ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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続きです。
特に語る事はありません。
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第164話―ロスリック・深みの聖堂、逸る決意―

 

 

 

 

 

 

異界の白服一式

 

異界の女性が着用する白服。

魔力を帯びた特殊な糸で編まれ、惜しみない手間暇かけた逸品。

品性を備えた意匠は、上流階級を示すものだろうか。

身に着ける者は、何処となく軍属を伺わせる。

 

想いはあれど力が伴わず。

それでも彼女は足掻き続ける。

故郷の再興を思うが故に。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

   デエェェ ―― ロスリックの高壁 ―― ェェェエン

 

 面妖な感覚を覚えてしまう。

呪いが蔓延するロスリックだというのに、見慣れた地形を目にした事で何処か安心している自分が居る。

今ここに連れ添っている長剣士『ジーノ=クナープ』という青年。暴走していた彼を救出した区域は、全く見知らぬ土地であった。

(本編前夜編 第162話参照)

だが此方は、途方もない周回と攻略を繰り返し見飽きる程に見飽きた場所だ。

この近域、いや、ロスリック全般の構造自体は、火継ぎの時代(ダークソウル3)とは然程の違いは無いとみられる。

また彼――灰の剣士自身も、土地勘そのものは当時の時代をそのまま引き摺っていた。

それ故、見慣れた光景を目にしてしまえば妙な落ち着きを感じてしまうのだ。

たとえ亡者と混沌勢の巣窟であろうと。

 

「今回は、この進入路(ルート)で攻略する。私にとっては、此方の方が勝手を知っているのでな」

 

「ロスリックの高壁…。あの時の私、結構出口に近付いていたのね」

「やっぱ此処も荒れてんなぁ…」

「城を守る砦って感じかな…」

 

 深みの聖堂から脱出を図り最も出口へと近付いていたのは、過去のミミ率いる一行であった。

ここから少し先へと進んだ場所で、彼女たちは限界を迎えたまま敵から身を隠し続けていた。

其処に運よく灰の剣士と出会い、漸く拠点街へと逃れる事ができたのである。

(本編前夜編 第155話参照)

対するジーノとメルルにとっては、初めて訪れる場所でもあった。

並み居る異形の群れは、灰の剣士が粗方片づけてはいたが、やはり荒れ放題なのは変わらず何れ新たな勢力が住み着いてしまうだろう。

 

「此処からなら、不死街まで大して遠くはない」

「不死街の何処かに、トトリが囚われている可能背が高いって訳ね?」

 

「確定ではないが、闇雲に探すよりは望みが持てる」

「よっしゃ、そうと決まりゃあ直ぐに行こうぜ!」

 

 見慣れたルートの方が、救出対象の居場所の割り出しも成功が期待できる。

それに今は敵も少なく、以前の彼が通った道筋を辿れば余計な戦闘回避にも繋がる。

 

「念のため、全方位に警戒を!伏兵には都合のいい地形だ!」

 

 現在、敵は数を減らしているとはいえゼロではない。

周囲には瓦礫や朽ちた木箱といった障害物が散乱し、それ等は身を隠すのに格好の道具となる。

もう過去の話だが、この区域は亡者狙撃兵が身を潜めていた。

今のところ伏兵のソウルも存在しない様だが、念には念を入れてだ。

ロスリックに来れば、否が応にでも当時の感覚が蘇る灰の剣士。

皆に警戒を呼びかけながら、祭儀場前広場に繋がる昇降機へと歩を進めた。

 

「お前さぁ、剣背負ってんのに何で斧なんて持ってんだよ?」

「私も気になってた。何か大事そうに包んでるけど、どう見たって剣よね?ソレ」

 

「…ああ、これか」

 

 動力源の判明していない昇降機で下りながら、ジーノとメルルが訪ねて来る。

灰の剣士は、言うまでもなく剣士だ。そんな彼が背負っているのは、布袋で厳重に包んだ一振りの長剣。

しかし彼はと言えば、今でも獣狩りの斧を携えている。

武器の温存なのか別の理由が存在するのか、二人は訊ねずにはいられなかった。

 

現在、彼が背負っているのは『ロスリックの聖剣』である。

本来は、ロスリック王子に授けられた直剣で、聖光の魔力を有した由緒正しき聖剣でもある。

これは四方世界ではない異界『魔術師の世界』にて滞在する、ロスリック王子から託された。

 

彼の双子の兄『兄王子ローリアン』を救ってほしい。

 

肉親を強く想う彼からの願いで預かった剣だが、今は魔力を喪失し只の美麗な剣と成り下がっている。

 

「武器としてではなく、道具として託された物だ。魔力の無いこの剣は真面に機能せんだろうさ」

 

 しかしこの剣を具体的に、どう使えばよいのだろう?

兄王子ローリアンの状態にもよるが、単に手渡せば良いのだろうか?

若しくは、この剣で切り付けろとでも?

こうして託された位だ、先ず真面な状態ではないのだろう。

そもそもカムイからの情報では、妖王オスロエスの手中に堕ちているというではないか。

然したる具体策もないまま不安を抱えるも、それを周囲に見せれば士気に直結する。

彼は平静を取り繕いながら、思案を巡らせていた。

 

「驚きだぜ、この城にちゃんと王族が居たのかよ!?」

「私も同感だわ。もう完全に機能停止、滅びたも同然なのに?」

「妖王オスロエス?…そんな悪の帝王みたいなのが、今も君臨しているっていうの?」

 

「その通り。オスロエスはともかく、双王子は邪悪に非ず」

 

 下層に辿り着いた彼等は、伏兵に警戒しつつ更なる歩みを進める。

 

これ程荒れ果てたロスリックでありながら、今も王族が健在だという事実。

ジーノ、ミミ、メルルは当然のように驚愕の反応だ。

だが、この事実には少々の誤解がある。

ジーノたちは、()()()()()()()()()()()()()()()()だと解釈しているのだ。

 

彼は説明を続けた。

 

繁栄期はいざ知らず、彼がロスリックと関わった時代では、既に世界そのものが滅びの時を迎える寸前であった。

最初の火が陰りし、あの火継ぎの時代。

生命の律を司る『最初の火』は限界を迎えつつあり、相反する闇の力が増大した時代。

誰しもがその影響下にあり、真っ当な生者など存在せず皆が皆、魂無き亡者と化すか不死の存在と成り果て酷い場合には異形と化す者も続出した。

件の双王子やオスロエスも、例外なく闇の因果から囚われていた。

オスロエス自身は狂った研究に没頭していたが、双王子は望まぬ使命を強要され或いは呪いの弊害で悲惨な境遇を強いられた被害者だ。

今でこそロスリック王子は、魔術師の世界と呼ばれる異界で安寧の生活を送っていたが、兄王子ローリアンは未だ呪いの汚泥に溺れているという。

灰の剣士とて、あの双王子の境遇全てを把握している訳ではない。

しかし幾ら特別な情を抱いていないとはいえ、そろそろ双王子は運命解放を許されても良いだろう。

 

