ゴブリンスレイヤー ―灰の剣士―   作:カズヨシ0509

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 急激に暖かく否、暑いとさえ感じる様になってきました。

夜間、早朝はともかく、昼間は半袖でも過ごせる気温です。

それでは投稿致します。


第19話―報告を終えて―

 

 

 

 

 

 篝火の薪は不死人の骨であり、その骨は稀に帰還の力を帯びる

 

骨となって尚、篝火に惹かれるのだ。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 地平線が徐々に明るみを増してゆく。

 

間も無く夜が明け、殆どの生命が再び活動を再開する刻がやって来たのだ。

 

王都から派遣された調査隊の設営するベースキャンプに、早馬と荷馬車が一つずつ。

 

早馬には調査隊隊長でもある、正規騎士がロスリックの調査報告の為、王都に向かう。

 

荷馬車は拠点設営の物資運搬用の荷馬車を流用した物に、灰を含めた十数名の冒険者一行が、ギルドに帰還する為に乗り込む事になった。

 

「お世話になりました、騎士殿」

 

「うむ。貴殿等も気を付けてな」

 

 其々が挨拶を交わし、馬を走らせた。

 

物資運搬に特化した荷馬車の為、乗り心地は良好とは言えないが徒歩で移動するよりも遥かに移動効率に優れている、日が傾く頃には街へ到着しているだろう。

 

幌の中では、冒険者達がぐったりとした様子で寛いでいた。

 

そう簡単に疲労が消え失せる訳ではない、特に体力に劣る女性陣や幼い斥侯達は未だに寝息を立てて意識を手放している。

 

「暫くロスリックには行けないな」

 

 幌の窓の中からロスリックの荘厳な景観を眺めながら、一人呟く灰。

 

ギルドの決定事項で白磁等級の探索は、彼等が最後となり次からは参加等級を引き上げる事が確定していた。

 

「正直言うと、俺は少しほっとしているぜ」

 

 隣の同期戦士が灰の言葉に反応していた。

 

彼も同様に遠ざかるロスリックを眺めている。

 

彼が言うには、英雄譚に登場する魔神王の居城に乗り込んだ感覚だと言うのだ。

 

尤も白磁の彼自身が、魔神王とやらを理解しているかどうかは怪しいが。

 

「魔神王?」

 

 灰は聞き返す。

 

単語でしか訊いた事が無く、火継ぎの世界を戦ってきた灰にとっては馴染みの無い存在だった。

 

「暇潰しに聞かせてやるぜ、魔神王ってのはな――」

 

 眠りに就いていなかった槍使いが、会話に参加してきた。

 

槍使い曰く。

 

魔神王とは混沌の軍勢の最頂点に当たる存在で、混沌側もしくはそれ等を信奉する者共の支配階級の王の事である。

 

魔神王の目的は差異こそあれど、概ねこの世界で平穏に生きる者達にとって非常に好ましくない事態になる事ばかりであった。

 

過去に魔神王と言う存在は何度も確認されており、その都度人類の英雄やら伝説の導かれし勇者様やらが出現し、世界に平穏をもたらして来たのである。

 

5年前に金等級冒険者の一党、6英雄達が魔神王を討伐し、現在は王都の軍隊が優秀な人材を召集し混沌の勢力と戦争中である。

 

魔神王と言う存在は、それこそ神々に選ばれた者か徒党を組んだ英雄達でしか手に負えないのだと言う。

 

結局槍使いも同期戦士も何が言いたいのかと言えば――。

 

「極めて危険度の高い遺跡だったわけだ。ロスリックの遺跡は……!」

 

 重戦士も言葉を挟んできた。

 

行く先々で見かけた、冒険者達の無残な亡骸。

 

それらを含めて襲い掛かって来る亡者の群れ。

 

規格外なドラゴン。

 

卓越した戦闘力を誇る、ロスリックの騎士達。

 

そして最後に対峙した獣の様な騎士、冷たい谷のボルド。

 

とてもじゃないが、駆け出しの白磁等級の手に負える依頼ではなかった。

 

こうして誰一人欠ける事無く、全員が馬車に乗り帰路に着いている。

 

その事実だけでも全員生還は文字通り、奇跡の親戚に過ぎなかったのである。

 

「却って怪しまれるかも知れねぇな」

 

