ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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第168話―ロスリック・深みの聖堂、鉄紺と大竜―

 

 

 

 

 

魔力刃

 

魔力で刃を形成し、武器となす技術。

近接武器に始まり投射として応用が利くなど、広い運用方法が存在する。

魔力の操作だけでも高い素養と技術を要するが、使い手は意外にも多い。

適性の高い者は半分質化させることも可能で、その界隈では重宝されていた。

 

女系魔神将も魔力操作と精霊術の応用を駆使し、現在の立場を手に入れた。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

(推奨BGM――デビルメイクライ・大聖堂のテーマ)

 

 大広間を抜ければ各区画を繋ぐ狭い通路に差し掛かる。

 

鉄紺色の騎士は、尚も逃げながら魔力刃を投射し続け牽制を繰り返すばかり。

これが明確な誘いである事を知りながら、灰の剣士も鉄紺色の騎士を追い続ける。

 

「――っ!?本物のナイフッ!?」

 

 追い縋る彼に対し、実物のナイフを投げ付けた鉄紺色の騎士。

当然ナイフ自体が彼に当たる事はなく、後方の壁面へと突き刺さる。

しかしどういう事だ、魔力切れを起こしたとでもいうのか?

実物のナイフを投げ付ける意図が分からず、鉄紺色の騎士を追う灰の剣士。

暫し通路での追跡劇を続けながら、やがて聖堂の外へと出た二人。

 

「……」

「……」

 

 やや広い区画に出た途端、鉄紺色の騎士は急に足を止め悠然と振り向く。

どうやら鬼ごっこは終わりの様だ。

 

「…貴公…」

 

 振り向いた鉄紺色の騎士は、大剣を上段に構え威圧する。

対する灰の剣士も月隠ではなく、獣狩りの斧で迎撃の構えをとった。

以前の戦いでは、彼の膂力と大剣の質量に押し敗けていた。

だが獣狩りの斧なら重厚な構造も手伝い、彼の大剣にも打ち負ける事はないだろう。

ほぼ同時に地を蹴る両者は、大剣と斧を激突させる。

 

――重いッ…!

 

獣狩りの斧なら打ち負けないにしても、相変わらず鉄紺色の騎士は並外れた膂力を誇っている。

怪力と大剣の組み合わせは単純でありながら、敵に回すと厄介この上ない。

大質量の鉄塊が高速で襲い掛かって来るのだ。盾受けや武器受けの上からでも衝撃を完全に削ぐ事は困難で、下手をすれば受けごと痛痒を負う事も珍しくはない。

況してや直撃など以ての外。生半可な軽防具など何の意味も成さないのである。

 

両者とも拮抗した形で鍔迫り合うも、徐々に敵側が圧し始めていた。

 

「――チッ…!」

 

 堪らず斧の角度をズラし、受け流す形で位置を入れ替えた灰の剣士。

彼は透かさず敵に向け、斧による連撃で猛攻を加える。

この鉄紺色の騎士も無尽蔵かと思える程の持久力を誇り、長期戦に持ち込まれれば不利に陥ると判断した。

 

――以前より動きが柔軟だ。

 

斧という武器種は重厚に分類され、破壊力に長ける分、攻撃の型は単調になりがちだ。

だが彼は可能な限り変則的な軌道で連撃を仕掛けたが、鉄紺色の騎士も以前交戦した時より柔軟な動作で全て受け切っていた。

やはり重厚な斧では、どうしても連撃が長続きしない。

みるみる間に持久力(スタミナ)が枯渇し、直ぐに連撃が途切れてしまう。

そして隙を縫うかのように、今度は敵側が大剣による兜割りで反撃してきた。

 

「――ぐぅッ…!」

 

 骨が軋む痛みに耐えながら、斧で大剣を受け止めた灰の剣士。

受けた衝撃で、踏みしめた床に亀裂が奔っていた。

 

――さっきの魔神将の方が、遥かに(ぬる)かったな。

 

これといった搦め手でもなく大剣による直接攻撃。

単純明快な攻撃手段だが、今の彼にとっては顔を顰めるほど脅威を感じていた。

単なる武力という分野でなら鉄紺色の騎士の方が、先ほど大広間で交戦した魔神将やその腹心たちよりも遥かに手強い。

 

「――フォース!」

 

 このまま押し切られると危惧した彼は、咄嗟に奇跡『フォース』で敵を吹き飛ばし仕切り直しを図った。

 

「フゥ…ハァ…ハァ…」

「……」

 

 間合いが離れ再び睨みあう二人。

 

「今更、何ゆえとは問わぬ。王侯の剣士…クリストフ=オーレル=アーランド…!」

「…気付いていたか…灰の剣士」

 

 全身が青黒い甲冑めいた部位に覆われ隙間から獣毛が目立つ、人型でありながら獣染みた騎士。

その正体を言い当てた事で、鉄紺色の騎士も否定する事無く手で眼前を覆い払う。

すると甲冑姿の金属部が霧のように晴れ、上質の貴族服を纏った端正な顔立ちの青年に変容した。

 

「久しい…いや、少しぶりか、灰の剣士」

「オーレル卿…、離反してまで…得た物は望みに見合っていたか?」

 

「…そこそこ…にはな」

「その力も制御下に置いている様だ。闇に付随する力とて自由が効くのであれば、枷とはならんか」

 

「闇に呑まれた貴様が、僕の力を推し量ろうというか?僕は闇などに侵されてはいない!」

「勘違いするな、オーレル卿。()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()。その使い所を選択するは、我々心持つ者の特権だと私は信じる」

 

