ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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今回は4人の魔神将との戦いです。
では投稿致しますドゾ。( ゚ ω ゚ )


第167話―ロスリック・深みの聖堂、対決・4魔神将―

 

 

 

 

 

 

水女(みずめ)のお(よう)

 

女系魔神軍に属する魔神将の一人。

幼い容姿は伊達や比喩ではなく若輩そのものである。

水魚の双子姉妹以上に、水を自在に生成行使できる能力を備える。

練った水の形だけでなく水圧も自在に変化させ、津波をも自由意思で起こす事も可能。

魔力で環境の水分を練り生成するため、周囲の影響で戦闘力の乱高下が激しい。

水辺や海辺なら脅威度は飛躍的に増し、逆に砂漠や乾燥地帯なら戦闘力は大きく激減する。

魔神将に属するだけの実力を備えているが、幼き故の不安定な情緒が現在の弱点である。

激情に駆られる状況も日常茶飯事で、駆け引きに持ち込まれれば容易く御される事も少なくはない。

彼女の能力は生まれつきのもので、元居た世界の住民は総じて精霊との親和性が高い傾向にあるようだ。

もっとも、彼女が天性の才を授かっている事実も否定できないのだが。

 

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炎女(えんめ)女郎(じょろう)

 

女系魔神軍に属する魔神将の一人。

整然とした貴族風の衣装は軍服を彷彿とさせ、魔神軍に属する前は軍に身を置いていた。

むろん、彼女も例に漏れず異界の出身であり、火の精霊との親和性が高い。

多条に分かたれた炎の鞭を駆使し、炎術と組み合わせた戦法を好む。

精神干渉と手法は好まず正々堂々とした戦いを望むのは、元軍人に起因しての事だろうか。

それ故、柔軟性に欠ける部分も散見される。

 

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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(推奨BGM ―ファイナルファンタジー4・ゴルベーザ四天王―)

 

 魔神将なる存在。

記憶する限り、上位の魔神の中でも一握りの上澄みだけが到達できる、栄誉に彩られた混沌の上級将校。

名もなき一体の上位の魔神でさえ、人族の小国にも比肩しうる力を有すという。

それ程の魔力や武力を備えつつ、異能力まで備えた個体も存在するというではないか。

そんな上位種の魔神の中でも一際異彩を放つ『魔神将』ともなれば、生半可な軍隊でも太刀打ちできるかどうか未知数だと評価されていた。

この四方世界ではない異界より舞い降りた魔神の軍勢、それを束ねる『魔神王』という魔神の長。

その魔神王の側近を務め、傍らで支え続ける魔神将という存在。

 

本来なら一介の剣士に過ぎない自分など、こうして対峙する事さえ叶わない筈なのだ。

何せ自分は、何処にでも転がっている只人の剣士で白磁等級(実は金等級)の冒険者。

所詮、ただの駆け出しの弱卒に過ぎない。

そんな自分に『魔神将』なる上位種が4人も揃い踏みし、命を奪うべく殺意をぶつけてくる。

 

――新種の罰ゲームか?

 

緊迫した死闘だというのに、その剣士は溜息まじりで身を翻し猛攻を回避し続けている。

 

「ホラァホラァ、手も足も出ないじゃんかぁ…キャッハハハ…!」

 

 得意気なセリフを吐きながら一人の魔神将らしき女が、周囲の水分で生成した無数の水弾を投射する。

女と表現するには幼過ぎ『只人の幼女』というべき姿の魔神将は、水を自在に操る能力者でもあり『水女(みずめ)のお妖』と呼ばれていた。

見た目は確かに幼いものの、水を自在に操る現象など容易く実践できるものではない。

真言魔法や精霊魔法にも水を精製する術はあれど、触媒や多大な精神力を代償にして初めて発現が叶う。しかもその効果といえば、自然現象の足元にも及ばない水準だ。

今、目の前で起きている現象や天候を操るレベルともなれば、それこそ人ならざる存在に頼るか国家規模の労力を要すだろう。

それ程の現象を、たった一人の幼女が息をするかのように行使している。

この事実こそが『魔神将』たる所以だとでもいうのか。

得意気に無数の水弾を(けしか)ける彼女からは、只人とは異なるソウルの波形を感じる事ができた。

四方世界とは別の異界の住民と判断して間違いない。

 

――あの幼女の住まう世界、まさか全員がこの水準(レベル)ではあるまいな。

 

水女(みずめ)のお妖と呼ばれる幼女は、確かに魔神将と称するに相応しい実力を備えている。

水を自在に扱う能力を目の前で見せられては、認めざるを得ないだろう。

だが彼は視界に映る幼女よりも、寧ろ彼女の住まう世界の住民に意識が向いていた。

幼い内から此処までの力を有し自在に制御するなど、尋常ならざる事態だ。

この幼女が特別なのか、それとも()()()()()()()()()()()()()なのか。

前者ならまだしも後者だとすれば、四方世界にとっては存亡の域に発展してしまう。

もしも『水女(みずめ)のお妖』クラスが、四方世界に大挙しようもなら人類種に太刀打ちする術など見当たらない。少なくとも灰の剣士の物差しでは。

しかし後者の可能性も捨て切れないのだ。

 

――あの3人も同じ世界の住民らしいな。

 

今は『水女(みずめ)のお妖』だけが積極的に猛攻を加えているが、後ろに控えている3人の魔神将からも似たような波形のソウルが感知できる。

その事実から、この幼女と同じ世界から流れ着いたと判断していいだろう。

少なくとも4人の女は、程度の差こそあれど自然現象を自在に操り行使する事ができる。

この事実が判明しただけでも四方世界の秩序勢にとっては、脅威以外の何物でもない。

 

今も無数に襲い来る水弾を避けながら、彼…灰の剣士は他3人の魔神将へと視線を向けていた。

 

――今ここで討つべきかもしれんな。

 

放置すれば世界滅亡に直結しかねない程、彼女らの潜在能力は計り知れない。

今は水弾を仕掛けているだけだが、これが全力とは到底思えない。

連れ去られた『見習い勇者』の救出を最優先する積りだったが、今こうして本陣に近付いている状況を好機と捉える事もできる。

後々の脅威となるのであれば、早い内に災いの芽を摘む事も決して無駄ではない。

仮に討伐とまで至らずとも、この女系の魔神軍の実力を我が身で推し測り情報として持ち帰る。

そうする事で今後の戦いを有利に導く事も、然う然う無駄にはならない筈だ。

 

――少し気が変わった。

 

適当にあしらい離脱する予定でいたが、戦う方へと意識を切り替えた灰の剣士。

 

「ホラホラホラァ、逃げるだけ必死でやんのぉッ!あたし一人で充分じゃんかぁッ、キャッハハハハ…!」

 

 回避に専念していた灰の剣士。

確かに無数の水弾は弾速も速く、時には変則的な軌道を描き彼に殺到した。

先ほど戦った()()()()()()()とは比較にならない能力を、この幼女は容易く発現している。

極一部の数発は、腕にマウントさせていた中盾で防いでいたが、着弾の反動から威力の高さも物語っていた。

水弾は丸型を形成していたが、その気になれば矢型や刃物型に変形させるなど造作も無い筈だ。

 

「今度は切り傷や刺し傷にも気を付けなよぉ、キャッハァァッ…!」

 

 警戒した傍から彼女は高笑い交じりで、水弾を刃物や矢型へと変形させ投射した。

先程の水弾でも中盾で受け止めれば、かなりの衝撃が浸透していたのだ。

刃物や矢型の水弾を食らおうものなら、一発でも致命傷になりかねない威力が備わているのは分かり切っている。

更に加虐的な嘲りで水弾を嗾けた『水女(みずめ)のお妖』なる幼女。

今まで以上に高速かつ変則的な軌道で、彼に向け投射する。

 

しかし避けられない程でもない。

 

彼とて全力で回避していた訳ではないのだ。

敵の内情を探るため消耗を抑え敢えて加減していたに過ぎず、彼の継戦能力は些かも衰えてはいなかった。

 

「何だよコイツ、全然当たんねぇじゃんかぁッ…!」

 

 今以上の速度と小回りで刃と化した水弾を回避し続け、時には武器で時には盾受けで防ぎ切った。

 

「剥き出しの感情など――」

 

 それだけではない。

回避の合間に反撃さえ加え、『水女(みずめ)のお妖』目掛け月光波を数発応射する。

得意気に彼を攻め立てていた積りの『水女(みずめ)のお妖』だったが、その実、彼には全くの有効打を与えていなかった。

その事実に次第に苛立ちを募らせた結果、彼女は反撃に対する意識が欠落していたのである。

 

「――なッ…!?」

 

 突如、視界を塞がれ岩塊の破裂音が彼女の耳を打つ。

 

「――これ、しっかりせんかいッ!」

「――ぇ…えっ…!?」

 

 老婆…土女(つちめ)のオババから叱咤され、漸く現状に理解が追い付いた水女(みずめ)のお妖。

彼が反撃とばかりに放った月光波だが、結局は『土女のオババ』が形成した岩塊に助けられていた。

 

「――おいッ余計な事すんなババァッ…!」

「反応もできんでよう言うのう、今ので死んどったぞお主、フェフェフェ…!」

 

「――///…ッっ!!」

 

 彼が放った反撃の月光波。

その応射に『水女(みずめ)のお妖』は反応すら出来ていなかったらしく、土女のオババの加勢が無ければ確実に死んでいた事実が判明する。

それを指摘され顔面を沸騰させる彼女は、攻撃を忘れワナワナと全身を震わせた。

 

「その老婆に感謝するのだな。実力は認めてやるが感情も制御できんようでは、本当に幼き未熟児なのだな」

「――お前ぇッ…!!」

 

 今度は灰の剣士からも駄目出しを食らい、『水女(みずめ)のお妖』は完全に怒り怒髪天と化す。

 

「――ゴロジでや゛る゛ぅぅッ…!!」

 

 完全な経験不足と未成熟な精神性。

それが『水女(みずめ)のお妖』の致命的な欠点だ。

確かに脅威とも取れる水の生成力と行使力だが、未熟で短絡な思考が露呈し墓穴を掘る結果となる。

敵からも味方からも指摘された彼女は、半ば暴走気味に一瞬で津波を形成。

 

――この辺りは魔神将だな、津波まで生み出すとは…!