 重戦士は、苦笑いを浮かべる。

 

多数の犠牲者を出しているロスリックの地、経験を積んだ冒険者集団でも生還するのは極めて困難な遺跡。

 

それを白磁の新人が、全員生還し且つ一定の探索を成功させているのだ、奇異の目で見られない筈が無い。

 

「・・・・・・」

 

 重苦しい空気が荷馬車の幌の中を満たす。

 

「言いたい奴には言わせておけ。我々は役目を果たし、こうして生きているのだから」

 

 誰もが押し黙る中、灰が言葉を発した。

 

付け加えるならば、王都の調査隊も同行していたし、ボルド戦での過酷さも拉げ歪み切った装備品の数々が証明してくれるだろう。

 

そして――。

 

――胸を張ればいい――。

 

 

 

その言葉が少々沈んだ空気を和らげ、荷馬車は西の辺境街へと走り続けた。

 

 

 

 

 

 日が傾き空に朱が混じり出した時間帯。

 

辺境西の冒険者ギルドでは、いつもと変わらずのやり取りが行われていた。

 

大半の冒険者が依頼を終え、その報告でごった返しているのであった。

 

カウンターに並ぶギルドの職員達は、忙しなく対応に追われている。

 

ある程度の時間が経過しギルド内の仕事も一段落が付いた頃、一人の受付嬢が落ち着かない様子でソワソワしているのを同僚の先輩嬢が気付いた。

 

「・・・・・・やっぱり気にしているのね、彼等を行かせた事が」

 

 先輩嬢の言葉に黙っていた受付嬢の女性、次期監督官候補の受付嬢は神妙な表情を崩さなかった。

 

辺境最有望と評された青玉等級の一党でさえ、生還したのは瀕死の重傷を負った男神官一人だけだったのだ。

 

他の辺境ギルドの冒険者達も生還出来たのは、精々1割に満たないと言う。

 

幾ら十数名の徒党を組んだ冒険者とは言え、登録して日も浅い冒険者達。

 

実績も経験も足りない、ましてや最下級の白磁の駆け出し新人達だ。

 

一体何人が生きて帰って来てくれるのか。

 

いや、下手をすれば全滅も決して珍しくはない。

 

もしかしたら既に……。

 

悪い考えばかりが彼女の脳裏を駆け巡り、その影響で顔色が青ざめていく。

 

「大丈夫?今日はもう休む?」

 

 先輩嬢が彼女を気遣うが、監督官候補は気丈に振る舞い自分の持ち場を離れなかった。

 

「無理は駄目よ」

 

 先輩嬢もこれ以上は触れずそっとしておく事にした。

 

「そ・・・そうよ、まだ数日しか経ってないじゃない・・・・・・」

 

 自分にそう言い聞かせ、再び業務を再開した。

 

依頼主から依頼を請け、それらを冒険者達に紹介する。

 

端から見れば単純明快な作業だろう。

 

だが実際のところ、それらの依頼は大半は死と隣り合わせの危険な依頼内容ばかり。

 

依頼を選び、請けるのは冒険者達の自由意思に委ねられる。

 

ここからは冒険者達の自己責任というものだろう。

 

だからと言って自分の紹介した依頼で冒険者達が帰って来ないのを平然としていられるほど、彼女の心は良くも悪くも馴れていなかった。

 

――幾ら正義と公正を司る至高神の神官位を授かっていても、馴れたくはないなぁ……。

 

この思いの真意は、彼女自身にも理解し切れていなかった。

 

更に時間が流れ、彼女達は各々の務めをこなしていく。

 

・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・・・・

 

「――おぉい!あいつ等が帰って来たぞ!!」

 

 突如としてギルドの扉がバァンと開かれ、一人の冒険者が大声で叫びながら飛び込んで来た。

 

その言葉に別の意味で騒ぎ出すギルドの冒険者達。

 

あいつ等とは今更語るまでも無い、ロスリックへ向かった白磁等級の集団の彼等である。

 

”帰って来た”その言葉に最も敏感に反応したのは、監督官候補の受付嬢だった。

 

衝動的にカウンターを乗り越え外に飛び出しそうになるのを先輩嬢が引き止めた。

 

「彼等を想うからこそ普段通り接しないと、周りに示しがつかないでしょ?」

 