「アンタも、四方世界の人間じゃないのよね?確か――」

「然り。私も火の陰りし時代に生まれ出でた者。そして、気が付けば不死人として活動を強いられた」

 

 事細やかにではないものの、ある程度は灰の剣士の素性を耳にしていた3人。

ミミが言う通り、灰の剣士も当時は真っ当な生者ではなく、今の四方世界で言うアンデッドに分類される身であった。

 

「酷い話よね、死ぬ事さえ出来ずに旅を強制させられるなんて…」

「もう過去の話だ。だが全ての終止符は打たれておらぬ、今もまだ…な」

 

 とにかく理不尽が闊歩しまかり通った彼の時代に、メルルは言いようのない憤りを覚えている。

あの時、火防女と共に確かに最初の火を自ら消した灰の剣士。

全ては決着したかと思われたが、彼等もロスリックも四方世界に流れ着き未だ過去の遺物を引き摺っている。

真の意味で全てを終わらせるなど、果たして今の彼に成し遂げられようか?

だがそれでも、己に課せられた役割だけは何としても果たし抜く。

改めて決意を胸に抱く灰の剣士。

程無くして一行は、祭儀場前広場へと辿り着いた。

 

「なんか此処だけ、真新しい物資やらが転がってやがるぜ」

「野営地って感じ。もしかして此処って――」

 

「そうだ、此処を冒険者たちの簡易拠点として設定していたらしい」

 

 王妹救出作戦を決行するまでは、数多の冒険者たちによるロスリック制圧が緩やかにだが進行していた。

ロスリック高壁の制圧も順調に進み、此処を基点として多くの物資や天幕が持ち込まれていたのである。

今でこそ物資の大半は散乱し、損壊だらけの天幕は殆ど機能していない状態だ。

だが嘗ての野営地であった名残は其処彼処に点在し、散乱した物資を搔き集めれば最小限の補給ぐらいは叶うだろう。

 

「今は人手も足りない状態だけど、規模が回復すればきっと――」

 

 地面に転がっていた投げナイフを手に取るミミ。

然して興味もないナイフを見つめながら、彼女は呟いた。

今でこそただの朽ちた野営地跡(ベースキャンプ)だが、冒険者陣営が勢力を盛り返せば再び此処も野営地としての機能を取り戻すだろう。

 

「この先も気になるんだよな」

「此処から城に行けるんでしょ?例の親玉も玉座で待ってるんじゃないかな?」

 

 祭儀場を抜けた先は、直接ロスリック城へと繋がっている。

これ見よがしに鎮座している巨城だ。ジーノもミミも冒険者として興味を抱くのも、当然といえば当然だ。

 

「どうやらオスロエスは不在みたいだ。今は挑む理由も薄い、城の敵は今までの比ではないしな」

 

 一応は城主でもある妖王オスロエス。しかしソウルを探れども、彼らしき存在は感知できなかった。

それにカムイの情報では、今も深みの聖堂に拠点を移しているという話ではないか。

ならば今この時点で、城に挑む理由など存在しない。

確かに荒れ果てながらも荘厳な城には変わりなく、否でも興味がそそられてしまうのは仕方がない。

冒険者としての血が騒ぐジーノたちの気持ちも分からないでもないが、今は成すべき優先事項が存在する。

 

本来の目的を見失ってはならないと改めて念を押す灰の剣士に、ジーノたちも再び気を引き締め直す。

 

「別に消耗もしてないし、このまま不死街に向かいましょ」

 

 此処に侵入はしたが、意外な程に敵とは戦闘も発生していない。そのお陰で労力も時間も割く事なく、此処まで円滑に辿り着く事ができていた。

ならば直ぐにでも先へ進むべきだと、ミミは不死街へ続く階段を降りようと歩を進めようとした。

 

「――待て、何者かが居るッ!」

 

 ジーノたちも続こうとした矢先、灰の剣士が突如として声を上げた。

 

「――何だよ、此処に来て漸く敵のお出ましか!?」

「何処に居るの!?結構狙われ易いよね、この地形!」

 

 灰の剣士の声に、ジーノもメルルも身構え周囲を警戒した。

またメルルの言う通り、此処は四方が城壁で囲まれている。

城壁から見下ろす位置に敵兵が配置されていれば、ほぼ一方的に狙い撃つ事ができる。

灰の剣士たちが居る位置は、いわば格好の的とも言えた。

 

――そう言えば、あのエレメールと妙な騎士にも襲撃されたな。敵は独りの様だが…。

 

以前、此処に訪れた時は、鈴玉狩りこと鉄茨のエレメールと面妖な藍染の甲冑騎士の襲撃を受けた灰の剣士。

そして震えて身を隠していた『吟遊連弩使い』とも、この場所で出会った事を思い出していた。

 

とにかく此処は、敵の襲撃を受け易い地形だ。

彼も気を張り、綿密にソウルを探る。

 

「――そろそろ、姿を現したらどうだ!?」

 

 かなり微小だが独特のソウルを捕らえる灰の剣士。

とある方角へと向き、大声を投げ付けた。

 

『…気配を消したつもりだったが、流石というべきか…灰の剣士とやら』

 

 声を投げ付けた方角から、女性とも少女とも取れる声が返って来る。

城壁の高い場所に陣取っていたのだろう。

白い衣服を身に纏った独りの女が、背の翼をはためかせ降下した。

 

「女つっても魔神かよ、油断すんなよ!」

「見た目なんかに惑わされないよ!」

「単独行動って事は、女系の魔神軍の中でも幹部クラスって所ね!」

 

 背に生やしていた翼だが、生物染みたものではなく魔力で生成したものの様だ。

地に足を付けた瞬間、背の翼は一瞬で消え去る。

それだけで、この女が只人ではなく魔神の眷属だと察する事ができた。

白い衣装を纏った女魔神、恐らく女系の魔神軍に属する一人なのだろう。

ジーノ、メルル、ミミは敵意を露わに武器を彼女に向ける。

 

「私は、女系の魔神軍に所属してはいない。…武器を納めてくれないだろうか?敵対する気は無いのでな」

 

 この女『白服の女魔神』に敵意は無いようだ。ジーノたちに対し、武器を納めるよう求めた。

 

「悪いけど信用できないわね。…けど、仕掛けて来ない限り先制攻撃だけは控えて上げるわ。取り敢えずはね」

「おかしな真似したら、速攻で切るからね!」

 

