬲り尽してから――』などと言っていた事を微かに覚えていた。

つまり、ライアスは()()()()している可能性も捨て切れない。

とはいえ、空を飛ばれ攫われたのでは、居場所の特定は疎か追跡のしようもないのだ。

 

「本当に御免なさい、メルル…!私には誰も攻める資格はないし、攻められて当然のことをした…!どう償ったらいいか――」

「――お願い止めてッ…!ミミさんもジーノさんも今こうして生きている…!…だから必要以上に自分を責めないで、私たちは冒険者なの、何時かこうなる事だって覚悟していた…!だから…だからぁ、私たちはッ――」

 

「「……」」

 

 まだ死亡したとは断定できないライアス=フォールケンという青年。そしてトトゥーリア=ヘルモルトいう女性錬金術師。

この二人の生存を信じたいが、その可能性は限りなく低いと言わざるを得ない。

ミミやジーノの責任ではない筈なのだが、とにかくメルルには謝罪してもし切れなかったミミ。

目尻に涙滴を浮かべながらも、心の限り頭を下げ謝り続ける。

そんなミミに対しメルルもどうしていいか分からず、何が言いたいのかも纏まらないまま心が掻き乱される感覚に陥っている。

 

ジーノ、ミミ、メルル、3人とも相当精神的に追い込まれていた。

 

そんな彼等を見かねたのだろうか、遠間で静観していた灰の剣士が言葉を挟む。

 

「ヘルモルト指導員と逸れたのは、不死街と判断していいのだな、長剣士ジーノ=クナープ?」

「え?あ、あぁ…。周りはボロボロの民家ばっかりだったし、変な教会の昇降機を登って直ぐの場所だ。まだ覚えてるぜ…!」

 

 一通り話を聞いていた灰の剣士だが、トトリを最後に見た現場についてジーノに確認を取る。

またジーノも可能な限り、最後にトトリを見た現場の地形を灰の剣士へ提供した。

 

「……この辺りと、この辺りが怪しいか…」

「なに!?トトリの居場所分るの、アンタ!?」

 

 ジーノの話を基に、手持ちの地図を卓上に広げた灰の剣士。羽ペンにインクを付け、複数の箇所へと印を付ける。

 

「目ぼしいと思わしき個所を特定しているだけだ。断定は出来ぬが、絞る事は可能だ。後はソウルの感知を頼りに探索するしかあるまい」

 

 その仕草にミミが食い付くも、彼とて過去の記憶と土地勘を頼りにしているに過ぎない。

しかもロスリックの地は、既に四方世界の人里が幾つも流れ着き以前とは異なる様相に変化していた。

またジーノの言っていた事が正しければ、トトリと逸れた場所の近くには『朽ちた狭間の地』に繋がる霧の壁が存在している。

そうでなくとも、あの付近は複数に渡り滅び去った四方世界の人里が漂着しているのだ。

これだけでもトトリの特定候補は分散し、更に救出する難易度を引き上げていた。

 

「次に門衛ライアス=フォールケン氏だが、当時の地形を覚えているかシュバルツラング卿?」

 

 取り敢えずトトリの件を片付け、今度はライアスについて尋ねた灰の剣士。

 

「何とか覚えてるわよ、目立つデッカイ門を通り過ぎた所だったし――」

 

 ライアスが攫われた場所だが、同じく不死街である。

だが同じ不死街と言っても、比較的多層構造で構成面積も意外に広大だ。

ジーノやトトリたちに比べミミたち率いる集団は、不死街上層を先行していた事が判明する。

彼女の差す場所とは、不死街とロスリック城を結ぶ巨大な吊り門扉が鎮座している場所だ。

 

「先へ進んだら途中で道が崩落しててね、付近には甲羅みたいなの背負った大勢の死体と、でっかいドラゴンの死体があったから今も覚えてるわ」

「…連れ去られた方角だが分かるか?どんな些細な事でもいい、何か目印になる様なものでも――」

 

「結構注文してくるわね。ちょっと待って……え~っと、この向きで…こうだから……この方角よ、確かっ!」

「…この向きか……東方面だな」

 

 攫われたライアスの現場特定に加え、今度は魔神の飛び去った方角を訊き出す灰の剣士。

彼の注文に思う所はあったが、ライアスに対しある種の責任を痛感していたミミ。可能な限り記憶を絞り出し、覚えている地形の特徴を目印に向きを伝えた。

やはり土地勘の有る灰の剣士は、直ぐに方角をも特定し地図へと記入する。

 

「門衛ライアス氏だが、東方面…つまり幾つもの人里に遭遇する可能性が浮上した」

 

 そして彼は告げる。東方面に飛び去った女魔神とライアスだが、このまま行けば人里に遭遇する可能性が高いと。

此処から東へと進路をとれば、馴染み深い西方辺境街を代表に幾つもの町や村が点在している。

そして極め付けは、大都市である『水の都』に『王都』にも出くわす可能性も存在するのだ。

 

「ねぇ、それってもしかしたら――」

「まだ断定は出来ぬが、助け出される可能性も僅かに…!」

 

 もしも運良く空行く魔神共が、人里に駐屯する冒険者なり兵士なりに発見されれば、ライアス=フォールケンが生存したまま救助される可能性も発生していた。

あくまで可能性の話で、決して高い確率ではない。

だがそんな頼り無い希望的観測でも、メルルは飛び付かずにはいられなかった。

もう此方からではライアスをどうこうできる状況ではないが、彼の事は見知らぬ誰かに託すしかない。

 

「でも…助からなかったら……」

「止さぬか、貴公がそれでどうする!心が萎えているのは分かるが、絶望を抱えたままでは連れては行けぬな…!」

 

「――え、それどういう事っ!?」

 

 しかし、彼の見解も僅かな可能性でしかない。

寧ろ誰にも見付かる事なく…最悪ライアスは力尽きている可能性の方が遥かに高いのだ。

このロスリックの地において、希望的観測など何度も打ち砕かれていたメルルは、どうしても悲観的な方向に思考が流れてしまう。

対する灰の剣士は、珍しく強い口調で彼女を叱咤した。

 

「ロスリックという地は深淵の呪いと縁深い地域だ。絶望を抱えたまま長期間留まれば、次第に人間性の闇が淀みとなり膿と化す。特に貴公ら2人は見たのであろう、黒く巨大な触手に似たナニカを生やした亡者を」

 

「…あの気持ち悪い亡者か…!」

「私も見たわ、背中や身体からデッカイ腕のような物を生やした奴を…!」

 

「生者のまま、アレを生やす可能性さえ存在するのがロスリックという地だ。今の様に萎えた心構えでは、アールズ卿とて同じ現象に見舞われてしまうぞ」

 

「うっ…嘘でしょ!?()()()()()、変な物が生えてくるって――」

 

 灰の剣士が言うように、ロスリックは何かと深淵…闇と縁のある地域であった。

繁栄期がどうだったか分からないが、火の陰りし時代では闇の浸食が顕在化していたのを、今も鮮明に覚えている。

嘗てはロスリックの住民であったのだろう幾多もの亡者達だが、時折り原形留めぬ異形へと変貌した者も混ざっていた。

 

それは『人の膿』と呼ばれている。

 

長期間に渡り闇の呪いに晒され続けてきた不死人たちは、何時しか内に秘める人間性の闇が暴走し、結果あの様な悍ましい異形へと変化したのだと考えられる。

今思えば、あの『灰の審判者グンダ』にも同じ現象が当て嵌まっていた。

人型とは思えない異形の腕を生やし、赤黒い液体を撒き散らしながら暴走気味に振り回してくるのだ。

ああ成った亡者は、とにかく厄介の一言で戦闘力が格段に跳ね上がってしまう。

幸いなのは、致命的に『火に弱い』という弱点が存在する事だろうか。当時は特に火炎壺が有効とされた。

灰の剣士の言動に覚えがあったミミとジーノ。彼等も行く先々で『人の膿』と遭遇しては、随分と手を焼かされていた。

対しメルルは、口元に手を当て怖じ気付く。

 