「減らず口を…!見ていたぞ、この聖堂でも随分蛮勇を振るい、殺戮に興じていたな…!言い逃れはさせん、邪悪な剣士め!」

「殺戮に関しては否定はせぬ。邪悪だと…更生の余地なしと判断すれば女であろうとも斬り、逆であれば生かす。私は活人剣を否定も捨てもしてはいない、今もな…!」

 

「お前のような奴に、ルルアもエーファも渡さん…!アイツ等の心と体を汚した罪は重いぞ、貴様ッ!」

「あの二人は貴方のモノであると?本人たちからは何も聞いてはおらぬが?」

 

 クリストフ=オーレル=アーランド…この国では『王侯の剣士』と言う代名詞で呼ばれている。

この国ではない『アーランド共和国』という他国から渡ってきた貴族の青年で、最強の剣士を目指し日夜手練に明け暮れる天才剣士でもある。

 

「フン、まぁいい。貴様に伝える事がある」

「…?」

 

 突如として睨み合いを解く王侯の剣士。

先ほどの剣呑とした気配を幾分和らげ、とある事実を告げた。

 

「貴様、あの黒髪の少女を探しているのだろう?」

「…そうだ」

 

 どこまで把握しているのか定かではないが、あの『見習い勇者』の件に触れる王侯の剣士。

奇襲の恐れは無いと思われるが、灰の剣士は武器を収めぬまま次の言葉を待つ。

 

見習い勇者は、華美の女魔神が確保している。

彼女は『空間生成』の異能保持者で、それに目を付けた『深き夢』が一時的に彼女へと託した。

現在、深き夢は此処には居ない。

彼が投擲した『十徳ナイフ』の近くは、幻影の壁で欺瞞されている。

そこから先が彼女たちの拠点である。

同時に『妖王オスロエス』が組織を束ね、あの『仮面の錬金術師』も属している。

助け出すとしても容易にはいかないだろう。

 

それらの事実を彼に突き付けた王侯の剣士。

王侯の剣士の目的は、あくまで灰の剣士であり他を巻き込む事を望んではいない。

また混沌勢に呑まれる気も毛頭なく、目的さえ達成できれば早々に離反し縁を切るつもりでいた。

 

「…一応、礼は言っておく」

「忘れるなよ。貴様は僕の手で斬る…!」

 

「覚えているか、あの街で交わした剣の修練の事を」

「…ああ、アレか」

 

 少々前になるだろうか。

灰の剣士と王侯の剣士は、西方辺境街で剣の修練に明け暮れていた日があった。

あの時は互いに実力を発揮しきれておらず、決着もつかない結果に終わった。

その上で今度は、お互いが得意とする刀で白黒をつけようと約束を交わしていたのである。

(本編前夜編 第103話参照)

 

多少うろ覚えだが、灰の剣士の言及により明確に思い出した王侯の剣士。

 

「フン、いいだろう。近いうち必ず…だ。…逃げるなよ、貴様?」

「そちらこそ、土壇場になり日和るなよ?」

 

 両者とも減らず口を叩くも、気づかない内に互いの口元には微かな笑みが零れていた。

しかしそれも束の間。

灰の剣士はすぐさま踵を返し、再び聖堂内へと向かった。

 

……

 

「アレか…、彼のナイフ」

 

 なぜ本物のナイフをワザワザ投擲したのか、これで合点がいった。

見習い勇者の行方を知らせるために、目印代わりにナイフを投射したのだ。

狭い通路の壁面に不自然に突き刺さったナイフを目にし、近くの壁を手あたり次第小突いた灰の剣士。

 

「この壁の向こうに――」

 

 とある壁を叩いた途端、スゥっと消え去る壁面。

新たに増築されたのだろうか。まだ見ぬ通路を目にし、彼は慎重に歩を進めた。

 

――二つのソウル…、これは聖堂騎士のもの。

 

目の前の通路を曲がれば、二人の聖堂騎士に出くわすだろう。

恐らくは門衛役と思われるが、下手に戦えば要らぬ増援を呼び込んでしまいかねない。

彼は一計を案じ、敢えて無防備な態勢で堂々と通路を曲がり先へと進む。

 

「「――!!」」

 

 案の定、眼前には重厚な聖堂騎士たちが警戒感を露に待ち構えていた。

二人とも特大剣を抜き『これ以上の侵入は許さん』とばかりに、尚も無防備に近づく灰の剣士を威嚇する。

この聖堂騎士は、重厚な甲冑に守られながらも俊敏な動きを兼ね備え、真正面から戦えば余計な消耗ばかりを強いられてしまうのは明白だ。

搦手といった方面には疎いようだが、単純な正面戦闘なら中位や上位の魔神にも届かんばかりの戦闘力を秘めている。

しかし彼は、聖堂騎士の威嚇さえも気に留めず無言でただ歩み寄るだけだ。

 

「――…!」

 

 とうとう一人の聖堂騎士が、特大剣で彼に切りかからんと肉薄する。

 

「魅了」

 

 だが予め分かっていたかのように、彼は呪術の火である『魅了』を発動させた。

 

「――…!」

 

 振りかざす彼の手には、桜色のソウルが纏わり付き聖堂騎士へと飛来する。

その瞬間、嘘のように大人しくなり特大剣を下ろしてしまった聖堂騎士。

完全に自我が崩壊したかの如く、無防備に立ち尽くすだけだ。

 

「貴公も…魅了…!」

「――…!?」

 

 若干離れていたが、もう一人の聖堂騎士へと『魅了』を放つ灰の剣士。

当然、扉を守護していた聖堂騎士も無防備に佇んだ。

 

「よし、よく聞け二人とも。これより貴公らは――」

 