「そういう反応も無理はないか。まぁいい、其処の冒険者…灰の剣士と話がしたい」

 

「魔神軍じゃなくてもよ、敵には変わりないんだぜ。お前、油断すんなよ?」

「承知している。そこから一歩でも近づくな、その位置のまま話せ」

 

 あくまで敵意は無く灰の剣士と話がしたい。

そう要求する白服の女魔神に、尚も敵意と武器を向け続けるミミ、メルル、ジーノ。

だがミミが『先制攻撃だけは控える』旨を告げ、灰の剣士も一歩でも近付かない事を条件に話を聞く態勢へと移る。

 

「私も長話は好まん、手短に済まそう」

 

 早速だが本題を告げる事にした、白服の女魔神。

その内容とは、彼等の耳を疑うものだった。

 

   ―― 世直しに協力しろ ――

 

そういう要求だ。

言うまでもなく『白服の女魔神』も、四方世界の住民ではない。

此処とは違う別の世界から赴いた者の一人であり、彼女も()()()()()()()を携えていた。

彼女の住む世界だが、元は四方世界と近似した生命溢れる世界だった。

だが一部の支配者層の腐敗が横行し、既得権益の拡大と覇権争いの末、大規模な戦争に発展し不毛の世界と成り果てた。

緑は枯れ果て、土地は荒廃し、数多の生態系は破綻し、人心も社会も崩壊の一途を辿り、世界そのものが風前の灯火と化していた。

世界崩壊が目前に迫りながらも未だ争いに終着は見られず、唯々殺戮の日常が延々と繰り返される絶望の日々。

 

「それが私たちの住まう世界の実態。…私は故郷を救いたい、しかし私には力が無い。…足りんのだ、圧倒的に」

 

   ―― 自分の世界を救うため、共に来てほしい ――

 

それが彼女の要求だった。

本来なら自力で救世を成し遂げたい。しかし彼女自身、然程の力は備わっていなかった。

精々が下級魔神(レッサーデーモン)に毛が生えた程度である。

それ故、彼…灰の剣士に接触を図った次第である。

 

「…どうだろうか?勿論、協力してくれるなら出来得る最大限の見返りも用意する」

 

「…四方世界に帰還できる保証は有るのか?仮に有ったとしても、どれほどの期間を要す?」

 

 疑うべき要素に事欠かない、この女魔神の要求…依頼といった方が正しいか。

聞いた限りでは『狭間の地』での活動に似ている気もする。

仮に彼女の求めに応じたとしよう。その上で、四方世界に帰還できる手段が確保できるのか?

もし()()()()だとすれば、応じるなど到底不可能だ。

灰の剣士とて数多くの想いと願いを背負い尚且つ、真の巡礼を果たさねばならない身の上だ。

おいそれと無計画に応じる訳にはいかない。

 

「…あるにはある。だが専用の設備が崩落して久しくてな、帰還させるには君達換算で50年以上は掛かる」

 

「…他を当たってくれ。申し訳ないが応えられぬ」

 

 こうして四方世界に来訪したくらいだ、他次元の移動手段も持ち合わせていると考えるのが自然だろう。

しかし焦点となるのは、直ぐの帰還が叶うかどうかだ。

仮に彼女の住まう元の世界で活動したとして、無事目的を成し遂げたとしよう。だが帰還に何十年も掛かるようでは、向こうで骨を埋める様なものなのだ。

当然、灰の剣士にその様な覚悟も気概もない。そもそもこの女魔神の世界を救う義務さえ背負ってはいない。

 

「50年も掛かるんじゃ、向こうで一生過ごすようなモノでしょ?私ならお断りよ!」

「正直に話す貴女の誠実さは認めてあげるし、深刻な事情も汲んであげるけど、それとこれとは話は別だと思うな」

「それによ、なにもコイツ(灰の剣士)である必要なんかないだろうよ。お前と同じ考え方する奴、探せば居る筈だぜ」

 

 彼に続き、ミミ、メルル、ジーノも各々の見解を述べた。…と言っても誰もが難色を示す反応ばかりなのだが。

しかしメルルの言う通り、事情を包み隠さず明かす白服の女魔神の精神性には、ある種の好感と共感を抱ける。

この女魔神、他の魔神軍や混沌勢とは違い、此方側に近い精神性を有している様だ。

 

またジーノが指摘するように、何も灰の剣士に協力を仰ぐ必然性は全く無い。

幾ら魔神軍や混沌勢とはいえ、全てが邪悪で下卑た精神性の持ち主は限らないのも事実。

そう多くはないだろうが綿密に探し当てれば、彼女の価値観に共感する者も居るのではないか。

ジーノはそう指摘する。

 

「深みの聖堂で行われた闘技擬きだが、私の相手した女兵士は貴公に近い心情の持ち主であった。(少々力不足の感は否めないがな)」

 

 この女魔神が同志を求めている事情は察した。恐らく灰の剣士たちが想像している以上に、彼女の故郷は相当な危機に晒されているのだろう。

だからといい、安請け合いなど出来よう筈もない。

そこで彼は、深みの聖堂での出来事を話す。

 

王妹救出のため、彼は故意に敵の虜囚となり清拭の小協会へ連行された。

その後、敵側の催した『闘技擬き』に参加した訳だが、その対戦相手も今の彼女に近しい心を有していた。

余りに心許ない実力しか備わっていなかったが、戦闘以外でも協力できる分野はあるだろう。

(本編前夜編 第159話参照)

 

「駄目だ…、あの者たちでは駄目なのだ。力が…力が足りん…いや、必要なのだ。君の様な圧倒的な力の持ち主が…!」

 

「お前が鍛え上げたらいいじゃんかよ。後、お前自身も修行しな…!」

「そうよ、この人を連れて行かないでよ!」

「此処でも力を付けようと思えば、幾らでも出来るわ。同情はするけど、人生までは捧げられないって事よ」

 

「そういう事だ。この世界を改めて精査してみるといい。まだ見ぬ発見が有るやも知れぬ。…ではな」

 

 白服の女魔神が何よりも欲しているのは、灰の剣士の様な実力と精神性を備えた強者である。

彼女とて混沌勢の内情は、それなりに把握していた。

灰の剣士に言われるまでもなく、価値観を共有できそうな者に目星は付けていたのだ。

また極少数ながら既に同志も得ていたのである。

しかし彼等は総じて弱者ばかり。彼女でさえ大した力は無いというのに、彼等はそれ以下の力しか有していなかった。

志だけでは、何も成し遂げる事は出来ない。同時に力のみを有した暴虐の徒など、彼女の理想の障害でしかない。

 