「それだけに非ず。周囲に点在する木々も見たであろう。アレ等も人のなれの果てである」

 

「そう言えば…あの気味の悪い樹木――」

「おいマジかよ!?妙に人に似た形だったから、あんまり見ないようにしていたけどよ――」

 

「アレもロスリック特有の現象。濃密な負の感情を抱えたままでは、何時しかロスリックの呪いと連動し人ならざる異形へと変容してしまうだろう。…もう恐らくだが、挑んだ冒険者たちも幾人かは…」

 

「「「……」」」

 

 人の膿だけではないのだ、ロスリックに蔓延る怪現象は。

ロスリック高壁や不死街周辺には、人に似た奇怪な樹木が其処彼処に根を張っている。

彼が曰くには、それ等も元は人から変じたモノで、ロスリックの呪いと人の持つ負の感情が噛み合ったが故の結果だと告げた。

しかしこんなモノは氷山の一角で、彼にさえ把握できない現象も数多く存在する筈なのだ。

今でこそ生命溢れる四方世界という時代だが、ロンドール黒教会の暗躍で火の陰った時代と遜色ない現在の環境。

当然、ロスリックの呪いは更に強まり、より深く濃密に深淵の闇と結びついてしまった。

敢えて言葉に出さなかった灰の剣士だが、幾人もの冒険者たちも呪いを発症し悲惨な結末を迎えた者も居る筈だ。

 

どうやら自分達が想像していた以上に闇の深いロスリックという地に、3人は閉口してしまう。

 

――混沌勢に組した生者たちも、呪いに侵食された者が居ると思っていいだろうな。邪欲に溺れれば溺れる程、負の感情を濃密に宿すだろうからな。

 

だが呪いを発症した者は、なにも秩序勢だけではない。混沌勢に組した生者たちも、また然り。

寧ろ混沌勢の生者たちの方が、遥かに異形と化した可能性が高い。

あの闘技擬きでも目撃していたが、貴族層や観客気取りの構成員たちは挙って酒色に耽り散らかしていた。

あの様な貪欲な振る舞いを続ける者たちが、理性や自己抑制を維持し続けられるとは到底思えない。

表向きどれほど高貴に扮したとしても、既に多くの生者は醜悪で歪なナニカに変容しているだろう。

若しくは不死の儀式により、不死人(アンデッド)と化したか。

 

この3人に、その様な現象に陥ってほしくはない。

脅す様で申し訳ないが、今述べた事は紛れもない事実なのだ。

 

3人の内、特にメルルが精神的に憔悴しているのは明白だ。

現時点の彼女を連れ歩くのは少々危険が伴い、此処で休養させる案も提示する灰の剣士。

しかしメルルは、それを良しとはせずあくまで同行する事を主張し続けた。

 

再出撃まで多くはないが、まだ時間的猶予もある。

 

「長剣士ジーノ、貴方の剣は私が修復しておく。今の内に休養を挿んでおいてくれ」

「何言ってやがんだ、俺は今直ぐにでも行けるぜ!」

 

「アンタこそ何言っての!今のアンタ、メッチャクチャ臭いのよ…!えずきそうだわ…特に血の臭いよ…!」

 

「この民家には、風呂桶も備わってる。シュバルツラング卿、彼を任せて構わないか?」

「…任せなさい。コイツの面倒ぐらい何時もの事よ」

 

 目覚めたばかりだが、ジーノは直ぐにでも出撃できる意気込みを示す。この辺りは流石の実力者といった処か。

だが彼の全身や衣服からは、鼻のつんざく様な異臭が漂っていた。

ミミは鼻をつまみながらジーノに対し事実を告げる。

これまで傷付き消耗した冒険者を庇い、ほぼ不眠不休で戦い守り続けていたジーノ。

当然身を清める時間もなく、度重なる連戦に加え体液や無数の魔物の返り血で汚れ切っていたのである。

 

この工房(アトリエ)には、幸いにも風呂桶が設けられていた。

まだ碌に湯さえ張っていないが、ミミと共同で準備すれば直ぐに済むだろう。

渋るジーノを嗜め、ミミは早速風呂の準備へと動く。

 

「私は、どうしよう?錬金術で何か錬成した方がいいかな、ねぇ剣士さん?」

「貴女は私と共に、消耗品の買い出しに同行してくれ。街を歩いた方が、多少の気も紛れよう」

 

「え、け、剣士さんと一緒に行くの…?」

「勿論、拒んでもいい。貴女の精神修復が必要だと思ってな」

 

「え、えと…その…有難う…気遣ってくれて///お供させて下さい…!」

 

「メルルに()()()するんじゃないわよ、アンタ?」

「必要なら()()()()な?」

 

「…どうなっても知らないわよ?」

 

 ジーノとミミを工房に残し、メルルを同行させる事にした灰の剣士。

ジーノの剣を修復するにも、様々な加工道具が必要だ。彼の長剣も血脂や滑りで、かなり切れ味が鈍っていた。

またメルルの萎えた精神を、少しでも平常時に戻す必要がある。つまり気分転換という意味だ。

 

こんな状態だ。

街の住民などほぼ居ないも同然だが、彼女を工房に籠もらせるよりは効果があると判断したのである。

それとも錬金術に従事させた方が、彼女には効果的だろうか?

これに関してはメルル本人の判断に委ねる事にしたが、彼女は同行を選ぶ。

また茶化しているのか真剣なのか灰の剣士に向け『メルルに対し余計な真似をしない様に』と釘を刺したミミ。

彼女がどういう意味で勧告したのかは判断に迷う所だが、灰の剣士は敢えて否定とも肯定とも取れないような言動で返す。

彼の言葉を聞いたミミだが、以外にも激昂する事無く互いの自己責任で判断させる事にした。

そして彼等を見ていたメルルは、顔を真っ赤に紅潮させる。

 

……

 

思っていた以上に閑散としている街の中央通り。

本来なら多くの冒険者や住民で賑わう筈なのだが、目にした通行人の数など片手指に数えるほどだ。

 

「此処ホントに街なのかな?殆ど廃墟(ゴーストタウン)だよ」

 

 灰の剣士の隣を歩くメルルは、この現状に軽く驚いていた。

 

「以前訪れた時は、確かに賑わっていたのだ。これ程にまで街の機能が低下していようとはな」

 

 この街の繁栄期を知っている灰の剣士は、以前の様子をメルルに語る。

彼の言が出まかせでないのは、彼女とて理解していた。

建造物や店の密集具合、そして街は意外な程に清掃が行き届いている。

つい最近まで人の手が加わっていた事が、一目見ただけで判る程だ。

しかし今の街は人さえ疎らで、時折り見掛けたかと思えば道端で力無く座り込む数人が目に付いただけである。

これでは道具屋さえ開店しているかも怪しい程に、街は機能低下を引き起こしていた。

 

「店、開いてればいいんだけどね」

「首長が営業を命じたと仰っていたが、そうでなければ此方が困る」

 

 しかし幾ら街が衰えを見せていたとて、冒険者や住民が居なくなったわけではない。

ほんの極少数とはいえ、まだ冒険者も駐屯し一般人も細々と生活を続けている。

生活物資の循環すら怠ってしまえば、それこそ街は瞬時に廃墟と化すのは目に見えていた。

それを危惧していた首長は、生活に必要最小限な店舗に対し営業継続を命じていたのである。

 

「…開いてるんだよね、この店?」

「……確かに、入り辛いな」

 