 

幾ら精神が未熟であれど、彼女は紛う事なき魔神将の一人。

水場の水分を媒介に生まれつきの魔力で瞬時に津波を生み出し、灰の剣士を圧し潰さんと仕掛ける。

大広間を覆い尽くす程ではないが、彼一人なら優に飲み込む事の出来る水量だ。

たかが知れた大広間の水量だが、もし周囲が海や水辺なら彼女の脅威度は格段に跳ね上がっていただろう。

然程の規模でもない津波だが、流石に彼も警戒し身構えた。

 

津波が彼に迫り圧し潰さんとしたが、またもや奇怪な事象が発生。

迫る津波は一瞬で水滴と化し、彼の眼前で霧散した。

 

「――…!?」

 

 いったい何が起こったというのか。

フード奥で訝しむ灰の剣士は、後方の魔神将たちに目を配る。

 

「――テメェ、何の積りだぁッ!?」

 

 後方に向け怒号を飛ばす、水女(みずめ)のお妖。

その怒りの矛先は、同じく魔神将『風女(かぜめ)の将姫』に向けられていた。

津波を消失させた張本人が、風を自在に司る『風女(かぜめ)の将姫』なる魔神将であったのだ。

尚も激昂する水女(みずめ)のお妖だが、奇妙な事に灰の剣士も同じ考えであった。

結果的に津波の脅威から逃れる事となったのだが、『風女(かぜめ)の将姫』が寝返ったとは考え難い。

しかし彼女は何も答えず、炎を司る魔神将『炎女(えんめ)の女郎』へと目配せする。

 

彼女の目配せに呼応した『炎女(えんめ)の女郎』が、両手より炎を生み出し灰の剣士へと吹きかけた。

 

「――くッ…やけに中途半端だな」

 

 だが吹きかけられた炎は彼を焼くでもなく、周囲に拡がり燃え続けるだけだ。

一応外套で炎熱を遮断する彼だが、彼女達の思惑が読めず防御態勢で様子を窺った。

彼の周囲は炎で焙られ続け、徐々に気温が上昇してゆく。

津波が霧散した事で水蒸気が炎で焙られ、彼の周りは異常な熱気と湿度に見舞われていた。

 

――しまった、()()が狙いかっ!

 

敵の思惑に気付いた瞬間には既に手遅れと化していた。

今や彼の眼前は異常な高温と湿度の霧に満たされ、殆ど視界も効かない環境だ。

 

「…息が…()()ッ…!」

 

 加えて桁違いの気温と湿度は、彼の呼吸にも支障を及ぼす。

高温多湿の環境下では心拍数が跳ね上がり空気も重くなり、結果的に呼吸への悪影響に繋がってしまう。

彼とて只の人間には違いなく、過酷な環境変化に対応できる身体は持ち合わせていなかった。

 

先ずは津波を形成し、超風圧をぶつけ水蒸気へと霧散、そして炎熱の炙りによる高温多湿の環境構築。

それが敵の狙いだった。

恐らく『水女(みずめ)のお妖』の策ではないと思われる。大方、老婆である『土女(つちめ)のオババ』の思惑だろう。

()()()()()()()()()を強いられた灰の剣士も、これには堪ったものではなかった。

そして動きを止めてしまった事が悪手に働いてしまう。

 

「――クソッ…!」

 

 何とか重い身体を奮い立たせ上半身を捻る灰の剣士。

濃密で高温な霧の奥から突如として岩塊が襲い掛かり、彼は咄嗟に避けたのである。

だが岩塊の猛襲は更に続き、全方位に立ち込める濃厚な霧から次々と殺到した。

視界が効かない上、重く圧し掛かる呼吸困難という二重苦。

辛うじて意識を繋ぎ止め視覚に頼らずソウルの感知と気配察知のみで、次々飛来する岩塊を躱し続けた。

 

――おのれっ、空気の流れまで遮断したか…これでは()が…。

 

彼の周囲は高温多湿、そして『風女(かぜめ)の将姫』による空気操作が作用し、彼の周りだけ徐々に酸素が減少していた。

流石の灰の剣士と言えど、酸素が無くては生命維持など不可能。

視界を奪われ呼吸を奪われ、濃密な霧を隔てた全方位からの岩塊攻撃。

完全に敵の策に嵌り、彼は苦境に立たされる。

()()()()()を使えば危機を脱する事は容易なのだが、それでは『見習い勇者』の捜索に多大な後れを生じさせてしまう。

 

――脱出をッ…!

 

この領域から逃れなくては。留まっていては不利に陥る一方。

混濁する意識を奮い起こし、高温多湿な霧の領域から脱すべく一気に跳躍する。

だが――。

 

「――ぐぉッ…!?本物の壁…!?」

 

 考えが甘かった。

濃密な霧に阻まれ見えなかったが、霧の向こうには岩で形成された壁も全方位に張り巡らされていたのである。

つまり彼は高温多湿の霧だけでなく物理的な壁にも阻まれ、文字通り完全に閉じ込まれられていたという事になる。

 

「水、風、火、土による連携…!これ程とは…ぐぅッ…!」

 

 いよいよ追いつめられる灰の剣士。意識があるうちに『家路』の奇跡なりで脱出せねば、そのまま死を迎えてしまうのは確実だ。

窒息死するのか、岩塊で押し潰されてしまうのか、それとも閉鎖された空間を高熱で満たそうものなら、何れにせよ確実に死が訪れる。

油断した積りなど微塵も無かったが、流石に『魔神将』と称する事だけの事はある。

思えば混沌最底辺と蔑まれる『小鬼(ゴブリン)』でさえ、武器を作り、使い、時には知恵を絞り只人を罠に嵌め、勝利を収めてしまう事さえ起こり得た。

あの小鬼でも脅威と化す状況は多々あり、それが魔神将ともなれば百戦錬磨の彼とて危機的状況に陥る事など、珍しくとも何ともない。

 

――やむを得ん…フンッ!

 

薄れゆく意識の中、彼は術を行使する。

 

 

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「フェフェフェ、直撃音が耳に染みるわい」

 

 岩と霧の壁の外側では、土女(つちめ)のオババが確かな手応えを感じていた。

幾ら濃密な霧と炎熱による高温多湿の環境と言えど、空気の流れを遮断せねば直ぐに元に戻ってしまうものだ。

また優れた判断力を持つ者なら、容易に脱出という答えに行き着いてしまう。

そこで更なる策として霧の外側に岩壁を形成し、彼を完全に閉じ込めていたのである。

今頃は呼吸困難と高温多湿で、真面な運動力など発揮できまい。

展開した岩壁から更に岩塊を形成し、霧の外側から彼に投射する。

暫く避け続けていたようだが、彼女は岩塊の直撃を察知していた。今も無数の岩塊が彼に直撃し続けている事が、手に取る様に分かる。

 

「意外と呆気ない最後だったわね。武力の手番も無かったわ」

「だが勝利の為、脅威は早めに潰さなくてはな。真正面から戦えば間違いなく強敵だったのだが、それだけが残念だ」

「試合ではなく、これは戦じゃ。まぁ魔神将が連携を組む自体、滅多に起こり得ぬイレギュラーなんじゃがの、フェフェフェ」

 

 これだけ直撃すれば、彼と言えども肉塊と化している事だろう。

 

本来は戦士職を生業とする『風女(かぜめ)の将姫』は、武力の披露が叶わず少し落胆気味だ。

彼女に応える形で『炎女(えんめ)の女郎』が勝利の重要性を解き、それでいて灰の剣士の戦闘力に一定の評価を下し、本心では正面戦闘を望んでいた。

その二人を纏める形で『土女(つちめ)のオババ』が、彼の可能性と危険性に言及する。

そもそも魔神将が連携を組むなど、滅多に起こり得ない事態なのだ。況してや一人の只人相手に、執り行う策ではない。

だが危険の芽を早めに摘む事は出来たのだ。かなりの戦力を削られたが、意味ある勝利とみて間違いないだろう。

 

「ケッ、アタシ一人で勝てたってぇのッ!余計な事しやがって、年増どもっ…!」

 

「お主は、もちッと社会経験をせぇ!」

「そうね。寧ろ手玉に取られていたのは、貴女の方よ」

「そんな振舞い故、元の世界の同胞からも『メスガキ』呼ばわりされるのだ」

 