想いだけでも、力だけでも…駄目なのだ。

 

彼女に一縷の偽りはない。それは灰の剣士だけでなく他の3人にも伝わっていた。

だがそれでも、彼女の要求には応えられない。

 

ジーノは曰く『自分で仲間ともども鍛え上げろ』と。

メルルは難色を示す『灰の剣士は渡せない』と。

ミミは提案する『この四方世界にも力を得る事は可能だ』と。

最後に灰の剣士から『もう一度この世界を精査してみよ』と告げられた。

 

「どうしても、私と共には来てくれない…と?」

 

「…そうだ。私たち以外にも、力持つ者は幾らでも居る。もう一度告げる、今一度この世界を精査してみよ」

 

 これ以上の問答は、時間の浪費を招くのみ。

冷徹なようだが灰の剣士たちは、その脚のまま背を向けた。

この女魔神の背負う重責びは同情に値するが、それは此方とて同じ。

灰の剣士たちにも果たせねばならない目的が存在する。

 

「――ま、待てッ…話はまだッ…ぐッ――」

()()()と警告したであろう?」

 

 背を向ける灰の剣士たちに尚も食い下がろうとする彼女だが、追い縋ろうと動いた瞬間、喉元に彼の手刀が突き付けられていた。

指先が触れるか触れないかという絶妙な感触を喉元に感じながらも、彼女は一歩たりとも動く事ができない。

 

   ―― 一歩でも自分達に近付けば、即斬り捨てる ――

 

彼の言は未だ生きており、下手に追い縋り食い下がろうものなら何時でも絶命させる事もできる。

それが、灰の剣士と白服の女魔神との歴然たる実力差でもあった。

 

「…ぁ…ぅ…」

「……」

 

 彼女は微動だに出来ない。不用意に動けば、この男は素手でも自分を殺せるだろう。

その位は、未熟な彼女でも本能的に察する事ができた。

 

「そのままで…ぬんッ…!」

「――ぅ…ぉッ…!?」

 

 身動き一つ取れず冷や汗を流す彼女に対し、灰の剣士は指先からソウルを送り込む。

彼の指先から彼女の喉元へ向け、青白い靄のような気体が一気に流れ込んだ。

対する彼女は、視線だけを下方へと向ける。

 

ほんの僅かな時間を置き、彼女の喉元から指先を離した灰の剣士。

 

「い…いったい…何を…!?」

 

 彼女は喉元を摩りながら、何が行われたのかを問う。

 

「私のソウルを少し譲渡した。後は自力で、ソウルを力へと変換させると良い。時が経てば自然とソウルは霧散しよう、あまり時間は無いぞ」

「…ソウルだと…?君には、これ程の力が――」

 

「そうしている間にも、ソウルは徐々に霧散を始めている。急いだ方が良い。…後は勝手にせよ、私たちはもう行く」

「…く…!」

 

 何もしないのでは、この女魔神は食い下がり纏い続けるだろう。一応敵対の意志はないようだが、目的達成の障害にもなりかねない。

 

そこで彼は、せめてもの妥協案として彼女にソウルを送り込んだ。

数値に換算すれば『一万ソウル』程だが、それを力に変換できれば彼女は今以上の実力を備える事ができる。

丁度、篝火や祝福(狭間の地ver)でソウルやルーンをレベルアップに変換するようなものだ。

尤も、この女が()()()()()()()()()()()()の話なのだが。

1万ソウルもあれば、あの時代の騎士級の実力を得る事が叶う。火継ぎ時代の騎士と彼女の世界の騎士に、どれ程の実力差があるのか定かではないが今よりも力を付ける事は確実だ。

しかし彼女は、外部から得たソウルを体内に留めておく術を有していない。

こうしている間にも、徐々に僅かずつではあるがソウルが霧散を始めていた。

そう指摘された彼女も、ソウルの特性を漠然と理解しているのだろう。透かさず懐から水晶に似た鉱物を取り出し、自分の体へと押し当てた。

するとみるみる間に鉱物へとソウルが流れ込み、やがては青白いソウルの色に満たされた。

この石になら、暫くの間ソウルを霧散させる事なく保持できる。

今はまだだが、何れソウルを力に変換させる術を見付けるとしよう。

 

「ふむ、その様な技術もあるのだな。…せめてもの手向けだ、もう付き纏うなよ」

「じゃあな、ネーチャン!」

「さようなら」

「頑張んなさいな」

 

「……」

 

 再び背を向けた灰の剣士たちは、今度こそ不死街へと歩みを再開した。

対する白服の女魔神も追い縋る真似はせず、ソウルに満たされた鉱物と彼等の背を交互に見つめ続けた。

 

「ちょっと可哀想だったね」

「同情はするけど、私たちにも事情と都合があるってものよ」

「悪い奴じゃなかったんだがな。ちょっとアレは無茶な要求だぜ」

 

「思っていた以上に、幾多もの世界が介在しているな。正に混沌の産物」

 

 過去に『冷たい谷のボルド』が出現した部屋を抜けた彼等は、白服の女魔神について言及していた。

彼女なりに相当深刻な事情を抱えていたのは理解できるが、だとしても人生を賭した介入までは出来よう筈もない。

余程この四方世界に見切りを付けたいのなら話は別だが、彼等には彼等なりにこの世界にしがみ付くだけの理由も存在していた。

 

ボルドの部屋を抜ければ、壮大な景色と共に断崖絶壁が彼等を待ち受ける。

 

「うひゃぁ~、たまげる程の景色だぜ…!」

「こんなに広かったんだね、ロスリックの遺跡群って…」

「私らは一度、絶壁の細道を渡ったわ。あの時も運悪く追手に襲われて、冒険者が一人犠牲になったの…」

 

 今も彼等の頭上では、あの赤黒い空と赤爛れた陽光が容赦なく照り付けていた。

以前の清らかな青い空であれば、感動を覚える程の絶景に早変わりしていた筈だ。

しかし今の赤黒い空の下、目に映るの不死街は不気味な事この上ない。真面な感性の持ち主なら、視界に納めた傍から気分を害すであろう。

 

また当時のミミは、王統府要人や冒険者たちを引き連れ、断崖絶壁とロスリック高壁を挟む細道を渡っていた。

だが道幅は異様に狭く、横並びの大人数人が横並び出来る程の幅しかない上、真下は底なしの奈落が口を開けている。

落下しようものなら、先ず助かる見込みはないのだ。

そして運悪くミミたち一行は、敵の追撃に遭い一人の冒険者が落下死してしまった。

その時の記憶を思い出したのか、ミミは苦々し気な表情を浮かべている。

 