 とあるは販売店に辿り着いた灰の剣士とメルル。

見た感じでは営業している様だが、店の大部分はカーテンで閉められ一部しか視認できない。

また最小限の灯りだけで店内を照らしているのか、外から見ても店内の雰囲気は異様に暗かった。

見方を変えれば、既に亡者に占拠された店に見えなくもない。

若干の躊躇いを覚えるも、二人は入店のため扉に手をかける。

 

『おぉ…いらっしゃい、今日初めてのお客さんだね…フゥ…』

 

 暗い事を除けば、店内そのものは何処にでもある道具屋だ。

武器工房の様な武具特化ではなく、消耗品や野営器具などが陳列されていた。

メルルのケアも兼ねワザワザ同行させたのだ。

 

「アールズ卿、貴女の裁量で必要な物を選出して頂けないだろうか?」

「え、いいけど、剣士さんはどうするの?」

 

「私は彼の剣の修復道具を見繕う。頼めるか?」

「ああ、そう言う事ね。任せておいて、こう見えて経験豊富だよ私も♪」

 

 再出撃まで多少の猶予は設けておいた。ここは買い物という形で、メルルの気分転換を図るとしよう。

メルルの裁量で生活必需品などを選ばせる事にした灰の剣士。一方自分は、ジーノの長剣を修復する道具を物色する。

 

――まだ引き摺っているな、無理もないが…。

 

「あ、これとこれは必要だね。これは便利だけど…嵩張るから要らない、他ので代用できるし」

 

 端から見れば買い物を楽しんでいるメルルだが、漏れ出るソウルを探れば心中穏やかでないのは明白だ。

表向きの態度では気丈に快活に振舞っていても、彼女の精神は相当追い込まれている事を悟る灰の剣士。

叶うなら、出撃までには平静を取り戻してもらいたいのが本音だ。

二人は商品を選出し、カウンターで会計を済ませた。

 

「こんなご時世になっちまって、この街も、もうお終いかねぇ…ハァ~…」

 

 会計を済ます間際、ふと本音を漏らした店主。恰幅の良い壮年の男性だが、活力も生気も萎えているのか実寸よりも小柄に見えて仕方がない。

 

「諦めたら駄目だよ、おじさん!あのね、お姫様救助されたって報せ、まだ届いてない?」

「――ンんッ、それは本当なのかね!?」

 

 100人規模の冒険者を総動員させてまで、王妹を始めとした王統府救出作戦は失敗に終わってしまった。

それ故、今この街は急速に勢いを衰えさせている。

どうやら灰の剣士による王妹救出は既に成功していたのだが、住民界隈には未だ情報が定着していない様だ。

メルルの言葉を聞いた店主は、目を見開き真面に彼女の方へと視線を向ける。

 

「本当だよ…!信じられないかも知れないけど、()()()がねッ…もごごぐッ…――」

「絶望するなかれ。()()()()()の働きで王統府救出は成り、今も現状打破の為に動いております。まだまだ予断を許さない状況ですが、王国軍も王統府要人も必死に活動を継続しております。貴方たちも心折れる事無く、どうか営みを続けて下さい。…それでは我々はこれにて――」

 

 得意気に捲し立てようとしたメルルの口を塞ぎ、灰の剣士が説明を続けた。

あくまで()()()()()という名目で『王統府救出』は成功した事を告げたのである。

そしてそのまま店を後にした二人に対し、店主はポカンと口を開けたまま見送り暫くして言葉の意味を理解するに至る。

 

店を出た二人。

 

「んもぅ、隠す事ないでしょ」

「あまり目立ちたくはないのでな」

 

 先ほどについて少々抗議気味なメルル。

王妹救出を成した本人が、今ここを徘徊しているとなれば他の住民が纏わり付く可能性を危惧し、彼は敢えて真実を伏せたのである。

 

「正当な結果なんだから、正当に評価されないといた方が良いよ?名声だって必要な場面は、きっとあるんだから」

「否定はせぬ。だが真実を明るみに出すのは、情勢が落ち着いてからでいい」

 

「居るよね~、『俺は、富も名声も要らぬ…!(`・ω・´)キリ』って人。アーランドでも…って言うか、ステルクさんもその代表格だしさ」

「資金は必要だが下手に目と顔を知られるのは、活動に支障をきたすと思ってな」

 

「名声も馬鹿にならないんだよ。人との対面や交渉には絶対有利に働くし、社会的地位って生活に直結するんだから」

「分からぬでもないが…な。だが今は、目立たず動きたい」

 

 名声について論議を初めたメルルと灰の剣士は、その脚で次の店舗へと向かう。

 

必要な買い出しは、概ね済んだだろうか。

二人は再び大通りを歩き、工房(アトリエ)へと帰路に着く。

その道すがら、ふと彼女に声をかける灰の剣士。

 

「先程は申し訳なかった、アールズ卿」

「ん~、何について謝ってるの?」

 

 突如、謝罪の意を示す灰の剣士にメルルも若干戸惑った。

彼は言葉を続ける。

工房(アトリエ)で言及したロスリックの呪いと、負の精神の関連性の件についてだ。

ジーノ、ミミ、メルルの3人の中でも特にメルルは、かなり精神的に追い詰められていた。

半ば脅すような形で彼女を諭していた灰の剣士だが、却って彼女を追い詰めてしまったのではないかと、今更ながらに謝罪したのである。

 

「――ちょ、何言ってるの!?謝るくらいなら最初から意見曲げなきゃ良いでしょ…ッて……そうか…剣士さんだって助けてあげたい子が――」

「……」

 

 自分の置かれた状況も知らないで――。

 

メルルは一瞬で何かが沸騰すような感覚を覚え、彼に対し激昂してしまう。

その激情を吐露しつつも、灰の剣士に対する反感を心の何処かで抱いていた事に改めて気付いた。

しかしふと脳裏に過った灰の剣士の抱える状況に、彼女の心は瞬時に収縮し言葉を詰まらせてしまった。

 

ライアスとは幼馴染の関係であり、互いに気心の知れた仲でもある。そんな彼は今や行方知れずで、生死の沙汰も定かでない。

冒険者に身を扮するという事は、時には理不尽な死を迎える危険性さえ常時孕んでいるという事でもある。

しかし彼女は今になり、分かっている積りで実はまるで理解していなかった事を悟ってしまった。

実際こうして大切な隣人である、幼馴染(ライアス)の安否さえ推し測れようもない、もどかしい状況。

意識すればするほど心は自然と掻き乱され、それでいて心の奥底に閉じ込めようとも些細な切っ掛けで蘇ってしまうのだ。

なまじ生死の判明しない現状の方が、遥かに心が揺れ動き何事にも全力を注げないのである。

 

これが今の、メルルの置かれた状況。

そんな自分に厳しい指摘で発破をかけておきながら、今更になり態度を覆してしまうのか。

彼女の心中では、彼にその様な反感と憤りに塗れ敵意さえ宿していた。

しかしそれも、ほんの僅かな一瞬の間だけだ。

 

彼にも助けたい人物が存在し、その人物はライアスに比べ遥かに幼くか弱い少女である。

メルルはふと彼の手元を盗み見る。

背嚢を背負い革紐を握る彼の手元は、震えんばかりに力が込もっていた。

 

――そうだ…、私だけじゃないんだ。この人だって本当は直ぐにでも出撃したいんだ。それをずっと耐えて、私たちの為に…。

 

「あの子の周囲には、まだ大勢の味方が付いている。しかし門衛ライアス氏は…、すまぬ…やはり俺が未熟な所為だ…!」

「ダメっ、謝っちゃ…!自分を否定し過ぎちゃダメ…!貴方のお陰で、姫様も私たちもこうして生きているの!もし貴方が居なかったら、きっと、きっと…もっと大勢の犠牲者が――」

 

「……」

 

 実際、本当の意味で追い詰められていたのは灰の剣士の方かもしれない。

ライアスの安否に気が気でないメルルと同じく、灰の剣士にも最優先で生還させたい少女が居る。

 