 最後に『水女(みずめ)のお妖』だけは、納得がいかないとばかりに他3人に非難をぶつける。

だが彼女は、威勢の割に感情を揺さぶられた挙句、土女のオババの加勢が無ければ呆気なく月光波の餌食と化していた。

その事を突かれ『土女(つちめ)のオババ』、『風女(かざめ)の将姫』、『炎女(えんめ)の女郎』から総出で指摘を食らってしまう。

 

「うるっせぇッ…!アタシこそが一番の魔神将だぞッ!」

「さぁて、止めは差しておかんとの…フンぬぅ…!」

「――おいコラ、無視すんなぁッ!」

 

 幼女の戯言に付き合うほど暇ではない。

もう物言わぬ肉塊と化していると思われたが、念には念を入れ止めを刺すべく魔力を込める土女(つちめ)のオババ。

先ほど展開した岩壁が中心部へと動き出し、既に死んでいるであろう灰の剣士を圧し潰さんとした。

高温多湿に空気の遮断と多数の岩塊攻撃、そして止めの岩壁による全方位からの押し潰し。

これで絶命は確実だ。

轟音と共に土煙が巻き起こり、立ち込めていた霧が四方に飛散した。

視界が晴れる頃には、展開した岩壁も崩壊し散在する破片も消失する。

 

「…んん、なんじゃ?あの鉄塊は…?」

「人の形をしている…いや…まさか…!?」

 

 むせ返る霧も岩壁も綺麗に消失したが、その中心部には人型に似た鉄の塊が鎮座していた。

人型の心当たりなど一つしかない。

土女(つちめ)のオババと炎女(えんめ)の女郎は、警戒しながら人型の鉄塊を注視した。

あれだけの岩壁で圧し潰した筈なのだ。

あの剣士が規格外の手練れだとしても只人には何ら違いなく、オーガ種でもない限り圧力に耐え切れる訳がない。

だが現に彼女らの視界には、あの剣士と思わしき鉄塊が微動だにする事無く佇んでいる。

 

「そういう事、アレは呪術の火『鉄の体』ね!」

「オイぃッ、全然ヤれてねぇじゃんかよっ!」

 

 間もなく人型の鉄塊は鈍い光を放ち、思った通り灰の剣士が悠然と此方を睨み付けた。

風女(かぜめ)の将姫の見解通り、灰の剣士は呪術の火『鉄の体』を発動し耐え忍んでいたのである。

全身を鋼鉄に変える事で、運動性と細やかな動作を犠牲に莫大な防御力を得る事出来る術だ。

物理的な防御は言うに及ばず、あらゆる術や環境変化にも高い体勢を持ち、敵が策を解くまで『鉄の体』で気を窺っていたという訳だ。

 

「あの剣士も我らと同じく異界の出身だな。では何処の世界から流れ着いたのか?」

「ソイツは後回しじゃ。こ奴を警戒させてしまったとあらば、同じ手は二度と通用せんて…!」

 

 これまでの戦い振りから四方世界には存在しない術を幾度も行使していた様子に、この剣士が異界出身なのは確定的だ。

では何処の異界から漂着した男なのだろう。

狭間の地が有力かと思われるが、どうにも違う気がしていた炎女(えんめ)の女郎。

疑念に包まれる彼女を余所に、土女(つちめ)のオババが更なる警戒を呼び掛けた。

 

「礼を言うぞ。これは完全な私の驕りだ、お陰で身が引き締まった」

 

 オババが懸念した通り、先ほどとは異なる気配を醸し出していた灰の剣士。

敵の能力を見定めるため敢えて動きも戦闘力も制限し出方を窺ったのが、そもそもの間違いだった。

彼なりに味方への情報提供を意識しての行動だったが、それこそが驕りであった事を深く悔いる。

心の何処かで遊んで(舐めプ)いた事を反省した彼は、腰を深く落とし突撃を構えを見せた。

フード奥に隠れた両眼から橙色の眼光を宿らせ、魔神将たちを見据えている。

 

下手な手心を加えていては、いつ認識外の搦め手に見舞われ命を落としてしまいかねない。

そんな事を繰り返していては、命が幾つあっても足りやしない。

もう真っ当な生者の積りでいたが、此処がロスリックという理由も手伝い『不死人』時代の感覚が何処かで蘇っていたのかもしれない。

故に『死に学び』という愚行を犯し、今のような危機的状況を招いてしまった。

それこそが彼の驕りであり慢心でもあったのだ。

 

「おい、なんかヤバくないか?アイツ…!?」

「当り前じゃ、どうやら本気で殺しにかかる積りじゃぞ!」

 

 明らかに異質の気配を纏う灰の剣士に、ふざけていた態度の水女(みずめ)のお妖も表情を強張らせていた。

 

「――斬滅する…!」

 

 完全に殺しにかかる灰の剣士。

敵の内情を探る為ではなく殲滅へと意識を切り替えていた。

先ほどとは比較にならない爆発的な瞬発力で、4人の魔神将へと跳躍した。

 

一瞬の後、凄まじい衝撃と共に金属音と火花が飛び散る。

 

「フフフ、嬉しいわ…。我が武力を御披露できるなんてね」

「…死にたいのは貴公か?」

 

 彼に抗したのは『風女(かぜめ)の将姫』だ。

彼女も肉弾戦を主とする戦士職で、秘かに彼との正面衝突を望んでいた。

細身ながら凹凸の目立つ体型で、局部を隠しただけの下着鎧(ビキニアーマー)という非常に露出の高い出で立ち。

並の男なら対峙しただけで性的欲求を覚え、彼女の美貌と相まり忽ち魅了されてしまう外観だ。

だが彼女自身、魅了するという意識はなく、単純に動き易いというだけの理由で今の装備を選んでいた。

それを証明するかの如く性的めいた動作は微塵も見せず、純粋に二刀の曲剣で切りかかる。

 

「私の土俵で戦う…、覚悟の現れと見受けるが?」

「我が誇り高き風の剣技、とくと御覧ぜあれっ!」

 

 漸く待ち望んだ剣と剣のぶつかり合いに、彼女は妖艶めいた笑みを浮かべ二刀による連撃で攻め立てた。

風を自称するだけあり、彼女の剣技は警戒で素早く変則的だ。

前職は『踊り子』だったのだろうか?

曲線美を描く太刀筋は非常に読み辛く、変幻自在でいながら高速連撃を繰り出してくる。

文字通り『舞うが如き』の剣技。

並の戦士なら曲芸染みた彼女の剣技に見惚れ、碌な防御手段も取らないまま切り刻まれていたであろう。

 

しかし今相手取っているのは『灰の剣士』と呼ばれる、あらゆる意味で規格外の戦闘力を誇る()()()()()であった。

彼女の得意とする土俵は、彼が最も力を発揮する土俵でもあったのだ。

 

踊りにも似た彼女の連撃は、悉く彼の刀に阻まれ一太刀も身体には到達していない。

突くよりも斬る事に長けた二刀の曲剣だが、非常に軽量で素早い剣技を繰り出せるが一撃の威力は低下してしまう。

しかし『風女(かぜめ)の将姫』なる彼女も短所は熟知しており、それを補う為に変幻自在の連撃で攻め立てていた。

それでも灰の剣士には痛痒を与える事ができず、剣や盾で防がれ時には綺麗に躱されてさえいた。

 

「やるわね…、貴方ほどの手練れと剣を交えられた事、大切な思い出として胸に刻んでおくわ」

 

 自慢の連撃を防がれていた彼女だが、何ら動揺する事無く徐々に速さを加え更なる苛烈な攻めへと転じていた。

刃を交わせば交わすほど、彼女の剣技は踊り染みた動きへと変化する。

速さと曲線美を兼ね備えた剣技は、過去に戦った『冷たい谷の踊り子』を彼に思い出させていた。

しかし剣技自体は真逆な程に方向性が違う。

あの『冷たい谷の踊り子』は、非常に緩やかながら緩急の落差が激しい剣技に翻弄され、幾度も死を迎えたものだ。

一方この『風女(かぜめ)の将姫』という魔神将は、速さと連撃を意識した苛烈で攻撃的な剣技で猛攻を加え続けている。

同じ踊りを意識したとて『風女(かぜめ)の将姫』は例えるなら…()()()()()()()に近い。

時間を追う毎に剣速が増し、次第に捌き切れなくなる。彼女の速さは増す一方で無限の持久力を思わる絶え間ない連撃の嵐は、遂に彼の胴体を捕らえた。

 

「――グふぅあっ!?」

 

 しかし吐血したのは『風女(かぜめ)の将姫』であった。

正確に言えば、()()()()()()()()()のである。

 

「グッ…何故…?」

 

 間断ない攻めも途絶え、彼女は腹部を押さえながら数歩後退する。

傷口を庇う手からは、夥しい鮮血が流れ落ちていた。

 

「速いが軽すぎる」

 

「ぐぅッ…ぬッ…」

 