「渡るぞ、敵の居ない今の内にな…!」

 

 崖下の細道で襲われるのは、灰の剣士とて御免被った。

ソウルで隈なく探ってみたが、近隣に目ぼしい敵の存在は感じられない。

戸惑う皆に声をかけ、早急に渡り抜く事にした。

灰の剣士を先頭に、最後尾をジーノが担当、女二人を中心に隊列を組み渡る。

此処は強い風が吹き荒ぶ地形だが、今の空の影響なのかどうにも生暖かい。

 

「あ~もぅ、気持ち悪い風…!」

「ちょっと灰の剣士、もう少しゆっくり進んでよ!」

「しっかり掴んどけって、下を見過ぎるんじゃねぇぞ!」

 

 命綱でもあればいいのだが、直ぐに渡り切った方が良さそうだ。

そう考えた彼等は、前列の服を掴み細道を渡っている。

またこの場所は風に晒され易く、メルルの大腿部に生暖かい風が直に吹き付けられていた。

直接肌に触れるこの風は、とにかく不快の極みだ。陽光ほどではないが、これだけ強く吹き付けられれば鈍い痒みに見舞われる。

反射的に搔き毟りたい衝動を我慢し、灰の剣士のマントを掴むメルル。

しかし早歩きの彼の所為で、下手をすれば足が縺れそうになりバランスを崩しかけた。

メルルがバランスを崩しそうになる度に、後ろのミミとジーノから苦情が飛ぶ。

 

――軍単位での渡航は向いていないか。

 

落下の注意を払いながらも、今後を思案していた灰の剣士。

この進入路(ルート)は、彼にとって最も手馴れていた。

だが今渡っている細道だが、大人数人分ほどの横幅でしかない。

当然、集団での行軍には向いておらず、物資輸送の荷馬車なども渡れよう筈もない。

王都奪還作戦のためにも、ロスリックへの進軍は避けては通れない要害でもある。

だが、眼下は断崖前壁。こうして細道が存在していたが、なんとも頼りなく崩落してしまうのではないかと不安に駆られてしまうのだ。

部隊単位で移動するなら、別の進入路を確保するしかない。

残念だが、再編した王都軍は此処を通る事など不可能。

後回しになってしまうが、行軍に適した進入路の探索も重要となるだろう。

 

少々騒ぎながらも細道を渡り切る事が出来た灰の剣士たち。

此処から荒れた階段を下れば本格的に『不死街』へと入る。

だがロスリック高壁とは違い、少数だが敵が徘徊していた。

 

「敵は少ないが、質が厄介だ」

「何だよ、直ぐに片付くだろ?」

 

「混種の中でも上位種ばかり。複数同時となれば、脅威度は格段に跳ね上がる」

 

「この地形じゃ、やり過ごす事もできないわね」

「真正面から戦うしかないって訳か」

 

 不死街とロスリック城を隔てる巨大な吊り門扉が眼下に映る中、複数の混種が周辺をウロウロと徘徊していた。

一見普通の混種にも見えるが、アレは間違いなく『獅子の混種』呼ばれる上位種だ。

以前『吟遊連弩使い』と訪れた時には徘徊していなかったのだが、上位種が複数も居るとなれば少々厄介となる。

通常の混種とは違い、瞬発力も膂力も桁違いで異様に打たれ強い。四方世界の『トロル』の様に再生能力こそ備わっていないが、そのぶん踏み込み速度や跳躍力にも優れ敏捷性という面では勝っていた。

ミミやメルルが警戒する通り、地形の関係上やり過ごす事は不可能。真正面からの衝突は避けられなかった。

だがジーノは特に気にした素振りを見せていない。

獅子の混種との戦闘経験があるのか、それとも能天気なだけなのか。冒険者を長年続けてきた彼が、敵の戦闘力を侮るとは到底思えない。何か勝算あっての発言なのだろう。

 

「ま、見とけって♪俺が準備運動代わりに片付けてやるぜ!」

「あ、こらジーノ。全く単細胞なんだから!アンタ達は、ゆっくりと降りてきなさい」

 

「お、おい、貴公ら!?」

「大丈夫よ。あの二人なら」

 

 どう攻めたものかと考えを巡らせる灰の剣士を余所に、ジーノとミミが突出するかのように敵陣へと奇襲をかける。

これには彼も驚き制止させようとしたが、二人は既に眼下で戦闘を展開している。

しかしメルルは、ジーノとミミの様子にも然して驚く事はなかった。このような状況を幾度も経験していたのだろうか。

 

……

 

「…驚いたな。仮にも混種の上位種だというのに――」

 

 獅子の混種だが、6体は存在していたのである。

だがジーノとミミの巧みな連携の前に、実に()()()短時間で仕留めていた。

1体を灰の剣士とメルルの共同で仕留めたのが、最後の生き残りであった。

よもやこの二人が、ここまでの実力者であったとは。この結果に灰の剣士は、驚嘆の声を上げるばかり。

 

「よっしゃぁ、ざっとこんなもんよ!」

「何言ってんの、アンタの背中がら空きだったわよ」

 

「お前の隙を俺がフォローしてやったんじゃねぇか。この国でも変わんねぇな、お前の癖」

「アンタこそ防御が疎かなのは相変わらずね。もうチョット守りを磨いたら?」

 

「ね?あの二人、凄い息ピッタリでしょ」

「ああ。互いの短所を補い合い、動くべき時に的確に動いている」

 

 6体いた獅子の混種だが、実質ジーノとミミで殲滅したようなものだ。

調子づくジーノにミミが皮肉るも、第3者から見れば実に見事な連携を発揮していた。

 

もう数年前の出来事だが、まだ『アールズ』が国として存在していた頃、メルルはジーノとミミの二人と出会い行動を共にしていた過去がある。

二人は長年行動を共にしていながら口論を繰り返し、当時のメルルは、かなり不安を覚えたものだ。

だがいざ魔物と遭遇した際、二人は阿吽の呼吸で次々と脅威を排除。

そのお陰でメルルの活動は、円滑に進展し大いに助けられていた。

ジーノとミミの二人、単独でも桁違いの実力を誇るが連携が加わる事で、途轍もない戦闘力が発揮される。

それはこの国でも如何なく活かされ、これだけの実力が常時発揮されれば、下手な武装組織など二人の敵にもなり得ないだろう。

それだけに灰の剣士には信じられなかった。

ジーノとミミの連携を以てしても、ロンドール黒教会の自由にさせてしまったという結果に。

 