   ―― 見習い勇者 ――

 

とにかく好奇心旺盛で正義感と思いやりに溢れた、天真爛漫な少女である。

少々向こう見ずな性格も相まり、半ば暴走気味に行動してしまうきらいがあった。

王妹を救出したはいいが、結果的に彼女を深みの聖堂へと置き去りにしてしまっているのだ。

本心で言えば、全てを(なげう)ってでも救出し連れ帰りたい。

だが彼は敢えて本心を伏せ、他者の為に動いていた。

とはいえ見習い勇者の周囲には、まだ大勢の冒険者に囲まれていた筈だ。多少傷付き消耗しているとはいえ、吟遊連弩使いや金等級の獣人戦士まで傍に居る。

だが彼、ライアスは敵の手の落ち何処かへと連れされている。

やはり考えれば考えるほど、メルルの心象の方が遥かに重石を抱えているのだ。

 

これも全て自身の低能さが招いてしまった結果。真に有能であれば、更なる事態好転に傾いていても可笑しくはないのだ。

自分ではなくソラールやジークバルドなら、より上手く強かに立ち回れていたのではないか。

知らず知らずの内に思い詰めていた灰の剣士は、とうとう歩みを止め俯きながら立ち尽くしてしまう。

 

それを見たメルルは半ば反射的に擁護の言葉をかけ、彼に抱き着いた。

 

「……」

「……」

 

 自分でも何をしているのか理解し切っていないメルル。若気の至りなのか衝動が湧いたのか、自分でも判別がついていなかった。

とにかく、()()()()()()()()()()()()()のだ。

暫くの間、彼に抱き着くだけでなく両腕を背に回し深く抱き締める。

 

「アールズ卿」

「ごめん、剣士さん…!」

 

「「……」」

 

 長いようでそうでもない、暫しの抱擁を続けたメルル。

自分以上に思い詰めていた彼を慰めようとしたのか、それとも情が移ったのか彼女にもよく分からない。

しかし彼は自分を気遣い、こうして様々な手を打っている事だけは確かなのだ。

彼に下心がないのは分かっている。

いや、仮に下心があったしても、今の自分なら受け入れる気持ちも芽生え始めていた。

 

「戻ろっか」

「そうだった」

 

 疎らとはいえ少なからず通行人は往来しているのだ、この大通りは。

当然、今の二人、正確にはメルルの抱擁も見られていたのだが、誰もが一瞥するだけで特に意識する者は皆無だった。

今の環境下だ。精々悲しみに暮れる男女程度にしか見ていないのだろう。

だが何時までもこうしていられる状況ではないのだ、彼も彼女も。

彼から身体を離したメルルは顔を紅潮させながら、工房(アトリエ)に戻るべく彼を先導する。

その際、若干照れ臭そうに、はにかんでいたのは気の所為ではないだろう。

 

再び歩みを再開した二人。

 

「アールズ卿、良かったら話してくれないだろうか?アールズとアーランドの関係、そして貴女が辿った冒険譚を」

「え…!?…いいよいいよ、幾らでも語ってあげる♪」

 

 どうにも落ち着かないものだ。

彼は平静を保っていたが、彼女の方はというと妙に落ち着きがなかった。

何処か息も荒く彼に視線を向けようともしないくせに、肩が触れ合う程の距離感を維持していたのである。

少し迂闊だっただろうか?先ほどの抱擁。

少々の後悔と共に、今の彼を妙に意識してしまい仕方がないメルル。

そんな彼女の心など、灰の剣士には丸分りだった。

何故なら彼はソウルの感知で、ある程度の感情を察してしまうからだ。

しかし敢えて気付かないフリを通し、彼は話題を振ったのである。

 

この彼女、メルルリンス=レーデ=アールズという女性が、これまでどういう道筋を辿って来たのか。

そして今は吸収合併された『アールズ』と呼ばれた母国と、今のアーランド共和国との歴史的つながり。

場の空気感を変えようという思惑もあったが、同時に純粋な興味も沸いていた灰の剣士。

それを前触れもなく振られたものだから、メルルも一瞬呆気にとられてしまった。

だが彼女は直ぐに表情を綻ばせ、何時もの調子を()()()は取り戻した。

 

「もう直ぐ着いちゃうから、今回は触りの部分だけね。私の英雄譚は…この国がもう少し平和になってから…だね♪」

「楽しみだ、詳しい話を行くためにも一層の奮起を約束しよう」

 

「それじゃあ、先ずは――」

 

 遠間には工房(アトリエ)の輪郭が見えている。

全てを語り尽くすには時間が圧倒的に足りないが、それは後の楽しみに取っておくとしよう。

 

――ふ~ん。無口な堅物だと思ってたけど、ちゃんと自分から話題振れるんだ♪

 

どうやら思っていたよりも、彼は気さくで人に歩み寄れる側面も持ち合わせていると分かったメルル。

普段の彼はと言えば古めかしい言葉で、戦いと任務達成に明け暮れる職業軍人じみたものを感じ取っていたのである。

彼の意外な一面を知ったメルルは得意気な表情を浮かべ、自分の誇るべき冒険譚を語り始めた。

 

……

 

工房(アトリエ)には、ジーノが風呂で身を清めている真っ最中だ。

煙突と窓から引っ切り無しに湯気が立ち昇っている。

ミミも中に居る、恐らくジーノの世話と身支度に忙しいのだろう。

入浴中にお邪魔するのは、流石に気が引けるというよりも無礼千万。

灰の剣士とメルルは、庭に設置してある『篝火』の前で作業を始めていた。

 

「それにしても不思議な火だね、普通の焚火とは違うんでしょ?」

「その通り、この篝火というのは――」

 

 こうして改めて見つめると、不可思議な感覚に見舞われるような気がする。火を見つめる事で気分を落ち着かせる効果が備わっている事は、既に学術的にも証明されアーランドでもこの国でも広まっていた。

しかし篝火は、その比ではない。それはメルルにも直ぐに理解し、まるで魅入る様に篝火に釘付けだ。

簡潔にだが篝火の効果について言及する灰の剣士。

もう今更だが、メルルを篝火の前で待機させ精神安定を図る方法もあったのではないか。

ついついそんな考えが過ってしまう。

篝火は、傷の回復と共に乱れた精神を鎮め、幾許かの呪いや魔除けの効果さえ併せ持っていた。

今は生者となり久しいが、やはり篝火を見つめると火継ぎの時代に回帰したような、そんな不思議な気持ちを覚えてしまう。

 

――大分自身を取り戻してくれた様だな、僥倖なり。

 

ついさっきまで精神をかなり乱していたメルルだが、これまでの経緯で随分落ち着きを取り戻している。

今の彼女は穏やかな表情を浮かべ、篝火の温もりに身を委ねつつも作業に従事していた。

これなら次の出撃でも、自分を見失い暴走する事は先ず無いだろう。

正対する彼女に視線を寄せつつ、彼はジーノの長剣の修復作業に勤しんでいる。

 

「それにしても凄い剣だ。随分酷使した筈だというのに、一切の刃毀れが見当たらぬ」

 

 長剣の修復作業で、彼は最も懸念材料であった刃毀れの有無に言及する。

だがジーノの長剣は、全くと言っていい程に刃毀れの欠片さえ見当たらなかったのである。

剣の損耗において最も劣化の原因となるのは、錆や衝撃による刃の損耗だ。

切れ味劣化の最大的要因でもあり、場合によっては専門の鍛冶職に修繕を依頼しなければならない事例も珍しくはない。

王宮の襲撃に始まりロスリックの脱出劇、極め付けは廃墟街で単身冒険者たちを守り抜いた。自らの心を摩耗させながらも。

それ等を合算すれば、ジーノは想像を絶する連戦を潜り抜けた事になる。

恐らく10や其処らではなく、100を超えたとしても不思議ではない。

それこそ手入れの暇さえなかった筈なのだ。

にも拘らず、彼の長剣は刃毀れの類が微塵にも見られない。

血脂や異形の体液塗れによる切れ味低下は否定できないものの、これなら購入した砥石で簡易的に研げば切れ味は元通りとなるだろう。

後は洗浄液と刀剣油で仕上げれば良いだけだ。

 