 確かに彼女の剣速は、目を見張るものがあった。

流麗ながら激しく苛烈な剣技は、彼の防御さえ掻い潜る技量を誇り流石は魔神将を名乗るだけの事はある。

しかし軽さと速さを重視するあまり、一撃の威力が殆ど犠牲と化していた。

彼女の振るう曲剣は、彼を捕らえはしたのだ。

だが彼女の曲剣二刀は、薄い刃による切れ味を意識した構造で非常に軽量でもあった。

そして彼女の舞うが如き剣技と相まり変幻自在と速さを兼ね備える半面、一撃の衝撃力と重さを喪失していたのである。

深緑の外套に隠れていたが、灰の剣士は()()()を身に着けており防御面も抜かりがない。

彼女の曲剣は切れ味こそ優れど、皮膚を持つ敵に対してなら非常に有効に作用する。――が、硬質な鱗や鎧に対しては著しく効果が減衰してしまうのであった。

つまり数撃こそ貰ってしまったが、胴鎧に阻まれ全くの無傷で済んでいたのである。

 

風の剣技を自称した彼女の連撃速度は確かなものだが一撃の威力は非常に軽く、彼の防具で防がれていたという事だ。

どうせ避けられないのなら敢えて鎧で受け止め、その隙に彼女の腹部に一太刀を浴びせていたのである。

文字通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ。

 

更に言えば彼女は殆ど全裸に近い出で立ちで、乳房の先端や股間の恥部を覆っただけの下着鎧(ビキニアーマー)という装備品。

一方で、腕部や大腿部などを重鎧に近い装甲で保護しているという、バランスが取れているのか取れていないのか判断に困る装備構成だ。

鎧に覆われていない腹部など、無防御な女の柔肌そのもの。軽く撫でた程度の一太刀だが、無視できない傷を彼女は負っていた。

 

「何故だ…先ほどとはまるで違う、こうもアッサリ私が…――」

 

「申したであろう。()()()()()()

 

 白くも血色の良い妙齢女の柔肌は、どの様な状況でも色香漂う絶景だ。

そんな劣情誘う白肌から滴る、真っ赤な鮮血は何とも言えない奇妙な耽美を演出していた。

過剰な加虐心の抱く者なら、傷付いた彼女に襲い掛かり心赴くまま欲情をぶつけた事だろう。

彼女に一太刀浴びせた灰の剣士から見ても、彼女の傷付き悲痛に喘ぐ様は妙な嗜虐心が湧いてしまうのだ。

一見すれば彼女はワザと深く傷付いたフリで、此方を誘惑し油断を窺っているのではないかと勘繰ってしまう程、今の彼女は弱々しい姿を晒している。

だが彼女は戦士としての誇りを有しているのか、その表情から闘争心を喪失させてはいなかった。

尚も彼を睨みつけ、腹部を庇いながらも二刀の曲剣を握り締めたままだった。

 

それでも彼女は信じられないと言った表情も含ませている。

先程の灰の剣士は、まんまと魔神将たちの連携に嵌り危機に追い込まれていた。

しかしこうして剣での戦いになると、いとも容易く圧倒されてしまっている。

その事実を、彼女は素直に受け止められないでいた。

 

彼は灰の剣士。

文字通り剣による戦闘を得意とし、武器による戦闘は最も力を発揮できる領域でもあったのだ。

今も傷口を庇う魔神将『風女(かぜめ)の将姫』も剣技に長けた実力者だが、彼の水準には届かなかったというだけである。

 

「勝負あったな、投降するなら命だけは助けてやる」

 

 別段、傷付いた彼女の姿に心打たれた訳ではない。突如、()()()()()()()が脳内に過っていたからだ。

 

あれはロスリック高壁での出来事だった。

まだジーノたちと行動を共にしていた頃、忽然と姿を見せた一人の女魔神。

女系の魔神軍とは異なる組織に所属していた様で、彼ら…特に灰の剣士を勧誘すべく交渉を持ち掛けていた。

その女の話によると、自分達の元居た世界も戦乱に見舞われ存亡の危機に陥っていると言うのだ。

そこで武力と高潔な精神性を有す者を必要とし、彼等を引き込みにかかったのであった。

上品な白服を纏った女魔神は、混沌勢にありがちな世界の支配など望んではおらず、自分の世界を救う為に活動を続けていた。

結局、灰の剣士を始めとしたジーノたちは、彼女の誘いを断り早々に先へと急いだ。

かなり無念の表情を浮かべていた彼女を見るに堪えず、灰の剣士は妥協案とばかりに自らのソウルを分け与え強引に交渉を打ち切った。

(本編前夜編 第164話参照)

 

眼前で負傷に喘ぐ『風女(かぜめ)の将姫』だが、あの白服の女魔神が求めている人材に打って付けではないだろうか?

確かに美しい容姿に扇情的な身体つきでありながら、女の武器や魅了に頼らない戦いぶりは戦士と称するに値し一種の好感さえ抱けた。

この女こそ、高い精神性と実力を兼ね備えてはいまいか。

その様な思考が過り、彼は手心を加えた一撃に留めた上で、降伏を勧告した次第であった。

 

「甘く見ないでもらおう。これしきの傷、まだ戦えるわ、ヒールウィンド…!」

 

 流石は魔神将といった具合か。

傷を庇う掌から得体の知れない微風を起こし、深手だった切り傷を塞いでしまった。

ヒールウィンドという名前通り、傷を癒す風さえ彼女は生み出せる能力を有していた。

みるみる間に傷を癒した彼女は再び立ち上がり、剣の間合いまで彼に近付いた。

 

「さぁ、続きといきまッ――」

 

 だが次の瞬間、彼女の両脚が瞬時に消失。

再度床に転倒した彼女は、瞬きする間も無く消え去った両脚に目をやった。

 

「ぁ、ぁ…あぁぁ…足が…」

「投降せよと勧告したぞ、俺は」

 

 第二幕と意気込んだまでは良かったが、目にも止まらぬ速さで両脚を斬り落とされていたのである。

斬り落とされた両脚が床に転がり、体幹を崩した彼女は敢え無く床に転げ回る。

切断された切り口からは、鮮血が大量に流れ出ており床を赤く染め上げた。

あの白服の女魔神に義理立てする理由など無かったが、状況が許されるのなら願いを叶えやるのも吝かではなかった。

素直に投降し混沌勢から手を引くなら良し。だが歯向かうのであれば、遠慮なく斬り捨てるだけだ。

この女が敵である事は間違いなく、経緯はどうであれ数多くの冒険者や人々を苦しめて来た事に変わりはない。

所詮は混沌勢であり、この女は討つべき対象でもあるのだ。

 

「貴公の才覚、別の戦場で活かされるべきだ」

「グッ…ハァ、ハァ、…どういう意味だ?」

 

「言葉通りの意味だ。貴公を必要としている者が居る。その者の悲願が為、貴公が必要となる。…単にそれだけだ」

「何を言って…?私は今の軍で使命を――」

 

「何れ分るであろう。だが処置を急がんと確実に失血死するぞ?この局面を乗り切れねば、どのみち貴公に明日はない」

「ぬ…ぐぅッ…ハァ、ハァ、ハァ…」

 

「いま此処で死を選び忠を尽くすか、それとも明日に繋げ真なる理想が為、その才覚を振るうか。最後通告だ、これ以上抵抗するならその首刎ねるまで…!」

「ぅ…ぅぅぐ…(この男は本気だ…!)」

 

 両脚を切断したのだ。これで真面な抵抗など出来よう筈もない。

大腿部から下を失った『風女(かぜめ)の将姫』は、這いつくばりながら荒い呼吸で彼を睨み続ける。

もう戦う力など残ってはいなかったが、内に秘める闘争心だけは今も萎えてはいない。

その誇り高き精神に免じ、最後通告を下す灰の剣士。

例の白服の女魔神の件を仄めかしつつ、別の戦場で力を振るうべき。

半ば瀕死の彼女に、そう告げたのである。

それでも楯突くようであれば、苦悶に満ちながらも美しい素顔が胴から離れる。

フード奥で橙色の眼光を宿らせながら、彼女に切っ先と選択を突き付けた。

 

生き延びるか、此処で死ぬか?

 

ただそれだけの選択だ。

 

「…私は戦士だ…!」

 

 たとえ深手を負っていようと、真正面から灰の剣士を見据えた。

 

「…その意気や良し!」

 

 女系の魔神軍の何が彼女を惹き付けていたのか、彼には知る由もない。

この『風女(かぜめ)の将姫』は魔神将であると同時に、最後まで戦士としての矜持を失わなかった。

此処まで誇り高く潔い敵など、そう頻繁にお目に掛かれるものではない。

敵ながら天晴れ(あっぱれ)を体現したかのような『風女(かぜめ)の将姫』なる女の魔神将。

それ程にまで覚悟を決めているのなら、もう言う事はない。

彼女の心意気に微かな笑みさえ浮かべた灰の剣士は、首を刎ねるべく刀を振り上げる。

 

「――テンメェっ~…!調子こいてんじゃ――グベッ!?」

 

 そこへ激昂した『水女(みずめ)のお妖』が横槍を入れるべく、怒号で叫び一発の水弾を練っていた。

空気中の水分を搔き集めた、たった一発分の水弾は怒りと殺意が込められているかのように波打っている。

だが彼女にとっては仲間を助けるというより、格下と信じて止まない灰の剣士が許せないという感情が強かった。

全魔力で練り上げた水弾を放つ前に、彼女の顔面には『嵐の刃』が炸裂する。

 

「大人しく寝ていろ。幼き故、生かしておいてやる」

 

「ぁ…が…ぅ…ぁ…ぉ…」

 