「アンタの言いたい事は分かるわ。…けど、あの女魔神『深き夢』って奴の仕業が大きいわね…!」

「アイツはマジでムカつく女だったぜ…!変な女軍団さえ召喚しなきゃ、俺たち全員が無事に脱出できたんだ…!」

「そうよ…!ライアスもトトリさんも行方不明になったりなんかしなかった…!あの女、絶対許せない…!」

 

 彼等の力だけではない、彼ら以外にも多くの実力者が揃い踏みし、加えて100人規模の冒険者軍団が救出作戦まで決行したのである。

本来なら、これで助からない筈はないのだ。

だが女魔神『深き夢』が、女系の魔神軍に加え女系の魔神王まで召喚する始末。

これにより形勢は一気に逆転し、今も多くの冒険者たちが虜囚と化している。

またジーノたちの隣人であるトトリやライアスも、今や行方不明。

安否さえ分からない現状に、メルルは怒りの形相を浮かべていた。

 

「その女は、かなり危険な存在らしいな。今後の障害となるのは確実か」

 

「さっきのネーチャンとは、何もかも()()()()ぜ!」

「アンタも気を付けた方が良いわよ。アイツだけは油断ならないわ!」

「そういえば剣士さん、あの女の魔法を真面に受けてたもんね、背中に…」

 

 これ程の実力を有しているジーノたちでさえ、あの『深き夢』という女魔神には好いように翻弄されていたという事実。

灰の剣士も王妹救出の際、あの深き夢から『ほうき星』という輝石の魔術で妨害を受けていた。

今も羽織っている外套だが、これはロスリック製の布で拵えられ魔力に対し耐性が宿っている。

だが彼女の魔力は絶大で、外套越しに多大な痛痒を負わされた。

その現場にはメルルも立ち会っており、当時の記憶を思い出している。

先程、ロスリック高壁で出会った『白服の女魔神』とは、比較にならない程の実力者である事は疑いようもない。

 

深き夢なる女魔神だが、彼等の脳裏に色濃く刻み込まれていた。

新たな障害に警戒しつつも、彼等は歩みを再開しようとする。

 

『その女は、僕らも手を焼いてるんだ…!』

 

 巨大な吊り門扉を開けるべく傍のレバーを引こうとした矢先、先に門の方が金属音と共に吊り上がり道が開けてしまう。

だが門が開く際、向こう側に複数の人影を視界に収めていた灰の剣士たち。

 

「アンリ、それにカムイまでも…!?」

 

 灰の剣士たちよりも早く、向こう側からアンリたちがレバーを引き門を開けていたのである。

声の主とは、アンリ率いる反抗組織(パルチザン)の面々だった。また彼女たちに加え、王の黒い手カムイの班も同行している。

 

「おぉ、アンタらって何度も手ぇ貸してくれた――」

「アンタ達も無事だったのね」

「何度も助けようとしてくれたのに、私たちが力不足なばっかりに――」

 

 灰の剣士のみならず、ジーノ、ミミ、メルルも、アンリたちとは面識があった。

 

「これでも探したのだ。貴公らと何度合流を願った事か」

 

「王妹救出の件、本当に大業だよ。…けど、新たな問題が発生したんだ」

「例の女が行動を起こし、幼子を新たな生贄として連れ去った」

 

「――な、に…!?そんな…まさ…か…!?」

「「……」」

 

 以前の侵入でもアンリたちとの合流を秘かに望んでいた灰の剣士。

もし彼女たちと共闘すれば、さらに効率よく作戦を展開できただろう。

どうやら彼女達も独自で動いていた様子だが、唐突の再開に取り敢えず安堵した灰の剣士。

しかしアンリたちから寄せられたのは、凶報そのものであった。

 

   ―― 見習い勇者が攫われた ――

 

灰の剣士が王妹を始めメルルたちを救出した直後である。

聖堂大広間は忽ち大騒ぎとなり、深き夢が即座に動きを見せた。

女系の魔神王を差し置く様な勝手気ままな動きに、他の構成員達も反発したが彼女に逆らえる者は誰一人として存在しなかった。

すぐさま動いた深き夢は、多くの冒険者を監禁した『清拭の小教会』へと急行。

灰の剣士の素性を探るべく尋問を開始したが、その過程で『見習い勇者』秘めたる潜在能力に目を付けた。

そして事もあろうか、王妹に代わる”新たな生贄”として連れ去ってしまったのである。

 

「申し訳ない、僕たちも現場に急いだんだが間に合わなかった」

「貴公の所為ではない、私があの子を連れ歩いた所為だ。あの子が一人で飛び出す事を恐れ、敢えて同行させた…私のな…!」

 

「そうだったのか、そういう理由があったんだね。どうしてワザワザ同行させたのか疑問だったんだ」

「クソ、こんな…こんな筈では…!」

 

 アンリたちが到着した時には、もう手遅れの状態だった。

深き夢の手に堕ちた見習い勇者は、そのまま連れされられ救出は叶わなかった。

その事に謝罪したアンリだったが、逆に灰の剣士の方が深く頭を下げる。

また心の奥底で何故あの少女が、継ぎ接ぎの町ではなく清拭の小教会に囚われていたのか、その理由が判明し一つの納得を得たアンリ。

この様な事態を招くのなら、どの様な手段を用いてでも継ぎ接ぎの町へと留めておくべきだった。

対する灰の剣士は、深い後悔と共に己の軽挙を恥じる。

 

「後悔するくらいなら、直ぐ動くべきであろう?()()()()()()()()()()()。これであろう?」

「お、おぉ…奪還してくれてたのか…有り難い…!」

 

 しかし自責の念に駆られている時間など、カムイにとっては実に無駄の一言。

今何をすべきで、どう動くべきなのか。悔い恥じるのは自由だが、他者から見れば何もしていないのと同義である。

少しでも己を恥じるのなら、その汚名を少しでも濯ぐ方向に舵を切るべきではないだろうか。

一見冷徹な物言いだが、カムイの言は実に合理かつ現実的だ。

言葉少ないながらも灰の剣士の装備を取り返していたカムイたち。

ソウルの業で、意識内のインベントリから彼の武具一式を取り出した。

 

名刀『月隠』、孤電の杖、コンポジットボウ。

 

思わぬ形だが待ちに待った装備が手元に戻って来た事により、灰の剣士は僅かに表情を綻ばせ直ぐに装備し直す。

少々装備重量が嵩張るも、敢えて『獣狩りの斧』をそのまま持参する事にした。

 

「あのぉ、私の剣て有りました?」

「…どれか分からん。無かったら申し訳ない」

 

 装備を奪われていたのは、此処に居るメルルも同様である。

カムイやアンリたちが装備を取り返してくれたのなら、自分の分も有るのではないか?