――この分だと、『修理の光粉』や『修理』の魔術も不要だ。

 

道具の大半だが今も西方辺境街に置いたままで、必要最小限の道具だけを携え此処に来た灰の剣士。

消耗した武具を容易く修復する『修理の光粉』に、魔術で同様の効果を及ぼすウーラシールの魔術『修理』も、今は使える手段を確保していない。

本来なら『篝火』でも武具の修復は可能なのだが、今燃えているこの火は不完全で武具修復の効果は備わっていない。

元に戻るかどうかを危惧していたが、これなら思い悩む必要もない。

 

「その剣、唯の武器じゃないんだよ。それはトトリさんが錬金術でね――」

 

 この長剣に風の魔力も付与されている事は、灰の剣士も理解している。

それを踏まえた上で、トトリが錬金術を駆使し錬成した事実をメルルから聞かされた。

 

「錬金術で作り上げた武器か…(ロスリック製も錬金術が関わっているのかも知れぬ)」

 

 長剣を掲げ血脂で汚れた刀身を仰ぐ灰の剣士。

そう言えば、過去の時代でもロスリックで入手した武具は異様な頑強さを誇り、今も冒険者界隈では高値で取引されている。

彼も拙いにせよ錬金術は習得している身だ。

ひたすら技術向上に邁進すれば、何時の日か自分が理想とする武器を作り上げる事ができるのだろうか。

未だ遠い可能性に思いを馳せながら、彼はジーノの長剣に修復を施してゆく。

 

どの位の時間が経過したのだろうか。

 

「これで、十分であろう。仕上がりも悪くない」

 

 不要な汚れも脂も取り除き、ほぼ完全な姿を取り戻していたジーノの長剣。

立ち上がった彼は試しに素振りで、具合の感触を確かめた。

 

――良い剣だ、実に馴染む。

 

重すぎず軽すぎず、彼の長剣は思っていた以上に手に馴染んだ。

 

「このまま私の物にしてしまいたい位だ♪」

「こらぁ、剣士さぁん!?不謹慎な事考えないの」

 

 他意はないのだが、予想以上に好感触な長剣を手に少々悪戯心が芽生えていた灰の剣士。

彼が本気で他人の所持品に手を出すとは思えないが、メルルから窘めの声が飛ぶ。

 

「さて、私の方も大方終わったかな」

「もうそろそろだろうか、少し声をかけてみようか?」

 

 一連の作業を粗方済ませた二人。

一方のジーノとミミの進捗具合はどうだろうか。

確認のため外から声をかけようとした灰の剣士。

だが彼が動こうとした瞬間、中から耳の甲高い声が響き渡って来た。

 

「――ぬ、今のはっ!?」

「――ミミさんの声だ、何だろう!?」

 

 今の叫び声は、間違いなくミミだ。

何か悲鳴に近い声だが、今も断続的に中から響き渡っている。

 

「ちょっと見てみるね」

 

 中に入るのも億劫と言わんばかりに、窓から中を覗き込んだメルル。

そんな彼女が目にした光景とは。

 

「…え…これって…うわぁ…///」

 

「どうしたアールズ卿、まさか二人に異常がッ!?」

 

 みるみる間に表情をを変えたメルルに、灰の剣士はジーノとミミの異常を推察する。

しかしそれにしては、どうにもメルルの表情が可笑しい。

何故か上気した表情で顔は真っ赤に茹で上がり、心なしか呼吸を荒くしつつある。

そしてどういう訳か全身を不自然にくねらせ、内股をモジモジと擦り寄せていた。

 

「何があったというのだ、私が確認する!」

「――あ、駄目!今いい所…じゃなくて、見ちゃダメだって///」

 

 いったい何だというのか?

よもやジーノが再び暴走を引き起こし、ミミに危害でも加えたとでもいうのか。

それとも別の要因が働いたとでも?

確かめる必要があると、半ば強引にメルルを押し退け窓を除く灰の剣士。

 

「……」

 

 中の光景を視認した彼は、暫し無言で閉口するのみだった。

いま工房の中では、風呂場と部屋を布製の仕切りで隔たれていた。

幾ら男性とはいえジーノも全裸で風呂にて身を清めねばならない。

しかし灰の剣士はてっきり、()()()()()()()()()使()()()()()()ものだと判断していた。

そして中を確認すれば、ミミの姿は何処にも居ない。

いや、正確には居たのだ。

 

仕切りの向こう、即ち風呂場の中で。

 

布で隔てた仕切りが薄かったのか、ジーノとミミの輪郭が透けて見えた。

しかも肌の色も若干だが薄っすらと視界に流れてくる。

つまりジーノだけでなくミミも、()()()()()使()()()()()()という事である。

だが問題となるのは、ここからだ。

仕切り越しとはいえ、二人は何やら激しく動いているのが容易に分かり、その度に…特にミミの甲高い悲鳴に似た声が木霊していた。

 

「……」

「あの…剣士さん…///」

 

 彼は無言のまま窓から身を離し、再び篝火の前に腰を下ろす。

対するメルルは、顔を真っ赤に染めながら再び窓へと身を乗り出した。

 

「あの二人は…、特別な間柄だったのだな」

「え…あ…うん、言ってなかったかな。まぁ…そういう関係だよ…アハハ///」

 

 布仕切りの向こうで行われている、ジーノとミミの()()()()()

ミミの満たされた嬌声から、行為の内容など今更詮索するまでもない。

メルルからの発言で、改めて二人が特別な関係である事を知る。

 

「アールズ卿、窃視なぞ宜しくない。それよりも『篝火』を見たまえ、心が惑わされずに済む」

「え~、だって、中々見れないんだよ、こんなシチュエーション…ハァ、ハァ、ハァ///」

 

 中の二人が絆を深め合っているのなら、今は介入すべきではない。

しかしメルルは尚も、仕切り越しの向こう側に釘付けで窓から身を乗り出している。

そんな彼女を嗜め、篝火に向き合うよう促した灰の剣士。

だがメルルは気になって仕方ないのか、既に頭部は窓から中へと競り出ていた。

 

――えぇ~いメルルの奴、私が傍に居ると知りながら自分を慰めるんじゃない!( ̄ω ̄;)

 

しかも彼女は覗き見だけでは飽き足らず、自分の手を短いスカートの中に潜り込ませモゾモゾと奇妙に動かしている。

彼女のすぐ後ろでは、灰の剣士が居るという位置関係。更に彼は腰を下ろしていたため、彼女のスカートの中が見えてしまっていた。

それだけならまだいいが、下着のみならず際どい部分を弄る彼女の指まで視界に収まってしまった。

とにかく彼女の行為は頂けない。

何とか説得を続け、漸く篝火まで誘導できた。

 

「……」

「//////」

 

 この状況、非常に気まずい空気感が二人を包んでいる。

篝火を見つめる灰の剣士は平常状態だが、メルルの方はというと息が乱れ頬が上気していた。

そして落ち着かないのか、身体を奇妙に捩り大腿部をキュッと閉じ、ジッとしている事ができないでいる。

 

――あの二人も二人だな。人の家で盛りやがって…!(# ゚Д゚)

 

灰の剣士も、あの二人が営みに励んでいようとは思わなかったのである。

引っ切り無しに飛来するミミの嬌声と、身体を打ち付け合う激突音。

あの二人が特別な間柄なのは、この際どうだっていい。しかし、どうせ()()()()に及ぶのであれば、せめて宿屋で営んでほしいものだ。

しかも盛り上がり真っ最中なのか、ますます激しさを増してゆく二人の()()()()