 幼女の姿をした魔神将『水女(みずめ)のお妖』に、極限まで加減した戦技『嵐の刃』を投射していた灰の剣士。

実際の彼女の年齢など推し測れようもないが、残虐なまでに無垢で純粋なソウルの波形を察するに、本当に幼き子供である可能性が高かった。

未だ幼く若い生命なら、まだ更生や改心の余地が残っているのではないか。

この時点で邪悪には偏っていたが僅かな未来と将来性に賭け、彼は敢えて手心満載の一撃だけを加えたのである。

斬撃と衝撃を併せ持つ弾丸を放つ『嵐の刃』という戦技だが、ソウルの操作で風圧だけの弾丸を放っていた。

 

「がッ…ヒュ~…ヒュ~…ヒュ~…」

 

 顔面に直撃し不様に転倒した『水女(みずめ)のお妖』は、全身を痙攣させながら虫の息で辛うじて命を繋いでいるに過ぎない。

 

「腐っても魔神将だな。格下の下級魔神(レッサー種)は、今の一撃でも頭部が弾け飛んでいたぞ」

 

 たとえ虫の息であろうと顔面は原形を留めており、息も絶え絶えに彼女は生きていた。

大広間に乗り込む道すがら、一人の女魔神の顔面に『嵐の刃』を叩き込んだ事を思い出す。

厳密には中級魔神クラス指揮官役だが、『嵐の刃』により顔面は砕け散り即死していた者も居た。

今放った一撃は更に低威力だったが、アレに比べれば顔面は原形をとどめ尚も生きている水女(みずめ)のお妖。

この辺りは魔神将の持つ生命力の賜物という他ない。

だがいくら原型を残しているとはいえ、憎らしくも愛らしい素顔は崩壊寸前にまで潰れていた。

 

「――己ぇッ!これでも食らうがいいッ!」

 

 今度は『炎女(えんめ)の女郎』が横槍を入れ、炎の多条鞭を打ち付けて来た。

炎を纏い伸縮自在な幾多もの鞭が、彼の刀へと巻き付く。

炎を鞭を使うという点では、あの『女型の火蜥蜴(サラマンデル)』と共通している。

違うと言えば、あの蜥蜴女が単一の鞭なのに対し、この魔神将は多条に分れた鞭を使うという点だ。

しかし高温の炎のを宿している分、少し掠めただけでも多大な痛痒を負う危険がある。

今でこそ彼の刀を取り上げる為に巻き付けたのだろうが、それでも充分な炎熱が彼に降りかかった。

 

「――今の内に退避しろッ!」

 

 灰の剣士の足元には、両脚を失った『風女(かぜめ)の将姫』が今も這い蹲っている。

この位置関係では彼女を巻き添えにしてしまい、得意の炎を仕掛けられないでいた。

 

「――オババ、石弾で牽制をッ!」

「――分かっておるさね、ふんぬッ!」

 

 何とか灰の剣士と風女(かぜめ)の将姫を引き離さなくては。

炎女(えんめ)の女郎からの要請を受け、細やかな無数の石弾を放つ土女(つちめ)のオババ。

小石ほどの弾丸が、吹雪の如く彼へと襲い掛かる。

これしきで彼を仕留められるとは到底思えないが、何とか風女(かぜめ)の将姫には退避して貰わねば。

たとえ両脚を喪失していたとしても、せめて這ってでも移動してくれれば対処の使用はあるのだ。

 

「戦技、回れ回れ」

 

 だが石弾による牽制も彼には通用しなかった。

彼は獣狩りの斧で戦技『回れ回れ』を発動し、無数に殺到する石弾を全て防ぎ切る。

 

「――その厄介な斧も封じてやるッ!」

 

 宙で回転する獣狩りの斧も封じるべく、炎女(えんめ)の女郎は()()()()()()()を取り出し打ち付けた。

月隠だけでなく獣狩りの斧にも多条鞭が絡み付き、透かさず手元へと引き寄せる炎女(えんめ)の女郎。

これで灰の剣士の主力となる武器を封じる事ができた。

 

「後は反撃に…ぐアァッ…なんだッ…!?」

「――女郎のッ!」

 

 二つの多条鞭を駆使し刀と斧を引き寄せた筈だが、突如として炎女(えんめ)の女郎が苦悶の声を上げた。

彼女の悲鳴に、視線を向けた土女のオババも驚愕に目を見開く。

 

何と引き寄せた筈の月隠と獣狩りの斧は、炎女(えんめ)の女郎の両肩を切り刻んでいた。

 

「戦技『エオヒドの剣舞』、こういう使い方もある」

 

 ワザと多条鞭に絡み付かせたと見せかけていた灰の剣士。

彼女の視点では武器の奪取に成功したと思い込んでいたようだが、彼は引き寄せられたフリをしながら刀と斧にソウルを込め、戦技『エオヒドの剣舞』を仕掛けていたのである。

武器を封じたと錯覚した炎女(えんめ)の女郎は完全に油断し、まんまと両肩口を切り刻まれていた。

更に彼女の不幸は、それだけに留まらなかった。

 

「――うぐぅおがぁッ…!?」

 

 なんと彼女の両肩から爆発が巻き起こり、両腕の付け根から綺麗に吹き飛んでしまった。

 

「――ぅ…うぅぉおぉアァァぁッ…!!」

 

 両肩の爆発により、炎女(えんめ)の女郎の両腕が大広間へと散乱した。また爆発の衝撃と風圧でグシャグシャの肉塊と化している。

 

「――女郎っ!?くッ…貴方何をしたの…え…弓矢ッ…!?」

 

「そうだ。私の武器は剣と斧だけに非ず。爆裂矢の味を楽しんで頂けたか?」

 

 もはや立つ事も叶わない風女(かぜめ)の将姫は、健在な両腕で必死に上半身を持ち上げ灰の剣士へと怨嗟の言葉を投げつける。

そこで彼女が目にしたのは、弓矢を構える灰の剣士の姿だった。

彼との戦いで完全に失念していたが、確かに注意深く観察してみれば時折り弓矢らしき武器も見えていたのである。

 

「お…のれ…、矢に爆弾を仕込んでいただとッ…がはッ…!?」

 

 両肩を切り刻まれただけでなく、彼の放った爆裂矢により両腕をも失った炎女(えんめ)の女郎。

両腕を失ったとあらば、もはや真面に戦う事さえままならない筈だ。

 

水女(みずめ)のお妖は、顔面を砕かれ意識不明の重体。

風女(かぜめ)の将姫は、両脚を切断され満足に立つ事も出来ず。

炎目(えんめ)の女郎は、両腕を吹き飛ばされ戦闘不能状態。

これで五体満足な魔神将は、土女(つちめ)のオババだけとなる。

 

炎女(えんめ)の女郎の近くまで移動した灰の剣士は、多条鞭に絡め取られた月隠と獣狩りの斧を回収。

 

「さぁ、残るは其処な老婆と魔神王である貴女だけだ。もう一度問う、深き夢は何処に向かった。…答えねば今度こそ貴公らを()()()にする!」

 

「ぬぅ…これ程とはのぉッ…!」

 

 苦々しい表情で佇む土女(つちめ)のオババ。そして彼女の後方には、玉座に腰掛け無表情を貫いている『女系の魔神王』なる巨大な女。

ハッタリなど必要ない。このまま戦闘続行の意志ありと判断すれば、魔神王ごと皆殺しにするだけだ。改心や更生の余地ある者を除いて。

たとえ情報を得られずとも、女系の魔神軍を放置する理由など何処にもない。

橙色の眼光が一層光量を増し、老婆と巨女を射抜く。

その視線だけで魔力が込もっているのではないかと錯覚させる程、彼の眼光には迫力が灯っていた。

期待などしていないが今一度、深き夢の行方について問い詰める灰の剣士。

眼光だけでなく全身から白いソウルを噴出させ、()()()という発言が只の脅し文句ではない事を物語っていた。

 

あれだけの魔神を相手取りながら悉く勝利を収め、あまつさえ魔神将さえも戦闘不能に追いやられていた。

しかも彼は、まだまだ余力さえ残している様で、()()()さえ感じさせた。

 

いよいよ追いつめられた女系の魔神軍陣営。

だが土女(つちめ)のオババは、老婆とは思えない声量で大広間全域に叫び倒す。

 

「――機は満ちた、今じゃッ!!」

 

 オババの叫び声と同時に、上階ののテラス部から多数の兵士が姿を現す。

先ほど魔神王の傍らで控えていた部下達だ。

魔人兵を中心に下級魔神や魔神将の腹心たちも、同時に姿を見せている。

彼女たちは魔神将の命で、とある策を実現するため今まで潜伏していた。

 

「――死体を投げ込めッ!」

 

 蛇と蜥蜴を融合させたような女傑顔の女、確か『蛇竜女(だりゅうめ)』と名乗っていたオババの腹心。

彼女の号令と共に多数の兵士達が呼応し、多くの死体を眼下の大広間に投げ込んだ。

 

――多くの死体、敵味方も関係なしか…!