 彼の扱う呪術の火『魅了』だが、強力な代わりに効果時間が非常に短いという特徴を孕んでいた。

限られた効果時間内に、一種の暗示を施す灰の剣士。

 

まず固く閉ざされた扉の鍵を開錠する事。

その後、秩序勢へと帰順し『継ぎ接ぎの町』の守護に当たる事。

情勢が落ち着けば、不死人の呪いと解くように動く事。

これより決して混沌勢には協力しない事。

 

そう複雑な要求ではない筈だ。

この位の暗示なら彼らも抵抗なく受け入れ、本能的に刷り込まれると思われる。

実験的な意味合いも抜け切れず万が一、暗示が解ける可能性も懸念されるが、こればかりは不確定要素だ。

取りあえず無駄な戦闘を避け、鉄扉を開錠してもらう事には成功したようだ。

重厚な鉄扉を開錠した後、そのまま二人の聖堂騎士は通路から姿を消した。

既に『魅了』の効果時間は過ぎていたが、此方に敵意を向けないあたり意識改変は今も効いていると判断していいだろう。

 

「さてと」

 

 二人の聖堂騎士が去った事を見届け、彼は重厚な鉄扉へと手をかけ押し開いた。

錆びた金属の擦れる音が狭い通路内を乱反射し、非常に耳障りでもある。

 

(推奨BGM――ゴブリンスレイヤー・悪の所業)

 

「…突如の不作法、許されよ各々方」

 

 重い鉄扉を押しのけた灰の剣士。そのまま無遠慮に足を踏み入れ、形ばかりの心にもない台詞を口走る。

 

「「「「「――…!?」」」」」

「――くッ…、灰の剣士ッ…!」

「これはこれは、珍客の来訪だね…♪」

 

 開けた瞬間から身構えていた部屋内の住民たち。

複数の構成員や死灰信徒の少女は、敵意を剥き出しに臨戦態勢で彼を睨みつける。

そして幾度も対峙した『仮面の錬金術師』だけは、余裕の態度を崩さない。

 

「ようこそ我が拠点(アジト)へ…と言いたい処だが、君を招いた覚えはないのだよ」

「それは申し訳ない事をした。…ここで貴公を斬滅してもよかったのだが、少し事情が異なっててな――」

 

 相変わらず軽口を叩く仮面の錬金術師。

だが灰の剣士も軽く受け流し、部屋内の構成員たちに視線を投げかけた。

 

――あの女か、間違いない。

 

物々しい陰気な出で立ちの構成員たち。

数は然ほど多くもないのだが、一人だけ場違いな程に派手な格好をした女が居る。

まるで都市部を闊歩する遊び人風の女だが、宿すソウルの波形は明らかに只人とは異なっていた。

 

「そこな貴公、大人しく我が要求に従いたまえ」

 

 この女の宿すソウルは、明らかに魔人の眷属の波形のものだ。

王侯の剣士が言及した『華美の女魔神』で間違いない。そして微かだが、彼女の周囲からソウルの断片が漏れ出ていた。

その事実からも、彼女が『空間生成』の異能持ちである事も示唆している。

見習い勇者の少女も、彼女が生成した異空間にて幽閉されているのだろう。

素直に従うとは思えないが、一応言葉で要求を突き付けた灰の剣士。

 

「あらぁ~ん、あたくしが欲しいのかしらぁ~ん?言っとくけどぉ、安くはなくてよぉ~ん♪」

「…で、あるか(まぁ、こうなるか)」

 

 まだ具体的な内容を突き付けてはいないものの、軽口で返す華美の女魔神。

今の態度からも、ある程度は此方の目的を把握していると思われる。

 

「ククク…、君が此処に来た目的など分かり切っている。容易く目的を達成できるとは思わない事だ」

「此処に来たのが運の尽きでしたね灰の剣士。大人しく虜囚となるがいいでしょう」

 

 女系の魔神軍とは異なり、遥かに規模の小さい別の組織。

しかし混沌勢には変わりなく、不在とはいえ統括者は、あの『妖王オスロエス』が控えているのだ。

無闇に乗り込んだ灰の剣士など、袋のネズミ同然。

仮面の錬金術師を始めとし死灰信徒の少女や他の構成員たちも、彼を捕らえるべくにじり寄る。

 

「そういう事よぉ~ん❤貴方こそ、あたくしらに従いなさいな♪そうすれば、このあたくしが()()()して差し上げますわぁ~――ぐぇッ…!?」

 

 周囲に便乗する華美の女魔神。

余裕の態度で彼に迫るも次の瞬間、彼女は関節を決められ床に抑えつけられた。

 

「…動くな。悪いがこ奴を連れて行くぞ」

「――む…グゥッ…!?」

 

 彼の俊敏な動きに、周囲は反応し切れていなかった。

瞬きする間もなく華美の女魔神は拘束され、そのまま何処かへと連れて行こうとした灰の剣士。

この中では最も優れた実力者であろう仮面の錬金術師でさえ、彼の速さには呆気に取られるばかりである。

 

「ではお望み通り、お相手いたそう。拒めば…()()()()()()()()()()

「むぐぅっ…ガぁっ…!」

 

「――ッ!?」

 

 とにかく見習い勇者を解放してもらわない事には話にならない。

腕関節を決めながら華美の女魔神に圧力をかける灰の剣士。

しかし彼女も黙って従うはずもなく、全身から電撃を発した。

大した電圧ではなかったが、前触れのない抵抗に思わず手を放してしまう灰の剣士。

 

「――あんた達ぃ、しっかりあたくしを守りなさいなぁッ…!」

 

 彼を振り解いた華美の女魔神は、そのまま空いた鉄扉から部屋を脱出してしまう。

 

「ククク、残念だったねぇ灰の剣士君。――おっと…!?」

 