これでは踏み込むに踏み込めず、二人が落ち着くのを待つしかないのである。

 

だが最大の問題は、寧ろ()()()で起こっていた。

 

そう、メルルリンスである。

 

「…ハァ、ハァ、ハァ///」

 

 彼女は荒い呼吸で顔を赤らめながら、今も篝火を見つめている。

やがて落ち着くだろうと踏んでいたが、どうにも彼女が腰を下ろした位置が際どい事この上ない。

先程までは、灰の剣士と正対する形で腰を下ろし作業に勤しんでいた。

しかし今の彼女は、ほぼ密着する位置で彼の隣へと腰を下ろし、しな垂れかかっていたのである。

今の二人も端から見れば、深く愛し合う恋人同士にしか見えない。

 

――いかんな、この流れ。このまま行けば恐らく彼女は……。

 

もはや深く考察するまでもなく、メルルは感情を昂らせ気を高揚させていた。

今の彼女は完全に、中で励む二人に当てられ心と体を同調させている。

 

「…ん…ふ…ん…ふ、ぁ、ぁ、ンン…」

 

一応、元王族なだけあり、足を開くなどと言う品格に劣る姿勢は控えているが、内股に手を潜り込ませ小刻みに身体を痙攣させていた。

 

――やめろ、私に密着しながら色女の声を出すな…!ぬぅ…出撃前で、それどころではないというのに…!(゚Д゚)

 

篝火が効いていない筈はないのだ。間違いなく精神を落ち着かせる効果を宿していたのだが、止む事のないジーノとミミの励みと嬌声で、否でも感情が釣られてしまうのだ。

つまり篝火の効果よりも、中の二人が執り行っている()()()()が如何に濃密なのかを物語っていた。

 

とうとう危惧していた事が、灰の剣士に降りかかる。

 

「…んねぇ剣士さぁん…、私ってどうかなぁ…ハァ、ハァ、ハァ///」

 

 密着状態を解く気など微塵もないのか、上気したメルルが熱い吐息をかけながら語り掛けてきた。

 

「どう…とは?」

 

 彼女の状態など、もう詮索するまでもない。

しかし敢えて平静を装い、彼女の質疑の真意を問う灰の剣士。

 

「ぁ…ん…、んもぅ…分かってるでしょう…///ふぁ…んぁ…。私の事、どう思う…ねぇ~///ぁぅ…」

 

 対する彼女は尚も下半身を手でなぞる行為を続け、不満気な声を彼に加え続けた。

彼女の下腹部からは、あまり他人には聞かせられない音が耳に届いている。

 

「貴女は、高貴な身分でありながら決してそれを鼻にかける事無く、他者に対しても平等に接する事の出来る素晴らしい人間性を、お持ちだ」

「ちがぁ~う…!()としての私はどうなのって訊いてるの!貴方から見て…!」

 

 何とか平常時の雰囲気に持っていけないものだろうか。メルルの質疑に対し、無難な対応で答えた灰の剣士。

別に口から出まかせではない。実際メルルの気さくな魅力を彼は評価し、性別関係なく人としての好感情を抱いていた。

だがメルルは顔を紅潮させながら、自身の『女』としての魅力を彼から聞きたかったのである。

これ程の妙な雰囲気だ。

メルルの言葉の真意とて、彼も理解している。

あの西方辺境街にて、幾人もの女性陣と心を通わせ一線越える越えないに拘らず、時に肌をも重ねてきたのだ。

今の流れは、あの時と非常に酷似している。

いや実際、工房の中ではジーノとミミが盛り上がり一心不乱に励んでいる。

メルルがそれに当てられたとしても、彼女を攻めるのは酷というものであろう。彼女とて大人ながらも年若い娘には違いないのだ。

 

「正直に言って…!私の事、ブスで好みじゃないって言うんなら、直ぐに貴方のこと諦められる。けどぉ…、このままじゃ私…可笑しくなっちゃいそうだよ…。身体は…お腹の下の方は熱いし、私だって興味が無い訳じゃ――」

「……」

 

 醜い容姿などと、滅相もない話だ。真隣のメルルは非常に魅力的で、容姿は然る事ながら身体つきも女性の特徴を充分に満たしている。それでいて気立てや性格も良く、非常に社交的ながら落ち着きや気品も備えている。

直ぐにでも本心を伝えたい、しかし敢えて真逆の評価を下すべきなのだろうか?

灰の剣士とて性欲は有るし女体は好きだ。

だがその様な一時の感情に惑わされ、今の流れに身を任せていいものだろうか?

心にも無い事を告げ、上気したメルルが冷めてくれれば最良なのだ。

だとしても仮にそれを告げた時、彼女の心象を傷付けてしまうのではないか。

せっかく萎えた精神性を取り戻していたというのに、再び元の木阿弥に戻してしまうのか。

 

――己、アイツ等の所為だ…!(ꐦ`•ω•´) 

 

責任転嫁など唾棄すべき愚行だが、今回ばかりはジーノとミミが今の状況を作り上げているのは間違いない。

あの二人に憤りを抱きながらも、彼は本心を告げる事にした。

 

メルルリンス=レーデ=アールズは、非常に魅力的で今直ぐにでも深い関係を築きたくなるような、特上の女性である。

 

「貴女のような女性が私の傍に居続けてくれれば、きっと忠実した人生を送れるであろうな」

「…え…本当に…!?私の事、そう思う!?」

 

「そうとも、断言してもいい。今よりも更に深い関係に至りたい、位にな」

「……そうなんだ…///。私の事、そう言う風に…///」

 

「だがしかしだ――」

「…えっ…!?」

 

 彼の言葉を耳にしたメルルは、顔を綻ばせ期待たっぷりの笑みを浮かべている。

この魅力溢れる女性とも更に親しくなりたい。

そう彼女に告げた灰の剣士。

だが彼は、ある種の否定とも取れる言葉で継続する。

 

灰の剣士は、西方辺境街で複数の女性陣と交流を深め、あまつさえ一夜を共にした者さえ居た。

幾人かの女性陣の中には、アーランド錬金団も含まれている。

更に彼は、一夜を共にした女性陣の名を全て明かしたのである。

 

「……」

 

 事実を知ったメルルは言葉を失い、困惑の表情へと早変わりした。

 

「私は、()()()()()だぞ。複数の女性と親しくなり、人生を共にしたい。そんな私を受け入れてくれた者は居るが、少なからず心を離し離反した者も居る。貴公は、()()()()()を受け入れられるのか?」

 

 見方によっては、女の敵と称されても不思議ではない。ある意味、蔑みたくなるようなフシダラで破廉恥極まりない男。

自分には、そう言う側面も持ち合わせている。

メルルに対し、そう明かした灰の剣士。

 

「……」

 

 対するメルルに言葉はなく、慰めていた行為を止め姿勢を正し座り直す。

位置自体は相変わらず彼の真隣を維持していたが、今の彼女を見るに心象に変化が見受けられた気がした。

 

「そうだ、それでいい。貴女の判断は間違っていない。高貴な貴女にとって、私など殺意を覚える程に下賤の男に映るであろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()扱うがいい」

「……」

 

「さぁ、此処で明確に拒絶せよ。…私とて男だ、今の貴女なら簡単に組み伏せ手籠めにする事もできるのだぞ。私が豹変し心変わりしない内に、拒んでくれればいい。それで一定の示しとケジメを付ける事もできる!」

 

 そうだ、これで良い、これで。

 

一時の感情に惑わされ、今の自分と関係を深める必要など何処にもないのだ。

今でこそ中の二人の淫らな空気に当てられ、メルルは一種の劣情を抱いてしまっている。

さりとて、自分達まで淫らな関係を築く必要など何処にもない。

この時点でメルルが、罵倒なり罵詈雑言で否定してくれれば、一種のケジメとして心の切り替えも叶うだろう。

そうなれば、彼女とは単なる味方同士としての関係を維持する事ができる。

 

さぁ、俺を否定せよ、徹底的に拒め…!