 

大広間を囲うテラス部より投げ込まれた死体は多数に上り、犠牲となった冒険者は言うに及ばず混沌勢までもが無秩序に含まれていた。

何処から調達したのかは知らないが、無節操に搔き集めた多数の死体を目にしていた灰の剣士。

不快も不快だが、敵の策など大方察しがついた。

幾多もの死体を触媒に、()()()()()を発動させる魂胆なのだろう。

 

「あの魔方陣の特性は理解している」

 

 幾度か体感した例の魔法陣は、影響範囲内の術を何倍にも強化させる効果を有していた。

 

「魔法陣を展開させるんだよっ!」

 

 今度は蜥蜴人の女、確か『女型の火蜥蜴(サラマンデル)』と名乗っていただろうか。

その女も命を飛ばし、魔術に長けた兵士たちが術を発動。

灰の剣士の足元から全方位にかけ、見覚えのある巨大な魔法陣が鈍光を発しながら浮上する。

 

「――勝機ッ!皆の者、術で攻め立てぃっ!」

 

 術強化の魔法陣が展開し、土女(つちめ)のオババが全軍による術攻撃を命じる。

 

「憐憫の勇者よ、我が慈悲に縋り永遠の眠りに…!」

 

 土女(つちめ)のオババに残存兵たち、そして今度は()()()()()()()()()()()()()()し、ありとあらゆる術による飽和攻撃が全方位から襲い来る。

真言魔法による『火矢(ファイアボルト)』や『力矢(マジックミサイル)』は無論のこと、精霊魔法の『雷矢(サンダーボルト)』や『石弾(ストーンブラスト)』までもが彼一人に向け放たれた。

大勢による術の飽和攻撃たるや、文字通り大広間を埋め尽くさんばかりの弾幕を誇っていた。

逃げ場など無いかのように密度の濃い魔術の嵐が、たった一人の剣士を仕留める為に殺到しているのである。

 

「術で消え果てィッ若き剣士よッ…!」

「我が自愛の魔力で、安らかなる死を…!」

 

 土女のオババや女系の魔神王までもが飽和攻撃に参加しており、特に女系の魔神王の術は桁違いの規模を誇っていた。

無詠唱で術を発動できる程の魔力を備え、しかも大広間に展開された魔法陣で()()()()()()()()()()

彼女が発動したのは単なる『力矢(マジックミサイル)』の真言魔法だが、50以上の魔力矢が一斉に解き放たれていた。

もはや彼女単体で事足りるのではないのか?――そう思える程の過剰火力(オーバーキル)が灰の剣士に襲い掛かる。

 

「魔術『トープスの力場』…!」

 

 大広間を埋め尽くさんばかりの術による飽和攻撃で、聖堂内は眩い光量で満たされ直視もままならない。

並の冒険者なら視認しただけで恐怖心のあまり失神してしまう程の状況だ。

だが灰の剣士は動揺もせず、忍ばせていた『孤電の杖』へと持ち替え術を発動。

 

彼が発動させたのは、狭間の地に由来する新しい魔術『トープスの力場』と呼ばれる術だ。

これは空間そのものに干渉する力場を展開させ、主に魔術や奇跡の流れを逸らす効果を備えていた。

 

力場を展開させ、術の軌道を逸らす。

たったこれだけの単純な魔術だが、決して侮るなかれ。

 

奇跡や術の強弱関係なく空間そのものに干渉し、問答無用で軌道を逸らせる『トープスの力場』と呼ばれた魔術。

その実態たるや、あの源流の魔術『彗星アズール』さえも逸らせる潜在能力を秘めていた。

過去に聖黄金樹を通じ狭間の地に存在する『魔術学院レアルカリア』にて、その威力が如何なく発揮された。

ただでさえ最高潮の破壊力を誇る『彗星アズール』という魔術。

そんな魔術を、カーリア王家の長であり歴代最上級の魔力を誇る『満月の女王レナラ』が発動させていたが、それすらも軌道を難なく逸らしていたのである。

(本編前夜編 第148話参照)

 

今は術を逸らすという使い方しか出来ないが、単純な魔術ほど多大な可能性を秘めているものだ。

この魔術を充分に研究し練度を引き上げれば、更なる広い応用も不可能ではない。

 

――貴方は偉大だ、トープス殿。

 

灰の剣士が展開した『トープスの力場』は、現在進行形で全ての術を逸らしている。

彼の全方位を埋め尽くさんばかりの術による弾幕は、唯の一発も彼には到達していなかった。

大広間に浮かぶ術強化の魔法陣は、混沌勢だけでなく灰の剣士の術にも影響を及ぼしている。

それにより『トープスの力場』も拡大された展開範囲と強度を発揮し、全ての術攻撃を逸らし大広間全域に着弾した。

 

「――全軍、伏せよっ!」

 

 無秩序に着弾する術を目の当たりにし、透かさず蛇竜女(だりゅうめ)が退避の指示を飛ばす。

女系の魔神王が放った規格外の『力矢(マジックミサイル)』さえも軌道が逸らされ、テラス広域に着弾し大広間自体の損傷が拡大するだけだ。

 

「お、己ぇ…、あ奴めが、あの様な防御術をも備えておったとな…!」

 

 部下に命じ幾多もの死体を贄とする事で、再び術強化の魔法陣を始動。

その魔法陣の効果を生かし、強化された術による全方位からの飽和攻撃。更に女系の魔神王まで攻撃に参加するという徹底ぶり。

それが土女(つちめ)のオババが用意した、起死回生の策でもあった。

しかしその策も不発に終わり、オババは憤怒の形相で彼を睨みつけている。

 

「――ええいっ怯むなぁッ!ありったけの全魔術を叩き込むのじゃあッ!」

 

 こうなれば総力を結集し、魔術による力業で押し切るのみ。

剣技は疎か魔術さえ高い練度を誇る、自称『駆け出しの冒険者』なる剣士。

この規格外の剣士がどれ程の実力を保持していようとも、よもや無尽蔵などと言う事はあるまい。

此処に辿り着くまでに多くの連戦で疲弊しているのは間違いなく、もうそろそろ息切れの素振りを見せてもいい頃合いなのだ。

老いていたとはいえ土女(つちめ)のオババも、伊達に幾多の修羅場を潜り抜けてきた訳ではない。

裏打ちされた豊富な経験値を総動員し、灰の剣士の消耗具合を推し量っていたのである。

彼女の憶測も強ち間違ってはおらず、表に出さずとも彼は確実に消耗していた。

しかし彼女は知らないのだ。

 

たとえ消耗していようとも、彼には『エスト瓶』と『エストの灰瓶』という回復手段を保持している事実に。更に言えば、回復に特化させた『霊薬』まで懐に忍ばせている。

多少エスト瓶を使用していたが、まだ半分も消費していないのだ。

このまま勝負を継続させたとて、全体で観れば彼の方が継戦能力を備えている事になる。

その事実も知らないまま土女(つちめ)のオババは消耗を省みず、部下と共に更なる術を発動させ飽和攻撃にて押し切ろうと躍起になる。

 

――無駄な事を。

 

先ほど行使した『トープスの力場』だが、思いのほか消耗も少なかった。

二度目の術による全方位からの飽和攻撃だが、この第2波も同じ結果に終わるだろう。

だが敵側に主導権を握られ続けるのも、そろそろだが辟易してきた灰の剣士。

ここいらで流れを遮断し、互いの力関係を()()()()()方へと舵を切る。

 

「奇跡『沈黙の禁則』…!」

 

 先ず孤電の杖の能力の一つ『蓄電(チャージ)』を行い手首のタリスマンを触媒に、奇跡『沈黙の禁則』を発現する。

今の彼では信仰値が足らず、孤電の杖による『蓄電(チャージ)』を使わねば今の奇跡を発動させる事ができなかった。

(沈黙の禁則の発動条件は、信仰値30。彼の現時点での信仰値は、24)

無理やり条件を満たし発動した瞬間、彼の周囲から紫光と一筋の雫が床に滴り落ちる。

それと同時に紫光が、大広間全域へと拡散した。

 

するとどうだろう。

 

全方位から飛来する術が全て消失し、それ以降全く術が発動させる事ができなくなった。

 

『な、なに、術が消えた…!?』

『魔力が…集中出来ない…!?』

『サジタ…インフラマラエ…、サジタ…インフラマラエ…、どうして…!?』

 

 テラス部の兵士達も術が発動できない事に動揺し、口々に騒ぎ始めた。

 

「――どういう事じゃ、術が…まるで機能せんではないか…」

 

 困惑していたのは兵士だけなく、土女(つちめ)のオババも同様である。

無言ではあったが女系の魔神王でさえ術の発動が成らず、これで大広間全域が術不能の状態へと陥った。

 

「――お主っ、何をしたのじゃッ!?」

「沈黙の禁則、これで術は使えまい」

 

 もはや詮索するまでもなく、術不能へと追いやった犯人は灰の剣士ただ一人。

得体の知れない奇跡の発動に、オババは彼へと憎悪の言葉をぶつける。

一方、淡々と事実のみを返した灰の剣士。

彼が行使した『沈黙の禁則』だが、これは周囲の術を強制的に封じる効果を持つ。

実はロンドール黒教会が開発した奇跡なのだが、彼女たちはその事実を知っているのだろうか。

今の様子を見るに、出所がロンドールである事は知らない様だが、この際どうでもいい事だ。

 

「貴公らが必死に展開させた術強化の魔法陣。お陰様で、私の奇跡も実を結ぶ結果となった」

 

 本来の『沈黙の禁則』という奇跡は、狭い範囲にしか効果を及ぼせないでいた。単体では大広間全域を影響下に置く事は不可能だったが、敵側が始動させた術強化の魔法陣が功を奏し効果と範囲拡大に繋がっていた。