 先輩嬢の言葉にハッと我に返り、バツが悪そうにカウンターで待機する監督官候補。

 

程無くしてギルドの開閉扉が開かれ、十数名の冒険者がゾロゾロと入ってきた。

 

 

 

彼等の姿を見るなり、他の冒険者達が無責任な憶測で陰口を叩き始める。

 

「おい、全員生きてるじゃねぇか」

 

「途中で逃げて来たんじゃねぇの?」

 

「まっ、妥当な判断だな。白磁の新人にしちゃ上出来じゃね?」

 

 邪推し過小評価を下す者達。

 

「だけど見ろよ?あの装備のヘタリ具合」

 

「金属製の盾がガラクタに変貌しちまっている・・・・・・」

 

「一体何と戦ったのよ?あの人達・・・・・・」

 

 装備の消耗具合を見て、戦慄を覚える者達。

 

それら外野の声を流しながら重戦士を筆頭に監督官候補の受付嬢の担当するカウンターに歩み寄る一行。

 

「お、お帰りなさい!遺跡調査の件、お疲れ様でした!」

 

 彼女は笑顔で一行を迎え入れた。

 

「・・・・・・ん、ああ・・・・・・、終わったぜ・・・・・・」

 

 重戦士の声は重苦しく、まるで魔界から帰って来たかの様な、張り詰めた顔つきだった。

 

今も戦闘態勢を解いていない、まるで戦場の兵士の様な表情だ。

 

彼だけではない皆が皆、差はあれど緊張を解いておらず冒険真っ只中と言った雰囲気を醸し出している。

 

「あ、あの、報告を・・・・・・」

 

 監督官候補が恐る恐る、彼に語り掛ける。

 

「さて、どっから始めたもんやら」

 

 報告すべき事は山ほどある、だがいざ話すとなると上手く言葉が出てこないのだ。

 

重戦士が言葉に出そうと思案していると――。

 

「私が代わりにやろう」

 

 歩み出て来たのは、火の無い灰だった。

 

「すまねぇ、頼めるか。俺じゃ上手く纏められねぇんだわ」

 

 重戦士の代わりに歩み出た灰が、報告を始めた。

 

灰の報告内容に他の受付嬢も作業の手を止め、聞き入る。

 

灰はロスリック高壁内での出来事を包み隠さず話した。

 

ロスリックの地形や環境、遭遇した敵勢力、高壁内で力尽きた犠牲者達が亡者と成って襲い掛かって来た事、王都から派遣された調査隊、そしてダークレイスとボルドの件。

 

「これが回収した冒険者達の認識票だ」

 

 重戦士が探索の道中で拾い上げた、様々な等級の認識票をカウンターに置いた。

 

他の辺境ギルドの冒険者達の分も含まれている。

 

その数実に、36。

 

「・・・・・・!!」

 

 余りの数の多さに声が出ない受付嬢達。

 

「これ等はほんの一部だ、実際はもっと居るぜ」

 

 槍使いが付け加えた。

 

正直なところ全域を探索出来た訳ではなく、灰達の知らない場所で数多くの犠牲者達が、今も屍を晒したままの筈だ。

 

「あんた達ギルドの認識は正しかった。俺達白磁の手に負える依頼じゃなかったよ」

 

 同期戦士も加わり、ロスリックの過酷さを自分なりに伝えた。

 

「・・・・・・噓ではないようですね、嘘発見にも反応しませんでした」

 

 監督官候補は、相手が虚偽の報告をしていないかどうかを見極める、嘘発見の奇跡を行使したが、反応は無かった。

 

「はは・・・・・・、寧ろ噓だった方がどれだけ救われていたか・・・・・・」

 

 同期戦士は肩を竦め、皮肉交じりの苦笑いを浮かべた。

 

実際彼も、亡者の奇襲で死に掛けたのだから。

 

その後は回収物や亡者の特徴、不死街へと続く道についての細々とした報告を伝えていく。

 

一応調査隊のベースキャンプ内で纏めた、探索内容の詳細を記した書類を何枚か付け加えて。

 

――神殿内の授業が功を成したな。

 

ふとそんな事思い出し、地母神の神殿生活を思い浮かべた灰。

 

最後に灰は取り逃がしたボルドについての目撃情報を尋ねてみた。

 