 思わぬ抵抗で華美の女魔神を逃がす羽目に陥った。

目的を達成できないことに気を良くする仮面の錬金術師だが、咄嗟に後方の錬金容器を手で庇う。

 

「全く油断も隙もない男だな。困るのだよ、()()を壊されては…!」

「これは失礼。つい気になったのでな」

 

 布で覆われ容器の中身は確認できない。

それにしても、かなり大型の容器だ。

多少の錬金術に関しての知識を所持していた灰の剣士。あの容器が錬金術に関しての物なのは、ある程度理解していた。

それに加え容器から只ならぬ…と言うよりは、どこか覚えのあるソウルが僅かに漏れ出ているのだ。

部屋に侵入した瞬間から意識が向いていた彼は、思わずスローイングダガーを容器めがけて投射したのである。

 

「此処で暴れたいのは山々だが、また何れ…な」

 

 今この場で彼らの計画を叩き潰すという選択肢も、後の事を思えば有用に働くだろう。

だが今は華美の女魔神を追うことが先決だ。

この場所を特定した今、彼らは別の拠点に移し替えるであろうが、再び来訪する旨だけを伝え姿を消す灰の剣士。

周囲は碌な反応もできぬまま、みすみす彼の脱出を見る事しかできないでいた。

 

「今のは少し危なかったね。まだ再生途中の段階だ」

 

 灰の剣士が居なくなり、軽い安堵の息を吐く仮面の錬金術師。

覆われた布を取り去れば、大型のガラス容器の中身が衆目に晒された。

容器に満たされた液体の中央に浮かぶ黒色の腕。もう既に再生段階も進み、腕を含め上半身の一部が形を成そうとしていた。

 

「術師様、此処を特定されてしまっては――」

「案ずるな、お前たちは行動を開始しろ。私は、もう暫く此処に残らねばならん」

 

 部下の構成員が耳打ちする。

一応は幻影の壁で隠ぺいしていた秘密拠点。

しかしこうして灰の剣士に特定された以上、そう遠くない内に襲撃の憂き目に遭うのは必至。

次なる拠点への移動を進言した構成員だが、まだ此処に留まる理由がある仮面の錬金術師。

先に構成員たちの移動を命じ、彼は作業の前倒しを図った。

常に余裕の態度を崩さない彼だったが、その仮面に隠れた素顔には焦りが滲み出ていたのを誰も気付くことはなかった。

 

……

 

逃げ惑う華美の女魔神。

彼女も背に翼を有し、限定的ではあるが宙を飛び回る事もできる。

だが此処は『深み聖堂』内で、周囲は重苦しい壁面に覆われ動きが制限されてしまう。

あまり得意ではない走り込みによる逃走を余儀なくされ、早くも息を切らしていた彼女。

 

「ハァ、ハァ、ハァ…、しつこい男は嫌われますわよ…灰の剣士ぃ…ハァハァハァ…!」

 

 必死に聖堂内を逃げ回る彼女。そして無言で追い続ける灰の剣士。

 

――くッ、何なのあの男…!?逃げても逃げても気配が纏わり付く…!

 

少しでも彼の視界から逃れるため、曲がり角の多い区画を選び逃げ続けていた。

だがいくら彼の視界から逃れようとも、覆い被さるような感覚に見舞われ恐怖にも駆られていた。

このままでは追い付かれるのは目に見えている。

こうなれば屋外ないし聖堂大広間へと出て飛翔した方が、逃走成功率も上がろうというもの。

完全とはいかずとも聖堂内の構造は粗方把握している。

そのまま進路を変えた彼女。先ずは聖堂大広間内を目指した。

あそこなら女系の魔神軍が幅を利かせている区画(エリア)で、巧くいけば灰の剣士をぶつける事もできるだろう。

その間に別の安全地帯を確保し、深き夢が帰還するまで身を隠せば此方の勝ちだ。

 

――よし、ここを出ればっ…!

 

大広間への出口を抜けた華美の女魔神。

早速、上階へと飛び移ろうと背の翼を広げ飛翔の動作へと移る。

 

「――おぶっ…!?」

 

 だが飛び立とうとした矢先、突然頭部を掴まれ石畳の床へと抑え付けられてしまった。

 

「無駄な事を、貴公のソウルは補足(ロックオン)している」

「――む…むぐぅっ…!」

 

 いつの間にか先回りされていたらしい。

またもや灰の剣士に頭部を抑え付けられ、尊厳を踏みにじられる華美の女魔神。

再び全身から電撃を発し抵抗を振り解こうと試みるも、今度の彼は微動だにもしなかった。

 

「無駄だと告げたぞ。大人しくあの子を出せ、さもなくば――」

「――む、むぐぐぅッ…!?」

 

 電撃をものともせず更に彼女を頭を抑え付け、緩やかな苦痛と要求を突き付けた。

 

『――嘘、また来たよアイツ…!』

『――今度は何!?あの変な女が襲われてる!?』

『何処の所属か知らないけど…どうする…?』

『やめときなよ…、あたし等じゃ絶対敵いっこないんだからさ』

 

 遠間から女の声が聞こえて来る。

先ほど蹂躙した、女系の魔神軍の兵士たちなのだろう。

かなり派手に暴れまわった影響なのか、彼女たちは口々に言い合うだけで手出しの素振りは見られない。

魔神将や腹心たちの姿は見えないが、指揮官らしき人物は複数居座っていた。

だが彼女たちでさえ、灰の剣士の武力に恐れをなし攻撃の指示さえ出せずにいる。

余計な邪魔が入らない分、これは都合がいい。先ほどの戦闘が有利に働いてくれているのは僥倖といえよう。

 