彼が労した策も、敵側の労力あっての事だ。

実は腕に嵌めていた『コア・クリスタル』も、効果範囲拡大に貢献していた。この錬金秘具には、メルルが錬成した『術広域化の石』が封じられており、その効果も上乗せされていたのである。

 

「さぁ、此方が有利に傾いた。望む情報を提供し、元の世界に帰還せよ。さすれば命だけは助けてやろう。しかし拒むのであれば…分かっておるな?」

 

 武力…取り分け武器術の戦闘なら、完全に灰の剣士側に分がある。今の奇跡は自分の術さえ封じてしまうが、武器術なら有利に戦う事ができるのだ。

対する女系の魔神軍は、術を始めとした搦め手を得意とする軍団だ。

術不能に追いやられた今、彼女たちは大幅な戦力減少を余儀なくされた。このまま武力戦と数に持ち込んだとしても、彼の勝利で幕を下ろすだろう。

即ち勝敗は決したも同然。

大勢は決したとばかりに彼は再度、声量を大に情報提供と降伏勧告を行った。

 

「フェフェフェ、たかだか術を封じた程度で勝利宣言とはの、身の程を弁えい青児才がッ!」

「では何故かかって来ぬ?今直ぐ数と武力による人海戦術を命じたらどうだ?」

 

「…ぬぅ…、お主…狭間の地より漂着した『褪せ人』なる存在かッ…?」

「質問は私がする。貴公は答える側、さぁ、深き夢は何処へ…?…それとも女系の魔神王、貴女なら御存じなのでは?」

 

 この期に及び尚も抵抗するようであれば、手始めに老婆と魔神王から斬り伏せるだけだ。

もし肉弾戦にも長けているなら、たとえ術を封じられていようと抵抗をを続けていた筈。

それが無いとなると、接近戦では真面に戦えないと言っている様なもの。

ゆっくりと老婆と魔神王に近付き、月隠の切っ先を向けながら質疑する灰の剣士。

土女(つちめ)のオババが、彼を褪せ人と勘繰るが律儀に応える気など無い。

要求しているのは此方であり、敵側ではないのだ。

 

「ええいっ、魔神王様を守らねばッ!」

「どうすんのよ、魔神将が揃いも揃って――」

「こりゃ、いよいよアタシ等が繰り上げ昇進かねぇっ?」

「アホ抜かしてんじゃないよ、ちぃとばかしヤバいんじゃないのかいッ?」

 

 土女(つちめ)のオババ以外の魔神将は、見るも無残な姿に変容していた。

両脚を失い、両腕が爆ぜ、虫の息で横たわる魔神将たち。

腹心である蛇竜女や三姉妹たちが口々に騒ぎ立て、加勢に入ろうと動く者も居たが今一統制が取れていなかった。

 

「女系の魔神王、お答え頂けないのなら…お覚悟よろしいな?」

 

 土女(つちめ)のオババは一見、話が通じそうだが歳を重ねている分、駆け引きにも長けている可能性がある。

対する彼だが、実は腹の探り合いを苦手としていた。

それなら玉座に腰掛ける女系の魔神王なら、何かしら情報を得られるのではないか?

そう判断し、矛先を変えた灰の剣士。

確かに術自体は強力で魅了の魔力も特筆に値するが、どうにもやる気があるのか昼行燈なのか覇気というものが感じられないでいた。

少しばかり内情を探る意味合いも兼ね、敢えて魔神王へと剣を向け近付いてゆく。

 

「――身の程を弁えぃ、小童ぁッ!」

 

 仮にも主である魔神王に向け不遜な態度をとる灰の剣士に、土女(つちめ)のオババも激情を露わにした。

しかし『沈黙の禁則』の奇跡が作用し、彼女も術が使えず真面な攻撃手段を喪失していた。

申し訳程度に忍ばせていた投げナイフ(スローイングダガー)を彼に投射したが、当然の如く躱されてしまう。

 

「大人しくせよ、ヌンッ!」

 

 お返しとばかりに月隠を振るい、オババと、ついでに女系の魔神王にも月光波を飛ばす。

 

「――見くびりおってぇッ!」

「――ぅぐッ…!」

 

 カウンターの月光波を何とか手甲で防いだオババに対し、意外にも魔神王は身体に直撃し痛痒を負った。

 

「――…!?」

 

 これには灰の剣士も拍子抜け、一瞬だが思考を停止させてしまう。

老婆とはいえ魔神将は対処できたというのに、格上である筈の()()()は着弾を許し負傷するという事実。

上質ながらも扇情的な衣服も破れ、女を思わせる肌から鮮血が流れ出ている。

 

この巨大な女は、本当に魔神王なのか?

若しくは『影武者』に相当する替え玉か何かではないのか?

 

彼の脳裏に、ふとその様な思考が過る。

現に、術を封じた程度で然したる抵抗手段も見受けられないのだ。

同時に全ての事象に対しても、何処となく反応が希薄なように思えて仕方がない。

 

周囲では部下達が騒ぎ立て、テラスから跳び下りんとする者たちも現れていた。

主である魔神王が傷つけられたのだ、彼女達の動きも当然と言える。

 

だが、突如として異様な気配を察知した灰の剣士。女系の魔神王を目の前にしながら、宙高く跳躍しその場から大きく距離をとる。

 

「――また邪魔がッ…!」

 

 先ほど彼の居た地点には、魔力で生成された数本の刃が突き刺さっていた。

黒に近い紺色の魔力刃は直ぐに消失したが、何処から飛来したのか方角を即座に探り当てる事は容易であった。

 

「…アレは確かッ…」

 

 魔力刃を飛ばしてきた主を特定した灰の剣士。

彼に視界は上階のテラスを捕らえており、そのテラスには一人の騎士らしき者が大剣を片手に佇んでいた。

その騎士には見覚えがあった。

以前、ロスリックの高壁で遭遇した『鉄紺(てっこん)色の騎士』であり濃紺の大剣とソウルを噴出させている。

 

「一人か、エレメールはいない様だな」

 

 あの時は鈴玉狩りこと『鉄茨のエレメール』も同伴していたが、今は一人の様だ。傍で身を潜めている可能性も捨て切れないが。

鉄紺色の騎士の介入で魔神王から距離を離してしまった灰の剣士。これ以上、意固地になり粘った処で大した情報など望めそうにない。

脱出の頃合いと判断した彼は、狙いを鉄紺色の騎士へと切り替える。

そんな彼に向け、数発の魔力刃で追撃した鉄紺色の騎士。

その様子から誘いや挑発の類だと判断し、彼もフックショットと壁蹴りを駆使しテラス部へと一瞬で跳び上がる。

 

「――ちょ、こっちに来たわよ!?」

「――どうすんのよっ!」

「――そこのアンタ、何とかしなさいよっ!」

 

 鉄紺色の騎士の近くに居た兵士たちは俄かに動揺し、口々に騒ぎ立て混乱の度合いを強める。

並み居る魔神将や女系の魔神王にさえ、たった一人で対抗する程の剣士が目の前に迫って来たのだ。

自分達では成す術が無いと言わんばかりに、鉄紺色の騎士へと責任を転嫁する。

 

だが鉄紺色の騎士はといえば、手にしている大剣を振るう処か再び魔力刃を頭上に形成。その後、灰の剣士に対し投射を繰り返すばかり。

 

「…どういう積りか?」

 

 自分を仕留める気があるのか、この騎士は?

徹紺色の騎士の行動は、どう見ても牽制としか思えない程の拙い攻撃だ。

息をするように魔力刃を全て躱し、その騎士へと間合いを詰める灰の剣士。

そんな彼に反応した騎士は、すぐさま踵を返し奥の通路へと退避してしまった。

 

「――いいだろう」

 

 これは明らかな誘いだ。

そう判断し後を追う事にする。

 

「はぁぁぁ…、助かったぁ…」

「あの変な騎士のお陰ね…」

「あの騎士って、例の組織に居る奴よね?」

「それよりも、あの剣士の方が異常よ!」

「どうすんの、この始末!?」

 

 ほぼ奇襲に近い形で侵入し、この深みの聖堂を規格外の戦闘力で暴れ回った灰の剣士。

恐怖以外の何物でもない剣士が居なくなった事で、十人十色の反応を見せる魔神軍の兵士たち。

女系の魔神軍に所属するため、ほぼ女で構成されていた彼女たちだが、やはり圧倒的な実力差に恐怖心を抑え付ける事は困難だった。

この戦いの余波で、荒れに荒れ放題と化した聖堂大広間。この戦場の後始末など、末端である自分達に回って来るのは目に見えている。

彼女たちは口々に愚痴を零し、損傷の目立つ惨状に嘆息する。

 

「お…オババ…。ち、治療を…」

「う…動け…ない…」

「ヒュ~…、ヒュ~…、ヒュ~…」

 

「分かっておるわい…!全く世話の焼ける娘っ子たちじゃて…」

 

 大広間奥では、四肢を失い虫の息に瀕した魔神将たちが土女(つちめ)のオババに助けを求めていた。

その姿たるや不様という他なく、平時の栄光など見る影もない敗残者そのもの。

地に伏せる魔神将たちの惨状に、腹心の一人である蛇竜女も周囲に声を投げ掛ける。

 

「私らも動くぞッ、魔神将様たちを助成せねばッ…!」

 