 

心の中でそう願った灰の剣士。

そんな彼の心中を察したのだろうか。

メルルは彼に対し()()の言葉を投げ掛けた。

 

「嫌よ。もっと貴方と()()()()()()()()んだから///」

「――アールズ卿、お前は本当にそれでいいのというのか!?」

 

 確かに彼女は否定の言葉を発した。

しかし彼の願う否定とは違う方向性での否定だ。

灰の剣士の望みを拒む否定を投げ掛け、しかも親しい交友関係を築きたいという想いまで告げたのである。

 

今度は灰の剣士が困惑の度合いを強めた。

 

「ちょっと、複雑な気持ちもあるけど。でもさ、剣士さんが女の子に人気があったのは、水の都で判明済みだしライザちゃんは勿論、ルルアちゃんも貴方に好感触だったでしょ?そこから貴方の言う街で交友を深めれば、大抵は仲良くなっちゃうと思うんだよね」

「……」

 

「それにね。今の言葉、他の子にも明かしたんでしょ?『自分は、こういう男だ』って」

「ああ、そうだ」

 

「それ言って、誰かに嫌われた?」

「いや…。ルルア嬢たちも受け入れてくれた、意外な程に」

 

「私も同じ気持ち…なのかな。今ちょっと剣士さんの事、だんだん気になり始めてるんだよ」

「まだ恋慕…というほどではあるまい」

 

「…う~ん…かもね。でも剣士さんが望むなら、私は…んもぅ、ちょっと私の口からは恥ずかしんですけど…?」

「私に魅力を感じていると?」

 

「魅力あり過ぎでしょ。私たちを助けてくれたし、自分のこと後回しにしてまで気遣ってくれたし、私の事まで大事にしようとしてくれてるし。ルルアちゃん達だって、そんな貴方の魅力に気付いてるんじゃないのかな?きっと――」

「完全に…否定は出来ぬ」

 

「それにさ、この国って一夫多妻も認められてるみたいだし…。あ、でも、私は結婚なんてまだ考えてないからね。貴方は恋愛イコール結婚まで考えちゃうタイプに見えるし」

「ああ、うむ…。(エーファも恋愛対象どまりだと言っていたな)」

 

「私も、そろそろ…経験ぐらいは…うぅぅ…やっぱ恥ずかしい…///」

「アールズ卿、門衛ライアス氏という()()が居るのではないのか?」

 

「私はまだ未経験だし、ライアスとはそういう関係じゃないの。ライアスはね、私の付き人で幼馴染のケイナと、その…ね///」

「…その辺りはよく分からぬが」

 

 体の触れ合う距離の灰の剣士とメルル。

彼の本性と街での交友関係を知って尚、これからも交友を深めたいと望んだメルル。

まだお互いは恋愛関係でもなく、正確に言えば友人止まりとも言える。

それでもメルルは、彼に対する魅力をヒシヒシと感じ非難の声を向ける事もなく、更に体を密着させた。

ここまでくると殆ど抱き合うも同然の体勢だ。

この流れなら、お互い自然に肌を重ねる事もできる。彼はともかくメルルは、すっかり()()()だ。

しかし彼の方は、未だ彼女に手を伸ばす事はせず最後の意思確認を行った。

 

メルルの幼馴染『ライアス=フォールケン』という青年戦士の件だ。

聞けば彼とメルルは、昔ながらの付き合いもあり男女の仲に発展していても不自然ではない。

彼が今も生存しているか否かは、この際置いておくとしよう。

だが彼を差し置き、完全にその気のメルルと関係を深めてよいものだろうか。

この期に及んでも躊躇する灰の剣士。

しかし彼女からの告白で、付き人であり侍女でもあった『ケイナ=スウェーヤ』という女性について告げられた。

メルル、ライアス、ケイナの3人は幼馴染同士でもあり近しい関係でもあった。

そしてライアスと件のケイナは、既に()()()()()を構築していたと明かす。

寧ろ幼い頃のメルルとライアスは、頻繁に喧嘩を引き起こしライアスを良く泣かしていたという。

そしてライアスには政務を取り仕切る優秀な兄が居り、当時は姫でもあった『メルルに楯突くとは何事かっ!』と更に叱咤される始末。

それで泣きじゃくるライアスに対し、ケイナが寄り添い励まし慰めていたというのだ。

 

「あとライアスって相当の不幸体質で、ケイナは真逆だから…私以上に一緒に居る事多かったんだよね」

「そうだったのか。共に居る時間が長ければ、そういう関係に発展するのは何ら不自然ではないな」

 

「私が錬金術と出会う頃から、もう二人は()()()()()みたい。偶然目撃した時は、ほんとビックリしちゃった///」

「そのケイナという女性は、今回の旅には加わっていないのだな?」

 

「うん、今回は残念だけどお留守番って事で。出発前の晩でも、二人は盛り上がり過ぎてたよ。今のミミさんみたいに、ケイナも声が大き過ぎてね。…私なんて、何度その声で慰めたか…あぅ、恥ずかしい///」

「あぁ、もういい。その二人も親しい関係だというのが良く分かった」

 

 メルルとライアスの二人が、男女の関係でない事は理解できた。

だがもし、彼が生存していたとして今のメルルにも求めてきた場合、彼女自身はどう反応するのだろう。

今ここでメルルと肌を重ね、更なる関係を深めたとする。

だがしかし、ライアス自身も今のメルルに異性を感じ深い関係を望んでいたとしたら?

 

「……。正直に言えば、受け止めて上げてもいいかな…とは思ってる。やっぱり好きだって気持ちも生きてるし、混ざりたいって気持ちも一度や二度じゃないよ」

「その気持ちが生きているなら、私とは止めておいた方が良い」

 

 やはりメルルも、ライアスとは友達以上の関係を秘かに願っていた。

彼自身がどう思っているのかは分からないが、この先もし求めて来たのなら受け入れる構えも抱いていたメルル。

メルルたちの想いと関係を汲み優先させるべきだ。

そう考えていた灰の剣士は、男女の関係に至れる今の好機さえ水に流そうとする。

 

「剣士さんは、我慢できる。こんな状態なのに?」

「私は出来るぞ(篝火があるからな)」

 

「ハァ…ハァ…///私は出来ない…!鎮めてよぉ、他の娘達にしたように。意地悪しないでぇ…///」

 

 篝火は確かに効いている筈なのだが、絶え間なく響いて来るミミの声がとにかく姦しい。

もはや別人ではないかと思える程に、彼女の嬌声は艶やかに満ち篝火の効果さえ凌駕していたのである。

特にメルルは限界寸前で、いつの間にか灰の剣士を抱き締め膝に跨っている。

そのお陰で彼女の股間部が膝越しに伝達し、否でもその気にさせるのだ。

彼女ほどの魅力を拒むのは非常に困難で、直ぐにでも魅惑的な身体を堪能したい。

 

「本当に良いんだな。これからの関係に変化が生じるぞ、確実に」

「いいよ…!もう決めたから!後悔なんて絶対しない…言い切ってもいい…!…だから今回は、これからの通過儀礼という事で…ハァ…ハァ…///」

 

 彼女の心は変わらない様だ。かなり感情を昂らせてもいたが、それでいて自我も維持している。

彼女とも関係を深めれば、確実に今後にも影響するのは間違いない。

それが分からない彼女ではない筈だが、何か考えがあるのだろうか。

直ぐに肌を重ねる事もできた流れだったが、此処まで敢えて引き伸ばし何度も意思確認を行ってきた灰の剣士。

それでもメルルの本心は変わる事がなかった。

本当に限界を迎えているのだろう。彼の膝に跨り股間部を擦り付け、腰を前後に動かし始めている。

 