どうやら、獣の様な巨大な騎士が走っていく姿を目撃した例が数件かあった様だ。

 

しかし目撃した場所にバラつきがあり、特定は難しそうだ。

 

ついでにダークレイスについても訊いてみたが、こちらは全くと言っていいほど音沙汰も被害報告も無い。

 

情報が無い以上、討伐はままならないだろう。

 

「――これにて報告は以上です」

 

 一礼を持って報告義務の終了を宣言する灰と他のメンバー達。

 

「はい!確かに。過酷な任務本当にお疲れ様でした!!」

 

 彼女は笑顔を持ってそれに応えた。

 

その笑顔は営業用に取り繕ったものか、それとも本心から来たものかは定かではなかったが。

 

「それではギルドの規定に則り、ロスリックの探索条件を翠玉等級に引き上げさせて貰います。異論は無いですね?」

 

 受付嬢の言葉に反論する者は一人も居なかった。

 

全員ロスリックの恐ろしさを我が身を持って味わったのだ。

 

正直に言えば銅等級の集団で、漸くまともに探索出来る難易度だろうと、誰もが痛感していた。

 

ギルドの方針に文句や愚痴を零すのは、ロスリックに挑んだ事の無い大して実績の無いビッグマウスな連中達だけだったが、灰達にとっては歯牙にも掛けるに値しなかった。

 

「それでは此方が報酬となります」

 

 カウンターに置かれた報酬額は、金貨にして100枚以上に及んだ。

 

一行は話し合いの結果、最も危険に立ち向かい最大の働きを見せた火の無い灰に、5割以上の額を渡そうとした。

 

しかし灰はこれを強く拒否し、本人の要望で全員均等に配分される事となった。

 

それでも一人につき金貨10枚、白磁の新人にとっては破格の収入だろう。

 

「よし、これで冒険は終わりだ!皆良くやってくれた!打ち上げは、明日の夕暮れにしよう。今日はゆっくりと休んで心身ともに癒してくれ!以上解散!!」

 

 重戦士の高らかな宣言によって、ロスリックの探索という依頼は終わりを告げた。

 

皆は疲れ切った体を引き摺り宿に引き上げていった。

 

 

 

「此処に預かり所みたいな設備はあるかな?」

 

 皆が引き上げた後一人残った灰は、監督官候補の受付嬢に尋ねてみた。

 

「勿論あるけど、そんなに荷物があるの?有料よ」

 

 彼女の問いにロスリックで回収した、深みのバトルアクスや油、火薬等を袋一杯に詰めていた為、重量とスペースを圧迫してしまっていた。

 

常に持ち歩いている様では、戦闘に支障が出るだろう。

 

ソウルに変換し収納出来る能力が失われていなければ、そんな問題は無視出来たのだが、今後これ等の問題にも向き合っていかなければならないだろう。

 

いずれは自分専用の拠点、所謂家が必要になってくるだろう事は想像に難くなかった。

 

いちいち預けていたのでは料金も掛るし、管理も人任せになってしまう。

 

白磁等級の今は手が出せないが、等級が上がり稼ぎに余裕が出てくれば物件の購入に踏み切るとしよう。

 

灰は、深みのバトルアクス、銀鷲のカイトシールド、火薬や油等を預かってもらう事にし、料金を支払った。

 

「貴方もこれから宿に戻るの?」

 

 彼女に問いに灰はゆっくりと否定し、地母神神殿と灰の墓所に寄るつもりだと答えた。

 

神殿には拾い上げた錫杖を返す為に、墓所にはエスト瓶の補充の為に。

 

「神殿は分かるけど、あの墓には立ち入れないと思うわよ?」

 

 灰は、どう言う事かと彼女に尋ねた。

 

どうやら灰の墓所は、歴史研究家や地質学者等の学者達が護衛を雇って、調査に乗り出しているのだと言う。

 

彼等は国からの正式な依頼を受けている為、一介の冒険者が易々と立ち入れなくなってしまったのだ。

 

「そうか、なら人目の付かない所で篝火を起こす他ないか」

 

 灰の墓所は、うってつけの場所だったのだが、人が立ち入っている以上は控えるべきだろう。

 

人目に付きにくい森辺りにするしかあるまい。

 