「もう少し見晴らしのいい場所へと移動しようか?」

「――あぁぐぐ…い…痛い…離せ…はな…して…!」

 

 上階のテラス部へと場所を移すべく、今度は華美の女魔神の髪を掴み上げた灰の剣士。

苦痛に喘ぐ彼女などお構いなしにフックショットを上部へと打ち込み、彼女ごと上階へと飛び移る。

 

「さて、では改めて――」

「――あがッ…!」

 

 人気の居ない上階へと移動した灰の剣士と華美の女魔神。

彼女を掴んだまま壁面へと押し付け、再び見習い勇者の開放を強要した。

 

「助けなど期待せぬ事だ。散々蛮勇を振るったが故、私に恐怖を覚えているようでな…連中」

「う…ぅぅぅ…」

 

 彼女の目論見は完全に瓦解した。

飛び去ろうにも先回りされ、助けを期待しようにも、女系の魔神軍は揃いも揃って恐れをなすのみ。

こんな事ならあの部屋に留まり、同胞たちと共に戦うべきだった。

 

「ま、まま、待ちなさいっ!あ…あたくしを殺せば、空間も消滅してしまうのよっ!そうなれば…あの子だって――」

 

 こうなれば最後の手段だ。

この剣士の目的は、あの少女。

彼女の命を天秤に量れば、この男とて躊躇うに違いない。

あとは話術を駆使し、時間を稼ぐなり何らかの方法で状況変化を待つ。

あの深き夢が此方に向かってくれれば、それこそ形勢が逆転し自分は晴れて自由の身となる。

 

とにかく、この男は危険極まりない。

 

そこいらの混沌勢よりも遥かに冷徹さが垣間見え、加えて闇を孕んでいる気がしてならないのだ。

真面に戦うなど以ての外。何せ女系の魔神軍でさえ下手な手出しができない以上、武力衝突すべきではない。

それなら女の武器で篭絡するのが彼女の常とう手段なのだが、とてもではないが自分の色香など通ずる流れではないのは明白。

ならば今最も効果的なのは、あの見習い勇者の命を交渉手段に出すしかない。

 

「どう…?あの子の命は、あたくしが握っているという事よ」

「……」

 

 どうやら功を奏したようだ。

僅かばかりだが彼の手が緩んだ気がする。

余程あの少女の命が大事なのだろう。あと一押しすれば、何とかこの場から逃れる事も叶う。

 

しかし彼からの返答は――。

 

「それがどうした?」

「……へっ?」

 

「我が求めに応じぬのであれば、このまま頭部を圧し潰すのみ…死ねっ!」

「――まま、まま、まちなさいぃぃッ…!?あの子が命がかかってるのよ!?あたくしが死ねば、あの子も無事では――」

 

「故に死ねと言っている」

「――な、何を考えてるのぉッ!?あの子を助けに来たんでしょうがぁッ…!?」

 

「その通り。同時に、あの子が儀式の有用な存在である事も聞いた。あの子が死ぬことになろうとも、儀式を阻止する事には繋がる」

「――ば、馬鹿な考えはやめなさいぃッ…!あなた()()なんでしょうっ!?()()()()()()()()()()()()()()なんでしょうッ!?」

 

「知らぬ。周りが勝手に決め付けただけだ。()()()()など通用せぬ、貴公と押し問答を繰り広げる気は無いのでな」

「――ひっ…い、いやぁ…助けてぇ…。あの子を出せば、あの怖い女(深き夢)に殺されるの…」

 

「…ならば今すぐ私に殺されろ。貴公が死ねば、空間は自動的に解放されるのであろう?」

「――うっ…なぜそれを…!?」

 

「貴公のソウルの乱れ具合で、嘘か誠かぐらいは容易に判別できる。看破(センス・ライ)の奇跡は使えぬがな」

「――わ…わかった…わかりましたわ…!言う事を聞く…、だから――」

 

「早くいたせ。このまま死にたいか?」

「ひっ…ひぃっ…今すぐに――」

 

 見習い勇者の命を盾に逃れようとした作戦だが、ものの見事に不発に終わった。

あの深き夢も言及していた通り、見習い勇者は生贄の儀式に有用な存在なのは確かだ。

しかし灰の剣士は冷徹にも、あの少女の犠牲さえ厭わなない発言をした。

これには華美の女魔神も意表を突かれ、完全に取り乱してしまった。

あの少女の命は彼にとっても大事だが、もし死ぬような事が起きたとしても儀式の阻止には繋がる。

混沌勢にとっては有用な儀式なのであろうが、阻止できれば秩序側にとっては有利な流れを生む事が叶うのだ。

個人としては人にあるまじき選択だが、大局的に鑑みれば彼の選択肢も(あなが)ち間違いではない。

万が一あの少女が死ぬ事になるであれば、その汚名と罪科を被る覚悟でいた灰の剣士。

 

しかしその結果は訪れない事を、彼は確信もしていた。

何故なら華美の女魔神の言及は、欺瞞で塗り固められている事をソウルの波形で掴んでいたからである。

彼自身、看破の奇跡を行使できる身ではない。

それでもソウルの波形の乱れ具合を探れば、嘘か真実かぐらいの判別は可能だ。

この華美の女魔神が死ねば、見習い勇者も自動的に消滅するなどという言葉は只の虚言。

実際は彼女が死ぬことで生成している空間が消失し、結果的に少女は解放されるという事だ。

それならこの女を即座に斬れば、少女の救出は叶うのだが、一応は交渉で事を済ませる積りでいた灰の剣士。

しかしこれ以上抵抗を見せるのであれば、早急に絶命させる気でもいた。

この女魔神は、確かに妖艶な容姿と豊満な女の魅力を持ち合わせていたが、それ以上に何の興味も抱けない女だ。

つまり彼女を手にかける事など、今の彼には何ら抵抗も無いのである。

こうしてワザワザ手間暇かけ、かなり強引ではあるが交渉で済まそうというのだ。彼とて情けはある。

できればこのまま要求に応じてもらいたいものだ。

 