メルルは遠慮がちに訊ねてみた。

灰の剣士の装備は把握していたカムイだったが、メルルについては詳細が分からない。

あの安置所で取り返せる物は全て取り返したつもりだが、彼は乱雑に具現化させ全て地面へと置く。

 

「え~と、あ、あったぁ♪これこれ、やっと取り戻せたぁ…♪」

 

 メルルの愛用していた剣も手元に戻り、彼女は安堵と喜びの声を漏らす。

彼女の武器も錬金術を用い錬成した剣で、聖なる祝福の魔力が付与されていた。

漸く戻って来た愛剣に、何処か感動すら覚えていたメルル。

 

「そういえば『他の冒険者たち』はどうなった、無事なのか?」

「今のところ心配はないよ。あの継ぎ接ぎの町で一時待機させてある」

 

「そうだったか。貴公らには感謝してもし切れん」

 

 あの小教会には、見習い勇者以外にも大勢の冒険者が居た筈だ。

あの少女に意識が向きがちだが、あの中には『吟遊連弩使い』や最後の王統府の一員である『獣人戦士』も含まれていた。

彼等も無事なのだろうか、その事も気になっていた灰の剣士。

だがそれは杞憂で、アンリが継ぎ接ぎの町に非難させてあると告げる。

本当は自分の手で彼等を救い出したかった灰の剣士だが、アンリたちの働きに改めて深い感謝を示す。

 

「それで、どうするのだ?我らと共に行くか?」

「……」

 

 こうして武器が戻って来た事は、実に喜ばしい。

アンリやカムイの尽力は、此方にとっても有用に事を運んでくれる。

見習い勇者の危機は予想外だったが、この二人が伝えてくれなければ気付く事さえ出来なかった。

アンリたちが伝えてくれた以上、やるべき事は一つ。…だがしかし――。

 

今の灰の剣士は、ジーノたちと共に活動している状態だ。

トトリを始めとし今も彷徨い続けている冒険者たちの救出に、彼等は動いている。

今ここでアンリやカムイと共に、深みの聖堂に急行する事は可能だ。

しかしそれとは引き換えに、ジーノたちを置き去りにする事に繋がる。

彼等では、灰の剣士やアンリたちの行軍速度に付いては来れないからだ。

 

彼は逡巡する。

見習い勇者の救出を最優先させるか、今の役割に徹するべきか。

 

「……」

 

 ジーノたちと目が合う。

暫し無言のままの灰の剣士に、メルルが声をかけた。

 

「行ってあげて剣士さん。私たちよりも幼い子供を優先させてあげて!」

「…アールズ卿…」

 

「そうだぜ、俺達に気を使わず行ってこい!」

「私らの真の実力、思い知ったでしょ?」

「私たち3人、前にも組んだ事があるの。今度は簡単に這いつくばったりしないよ」

 

 メルルに続きジーノやミミも、彼に対し言葉をかけた。

たとえ灰の剣士が居なくとも、今度こそ自分達だけで対処していける。

また直前の戦闘でも、ジーノとミミは抜群の連携で強敵である『獅子の混種』を複数仕留めていた。

そこに武器を取り戻したメルルも加われば、生半可な敵勢力では彼等を止める事は出来ない。

今も惑う灰の剣士の背を押すジーノたち。

 

「…承知した、この地図を託す」

 

「おぅ、これが無いとトトリの居場所も分からねぇしな…!」

 

 拠点街の工房(アトリエ)で、地図にトトリが居ると思わしき場所に『印』を付けていた灰の剣士。

それがアテになるかどうかも怪しい精度だが、闇雲に探すよりは遥かに特定も捗る。

その地図をジーノ手渡し、アンリたちと共に行く事を決める灰の剣士。

 

「帰り道は覚えているな?」

「心配しなくていいわよ。一度は通った場所、そして虹色石も各所に置かれているわ」

 

 ミミたちは転移の術を所持しておらず、引き返すとなれば徒歩での移動を余儀なくされる。

それだけでもロスリックでは危険極まりない状態なのだ。

しかし度重なる冒険者たちの活躍のお陰で、不死街下層までなら彼等の手が行き届いていた。

虹色石の配置もその一環で、これを辿れば大まかな道筋を辿り帰還も叶う。

更に一度きりとはいえ、ミミは此処を通っていた。

彼女が居れば万が一撤退する事になろうと、道に迷う事はないだろう。

 

あの火継ぎの時代とは違った意味で、危険地帯と化したロスリック区域。

相変わらず何が起こるか分からない魔境だが、今のミミたちを見れば何処となく奇妙な安心感さえ抱く事ができた。

 

「トトリの事は私たちに任せて、アンタは早くその子を助けて上げなさい!」

 

 最後にミミが発破の言葉をかけ締め括る。

 

「では任せた。アンリ、カムイ、聖堂へ急行するぞ!」

 

 彼等なら心配いらないだろう。

後事を託した灰の剣士は、アンリやカムイと共に聖堂へと急行すべく姿を消した。

先程とは比較にならない速度で、彼は聖堂へと向かったのである。

そんな彼等を見送ったミミたちは、気を取り直し自分達の成すべき事項を確認する。

 

「さて、先ず何処から探す?」

「え~と、この地図…どういう向きなんだ?」

「ジーノさん貸して、こう…ね、間違いないですよ」

 

 この不死街は多層に入り組み、彼から託された地図を見ても慣れない内は戸惑ってしまう。

何とかメルルが方角と向きを確認し、地図と現在地を照らし合わせた。

 

「近い所から探した方が良いわね」

「よぅし、一番危険な最前列は俺担当してやる!」

「フン、相変わらず脳筋ねアンタは。こういう時は最後尾に就き、奇襲に備えるものよ」

 

「二人とも、あの時と変わっていませんね」

 

 もう数年前のやり取りでも、こんな会話を交えていたジーノ、ミミ、メルル。

ほんの他愛無い会話だが、それだけ彼等の繋がりが強いという事に他ならない。

 

「トトリ、待ってて…!絶対に助け出してやるわ…!」

 

 決意を新たに、ミミたちも不死街奥へと歩を進める。

見晴らしのいい場所に出れば、ここからでも赤黒い空の原因と思わしき不気味な火柱が今も轟々と燃え盛っていた。

彼らの戦いも、再び始まるのである。

 

……

 

――頼む、無事でいろよ…!