「出かける事に関して過剰に口出しする気は無いけど、貴方もちゃんと体を休めるのよ?」

 

「勿論だ。心遣い感謝する」

 

 一礼と共にそう告げ、灰はギルドを後にした。

 

灰の背中を複雑な面持ちで見つめる監督官候補の受付嬢。

 

「全く心配する方の身にもなりなさいよ……」

 

「あらあらぁ、貴方にも贔屓目に見ている冒険者さんが居たとはねぇ?」

 

 ニヤついた表情で、からかいに来た先輩嬢。

 

「ええ、報告を聞いた以上相当無理をしている様にしか視えないんです。正直心配よ・・・・・・」

 

 新人の受付嬢とは違い、此方は否定すらしなかった。

 

「あ、あらお邪魔だったみたいね。あははは・・・・・・」

 

 そう言ってそそくさと引き下がる先輩嬢。

 

その様子を見ていた新人の受付嬢は、クスクスと静かに笑うのだった。

 

 

 

 

 

「この時間帯だとまだ閉門していない筈だが」

 

 神殿の門手前までやって来た灰、時刻は間も無く夜を迎える寸前だった。

 

勿論錫杖を返す為に訪れたのだが、門は閉められ手前には二人の守衛兵が立っている。

 

灰は、駄目元で通して貰えないか交渉してみることにし、駄目なら後日訪れるつもりであった。

 

「・・・・・・少々お待ち下さい」

 

 守衛の一人が、神殿の奥に入って行き程無くして戻って来た。

 

「事情が事情なだけに、今回は特別にお通しします。司祭長様が応接室にてお待ちですので、そちらに向かって下さい」

 

「分かった、有難う」

 

 どうやら通して貰える様だ。

 

灰は守衛に礼を言い、司祭長が待つ応接室に向かった。

 

既に日も暮れている時刻だ、神殿内の人通りも疎らで些か閑散としていた。

 

「ここだな」

 

 応接室手前までやって来た灰は、扉をノックしようとするが、手が自然と止まってしまった。

 

「・・・・・・」

 

 何を気後れしているのだ、私は。

 

何も後ろめたい事などしていないと言うのに。

 

彼自身何ら問題を起こしている訳ではなかったが、どうしても躊躇ってしまうのだ。

 

その原因ははっきりとしていないが、永きに渡る火継ぎの旅で様々な形で神々に翻弄され続けた事が、灰自身の心に刻み込まれている所為だろうか。

 

だがこうして佇んでいても埒が明かず、意を決してノックした。

 

「どうぞお入り下さい」

 

 扉の向こうから、年老いた女性の声が聞こえる。

 

「火の無い灰、入室致します」

 

 静かに扉を開け応接室に入室した灰。

 

近くのソファに座る事を勧められ、錫杖を返す為に訪れた事を伝えるのだった。

 

「わざわざお手数をお掛けして申し訳ありません。灰の方」

 

「いえ、とんでもない!彼との約束もありましたが故」

 

 司祭長の丁寧な対応に平伏する思いで座ったまま、慌てて頭を下げた。

 

そして療養中の男神官の容態を尋ねてみた。

 

どうやら心配は無用で、意識を取り戻し回復に向かっているそうだ。

 

「彼の部屋には、彼女に案内させましょう」

 

 そう言い、司祭長は徐に呼び鈴を鳴らす。

 

因みにその呼び鈴は、聖職者の聖鈴だった。

 

呼び鈴の音に呼応するように扉を開けて入って来たのは、灰自身も馴染みのある金髪の幼い少女だった。

 

「――!・・・・・・おかえりなさぁい!灰のお兄さん!!」

 

 視界に灰を捉えるや否や、抱き着いて来た。

 

随分久し振りな気がする。

 

以前タリスマンを購入する為に訪れ、その時は話す機会も無かった。

 

「・・・・・・あっ、・・・・・・えぇ、と・・・・・・」

 

 どう対応していいか分からず、しどろもどろになる火の無い灰。

 

暫し灰の顔を眺め微笑んでいた少女だが、次第にその笑顔は消え失せプクーと頬を膨らませた不満顔に変貌した。

 

「?!!」

 

 少女の変化に戸惑い、狼狽えるばかりの灰。

 