今や完全に心折れた華美の女魔神。

彼の圧力に屈服し、渋々内包していた空間を解こうと魔力を操作した。

 

『それでは困るな…。仮にも其方は我が組織の一員である事を、忘れるべからず』

 

「――ぬっ…この声…!」

「あ、あぁぁ…我が主様ぁ…」

 

 冷厳なる大広間に突然響き渡る不穏な声。

石畳に頭を圧し付けられながらも、弱々しく『主』と称した華美の女魔神。

対する灰の剣士は、不穏な声に覚えがあった。

不穏な声を耳にしていたのは二人だけではない。遠間から二人のやり取りを静観していた、女系魔神軍の兵士たちも辺りを見回している。

 

程なくして大広間中央部から巨大な魔方陣が展開され、怪しい閃光が四散した。

 

「…このソウル…」

 

 抑えつけていた力を僅かに弱めた灰の剣士も、怪しく発光する巨大魔方陣へと意識を向けた。

その隙を逃すまいと拘束を振り解こうと藻掻く華美の女魔神だが、それでも彼の力から逃れる事は叶わず徒労に終わる。

魔方陣が消え代わりに姿を見せたのは、竜に近い人型の巨躯を誇る得体の知れない異形だった。

 

(推奨BGM――ダークソウル3・妖王オスロエス)

 

「妖王…オスロエス…!」

 

 過去の記憶とは大分かけ離れた姿だが、眼下に鎮座する異形は彼の知る『妖王オスロエス』で間違いない。

 

「ククク、久しいな『火のなき灰』よ。あの庭園で戦った以来かな?」

「……」

 

 過去に比べ変わり果てた姿のオスロエス。

妖王の庭で対峙した当時も、確かに竜と人が混在したような姿ではあった。だが竜種の面影はあれど貧弱で細身な、どこか衰えを彷彿とさせる弱々しい体躯をしていた。

しかし今の姿は、どうだ。

 

あの時よりも遥かに巨体で直立すれば、此方のテラス部にも届かんばかりだ。

その上で膨れ上がった筋肉は大竜そのもので、過去の貧弱な体躯とは比べるべくもない。

今の姿は正に()と言っても差し支えなく、嘗て人であった痕跡など微かに見られるのみ。

ソウルを探り当てねばオスロエスとは気が付かないほどに、今の彼は別種の何かに変わり果てていたのである。

 

「そこな者を解放していただこうか?」

「拒否する」

 

 華美の女魔神の開放を求めたオスロエス。

その巨躯から吐き出された声音だけでも、あの時とは桁違いの迫力を備えていた。

しかし臆することなくオスロエスの要求を拒む灰の剣士。

漸く見習い勇者を助け出す目途が立っているのだ。そう簡単に手放す選択肢などありえない。

 

「ほぅ…、その強気な態度が何時までモツかな?」

 

 オスロエスとて、すんなり要求が通るとは思っていない。

灰の剣士が拒む事を承知しつつ、口部から火炎を放射。彼の居るテラス目掛け、一気に吹きかける。

 

「――ぐッ…!?(なんという熱量ッ…!)」

 

 彼の知るオスロエスは結晶の魔術に精通していたが、火を操る能力を持ち合わせていなかった。

かなり加減したであろうオスロエスの火炎ブレス。しかし凄まじいまでの熱量は、テラスを一帯を焼き溶かさんばかりの勢いを誇っていた。

半ば華美の女魔神を庇うような形で身を屈め、吹き付ける火炎ブレスをやり過ごした灰の剣士。

先ほど戦った火を扱う魔神将や部下たちとは、比較にならない危険なブレスだ。今の火炎を真面に浴びるだけでも、焼き焦げた肉片と化すだろう。

 

「ウンフフフ…、形勢逆転ねぇ…♪大人しく言う事を聞いた方が…アブっ…!?」

 

 挨拶代わりに吹きかけたであろう火炎ブレスだが、戦慄を抱く灰の剣士。そんな彼の様子に勝ち誇ったような口調で挑発する華美の女魔神。

だが再び力を込め、華美の女魔神を無理やり黙らせた。

 

どうやらツキには完全に見放されてはいないらしい。

 

「ハァ、ハァ…、やっと追いついたよ」

「もう少し歩調を合わせてほしいものだな」

 

 彼の後を追い聖堂を目指していたアンリとカムイだが、今になり合流が叶う。

見習い勇者の身を案じるあまりフックショットで先行していた灰の剣士に、二人は少々の苦言を呈した。

そんな二人に軽く謝罪する灰の剣士。

 

「アンリ、この女魔神を決して離すな。あの子を幽閉している」

「…どういう事だい?」

 

 あの『深き夢』なる女魔神に連れ去られた見習い勇者。

そして当の本人は、この華美の女魔神が確保している。この女は『空間生成』という特殊能力を有し、自ら生み出した空間に少女を幽閉しているというのだ。

 

「解放を拒むようであれば殺して構わぬ」

「…大丈夫なのかい?」

 

 抑え付けていた力を弱めはしたが油断することなく、華美の女魔神をアンリに託す灰の剣士。

もし、この女魔神が要らぬ抵抗を試みるようであれば絶命させても買わないと、アンリの吹聴しておいた。

その言動に些か疑念を抱いた彼女だが、この女魔神が絶命すれば自然と生成した空間は消失し、あの少女は自然と解き放たれる。

確証はないが、あの会話での動揺ぶりも含めてアンリには伝えておく。

 