 

見習い勇者の無事を案じ、聖堂へと急行する灰の剣士。

落下すれば命の無い高所であろうと、彼はお構いなしに跳び下り降下する。

自由落下に任せながらも、彼は所持していた『フックショット』を駆使し、立体的な機動で効率よく最短距離を進んで行く。

既にアンリやカムイとは距離も離れていたが、そんな催事はお構いなしにと突き進む。どうせ彼等とは後で合流できる、何の心配もいらないのだ。

継ぎ接ぎの町に、吟遊連弩使いを始めとした冒険者たちが身を寄せ合っているのなら、ある程度の安全は確保されたという事だ。

今は、見習い勇者の事だけに意識を集中した。

あっという間に不死外下層の廃教会に到着、昇降機を作動させ『生贄の道』へと差し掛かっていた。

其処でも間髪入れずフックショットを駆使し、アクロバティックに最短距離を突き進み降下する。

途中で幾多もの敵が行く手を阻もうとしたが、地形を無視した彼の進軍を誰も止める事ができなかった。

というよりも、指一本触れる事さえ叶わなかったのである。

 

「――邪魔だ、退けッ!」

 

 彼との進行方向が合致したのは、幸運なのかはたまた不幸と言えるのか。

偶然にも彼の進路に陣取っていた敵が飛び掛かろうとするも、擦れ違いざまに斬り裂かれた敵は何が起こったのかも認識出来ないまま真っ二つに泣き別れた。

 

一方やや遅れて行軍していたアンリとカムイ。

灰の剣士が深みの聖堂麓まで到着していた頃、二人は漸く廃教会の昇降機を作動させ下層へと降りていた。

 

「彼、不思議な道具を使っていたね」

「随分便利な代物だ。アレがあれば、さらに洗練された移動も可能か」

 

 フックショットを駆使し地形無視で行軍していた灰の剣士を、アンリたちも唖然と目にしていた。

翼も無いのに飛ぶかの如き鮮やかな動きで、あっという間に下層へと降りっていた灰の剣士。

アンリもカムイも、彼の持つフックショットいう道具に少々興味を抱く。

 

「――混沌勢のダニ共め、死ぬがいいッ!」

 

地形無視の高速移動を敢行する灰の剣士だが、それでも飛翔する敵は彼に追い縋り妨害を仕掛けた。

だが本来の装備を取り戻した彼の敵ではなく、間合いに入ったが最後、敵は例外なく自動的に死んでゆく。

 

「――オラ…オラ、オラぁ、オラオラオラオラオラオラオラオラオラぁッ!!」

 

 もはや一切の容赦がない。

中位級の魔神であろうとも、実力を発揮する前に切断されてしまうのだ。

間合いに入らず魔法で攻めればいい。そういう作戦へと変更する、女系の魔神軍たち。

しかし、あまりに速い彼の行軍速度に真面な狙いなど付けられようもなかった。

辛うじて有効射程に捕らえたかと思えば、既に彼は別の地点に移動しており射程外へと逃れてしまうのだ。

 

「――バわッ!?」

「――とぶぇッ!?」

「――ぎぇぉッ!?」

「――ぼぅうッ!?」

 

 不運にも彼の間合いに入り、瞬きする間も無く切断される混沌勢たち。

 

「――ひっ、やめッ…」

「――あたし等、女ッ…!」

「――待って許しッ…!」

「――反省する、だからッ…!」

 

 今、深みの聖堂の大半は女系の魔神軍が占めていた。それはつまり、女性系の敵が多いという事。

見た目麗しい者、性的魅力に溢れている者、相手を魅了する術に長けている者、実に女の強みを生かす手合いが忠実している。

しかし()()()()()()()()()

魅了の術をかけようにも一気に間合いを詰められ、気が付いた時には死を迎えている。

聖堂内に侵入した事で、彼は漸く徒歩の移動へと切り替えた。

これにより行軍速度は大幅に鈍り、もう三次元的な機動は行えないも同然。

此処からは自分達の土俵だと言わんばかりに、敵は数の暴力や精神干渉を駆使し妨害を仕掛ける。

だが彼は、屋内でも異常な速度で動き回り、敵が死ぬことに変わりない。

彼の行く手を阻む者は、たとえ魅力のある女性系といえど容赦なく斬り捨てられるのだ。

魔神以下の種族、魔人兵も多く所属し数の暴力で彼を行く手を阻もうとした。

 

「――ひょげっ!」

「――アブっ!?」

「――ごばっ!?」

「――ビぉウッ!」

 

 この魔人兵も大半が年若い女達で構成されていた。

しかしいうまでもなく雑兵程度の彼女たちでは、相手など務まらず無全に斬り捨てられるのみ。

 

「――ひぃ、助けっ…アレッ…?」

「――いや、死にたく…えっ…?」

「――もうやだ…て生きてる…?」

「――ひっ…いた…痛くない…?」

 

 だが不思議な事に、絶命を免れた女兵士達も存在していたのである。

()()()()()()()()()()()()()にも拘らずにだ。

運が良かったのか単に無視されたのか、彼女たちは半ば呆け気味に立ち尽くすだけだった。

彼女達の中には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そうな。

 

「――ええいッ、何をしている!?あの剣士を止めろ、誰でもいいッ!」

 

 部隊長を務める女魔神が喚き散らす。

灰の剣士を止めようと形振り構わず部下に命を下すが、一呼吸ごとに部下の命が失われていく惨状に業を煮やしている。

 

「フハハァ、このアタシが相手してやるよ!身の程知ら……ズ…?」

「邪魔ぞ」

 

 巨躯を誇る屈強な女魔神が灰の剣士へと立ちはだかった。

『こんなチビ捻り潰してやる!』と言わんばかりに意気込むも、次の呼吸に移る前に首と胴が離れていた。

 

「――もっとだ、もっと戦力を…ゴベッ!?」

「うるさい女め…!」

 

 何一つ好転しない戦況に、苛立ち喚く部隊長の女魔神。

しかしあまりに姦しい声量が災いしたのか、灰の剣士の目に止まり戦技『嵐の刃』で頭部を粉々に吹き飛ばされ絶命。

 

たった一人の剣士により、静謐(せいひつ)な聖堂は一瞬で激しい戦場と化した。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

メルルの剣

 

メルルリンス=レーデ=アールズが使用する剣。

彼女は錬金術士の経験を活かし、自らこれを錬成。

祝福に似た魔力を帯び、切れ味増強のみならず守備の加護をも備えている。

片手両手問わず扱い易く、実に彼女の手に馴染んだ。

伝説の聖剣に並ぶほどの力を有し、錬金術の偉大さを証明するに相応しい剣と言えよう。

 

見知らぬ冒険に慣れた筈の彼女。

しかし、未知は時に不条理に変容し容赦なく牙を剥く。

 

別名『聖剣ヴァイゼルエンデ』

 

 

 

 

 

 




フロム風に、フレーバーテキストも載せていますが、思い付かない時も多々あるので毎回必ずという分にはいかない場合もあります。その事はご了承くださいませ。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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