「んもう!忘れちゃったんですか?お帰りと言われたら、なんて返事するんですか?!」

 

「え、あぁ、・・・・・・た、ただいま!」

 

 緊張の為かつい力んで、自分でも驚く様な大きな声が出てしまった。

 

「はい!良く出来ました!」

 

 再び満面の笑みで灰を迎え入れる少女。

 

その様子を端から見て、穏やかに微笑む司祭長。

 

司祭長と言いこの少女と言い、どうしても頭が上がらず引け目を感じてしまう火の無い灰であった。

 

 

 

応接室を出て、男神官の部屋に向かった灰と少女。

 

彼の部屋に入室すると、何故か若い女性の聖職者達が数名彼の傍らに立っていた。

 

「・・・・・・済まないが彼と僕だけにしてもらえないかな?」

 

 男神官は人払いをし、部屋には灰と男神官だけとなった。

 

少しの間沈黙が部屋全体に流れる。

 

「もう良いのか?」

 

「ああ、お陰さまで」

 

 そして、手にした錫杖を男神官に手渡す。

 

「この錫杖と認識票は持ち帰れたが、彼等の亡骸までは無理だった。済まん・・・・・・」

 

 灰は、頭を下げる。

 

「・・・・・・頭を上げてくれ。貴方は約束を果たしただけでなく、大事な錫杖まで取り返してくれた。感謝こそすれ、恨み言など抱こう筈も無い。・・・・・・本当に、有難う」

 

 真剣な面持ちで灰に応える男神官。

 

「そう言って貰えると、少しは報われる」

 

 灰自身も心成しか表情が柔らかくなった。

 

その後二人の間で談笑が続き、頃合を見計らった灰は退室する事にした。

 

「そろそろ行くよ、お大事に」

 

「ええ貴方に、いと慈悲深き地母神様の御加護が在らん事を!」

 

 それぞれ別れの挨拶を交わし、退室した。

 

灰と入れ替わる様に、先ほど部屋に集まっていた若い女性陣達が彼の元に向かって行った。

 

気の所為だろうか、部屋の奥から男神官の僅かな溜息が聞こえた気がする。

 

「あ、お疲れ様です」

 

 廊下では少女が待っていてくれてた様だ。

 

「今日は泊まっていかれるんですか?」

 

 少女は期待を込めて尋ねてきたが、今回は押し掛ける形で神殿に来てしまったのだ。

 

これ以上留まるのは、流石に迷惑が掛ると言うもの。

 

やんわりと否定し、これから立ち寄る場所がある事を伝えた。

 

少女の表情は若干曇り気味だった為、近日中に必ず訪れる事を約束した。

 

神殿を出る際、少女が門まで見送ると聞かなかった為、なだめるのに苦労したが。

 

意外と彼女は言い出したら、考えを曲げない良く言えば芯が強い、悪く言えば頑固な部分が在るのかも知れない。

 

そんな事を想像しながら少女と別れを告げ、神殿を後にする。

 

 

 

「・・・・・・冒険者、目指してみようかな?」

 

 自室で一人、そんな事をボンヤリ考える少女。

 

後、ゴブリンスレイヤーの仲間となるのは、まだまだ先のお話。

 

 

 

 

 

 

 

「さて次はエストの補充だな」

 

 完全に空となったエスト瓶の中身を補充する為、篝火を起こす場所を求めて街の外へ出た灰。

 

受付嬢の話では灰の墓所は人が集団で入り込んでいる為、無断で立ち入る事が出来ない。

 

時間帯が夜という事もあり街角で火を起こす事も考えたが、夜間では悪目立ちする可能性がある。

 

墓所が駄目なら近隣の森林地帯が有力候補に挙がるだろうか?