「分かったよ。この件は僕が責任をもって請け負った」

「頼むアンリ」

 

 華美の女魔神の事は、取り敢えずアンリに託しておけばいいだろう。

問題は眼下の変わり果てたオスロエスという存在だ。

 

「あの狂いし王め…、もはや人に非ず…!」

 

 灰の剣士だけでなくカムイまでもが、竜体と化したオスロエスを見据えていた。

 

「ほぅ…誰かと思えば…。とうとう翻意を隠す気さえ失せたようだな、黒い手のカムイよ」

 

 たとえ歪な竜体を成り果てようともオスロエスは王族であり、ロスリック城の城主でもある。

そしてカムイは、王族を守護する『黒い手』と呼ばれ忠誠を誓う存在だった筈なのだ。

しかし既にオスロエスに対し見切りを付けていたカムイ。今や彼は、アンリたちに協力する反抗勢力の一員として活動を続けていた。

 

カムイの姿に皮肉をぶつけるオスロエス。

 

「今の貴方様は竜種の妄執に囚われ、人としての魂まで売り渡してしまわれた。もはや貴方様に従う理由など存在いたしませぬ…!」

 

 ロスリック先王としての肩書を持つオスロエスだが、彼には幾人かの子を擁していた。

その中に双王子と呼ばれる双子の兄弟が居たのである。

カムイにとっては、その双子こそ守護する存在として見なしていた。

 

「灰の剣士よ、私も手を貸す。ローリアン様は今も、かの者の手中に…!」

「何…!?兄王子ローリアンが今此処に…!?」

 

 カムイより告げられた言葉にハッと息をのむ灰の剣士。

確か聖黄金樹をめぐる夜の騒動でも、ローリアンについて言及していた事を思い出す。

(本編前夜編 第121話参照)

 

見習い勇者だけでなく兄王子ローリアンをも、何とか救出したいものだ。

 

――この聖剣の出番が漸く回ってきたな。

 

秘かに背に忍ばせていた布包みの直剣に意識を向ける灰の剣士。

当面の問題は、あの強大な存在と化したオスロエスを御さねばならないという点だ。

先ほどの火炎ブレスだけでも、魔神将は疎か女系魔神王以上の脅威である事は想像に難くはない。

先ずはローリアンを何とか此方で確保した上で、オスロエスを討たねばならない。

そのためにもカムイの助力は、是が非にでも必要だった。

 

「フム…、あのお嬢も帰還して来たようだな」

 

「このソウル…」

「あの女め…」

 

 ふと一つのソウルの帰還に感づいたオスロエス。

彼だけでなくアンリやカムイも、そのソウルの存在に気付いている。

 

――あの女は…例の『深き夢』とやらか…!?

 

次の瞬間、オスロエスの傍に一人の女魔神が飛来した。

 

「妖王陛下…、ただいま帰還いたしました」

「大儀である。…して?」

 

 アンリやカムイだけでなく灰の剣士も、新たに飛来した女魔神に意識を向けていた。

 

見習い勇者を連れ去った張本人、深き夢も姿を現した。

とはいえオスロエスと何か言葉を交わしているようだ。密約でも結んでいたのだろうか。

やがてゆっくりと此方へと振り向き近づいて来る深き夢。

 

「ずいぶん面白い事をしてくれるじゃない?…だけど私が来た以上、年貢の納め時よ」

 

 かなりの威圧感を纏わせ、灰の剣士たちを牽制する。

この女の力は、まだまだ未知数な部分も多い。

だが王妹救出の件でも、膨大な魔力を有していたことが思い出される。しかもメルルやジーノたちの話でも、彼女こそが一部とはいえ女系魔神軍を此処に召還したと聞いていた。

 

「アッ八ハハ、今度こそお仕舞ねぇん貴方たちもぉ…♪」

 

「ぬぅ…間が悪い」

「少し不味いね…」

 

 オスロエスに加え深き夢の到来。

未だアンリに拘束されていた華美の女魔神も、確信したかのように強気な態度を見せ始めた。

対するアンリとカムイは、彼女の登場に顔を(しか)めている。

とにかく深き夢の力も侮れるモノではない。

二人の様子を見るに、あの深き夢は相当の力を有しているのだろう。

 

「灰の剣士よ、オスロエスは任せた。あの女は私が何とか抑える」

「…頼む」

 

「ローリアン様の事をくれぐれも頼んだぞ」

「…わかってる」

 

 一対の刀を鞘から引き抜き、深き夢の足止めを買って出たカムイ。

とにかく時間を稼がねば、悉くが敵の思う壺。本当は自分が助け出したいローリアンの件を灰の剣士へと委ねたカムイ。

 

彼の決意を汲み、灰の剣士もテラスから跳び下りた。

かなりの高さだが着地寸前で『フォース』の奇跡を発動させ、落下の衝撃を和らげた。

 

「兄王子ローリアンは何処だ、オスロエスよ…!?」

 

 月隠を突き付けオスロエスを牽制、ローリアンの居場所を問う。

 

「ほぅ…その剣も月光の魔力を有しているのだな。しかし…今やそれしきの武器で、我が身を抗し得ると本当に思っておるのか?」

「ローリアン王子は何処か?」

 

 名刀月隠の宿す魔力は、確かに月光に由来するモノだ。

その事に若干の興味を抱くオスロエスだが、灰の剣士は取り合わずローリアンの居場所を再び問い詰めた。

 

「そう急かすな。この私が相手をしてやってもよいのだが――」

 