もう此処まで来れば成すべき事など一つ。

 

彼も本格的にメルルを抱き寄せ、腰回りを艶やかに撫で回した。

 

「あ…!?ひゃぁ…ふぅ…ハァ、ハァ、ハァ///」

「抵抗せんのか?」

 

「フ~ンだ、抵抗なんてして上げない…もっと…もっと…ぁフ///」

 

 かなり卑猥に触れたつもりだが、もうメルルに抵抗を示す気配など微塵も無い。

彼女は更に腰をくねらせ、熱い吐息を彼に吐きかけていた。

 

「いいだろう、たっぷりと愛でてやる」

「…うん♪…あ…ぁあぁ…❤」

 

 そう言った彼は、そのままメルルを深く抱き締め更に際どい部位へと手を添える。

一瞬だけだが身体を振るわせたメルルだが、やはり抵抗する素振りを見せなかった。

 

   ―― 暫くお待ち下さい ――

 

………

 

……

 

 

篝火は何一つ変わる事なく燃え続け、彼等を照らし続けていた。

 

「本当に素晴らしい長剣だ。密かに私の物にしたいと思う程にな」

「そいつは困るぜ、もうコイツは俺の相棒でな…♪」

 

「お、良い仕上がりじゃねーか、サンキューな!灰のお前…!」

「もうちょっと、丁寧な言葉で返せないのアンタは!?」

 

「構わぬさ。彼のような人柄も、私には眩しい」

「へへ、お前、分かってるじゃねーか♪」

 

 彼…『ジーノ=クナープ』の剣は、既に修復済みだ。

鍛冶職人に比べれば簡易的な処置が精一杯だが、元の品質と錬金術の組み合わせが上手く嚙み合っているのだろう。

新品に近い状態へと回復していた。

軽口を叩きながらジーノへと剣を返却した灰の剣士。

密かに自分の物にしたいという言葉だが、半分は本心も混ざっていた。

軽い返礼の言葉で感謝の意を示すジーノに、ミミは呆れ顔で溜息をつく。

だがジーノの様な人柄に、何処か好ましく感じていた灰の剣士。

何処となく常に陽気なカタリナの騎士ジークバルドに通ずるものを備えている、ジーノ=クナープという長剣士。

もうすっかり、普段の精神状態を取り戻している。

あの廃墟街で見せた血に飢えた素振りなど、もはや欠片ほども感じさせなかった。

 

「そう言えばよ、俺と一緒に居た連中どうしちまったんだ?助かったんだろ?」

「彼等は今も療養中だ。再起の目処が立ち次第、彼等は宰相閣下の指揮下に編入される手筈だ」

 

「何だ、アイツ等まだ回復し切ってねぇのかよ?」

「ジーノさんが特別元気なんだって。それよりも、新しい着替えどうかな?あんまり高いの買えなかった」

 

「ありがとうねメルル。流石に洗濯までは、時間も無かったの」

「へへ、メルルもサンキューな。動き易ければ、俺は何でも構わないぜ♪」

 

 ジーノと共に救出した冒険者たちだが、彼等は今も傷を癒し静養真っ最中だ。

だが回復し再出撃の準備が整えば、彼等は老齢宰相の部隊へと組み込まれる事が決まっていた。

回復に時間が掛かり過ぎではないかと愚痴を零すジーノだが、それは『彼が取り分け優れた身体能力を有している』とメルルが応える。

また彼には新しい衣服が用意され、それに着替えていたジーノ。

救出された彼の衣服は、とにかく汚れに汚れ強烈な異臭をも放っていた。

幾ら身体を洗浄しようと汚れた衣服のままでは、士気減衰と作戦障害へと繋がってしまう。

時間や費用の関係上、上質な衣服は購入できなかったが、彼は不満一つ漏らす事無く快く受け取りメルルにも礼を述べた。

こういう彼の人柄は、悲観的な今の状況に置いて一種の癒しと化していた。

 

「それにしてもよ、ミミもメルルも何で顔赤いんだよ?熱でもあるんじゃね~か?」

 

「――な、何でもない!何でもないです!ちょっと緊張してるだけ///」

「――煩いわね!元はと言えばアンタの所為でしょうがッ!」

 

「コイツは平気そうだし…。俺とコイツだけで悪い奴全滅させられそうだぜ」

 

 この時点で再出撃の準備は整っているのだが、メルルとミミの顔が紅潮している事に言及するジーノ。

対するメルルは慌てふためき、ミミは激昂し怒鳴り散らす。

この二人は高熱に侵されているのではないか?

そう勘繰るジーノは、灰の剣士と二人だけで出撃する考えを示した。

彼と二人だけでも『深みの聖堂』の敵勢力を一掃できる。

一見、驕りとも取れる発言のジーノだが、実は彼の考えには灰の剣士も一部賛同していた。

このジーノ=クナープという長剣士、短絡的に見えてなかなかどうして物事の本質を突く場合も多い。

陽気ながらも何処か冷静で戦闘力も申し分ない、真に優れた冒険者なのだ。

 

「何言ってんのよ、私ら全員で行くのよ!今度こそトトリを助けるわ!」

「私もよ。剣士さんにも助けたい幼い子供だって居るんだから!」

 

「そうだったぜ!今度こそ俺達でトトリと、そのチビッ子助けてやろうぜ!チビッ子はともかく、トトリは絶対ビービー泣いてやがるに違いねぇ!」

「ないない、それは絶対ないって…」

「トトリさん私より年上ですよ、仮にも」

 

「…ソイツはどうかな?このロスリックって所、俺でも一人だったら喚き散らしてたぜ、きっと」

 

「アンタ…」

「ジーノさん…」

 

 飄々とした様子のジーノだが、ある瞬間を境に憮然とした真剣な顔つきへと変貌する。

ある意味でミミやメルル以上に、ロスリックの魔境ぶりを本能的に理解していたジーノ。

彼は何一つ恥じる事無く、この地域の異常性を訴えていた。

何せ彼は身を以て精神に異常をきたし、血に飢えた状態で敵味方の判別さえ欠如していた経験を経てしまったのだ。

(本編前夜編 第161~162話参照)

彼の言は、一種の本質をついているのではないか。

そんな彼の言及に、ミミもメルルも反論できずにいる。

 

「故に、我々が率先し現状打破に努めなくてはならぬ!皆、再び身を引き締め挑むぞ!覚悟はいいな!」

「「「――応っ!」」」

 

 そろそろ出撃すべきだろう。

ジーノ、ミミ、メルルへと檄を飛ばす灰の剣士。

今度はジーノを加えた4人編成での出撃となる。

彼の号令に勢いよく応じた3人は、各々で気を引き締め直す。

 

灰の剣士を始めとした一党は、再びロスリックへと挑んだ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

ジーノの長剣

 

魔力を帯びた希少金属と錬金術を駆使し、生み出された名剣。

非常に頑強な刀身でありながら抜群の切れ味を誇り、風の魔力を宿している。

適性のある者が握れば、強大な敵とも互角以上に渡り合えるだろう。

 

常に強敵との戦いを望み、心底楽しむだけの度量を併せ持つ陽気な剣士。

しかし、太陽とて何時かは陰り落日に変じる運命にある。

それでも彼の陽光は、褪せる事なく輝き続ける…心折れぬ限り。

 

別名『シュツルムセイバー』

 

 

 

 

 

 




何やらメルルと良い雰囲気になってしまいました。
当初の予定では、彼女との濃密な交流は構想していませんでした。
う~ん、どうにもキャラクターが独りでに動いている様な気がする。( ̄ω ̄;)
暫くは、R18がメインになるかも知れません。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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