 

場所を定めた灰は、近くの森の奥深くに足を踏み入れた。

 

日は既に沈み、二つの月明かりが森を形成する木々から漏れ出し、辺りを僅かに照らす。

 

暗く闇に支配されている筈の森だが、不思議と恐怖や怖さは感じなかった。

 

寧ろ漏れ出した柔らかな月光が、穏やかさと温かみさえ感じ取れる。

 

本来、人間は暗闇を本能的に恐れる種族だ。

 

人によっては月光が彩るこの森を怖がる者が大半だろう。

 

灰が恐怖を感じずこの景観を愉しんでさえいるのは、火継ぎの世界が桁違いの冷たさと死の息吹、そして深淵の闇に支配された世界に晒され続けた所為でもあるだろう。

 

同じ闇とは言え、この世界には生命の営みがあり耳を凝らせば虫や小動物達がささやかな活動が聴き取れる。

 

さて森の景観を愉しむのはここまでだ。

 

灰は篝火を起こす為の準備に入った。

 

今回使うのは亡者の遺骨等ではなく、より不死人の遺骨に近い『帰還の骨片』を薪として使う事にした。

 

帰還の骨片の上に螺旋剣の破片を差し込み、点火する。

 

 

 

          ――BONFIRE LIT――

 

 

 

手を翳し、火が瞬時に燃え上がった。

 

ソウルで燃え上がる不死人達の拠り所、篝火。

 

赤と橙で彩られた炎が灰を心身ともに癒した。

 

「ふぅ、やはり篝火は落ち着く」

 

 誰に向けるでもなく、一人ごちる。

 

心成しか亡者の遺骨に比べ、火の勢いや色に躍動感がある。

 

これならエストの回復量も強化されるだろうか。

 

そんな事を考えながら、腰のポーチからのエスト瓶と灰瓶を取り出し、火の傍らに置いた。

 

見る見る間に瓶の中身が満たされ、橙色と水色に中身を満たす二つの瓶。

 

灰は瓶を直ぐしまう事無く、暫く篝火を見つめ本能的に染み付いた、いつもの姿勢で座り込んでいた。

 

何かを考えている訳ではない。

 

単純にそうしているだけだった。

 

 

 

『灰は残り火を求めるのさね』

 

 

 

不死から解放されようとも、灰は火を求め続ける定めなのだろうか。

 

それは灰自身も分からなかった。

 

「・・・・・・行くか」

 

 火の後始末を済ませ、エスト瓶をポーチへしまい、森を出た。

 

そして灰の墓所に足を向ける。

 

墓所がどうなっているのかを念の為、確認しておきたかったのだ。

 

暫く歩き、やがて墓所の入り口付近グンダの広場前に到着した。

 

此処からでも焚き火の明かりが点在しているのが見て取れる。

 

ギルドの話は本当だったようだ。

 

遠眼鏡で、更に辺りを見回す。

 

焚き火の傍には幾つもの大小様々な、天幕が張られている。

 

見張りには、雇われた冒険者達だろうか、西の辺境ではあまり見かけない装備品だ。

 

恐らく別ギルドからやって来た冒険者達だろう。

 

確認出来ただけでも10人以上は居る、中規模の調査隊なのだろうか。

 

遠眼鏡から目を離し、物思いに耽る。

 

 

 

ロスリックを繰り返したのは、何時もこの場所だった。

 

冷たい石棺から目覚め、グンダを倒し、火の祭祀場へと向かったものだ。

 

火防女と出会い、薪の王達を王座へと戻す為に戦う、終わらない繰返しの旅。

 

碌な思い出など無かったが、いざ見知らぬ誰かが入り込むと灰の心に何か引っ掛かるものがあった。

 

その正体は何か解らなかったが、ある意味この墓所も灰の故郷だったのかも知れない。

 

少し深呼吸した後、踵を返し街へと歩き出した。

 

「そう言えば彼と出会ったのも、墓所だったな」

 

 墓所には、もう一つ大きな出来事があった。

 

見知らぬ異形、ゴブリンとそれを狩る冒険者の鎧戦士。

 

思えば彼との出会いが、今の自分を決定付けたと言っても過言ではない。

 

街へと帰路に着く途中、あの鎧戦士と共闘しゴブリン退治の日々を思い出す。

 

それほど長い付き合いではないが、彼との共闘は自分にとって忘れ難い記憶となっていた。

 

 

 

ロスリック探索の報告ついでに、彼の事を受付嬢から訊いてみたが彼は今も健全に、ゴブリン退治に勤しんでいる様だ。

 

 

 

 

 

夜の帳が下りた街道で、変わらぬ二つの月が火の無い灰を照らす。

 

 

 

 




 如何だったでしょうか。

これでロスリックの高壁編は、終わりです。

ゴブスレさんの出番が無い、何とかせねば。

デハマタ。( ゚∀゚)/

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