 オスロエスとて彼の要求に付き合う義務など微塵も無い。

このまま灰の剣士を粉砕し新たに得た力を誇示しても良かったのだが、敢えて掌に魔力を集中させ別の魔方陣を展開させた。

新たに展開された魔方陣から、膝立ち状態で佇む一人の騎士らしき男が姿を現す。

 

「――…!?」

「…兄王子…様…!」

「…あぁ…ローリアン様ぁ…」

 

 その騎士らしき姿に、それぞれ反応を見せた灰の剣士、カムイ、そして深き夢。

 

「兄王子ローリアン…、…やはり呪いを引き摺ったままか…!」

「その通り。もはや真っ当な手段で呪いを払拭する事は最早かなわんよ」

 

「GRUAAAッ…!!」

 

 あの時と全く同じ…いや、当時よりも酷い状態といった方が正しいだろうか。

かつて灰の剣士がロスリック城の最奥で対峙した双王子、その片割れである兄王子ローリアン。

彼は双子の弟から受けたと言われる()()により、肉体機能の大半を喪失している。

あの時も今のように膝立ちの状態で、真面な思考能力さえ失っていた。

しかし今の彼は、更に()()が進行し亡者と何ら遜色ない水準にまで陥っているように映っていた。

あの燻ぶった特大剣を手に不気味な唸り声を上げながら、ジリジリと膝歩きでにじり寄る。

自我は言うに及ばず理性さえ機能していていない筈だが、凄まじいまでの敵意と殺意だけは此方の肌を焼く。

 

「この剣の出番だ…!」

 

 対する灰の剣士は急ぎ、背負っていた布包みを解き美麗な直剣を取り出した。

 

此処ではない異界『魔術師の世界』にて、双王子の弟ロスリック王子より託された聖剣。

(イヤーワン編 第46話参照)

 

   ―― ロスリックの聖剣 ――

 

過去に宿していた魔力は消え去り、今や単なる美麗な剣と化していた嘗ての聖剣。

ロスリック王子の話では、これをローリアンに手渡すだけで良いと言及してたが、果たして思い通りにいくのだろうか。

今の彼の暴走ぶりを見るに、上手く事が運ぶようにはどうしても思えなかった。

 

「ローリアン王子よ、この剣がお判り頂けるか…!」

 

 とにかく始めてみない事には現状打破は不可能。

ロスリックの聖剣をローリアンへと掲げ、声高々に叫んだ灰の剣士。

 

「GURURURU……」

 

 その聖剣を目にした瞬間、ほんの僅かだが沈静化したようにも見えたローリアンの様。

唸り声を零しながらも暫し聖剣に意識を向けていた。

 

「……(さぁ…どう出る…!)」

 

 警戒を維持しつつ事の経緯を見守る灰の剣士。

このままローリアンの呪いが解けるとでもいうのだろうか。

確かに鎮静化しているようだが、闇に澱むソウルの波形に変化は見受けられない。

 

「……」

 

 ローリアンの様子に、深き夢でさえ本来の役割を忘れ意識を傾けている。

 

「――GOURUAAAAッ…!!」

「――ダメだったかっ…!」

 

 一瞬とはいえ動きを止めていたローリアンだったが、すぐに不気味な唸り声を上げ灰の剣士へと襲い掛かった。

 

それを予見していたのか即座に反応し、ローリアンの特大剣を躱す灰の剣士。

 

「クックっク…何処で手に入れたか知らぬが、無駄な事だ。さぁ我が愛しの息子よ、その憎悪と苦悶を存分にぶつけるが好いわッ!」

 

 ロスリックの聖剣にはオスロエスも気付いていたが、さして興味を引くことはなかった。

寧ろ灰の剣士に(けしか)ける為ローリアンを煽り、高みの見物に洒落込む始末。

 

「ぬぅ…ローリアン様っ…!」

 

 深き夢の足止めなどそっちのけで、眼下の様子を歯痒く見守るカムイ。

その深き夢でさえ、ローリアンの暴走に複雑な心境で成り行きを注視していた。

 

――もう…手遅れだったのかッ…!?

 

これでは話が違うと、ロスリック王子を攻めたくもなる灰の剣士。

だがその憤りも直ぐに消え失せ、呪いの浸食に意識を向け攻撃を躱し続けていた。

 

「そこなお嬢さん方、とくとご覧ぜあれ!忌々しい剣士と我が息子の凄絶なる剣舞をっ…フハハハ…!」

 

 遠間から静観していた女系魔神軍の兵士たちにも声をかけるオスロエス。

散々辛酸を舐めさせたであろう灰の剣士の無様な様子と、呪いに侵されようとも剣を振るい続けるローリアンを賛美した。

狂いし妖王、その歪んだ笑いが聖堂中に木霊した。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

魅了(呪術の火)

 

イザリスの魔女の一人、クラーナの特別な呪術。

敵を魅了し、一時的に味方とする。

 

生命とは炎に惹かれるものであり、こうした業もまた呪術の一側面であろう。

性別に関係なく使用できる。

 

甘いの果実の色香。

それは時に狂わしいほどに、何者をも堕落へと誘う。

使命の重みさえ忘却させんほどに。

 

 

 

 

 

 




全盛期のローリアンの実力を知りたい、個人的に。
あのデーモンの王子でさえ、単身で挑み討伐したとどっかのフレーバーテキストに書いてあった記憶があります。もう、うろ覚えですが。
確か彼も只の人間ではなく、神の血を引いていた設定が存在したはず。弟ともども。
だとすれば、彼らはデミゴッドなのか神人に分類されるのか?判断に迷うところです。

如何だったでしょうか?
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。  
デハマタ。( ゚∀゚)/
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