 しかし彼女とは裏腹に、他の腹心たちは反抗的で不服そうな態度を隠そうともしていなかった。

 

「あれだけ踏ん反り返っておきながら、不様にやられてやんの…ホントダッセ~、水女(みずめ)のお妖…!キャッハハハ…!」

「はいはぁい♪所詮アイツは魔神将の中でも最弱…ってかぁ!ま、ここいらで都合よく退場してくれれば、アタシらが繰り上げ昇進かな…かなぁ…!?」

 

「…貴様ら…」

 

 水を司る魔神将『水女(みずめ)のお妖』の腹心で『水輪の双子姉妹』と呼ばれていた半魚人の双子。

仮にも上官である筈の水女(みずめ)のお妖に対する態度は、正に冷淡そのもので絶命さえ願っていた。

確かに幼女の姿をした彼女は、お世辞にも威厳を備えているとは言い難く統率力にも乏しかった。

水側の部隊の内情を詳しく知る訳ではない蛇竜女には、双子姉妹の心情など推し測れようもない。

だが確実に言える事は、水女のお妖なる幼女は、確実に部下から反感を買っていたという事が判明した。

 

「戦士とか何とか息巻いてたけどさ、アイツって元は踊り子と慰安婦を生業にしていなかったっけ?」

「ああ知ってる。男共に伽の相手を散々させられ、何人か孕んだって話だぜ♪」

「憐れな事に、産んだ子供達は全て取り上げられ離れ離れになったと聞いてもいる。そろそろ我等が魔神将に躍り出る時期ではないのか?」

 

「それが上に抱く態度か、貴様らもッ!?」

 

 半魚人の双子姉妹だけでなく、鳥人(ハルピュイア)の三姉妹までもが成り代わりの素振りを滲ませていた。

彼女達の上官である『風女(かぜめ)の将姫』なる魔神将だが、灰の剣士と戦っていた時も『戦士』を自称し拘りを見せていた。

だが彼女は嘗て、踊り子と客の慰安に身を置いていた。三姉妹の言及通り、幾人かの子を身籠り生み落としはしたものの、直ぐに取り上げられ成長した姿を見る事さえ叶わなかった。

凡そ幸福とは程遠い人生を歩んでいた彼女だが、魔神将となった今では『戦士』という肩書に並々ならぬ執着を抱くに至る。

それ故に、女系の魔神軍の中でも屈指の美貌と性的魅力を誇り、元踊り子という前職を生かした軽快な剣技に優れていたのである。

彼女は紛う事なき実力者だが、鳥人三姉妹からは然程の支持を得られていないどころか憐憫の念さえ抱かれる始末。

そんな本音を暴露され、蛇竜女は憤怒と戸惑い交じりの怒号をぶつける。

 

「お前さんが異常なのさ…!アタシらは混沌勢、実力と成功を収めた者が前へと進める。その逆なんか、嫌っていうほど見てきたろ?」

 

 憤る蛇竜女に横から声を挟んできたのは、女の蜥蜴人でもあり魔神将腹心に身を置く、女型の火蜥蜴(サラマンデル)

彼女の言う通り、女系の魔神軍も歴とした混沌勢であり力による理は全体不変の価値観(イデオロギー)でもある。

力ある者、その力を用い貢献した者は、功績に相応しい環境へと上り詰める。

半面、弱者は搾取され蔑まれ蹂躙の対象として、あらゆる者から足蹴にされる悲惨な境遇が待っていた。

 

「アタシの上官、炎女(えんめ)の女郎も、ちったぁ出来る奴だと期待したんだがねぇ…?あんな不様な姿で這い蹲っちゃあさ、誰だって幻滅しちまうもんさ」

 

 蜥蜴女の上官でもあり魔神将でもある炎女(えんめ)の女郎は、仇名通り火を自在に操る能力を有していた。

魔神将に相応しい実力と威厳を備えていたが、今や見るに堪えない姿で苦痛に喘いでいた。

女型の火蜥蜴(サラマンデル)も、この瞬間が訪れるまでは上官に対し一定の敬意を払い接してきた。

しかし今や不様な姿を晒す上官を目に、冷めた侮蔑の視線を向け続けている。

彼女は蜥蜴人と呼ばれる種族で、戦と力を美徳とし生存に全身全霊をかける所属だ。

とにかく『強くあれ』という概念は本能的に刷り込まれ、秩序や混沌の選別には拘りが薄い。

蜥蜴人である彼女も、力と戦には並々ならぬ執念を抱いている。

戦に事欠かないという理由で混沌側に属し、日々己を磨き続けてきた。

その甲斐あり今では『竜餐の祈祷』をも習得するに至る。

力の戦に執心する彼女にとって『勝利』とは、何物にも代えがたい美徳の象徴でもあるのだ。

それ即ち『敗北』を喫すなど大恥の極みに等しく、それが目上の上官であろうとも侮蔑の対象でしかない。

 

「お前さんは恵まれてるねぇ、まさかあのオババが最も優秀な魔神将だったとはねぇ…」

 

 少々羨望の眼差しで蛇竜女に視線を送る女型の火蜥蜴人(サラマンデル)

土女のオババ以外の魔神将は、灰の剣士に敗北し今も床で這いつくばり敗北者そのもの。

老い先短き干乾びた老兵と、蛇竜女やオババ直属の部下以外の兵たちは、彼女を侮り低能呼ばわりする者さえ居た。

だが今回の戦いで彼女は驚くほどの機転と策を弄し、一時は灰の剣士を追い詰める事さえやってのけた。

しかもどのような流れであれ、彼女は殆ど無傷で後始末に従事している。

 

枯れた老兵こそが、最も力を発揮し実力を証明してみせた。

 

この事実は揺るぎようもなく、他の腹心や兵達も土女(つちめ)のオババという魔神将の評価を改めていたのである。

 

「あのオババなら、付いて行ってやってもいいかねぇ」

「「アタシらも同感…!」」

「「「部隊再編も有り得るかも」」」

 

 女型の火蜥蜴《サラマンデル》だけでなく、水魚の双子姉妹、長翼の三姉妹までもが土女のオババに鞍替えする素振りさえ見せていた。

 

「…そう思うなら尚更だ。オババ様の助成に向かうぞ…!」

 

 現在、土女(つちめ)のオババが一人で傷付いた魔神将たちの治療に当たっていた。

仮にも上官である上に老いた彼女が老骨に鞭を打っているという現状、腹心である蛇竜女は逸る気持ちを胸に現場へと向かう。

そんな彼女に続き、他の腹心や兵達も追従した。

 

――それにしても我らが魔神王様は、やる気があるかねぇ…?

 

蛇竜女に続く女型の火蜥蜴(サラマンデル)は、テラス部から眼下の魔神王へと目をやった。

仮にも女系の魔神王だというのなら、主らしく何らかの指示を表明しても可笑しくはない筈なのだ。

しかし相も変わらず玉座に腰掛け無表情を貫き、あまつさえ痛痒さえ負っているではないか。

先ほど灰の剣士が放っていた月光波だが、オババは抵抗したというのに魔神王は真面に食らっていた。

本当に主として君臨している巨大な女は、自分たちが崇めるべき魔神王として相応しいのか。

灰の剣士だけでなく彼女までもが、女系の魔神王…延いては女系の魔神軍という組織に対し疑念を抱くに至る。

 

大広間は別の意味で騒がしくなり、部下の兵たちは事後処理に追われる事となる。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

風女(かざめ)将姫(しょうき)

 

女系魔神軍に属する魔神将の一人。

美しく若々しい容姿と美貌を併せ持ち、体躯そのものも性的魅力に溢れた異界の女性。

例に漏れず風との親和性が高いが、本人は剣術に長けた戦術を好む。

実は炎女(えんめ)女郎(じょろう)と同じ軍に属していたが、立場や境遇は非常に低い身分に置かれていた。

元踊り子であり同時に慰安任務をも強いられ、既に幾人もの子を設けていたが全て接収されていた過去を持つ。

女系魔神軍に属することを誇りとし、戦士としての自分に深い拘りを抱いている。

踊りと双曲剣を組み合わせた剣術は、軽快ながらも速さと連撃に優れ、並の剣士では数秒と立ってはいられないだろう。

 

【挿絵表示】

 

 

土女(つちめ)のオババ

 

女系魔神軍に属する魔神将の一人。

老いた異界の女性で、古びたローブを深々と被り全容は窺いづらい。

女系魔神軍の設立にも深く関わり、権謀術策や知略にも長ける参謀しての立場を確立している。

土の生成が得意だが、やはり知略を駆使した頭脳労働が彼女の土俵であるようだ。

老いているという理由から他の兵士たちからは軽く見られがちだが、大半の作戦や行動指針は彼女が取り仕切っている。

また老練な知識と経験から、狭間の地といった異界の惨状にも一定の見識を備えている。

女系魔神軍のみならず、他の組織との仲介や接触も実質彼女が仕切っている事は、あまり知られていない。

 

余談だが、深みの聖堂に集っている女系魔神軍は今のが全軍ではない。

此処に集っているのは極一部であり、半数以上は別の戦場に派遣されている。

また魔神将も。今の4人だけはなく他にも複数在籍している。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 




大幅な亀更新ですが、少しずつ確実に執筆を続けています。
もうちょっと各魔神将たちを掘り下げてみたかったのですが、長くなり過ぎるのでこれでもかなり割愛しています。

何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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